医師の働き方改革検討会、副座長の渋谷氏が辞意を表明
このところ続いている医師の働き方改革に関する検討会で、医師に限って時間外労働の上限を年2000時間まで認めようとしていると報じられ、医療業界外からも強い批判の声が上がっています。
検討会メンバーが各種医療系団体や施設管理者側など、医師を際限なく働かせることで利益を得ていた方々ばかりなのも問題ですが、この中で最近異端ぶりが注目されているのが東大の渋谷健司教授です。
「働き方改革」への姿勢で激論、厚労省検討会 「上限引き下げ反対」「現状維持と経営者の視点ばかり」(2019年2月21日医療維新)
厚生労働省は2月20日の第19回「医師の働き方改革に関する検討会」に、地域医療を適切に確保するための「地域医療確保暫定特例水準」を「年1860時間、月100時間(例外あり)」として再提案し、構成員の一人が「非現実的な労働時間上限設定」などとして引き下げに反対。これをきっかけに激論となった。(資料は、厚労省のホームページ。提案の詳細は『時間外上限「年1860時間」で再提案』を参照)。
社会医療法人ペガサス理事長で日本医療法人協会副会長の馬場武彦氏は参考資料として、医法協を含む四病院団体協議会が大阪府内の会員病院を対象に実施したアンケートの結果を提出。回答した26の医療機関で1カ月の当直のうち平均約39.5%、延べ人数ベースでは約28.9%を大学病院からの非常勤医師に頼っているとして、「比較的医師の数が恵まれていると思われている大阪府でさえ、夜間の救急は多くの部分を大学病院からの非常勤医師で支えている。非現実的な労働時間上限設定は即、非常勤医師派遣の大幅な縮小を招き、患者の生命に直接関わる。当初の事務局案通り1900~2000時間でお願いしたい」と主張した。
これに対し、東京大学大学院医学系研究科国際保健政策学教室教授の渋谷健司氏は、「頑張る人が頑張れるようにするためには適切な労務管理が必要で、本来は医療界自らが対策をしなければならなかったにもかかわらず、できていない現状がある。だからこそ刑事罰で抑止しようという方向になっている」との認識を示した。その上で馬場氏の主張に対し、医療機関が24時間365日患者のために使命を全うする特殊性と、医師に過重労働させることを「同じ状況で議論すること自体が間違っている。医療機関のキャパシティーを超えて医療ニーズが発生しているのならそれは地域医療計画の話だ。むしろ単独の施設に責任を負わせるのは先生方が強く反対しなければいけない。患者の命を人質にして神風特攻隊的な話ばかり、現状維持と経営者の視点ばかりで、そこには医師や患者の姿がない」と厳しく指摘した。
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馬場氏は勤務間インターバルや連続勤務時間制限、医師による面談などの健康確保措置については「かなり厳しい条件だが、受け入れなければいけない」とした上で、「1900~2000時間でも絶対大丈夫とは言えないが、実現可能でかつ国民が死なないラインと思っている。絶対に医療が守られるという根拠なしに引き下げるのはおかしい。施行後に検討するべきだ。兼業も考えると、かなり高い水準が必要だ」と反論した。
日本医師会常任理事の城守国斗氏は「今までやってこなかったから強制的にという意見も分からなくはないが、現場の人間からすると医療提供体制が一度壊れると数十年以上かかるという不可逆性がある。やってみればいいじゃないかという問題ではない」と発言。これに対し渋谷氏が、「やってみればいいなどと無責任なことは一言も言っていない。崩壊するかもしれないし、しないかもしれない。分からないので、神学論争にしかならない。どうなるか根拠が知りたいということだ。そこは誤解を解いておきたい」と述べると、城守氏は即座に「お言葉だが、全く分からないということではない。非常に過酷な労働条件の人が最大限カバーしようという割合が一定程度いて、その中で10%だと思う。決して生ぬるい改革案だとは私は思わない」と反論した。
日本医師会副会長の今村聡氏は「何時間なら大丈夫だ、何時間なら医療崩壊するのかというエビデンスもない中の議論なので、まずは少しずつ上限を設定して、特例は必ずなくなるので、スタートの時点では余裕を持った方がいいのではないか」と長めの設定にする方がいいと提案。
ハイズ株式会社代表取締役社長の裴英洙氏は「これまで無制限に強制労働させていた実態にメスを入れる。メスを強く入れすぎると当然出血多量になるが、何もせず放置するのが医療界をますます悪化させるのは間違いない」と述べた。渋谷氏は「960時間がゴールだというのは総意だと思う。1860時間に納得できるロジックがあるわけではないので、前に進めるのならば僕ではない人を副座長に選んでまとめていただきたいと思っている」と辞意を示した。
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副座長、辞める覚悟で会議に臨んだ - 渋谷健司・厚労省「医師の働き方改革に関する検討会」副座長(2019年2月22日医療維新)
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――次回会議はどうされるのでしょうか。副座長を辞めるのは本当なのですか。
そうです。その覚悟で会議に臨み、議論の最後に決意しました。誤解していただきたくないのは、検討会の議論を止めるために辞めるのではありません。むしろ議論は進めてほしい。時間が限られているからこそ、徹底的に議論を尽くし、現場の医師たちに丁寧に説明をする責任があると思います。自分が辞めることでさらなる一石を投じたいと考えました。
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――医師の働き方改革を軸に、これまで進まなかった医療機関の再編などにつながると期待されている。
取りまとめ骨子にも書かれているように「まず、長時間労働の医師の自己犠牲に支えられている我が国の医療は、危機的な状況にあるという現状認識を共有することが必要」です。そこが全ての出発点なのです。そして、「時短は目的ではなく、結果である」と言われますが、逆に時間外労働の目標を設定することで、いろいろな改革が動く可能性があるのではないか、と考えています。――昨日(2月20日)の検討会では、(医師の時間外労働の特例として認められる上限として)「年1860時間」という数値が提案されました。
上限を超える多くが大学病院、地域の救急医療を担う病院などの勤務医であり、時間外労働を「年1860時間」以内に短縮すること自体が大改革、それ以上厳しくすると大学病院からのアルバイトに頼っている地域の医療が成り立たなくなると、(経営者の立場の構成員などは)主張されています。しかし、それは5年後から適用される上限であり、5年後も「年1860時間」だったら、現状からほとんど変わらないと言えるのではないでしょうか。
私は「年1860時間」という、自分が考えるよりもはるかに高い数字が提案されたから辞めるわけではありません。どんな数字が出てきても、全ての医師を納得させることはできませんし、最後は決断が必要であることは十分理解しています。
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その一方で、私はさまざまな立場の医師、特に若手の医師たちに働き方に関する意見を聞いてきました。地域の病院での講演に呼ばれれば、可能な限り引き受けました。私は立場上、「自分では声を上げられない医師」に、(時間外労働の上限等について)自分自身が納得した説明をする義務があると思っています。だからこそ、そのためのロジックや考え方を繰り返し検討会の場で求めてきたのです。――厚労省は、「病院勤務医の週勤務時間の区分別割合」で、「上位10%」に相当する時間を、時間外労働の特例の上限としています。
「なぜ上位10%なのか」については、納得できる説明がありません。20日の会議は、第19回でした。過去の資料や議事録を全て読み返しましたが、自分なりに納得して、現場で疲弊している医師たちに説明できるロジックがいまだにありません。
過重労働で疲弊している医師がいる限り、医療は持続不可能ですし、患者の命は守れません。「時間外労働規制で地域の医療が崩壊したら患者の命を守ることができない」と言われますが、医師としての使命を全うするためには適切な労務管理が必要です。頑張れなくなるまで放っておくのは、その医師の思いや使命感を無にすることになるのです。
昨日の検討会でも言いましたが、「神風特攻隊のように、患者の命を守るために頑張れ」では、現場の医師に説明ができないのです。「医師としての使命を全うすること」と、「長時間労働を放置すること」とは全く異なる次元の話です。
政治家であれば自分の政策について、選挙で有権者に信を問うことができます。選挙で負けたらそれで終わり。政治家はそれだけのリスクを負っています。しかし、今回の場合、一番の当事者である現場の医師たちが、「年1860時間」の可否を投票することはできません。ある意味、しがらみや組織を背負っているわけではないフリーな自分だからこそ、副座長を辞めることでこの議論に改めて一石を投じられたらと考えました。
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この医師に限って桁外れに長い労働時間を認めようと言う検討会の議論の方向性については、過労死した医師遺族らからも強い反発の声が上がっていることは当然と言えるでしょう。
その錦の御旗となっているのが医療を守ると言う魔法の言葉ですが、では医療現場において医師が医師にしか出来ない業務に専念出来ているかと言えば、はなはだ疑問の余地が残る部分があります。
特に大学病院や一部公立病院では労組のない医師の立場は比較的弱く、特に若手医師は給与面でも冷遇されている現実があり、それが為に安上がりな労働力として無制限に酷使されてきたのが現実です。
医師の働き方改革に伴い適切な労働管理が必須条件に挙げられていますが、これら医師が労働量に見合った適正な報酬を得ることも、働き方改革の大きな推進力になる可能性があると思いますね。
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