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2016年4月23日 (土)

「メディアを抜きにして被災者救済はできない」

熊本県の地震被害は折からの大雨被害も加わって復旧活動も難航しているそうですが、そんな雨の中でこんな事件があったと話題になっています。

「アナウンサーが子どもを無理にどかせた事実なかったと判断」熊本県民テレビ、「ミヤネ屋」取材への批判受けコメント(2016年4月22日ねとらば)

 4月21日に放送された「ミヤネ屋」(日本テレビ系)で、「アナウンサーが炊き出しに並んでいた子どもを追いやった」場面があったと批判されていた件について、熊本県民テレビ(KKT)がコメントを発表しました。

 当該の放送では、KKTのアナウンサーが益城町(熊本県)の避難所で焼き芋の炊き出しをしていたボランティアの男性をインタビューしていました。その際に、アナウンサーがボランティア男性の手前にいた子ども2人をどかせて雨の中に追いやったとする声がネットで上がっていました。

 同局は、子どもたちは炊き出しを手伝っており、列には並んでいなかったとし、インタビューが始まったので自発的に退いたと説明。視聴者から指摘を受けて再度アナウンサーを派遣し、子どもと親族に経緯を説明したところ、子どもたちに「テレビ局にどかされた」という自覚はなかったと述べています。

 同局は、アナウンサーが炊き出しを邪魔したり、子どもを無理に雨の中に出したりした事実はなかったと判断したものの、「この映像で視聴者の方々に不快な思いをさせたとすれば、お詫び申し上げます」と謝罪しています。

その状況はこちらの動画を参照し各人が判断いただくべきかと思いますが、不肖管理人の見るところでは追い出したと言うよりも割り込んだと言う表現が妥当かなと言う印象で、こうした場合大人が強引に割り込んで来れば子どもはよけるのが自然であるのだろうし、その意味では「自発的に退いた」と言う言い方もまあ嘘ではないのかなと言う気はしますがどうでしょうね。
被災地報道に限らず、お昼時の生中継で行列店などに並んでいる列を「ちょっといいですか?」などと形ばかりの断りを入れながら押しのけ割り込んで行くレポーターなどもしばしば見かける行為ですが、軽犯罪法にはその範囲について「公衆の列に割り込み、若しくはその列を乱した者 (13条)」と言う具体的な記載がある以上、こうした行為もまた軽犯罪として処罰の対象となるだけに注意が必要でしょうね。
ただ今回注目したいのは普通であればそこまで大騒ぎすることでもなかったのかも知れないマスコミ流のいわば平常運転が、今回あっと言う間に「またマスコミが被災地で!」と炎上騒動に発展してしまったと言うことで、それだけ世間のマスコミに向ける目線が厳しくなっていると言うことでもあると思いますが、特に被災地の当事者の方々にとっては避難生活に更なるストレスを与える存在になっているようです。

マスコミが報じない「被災者VS記者」トラブル 自治体の要請もむなしく「記者が勝手に...」(2016年4月22日J-CASTニュース)

  「施設内でのカメラ取材禁止」――。地震で大きな被害を受けた熊本県益城町の避難所に、こんな注意書きが掲出されている。その背景にあるのは、被災者と取材陣の間で発生している「大手メディアが報じないトラブル」の数々だ。
   益城町震災対策本部は2016年4月22日のJ-CASTニュースの取材に対し、「カメラを向けられたり、無理な取材を受けることが被災者のストレスに繋がる。メディアの皆さんには、どうか配慮をお願いしたい」と話す。

   ツイッターなどに数多く報告されているマスコミと被災者のトラブル。その一例が、16年4月21日放送の情報番組「Nスタ」(TBS系)で、図らずも生中継されてしまった。避難所となっている益城町の広安小学校を訪れた取材陣に対し、被災者の1人が「撮るなと言った!見せ物じゃない、どっか行け!」と声を荒げる一幕が放送されたのだ。
   「Nスタ」の取材陣にクレームをつけたのは、大柄な体格の中年男性だ。避難所の入り口付近でインタビューを行うレポーターに対し、「撮るな」「見せ物じゃない」と連呼。「お前ら(取材クルー)の車は邪魔だ、どかせ」とも続けた
   中継はすぐさま打ち切られ、画面は即座に東京のスタジオに切り替わった。スタジオの堀尾正明アナウンサーは「ちょっとご迷惑になっているようで...。すいませんでした」と平謝りしたが、「何事もなかったかのように」そのまま番組を進行した
   こうした一幕に、ネット上では「迷惑かけ過ぎ」「無神経すぎる」など番組への批判が殺到。ツイッターやネット掲示板などには、

    「被災して心身ともに疲れているのに、取材、取材でウンザリなんでしょ」
    「マスコミもほどほどにしてほしい。 ただでさえみんな神経質になっとるのに」
    「被災者の本音が聞けてよかったな 分かったらもう帰れよ」

などと、避難者への配慮に欠ける取材陣の振る舞いを非難する声が相次いで上がった。

   今回のトラブルの現場となった広安小学校の震災対策本部は、取材に対し、
    「そうしたトラブルが起きていたとは知りませんでしたが、取材を禁止している校内に勝手に入ろうとするマスコミの方もおられます
と明かす。そうした取材陣の行動を防止するため、校内での取材禁止を告知する張り紙を16年4月21日に掲出。また、益城町福祉保健センターの避難所でも、「施設内でのカメラ取材禁止」という張り紙を出しているという。
   益城町震災対策本部の担当者に話を聞くと、「施設内での取材や撮影を禁止しているのは、避難者のプライバシーを守るためです」という。続けて、マスコミの取材行為が被災者のストレスに繋がっているとも述べ、「メディアの皆さんには、どうか配慮をお願いしたい」とも訴えた。
(略)

これまたその時の状況はこちらの動画を見て各自判断いただくべきかと思いますが、事実関係としては現地ではすでに取材禁止が告知されていると言うこと、そしてそれを無視して取材禁止区域に侵入するマスコミがいると言うことで、ニュージーランド大地震においても全く同様の行為があったことが国際的にも報じられていただけに、ごく日常的な行動として行われているのだろうと思います。
関西在住のフリーカメラマンの保山耕一氏がこうした状況を阪神淡路大震災でも何度もトラブルとなったケースと全く変わっていないと批判し、早朝の皆が寝ている避難所にNHKの取材班が侵入し大声で中継を始めたことで批判が殺到、全ての避難所での撮影行為が禁止された事例を紹介していますが、未だに何ら改善も変化もないところを見れば一方の当事者は特に問題ある行為だとも思っていないのかも知れません。
事実いわば中の人の一人である光文社編集長の山田順氏はこうしたマスコミに対し、大規模災害のたびに同様の問題が起こっていることは認めつつ「自分たちは安全なところで見ていて、現場の救援作業が進まない苛立ちを誰かを悪者(つまりメディア)にすることで解消しているに過ぎない」「一時的に邪魔に思えても、メディアを抜きにしては、被災者の救済はできない」と批判する意見を逆批判していますが、ではどんな災害報道がベストなのかです。
ともかくも「この世の中には、どんな価値観があってもよく、それが多様なほど社会は豊かになる」と言う氏の見解には一般論としては全くごもっともと言うしかなく、そうであるからこそ世間に拡がるマスコミ批判もまたあるべき多様な価値観の一つとして尊重されるべきだと言うことなのでしょうが、しかし震災報道のあり方批判に留まらずマスコミの存在自体がある意味で現代社会の息抜きやストレス解消法になっているのは確かなのかも知れませんね。

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コメント

突発的な大災害に外国からの支援があることはありがたいことだ。
ところが、このような苦境にある自国の被災者への支援にもかかわらずイデオロギー的な米軍批判があるのはいただけない。

政府は16日に起きた熊本地震の本震で被害がさらに広がると、17日に米軍の空輸支援の受け入れを表明。
在日米海兵隊が任務に当たり、18日に沖縄県・普天間基地所属の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイが山口県・岩国基地を経由して、
熊本県益城町の陸上自衛隊高遊原分屯地から支援物資を南阿蘇村・白水運動公園に輸送した。

また、19日には海上自衛隊のヘリコプター搭載型護衛艦「ひゅうが」に着艦して支援物資を積み込み、南阿蘇村に運んだ。

しかし、かつてオスプレイ配備に対して「事故が多い」と印象付けて反対した朝日新聞、琉球新報、沖縄タイムス、
共同通信の配信を受ける地方紙などが、同機による空輸支援をも批判している。

野党も共産党の仁比聡平参院議員が18日の参院決算委員会で危険性を主張し、共産党と共闘する民進党内にも批判する意見がある。

地震の被災者に救援物資を届ける人道支援に、オスプレイ批判を持ち出すのは、
日米安保条約や在日米軍と自衛隊に反対してきた共産党、および同党と安保法制廃止で共闘する民進党など野党の一部、
かつて反安保論調を展開し、現在は安保法制に反対している一部マスコミにおいて顕著である。
http://www.worldtimes.co.jp/opnion/editorial/68591.html

投稿: | 2016年4月23日 (土) 07時31分

ソースに当って山田氏の主張の全文を読んでみたのですが…
まあ 老害 この一言ですね。
古き悪しき文化人気取りのマスコミ人の典型って感じの
傲慢且つ強引な論理展開でした。
まあこの人はすでに大手からは退職済みでフリーの方ですから
いまや「マス」コミとも言えない立ち位置にすぎないので
何でも好きに垂れ流せば良いのですが、
ネットの目に晒されることでマスコミ自体の体質の浄化が
なされるには、あと10年はかかるって所でしょうか。

投稿: | 2016年4月23日 (土) 07時52分

報道されなきゃ関心も集まらないってのはたしかにその通りでしょう。
だからって報道の名を借りて何やっても許されるわけじゃないんで。
他人に要求するなら自分達も最低限のモラルくらい持てよと。

投稿: ぽん太 | 2016年4月23日 (土) 09時43分

心の中では気がついているんですよね。人間のやることにモラルなんて求めてられない、暴走はあるって。
だから、自分たちの多少のモラル破りや暴走は、必要悪と考えている。

でも、問題はその必要悪を批判対象にも許容できないこと。ダブルスタンダードが反発をくらう一番の要因なのに、「マスコミは正しくある」という幻想(自己価値観)によって必要悪を見ないふりしているから、その幻想が崩れることを許容できない。広い意味で言うところの境界型人格構造、いわば「組織としての境界型人格障害」。

投稿: おちゃ | 2016年4月23日 (土) 13時13分

http://www.j-cast.com/2016/04/23265025.html?p=all
あえて謝罪しないのがマスコミのスタンダードです

投稿: | 2016年4月23日 (土) 21時42分

組織の論理に染まってしまうのは何の世界でもあることなので仕方ないのですが、若手のマスコミ関係者の皆さんまでもが本当に何も問題意識を抱いていないのかどうかですね。

投稿: 管理人nobu | 2016年4月25日 (月) 13時30分

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