心と体

2017年6月23日 (金)

医師の偏在対策、その方法論とは

医師偏在対策として様々な方法が検討、実施されてきたことは周知の通りですが、その一環として期待されていた医学部のいわゆる地域枠からの離脱者が問題とされていて、各種ペナルティの強化が検討されていると言う報道が先日あったところですよね。
この点についての抜本的対策としてそもそも地域枠への入学は原則地元出身者だけに限定するようにしようと言う話が報じられていたのですが、厚労省としては様々な医師偏在対策を検討しているようです。

「地域枠、地元に限定」「医師データベースで異動を追跡」「早期に実現可能な医師偏在対策」は地域医療支援センター強化(2017年6月16日医療維新)

 厚生労働省「医療従事者の需給に関する検討会」の第10回医師需給分科会(座長:片峰茂・長崎大学学長)は6月15日、「早期に実現可能な医師偏在対策」として、医学部地域枠の入学生は原則として地元出身者に限定、卒後は都道府県の地域医療支援センター等が策定する「キャリア形成プログラム」に沿って、大学所在地の都道府県において研修することを求めるなどの方針を了承した(資料は、厚労省のホームページ)。
 地域医療支援センターが派遣調整できる地域枠医師の増加が今後見込まれるため、同センターを強化するのが厚労省の狙い。2008年度以降、医学部定員増に伴い地域枠入学者が今後増え、2024年度には臨床研修を修了した地域枠医師は、厚労省による単純推計で9676人(留年、中途離脱等は考慮せず)。
 主に地域枠医師を対象に「キャリア形成プログラム」を策定、医師のキャリア形成に配慮しながら、医師不足地域に実効的な医師派遣を行うことを目指す。同センターについては、大学と十分に連携するなどして運営体制を強化、類似機能を有する「へき地医療支援機構」や「医療勤務環境改善支援センター」との連携も進める。
(略)
 地域医療支援センターは、47都道府県の全てに設置済み。しかし、「キャリア形成プログラム」の未策定が7県、大学と連携していない県があるなど、都道府県によって取り組みは異なり、運営が成功しているとは言い難い
 日本医師会副会長の今村聡氏は、「確かに今までは機能していなかった」と指摘しつつ、医療法に位置付けられ、税金を投入している以上、なぜ機能していないのか、その検証が必要だとした上で、「国が一定のルールを設ける方針か」と質問した。厚労省医政局地域医療計画課は、地域定着を図るために、上図のような方策の検討を提案したと回答。
 全国医学部長病院長会議会長の新井一氏も、地域医療支援センターの運営実態の検証が必要だとしたほか、大学が日常的に医師の派遣を行っていることから、「大学がコミットしないとうまく行かないのではないか」と提案した。日医常任理事の羽鳥裕氏は、「へき地医療支援機構」や「医療勤務環境改善支援センター」、さらに新専門医制度についての都道府県協議会など、類似機能を有する組織が複数あるため、連携あるいは統合した運営を求めた。
(略)
 厚労省が構築し、都道府県が活用する「医師の地域的な適正配置のためのデータベース」は、2年に一度実施する「医師・歯科医師・薬剤師調査」の届出情報、医籍情報、専門医に関する情報を用いて構築。医師の異動やキャリアパスの経年的な追跡な可能になる仕組みだ。
 今村氏は、医師のデータベース作成には賛成したが、「適正配置」との名称を問題視。地域枠医師以外の医師情報もデータベースに入るため、行政が全医師を「適正配置」すると受け取られないからだ。自発的に地方勤務が進むよう、魅力ある「キャリア形成プログラム」を作るなどの動きと齟齬が生じかねない。厚労省医政局長の神田裕二氏は、行政が「適正配置」するのではなく、地域医療支援センターは各地域で医療者や住民も交えて議論し、医師の偏在解消に取り組む場であると説明。
 国際医療福祉大学医学部長の北村聖氏は、医学教育ではIR(Institutional Research)、臨床研修ではEPOCなど、さまざまなデータベースを既に用いていることから、将来的にはこれらとの連動も検討すべきと提案。岩手医科大学理事長の小川彰氏は、「医師偏在対策には、フリーランス医師への対応が問題」と指摘。「どんな医師がいかなるキャリアを積み、どんな実力を持て、どこで働いているか」の把握が必要だとした。

 もっとも、15日の「医師需給分科会」で強かったのは、「早期に実現可能な医師偏在対策」ではなく、「抜本的な医師偏在対策」をめぐる意見だ。
 聖路加国際病院院長の福井次矢氏は、「医師の地域偏在と同様に大切なのは、医師の専門性(診療科)の偏在の問題」と述べ、早急な着手を求めた。小川氏は、「医師数は西高東低。地域枠医師の問題だけを議論しても、医師の偏在は解消しない。日本全体の地域偏在と診療科偏在の議論をしないと意味がない」と指摘。
 津田塾大学総合政策学部教授の森田朗氏は、「現時点では、このような形で議論をまとめるのが妥当ではないか」と、地域医療支援センター強化の取り組みを支持しつつ、医師需給分科会の議論を次のように総括した。「インセンティブや情報提供などの、“ソフトツール”ではなく、“ハードツール”でないと問題は解決しないという議論になったところで、(2016年10月以降)医師需給分科会は中断した。しかし、今は地域医療支援センターや地域枠医師の活用など、また“ソフトツール”の議論に戻っているところに、むなしさを感じているのだろう」。

しかし都道府県によって人口がこれほど違うにも関わらず医学部定員は画一的に一大学百人前後なのですから、人口現象が続く地域などではよほどに定員を考えないと医学部学生の学力低下がさらに深刻化しそうなのですが、試験の点数と医師としての能力の相関云々はさておき、地域医療の場においては真面目に働いてくれるなら多少の能力差は問題にならないと言う局面の方が多いとも言えます。
他方では地域枠入学者も未来永劫各地方に根を張って医療に従事していると言う訳でもないでしょうから、こうしたゆるい競争環境での医療に従事してきた彼らが後々他地域に流出してきた際にどうなるのかで、あまりに大きな能力格差などが発生しないよう卒然卒後の教育方法などにも工夫が必要なのだろうと思いますね。
ちなみに地域枠なども偏差値が低くても医学部に入学出来る(失礼)お得なルートとして受験の世界では知られているのだそうですが、他に社会人からの医学部編入なども効率的な抜け道であるとして最近人気が出ているのだそうですし、ハンガリーの医学部経由で日本で医師になると言った道もそれなりの数いらっしゃるそうですから、昔と違って医師への道も多様化してきていると言えるのでしょう。

当日の会議資料についてはこちらを参照いただきたいと思いますが、見ていて興味深いと思ったのは診療科偏在と言うことも地域的な偏在と同等、あるいはそれ以上に重視されていると言うことですよね。
この点で修学資金貸与事業において対象者の1/4には診療科を指定しての勤務義務が定められていて、かつその年限は9年以上と言う長期間が圧倒的多数であると言いますから、キャリアを考えると事実上診療科を限定されているのと同じ事ではないかと思いますが、今後さらに広汎に診療科偏在対策が講じられていくのかどうかです。
一方で若手医師が地方勤務を拒否する理由の上位に「希望する内容の仕事が出来ない」と言うことが挙げられていて、この辺り公益性と個人の自由意志のバランスと言う永遠の課題も見え隠れしますが、診療科間で社会的需要や業務量も異なることからも、今後待遇や診療報酬等の格差付けによる診療科間の自由意志に基づく誘導も検討されていくのかも知れません。
地域的な偏在に関しては自治体病院を統括する総務省も別に対策を検討していて、興味深いデータとして非常勤医師を常勤よりも割高な給与を支払ってでも確保した方が経営が改善したと言いますから、場合によっては医師間の待遇格差を拡大することも経営的には相応の合理性があると言う解釈も出来るのでしょうか。



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2017年6月21日 (水)

いのち一年分の妥当な値段

なかなか面白い試みだと思ったのですが、先日こんなニュースが出ていたことを御覧になったでしょうか。

1年延命の薬、公的負担どこまで 費用対効果、世論調査(2017年6月13日朝日新聞)

 1年延命できる薬に公的保険からいくらまで支出を認められるか、厚生労働省が今夏に世論調査に乗り出す。結果は高額な薬の費用対効果を判断する基準に使い、医療費の抑制につなげる。ただ、調査結果は延命にかける医療費の目安となりかねず、議論を呼ぶ可能性がある。

 質問案は「完全な健康状態で1年間生存することを可能とする医薬品・医療機器等の費用がX円であるとき、公的な保険から支払うべきか」。額を上下させ質問を重ね、適正だと思う値段を面談で聞き出す。対象者は住民基本台帳から無作為に抽出。年齢や性別、所得が偏らないよう数千人規模の調査とする見込みで、結果は秋までに公表する。

 結果は、評価対象の新薬ごとに製薬会社提供のデータと突き合わせる。データは新薬の使用で増えた費用と、延びた生存年数にその間の生活の質を加味した「QALY(クオリー)」という値を組み合わせたもので、その費用対効果を5段階で評価。「悪い」「とても悪い」となった薬は、代わりの治療法がないことなどがなければ値下げの検討対象とする。

「1年延命できる薬に、公的支出いくらまで?」厚労省、一般市民に面談調査へ(2017年6月15日読売新聞)

 高額な薬が増えるなか、厚生労働省は今夏、薬の値段に関する意識調査を行う。

 「1年延命できる薬に公的医療保険からいくらまで支払っていいか」を数千人の一般市民に尋ねる。結果は、薬の価格が効果に見合っているかどうかの費用対効果の判断に生かす。

 同省は来年度から、薬や医療機器の価格算定に、費用対効果の分析結果を反映させる制度を本格的に導入する方針。中央社会保険医療協議会(中医協、厚生労働相の諮問機関)の専門部会で14日、具体的な調査方法が議論された。

 調査は、面談方式で実施。薬について様々な金額を示したうえで、公的医療保険から支払うべきだと考えるかと尋ね、「はい」「いいえ」で回答してもらう。質問を重ねることにより容認できる金額の水準を探っていく。意識調査の結果は、今秋までに公表する。

記事によって微妙にニュアンスが異なっているのですが、朝日のニュースによれば単なる1年の延命ではなく「完全な健康状態で」と言う但し書きが付くところがポイントになりそうで、延命云々が議論になるような命に関わる大病がある状態で「完全な健康状態で」と言うのも、なかなかに空想的な前提条件と言う気がしますよね。
これが事実であれば調査によってどの程度正確なデータが収集できるものなのか微妙に疑問もありますけれども、せっかく何千人も面接を行うのであれば単にコストだけではなく、延命期間の健康状態など様々なパラメーターに関しても併せて調べて見ていただきたいと思います。
いずれにしても今回こうした調査を行うと言うことは、人の命は地球より重い式の昭和的価値観からの脱却が次第に進んできていて、命の沙汰は金次第とまでは言わないもののやはりある程度コスト意識を持たないではいられないだろうと言うコンセンサスが、次第に世の中にも拡がってきていると言うことを反映しているのでしょうか。

国の財政は当面大幅に好転する見通しはないようですが、そうなると支出をどれだけ抑制出来るかと言うことに注目が集まるのは当然であり、とりわけ増大する一方で絶対値としても巨大な金額となっている社会保障関連のコストをどう抑制するかが近年盛んに議論されるようになっていますよね。
毎年新薬や新規治療法が次々と登場していて、認可されると言うことは当然ながら旧来の治療法よりも効果があると認められたと言うことですが、超高額な新薬が相次いで登場している中でこの薬を使えば寿命が○ヶ月伸びます、その代わりコストは○百万円余計にかかりますと言ったことが現実に起こり得るようになっている時代です。
その増えた分のコスト負担が個人の財布に直接来ると言うのであれば自然と使用にブレーキもかかるのでしょうが、高額医療費の上限で定額負担だけで済むとなればかかったコストの自覚が乏しくなるのも当然であり、むしろ人間心理として「どうせ支払いが同じなら高い薬を使わなければ損」と言った心理が働く可能性すらありますよね。
この辺りは自己負担増加による医療費抑制が妥当なのかと言った積年の議論とも関わってきますが、単純に幾らと線引きが出来るような話でもないだけに、こうした調査などの繰り返しも含めて徐々に国民意識の変化を促していく地道な努力も必要になるのかも知れません。

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2017年6月19日 (月)

院内処方を行う病院で誤投薬により患者死亡事故が発生

鬼の首でも取ったようなと言う表現がありますが、こちら一部方面からは何故かそのような扱いをされていたニュースです。

“院内回帰の病院”で薬剤取り違え事故(2017年6月15日薬局新聞)

 JA新潟県厚生農業協同組合連合会(新潟厚生連)が運営する三条総合病院(病院長・神田達夫)は6月2日、処方薬の取り違いに伴う患者死亡事故が発生したことを公表した。同病院は8年前の2009年5月、それまで院外処方箋を発行していたものの、選択制と称して実質的に院内調剤に戻すことを打ち出し、物議を醸していた施設。今回の事件は患者が死亡した後に薬剤部が誤薬に気付き発覚したもので、病院は誤薬と死因の因果関係は不明としているものの、薬剤部の業務状態などがクローズアップされる状況に陥っている。

 三条総合病院が6月2日に公表したプレスリリースによると、亡くなった患者は三条市内在住の70歳代男性で、アルコール性肝硬変と慢性腎不全を併発しており、平成28年からは人工透析が行われたという。本年4月中旬に肝硬変による肝性脳症の治療を目的に入院。4月27日に病院の薬剤部で内服薬の調剤が行われたが、その際、肝性脳症治療薬である『リフキシマ錠200mg』が用いられるべきところ、取り間違えにより抗凝固薬である『リクシアナ錠30mg』が使用された。薬剤の取り違えは気付かれることなく、誤った医薬品であるリクシアナ錠が4月28日朝から30日の昼までの間服用された。
 同30日にリクシアナ錠の重大な副作用に記載されている「消化管出血」が出現し、同日に上部消化管内視鏡による止血術により出血は小康を得たものの、翌5月1日午前に患者は消化管出血を死因として死亡に至ったという。
 薬剤取り違えについては、患者が亡くなった2日後の5月3日に薬剤部が当該患者の残薬を確認した際、薬剤の取り違えに気付いたもの。2日時点の同病院の見解としては「リクシアナ錠の投与と消化管出血死亡の因果関係は不明」としている。なお、医療事故調査制度に従い、事の顛末を医療事故調査・支援センターに報告。外部委員を含めた医療事故調査委員会を立ち上げ、原因究明を行っている。

 同病院は、2009年5月から1日平均約350枚もの処方箋を選択制と称して、実質的に院内調剤に舵を切ったことで全国的にも注目度の高い病院となっていた。ホームページ上では現在も院内処方を中心としている記載が示されており、外来・入院患者のほとんどが病院内の薬剤部で調剤・調整などが行われていた可能性が高い。
 8年前に院内処方へ戻す際には「薬価差益が得られることは否定しないし、経営要素としてプラスになるからこのような判断に至った」と説明していた。また同じタイミングで薬剤部の人員を6人から9人に増員したほか、一包化機器や散剤機械を導入するなど、院内薬剤部の機能拡充に資源を投入していた。
 現在、同病院は「事故調査の事案のためコメント等は差し控えたい」とし、詳細については事故調査委員会の判断を待ってから正式な対応を取る考えを打ち出している。
 なお8年前の院内処方に戻す際、新潟県薬剤師会は同病院から発行されていた処方箋における疑義照会実績を公表しており、1カ月の平均件数は110件で過去1~2年間では重大な事象に結びつく疑義照会は47件発見されていたことを明らかにしている。

ちなみに別のソースによれば病院側としては「誤投薬と消化管出血との因果関係は「あると思われる」とするが、死亡との因果関係は「不明」としている」のだそうですが、3日間の内服でこうまで重大な結果を来していると言うのは、静脈瘤など基礎疾患の存在も経過に影響していたのかなとも想像しますがどうなのでしょうかね。
いずれにしても不幸にしてお亡くなりになった患者さんのご冥福をお祈りするしかないのですが、この種の薬剤取り違えによる医療事故はたびたび報じられていて、残念ながら今回のように単純に名称が似た薬剤を出してしまったと言ううっかりミスに近いケースが少なくないようです。
有名なところでは病棟でもよく使われるステロイド薬の「サクジゾン」と、手術室で使われる筋弛緩剤である「サクシン」の取り違え事故などが知られていますが、特に電子カルテシステムの場合最初の3文字程度の入力で自動的に検索機能が働くようになっているせいか、最初の数文字が同じ組み合わせと言うのは非常に注意が必要になりそうですね。

それはともかく、今回の場合病院側が薬価差益云々とわざわざ言っているところからしても、院外処方から院内処方へと戻す際にずいぶんとこの辺りを突っ込んだ人もいると言うことなのでしょうが、本来的には電子カルテで患者情報にも直接接することが出来る院内処方の方が、全く見ず知らずの患者の調剤を請け負う院外処方よりも安全であるはずです。
それでもこうした重大事故につながると言うのは一つには当然ながら入院患者の方がより重症であり、効果の点でも副作用の面でも強力な薬を使う機会が多いと言うこともあるでしょうし、院内の薬剤師であれば様々な業務で多忙にしているところに、さらに外来患者の調剤も引き受ければ多忙からミスも増えるだろうとは想像されるところですね。
最近では調剤業務の機械化による省力化と言うこともかなり進んでいるそうですが、外来患者の調剤を全部引き受けるとすれば薬剤部3人の増員では追いつかなかった可能性はあり、単純にマンパワー不足が重大な医療事故に結びついたのだとすれば他業種においても他人事ではない話ですから、事故調がどのような結論を出すのかにも注目したいですね。

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2017年6月16日 (金)

「昭和の人生すごろく」とはなかなかうまい表現

先日から妙に話題になっているのがこちらの報告書ですが、まずは記事から紹介してみましょう。

120万人以上がDL 経産省若手職員の報告書に注目(2017年6月13日朝日新聞)

 「昭和の人生すごろく」では、平成以降の社会は立ち行かない――。こんな問題意識で、社会保障制度などの改革を提言した経済産業省の若手職員の報告書が、インターネット上で話題だ。これまでに延べ120万人以上がダウンロードするなど、行政資料としては異例の注目度となっている。
 報告書は「不安な個人、立ちすくむ国家」。経産省の20~30代の職員30人が所管の業務とは関係なく有志で昨年8月から議論を重ね、5月中旬に公表した。同省のホームページにも掲載したところ、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を通じて一気に拡散した。

 報告書が切り込んだのは「正社員男性と専業主婦家庭で定年後は年金暮らし」という、崩れつつある「昭和の標準的人生」を前提とした社会保障制度だ。
 日本では高齢者の年金と介護への政府支出が国内総生産(GDP)の1割を超えて増え続ける。ところが健康寿命は伸びており、元気な人も多い高齢者を一律に「弱者」と扱って予算をつぎ込む仕組みが「いつまで耐えられるのか」と問う。
 一方で、保育所整備や児童手当などの現役世帯向けはGDPの2%未満。ひとり親家庭の子どもの貧困率は5割を超え、先進国で最悪の水準だ。

 報告書は「現役世代に極端に冷たい社会」のしわ寄せが子どもに向かっていると指摘。高齢者も働ける限り社会に貢献し、未来を担う子どもへの支援に「真っ先に予算を確保」するよう求めた。

経産省若手の提言「ヤバイ感がすごい」 「2度目の見逃し三振は許されない」(2017年5月19日J-CASTニュース)

   「2度目の見逃し三振はもう許されない」。経済産業省の有志チームが、日本社会の課題について65枚のスライドにまとめた資料の表現が話題になっている。
   他にも「『昭和の人生すごろく』のコンプリート率は、既に大幅に下がっている」「子ども・若者の貧困を食い止め、連鎖を防ぐための政府の努力は十分か」など、従来の「お役所仕事」とは一線を画した表現で問題提起の文言が並ぶ。資料に目を通したツイッターユーザーの間でも「経産省のpdfから伝わる鬼のような緊迫感」と大きな関心を持たれている。

   経産省の資料とは「不安な個人、立ちすくむ国家 ~モデル無き時代をどう前向きに生き抜くか~」。2017年5月18日に開かれた同省設置の産業構造審議会第20回総会で配布され、省ウェブサイトで同日公表された。
   作成したのは経産省の20代~30代の若手有志30人で構成される「次官・若手プロジェクト」チームだ。資料冒頭に、同プロジェクトの趣旨は「国内外の社会構造の変化を把握するとともに、中長期的な政策の軸となる考え方を検討し、世の中に広く問いかけることを目指す」と説明がある。
   資料では、少子高齢化や人口減少が進み、個人の価値観も変化してきた日本は「人生選択の機会の増加」や「社会制度の変革」を目指すべきではないかといった内容を独自の表現で訴えている。

   たとえば「夫は定年まで外で働き、妻は家を守る」といった価値観は1960年代の高度経済成長期に形作られたものであり、同省の試算によると現代では薄れているとして、こう表現している。
    「『サラリーマンと専業主婦で定年後は年金暮らし』という『昭和の人生すごろく』のコンプリート率は、既に大幅に下がっている
    「今後は、人生100年、二毛作三毛作が当たり前」

「官僚たちの夏は終わっていなかったのか」

   一方で、現実は「『昭和の標準モデル』を前提に作られた制度と、それを当然と思いがちな価値観が絡み合い、変革が進まない」とし、「多様な生き方をしようとする個人の選択を歪めているのではないか」と訴える。こうした問題の背景として「みんなの人生にあてはまり、みんなに共感してもらえる『共通の目標』を政府が示すことは難しくなっている」などと政府に対しても厳しい評価をしている。
   これからは「団塊の世代」が75歳を迎える2025年を目処に新たな社会を作り上げる必要性を説き「逆算すると、この数年が勝負」とする。同時に、おおよそ1970年代生まれの「団塊ジュニア」を対象に「効果的な少子化対策を行う必要があった」が「今や彼らはすでに40歳を超えており、対策が後手に回りつつある」と遅れを指摘。同じことを繰り返せない旨を「2度目の見逃し三振はもう許されない」と表現している。
(略)
   資料をまとめた経産省政策審議室の担当者は19日、J-CASTニュースの取材に対し「省庁内に限らず、国民、企業、メディア、学生など、あらゆる立場の方々に、日本の今後に対する問題意識を抱いてほしいという思いで作成しました」と話す。
(略)
   具体的な施策はあまり書かれていないが、「そうするとそればかりにフォーカスが当てられ、当初の目的である『問題意識の投げかけ』が薄れてしまうと思い、あえて『回答』は出しませんでした」との意図だ。同時に「今後多方面から意見が出ると思いますので、それらを踏まえて改めて具体的な施策づくりを含めた議論につなげたいと思っています」との展望を話していた。

もともとの報告書についてはこちらから参照いただければと思うのですが、お役所の文書と言うイメージに反して非常に読みやすくキャッチーな内容で、意図された通り議論の叩き台としては良く出来た資料に仕上がっているのではないかと言う気がしますが如何でしょうか。
社会保障に関しては従来型の制度設計は破綻しつつあり、高齢者向け支出よりも子どもや現役世代向け支出を手厚くすべきと言う主張にはアグリーなのですが、特に「高齢者=弱者」と一律に認定してまんべんなく予算をつぎ込む方式はすでに限界であると言うことであれば、一人一人の状況に応じて必要な支援を必要な時に行えるシステムが必要になってくる道理です。
この点で気になるのが就労希望の高齢者が多いにも関わらず実に7割の高齢者は就労はおろか地域での活動にも従事しておらず、「定年退職を境に、日がなテレビを見て過ごしている。」と言う現実ですが、この人手不足の時代に何とももったいない現実であると同時に、自助努力が可能な人ですらこうした状況では一人暮らしの高齢者が体調を崩した際など即座の支援が行えるのか?と不安には感じますね。

ところでデータから各方面での現状が横断的、断片的に提示されていて興味深く拝見したのですが、改めて愕然としたのが中程34pに登場する東京大学の教員の年齢分布の図で、任期のない無期雇用の研究者が年々高齢側に偏っている一方、若手研究者の大半が任期の限られた不安定な身分に留め置かれていると言う状況が、この数年間で見ても急速に進行していると言う点です。
もちろん研究の実績を挙げれば無期雇用に格上げされる機会もあるのでしょうが、天下の東大ではそんなこともないのかも知れませんが田舎大学などではろくに論文も書かないまま長年講座に居座っている万年講師の類を見かけるもので、そうした生産性に乏しい方々のせいでポストを得られない若手が研究生活にも支障を来すと言うのでは大変な社会的損失ですよね。
このところ日本発の論文数が急速に減少していることが懸念されていますが、研究職に限らず地方の公立病院などでも同様に生産性の低い永年勤続の老先生が居座っているおかげでバリバリの若手・中堅がふさわしい待遇を得られないと言うケースも見かけるだけに、昭和そのままの人生すごろくを見直していくべき局面は案外多方面に及んでいるのかも知れません。

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2017年6月14日 (水)

添付文書の記載から禁忌・慎重投与が消える?

地味ながらなかなかに重要なニュースだと思うのですが、先日こんな記事が出ていました。

添付文書の「原則禁忌」「慎重投与」が廃止(2017年6月9日DIオンライン)

 厚生労働省は2017年6月8日、医療用医薬品の添付文書の記載要領についての通知を発出した。

 「原則禁忌」と「慎重投与」を廃止し、「特定の背景を有する患者に関する注意」を新設し項目を整理するほか、通し番号を設定するなど、約20年振りに全面変更する。

 適用は2019年4月1日からで、経過措置期間は5年間。

添文の新記載要領、経過措置は5年  厚労省、近く局長通知  19年4月施行(2017年6月8日日刊薬業)

 厚生労働省は、添付文書の新しい記載要領の内容を決めた。現行の添文にある「原則禁忌」と「慎重投与」を廃止するほか、新たに「特定の背景を有する患者に関する注意」を設けるなど、項目の統廃合・新設が柱。

 施行は2019年4月1日。3~5年間で検討してきた経過措置期間は5年間とする。近日中に医薬・生活衛生局長通知などを出し、内容を示す見通しだ。添文の記載要領改訂は1997年以来約20年ぶり。

この添付文書に書かれた禁忌と言う文言について、以前から主に医療訴訟関連でその解釈が問われてきた歴史がありますが、同じ禁忌と言ってもどのような場合にも投与してはならない絶対禁忌と、場合によっては投与が許容される原則禁忌の区別があるとされています。
この暗黙の区別の結果生じる興味深い現象の一例として、NSAIDsに分類されるセレコックス(セレコキシブ)の添付文書には禁忌としてアスピリン喘息が挙げられていますが、アレルギー学会の喘息予防・管理ガイドラインでは常用量で安全に使用することが出来ると言う記載があります。
そもそもNSAIDsである時点で一律に添付文書に禁忌の記載がされてしまうのがおかしいと言う話なのですが、こうした臨床的に許容される使用法であっても仮に何かあった場合、司法の場においては責任を問われる可能性があるのでは、と考えてしまいますよね。

過去の裁判事例では責任が問われるかどうかの分かれ目として医師個人の経験だけでは不十分で、投与の必要性等の客観的な理由や,患者の強い希望等の積極的理由があるかどうかにかかっていると言うことですが、先年の東京女子医大のプロポフォール投与事件ではこのあたりの判断基準が厳しく問われました。
遺族側弁護士は厚労省に質問状を提出し、プロポフォールの添付文書に言うところの禁忌とは原則禁忌なのか(絶対)禁忌なのかと問いかけたわけですが、厚労省の回答は特段の合理的な理由があれば投与を認めると言うべき内容で、言うところの原則禁忌に相当するものであると言う認識を示した形です。
もともと投薬については医師の裁量権の範疇であり、リスクも承知の上で使うべき局面はあるのだから禁忌などと一律に記載すべきではないと言う意見も根強くあって、今回の通知もそうした意見に沿う内容とも受け取れますが、逆に言えば医師の判断と責任が一段と重く問われる可能性もあると言うことです。
ある意味では今まで禁忌・慎重投与と明記された事例さえ気をつけていればよかったものが、どのような使用法であれ合理的な理由の有無を問われる可能性が出てきたとも解釈出来るわけで、今後この新しい通達の元で医療訴訟がどうなっていくかも注目していく必要がありそうですね。

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2017年6月12日 (月)

進化する学生教育は正しい方向に進んでいけるのか

本日の本題に入る前に、近年ロボットや人工知能の発達が進み各方面での応用が期待されている中、先日こんな面白い応用例が報じられていたことを紹介してみましょう。

ここまで来たシミュレーター「痛っ」「おえっ」、内視鏡挿入でロボットがえずく(2017年6月8日日経メディカル)

 内視鏡検査用スコープが咽頭部に触れると、瞼を閉じ、「痛っ」や「おえっ」と声を発する――。これは生身の患者ではない。医療シミュレーターロボットの動作だ。見た目や内部臓器の構造だけでなく、えずきや咽頭反射といった生体反応も再現。患者の苦痛にまで気を配るトレーニングが、ロボット技術の進化によって可能となる
 内視鏡検査と気管挿管、喀痰吸引の手技をトレーニングできるシミュレーター「mikoto」。テムザック技術研究所(鳥取県米子市)と鳥取大学医学部、鳥取大学医学部附属病院が共同開発し、同院シミュレーションセンターに2017年中に導入する。他の教育機関からの受注も2017年3月に開始。参考価格は、3つの手技のトレーニングを行えるマルチタスクモデルが980万円、気管挿管のみを行うシングルタスクモデルが198万円としている(写真1、写真2)。
 mikotoは、これまでの“マネキン型”のシミュレーターや動かない臓器モデルとは一線を画す。というのも、「患者が苦痛を感じる反射や反応をロボット技術で再現した」(テムザック技術研究所代表取締役社長の檜山康明氏)からだ。開発に携わった鳥取大学医学部附属病院シミュレーションセンター長の中村廣繁氏(医学部副学部長、胸部外科学分野教授)も、「これまでにない新しいものができた」と評する。
(略)
 mikotoの口腔あるいは鼻腔からに内視鏡を挿入すると、咽頭部に設置したセンサーに一定以上の力で触れると、声で咽頭反射を再現する。上咽頭に触れると「痛っ」、中・下咽頭に触れると「おえっ」とえずき、同時に瞬きも行う。なお、実際の患者では舌根に触れることでも咽頭反射が起こるが、気管挿管の手技を行う際に邪魔になってしまうため、現状は中・下咽頭のセンサーで咽頭反射を再現している。

 開発の背景にあるのは、内視鏡検査を行った患者からの「研修医にやられたから痛かった」という声。患者の苦痛を少しでも抑えつつ、「研修医のスキルアップを図れないかと考えた」と檜山氏は語る。マネキン型のシミュレーターを使って手技のやり方を学んだ後に、mikotoを使って正確性を極めるという使い方を想定している。鳥取大学医学部医学教育学分野准教授の中野俊也氏は、「mikotoの登場でシミュレーション自体のレベルが一段階上がるのではないか」と期待する。
(略)
 リアルな生体反応以外にも、mikotoは、(1)手技を定量的に評価できること、(2)人に近いリアルな造形、という2つの特徴を持つ。
 (1)の手技の定量的な評価に関しては、現段階では、咽頭部のセンサーに触れた回数と検査にかかった時間、設定した難易度によって手技を点数評価している。難易度は、開口の制限と首の可動域(それぞれ3段階で変更可能)で決定する。これによって、口が開きにくい、顎が固い、口が小さいなどのいわゆる「挿管困難症」といわれる難しい患者を想定したトレーニングも行える(写真3)。
(略)
 このほか、医師と患者のコミュニケーションによる効果を再現する機能も考えられている。例えば内視鏡検査において、医師が「大丈夫ですよ、ちょっと楽にしてくださいね」と声をかけることで患者の力が抜け、スコープが入りやすくなる。「背中をさすったり声をかけたりすることに応じた反応をmikotoでも再現できれば」と檜山氏は展望する。
 「医学教育が実践を重視する変革期に突入したこともmikotoの開発を後押しした」と中村氏は言う。医師国家試験に実技試験を組み込む検討も進んでいて、今年中に複数の大学がトライアル実技試験を実施する予定という。これまで座学が中心だった日本の教育に、「実技やシミュレーションが浸透し始めている」(中村氏)。
 しかし、いきなり実践や実技を行うのは難しい。そこで、実習をサポートしたり手技のトレーニングを補完したりするものとして、思い切って失敗することもできるシミュレーターが重要になるというわけだ。「これまでの既成概念を打ち破るような、リアリティーに基づいた評価も行えるシミュレーターの開発を目指している。今後は医学教育に欠かせないものになるだろう」(中村氏)。
 中村氏は、mikoto開発の現状を「ファーストステージが終わった」と表現する。今後は、手技の評価基準や、シミュレーションを行う上でのシナリオ作りなどを検討して、mikotoをいかに活用するかという研究を始めたい考えだ。咽頭反射の再現方法なども検討の余地があると見られるが、mikotoを共通の“ものさし”にまでできれば、手技の定量化も可能となるだろう。

ちなみにこの内視鏡トレーニング用の人形と言うものは昔からあるものですが、簡易的なものであればまさに胃袋だけと言うものからある程度本格的な人型を模したものまで存在するものの、やはり生身の人間との間には相当な違いがあると言う共通の課題はあったわけです。
近年ではこの弱点を克服する試みとして電子的に患者の反応を再現するシミュレーターなども開発されていますが、実臨床の環境になるべく近い形でのトレーニングとなるとやはり人型の模擬的人体を用いてのトレーニングが有用な局面も多いのでしょうし、それが生体同様の反応を返してくるとなると指導する側にとっても有用そうには思いますね。
今後こうしたものがどこまで一般化していくものなのか現時点ではまだ何とも言えませんが、少なくとも大学病院レベルであれば学生教育用にこの種のトレーナー導入を進めているはずで、試験等にも実技の能力を問うと言うことになれば企画の統一などについて今後メーカーとも相談しながら詰めていくことになるのでしょうか。
とかく医学教育もこのように時代時代の変化に応じて変わっていかざるを得ないものですが、各大学それぞれに工夫を凝らしたカリキュラムを追及している中で、先日こんな興味深い試みが報じられていました。

常識はずれの医師を作らないために 京大が挙げた問題事例の驚愕(2017年6月9日J-CASTニュース)

   患者の個人情報をSNSに出してしまう、がんの告知中に居眠りをする、無断で遅刻や欠席を繰り返す――。倫理観や態度に問題のある医師に、万が一診断されることになったら不安で治るものも治らないかもしれない。
   こうした医師を世に送り出さないためには、学生のころから「プロフェッショナリズム」を評価・指導することが重要であると考え、京都大学医学部医学科が4年前から「アンプロフェッショナルな学生の評価」という取り組みを行っている。

   京都大学医学部医学科医学教育・国際化推進センターのウェブサイト上で公開されている評価の書式によると、「アンプロフェッショナルな学生」とは、
    「診療参加型臨床実習において、学生の行動を臨床現場で観察していて、特に医療安全の面から、このままでは将来、患者の診療に関わらせることが出来ないと考えられる学生
と定義されている。つまり患者の診療にあたっている現場での実習で、医師として明らかに不適切と思われる態度や行動が見られた医学生を指導している医師が報告するというものだ。あくまでも成績とは独立した評価だが、報告があった場合は指導の対象となり、報告が複数の診療科から出された場合は留年もあり得る

   なぜこのような評価を始めたのだろうか。評価法の考案者である同センターの錦織宏准教授にJ-CASTヘルスケアが取材をしたところ、「医療現場で起こる可能性のあるトラブルの原因を、学生のうちに見つけだし改善させる」ことが目的だと答えた。
    「(卒業後に経験を積むための研修を受けている)研修医になってしまうと忙しくなってしまい、こうした指導を受ける余裕がありません。学生の段階で評価が必要であると考えました」
   医師にプロフェッショナリズムが徹底されていないことで起きるトラブルは医療現場でも常に問題になって、早期の改善が求められているという。では、具体的にはどのような態度がアンプロと見なされるのか。「アンプロフェッショナルな学生の報告例」に上がっている事例を見てみると、

    「ナースステーション内でゲームをしていたので看護師が注意をすると『看護師のくせに』と逆ギレした」
    「患者に失礼な態度を取り、クレームが来たことを伝えると『あんな患者は来なくていい』と言い出した
    「実習で担当した外国人の患者からクレームが入ると、差別的な発言を患者に聞こえるような大声でした
    「インフルエンザに感染していることを隠して患者に接していた

など、全12例からいくつか抜粋しただけでも常識はずれの驚きの内容だ。すべてが実際に報告された内容ではなく、多施設での事例などを参考に作成したものだが、類似したようなトラブルが起きているとすれば大変なことだ。
   錦織准教授は、
    「気をつけなければパワハラやアカハラの原因となる危険性もあるため、賛否を含めた意見やフィードバックを踏まえつつ、今後も評価の設計を考えていくつもりです」

   ちなみに、現場でアンプロフェッショナルな医師が増えているという実態はあるのだろうか。都内で総合病院に勤務するある医師は、J-CASTヘルスケアの取材に「現場全体がどうかはわからないが、私が把握する限りここ数年で急にコミュニケーションや態度が原因でトラブルを起こす医師が増えたとは思わない」としつつ、こう話した。
    「かつては治療に関する技術や知識を有していれば、多少の"欠点"には目をつぶるという風潮もあったかもしれません。診療をしていればいいのではなく、プロとしてどのような姿勢で医療を提供するかがより問われるようになったのではないでしょうか」

しかしあげられた実例を見ていても感じるのですが、どちらかと言うと態度に問題があるのは大ベテランに多く、今どきの若手はしっかりしている人が多いのでは?と言う気もするのですが、いずれにせよ医学部入試でこうした面での評価が合否判定の基準から抜け落ちている以上、一定程度の割合で妙な方々が入学してくることは当然あり得ることですよね。
こうした方々をどうするのかと言うことは別に今になって発生した問題でも何でもなく、かつてであれば人間的人格的あるいは能力的にアレな方々は医局長がうまいことやり繰りして問題の起こりにくいポジションに配置していた時代もあったと聞きますが、今の時代そうした白い巨塔(苦笑)的な大学医局の権威など断じて忌避されるものであり、社会的害悪でしかないと認識されているようで難しいところです。
無論ひとたび医師免許を取得してしまえば余程の事がない限り行動を掣肘することが難しい以上、鉄が熱い学生のうちからどうしてもと言う事例はなるべく除外しておきたいと言う理屈はよく理解出来るのですが、問題はそうした学生の評価を行う大学の先生方の主観がどの程度まで信用出来るのか、むしろ社会的に非常識と言われる側に立つケースの方が多いのではないかと言う懸念ですよね。
「プロとしてどのような姿勢で医療を提供するかがより問われるようになった」のは別に若手医師に限った話でも何でもないし、学生時代からこうした系統的な教育を為されていないベテランの方が姿勢が問われる機会が多いはずですが、ではすっかり冷めきった鉄の塊となり果てた彼らを誰がどうやってたたき直すべきなのかと言うことです。

一例としてこのところ働き方改革で医療の世界でも早急に労基法無視の現状を改めなければと言う社会的圧力が高まっていますが、せめて明文化された法律くらいは守ってくれと言う当たり前のことに対してぐちぐちと文句を言いつつ何とか違法状態を維持しようとしているのは、決まって大学や大病院の幹部を務めるエラい先生方であると言う現実があります。
さすがに「俺達の若い頃は」式のことを言う方々はどこの社会であれ今どき単なる老害として相手にされませんが、医療の特殊性がだとか応召義務が云々と様々な言い訳を並べ立てるのはいいとして、他業界で大企業の社長が同じようなコメントをすれば社会的にどれだけ批判され炎上するか?と言う客観的視点を持てないと言う点でどうなのかですよね。
その意味で労基法何それ食べられるの?などと言い出しかねない常識外れの医師を送り出さないよう、学生時代からきちんと社会常識を学習させておかなければ…と切実に感じるのですが、当然ながら指導する側の大学のエラい先生方も当たり前の社会常識を持っている人間であるのが大前提と言うことでしょう。
以前から大学教員の評価が研究などの業績中心に偏っていて、重要な業務であるはずの学生や若手医師の指導力などが評価されないのが問題とは指摘されるところですが、学生や若手から「あの先生のようになりたい」と慕われ尊敬される先生なら「コミュニケーションや態度が原因でトラブルを起こす」ことも少ないのではないかと言うことですよね。

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2017年6月 5日 (月)

「それは自己責任」「今後も何ら対策は講じない」と堂々と主張したブラック職場

またぞろ犠牲者が出てしまったと言うべきでしょうか、先日からこんなニュースが出ていましたが、なかなか興味深い展開となっているようです。

新潟研修医自殺労災認定 遺族ら「(市は)対策なかった」と批判 労働環境改善を要求 (2017年6月2日産経新聞)

 新潟市民病院(新潟市中央区)の研修医、木元文(あや)さん=当時(37)=が昨年1月に自殺したのは、長時間労働による過労が原因だとして1日までに労災認定され、遺族らは待ちに待った結果に胸をなで下ろした。人手不足から医師らが過酷な労働を強いられている現状は全国各地でみられる。遺族の夫は、長時間労働を改善する姿勢をみせなかった市や同病院への憤り以上に、国や医療機関が労働環境の改善に真摯(しんし)に取り組むことを求めた。

 遺族の労災申請から認定まで、9カ月半と長い時間を要した。代理人を務める斎藤裕弁護士は新潟県庁で1日開いた記者会見で、新潟労働基準監督署の担当者から「労働時間の把握に時間がかかった」として謝罪の言葉があったことを明らかにした。
 斎藤弁護士によると、同病院は残業時間を最大で月80時間以内とする労使協定を結んでいた。ところが、電子カルテの操作記録などを調べた結果、木元さんの時間外労働時間は最も長かった平成27年8月には251時間に達し、同月を含め4カ月連続で200時間を超えるなど過酷な状態が続いていたことが判明した。
 遺族側は時間外労働時間は月平均で約187時間だったと指摘したのに対し、病院側は同労基署に対し、その3分の1に満たないと主張。さらに、医師らは勉強のため労働時間外も病院にとどまることがあるため、木元さんについても「自らのスキルアップのために残っていた可能性がある」としていた。
(略)
 会見で斎藤弁護士は「医師の過酷な労働が悲劇を招いたことは労災決定が示している」とした上で「市側は長い労働時間を正当化するような対応を取り、労働時間を減らす対策をほとんどしてこなかった」と批判。市に対し長時間労働の改善を申し入れるとした。


研修医自殺:労災認定へ 労基署「過労が原因」 新潟市民病院(2017年6月1日毎日新聞)

(略)   
 亡くなった研修医は木元文(あや)さん。看護助手をしながら医師を目指して勉強を続け、2007年、新潟大医学部に合格。卒業後の13年から研修医となったが、15年4月に後期研修医として同病院に移ると、救急患者対応の呼び出し勤務が激増。16年1月24日夜、行き先を告げず一人で自宅を出たまま行方不明になり、翌朝、家族が自宅近くの公園で遺体を発見した。
 新潟県警によると、死因は低体温症で、遺体のそばには睡眠薬と飲み終えた酒が落ちていた。自殺前、家族に「人に会いたくない」と漏らしていたといい、県警は自殺と判断している。
(略)
 一方、病院側は木元さんが自己申告していた残業時間は月平均約48時間だったと反論。「電子カルテの操作記録の多くは医師としての学習が目的で、労働時間に当たらない」と説明していた。
(略)
 木元文さんが勤務していた新潟市民病院では、毎日新聞の情報公開請求による取材で、残業時間を月80時間以内とする労使協定無視が常態化していた。
 「過労死ライン」の月80時間に対し、基本的に死亡の1カ月前に100時間か、2~6カ月前の平均で80時間を超える残業があれば過労死認定される。
 毎日新聞では、情報公開請求により、木元さんが亡くなった2015年度に在籍した後期研修医27人の残業自己申告記録を調べた。200時間を超える残業月は1人▽150時間超は3人▽100時間超は9人▽80時間超は7人▽80時間以内は7人で、後期研修医の7割以上の20人が協定違反の労働をしていた。また、管理職を除く136人中、62人に80時間を超える残業月があった。ある臨時職員の年間残業時間は1523時間で、平均月約120時間を超えた。
 同病院はこうした実態を踏まえ、今年度の労使協定改定で、残業上限を年6カ月以内の範囲で月100時間以内まで緩和した。上限緩和は過労対策の趣旨に反するが、同病院の担当者は「協定を守れる範囲にした。中核病院としての使命と労働時間の問題との間で葛藤がある」と話した。

<新潟市民病院>長時間労働は氷山の一角 協定違反が横行(2017年6月1日毎日新聞)

 過労自殺した研修医の長時間労働は氷山の一角--。新潟労働基準監督署に31日労災認定された木元文(あや)さんが勤務していた新潟市民病院(新潟市中央区)で、労使協定を無視した残業が常態化していたことが毎日新聞の情報公開請求で明らかになった。同病院は協定違反を認めたうえで「急性期病院のため救急患者を受け入れざるを得ない」と釈明。事態改善は難しいとの見解を示している。【柳沢亮】
(略)
 同病院は09年度、労使協定の上限を超える残業があったとして同監督署から是正勧告を受けている
 同病院はこうした実態を踏まえ、17年度の労使協定改定で医師と歯科医師の残業上限を緩和。年6カ月以内の範囲で月100時間以内まで残業を認めるなどとした。同病院は「協定を守れる範囲にした」と説明している。
 ただ、上限緩和は過労対策の趣旨に反する。同病院の担当者は、高齢化で仕事量も増える可能性があるとして「中核病院としての使命と、労働時間の問題との間で葛藤がある」と話した。

全国どこでもありがちな状況ではあると思いますが、注目すべきは死者まで出ているにも関わらず病院側には全く事態を改善する意志はないと公言していると言う点で、残業上限の80時間で死者が出たから100時間まで残業出来るようにしましたと言うのはもはや狙っているのか?と思うような意味不明の話ですよね。
どこの業界でも過労死と言う現象は残念ながら発生し得るものですが、ここまで全く反省の色もなく自己正当化の弁ばかり出てくる職場と言うものも昨今珍しいもので、これが医療以外の世界で起こった出来事であったなら今頃進歩的なメディアを始め各方面からの集中砲火で壮大な炎上騒動が発生していただろうと思います。
そうした状況であっても医療であるからこの程度許容されるだろうと考える傲慢さをどう考えるべきなのか、医療の常識は世間の非常識と言うことを証明する実例の一つになるのかですが、少なくとも研修医はこうした各病院の状況をよくよく把握した上で勤務先をしっかり選んでいかないと、いつ自分がそうした立場に追い込まれるか判らないと言うことです。

国の推進する働き方改革でも医療業界の後進性、閉鎖性はかなり注目されているようで、新潟市民病院も関係している全国自治体病院協議会がこの秋にも医師の働き方について見解を打ち出すと言っているそうですが、厚労省調査によれば医師の2/3までが勤務状況改善が必要だと答え、その理由として「医師の過重勤務により患者が不利益を被る可能性があるため」が最多であったそうです。
これに対して先日働き方改革による医師労働規制強化に異議を唱え「医師は労働者ではない」の名台詞?で全国に名を売った日医の横倉会長が興味深いコメントをしているのですが、彼によれば医師の応召義務を定めた医師法19条とは「医師個人に対しての規定で、医師が勤務する医療機関への規定ではない」と言う考え方が、日医内部での議論の結果打ち出されたのだそうです。
だから医師は黙って働くしかないのだよと言うのが日医の見解だとして、当然ながらこれとは逆の立場に立つ意見も少なくないわけですが、法律の解釈が原因で医師の勤務改革が出来ないと言うのであれば国に見解を問い是正を促すよう働きかければ済むことだと思うのですが、興味深いことにこうした当たり前の対応すらやろうとしない団体が世間では医師の主張を代弁する強力な圧力団体だと認識されているそうです(苦笑)。
いずれにしても自分の命を削ってまで職場に滅私奉公しようと言う人間は世間全般で減ってきている時代ですから、こうした事件が報じられることで医療の世界においても自然な摂理に従って医療リソースの再配分と淘汰が進んでいく可能性があると思うのですが、結果的に過労死寸前の目を血走らせた医師に診てもらうよりはよほど患者にとっても安心出来る医療が受けられるようになるかも知れないですね。

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2017年5月29日 (月)

医療のフリーアクセスが終焉へ?

医療の行方や在り方に関しても、このところその経済的側面からの観点は欠かせないものとなりましたが、先日こんな話が出ていたそうです。

かかりつけ医以外の受診「抑制へ定額負担を」 諮問会議(2017年5月24日日本経済新聞)

 政府は23日、経済財政諮問会議(議長・安倍晋三首相)を開き、社会保障改革を議論した。民間議員は、費用対効果をもとに、医薬品の価格を決める新組織の設立や、かかりつけ医以外をランダムに受診した場合の定額負担の導入を提言した。代替のない高額医薬品ほど自己負担を減らす仕組みの検討も求めた。受診や薬の利用にメリハリをつけて医療費を抑える。

 塩崎恭久厚生労働相は、薬価の抑制につながる後発医薬品の普及率を、現在の60%台半ばから2020年9月までに80%に引き上げる方針を表明した。従来は「18年度から20年度末までのなるべく早い時期に80%以上にする」としていたが、時期を明確にした。

 民間議員はかかりつけ医の普及に向けて、まず大きな病院を紹介状を持たずに受診した時の定額負担の対象拡大を検討すべきだとした。その上で、かかりつけ医以外を受診した場合の定額負担の導入につなげたい考えだ。日本では外来受診時の負担が軽いことが医療費膨張につながっている。

 薬価の算定方法も見直す。民間議員は、費用対効果をふまえて薬価を算定する日本版「医療技術評価機構」の設置を提言した。新たな組織は、生存年数や生活の質のほか、再発率の高さなども総合的に勘案して薬の値段を決めることを目指す。

 フランスを例にして、薬の種類によって自己負担割合を変えることも提言した。薬の種類で負担割合が変わらないことが、過剰投与につながっているとして、使用や開発にメリハリをつける。

 23日の諮問会議では、6月に閣議決定する経済財政運営の基本方針「骨太の方針」の骨子案も示した。働き方改革と人材投資を軸に、成長と分配の好循環を目指す。消費の活性化や経済・財政一体改革の推進を盛り込んだ。

まあしかし外来受診時の負担が軽いことが医療費膨張につながっていると言い切ってしまっていいのかどうかも異論反論が多々あるところでしょうが、この辺りに関してすでに何かしら明確なエヴィデンスが出ていると言うことなのでしょうかね。
色々の話が混じり合っていますが、後発医薬品への切り替えに関してはかねて盛んに言われているところでもあり、医学的にさほど大きな問題とならない場合は半ば強制的にでも切り替えさせていくと言うことで今後も調節が続けられることになるのだろうと思います。
一方でここで非常に大きな医療のパラダイムシフトになりそうなのがかかりつけ医以外への受診抑制ですが、今のところ金銭的な面での誘導強化と言う程度に留まっているものの、最終的に目指すのはイギリスNHS風のホームドクター制度ででもあるのでしょうか。
もちろん医療においてゲートキーパー機能をきちんと発揮させることは医療費削減や高次医療機関の疲弊抑制などの観点から非常に重要ではありますが、風邪で大学病院受診もありと言うフリーアクセスを旨としてきた日本の医療制度の抜本的な転換点となるのかどうかが注目されます。

もともと病院の専門医志向から開業のかかりつけ医に誘導するべしとは長年言われてきたところですが、そのための方法論が問題なのは儲けにならなければ病院も患者を手放すだろうと病院の外来コストを安く設定した結果、安上がりだからと患者がかえって病院外来に集中してしまった過去の事例からも明らかですよね。
儲けにならないことはやらなくなると言うのも一面の真実なのでしょうが、日本の場合応召義務とフリーアクセスが担保されている以上儲けにならない患者だから断ることが出来ないもので、この点では保険外での自己負担を増やしていくと言う考え方は一定の実効性を発揮する可能性がありそうです。
先日出ていたように生保患者に関しては試験的にかかりつけ薬局限定でしか薬の処方を受けられないようにする方針で、有効であるなら一般患者にも同様の方針を広げない理由もなさそうなのですが、かかりつけ医以外の受診に余計な金銭的負担以外のペナルティを設定するのかどうかで、国の本気度も判りそうな気がします。

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2017年5月24日 (水)

どこの世界でも後に待っている人が多いのに長尻する人は好かれません

本日の本題に入る前に、先日は医療サービスの質が高い国ランキングと言うものが出ていたのですが、それが意外な理由で話題になっていました。

医療サービスの質が高い国ランキング、日本はトップ10逃す(2017年05月19日AFP)

【5月19日 AFP】世界195か国を対象に医療サービスの質を比較したランキングが19日、英医学誌ランセット(Lancet)に発表されたが、日本やカナダはトップ10入りを逃し、米国は35位に沈んだ

「ヘルスケア・アクセス・アンド・クオリティー(HAQ)インデックス」は、適切な医療を受ければ予防や効果的な治療が可能な32疾患の死亡率に基づいたもの。今回発表されたランキングは2015年の状況を反映している。
 1位は前回に引き続き、フランスとスペインに挟まれた小国・アンドラで、2位は北欧のアイスランド。人口100万人以上の国で最上位にランクインしたのはスイスで、3位だった。上位20か国中、オーストラリア(6位)と日本(11位)以外は全て欧州の国だった。
 欧州はほとんどの国が何らかの形で国民皆医療保険制度を導入している。ただ、英国は期待されるレベルに大きく届かず、30位にとどまった。一方、多くの米国人に初めて保険適用の恩恵をもたらした米医療保険制度改革(通称オバマケア、Obamacare)の撤廃を与党・共和党が求めている米国は、英国に次ぐ31位だった。

■医療サービスの質が高い国トップ10(HAQインデックスによる)

1. アンドラ
2. アイスランド
3. スイス
4. スウェーデン
5. ノルウェー
6. オーストラリア
7. フィンランド
8. スペイン
9. オランダ
10. ルクセンブルク

日本は11位だったと言うことが高いのか低いのか微妙なところですが、それよりも何よりも多くの人が真っ先に感じたのが「アンドラってどこの国?」と言う疑問だったようで、近年ようやく国内が安定し経済発展著しいと言うアフリカ西岸のアンゴラのことか?と勘違いした方もいらっしゃるかも知れません。
正解はフランスとスペインの国境に挟まれた山間の小国だそうで、面積が金沢市とほぼ同じで人口はわずか8万人足らずだと言いますからまさしく小さな田舎町レベルですが、一応首都には総合病院もあるらしいとは言えこうした小さな国の医療水準を大きな国と同列で比較すると言うのもどうなのでしょうかね。
ともかくも上位に並んでいるのは人口規模の小さな西欧諸国が多いと言う点が特徴的で、日本が11位に入っているのは検討していると言えるのではないかと思うのですが、そもそも今回の調査では死亡率に基づいて順位が算出されているのだそうで、確かに医療の質の評価にはいいのでしょうが医療サービスと言えばもう少し主観的な部分も評価したいですよね。
日本の医療に関して各種客観的指標では世界トップクラスであるにも関わらず、国民の医療満足度が極めて低いことが一つの特徴としてあげられていて、先の記事でも下位に沈んだ「医療崩壊先進国」英国などは逆にこの点で国民から高く評価されているのと好対照ですが、その理由の一つとして顧客満足度の低さもあげられるのではないかと言う気がします。

医者は患者にコレを言われると、内心ものすごくムッとする(2017年5月19日週刊現代)

(略)
医療ジャーナリストの松井宏夫氏が語る。
「最近は雑誌だけでなく、テレビやネットなどでも医療特集をよく見かけます。そこで見た情報を医療機関に持ち込み『こんなことが書いてあったけど、どうなんですか?』と医師に問い合わせるケースがかなり増えている。こういった状況に嫌気がさしている医師の声をよく聞きます。
中には、あなたの症状はこうだから、こういう治療をしているんですよと、きちんと説明してくれる医師もいますが、心の中では『そんなに私の言うことが聞けないのだったら、他の病院へどうぞ』と開き直っている医師も少なくない
なかには、目の前で週刊現代を破り捨てた医者もいたと、患者から本誌に投稿が寄せられたこともある。
(略)
医者は患者に意見されると不快に感じる。その理由は、彼らが「医者は患者よりも偉い」と思っているからだ。
東京有明医療大学教授で一般社団法人東洋医学研究所附属クリニックの川嶋朗氏はこう語る。
「あくまで一般論ですが、医者はプライドの高い人が多いです。それは難易度の高い大学医学部を出て、医師国家試験も通過して医師免許をもっているから。自分は医学を修めたという自負をもっている。だから医学的に素人である患者さんに反論されるとムッとしてしまう人が多いのも事実です」
(略)
また、外来に訪れた患者に、くどくどと要領を得ない長話をされ、内心イラッとしている医師もいるという。ではどうやって医者に自分の症状を説明すれば、快く診てもらえるのか。
「外来ではどうしても一人当たりの診察時間が限られているので、要点を2~3個に絞って、説明、質問するといいでしょう。
口下手な人、あがりやすい人は、あらかじめ病気の経過や疑問点を1枚の用紙にまとめて、それを受付で渡すのも上手な受診法です」(フリーの麻酔科医・筒井冨美氏)

患者の話を親身になって聞かない医者は問題だ。だが患者自身も自らを省みるべきケースもあるだろう。
(略)
特に「医者だから治せて当たり前でしょ」といった態度をとるのは、もっとも医者の神経を逆なでする行為だ。
「医療トラブルの多くは、患者側の誤解によるものが7割を占める」と語るのは、日々、病院で起こるトラブルの相談を受け、「トラブルバスター」の異名を持つ、大阪府保険医協会・事務局参与の尾内康彦氏だ。
「'90年代半ばから、国は病院に対して『これからは医療もサービス業』であると通達しました。その影響が昨今はますます強まり『患者はお客様である』と誤解している人が増えています。
(略)
とはいえ卑屈になり過ぎて、医師の言いなりになるのもよくない。しっかりと医師に自分の症状を伝え、相談することは、良質な医療を受けるためにも、もちろん必要なことだ。
「『医者にこんなことを話していいのかな』と不安に思う患者さんがいますが、気を遣いすぎるのもよくありません。医者は神様ではないので、患者さんに言ってもらわないと分からない
患者さんの何気ない一言で、検査をした結果、がんが早期に見つかったというケースも多数あります。
医者と患者のどちらが傲慢でも、絶対に治療は上手くいかない。医療というのは消費サービスではなく、医者と患者の相互関係によって作り上げていくものなんです。それを誤解してはいけません」(前出の尾内氏)
医者が病気を治すのではなく、病気を治すのはあくまで患者自身。その手助けをするのが医者の役目だ。それを勘違いしてはいけない。

元記事の方は週刊現代だけにあまり真面目に受け取らない方がよさそうな内容ではあるのですが、前向きなメッセージとして解釈するなら医師と患者の間のトラブルが医療満足度を大きく引き下げる要因になっているとは容易に想像出来ることですし、経験的に考えても医療の質がどうこうと言う以前のちょっとしたコミュニケーションの問題に起因する部分も多いんじゃないかと思えます。
この辺りは日本の医療の場合医療に対するアクセスが極めて容易であることからか、諸外国の医師と比べてとにかく入院と外来とを問わず医師の担当する患者数が多いことが知られていて、年間外来患者数などを見ても諸外国の医師の数倍にも及ぶ数を捌いているし、そうしなければ経営が成り立たないような診療報酬体系に設定されていることにも問題があるかも知れません。
要するに現場が忙しすぎて一人の患者に長い時間をかけられない状況である以上、いい患者であることの絶対条件として余計な手間や面倒をかけないと言うことが重視されているのではないかと言うことですが、これ自体は別に医療の世界に限った話でも何でもないし、この真逆の存在が昨今どこの業界でも忌避されているモンスター、クレーマーと呼ばれる類の顧客と言えますよね。

ただ医療トラブルの経験が豊富な尾内氏が「医療トラブルの多くは、患者側の誤解によるものが7割を占める」と言っている点を見れば、やはり幾らか余計な労力を払ってでも患者の誤解を解いておいた方が後々のトラブルを減らすことになるのではないかと言う気はするのですが、この点で昨今どこの業界でも増えているマニュアル対応のように全ての患者に公平平等な対応と言うのも無駄が多そうではあります。
理想的には一人一人の患者に応じたオーダーメードの説明をと言うことなのでしょうが、そこまで行かずとも患者の年齢や理解力などによって何種類かのバリエーションが用意出来れば多少なりともマシになりそうですから、コメディカルなどがよく使っている説明用の書式なども院内統一で一種類だけではなく、いくつかのバリエーションがあればなお良いのでしょうね。
結局のところ医師と患者の双方がもう少し空気を読む努力をすれば円滑なコミュニケーションも成り立つのは確かだとして、医師の側に余裕がない分患者にはほんの少しばかり大きな努力を払っていただければ大いに助かると言うのが正直なところだと思いますが、患者がなかなか捌けずに待ち時間が長くなってきた時に備えて診察室にチャイムなりお茶漬けなりの用意でもしておいた方がいいのでしょうかね。

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2017年5月22日 (月)

若い医師ほど腕が良い?

先日報じられて話題になっていたのがこちらのニュースですが、皆さんはどう感じられたでしょうか。

かかるなら若手医師に? 患者死亡率、高齢医より低く(2017年5月19日朝日新聞)

 若い医師が担当した患者の方が高齢の医師が担当した患者より死亡率が低いことが、米ハーバード公衆衛生大学院の津川友介研究員らの研究で明らかになった。「英国医師会雑誌」(BMJ)に17日、論文が掲載された。

 研究チームは、2011~14年に内科系の病気で入院した米国の65歳以上の患者約73万人の予後を、担当医の年齢で比べた。患者の容体の深刻度で担当医の年齢が偏る可能性があるので、シフト勤務中に緊急入院してきた患者を区別なく診ている「ホスピタリスト」と呼ばれる内科医約1万9千人を調べた。

 その結果、患者が入院して30日以内の死亡率は、40歳未満の医師が担当した場合は10・8%、40代は11・1%、50代は11・3%、60代以上の医師の担当患者は12・1%と、年齢が若いほど低かった。ただし、多くの入院患者をみている医師では、死亡率にほとんど差が出なかった

 過去の研究で、高齢医師は若い医師と比べて最新の医学的知識が少なく、治療指針に沿った治療をしない傾向があるとされてきた。だが、実際に年齢別で治療結果に差が出るかはわかっていなかった。

 津川さんは「研究結果では、60歳以上の医師が診た患者を40歳未満の医師が診ていたら、患者77人ごとに死亡者を1人減らせる計算になる。年齢が上の医師の方が経験豊富だから腕がいいだろうという先入観は、必ずしも当たっていないと言える」としている。

若い医師と言われて何歳くらいをイメージするかと言うのも人それぞれだと思いますが、ひとまずは医師の年齢が進むほど治療成績は悪くなっているように見えると言う、なかなか興味深い結果であるのは間違いないところですよね。
ちょうど先日は食道癌手術の領域で、51歳以下の医師の方が52歳以上の医師に比べて術後の予後が良かったと言うもう一つの論文も出ていたのですが、特に食道癌などは若手医師がおいそれと執刀できる領域ではないだけに、世間的にはベテランと呼ばれるような高齢医師が中心になっているはずです。
年齢と共に手に入れるものもあれば失うものもあるはずで、そのバランスも疾患や治療法によって違ってくるのでしょうが、この辺り各種疾患毎の医師の年齢と治療成績の相関であるとか、内科的疾患と外科的疾患での違いなども調べて見ると面白い結果が出るのかも知れませんね。

何故こうした結果になるのか、記事では高齢の医師ほど最新のガイドラインから外れた、恐らく過去の知識や経験に頼りがちな診療をしていることを指摘していますが、多数症例を検討してもっとも効率が良い医療を提示したのがガイドラインだと考えれば当然ではあるのですが、年を重ねる毎に知識が専門分野に偏ってしまい他領域については古い知識で対応していると言うケースも少なくないのでしょうね。
また元データになっているのはアメリカでの研究結果で、日本の医療現場にそのまま当てはまるのかどうかは判りませんが、日本の場合特にある程度大きな病院での入院医療では50代60代の医師が患者の入院診療を直に手がけると言うことはそれほど多くなく、若い先生が実働部隊として下について診療していることが多いのではないかと思います。
各年代の医師が定期的にディスカッションなども行いながら診療しているとなると、入院後日数が長くなるほど治療内容は平均化されてくるのだろうと思うのですが、今回のように緊急入院患者が対象となるともっとも診療内容に差が付くのは初期診療の部分だろうとも想像できますから、火急の場合には若くて体もよく動く医者の方が向いていると言う、ごくごく常識的な解釈も出来るのかも知れません。

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