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2018年6月13日 (水)

聖地奈良県、全国に先駆けて県内診療報酬一律カットをもくろむ

今春に財務省がまとめた社会保障改革案の中で、都道府県単位での診療報酬設定を認めるではなく推進すると明記されたことが話題になりましたが、それを受けてこんなニュースが報じられています。

県単位の診療報酬は大いに試す価値あり/社説(2018年6月8日日本経済新聞)

 健康保険が利く医療サービスの公定価格である診療報酬は原則、全国一律だ。これに対し奈良県が独自の診療報酬を自ら決めたいと政府に提案している。
 医療の値段に大きな地域差が出るのは望ましくなかろう。他方、国民健康保険の運営主体が市区町村から都道府県に移り、医療費の抑制に県当局が関わりを深めるのは当然である。その利点・欠点を探るためにも県単位の診療報酬を試す価値は大いにある
(略)
 改定率に応じ厚労省は一つひとつの医療行為に値づけする。たとえば基本項目のひとつ初診料は、一般患者が通常の診察時間にかかった場合は282点、深夜だと762点だ。1点の単価が10円なので深夜に病院に駆け込んだときの初診料は7620円になる。
 奈良県はこの単価を県の判断でたとえば9円90銭に下げ、県内の医療機関に適用するよう求めた。この場合、県全体の医療費は全国水準より1%下がる計算になる。
 診療報酬を議論する審議会、中央社会保険医療協議会を所管する厚労省は否定的だ。引き下げがほかの都道府県に広がり医療政策への同省のグリップが弱まるのを心配してのことだろうか。日本医師会も認められないという姿勢だ。

 高齢者医療確保法には、医療費抑制のため必要なときは地域の実情をふまえて合理的な範囲で、ある県について他県と違う診療報酬を厚労相が決められるという趣旨の規定がある。地方主権の観点からも、この規定を尊重すべきだ。
(略)
 これはいわば社会実験である。医療費の動きや隣接府県におよぼす影響を探るためにも、実現を後押しする責務が厚労省にある。

奈良だけ「1点9円」は実現するか 地域別診療報酬、裏で糸を引く財務省(2018年6月1日医薬経済)

(略)
 荒井正吾知事は3月28日の記者会見で、もしも医療費目標より上振れするような場合には「保険料を上げるのか、診療報酬を下げるのか。二者択一というか、折衷案かもしれない。気持ちとしては保険料を抑制する方向でやりたい」と発言した。具体的には、診療報酬単価(1点10円)を一律で引き下げることをイメージしている。
個別の診療、例えば整形外科、糖尿(病関連点数)を下げるといった器用なことは県ではできない。やはり全体を一律で下げるのかなと思っている」(荒井知事)
 地元記者から「地域別診療報酬は最終手段か」と問われると、荒井知事は「そうかもしれない。発動の条件をもう少し詰めていきたい。発動ありきではない」と返答している。こうした県の方針表明を受けて、奈良県の医療関係者の間では、蜂の巣をつついたような騒ぎになっている。

 奈良県医師会は5月24日、臨時代議員会を開き、地域別診療報酬の導入に反対する決議を全会一致で採択した。懸念したのは「医療従事者の県外への流出」「医療機関の経営悪化による廃業」だ。結果として「県民が安心して良質な医療を受けられなくなる」と導く。
 冒頭の例でいけば、仮に奈良県が、地域別診療報酬の活用で「1点9円」に設定した場合、府県境にある高の原駅周辺では、京都府側の「1点10円」医療機関と、奈良県側の「1点9円」医療機関が近接することになる。同じ診療内容でも「奈良県側は10%オフ」という状況が生まれるわけだ。
(略)
 さて、地域別診療報酬を採用する場合、どんな手続きを経ることになるのか。その言葉の響きから、都道府県知事は、その権限で自由に診療報酬点数を変えられそうだが、幾多のハードルが課されているため、実際に適用するのは難しい建付けとなっている。
 都道府県が、保険者・医療関係者が参画する保険者協議会での議論も踏まえて国に地域別診療報酬に関する意見を提出。その意見に基づき、中央社会保険医療協議会での諮問・答申を経て、厚労省が検討することになるのだ。厚労省は4月19日の社会保障審議会医療保険部会に提出した資料で、留意点を示し、これまでの議論で「慎重に検討すべき」との意見が出ていることや、過去に「制度の適用事例はない」ことを強調した。

 厚労省が慎重姿勢を見せるのは、次のような危機感があるからだ。
「こちらは1点10円でなく9円、あちらは8円と広がれば、全国一律で診療報酬を決めている意味が失われる」(保険局元幹部)
 一方で、財務省は硬直化した診療報酬体系で個別の点数をいじるよりも、都道府県ごとに1点10円を下げるほうが効果的とばかりに、攻勢をかける。4月11日の財政制度等審議会で、地域別診療報酬について「具体的に活用可能なメニューを示すべき」と、厚労省に求めた。「地域別診療報酬の活用を検討するなど医療費適正化に向けて積極的に取り組もうとする都道府県も現れている」とも指摘。奈良県の名前は出さずに、奈良県の取り組みを紹介している。

 厚労省に先んじて財務省がイメージする地域別診療報酬の活用例としては、1点10円という単価の調整以外に「病床過剰地域での入院基本料単価の引き下げ」「調剤業務に見合わない供給増(薬剤師や薬局数の増加)が生じた場合の調剤技術料引き下げ」を例示した。
 ある奈良県医師会元幹部は、「奈良で地域別診療報酬を走らせて、全国に横展開しようと、財務省が糸を引いている」と憤る。
 そうした見方の根拠になっているのが、財務省から出向し、副知事に就任している一松旬氏の存在だ。一松氏は95年に大蔵省(現財務省)に入省し、主計局で厚生労働担当の主査を務めるなど、国の社会保障予算全体に目を光らせる立場にいた。15年7月に奈良県地域振興部長となり、16年6月から総務部長、17年7月からは副知事を務めている。

 その一松氏は17年5月、社会保障審議会医療部会に荒井知事(全国知事会)の代理として出席し、こんな発言を残している。
「診療報酬の全国一律の体系やその水準につきまして、都道府県のめざす方向と齟齬が生じるといったことが、生じないと思っておりますが、万が一生じた場合には、何らかの対応を検討せざるを得なくなると思っております」
 見え方とすれば、地方に“刺客”を送り込んでレールを敷き、中央でそれに基づいた提言を行う手法を取っていることになる。
 財務省の思惑どおり、奈良が蟻の一穴となるのか。それとも、奈良県医師会などの抵抗で話自体が潰れるのか。何やら反対の声が強まれば強まるほど、耳目を集め、全国的に議論が喚起されているようにも映る。
どちらに転んでも、財務省が利するという寸法か。

制度的に可能なことをやらせないと言うことであれば岩盤規制云々と言われても仕方がありませんが、ここで注目すべきなのは話を進める中心が医療行政を統括する厚労省ではなく、財務省であることです。
記事の末尾に何故奈良県なのかと言う裏事情も示唆されていますが、基本的に厚労省としては控えめに言っても全く乗り気ではない様子であり、今後省庁間での駆け引きも激しくなってくるかも知れません。
いずれにせよお金を出す側からすれば診療報酬を一律カットすればその分医療費が安上がりになるわけで、財政難の厳しい折にその魅力が抗いがたいものであることは言うまでもありませんが、問題はその影響です。
単純に考えれば奈良県では医療費が安上がりと言うことになれば、今後越境して他県から奈良県に通ってくる患者が増える可能性がありますが、昨今多いと言う外国人患者のケースと同様経済現象として当然のことですよね。

ただ有名な大淀病院事件などを見るまでもなく奈良県と言えば決して医療リソースの豊富な地域とは言えず、外部から患者が流入すれば単純にキャパシティーオーバーになる可能性が極めて高そうに思います。
一般に顧客が増えれば経営的には上向くはずですが、この場合診療報酬は安く切り下げられる上に、一段と過酷な労働に追い込まれるスタッフには超勤手当等も必要ですから、むしろ経営的には悪影響でしょう。
奈良県内での医療行為ではなく、奈良県居住者への医療行為に限定して割引きをすると言った方法論も考えられますが、収入は割安になる一方で業務は増えるだろうと言う点では同じ問題が発生します。
その結果奈良県内の医療機関がバタバタと連鎖倒産し地域利用は崩壊、結果的に地域内で消費される医療費が激減すると言う遠大な計画を描いているのかどうか、知事の胸中を問いただしたいところですね。

財務省としては奈良県内だけに留まらず、全国的にこうした割引き価格での営業を広めたい意向なのでしょうが、その背景に恐らくは厚労省が医療業界に配慮してか?診療報酬削減に及び腰な事情もありそうです。
厚労族や医療系団体との間で雁字搦めになっている診療報酬改定よりも、都道府県単位で勝手にコストカットをやっていただける方がよほど話が早いと言うことでしょうが、逆に診療報酬を上げると言う考えもあります。
周囲自治体より実入りが良いとなれば医療機関も進出しやすく、またスタッフに手厚い報酬も可能となれば人材招致もやりやすくなる可能性もあって、その地域内での医療リソース充実に一役買う可能性があります。
住民サービス向上に必要なコストと割り切るのであれば、特に財政的余力のある自治体が医師らの囲い込むのに有用な手段にもなり得る理屈ですが、かくして今後自治体間の格差が拡大して行くのでしょうか。

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コメント

診療報酬自体よりも自己負担の割合を変更した方がよさそうな。
本当にそうするなら、自己負担分は病院ではなく健康保険組合が直接徴収する方式に変更していただきたいですけれども。

投稿: クマ | 2018年6月13日 (水) 10時03分

奈良県で医療するのも大変だとしか

投稿: | 2018年6月13日 (水) 11時03分

過去の診療報酬改定の流れを見る限り、診療報酬引き下げで医療機関は薄利多売に走る可能性がありそうです。
医療需給バランスをますます破綻させる一方で、診療報酬総額の削減には必ずしも結びつかないかも知れません。

投稿: 管理人nobu | 2018年6月13日 (水) 15時51分

奈良県で馬く医療をするのは大変なと鹿

投稿: | 2018年6月13日 (水) 17時27分

県立病院で当直として残業代を払わず、どんどん控訴していった
奈良県が言い出すのも、すっごい違和感。

投稿: | 2018年6月14日 (木) 09時39分

高い給料とってんだから文句言わずに働けよ

投稿: | 2018年6月14日 (木) 20時08分

> 高い給料とってんだから文句言わずに働けよ
あなたも24時間365日体制で働いたら,きっと収入が増えますよ.

投稿: 耳鼻科医 | 2018年6月15日 (金) 08時14分

おもろいからやってみたらどうでしょうか?奈良の知事には思いつかないでしょうが、診療所9円病院10円50銭とか、いろいろいじってっ見ると、いろんな反応が起こって社会実験になります。奈良はそれにふさわしい土地でしょう。

投稿: 麻酔フリーター | 2018年6月15日 (金) 10時19分

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