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2016年6月 7日 (火)

高齢者をどこでどう看取るべきか

最近は終活と言う言葉もあるように人生の最後にどう始末をつけるかと言うことが話題になる時代で、それはそれで後々の面倒がなくなっていい傾向なのだとは思うのですが、その一方でこういう少しばかりもの悲しい現実も差し迫ってきているようです。

「看取り難民」将来47万人・・・ 人生の最期は(2016年5月23日TBSニュース)

 深刻な高齢化の中、人生最期の時を誰にも看取ってもらえない“看取り難民”の急増が問題となっています。将来的には47万人にものぼるというこうした事態に、“看取り士”という新たな資格が誕生しています。
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 深刻化する超高齢化社会で、病院や介護施設は既に満杯状態。しかし、自宅で最期を迎えようにも、1人暮らしのお年寄りも多く、孤独死となってしまうおそれがあります。2025年にはこうした看取り難民が47万人にもなるという試算があり、にわかに看取り士が注目されているのです。
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 看取り士の資格を持つ西本さんは、最期の時を迎えるよりも前から本人と家族との関係を深める終活支援をしています。その一つがこのエンディングノートです。
 「どうせ死ぬなら延命しない」(佐藤けさこさん)
 「延命処置はしない。これだね」(けさこさんの娘 山本美紀子さん)
 いざ最期の時を迎えても家族が戸惑うことがないよう、事前の話し合いの仲立ちをしています。
 「西本さんが来てくださるようになってから、具体的に終活っていうか、自分の最期をどうするか話せるようになった。何となくスムーズにはいっていけたかな」(けさこさんの娘 山本美紀子さん)

 看取り士の仕事に加え、幅広い範囲で役割をこなし、自らを看取りヘルパーと名乗る西本さんは、実は20代で起業した葬儀会社の社長でもあります。
 「亡くなる前まで顔も見たことがない方の依頼で我々がいって、なかなか信用してもらえなかった。亡くなる前の接点をもつことに注力しなければいけない」(看取りヘルパー 西本淳弥さん)
 葬儀会社であるからこその利点を生かし、自分らしい葬儀のあり方や相続の相談まで応じることで、より深い信頼関係を築き、充実した看取りの時を迎えることができるといいます。
 「終活の部分まで安心して話を聞いてもらえるという部分は他にない試み。実際相談して安心できたという声もかなりきいている」(看取りヘルパー 西本淳弥さん)
 超高齢化により看取り難民の増大が予想される日本。看取り士の活躍で事態の打開につながるのでしょうか。

看取り士と言う資格があるとは失礼ながら始めて聞いたのですが、これは公的資格ではなく一般社団法人「日本看取り士会」が独自に認定しているものだそうで、22.2万円の受講料を払い同会主催の4泊5日の合宿に参加すれば誰でも取得出来、同会経由での依頼に応じて看取り士として派遣される資格が得られるのだそうで、話を聞く限りではなかなかに微妙な感じもする資格ですよね。
実際にはこれで食べていけるほどの社会的認知度もないようで、看護師や介護職が資格を取得した上で本業の合間にやっていると言うのが実情なのだそうですが、それはさておきこの看取り問題、高齢化もさることながら少子化を通り越して未婚者がこれだけ増えてくると、将来的に高齢者の多くが誰も親族が存在しないまま孤独に亡くなっていくことになると懸念されているようです。
もちろんその場合の後始末をどうつけるか等々様々な問題点の存在もさることながら、これだけ身内もいない老人が増えてくれば当然国が推進しようとする病院、施設から自宅へと言う流れも実現可能性が危ぶまれると言うことにもなりかねませんが、その制度的後押しとして以前から言われながら延び延びになってきたあの問題に関して先日こんな記事が出ていました。

療養病床、廃止か?延期か?いまだ意見対立(2016年6月1日医療維新)

 厚生労働省の社会保障審議会に「療養病床の在り方等に関する特別部会」が設置され、6月1日に第1回会議を開催した。部会長には、学習院大学経済学部教授の遠藤久夫氏、部会長代理には、自治医科大学学長の永井良三氏がそれぞれ選任された。介護療養病床と医療療養病床(看護人員配置が25対1のもの)は、2017年度末で設置期限を迎えるため、今後、特別部会を月1回程度開催し、今年末までに今後の対応方針について結論を得る。
 第1回会議では、主に医療を提供する立場から、設置期限を延長すべきという意見が相次いだ一方、「医療法の立法趣旨から考えれば廃止を前提に議論すべき」との意見も出るなど、根本的な部分で対立した。
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 第1回会議は、フリーディスカッションの形で展開された。医療提供側からは、設置期限の再延長を求める声、さらには予定通り療養病床を廃止する場合でも、「新たな類型」に転換できるよう経過措置を求める声が上がった。
 日本医師会常任理事の鈴木邦彦氏は、「現行制度の再延長を第一選択肢として検討すべき。なぜだめなのか、いまだに不明確。これは解決済みの話ではなく、この点を明らかにして説明して議論すべき」と求めた。「新たな類型」に転換する場合でも、2018年2月に診療報酬と介護報酬が明らかになってから経営者は判断するため、十分な経過措置を設けるよう求めた。
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 これに対し、保険財政を負担する立場から、日経連常務理事の阿部泰久氏が、「厚労省の検討会自体が、療養病床の廃止を前提に議論していた。新たな選択肢をどうするかについて議論を進めるべき。最初から設置期限の延長という議論はない」と発言。
 今後の医療提供体制を踏まえ、慶應義塾大学経済学部教授の土居丈朗氏は、「まず設置期限を延長するかどうかを議論するのではなく、高齢社会の中で、どのように療養病床を変えられるかを議論すべき。新類型について、どこまでリアリティを持たせることが可能かが重要。ゆくゆくは診療報酬と介護報酬でどう位置付けるかが課題となる」と述べ、「設置期限の延長」の議論をするのは、「思考停止」と反論。
 法的な側面から発言したのが、東京大学大学院法学政治学研究科教授の岩村正彦氏。介護療養病床の設置期限は2011年度末だったものの、転換が進まないことから延期された。介護保険法の立法趣旨から言えば、2017年度末での廃止が前提であり、現場の混乱を避けるための経過措置はあり得るものの、「再延期を前提に議論するのは、法律の枠組みから考えておかしい」と述べ、土居氏の意見を支持した。

 病床機能分化の議論とも連動

 「療養病床の在り方等に関する検討会」の「新たな類型」についての意見も出た。「医療内包型」(案1)は長期療養に対応した「施設」、「医療外付型」(案2)は、病院・診療所と「居住スペース」という類型だ。「医療内包型」はさらに、医療の必要性が高い人の受け入れを想定する「案1-1」と、容体は比較的安定した人を受け入れる「案1-2」に分かれる。
 慶應義塾大学名誉教授の田中滋氏は、「地域包括ケアの構築に向けて、住まいと医療の組み合わせという類型を作る意義は大きい」と述べ、療養病床からの転換以外にも、「新たな類型」を作ることができるようにし、地域包括ケアに生かすべきとした。低所得者対策を考える場合、「居住コスト」が支払えるかどうかが問題になるが、「住まい」という機能を切り離して明示することにより、低所得者対策も容易になるとの考えを示した。
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 土居氏は、「施設基準を設定する場合、全国一律になるが、“地域”という視点とどのようにバランスを取っていくかが重要」とコメント。地域によって、介護保険の施設、在宅サービスの整備状況は違うため、療養病床の「新たな類型」が担うべき役割も異なることが想定される。土居氏は、地域医療構想と病床機能報告制度にも言及、20対1の医療療養病床に、「新たな類型」の施設を併設するなど、「複数の病床機能を持つ病院、あるいは施設があっていい」と述べた。この発言に続いたのが日医の鈴木氏で、療養病床の在り方は、病床機能分化の進め方にも関係する問題であり、急性期病院が一部を「新たな類型」にすることは、機能分化に反するとし、議論が必要だとした。

従来の急性期から療養を経て施設へと言う高齢者医療の流れが、今後病床機能分化の進展と共にどう変わっていくのか微妙なところなのですが、いずれにしても施設に入所出来るまで無期限に療養病床に入っていると言うことも今後は次第に難しくなっていくのでしょうし、そもそも療養病床自体が減っていき廃止されるのだとすれば最終的に患者はどうしたらいいのかです。
国としても何月何日を期して全国一斉に療養病床は廃止しますと言うわけにもいかないでしょうから、政策的に誘導して次第に施設の転換を図っていくことになるのでしょうが、この場合注意すべきなのはしばしば用いられるように報酬を安く切り下げることで儲けが出ないようにして転換を誘導すると言う手法を使うと、患者側からすれば入院コストが安上がりになるだけ余計に入院希望者が増える懸念もあると言うことです。
自然消滅の形で療養病床の患者を追い出すためには、療養病床の入院コストを引き上げ患者や家族が早くここから出たいと思わせるようにすればいいはずですが、そうなりますと今度は一部施設側から収益性の高い療養病床で最後の最後まで儲けてやろうと言う動きが出るかも知れずで、なかなか難しいところですよね。

そもそも論として医療と介護を切り離した段階で、その中間に位置する療養病床と言うものが非常に便利な存在になってしまったとも言えるのですが、介護施設からいったん追い出されれば再入所が容易ではないと言う状況が続いている限り、療養病床を廃止すれば行き場のない患者がいつまでも急性期に留まることにもなりかねませんから、病院としてはいかに患者家族を説得して追い出…もとい、転出していただくかが重要になりそうですね。
こうした状況の落としどころとして記事にもあるように「新たな類型」なるものが登場してきたと言うことだとして、患者側からすれば看板を掛け替えただけじゃないかと言われかねない気もしますけれども、この場合診療も受けられる居住スペースと言う考え方になれば当然生活コストは全額自己負担して当然ですから、医療介護保険からの持ち出しはずいぶんと安上がりになる理屈ではあるのでしょう。
ただこうしたいずれの類型にしても高齢者が自主的にどこへと選べるわけではなさそうですので、地域内での公平性なども考えながら患者を最も妥当な施設に誘導する仕分け作業が大変そうですけれども、下手をすると身寄りもなく自己判断能力も失われた高齢者ほど同意が得られないからと良い施設に入れ、意に反した施設に贈られるのは「説得」される余地のある家族のいる高齢者ばかりと言うことにならないかと言う気もします。

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コメント

もう今じゃ自宅で死ぬってことがぜいたくな願いになってますね。

投稿: ぽん太 | 2016年6月 7日 (火) 08時36分

ただ、在宅の先生方にお伺いすると、在宅療養する上での一番の障害は「家族の反対」だそうで。独居者はむしろ本人の希望だけで在宅看取りに持ち込みやすく、「やっかいなのは家族だよね〜」は共通のご意見のようです。

(ただし、これは行政の思惑通りの低コストは意味しません)

投稿: おちゃ | 2016年6月 7日 (火) 08時50分

>自宅で死ぬってことがぜいたくな願い

どうしてそんなに自宅で死にたいのかいまいちわかんない・・・

投稿: | 2016年6月 7日 (火) 09時04分

在宅療養はゼイタク品ですよ。できることなら私も将来はそうしたい。
でも、一見お安くみえるのは誰かの無償労働が入っているから。
当然家族としてはやりたくないでしょう。
在宅療養を商業ベースだけで安くあげようとすると「貧困ビジネス」て叩かれちゃいますし。

投稿: JSJ | 2016年6月 7日 (火) 09時26分

元気な状態からぽっくり頓死がいいな
贅沢な在宅療養なんてしなくていいよ

投稿: | 2016年6月 7日 (火) 09時37分

家族はもちろん往診の医師や介護スタッフなど全てが自分だけのために働いているように見えるのですから、入院患者何十人のうちの一人と言う立場よりは贅沢なのではないかと言う気がします。
施設に入ることに比べて在宅療養ならコストが安上がりだと言いますが、介護に従事する家族が本来労働で得られた報酬とそれに伴う税収等も考えると、本当に安上がりなのは老老介護くらいなのかなとも思いますが。

投稿: 管理人nobu | 2016年6月 7日 (火) 10時33分

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