深夜にラーメンを食べさせてくれる介護施設は確かにありがたいのですが
先日話題になっていたのがこちらのニュースですが、各方面から意見が提示されなかなか興味深い議論になっているのではないかと思います。
深夜に96歳の男性が「ラーメン食べたい」と言ったら、どうしますか?(2020年6月6日Buzzfeedニュース)
まずは、難しいことは考えずに、この動画を見てほしい。
ラーメンのスープをすすって一言。
「あーうめっ」
脇で、この近藤角三郎さん(96)の様子を見守っていた付き添いの金子智紀さん(25)も笑顔になる。
「ね?これでいいじゃないですか。この声さえ聞ければ、これでいいんだってわかるでしょう?」近藤さんは1ヶ月前、半年の病院生活から退院したばかり。入院中はペースト食しか食べられなかった。
今は、神奈川県藤沢市の看護小規模多機能型居宅介護「ぐるんとびー駒寄」で一時滞在しながら、リハビリを受けている。
この近藤さんがラーメンを楽しむ姿を巡って論争が起きているのだ。「夜中のラーメン」の動画が炎上
記者が近藤さんの取材をしてみたいと思ったのは、事業所を経営する株式会社「ぐるんとびー」の代表取締役で理学療法士の菅原健介さんがツイートした動画が炎上しているのを見たのがきっかけだ。
10日前までペースト食だった利用者の求めに応じて、深夜に、普通のラーメンを提供している。
この姿に、介護関連の専門職が批判の声をあげた。
(略)
でも、実際にラーメンを食べているこの男性の美味しそうな表情はどうだ。OKサインを指で作って喜んでいる。
自分だったら、「もう深夜ですし、ラーメンは食べることができないか今度検討してみますから、今は我慢してくださいね」と言われるのがいいか。それとも今、作ってもらって味わえるのがいいか。深夜のラーメンはうまい。
その後、Twitter上で対話が生まれ、利用者の「食べたい」に応えるための努力があったことを理解し合うところまで達したのもさすがプロだなと思った。
(略)
近藤さんがラーメンを食べるまでを知っている介護福祉士の斎藤恵さんが、5月1日の退院直前に菅原さんと病院に顔合わせに行った時のことを教えてくれた。
「病院からはペースト食の指示が出ていると聞きました。でも、近藤さんにうちのパンフレットを見せると、お弁当を食べている利用者さんの写真を指差しながら『うまそうだな』と言ったのが第一声でした。近藤さんの場合は、食が生きる意欲につながるのではないかと気づいたんです」
退院後、リハビリのために一時的に滞在することになった近藤さんの体の状態を、嚥下機能に詳しい看護師や理学療法士、介護福祉士らが評価し、「一段階ずつ食形態を上げていきましょう」という意見で一致した。
(略)
退院から1週間後、斎藤さんが近藤さんと一緒に公園に散歩に行くと、突如、近藤さんが「ラーメン」「ラーメン」と連呼する。
「何ラーメンがいいんですか?と聞くと、『味噌ラーメン』と言う。連休中ですし、お店はどこも営業自粛中でしたから、『カップラーメンでもいいですか?』と聞いて、一緒にお店に買いに行って選んでもらったのです」
疲れて一度昼寝をした後、起き出してきた近藤さんにカップラーメンを出すと、全部食べ、スープまで飲み干した。
(略)
「病院は治療するところであって、暮らしを楽しむところではありません。病院は誤嚥防止のために安全を最優先にせざるを得ないのでしょうし、訴えられるのは怖い。一方で、在宅は暮らしを楽しむところです」
「そして生きる意欲と機能は連動します。食べたい、とか何かをしたいという欲求、生きる意欲が湧くと、機能は上がる。病院は間違っていると言っているのではなく、病院と在宅は役割が違うということなんです」
近藤さんの主治医も、「ご本人が食べたいものを食べてもらっていいです。必要なら意見書を書きますよ」と、菅原さんたちの姿勢を支持してくれているのも心強い。
(略)
菅原さんは言う。
「大切なのは何を目指すかだと思っていて、僕らの目標の最上位は、『ほどほどに幸せな暮らし』です。『安全』を最上位にはしない。ほどほど幸せが実現できるなら、安全性は最低限確保しながらも多少下げてもいいと思っています」
最初の契約の時に、本人と家族に「本人主体でほどほどの幸せを目指すので、リスクをある程度引き受けていく」ということを説明し、了承してもらっている。
「拘束しても安全を優先しなければならないことはありますが、100%の安全を求められるなら引き受けるのを断ることもあります。本人の望んでいないことを続けるのは虐待です」
(略)
「リスクゼロを目指すと管理でガチガチになり、ほどほど幸せな暮らしができなくなります。ほどほどの幸せは、安心できる場所と信頼できる人がいることで成り立ちます」
「そのために、専門性を振りかざすことなく、全ての職種は対等な立場で本人のハッピーを創るために、違う意見の人と対話をしながら、余白をどう生み出すか考える。〜もあるを受け入れ、間違いをその都度、変更することも頭に入れながら、個別に『ほどほどの幸せ』をカスタマイズしていきたいと考えています」
実際には一足飛びにラーメンをすすらせたのではなく、段階を追って順次嚥下機能を確認しながらステップアップしていったそうですが、96歳の超高齢者が深夜にラーメンと言う動画は確かにインパクトがあります。
実際に各方面から寄せられたコメント多数が掲載されていて、それぞれ現場に関わる立場から納得出来る意見が多く、何が正解と言うことも間違っていると言うこともなくただ見方の違いとしか言いようがないことです。
記事の末尾で施設の責任者である菅原氏がおっしゃっていることも同様にまことにごもっともであるし、恐らく多くの一般利用者や家族の方々からはもっとも賛同を得られる考え方であろうかとは思いますね。
ただ他方で全国の介護従事者から批判の声が殺到したと言うのも理解出来る話で、求められればリスク無視で何でもやっていいのかと言った意見も、マンパワーに制約のある現場だけに無視出来ない話ですよね。
介護現場の考え方としては、こうした場合に真っ先に考えることは何かあったときに責任を取れるのか、誰が責任を取るのかと言う点でしょうが、菅原さんとしては契約時に家族の了承を得ていると言います。
ただ現実的にはそうした了承があってもトラブルにつながることは少なくないのも経験から想像出来ることですが、恐らくこの施設はかなりの人気施設であり、相対的に強い立場であると言うことなのかと思いますね。
無論いざと言う時の保険など様々な対策は講じていることでしょうが、零細な事業者であればそうしたリスクを到底負うことが出来ず、結果的に利用者や家族にとって満足感の乏しいサービス提供となりがちです。
医学的に正しいかどうかとはまた別な次元でサービス業として考えると、顧客満足度を高めることがクレームやトラブルの可能性を結果的に下げられるのであれば、サービス提供者にとっても望ましい話ではないでしょうか。
一方で別な視点で考えると異なった意見もあると感じられるのですが、医療の立場でも一見すると主治医は好きなものを食べさせていいと言っているのだから構わないじゃないかと言う意見もあるでしょう。
ただこうした施設入居の超高齢者の主治医を急性期基幹病院の勤務医がしていることは通常ないはずなので、恐らくこの主治医氏も嘱託医や近隣開業医などと言った立場である可能性が高そうです。
もしも利用者が夜中にラーメンを食べて誤嚥したとして、施設内あるいは主治医が対応すると言うのであれば良いのですが、実際には直ちに救急車を呼んで全く無関係な他施設に搬送されることが大多数でしょう。
そうした搬送先の医師にしてみれば、夜中に超高齢者にラーメンを食べさせて誤嚥したからと送りつけられてくるのは決して愉快な話ではないでしょうし、医療リソースの観点からも歓迎できない話でしょうね。
結局のところそれぞれの立場によってそれぞれ正解と思える意見があるはずですが、どの立場が最も尊重されるべきかと考えると、一義的には被介護者本人およびその家族と言うのが基本ではあると思います。
ただその意思決定においてこの場合介護側や主治医側の意見が反映される一方、いざと言う時にケツ持ちしてくれるはずの救急受け入れ施設の意見はと言えば、まさに退院時の指示がそうなのだろうと言うことですね。
このあたりのミスマッチは地域内での力関係など様々な要因も絡む話ですが、少なくとも救急搬送が逼迫している地域でこんな患者が次々と運び込まれてくれば、受け入れ側としては穏やかではいられないでしょう。
リスクを引き受けると言っても実際に何かあった時に施設側がどう引き受けられるものなのかで、願わくはいざと言う時のバックアップをしてくれる救急医療機関とも十分な意思疎通をした上での話であればとも感じました。
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