« いよいよ国が医師強制配置を推進する構え | トップページ | 困った患者さんへの「正しい」対処法 »

2016年5月17日 (火)

今も続く福島大野病院事件の余波

今も語り継がれる大野病院事件に関して、先日被告側を担当した弁護士がこんな講演をしたそうです。

「間違った鑑定書が冤罪を招く」◆大野病院事件、安福弁護人が警鐘(2016年5月8日医療維新)

検察が暴走したのではなく、間違った鑑定書が暴走させた

 日本臨床医学リスクマネジメント学会の4月3日のシンポジウム「県立大野病院事件を振り返る」で、「大野病院における医療事故を刑事事件にしたもの」というテーマで講演した、同事件の弁護人を務めた安福謙二弁護士はこう訴え、医療事故が刑事事件に至る要因には、警察・検察側の問題だけでなく、医療側の問題も大きいと指摘した。医療事故など専門性が高い刑事裁判は、専門家が書いた報告書や鑑定書によって大きく左右される。安福氏は、「依頼する側も問題だが、もっと大事なのはそれを引き受ける側」と述べ、医師らが専門家としての自覚を持つ重要さを説いた。

 大野病院事件、「病理医」の鑑定が左右

 安福氏は、大野病院事件の2006年2月18日の産婦人科医の逮捕当時のエピソードから講演をスタート。同20日に電話で弁護の依頼を受けたが、「全前置癒着胎盤」との言葉を口頭で聞いても、「何が『全』、『前』かが分からなかった」(安福氏)。それでも次第に「何とも言えない雰囲気を感じた。あちこちから『全国の医師が、大野病院のことで怒り狂っている』という声が聞こえてきた」と振り返る。

 大野病院事件では、2004年12月の事故後、翌2005年3月に福島県による「医療事故調査委員会報告書」が作成されていた。それが警察の捜査の端緒となったものの、裁判の証拠とはならなかった(『警察、事故報告書を機に捜査に着手』を参照)。代わりに鑑定書を引き受け、法廷で証言したのは、検察側の「産婦人科医」と「病理医」、弁護側の「産科医」と「病理医」だ。弁護側の依頼者の方が、より専門性が高く、的確な鑑定を行ったことが、業務上過失致死罪に問われた産婦人科医を無罪に導いた(『逮捕に導いた決定打は病理鑑定』を参照)。

 本事件で死亡した患者は、経産婦で、全前置癒着胎盤だった。安福氏は、特に検察側の「病理医」の病理鑑定の経験やその手法を問題視した。それが検察側の「産婦人科医」などの誤った鑑定、ひいては起訴につながったと見るからだ。これに対して、弁護側の「病理医」は、胎盤病理の第一人者だった。胎盤組織の切片を顕微鏡下で見たのは共通しているが、双方の「病理医」の違いは、組織切片作製前の胎盤そのものの撮影写真を見たかどうかだ。「癒着胎盤を剥離する際に、クーバーで胎盤を切った」のが検察の起訴事実の一つだが、胎盤の全体写真を見ればそうでないことが分かる。組織切片の病理鑑定結果も両者で食い違っていた。その上、安福氏が、言葉を「産婦人科医」と「産科医」と使い分けたように、検察側の「産婦人科医」は、全前置癒着胎盤の妊産婦の経験の乏しい医師だった。
(略)
 日本航空706便事件の名古屋高裁判決も引用(『JL706便事故の機長語る“事故調”の要諦 - 高本孝一氏に聞く』を参照)。1997年5月に起きた本事件では、香港から名古屋へのフライト中、乱気流に巻き込まれ、機体が乱高下する事故発生で重軽症者等を出し、機長が業務上過失致死罪に問われた。これらの事件の教訓として、「専門家領域の事件における被告人は、その道の専門家である。誰よりも、その事件の実情を知る専門家である。その専門家の説明に対し、真摯に聞く耳を持つことが必要である。傾聴する姿勢、リスペクトを持った聴取こそが必要である」と述べた。

 安福氏は、警察・検察には、事件の関係者の人権に配慮した刑事手続きを求めるとともに、医療者にも「医療事故調査制度は、結局は刑事手続きにつながっていることを忘れないでほしい。いくら患者側に報告書を渡さなくても、いざとなったら、事故調査報告書は家宅捜査の時に持っていかれ、検察の筋立てに使われる。そのことに留意して、調査し、報告書を作成してもらいたい」と警鐘を鳴らした。

俗に言う加古川事件なども原告側鑑定医の意見書が非常に大きな役割を果たしたと言われてきましたが、大野事件においても検察側鑑定医はあくまでも婦人科腫瘍の専門家であって周産期の専門家ではないことは当の本人ですら語っていることですから、高度な専門的判断が要求される医療訴訟で何故専門外の人間が判断に関与するのかと言う疑問は感じるところです。
この点に関してしばしば言われるのが医師の世界で日常的に行われる症例検討会のノリで鑑定書を書いている医師が多いのでは?と言う疑問ですが、敢えて重箱の隅をつつき回してあらゆる疑問点を掘り尽くすことを目的とする症例検討と、二つの相反する主張の戦いの場である法廷とが同じ方法論で行われるのが妥当であるとは思えず、鑑定医にも何らかの資格の認定なりを求める声があるのも理解は出来ますよね。
いずれにしてもこうした医療訴訟の数々が言うところのJBM(司法判断に基づく医療)と言う考えを普及させたと言う側面もありますから、あまりに無防備であった医療現場にとって改善の契機になったと言う考えもあると思いますが、こうした医療現場への影響を思わせるこんな研究結果が出ていたことを取り上げてみましょう。

医療事故と研修先選択の関連研究 浜松医大生が優秀演題賞(2016年4月22日静岡新聞)

 浜松医科大医学科4年の大野航さん(21)=伊東市川奈出身=が、16日に都内で開催された研修医や医学部生の研究発表会「日本内科医学会ことはじめ2016東京」で優秀演題賞を受賞した。医療事故調査制度が始まった中、医療事故報道が研修医の研修先選択に与える影響を調べ、時機を捉えたテーマの独自性、高い統計解析技術が評価された。

 研究では、学生が事故を知る機会の多い大手検索サイトのニュース記事で過去3年間に医療過誤などが掲載された病院から、研修医を受け入れている15病院を無作為抽出して研修医の受け入れ状況などを調べた。その結果、報道があった年は、無かった年と比較して、研修医募集数に対する受け入れ数の割合(マッチング率)が低下したことが分かり、医療事故が広く知られることが学生の初期研修病院の選択に影響を与えていると結論付けた。
 発表などで大野さんは医療事故発生時、病院側が医師個人の責任にせず、病院全体のシステムの問題点を調べ、情報公開を含めた適切な対応を行う必要性を訴えた。

 大野さんは2014年に都内で起きた造影剤誤投与事件で、女性研修医が有罪判決を受けたことに驚き、学生が就業科や研修先を選ぶ際、事故のあった病院をどう評価するかに興味を持った。大野さんは「発表の大半が研修医の中、興味を持ってもらえたことがうれしい。学生が医療事故の対応に注目していることを病院に知ってほしい」と話した。
 発表会は若手の育成を目的に全国の研修医や学生ら約300人がポスターを掲示して発表した。県内の2人を含む約50人が優秀演題賞を受賞した。

医療の世界に限らずどこの業界でも就職にあたってネットを活用することは今や常識で、就活生は志望先がブラックではないか必至で探し回る一方、企業側も志望者の名前で検索をかけSNS等炎上を起こしそうな案件がないか確認するそうですが、医療の世界においても当然ながら志望先の病院で検索くらいはするだろうし、その場合医療事故などのニュースが引っかかってくるのも当然と言えば当然です。
研修医などは基本的に上司の指導監督の下に医療を行っていると言う建前なのですから、本来的には何かあっても上司や組織としての責任が問われることはあっても研修医個人の責任が問われるようでは困るわけですが、その意味では記事にもある造影剤誤投与事件で研修医個人が有罪判決を受けたと言うのは非常にショッキングな出来事であったと思いますね。
この事故に関しては各方面で盛んに検証がなされるなど話題にもなり、造影剤についてダブルチェック体制が取られておらず教育もなされていなかったなど組織としての問題点も指摘されているわけですから、同じ研修をするなら何もわざわざそんな危ない病院でやらなくても…と考えた学生が少なくなかったと言うことは理解出来る話です。

この種のネット上の情報を元にした評価がどこまで正しいものなのかは何とも言えませんし、真偽の程が怪しい情報に踊らされた末に後日それが間違いだったと判明すると言うケースも一度ならず発生していますけれども、現場の実情を知らない人間としてはそうした誤情報が飛び交っていても確実に判断することは不可能で、結果的に風評被害的な現象が生じているケースもそれなりにあるのだとは思います。
ただ研修などは特定施設でなければ絶対に駄目だと言う性質のものでもなく、またベテランの就職先探しなどと違って気に入らなければ即転職と言うわけにもなかなかいかないことも考えると、敢えてリスクのありそうな施設を選ぶ動機に乏しいのは当然で、この辺りは一般企業と同様に病院も対外的なイメージをもっと気にするべきだと言うことになるのでしょうね。
福島の大野病院事件などは被告となった医師の派遣元である福島医大の教授が非常に強力なサポートを展開したと報じられていて、事件が発生しても何とか地域医療が維持されたのも事件を機に行われた周産期医療体制改革と共にこうしたサポートの姿勢が評価されたのかとも思うのですが、個人を守ろうとする組織が結局は個人からも支持されると言うのは当然のことであり、今の日本から失われつつあることでもありますね。

|

« いよいよ国が医師強制配置を推進する構え | トップページ | 困った患者さんへの「正しい」対処法 »

心と体」カテゴリの記事

コメント

事件を風化させず記憶にとどめることが必要ですね

投稿: | 2016年5月17日 (火) 09時43分

臨床現場において紛争化のリスクを考えずに医療を行うことは考えられませんが、系統的な医学教育としてそれをどう学生や若い先生に伝えていくかは検討の余地がありそうに感じます。

投稿: 管理人nobu | 2016年5月17日 (火) 13時39分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/519753/63627555

この記事へのトラックバック一覧です: 今も続く福島大野病院事件の余波:

« いよいよ国が医師強制配置を推進する構え | トップページ | 困った患者さんへの「正しい」対処法 »