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2016年12月 8日 (木)

住民自身のクレームによって地域の伝統が続々と崩壊中

年末年始の風物詩と言えば様々なものがありますが、その一つである歴史も伝統もあるものが全国的に危機に瀕していると言う驚くようなニュースが話題になっていました。

「なんて時代だ」 除夜の鐘を禁止させられるお寺が続出中(2016年12月6日grape)

年越しに鳴り響く『除夜の鐘』。聞くと「一年が終わり、また新しい年が始まるんだなぁ」と思わされる日本の風物詩です。
しかし最近では、この除夜の鐘が「うるさい」との近隣住民の苦情を受け、昼間や夕方に鳴らすお寺が増えているのだとか。

静岡県にある大澤寺(だいたくじ)もその一つ。大澤寺のwebサイトには除夜の鐘が一時中止になり、再開したものの昼間に除夜の鐘をつくことになった経緯が記されています。

    夜間衝く鐘の音に対する波津地区のどなたからのクレームの電話があったことから父の代で終了した除夜の鐘。それを昨年から時間を大幅に繰り上げて再開したというものです。
 大澤寺 ーより引用

「除夜の鐘がうるさい」とのクレーム。日本の風物詩として楽しみにしている身としては信じられない気持ちですが、多くの方はどのように感じているのでしょうか。
「こわい」という声を受けてなまはげが優しくなったり、「子どもを歩かせるのか」という声を受けて二宮金次郎像が座ったり、伝統より苦情の声が大きくなりつつある日本。
一つのクレームで、多くの方が楽しみにしている伝統が無くなってしまうのは悲しいですね。改めて、大切にすべきものは何かを考えていきたいものです。

まあしかし高校野球の試合に怒鳴り込んでくる人もいると聞きますから、除夜の鐘も当然クレーム対象になってもおかしくないのだろうと重うのですが、こういう場合檀家で相談して対応を決めるものなのかと思っていたのですが、
クレーム電話一つで先祖代々の鐘を中止した先代さんもよほどに進歩的な考えの持ち主だったのでしょうかね。
ただもちろん歴史や伝統と言ったものを抜きにして考えれば、客観的に見て深夜に大きな鐘の音を鳴らすのはずいぶんと近所迷惑な話であることも確かで、夏の夜に決まって行われる花火大会や秋の夜をうるさく彩る祭り囃子などと同様、近所迷惑だと言われても仕方のないものではあるかも知れません。
この辺りは歴史と伝統と言うものの価値をどこまで認めるかだとか、自分自身にとってそのイベントがどれほどの意味を持つのかも関わってくることで、高校野球の声援や選挙カーの連呼などまさに興味のない人間にとっては単なる騒音なのでしょうが、とかく世の中が難しくなってきていることの反映だと言う受け取り方が圧倒的に多いようで、先日はこんなニュースに驚かされた人も多いようです。

「知らない人にあいさつ」って危険なの?(2016年12月5日産経新聞)

 「知らない人にあいさつされたら逃げるように教えているので、あいさつしないように決めて」-。神戸市のマンションで、小学生の保護者が提案し、マンション内のあいさつが禁止になったという地元紙への投書がネット上で賛否を呼んでいる。神戸市では平成26年、路上で声をかけられた女児が殺害される事件が発生。同市教育委員会はあいさつ運動を進めつつ防犯指導も行う。あいさつと防犯について、明石要一千葉敬愛短大学長と、セコムIS研究所の舟生岳夫氏に見解を聞いた。(高橋裕子、篠原那美)

 ■社会への扉開く第一歩 千葉敬愛短大学長 明石要一氏
 --投書を読んだ印象は
 「意外だった。周りから孤立している『ひとりぼっち社会』がここまで進行したのかと驚いた」
(略)
 --子供にどう教えたら
 「逃げることを教えるより、『あいさつしなさい』と教えてほしい。あいさつは社会への扉を開く初めの一歩。大人はたとえ子供からあいさつが返ってこなくてもあいさつを続けるべきだ。近年はあいさつ文化が消えつつあり、出社時退社時に何も言わない会社もあると聞く。だが、業績の良い企業や集団はあいさつや返事がきちんとできるという傾向もある」

 --あいさつをきっかけとする不審者に不安を持つ保護者もいる
 「あいさつに続く甘い言葉や、『親が急病』といった嘘に注意するよう教えればよい。また、保護者は子供が生まれたら地域デビューをしてほしい。保護者がひとりぼっちになってはいけない。親が地域であいさつをすれば、子供は幼くてもその相手が安心な人であると識別できる」

 --都市部など地域社会の再構築が難しい地域ではどうすべきか
 「地域の夏祭りをやめる傾向があるが続けるべきだ。祭りを中心に地域住民の顔や名前を知っている状態がつくれる。昔ながらの祭りである必要はない。クリスマス会やバザーなど、さまざまなイベントを催してほしい。地域でイベントを仕切れる人材を育てていく必要もある。近くに大学や専門学校があれば協力してもらうのもいい」
(略)
 ■危険回避能力の育成を セコムIS研究所主任研究員 舟生岳夫氏
 --あいさつ禁止のルールについてどう感じたか
 「子供向けの防犯セミナーを行っている立場としては、あいさつをしない社会は怖いと言いたい。だが最近子供を見守るボランティアの現場から『子供にあいさつしたら逃げられた』『不審者扱いされた』との話をよく聞く。見守りがやりづらくなり、逃げられれば気分も悪いので、あいさつや見守りをやめようという声が出ている。こうした風潮は子供の安全のためにならない。あいさつと子供を誘うような声かけとは区別をしなければならない」

 --あいさつ禁止は保護者の提案がきっかけだったが、その背景は
 「子供の連れ去りは声かけがきっかけで起こることが多く、保護者もそうした知識をもっているからだろう。あいさつがきっかけで、『ゲームしよう』『かわいい子犬を見せてあげる』と巧みに誘い、子供がついていくことを保護者は心配していると思う」

 --学校ではどう指導しているのか
 「約10年前に奈良、広島、栃木で小学生の女児が殺害される事件が相次いだ。当時は私が講演に行く学校でも、知らない人から声をかけられたら逃げるように指導しているというところが多かった。絶対に被害に遭わないという意味で、『あいさつされても逃げる』というのは、一つの方法かもしれない。だが最初から人との関わりを全部断ち切ってしまうと、見守ってくれる人なのか、近所の人なのか、不審者なのか分からない状況に陥る。今は学校でも、『地域の人とはあいさつしましょう。ただ、知らない大人についていってはいけない』という指導になってきている。子供の危険回避能力を育てることが重要だ」

 --子供にはどう教えればいいか
 「知らない人はもちろん、知っている人でも、ついていかない、行動を共にしないことが大事だ。その線引きをしてあげてほしい。他には、『道を教えて』といわれたら、『あっちだよ』と指さすのはいいけれど、『この地図を見て教えてよ』などと近寄ってきたら離れる。知らない人と距離を保てる力も必要。困ったときは『大人を呼んでくる』『分かりません』と言って逃げていい。車からの声かけや腕を捕まれそうになれば、『助けて』と声を上げる。ただ単に逃げるという指導では判断できず思考停止になるだけだ」
(略)

昨今では各地の警察が不審者情報と言うものを公表するようになっていて、この種の事例を俗に声かけ事案と言うのだそうですが、公表されている情報を見ていますと単にあいさつをしただけなのに不審者扱いされて通報されただとか、さすがにそれはいささかどうよと気の毒になるような事例も少なからずあるようです。
もちろんそうした声かけをきっかけに不審者が児童に接近すると言う現実もあるわけですが、しかし学校ではあいさつ運動なども未だに行われている中であいさつはするな、させるな、禁止しろと言うのでは子供の方でもどう対処したらいいのかと迷うような話で、実際にどれほどこうした動きが一般化しているのか気になりますね。
むしろ声かけの後に続く会話事例について学校内でロールプレイングなどをしてみればいいんじゃないかと思うのですが、何にしろ単にうるさいだとか面倒だとか言う話ではなく子供の命も関わってくる切実な問題であるだけに、地域では昔からそうしてきたと言うだけではなかなか説得力を発揮しきれない部分もあるのでしょうか。

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コメント

お寺さんに喧嘩売って葬式や法事はどうすんだろ?って思うんですけど。

投稿: ぽん太 | 2016年12月 8日 (木) 09時26分

進歩的マスコミ勢力による日本の歴史、文化、伝統の破壊計画がうまくいっているようですね。
ただし、マスコミが左翼勢力に乗っ取られているのはなにも日本だけじゃなく、欧米なんかもひどいみたいですね。たとえば今だと、LGBTなんかに疑問を唱えると、「レイシスト」とレッテル貼りされ、大騒ぎされるようですし。
その反動がイギリスのEU離脱やらトランプ現象に現れていると思います。

投稿: ふぉれすと | 2016年12月 8日 (木) 09時56分

お稚児さんという立派な伝統文化もあるのにw

投稿: | 2016年12月 8日 (木) 11時45分

クレームをつけたという事実への驚きが過ぎると、確かに毎日の鐘つきも相当な騒音公害ではあると思います。

投稿: 管理人nobu | 2016年12月 8日 (木) 12時46分

ウチの菩提寺、納骨堂の扉が破損しててず~っと半開きで婆ちゃんの骨壺チラ見え状態だったんですよ。ガムテープで補修してあったことも…。嫁と母が参拝の都度再三修理を申し入れるも放置されてました。
*私は共産主義者なので墓参りはしないw

で、今年のお彼岸時も未修理、らちがあかなそうなので私が電話で抗議、

*少なくとも2年前から破損していた。
*納骨堂はお骨を納める時しか開けないので、婆ちゃんが死んだ14年前!から破損していた、と思われる。
*修理は依頼はしているが、大理石製の特殊な扉で、宮崎にしか業者がおらず、なかなか来てもらえない。

以上、寺より弁明。
事の経緯、修理の進捗状況を1週間以内に文書、及び電話にて報告するよう、後日、算定の上、14年分の管理費その他の返金を請求する旨告知しました。

1週間後、工事終了wサボってただけ、と判明ww。これは懲罰やろうなあ…。

事実上14年間放置していたワケで管理してないんだから管理費は当然として、こんなクソ寺のクソ坊主の読経で婆ちゃんが成仏出来てるとはとても思えない(つーか実は神も仏も信じてないやろw?)ので、お盆、お彼岸の供養費14回分も併せて返金請求しました。「お経はもうあげてしまってるので…」とか謎理論を振り回されましたが共産主義者に通じるワケもなくw、結局門徒会費以外は返金する旨寺側も合意。確かにソレは返す謂われないやね…。

なお、親父とお袋は「罰当たり!」と、泣いて止めさせようとしたものの聞く耳持たれなかった模様w。どっちが罰当たりだよww。

で、カッチョワルイ事に私の計算間違いでw過剰請求が判明w、もちろん返金を申し出ましたが寺側からは「迷惑金」として返金不要と言われました。それまでは「奥さん」(住職は重病で不在)と交渉していたのですがその時の最後の電話に出た「跡継ぎ」氏曰く、

*古い寺であり管理が行き届かない面は多々ありえる。早急な改善は困難。
*よってウチが求めるレベルの管理は困難なので門徒関係を解消の上お骨を引き取って頂きたい。

私は両親が死んでもそこのクソ坊主に読経してもらうつもりはないし、戒名も要らないし(両親に言質取得済み)、そもそも墓じまいするつもりなのでそれで別に構わなかったのですが、あいにく両親はまだ生きてるので、
*即答は致しかねる。
*納骨堂の扉の故障そのものを問題視したわけではなく、再三の申し入れにも関わらず、故障を放置していた事に対し抗議したものだからして寺院の新旧、宗教的不合理性、特異性、その他は無関係。
*このような事態に至ってしまった以上両者の信頼回復は非常に困難ではある。つか、オレはまったく信じてないw。おっしゃる通り門徒と寺院は対等な関係であり、寺院には応召義務はないであろうから、寺院側の一方的な意向で「契約」を「解除」する事自体は法的には多分問題はない。
*が、本件において落ち度は全面的に寺側にあり当方にはない。その旨ご諒解頂けたからこそ返金に応じて頂けたものと当方は確信している。落ち度により迷惑をかけた「加害者」が、落ち度がまったくない「被害者」に対し一方的に関係解消を通告する事に社会通念上疑問が残る。
*このような場合、他の寺院に納骨や供養を依頼する事の難易度は知らないが、常識的に考えて、相応に困難と推測される。
*当方の職業関係で無理に例えるとすると、医療ミスを全面的に認めた病院が患者に謝罪、賠償の上、「二度と来るな」と、捨て台詞を吐くようなものである。言われなくても通常二度と受診しない、とは思われるが、これが無医村に近くそこしか医療機関がない、或いはそこが地域の基幹病院であった場合は如何であろうか?

以上通告。なにやらごちゃごちゃ言ってたけど「お宅と法論を交わす気はない!」
まあ結局母が直接訪問して奥さんと話して門徒関係は現状維持、返金をもって本件終了って事で合意したんですがw。共産主義者の煽りにマジ切れとか修業が足らんよww>跡継ぎ氏

>>お寺さんに喧嘩売って葬式や法事はどうすんだろ?って思うんですけど。

葬式は家族葬、法事はしないw。
*そもそも浄土真宗なんで、殆ど法事ないんですがw。

投稿: 10年前にドロッポしました。 | 2016年12月 9日 (金) 17時08分

クレーマーw

投稿: | 2016年12月 9日 (金) 21時39分

多分褒められた!

投稿: 10年前にドロッポしました。 | 2016年12月10日 (土) 09時34分

褒めてます、ドロッポ先生。
ふぉれすと師の頭の固さでは 逆立ちしてもまねができないw

投稿: | 2016年12月10日 (土) 20時29分

>ふぉれすと師の頭の固さでは 逆立ちしてもまねができないw

私は共産主義者ですがw、ネット右翼でもあるのでww、進歩的マスコミ勢力による日本の歴史、文化、伝統の破壊計画に関してはふぉれすと氏と同様非常に懸念しておりますし、はっきりいってLGBTはキモいですw。

まあキモいから、と無暗に踏み潰して回るつもりはありませんし、逆に日本の歴史、文化、伝統の担い手サイドだから、と怠慢による損害をなあなあで済ますつもりもありませんが。
*無能な味方は敵よりも始末が悪いですからねw

投稿: 10年前にドロッポしました。 | 2016年12月12日 (月) 12時36分

 ついに日本も、他を許さずと云った不寛容な心が具現化し荒れてきましたね、
法律に触れなければ正しいといった傲慢な法律信仰の成れの果てと私は思います、
宗教の道徳信仰でない分、財力や権力だけがモノを言い、末恐ろしいものです。

 最近は少子化の影響からか、保護者その家族といった一部の人のみ極度に弱者として扱われ
その立場を悪用し権限を振るう人達の悪行に納得がいかない方が多くいるのも理解できます、
 しかし弱者である立場を盾にした不寛容の人達に、
(お互い様、天に唾する、情けは人の、譲り合いの精神が失われたなどと
何を言っても無理ですが、こうして注意喚起の書き込みしていけば
 多神教で多言語が並び縦書き横書きの不思議な国、
いつか元来寛容な日本らしさを、とり戻せるようにと願うばかりです。

投稿: 汎心ron | 2017年1月28日 (土) 14時00分

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