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2016年9月28日 (水)

久しぶりに見たと言う懐かしさあふれる記事

昨今すっかり少なくなった系統の話なのですが、先日こんな記事が話題になっていました。

「医者がサボってんじゃねーよ」→寝落ちもするわ! 36時間シフトなどの激務に同情の声も…(2016年9月25日grape)

メキシコ在住のブロガーが、ある日「職場で疲れ切って寝ている研修医」の写真と共に、こんな文章を公開しました。

「医者が激務だということは分かっているが、きちんと職務を果たしてもらいたいものだ」
「医者を必要としている患者はたくさんいるのだから」

午前3時」という注釈が付けられた投稿。ブロガーとしては「医者は裕福なのだから研修医が激務をこなすのは当然」という意図があったようです。
しかし、「研修医の36時間シフト」なども存在するメキシコでは、この考えは受け入れてもらえなかったようです…

このブログの存在を知ったメキシコ人医師のカルロスさんは、こんなハッシュタグを作り、Twitterに投稿しました。

#YoTambienMeDormi(私も寝落ちした)

そして、医師が置かれている現状をこうツイートしました。

「私も通常シフトの間に、2・3人、いや4人の患者の手術を執刀して、終わった瞬間、寝落ちしたことがあるよ」

この投稿は多くの共感を呼びます。「私も寝落ちしたことあるよ」という医師たちが写真と共に、医師の厳しい現状を公にしたのです。
また、こういったツイートに対し、医師以外の人からもさまざまな意見が寄せられました。

    医師が悪いんじゃない。労働環境そのものの問題
    ヨーロッパでは研修医の労働時間に上限が設けられた。中南米でも取り入れるべき
    さまざまなものを犠牲にして奮闘する医師に敬意を表するよ
    36時間シフト!?とても真似できない…

36時間、不眠不休で患者のケアをする若き医師たち。週に80時間以上も働くことだってザラにあると言います(1週間は168時間)。
そんな疲れ切った状況でも、万が一ミスがあれば、それが命を危険にさらすことになるだけに決して気を緩めることはできません。

「どんなに劣悪な環境下にあっても、『患者の命を救う』という使命を忘れたことはない」

そうコメントする医師たちの投稿を見ていると、彼らのプライドを感じます。
もちろん、中には怠惰な医師もいるでしょう。「病院内で写真を撮ること自体が問題だ」という指摘もありました。
しかし、激務を言い訳にせず、高い志を持って、患者と真摯に向き合っている医師も大勢いるはず。そんな彼らを「疲れ切って寝落ちしてしまった瞬間だけを切り取った写真」で批判することなどできるのでしょうか。

日本ではなくメキシコでの話だと言うのですが、記事に取り上げられている写真を見る限りでは正直サボっているような状況にはとても見えないものばかりで、むしろ昨今の日本では研修医の権利が保護された結果こうした光景は減っているかも知れませんね(その一方でレジデントクラスが苦労しているだけと言う話もありますが)。
一連の経緯を見ればまさに十数年前に日本で起きた光景そのものなので、日本でも一昔前まではいわゆる医療バッシング記事が割合に見かけられたものですが、昨今では逆に医療は大変だ、苦労しているのだと報じた方が売れるのだそうです。
それだけ世間の見る目もずいぶんと変わってきているのではないかとも感じる一方で、報道の流行も一周回ってきたと言うことなのか何やら懐かしさすら覚えるこんな記事が出てきていましたが、ニュアンスとしてはかなり変わってきている印象もあります。

スパゲティ症候群 医療行為が引き起こす「最悪な死に方」(2016年9月25日NEWSポストセブン)

「がん」「脳卒中」「心疾患」などによる死の中には、苦しみや痛みを伴うものもあれば、比較的「ポックリ」と死ねるものも存在する。一方で、様々な「死に方」の中で、どれが一番辛いかを見極めるのは難しい。
 脳神経外科が専門の眞鍋雄太・横浜新都市脳神経外科病院内科認知症診断センター部長は重度のアルツハイマー型認知症患者が直面する深刻な現実を解説する。

「ある老人ホームで私が主治医を務めた元大学教授が重度のアルツハイマー型認知症でした。英字新聞を読むのが習慣の方だったのですが、理解できなくて癇癪を起こすようになった。
 失禁すると便の付いた下着を部屋の箪笥に隠す。症状が進行してかつての聡明さは消えても、プライドは残っているのでとても辛そうでした。最期は体力が衰えて、身動きもとれぬまま誤嚥性肺炎で亡くなりました」
 患者本人にとっても、看護する家族にとっても負担は大きい。

 具体的な疾患ではなく、医療行為が引き起こす「最悪な死に方」を挙げる医師もいた。国際全人医療研究所理事長の永田勝太郎医師(心療内科)が挙げたスパゲティ症候群だ。
「事故や脳梗塞などで脳機能が損なわれて朦朧とした患者を管だらけにして栄養を送り込めば、生きられても人間らしさは奪われる。自分の意思と関係なく医療を行なわれ、ある日突然管を外され死に至る。最悪だと考えます」

 帯津三敬病院名誉院長の帯津良一医師(外科)は、抗がん剤の副作用に苦しめられるのが最も不幸だと話す。
「忘れられない患者に50代の高校教師がいました。溌剌として生徒の信頼も厚い方でしたが、抗がん剤の副作用で髪は抜け落ち、皮膚はカサカサ、食欲も落ちて生気を失っていました
 見舞いに来た生徒たちも言葉を失くすほど痩せ細った状態を経て多臓器不全で亡くなられました。抗がん剤も外科手術もその処置によってもう一度社会に戻してあげられるなら必要ですが、ただ単に命を長らえるだけならかえって残酷です」

記事中にも最悪の死に方の一例として出てくるスパゲッティ症候群なる言葉、特に注釈もなく使用されていますけれども、昨今ではあまり見かけないだけに何のことやら意味が判らないと言う人も多いのではないかと思うのですが、点滴や各種コードが多数取り付けられた様子を示す言葉として往時は流行した言葉で、実際の医療現場ではあまり聞かないマスコミ専用の医学用語の一つと言えそうですね。
こんな言葉が使われていたのはすでに20年以上も昔の話ではなかったかと思うのですが、当時は医療バッシングの一環としてこうした言葉が盛んに週刊誌等も登場したもので、まあ適切なモニタリングを行わないで患者が急変なりすればそれこそマスコミから総バッシングされるのですから、防衛医療的には必要な局面もあったかとは思います。
ただ時代も変わってこうした行為を行う対象も相応に選別すべきだと言う考え方が広まってきたとは言えそうですが、結果的にあまり見目麗しくない亡くなり方と言うものが存在するのは事実だとしれも、それを始めた段階で結果を予見するのは困難なことも多く、ひとたび始めてしまった医療行為を途中で止めると言うのは始める以上に勇気が要るもので、誰がそれを決めるのかが問題です。
文字通り何もせず看取るだけの末期高齢者なども当たり前のようにモニターのケーブルなどはつながっているものですが、看取るに当たって最低限これは必要だろうと言う閾値をどこまで引き下げることが出来るかについては、医療を行う側よりも社会の側の認識変化が必要であるようには感じます。

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コメント

メキシコってのが意外すぎますね…。いやメキシコを蔑視するつもりはありませんがでもメキシコだじぇええええええ???

投稿: 10年前にドロッポしました。 | 2016年9月28日 (水) 11時36分

平均的なメキシコの医療環境は存じ上げないのですが、メキシコは医師数もさることながら看護師数が非常に少ないようですし、お国柄的に外傷なども多く忙しいのかも知れませんね。
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/1930.html

投稿: 管理人nobu | 2016年9月28日 (水) 12時46分

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