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2017年4月 5日 (水)

最近目に付いた、どこかで見たような光景

先日発生した栃木県での雪崩事故に関連して様々な報道が続いているのですが、特に目にするものとしてこうしたスタイルのものがあります。

<那須雪崩>県高体連、呼吸空間確保法を教えず(2017年4月3日毎日新聞)

 雪崩注意報が出ていた栃木県那須町の雪山で先月27日、登山安全講習会に参加した県立大田原高山岳部の生徒ら8人がラッセル訓練中に雪崩で死亡した事故で、主催者の県高校体育連盟登山専門部が、雪に埋まった際に呼吸空間を確保する生存法を周知せず、事前に表層雪崩を予測する「弱層テスト」も怠っていたことがわかった。同校関係者が取材に証言した。雪崩を想定せずに訓練が行われた結果、8人が死亡した疑いがあり、県警は関係者から事情を聴いている。
(略)
 関係者によると、座学が初日にあり、「山の魅力」をテーマに学んだが、雪崩や巻き込まれた際の対処法の説明はなかった
 雪に埋まると、雪の圧力で短時間のうちに窒息する危険が高まるため、流されている時に浮上を試みるか、口の周りを手で覆うなど呼吸できる空間を作れるかが生存時間を延ばすカギとなる。生徒らは雪崩に対する心構えがないまま訓練に参加したとみられる。

 また、雪の斜面では弱層と呼ばれる積雪内のもろい層が表層雪崩を誘発しやすく、数十センチ程度掘って弱層の有無を確かめることが危険回避の有効策とされる。しかし、関係者によると、過去の講習会では弱層テスト後にラッセル訓練をしていたが、今回は事前確認がなかった。県高体連登山専門部委員長で大田原高山岳部顧問の猪瀬修一教諭(50)は、事故後の会見で「絶対安全だと思った」としている。
(略)
 雪崩を研究している名古屋大大学院の西村浩一教授は「(弱層は)スコップで掘ればすぐに分かる。経験豊富な教諭なら確認したはず」と指摘する。【野口麗子、萩原桂菜、三股智子】

雪の性質については存じ上げないのでこの種の記事に出てくる話の正確性がどうなのかと言うことについては何とも言えないのですが、世間の報道を見ている限りではあり得ないほどとんでもないことをやらかした結果重大な事故につながったと言うようにしか受け止められない印象ですよね。
ただ過去に医療業界においても大淀病院事件であるとか、杏林割り箸事件のようにマスコミ報道と実態が真逆であったと言うケースも少なからず見聞されるだけに、果たしてどこまで信用して良いものなのか眉に唾をつけて見るしかないと言うところでしょうか。
いずれにしても大きな事故であり前途有望な若者多数の命が失われた悲劇であることから、今回の事件による教訓をしっかりと検証していく必要があるのは間違いのないところですが、マスコミなどが煽情的な報道を行うくらいならともかく、専門家がこの手の煽りに乗せられた判断を下すようになると大きな影響が出てくるものです。

巨大津波を“予見可能”と断言…女裁判長が原発賠償訴訟で引き起こした激震(2017年3月30日週刊新潮)

 被災地を歩けば、今なお大きな爪痕を残したままの、「3・11」巨大津波。6年が経った折も折、この「1000年に一度の天災」を「予見できたはず」と国を断罪する「女裁判長」が現れた。“常識外れ”の判決に、法曹界は激震。連鎖を案じる声も上がっているという。
(略)
 原発事故によって福島県から群馬県に避難した計45世帯が、国や東京電力に損害賠償を請求。2013年9月に提訴されたこの訴訟の判決が3月17日、前橋地裁で下された。
 法廷に現れた原道子裁判長は、記者が注視する中、① 国がこの津波を「予見できた」と認定し、それに基づいて、② 国が東電に対策を求めなかったことについて、国と東電に、3855万円の賠償を命令したのである。
 原発事故によって避難した住民が国を相手に起こした集団訴訟は28件進行している。前橋地裁はその第1号の判決であり、しかも国の「予見可能性」と「賠償責任」を明確に認めた。それだけに渦中の「森友学園」を押しのけるトップニュースとなったのだ。

「実は国を断罪する判決が出ることは、みなわかっていました
 と裏側を明かすのは、さる全国紙の司法記者である。
「なぜなら、原裁判長の訴訟指揮があまりに原告寄りだったからです。この訴訟は判決文が1000頁にも上るほど複雑なものでしたが、原さんは1カ月に1回という異例のペースで法廷を開きました。そのため、先に起こされていた集団訴訟を追い越し、最も早い判決となったのです。その上、今は地元に戻った原告に対しては福島に出張して尋問を行いましたし、昨年5月には、やはり福島に戻った原告4家族の家を訪問しています。理由は“現地の静けさや匂いを直接感じたい”というもの。しかも、訪問を決めたのが、昨年の3月11日という、原告を喜ばせる“仕掛け”もしていました」
 訴訟が結審したのは、昨年10月末だが、実は被告の国は「重要な資料を収集中であり、期日を延ばしてほしい」と要請していた。
「しかし、原さんは“天変地異でも起こらない限り、結審する”とこれを一蹴しました」(同)
 これだけ原告に寄り添う裁判長ならば、国にとって敗訴はまさに「予見可能性」に満ちていたというワケなのだ。

〈国と東電への警告だ〉(3月19日付朝日社説)、〈国に対する重い警告だ〉(3月18日付毎日社説)など、新聞やテレビが手放しで褒め称えたこの判決。
 彼らは被災者への“配慮”に縛られた身の上だから、率直な評価は期待できないとして、気になるのは、法曹関係者の「本音」だ。実際、
「今回の判決について、私は多々疑問があるんです」
 と述べるのは、『原発事故の訴訟実務』の著書もある、中央大学大学院法務研究科の升田純教授である。

 先に述べたように、原裁判長は、国は津波が予見可能だったとしている。その根拠は、国の地震調査研究推進本部が2002年に出した「長期評価」。これは「三陸沖北部から房総沖の日本海溝で、M8クラスの地震が30年以内に起る確率が20%、50年以内では30%」としていて、ゆえに国を叱りつけているのだが、
「この長期評価については、専門家の間でも異論がありました。つまり、さまざまな議論のうちのひとつに過ぎないのです」(升田教授)
 例えば、公益社団法人「土木学会」は当時の福島第一原発の状況で巨大地震による津波に対応可能ととれる予測を出している。結果としてどちらが正しかったかはともかく、これを含め、当時、さまざまな機関がさまざまな予測を出していたのは事実なのだ。
「つまり、予見可能性は無限にあった。では、2011年3月11日以前の状況でいずれかの調査結果によって原発への対処をしろ、と一体誰が言っていたのか。この判決は国の責任を認めるという結論が先にあったのでは。その後付けとして、数ある評価の中から裁判に合わせたものを利用したと指摘されても、仕方がないのではないでしょうか」(同)
 これがまかり通れば、国は今後、自らの首を絞めることを恐れて、災害の予測やシミュレーションを出すのを控えるかもしれない。お好きな「安全性」の確保が結果的に大きく後退する可能性を、原裁判長は“予見”しただろうか。
(略)

良くあることですが、世の中に星の数ほど予言者と言うものがいて、世界中の予言者の言うことを検索してみれば誰か一人や二人は大事件や大事故を予言していたかに見える人もいるのでしょうが、しかしそれが彼らの予言者としての能力が高いと言うことの証明になるのかと言えばまた別問題で、普通に考えると確率論のいたずらにしか過ぎないわけです。
地震予知にしても専門家が口を揃えて地震は今のところ予知できないと言っているそうですので、当然ながら地震被害がいつどこにどの程度出るかなどと言うことは誰にもはっきりしたことは言えませんし、誰かが千年に一度の大地震ならこんな被害が出ると言っていたとして、その千年に一度のためにどれだけのコストをかけられるのかと言う話にもなるのでしょう。
記事にも書いているのですがこの裁判官氏もなかなかにユニークな考え方の持ち主であるようで、興味のある方は元ソースをご一読いただければいいのですが、しかし一昔前の医療訴訟にしばしば見られたような弱者救済的な温情?判決と同様の匂いが感じられるのは気のせいなのでしょうか。
無論福島原発事故には汲むべき教訓が極めて多くあって、電源喪失に至る経緯など他の原発においても対策は万全なのか?と非常に気になる点も少なくないのですが、こうした恣意的とも取れる判決が出てくればそれに対して被告の側も自己防衛の対応はせざるを得ず、結果的により大きな将来への害悪をもたらすことになるのではないかと危惧するところです。

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コメント

司法のポピュリズムと聞いたから、てっきりお隣の国のことかと思ったら。。。

投稿: | 2017年4月 5日 (水) 07時23分

司法のクオリティコントロールが必要だね

投稿: | 2017年4月 5日 (水) 07時26分

福島の原発の場合、東日本大震災以前に想定されていたと思われるもっと小さい津波であっても同じような事故が起きたのではないかというくらいたたかれてた記憶があります。
それこそ、先日の雪崩の事故のように。

投稿: クマ | 2017年4月 5日 (水) 08時05分

ほとんどの人にとっては地震・津波や雪崩は専門外の話であり、だからこそ素人にも判りやすい正確な情報と正しい判断が必要なはずですが、マスコミの皆さんのみならず司法関係者も別な考え方を持っているとなると困ったことになりそうです。

投稿: 管理人nobu | 2017年4月 5日 (水) 13時28分

事故の翌日の報道では、被害者の父親が、悲しみを抑えつつ山男らしい立派なコメントをされてましたよね。
「お、マスコミもちょっとは変わったのかな?」と淡い期待をかけていたのですが、結局いつもの粗探しが始まり、「天災じゃない、人災だ!」となってしまいました。やっぱり全然変わってないですね。

投稿: ふぉれすと | 2017年4月 6日 (木) 11時07分

いい話は長続きしないし盛り上がらないから

投稿: | 2017年4月 6日 (木) 13時58分

死者も大勢出て部活の合宿も禁止になったらしいじゃない?
引率教師の軽率な行動で直接間接に大勢迷惑したのは事実でしょ

投稿: | 2017年4月 8日 (土) 12時12分

だから,「事故前に」もっと引率教師を指導しておかないのが悪いのですっ.

今までいろいろな事件・事故で言われてきましたな.

投稿: | 2017年4月 9日 (日) 08時08分

根本的に雪山に登りたがる理由がわからん

投稿: | 2017年4月 9日 (日) 11時19分

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