« 今日のぐり:「和食居酒屋 神門(しんもん)」 | トップページ | 健診受診率が低い地域、低い職業 »

2018年2月 5日 (月)

久しぶりに医療訴訟絡みの話題

先日から医療と司法との関わり合いでなかなか興味深い記事がいくつか出ていたのですが、まずはこちらの記事から紹介してみましょう。

◆裁判官が語る医療訴訟の実像 医療訴訟の患者側勝訴率が低下、その理由は?(2018年1月23日日経メディカル)

 今回は、医療訴訟の件数や審理期間など最近の傾向をご説明します。

 裁判所が新しく受けた医療訴訟の事件数(新受件数)は、一貫して増え続けていましたが、2004年の1089件をピークとして減少に向かい、2009年以降は年間700件台で推移してきました(図1)。現在は年間800件前後で比較的安定しているといえます(2004年に医療訴訟がピークを迎えた理由として、当時はやっていた「白い巨塔」の影響ではないかと言う人がいますが、定かではありません)。
 医療訴訟の第1審の平均審理期間は、1998年以前は3年以上かかっていましたが、その後減少に向かい、最近は2年(24か月)前後で安定しています(図1)。短縮化に向かった理由としては、2001年以降に設置された裁判所の医療訴訟の専門部が有用であったこと、専門部での取り組みや成果が専門部を持たない裁判所でも共有されたことなどが挙げられています。前回ご紹介したように、現在では、全国で10庁の地裁が医療訴訟を集中的に扱う部を有しています
(略)
 医療訴訟が終了するときの終結方法は、「判決」約35%、「和解」約50%、「その他」約15%となっており、これは、毎年多少の変動はありますが、長く変わっていません。他の訴訟と比べて和解による解決が多いのが特徴といえます。「その他」というのは、当事者間で裁判外で話し合いがまとまったりしたために、裁判の途中で訴えを取り下げたりしたようなケースが該当します。
 図2は、「判決」のうち原告(患者側)の請求が一部でも認められた割合を示したものです。近年、原告の請求が認められる割合は減少傾向にあり、2016年は20%を割り込みました。一般の民事事件で人証調べがなされた事件の認容率は約60%ですから、それと比べると、原告の勝訴率はかなり低いといえます。
 判決になるのは医療訴訟全体の約35%であり、原告の請求が一部でも認容されているのは、その中の約18%ですから、訴えを提起した中で、最終的に原告の請求が一部でも認められた割合は約6%とかなり低くなっています。被告(医療機関側)勝訴の割合は約29%と5倍近くになります。

 原告の勝訴率が下がっている点については様々な見方がありますが、各地の地裁に医療専門部ができてから裁判所が医療訴訟をより専門的な視点で取り扱うようになっているので、原告側により精緻な立証が求められ、認容率の低下につながっているように思います。
 「和解」がどのような内容であるかは、統計がありません。裁判上の和解は、証拠調べを終えて裁判所が心証を抱いた後に行われることが多く、大別すると、(1)医療機関側の過失が認められないことを前提として、解決金等の名目で医療機関側が患者側に対し数十万円程度を支払うもの、(2)医療機関側が責任を認め、患者側に対し認容額にかなり近い金額の和解金を支払うもの――がありますが、その中間的なものもあり、千差万別です。

以前と比べると裁判件数、原告勝訴率共に下がっていると言うのは司法の医療訴訟に関する理解が進んだと言う側面もあるでしょうが、件数減少に関しては訴訟のいわば入り口となる原告側弁護士の役割も小さくないものがあります。
ただ記事もテレビ番組の影響を示唆しているように、マスコミの取り上げ方やセンセーショナルな事件などで今後どのように世論が動くかは判らないところで、この辺りは直接的な国民教育も必要とされるところでしょうね。
医療訴訟の行方について判決が出るのが約35%、和解が約50%、その他が約15%と言うことで、原告の請求が一部でも認容されているのは判決の中の約18%と言いますから、原告勝訴率は約6%と言う計算です。
ただ医療の側から考えると金額に差はあれど、原告にお金を支払うことには違いがない和解は実質敗訴のイメージがありそうですから、これも含めれば56%が金銭支払いに至ると言う、決して低くはない数字になってきますね。

医療訴訟についてはかつては医療側から見てのトンデモ訴訟連発の時代があって、いわゆる弱者救済的な意味合いでの賠償命令に加えて、専門家たる鑑定人の資質の問題なども指摘されてきました。
裁判官も医療に関しては全くの素人であり、原告被告双方の立場に立つ鑑定人が医学的見地から述べる意見を元に判断するわけですが、中には医療現場の常識に照らし合わせて到底首肯できない鑑定もあったわけです。
当ぐり研としては医療側で解消すべき課題として、この鑑定人の質の担保を指摘してきたわけですが、当然ながら双方複数の鑑定が提出されるはずであり、一方の意見だけで決まるわけではないはずです。
相互に対立する鑑定のいずれを妥当とするか、非専門家である裁判官が決める根拠は理論的整合性や文面の説得力等にあるのかとも思っていたのですが、どうもそれだけではないらしいと推測させる記事が出ていました。

患者第一ならルール無視していい? 医師であり弁護士、「医療法学」大磯教授が直面した両者の違い(2018年1月20日弁護士ドットコム)

(略)
浜松医科大学医学部教授の大磯義一郎氏は、医療事故が相次ぎ、「医療安全元年」とも言われる1999年に、医師として働き始めた。その当時、病院内では「訴えてやる」という暴言が飛び交い、医療不信を肌で感じていたという。
その大磯氏は今、医師と弁護士の2つの資格を持ち、医療と法律をつなぐ「医療法学」を専門にする。「医療事故調査制度」の策定に関わったほか、「法律のリテラシーを持つ医学生」を育てている。「医師と法律家の考え方があまりに違う」と指摘する大磯氏は、医療行政には「科学に基づいた議論」が必要だと訴える。(フリーライター・片田直久)
(略)
大磯氏が医学の世界から法学へと足を踏み入れることになったのは、「時勢」が大きく関わっていた。日本医科大学を卒業し、同付属病院第三内科に入局した1999年は『医療安全元年』と呼ばれる。この年、医療事故が各地で相次いだからだ。
▽1月「横浜市大患者取り違え事故」(横浜市立大学医学部附属病院で2人の患者を取り違えて手術)
▽2月「都立広尾病院事件」(東京都立広尾病院で手術を終えた58歳女性に対し、抗生剤点滴終了後、消毒液を血液凝固阻止剤と取り違えて点滴。死亡)
▽7月「杏林大病院割りばし死事件」(綿菓子を食べていた男児が転倒、割り箸で喉を深く突き刺し、杏林大学医学部付属病院高度救命救急センターを受診後死亡)
報道は過熱。「医師叩き」「医療機関叩き」にひた走る。人々の医療不信はみるみる増大していった。
「この年、夏ぐらいになると、連日、ワイドショーで『医者は悪い』『とんでもない』と医療バッシングが続きました。そうすると、患者さんもだんだん変わってくる。『何だお前、研修医か。医者呼んでこい』『訴えてやる』『出るところへ出てもいいんだぞ』ーー。そんな言葉が病院内で日常的にあふれていたんです」

●ロースクールで直面した偏見

そんな状況の中、大磯氏が働く近辺で決定的な出来事が起こる。
「僕の同級生、大学時代の友達が医療事故で警察沙汰に巻き込まれまして。25〜26歳という年齢で人生を棒に振るさまを間近で見ることになった。さすがに『これは行き過ぎだ』と感じました。医局の隅で文句を言ってるくらいなら、資格を取って土俵に乗る方が世の中をまともにするために役立つんじゃないかと」
病理学の大学院に進学しようかと考えている時期だった。だが、医局内の人事に伴う諸事情でこの話が頓挫してしまう。大磯氏は早稲田大学大学院法務研究科に進んだ。
「ロースクールの授業で今でも忘れられない思い出があります。ある講師が『医者はろくでもない』『患者のことを思っていない』と話していた。僕は反論しました。『そうじゃないでしょう。特に救急医療の現場などでは、家族のこともかえりみず、医師が気持ち一つで支えている。そんなふうに石を投げてはいけない』と。
そしたら、法学部を出たての女子院生が『ふんっ、そんなの嘘だ』と吐き捨てるように言ったんです。『何を根拠にこの子はそこまで言い切れるんだろう』と思った。当時の空気はそんなものでした」
(略)
当時、医療現場では『火事場なんだから、何をやってもいい』という考えが過剰だった。それでは単なるカオスです。日本は『黒船』が来ないと、動かない社会。強い力で殴られないと、何も変わらない。医療も叩かれたけど、その後は前向きな議論で進めていけばいい。ただ、弁護士の職業柄なのか、今だに医師叩きを続けている人もいます
(略)

大磯先生の記事全文は是非元記事から一読いただきたいと思うのですが、医療と司法との考え方も違いももちろんなのですが、少なくとも過去の一時期司法の世界に医療叩きと言う背景も根強くあったと言うことですね。
こうした思想的な敵対心とも言うべきものの背景が何に由来するものなのか、単純に文系理系それぞれの知的エリートとしての対抗意識などであればまだしもなのですが、どうもそれだけではないものがありそうにも感じます。
無論医療の側にも司法への根強い不信や反感はあるのですが、それらは主に医療目線でのトンデモ判決乱発などにより実害を被っていると言う点から来るものであるのに対して、司法は医療から実害を受けた歴史はないはずです。
そうであるにも関わらずこうまで強い敵対心を医療に対して抱いていると言うのは何とも不思議に感じられるのですが、ともかくもこうした敵対心が鑑定の取捨択一において影響がないと考える方に無理がありますよね。

裁判官は公正中立であるべき、などと言うタテマエ論はともかく、人間である以上何かしらの予断や偏見は持っていて当たり前であり、実際に医療に対して不当なほど厳しく見える判決を連発する方もいるやに聞きます。
原告側弁護士の中にはこうした裁判官の個体差を考慮して、原告側有利の判決を出しやすい裁判官を引き当てるまで提訴と取り下げを繰り返す場合もあるのだそうで、まあ依頼人のことをよほど深く思っているのでしょうね。
司法の世界も昨今若手の不満が高まっているそうで、組織として特定の主義主張に偏向し過ぎていると言う批判も根強いようですが、法廷の中にまで主義主張を持ち込むことは避けて頂きたいところですよね。
さすがに今の時代では医療訴訟の判例も蓄積され、それ専門とも言える裁判官が扱うことも多くなってきたと言いますから、今後は恣意的な判決やあまりに大きな判断の個人差などは少なくなっていくことを期待したいです。

|

« 今日のぐり:「和食居酒屋 神門(しんもん)」 | トップページ | 健診受診率が低い地域、低い職業 »

心と体」カテゴリの記事

コメント

いわゆひとつの進歩的な人権派の弁護士さんですね

投稿: | 2018年2月 5日 (月) 10時56分

>訴えを提起した中で、最終的に原告の請求が一部でも認められた割合は約6%とかなり低くなっています。被告(医療機関側)勝訴の割合は約29%と5倍近くになります。

医療崩壊系ブログが軒並み閑古鳥なわけだわ。ツマンネェの…<おいおいw

>医療事故が相次ぎ、「医療安全元年」とも言われる1999年に、医師として働き始めた。

私は当時すでにドロッポ済みで、我が世の春というか終らない夏休みというかを満喫しておりましたが、もしあのまま奴隷医を続けていたら間違いなく地雷踏んでたでしょうね。いやつくづく、ドロッポしといてよかったです。

投稿: 10年前にドロッポしました。 | 2018年2月14日 (水) 21時48分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/519753/66357585

この記事へのトラックバック一覧です: 久しぶりに医療訴訟絡みの話題:

« 今日のぐり:「和食居酒屋 神門(しんもん)」 | トップページ | 健診受診率が低い地域、低い職業 »