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2016年6月30日 (木)

医療における費用対効果、意外にも?導入を求める声高まる

先日6月25日に日医の会長選があったそうですが、その直後の臨時代議員会でこんなやりとりがあったそうです。

高額医薬品の薬価、「中医協の判断機能、飛躍的に強化」第128回日医代議員会、中川副会長(2016年6月27日医療維新)

 6月26日の第138回日本医師会臨時代議員会で、副会長の中川俊男氏は、年間売上が1000億円を超すような高額医薬品の医療保険財政への影響を懸念、中央社会保険医療協議会の判断機能を飛躍的に強化し、薬事承認から薬価基準収載までの期間や、効能追加した医薬品の薬価の在り方など、薬価基準収載ルールの見直しをするよう、厚生労働省に働きかけていく方針を表明した。併せて適正使用ガイドラインなどを整備し、「高い専門性を持った医師が適切な処方をすることが不可欠」と述べ、医薬品を使用する医師の側への対応も求められるとした。
 さらに中川副会長は、高額医薬品はひとくくりにはできず、重篤な疾患の治癒を目指す薬、延命効果を期待する薬、生活習慣病治療薬などに分けられるとし、薬の種類や目的によって今後の対応方針を検討する必要性も強調した。

 高額医薬品について代表質問したのは、岡山県代議員の石川紘氏。石川氏は、中川氏が4月13日の中央社会保険医療協議会で、(1)薬事承認においても医療経済的な視点からの審査を導入すべき、(2)事実上の薬事承認=保険収載となっている構図を見直すべき――の2点を問題提起したことなどに触れ、「医は仁術なり」から「医は高額医薬品なり」の風潮にシフトしつつあるとの懸念から、日医の対応を質した(『高額新薬「適応拡大なら期中改定も」、日医・中川副会長』を参照)。
 関連質問が相次いだほか、個人質問でも「持続可能な国民皆保険を安定的に維持するための対策は待ったなし」(埼玉県代議員の廣澤信作氏)と提起されるなど、高額医薬品の問題は、臨時代議員会の中でも関心の高いテーマだった。
 「薬価を下げるのか、薬の適応を絞るのか、あるいは保険の適用外とするのか」と選択肢を挙げて尋ねたのが、 関連質問した栃木県代議員の小沼一郎氏。
 中川副会長は、以下のように回答した。「薬価を下げることはもちろん、医薬品によっては適応も絞るべきだと考えているが、医薬品を保険外にすることは考えていない。保険財政を揺るがす可能性は十分にあるが、保険財政を立て直す手段はまだまだある。公費を増やし、保険料率を公平化するなどの手段で兆円単位の財源が確保できる。これらをやり尽くしても財政がもたないという時に、初めて保険外という可能性がある。まだ打つ手がある段階で、日医としては薬を保険外にすることは全く考えていない」。
(略)
 さらに中川副会長は、医薬品のイノベーションを評価しつつ、費用対効果評価等も取り入れ、医療保険財政の持続性を担保できる合理的なルールを作って行く必要があるとした。
 高額医薬品をひとくくりにするのではなく、薬の種類や目的によって分類すべきとの考えも示した。例えば、ソバルディ錠やハーボニー配合錠など、重篤な疾患の治癒を目指す薬については、従来の治療による生涯医療費との比較を含めて議論すべきとし、オプジーボのように延命効果を期待する薬は、終末期医療のあり方も含め国民とともに丁寧な議論を行うことが必要だとした。また高コレステロール血症治療薬「レパーサ」のような生活習慣病治療薬は、従来の医薬品では対応できない範囲に限定すべきといった議論を詳細に尽くすべきと主張。
 高額医薬品をめぐっては、「保険財政的に混合診療も議論の俎上に上がるかもしれない」とも指摘。しかし、「有効性・安全性が認められた医薬品が、必要な患者に保険診療として提供されることを最大限に求めて続けていかなければいけない」と強調し、混合診療を拡大するような方向に議論を誘導すべきではないとした。
(略)
 京都府代議員の安達秀樹氏は、高額医薬品は非常に大きな問題であることから、「費用対効果評価の議論を中医協の一分科会としてやってくのは限界ではないか。もう少し大きな国家的組織として対応していくべきではないか」と提案。
 中川副会長は、「今すぐできることから着手したいと考えている」と回答。薬事承認の際に、市場規模や医療経済性の議論は全くなく、薬についての評価だけで薬事承認する仕組みをすぐ見直すことを要求しているとし、「それは本来のやり方ではないかもしれないが、そこまで追い詰められている。レパーサ(エボロクマブ)が、家族性高コレステロール血症以外にも認められたのは、薬事承認の時点で経済性の議論がなかったからではないか」と問題視した。

医療財政上の逼迫度が増している中で薬価だけは天井知らずで値上がりしていく状況にあるわけですから、いずれ薬剤費高騰によって他のどんな節約手段を用いても医療費増大による財政破綻が避けられないと言う可能性もありそうですが、医療財政と言う観点からすると末尾の薬事承認の制度上の問題に関する指摘はなかなか重要だと思いますね。
特に高価だが既存薬よりも有効性が高いと言う新薬をどう使うべきかと言う点は非常に議論が求められるところで、もともと医師の中には従来の院内処方時代からの習慣か製薬メーカーとの関係性からなのか、とりあえず新薬が出れば処方しないではいられないタイプの方々が一定数いらっしゃるようで、従来薬で何ら不都合がないにも関わらず高い新薬に切り替えていくと言うケースがまま見られます。
今回注目すべきなのは慢性疾患の治療薬も対象に挙げられていること、そして単に単価が高いと言うのではなく年間売り上げに基づく規制に言及していることですが、この点で高血圧治療なども安いACEIでは駄目で高いARBでなければいけないのか、等々とコスパ検証を始めると思わぬパンドラの箱を空けかねません。
そもそも費用対効果と言われても同じ効果効能の類薬の中での比較はともかく、人の命の延命効果をどの程度の金銭で評価すべきなのか、いわゆる健康寿命延長効果についてはどうなのか等々難しい課題もありますが、逆にお金をかけて最先端の医療をしなければ健康を維持改善出来ないのかと言えば、必ずしもそうでもなさそうだと言う実例もあるようです。

破綻10年夕張市、医療縮小の先にあった「果実」(2016年6月23日日経ビジネス)

 赤字が続く日本の国家財政。その最大の原因は、少子高齢化に伴って年々増え続ける社会保障費だ。中でも我々の生活に直接的に影響するのが医療。国民医療費は年間40兆円を超える
 安倍晋三首相は、社会保障目的税である消費税の税率10%引き上げを先送りすることを決めた。景気動向とのバランスを考えた苦渋の判断だが、財政健全化が遠のいたことは間違いない。国家財政が危機に直面する時、医療サービスに何が起きるのだろうか
 その時の姿を知る、手がかりがある。10年前の2007年に事実上、財政破綻して医療体制の大幅な縮小を迫られた夕張市だ。2009年から2013年まで4年間、同市で医療の現場を支えた夕張市立診療所前所長の森田洋之氏(南日本ヘルスリサーチラボ代表)に話を聞いた。

 2007年、市内唯一の総合病院だった夕張市立総合病院(171床)は19床に縮小。夕張市立診療所となった。市内には救急病院がなくなり、人工透析もできなくなった。CT(コンピューター断層撮影装置)やMRI(磁気共鳴画像装置)もない。2006年に38.7分だった救急車の病院到着時間は、2010年は67.2分へとほぼ倍増した。
 それが、破綻後の夕張市の状況だ。医療体制が万全でなくなったという事実が、住民の日常生活において大きな不安やストレスを与えたのは間違いない。
 だが、データからは、別の側面が浮かび上がる。「人口や年齢などの違いを排除して計算するSMR(標準化死亡比)はほぼ横ばい。死因として増えたのは、老衰だった」(森田氏)。それでいて2001~2006年に年間81万1000円だった高齢者一人当たりの診療費は、2007~2012年には76万9000円に減ったという。

医療体制が大幅に縮小し、診療費も減った。それでも、健康面での被害は確認できない。なぜ、このようなことが起きたのだろうか。
 夕張市では、定期的に医師や看護師が患者宅に赴く「訪問診療」や「訪問看護」が増えた。森田氏は「医師と患者が普段から接触を持つことで、健康状態や価値観を理解して適切な治療を選択できるようになった。それが結果的に医療費削減につながった」と振り返る。
(略)
 一回当たり4万円以上の費用がかかるとされる、救急車の出動も破綻前の半分になった。患者が普段往診に来る医師にまず連絡し、必要と判断すれば医師の方が自宅に出向くようになったからだ。
 重要なことは、住民の健康意識そのものが高まったこと。医療体制が万全でなければ、住民が常に「いざ」という時の場合を意識したり、そもそも病気にならないように気をつけたりするのが自然だ。普段、健康に気をつかわず生活し、病気になったら病院へ行けば良いという「医療機関への健康丸投げをやめた」(森田氏)わけだ。

 市民と医療関係者の努力で健康被害を抑制し、医療費も減らせた夕張市。日本の医療体制の、非効率的な部分をあぶり出すヒントが含まれている。
 夕張市の場合は周辺自治体が破綻しておらず、急性期治療については札幌市など近隣市の病院に頼ることができた。もしも、何の準備も無しに国家の財政そのものが危機に陥って全国で医療体制の縮小を迫られることになれば、過酷な現実が待ち受けるだろう。それを座して待ち、子どもや孫の世代にツケを支払ってもらおうというのは、不作為の罪と言わざるをえない。
 医療制度のムダをなくし、国の財政規律が緩まぬよう厳しくチェックすべきなのは当然だ。だが、我々にも自分を律し、医療機関への「健康丸投げ」をやめるという意識改革が求められている。

お金がないならないで案外健康とは努力で何とかなる部分もあると単純に言い切ってしまえるものかと言えば今後長期的にどうなのかと言う検証は必要ですし、人の生涯においてどこにどれだけお金を使うと言う使途自体が他地域と異なってくるようなら興味深いことだと思いますけれども、注目したいのは医療供給体制の変化が医療需要の変化を呼び、結果として医療費も安くすんだと言うことでしょうか。
終末期の高齢者などは特にそうした傾向がありますが、身近にすぐに駆け込める救急病院があればとりあえず何かあれば気軽に救急車を呼んでしまうものですが、それがなくなれば場合によっては往診を受けながら在宅看取りを希望する場合もあるでしょうし、普段からそうした考え方を念頭に近所のかかりつけとの連携を図っておこうと言う意識も出てくるのでしょう。
もちろん夕張のケースは近隣に必要とあれば駆け込める後背地があればこそですが、医療にコストパフォーマンスと言う指標を持ち込むとなると今まで当たり前に行われてきたやり方とかなり異なったものが最適解として導き出されてくる可能性があって、その場合コスパが悪いから多少のパフォーマンスの絶対値低下は甘受すべきなのかどうか、いずれどこかで議論になる可能性は高そうですね。

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コメント

学会のガイドラインとセットでやらないと現場が苦労しますよこれ。
高い薬は保険外にして希望者は自費でやるんだったらともかく。

投稿: ぽん太 | 2016年6月30日 (木) 09時17分

一部自費負担の問題は、新たな治療法に対する保険適応が認められなくなったりとか、皆保険が助かっても高額療養制度が破綻するんじゃないかとか、いろんな問題があって難しいところですよね。

ところで日本共産党によると、日本の医療の窓口負担は欧州諸国に比べ高すぎるそうで、これをもっと引き下げるそうです。一体どうやるのですかね。

投稿: ふぉれすと | 2016年6月30日 (木) 11時19分

そりゃ人殺しのためのお金を削るんでしょうよw

投稿: | 2016年6月30日 (木) 11時40分

窓口負担以外で受診をコントロール出来ない制度上の問題もあるので、負担を引き下げるならフリーアクセスを制限する何らかの対策も必要になるかと思いますが、日医はいい顔をしないでしょうね。

投稿: 管理人nobu | 2016年6月30日 (木) 12時03分

ふぉれすとさんは(無名氏も) 共産党に絡めれば正論でも捻じ曲げられる って手合いかな。

高価な新薬とその安易な適応拡大を、ほいほいと認可する(メーカーのための)厚労省。(医師会も懸念している)

ゾロが出そろって安値安定する前から、患者に良い顔をしたくて新薬を使いまくる(患者思い)のお医者様

貴方はどちら? 意識を変えてくださいな。

共産党に絡めてまで現状維持をしたいのは、上記のどちらでもなく
途方もなく馬鹿な患者、ということもありうるな。離脱派のような。  

投稿: memento mori | 2016年6月30日 (木) 13時17分

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