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2016年5月13日 (金)

正しいあり方をいちいち御指導いただかなくてもよさそうな件

最近社会的認知度も高まっているLGBTと言うものですが、やはり実態はなかなかに複雑なものがあるようで、先日はこんな記事が出ていました。

ケネディ大使にムチ ハードゲイ男性から差し出され困惑(2016年5月8日スポニチ)

 キャロライン・ケネディ駐日米大使が7日、東京・代々木公園で開催中の、同性愛や性同一性障がいなど性的少数者(LGBT)のイベント「東京レインボープライド2016」を訪れた。

 完全なお忍び訪問で、デニム地のジャケット姿。SPと2人でさまざまなブースを周ると、気付いたLGBTの人たちが驚きの声を上げていた。ボンデージファッションのハードゲイ男性がムチを差し出し、なにやら頼み事をする場面も。ケネディ氏は、困惑の表情を浮かべていた。

 イベントの5周年を祝い、メッセージボードに祝福の言葉を書き込んだ。

 最終日の8日、駐日英大使、同アイルランド大使とともにスピーチを行う予定。自民党の稲田朋美政調会長も会場を訪れた。

記事の写真を見る限りはそれはまあ困惑するしかないのだろうと思うのですが、しかし性的少数者と言ってもこのように多種多様な方向性が存在するのも道理で、微妙な方向性の違いなどからお互いに気まずい思いをしたりすることもままあるものなのでしょうかね。
このLGBTと言う言葉の中に含まれる圧倒的な多様性と言うことに関しては先日も書きましたように、基本的にLGBTの権利は保護し拡張されてしかるべきだと進歩的な方々が訴える中で、何故か一部方面のLGBTに関してだけは社会的弾圧がさらに強化されかねない勢いなのですが、別に一部方面だけと限定せずとも当然ながら社会的にもLGBTを絶讚する声ばかりではないわけです。
その理由の一つとして今まではいわば日陰者であった存在が、急に世間の表舞台に出てきて脚光を浴びていることへの素朴な反発もあるのだろうと思うのですが、見ていますとそれは確かに反発も受けるのだろうなと言うアピールもあるようなのですね。

「エルサに女性の恋人を」、アナ雪ファンの訴え広がる(2016年5月5日CNN)

(CNN) 米ウォルト・ディズニーのアニメ映画「アナと雪の女王」のファンの間で、「続編ではエルサにガールフレンドを」と訴える呼びかけがソーシャルメディアを通じて広まっている。

きっかけは10代のアレクシス・イザベルさんがツイッターに、「ディズニーがエルサをレズビアンのプリンセスにしてくれたら、どれほど象徴的か」と書き込んだことだった。
イザベルさんは続いて、「Dear @Disney,#GiveElsaAGirlfriend.(親愛なるディズニーへ、エルサにガールフレンドを)」と投稿した。
この投稿が発端となり、「アナと雪の女王」の続編はLGBTへの認識を高める媒介になって欲しいと要望する声が高まった。

賛同者からは「誰だってお姫様になれるんだと、女の子たちに知ってほしい」「子どもたちには幼いころから、同性愛者であることに何も問題はないと学ばせたい」などの投稿が相次いだ。
ただしこのキャンペーンに賛同する声ばかりではなく、ディズニーの人気映画に同性愛のキャラクターを登場させることの是非を問う論争も展開されている。「自分の娘には見せたくない。反同性愛ではないけれど、ハリウッドが子どもたちにセックスのことを説明するのは望まない」という声もあった。

イザベルさんはMTVのウェブサイトへの寄稿で、「お姫様が別のお姫様と恋に落ちる話は見たことがない。娯楽業界はこれまでに、野獣と恋に落ちる少女や人間と恋に落ちる鬼、それにミツバチを愛する大人の女性を描いてきた。それなのに、私たちはまだ同性愛関係に純粋さを見いだせずにいる」と指摘している。

まあ一般論として言えばこの種の作品は現代よりもある程度昔の風俗習慣に基づいて描写されているものが多いようですから、人類史の歴史的経緯を考えるとお姫様の女性同性愛よりもお殿様の男性同性愛の方がより普遍的だったのではなかろうかとも思うのですが、原作ファンとしてはあの世界観が好きなのでしょうから、やるなら別作品でやってくれと言うところではないでしょうか。
ちなみにアメリカにおいて同性愛者らLGBTの権利主張が表立ってなされるようになってからちょうど半世紀になるそうですが、この時期はキング牧師が活躍するなど各種公民権運動が活発になってきた時代でもあり、そうした経緯もあってか人種差別などと同様日本における一般的な認識よりもよほど敏感な問題として扱われていて、選挙のたびに候補者が立場表明を迫られる重要課題の一つにも取り上げられることは知られている通りです。
逆に日本の場合は古来同性愛に対しての宗教的、文化的忌避感が乏しい社会であり、現代社会におけるサブカルにしても様々な形で「LGBT風」のコンテンツが量産され一般にも供されていると言う現実を見ますと、諸外国風のかくあるべしと言う運動をそのままの形で日本に導入してもかえって違和感もあれば、余計な反発を招くリスクもありそうに感じます。
中世にキリスト教会が指導していたと言う正しい性交渉のあり方と言うものがしばしばネタ的に取り上げられていて、当時の考え方からすると現代に生きる人類のほぼ全員が性に関して異端の考えに染まっていると言うことになるかも知れませんが、異端も少数派もごく当たり前に併存している世の中で今さら何が正しいかを説かれてもどうなのかで、あるがままでいいのかなと言う気がしますけれどもね。

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コメント

性的嗜好の特異性ってな、ミクロの話をする人にいつも違和感を感じるのは
国民性や歴史的経緯って、マクロな話がお座なりに、あるいは敵対的に語られる事です。
生きている人の主張の多数を採るのが民主主義って言うなら
既に亡くなった人たちの声=風習を、単なるシガラミとして切り捨てるというのは
如何なものでしょうか…

投稿: | 2016年5月13日 (金) 08時01分

まあでも民意も変遷するからねえ

投稿: | 2016年5月13日 (金) 08時42分

文化的な寛容さや歴史的経緯が国ごとに異なることが話をややこしくしているのは、一夫多妻制の扱いなどを見ていても分かるところですよね。

投稿: 管理人nobu | 2016年5月13日 (金) 11時49分

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