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2019年3月11日 (月)

透析中止問題、取り上げられるのは批判の声ばかりですが

先日以来話題になっているのがこちらの一件ですが、まずは各社の報道から紹介してみましょう。

透析患者に医師が治療中止提案か 患者死亡(2019年3月7日産経新聞)

 「公立福生(ふっさ)病院」(東京都福生市)で昨年8月、担当医が腎臓病患者の女性に人工透析治療中止の選択肢を示し、中止を選んだ女性が約1週間後に死亡していたことが7日、関係者への取材で分かった。都は医療法に基づく立ち入り検査を実施し、事実関係の確認を進めている。

 関係者によると、死亡した女性は昨年8月上旬に同病院を訪れた際、担当医から、透析治療のほかに透析中止の選択肢もあることを死亡リスクを伝えられた上で示されたという。女性はこの際、透析中止を選択。その後、女性は透析再開を願い出たが、同月中旬に死亡したという。

 日本透析医学会は平成26年、透析実施自体が患者の生命に危険を及ぼす場合やがんなどで全身の状態が悪いなど、患者の状態が極めて不良な時などに限って治療中止を容認するガイドラインを作成している。ガイドラインでは患者本人や家族への十分な情報提供や、適切な意思決定プロセスの実施を求めている。
 また、終末期医療をめぐっては、19年に厚労省が「医療従事者から適切な説明がされ、患者が医療従事者と話し合いを行った上で、患者本人による決定を基本とすること」とする初めての指針を公表。指針の目的を「終末期の患者が、尊厳ある死に至るプロセスを選択すること」としている。30年の指針改定では、「患者本人の意思が変化する可能性がある」として、繰り返し話し合うことが重要と強調している。(略)

東京・公立福生病院:医師、「死」の選択肢提示 透析中止、患者死亡(2019年3月7日毎日新聞)

 東京都福生市と羽村市、瑞穂町で構成される福生病院組合が運営する「公立福生病院」(松山健院長)で昨年8月、外科医(50)が都内の腎臓病患者の女性(当時44歳)に対して人工透析治療をやめる選択肢を示し、透析治療中止を選んだ女性が1週間後に死亡した。毎日新聞の取材で判明した。病院によると、他に30代と55歳の男性患者が治療を中止し、男性(55)の死亡が確認された。患者の状態が極めて不良の時などに限って治療中止を容認する日本透析医学会のガイドラインから逸脱し、病院を監督する都は6日、医療法に基づき立ち入り検査した。
(略)
 外科医は「正気な時の(治療中止という女性の)固い意思に重きを置いた」と説明。中止しなければ女性は約4年間生きられた可能性があったという。外科医は「十分な意思確認がないまま透析治療が導入され、無益で偏った延命措置で患者が苦しんでいる。治療を受けない権利を認めるべきだ」と主張している。

 日本透析医学会が2014年に発表したガイドラインは透析治療中止の基準について「患者の全身状態が極めて不良」「患者の生命を損なう」場合に限定。専門医で作る日本透析医会の宍戸寛治・専務理事は「(患者の)自殺を誘導している。医師の倫理に反し、医療とは無関係な行為だ」と批判している。外科医は女性について「終末期だ」と主張しているが、昨年3月改定の厚生労働省の終末期向けガイドラインは医療従事者に対し、医学的妥当性を基に医療の中止を慎重に判断し、患者の意思の変化を認めるよう求めている。【斎藤義彦】

東京・公立福生病院:透析中止 死の直前、生きる意欲 夫へメール「たすけて」?(2019年3月7日毎日新聞)

 「とうたすかかか」。スマートフォンに残されたメールの平仮名7文字は、助けを求める最後のSOSだったのか。公立福生病院(東京都福生市)で明るみに出た「死」の選択肢の提示。亡くなった腎臓病患者の女性(当時44歳)の夫(51)が毎日新聞の取材に胸中を明かした。
 「(死亡から)半年過ぎてもダメ。何とか気持ちの整理はつけたつもりだけど、だいぶ引きずっている」。そう夫は明かす。同じ団地に住んでいた女性と知り合って約30年。結婚後は3人の子どもを2人で育てた。女性が人工透析治療を始めてからは医療機関への送り迎えなどで支えた。
 昨年8月9日、病院から突然呼び出された。見せられたのは透析治療をやめる意思確認書。いっぺんに力が抜け、受け入れるしかなかった。「透析に疲れちゃったのかな……」。迷ったことは覚えているが、承諾した理由ははっきりしない。

 死の前日(同15日)のことを悔やむ。夫によると、病室で女性は「(透析中止を)撤回したいな」と生きる意欲を見せた。「私からも外科医に頼んでみよう」。そう思って帰宅しようとしたところ腹部に痛みが走った。ストレスで胃に穴が開き、炎症を起こしていた。外科医に「透析できるようにしてください」と頼み、同じ病院で胃潰瘍の手術を受けた。翌16日、麻酔からさめると女性は既に冷たくなっていた。
 「透析治療の中止は『死ね』と言っているようなものだ」と夫は言う。治療を再開しなかった外科医に対する不信感は消えない。「医者は人の命を救う存在だ。『治療が嫌だ』と(女性)本人が言っても、本当にそうなのか何回も確認すべきだと思う。意思確認書に一度サインしても、本人が『撤回したい』と言ったのだから、認めてほしかった」
(略)

医師から「透析中止」の選択肢 最後まで揺れた女性の胸中 “自己決定”と言えるのか(2019年3月7日毎日新聞)

 東京都福生市の公立福生病院で、人工透析治療の中止という選択肢が外科医(50)から示され、腎臓病患者の女性(当時44歳)が死亡した。「透析しない」「撤回しようかな」。亡くなるまで女性の胸中は揺れた。いったん「死」を選んだ彼女に何があったのか。

 「おそらく2週間ぐらいで死を迎えます」。昨年8月9日。外科医は、そう女性に告げた。女性は血液浄化のために腕に作った血管の分路(シャント)がつぶれたため、通っている診療所の紹介状を持って訪れていた。提示されたのは(1)首周辺に管(カテーテル)を入れて透析治療を続ける(2)透析治療を中止する――という二つの選択肢だった。
 夫(51)によると、女性は1999年、自殺の恐れがある「抑うつ性神経症」と診断されていた。自殺未遂が3回あり、「死にたい」「これ以上苦しいのが続くなら、生きていない方がましだ」と漏らすことがあった。女性は「シャントが使えなくなったら透析はやめようと思っていた」と、いったんは透析中止を決めて意思確認書に署名した。
 外科医は看護師と夫を呼んで再度、女性の意思を確認した。夫は迷いながらも中止を承諾する。女性は「今は症状がなく、家に帰りたい」と希望し、診療所に戻った。

 「在宅で、おみとりです」。治療すると思っていた病院からの電話に診療所側は言葉を失った。「とりあえず急がなければ……」。直前の透析治療は2日前の7日。尿が出ない体に毒素がたまり、時間がなかった。カテーテルを病院で入れてもらうよう女性を説得すると、女性は「病院で相談する」と言って帰宅した。
 翌10日。同院腎臓病総合医療センターの腎臓内科医(55)によると、面会した女性は「透析しない意思は固い」「最後は福生病院でお願いしたい」と話した。しかし4日後の14日、今度は「息が苦しくて不安だ」と、パニック状態のようになって入院した。
 15日夕。女性の苦痛が増した。夫によると、女性は「(透析中止を)撤回できるなら、撤回したいな」と明かした。夫は外科医に「透析できるようにしてください」と頼んだ。外科医によると、女性は「こんなに苦しいのであれば、透析をまたしようかな」と数回話した。外科医は「するなら『したい』と言ってください。逆に、苦しいのが取れればいいの?」と聞き返し、「苦しいのが取れればいい」と言う女性に鎮静剤を注入。女性は16日午後5時11分、死亡した。

 外科医らの一連の行為に対し、医療関係者からは批判の声が上がっている
 外科医らの主張はこうだ。糖尿病などに起因する腎臓病の患者に対し、十分な意思確認がないまま透析治療が導入され、全国の患者数は約33万人にまで増えた。その一方で、患者は治療による苦痛を受け続けている――。「透析を受けない権利を患者に認めるべきだ」とする信念から、治療中止を患者に提示することを思い立ったという。死を含む選択肢を示し、インフォームドコンセント(十分な説明に基づく同意)を得ているという。女性は自分で死を選べることを理解したうえで「(結論を)出したと思う」と外科医は話す。
 日本透析医学会のガイドラインは、多職種によるチーム医療を実施するとともに、状況に応じて倫理委員会を開くよう医療機関に求めている。だが、病院にチームはなく、倫理委員会も開かれなかった。
(略)
 公立福生病院の外科医や腎臓内科医との一問一答は次の通り。

 ――なぜ死ぬ選択肢を提示するのか。
 外科医 腎不全に根治(完治)はない。根治ではない「生」に患者が苦痛を覚える例はある。本来、患者自身が自分の生涯を決定する権利を持っているのに、透析導入について(患者の)同意を取らず、その道(透析)に進むべきだというように(医療界が)動いている。無益で偏った延命措置が取られている。透析をやらない権利を患者に認めるべきだ。
 腎臓内科医 透析を否定しているわけではない。インフォームドコンセント(十分な説明に基づく同意)だ。情報を与え、きちんと同意していただく。

 ――学会や国のガイドラインから外れている。
 腎臓内科医 ガイドラインは「説得をして透析を続けさせよう」という「継続ありき」だ。変わっていかなければならない。
 外科医 (女性)本人の意思確認はできていて、(医療は)適正に行われた。(女性を含めて)透析をしている人は「終末期」だ。治る可能性があるのに努力しないのは問題だが、治らないのが前提。本人が利害をきちんと理解しているなら(透析治療の中止は)医療の一環だ。

「本人に判断迫るのは酷だ」患者団体、透析中止問題で(2019年3月8日毎日新聞)

 公立福生病院(東京都福生市)で人工透析治療をやめる選択肢を示された女性(当時44歳)が死亡した問題で、透析患者の受け止め方はさまざまだ。

 患者らでつくる「東京腎臓病協議会」(豊島区)の板橋俊司事務局長(69)は「患者は精神的に追い詰められているので判断を問うのは酷だ」と言う。板橋さん自身、週3日の通院を14年続けている。左腕に作った血管の分路(シャント)が壊れ、福生病院で直してもらったこともあるが、「医師のさじ加減で意思決定を迫るのは、道徳的にも問題ではないか」と話す。
 板橋さんによると、80代だった男性会員は数年前、「人生に満足した」と自らの意思で透析治療をやめて亡くなった。「生き永らえるための透析は要らないという人が多いのは確か」と板橋さん。「患者にとって生と死は表裏一体。早いうちに死を覚悟し、エンディングノートを用意して意思を書き込むなど、『終活』を考える必要がある」と結んだ。

 一方、透析治療を始めて丸3年という東京都内の男性(70)は「苦しい時に、苦しさを止めたいというのはよく分かる」と、女性が置かれていた状況に理解を示す。「尿毒症でもだえるような苦しみを覚えた時、もう1回透析をしてもらいたいと思うのは当然だ」
 生きるか死ぬかの判断を精神的に不安定な患者に問うことには無理があると男性は言う。「私は透析をやめて死にたいとは思わない。医師が死の選択肢を提示することについて、社会的な議論が必要だ」【矢澤秀範、田口雅士】

透析治療 患者20人選択せず(2019年03月08日時事通信)

 公立福生病院(東京都福生市)で人工透析治療を中止した腎臓病患者の女性=当時(44)=が死亡した問題で、病院が2013年4月から17年3月、終末期でない患者に最初から透析治療をしない「非導入」の選択肢を示し、約20人がこれを選んでいたことが8日、分かった。都は複数の人が透析治療を受けずに死亡したとみて、カルテなどを詳しく調べる。

 都や病院関係者によると、福生病院の腎臓病総合医療センターは、患者が腎不全で透析治療か腎臓移植が必要になった場合、移植不可能と判明した時点で「透析治療」と「透析治療しない非導入」を患者に提示。「非導入」を選択して透析しない場合は、死亡することを患者側に伝えていた
 同センターが発足した13年4月からの4年間に受診した149人のうち、終末期ではない約20人が非導入を選択。大半は50代以上だった。

 日本透析医学会の指針は、透析の見合わせを検討する状況を、患者の全身状態が極めて不良な場合と、透析実施が患者の生命を著しく損なう危険性が高い場合に限っている
 一方、この約20人とは別に、既に透析を受けていた人が治療を中止した結果、女性の他にも複数人が死亡していたとの情報があることも判明した。
(略)

しかし本人に判断を迫るのは酷だと言う気持ちも理解は出来るのですが、医療は自己決定権に基づいて行われるべきものであると言うのが現代のコンセンサスであり、本人以外が判断する方が問題でしょう。
その意味でまだ判断力のしっかりしていた時期から女性が透析中止を希望していた事実は重要で、尿毒症で意識障害が起これば冷静な判断力が失われるのも当然ですから、再開云々を口にすることはあるでしょう。
一度同意した後の撤回についてどのように担保されていたかは検証が必要ですが、記事からは透析中止によって当然起こるはずの終末期の苦痛に対して、緩和措置などの対応が不十分であったようには感じます。
また一般論として重い判断になるこうした処置中止を決めるにあたって、院内の体制が不十分であったと思われることや、家族へのインフォームドコンセントが不足していたのではないかとも思える話ですね。

とは言え、一般論として言えば透析も他の様々な医療と同様あくまで自己決定権に従って行われるべき行為であり、本人が希望するのであれば中止し死を選ぶと言う選択肢は当然あってしかるべきだとは思います。
この点で今回興味深いと思ったのは、透析学会の「血液透析導入ガイドライン」では透析の適応など技術面の記載が中心で、こうした問題に対して目立った記載らしいものはないようです。
同学会の「維持血液透析の開始と継続に関する意思決定プロセスについての提言」がまさに透析非開始や中止について取り上げているものですが、作成には学会員からの圧倒的要望があったと言うのも当然ですね。
要するに透析「見合わせ」問題がそれだけ「わが国の臨床現場を難渋させている」とも言えますが、その提言においては大原則として患者自身の自己決定権の尊重がうたわれており、このように明記されています。

患者が意思決定した治療とケアの方針を尊重する
 ・ 医療チームおよび家族は,透析療法の開始・継続・見合わせに関する患者による意思表示が記載された事前指示書の内容を尊重し,患者が望む治療とケアを継続する.
 ・ 患者にすでに判断能力はないが,判断力があった時期で記載された事前指示書が存在し,そこに示された患者の治療とケア方針について,家族が納得しない場合,医療チームは,患者の意思決定が尊重されるべきものであることを家族に繰り返し説明し,合意が得られるように努力する.どうしても合意が得られない場合には,複数の専門家からなる委員会で検討してもらい,その委員会からの助言に従う.

今回のケースに関しては判断能力が保たれている時点で患者の文書による意志決定が為されている以上、判断力が失われた段階で家族が方針に納得しない場合、本人の事前意志が尊重されると言うことですね。
この点で合意が得られるようにどれだけ説明を繰り返し努力したのか、合意が得られていないと判断し委員会の助言を得ようとしたのかと言った部分に関しては、今後検証が必要になろうかと思えます。
ただ透析に関しては中止すれば比較的短期間で命に関わる状況に至る以上、現場でこうした手順をどれだけ踏めるのかと言う疑問はあり、事実今回も夫の緊急手術などを考えると物理的な限界はあったはずです。

結果的に家族が納得していない以上改善すべき点があるなら今後の課題とすべきですが、今回の事例で透析見合わせがタブー視されるようでは患者自身の自己決定権がかえって制約されることになるでしょうね。
今回の一連の報道を通じて終末期と言う言葉の意味も問われる結果となりましたが、一般的には医学的な手段を尽くしても近い将来死が避けられない状態と言う認識が最もコンセンサスを得ているのではないかと思います。
他方で点滴や経管栄養で十分な栄養を送り込んだり、人工呼吸器を付けてさえいれば当面直ちに死が迫っている状況とは言えずとも、回復の見込みもないことから自ら延命的処置の中止を選択することは、社会的にも一定程度許容されています。
今回余命数年の見込みだったと言う透析患者に関して、終末期と考えていいのかどうかはなかなか興味深いテーマで、もし年単位での余命があるなら終末期ではないとされた場合、これはこれで議論の余地ある状況となるかも知れませんね。

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コメント

現在安楽死が認められている諸外国での、そのスタート時点で発生したはずの、今回の問題に類似した案件でのケーススタディはどんななんでしょうか、興味深い所です。

投稿: | 2019年3月11日 (月) 07時56分

輸血拒否やALSの挿管拒否もこういう問題が起きていたような気がしますが、最近はあまりトラブルを耳にしませんね。

>複数の専門家からなる委員会で検討してもらい,その委員会からの助言に従う.
一般論としては、こういうのが医者の仕事を増やす原因だと思っています。

投稿: クマ | 2019年3月11日 (月) 09時01分

私には、今回のケースと安楽死は全然違うものに思えますけどね。
早い話が、安楽死に手を貸したことはありませんが、今回のような(透析じゃないけど)ことは時々やってます。

本件に関しては、意思決定の過程を検証するのは悪いことではないと思っています。
あとは遺族のグリーフケアの邪魔をする魑魅魍魎どもが寄りつかないことを祈るばかりです。

投稿: JSJ | 2019年3月11日 (月) 09時14分

基本的には延命的処置の中止と言う不可逆的過程におけるインフォームドコンセントの問題であると思われるのですが、何故か透析中止自体に対する批判的論調が多いことに違和感を感じます。

投稿: 管理人nobu | 2019年3月11日 (月) 20時30分

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