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2016年6月 2日 (木)

新しい肺炎ガイドラインに無治療の選択肢が登場?

何をするにもガイドライン第一と言う時代で、ガイドラインに外れたことをするからにはそれ相応の理由がなければ後日突っ込まれる覚悟をしなければなりませんが、国民の多くが経験する一般的な疾患である肺炎のガイドライン改定作業において注目すべき内容が含まれそうだと報じられています。

高齢者肺炎を「治療しない」選択肢に踏み込む(2016年5月31日日経メディカル)

 日本呼吸器学会の成人肺炎診療ガイドラインの改訂、統合作業が進んでいる。肺炎診療のガイドラインは、これまで成人市中肺炎(CAP:community acquired pneumonia)、成人院内肺炎(HAP:hospital acquired pneumonia)、そして医療・介護関連肺炎(NHCAP:nursing and healthcare associated pneumonia)と、患者の居場所や患者背景に応じて分類した3つの肺炎診療ガイドラインが作られてきたが、今改訂では3つのガイドラインをまとめて1つのガイドラインを作成する。今年夏頃にパブリックコメントを求め、秋頃には発行する予定だ。
 ガイドライン作成委員長である河野茂氏(長崎大学理事・副学長)は、「パブコメで批判を受ける可能性もあるが、多くの医療機関で対応に苦慮している肺炎について、一歩、踏み込んだ内容を提示したいと考えた」と新ガイドラインのポイントを語る。

 肺炎の診療ガイドラインは、健康な人が罹患する肺炎であるCAPが2000年、入院して48時間以降に罹患する肺炎であるHAPが2002年に作成された。2005年、2008年の改訂を経て、それぞれで重症度分類に応じた治療内容を推奨してきた。
 その後、CAPとHAPの狭間にいる、介護施設入所者や入退院を繰り返す患者、透析などで頻回に通院治療を受ける患者に発症する、耐性菌を原因菌とする肺炎としてHCAP(healthcare associated pneumonia)という概念が米国から発信された。折しも、国内でも同様の背景を持つ患者で、耐性菌性肺炎に加えて誤嚥性肺炎を中心とした肺炎が問題化しており、日本流にアレンジしたNHCAPという概念を確立し、日本呼吸器学会が診療ガイドラインを2011年に作成している(表1参照)。
(略)
 今回のガイドラインで最大の特徴となるのが、HAP/NHCAPだった場合に、患者の状態が「終末期あるいは老衰」かどうかを評価する点だ(図2赤枠部)。フローチャートで終末期や老衰という判断基準を盛り込むのは、今回のガイドラインが初めてとなる。
 そして、「終末期あるいは老衰」と判断された場合、「個人の意思尊重、QOL優先」という考え方に基づいて治療を考えることを推奨する。さらに、終末期や老衰の状態でなくても、次は高齢者に特徴的な誤嚥性肺炎のリスクを評価することになっている。耐性菌リスクの有無、重症度判定はその後というアルゴリズムだ。原因菌や重症度評価よりも先に患者背景を考慮することを推奨する形となっている。
 2011年のNHCAP診療ガイドラインでも、治療方針を考える際、まず患者背景を考慮することの重要性が示されていたが、新ガイドラインでは「さらに一歩踏み込んだ表現」(河野氏)とした。

 患者背景を最初に評価するアルゴリズムになったのは、「寝たきりやサルコペニアがある高齢肺炎患者の場合、適切な抗菌薬治療が必ずしも生命予後を改善するとは限らないからだ」と、ガイドライン作成委員の1人である大分大学理事・副学長で呼吸器・感染症内科学講座教授の門田淳一氏は言う。こうした患者では、抗菌薬治療を行うと一時的に改善する場合もあるが、誤嚥などをきっかけに繰り返し肺炎に罹患し、再入院しやすい。入院するたびに抗菌薬治療を行っていれば耐性菌も出現しやすくなる。短期的な改善は得られるが、「30日後から1年後といった生命予後に影響する因子としては、抗菌薬治療よりも低アルブミン血症などの栄養状態や寝たきりといった宿主因子の影響の方が大きい」と門田氏は指摘する。
 さらに、米国からの報告ではあるが、高度認知症がある施設入所者で肺炎を発症した患者を対象とした観察研究では、抗菌薬治療を行わない群は治療を行った群に比べて生命予後は低下していた。しかし、90日以内に死亡しなかった患者群でQOLを評価した結果、抗菌薬治療を行わなかった患者のQOLが最も高く、積極的な治療を行うほど有意にQOLが低下していくことが示された(Givens, et al. Arch Intern med. 170(13);1102-7:2010)。「我々の研究でも、NHCAPにおける耐性菌リスクがある群において、広域抗菌薬と狭域抗菌薬を比べた場合、広域抗菌薬の方が30日後の予後が悪い傾向にあった。積極的な治療がむしろ患者の状態やQOLを低下させるという面もある」(門田氏)。

終末期あるいは老衰の肺炎患者にはどんな治療を提供する?

 終末期の肺炎患者に対し、個人や家族の意思尊重やQOL優先を考えるというコンセプトを打ち出すとして、それぞれの現場では具体的にどうすれば良いのだろうか。
 河野氏は、「治療が患者にメリットをもたらさない、あるいはむしろ害になるというならば、差し控えるという選択肢を常に想定するように考えを変えていくこと」と指摘する。門田氏も、「欧米では、誤嚥性肺炎は肺炎ではなく、加齢の結果だという考えもあり、リビングウィルに『抗菌薬治療を受けない』という選択肢を加えているところもある」と紹介する。
(略)
 2007年に厚生労働省は、「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」(2015年に改訂)を作成し、終末期の医療の提供のあり方に方向性を示している。さらに2014年には日本老年医学会も、人工的水分・栄養補給の導入を中心としているものの、「高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン」を発表。「本人の予後を見通して、全体として延命がQOL保持と両立しない場合には、医学的介入は延命ではなくQOLを優先する」(同ガイドラインより)など、終末期の医療提供のあり方をまとめている。
 「こうした先行するガイドラインを参考・引用していくことになるだろう。肺炎による一時的な苦痛を除去するための抗菌薬投与などは主治医や個人・家族の意思を尊重した上で推奨することになるだろうが、抗菌薬投与が30日、90日、1年後の予後を必ずしも改善するわけではないといった但し書きも加えていくことになるのではないか」と門田氏はいう。
 終末期や老衰に定まった定義がない現時点では、どんな状態の患者に「個人の意思尊重、QOL優先」に基づいた医療を提供するかをガイドラインで明示することは難しい。ただし河野氏は、「一歩踏み込んでいかないと、患者や家族のためにならないし、医療現場も疲弊する。難しいテーマではあるが、ガイドラインに一定の記述を盛り込んでいくことで、基準の確立に向けた診療経験のデータが蓄積していくことを期待している」と語る。
 肺炎は高齢者の死亡原因の第3位で、寝たきりやサルコペニアに伴う誤嚥性肺炎を中心とした高齢者肺炎はさらに増えていくと考えられ、家族や医療現場への負担もさらに増すことが懸念されている。肺炎診療ガイドラインが一歩踏み込んだ方針を示すことで、より具体的な終末期医療のあり方を模索する手がかりになると言えそうだ。

医師個人や患者・家族によって色々と考え方もあるのだろうし、実際に両者の阿吽の呼吸で終末期医療として敢えて何もしないと言う選択肢もあり得るのでしょうが、やはり標準的な医療とはこういうものだとガイドラインで示されている以上はそれに従わないことに一定の緊張は伴うものですし、場合によっては患者や家族からは大いに感謝されても社会的に批判を受け、司法の場で責任を追及されることもあり得るでしょう。
その意味ではガイドラインに何がどう書かれているかと言うことは非常に重要であって、何しろ司法の場においてはこうしたガイドラインを重視する傾向が非常に強いわけですから、例え医学的には妥当な内容であったとしても実臨床のあり方と適合せず、現場の選択肢を狭めるような内容であっては歓迎されないと言うこともあるでしょうね。
この点で日本人の死因の第3位、高齢者に関して言えば第1位を占めるほど一般的な病気である肺炎ガイドラインの責任は非常に重大であって、これこれの肺炎に対してはこうしなさいと明示されているほどそうせざるを得なくなるだろうし、場合によっては本人や家族の意に反した濃厚医療の原因ともなりかねないと言うことです。

ただここでどの程度まで踏み込んで書くべきかも悩ましいところで、超高齢者に対しては積極的医療を行わないと言う流れがデフォルトになってもらっては困ると言う意見も当然あるはずですが、もちろん本人、家族の意に反して積極的治療を行わないと言うことはあり得ない話だとは思います。
一方でこうした場合家族もなかなか決められず「先生にお任せします」となりがちなケースでもありますが、その場合にガイドラインではこれこれの記載がありますと言うひと言でもかなり意志決定の役には立ちそうですが、こうした記載自体が患者や家族の自由意志を歪め一定方向に誘導するものであると言う反論は出てくるかも知れませんね。
とは言えガイドラインと言うものはあくまでも医療現場のために書かれたものであって、現場臨床医の行動指針になるにせよそこに医療費がどうだとか言った医療経済的背景はあまり含まれなかったものですが、今後は社会的要請もあってガイドラインと言えどコストパフォーマンス等にも配慮をした内容に改訂されるべきだと言う考えもあって、今後各種ガイドラインが改定されていく中でどの程度変質していくものか興味深く見守りたいところです。

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コメント

これまで、このような終末期のガイドラインは、日本救急医学会、日本集中治療医学会、日本循環器学会といった、急性期疾患を管轄する学会から出されてています。
逆に、緩和ケアなどではQOLによって選択するのが当たり前なので、"治療の差し控え"に関するガイドラインがありません(輸液はありますが)。

少し古い考えの病院だと「急性期病院に入院したのでフルコースは当たり前、患者もわかってるはずだ」といった思考停止がまだまだ多い現状を考えると、このように急性期疾患を扱う現場ほど、理想と現実の間で悩んでいるため、一定のガイドラインが求められるのだと思います。

日本社会が、治療の差し控えや命の限界の「国民的議論」を歓迎する風潮に乏しい以上、医療側から一石を投じるのは意義のあることだと思います。ただ、医療側からも思考停止の方々からパブコメがたくさん来そうです

某医療掲示板でも、胃瘻によって長期生存している!と強い論調で差し控えを批判する投稿もあります。大事なのは、差し控えるか/差し控えないかではなく、それを患者ー家族ー医療者で話し合うことだと思いますが、どうしても「ガイドラインによる結論」がすべてのように受け取られてしまいがちなので...。

投稿: おちゃ | 2016年6月 2日 (木) 08時54分

ガイドラインがある以上はそれに縛られるとこってありますからね。
現場の実情にあった選択もちゃんとできるようなものがいいんでしょうけど。

投稿: ぽん太 | 2016年6月 2日 (木) 09時21分

もうからなくなったら切り捨てってことですねわかります

投稿: | 2016年6月 2日 (木) 10時14分

とは言えあまりに拘束なく自由度が高すぎても何の為のガイドラインかと言われかねないので、さじ加減が難しいところなのでしょう。

投稿: 管理人nobu | 2016年6月 2日 (木) 11時34分

>もうからなくなったら切り捨て
主語をうやむやにしたままで済ませられる、というのは日本語の悪しき特徴ですな。
この場合主語は「国が」とか「日本の社会が」といったところが相応しいかと。

投稿: JSJ | 2016年6月 2日 (木) 16時45分

永遠に価値が変わらない事象というものは
当然ながらこの世には存在しないモノでして。
人口減少社会 + 高齢化社会によって
高齢者の占める割合が増えれば その命の価値さえも
デフレを起こさざるを得ないのは
残念ながら避けられないと言わざるを得ません。
つまり切り捨てる云々なんておセンチな話ではなく、
コストを掛ける必然性が無くなりつつあるって話でしょう。
まあ現段階でグリーンソイレントの世界に
なっていないだけでも結構だと思っているのですが。

投稿: | 2016年6月 3日 (金) 07時35分

>2016年6月 2日 (木) 10時14分
>2016年6月 3日 (金) 07時35分
誰かの真似をして長い文章を書いていてみても
根性は すけてみえてますな。
切り捨てと感じるの感性は 「おセンチ」だ とか 
老人にコストをかける必然性 とか 
過剰になれば もうないよ、とか 
言わずにおれないのが、お前さんの性根からくる妄想的願望。

ソイレントグリーンね。
食いたくないの? 食われたくないの?
とっくの昔に、食いつ、食われつになってるんだが。 

投稿: memento mori | 2016年6月 3日 (金) 12時13分

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