心と体

2017年8月18日 (金)

かつて余分三兄弟と言うCMがありましたが身につまされましたね

それはともかく、いわゆるメタボ健診については企業にペナルティが課されることもあって、どこの会社でも昨今非常に厳しく言うようになっているようですが、「ついにここまでやるようになったか!」と先日話題になっていたのがこちらのニュースです。

体脂肪管理、怠る社員は社食で公表 タニタ(2017年8月16日日本経済新聞)

 できていない人の名前は壁に張り出します――。学校や塾の成績表の話ではなく、健康機器大手、タニタの社内風景だ。体重や体脂肪率などが分かる体組成計と血圧計を使い、2週間に1度の頻度で社員自らがチェックするよう求めている。1カ月ほど測定を怠ると、食堂とリフレッシュルームの壁に名前が掲出されてしまうのだ。
壁に名前が張り出される社員は多くて月5人ほどという

 同社は2009年1月から、国内に約400人いる社員の健康増進と生活習慣病の予防に向けたメタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)のゼロ達成を目指している。そのために楽しみながら歩くことなどを推奨。社員は1人ずつ活動量計を持ち、社内にある機器にかざしてデータを蓄積していく。体組成計や血圧計での定期的な測定も努力目標としている。
 歩数競争といった社内イベントの成績上位者は名前を食堂などに掲出される。同時に計測を怠った社員も張り出されてしまう
 不名誉にも名前を張り出された社員は「多くても月5人ほどで、ゼロの場合もある」とタニタの丹羽隆史CHO(チーフ・ヘルスケア・オフィサー、最高健康責任者)は話す。
 健康機器メーカーならではの施策で、タニタの医療費はプログラム導入前と比べて約9%減ったという。「社員を健康にして生産性を上げる。そのノウハウを発信していきたい」(丹羽CHO)と意気込む。

 健康保険組合連合会(健保連)によると、大企業の会社員が入る健保組合の17年度予算では、医療費の支出が4兆1193億円と前年度比3.6%増える見込み。10年前に比べて2割強増え、組合の7割強が赤字となっている。企業も負担増となるだけに社員の心身の健康を保つ健康経営への取り組みは待ったなしだ。

タニタと言えば体脂肪計など健康関連の各種測定機器のメーカーであるだけに、社員が健康管理を怠るようでは示しが付かないと言うこともあるのでしょうが、しかし今どき壁に張り出しますかそうですか…
こういうことをやっていると下手をすればパワハラだとか言われて訴えられても仕方がない時代ではある気もするのですが、何しろこういう会社であるだけに社員もこの方面に関しては意識が高いと言うことなのでしょうかね。
しかし医療費が1割削減出来たことを多いと考えるべきかここまでやってもと考えるべきか微妙なのですが、削減した医療費に対してコストがどれほどかかっているのかと言う検証もしていただければ興味深いかも知れませんね。

少し話が外れるのですが、長年慶大病院で本人曰く万年講師で飼い殺しにされていたと言う某先生などは癌検診無用説を唱えていて、未だに熱心なフォロワーが定期的に話題になるように一部患者にとっては魅力的な言説であるようです。
これだけ各企業がうるさく言うようになると、そろそろ誰かが「労働者よ、メタボと闘うな」的な書籍でも上梓しないものだろうかと思っているのですが、ちょいと調べて見た範囲では意外とメタボに対して闘志を抱いている人が多いようで、何か意外な気もしますね。
メタボの場合素人目にも不健康そうになっただとか、美容的な面でもデメリットがあるなど実感しやすいと言うこともあるのかも知れませんが、無茶なダイネットもまた健康を損ねるリスクがあるだけに正しい知識に基づいた対策が必要であることは言うまでもありません。

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2017年8月16日 (水)

少しお得になっていますと言われれば黙っていても手が伸びる仕組み

今日はちょっとしたネタを取り上げてみますが、まだまだ暑い日が続き熱中症患者が数多く病院に担ぎ込まれている中で、先日こんな気の利いた熱中症対策のニュースが話題になっていました。

炎天下の中「ポカリ50円」の自販機 工事現場への思いやりが話題に(2017年8月10日withnews)

 夏本番。建設現場で働く作業員にとって、熱中症対策は不可欠です。そんな中、ある建設現場の自動販売機の写真がツイッターで話題となっています。「熱中症対策自動販売機」と題したその自販機では、ポカリスエットをなんと50円で販売。作業員からも「助かる」と評判の取り組み、事業主として設置した大和ハウス工業によると、炎天下の中で働く作業員をサポートしようと、今夏から関東の約20現場に配置。現場事務所の所長は「口頭で注意喚起するよりも効果がある」と手応えを感じています。

 「真夏の建築現場の自販機はみんなこうであるべき!!
 この文章ともに投稿された自販機には、ポカリスエットと同じ種類の「ポカリスエット イオンウォーター」が500mlと250ml合わせてずらり30本。そのどれもが50円です。
 「労働災害予防の正しい金の使い方w」「本当に真夏の現場仕事の自販機はこうあって欲しい」などのコメントが寄せられ、約1万5千リツイートがされています。
 この50円自販機が設置されているのは、多摩川を挟んで羽田空港に面している川崎市のホテル建設現場。約100人の作業員が詰める事務所前にあります。ほかの自販機には別の商品もありますが、90円で売られているオロナミンCより40円安く、やはり破格です。

 事務所を訪れた9日は、横浜の最高気温が35.1度。昼前でしたが、立っているだけで汗が噴き出す気温で、500mlはすべて売り切れていました。休憩のために戻ってきた作業員の男性に話を聞くと、「他の現場では見たことがない。すごい助かる」「すべて500mlで売って欲しい」。最初の休憩がある午前10時には売り切れ、1日に1~2回は補充が必要なほどの人気ぶりだということです。
 事務所の所長で、大和ハウス工業東京本店建築事業部の権藤繁雄さんによると、夏の現場は熱中症の危険性が高いことから「作業員が効果的に水分補給ができるようにサポートしたい」と建築事業部独自の取り組みで設置を決めたとのこと。差額分は熱中症対策の費用として会社が負担しているそうです。「水を飲むよう口頭で注意喚起をすることも大切ですが、低価格の商品があれば実際に飲んでもらえる。やってよかったです」と話しています。
 自販機を手がける大塚ウエルネスベンディングによると、「熱中症対策自販機」とするには、一定量のナトリウムを含んでなければいけないので、水やお茶は販売できないそうですが、建設現場などへの導入が増えてきているといいます。「自販機だと冷やす手間がかからない。熱中症への企業の意識が高まり、作業員への福利厚生という点から注目されている」と話しています。

この熱中症対策とはどうあるべきかと言うことは毎年のように議論になるテーマで、特に水分摂取をどのように促すべきなのか、摂取する水分としては何が良いのか、塩分摂取は必要なのか等々がしばしば話題になりますが、その理由として各人それぞれで事情が違うと言うことがあります。
基礎疾患の有無や置かれた環境の違い、年齢や体格などに加えて、例えば「水分をしっかり取って下さい」と言われた場合にしっかりとはどれくらいかと言う感覚も各人で違うのですから、一律な指導ではかえって有害になると言う考え方にも一理ありますね。
ただ臨床医は基本的に体調を崩して病院に来た患者を相手にしますが、公衆衛生学的には不特定多数を相手に過不足のない予防策を指導することも必要であり、その場合ある程度の塩分を含んだスポーツドリンクの摂取は一つの一般解にはなりそうです。
もちろん糖尿病持ちの方に糖分の多いスポーツドリンクはおすすめ出来ないなど一定の選択肢は用意すべきでしょうが、猛暑の作業場ではまずは飲ませないことには始まらないと言うのも確かなのでしょうね。

ところで今回の自販機対策が好評であるのは、これこれで水分摂取は重要だから飲んで下さいと言った理詰めで説得すると言うわけではなく、人間心理として思わず飲まずにはいられない方法論を採用していると言う点にあると言えるでしょう。
コストを考えるとウォーターサーバー方式でイオン飲料飲み放題と言ったやり方の方がお得なのでしょうが、その場合コップ一杯が幾らになるかと言う直感的な感覚が掴みにくいため、これは飲まないと損だと言う感覚が生まれにくく飲まされていると言う気持ちになりがちです。
市価では幾らのものがここで飲めば幾らと言われればつい手に取ってみたくなると言う点で、非常に目的達成率の高そうな方法論であると言えるし、こうしたやり方が広まってきていると言うのは実際的でよいことなのだろうと思います。
ちなみにこうしたものは一般人が入れない場所に設置するのが一般的なのだそうですが、現場の環境によっては必ずしもそうしたわけにも行かないでしょうから、密かに作業現場に侵入して買いだめしてやろうなどと考えないで頂きたいものですね。

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2017年8月14日 (月)

「医師は生活の全てを患者のために捧げて当然」と言う考え

またしても、と言うべきでしょうか、先日はこんなニュースが報じられていました。

半年で休みがわずか5日、研修医自殺を労災と認定(2017年8月9日TBSニュース)

 都内の総合病院で産婦人科に勤務していた30代の男性研修医が、おととし、自殺したのは、長時間労働が原因だったとして、労働基準監督署が先月31日、労災を認定したことが分かりました。

 亡くなる前は半年間で5日しか休みがなく、1か月間の残業は173時間に上っていて、精神疾患を発症したのが自殺の原因だとしています。

 男性の両親は、「医師も人間であり、労働環境は整備されなければ、このような不幸は繰り返される」とコメントしています。

 男性が勤めていた病院は取材に対し、「現時点ではコメントできない」としています。

亡くなられた先生のご冥福をお祈りするしかありませんが、こうした異常な勤務体系であれば誰しも過労死などを来しても不思議は無い水準であって、病院側がこうした状況を強いていたことに対して責任を負うべきであることは言うまでもありません。
一方で先の有名広告代理店の新入社員過労自殺問題と全く同様に、こうした異常な状況が医療の世界に限らずあらゆる業界で行われていることも認識すべきだと思いますが、こうした場合様々な意味で抵抗勢力となってくるのが年長の方々の存在です。
どこの職場でも何かと言えば「我々の若い頃は(以下略)」式の昔話が好きな方々は一定数いると思いますが、彼ら自身も半世紀前、一世紀前とは全く異なる労働環境の中で仕事をしていたはずだと言うことをまず認識して頂く必要があると思いますね。
特に現代社会においてはかつての高度成長期のように、働けばその分だけ相応の見返りがあるなどと言う時代では全くありませんので、当然ながら労働と言うものに対する基本的な認識も変わってきていると言うことが言えると思います。

絶望だ!「仕事して寝に帰るだけの生活」って何が楽しいんですか?(2017年8月12日産経新聞)

 厚生労働省が発表している『一般職業紹介状況について』によれば、平成21年度を境に有効求人倍率は右肩上がりで回復しており、平成29年度に入っても、じわじわと増加を続けている。職を得やすくなっているわけだが、だからといって働く環境が改善しているかは別問題だ。「教えて!goo」で「社会人は何を楽しんで生きていけば良いですか?」と質問する人がいた。質問者さんはハローワークで求人を見たところ、就業時間はどれも長いのが気にかかった。その環境で働ければ家では寝るだけになり、「そんな生活の何が楽しいのですか?」と首をひねる。
 質問者さんは大学生の頃のように、「少しだけ授業を受けて、後は部活を楽しんで、夜は飲み会といった生活のほうが楽しい」だろうと考えている。煽られたかたちの社会人たちは、この質問者さんにどのような言葉を投げかけるのだろうか。

■そもそも大学生活は比較対象にならない

 「大学生はお客さんです。お金を払って、その生活を享受しています。しかし社会人は、お金をもらう生活です」(bari_sakuさん)
 「大学生の頃のように」と考える質問者さんにスタンスの違いをまず指摘。大学を経営の視点からみれば、授業料を払う学生を「客」としてみなすことも確かにできる。一方で、社会人(労働者)は会社にとっての客ではない。この主張に重ねて「学生気分が抜けていない」といったよくある言葉も投げかけられていた。

■若いうちにしっかり稼げるようになるべき

 「40代、50代と歳がいくにつれ、人間の体って弱くなって行きます(中略…)そうなると、軽い簡単な仕事しかできなくなります」(bonboyさん)
 体力や知力は、一般的に老化していくといわれる。いっぽうで、高度な仕事、たとえば熟練の技術がいるもの、調整力や人脈がものをいうものなど、40代以上になって初めて成し遂げられるような仕事も出てくる。自分が生きていく上で、よりよい形で仕事を続けるためにも、若いうちから研鑽を積むべしということだろう。

■会社員でなければいいのでは?

 「給料をもらって生活するという生き方が嫌なら、自分で農業でも始めたらいかがです?それも仕事だし、むしろ大変だと思うけどね」(froufrousさん)
 ハローワークの掲載はほとんどが「会社員」や「契約社員」の募集だろう。働き方としては自らで仕事を得ていく「自営業」もある。もっともfroufrousさんは、税金などの面倒ごとを会社が肩代わりしてくれる上に、働く場を保障してくれる会社員のほうがずっとラクな生き方だと思う、と持論を述べる。

 今回の回答では「社会人は何を楽しんで生きていけば良いですか?」という質問者さんの言葉には、「家族のため」「使える自分の時間のため」という声もあった。筆者としては「生きるのを楽しむ」のはどうか、と考える。食べる、暮らす、働く、人と関わるなど、生きることそのものが楽しければ、「何を」と考えずともよくなる。そのための仕事も吟味するはずだ。みなさんは「何を楽しんで」生きているだろうか?

まあ楽しみと言えばまた議論の方向性が迷走しそうにも感じるのですが、世界的に見回しても家庭生活も含め人生全てを投げ打ってでも仕事に捧げるべきだと言う価値観は、決して普遍的なものでも多数派でもないと言うことは認識しておいた方がいいですよね。
その上で過去の歴史の一時期において滅私奉公な労働の在り方が肯定された時期も確かにあったことは否定出来ませんが、その結果いずれは高い地位と十分な報酬を得る立場に立てると言う前提があったからこそ我慢出来ていたとも言えるかも知れません。
ただ今の時代別に年功序列の終身雇用と言う時代でも何でもなく、特に非正規労働者などは働ける時期にだけ働かされて使い捨てられるのが当たり前と知れ渡ってしまった以上、苦労した結果得るものが何もないのに何故時間の全てを労働に捧げるべきなのかです。
あるいは別な言い方をするならば、人間労働の対価としての報酬が妥当であると感じるほど労働への熱意が高まりいい仕事が出来る一方で、不当に扱われていると感じた場合にはモチベーションも高まろうはずがないだろうと言うのは当たり前のことですよね。

医療の世界に目を転じて見れば自殺者が出るような施設の偉い方々に取材すると、若いうちはとにかく苦労しておかなければと言うロジックを非常に肯定的に語られる方々が多い印象なのですが、表題のようなことを真面目に主張し部下にも強要する方もいますよね。
大ベテランの先生の中には「若い頃苦労したからこそ今もバリバリ働けるんだ」などと自慢げに言われる先生もいますが、若い頃苦労した結果として歳をとっても人生の全てを仕事に捧げる生活が続くと言うのであればどんな罰ゲームなのか、と言う受け止め方もあると言う想像力は必要でしょう。
さりとて給与面などで努力した分優遇されるかと言えばそう言うものでもなく、出世のエリートコースと認識されているはずの大学医局や大病院などでは一般に給料は低く、仕事も楽で労働環境もいい民間病院の先生の方がよほど高給をもらっていると言う現実があります。
この辺りの逆格差を是正し、努力した分多く受け取れるようにすべきだと言う主張も一部に根強くあるのですが、それなら一方で過労死しない程度に仕事はほどほどにしたいと言う考え方も認めておいた方が、より多くの先生に気分良く働いてもらえるようには思うのですがね。

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2017年8月11日 (金)

これからの時代入れ墨は医師の仕事に?

今日は非常にどうでもいい話ではあるのですが、先日報じられていたこちらの訴訟について時系列順に紹介してみましょう。

タトゥー彫り師は医師法違反か 初公判で無罪主張(2017年4月26日朝日新聞)

 タトゥー(刺青、いれずみ)を施す行為は医師法違反にあたるのかが問われた裁判が26日、大阪地裁(小倉哲浩裁判長)で始まった。大阪府吹田市の彫り師、増田太輝被告(29)は初公判で「タトゥーを入れたことは間違いないが、犯罪とされることは納得できない」と起訴内容を否認した。

 検察側の冒頭陳述によると、増田被告は医師免許がないのに、2014年7月~15年3月、客3人にタトゥーを施したとして、15年8月、略式起訴された。
 弁護側は「タトゥーを彫る行為は医業ではない」と無罪を主張。彫り師に医師法を適用するのは、憲法が保障する表現の自由や職業選択の自由の侵害だとも指摘した。

 医師法には何を医業とするか明確な規定はない。厚生労働省は01年、針先に色素を付け皮膚表面に色素を入れる行為は医師しかできないとの立場を明らかにしたが通達にとどまり、弁護側は罰せられる行為は事前に規定しなくてはならない罪刑法定主義にも反すると主張した。
 今後、弁護側証人として刑法学者や皮膚科医、客の女性らが出廷する予定だ。

タトゥー彫り師に罰金30万円求刑 医師法違反事件(2017年7月21日朝日新聞)

 医師免許がないのに客にタトゥー(刺青〈いれずみ〉)を施したとして医師法違反の罪に問われた大阪府吹田市の彫り師、増田太輝被告(29)の論告求刑公判が21日、大阪地裁(長瀬敬昭裁判長)であった。検察側は「施術によって皮膚障害などのおそれがあり、医師の資格を求めることは十分、合理的だ」として罰金30万円を求刑した。

 増田被告は2015年8月、客3人にタトゥーを施したとして医師法違反の罪で略式起訴された。一度は受け入れようとしたものの、「自分の仕事を犯罪と認めていいのか」と考えて簡裁が出した罰金30万円の略式命令を拒み、正式裁判を求めていた。
(略)


タトゥー施術は「医療行為」か-医師法違反罪問われた彫師側「医師に独占させる必要ない」と無罪訴え結審 検察側は「医療行為に当たる」(2017年8月4日産経新聞)

 医師免許なしに客にタトゥー(入れ墨)を施したとして、医師法違反の罪に問われた彫師、増田太輝(たいき)被告(29)の第8回公判が4日、大阪地裁(長瀬敬昭裁判長)で開かれた。弁護側が最終弁論を行い、「タトゥーを彫る行為は医療には当たらない」として改めて無罪を主張し結審した。検察側は罰金30万円を求刑している。判決は9月27日。

 タトゥーの施術に医師免許が必要かどうかが最大の争点。検察側は皮膚の損傷や炎症のリスクがあることから、医療行為に当たるとしている。

 最終弁論で弁護側は「タトゥーを彫る行為を医師に独占させる必要はない」と主張。増田被告は最終意見陳述で「タトゥーを彫る仕事は医師がすべきこととは思えない。彫師としての人生を返してもらえると信じている」と述べた。

まあ医師の仕事ではないと言う意見には多くの医療従事者も首肯するところではないかと思うのですが、しかしいつの間に彫り師が違法な扱いになっていたものかと調べて見ましたら、2010年に兵庫で逮捕されたケースが最初の一例であったのだそうですね。
その根拠として平成13年に厚労省が医師法十七条違反であると言う見解を示していたのですが、こちらは入れ墨よりも脱毛によるトラブルが多発していたことへの対策が主題であったようで、警察も入れ墨に関しては伝統技能としての側面もあるとして見て見ぬふりであったと言います。
それがこのところやたらに逮捕されるケースが増えていて、末端の彫り師の間でもすでに違法行為であると言う認識が広まっており素直に罰金を払うケースが大多数と言うことですが、今回のケースは敢えて法律の解釈に踏み込んだと言う珍しいケースではありますね。

入れ墨の是非などに関してはここで議論すべきところではありませんが、今回記事を見ていて気になったのが逆に医療行為でないと言う司法判断が下された場合、他人の体に傷を付ける行為は傷害罪にならないのか?と言う点です。
この場合双方合意の上でやっていることだから格闘技の試合中の怪我などと同様、傷害罪には相当しないのでは?と言う考え方もあるでしょうが、刑法の記述を文字通りに読めば合意の有無は特に言及されておらず、罪に問えないと言うことはなさそうです。
この辺りの双方納得ずくでの加害行為の違法性に関しては色々と違法性の基準があるのだそうですが、その一つに行為そのものが社会的に許容されるようなものなのかどうかと言うこともあるのだそうで、入れ墨の場合もかなり議論になりそうなところですよね。
ちなみに傷害罪の刑罰は最近引き上げられて15年以下の懲役又は50万円以下の罰金とされていて、無資格診療の罰則である3年以下の懲役もしくは100万円以下の罰金と比べてどちらが重いのかですが、今回の裁判結果次第では今後は彫り師に問われる罪が変わると言うこともあるでしょうか。

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2017年8月 7日 (月)

制度的に推進される医療費削減、それで最終的な破綻は避けられるのか

医療費削減についてこのところ直接的なアプローチが増えている印象がありますが、先日はこんなニュースが出ていました。

企業の健保組合に成績表 厚労省、来年度から 医療費削減狙う(2017年7月31日共同通信)

 大企業を中心に全国に約1400ある健康保険組合に対し、加入者全体の健康状態や医療費水準などを「成績表」にして通知する取り組みを、厚生労働省が来年度から始める。健保組合を通じて経営者に自社の状況を把握してもらい、企業と健保組合が一体となって従業員の病気予防や健康づくりを進めることで、医療費削減につなげる狙いがある。
 厚労省は8月下旬に財務省へ提出する来年度予算の概算要求に必要経費を盛り込む方針。

 人手不足の深刻化や、仕事と生活の両立に対する意識の高まりを受け、従業員の健康増進に積極的に取り組む「健康経営」に企業の注目度が上がっている。成績表は一般には公表されないが、企業が自主的に発表すれば学生が就職活動で判断材料にすることもありそうで、企業間の競争を生む可能性がある。
 厚労省は、経済界や医療団体でつくる「日本健康会議」と連携。40~74歳を対象にした特定健診(メタボ健診)のデータを使い、健保組合ごとに(1)食事や喫煙、運動などの「生活習慣」(2)肥満や血圧といった「健康状況」(3)医療給付費(4)特定健診や保健指導の実施率―などの項目について、全国平均と比較して点数をつけて通知する。
 同業他社との比較や、ランキング表による評価も想定。公務員らが加入する共済組合などにも今後、広げていく。

 厚労省は、健保組合で特定健診や保健指導の実施率が一定の基準を下回った場合に、高齢者医療への拠出金負担を増やす「ペナルティー」についても、来年度から段階的に強化する方針を決めている。

少し前までペナルティ導入による医療費削減まで行うのが妥当なのかどうかと議論されていたように思うのですが、いつの間にか既成の事実としてこうした方針が決まっているところと言い、国もかなり本気で医療費削減に取り組んでいるのが判る話ですね。
しかしこうした健保組合への締め付けが学生への訴求力につながると言うのもかなり無理がある話なのではないかとも思うのですが、少なくとも真面目に健診くらい受けさせていなければペナルティがあると言うことで、一部ブラック企業に関しては抑制的に機能する可能性があるのでしょうか。
いずれにしても医療財政がそれだけ危機的な状況であると言うことなのですが、実際に医療費を使う側がどの程度危機感を共有しているのかと言う点で、先日日経新聞らが行ったこちらの調査結果を照会してみましょう。

「国民皆保険は維持できない」、医師の過半数が悲観的見解…過剰医療蔓延で医療制度破綻の危機(2017年8月15日ビジネスジャーナル)

(略)
医師の52%が「国民皆保険は破綻する」

 これは日本経済新聞と、10万人の医師が登録する情報サイト「メドピア」が共同で、全国の医師に対して行った調査の結果だ。インターネットを通じて1030人の医師から回答を得た。
 その中で「現状の皆保険制度に基づく医療は、今後も持続できると思うか」と聞いたところ、「そうは思わない」との回答が539人(52%)に達した。その理由としては「高齢者の医療費の増大」や「医療の高度化」を挙げる医師が多かったという。
 一方、「持続できる」と答えた医師261人(25%)でも、その多くが「患者負担の増加」「消費税の増税」など、財源を確保できることを条件として追記している。どちらにせよ、現状のままでは維持が難しいとの認識が大半を占めた。

 国民医療費は1990年度に20兆円を超え、2015年度は概算で41.5兆円。国民が支払う健康保険料と患者負担でまかなえているのはその6割にすぎず、残りの4割は税金などから補填されている状態だ。
 しかも政府の推計によれば、2025年度には国民医療費は54兆円に達するという。日々現場を見続けている医師達の危機感は、想像以上に大きい。
 対策としては「支払い能力のある人の負担増」「紹介状なしでも受診できる『フリーアクセス』に一定の制限を」という回答のほか、「医療の効率化」「過剰医療を見直すべき」という医療側の意識改革を求める声もあったという。

アメリカでは500もの過剰医療をリスト化

 近年、現代医療における過剰医療は日本だけでなく多くの先進国で議論されてきた問題だ。
 本来、医療行為にはそれを行うに値する科学的なエビデンスが伴う。しかし現実には「患者が要求する」「お金が儲かる」「患者に訴えられたくない」といった理由で、科学的な根拠に乏しい「無駄な医療」が行われている。たとえば、本来は必要のない検査や手術、抗生物質の使いすぎ、高齢者への多剤処方などだ。
 アメリカでは医療費高騰のかなりの部分を「過剰な治療」や「医療連携のミス」などの過剰医療が占めており、その割合は低く見積もっても「医療費全体の20%を超える」との報告もある。
「医療費支出」と「患者の身体」の両方に負担をかける過剰医療は改めるべき--。そうした声が高まったアメリカの医療界では、2012年に「Choosing Wisely(賢明な選択)」というキャンペーンが立ち上げられた。具体的には、臨床系の医学会に呼びかけ、「考え直すべき医療行為」をエビデンスと共に具体的に5つずつ挙げてもらったのだ。
(略)
 この活動には各国が注目し、現在では、カナダ、イタリア、英国、オーストラリアなど10カ国以上に広まっている。日本でも昨年10月に「チュージング・ワイズリー・ジャパン(CWJ)」が発足。今年6月1日には日本医学会がシンポジウムで取り上げた。
 CWJ代表で佐賀大学名誉教授の小泉俊三医師は、「医療費削減が目的と誤解しないでほしい。大事なのは患者と医師がじっくり考え、望ましい医療を一緒に決めること」と語る。
 それでも、医師と患者が協力して適切な治療を選ぶことが、結果として医療費削減に少しでも寄与するならば、運動を進める意義はさらに大きくなるだろう。

 国民皆保険制度を維持するためには、自己負担の増加や増税など、なんらかの財源の手当が必要になる時が来る。しかし、負担を増やす前にすべきなのは、まず意識を変えることだ。
 私たち患者も過剰な治療のデメリットを知り、「心配だから」というだけの理由で安易に医師に求めないことを意識したい。

過剰医療の問題と言われると何かやらなくてもいいことを無理矢理やっているかのようにも聞こえるのですが、やらなくても良かったと判るのは多くの場合やって結果が出た後の話であって、やらない前の段階ではその可能性も否定出来ないと言う言い方しか出来ないわけです。
とりわけひと頃のマスコミ諸社による熱心な医療バッシングにより、「○○さえしておけば助かったのに!」式の批判が医療現場にさんざん投げかけられた結果、万一の可能性を考えないでいられるほど自分自身に自身のある臨床医はそうそういないのではないかと思いますね。
これを避けるためには一定確率以下と考えられる疾患への見逃し等に関しては免責すると言った公的ルールの整備でもするか、それとも無過失補償制度なりを大々的に普及させるかだと思うのですが、少なくとも現在の日本ではそうした方向に話が進んでいる気配はありません。
医療ミスだ、見逃しだと言われるたびに症例検討的にどうすべきだったのかを考えていけば、当然例外的な可能性も考慮してさらに検査や処置を行っておくべきだったと言う結論にしかならないのですが、これではいくらお金やマンパワーを投じても切りがないのは当然ですよね。

一般的に医療の評価はコストとアクセス、クオリティーの3要素で為されるとされていますが、日本はこの3要素がいずれも高い水準で保たれていると言う点で世界的に見ても医療水準の高い国だと目されている一方、国民の医療満足度は思いの外低いと言う特徴があります。
何故データ上は優れているはずの日本の医療がそうまで不人気なのかと言う点について、調査によれば約2割の人が診察の時に待たされることを理由に挙げたのだと言い、表向きアクセスフリーであるはずが実際には制限があることに不満が募っているとも言えそうです。
この理由としてしばしば言われることに日本の医師が抱える患者数は諸外国の2-4倍以上と際だって多いのに対して、一回当たりの医療費は非常に低く、要するにあまり医療の必要性のない人がたびたび医療にアクセスをしていると言う可能性があるわけですね。
この当たりはとにかく数をこなさなければ儲けが出ないようになっている診療報酬体系に起因する構造的な問題だとも言え、不要不急の受診は控えようとキャンペーンを打ってもあまり意味はないのかも知れませんが、こうした問題点まで把握して国が医療制度を考えているのかどうかどうかです。

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2017年8月 4日 (金)

国が地域枠医師に対する強力な強制力発揮の方針を公表

医師確保対策と言うものに関して各団体がそれぞれに知恵を絞っているところですが、文科省と並んで公的な立場からこの問題に責任を持つ厚労省によって、先日こんな通知が出たと報じられています。

「6つの医師確保対策」、第7次医療計画の厚労省通知(2017年8月1日医療維新)

 厚生労働省は7月31日、医学部地域枠の入学生は原則として地元出身者に限定したり、医師の配置が把握できるデータベース(DB)の構築など、計6つの柱から成る医師確保対策を盛り込んだ、医療計画に関する通知を都道府県に発出した。2018年度からの第7次医療計画の関連通知は2017年3月31日付で出されていたが、医師確保対策は盛り込まれておらず、社会保障審議会医療部会などで議論、了承された内容を今回の通知で追加した(『医学部地域枠は「地元出身者に限定」、例外も』を参照)。
 医学部地域枠の入学生については、修学資金を貸与する都道府県の地元出身者を原則とし、特に修学資金貸与事業における就業義務年限については、自治医科大学と同程度の就業義務年限(貸与期間の1.5倍)として、地域医療支援センターが当該医師のキャリア形成プログラムを策定する。社保審医療部会では、他の都道府県の大学医学部に地域枠を設ける場合の扱いが議論になった。通知では、こうしたケースも認めるものの、卒業後の臨床研修は出身地の都道府県で受けるほか、勤務地や診療科を限定するキャリア形成プログラムとする。
 都道府県は、地域医療対策協議会において、これらの点を踏まえた医師確保対策を議論、第7次医療計画で地域医療支援センターの事業内容を定めることになる。

【地域医療支援センター事業等の記載にすべき事項】
(地域枠およびキャリア形成プログラムについて)

ア:大学所在地都道府県の出身者が、臨床研修修了後、その都道府県に定着する割合が高いことを踏まえ、地域枠の入学生は、原則として、地元出身者に限定。特に、修学資金貸与事業における就業義務年限については、対象者間のばらつきを全国で是正するため、同様の枠組みである自治医科大学と同程度の就業義務年限(貸与期間の1.5倍)とし、これを前提として「イ」に規定するキャリア形成プログラムを策定

イ:地域枠医師の増加等に対応し、医師のキャリア形成が確保された医師確保が進められるよう、以下の点に留意して、キャリア形成プログラムを必ず策定
・医師のキャリア形成に関する知見を得ることや、重複派遣を防止するなど医師確保の観点から大学(医学部・附属病院)による医師派遣と整合的な医師派遣を実施することができるよう、キャリア形成プログラムを策定する際には、大学(医学部・附属病院)と十分連携すること。
・大学所在都道府県における臨床研修修了者は、臨床研修修了後、大学所在都道府県に定着する割合が高いことから、原則として、大学所在都道府県において臨床研修を受けることとするよう、キャリア形成プログラムに位置付けること。
・医師が不足する地域や診療科における医師を確保するという医学部定員の暫定増の本来の趣旨に鑑み、キャリア形成プログラムにおいて、勤務地や診療科を限定すること。
(略)

(医師の勤務負担軽減について)

ウ:医師の勤務負担軽減に配慮した地域医療センターの派遣調整等。
・グループ診療を可能にするよう、同一の医療機関に同時に複数の医師を派遣したり、他の病院から代診医師を派遣するよう斡旋したりすること。
・へき地以外でも代診医師の派遣や遠隔での診療が進むように支援すること。
・地域医療支援センターが医師を派遣する医療機関における勤務環境改善を進めるため、例えば次のような方法により、地域医療支援センターと医療勤務環境改善支援センターが連携すること。
 派遣前:医療勤務環境改善支援センターが、派遣候補となっている医療機関の勤務環境を確認し、勤務環境の改善につながるような助言等を行うこと。
 派遣後:地域医療支援センターが派遣医師から継続的に勤務環境等について聴取し、課題等を把握した場合は、医療勤務環境改善支援センターが勤務環境を再度確認し、その改善につながるような助言等を行うこと。

(へき地の医師確保について)

エ:地域医療支援センターによるへき地医療支援機構の統合も視野に、へき地に所在する医療機関への派遣を含めたキャリア形成プログラムの策定など、へき地も含めた一体的な医師確保を実施。

(その他)

オ:詳細な医師の配置状況を把握できる新たなデータベースの医師確保への活用

カ:地域医療支援センターの取り組みの認知度向上や医師確保対策の実効性向上のため、SNS等の活用や、医師確保対策に若手医師の主体的な参画を促すなど、若手医師へのアプローチを強化

前段では医学部地域枠学生の取り扱いについてかなり踏み込んだことが書かれているのですが、特に「キャリア形成プログラムにおいて、勤務地や診療科を限定すること」と明記され、勤務地だけではなく診療科制限にまで踏み込んだ点が注目されます。
これが配慮するだとか努力目標だとか言うものではなく、「以下の点に留意して、キャリア形成プログラムを必ず策定」と書かれていることから、地域枠に進んだ以上少なくとも御礼奉公期間については勤務地や診療科が勝手に指定されると言うことになりそうですね。
実際にはある程度選択肢が提示される中から選ぶ余地があるものなのか、それとも成績等の客観的指標なりを元に機械的に指定されることになるのかは判りませんが、全く本人に選択の機会がないとなればかなり厳しい内容と言えそうです。
これに対して後段は僻地医師確保策や医師配置状況の把握などやや散漫な内容に感じられますが、これについてはやはり地域枠上がりの医師以外に対しては強制配置や診療科制限などの強制力が発揮しがたいと言う現実的な側面もありそうです。

今春発表された文科省の調査によれば、ペナルティ覚悟で地域枠の義務を放棄した人は3%程度であったそうで、義務も承知の上で入学したはずの制度に対して多いのか少ないのか微妙なところですが、うち2/3ほどは奨学金等をきちんと返済して卒業したそうです。
そうした場合契約違反に問うのはなかなか難しいのでしょうが、この対策として厚労省では学生にではなく卒後の雇用先となる病院に対してペナルティを科すことを検討しているとも報じられていて、これはこれでよく考えたものだと思いますね。
他方で先日旭川医大が来たるべき医師過剰時代に備えて地域枠を削減すると発表したそうですが、興味深いのはこれに対して北海道だけでなく国も定員を維持するよう説得を続けた結果、医大側も折れて削減枠を幾らか減らすことにしたそうです。
面白いのは同大ではこの削減分に相当する定員で新たに海外での活躍を目指す国際医療人枠を開設するそうで、医学部定員自体は減るわけではないのですが、道や国にとって強制力も発揮出来ず海外雄飛してしまう人材などお呼びではないと言うことなのでしょうね。


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2017年8月 2日 (水)

人間は嫌いな場所よりも好きな場所でより働きたがる

今の時代には色々なハラスメントがあるそうですが、この6月におよそ2年続いた航空会社客室乗務員の妊娠時の就労拒否に関する「CAマタハラ訴訟」が、原告側の完全勝利とも言える内容で和解したと報じられており、当然ながら原告側は勝利宣言を出していました。
ただ興味深いのは裁判中に関連する制度を次々と改めていった航空会社側が「会社の先進的な制度(他社にはないもの)が和解で確認された。当社としては、今後ともこの制度を率先して充実していきたいと考えている」と、まるで勝者のようにコメントしていた点です。
いずれにせよ法律で妊婦労働者に対する不利益な行為が禁止されている以上、雇用者側にはどうやっても勝ち目がないのだろうとは思うのですが、医療の世界においても先日同じくマタハラ問題でこんなニュースが報じられていました。

採用予定の医師にマタハラ 大阪の医療センター部長(2017年7月25日朝日新聞)

 大阪府立病院機構・大阪急性期・総合医療センター(大阪市住吉区)で、採用予定の医師に対するマタニティー・ハラスメント(マタハラ)があったとして、センターが小児科の女性部長を厳重注意としていたことがわかった。5月31日付。センターは懲戒処分ではないことを理由に公表していない。

 センターや関係者によると、女性医師は昨年末ごろに採用が内定し、今年4月から勤務予定だった。今年2月、妊娠がわかったと、部長にメールで伝えると、部長は「病院に全く貢献なく、産休・育休というのは周りのモチベーションを落とすので、管理者としては困っている」と記し、「マタハラになるかもしれない」としつつ、「非常勤で働くのはどうでしょうか」と送り返したという。

 センターは、部長のメールの内容は、男女雇用機会均等法で防がなければならないと定める妊娠、出産などを理由に不利益な扱いを示唆する言動で、いわゆるマタハラだったと認定。部長を厳重注意、監督責任のある病院長を所属長注意とした。女性医師はセンターで勤務しなかったという。

この件に関しては賛否両論様々な意見があるようなのですが、結果を見ればこの部長一人の言動によって医師一人の雇用に失敗したばかりか、こうして全国に知られたことで下手をすれば今後も他の医師から忌避される可能性すらあるわけです。
医師の場合もともと需要に対して供給不足であり、特に今回のような急性期の基幹病院で働ける小児科医師が非常に希少で争奪戦も激しい中で、雇用により「周りのモチベーションを落とす」場合とどちらが得かの判断が出来ていたのかどうかで、管理職としてそうした面で批判の余地はあったかも知れません。。
いずれにしてもお互い合意に至らなかったのですから仕方ないとしか言えませんが、社会全般に人材不足が叫ばれる時代にあってどこの職場でも優秀な人材をより多く持ちたいのは当然として、ではその方法論をどのようにするかと言うことには議論があるだろうと思います。
医師などは仕事が忙しいのは仕方ないと言う意見もありますが、その分給料が高ければ我慢すると言う人もいれば、いや休日はきちんと取れなければと言う人もいて一律に何がいい方法だとも言えませんが、先日雇用者側の立場でこんな記事が出ていたのを紹介してみましょう。

「この病院が好き」という気にさせる - JCHO大阪病院 清野佳紀・名誉院長インタビュー(2017年7月25日医療維新)

――改めてJCHO大阪病院が、女性医師支援をはじめ、ワークライフバランスの改善に取り組まれたきっかけをお教えください。

 私が岡山大学小児科教授を定年退職し、大阪厚生年金病院(当時)の院長に就任したのは、2003年です。就任して間もない頃、育児中の女性の産婦人科医から「辞めたい」と相談を受けたのです。「どうしたら、仕事を続けられるか」を尋ねたら、「毎日午後4時に帰れたら、続けることができます」との答え。産婦人科部長に聞いたところ、その女性医師がいなくなると、分娩を続けるのが難しくなるため、午後4時までの勤務でも構わないとの回答でした。女性医師の配偶者は、別の病院の産婦人科医だったので、週1回、当院に当直に来てくれることになりました。最初はこんな取り組みから始まり、院内の職員あるいは地域の理解を得ながら、ワークライフバランスの改善に取り組みました。
 その際の基本的な考え方は、ギブ・アンド・テイク。例えば、医師のワークライフバランスを悪化させている要因の一つが、主治医制。当たり前のことですが、一人の医師が24時間診療するのは無理です。複数主治医制や医師やコメディカルなどとのチーム医療制を導入して、お互いに業務を分担した方が、医師だけでなく、医療の質が上がることから患者にとってもメリットがあるはず。
 ワークライフバランスの改善には、地域との連携も必要です。例えば、産婦人科ではオープンシステムを採用し、地域で開業されている先生方が、当院で分娩を行うほか、小児科、産婦人科では夜間の当直も担当してもらいました。今は当院の医師が増えたため、地域の先生方への当直依頼は減ったのですが、10年くらい前は、両科では、当直の5~7割くらいは地域の先生方が担っていました。こうした地域連携は、開業の先生方のメリットも大きく、当院のような基幹病院とつながりを持っていることは、いざという時に患者さんを紹介できるほか、各種勉強の機会を得ることにつながっているようです。

――ワークライフバランス改善を進めるに当たって、院内の理解はすぐに得られたのでしょうか。ご苦労された点などは。

(略)
 文句を言う人は必ずいます。女性医師の中にも、「育児中だからと言って、時短勤務にするのはおかしい」と訴えてきた人がいました。それに対し、「あなたはうちの病院には、向かん」と言ったこともあります。男性医師には、「お前たちが“イクメン”しないから、病院が支援策を講じなければいけないんだ」とも、よく言っていました。最初は私自身、女性医師と一緒に保育所探しもたくさんしました。そうしたら、驚かれてね。彼女たちはうちに就職してくれましたよ。
 短時間正職員制度であっても女性医師を活用した方が、結果的に医師も集まり、働きやすくなる――。病院全体の雰囲気が変わってくるにつれ、各種制度が定着してきました。医師が少なかったり、女性医師が育児などで苦労をしている診療科の部長などは理解が早かった。一方で、女性医師が少ない診療科でも、「なぜそんなことしなければならないのか。男性医師を雇えばいい」という考え方で、最初はあまり本気ではなかったけれども、女性医師が増えてくるにつれ、変わってきました。診療科により10年くらい差があったでしょうか。

――医師の働き方改革では、例えば、自己研さん、カンファレンスや学会発表の準備などが、勤務時間か否かなどが議論になります。JCHO大阪病院ではどのように扱っているのですか。

 その点は、いつも議論になります。私は勤務時間でいいと思いますが、世間的にはそうは見ないのでしょう。当院の場合、タイムカードと自己申告で勤務時間を管理していますが、何が勤務時間に当たるのかなどについては各自の良識に任せています
 医療者は、モチベーションが高い集団。病院は、「働きたい」と考える人が勤務している職場です。診察や手術などをさせなかったら、医師はすぐに辞めてしまうでしょう。そうならないように、環境を整えるのがトップの役割。「この病院が好き」という気にさせないといけない

――先生が院長に就任された2003年から、お辞めになる2010年までに、医師を100人近く増やしています

 一気に100人増やしたわけではなく、毎年徐々に採用していきました。医師を増やしても収支は悪くならないことが2、3年経てば分かってくるでしょう。それで増やし続けたのです。とはいえ、当時は病院改築前だったので、診察室や手術室のキャパシティーを考えれば、200人程度が限度だったと思います。
 採用は、当時は医師不足が顕著だった時代なので、大学医局経由よりも、病院に直接応募してくる医師の方が多かったですね。また初期臨床研修もフルマッチの状態が続いており、後期研修もそのまま当院に残る医師が多い状況です。
(略)

「この病院が好き」と言う気にさせないといけないとは医療に限ったことではなくどんな職場にも言えることだろうし、かつての日本型企業経営はこうした職場を理想としていた部分もあったと思うのですが、なかなか今の時代に見られなくなったのは少し残念ではありますね。
しかしこの医師不足が言われる時代にこうまで医師を増やせると言うのも驚くような話ですが、ここで非常に興味深いのは医師が働きやすくするための制度を導入しようとすると、当の医師から強い反対意見が出たと言うのはなかなか示唆的な現象のように思えました。
JCHO大阪病院の内部事情は全く存じ上げないので現場の空気の変化などは何とも言いかねるのですが、これだけ医師が次々とやってきていると言うのは少なくとも対外的なイメージは悪くないのだろうし、冒頭の記事と比較すれば特に女医さんが大阪で勤務するならどちらを選ぶのかです。
それにしても個人的な意見としてではありますが医師の時間外勤務についての考え方も示されていて、先日紹介した新潟市民病院院長の見解とはまさに対象的とも言えるのですが、さて医師としてどちらの病院で働きたいかと言われるとさぞや判断に迷う先生も多い、のでしょうかね。

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2017年7月28日 (金)

世間では体操一つとっても業務の一環なのだそうで

新入社員を自殺にまで追い込んだ大手広告代理店の違法残業問題で、裁判所が略式起訴を認めず正式の裁判を行うことになったことが話題となっていて、今の時代違法な労働行為に対しては断固たる態度で臨むべきであると言う新常識が定着しそうな勢いです。
そんな中で非常に盲点と言うのでしょうか、確かにそれはその通りだと多くの人々が改めてその違法性を認識したと言うニュースが出ていたのですが、本日まずはこちらの記事から紹介してみましょう。

スズキ相良工場 残業代未払い(2017年7月24日NHK)

浜松市に本社を置く自動車メーカーのスズキが牧之原市の工場で朝の体操や朝礼を労働時間に含めていなかったとして労働基準監督署から是正勧告を受け、従業員に未払いの賃金およそ1000万円を支払ったことがわかりました。

是正勧告を受けたのは牧之原市にあるスズキの相良工場です。スズキによりますと相良工場では、始業時間の前に行っていたおよそ10分間の体操や朝礼について労働時間に含めていなかったということです。
従業員からの情報で島田労働基準監督署が立ち入り調査を行い、先月、体操や朝礼の時間を労働時間として把握するよう是正勧告を行いました。

勧告を受けてスズキは工場内で働く従業員のうちおよそ500人に対し、今の勤務制度になった去年6月からことし2月までの未払い分の賃金、あわせておよそ1000万円を今月支払ったということです。

スズキは「今後は適正な労働管理に努めてまいります」とコメントしています。

もちろん世界的な大企業であるからこそ敢えて厳しく取り締まったと言う面もあるのでしょうが、伝統的に正式な始業時間前に行われることが多かっただろうこの種の活動に対して、正式に業務の一環であると認定されたことの意味は小さくないように思います。
朝礼やラジオ体操も業務扱いされるのですから、ましてや始業時間前に行われる朝のミーティングなどは当然業務の一環と見なされるべきだろうと思うのですが、果たしてそこまできちんと業務手当が出ているものかどうか、各企業はもう一度見直してみる必要がありそうですね。
いずれにせよ世間ではすでにこれだけ業務について厳しい在り方が追及されるようになっていると言うことですが、そんな中で相変わらず後ろ向きな態度が目立つ某業界では、先日研修医の過労死まで出した施設のトップが未だにこういう認識を公言しているそうです。

病院の責任と「働き方改革」のジレンマ - 片柳憲雄・新潟市民病院院長に聞く(2017年7月23日医療維新)

 2016年1月に後期研修中の女性医師が過労自殺し、2017年6月に新潟労働基準監督署から長時間労働是正などの勧告を受けた新潟市民病院。新潟市は勧告を受けて6月、「緊急対応宣言」を出し、紹介状なしでの外来受け付けを取りやめるなどの対応策を打ち出した。3次救急や周産期医療を担う自治体病院としての責任がある一方で、社会問題となっている「働き方改革」を進めなければならない。院長の片柳憲雄氏は「ジレンマがある」と言い、頭を悩ませている(2017年7月20日にインタビュー。計2回の連載。「緊急対応宣言」は新潟市のホームページ)
(略)
――時間外労働の算定に当たって、どこまでを「労働」とするかという基準はありましたか。

 「業務」と「自己研鑽としての研修」は今までも分けていたのですが、今回のことがあって、徹底しました。「業務」は、当直も含めた診療、診療に関わる検討会、患者の診察後に手術が必要と判断した場合に準備も含めて手術開始までの待ち時間や、患者さんが亡くなったときなどの待機時間、病院から指定された医療安全や感染管理などの研修会、それ以外で上司からの指示があった場合。これを時間外労働として算定します。

 「自己研鑽としての研修」は専門医を取るための学会や研究会の準備、手技のトレーニング、ビデオや参考書、学会誌などでの勉強、文献検索、そういったものを自己の研修として指示しています。そこを分けないと、管理も始まりませんので。これはずっと医局の医師には言ってきましたが、今年4月の医局総会で改めて確認をしました。

 また、これまでは、業務をして勉強をして、また業務をして、と混在していたので、是正勧告を受けてからは、「勉強は業務が終わった後にやる。場所も、時間外労働は患者のいるところ、つまり病棟や手術室でやる。勉強は医局に戻ってやってください」とはっきりと区別できるようにしました。やりづらくはなります。勉強も、どこでもいつでもできたのが、それをされると勤務時間が分からなくなるので、管理するためには、分けてもらわないといけない。

 (時間外労働の)上限規制の議論で罰則付きの規定ということになれば、(法施行までの)2年間プラス5年間の猶予期間はありますが、うちのように急性期の救急医療をやっている病院にとっては、ジレンマがあります。(時間外労働が)月80時間になったから帰るとか、患者に呼ばれたけど行かないとか、そういうことはできません。医師は患者を助けるために医師になったわけですし、そのためには時間外労働などはいとわないものなのですが、今回のことで変えていかなければいけないとは思っています。

この片柳院長と言えば過労自殺を受けての記者会見で「研修は労働時間でない」と公言し、遺族を激怒させたことで知られる方ですが、どうもよほど研修と労働との切り分けに関して熱意がおありであるようで、記事からもその情熱がありありと伝わってきます。
しかし文献検索などはまさに目の前で難渋している症例を解決するために行うことで、まさしく診療の一環と言うしかないのではないかと思うのですが、新潟市民病院が公式に認めた労働時間ではない行為の数々が全国的コンセンサスなのかどうか、興味深い話ですね。
ただ公平を期すために言っておけば別にこうした考え方は片柳院長に限られたことではなく、全国的に労働者である医師を使役する立場の管理職の偉い方々にはおおむね共通して見られる傾向であるようで、「医師は特別だから」と堂々と主張されている特権意識の強い方々もいらっしゃるようです。
今回の件も含めて最近ではようやく労基署も医療現場の違法労働行為に立ち入るようになってきているようで、今後この種の解釈に対しても何が正しく何がそうでないのか公的な見解が示されることを期待していますが、それまでに新たな犠牲者が出ないことを願うばかりです。

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2017年7月24日 (月)

認知症高齢者の運転免許、剥奪が徐々に進む

このところたびたび重大事故が発生し、社会問題化している感もある高齢者の運転免許の問題ですが、先日警視庁の開催した有識者会議でこんな話が出ていたそうです。

免許更新時「認知症のおそれ」の18%が認知症(2017年7月5日日経メディカル)

 3月12日の改正道路交通法の施行から5月末までの81日間で、免許更新時の認知機能検査を受検した75歳以上の高齢者は41万6608人。そのうち「認知症のおそれ(第1分類)」と判定された人は1万1254人(2.7%)で、この中で5月末までに医師の診断を受けたのは1278人であり、うち14人は免許取り消しの処分を受けていた。6月下旬に警察庁が開催した高齢運転者交通事故防止対策に関する有識者会議で公表された。
 また、「認知症のおそれ(第1分類)」と判定され医師の診断を受けた上記の1278人のうち、警察庁が把握している受験者873件の診断結果の内訳は、「認知症」が18.0%(157件)、「認知症ではないが認知機能の低下がみられ、今後認知症となるおそれ」が54.9%(479件)、「認知症ではない」が27.1%(237件)だった。

 免許取り消し者数が14人と少なかったことなどについて、警察庁交通局運転免許課理事官の佐藤昭一氏は、「診断書提出命令の提出期限が原則3カ月以内とされていることや、認知症と診断されても、行政処分を行うには聴聞等の手続を経る必要があることなどから、医師の診断や行政処分の対象となる方の大部分はその手続の途上にあると考えられる。このため、医師の診断や免許の取消し等を受ける方の数については、施行後81日間の状況がこのまま推移するとは考えておらず、これらが本格化する本年夏以降、加速度的に増加することが見込まれている」とコメントした。
 また、免許更新に訪れた75歳以上の高齢者のうち、「認知症のおそれ(第1分類)」と判定された人が2.7%だった点について佐藤氏は、「ここ数年、2014年が3.7%、2015年が3.3%、2016年が3.1%と減少傾向にある。近年、免許証の自主返納件数が急増していることから、認知症かもしれないとの自覚が本人にある場合や、そうした不安を家族が抱いている場合など、第1分類と判定される可能性の高い方が、検査を受ける前に免許証を自主返納したり、免許証の更新を断念したりするケースが増加していることも一因と考えられる」と話した。
 一方、免許更新時に「認知症のおそれ(第1分類)」と判定された人のうち、18.0%が医師により認知症と診断された点について、日経メディカル Onlineで連載「プライマリケア医のための認知症診療講座」を執筆する八千代病院(愛知県安城市)愛知県認知症疾患医療センター長の川畑信也氏は、「例年よりも認知症と診断される割合が少ない印象がある。原因としては、改正道路交通法の施行以降により多くの認知症でない人が『第1分類』と判定されたか、もしくは実際には認知症である患者を認知症と診断していない可能性が考えられる」と指摘。「改正道路交通法の施行をきっかけに、非専門医が頑張って認知症診断に取り組んでいる様子を耳にするが、現実には『認知症』と診断するハードルは非常に高いようで、長谷川式スケールの点数が非常に低いなど明らかに認知症を疑う例でも、『認知症でない』もしくは『認知症疑い』と診断しまっていると聞いている」とコメントした。

 なお、改正道路交通法が施行された3月を境に、診断協力医の数が増加したことも明らかになっている。診断協力医は、2017年2月末時点で指定医950人/指定医以外2192人だったが、5月末時点では指定医1087人/指定医以外3678人となっており、指定医以外の診断協力医の数が大きく増えている
 3月12日に施行された改正道路交通法では、75歳以上の高齢者は運転免許証更新時の認知機能検査で「認知症のおそれ(第1分類)」と判定されると、全員が公安委員会が指定する医師(認知症専門医)による臨時適性検査を受検するか、診断書の提出が必要になった。さらに更新のタイミングにかかわらず、75歳以上の高齢者が一定の違反行為を行った場合は臨時認知機能検査が課される(関連記事:免許更新の認知症診断に医療機関は対応できるか)。

有識者会議の議論の詳細についてはこちら警視庁のサイトから参照いただければと思いますが、免許更新時に認知症のおそれとして引っかけられた人のうち、後に認知症と診断されたのが2割弱だったと言う点についてはまあこんなものかと言う気もします。
一方で少し気になったのが認知症のおそれと言われながら実際に医師の診断を受けたのが把握されている限りで1割ほどであり、免許取り消しにまで至ったのは全体のわずか0.1%ほどにしか過ぎないと言う点ですが、こちらについては今後増加する見込みだと言います。
いずれにせよ社会的な関心も高まる中で心身の疾患により意識消失を来す可能性があったり、安全な運転が出来ないと判断された場合には今後免許取り消しも辞さずと言うことなのですが、それに対してこんな声も出ているようです。

「認知症でも運転できる」 改正道交法に当事者や医師ら(2017年7月21日ヤフーニュース)

75歳以上の高齢者が運転免許の更新時か違反時に「認知症のおそれあり」と判定されたら、例外なく医師の診断が必要になり、“クロ診断”なら運転免許は打ち切りにー。そんな新ルールがこの3月から始まっている。認知症のドライバーを早期に見つけ、事故を減らす狙いだが、当事者団体や学会などからは「認知症、即免許停止は乱暴」「危険運転との因果関係は証明できていない」といった批判が消えない。運転能力のある認知症の人もいるうえ、高齢者にも豊かな生活を営む権利があるからだ、という。車がないと生活できない高齢者も存在する中、この新ルールをどう捉えたらいいのだろうか。(益田美樹/Yahoo!ニュース 特集編集部)

診断書の依頼、医師が断る

認知症臨床専門医の池田健さん(57)がその電話を受けたのは5月29日だった。東京都多摩市の天本病院。相手は以前診察した高齢の男性患者で、「認知症かどうかの診断書をすぐ書いてほしい」と言う。「半月以内に必要です」とも訴えていた。
池田さんは年間延べ約2000人を診る認知症のエキスパートだ。ところが、病院内での協議も経て、池田さんは依頼を断った。「免許取り消しになったら困る」という男性患者を前に、「そんなデリケートな診断を短期間で下すのは医師として無責任」と考えたからだ。
(略)
認知症でも安全に運転できる人はいます。『認知症がイコール運転不適格者』はかなり乱暴。原因となる病気によって認知症は症状に違いがあり、できること、できないことの内容や程度は千差万別。病気の進行程度や個人差もある。だから、一人ひとりの運転能力をチェックせず、『認知症』というだけで免許取り消しを図る制度に合理性はありません

一律の運転禁止、学会も疑問符

「認知症=免許取り上げ」は乱暴ではないかー。その考えは池田さんに限らず、医学界にも広がっている。
国会で新制度が議論されていた昨年11月、日本精神科病院協会や日本老年精神医学会などは、「提言」や「要望」の形で次々と疑問を投げかけた。このうち、日本精神神経学会の要望は「そもそも認知症と危険な運転との因果関係は明らかではありません。認知症であっても運転能力が残存しているのであれば、それを奪うことは不当」と明記している。
NPO法人日本身障運転者支援機構の佐藤正樹理事長(53)も「運転能力のある認知症の人もいます。住み慣れた街で自分らしく生きることを、『認知症だからダメ』と一律に禁じていいのでしょうか」と言う。
(略)
高齢者のよろよろした運転、中央線をはみ出して走る運転。そんな場面を自分で目の当たりにする機会も多くなってきた。それでも「認知症イコール免許停止」には納得していない。
「要はどこで線を引くか、の問題です。それなのに『事故を起こす前に一律に運転をやめさせろ』という考えが、社会全体に広がっている。それは、やはりおかしい。認知症や高齢者の人には『自分らしく生きる権利』はないのでしょうか?」
(略)
今回、Yahoo!ニュース 特集編集部が同グループの認知症メンバーに取材を申し込むと、ていねいな断りがあった。
代わって対応してくれた事務局の渡辺紀子さん(46)によると、取材を断ったのは、認知症の当事者が意見すると、エゴと捉えられかねないからだという。高齢者による交通事故が盛んに報道され、子どもが犠牲になることもある。そんな社会の状況を考えると、当事者としては訴えたい言葉を発信しにくい、というわけだ。
グループ内の議論でも「せっかく、認知症の早期診断が可能になり、進行を緩やかにすることもできるようになってきたのに、認知症という診断だけで免許更新ができないとしたら、診断そのものをためらう人も出てくるのではないか」という声が認知症の人たちから出されているという。
日本認知症ワーキンググループの活動に参加する永田久美子さん(57)は、認知症介護研究・研修東京センターの研究部長でもある。東京都杉並区の仕事場に足を運ぶと、「認知症の常識は変わってきたんです」と語り始めた。
(略)
永田さんによると、欧米や豪州では、「ドライブサポート」という考え方が広がっている。加齢とともに運転能力が衰えるのは当たり前。だから、その低下に合わせ、長く安全に運転できるよう対策する。「日中のみの運転を許可」「高速道路での運転は認めず、一般道は許可」といった対策もある。
細やかな具体策もないまま、「0か100かで免許停止に至るのが今の日本です」と永田さんは言う。
(略)
最後にもう一つ、当事者団体の声を紹介しよう。公益社団法人「認知症の人と家族の会」。本部は京都市の観光名所・二条城のすぐ北側にある。
(略)
認知症でも運転できる人はいる。一律に運転させないのはおかしいー。そんな声をどう捉えているのだろうか。
(略)
「認知症と診断されたら運転はさせない方がいい。これが会の基本的な立場です。(認知症の人に運転させないという)改正道交法には反対しません。人権侵害だ、権利の抑圧だ、などとも言いません」
新ルールに賛同するのは、事故を起こせば、第三者を巻き込む恐れが常にあるからだ。そして、ある時点での診断がどうであれ、認知症は進行していくからだ。
「きょう運転に問題がなくても、あすは問題があるかもしれません。家族は、事故の可能性を危惧しているんです。家族にしてみると、『どうやったら運転をやめさせることができるか』が一番の課題。運転を続けたいと譲らないおじいちゃん、おばあちゃんに、家族がどれほど苦労しているか
考えなければならないのは、「免許がなくなった後」のことです、と高見さんは力説する。認知症の人でも安心して自由に移動できるよう、公共交通機関網の充実や割引制度の拡充を図ってほしい、と毎年のように要望しているのもそのためです、と。
(略)

しかし認知症の専門家であっても診断書を書くのに躊躇すると言うのですから、ましてや一般臨床医ではなかなか責任あるものは出せないでしょうが、今後も増え続ける高齢ドライバーに対して誰が最後の「引導」を渡すのかは難しい問題だと思いますね。
以前から言われていることに特に地方において運転免許を取り上げると日常生活に大きな支障が出る高齢者はあって、そうした方々に対して何ら代案も用意することなく突然免許を取り上げ運転を禁止するのは無理があるのではないかと言う問題があります。
法律とはそうしたものだとも言えますが、本当に認知症があれば免許を取り上げようが運転を禁止しようが車に乗る可能性もあるわけで、厳しくするばかりでは実際の社会的安全に結びつくのかどうかが判らない部分もありますね。

この点で結局何故運転免許を取り上げるのかと言えば、一つには認知症高齢者が事故を起こした場合責任は取れるのかと言うことで、幾ら運転能力を保持していようが事故を起こした時に責任が取れないのであれば運転をしてもらっては困るわけです。
この点で高齢者に関しては免許だけではなく所有車輛のチェックも入れるだとか、任意保険加入を義務化する等の対策も考えられますが、しかし極端なことを言えば免許更新すら行わず車検切れの車に延々乗り続けていると言うことも考えられる話です。
また予想される事故リスク上昇に伴う安全性確保の問題がありますが、この場合運転する高齢者当人のそれと、周囲の赤の他人のそれとは分けて考えなければならないはずで、この辺りは喫煙の議論と通じるものもありますね。
ちなみに記事にもあるように海外においては免許の制限を設けることでなるべく長く運転を認めると言う考え方もあって、実際田舎の農道林道を走っている分には本人の転落等のリスクはともかく、他人の危険に結びつく恐れは少ないとも言えますよね。

その意味で本人のリスクは本人で勝手に負ってもらえるのであれば、例えば所属自治体内など特定地域内限定での免許なども一つの方法ではあると思うのですが、当然交通量の多い都市部では使えない話ですから、居住地により不公平が出てしまうとも言えますね。
もちろん都市部では公共交通機関も発達しているのだから、そうしたものが存在しない僻地に限定した特例として認めると言う手はあるかと思うのですが、地域制限を担保する手段としてGPS連動の装置などの組み込みをすると言った手段はあるでしょう。
また自動運転などの安全技術も未だ完全ではありませんが、交通量が少ない僻地専用と言うことであればかなり高精度のものが出来るでしょうから、その種の装備を義務づけるなど機械的サポートの有無を要件とすれば一定の安全性も保たれそうには思います。
最終的には車を運転する権利をどこまで普遍的に認めるべきかと言った議論ともつながりそうですが、認めるにしても認知症高齢者にどこまでの責任が負えるのかと言う話で、何かあったら家族に巨額賠償請求が来るようなことにはならないようにしなければならないでしょう。

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2017年7月20日 (木)

乳癌で亡くなられた著名人が引き続き話題に

このところ著名人の訃報が単に流れると言うだけに留まらず、その亡くなられ方にまで言及される機会が増えてきていますが、その一因としてSNS等の発信手段の多様化もあって生前や死後に当事者サイドから多くの情報が出てくるようになったことが挙げられそうです。
ただこれらはしばしば当事者の肉声として貴重なものではあるものと、時として客観的な事実と整合性がないのではと指摘されることもあるようで、先日亡くなったこちらの著名人を巡っても最近こんなニュースが相次いでいます。

「あのとき信じなければ」小林麻央さんも後悔 がんを見落とす医者(2017年7月16日週間現代)

「心配いらないですよ」
乳がんで亡くなった小林麻央さんは、生前、ブログにこんな言葉を残している。
〈私も後悔していること、あります(中略)あのとき、/もうひとつ病院に行けばよかった/あのとき、/信じなければよかった〉('16年9月4日付)
その言葉からは、病院や治療の選び方についての後悔が滲む。とりわけ彼女は、がん告知までの医師、病院の選択を深く悔いていた。なぜなら、その過程で医師が、がんを見落とした可能性があるからだ。

麻央さんが初めてがんを意識したのは、'14年2月。夫の市川海老蔵と人間ドックを受け、医師にこう告げられた。
「左乳房に腫瘤があります。これはしっかり検査して診てもらったほうがいいので、なるべく早く病院へ行ってください」
麻央さんが「がんの可能性もあるということですか」と尋ねると、
「五分五分です」
この段階で、がんのリスクはハッキリと麻央さんに提示されていた。

しかしその直後、麻央さんは都内の虎の門病院で、マンモグラフィ検査などを受け、がんを疑う状況ではないと告げられる
麻央さんは重ねて、細胞を直接採取して調べる「生検」の必要はないかと確認したが、
医師は、「必要ないでしょう。心配いらないですよ。半年後くらいに、念のためまた診てみましょう」と答えた。
麻央さんはホッと息をついた。

ところが検査から8ヵ月経った同年10月、麻央さんは左乳房にパチンコ玉のようなしこりに気づき、不安を胸に、再診を受ける。しこりについて虎の門病院の医師に報告し、触診を受けた。
だがこの段階でも医師は、「大丈夫だと思います」と判断していたという。
しかし、エコー検査をすると医師の表情が曇る。腋にもしこりがあると分かり、ようやく生検を受けることになった。そして、検査から約10日後の10月21日、がんが告知された――。
麻央さんの担当医は、かなり迂闊だったと思います」と指摘するのは、乳がんを専門とし、数千の手術を行ってきたベテラン医師である。
「検査の段階でつまずいていた可能性が高い。当初、担当医はマンモグラフィを使ったようですが、授乳中はマンモグラフィが映りづらい。様々な可能性を考えて、生検も行うべきだったと思います。
もちろん乳がんは診断が難しいですが、麻央さんの例に限らず、医師が独りよがりに診断を下してしまい、『これで診察は終わり』と打ち切ってしまうケースは見受けられます。大抵は経験が浅かったり、過去の失敗の反省がない医師ですね」

がんは、数ヵ月発見の時期が遅れただけで患者の運命が大きく左右される病気だ。だからこそ患者は、医師はがんを真剣に見つけてくれるだろう、見逃すことなどないだろうと信じてしまう。
しかし、そうした患者の不安をよそに、流れ作業のように診察を行って検査結果を見落としてしまう医師や、十分な検査さえしない医師もいる。
(略)
師はがんを見落とすものだ――そう想定し、自衛したほうがいい。

小林麻央さん、標準治療を受け入れず… 命を奪った忌わしき「民間療法」(2017年07月13日デイリー新潮)

(略)
 2014年2月、PL東京健康管理センターで人間ドックを受けた際、左乳房に「しこり」が見つかった。「精査すべし」と判断が下り、虎の門病院へ。診察を受けたところ、腫瘍の存在が確認されたうえで、
「若い女性に多い良性の乳腺線維腺腫に見受けられたようです。全く問題がなさそうなら半年後と言うのですが、白黒はっきりしないので“3カ月後に来てください”と伝えたのです。彼女のブログには〈「授乳中のしこりですし、心配いらないですよ。半年後くらいに、念のため、また診てみましょう」と言われました〉と綴られていますが……」
 と、虎の門関係者。ところが、麻央さんは多忙だったためか、受診が遅れ、再検査を受けたのはその8カ月後だった。
「その時にがんが見つかり、針生検の結果、脇のリンパ節への転移がわかった。比較的、進行が速かったけれどこの段階で治療に取りかかれば5年生存率は90%超。当然、標準治療を勧めたのですが、麻央さん側は首を縦に振らなかったと言います」(同)
(略)
 いずれにせよ標準治療から遠ざかったのは事実だが、その理由は定かではない
 つまり14年10月から、16年6月9日にスポーツ報知が〈麻央夫人 進行性がん〉とスクープし、これを受けた会見で海老蔵が乳がんだと認めるまで、いや、その後も含めて、どこで何をしていたのか判然としなかったのだ。
(略)
 だが、ここへきてその一端が伝わってきたのである。
 事情を知る関係者は、
「気功に頼っていたのです。いわゆる標準治療は全くしていなかったと言います」
 と告白する。
(略)

この事例を巡ってはお亡くなりになる前から噂レベルも含めて様々な情報が駆け巡っていたものの、このところ話題になっているのは主に2点で、最初に診断された時点でそれが本来行われるべき時期よりも遅れた診断であったのか、いわゆる見落としがあったのかと言う点です。
一部には見落としがあったことを前提にしているような報道もあり、今回の記事も含め他の見落とし事例などと絡めて仕立て上げられた記事も少なくないのですが、無論どのような場合であれ人間である医師が決して見落としをしないことなどあり得ないことです。
ただ一方で医師はごく標準的な対応をしていただけであると言う見解もあり、特に授乳中の乳癌診断はしばしば難しいと言うことですから、後段の記事にあるように念のため3ヶ月後に再診をと指示されていたのであれば確かに特別おかしな対応ではなさそうに思われますね。
問題は当事者が自己発信している情報としてそうではなかった、次回は半年後と言われたと明記していることとどちらが正しいのかですが、当然ながらこの辺りはカルテにははっきりと事実関係が記載されているのだろうとは思います。

もう一つ多くの方々が疑問に感じている点として、仮に半年後の発見であったにせよこの時点から治療を始めていればまだ十分治る見込みがあったはずにもかかわらず、その後1年半もの間一体何をやっていたのかと言う点ですが、少なくとも標準的治療は何もしていなかったことは事実であるようです。
1年半の後に別な病院を受診した際にはすでに骨や肺にも転移した状態だったとのことで、専門家の中にも最初に診断した医師が「標準治療の有用性をもっと真摯に説明していたら、状況は変わっていたはず」だと批判する方もいるようですが、何故こうした判断に至ったのか本人以外には判らない部分もあるでしょう。
ともあれ先日ちょうど今回の事例とも関連した「癌患者さんに民間療法を受けたいと言われたら」と言う記事を見かけたのですが、高価でなくどうしてもやってみたいなら駄目元のつもりで許容はするものの、とても積極的に勧める気にはならないと言う意見は臨床医の最大公約数的な見解なのかも知れませんね。

先年も胆管癌を罹患した著名人が標準治療ではなく民間医療を受け亡くなった事例があり、あちらの場合では標準治療での成績があまり芳しくないことから意見が分かれる部分もありましたが、今回の場合比較的標準的な治療によって効果がそれなりに期待出来る乳癌であったと言うことも判断を難しくするところです。
もちろん初診の段階できちんと診断がつき、標準的治療を行ったところで100%完治するものではなかった可能性もあるのでしょうが、正しい時期に一定の根拠のある標準治療を行っていれば高い確率でよりよい結果が得られていたのではと考えると、民間医療に費やした時間は果たしてどうだったのかと誰しも感じるところではないでしょうか。
なお一部メディアの真偽不明の報道によればご遺族は病院と訴訟も辞さずの構えであるとのことですが、興味深いことにその対象は本人が悔いていたと言う虎ノ門病院ではなく、根拠に乏しい民間医療を行った施設でもなく、最後に患者を受け入れ在宅医療に移行する直前まで治療を受けていた有名病院だと言うことです。

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