« 待機中には飲酒するなはありかなしか | トップページ | ブラック認定回避のための時短推進=ホワイト認定とはならない不思議 »

2017年11月29日 (水)

医療過誤に刑事罰は是か非かの設問、司法的には答えは明白

先日は東京保険医境界の主宰で医療行為と刑事責任をテーマにしたシンポジウムがあったそうですが、医療業界のかねてからの願望に対して刑法学者達は否定的な見解を提示したそうです。

「医療過誤への制裁要求、なくならず」、佐伯東大教授(2017年11月26日医療維新)

 東京保険医協会は11月23日、「医療行為と刑事責任に関するシンポジウム」を都内で開催し、二人の刑法学の第一人者が登壇した。
 東京大学大学院法学政治学研究科教授で、日本刑法学会理事長の佐伯仁志氏は、「医療過誤に対する制裁の要求はなくならない」と指摘、「何らかの制裁が避けがたいとなった場合、刑罰以外の制裁を活用することで、刑罰の使用を限定すべきと考えている」と持論を展開した。その参考例として、米国では医療過誤の刑罰は日本よりも限定的だが、行政処分は活発であると紹介した。さらに仮に警察への異状死体の届け出を定めた医師法21条が改正されても、患者側が告訴するなど他のルートで医療事故が刑事事件化することはあり得るため、「被害者が刑罰を望んでいないのに、医療関係者が起訴されることはまずない」と述べ、被害者との信頼関係を維持して、誠実な原因解明と説明の重要性を強調した。
 同学会常務理事・理事長代行で、中央大学大学院法務研究科教授の井田良氏は、「過失を処罰するのは、将来の犯罪防止」にあるものの、最近は応報的処罰として、刑事責任を問う傾向が見られるとの現状を紹介した。医療界には、医療事故等を処罰の対象外とすべきとの意見があるものの、井田氏は医療だけを取り上げると「医師は特権階級にある」などと映る恐れがあるとし、過失全体の在るべき姿を議論しつつ、医療行為の特殊性に応じた過失の判断基準の具体化が求められるとした(二人の講演概要は、後述)。

 医療行為の制裁、刑罰か行政処分か

 ディスカションでは、医療行為に対する「制裁」の在り方、刑罰を科す影響、医療行為を刑罰の対象外とする可能性など、多岐にわたる議論が展開された。
 司会を務めた東京保険医協会勤務医委員会の佐藤一樹氏は、日本の行政処分は厳正さに欠けるため、「刑罰の代わりに、行政処分を厳しくすることは危険ではないか」と質問。佐伯氏は、行政処分を厳しくする際には、処分手続き、組織・人員体制を整えることが条件であると答えた。井田氏も、「刑事制裁をなくすなら、行政処分を強化すべきという論理ではないか。刑事制裁だけを軽くすることができない社会情勢にある」とコメントした。

 演者の一人、弁護士と医師の双方の資格を持つ田邊昇氏は、リスクが高い診療科を医師が選択しなくなる例などを挙げ、「刑事制裁は萎縮効果が非常に大きい」と指摘。医療界全体として応招義務を負っている中で医療行為を提供している現実があり、「行政罰への変更は、傾聴すべき意見だと思う」とも述べた。
 これに対し、「萎縮効果が問題になる場面はどの程度あるのか」と問いかけたのが佐伯氏。1999年の横浜市立大学医学部附属病院で起きた手術患者の取り違え事件以降、その再発防止に向けて改善が進んだなど、いい効果につながった例もあるとし、「萎縮効果は非常に重要でよく考えなければいけないが、問題になる場面と問題にならない場面を分けて考える必要がある」とした。

 フロアから発言した、坂根Mクリニック(茨城県つくば市)院長の坂根みち子氏も、「被害者の応報感情を満足させるためには、何らかの制裁が必要と言うが、制裁を優先させると、再発防止につながらず、医療全体の損失の方が大きい」と問題視。医療界と法曹界の考えに開きがあるとの指摘と言える。
 佐伯氏は、「制裁がいいとは思わないが、今の制度がそうなっている。また現実社会として応報感情があり、無視はできず、結局、刑事罰に解消を求めている現実がある。この前提が合っていれば、刑事罰を使うよりは、他の制裁を使うことが望ましいというのが私の考えだ」と説明した。
 これに対し、田邊氏は、「応報感情は、あくまで感情であり、あまり合理性がない。制裁というなら、(過失の程度と制裁の程度を比例させるという)比例原則がないと制度として機能しない」などと述べ、応報感情の向かう先とその大きさに制裁を比例させるのは問題だと指摘した。

 医療行為、刑罰の対象外とすることは可能か

 田邊氏は、佐伯氏が遺族の意向が起訴等に関係するとの趣旨を説明した点にも、「それは逆に問題」と指摘した。何らかの事故が起きても、遺族と和解等をすれば、顕在化せず、同様の事故が再発する可能性があると考えるからだ。関係者が事故等の情報を共有し、医療安全に貢献するという意味での「非罰化」が医療者の願いであるとした。
 日本医療法人協会医療安全部会長の小田原良治氏は、今は2015年10月からスタートした医療事故調査制度が正しい理解の下、定着することが先決であるとし、今は関連法規を改正すべきではないと指摘。その上で、「将来的には、故意に近いものを類型化し、医師法の中で対応するのは方向性としていいのではないか」と提案した。

 しかし、井田氏は、「結論的には、難しいというか、不可能」と回答した。医療を提供するのは、医師だけでなく、看護師などもおり、「主体の切り方が難しい」からだ。また「無謀(reckless)な行為」も現行法にない概念であり、無謀か否かの区別は難しい上に、「無謀な行為以外は免責する」ことへの理解も得にくいとした。「医師が不安に思わず、思い切り仕事ができる環境作りをしたいという思いはある。しかし、譲れない一線があり、医師だけではなく、総体として、全てに普遍化、一般化できる理論で、医師の仕事の環境を整えていきたいと考えている」(井田氏)。
 佐伯氏も、「医療者の行為を業務上過失致死罪の対象から除外する実現可能性はかなり低い」とコメント。ただし、講演の最後に、「刑罰以外の制裁を使うことにより、刑罰の使用を限定すべきであり、その一環として医療過誤の問題を考えていたが、制裁ではなく、もう少し積極的に医療事故を防ぐためにどんな制度がいいのか、という前向きな考えが必要ではないか、と考えるようになった」とも述べた。

 なお、井田氏と佐伯氏ともに、厚生労働省が立ち上げた「医療行為と刑事責任に関する研究会」のメンバーだ(『「医療行為と刑事責任に関する研究会」、厚労省初会合』を参照)。佐藤氏が「行政処分の強化を検討しているのか」と問うと、井田氏は、医療行為と刑事責任の関係は長い間議論されていても結論が出ていない現状があるとし、「行政処分の強化などを検討しているわけではなく、まずは勉強しようということ。制度には、メリットとデメリットがあり、その総体として何がいいかを判断していくのが政策」と説明。「個人的には、過失犯を論理的に限定することは難しく、非刑罰化についての公平な線が引けるようになればいいのではないかと、考えている」(井田氏)。
(略)

佐伯氏の医療の萎縮が起こる実例がどれほどあるものかと言うコメントは非常に興味深い指摘だと思うのですが、外科などの侵襲的な処置に関しては少なくとも明確なエヴィデンスが存在しないような場合、以前よりもかなり抑制的になってきている印象はあるでしょうか。
両氏の講演内容抜粋もなかなか興味深い話ですが、全般として言えば医療の側からしばしば求められる医療行為の免責と言うことは現実的には難しく、その第一の理由として過失犯も故意犯同様に裁かれるべきだと言う世論が背景にあるようです。
過失犯に刑事責任を問うことが再発防止にはつながらない、むしろ事故の原因を隠蔽することにつながり何度も同じ失敗を繰り返すことになるとはしばしば指摘される論点であり、事故調なども本来刑事免責を前提に事実解明に当たるべきだとも言われますね。
医療行為の中でごく稀には明らかな故意によるケースもあるとは言え、こうした犯罪的事例については別に誰も刑事責任を問うことに異論はないだろうとも言え、結局社会全体で過失による失敗に対してどう向き合うべきかだと言うことでしょうか。

こうした現状を踏まえた上でこれも以前からの論点の一つとして、刑事罰が加えられる前に行政責任として医師免許の停止や剥奪などを積極的に行っていくことで、結果的に刑事罰の対象となるケースが減らせるのではないかと言う考え方があります。
この背景にあるのは検察が起訴するかどうかの判断も被害者感情に立脚する部分が少なからずあって、遺族の処罰感情をなだめるためにも早急な行政処分をと言うことですが、現状ではむしろ行政処分は刑事、民事訴訟の結果科される最も遅れた処分となっています。
先年発足した医療事故調などもセンターへの再調査依頼が報告事例全体の1割ほどあり、その実に8割近くが遺族からのものであったそうで、そもそも最初に死亡事例を医療事故だと認定し調査を行うかどうか決める権限が遺族側にないと言う不満が現れていそうです。
医療事故調などはそもそも原因究明と再発防止を目的として設立されたもので、決して処罰を目的にしたものではないはずですが、こうしてみると遺族感情と言うものにどう折り合いをつけるかと言う点では刑事責任問題と同根であると言えそうですね。

こうした社会的な現実とも言うべき司法界の考え方を理解した上で、さてそれでは医療の側としてどうするのかと言うことですが、一つの考え方としては医療行為に関しては特別に過失による処罰は行わないと立法に認めさせるよう働きかけると言うものがあるでしょう。
もちろん医療系諸団体も議員さん達にこうした圧力はかけているのでしょうが、そもそも法律なりを作るに当たって行政も司法的な整合性を必ず確かめながら条文を作っていくでしょうから、よほどに世論の後押しでもない限りは難しそうに思えますね。
そうなると医療においては過失に厳罰を科すことは馴染まないのだと何とか世論に訴えかけると言うことになりますが、世論に納得させると言う視点からも当面のJBM的な観点からも、医療現場は徹底した防衛医療を行うべきだと言う意見も一部に根強くあるようです。
かつて医療崩壊だ、救急破綻だなどと言われた時期に、マスコミの相変わらずの医療バッシングにも関わらず世論はむしろ医療現場の窮状に同情的だったことを考えると、こうした方法論もやりようによってはうまくいく可能性もあるのかも知れませんけれどもね。

|

« 待機中には飲酒するなはありかなしか | トップページ | ブラック認定回避のための時短推進=ホワイト認定とはならない不思議 »

心と体」カテゴリの記事

コメント

>医療現場は徹底した防衛医療を行うべき

話が終わってしまったではないですかw

投稿: 10年前にドロッポしました。 | 2017年11月29日 (水) 10時51分

まあ結局はそこになってしまうのですが、せっかくなのでこの機会に民事も含めた医療訴訟における鑑定人の質的担保を一つの課題に挙げていきたいところです。

投稿: 管理人nobu | 2017年11月29日 (水) 12時49分

個人的には過失犯に刑事罰を科すのは反対ですけれどもねえ。刑法でも過失犯への刑事罰は例外規定のようですし。

投稿: クマ | 2017年11月30日 (木) 18時55分

しつけのつもりで先輩に殴られた後輩が死んじゃったら過失犯になるんだろうか

投稿: | 2017年12月 1日 (金) 07時43分

殺すつもりでなかったなら死んだ事については過失扱いになるのでは?

投稿: ぽん太 | 2017年12月 1日 (金) 08時24分

じゃあ冤罪を作り出した、警察、検察、裁判官にも厳罰を与えるんだな!

投稿: | 2017年12月12日 (火) 15時25分

↑それをやると警官、検察官、裁判官の成り手が…アレどっかで聞いたようなw?
つーこって一番悪いのは労働ダンピングする奴隷医ドモって毎度の結論にににw

ちなみに警官、検察、裁判官が冤罪で御咎めなしなのはモトケンさんによると「国家権力そのものだから」、だそうです。

投稿: 10年前にドロッポしました。 | 2017年12月13日 (水) 09時19分

モトケンとはついにわかりあえなかったが彼らなりのロジックは理解できたと思う

投稿: | 2017年12月13日 (水) 11時05分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/519753/66098711

この記事へのトラックバック一覧です: 医療過誤に刑事罰は是か非かの設問、司法的には答えは明白:

« 待機中には飲酒するなはありかなしか | トップページ | ブラック認定回避のための時短推進=ホワイト認定とはならない不思議 »