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2017年6月16日 (金)

「昭和の人生すごろく」とはなかなかうまい表現

先日から妙に話題になっているのがこちらの報告書ですが、まずは記事から紹介してみましょう。

120万人以上がDL 経産省若手職員の報告書に注目(2017年6月13日朝日新聞)

 「昭和の人生すごろく」では、平成以降の社会は立ち行かない――。こんな問題意識で、社会保障制度などの改革を提言した経済産業省の若手職員の報告書が、インターネット上で話題だ。これまでに延べ120万人以上がダウンロードするなど、行政資料としては異例の注目度となっている。
 報告書は「不安な個人、立ちすくむ国家」。経産省の20~30代の職員30人が所管の業務とは関係なく有志で昨年8月から議論を重ね、5月中旬に公表した。同省のホームページにも掲載したところ、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を通じて一気に拡散した。

 報告書が切り込んだのは「正社員男性と専業主婦家庭で定年後は年金暮らし」という、崩れつつある「昭和の標準的人生」を前提とした社会保障制度だ。
 日本では高齢者の年金と介護への政府支出が国内総生産(GDP)の1割を超えて増え続ける。ところが健康寿命は伸びており、元気な人も多い高齢者を一律に「弱者」と扱って予算をつぎ込む仕組みが「いつまで耐えられるのか」と問う。
 一方で、保育所整備や児童手当などの現役世帯向けはGDPの2%未満。ひとり親家庭の子どもの貧困率は5割を超え、先進国で最悪の水準だ。

 報告書は「現役世代に極端に冷たい社会」のしわ寄せが子どもに向かっていると指摘。高齢者も働ける限り社会に貢献し、未来を担う子どもへの支援に「真っ先に予算を確保」するよう求めた。

経産省若手の提言「ヤバイ感がすごい」 「2度目の見逃し三振は許されない」(2017年5月19日J-CASTニュース)

   「2度目の見逃し三振はもう許されない」。経済産業省の有志チームが、日本社会の課題について65枚のスライドにまとめた資料の表現が話題になっている。
   他にも「『昭和の人生すごろく』のコンプリート率は、既に大幅に下がっている」「子ども・若者の貧困を食い止め、連鎖を防ぐための政府の努力は十分か」など、従来の「お役所仕事」とは一線を画した表現で問題提起の文言が並ぶ。資料に目を通したツイッターユーザーの間でも「経産省のpdfから伝わる鬼のような緊迫感」と大きな関心を持たれている。

   経産省の資料とは「不安な個人、立ちすくむ国家 ~モデル無き時代をどう前向きに生き抜くか~」。2017年5月18日に開かれた同省設置の産業構造審議会第20回総会で配布され、省ウェブサイトで同日公表された。
   作成したのは経産省の20代~30代の若手有志30人で構成される「次官・若手プロジェクト」チームだ。資料冒頭に、同プロジェクトの趣旨は「国内外の社会構造の変化を把握するとともに、中長期的な政策の軸となる考え方を検討し、世の中に広く問いかけることを目指す」と説明がある。
   資料では、少子高齢化や人口減少が進み、個人の価値観も変化してきた日本は「人生選択の機会の増加」や「社会制度の変革」を目指すべきではないかといった内容を独自の表現で訴えている。

   たとえば「夫は定年まで外で働き、妻は家を守る」といった価値観は1960年代の高度経済成長期に形作られたものであり、同省の試算によると現代では薄れているとして、こう表現している。
    「『サラリーマンと専業主婦で定年後は年金暮らし』という『昭和の人生すごろく』のコンプリート率は、既に大幅に下がっている
    「今後は、人生100年、二毛作三毛作が当たり前」

「官僚たちの夏は終わっていなかったのか」

   一方で、現実は「『昭和の標準モデル』を前提に作られた制度と、それを当然と思いがちな価値観が絡み合い、変革が進まない」とし、「多様な生き方をしようとする個人の選択を歪めているのではないか」と訴える。こうした問題の背景として「みんなの人生にあてはまり、みんなに共感してもらえる『共通の目標』を政府が示すことは難しくなっている」などと政府に対しても厳しい評価をしている。
   これからは「団塊の世代」が75歳を迎える2025年を目処に新たな社会を作り上げる必要性を説き「逆算すると、この数年が勝負」とする。同時に、おおよそ1970年代生まれの「団塊ジュニア」を対象に「効果的な少子化対策を行う必要があった」が「今や彼らはすでに40歳を超えており、対策が後手に回りつつある」と遅れを指摘。同じことを繰り返せない旨を「2度目の見逃し三振はもう許されない」と表現している。
(略)
   資料をまとめた経産省政策審議室の担当者は19日、J-CASTニュースの取材に対し「省庁内に限らず、国民、企業、メディア、学生など、あらゆる立場の方々に、日本の今後に対する問題意識を抱いてほしいという思いで作成しました」と話す。
(略)
   具体的な施策はあまり書かれていないが、「そうするとそればかりにフォーカスが当てられ、当初の目的である『問題意識の投げかけ』が薄れてしまうと思い、あえて『回答』は出しませんでした」との意図だ。同時に「今後多方面から意見が出ると思いますので、それらを踏まえて改めて具体的な施策づくりを含めた議論につなげたいと思っています」との展望を話していた。

もともとの報告書についてはこちらから参照いただければと思うのですが、お役所の文書と言うイメージに反して非常に読みやすくキャッチーな内容で、意図された通り議論の叩き台としては良く出来た資料に仕上がっているのではないかと言う気がしますが如何でしょうか。
社会保障に関しては従来型の制度設計は破綻しつつあり、高齢者向け支出よりも子どもや現役世代向け支出を手厚くすべきと言う主張にはアグリーなのですが、特に「高齢者=弱者」と一律に認定してまんべんなく予算をつぎ込む方式はすでに限界であると言うことであれば、一人一人の状況に応じて必要な支援を必要な時に行えるシステムが必要になってくる道理です。
この点で気になるのが就労希望の高齢者が多いにも関わらず実に7割の高齢者は就労はおろか地域での活動にも従事しておらず、「定年退職を境に、日がなテレビを見て過ごしている。」と言う現実ですが、この人手不足の時代に何とももったいない現実であると同時に、自助努力が可能な人ですらこうした状況では一人暮らしの高齢者が体調を崩した際など即座の支援が行えるのか?と不安には感じますね。

ところでデータから各方面での現状が横断的、断片的に提示されていて興味深く拝見したのですが、改めて愕然としたのが中程34pに登場する東京大学の教員の年齢分布の図で、任期のない無期雇用の研究者が年々高齢側に偏っている一方、若手研究者の大半が任期の限られた不安定な身分に留め置かれていると言う状況が、この数年間で見ても急速に進行していると言う点です。
もちろん研究の実績を挙げれば無期雇用に格上げされる機会もあるのでしょうが、天下の東大ではそんなこともないのかも知れませんが田舎大学などではろくに論文も書かないまま長年講座に居座っている万年講師の類を見かけるもので、そうした生産性に乏しい方々のせいでポストを得られない若手が研究生活にも支障を来すと言うのでは大変な社会的損失ですよね。
このところ日本発の論文数が急速に減少していることが懸念されていますが、研究職に限らず地方の公立病院などでも同様に生産性の低い永年勤続の老先生が居座っているおかげでバリバリの若手・中堅がふさわしい待遇を得られないと言うケースも見かけるだけに、昭和そのままの人生すごろくを見直していくべき局面は案外多方面に及んでいるのかも知れません。

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コメント

若い研究者の待遇は、あまりにひどい
ニュートリノ振動でノーベル物理学賞の梶田隆章氏に聞く
http://techon.jp/atcl/column/15/032700107/060900009/?n_cid=nbptec_tecml
梶田 確かに基礎研究、特に科学の基礎研究は基本的に人類共通の知を創っていくプロセスですね。そういうプロセスに日本も先進国の一員としてきちんと参加すべきだと思います。

山口 にもかかわらず、社会の風を敏感に感じ取り、基礎研究に失望して博士課程に進む若者がどんどん減っています。

梶田 これは若者が研究に興味がないわけではなく、日本の研究者、特に若い研究者に対する待遇があまりにもひどいことが直接影響していると思います。博士課程に進むと人生のリスクを背負ってしまうような社会こそが問題です。
 もちろん博士号を取ってポスドクでさまざまな経験をするのはいいけれども、そうはいっても研究者にも人生があります。常にクビになる不安を抱えて短期のポスドクを続けるのではなく、ある段階で能力のある人はちゃんとした定職に就けるようにしないと。

山口 仰る通りで、今やポスドクを終えた人たちがワーキングプアになっていく時代になりました。素粒子物理は特にそういう傾向にあると思います。

梶田 いや、博士課程に行く学生の数は分野によらず、どんどん減少しています。

山口 もちろん研究者になりたい若者はいる。だけど研究者ではなく、国際機関や科学行政官、さらには科学ジャーナリストなど、違う分野で働いてみたい人もいるでしょう。だからアメリカのように、大学では学びたいことを学び、社会人としてはサイエンス・コミュニケーターとかイノベーターとか、別な仕事をするという選択があっていい。でも日本にはあまりにもそうした社会システムがないですよね。

梶田 そこが問題です。博士号を取った人は全員が大学教員になるわけではなくて、欧米のように、いろいろな場で活躍できるような社会にしていかなければいけません。欧米では高等教育の価値がきちんと認識されていると思うんですね。日本はその辺りがあまりにも寂しい。

投稿: 研究者はワープアの入り口 | 2017年6月16日 (金) 08時39分

文科省のおすすめ 中学生プロキシw プロテニサー 国技 玉けり、、
棒で球を穴に入れる競技は斜陽。

投稿: | 2017年6月16日 (金) 13時34分

有能な研究者だけに金を出せばいいと言う考えもありますが、何事も裾野の広がりがないと頂きも高くはならないように思います。

投稿: 管理人nobu | 2017年6月16日 (金) 16時13分

「裾野」では人並みの生活が送れない負け組 と 繰り返し刷り込んできましたからね。
自ら裾野を予感した途端に努力を放棄するんですね。働いたら負け、とかw。
これだけ負け犬根性を刷り込んでおけば、しばらくはスパルタクスも出てこない。

世界に一つだけの花 が 嘘っぱちだったことが知れ渡る一方で
 中学生Proxyとか現実感のないヘーローを担ぎ出し(たちまち用済みにして捨て去る)
使い捨て奴隷と投資家のための帝国 ほぼ完成しましたな。

投稿: | 2017年6月18日 (日) 13時37分

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