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2016年10月19日 (水)

医療事故調、必ずしも件数が少なすぎるわけでもないのですが

医療事故調制度が発足してからかれこれ一年が経過しましたが、事故調の対象となった件数は当初予測されていた数の2~3割なのだそうで、当然ながら何故こんなに少ないのかと言うことが各方面で(しばしば否定的に)取り上げられているところですよね。
実際には届け出るべきかどうかの問い合わせはその数倍の件数があったそうで、これらを含めると十分当初想定されたラインは上回っているとも言えるのですが、興味深いのは400件弱の届け出のうちで遺族が調査を依頼したケースが16件あり、しかも最近の一ヶ月で6件と増加傾向にあると言う点です。
この辺りは色々と解釈の余地はあるところで、当然ながら進歩的なマスコミや患者遺族団体などはこうしたルートがもっと増加していくことを望むと言う論調ですが、他方ではいわゆる東京女子医大事件で逮捕拘留された経験のある心臓外科医の佐藤一樹先生などからはこうした意見も出ているようです。

「遺族がクレーム」で医療事故調査制度を使うな(2016年10月17日日経メディカル)

 2015年10月にスタートし約1年が経過した医療事故調査制度は、順調に機能しているのだろうか。冤罪で逮捕・勾留された経験を持ち、現在は東京都医師会で医療事故調査制度に関する小委員会のメンバーを務めるいつき会ハートクリニック院長の佐藤一樹氏に医療事故調の現状について話を聞いた。
(略)
 我々が相談を受けた事例の中には、医療事故調査制度の「対象外」の事例が混じっていました。「対象外」の事例のパターンは大きく分けて2つありました。その1つは、「遺族が文句を言ってくる」という理由でこの制度を病院が利用しているパターンです。遺族からクレームを受けた際、医療事故調査制度のスキームで院内調査を行えば、調査費用の一部を所属する医師会が負担してくれますし、その調査結果に遺族が納得し、それ以上の補償が不要になれば、患者との話し合いに弁護士を立てる必要もなくなり、弁護士費用も節約できる――。そう考える病院が少なからずあるのです。この制度が、医療安全のためのものであるという大前提を忘れてしまっているようです。
 1年前にスタートした医療事故調査制度は、亡くなった人や遺族のためではなく、同じ死亡事故を起こさないようにするための、いわば次の患者に役立てるための制度といえます。一方で、紛争解決など、遺族への対応は、医療事故調制度とは別に、しっかりと対応していかなくてはいけません。この遺族対応がしっかりとできていないから、医療事故調制度を使って何とかしようとする医療機関が出てきてしまっているのだと思います。

 もう1つのパターンは、報告対象となる「当該医療従事者が提供した医療」以外のものを勘違いして報告しようとしているパターンです。今回の制度では、入院中の転倒・転落事故による死亡など、いわゆる「管理」のものは対象外ですが、こうしたものを報告すべきかどうかの相談が多く寄せられます。
 これら2つのパターンがそれぞれ同じくらいずつ、東京都医師会に相談されている印象です。また、結果的にセンターに報告された事例のうち、必要ないのに警察に届け出ているケースも結構あることが分かってきました。「提供した医療に起因する予期しない死亡」は、医療事故調査制度の報告対象なのであって、警察に届け出るかどうかを判断するための基準ではありません。不必要なケースを警察に届け出て、それが間違って「業務上過失致死」とされてしまったら、医療現場は大変なことになります。福島県立大野病院事件の悲劇が繰り返されてしまう恐れがあります。
(略)
 また、医療事故調査制度に関する相談を受ける側にも課題があります。例えば、東京都医師会では、医療事故調制度に関する相談を受ける人と、医事紛争を担当する人を分けるようにしています。でも全国には、まだ医療事故調と紛争を同じ人が担当することが少なくないようです。「医療事故調と紛争は切り離して考えるべきだし、担当者を分けないといけない」というのが我々の主張です。担当者を分けていないと、すぐに紛争につなげて考えてしまう恐れがあるからです。
(略)
 この医療事故調制度で報告対象になるものの中には、患者に賠償すべき事例もあるでしょう。医療者側に明らかにおかしい部分があり、明らかに患者側がかわいそうなケースは民事で救済しなくてはいけません。
 私は開業してからこれまでに、遺族から20~30件ほどの相談を受けています。そうした事例の中には、「これは医療側がおかしい」と感じるものもありました。そうしたケースでは、患者側に立ち、サポートすることもあります。今年のゴールデンウィークも休診期間を利用して94ページの意見書を書きました。
 なぜ、医療者の私が患者側に立つのか、不思議に思う方もいることでしょう。私が貫いているのは、「医療事故を刑事事件は絶対にしないし、する必要はない」というポリシーです。もちろん殺人事件は別ですが。
 繰り返しになりますが、医療事故調査制度の報告対象の定義に合致しないものは、医療事故調査制度のスキームを適用すべきではありません。あくまで補償など、別のスキームで対応すべきです。医療事故調査制度の目的である「医療安全のために」ということを忘れてはならないのです。

紛争当事者として刑事訴訟の経験もある先生だけになかなか含蓄のある提言だと思うのですが、やはり現状での問題点は医療事故調以外の別ルート、特に先生の言うところの「紛争解決など、遺族への対応は、医療事故調制度とは別に、しっかりと対応していかなくてはいけません」と言う部分が未だ不十分であると言うことでしょうか。
女子医大事件を始めとする数々の医療紛争を知っている医療現場としては、先生の言う「医療事故を刑事事件は絶対にしないし、する必要はない」というポリシーには非常に共感するところが大きいと思うのですが、もともと司法は医療紛争の刑事訴訟化には抑制的になっていると言い、また民事訴訟などは極論すればお金を幾ら支払うかを決めるだけの場と言えます。
しばしば医療紛争の関係者が口にする「ただ真実を知りたいだけ」と言うことに曲がりなりにも対応しているのは事故調だけとも言えるのですから、幾ら遺族補償などを充実させたところで満足度が向上するかどうかは何とも言えませんが、興味深いのはこの医療事故調の報告書が法廷の中でどのように扱われることになるのかと言う実例がすでにある点です。
今春の最高裁で島根大を訴えた原告の上告が退けられた事件では、医師の責任を認めなかった高裁判決が確定したのですが、そもそも患者側が訴えた根拠となったのが大学自身が設置した院内事故調の報告書であり、この事故調が正しく作成されていれば起こっていなかった裁判だったかも知れないと言うことです。

島根大“事故調”、患者と医師の悲劇◆医師の過失否定した高裁判決が確定(2016年9月13日医療維新)

(略)
 「報告書を作成し、病院長自らが記者会見を開いて、医師らの不適切な点を明らかにし、申立人らに謝罪し、7741万円を提示し、医療費も負担するとした。このような病院の対応は、本件事故について、相手方医師らに過失があることを前提にしなければ、あり得ないことである。
 (中略)ところが、本件訴訟後は、その態度を180度転換して、全面的に過失を争い、事実関係そのものについても争い、しかも、事故調査委員会の認定した事実や評価についても全否定。(中略)申立人(編集部注:患者側)からみると、相手方が一転して、何ら理由の説明がなく、態度を豹変させたことによって、長年にわたる訴訟の遂行を余議なくされ、一審敗訴後は、過去の医療費の請求まで受けるに至っており、病院のあまりにも不誠実な態度により裏切られた思いと強い憤りを感じている。(後略)」
 2015年8月21日付けの患者側の最高裁への上告受理申立理由書の抜粋だ。

 上告受理申立理由書が言及した「記者会見」とは、2007年8月31日に島根大学医学部附属病院が開いた会見。同院が設置した「医療事故調査委員会」の報告書について、「新生児仮死の原因特定は難しいが、判断の遅れが重大な結果につながった可能性はある、と説明した」と報じられた(2007年9月1日付けの中国新聞朝刊による)。
 会見では、同病院が患者側に謝罪し、補償交渉を進めていることも明らかになった。報告書は、吸引分娩とクリステレル圧出法による経膣分娩から、緊急帝王切開手術に切り替える判断が遅れたことを示唆する内容だった。
 しかし、その後、補償交渉はうまく行かず、民事裁判に発展。事故から3年弱経った2009年7月24日に患者側は約1億550万円を求めて、島根大を提訴した。裁判では、島根大病院の主張は報告書から一転し、産婦人科医らの対応は適切だったとした。結局、2014年2月24日の島根地裁判決、2015年6月17日の広島高裁松江支部判決ともに島根大が勝訴、患者側は上告したものの、2016年4月28日、最高裁が上告を棄却、高裁判決が確定した。
 事故から上告棄却まで10年近くにわたり、精神的、金銭的負担を一番強いられたのは、患者側だ。さらに、それだけでなく、緊急帝王切開手術を担当した島根大の産婦人科医たちも、事故対応に翻弄された。そのきっかけとなったのは、島根大病院が設置した「医療事故調査委員会」の報告書。本事件は、民事裁判に発展したからこそ、同報告書や産婦人科医らの陳述書をはじめ、各種資料は裁判所で閲覧でき、事の詳細が明るみになった。補償交渉が成立していれば、報告書の内容はそのまま検証されずに終わったところだった。
(略)
 島根大の当時の産婦人科教授は、2014年3月に定年退職した宮崎康二氏。国立大学法人法は、第18条で、「国立大学法人の役員及び職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後も、同様とする」と守秘義務を課されている。
 この点を踏まえつつ、宮崎氏は、「裁判で我々には過失がないと判断されたが、お子さんに後遺症が残ったことは極めて残念なこと」と断った上で、島根大病院に対しては、「大学が、身内の善良な医師に対して、“冤罪”を作ることは決してあってはならない。大学が記者会見し、報告書を公表した時は、すごく悔しい思いをした。なぜ報告書が裁判で否定されたのか、その原因を究明し、何が問題だったかを明らかにして説明する責任が大学にはある」とコメントしている。
(略)

裁判で「事故調報告書」を否定◆患者側、大学の「不誠実な対応」を問題視(2016年10月12日医療維新)

 「2008年2月6日付書面で、被告病院に対して、損害賠償金を請求した。被告病院は、平成20年3月28日付書面において、原告ら代理人と被告病院の顧問弁護士の話し合いをしたいと述べるものの、その後も、具体的提案はなかった。(中略)これに対して、被告病院代理人は、民事調停を提案したのみであった。原告らとしては、被告病院が過失を認めていると受け止めていたことから、当初、訴訟提起までは及ばなくても示談等による早期解決ができることを望んでいたが、被告病院の回答には具体性もなく、誠意が感じられないことから、やむを得ず、今回の訴訟提起に至った」
 患者側が松江地裁に提訴したのは、2009年7月24日。その訴状には、提訴に至った理由がこう記されており、提訴に至る前に示談交渉が行われたものの、それが決裂したことが分かる。
(略)
 「医療事故調査委員会」には、学外の2人の産婦人科医が関わっている。一方、松江地裁での一審で、鑑定書を書いたのは、この2人とは別の産婦人科医だ。2009年7月24日の提訴から、2014年2月24日の一審判決まで、4年7カ月もかかったのは、鑑定をめぐり時間がかかったことが一因と見られる。原告から鑑定申出書が提出されたのは、2011年10月20日。鑑定申出を採用する決定をしたのは、2012年2月6日。鑑定人を決定したのは9月10日。鑑定書が作成されたのは、2012年12月28日だ。その後もしばらく、鑑定書に対して、追加意見、補足説明を求めるやり取りが続いた。
 「医療事故調査委員会」の報告書と、松江地裁判決と広島高裁判決は、島根大側の過失を認めたか否かで大きく異なる。その相違が生じたのは、調査委員会と鑑定に関わった産婦人科医の間で、医学的見解に相違があったことのほか、島根大側が裁判になり、報告書とは違う主張をしたことが挙げられる。
(略)

被告である大学が自分達で作成した事故調報告書は信用できないと一生懸命否定すると言う、誰が見ても何ともおかしな経過を辿った裁判だと言えますが、自分達の行った事故調の調査内容がいい加減であったと言っているようなものですし、これはさすがに原告ならずとも「極めて特異な事件」と言いたくもなるだろうと思いますね。
一連の記事を見る限り何故裁判の経過で事故調内容がひっくり返ったかは理解出来るのですが、それよりも問題となるのは何故当初の院内事故調で後日容易にひっくり返されるような報告書が作成されたのかで、特に時間経過などに食い違いがあることが後日問題視されたと言いますが、それ以前に調査委員会自体も3回開催されたのみで担当医が5分ほど、講座の教授も15分ほど簡単な聴取を受けたのみだとはどうなのかです。
特に教授が後に「一方的に質問され、それに答えたのみ」「説明しようとしても、遮られ、全く聞いてもらえませんでした」と言い、「私を陥れようとしているのではないかと勘繰りたくなるほど」と感じたくらいですから一体どんな調査委員会だったのかですが、まさしく東京女子医大事件で事故の原因を佐藤先生の初歩的な過失であると断定した院内調査報告と同様の構図と言えます。
ちなみに後に大学側の謝罪を受け入れ和解した佐藤先生は当時「報告書を基に起訴された。全国の医師には、医療事故の『内部報告書』の危険性を検討してもらいたい」とのコメントを出したそうですが、こうした事例が繰り返されると言うことを見ても正しい理解の元に運用されていない事故調なるものが、どれほどの危険をはらんでいるのかと言うことが想像出来ますね。

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コメント

恥ずかしながら転倒転落事故が対象外とは知りませんでした。
でも高齢者が誤嚥で窒息は届け出いるんですよね?
筋力落ちてた徘徊患者が転んだ場合も届け出はいらない?

投稿: ぽん太 | 2016年10月19日 (水) 08時40分

裁判にでもならなきゃ医者は反省しない
せめて医師免許取り上げりゃいいのに

投稿: | 2016年10月19日 (水) 11時09分

講演等をみても演者によって何を届け出るべきか意見の違いがあるようで、今のところ制度上はあえて解釈に幅を持たせているように感じられます。

投稿: 管理人nobu | 2016年10月19日 (水) 13時23分

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