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2016年5月18日 (水)

困った患者さんへの「正しい」対処法

本日の本題に入る前に、どこの業界でもこのところモンスターと呼ばれるような困った顧客がいると話題になることが多いものですが、先日はこんな記事が出ていました。

現役看護師が語る「困った患者の言動」 強制退院の処置も…(2016年5月2日アメーバニュース)

病気になってしまったとき、患者にとって医師や看護師の存在は絶大だ。ときにすがる気持ちになることもある。だが中には、病気への不安のせいなのか自分の感情をさらけ出しすぎて、医師や看護師を困らせる患者もいるという。
しらべぇ編集部では、現役看護師の29歳女性に病院で実際に出会った困った患者について聞いてみた(認知症や不穏患者など、病気の症状での困った患者は除く)。

①傲慢系
生活保護を受けている人は、傲慢で文句を言う人が多い気がします。自分のやりたいことをやりたいように生きてきたから、生活保護を受けるようになったんだなってわかるような。
生活保護を受けている人達はもちろん入院費もかからないのですが、そういう人に限ってコンビニで大量にお菓子を買ってきたりだとか…」

②お手伝いさん扱い系
看護師をお手伝いさんとか、何でもしてくれる人と勘違いしている患者さんがいます。家族が帰った途端にナースコールを連打する方もいて、『寂しい。完全看護って言ってたじゃないか。そばにいてくれ』と言われたことも。
体はもう動けるはずなのに、『枕の位置を直して』とか、『カーテンが動かない』『テレビがつかない』などは日常茶飯事です。
日常生活で一番近い人が看護師なので仕方ないと思うこともあるのですが、あまりにもナースコールがしつこく、業務に支障をきたす場合は、その人のナースコールの元栓を抜いて対処せざるを得ない場合もあります」

③自虐系
「『自分はどうなったっていいんだから』と言ってルールを守らず、勝手な行動をする患者さんがいます。
病気で入院しているはずなのに、安静度を守らず勝手にどこかへ行っちゃったり、食事制限があるのに自由に買っていろいろ食べてしまうとか。煙草を吸っちゃう人もいました。病気を悪化させる行為をして、指摘すると逆ギレっていう…。
しかもこっちは、それに対してインシデントレポート(患者に傷害を及ぼすことはなかったが、現場でひやりはっとした経験『インシデント』に関する報告書)を書かされるという仕打ちも。
こういう人を見ると、『じゃあ、病院来なければいいのに』と思ってしまいますよね。あまりにもひどい場合は、協議のうえで強制退院させる場合もあります」

④お局系
「変に入院慣れしている人も困ります。いろいろな病気にかかったことがある人は、同じ病院内でも違う病棟で入院する場合も多い。
繊細なのだとは思いますが、『あそこの病棟では、もっとちゃんとケアしてくれた。これで病気が悪くなったらどうするんだ』と言われることもよくあって」

⑤無駄に知識豊富系
「患者さんの中には、いらない知識が豊富な人も。たとえば、4種類の目薬を5分以上あけてささなければいけない場合など、『あれ、5分以上あいていないんじゃない?』とか、飲み薬でも『絶対にこの時間に飲まなきゃいけないんだから!』と強く言われたことも。
また、『薬を飲んで初めての症状が出たから、早く先生に聞いて!』と言われて、看護師がいくら大丈夫だと言っても聞かず、先生のひとことでけろっと態度を変えるのも、もうちょっと信用してほしいなと思ったりもしますね。
薬に関しては、そこまで厳密にしなくても大丈夫なものもあります。でも今は、薬の情報などもネットですぐに調べられるので、細かく指示してくる患者さんも多いんです」

もちろん、患者が抱える病気の不安や、ストレスの大きさも理解できる。自由にならないもどかしさが、横柄な行動や言動となってしまっているのかもしれない。
医療現場で働く人は、こうした患者とも日々向き合っているのだ。

面白いもので世の中には看護師相手になら何をやっても許されると勘違いしているとしか思えないような人もいて、そうした方々の方がかえって医師などには慇懃であったりするものですから面倒臭いのですが、想像するに社会の中で何事につけ自分なりのヒエラルキーを設定してそれに忠実であろうとしている方々なのでしょうかね。
そうした点も含めて医師と看護師とでまた視点が異なるところもありますからランキングの上位下位の違いなどはあるのだと思いますが、何にしろこういった方々が迷惑な患者であることには変わりが無いところですが、しかしこうした話を聞けばどんな職業どんな基礎疾患と何となく患者のイメージも湧いてくるような気もしますでしょうか。
ただここで挙げられているのはいずれもパーソナリティーの面で何かと手が掛かる、対応に苦慮すると言うタイプの方々ですが、こと医療と言う点に関して言えば一歩間違えば即座に命に関わると言うこともあるだけに、やはり医学的な指示に従えないと言うことが大きな問題でありしばしば対応に苦慮するところですが、一方ではこんな話も出ているようです。

精神科で身体拘束1万人 10年前から倍増(2016年5月9日東京新聞)

 精神科病院で手足をベッドにくくりつけるなどの身体拘束を受けた患者が二〇一三年度、全国で一万二百二十九人に上り、十年前の二倍に増えたことが厚生労働省の調査で分かった。内側から開けることができない「保護室」に隔離された患者も約三割増の九千八百八十三人だった。
 精神科病院での身体拘束などは精神保健福祉法上、本人や他人を傷つける恐れがあるなどと精神保健指定医が判断した場合に限定的に認められている。
 厚労省は調査結果について「明確な因果関係までは特定できない」とした上で「アルツハイマー型認知症患者の割合が増えている背景はある」と説明。識者からは安易な身体拘束を指摘する声もあり、人としての尊厳や権利の制限につながるとの懸念から「適切性を第三者機関が判断する仕組みが必要」との意見も出ている。

 精神科に関する全国調査は厚労省が毎年度実施し、入院患者数や医療従事者数、病床数などを集計。データがまとまった一三年度の対象は千六百十六施設だった。
 その結果、身体拘束を受けた患者は一万二百二十九人に上ることが判明。最多は北海道の千七十六人で、東京の九百九十二人、埼玉の八百七十八人が続いた。また「保護室」への隔離は九千八百八十三人で、最多は大阪の六百十二人。
 身体拘束に関する調査項目は〇三年度に加えられ、同年度は五千百九人(対象は千六百六十二施設)。その後増加の一途をたどっているという。〇三年度に保護室に隔離された患者は七千七百四十一人だった。

◆認知症は症状悪化も

 高齢者に対する不当な身体拘束が疑われる事例は近年、特別養護老人ホーム(特養)など高齢者施設でも表面化している。識者は「高齢者を追い詰め、心身の健康を損ねる危険な行為。認知症などの場合、症状を悪化させる恐れもある」と警告する。
 厚生労働省は「身体拘束ゼロへの手引き」で(1)ベッドの四方を柵や壁で囲む(2)ベッドや車いすに体や手足をひもで縛る(3)介護衣を着せる-などの行為を例示。これらは介護保険法に基づく省令で原則禁止とされ、入居者に危害が及ぶ恐れがあるなど、施設の職員がやむを得ないと判断した場合に限って認められている。
 だが昨年には、埼玉県内の特別養護老人ホームで、必要な手続きを踏まずに認知症の入所者の身体拘束を続けていた問題が発覚し、県が行政処分を出す事態に。東京では、高齢者向けマンションで行われていた身体拘束について、区が「妥当性を検討した形跡がない」として虐待と認定したケースもあった。

ここで言う身体拘束とは手足を縛るなどの古典的な拘束と言うだけでなく、鍵の掛かる部屋に閉じ込めると言ったことが大部分であるようですが、身体診療科における拘束と言うよりも高齢者介護施設における対応に似ていると思っておりましたら、案の定背景疾患としてアルツハイマー型認知症の増加がありそうだと言うことです。
現代医療においては進歩的な方々が各方面で尽力してきた結果拘束と言う手段は次第に減ってきていると思いますが、身体診療科について言えばどうしても指示に従えない場合はご家族についていただくか、身体拘束がなければどうにもならないと言う場合は退院いただくしかないと言うこともままあるだけに、そうした方々が日常的に入院しているだろう精神科の苦労は察せられるところですよね。
もちろん拘束などなくてもよければない方がいいのですが、医療機関側にもハードウェア、ソフトウェア双方で対応能力の限界が自ずから存在する以上、それを超えた患者さんは受け入れられないのは当然で、どうしても拘束が駄目と言うことであれば残念ながら当施設では対応できかねますのでいずれかご希望の施設に紹介いたしますとお断りするしかない道理です。

この拘束の問題に関しては医療よりも介護領域の方が対応に苦慮しているのではないかと思うのですが、例えば介護施設などは病院と違って原則的に一度入所すれば一生ものとなるケースが多いだけに、当方では対応できませんと退所を勧めると言うケースはほとんどないのでしょうし、大半の施設が何とか工夫して対応を試みているのではないでしょうか。
そうした努力の果てに行われた行為を識者の方々の鶴の一声で禁止されてしまえば結局利用者にかえって不利益も大きくなるのではないかと思うのですが、介護施設側でも昨今では様々なハイテク機器を導入するなど対応も進んできていて、むしろ医療機関の側にとっても参考になるような方法論も多いのではないかと言う気がします。
世界的に見ると拘束死と言う言葉もあるくらいにこの問題は深刻化してきているそうですが、将来的に例えばバーチャルリアリティーの応用で当事者に拘束をされていると気づきもしないような環境を用意出来るようになった場合にも拘束は禁止されるべきなのかと考えてみると、心身の健康を損ねないような健全な拘束の方法論と言うものもいずれは実用化出来るものなのかも知れません。

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コメント

この程度で大騒ぎしてたら客商売やってられないけどね

投稿: | 2016年5月18日 (水) 07時54分

医療を客商売とするんだったら、金にならないしょうもない病気とか全部お断りで文句ないよね?

投稿: | 2016年5月18日 (水) 08時35分

勤務医の場合サービスに励んでも仕事増えるだけで何もメリットないですからね。
医学的に興味深い症例は口コミや評判で来るんじゃなくて紹介客が中心ですし。

投稿: ぽん太 | 2016年5月18日 (水) 08時41分

精神科で身体拘束と言った場合、拘束具などを使用して患者さんの身体を拘束して動けないようにすることを指します。
単に個室に閉じ込めるだけなら隔離と言います。

認知症の患者さんが増えているから身体拘束が増えるというのは理解するのですが、そういう患者さんは死ぬまで拘束を外さないつもりなのでしょうか?
一般的にどのタイミングで認知症の患者さんの拘束を外すのか興味があります。

投稿: クマ | 2016年5月18日 (水) 09時22分

>勤務医の場合サービスに励んでも仕事増えるだけで何もメリットない

淘汰される環境にしないと質は上がらないってことがよくわかる

投稿: | 2016年5月18日 (水) 09時43分

>淘汰される環境にしないと質は上がらないってことがよくわかる

国民皆保険による全国一律の対価をやめるだけでよいのではないでしょうか?
そしたら「低レベル医の淘汰」も進むと思うのですが.

投稿: 勤務医 | 2016年5月18日 (水) 13時41分

国民皆保険による全国一律の対価をやめるだけで
「低レベル患者の淘汰」も進むと思うのです。

投稿: | 2016年5月18日 (水) 14時33分

>一般的にどのタイミングで認知症の患者さんの拘束を外すのか興味があります

これは非常にシンプルでして、「家族が訴えない状態になったら」でしょうね

高齢者は転倒リスクが非常に高いですが、自宅介護の高齢者が転倒しても家族は一切、責任を問われません。
施設介護だと、完全に転倒を防がないと(リスクが高い→予見可能→防止義務)、罪に問われます。

つまり、「管理責任」が「年だからしかたない」に受け渡されるときが、身体抑制を外せるときになるでしょう。
法律的に受け渡さないと「クレーマー問題」となりますが、どこまで生き方を法律で決めるか、難しいテーマですね。

これは、高齢者の延命的治療にも当てはまりますね。抗がん剤はいつまで/どのくらいお金をかけてやるのか、肺炎はいつまで治さなければならないのか、TPNはいつまでやるのか、胃瘻は...

個々の治療の線引きは命の線引きになってしまうので難しいですが、経済的なインセンティブによって自然と家族もこの問題に向き合わなければならない圧力が加わらないと、医療従事者の努力だけに丸投げしても結局「全例抑制」がもっとも効率的で安全、なってしまいますね。

投稿: おちゃ | 2016年5月18日 (水) 15時24分

認知症高齢者の場合もう一つは身体的衰弱や拘縮が進んで寝たきり不動の状態となり、拘束の必要性がなくなった場合も含まれるかと思います。

投稿: 管理人nobu | 2016年5月18日 (水) 16時09分

 可及的速やかに 身体的衰弱や拘縮が進んで寝たきり不動の状態へ持ってゆく施設の需要が増えないことを祈ります。
 素人目にもすぐわかるフィジカルな拘束が問題視されれば、治療の一環と言い訳ができる薬で沈静。いい子ちゃんになる気はありません、そうしないと立ち行かないところがあるのも事実。

投稿: | 2016年5月19日 (木) 19時31分

拘束を解除するタイミングについていろいろなご意見ありがとうございます。
・・・皆さんが認知症になって拘束されたときも同じタイミングで拘束を解除して欲しいという解釈でよろしいのでしょうか?

投稿: クマ | 2016年5月20日 (金) 13時10分

その問いは意味があるんでしょうか
認知症になったとき、そもそも本人はどんなときも拘束などされたくないと思いますが

投稿: | 2016年5月20日 (金) 16時23分

>・・・皆さんが認知症になって拘束されたときも同じタイミングで拘束を解除して欲しいという解釈でよろしいのでしょうか?

通常の感覚を持った人間(医師含む)は自らに防衛医療がされることを了とはしないと思いますが、施行側としては防衛医療をせざるをえない、そこにはイコールで結ばれない現実があると思います。
成立しえない三段論法の御意図はどのあたりにありますでしょうか。

投稿: おちゃ | 2016年5月20日 (金) 18時17分

ほんとにボケちゃったら後のことは好きにしてくれりゃいいかなって思うな

投稿: | 2016年5月20日 (金) 18時56分

>ほんとにボケちゃったら後のことは好きにしてくれりゃいいかなって思うな
残念ながら実際を知らない人の空想ですね。
その頃には拘束の必要もなくなっているわけで。

拘束が必要な時期には
>認知症になったとき、そもそも本人はどんなときも拘束などされたくないと思います
現場を知っていればこう感じるでしょう。

クマさんの(たぶん)慨嘆は、
家族から拘束を求められることが多いという現実への嘆きではないですか?
私はしばしば思います。縛り付けてまで行う点滴や経管栄養に何の意味があるの?もしかして何かの復讐?と。
でも家族がそれを要求するのです。


投稿: JSJ | 2016年5月20日 (金) 21時42分

本当にまったく意味がないことならやらなくていいんだけどね
短期的な延命だとかまったく意味がないわけでもないから困る


投稿: | 2016年5月20日 (金) 22時19分

JSJさまへ
私の場合、家族から拘束を求められることはほとんどありません。
私の嘆きはどちらかと言えば看護師から拘束を求められることが多いという事実です。
私が「拘束しなくていい、転ぶのはしょうがない、家族も納得している」と病棟に説明しても、納得しない看護師が少なくない・・・
うちだけなのかな?

投稿: クマ | 2016年5月22日 (日) 09時32分

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