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2017年6月14日 (水)

添付文書の記載から禁忌・慎重投与が消える?

地味ながらなかなかに重要なニュースだと思うのですが、先日こんな記事が出ていました。

添付文書の「原則禁忌」「慎重投与」が廃止(2017年6月9日DIオンライン)

 厚生労働省は2017年6月8日、医療用医薬品の添付文書の記載要領についての通知を発出した。

 「原則禁忌」と「慎重投与」を廃止し、「特定の背景を有する患者に関する注意」を新設し項目を整理するほか、通し番号を設定するなど、約20年振りに全面変更する。

 適用は2019年4月1日からで、経過措置期間は5年間。

添文の新記載要領、経過措置は5年  厚労省、近く局長通知  19年4月施行(2017年6月8日日刊薬業)

 厚生労働省は、添付文書の新しい記載要領の内容を決めた。現行の添文にある「原則禁忌」と「慎重投与」を廃止するほか、新たに「特定の背景を有する患者に関する注意」を設けるなど、項目の統廃合・新設が柱。

 施行は2019年4月1日。3~5年間で検討してきた経過措置期間は5年間とする。近日中に医薬・生活衛生局長通知などを出し、内容を示す見通しだ。添文の記載要領改訂は1997年以来約20年ぶり。

この添付文書に書かれた禁忌と言う文言について、以前から主に医療訴訟関連でその解釈が問われてきた歴史がありますが、同じ禁忌と言ってもどのような場合にも投与してはならない絶対禁忌と、場合によっては投与が許容される原則禁忌の区別があるとされています。
この暗黙の区別の結果生じる興味深い現象の一例として、NSAIDsに分類されるセレコックス(セレコキシブ)の添付文書には禁忌としてアスピリン喘息が挙げられていますが、アレルギー学会の喘息予防・管理ガイドラインでは常用量で安全に使用することが出来ると言う記載があります。
そもそもNSAIDsである時点で一律に添付文書に禁忌の記載がされてしまうのがおかしいと言う話なのですが、こうした臨床的に許容される使用法であっても仮に何かあった場合、司法の場においては責任を問われる可能性があるのでは、と考えてしまいますよね。

過去の裁判事例では責任が問われるかどうかの分かれ目として医師個人の経験だけでは不十分で、投与の必要性等の客観的な理由や,患者の強い希望等の積極的理由があるかどうかにかかっていると言うことですが、先年の東京女子医大のプロポフォール投与事件ではこのあたりの判断基準が厳しく問われました。
遺族側弁護士は厚労省に質問状を提出し、プロポフォールの添付文書に言うところの禁忌とは原則禁忌なのか(絶対)禁忌なのかと問いかけたわけですが、厚労省の回答は特段の合理的な理由があれば投与を認めると言うべき内容で、言うところの原則禁忌に相当するものであると言う認識を示した形です。
もともと投薬については医師の裁量権の範疇であり、リスクも承知の上で使うべき局面はあるのだから禁忌などと一律に記載すべきではないと言う意見も根強くあって、今回の通知もそうした意見に沿う内容とも受け取れますが、逆に言えば医師の判断と責任が一段と重く問われる可能性もあると言うことです。
ある意味では今まで禁忌・慎重投与と明記された事例さえ気をつけていればよかったものが、どのような使用法であれ合理的な理由の有無を問われる可能性が出てきたとも解釈出来るわけで、今後この新しい通達の元で医療訴訟がどうなっていくかも注目していく必要がありそうですね。

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コメント

禁忌でないものを禁忌にして患者に損害を与えてきた国は賠償を

投稿: | 2017年6月14日 (水) 07時47分

医療側に対する配慮もあると同時に、絶対禁忌に抵触した場合言い訳ができないと言う諸刃の剣でもあるように思います。

投稿: 管理人nobu | 2017年6月14日 (水) 19時26分

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