心と体

2019年8月13日 (火)

熱中症リスクを敢えて高める指導法

この時期全国的に熱中症による死者が続出するのがすでに例年のことになっていますが、世間的にまだまだ認識が改まっていないのか、先日もこんなニュースが出ていました。

バス運転手は信号待ちで水飲んじゃいけないの?車内にわざわざ「熱中症予防にご理解を」の貼り紙(2019年8月9日J-CASTニュース)

路線バスの運転席の貼り紙が、ネットで話題になっている。投稿者は「こういうのがない世の中がいい」とコメントして、画像をアップしていた。
「岐阜バス」車内のもので、「只今、当社ではバス乗務員における『熱中症』対策として、駐停車(信号待ち等)の間を利用し、水分補給を行っておりますので、ご理解のほどお願いいたします」と書かれている。
岐阜バス安全推進課は、「乗務中、飲食をしているという苦情につながることもありうるので貼り紙をしました」と説明している。ということは、そういう難くせをこれまでにつけられたということか。

勤務中の飲食に苦情が寄せられることは少なくないようで、ある路面電車の運転士は「ペットボトルを持ち込んでいると指摘された」、ショッピングセンターの警備員に「仕事中に水を飲んでいる」という意見が寄せられることがある。「リーフェ」の内科医・橋本将吉氏は「病院に苦情ボックスがあって、その中に仕事中には水を飲むなという意見がいっぱい」と話す。
(略)

世の中には様々な考え方の人がいることは当然ですし、どのようなクレームであれつけてくる人はいるものですが、筋の通っていないクレームを組織として正しく対応しないことは問題でしょうね。
とは言えこの種の意見は決して珍しいものではないようで、先日も電車の運転手が乗客の目線が気になって十分な水分摂取が出来ず、熱中症で運転不能になると言う事件が報じられていました。
消防士なども仕事中に水分補給をしようとするとサボっているとクレームがつくのだそうで、社会的にきちんと正しいことを広めていく必要があるのですが、そもそもどういう人達がクレームを付けてくるのかです。
その昔には運動中に水を飲むなと言われた時代があり、そうした感覚の名残がこうしたクレームにつながっているのかと思い込んでいたのですが、どうも未だ世間に蔓延しているのには別な理由があるようです。

鴻上尚史、子役オーディションで“水筒の水を飲まない子どもたち”に理由を聞いて驚き「これが教育なのか?」(2019年8月7日テックインサイト)

鴻上尚史氏は劇作家・演出家として数々の作品を手がけており、舞台版『ドラえもん のび太とアニマル惑星』(2008年・2017年)や風間俊介・松井玲奈・中村中・片桐仁の出演舞台『ベター・ハーフ』(2017年)も彼の脚本・演出である。また、現在は漫画『不死身の特攻兵 生キトシ生ケル者タチヘ』(原作・鴻上尚史/漫画・東直輝)が『週刊ヤングマガジン』に連載中だ。その鴻上氏が自身のTwitterで8月4日、「子役のオーディション」における出来事をツイートして反響を呼んでいる。

子役のオーディションに参加している子どもたちが、持参している水筒の水に全く口をつけないことに気づいた鴻上尚史氏。「飲んでいいよ」と声をかけると一斉に飲むので、「まさか、君達、小学校じゃあ先生が飲んでいいと言うまで飲んじゃいけないの?」と聞いたところ全員がうなずいたという。
そんな出来事を振り返り「身体の声に従わず教師の声に従う。これが教育なのかと暗澹たる気持ちになる」とツイートしたところ、フォロワーから反響が寄せられた。
「先日、駅のホームで課外学習らしく小学生の集団に遭遇しましたが、水筒を飲んだ子におじさん先生が『誰が飲んでいいって言ったんだ! 飲みたきゃ飲むのか!』と怒鳴っていました。飲みたい時に飲むべきに決まっているのに」といった目撃談や、身の子どもがそうした体験をしたという声が多い。
ある母親は、真夏なのに幼稚園から帰った子どもの水筒の水が減っていないことを不思議に思い聞いたところ、トイレを先生に断っても行かせてもらえないので「飲むとトイレに行きたくなり、先生に怒られるから飲まずに我慢した」ことを知る。そこで幼稚園に「水分補給とトイレを担任の決めた時間以外に許されないのは熱中症などの命に関わるのでご配慮を」とお願いしたところ、担任や園長も聞く耳をもたないうえ「市に相談しても暖簾だったので、引っ越ししました」というケースもある。
他にも「無断で水を飲むと勝手に水を飲むなと怒る教師が多数いるからなんですよ。だからバスの運転手さんが業務中に水分補給しているだけで仕事をさぼっていると抗議が来てしまう変な日本」という意見がある一方で、「幼小中は、そうみたいですね。私の出た木更津の高校は、授業中でも飲み物は摂取可でした。生きるために必要な水分だからと、先生もペットボトル持ち込んだりで、イキイキ授業されてました。その位は許される教育現場になっていただきたいです」という声も見受けられた。
(略)

まあオーディションなら悪目立ちしないと言うのも一つの戦略ではあるのかも知れませんが、しかし今どきこういう方針で学童を統率している教師がいると言うのは正直存じ上げませんでした。
今の時代であれば教師もモンスターペアレンツ対策など指導のさじ加減も大変なのでしょうが、どの程度の指導が適切なのかは未だ意見が分かれるにせよ、さすがに熱中症予防上もこれは改めるべきものでしょう。
無論こうした強面の先生は一部なのでしょうが、組織として水分摂取は制限すべしと言う方針の施設もあると言うのが問題で、教室内での学童の健康状態が不安になるようでは安心してお任せできません。

往年の学校内では教師の権威が絶対の時代に対する反発もあってか、進歩的な方々を中心にひと頃から教師の抑制的な指導と教室内での自由な空気を求める声が次第に強まっていたと記憶しています。
その結果教室内での支配的な権威の欠如による学級崩壊などの問題も認識されるようになり、もう少し教師の権威を尊重すべきではないかと言う揺り戻しもあったのがすでに一昔も前の話だったでしょうか。
強制力がなければ学級がまとまらないと言う考えも一面の真理でしょうが、これは強制力の発揮される方向性の問題であって、健康上問題のある指導は理由が何であれ正しいとは言えないものでしょうね。

 

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2019年8月 7日 (水)

医大付属の医療センターでも分娩休止…と言われるとびっくりしますが

医大付属の医療センターと言えば立派な大病院を想像するのですが、兵庫医科大ささやま医療センターは古い国立病院を起源とし、1997年私立の兵庫医大に委譲された地方病院です。
一般病床92床・地域包括ケア病床44床・回復期リハ病棟44床と言いますからまあ昔ながらの田舎の公立病院と言う規模ですが、その医療センターで産科分娩休止の話が出ていると報じられています。

激務の産科医、休みなし 分娩休止で機能集約を 病院「国レベルの課題」(2019年6月3日丹波新聞)

 兵庫県丹波篠山市の兵庫医科大ささやま医療センター(片山覚院長)は5月23日、丹波新聞社の取材に応じ、産婦人科における分娩は中止して、隣接する同県丹波市に近く完成する「県立丹波医療センター」に機能を集約させるものの、産婦人科自体は継続し、従来通り妊婦健診や妊娠中のトラブルについては入院も含めて対応する―との方向性であることを明らかにした。片山院長は、「産科医が全国的に不足する中、より安心・安全な周産期医療を提供するためには、『医療圏』という広域で考えることは大前提で、市の問題ではなく、国レベルの課題」と話している。
(略)
 片山院長によると、リスクを伴う分娩は、24時間対応で、小児科、麻酔科、場合によっては脳外科も必要な領域で、広域(丹波市も含めた丹波医療圏)で整備されるべき医療という。
 ささやま医療センターの産婦人科は、医師2人体制は維持しているものの、労働条件は過酷。妊婦の体調の急変に備え、24時間、できるだけ2人で対応できるよう心がけ、また、どちらかの医師が病院にいるか、1時間以内に駆けつけられる範囲に外出を自制している。
 田中宏幸部長は敷地内の官舎で寝泊まりし、出張などの際は医大にバックアップを要請する。休日はなく、田中部長は少なくとも、池田医師が退官した4月以降、同県西宮市の自宅で夜を過ごしたことはない。
(略)
 片山院長は、「市の分娩数が減っている中、市域における共存という意味では、『地元で産みたい』という人は、幸い市内には産婦人科医院があり、そこを利用してもらえばよい。医療センターでなければならない理由はない」と話す。

 ささやま医療センターの「分娩休止を検討」との意向を受け、丹波篠山市の酒井隆明市長は今月20日、同センターの産科充実に向けて市民の意見を聞く検討会を6月にも立ち上げることを表明している。
 昨年6月に医科大と結んだ「ささやま医療センターの運営等に関する基本協定書」では、医科大は、同センターにおける婦人科や小児科などの「存続と充実に努める」とし、医療従事者の不足や経営状況などでやむを得ない事情となっても「当該診療科の存続、再開について可能な限り努力する」と明記している。
 市は同センターに対し運営補助金として年1億2600万円を交付している。

報道では長年地域の産科医療を支えてきた前任の池田医師が定年で退職した後、残る二人の医師があまりに過酷な労働環境を強いられていると言い、このままでは医療事故も起こりかねない状況と言えそうです。
大野病院事件や大淀病院事件を経験した今の時代、不十分な体制におけるハイリスクな分娩継続は忌避されるべきもので、同医療センターの分娩休止と言う判断自体はまあ妥当なのかと言う気はしますね。
ただ注目頂きたいのは今後の分娩先として近く開院する県立医療センターのみならず市内の開業医を推奨している点と、つい昨年医大との間で協定を結び産科婦人科存続に努力すると現地を得ている点でしょうか。
市としてはお金も出し協定も結んでさあ安心と思った矢先の分娩休止であり、当然ながら一言あるだろうと思っておりましたら、やはり先日の会合で市当局からつるし上げられたと報じられています。

ささやま医療センターの分娩休止検討 子育て世代の7割「継続を」(2019年7月10日神戸新聞)

 兵庫医科大学ささやま医療センター(兵庫県丹波篠山市黒岡)が分娩機能の休止を検討している問題で、同市は6日夜、同センターの産科充実に向けて、市民や医師、助産師らでつくる検討会を立ち上げた。同日、丹南健康福祉センター(同市網掛)で会合があり、子育て世代の7割が「分娩継続を希望する」と回答したアンケートの結果を報告した。
(略)
 アンケートは先月、乳幼児検診や母子保健事業などで来庁した子育て世代約253人に実施(回答は246人)した。同医療センターの分娩継続を「希望する」と答えた人が70%、「希望しない」が4%、「よく分からない」が17%だったという。出産する病院を選ぶ理由では「住まいに近いから」が最多だったことも明らかにした。
 委員からは「なぜ医師2人では安全な分娩ができないのか、大学の説明を聞きたい」などの質問が出た。
(略)

「緊張感は24時間365日」 分娩休止受け、産科医が実情訴え 検討会で市民から疑問も/兵庫・丹波篠山市(2019年8月2日丹波新聞)

 兵庫県丹波篠山市黒岡の兵庫医科大学ささやま医療センターが「医師2人体制では安全な分娩ができない」として、産科の分娩休止の方向性を出したことを受けた同市の「ささやま医療センターの産科充実に向けての検討会」(委員長=酒井隆明市長)の2回目の会合がこのほど、同市の丹南健康福祉センターで開かれた。同センター副院長も務める田中宏幸産婦人科部長らが出席。「2人がずっと、いつ呼び出しがあるか分からない緊張感を持って24時間365日を過ごしている。みなさんに期待してもらっている安心・安全な産科医療は困難だ」などと現状を述べた。

 今年5月、同市は同医療センターが分娩休止を検討しているとの意向を確認。酒井市長は「市の中核病院として産科分娩は不可欠」とし、昨年6月に兵庫医大と締結した、(同医療センターの)産科、婦人科、小児科などの「存続と充実に務める」とする協定に沿い努力すべきと主張、市民の意見を聞こうと7月6日に初会合をもった。
 第2回検討会で、委員からは「医師2人ではなぜ分娩ができないのか」「産科医院では分娩できるのに、医療センターはなぜできないのか」「臨時的にでも助けてくれる医師を探すことはできないのか」などの質問が出た

 田中部長は、全国的にも産婦人科医が減少し、兵庫医大本院の産婦人科の医局も定員15人に対し、1人不足している状況であること、ささやま医療センターは労働基準法からみても必要数に達していない状況を説明。「医療センターには、小児科や麻酔科とも連携した『病院』としての機能が期待されているが、その要望には応えられない状況」「医大としては、若い医師を育成する役割もあるが、指導する余裕はない」などと回答した。
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 田中部長は、「『分娩は休止する』とは言っているが、これからの産科充実について考える時、産科医の立場で話ができる人は必要。協力できることはしたい」と話したが、酒井市長は「田中先生は業務に専念して」と、かみ合わなかった

しかし今の時代に産科医や助産師が呼べばどこかから集まるだろうと言う認識も如何なものかですが、仮にそうした人材がいたとしても丹波の片田舎の病院にどれだけ求心力があるのかと言うことでしょうか。
むろん市民としてはおらが町の病院で分娩が出来ればそれに越したことはないでしょうが、医療センターとして求められる水準での対応を続けられない、続けようとすれば労基法違反の状態になると言っているわけです。
医療事故を防止するためにも無理なものは無理と言うしかありませんが、市側市民側としては医師1人の開業医で分娩が出来るのに何故医師2人の医療センターで分娩が出来ないのかとはもっともな疑問ですよね。
これについては扱う分娩数や負うべきリスクが異なるからと言うことになるでしょうが、まずは休止により体制を整えた上で限定的にでも分娩を再開するのかどうか、今後の労働環境の改善次第ではないかとも感じます。

市民の考えはそれとして、一連の経緯で市長はかなりヒートアップしているようで、理事長が交代し長年産科を支えた池田医師が退任したとたんにこうした話が出てきたことに市の公式サイトで不満を述べています。
興味深いのは市長の言によれば、医大側は前任の池田医師のやり方は安全なやり方ではないと主張したという点で、想像するに良くも悪くも昔気質の熱心な先生であり、部下にもそれを求めていたのでしょう。
市長は「兵庫医大にも、ささやま医療センターの現場の先生たちにも産科を守ろうという方はおられなくなってしまったのでしょうか」と言われますが、では座して医療事故が起こるまで待つべきなのかどうかですよね。
仮に運良く医療事故が起こらずとも労基法違反の状態が許容される時代でもありませんので、いずれにせよ何らかの診療制限は必要ですが、産科医2人に地域として何を優先的に求めるかと言うことになるでしょうか。

 

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2019年8月 5日 (月)

医師自身はやはり延命的治療は希望せず

以前から時々見かける類のアンケートですが、やはり今回もそうなったかと思わせる結果が出ていました。

内科医の8割、延命治療望まず 日本臨床内科医会アンケート(2019年8月1日時事メディカル)

 先の参院選では、安楽死制度を認めようと訴える政党が初めて候補者を立てた。議席は得られなかったが、人生の最後をどう迎えるかについて関心が高まっていることの表れの一つだろう。医師自身はどうなのか。日本臨床内科医会が所属会員を対象に行ったアンケート調査によると、約8割が延命治療を望んでいないことが分かった。

 ◇9割近くが「最後」考える

 医師は自身の最後の医療についてどう考えるのか。
 その回答は興味深い。「考えている」40%、「少し考えている」46%、「考えていない」14%―。程度の差はあっても、「考えている」が9割近くに達した。日々、患者と向き合い、切実な状況も経験しているだけに、自らの最後の医療に関しても意識が高いとみられる。
 では、最後の医療をどのようにするかを家族に話しているのだろうか。
 「よく話している」が15%、「少しは話している」は46%で、「話している」医師は約6割となっている。これに対し、「話していない」は39%だった。 

 ◇緩和医療や点滴治療望む

 内科医は自身の最後の医療をどのようにしたいのか。
 最も多かったのは「何も治療を受けない、緩和医療を受けたい」で、59%を占めた。次いで「延命治療は希望しないが、点滴治療を受けたい」22%となっている。約8割が延命治療を望んでいなかった
 一方、「人工呼吸器はつけないが、高カロリー輸液や胃瘻(いろう)などの延命治療を受けたい」は3%で、「人工呼吸器や胃瘻など最大限の延命治療を受けたい」は1%にすぎなかった。
 最後の医療について患者と話し合うことはあるのか。
 「よくある」15%と「ある」45%を合わせて60%に上った。60%という数字は高いと言える。
 ただ、「あまりない」36%、「ない」4%で合計40%を占めている。今後、この割合がどう変わっていくかが注目される点だ。

 ◇ACPに賛否両論

 日本臨床内科医会では、終末期医療における患者本人の自己決定を支援する「ACP(アドバンス・ケア・プランニング)」を進めている。ポイントは患者が延命治療を望まない場合は、それを医師が支援することだ。意志決定の主体はあくまでも患者自身であり、結果として本人が望まない延命治療が少なくなることで医療費の削減につながるといわれている。
 自由回答でACPについて聞いたところ、賛否両論が並んだ。賛成派では次のような意見が目立った。
 「人生の最後に慌てないために、有用かつ重要だ」
 「とても重要で、大事なことだと考えている。さらに一般の人々への周知が必要だ」
 「プロセスが大切で、何度も確認し、話題にすることを心掛けている
 「普及した方がよい」
 ACPの重要性を認めた上で、「本人と同時に家族の意志も確認する必要がある」とする意見や、「幾つかの選択肢を提示した上で、自分で方向性を決定するのが大事だ」「本人の希望と家族の思いがマッチしていないと空回りする」とする声もあった。

 ◇大きいかかりつけ医の負担

 否定的な意見や慎重論も紹介しよう。
 「患者の考えがころころ変わるので、非常に難しい」
 「病院勤務医とかかりつけ医との考えの違いが生じやすく、連携をどうするかが難しい課題だ」
 「現状の病状と予後について十分に説明した上での自己決定だ。支援する側のかかりつけ医としての負担も大きい」
 「ケアマネージャーの役割になるのではないかと考えられるが、ケアマネージャーの仕事そのものがハードで、そこまでの役割を果たすことが可能か悩ましい」
 「必要ではあるが、実際には難しい」
 日本臨床内科医会としては、今後、こうした声にどう応えていくかが課題だろう。(鈴木豊)

思い起こせば20世紀の終わり頃にはスパゲッティシンドロームなどと言う言葉もあったほどで、誰しもそれはさすがにやり過ぎではないかと思いながらも終末期の延命的対応を止めるに止められなかった時代もありました。
それが2011年末に厚労省が終末期高齢者に対しては経管栄養を導入しないこともあっていいと言い出した頃から、あっと言う間に関連学会から相次いで終末期医療のガイドラインが公表されるに至ったものです。
つい先日も老衰で亡くなる方の数が脳血管疾患を越え、がん、心疾患に次ぐ死因の第3位となったことが報じられていましたが、老衰死を認めるにあたっては家族や医師の意識変化も大きな影響を与えているのでしょう。
終末期医療には金がかかるとはかねて言われているところで、医療費切迫の折にそれを削減すると言う目的も国としてあったことは否めませんが、現実的に現場においても歓迎されるべき変化だとは言えるでしょうね。

なお医療費の大きな部分を占める高齢者の医療費削減に関しては、先日ちょうど厚労省から「高齢者の医薬品適正使用の指針・各論編」なる通知も出たところで、過剰な投薬の抑制を求めています。
すでに先年出された「同・総論編」も含めて過剰投薬の見直しを重ねて訴える内容ですが、以前から続けられてきた治療が現在の年齢や状態にあって継続が妥当なのかどうかの見直しが必要と言うことでしょう。
この点で高齢者に予防的投薬がどの程度まで必要なのか以前から議論があるところですが、各種ガイドラインでは予想される余命や患者のADLまで考慮した内容となっておらず、判断に迷うところです。
寝たきり高齢者に今さら脳梗塞予防薬もなかろうと思っても、仮に脳梗塞が再発した場合ガイドライン通りの予防措置を講じていなければトラブルを招きかねずで、担当医としても簡単には休薬しにくいでしょうね。

いずれにせよ全ての終末期患者に同じ対応をするべきではないのは当然で、終末期における延命治療の実態を知っている医師でなくとも、一般の患者家族にも無意味な延命は望まない人は少なくないでしょう。
逆に本人や家族の総意としてとにかく一日でも長生きしたいと言った希望があるのであれば、それに応えるのも医療の役目であり、少なくとも現時点での保険診療ではそうした希望を許容していると言えます。
その点で終末期の患者を看取ることの多い内科医ですら、家族や患者と終末期をどうするかを話していない場合が多いことは問題で、当事者の意志を共有しないまま無駄な医療費を投じている可能性もありますね。
将来的に本当に医療財政が逼迫した場合、終末期医療のコストをどこまで保険がカバーしてくれるかと言う疑問もありますが、その頃までには国民の感覚も今とはずいぶんと違ってきているのかも知れませんね。

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2019年7月31日 (水)

送別会準備は業務時間外に行うべし

これ自体はありがちなニュースではないかと思うのですが、まずは第一報をお伝えしてみましょう。

勤務中に送別会準備 職務専念義務違反で処分検討 大阪府庁(2019年7月27日NHK)

堺市の副市長に就任した大阪府の前の総務部長の送別会を開くため、府の職員が勤務時間中に職場のパソコンを使って同僚に参加を呼びかけていたことが分かりました。府は職務専念義務に違反する可能性があるとして関係者の処分などを検討しています。

関係者によりますと、大阪府の前の総務部長が先月退職し、堺市の副市長に就任したことに合わせて、府の総務部や財務部の職員が送別会を開くため、今月、複数回にわたって勤務時間中に職場のパソコンを使って同僚に参加の呼びかけや会場の周知などを行っていたということです。
また、送別会に参加できない職員から、記念品の代金として総額で1万2500円を庁舎内で集め、法務課内の金庫に保管していたということです。

送別会はおよそ90人の職員が参加して26日に開かれる予定でしたが、前部長の都合で急きょ中止になりました。
大阪府は、勤務時間中に送別会の準備を行ったことは職務専念義務に違反する可能性があるほか、職員から集めた現金の金庫への保管は、職場に原則、現金を置かないと定めた内規に違反するとみて、事実関係を詳しく調べるとともに、関係者の処分などを検討しています。

大阪では以前にも類似の話が報じられたことがあり、基本的に公務員の公私混同に対して厳しい姿勢で臨んでいるのだろうなと感じるのですが、とは言えこの種のケースはどこの職場でもありそうなことですね。
今回公務員がこうしたことをやっていたと言う点で公私混同如何なものか的なツッコミが入る余地があり、それ故にこその処分なのでしょうが、公的機関の場合実際にそうした市民の声自体は珍しくないそうです。
ただ今回興味深いのがこの珍しくもなさそうなニュースを巡って、各方面から異論反論が続出していると言うことなのですが、これも記事から取り上げてみましょう。

「勤務中に送別会準備」で処分検討 大阪府方針に異論続出(2019年7月29日J-CASTニュース)

 大阪府が勤務時間中に送別会の準備をした職員らの処分を検討していると報じられたことに対し、ネット上で違和感を訴える声が続出している。
(略)
 これに対し、ニュースのコメント欄やツイッター上では、報道内容に疑問が続出している。「これはいいんじゃないの?」「送別会とか業務の一環みたいなもんだろに」「プライベートの時間を割けと?」「これで処分は気の毒だろ...」といった意見が多い。
 企業トップや識者からも、ツイッター上で驚きの声が上がっている。ホリエモンこと実業家の堀江貴文さんは、「え?こんなんで処分されちゃうの?」と漏らし、立命館大の岸政彦教授(社会学)も、「これの何があかんの??  常軌を逸してるやん。何の嫌がらせなん???? 」とつぶやいていた。

 送別会の準備について、大阪府の人事課では7月29日、J-CASTニュースの取材に担当者がこう述べた。
  「飲み会の準備は、仕事ではないのは明確で、業務と切り分ける必要があります。プライベートであるかは微妙ですが、職員は税金から給料をもらっている以上、勤務時間中にやるものではないと考えています。その点においては、民間とは違うかもしれません」
(略)
 送別会準備は勤務時間外にすべきかについて、総務省の公務員課は29日、取材にこう答えた。
  「どこまでが業務か明確な基準というものはなく、自治体トップの判断になると思います。裁量に委ねられており、その判断が尊重されます。大阪府の判断が適切かどうかについては、コメントを控えたいと思います」

公的な金庫や公用メールの使用は必要性があって制限されているもので、過去にも問題があったと言いますからまずは妥当な判断とも言えるのですが、問題は送別会の準備を業務時間内にやることの是非です。
ひと頃新入社員との感覚の違いを示すネタ的に「新人から飲み会は業務ですか、残業代出ますかと言われた」と言う話がありましたが、一般にこうした会の準備役などは部下ではなく上司に頼まれるものでしょう。
その場合部下としては業務の一環であると感じても何ら不思議は無いと思いますし、業務ではなく時間外にやるべきだとなると、わざわざ電話代なりを使って一人一人プライベートの時間に確認する必要があります。

ただこうしたことに対して市民がツッコミを入れてきた場合、ルール上それは問題でありケシカランと公式には答えるしかないのも確かで、少なくとも役所の立場としては禁止するしかないのもまた事実でしょう。
加えて大阪界隈ではかねて役所内の労使関係上様々な問題も伝えられているところで、だからこそひと言注意しましたで済むところを公的に処分を検討する云々の大きな話にもなっているのでしょうね。
今回役人であるからこそ問題視された事例ですが、この種の業務はどこの職場でも発生するもので、それを仕事ではなくプライベートの問題だと言われると、特に若手からは反発も出てきそうな気がします。

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2019年7月29日 (月)

身元保証人のガイドライン、身元保証人問題の解消につながるかは良く言っても未知数

先日こんなガイドラインが出されているのを皆さんご存知だったでしょうか。

入院時の「身元保証人」、本当に必要ですか?(2019年6月11日日経メディカル)

 ほとんどの医療機関は、患者入院時に身元保証人や身元引受人を求めていることだろう。しかし、独り暮らしで親族がいない人の増加に伴い、身元保証人や身元引受人となる人を見つけられないなど、対応に苦慮する場面が増えている。このほど厚生労働省は、身寄りがいない人の入院時には、成年後見人や行政との連携を強めて対応すべきとしたガイドラインを取りまとめた。

 患者入院時に「身元保証人・身元引受人」の情報提供を求めることは、これまで医療界で長く慣習的に行われてきた。医療機関側からすると、身元保証人や身元引受人を明確にすることで、支払いの保証や、緊急時の連絡先の確保、退院時や死亡時の対応、入院計画への同意取得、入院中に必要な物品の準備などを求めやすくなるとの考えだろう。
 しかし、医療機関が求める身元保証人は、民法で定められる連帯保証人とは異なり、支払い義務を負わない。「身元保証人には法的根拠がないのに、なぜか医療界では慣習的に続いてきた」と指摘するのは、山梨大学医学部医学科社会医学講座教授の山縣然太朗氏。加えて、「身元保証人や身元引受人がいないからという理由で、患者の受け入れを拒否した場合、医師の応招義務違反になる」と断言する。
(略)
 このような入院時の身元保証に関する混乱を解消すべく、山縣氏が研究代表者となって、このほど「身寄りがない人の入院及び医療に係る意思決定が困難な人への支援に関するガイドライン」(平成30年度厚生労働行政推進調査事業費補助金)がまとめられた。同ガイドラインは、4月24日に開催された厚生労働省の社会保障審議会医療部会で了承されている。
 同ガイドラインは、身寄りがない人や家族や親類へ連絡がつかず、支援が得られない人において、身元保証人・身元引受人を求めることなく、実際に医療現場が直面し得る場面ごとの対応法を提示する。
(略)
 入院費については、支払い能力があれば本人が支払い、支払い能力に疑問がある場合は、自治体の窓口に相談する。
 退院支援は、本人に相談した上で、入院前にケアマネジャーなどの関わりがあれば、それら専門職と相談しながら退院先の選択や手続きを行い、そのようなチームがない場合は、高齢者であれば地域包括支援センター、障害者であれば障害福祉窓口、経済的に困窮する恐れがある場合は生活困窮者に対する相談窓口に相談するよう求めている(図2)。
 死亡時の遺体や遺品の引き取り、葬儀は市町村が行うことになるため、前もって担当窓口を確認し、手順を確認することも勧める。
(略)
 本人の判断能力が不十分にもかかわらず、成年後見制度を利用してない場合は、本人に親族や友人知人の有無を確認した上で、それらを確認したことをカルテに記載した上で、最終的に、自治体の担当窓口に相談する(図3)。
 入院計画についての説明も、本人が理解できない状態で、説明できる家族などがいない場合には、本人への説明を試みた上で、その旨をカルテに記載して対応する。入院費、遺体・遺品の引き取り、葬儀などについては自治体に相談する。
 退院支援については、成年後見制度の利用準備も進めつつ、入院前に関わりのあった専門職と連携したり、新たなチームを作るため、高齢者であれば地域包括支援センター、障害者であれば障害福祉窓口、経済的に困窮する恐れがある場合は生活困窮者に対する相談窓口に相談するのは、判断能力がある場合と同じとしている(図2)。

 「今回のガイドラインの特徴の1つは、成年後見人の活用を謳いつつ、その業務内容を明確にしたところだろう」と山縣氏は語る。
 成年後見人は医療費の支払いや医療・介護・福祉サービスの契約、見守りの責任を負うが、その一方で、医療についての決定・同意を行う権限はないことが、同ガイドラインには明記されている。
 本人の判断能力が不十分な場合については、厚生労働省による「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」の考え方を踏まえ、医療・ケアチームや臨床倫理委員会などで対応することとなる。
 医療現場は、慣習的に本人以外の家族や後見人にも医療行為に関する同意を求めがち。しかし、同意できるのは本人のみであり、家族らは、本人の意思を推定するだけ。医療者は患者の推定意思に基づいて、医療を提供するしかないというのが、「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」の基本的な考えだ。
(略)
 最後に同氏は、「このガイドラインは、困ったら自治体を頼れというもの。しかし、受け手側の自治体がどこまで対応できるかは未知数。今後、見直すべき点は見直していきたい」と言う。加えて、「このガイドラインを契機に、身元保証人などの欄が、本人以外の緊急連絡先欄にとどまることを期待したい」とも語る。

かつての大家族や親子同居が当たり前であった時代ならまだしも、独居や子供のいない家庭が年々増加している社会において、身元保証人なるものが見つからないと言う経験をする先生も少なくないでしょう。
ただ本人に財産自体はあるが引き出すことが出来ないと言った場合も少なくないはずで、こうした場合に代理人なり法的な代替手段なりが用意されていないことが問題であると言うことでしょう。
身元保証人を求める最大の理由として支払いの担保があることは否定出来ませんが、他方で身元保証人については支払いの法的義務はないそうで、カード払いなどで対応している施設も増えているそうです。
かかりつけであれば事前にカード払いの了承を取っておく等で対応は出来るかも知れませんが、救急搬送で来る見ず知らずの患者の場合どうなのかで、身元保証人とのトラブルも未払い関係が最多だと言いますね。

今回のガイドラインを見ていますと、支払い問題や退院先の確保など、何にしろ困った際には自治体に相談しろとのことですが、問題はガイドラインは医療機関向けのものであり、自治体向けのものではない点です。
自治体としては支払い能力があっても本人の意志確認が出来ないと言った面倒なケースを、わざわざ持ち込まれてもうれしくはないでしょうから、最悪の場合相談はしたが何の助けにもならないと言うこともあるでしょう。
正式に民事訴訟なりで財産を強制的に取り立てると言ったやり方もあるでしょうが、医療機関の利益率を考えると赤字になることが確定的で、結局自治体がどれだけ動いてくれるのか次第なところがあります。
普段からどれだけ自治体に恩を売っているかでも発言力が変わってくるのだと思いますが、しかしガイドラインまで作ったのであれば法的に自治体に何が出来るか、どこまでする義務があるかも明記して欲しいですね。

ちなみに応招義務違反という点に関しては先日厚労省の新たな通達を紹介したところですが、身元保証人のいないことを理由に断れば応招義務違反に問われるかも知れませんが、他の理由であれば全く問題ないわけです。
この辺りは実臨床の現場ではこれまでにもいわゆる本音と建前の使い分けは行われてきたところでしょうが、今後はきちんと建前さえ用意しておけば少なくとも夜間時間外に関しては、応招義務違反を問われることはまずないと言えるでしょう。
逆に一昔前には身寄りのない行き倒れのような患者ばかりを好んで引き受けてきた施設も一定程度あったはずですが、社会良識上如何なものかと問題視されるケースも多く、近ごろは滅多に見なくなった印象があります。
この種の施設を社会的必要悪と言って良いのかどうか何とも言いがたいところですが、正しくはかくあるべしと言う話ばかりではどこかでうまくいかなくなるのは、何処の業界でもありそうな話ではありますね。

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2019年7月25日 (木)

高齢ドライバーの安全対策、運転を制限するだけでは難しそうだと言う認識が徐々に浸透

高齢ドライバーの起こす交通事故が注目を集める中で、全国的に対策グッズ導入が加速していると報じられています。

高齢ドライバーの運転事故対策、「お助け」グッズの費用と効果(2019年06月30日NEWSポストセブン)

 高齢ドライバーによる悲惨な交通事故が続発するなか、多くの「予防グッズ」が登場している。ここではそれらを5種紹介しよう。まず、年に7000件発生するブレーキとアクセルの踏み間違い事故を防止するのが「ペダルの見張り番」だ。
「アクセルを電子的に制御するシステムで、時速10km以下ならアクセルペダルを強く踏み込んでも急発進しなくなる。購入者の約8割が60代以上です」(開発したオートバックス社のIR・広報部)
 価格は工賃を含め3万2399円(税込、以下同)。今年5月の売り上げは前年同月比で26倍だという。

 同じく踏み間違い防止のためにナルセ機材が開発したのが、アクセル・ブレーキ一体型ペダルの「ワンペダル」。ペダルを踏むとブレーキ、足を右に傾けるとアクセルがかかる。特注品のため価格は18万3600円(+工賃)と値が張るものの、それでも半年待ちの人気だ。
「私自身の踏み間違い体験を元に、約30年前に開発しました。14年頃まで年数十台の売り上げだったが、ここ数年は年100台を超えています」(ナルセ機材の鳴瀬益幸・社長)
(略)
 高齢ドライバー向けの自動車保険が、三井住友海上の「GK見守るクルマの保険」だ。GPSで高速道路の逆走を察知して警報を出すほか、ドラレコを貸与し危険運転を家族に知らせる。発売4か月で契約件数は10万件を突破した。

 自動ブレーキ搭載車に買い替えるには時間も費用も要するが、「後付け」なら導入のハードルは高くない。

高齢者よりも初心者の方が危険だと言う意見もありますが、初心者は日々上達し事故率減少が期待出来るのに対して、高齢者は日々事故の不安が増していくと言う違いがある点は無視出来ません。
また事故内容も若年者とは傾向が違うことは感じられ、先日都心部で発生した暴走事故などは異様な様子がテレビでも流れましたが、他車や歩行者にとって行動が読めない怖さはあると思いますね。
自動車関連業界としても物理的対策を急ぐ必要は感じているようで、国としても将来的に安全対策装備車に限定した高齢者用免許などを考えているようですが、そうそう車を買い換えられない方も多いことでしょう。
ひとまずの対策として高齢者の免許返納・取り消し推進が挙げられますが、先日も免許返納後に車を乗り回して事故を起こした高齢者のように、当事者と周囲の認識はなかなか一致しないようです。

認知症届け出、医師の苦悩 患者は同意せず反発も(2019年7月23日西日本新聞)

 福岡市早良区で9人が死傷した多重事故など、全国各地で高齢ドライバーによる重大な交通事故が多発する中、認知症などを診断した医師が都道府県公安委員会に届け出たケースが年々増加し、届け出たうちの約4割が運転免許の取り消しや停止につながっていることが分かった。届け出は任意で、患者が運転をやめることに同意しないまま行う場合もあり、現場の医師の悩みは深い。専門医の不足もあって、医師の側からは届け出の詳しい基準作りを求める声も上がっている。

 届け出制度は2014年6月の改正道交法施行でスタート。認知症やてんかんなどが対象で、医師に課される守秘義務から除外される。警察庁によると、届け出件数は14年(6~12月)が119件、15年134件、16年144件と増え、18年は255件に。制度開始以来、計798件の届け出があり、うち約4割に当たる319件が免許の取り消しや停止などの処分に至っている。
 日本認知症学会など認知症に関係する五つの学会は制度開始に合わせ、ガイドラインを策定。届け出前に患者と家族の同意を得るよう求めているが、困難な場合は「状況を総合的に勘案し、医師が判断する」と記し、現場の裁量が大きい。「生活の足が奪われる」と届け出に反発する患者もおり、医師の側も二の足を踏むケースがあるという。

 地域のかかりつけ医が対応に迷ったとき、相談に乗り、研修や助言を行う「認知症サポート医」も全国的に不足している。厚生労働省は25年度までにサポート医を1万6千人にする目標を掲げるが、17年度末で約8千人にとどまっている。西日本地区のある医師は「専門外の医師が届け出の判断を迫られるケースもあり、よりきめ細かい基準がほしい」と訴える。
 高知大の上村直人講師(老年精神医学)は「制度を熟知していない医師もいる。都道府県警に専用ダイヤルを設置すれば、より使いやすい制度になる」と指摘している。

実は運転禁止は高齢者に限ったことではなく、医療の世界では疾患や治療内容によって若年者でも運転を禁じるべき時がありますが、そう簡単に禁止の徹底も出来なければ患者の了承も得がたいのが現実でしょう。
散瞳での眼底検査や鎮静下での内視鏡検査、アルコール含有製剤による抗癌剤治療や催眠鎮静作用のある薬剤投与時など、いずれも本来車の運転はやってはいけないはずですが、事実時に車に乗って事故を起こす事例もあるようです。
医療機関の集約化もあって大きな病気や希な病気になるほど遠方への通院が増える理屈ですが、こうした方々ほど体力的な不安も大きいだけに、1日数本のバスを待っての通院と言うのもきついだろうと思います。
ましてや高齢者ともなれば本来はより楽な自家用車での移動が望ましいはずで、長期的に考えると地方に限定したものでも自動運転装置など、高齢者でも車に乗れる技術の推進が望ましいところでしょう。

そもそも何故高齢者の運転禁止が言われるかと言えば事故が怖いからであり、その結果自分だけではなく他人にも危害を及ぼす可能性があるからですが、実はそうした懸念があるのは別に車の運転に限りません。
先日拝見したのですが医師として何歳まで働きたいかと言うアンケートがあり、70歳までが最多だったそうですが、一律に年齢で規定するのはおかしいだとか、高齢医師も働かせるべきと言う意見も多かったようです。
身体的にはもちろん、知的能力も年齢とともに衰えることが明確である以上、医師も高齢になるほど患者に危害を与えるリスクも高まるはずですが、危険性を知っているはずの医師ですら自分のこととなると簡単には辞められないのが実情のようですね。
不肖管理人も車の運転をする機会は日常的に多い方ですが、70歳になればきっぱり免許を返納するかと問われればさてどうなのかで、では何歳まで運転を続けるだろうかと考えると悩ましいものがあります。

 

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2019年7月22日 (月)

診療拒否のガイドライン、厚労省から通知

応招義務の範囲に関しては以前から様々な議論のあるところですが、先日現時点での公的な定義として厚労省からこんな通知が出るそうです。

「診療しないこと」が正当化される場合など周知へ(2019年7月19日医療維新)

 厚生労働省は7月18日に開いた社会保障審議会医療部会の会議で、医師の応召義務について「現代における応召義務」に関する解釈通知を発出するとの方針を示した。医療提供体制や医師の勤務環境に関する観点も考慮した「医師・医療機関が診療しないことが正当化される考え方」なども含む見通し。上智大学法学部教授で同医療部会の委員も務める岩田太氏が研究代表者の厚生労働科学研究「医療を取り巻く状況の変化等を踏まえた医師法の応召義務の解釈に関する研究」の報告書がまとまったことを受けた対応(資料は、厚労省のホームページ)。
 厚労省医政局長の吉田学氏は応召義務について「議論すると、いろいろな反応があり、患者の立場からは、『医師が自由に離れて、あるいは逃げてしまってもいいのか』という意見がある。医師からは、『応召義務を心の支えに頑張ってきたが、それはないのか』というような言葉をいただく」と述べ、そもそも難しい議論であると指摘。その上で、「今回の研究班の報告書はまず法的な整理をしていただいた。これをきちんと伝えながら、医師・患者関係での思い、医師にとっての、または医療関係者全体にとってのかもしれないが、職業倫理や矜持についても、混乱がないように正しくメッセージが伝わるように、行政として受け取ったものを発信する際には留意し、工夫したい」と述べた。

 岩田氏の同研究は検討の方向性として、▽医師には応召義務があるからといって、当然のことながら際限のない長時間労働を求めていると解することは当時の立法趣旨に照らしても正当ではないと解される▽医師法上の応召義務に関する規定の存在により医師個人に過剰な労働を強いることのないような整理を、個別ケースごとに改めて体系的に示すことが必要と考えられた▽個別具体的なケースを念頭に置いて、医療機関、医師が従うべき準則を明らかにする――などを考慮。応召義務について下記の解釈をまとめた。

実態として個々の医師の「診療の求めがあれば診療拒否をしてはならない」という職業倫理・規範として機能し、社会的要請や国民の期待を受け止めてきた。こうした背景もあり、応召義務はその存在が純粋な法的効果以上に医師個人や医療界にとって大きな意味を持ち、医師の過重労働につながってきた側面がある。ただし、医師には応召義務があるからといって、当然のことながら際限のない長時間労働を求めていると解することは当時の立法趣旨に照らしても正当ではないと解される。

 また「診療しないことが正当化される事例の整理」として、病状が深刻な救急患者などが該当する「緊急対応が必要なケース」と、病状が安定している患者などの「緊急対応が不要なケース」に分け、それぞれ「診療時間内・勤務時間内」と「診療時間外・勤務時間外」を解説した。

 緊急対応が必要なケースにおける「診療時間内・勤務時間内」については、救急医療において医療提供の可能性や設備の状況などを総合的に勘案し、事実上診療が不可能な場合のみ診療しないことが正当化されるとまとめた。同「診療時間外・勤務時間外」では、原則として「公法上・私法上の責任に問われることはないと考えられる」と明言。必要な処置を取った場合においても、医療設備が不十分なことが想定されるため、求められる対応の程度は低いことなども記した。
 緊急対応が不要なケースの「時間内」に関しては、原則として患者の求めに応じて必要な医療を提供する必要はあるものの、「緊急対応が必要なケースに比べ、診療しないことが正当化される場合は緩やかに(広く)解釈される」と説明。考慮すべき事項として、患者と医療機関・医師の信頼関係を挙げた。緊急対応不要なケースの「時間外」については、「即座に対応する必要がない」「時間内の受診依頼や診察可能な診療所・病院などの紹介等の対応が望ましい」と記した。
 診療しないことが正当化されるか否かについて、過去の裁判例などを参考に個別事例も列挙。「患者の迷惑行為」、「医療費不払い」、「入院患者の退院や他の医療機関の紹介・転院など」、「差別的な取扱い」ごとの解説も盛り込んだ。
 さらに、法的には、医師は国に対し応召義務を負っている旨を説明する図も作った。
(略)

まあしかし進歩的なメディアの方々がどのような反応をするだろうかと今から楽しみと言えば楽しみなのですが、少なくとも無制限に応招義務が成立するものではないと明言されたことは一歩前進と言えるでしょう。
注目すべき点としては現在進行中の医師の働き方改革を巡る議論とも関連する話として位置づけられていると言う点で、現時点で公表する意味合いとして応招義務を抑制的に再定義する意図がありそうです。
とりわけ診療時間外・勤務時間外においては全ての場合で応招義務は負わず努力目標とされたことが重要で、仮に対応を行ったとしても求められる責任の範囲は非常に限定的と言う、かなり抑制的な内容です。
この部分は夜間・時間外診療を担当している当直医の負担感とも密接に関わるものですが、各施設内ルールはともかく法的には時間外の救急要請をお断りして何ら問題無いと示されたのは重要なポイントですね。

患者の立場からすると夜間の急病はどうしたらいいのかですが、努力目標として時間内受診の案内や他施設への紹介などが挙げられているものの、逆に言えば緊急性のない患者は断られても仕方ないと言えます。
現実的に診療を行わなければ重症か軽症かも判らないと言う意見もあるでしょうが、厚労省は軽症者とは言わず病状の安定している患者と表現しているあたり、いわば見た目の印象で考えろと言うことでしょうね。
一見軽症であった患者が後で急変したと言った場合しばしば紛争化しますが、こうした厚労省の見解がどこまで言い訳として通用するのかで、こればかりは今後の判例の蓄積を待たなければならないように思います。
また勤務時間内に関しては原則的に全てのケースで一定の対応が要求されており、特にかかりつけ患者に関しては軽症と重症とを問わず対応すべきと受け取れる文脈ですが、かかりつけ重視の時代の流れではありますね。

今回むしろ救急時間外の対応義務以上に注目されるのが、日常診療の場でどこまで診療の求めを断ることが出来るか、診療拒否が許容されるケースを個別の事例を挙げて列挙されている点ではないでしょうか。
過去に問題化した事例などと照らし合わせて考えると、迷惑行為を行う患者や退院可能なのに退院を拒否する患者、意図的な未払い患者は拒否可能であるとされたのはなかなか示唆的ではないかと思います。
他方で宗教や思想信条だけでは診療拒否は許容されないが、それらにより診療が著しく困難な場合は許容されると言うのは、最終的にはどこまで現場が受け入れ可能かで考えろとやや丸投げ感もありますね。
全体として医療の必要性がある場合は一定程度の診療を義務づける一方、医療の必要性がなければ拒否も許されると言うことですから、迷惑患者などはまずは医療の必要性がない・乏しい状態に持ち込めるかが重要と言えそうです。

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2019年7月17日 (水)

どこかで見たようなコメントが、全く畑違いの業界から

このところ反社会的勢力との関係など何かと話題になる事の多い某芸能関連大手の運営の在り方に関して、先日こんなニュースが話題になっていました。

闇営業、契約書なし、安いギャラ、宮迫の今後…吉本・大﨑会長が答えた60分(2019年7月13日BUSINESS INSIDER JAPAN)

振り込め詐欺グループの宴会に参加して金を受け取ったとして、「雨上がり決死隊」の宮迫博之さんや「ロンドンブーツ1号2号」の田村亮さんらが謹慎処分を受けた「闇営業」をめぐる問題。
吉本興業ホールディングスの大﨑洋会長が、Business Insider Japanの取材に応じた。
(略)
BI:闇営業の背景には、芸人たちの報酬が安いことがあるのではと指摘されています。
大﨑:ギャラが安いことと、犯罪を起こすことはなんの関係もない。お金持ちは、犯罪を犯さないのかというとそんなことはない。
吉本としては基本、ギャラはちゃんと払っているつもりです。

「最初のギャラが250円だった」と芸人がテレビで発言してますよね。
イベントをすれば場所代、賃料のほか大道具さん、衣装さんの経費も必要。黒字が出るときも、赤字のときもある。赤字だったとしても、プロとして吉本の舞台に立ったのだから、ギャラは払ってあげないといけない
10組の漫才師が出て、上の3組の名前で800人がいっぱいになったとする。若い子の名前でイベントに来た客はいなくても、プロとして舞台に立ったんだから、1円でも払ってあげようという意味での250円。250円もらえてよかったなと、ぼくは思う
その状況がきちんと理解できていなかったり、テレビで話を振られた時に笑いを取ろうとして、「250円」と言ってしまったのかもしれません。
交通費が500円かかって、250円では赤字だったとしても、800人の前で自分たちの漫才を3分できれば、たとえ1回も笑いが取れなくても今後の芸の役には立つでしょう。

芸は、人生をかけて何十年も積み重ねて完成するもの。修行時代に、先輩のおかげで舞台に立つ経験をしてもらう。ギャラの額の問題ではないと思ってます。
歌手でもカメラマンでもライターでも、売れないころ若いころは食べられません
だから芸人は居酒屋でバイトをし、いつの日か芸を磨いてスターになって、世の中の人を感動させたい、喜んでもらいたいと下積みをする。
吉本の芸人としてデビューしたんだから、だれも笑ってくれなくても、月に30万円払ってやるからがんばれよ、というやり方は、本当の芸人を育てるやり方とは思えない。吉本のいまのやり方を、変えるつもりはありません。
(略)
BI:芸人と契約書は交わしていないのですか。
大﨑:芸人、アーティスト、タレントとの契約は専属実演家契約。それを吉本の場合は口頭でやっている。民法上も、口頭で成立します。タレントが出版社から本を出す、映画に出るというときは、これは別途、吉本興業と出版社や映画会社が契約書を交わしています。
芸人が「契約書ないねん」と言っているのは、書面で交わしていないということだと思う。その子が理解不足なのか、笑いをとろうとして言ったのかはわからない。ただ、いまの形がぼくは吉本らしいし、いいと思ってます。
(略)
BI:役員を含めた責任のとり方について議論はされていますか。
大﨑:まったくない。社内の構造に問題があったとは理解していない。道半ばなので、やり遂げる道をぼくは選ぶ。

BI:6000人の芸人を抱えるのは、さまざまなリスクを抱えることの裏返しにも見えます。
大﨑:吉本に入ってお笑いやりたいんです、吉本しか行くところがないんです、という子たちに、来るなとは言えません。
縁あって吉本の門をくぐった以上、本業で月に2000円しか稼げなくても、がんばって居酒屋のアルバイトであとの12万円を稼ぎなさいね、ということだと思う。
それは、どの世界でも同じ。本業でいきなり食っていけるわけではない。十分な給料をあげて安心して暮らしながら修行しなさいというのが、本当の愛情なのか
なにかのきっかけですごくいい仕事が、すごくいい漫才のネタができるかもしれない。吉本しか居場所がない人においでよ、と言うのは、まちがったことではないと信じている。
(略)

近藤春菜、吉本会長「今後も書面での契約しない」に「口頭でも聞いた覚えない」(2019年7月15日サンスポ)

 お笑いコンビ、ハリセンボンの近藤春菜(36)が15日、MCを務める日本テレビ系「スッキリ」(月~金曜前8・0)に生出演。お笑い芸人らが会社を通さない“闇営業”で反社会勢力の集まりに出席した問題に言及した。
(略)
 また、吉本興業の大崎会長が「今後も書面で契約を交わすことはない。口頭の契約を変えない」としている点について「口頭だったとしても、芸人も納得してお互い同意しないと契約って結ばれないと思うんですよね。私は吉本から口頭でも聞いた覚えはないですし。『会社にいくら入ってあなたの取り分はこうです』とか、他の問題に関しても何もないですよね。会長のおっしゃっていることと芸人の間での相違がすごくて、これで納得している芸人っていないと思います」と苦言を呈した。

反社会的勢力との関係云々については芸人の皆さんも飯の種、商売でやっているわけですから、そうと知らず意図せざるものまで含めれば相応の数がこれまでにもあったのではないかとは想像出来るところです。
その点についてはこの機会に検討いただくとして、ここで注目したいのは業界最大手の大手企業が契約書もなく、ただ口頭での口約束だけで支払いなどを決めていると言う点で、ちょっと驚くような現状ですよね。
無論一般のサラリーマンと違って様々な不定期収入も多いだろうとは思うのですが、少なくとも外部と契約をする際にはきちんと条件を交渉し文書も交わすでしょうに、内部に限ってずいぶんといい加減なものに見えます。
特に注目したいのが所属する芸人のコメントとして会長の言に反し、口頭であれ何であれ契約に関して全く聞いたことがないと言っている点ですが、事実であるとすると内部の決算処理などどうしているのかとも思います。

世間的にもちょっとした話題になっていたこの記事ですが、個人的に感じたのが会長のコメントや労働契約の実態など、最近何かと話題になることの多い無給医問題と妙に相似形に見えると言うことでしょうか。
技能は苦労してこそ身につくものだとか、修行中なのだから給料が出なくて当たり前だとか、将来のために若い頃は苦労はしておくべきだとか、どこかの病院の経営者側のコメントとしても違和感を覚えないフレーズです。
どこの業界でも大なり小なりこうした事例はあるのでしょうし、特定の業界だけが特殊だから起こる問題でもないのでしょうが、それだけに世間的にこうしたコメントがどう受け止められるか当事者は知るべきでしょうね。

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2019年7月15日 (月)

最近目についた興味深いニュース三題

先日こんなニュースが話題になっていました。

北大が名和学長の解任申し出へ。職員へのパワハラ認定、国立大では全国初になる見通し(2019年7月5日ハフポスト)

北海道大学の名和豊春学長(総長)について、同大が解任の申し入れをする方針であることが7月5日、関係者への取材で分かった。
名和学長は北大職員に対するパワーハラスメントをしていた疑いがあるとして、学長選考会議2018年11月から調査をしていた。学長選公会議は学長のパワハラを認定。学長を続けることは不適切であるとして近く文部科学相へ解任の申し出をするという。
名和学長は、2018年12月10日から体調不良を訴え休職しており、2019年3月の卒業式や、4月の入学式も欠席した。現在は笠原正典副学長が職務代理を務めている。
北大広報課は「現時点ではコメントを差し控えたい」としているが、この問題について「世間的に大きな注目を集めているので、解任の申し出などがある場合はしかるべきタイミングで公表する」と説明した。
(略)
国立大学の学長任命手続きをする文部科学省人事課によると、2004年に国立大学が法人化してから、学長が解任された例は今までにないという。
国立大学法人法によると、国立大学の学長の任命や解任の手続きは、学内外のメンバーで構成する選考会議の申し出を受けた後、内容を精査して文部科学相が可否を決定する。
担当者は「正式な申し出は現時点では来ていない。このような例は過去にないため、一般的にどう対応するかということについても説明しにくい」と話している。

未だ事実関係が争われている中ですから断定できるものではないものの、近頃ではアカハラと言う言葉もあるくらいで、学閥内のヒエラルキーに基づくハラスメント自体はどこの大学でも全く珍しくはないでしょう。
ただ今回国立大学のトップである学長が、いわば部下からの謀反によって職を追われると言う前代未聞の事態であることが珍しく、こういうことが可能であると言うことを世に知らしめる意味でも重要な事例になりそうです。
今後はこれならうちの教授も…と全国各地で内部告発が続くことになるのかどうかですが、学問的業績だけではなく人並みの常識を持ち合わせているかどうか、教授選考の過程から問われる時代になるのでしょうか。
続いてこちらも言われてみればありそうな話でもあるのですが、先日出ていた珍しいニュースを紹介してみましょう。

救急隊員、待たされ「分娩後に要請を」消防謝罪(2019年7月10日読売新聞)

 横浜市消防局の救急隊員が、低体重児の救急搬送要請で出向いた産婦人科医院で、分娩で待たされたことに対し、「救急車を長く拘束することはできかねる」と発言するなど不適切な言動をしたとして、消防が医院側に謝罪していたことが、関係者への取材で分かった。

 市消防局などによると、医院は今年春頃、母親の周産期異常で予定日より早い低体重児の緊急分娩の必要があるとして、新生児の専門病院への搬送を要請した。帝王切開後の心肺蘇生などに時間がかかり、救急車は30分ほど待機した。
 救急隊員3人は待機中、感染防止のため着用が規定されているマスクを外し、廊下のソファに足を投げ出して座り、さらに、関係者以外は立ち入り禁止の場所で新生児たちを眺めるなどした。さらに、40歳代の救急隊長は搬送後、付き添いの医師に「30分ほど救急車が待った。分娩後に要請してください」などと発言した。

 市消防局は「緊張感に欠く行動や不見識な発言」として医院側に謝罪した。同局は取材に対し、「周産期医療に関する知識と経験が不足し、緊急であることを理解していなかった。救急隊員の指導育成に努める」と話している。

医学的な状況の詳細は記事からは少しわかりにくいところもあるのですが、緊急搬送の必要がある場合は往々にしてあり、また一段落してから救急車を呼んだのでは遅いと言う場合も当然ながらあるでしょう。
結果的に30分待たされた救急隊としても不本意だったのは理解できるところですが、少なくとも現場でこうした態度や言動に出ることは不適切と言うべきで、後日検証なりするのが妥当ではなかったかと思いますね。
ただ医療機関でこうしたトラブルがあった場合、病院当局がどこまでスタッフを守るために行動するだろうかと考えると、個人ではなく組織として責任を負う消防救急の体制は見習うべき点が多々あるように感じます。
もう一つ取り上げますのはこちらのニュースなのですが、おそらく多くの医療関係者がびっくりされたのではないでしょうか。

加古川中央市民病院 黒字が過去最大、21億円超(2019年7月9日神戸新聞)

 加古川中央市民病院(兵庫県加古川市加古川町本町)を運営する地方独立行政法人「加古川市民病院機構」は9日、2018年度の決算を公表した。経常収支は21億7千万円の黒字で、過去最大の黒字額だった17年度をさらに約2億円上回った。今月で開院から丸3年となる新病院は、年々経営の安定化が進む

 同日にあった、外部の有識者らでつくる評価委員会で報告した。経常収支の黒字は6年連続。17年度に引き続き、設立者である市の一般会計から繰り入れる運営費負担金(16・6億円)を除いた収支でも黒字を達成した。

2016年に開院した同病院は600床クラスの地域基幹病院で、高度急性期を中心とする入院医療の収益改善がこの結果を招いていると言うことですが、そうは言ってもなかなかこのご時世に出来ないことです。
スタッフの労働環境は果たしてどうなのかと気になる先生も多いと思いますが、個人的に注目したいのは昨年初めて黒字を達成した時点で入院、外来患者数の大幅な増加を認めていた、その結果です。
加古川市民病院機構の患者アンケートでは黒字化と平行して入院・外来患者の満足度が大きく低下しており、接遇や応対の満足度や外来の待ち時間などで顕著な悪化が見られたと言います。
経営至上主義で顧客をより多く集めれば当然そうなるだろうことは予想出来るのですが、医療の場合基本的にはこうした接遇面が多少悪くとも、顧客は医療そのものへの期待感で集客出来るともいえますね。
診療報酬改定が厳しさを増す中でなかなか教訓的な話だと思うのですが、やはりこれからの時代国民としても医療の質、コストおよびアクセスのいずれを重視するか、選択していく必要がありそうに思います。

 

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2019年7月 8日 (月)

医師の労働時間に関する厚労省の通達が興味深い内容

本日まずはこちらのニュースから紹介してみましょう。

長時間労働で院長ら不起訴 新潟市民病院、遺族が告発(2019年7月3日共同通信)
https://www.m3.com/news/general/685956
 新潟市民病院が2017年1~6月、延べ90人の医師に労使協定違反の長時間労働をさせたとして、過労自殺した女性研修医=当時(37)=の遺族が労働基準法違反の疑いで告発した問題で、新潟地検が片柳憲雄(かたやなぎ・のりお)院長らを不起訴処分としていたことが2日、地検などへの取材で分かった。処分は4月8日付。

 遺族代理人の斎藤裕(さいとう・ゆたか)弁護士によると、片柳院長は起訴猶予、新潟市と篠田昭(しのだ・あきら)前市長は嫌疑不十分だったという。斎藤弁護士は「起訴猶予は犯罪行為が認められたことになり、病院には対応してもらいたい」としている。

 同院の女性研修医が16年1月に過労自殺。遺族らが長時間労働の改善を市に申し入れたが、十分な対策が取られていないとして、17年10月に告発、新潟労働基準監督署が19年2月に書類送検していた。

この新潟市民病院に関しては史上初めて医療機関でブラック企業大賞にノミネートされましたが、過労死まで出すような職場環境に関して当時病院当局が「事態改善は難しい」と開き直っていたのが印象的でした。
http://gurikenblog.cocolog-nifty.com/blog/2017/12/post-95c7.html
http://gurikenblog.cocolog-nifty.com/blog/2017/06/post-4df0.html
労働者としての医療関係者が病院当局を訴えると言う事例も時折報じられていますが、今の時代ブラック企業対策はどこの業界でも重要であり、必要であれば訴訟沙汰も辞さない労働者も増えているようです。
https://www.sankei.com/affairs/news/190617/afr1906170045-n1.html
明確な法令違反の行為などは論外ですが、医療業界の場合そもそも関連法規を無視した、あるいは全く知らずに運用されている事例も未だに多く、労基署などからもたびたび突っ込まれる所以ではありますね。
長く続いている医師の働き方改革を巡る議論でも、労働時間の把握など基本的な部分の徹底が再確認されたそうですが、先日報じられたこちらの厚労省通知もまた少なからず影響を与えそうなニュースです。

医師の宿日直、3条件かつ「十分な睡眠」で許可、厚労省通知(2019年7月2日医療維新)

 厚生労働省労働基準局は、医師の働き方改革に直結する「医師、看護師等の宿日直許可基準について」と「医師の自己研鑽に係る労働時間に関する考え方について」という2つの通知を、7月1日付で発出した。宿日直許可基準については3つの条件を全て満たすことを求め、かつ「宿直の場合は夜間に十分な睡眠を取り得るもの」と明示
(略)
 医師等の勤務が宿日直として認められる、つまり労働基準法施行規則第23条に基づく許可(以下、宿日直許可)が下りるのは、(1)通常の勤務時間から完全に解放された後のものである、(2)宿日直中に従事する業務は、一般の宿日直業務以外には、特殊な措置を必要としない軽度または短時間の業務に限る、(3)一般の宿日直の許可の際の条件を満たしている――という3つの条件を全て満たし、かつ「宿直の場合は夜間に十分な睡眠を取り得るもの」である場合。宿日直中に、通常の勤務時間と同様態の業務に従事する場合が、「稀に」あった場合でも、宿日直許可を取り消すことはないが、これが「常態」と判断される場合には許可は下りない。

 医師の自己研鑽については、「所定労働時間内」と「所定労働時間外」に分けて整理。「所定労働時間内」の研鑽は、使用者に指示された勤務場所(院内等)において行う場合は労働時間となる。
 「所定労働時間外」でも、上司の明示・黙示の指示に基づく場合には、労働時間。一方、問題となるのが、上司の明示・黙示の指示に基づかない自己研鑽だ。⑴ 一般診療における新たな知識、技能の習得のための学習、(2)博士の学位を取得するための研究および論文作成や、専門医を取得するための症例研究や論文作成、(3)手技を向上させるための手術の見学――の3つの類型に分けて、「研鑽の具体的内容」と「研鑽の労働時間該当性」を明示。その上で、研鑽が労働時間に該当するかどうかを明確化するために必要な手続きと環境整備を示している。

 宿日直については、通常の勤務時間と同様態が、「常態」か「稀に」のいずれであるかが、許可の判断基準になる。通知では、「宿日直の際に担当する患者数との関係または当該病院等に夜間・休日に来院する急患患者の発生率との関係等」から判断するとしている。
 また前述の(2)の「特殊な措置を必要としない軽度、または短時間の業務」の例としては、以下の4つを挙げた。

◆「特殊な措置を必要としない軽度、または短時間の業務」の例
・医師が、少数の要注意患者の状態の変動に対応するため、問診等による診察等(軽度の処置を含む。以下同じ)や、看護師等に対する指示、確認を行うこと。
・ 医師が、外来患者の来院が通常想定されない休日・夜間(例えば非輪番日であるなど)において、少数の軽症の外来患者や、かかりつけ患者の状態の変動に対応するため、問診等による診察等や、看護師等に対する指示、確認を行うこと。
(略)

 自己研鑽に関する3類型の「研鑽の具体的内容」と「研鑽の労働時間該当性」は以下の通り。労働に該当しない研鑽を行うために在院する医師については、「診療体制には含めず、突発的な必要性が生じた場合を除き、診療等の通常業務への従事を指示しないことが求められる」としている。また、通常勤務ではないことが外形的に明確に見分けられるよう、「院内に勤務場所とは別に、労働に該当しない研鑽を行う場所を設ける」、「白衣を着用せずに行う(手術・処置の見学等は別)」などを求めている。
(略)
 上司や先輩である医師から論文作成等を奨励されている等の事情があっても、業務上必須ではない行為を、自由な意思に基づき、所定労働時間外に、自ら申し出て、上司の明示・黙示による指示なく行う時間については、在院して行う場合であっても、一般的に労働時間に該当しないと考えられる。
 ただし、研鑽の不実施について就業規則上の制裁等の不利益が課されているため、その実施を余儀なくされている場合や、研鑽が業務上必須である場合、業務上必須でなくとも上司が明示・黙示の指示をして行わせる場合は、当該研鑽が行われる時間については労働時間に該当する。
(略)
 上司や先輩である医師から奨励されている等の事情があったとしても、業務上必須ではない見学を、自由な意思に基づき、所定労働時間外に、自ら申し出て、上司の明示・黙示による指示なく行う場合、当該見学やそのための待機時間については、在院して行う場合であっても、一般的に労働時間に該当しないと考えられる。
 ただし、見学中に診療を行った場合については、当該診療を行った時間は、労働時間に該当すると考えられ、また、見学中に診療を行うことが慣習化、常態化している場合については、見学の時間全てが労働時間に該当する。

宿日直と言うものの取り扱いについては以前から議論が続いているところですが、今回の通知で十分睡眠を取れるようなものであることが求められる一方、軽症患者の診療だけであれば宿日直扱いであるとされました。
この軽症患者なるものの定義が難しいところですが、入院や緊急の処置を要さず簡単な投薬だけで帰せるような患者であると考えた場合、救急搬送の大多数が現状でこうした軽症者であると言う現実があります。
救急車を何台も受けていれば決して暇ではないでしょうが、いずれも特に処置もせず帰せるような軽症患者ばかりの場合は時間外労働ではないと言われると、当事者としてはひと言あるところでしょうね。
また以前からこれも議論のあるところですが、ベテランであればひと目見て診断がつく病態を、経験の浅い医師があれやこれやと散々検査処置をした場合、多額のコストも手間も要した患者でも軽症扱いになるのかです。

自己研鑽なるものの扱いも示されていますが、大原則として自由意志で行うものであること、通常の業務とは完全に切り離されたものであることが必要となると、これも厳密に当てはまるものはかなり限定されそうです。
前者に関しては上司から命令や直接間接の強要、指示があった場合は労働時間扱いになりますが、論文を書けだとかデータを出せだとか言われた時点で超勤をつけるとなると、大学などは大変そうですね。
後者に関しても労働時間外であることを示すために白衣を着用するな等々、かなり厳格な区別が必要ですが、むしろ今まで自己研鑽の名目で労働をさせていた場合の扱いが難しいものになるのではないかと思います。
例えば手術記録で助手として名が載っていれば公式には手術に参加していたことになり業務になるでしょうが、名前を載せなければ専門医資格等の申請にも使えずで、そもそも研鑽の意味がなくなりかねません。

また電カルに指示出し等の記録が残っていれば自己研鑽ではなく業務になる理屈ですが、自己研鑽としてカルテを閲覧し勉強している最中に、ふと思いついて検査指示を追加した場合などはどう扱うべきなのかです。
指示出しをした数分間だけを勤務時間にカウントするのが筋かも知れませんが、勉強していたからこそ気づいたと言う意味では全てが診療の一部と言えますし、まさに業務との切り分けの難しいものではあるでしょう。
この辺りは当然人により組織により線引きが異なって当然であり、労基署なども含めてそれぞれ厳密な線引きが必要になった時点で改めて境界線を確定する作業が必要となってくるだろうと思います。
ただ少なくとも現時点で自己研鑽として扱っていた領域のかなり多くの部分が労働時間に組み込まれそうでもありますから、雇用者側としても医師の労働時間を早急に計算し直してみる必要があるでしょうね。

 

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