« 今日のぐり:「トラットリアGRATO(グラート)」 | トップページ | 医師の働き方改革、働かせる側に求められるものは »

2019年9月 2日 (月)

医療業界は未だに「安全第一」ではなかった?

開業医の立場で診療を行っている谷口恭先生が、先日こんな記事を掲載していました。

「患者のため」をやめようではないか(2019年8月30日日経メディカル)

(略)
 前回、過重労働から自らの命を絶った産婦人科医の部長について取り上げた。医師不足は明らかなのに医師増員に反対する医師が多い。これは医師が収入減を恐れているからなのではないか、さらに既得権にしがみつこうとしていないか、ということを指摘し、我々の収入を減らしてでも勤務時間を少なくし仲間の過労を防ぐべきだという私見を述べた。そして今回言いたいのが、「患者のため」という考え方を見直すことで過重労働を改善できないかということだ。
(略)
 他の業界もみてみよう。谷口医院には研究職に従事している患者も多数いるが、数年前から彼(女)らは残業や休日出勤が禁止されているのはもちろん、忘れ物をして会社に取りに帰ってもビルに入れてもらえないという。
 産業医学の観点からみると、平成の時代によく取り上げられたのが「過重労働」「パワハラ」「新型うつ」などだが、産業医学全般でみると被害者が多いのは歴史的には建設業や運送業、工場などである。そして、こういった業界では昭和の時代から「安全第一」が謳われている。重要なので繰り返そう。そういった業界では顧客ではなく(従業員の)安全が第一なのである。そうなるまでに多くの命が失われているのは事実だが、こういった不幸な事故を教訓に「安全第一」が生まれたのである。
 翻って我々医療業界をみてみよう。「患者第一」という言葉が入っている病院や診療所の「理念」を見かけることがあるが、この言葉を水戸黄門の印籠のように無言で従業員に強いていないだろうか。我々は「患者のため」「患者第一」という言葉がはらむ危険性を認識すべきだと思う。
(略)
 ところで、現在検討されている「医師の労働」について、2019年3月、厚労省は見解を発表した。それによれば、「診療ガイドラインや新しい治療法等の勉強」「学会・院内勉強会等への参加や準備、専門医の取得・更新等」「当直シフト外で時間外に待機し、診療や見学を行うこと」を上司の指示なく行えば、業務上必須でない行為とみなされ、労働時間に該当しないそうである。話題になる「1860時間」という数字は、こういった“勉強”になる時間も入れれば仕方がないか、という声もあったが、厚労省の見解はこういった時間を抜いての1860時間と言っているのである……。
 「患者のために残る気はないのか」「患者のためにもっと勉強しろ」「患者のために外来や手術にもっと入れ」などと言われて「帰ります」と言える若い医師はそういないだろう。ならば組織としては、思い切って「患者のため」という言葉自体を禁句(NGワード)にするのはどうだろう。
 我々一人ひとりは、まずは自分のパートナーや家族に「患者のため」と言わないように努めようではないか。

もう二昔も前の2000年前後の頃、急増する医療訴訟が医療を崩壊させると騒がれた時代があって、根拠に基づく医療(EBM)をもじって司法判断に基づく医療(JBM)などと言う言葉が使われた時代がありました。
その後あまりにも目に余るひどい労働環境を黙って受け入れるべきではなく、むしろ医療安全のためにも休養の重要性が再認識され、医療スタッフの生活の質(QOML)が改めて問い直されたりもしたものです。
新臨床研修制度の下で育った若手医師は自分で労働環境も含め職場を選択することを当然と考える時代で、今現在奴隷的労働環境に甘んじているのはその上の中堅と呼ばれる世代が中心ではないでしょうか。
谷口先生も言うように医療も何より安全が第一だとするなら、労働環境改善は何を置いても最優先のテーマと言えますが、そのための方法論を考えるとどうしても避けて通れない議論があるようです。

改革には「医療縮小」か「勤務医増」しかない(2019年8月6日日経メディカル)

 日本の病院の32%が、厚生労働省が進める「医師の働き方改革」では医師の労働環境は改善しないと回答。その理由で最も多かったのは「勤務医不足が解消されないから」だった。日本病院会の調査で明らかになったもので、千里リハビリテーション病院(大阪府)院長の塩谷泰一氏が日本病院学会(8月1~2日、札幌市)で報告した。塩谷氏は、働き方改革を実現するためには「医療の縮小(量の縮減)」か「勤務医の増員」しかなく、これが実行できない病院には「再編・統廃合の道しか残されていない」との見方を示した。
(略)
 労働時間・労働賃金に関する質問では、以下の点が明らかになった。宿日直については、「宿直は週1回、日直は月1回を限度」とする労働基準局長通達を遵守できている病院は63%だった。しかし、遵守できていない病院も38%と多かった(回答392病院)。また、労働基準監督署から宿日直許可を受けている病院は49%と半数に達せず、受けていない病院が26%も存在した(回答405病院)。「不明」も21%だった。
 宿日直の業務内容については、32%の病院が「勤務中に救急医療などの通常労働が頻繁に行われている」と回答(回答398病院)。「行われていない」は32%に過ぎなかった。「行われている」と回答した病院の88%は、この状態を「不適切と認識」しており、80%は許可の取り消しになることも認識していた。
 また、宿日直業務に対する賃金の支払いは、13%が「宿日直手当のみ」、62%が「宿日直手当+実労働時間賃金あるいは定額の割増賃金」であり、「全て時間外勤務として割増賃金」は12%に過ぎなかった(回答304病院)。
 時間外勤務が月80時間、年960時間を超える医師については、45%が「いる」と回答(回答377病院)。その内訳をみると、500床以上の病院が76病院と大病院ほど多かった。なお、こうした長時間労働の医師に対しては、院長あるいは所属長による面談を「行っている」は58%で、「行っていない」の42%と拮抗していた。

 労働基準法遵守の項目では、労働基準局から是正勧告を受けたことがある病院は、調査対象の50%と急増した(回答399病院)。前回調査(2015年)では25%、前々回調査(2013年)でも32%だった。
 是正勧告の対象となった労働基準法違反は、労働時間(32条)違反が47%、割増賃金(37条)違反が40%、時間外労働(36条)違反が25%などだった(回答200病院)。
 調査では、45%の病院が「日本の医療は労働基準法違反を前提として成り立っていると思う」と回答した(回答392病院)。「思わない」が21%、「分からない」が34%だった。

 医師の働き方改革に関連した質問では、63%が医師の時間外勤務削減に向け、医師の働き方を見直していた(回答395病院)。その内容は、「医師事務作業補助員の増員」(65.2%)、「チーム医療の推進」(44.0%)、「宿直明け勤務の制限」(38.0%)などが上位だった(回答250病院、複数回答)。一方で、「連続勤務時間の上限設定」(5.2%)、「勤務時間インターバルの導入」」(3.6%)、「宿直回数の上限設定」(2.8%)、「救急受け入れの制限」(1.6%)などは、少数だった。
 厚労省が緊急的に取り組むべきとした「医師の労働時間短縮に向けた取り組み」について、実施できた項目も尋ねている。その結果は、「タスク・シフティング」が53%と半数を超えていたが、それ以外は「36協定の自己点検」(46%)、「女性医師等に対する支援」(41%)、「医師の労働時間管理の適正化に向けた取り組み」(36%)、「医師の労働時間短縮に向けた取り組み」(24%)、「既存の産業保健の仕組みの活用」(13%)と低率だった。
 また、厚労省が検討している医師の働き方改革の進展で、「労働環境が改善する」と考えている病院は50%にとどまり、「改善しない」が32%だった(回答395病院)。「改善しない」の理由には、「勤務医不足が解消されないから」が81%に上り、「労働基準法を遵守すれば必要な診療体制を維持できない」(66%)、「医療の特殊性が存在するから」(61%)などと続いた(回答128病院)。
(略)

ちなみに労基署からの是正勧告が急増していると言う点に関しては、労働環境が悪化していると言うよりも労基署が医療現場への介入を躊躇しなくなった影響が大きいかと思いますが、いずれにせよ厳しい現状です。
このうち大規模な基幹病院ほど多忙であることは現場の実感とも合致する話で、当然ながらそうした職場に医療リソースを統合、集約することで業務負担を軽減することが対策として考えられるかと思います。
しかし現実には医師不足地域へ基幹病院から医師を派遣させようなどと言う話もあるくらいで、さてこの場合医師不足とは何を指して言うことなのか、言葉の定義も考え直す必要があるのではないかと言う気がします。

今回こうした労働環境是正の方法論として最も多かったのが事務作業補助員の増員であったことも興味深いのですが、医師が医師でなくとも出来る業務に忙殺されないよう、サポートを手厚くすることは重要ですね。
経営的に見ても最も労働単価の高い医師よりも他職種にタスクシフティングを増やすことで、結果的に経営の改善が図られる可能性もありますが、短期的には導入コストや人材不足などが課題になりそうです。
こうした諸点からやはり供給側の改善だけでは無理があり、最終的には医療需要の削減が必要になるのではないかと言う考え方も根強くありますが、さてその方法論をどうするかと言う点で意見が分かれるところでしょう。
診療報酬の設定上多くの患者を診ることで収入が増え、多数の患者を診療しなければ赤字になってしまうことが諸悪の根源とも言えますが、この点に関しては診療報酬体系の抜本的改革が不可欠になりますね。

 

|

« 今日のぐり:「トラットリアGRATO(グラート)」 | トップページ | 医師の働き方改革、働かせる側に求められるものは »

心と体」カテゴリの記事

コメント

>経営的に見ても最も労働単価の高い医師よりも他職種にタスクシフティングを増やすことで、結果的に経営の改善が図られる可能性もありますが、短期的には導入コストや人材不足などが課題になりそうです。

ようするに、クラークよりも労働単価がが安いダンピング医師がたくさんいるということですね。
ドロッポ師匠の言う通り、もう縛り首しかないかと。

投稿: 麻酔フリーター | 2019年9月 4日 (水) 08時34分

「患者のため」をやめる必要はありません。ただし医者が死んだり体調を崩したりしたら患者が治療を受けられなくなりますから、患者のためを思うのであれば医者の健康が最優先です。
最近は腐るほどいる(失礼)DMATも隊員の命が最優先となっているはずですが、その思想がなぜ一般医療の現場に浸透しないのでしょうねえ?

投稿: クマ | 2019年9月 4日 (水) 09時52分

医療の現場に思想として広く共有され共感されていることと、それが現実の業務活動に反映出来るかどうかはまた別問題ではないかと言う気がします。
例えば今どきの若手医師は自分の健康を害してまで無理や無茶をするつもりはないにも関わらず、上司によってそれを強いられているとなれば、これは医療業界の構造的な問題になるかと思います。

投稿: 管理人nobu | 2019年9月 4日 (水) 20時57分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 今日のぐり:「トラットリアGRATO(グラート)」 | トップページ | 医師の働き方改革、働かせる側に求められるものは »