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2016年12月13日 (火)

一日12円で得られる安心?

医療事故調の医療安全調査機構常務理事である木村氏が、先日事故調に関してこうした発言をしていたことをまず紹介してみましょう。

紛争・訴訟事例でも“センター調査”実施 - 木村壯介・日本医療安全調査機構常務理事に聞く◆Vol.3(2016年12月3日医療維新)

(略)
――院内事故調査を行っても、遺族がそれに納得せず、センター調査の依頼があった場合、並行して民事提訴していても、センター調査は実施する。
 はい。法律通りに実施することにしています。調査結果がどのように使われるかは、我々が関与するところではありません
(略)
――結果を報告するのは、当該医療機関とご遺族が対象であり、公表はできない。
 センター調査が終了した件数は公表すると思いますが、センターとして内容を公表することはありません。ただし、ご遺族が報告書を公表することを制限することはできません
(略)
――調査した結果、「事故ではない」と分かった場合、報告を取り下げることは可能なのでしょうか。
 報告後、「本制度で定義する医療事故ではない」と分かった場合、その時点までの経過をまとめて提出してもらうようお願いしています。院内調査は死亡直後から始まっており、情報収集やヒアリングなど、センターへの発生報告を行うまでに、さまざまな検討をしているわけです。それ自体が調査と言えます。
(略)

木村氏自身は事故調報告書が裁判に使用された例があるかどうかは判らないと言っていますが、昨年の事故調制度発足以前の医療機関の自主的な事故調報告書に関しては、今春最高裁で上告が退けられた鳥取大病院の事例などを見ても当然のように法廷の場に持ち出されているのですから、使われないと考える方が不自然でしょうね。
制度的にも遺族には必ず報告書を渡すことになっており、遺族が報告書を公表することには制限がないと言うことですから、遺族側にとってよほど不都合なものでない限りは裁判にも出てくるものでしょうし、そもそも事故調報告書によって病院側の診療内容に疑問を抱き裁判にまでなると言う場合も多いのではないかと思われます。
こうした時代になると現場の臨床医としてはいつ背後から撃たれるかと言う不安なしではいられないものでしょうが、先日こんな興味深い試算が出ていたと言うことを紹介してみようと思いますね。

外来1回3円、入院1日12円で無過失補償制度が実現可能 浜松医科大・大磯教授らの試算(2016年12月2日オピニオン)

 11月19日の第11回医療の質安全学会学術集会において浜松医科大学医学部の医学生が研究した成果を発表した。医学生を指導した浜松医科大学医学部法学教授の大磯義一郎氏に発表内容をまとめてもらった。

 医学部医学科4年の森亘平、大野航らは「診療科間における「金銭的損害」を考慮した医療事故リスクの再考」を口演発表した。本研究は、1999年4月~2015年3月末までの医療訴訟判決(民事)を基に作成した、浜松医科大学法学教室のデータベースを活用している。医療訴訟頻度のみならず金銭的損害を考慮した医療事故リスクを算出し、それを基に無過失補償制度の試算を行っている。
 まず医師1000人当たりの1年平均の訴訟件数を計算すると、消化器外科(1.06件)、産婦人科(0.98件)、脳神経外科(0.90件)、心臓血管外科(0.79件)、感染症内科(0.60件)の順に多かった。なお、今回は診療科としての救急科と救急外来の区別の難しい救急科、保険診療領域のほとんどない美容外科は除外している。
 次に診療科別医師1人当たりに換算した年間認容額を求め、金銭的損害を考慮した医療事故リスクを算出した。この結果によると産婦人科(2万8776円)、脳神経外科(2万4823円)、消化器外科(1万9753円)、心臓血管外科(1万6386円)、感染症内科(1万5207円)の順に医療事故リスクが高いことが分かった。
 本研究で算出された医療事故リスクは、従来の訴訟頻度のみを考慮した医療事故リスクとどの程度乖離しているだろうか。消化器外科を1とした時の各診療科のリスク比を、「医師1人当たりの年間判決件数」の場合と「医師1人当たりの年間認容額」の場合で求め、リスクの乖離度合いを明らかにした。先ほどの5つの科では、産婦人科1.58、脳神経外科1.49、心臓血管外科1.12、感染症内科1.36という結果になり、金銭的損害を考慮した医療事故リスクでは、従来の想定リスクとの乖離が生じている。特に産婦人科や脳神経外科では、医療訴訟頻度別の従来のリスク評価は、医療訴訟のリスクを過小評価しているのではないだろうか。

 医療事故リスクの高さは若い医師の診療科間における偏在を助長し、医療崩壊につながりかねない。そのため、この問題には医療事故リスクに対する何らかの支援システム構築が必要と、森らは主張する。その支援システムの一つとして、産科領域で取り組みが始められている無過失補償制度を保険診療全般に拡張する案を挙げている。
 研究で用いたデータを基に、保険診療全般で無過失補償制度を実行するとなった場合、どのくらいの必要負担が求められるのだろうか。まず、医療事故によって支払われている損害賠償額を把握する必要がある。データベースより推定される年間総認容額は約69億円。それに加えて和解金についても考慮する必要がある。2014年度の東京地裁での和解金総額を基にすると、本邦での年間総和解金額は約44億円となった。結果として無過失補償制度に必要な年間金額総額は、約113億円と算出された。
 また、無過失補償制度において支払われるべき金額は、認容総額と和解金総額の合計から、弁護士費用等の諸経費と時間的メリットを差し引いた総額の6割程度だと言われている。よって、無過失補償制度で支払われる金額は約67.8億円程度だと考えられる。 それでは、この金額を捻出するためには、外来受診1回および入院1日当たりどの程度の負担が必要であろうか。
 外来患者と入院患者は受ける医療行為に差があることから、外来患者延べ数当たりの認容額と在院患者延べ数当たりの認容額の比で負担を分けると、外来:在院 ≒ 1:3.6となる。
 以上の数値を基に、無過失補償制度における必要負担を試算すると外来受診1回当たり約3円、入院1日当たり約12円の負担で無過失補償制度が実現可能であると試算された(ただし、本試算には、裁判前の和解金額が加味されていないことから、実際に無過失保障制度を運用する場合には、上記に+アルファが必要となる)。

 医療は患者の身体生命を扱う行為であり、その点で医療者が背負っている負担は他の職種に比して大きい。ましてや、産婦人科や脳神経外科での訴訟リスクは計り知れない。若い医療者がリスクの大きい診療科を避ける傾向があることは当然の結果であり、このままでは、診療科間の医師の偏在は増長するばかりであろう。そのような診療科ごとの医療崩壊によって損害を被るのは、結局のところ国民である。外来1回当たり約3円、入院1日当たり約12円という軽微な負担で実現可能な無過失補償制度を検討することで、紛争に拠らない解決を図ることが必要ではないだろうか。
(略)

意外と安いと考えるか、それなりの費用だと考えるかは人それぞれだと思いますが、興味深いと感じたのは産科無過失補償制度では年間保障人数が500人から800人程度、金額的に300億円あたりを上限に考えられているそうで、現状では50億円程度しかお金を使っていないそうですが、それにしても産科だけで300億円規模の無過失補償が全科あわせて大差ない金額で済むものなのかどうかです。
当然一件当たりどの程度の金額を支払うのかがその鍵を握っているはずですが、無過失補償を導入している諸外国の例で見ると一件当たりの支払いは100万円程度なのだと言い、金額は安いが何らかのトラブルがあれば確実に迅速に一定程度のお金を支給することで、裁判になるような深刻な紛争化を防ぐ効果があるのだと言います。
医療訴訟の原告勝訴率は一般の民事訴訟よりも低く2割程度だと言い、また非常に専門的な判断も求められ訴訟自体のコストもかかることから、低い確率で高いお金を求めるよりは定額でも確実にと言う考えになるのかですが、日本の場合賠償金の金額を決める場である民事訴訟に何故か真相解明を期待する原告も多く、件数削減効果に関しては何とも言えないのかも知れませんね。

ちなみに一日12円ならすぐ導入出来そうだと思える金額ですが、当然ながら任意で加入すると言ったスタイルになれば一人当たりのコスト負担は高くつくのですから、可能であれば産科無過失補償のように対象となる事例全てでの加入が望ましいことは言うまでもありません。
ただ産科無過失補償の場合にも各種利権だ剰余金だと大騒ぎになった経緯もありますから、少なくともそれに数倍する規模の無過失補償制度となれば大変な騒ぎになると思いますが、例えば空港に掛け捨ての保険自販機があるように病院においても同様の機械を置いておくと言ったやり方で任意加入者を募ることは可能なのかも知れません。
その場合目の前で保険をかけられる医療従事者の心境はどうなのかですが、当然ながら患者から保険会社に請求がいけば保険会社からは各医療機関に証明書類を求めて来るはずで、患者としても医師と仲良くなって早く確実に書類を書いてもらった方がお得だと言う計算は成り立ちますし、実際に無過失補償を導入されている国ではそうした医療と患者の関係が成り立っているそうで、結果的に訴訟リスク低減効果があると言いますね。

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