« 医師偏在時代にあっての医師強制配置への布石 | トップページ | 今日のぐり:「草笛 小諸本店」 »

2019年9月19日 (木)

マッシー池田先生、司法関係者の医学教育に鋭意努力中

マッシー池田こと池田正行先生と言えば狂牛病騒動に絡んだゼロリスク症候群に警鐘を鳴らしたことで知られますが、最近はこんな仕事をされているのだなと思わせるのがこちらのニュースです。

検察官・裁判官に対する医学教育の実際(2019年9月10日日経メディカル)

 「ドクターGと仕事で御一緒できて光栄です」
 国敗訴の可能性が高いと考えられていたにも関わらず、私の意見書で形勢が逆転したある事案の最終局面、私が証言する期日(法廷での審理をこう呼ぶ。刑事裁判の公判に相当)の前日、東京法務局で行われた長時間の打ち合わせの休憩時間のことでした。飲み物を買うために寄った局内の地下売店で、担当の若手訟務検事から清々しい表情で声をかけてもらいました。
 その1年前、初めての打ち合わせの際、たまたま北陵クリニック事件に対する私の活動が担当チーム内で話題となり「あれは全部でっち上げですから」と言い放った私を見て、顔が歪んでいた彼から、そんなふうに声をかけてもらえるようになった時、教育が世の中を変える手応えを感じました。
 検察官だけはありません。裁判官も医療訴訟に関わります。にもかかわらず、裁判官にも医学教育を受ける機会が全くありません。このため、今日もどこかでトンデモ医療訴訟が行われています。私はそんな訴訟の品質向上を目指し、検察官と裁判官双方の医学教育を2015年1月から始めました。といっても新たに塾を開いたり生徒を募集したりしたわけではありません。矯正医療に対する国家賠償訴訟(国賠訴訟)という既存の行政訴訟を利用した、コストゼロのOn the Job Training(OJT:実地訓練)です。

 国賠訴訟における私の主な役割は、被告である国の代理人(刑事訴訟における弁護人に相当し国を弁護する)を務める法務局訟務部付検事(訟務検事)の要請に応じ、刑務所や拘置所での診療の妥当性について意見書を書くことです。訟務検事は若手の検事と判事補(裁判官に任官して10年未満)が交代で務めますから、若手の検察官と裁判官の両方を教育できます。さらに、書面や証言によって、私の考えをわかりやすく裁判所に伝えることは、担当裁判官の教育にもなります。
 国賠訴訟1件につき訟務検事は1人ですからマンツーマンの教育となります。書面のやり取りだけでなく、担当チームのメンバーも交えてテレビ会議での打合せも行います。判決までの何年もの間、人事異動で交代する場合もありますが、それでも私が直接やりとりできるのはせいぜい1件につき3人までです。「中身は濃いかも知れないが、果たしてそんなスピードで医療訴訟全体の品質向上が実現できるのか?」との心配は御無用です。
 私は神経学、総合診療、臨床研究、EBM、レギュラトリー・サイエンス等、様々な分野で教育に携わっていますが、その教育対象母集団は医師だけでも30万人を超えます。一方、裁判官は3000人足らず、検察官は2000人足らずです。単純に人数だけで考えても、教育の効率は医師の場合の60倍。私としても「自分の教育がトンデモ医療訴訟の撲滅に繋がる」と思うと教育にも自然と熱が入ります。この教育活動に対して、昨年3月には法務省矯正局高松矯正管区長から表彰状も戴きました。
 さらに彼らの競争意識が学習の動機付けを強化します。裁判官、検察官それぞれの集団における出世競争は、医師同士のそれとは比べものにならないぐらい激しい上に、裁判官と検察官の間にある緊張関係も互いに切磋琢磨するための原動力になります。

 2015年1月から19年5月までの間、敗訴の可能性が否定できないとして私に意見が求められた国賠訴訟10件のうち、医療過誤が明白だった1件(無駄に争わずに裁判の早期収拾を助言)を除く9件を表に示しました。 9件全てについて意見書を作成するとともに、テレビ会議も利用し、期日前の打ち合わせにも参加しました。2件では出廷し、そのうち1件では証言も行ないました。原告側から医師の意見書が提出されたのは5件でした(別表)。
 原告主張の具体的内容は、診断および治療開始の遅れがあったとするものが7件と多数を占めています。関連診療分野は多岐にわたり、特定の診療科への偏りはありませんでした。2019年7月現在、9件のうち4件が係属(まだ裁判が続いているという意味)、3件が請求棄却、1件が勝訴的和解、1件が請求額2000万円に対し800万円の支払いを認める判決でした。
 私への依頼があった時点では、9件いずれも敗訴の可能性が否定できなかったにもかかわらず、これまで判決が出た5件では、全て敗訴を免れています。形勢逆転の原因は、第一にそれまで訟務検事が気づいていなかった原告主張の重大な事実誤認を、意見書で私が明らかにしたこと、第二に、何回もの打ち合わせに参加し、弁論や尋問の内容についても積極的に意見を述べ、証人として出廷するのも厭わず、担当裁判官の疑問に対して常に分かりやすい説明を心がけた点にあると考えています。
 もちろん、私にとっても大いに学ぶところがありました。医療訴訟の実務に、それも第三者としてではなく、被告国の当事者として関わるなんて、矯正医官にならなければ決して経験できなかったことです。「教えることは学ぶこと」を正にそのまま地で行く国賠訴訟を9例も経験し、法務省からの表彰まで戴いたおかげで、定年後のキャリアパスも見えてきました。

ちなみに池田先生はもともと神経内科医ですが、今現在の役職は高松少年鑑別所の法務技官・矯正医官なのだそうで、ご自身の解説を見ても医師としては非常にユニークなキャリアをお持ちだと言えそうですね。
当然ながら神経内科的な訴訟ばかりと言うわけではなく、まさに関連診療分野は多岐にわたり、特定の診療科への偏りはない医療訴訟について意見書を作成されたと言うことで、いきおい専門外が多かったはずです。
国賠訴訟ですから原告は市民であると思いますが、国にとっての弁護人となるのが検事であると言う点で混乱しそうですが、要するに受けて立つ被告弁護人は決して医療の専門家でも何でもないと言うことです。
実際にどのような訴訟に対しどんな意見書を出したかは記事からは不明ながら、専門外の目で見ても原告側の主張に明らかな重大な事実誤認があったと言うことで、それを見抜けない検事の力量が問題です。

池田先生の関わる国賠訴訟はいわゆる医療訴訟とはまた違った難しさもあるのでしょうが、医療訴訟と同様に実際に訴訟を担当し判断するのは医療の素人であると言う点では少なからず共通点があると言えますね。
検事に限らず弁護士にしろ裁判官にしろ、医療訴訟を担当する機会が多ければ慣れてはいるのでしょうが、それはあくまで裁判のロジックとして慣れていると言うだけで、医療知識の点で特に詳しいわけではありません。
医療側の目線で見れば明らかにおかしい、いわゆるトンデモ判決が出る素地と言えますが、基本的には素人が集まって裁判をする以上、それに専門家視点で助言する医療側の役割がきわめて重要です。
無論明らかに原告のおっしゃることはごもっとも、被告は素直に賠償に応じるべきとしか言い様がないケースも少なくなく、こうした場合も含めて正しく妥当な専門的判断に基づいた判決が出されるべきだと言うことですね。

池田先生は司法関係者の医学的教育と言う点で努力されていますが、当然ながら司法関係者が判断するにあたって医師の意見が重要視されるわけですから、裁判に関わる医師の教育も非常に重要でしょう。
昨今は医療訴訟も弁護士レベルでかなりフィルタリングされているとも聞きますが、中には功名心にはやってか奇妙な論理で原告側を支援する医療側鑑定人もいて、トンデモ判決が出る主原因とも言われます。
現状で原告側は自分の主張を肯定してくれる医師さえ見つけられれば裁判に持ち込めるとも言え、明らかに専門外の先生や一般の医学的常識に反する主張をする先生ですら、専門家として法廷に意見することが出来ます。
大野病院事件でも検察側証人と被告弁護士とのコントのようなやりとりが話題になりましたが、他人の人生も左右する訴訟に関わる以上、鑑定人など医療側専門家にも何らかの資質の担保策が求められるように思います。

 

|

« 医師偏在時代にあっての医師強制配置への布石 | トップページ | 今日のぐり:「草笛 小諸本店」 »

心と体」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 医師偏在時代にあっての医師強制配置への布石 | トップページ | 今日のぐり:「草笛 小諸本店」 »