« 2016年3月 | トップページ | 2016年5月 »

2016年4月

2016年4月30日 (土)

時代が一回りして昔と似たような問題が再燃?

少し古い世代の方々には未だにPCの類は苦手と言う人は少なくないようで、俗にアナログ世代などと揶揄されていたものですけれども、身近にデジタル家電が当たり前の存在になった今の時代、一回りしてこんな奇妙な逆転現象が発生しているようです。

スマホ世代のPC知らず スキル低下、職場で波紋 (2016年3月13日日経電子版)

 若者はパソコンが苦手――。大学や企業でこんな声が聞かれるようになってきた。スマートフォン(スマホ)の普及が若者のIT(情報技術)スキルに影響を与えているようだ。
 神奈川大学で情報処理を教える非常勤講師の尾子洋一郎さんが、新入生の異変に気づいたのは3年ほど前。パソコンのタイピングを片手でしかできない学生が目立つようになった。学生からの電子メールには件名や差出人名がなく誰から届いたのかも分からない。「パソコンを持たない学生も多く、スキルは年々落ちてきている印象だ」と話す。
(略)
 今の10~20代はスマホで最初にネットに触れる「スマホネーティブ」世代とも呼ばれる。総務省が15年に実施した調査では、最も利用頻度の高い情報通信端末としてスマホを挙げた人は、20代以下では59.9%に達している。
 一方でパソコン利用頻度は低下。東京大学の橋元良明教授による15年の調査で、ネットをする際に「モバイル端末(スマホか携帯)だけ」を利用する人は10代で33.6%、20代で30.1%もいた。「若者はスマホで多くの用が足りてしまうため」とみている。

 日本の若者のパソコン離れが米国などより進んでいることを示す調査結果もあり、企業にも影響が広がり始めている。NEC子会社のNECネクサソリューションズ(東京・港)は昨春、新入社員向けにタイピングの研修を始めた。「新人のタイピング速度が遅くなっている」という社内の声がきっかけだった。
 NTTデータでは今春入社の社員から、入社後の研修で文章力を高める「日本語ドリル」を導入する。LINEやツイッターでの短文入力に慣れ親しんだせいか、きちんとした文章でビジネスメールなどを書けない若手社員が増えてきていることに対応する。
(略)
 若者のパソコン技能の低下には「慣れていないだけ。教えればすぐに覚える」と楽観視する声も多い。ただ東大の橋元教授は「研修などの機会を得られない若者との間で、新たな格差が生まれる可能性がある」と警鐘を鳴らす。従来はデジタルデバイドといえば中高年の問題だったが、今後は若年層の内部で顕在化してくるかもしれないという。
 2月下旬、川崎市で若者就労支援を手掛ける「コネクションズかわさき」が開いた無料パソコン講座では、求職中の若者たちが表計算ソフトの講義に熱心に聞き入っていた。出席者は「学校で習ったけど忘れてしまった」「今はどんな求人でもパソコン技能は必要」と口々に参加の動機を語る。ITには精通しているとみられがちな若者にも、今後は丁寧な目配りが必要になりそうだ。
(略)

PCを扱う技能など情報技術が社会的な格差を拡大し固定化する現象をデジタルデバイドと称するそうですが、一昔前であれば一本指タイピングは高齢者の特権?のようにも言われていたものが、むしろ今の時代若者の方がそうした傾向があると言う話で、そのうちキーボード入力がそろばん並みの特殊技能扱いになりますかね。
もちろん現在主流のQWERTY配列のキーボードには特に合理性はなく単に旧時代からの遺産と言うだけですから、例えばフリック入力など他の方法論で同様に操作出来るのであれば全く問題ないと思うのですが、多くの端末が未だにマウスとキーボードの操作体系に限定されている現実もあるわけです。
一部には入社試験の願書をエクセルで作成させるようにすれば最低限の技能が保証されるのではないかと言った声もあるそうですが、一方で若い世代は高齢者と違って教えればすぐに身につくと言う話もありますから、あまり入り口での関門を狭くし過ぎるよりむしろ誰も使ったことのないデバイスで入社試験をさせるくらいの方がいいのかも知れません。
ともかくも時代が変わればあっと言う間に常識も変わってしまうと言う話なのですが、音楽などもデジタル配信が当たり前の時代になってCDと言うものが急速に消えつつある一方、アナログのレコードが売り上げを増やしていると言うように大きく状況が様変わりしていると言い、先日は若者のこんなつぶやきが年長者に衝撃を与えていると言います。

女子中学生「音楽は通信制限かかるから聴かない」ツイートに衝撃が走る( 2016年3月23日Exciteコネタ)

いまどきの女子中学生の音楽を聴く手段はスマホのストリーミングだけ――こんな主旨の投稿がTwitterで話題だ。あるユーザーがツイートした内容によると、「月々のデータ通信量に制限があるから自分の好きな音楽を能動的に聴くことはない」という。これに対して、従来の音楽プレーヤーに馴染んできた世代は衝撃を受けている。

上記のツイートに対して、「えええ、ついにここまで来たの...?」「…つまりニコ動やYouTubeのみでLISMOやら円盤を買わない?え、マジで」という反応のほか、「周囲の中高生見渡しても、割とコレ現実なんだよな」「いまどきパソコンなんか買わないし、CDなんてハードはいけてないし、定額配信にしてもsoundcloudにしても通信が足を引っ張る」といった声があがっている。

ひと昔前まで音楽を聴く手段といえば、CDを購入・レンタルするなど物理メディアを介すのが当たり前。音楽プレーヤーに楽曲を取り込むにも、パソコンが必要だった。最近は動画配信サービスや音楽ストリーミングサービスの登場で、スマホひとつで音楽が聴ける時代だ。
内閣府が発表した2015年度の「青少年のインターネット利用環境実態調査」の速報値によると、10歳から17歳の青少年のノートPC利用率は20.3%、デスクトップPCは9.6%にとどまっている。

スマホで音楽動画を開くときもWi-Fi環境で接続しなければ、すぐに携帯キャリアの通信制限にひっかかってしまう

「25歳まで毎月5GBプレゼント」の学割を発表したKDDIは1月12日の会見で、気が付いたらデータを山のように使ってしまうため「通信制限が恐怖」になっているという学生へのヒアリング結果を公表していた。

ファイルをダウンロードしてローカルに保存いればそこまで気にする事は無いのでしょうが、一般にコピーガードがかかっているストリーミング配信のコンテンツを保存するにはそれなりの手間暇が必要ですし、自由度の低いスマホ環境だけしか使っていない人にとってはハードルも高いのでしょう、誰でも簡単に使えると言うことの裏返しがこうした弊害に現れているとも言えます。
かくてその都度ストリーミングで聞いていればあっと言う間に通信制限に引っかかるのは当然で、この辺りは大昔のダイアルアップ回線で通信費が従量制だった時代に一生懸命コストを節約してきた経験のある古い世代の方が身につまされるのでしょうが、スマホの普及や映像の画質向上に伴い増え続ける一方の通信データ量に四苦八苦しているキャリアにとっても、決して他人事ではない話であるはずです。
この辺りはデータ量を減らす技術を開発するなり、現状の配信のやり方を根本的に変えて行くなりしなければ幾ら回線を強化してもいたちごっこですが、個人個人の端末が限られた通信インフラを奪い合い競合する環境だからこそ制限の緩和に追加のお金を支払う意欲も湧いてくると言うものでしょうから、お金のないユーザーが勝手に自主規制をしてくれる状況はキャリアにとっては悪くないことなのかも知れませんね。
ユーザー側にとっても誰にでも平等に回線を使わせるのはよろしくない、支払うお金に応じてきちんと格差を設けるべきだと言う意見も一定程度あるようで、一般道路と高速道路のように回線品質も必要に応じて随時使い分ける方が合理的なのかも知れませんが、そうした使い分けをするにもある程度ユーザー側に知識が求められることにはなりそうです。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2016年4月29日 (金)

今日のぐり:「博多ラーメン琥家(こや)倉敷店」

未だ余震の続いている熊本の地震災害ですが、その地震直前にこんなものが目撃されたと報じられています。

熊本地震直前にUFO出現 益城町の上空に「謎の発光体」(2016年4月23日東スポ)

 正体はいったい!? 14日午後9時26分ごろ発生の震度7の前震を皮切りに、16日の本震を経ていまだ余震が続く熊本地震。その発生約2時間前に、震度7が2度観測された熊本・益城町の上空で「謎の発光体」が目撃・撮影されていたことが明らかになった。震度7が起きた場所での発光体出現という不気味な現象について、専門家は正体不明の未確認発光物体という意味で、UFOの可能性を指摘した。
(略)
 写真はホリスティック健康科学研究所(佐藤禎花代表)のスタッフの関係者T氏が撮影したものだ。T氏は益城町の隣、熊本市東区に在住している。現在も大変な生活をしているなか、撮影当時の状況をこう証言した。
「最初の地震当日(14日)の約2時間前の午後7時30分ごろ、気付いたときから5分くらい現れました。おばあちゃんちから帰るとき、玄関を開けたときに見えたのです。子供を左に抱いていて、左を見たらいつもはない、まぶしい光があったから気が付いて、それで撮影することにしたのです」(T氏)
 スマホで撮影された動画を検証すると、建物上空の夜空に小刻みに揺れているようにも見える2つのオレンジ色の発光体が映っている。
 強い発光体と、その右斜め下に点滅する発光体も見える。強い発光体は動かない。点滅する右斜め下の発光体が消えて間もなく、残った発光体の左上にもう一つが出現する。2つの発光体の光は強くなっていく。そして、動かなかった強い発光体の光が弱まり、点滅を繰り返して消えると、瞬間移動したように、先ほど左上に出現した発光体のさらに左上に出現。2つの光は強く輝く。こうした現象が40秒ほど続いていた。

 UFO研究家の竹本良氏は「最初の地震の2時間前に、ヘリコプターが震源地近くをうろうろするということも考えにくいですし、自衛隊が照明弾の演習をしているということも考えにくい。断層がずれる際に深部ガスが発光する現象はあるが、上空で光ることはないでしょう」と分析する。
 そうなると、未確認の物体という可能性も出てくる。
「大きな地震の前に謎の発光体、UFOが目撃されることは多い。エクアドルの地震でも発光現象が目撃されています。今回の熊本地震ぐらいの規模だと“時空のゆがみ”が生じるのではないかという心配もあります。その懸念からか、エイリアンが震源地で事前察知して地質的調査をしているのではないかと思うんですね」(竹本氏)

 熊本とほぼ同時期の4月16日午後6時58分に起きたエクアドルの地震(M7・8)でも地震直前に「謎の発光体が空を駆け抜けた」との情報が飛び交い、大きな話題となっている。
 益城町の発光体は、エイリアンのスペースシップと断定はできないが、空中にある正体不明の未確認発光物体という意味では、UFOということになるのかもしれない。

ソースが東スポであるだけにどこまでの信憑性があるものか著しく疑問ではあるのですが、しかし大地震の際に様々な怪現象が目撃されると言うのもそれだけ印象に残りやすいからなのでしょうかね。
本日は人間社会とこうした超常現象との関わり合いをより深く知る意味で、世界中から常識では考えられないニュースの数々を紹介してみることにしましょう。

ピラミッドは「巨人」によって建造された!? 古代エジプト人は“リフォーム”しただけの可能性!(2016年4月15日トカナ)

(略)
 ギザの大ピラミッドこと「クフ王のピラミッド」は、一般に考古学者たちの間で紀元前2500年ごろに建造されたと考えられており、世界各国の教科書にも同様の内容が記されている。しかし、放射性炭素年代測定などの結果をもとに、実は紀元前7000~5000年に建造されていたと信じる考古学者も少なくないという。そう、ピラミッドが定説よりも実際は2500年以上古いのではないかというのだ。
 しかし、仮にこの説が正しいとすると、大きな疑問が生じることになる。史上初めてナイル川の上下流域を統一する「第1王朝」が出現し、古代エジプト文明が始まったのは、紀元前3000年ごろである。つまりピラミッドは、古代エジプト文明の誕生時、すでにギザの地に存在していたことになり、「なぜ」「どのように」という現在唱えられている謎に加え、「誰が」という新たな謎が生まれてしまうのだ。…
 ピラミッドが古代エジプト人のものではないとしたら、一体誰が、どのように作り上げたのか――? 一部の研究者によると、この疑問を一気に解き明かす画期的な答えが存在し、裏づけとなる証拠も多数見つかっているという。それこそが、ピラミッドと「巨人」の関係という、人類史を覆す画期的な新説なのだ!

■巨人がピラミッドを作った証拠多数!

 ピラミッドが古代エジプト文明よりも前に誕生したと信じる人々は、太古の昔、この地球上に存在した「巨人」こそが本当の建造者だったと考えている。突拍子もない説に聞こえるかもしれないが、その証拠も実際に多数残されているという。
 まずは、古代エジプトの壁画だ。現存する壁画の中には、明らかにスケールの異なる人間たちの姿が、ともに描かれているものがあるという。小さな人間と、背丈が何倍も大きな人間とが一戦を交える様子を表した壁画さえ発見されているのだ。これは、古代エジプト人が、巨人たちからピラミッドを“奪った”可能性を示唆するものといえる。
 さらに1988年、ドイツの日刊紙「BILD」は、古代エジプト文明以前に現地で巨人が暮らしていたことを物語る発見をスクープとして報じている。それによると、古代エジプト文明の研究者であるグレゴール・シュペリという人物は、調査で現地を訪れた際、カイロから100km北東に位置する農場で“とある老人”と出会った。この老人、実は過去にエジプトの古代遺跡を盗掘していた人物だったが、「300米ドルで“とんでもないもの”を見せてやろう」と提案してくる。
老人の話を呑み、シュペリ氏が目にしたのが、なんと“巨人の指”だったというのだ。
(略)
 話をまとめると、古代エジプト文明は、それ以前に現地で暮らしていた巨人たちが生み出したピラミッドを“拝借”し、まるで“リフォーム”するかのように自分たちの色に染め上げていた可能性も一概に否定することはできない、ということになる。
 証拠が残っているにもかかわらず巨人の存在を前提とした調査・研究が公式に行われない点、いつになっても人々のなかで巨人という存在が伝説の範疇に留まっている点……など、新たな疑惑が次々と生じてくることも確かだ。しかし、これは人類史を大きく塗り替え、私たちに“意識の刷新”を求めるような話である。不測の事態を、可能な限り避けようとする何らかの“圧力”がはたらいていたとしても、不思議ではないのかもしれない。

ピラミッドの建造時期云々の話もかなりトンデモな根拠であったりだとか、巨人が描かれているのが実在の証拠なら竜や天使も実在していたのか等々突っ込みどころは多々あれど、想像の翼を働かせるのも楽しいですよね。
こちら南米はアルゼンチンから川口浩もびっくりと言う驚くべき大発見を伝えるニュースが飛び出しているのですが、まずは記事から紹介してみましょう。

アルゼンチンに実在した「プレアデス星人の拠点」を取材! 宇宙人との接触・インタビューに成功!(2016年4月13日トカナ)

(略)
 地球で暮らす宇宙人の居住地を明らかにしたのは、主に南米やスペインなどでUFOや超常現象を検証しているヒスパニック系のUFO情報研究サイト「Inexplicata」である。南米ではとても有名だというこのサイト、接触に成功したのは“プレアデス星人”という「ヒューマノイド・タイプ」の宇宙人であるという。彼らは、アルゼンチン周辺諸国で30カ所以上のコミュニティを持っているということだ。
「Inexplicata」のチームは、多々あるコミュニティの1つ、アルゼンチン北西部の都市「サルタ」から113kmほど離れた「カチ」と「ラ・ポマ」という2つの町の間で暮らしているプレアデス星人と接触することに成功した。
 サイトによると山あいにある小さな町「カチ」と「ラ・ポマ」は国道40号沿いにあり、ここまでは比較的簡単にたどり着けるが、その先のプレアデス星人の拠点となる場所までは、隠された遠隔ゲートを通り、曲がりくねった道を進まなくてはならないため「ただの好奇心だけではたどり着けないだろう」と忠告している。また「もしたどり着けたとしても、建物は生い茂った植物で覆い隠されており、もはや塀や丘にしか見えない」ということだ。他にも、不審者の来訪を知らせるセキュリティ装置も備わっているとあり、プレアデス星人と接触することは簡単ではなさそうである。
(略)
 なかなか信じがたい話ではあるが、プレアデス星人に関する話や情報はアルゼンチンだけでなく地球全土にあるという。「Express」は、“人間”という魂から離れ、プレアデス星人とコンタクトしている地球人の存在も報じており、プレアデス星人が我々と深い関わりを持っていることを伝えている。
 著名なUFO研究家のスコット・ウェアリング氏によるとプレアデス星人は「スカンジナビア半島で暮らす北欧人のような見た目で、美形で背が高くスリムで、彼らはおうし座のプレアデス星団(すばる)から、地球の行く末を懸念し、人類を救うため地球にやって来た」と説明している。
(略)

これらの情報が全て事実であるならまさしくこの地球に大変なことが起こりつつあると判断するしかないところですが、これ以上大変なことが起こらないよう願いたいところですね。
さらにアメリカからはあの有名な話の続報ともリメイクとも言うべき驚くべきニュースが飛び込んできているのですが、こちらの記事を紹介してみましょう。

UFO墜落、エイリアンを生け捕り…米ニューメキシコ(2016年4月18日かすぽ)

ロシアの情報筋によると、米国で墜落した円盤型UFOの内部からエイリアンが見つかり、生け捕りにされた模様。UFOは軍によって撃墜されたとの情報もあります。

軍関係者らしき人物と一緒にいる小人型エイリアン、墜落後に回収され輸送中のUFOなどの画像が流出しています。

現場は米国ニューメキシコ州、リンカーン国立森林公園付近とのこと。続報が入り次第お伝えします。

数少ない写真を見るだけでももはやワクワク感を抑えることに苦労するのですが、しかし何故ニューメキシコと言う土地はこれほど我々に新たな話題を提供してくれるのでしょうかね。
これまたアメリカからの話題ですが、近年とみに話題になっているあの怪現象のまさにその瞬間がついに撮影されたと言う驚くべきニュースです。

牛がUFOにさらわれる瞬間が撮影される(2016年4月24日かすぽ)

米国で「牛がUFOにさらわれる瞬間」が撮影された。2016年2月29日、モンタナ州での出来事であるという。

UFOから照射された4本のトラクタービームによって、牛が足を引っ張りあげられ、逆さ吊りで宙に浮いている様子がはっきりとわかる。
その後、この牛がどうなったかは不明である。

米国では、牛などの家畜が、血液を抜かれたり、内臓の一部、眼球、舌、生殖器などを切り取られた死体で見つかる現象「キャトル・ミューティレーション」が、これまでに多数報告されている。キャトル・ミューティレーションは、「牛の死骸を虫が食べた痕」といった自然現象として説明できるものも多いが、一部には、UFOによる拉致、宇宙人の生体実験と関連付ける説も根強くある。
(略)

いやまさにトラクタービームと言うものはすさまじい効果を発揮するのだなと感じる写真なのですが、わざわざ足先でつり下げるような器用なことをしなければならないのであれば案外不便なのかも知れませんね。
最後に取り上げますのはまさに全宇宙的影響を考えるべきと言う気宇壮大なニュースですが、まずはこちらの記事から引用してみましょう。

科学者が断言「ブラックホールは高度な宇宙人の住処だ」 安全で快適な“事象の地平面”とは!?(2016年4月20日とかな)

(略)
 ロシアの天文学者であるニコライ・S・カルダシェフ博士は1964年に、宇宙に存在しうる宇宙文明の進歩の三段階、いわゆる「カルダシェフの尺度(Kardashev scale)」を発表した。このカルダシェフの尺度は、文明が発する電波などを解析して、文明の発達レベルを3段階に分けるモノサシである。
 惑星に降り注ぐエネルギーをすべて活用することができる第1段階の文明から、最も近い恒星(我々にとっての太陽)エネルギーの一部を有効活用できる第2段階の文明、さらに最も近い恒星のエネルギーをも完全に手中に収め、属している銀河の多くの星を植民地化して活用している第3段階の文明の3つが定義されている。ちなみに我々人類は、現在第1段階に到達すべく奮闘中であるという。一説によれば第1段階への“到達度”は70%ということだ。
 そしてこの第3段階の文明を持つ宇宙人が、この超大質量ブラックホールの内部で暮らしているというから驚きだ。この説を提唱しているのは、ロシア科学アカデミーの宇宙学者、ヴャチェスラフ・ドクチャーエフ博士だ。論文は2011年にコーネル大学の電子ジャーナル「arXiv」に掲載された。
(略)
 ドクチャーエフ博士は、回転するブラックホール内部についての理論的な計算を繰り返し行った末、ブラックホール内部の一部領域に、安定的で規則的な周回軌道が存在していることを突き止めたのだ。この軌道上にいったん乗ってしまえば、中心に吸い込まれることなく永続的に周囲を周回し続けることができるのである。結局のところ地球が太陽の周囲を回っているように、超大質量ブラックホールの内部でも中心から一定の距離を保った周回軌道があり、その軌道上で宇宙人たちは暮らしているというのである。

 しかしそうであったにしても、なぜ普通の惑星上で暮らさずに、超大質量ブラックホールの内部という場所に好んで(!?)住み着くのか? それはこの周回軌道がそのままブラックホール特有の「事象の地平面(event horizon)」であることに大きな理由があるという。そこを越えればブラックホールへ落ちてしまうという、まさに瀬戸際の境界線上にある事象の地平面だが、実はここは時間と空間がきわめて安定した状態にあり、イレギュラーな不測の事態に遭遇することなく安心した暮らしを享受できるのだ。
 地球上での生活では、太陽風や月の引力の影響を受けたり、あるいは隕石の落下や惑星衝突などのリスクをはらんでいることになるが、ブラックホール内部であればそのようなリスクはほとんどないことになる。もちろんブラックホールそのものが消滅する前には“引越し”をしなければならないが、しかし太陽などの恒星の寿命に比べれば、特に超大質量ブラックホールはほぼ不老不死と言ってよいほどの寿命であると考えられている。これこそが高度な文明を持つ宇宙人がブラックホール内部に住みたがる理由だということだ。
 とすれば我々人類から見れば宇宙人の住環境は羨ましい限りである。……と、不満を漏らす前に、まずは人類の総力をあげてエネルギー問題が解消される“第1段階”の文明を早期に達成しなくてはならないだろう。

実際のところブラックホール内部に文明が存在していて悪いと言う理屈はないはずですが、それが内部で独自に発達したものなのか、それとも外部から落ち込んだものなのかによって科学大系は大きく異なっていそうですね。
ブラックホール内部での生活がどのようなものなのか我々矮小な人類には未だ想像すら及びませんが、案外何処の世界に行っても代わり映えのしない当たり前の日常生活が続いているだけなのかも知れません。

今日のぐり:「博多ラーメン琥家(こや)倉敷店」

倉敷駅北側の幹線道路沿いと言えば近年ラーメン店が林立し指折りの激戦区と言われていましたが、しかしいつの間にか全国チェーン店ばかりが生き残っているのもブランド力の差なのでしょうか。
そんな中で地元ローカルチェーン店として気を吐いているのがこちらのお店で、以前に岡山のお店にお邪魔したことがあるのですが、しかしこの激戦区でいつもこれだけの繁盛をしているのも立派なものですね。

とりあえずベーシックかつ定番のしろを頼んで見ましたが、HPによれば「スープの旨味と後味のバランスにこだわりぬいた琥家渾身の自信作。さっぱりとした中にしっかりとした旨みが生きています」だそうです。
極細麺はデフォルトの茹で加減でもきっちり硬めにしゃっきりと仕上がっていて、クリーミーかつ濃厚だが臭みがよく抑えられた豚骨スープとのマッチングもいいし、確かに競争力のあるラーメンだと思いますね。
こうしたお店では替え玉前提なのか少々タレの塩加減が強すぎの店もありますが、こちらはスープとして飲んでちょうどいい薄口加減の味で、物足りない人はテーブルのタレを追加すればいいわけです。
このスープだと替え玉よりもご飯を入れた方がスープを楽しめそうにも思ったのですが、香辛料を加えたあかや味噌、つけ麺や担々麺など一通り揃っていますし、サイドメニューも豊富でグループでも利用しやすそうですね。

この日食べたしろに関しては価格競争力もかなり高いと思いますし、接遇もわりによくトレーニングされていて、店内も小綺麗で(いい悪いはまた別として)豚骨臭も薄めと、繁盛店だけにどこも隙がない印象でした。
もちろん人の行き交いも多い街中だけにこうしたお店が生き残っていくのは理解出来るのですが、ラーメンと言うと昔ながらの小さな個人店の「こんな小汚い店でうまいものが」と言う意外性も何か懐かしい気もしますね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年4月28日 (木)

最強の保険はすでに手中に

社会の木鐸たる朝日新聞は時々興味深い意見を掲載することでもしばしば話題になりますけれども、先日出ていたこちらの記事も様々な反応を呼んでいるようです。

(声)大病院は安直に紹介状求めるな(2016年4月25日朝日新聞)

 医師 谷本哲也(東京都 43)

 診療所などで働いているが、大病院への紹介状の作成依頼が増えつつある。4月に導入された定額負担が影響しているようだ。
 紹介状なしで大病院を受診した患者は初診時で5千円以上、再診時で2500円以上がかかる仕組み。安易な大病院受診を抑える狙いがある。

 ところが、うちの診療所では初診の患者さんから、元々かかっている大病院への紹介状を依頼され、戸惑うことがある。大病院側から、診療所の紹介状持参を指示されたり、勧められたりするらしい。大病院で診療科が異なるため連携できない場合や、定額負担をせずにすむよう大病院が配慮する場合もあるという。
 患者の詳しい情報を持つ大病院に宛てて、治療歴や検査データが分からない初対面の患者の紹介状を、診療所側が書くのは妙な話だ。大病院は特定の病気に特化した縦割り診療が主流とはいえ、内部で連携したほうが効率的ではないか。

 紹介状作成も医療費のうちだ。患者さんに手間もかける。安直に紹介状を求める風潮は見直してほしい

大病院勤務医の側としては、開業医から名刺の片隅に「何卒よろしく」とだけ書かれた紹介状?持参の患者に押しかけられ難渋すると言う話も聞きますが、開業医の側ではこれも紹介状のコスト負担をさせたくないと言う思いやりもあるのだそうで、その結果病院窓口で高い初診料を取られるのではかえって損な時代になったとも言えます。
谷本先生は診療所グループの雇われ勤務医なのだそうで、そうであれば紹介状を何枚書こうが給料が増えることもないでしょうから余計な手間をかけさせるなと言う気持ちは非常によく判るのですが、一般的には開業医の先生であれば経営者目線でもう少し別な見解をお持ちではないかと言う意見もあるようですし、一手間かけてお安くなると言うことは医療費も削減されると言うことですから、まあ難しい問題ではありますよね。
ただ初診は高いお金がかかるから紹介状だけ書いてくれと言う患者が増えているのは確かで、それもこれもお国による政策的誘導が悪いと言うことなのでしょうが、いちいち開業医に逆戻りするのも面倒だから受診を取りやめる人が増えれば受診抑制としては意味があることでしょうが、記事を見るとどうも安くなるからと機械的に紹介状持参をと勧めているようにも見て取れるのですが、そうであれば制度の趣旨的にどうなんでしょうか。
いずれにせよ安直に紹介状を求める風潮は見直すべきと言う結論部分には賛成ですが、患者に面倒臭いことや負担になることを強いるのが目的の制度であると言う大前提に立って見ると余計な配慮などせずさっさと金を払わせろという、朝日的にどうなのよ?な意見とも読み取れる内容になってしまいそうですね。
さて、いざと言う時に頼りにするべきなのが保険と言うもので、今回の震災でも今後保険支払いを巡って様々な議論が起こってきそうなんですが、先日見かけたこちらの記事なども保険と言うものの意味合いから考えてみると微妙な結論になってしまいそうです。

医療保険 生涯で7回入院したら元が取れるという計算も(2016年4月24日NEWSポストセブン)

「50代は保険を見直す最後のチャンスと捉えたい」と言うのは、ファイナンシャルプランナーの八ツ井慶子さん。50代以降、保険料が高くなることに加え、健康面で保険の新規加入が難しくなるという。さらに、保険に加入した20代、30代の頃とは家族構成など環境が大きく変わっている人も多いのがその理由だ。

 医療保険の検討には、1か月の医療費が一定以上を超えると、超過分が払い戻される高額療養費制度が使えることを念頭に置いて見直したい。例えば、年収600万円の55才で1か月の医療費が50万円の場合、月の自己負担額の上限は約8万円になる。
「医療保険で備えたいのは自己負担分です。医療費に加え、個室料金や食事代の一部などがそれにあたります」
 生命保険文化センターの調べでは、入院時の自己負担額は平均で23万円。家計から捻出できそうであれば、医療保険には入らないという選択肢もある。「備え」には保険と貯蓄の2つがある。これらのバランスが大事だ。

 ちなみに、高額医療費制度の対象は、医療保険の適用範囲に限るので、先進医療も自己負担になるが、実際に受ける人はかなり少ない。先進医療のためだけに医療保険に入るのは保険料の負担が重い
「その分を貯蓄に回してもいいと思います。決して必ず入らなくてはいけないものではありません。例えば、41才男性で、月々の保険料4000円の医療保険に入っていたとします。
 保障内容は、60才まで1日あたり5000円の入院費が支払われ、さらに手術1回で10万円の給付金を得られるとします。
 19年間で合計約91万円の保険料が必要です。1週間入院して手術を受けた場合、13万5000円が給付金。支払総額をこの金額で割ると、6.74。つまり、一生涯で7回繰り返したら、元が取れるという計算です。これを安心と思うか、もったいないと思うかは人それぞれです。家族でよく話し合って医療保険を見直しましょう」

日本では最強の保険とも言われる国民皆保険制度があって、営利が目的の民間保険会社にはこれ以上の制度は作れないとも言いますが、医療に限らず保険で元を取ろうと言うのがそもそもの間違いで、何かあったときに負担しきれない出費に対してリスクを分散すると言うのが保険本来の趣旨であるはすです。
その意味で言えば高額療養費で自己負担の上限が抑えられている以上一時的な出費に対応出来るよう貯蓄に回すのか、保険をかけておくのかは各個人の選択次第ですが、生涯7回入院しなければ元が取れないと言われると医療保険に入るのも躊躇するところですが、この辺りは高額な自己負担が発生する先進医療などを希望するかどうかなど個別の事情に合わせて検討すべきかと思いますね。
入院コストと言えば寝たきり高齢者などが退院も出来ず延々と療養病床に入院していると言うケースもありますが、多くの場合医療入院の方が介護で施設に入所するよりも安上がりになるのが日本と言う国の特徴で、それはそれで患者がいつまでも病院に居座る理由だと批判されるものではあるものの、支払いは入院○ヶ月までと制約のあるタイプの保険ではこうした場合には対応できないことになります。
そう考えると貯蓄しておくと言っても人間の性質でついつい使ってしまいがちなものでもありますから、保険料を払うかわりに確実にお金が出る個人年金保険でもかけておくのが一番潰しが効くのかも知れませんが、どうしても支払いが出来ないと言うことになっても多くの医療機関は支払いには非常に寛容ですし各種支援の制度もありますから、日本で健康保険証を持っている限りはまず大きな不安はなく医療を受けられるはずですけれどもね。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2016年4月27日 (水)

リスクがあることが判っている行為をどう受け入れさせるべきか

医療訴訟もひと頃ほど話題にならなくなった感もありますが、医学的に大変教訓的なケースとして先日こんなニュースが出ていたことを紹介してみましょう。

日赤に1・2億円賠償命令 神戸の病院で医療ミス(2016年3月30日神戸新聞)

 兵庫県災害医療センター(神戸市中央区)での治療ミスによって重い障害が残ったとして、三木市で入院中の女性(42)が同センターを運営する日本赤十字社などに損害賠償を求めた訴訟で、神戸地裁は29日、同社に約1億2100万円の支払いを命じた。

 判決によると、女性が搬送された5日後の2008年3月26日、医師が女性の気管に挿入中のチューブを抜いたところ異変が生じ、再挿管を2回試みたが心停止となった。別の医師が喉の切開手術で気道を確保したが、手足が動かせず、食事を自分で取れないなどの障害が残った。

 地裁は、心停止時間と蘇生の関係などから、チューブを抜いた医師が切開手術ができる別の医師に早期に応援を求めておけば、重篤な後遺障害は残らなかったと指摘。「医師の注意義務違反と因果関係が認められる」とした。

 日本赤十字社は「判決を吟味し、弁護士と対応を協議中」とコメントした。

 センターを設置した兵庫県の賠償も請求されたが、地裁は棄却した。

気管内チューブの挿入ではなく抜去時に発生した気道閉塞が低酸素脳症に至ったと言うことなのでしょうが、挿入時にはともかく抜く際にもこうした重大なトラブルが発生すると言うことはピットフォールで、先年特定看護師が行うべき業務の中から高リスクで行うべきものでない業務として気管内チューブの挿管だけではなく、抜管も除外されたと言うことが思い出される話です。
ただ改めて考えてみると今回も医師が行っていながらこうした事故につながっているわけで、誰が行うと言うよりも何か変事が発生した場合に対処可能な応援をどれだけ素早く呼べるかと言うことの方が重要であるとも読み取れる判決なのですから、下手にその場で頑張ってしまう医師よりも看護師が抜管した方がむしろこの種の事故は起こりにくいと言うこともあるのかも知れませんけれどもね。
医療訴訟にも色々なものがあって、先日は拘置所に収容されていた未決拘留中の人が11回連続で食事を拒否したため経鼻栄養チューブを挿入されたところ出血したと国を訴えていて、最高裁で賠償義務はないと逆転判決が出た経緯が司法判断的にもなかなか面白そうだったのですが、この状況で二審の言う「危険の少ない他の手段」とはどのような行為であったのか、誰がそれを言い出したのかは気になりました。
いずれにせよ医療行為とは何であれリスクは必ずあるのですから、結果が悪かったから誰かが悪かったのだ式の考え方は馴染まないのだとは久しく以前から現場が主張してきたことですけれども、こうしたリスクを伴う行為でも患者にメリットがあれば許容してもらうべきものかと思いますが、直接的なメリットがないとなれば話がややこしいですよね。

医学生の臨床実習、「包括同意」取得は4割 医学部長病院長会議調査、「国際基準」クリアは76%(2016年4月22日医療維新)

 全国医学部長病院長会議は4月21日の定例記者会見で、「診療参加型臨床実習のための医学生の医行為水準策定 現状に関するアンケート」の結果を報告した。臨床実習の期間は、国際基準の「70週」をクリアしていると想定される大学は、80大学中、61大学(76%)に上り、臨床推論や外科手技など「指導医の指導・監視下で実施する医行為」は79校で実施するなど、臨床実習において医行為が積極的に行われている実態が明らかになった一方、医学生が臨床実習を行うに当たって、患者から「包括同意書」を取得しているのは42.5%にとどまるなど、課題も浮き彫りになった。

 医行為は、「レベルI:指導医の指導・監視の下で実施されるべき医行為」と、「レベルII:指導医の実施の介助・見学が推奨される医行為」に大別できる。「レベルI」は1大学を除き79大学で、「レベルII」は78.8%の大学でそれぞれ実施。実施内容には大学による差があるものの、「レベルI」では胃管挿入や、尿道カテーテル挿入・抜去、注射など、リスクも伴う行為も行われている。
 医行為を行う医学生について、「Student Doctor」(あるいはスチューデント・ドクター)の呼称が普及しており、80%の大学が採用している。

 医行為のガイドライン、約3割が採用

 医学教育においては、国際的な水準で行うことが求められ、その一環として診療参加型の臨床実習の充実が進められている。
 医学生が医行為を行う場合、医師法に抵触するか否かが問題になる。関係省庁とのすり合わせも踏まえ、全国医学部長病院長会議では、違法性を阻却するため、(1)学生に許容される医行為の水準(全国共通の医行為の水準に沿い、医行為別に決めた指針に基づき、臨床実習を行う)、(2)臨床実習の指導医(臨床研修指導医もしくは、それに準じる能力を有する医師が指導)、(3)医学生の評価(共用試験:CBT、OSCEの合格を必須)、(4)患者もしくは患者の保護者などからの同意を事故補償(包括同意書に加え、医行為の水準が比較的高いと判断される場合は事前に個別同意を得ることが必要であり、事故補償に加入)――の4点を認識して、実行することを求めている。
(略)
 (2)の臨床実習の指導医については、「資格上の規定があるか」との問いに、「ない」が66.3%に上った。ただし、「ない」場合でも、「FDワークショップ」(38.1%)、「学内外講習会への参加」(15.9%)などで研修していた。
 (3)の医学生の評価は、共用試験以外に「独自の評価試験」を実施しているのは、80大学中13大学(16.3%)。
 (4)の「包括同意書」を取得しているのは、42.5%(34大学)。その代替案としては、「院内掲示」「口頭説明」「院内掲示と口頭説明」を合わせると、9割近くを占めた。「個別同意書」の取得はさらに低く、26.3%。未取得のうち、「検討中・検討予定」が60%。医療事故の補償については、80大学中、79大学(98.8%)が何らかの保険に加入していた。

 一般手技、検査手技の実施は大学による差

 本ガイドラインでは、医学生の医行為を「レベルI:指導医の指導・監視の下で実施されるべき医行為」と、「レベルII:指導医の実施の介助・見学が推奨される医行為」に大別。
 「レベルI」は、80大学のうち1校を除き、実施。(1)診療の基本、(2)外科手技、(3)一般手技、(4)検査手技――に分けて見ると、実施率が高かったのは、(1)で、「臨床推論」(97%)、「診断・治療計画立案」(87%)、「症例プレゼンテーション」(100%)などはほとんどの大学で実施。
 (2)の外科手技も、「清潔操作」(97%)、「手洗い」(100%)、「ガウンテクニック」(100%)と高く、「縫合」(84%)、「抜糸」(76%)なども7割を超えた
 一方、(3)の一般手技の実施は大学によるバラツキがあり、「皮膚消毒」(91%)、「外用薬の貼付・塗布」(78%)などは高かったものの、「胃管挿入」(43%)、「ネブライザー」(50%)、「気道内吸引」(54%)などは半数前後にとどまった。(4)の検査手技も、「12誘導心電図」(95%)、「超音波検査(心・腹部)」(91%)などは高い一方、「脳波検査(記録)」(45%)などは低かった
(略)

最近の医学生は色々と大変なのだろうなあと記事を見ていても思うのですが、学生の臨床実習では日本よりもずっと先進的なアメリカなどでは手術場でも日本の研修医並みの仕事を学生がしていると聞きますが、歴史的経緯から患者の理解があることに加えて、医療費が高く本物の医師を使えばそれだけドクターフィーも余分に掛かると言うことを考えると、必ずしも患者にとってもメリットはないわけでもないのでしょう。
日本では大学病院の病棟医の給料などタダ同然ですから、直接的な金銭面でのメリットはないかと思いますが、それだけに患者にどうやって了承いただくかと言うことは頭を悩ませるところでしょうし、印象的に患者への侵襲の高い行為ほど実施率が低いようにも見えます。
ただ見ていて興味深いのは万一の事故に備えた保証制度の完備などはもちろんですが、個別の同意書はおろか包括同意書の取得も4割に留まると言うのは意外で、昨今何でも医行為と言えば同意書の束が漏れなくついてくることを思うと違和感を抱くところでもありますが、万一何かトラブルがあった際に別に同意書があれば免罪と言うわけではありませんが、まあ取っておいた方がよかろうと言うのが主流的ではありますよね。
特に婦人科の内診などはリスクのある手技だからと言うわけではなくとも見学だけでも患者からの拒否感が強いものですが、掲示してあるから勝手に学生を入れるでは余計なトラブルも発生するだろうところですし、目の前で医師から直接問われても断りにくいでしょうから、診察室でどうこうよりも来院時なりに窓口レベルで実習への協力の可否を機械的に確認しておく方がかえって面倒がなくていいのかも知れません。

この医学生の行う医行為と医師法の関係については平成2年から厚労省の臨床実習検討委員会で検討が加えられ、平成3年に最終報告が出されいわば国のお墨付きを得た形ですが、「どのような臨床実習の場においても、医学生である旨の明確な紹介および患者等の同意を得る必莫がある」と明記されたものの、その方法論においては口頭や掲示による周知など各大学の自主的裁量に含みを持たせています。
今回の記事でははっきりしませんが、例えば文書としての同意書を取得していない施設では侵襲的な手技は行わせていない等の相関があるのかどうかで、見学するだけであれば面倒な書類は必要が無いと言う考えから一歩進んで?同意取得が面倒臭いから見学させて終わりにしようでは本末転倒ですが、患者同意の方法も含め昔ながらの非公式な学生の医行為参加との境界線がはっきりしない部分もありそうですね。
他方で患者側に対する調査では医学生の診察に6割の患者は好意的であるとか、一般内科を受診した患者の4割は学生実習に拒否的であるとか様々な報告がありますが、大学病院の患者に対する調査では患者は医学生自身にはさほど興味は無く、主治医との関係の方をはるかに重視していると言う結果が出ていて、要するに学生実習を受け入れるかどうかは指導する医師への信頼度に依存していると言うことです。
この点で面白いなと思ったのは主治医に次いで患者からの信頼を得ているのが実は看護学生であるらしいと言う点で、患者はベッドサイドで長時間一緒に過ごし世間話に付き合ってくれる相手に非常に好意的だったと言うことなのですが、良くも悪くも患者からの印象が薄いらしい医学生の実習の方法も医学的妥当性だけでなく、患者目線で考えるとまだ改善の余地がありそうですよね。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2016年4月26日 (火)

お互いにストレスを貯めるだけの悪い関係からの卒業

先日こんなニュースが出ていたのですが、臨床の現場においてはままあることではありますよね。

遠野なぎこ、医師とけんかし捨てゼリフ「別の病院へ行きます」(2016年4月21日デイリースポーツ)

 女優の遠野なぎこ(36)が20日、喉の調子が悪いため訪ねた病院で医師と口げんかし、「別の病院へ行きます」と捨てゼリフを残したことをブログで明らかにした。

 ある舞台の公演を前に、喉の不調を感じて咽喉科を受診した遠野。医師から「まだ悪化する可能性がある」と伝えられ、舞台を控えていることから「何日ぐらい警戒すれば?」と尋ねた。すると医師は「こっちは占い師じゃないからそんなことは分からない」と言い放ったという。

 さらに重ねて「時々喉ガラガラで“先生どうしよう”とか駆け込んで来る役者がいるけど医者は薬出すだけで治せないんだよ」と、役者を嫌っているかのような発言も。

 頭にきた遠野は「別に占ってもらおうとは思っていませんけど」と言い返した。

 診察後、看護師にそんなやり取りを伝えたところ、その医師は日ごろから「僕は薬を出すだけで、別に良い医者じゃない」が口癖なのだという。

 遠野は最後に「良い医者じゃないんなら普通に別の病院を選びます」と三行半を突きつけ、病院を立ち去った

こんなところで口喧嘩まで発展すると言うのも大人げないとも思うのですが、基本的に気に入らなければ受診しないのが正しいと思いますから、さっさと「別の病院を選」んだのはよかったことだと思いますけれども、古来言われるところで患者目線でいい先生と医者目線でのいい先生とはまた異なるところで、実際にこの先生がいい先生だったのか悪い先生だったのかは評価する基準によるとしか言えないところです。
ただ大原則として日本では医者は患者を、患者は医者を選べないのですから、大勢の患者から選ばれる(患者目線で見た)いい先生は激務に耐えられずドロップアウトされ、結果的に残るのは患者受けの悪い先生ばかりということにもなりかねないし、実際に多忙な先生の中にはわざと患者目線でのあまりよくない先生を使い分けることで患者数をコントロールしている場合もあると聞きます。
こうしたことがお互いにとってもストレスやすれ違いの原因にもなるのですから、以前から日本もドクターフィーを導入すべきであると言う意見があり、専門医資格など各種資格の実効性を持たせるためにも有資格者は高い料金を取ることを認めるべきだと言う声もあるところですが、日医など一部方面から強固な反対論が続き未だ実現していない状況ですよね。
ともかくも選択肢が他にあれば気にいらないなら他に回るしかないのが現状ですが、地域や診療科、医療の内容などによっては選ぶ余地がないと言う場合も決して少なくなく、時にはそうした状況が利用者に対してもサービス提供者に対しても究極の選択を強いるということもあるようです。

「虐待許しますか? カネ払いますか?」 介護現場にうごめく感情の“不協和”(2016年4月21日日経BP)

 先日、東京MXテレビの朝の情報番組『モーニングCROSS(モーニングクロス)』に出演したときのこと。番組内で流された“ナマの声”がとてつもなく重たいもので、多くの方たちに知ってもらうべき、と考えたので、今回は、これらの発言をもとにアレコレ考えようと思う。
(略)
 ご存じの通り、この4月から介護報酬が2.27%引き下げられた。これは2006年の2.4%の引き下げから2回目のこと。前回の引き下げで労働力不足に拍車がかかったにもかかわらず、再び引き下げを決めたのは狂気の沙汰としか言いようがない。

 介護施設の人権費率は約6割、訪問系介護は7割と大きいため、報酬引き下げはダイレクトに労働力不足に影響を及ぼす。政府は、介護労働者の賃金を月額1万2000円引き上げるとしているが、労働者にちゃんと支払われているかを確かめる手段もなければ、毎月の賃金が上がる代わりにボーナスや手当が減らされて実年収が下がる可能性は高い。
(略)
 21世紀は「ケア産業の時代」と言われ、かつては、家族に埋め込まれていた機能が、ヒューマンサービスとして外部から提供されるようになった。
 特に介護サービスでは、「3大介助」といわれる「食事」「排泄」「入浴」を超え、サービスを受ける人の「well-being(健康で幸福な状態)」という普遍的なニーズの充足にまでサービス領域は拡大した。

 その大きなきっかけとなったのが、平成15年度(2003年度)介護報酬の見直し案。「個々の利用者のニーズに対応した、満足度の高いサービスが提供されるよう、サービスの質の向上に重点を置いた」改革である。
 具体的には、訪問介護を家事援助から生活援助と改め、自立支援や在宅生活支援の観点を重視。認知症の症状を軽減するケアを、積極的に導入するようになった。
 つまり、介護を要する高齢者の人格や心理も理解する必要が出てきてしまったのだ。
(略)
 心も身体も酷使される状況下で感情をコントロールするには、特殊な訓練や専門的な知識の習得が必要不可欠
 だが、現状は個人のスキルに委ねられ、隠れた自発的な行為と見なされ、金銭などの経済的報酬も、他者からの尊敬や感謝などの心理的報酬もない。正当な評価が行われているとは言えない状況で、現場の人たちはとてつもなく高い要求を突きつけられているのである。

「高齢者を思う気持ち」 に甘えている

 介護に関わるほんとんどの人たちは、おじいちゃんやおばあちゃんたちの笑顔や笑い声にやりがいを感じている。そして、その人たちに笑顔を届けるには、ケアを提供する人、その家族、さらには、一緒に働く同僚や上司との“いいつながり”が大きな支えとなる。
 だが、いいつながりを構築する時間的余裕もなければ、精神的余裕もない
 サービス領域の境界線がますます曖昧になり、とっくに踏ん張りが利かないくらい職場環境は悪化しているのに、彼、彼女たちの高齢者を思う気持ちに、私たちは甘えている。うん、甘えているのだ。
(略)
 世間では、「介護職の離職=賃金の低さ」という公式で理解されているが、実際には燃え尽き、メンタルが低下した結果、離職している人たちの方が多い。燃え尽き症候群。「バーンアウト」だ。
 バーンアウトは、「長時間にわたって人に援助する過程で、心的エネルギーが絶えず過度に要求された結果、極度の心身の疲労と感情の枯渇を示す症候群」で、介護職に携わる3割以上もの人が、この状態にあると言われている。
 私が大学院生のときに、先輩の院生が行った調査で、「上司との関係性が感情の不協和解消 → いいサービスの提供 → 家族からの感謝」、というポジティブな循環がある職場で働く介護職の人たちの職務満足感は高く、自分の仕事に“誇り”を持っていることが確かめられていた。
 だが今は、「過酷な労働環境 → 上司・部下の関係悪化 → サービスの質の低下 → 家族からのクレーム」、という180度逆のネガティブな循環にある。

 奇しくも、「介護職が虐待するっていうニュース……あってはならないことだし、絶対あっちゃいけないんだけど……分からなくない瞬間っていうのがある」とコメントした方がいたが、これがホンネ。
 「燃え尽きますか? それとも虐待しますか?」――。そんな悪魔のささやきと必死で戦っているのだ。
(略)
 「虐待は絶対に正当化されないが、過酷な労働が職員から気持ちの余裕を奪い、一線を踏み越えた言動につながっている」と話す介護職の男性も紹介され、彼は「いつか自分も加害者になるのでは」という怖さから会社を辞めたそうだ。
 高齢者を虐待したくて、介護職に就く人はいない。もちろん中には、人を人と思わない不届きモノもいるかもしれない。でも、件の介護士さんが打ち明けた通り、「誰にでも、実はそういう事件を起こしてしまう立場にある」ほど、みんな疲弊しきっているのである。

 つまり……、アレだ。
 もし、質の高いサービスを望むなら、もっともっと介護保険料を国民が負担すべきで、それができないのであれば、サービスの質を下げるしかない
 食事、排泄、入浴のニーズに対応するためだけのサービスと割り切り、現状の劣悪な環境を変える。当然、残業はゼロ。1人でも離職者を減らし、1人でも多くの人たちが介護士さんを目指し、1人でも多くの高齢者がケアを受けられ、1人でも多くの家族が自分の仕事と両立できるようにした方がいい。

 介護現場は、頑張りすぎた。頑張らないことから、議論し直す。崩壊するよりその方がまし
 だって、このまま質を求め続ければ、介護業界は破綻する
 これ以上の甘えは、暴力と同じ。崩壊も、虐待も、破綻もイヤ。このままじゃ誰1人、幸せにならないと思う。

実際の生の声は記事全文を見ていただきたいと思いますが、「介護従事者が虐待などとトンデモナイ!ケシカラン!」式の議論がどれだけ無意味なものであるかと言うことがよく判る、なかなかいい記事だと思いますね。
ただ現実的に国民負担はこれ以上増やせないからこそ介護報酬がカットされつつあるわけで、そうであるならサービスの質を下げるしかないと言うコンセンサスに皆が至ればいいのですけれども、日本ではこのサービスと言う言葉はしばしば無料奉仕の同義語として使用されているように、対価を求めない労働を当然視する土壌があるのが厄介ですよね。
その結果患者本人への対応と家族の有形無形の圧力によって介護者が追い詰められ、かえって虐待など患者対応が悪化していると言うことであれば誰にとっても馬鹿げた話ですけれども、それに対する処方箋は結局のところ要求水準を引き下げることしかなく、早い話が利用者や家族の側の割り切りが出来るかどうかにかかっていると言えますが、患者や家族はもちろん介護従事者の側も意識変革が出来るかどうかですよね。

すでに医療現場は2000年代初頭にこうした葛藤に直面してきた経緯があって、いわゆる医療崩壊だ、立ち去り型サポタージュだと言った一連の騒動を通じて頑張りすぎないと言うことの重要性を身をもって学んできたとも言えますが、面白いものでこの2000年頃を境に国民の医療に対する満足度がどんどん高まってきていることが厚労省の調査でもはっきりと示されています。
先日の内閣府の調査でも社会の各分野が良い方向に向かっていると思うかどうかを調べたところ、国民の3割は医療と福祉は良い方向に向かっている一方と認識していると言う結果が出ていて、これは調査対象となった各分野の中でも最も多かったと言いますが、一方で医療と福祉が悪い方向に向かっていると考えている人の割合は過去最低になったそうで、なかなか示唆的な結果と言えるでしょう。
要するに医療従事者がもっぱら自分達の身を守るために一歩引いたところまでの、頑張りすぎない医療サービス提供に留めるようになった、その結果患者からの不平不満が増えたのかと言えばむしろ逆で、顧客満足度はかえって高まっていると言うこの逆説をどう考えるのかです。

現行の臨床研修制度が整備されて以来研修医が夕方5時には帰っていくなどと嘆かれたものですが、今の時代ヒラリーが言うところの「聖職者さながらの自己犠牲」を払ってまで患者のために奴隷労働を行おうと言う医師などむしろ希少な存在で、大多数は労働者として可能な範囲で誠意ある医療を行っているだけだと思いますが、案外そうした当たり前の職業人としての態度の方が国民受けが良かったとも言えそうですよね。
確かに夜も寝ないで患者のために働いたと言えば献身的で良心的な医師のように聞こえますが、一生に何度も受ける訳でもない治療で医者に命を預ける患者の立場からすればそんなことより明日の俺の手術のために今夜は十分休んでくれと言いたいだろうし、そもそも寝不足と過労で疲れ果てた人間が患者に親切で優しい気分になれるとも思えません。
日本人は勤勉と言われながら意外と労働生産性は低いとも指摘されていますが、慢性的な長時間労働は労働生産性を急激に低下させると言う研究結果が出ていて、週55時間以上働いても得られる成果の点では全く無意味であるそうなんですし、労働の成果は同じでも無駄な長時間労働で疲弊した人間と適当に切り上げて休養を取ってきた人間とでは、顧客にとってはどちらがより良い関係でいられるだろうかと言うことでしょうか。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2016年4月25日 (月)

末期癌患者の私的な治療法が世間の注目を集める理由

ネタのような本当の話と言うものはあるのでしょうが、当事者にとってはきっと真剣極まるものなのだろうとも想像されるのが先日話題になっていたこちらのニュースです。

ガン末期の70代男性、娘の母乳で免疫力アップ 1年4か月も延命(2016年04月19日テックインサイト)

母乳は赤ちゃんにとって最高の栄養と免疫物質を含んでおり、それを飲むことで赤ちゃんは体がどんどん強くなっていく。もしも死期が迫っている病人に母乳を与えたら、ひょっとしたら延命作用を期待できるのではないだろうか。そう考えて行動に移したイギリスの女性の話題が大きな関心を集めている。

英グロスターシャー州チェルトナム在住のヘレン・フィッツシモンズさん(40)は、ハーモニーちゃん、カシウス君という一男一女を育てるママ。彼女はこのほど『mirror.co.uk』に、「母乳は赤ちゃんを丈夫に育てるばかりではありません。重病に苦しむ高齢者にも免疫力や生命力を与えることを目の当たりにしました」と主張し、注目の的となった。

ヘレンさんの父親アーサーさんは68歳であった2009年に骨髄腫に侵され、2013年10月からは前立腺ガンも発症。化学療法も始まったが医師からは「死期が近い」と告げられてしまった。医学書に“母乳育児は赤ちゃんの免疫力を高める”という説明を発見したヘレンさんは、「私が父にそれを分けてあげたら元気を取り戻してくれるのではないか」と考えるようになったという。

「人は愛する人のためならどんな努力も惜しまないものです」とヘレンさん。しかも幸運なことに、彼女はその当時カシウス君を母乳で育てていたのだ。娘が自分の命に真剣に向き合ってくれることがとにかく嬉しかったというアーサーさんは、照れながらも「美味しい」と言って毎日60ml弱の母乳を飲むようになった。ヘレンさんの友人の協力も得て、ある時からは85mlに量が増えたという。

ほどなくして行われた検査で、骨髄腫にはつきもののM蛋白という異常なたんぱく質の過剰な生産が止まったことが確認され、医師を驚かせたアーサーさん。こうして彼はそこから1年4か月も生きてくれたそうだ。この話題に関し、同メディアは“もしも親の最期が近いと知ったら、その延命のためにあなたも母乳をあげてみたいか”と問うWEBアンケートを実施したが、約9割がYesと回答している。

実際に母乳が骨髄腫を抑制するのかどうかは現段階では何とも言えないと言うしかないのですが、何かしら心理的な効果が全身状態を改善した等々様々な想像は出来るのですけれども、しかし実の娘の母乳を飲む父親と言う構図が非常に印象的であると各方面で話題になっているようですね。
この場合周囲の好奇の視線なりは一定程度あることでしょうが、それでも当事者以外の誰にも迷惑にはなっていないと言うことで結果が良ければ別にいいのではないか?と言っていいことなのかも知れませんが、近年HIV感染が蔓延しているアフリカの一部で性交未経験な女性との交わりがHIVを抑制すると言った迷信が広まり、幼女に対する性的暴行が頻発していると言った社会的に有害なケースもあるわけです。
民間療法の大部分は医学的な根拠がないだけに、利益と不利益のバランスで明確な不利益がない場合に初めて許容されるべきだと言うのがひとまず妥当な対応だと思いますが、難しいのが医学的には有効であることが判りきってはいるが数々の不利益もあると言う場合で、先日から各方面で議論を呼んでいるのがこちらの裁判です。

末期がん患者が最後にすがった大麻は違法か? 劇的改善の被告が「命守るため」と無罪主張 司法の判断は…(2016年4月24日産経新聞)

 大麻を所持したとして大麻取締法違反(所持)罪で逮捕・起訴された末期がん患者の男性=東京地裁で公判中=の裁判が注目を集めている。同法は大麻の栽培や所持、医療目的の使用や研究などを禁止。男性は「全ての医師から見放された中、大麻ががんに効果がある可能性を知り、治療のために自ら栽培し使用したところ症状が劇的に改善した。憲法で保障された生存権の行使だ」と無罪を主張。大麻を使用した末期がん患者が生存権に基づいて無罪を訴えるケースは初とみられる。欧州諸国や米国の20州以上で医療用大麻の合法化が進む中、日本での医療用大麻解禁の是非が争点になる可能性もある。司法はどう判断するのか-。(小野田雄一)

 無罪を主張しているのは、神奈川県藤沢市の元レストラン料理長、山本正光被告(58)。山本被告は平成27年12月、大麻約200グラムを所持したとして警視庁に逮捕され、その後起訴された。
 弁護側によると、山本被告は25年6月に肝臓がんが見つかり、医療機関で治療を始めたが、26年10月に余命半年~1年と宣告。医師から「打つ手はない」と言われた中、インターネットで大麻ががんの改善に有効な可能性があると知った。厚生労働省や農林水産省、法務省などに「大麻を医療目的で使うにはどうしたらよいか」と相談したが、「日本では大麻自体や大麻由来の治療薬の使用は禁止されている」と説明された。製薬会社にも「私の体を医療用大麻の臨床試験に使ってほしい」と伝えたが、「日本国内での臨床試験は不可能だ」として断られたという。
 そのため大麻を自宅で栽培・使用したところ、痛みが和らいだほか、食欲が戻り抑鬱的だった気分も晴れた。また、腫瘍マーカーの数値が20分の1に減り、改善の兆候が現れたという。
 山本被告は「医師も『ありえない』と驚いていた。数値が下がったことを示すカルテもある」とし、「育てた大麻は他人に販売も譲渡もしていない。現代医療に見放された中、自分の命を守るためにやむなく行った」と話した。

 医療用大麻の解禁を主張するNPO法人「医療大麻を考える会」の前田耕一代表(65)は「私も以前、緑内障患者の大麻の譲り受けを手伝い、大麻取締法違反の幇助(ほうじょ)罪で有罪判決を受けたが、判決文には『医療目的の大麻の施用は特別な事情がない限り正当化されない』と述べられていた。同法も『みだりに』栽培したり所持したりすることを禁じている。山本氏の場合はまさに『特別な事情』があり、『みだりに』所持していたわけでもない」と擁護した。
 弁護側は公判でこうした「生存権の行使」「緊急避難的な措置だった」などと主張する方針だ。

 大麻をめぐっては、近年では従来指摘されてきたほどの危険性はなく、たばこやアルコールに比べても日常生活や健康への悪影響は小さいとする研究成果が欧米などで報告されている。一方で、がん治療などへの有用性も確立されたデータは存在しておらず、国際的な専門機関でも統一的な見解がないのが現状だ。
(略)

 一方、国連薬物犯罪事務所(UNODC)の「世界薬物報告書」(2006年)では「最新の調査で大麻は精神に深刻な影響を及ぼすことが明らかになった。大麻は無害な薬草ではなく、慎重な取り扱いが必要な人間の精神に影響を及ぼす薬物である」と述べる一方で、影響の度合いについては「大麻を極めて大量に服用すると、軽い精神障害を引き起こすが、このような状況は極めてまれであることが判明した」とも指摘している。
 厚労省監視指導・麻薬対策課の担当者は「医療用大麻は有効性が実証されているわけではない上、最先端のがん治療が受けられる日本で、医療用大麻を合法化する必要性は低い。米国では医療用のみ合法化された州、嗜好品用にも合法化された州があるが、実際には医療用のみ合法化された州でも嗜好品として蔓延している。他のより強度な麻薬に手を出す入り口にもなっている」と話す。その上で「日本で規制を緩めれば、子供などが大麻を手に入れやすくなるなどのリスクが生じる」として、規制緩和に対して慎重な立場を崩していない。
(略)

ご存知のようにアメリカなどでも大麻合法化の動きが出てきたことなどに伴い改めてその有害性が検証されているわけですが、現在ではどうも限定的な状況では精神障害を進行させたり重大な不安神経症を発症させたりと言うリスクもあることが判ってきていて、従来から言われているような酒やタバコよりは安全であると言う話も微妙に軌道修正される可能性も出てきているようです。
ただ必ずしも多数の人々にそうした重大な問題が現れるわけではなく、酒やタバコの持つ各種有害なトラブルに比べれば総体としては大きく上回るようなものではなさそうだと言う予想も出来そうなのですが、一方で医療用麻薬がすでに当たり前に用いられているように、麻薬の類も使い方を間違えなければ医療現場で様々な効果があることは周知の通りですよね。
今回の症例でどのような機序で大麻が効いているのかは記事からははっきりしませんけれども、肝臓癌と言うことですから食事摂取が落ちるなどの理由で肝機能が保てなくなってきていて、そのために治療の選択肢が失われつつあったと言うことであれば、例えば大麻によって苦痛が軽減されることによって食欲が回復し肝機能にも好影響があると言うことは十分考えられるかとは思います。
こうした経過だとすると医師が「ありえない」と驚いていたと言うのは、患者が違法薬物に手を染めて全身状態が良くなってきたのだとは知らなかったからだと言う解釈も成り立ちそうですが、いずれにしても症例によっては大麻も色々と使い出があるのは当然の話だとして、それでは現在認可されている医療用麻薬や他の薬剤でその代替が出来ないものなのかどうかが気になりますね。

大麻はモルヒネなども効かない神経障害性疼痛など多様な疼痛にも有効だと言いますが、この点で話がややこしいのが諸外国では医療用大麻の活用についてすでに話が進んでいて、症例によっては実際に処方され活用されているような状況であるにも関わらず、日本においては医療用であっても大麻の所持や使用が違法とされている結果、その研究自体も全く進んでいないと言う背景事情があるようですね。
要するにきちんと医薬品として認可するためには一つには明確な有効性を示すデータが必要であるはずなのに研究自体出来ない法律上の制約があり、またもう一つはやはり医療用と言えど通常の嗜好品と同様乾燥大麻を吸引すると言う形で使用されているようですから、目的外使用など医薬以外での使用の懸念が拭いきれないことも国が及び腰な一因なのかも知れません。
このあたりは製薬会社の側で国外でのデータを積み上げると同時に、もう少し薬らしい形での製剤化の検討をお願いできればいいのでしょうが、自分で栽培して乾燥させて吸えばタダ同然で使えるものに高い医療費を投じて製剤化することは医療経済上どうなのかで、今後例えば患者団体なりから国を訴える動きなどが出てきた場合に国がどのような論理でそれに反論するのかも注目したいところですね。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2016年4月24日 (日)

今日のぐり:「冨久美味 (ふくみみ)」

このたびの地震などはまさにあってはならない悲劇と言えますが、その被災地であってはならないことが起こってしまったと話題になっています。

「落ちない巨石」が落ちた…熊本・南阿蘇村の「免の石」(2016年4月22日朝日新聞)

 崖の割れ目にはさまり、宙に浮いたように見える熊本県南阿蘇村の奇岩「免(めん)の石」が16日未明の地震の影響で、割れ目から落下したとみられることがわかった。落ちそうで落ちない姿にあやかろうと、受験生らが訪れるパワースポットとして人気の観光地だった。

 「免の石」は、南外輪山(みなみがいりんざん)にある高さ約40メートルの崖にできた割れ目に、宙に浮いたように挟まった縦3メートル、横2メートル、重さ約5トンの巨石。

元記事の写真を見ると確かにあるべき場所にあるべきものがない悲しさを体感出来ると言うものなんですが、しかしこうした奇跡を作り出す自然は時に残酷なこともするものですね。
本日はせっかくのパワースポットを失ってしまった熊本県民の二重の悲劇を励ます意味を込めて、世界中からあってはならないことを伝えるニュースを紹介してみましょう。


1冊6万円謎の本、国会図書館に 「代償」136万円(2015年11月1日朝日新聞)

 ギリシャ文字などを無作為に打ち込んだ1冊6万4800円(税込み)のシリーズ本が、国立国会図書館に78巻納本された。納本された本の定価の一部などを発行者に支払う仕組みがあるため、すでに42冊分の136万円余が発行者側に支払われている。納本は法律で義務づけられているが、ネットでは疑問の声が上がり、同館も支払いが適正だったのか調査を始めた。

 問題の本は、りすの書房(東京都墨田区)が発売した「亞書(あしょ)」。同社によると2月にネット書店「アマゾン」で販売を開始。112巻まで作成し、最終的には132巻まで出す予定という。A5サイズで480ページのハードカバー。各ページとも縦12センチ、横9センチの枠内にギリシャ文字やローマ字が並び、ページ数は振られておらず、全く同じ内容のページもある。国会図書館へは3月ごろから10月にかけて78巻までが1部ずつ納本された。

 同館は納本された本の定価の5割と送料を「代償金」として発行者に支払うことが国立国会図書館法などで定められている。2014年度は、約15万点に対し約3億9千万円の代償金を支払った。「亞書」は目録作成中のため館内での閲覧はまだできないが、同館のホームページの蔵書リストに載ると、ネットで「代償金目当てでは」と炎上。りすの書房は10月26日以降、アマゾンでの販売を取りやめている。

 同社は2013年3月に設立され、代表取締役の男性(26)が1人で運営。男性は朝日新聞の取材に対し「自分が即興的にパソコンでギリシャ文字を打ったもので、意味はない。本そのものが立体作品としての美術品とか工芸品。長年温めてきた構想だった」と説明。題名も「ひらめいて付けた。意味はない」。著者のアレクサンドル・ミャスコフスキーは「架空の人物で、作品のイメージとして記載した」と話した。

これはまさしくあってはならないことなのでしょうが、しかし長年温めてきた構想と言うだけに目から鱗と言うのでしょうか、その手があったかと思わず膝を叩くような話ですよね。
日本でも政府機関の無駄遣いがたびたび指摘されますが、こういうものは果たしてどう解釈すべきなのかと言うニュースが出ていました。

アメリカ政府機関が1億5000万円使って作成したアプリ、実は10分で作れた(2016年4月11日GIZMODO)

まさに「桁違い」の無駄遣いなの?

アメリカの空港でセキュリティチェックの列に並ぶ時に、TSA(アメリカ国土安全保障省の運輸保安庁)の人がiPadを持って列を誘導しています。そのiPadには、「TSA Randomizer」という、矢印が右左ランダムに表示される簡単な仕組みのアプリが入っています。プログラミングができる人ならこのアプリは、簡単なコードで作れちゃうってわかると思いますが、アメリカのTSAはなんとこれを作るのに1億5000万円も支払ったとのこと。

こちらの動画は、そのアプリが実際に空港で使われている様子です。

アンドロイド開発者のChris Paciaさんは、この「TSA Randomizer」を自分でも作ってみようと挑戦。すると、たった10分でできちゃったそうです。Paciaさんがアプリの開発を依頼されるときは時給1万円くらいだそうです。なので、TSAはまさかの1億4999万円くらい多く払っちゃったことになります。ひゃー。

ブロガーのKevin Burkeさんは、このアプリの製作コスト1億5000万円の項目明細がないと、アメリカ連邦政府情報公開法(FOIA)に基づいてTSA Randomizerの情報公開を求めたとブログで書いています。TSAによると、アプリの製作自体にかかったコストは500万円ほどですが全体では1億5000万円だったとのこと。また、他のサイトではハードウェアの購入かトレーニングなどに使われたのかも? とも書かれていますが、あくまで憶測。1億4500万円は何に使われたのかはいまだ不明です。とにかく、こんな単純な動きをするアプリがとんでもなく高いのは不思議ですね。

動画を見る限りではそもそも何の目的で開発されたものなのか今いつつほどはっきりしないのですが、これだけの予算がつくからには相当の必要性があってのことなのでしょうかね。
同じくアメリカからのニュースで、広大な彼の地ではクマが出たくらいではびっくりしませんが、これはさすがに違うだろうと言う意外なものが出たそうです。

ヒューストン郊外にトラ出没、捕獲される(2016年4月23日CNN)

(CNN) 米テキサス州ヒューストン郊外コンローの住宅地で23日までに、トラが道路をうろついているとの通報があり、出動した警官隊が捕獲する騒ぎがあった。
地元警察によると、うろついていたのは雌のトラで、今週一帯を襲った洪水の影響で、近くのハリス郡の農場からコンロー市内に住む人物の元に預けられていた。

住宅地でトラを目撃したとの通報は21日から警察に寄せられ始めた。これを受けて警官隊がトラを捕獲。近くの動物保護施設に移送した。首輪と引き綱を付けており、前足の爪は除去されていたという。
コンロー市の条例は「危険動物」を市内に持ち込むことを禁じており、適切な許可を得ていなかったとして管理者に罰金が科される可能性がある。

一帯をドライブしている最中にトラを目撃したという女性によると、ボーイフレンドの男性が捕獲を試みるため車外に出たところ、トラは攻撃態勢に。男性が襲われるものと思い肝を冷やしたが、トラは女性に駆け寄り、ジャンプして顔をなめ始めたので「遊んであげた」という。
警察はトラの所有者を把握したとしているが、まだ引き渡しは実現していない。

色々と突っ込みどころが多すぎてどこから突っ込むべきなのか迷うのですが、いきなりトラに飛びかかられた女性もびっくりですが捕獲を試みようと言う男性にもびっくりですね。
昨今世界中で様々なトラブルの原因となっているのが自撮り行為と言うものですが、こちらその結果起こった悲劇を伝えるニュースです。

“自撮り”のためイルカが死ぬ、リゾートビーチでの悲劇に怒りの声。(2016年2月20日ナリナリドットコム)

アルゼンチンのリゾートビーチ、サンタ・テレシータで起きた悲劇が物議を醸している。

先日、ラプラタカワイルカの赤ちゃんが観光客によって海から捕獲され、まるでトロフィーや神輿のように持ち上げられパレードが始まった。たくさんの人たちに触られ、イルカと一緒のショットを撮ろうと自撮りが行われる中、照りつける日光で脱水症状を起こした赤ちゃんイルカは急速に弱っていく。

そして、憐れなことに絶命してしまったイルカの赤ちゃんは、なんと砂浜にうち捨てられるという事態に。さらに、この死んでしまったイルカも珍しそうに多くの人たちが写真撮影をする光景がSNSで拡散された。

こうした人間の自分勝手な行動に、動物愛護家だけでなく多くの人たちが激怒。「人類にはうんざりだ」「愚かな人間こそ環境への最大の害悪」「自撮り行為はもともと病気みたいなものだが、これはひどすぎる」といった批判がなされ、欧米の各メディアもこれを取り上げることになった。

ネットでは「ラプラタカワイルカはレッドリストにも記載されている稀少動物。野生動物に触れるだけでなく、あのように水から出してしまってはこんなことになるのは当然だ」「21世紀にもなって人間は全く成長していないのではないか」「あれだけの人がいるのに誰も止めようとしない。それが恐ろしいよ」「同じ目に遭わせてやりたい」と怒りの声が渦巻いている。

元記事の写真を見ますと何とも楽しそうな人々の様子ともの悲しいイルカの表情が好対照なのですが、しかしこうして撮影した写真を彼らはどうしようと言うのでしょうかね。
同じく日本でもたびたび事故の原因になっているのが携帯ゲームですが、こちらドイツではとうとうこんなあってはならない事故まで起こってしまったそうです。

運行担当者、携帯でゲーム ドイツ列車事故 (2016年4月13日ニュースダイジェスト)

(ベルリン 4月12日 時事)DPA通信などによると、ドイツ南部バイエルン州で2月に列車同士が正面衝突し、11人が死亡、80人以上が負傷した事故で、地元検察は12日、運行担当者の男(39)が携帯電話でゲームをしていて対応が遅れ、事故につながったとの見方を明らかにした。

検察は男が就業規則に反して携帯を操作し、事故直前まで長時間ゲームをしていたと指摘。注意が散漫になっていたため、事故回避措置で誤操作し、運転士に事態を伝えられなかった可能性にも言及した。 

男は過失致死容疑などで逮捕され、ゲームをしていたことは認めているという。

まあしかし就業規則があっても守らなければ意味が無いとはこのことですが、刑務所の中では携帯ゲームは可能なのでしょうかね?
最後に取り上げますのはお隣中国からのニュースですが、これまたあってはならないことと言うしかない現実に発生した事件です。

「飛行機に酔いそうだったから…」=飛行機初体験の男性客、注意を無視して非常ドア開ける(2016年4月21日レコードチャイナ)

2016年4月21日、都市快報によると、中国海南航空HU7729便の機内で18日、「初めての飛行機で乗り物酔いすると思った」との理由から、乗客が客室の非常ドアを開けるという騒ぎがあった。

HU7729便は杭州(浙江省)経由で深セン(広東省)から瀋陽(遼寧省)に向かう国内便で、ドアを全開にしてしまったのは30歳くらいの男性客。男性は通路側の席だったが隣の席の客に頼んで窓際に移動、ドアの取っ手を珍しそうに触っていたのを見た客室乗務員は「勝手に触るようなことは絶対にやめてください」と事前に注意していたという。

男性は現場に駆け付けた警官に対し、「幼い頃からどんな乗り物にも酔う体質だった。初めて乗る飛行機にも酔うと思った」「乗務員の女性から注意は受けていたが、隙間を少し開ける程度なら問題ないだろうと考えた」などと話し、「ドアが全開するとは思いもしなかった」と説明した。

その後、機体は無事離陸したが、男性が降ろされてから非常ドアが閉まるまでに45分もの時間を要した。男性には「治安管理処罰法」に基づき7日間の拘留と500元(約8500円)の罰金処分が言い渡されている。(翻訳・編集/野谷)

しかし飛行機のドアが勝手に開くものだとは知りませんでしたが、まさか勝手に触る人間がいるとも普通は思わないものですよね。
こうした人間をどう阻止するかはなかなか難しいものですが、高度によっては下手をすると大変な大惨事にもなりかねなかっただけにテロにも匹敵する行為とも言えますでしょうか。

今日のぐり:「冨久美味 (ふくみみ)」

観光地の食べ物屋と言うとなかなか選ぶにも難しいところがあるものですが、こちら高知は桂浜の駐車場前に位置する老舗の料理旅館です。
見た目は単なる旅館ですが普通に昼食利用なども出来るのでかなり穴場感がありますが、ロビー裏手には生け簀もあって伊勢エビやウミガメを間近で見ることが出来ます。

その伊勢エビ料理が名物だそうですが、今回はごく普通のランチメニューとして荒波定食なるものを頼んで見ましたが、カツオのたたきや刺身、天ぷらなど一通り出てくると言う旅館っぽい料理と言えます。
こちらのたたきの焼き具合はいい感じだと思うのですが、小さなことですが塩でもタレでも食べられるようになっているのはありがたいことで、この時期ですとあっさり塩の方が合うかなと個人的には思うのですがどうでしょうね?
カツオと言えば小鉢のカツオフレークみたいなものが妙にうまかったのですが、どうも昨今人気急上昇中のオイルフレークと言うものだそうで、確かに飯の友には最適な味ですよね。
刺身はさほどでもないかなと思うのですが、天ぷらの綺麗な仕上げが見事なものですし、全体にちょっとしたご馳走気分は味わえるのですが、しかし付け合わせのミニサラダだけは何とも場違い感が半端ないですね。

接遇面は旅館らしくおっとりしながら手慣れたもので、普通の飲食店と違って海の見える客室でのんびりできるのもいい感じなんですが、ただ一つ隣の部屋から流れてくる紫煙がたまらないですね。
設備の方は決して最新式と言うわけではありませんが、お部屋のトイレが利用出来るなど必要なところは整っていて、ご高齢の方々やちょっとした団体の皆さんにも利用しやすい印象でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年4月23日 (土)

「メディアを抜きにして被災者救済はできない」

熊本県の地震被害は折からの大雨被害も加わって復旧活動も難航しているそうですが、そんな雨の中でこんな事件があったと話題になっています。

「アナウンサーが子どもを無理にどかせた事実なかったと判断」熊本県民テレビ、「ミヤネ屋」取材への批判受けコメント(2016年4月22日ねとらば)

 4月21日に放送された「ミヤネ屋」(日本テレビ系)で、「アナウンサーが炊き出しに並んでいた子どもを追いやった」場面があったと批判されていた件について、熊本県民テレビ(KKT)がコメントを発表しました。

 当該の放送では、KKTのアナウンサーが益城町(熊本県)の避難所で焼き芋の炊き出しをしていたボランティアの男性をインタビューしていました。その際に、アナウンサーがボランティア男性の手前にいた子ども2人をどかせて雨の中に追いやったとする声がネットで上がっていました。

 同局は、子どもたちは炊き出しを手伝っており、列には並んでいなかったとし、インタビューが始まったので自発的に退いたと説明。視聴者から指摘を受けて再度アナウンサーを派遣し、子どもと親族に経緯を説明したところ、子どもたちに「テレビ局にどかされた」という自覚はなかったと述べています。

 同局は、アナウンサーが炊き出しを邪魔したり、子どもを無理に雨の中に出したりした事実はなかったと判断したものの、「この映像で視聴者の方々に不快な思いをさせたとすれば、お詫び申し上げます」と謝罪しています。

その状況はこちらの動画を参照し各人が判断いただくべきかと思いますが、不肖管理人の見るところでは追い出したと言うよりも割り込んだと言う表現が妥当かなと言う印象で、こうした場合大人が強引に割り込んで来れば子どもはよけるのが自然であるのだろうし、その意味では「自発的に退いた」と言う言い方もまあ嘘ではないのかなと言う気はしますがどうでしょうね。
被災地報道に限らず、お昼時の生中継で行列店などに並んでいる列を「ちょっといいですか?」などと形ばかりの断りを入れながら押しのけ割り込んで行くレポーターなどもしばしば見かける行為ですが、軽犯罪法にはその範囲について「公衆の列に割り込み、若しくはその列を乱した者 (13条)」と言う具体的な記載がある以上、こうした行為もまた軽犯罪として処罰の対象となるだけに注意が必要でしょうね。
ただ今回注目したいのは普通であればそこまで大騒ぎすることでもなかったのかも知れないマスコミ流のいわば平常運転が、今回あっと言う間に「またマスコミが被災地で!」と炎上騒動に発展してしまったと言うことで、それだけ世間のマスコミに向ける目線が厳しくなっていると言うことでもあると思いますが、特に被災地の当事者の方々にとっては避難生活に更なるストレスを与える存在になっているようです。

マスコミが報じない「被災者VS記者」トラブル 自治体の要請もむなしく「記者が勝手に...」(2016年4月22日J-CASTニュース)

  「施設内でのカメラ取材禁止」――。地震で大きな被害を受けた熊本県益城町の避難所に、こんな注意書きが掲出されている。その背景にあるのは、被災者と取材陣の間で発生している「大手メディアが報じないトラブル」の数々だ。
   益城町震災対策本部は2016年4月22日のJ-CASTニュースの取材に対し、「カメラを向けられたり、無理な取材を受けることが被災者のストレスに繋がる。メディアの皆さんには、どうか配慮をお願いしたい」と話す。

   ツイッターなどに数多く報告されているマスコミと被災者のトラブル。その一例が、16年4月21日放送の情報番組「Nスタ」(TBS系)で、図らずも生中継されてしまった。避難所となっている益城町の広安小学校を訪れた取材陣に対し、被災者の1人が「撮るなと言った!見せ物じゃない、どっか行け!」と声を荒げる一幕が放送されたのだ。
   「Nスタ」の取材陣にクレームをつけたのは、大柄な体格の中年男性だ。避難所の入り口付近でインタビューを行うレポーターに対し、「撮るな」「見せ物じゃない」と連呼。「お前ら(取材クルー)の車は邪魔だ、どかせ」とも続けた
   中継はすぐさま打ち切られ、画面は即座に東京のスタジオに切り替わった。スタジオの堀尾正明アナウンサーは「ちょっとご迷惑になっているようで...。すいませんでした」と平謝りしたが、「何事もなかったかのように」そのまま番組を進行した
   こうした一幕に、ネット上では「迷惑かけ過ぎ」「無神経すぎる」など番組への批判が殺到。ツイッターやネット掲示板などには、

    「被災して心身ともに疲れているのに、取材、取材でウンザリなんでしょ」
    「マスコミもほどほどにしてほしい。 ただでさえみんな神経質になっとるのに」
    「被災者の本音が聞けてよかったな 分かったらもう帰れよ」

などと、避難者への配慮に欠ける取材陣の振る舞いを非難する声が相次いで上がった。

   今回のトラブルの現場となった広安小学校の震災対策本部は、取材に対し、
    「そうしたトラブルが起きていたとは知りませんでしたが、取材を禁止している校内に勝手に入ろうとするマスコミの方もおられます
と明かす。そうした取材陣の行動を防止するため、校内での取材禁止を告知する張り紙を16年4月21日に掲出。また、益城町福祉保健センターの避難所でも、「施設内でのカメラ取材禁止」という張り紙を出しているという。
   益城町震災対策本部の担当者に話を聞くと、「施設内での取材や撮影を禁止しているのは、避難者のプライバシーを守るためです」という。続けて、マスコミの取材行為が被災者のストレスに繋がっているとも述べ、「メディアの皆さんには、どうか配慮をお願いしたい」とも訴えた。
(略)

これまたその時の状況はこちらの動画を見て各自判断いただくべきかと思いますが、事実関係としては現地ではすでに取材禁止が告知されていると言うこと、そしてそれを無視して取材禁止区域に侵入するマスコミがいると言うことで、ニュージーランド大地震においても全く同様の行為があったことが国際的にも報じられていただけに、ごく日常的な行動として行われているのだろうと思います。
関西在住のフリーカメラマンの保山耕一氏がこうした状況を阪神淡路大震災でも何度もトラブルとなったケースと全く変わっていないと批判し、早朝の皆が寝ている避難所にNHKの取材班が侵入し大声で中継を始めたことで批判が殺到、全ての避難所での撮影行為が禁止された事例を紹介していますが、未だに何ら改善も変化もないところを見れば一方の当事者は特に問題ある行為だとも思っていないのかも知れません。
事実いわば中の人の一人である光文社編集長の山田順氏はこうしたマスコミに対し、大規模災害のたびに同様の問題が起こっていることは認めつつ「自分たちは安全なところで見ていて、現場の救援作業が進まない苛立ちを誰かを悪者(つまりメディア)にすることで解消しているに過ぎない」「一時的に邪魔に思えても、メディアを抜きにしては、被災者の救済はできない」と批判する意見を逆批判していますが、ではどんな災害報道がベストなのかです。
ともかくも「この世の中には、どんな価値観があってもよく、それが多様なほど社会は豊かになる」と言う氏の見解には一般論としては全くごもっともと言うしかなく、そうであるからこそ世間に拡がるマスコミ批判もまたあるべき多様な価値観の一つとして尊重されるべきだと言うことなのでしょうが、しかし震災報道のあり方批判に留まらずマスコミの存在自体がある意味で現代社会の息抜きやストレス解消法になっているのは確かなのかも知れませんね。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2016年4月22日 (金)

医療は儲かる商売か否か

井山六冠が史上初の七冠を達成したとニュースが出ていますが、その井山七冠よりも世界ランキング上位に位置していたイ・セドル九段が人工知能に完敗したことでにわかに人工知能の人間越えが現実味を帯びてきたと言うことなのでしょうか、先日こんな記事が出ていました。

人工知能の普及で「医者」も「弁護士」も給料が下がる(2016年4月10日デイリー新潮)

 人工知能「アルファ碁」が、4勝1敗で世界トップ棋士を圧倒。予想を超える速度で進化する人工知能は、近い将来、ほとんどすべての仕事を代替できるようになるという。データ処理、気象予報、株式相場予想……。そして、アートディレクター、画家、小説家、音楽家などの「芸術」職も例外ではない。

 ゴールドライセンスと呼ばれた医師や弁護士についても神戸大学名誉教授で『人類を超えるAIは日本から生まれる』の著者の松田卓也氏はこう言及するのである。
「医療現場でも、IBMのAI、ワトソンによる診断の正答率は、人間の医師を上回ったという結果が出ています。患者のデータをワトソンに入れると、どの病気に罹っている確率が何%で、候補となる治療法は何か、などと教えてくれるアプリケーションを、IBMは開発しました。ただ、人間は心情的に、ロボットに診断されたくないから、患者とコミュニケーションをとる医師はいなくならないでしょうが、医師を補助するAIが活用されるようになる。弁護士も同様で、アシスタント業務を行うパラリーガルという職種には、AIが使われるようになるでしょう。医師も弁護士もAIが持つ知識をもとに判断するようになる。今のように膨大な知識を獲得して難しい試験をパスする必要がなくなり、医師も弁護士も価値が下がって、給料は低くなるでしょう」

■“技術的特異点”はいつか

 ところで、進化を重ねた人工知能が、人間よりも頭がよくなってしまう時点は“技術的特異点”と呼ばれる。これまで、2045年ごろに訪れるのではないか、と言われていたが、
「私は自分の講演会で、よく会場の方々に“AIが人間を超えるのはいつになると思いますか”と聞きます。以前は“2040~60年”という回答が多かったのですが、最近は“2026~40年”と答える方が多い
 そう語るドワンゴ人工知能研究所の山川宏所長自身、AIの進歩の加速を肌で感じているそうで、
2050年以降はAIが進歩しすぎていると思われ、想像もつかない。ギリギリ想像できるところまで話すと、20年ごろまで、まだAIに代替されないのは、複雑な問題解決能力、意思決定、創造性、感情労働、そしてマネジメント業でしょう。その後、徐々にAIが代替し、50年ごろには、人間は自分専用の医師や弁護士、教師をAIで持っていることでしょう」

 なかなかイメージが湧きにくいが、そのころには、
「AIはメガネやコンタクトレンズのようにウェアラブル、つまり装着可能なものになって、人間の知力が増強されると思う。人間とAIが一心同体となり、他人からは、私自身が頭で考えているのか、AIで知力を増強しているのかわからず、知能指数100の人が200にも1000にもなれる時代が来るのです」
 と、前出の松田氏は肯定的にとらえる。とまれ、山川所長は、
「子どもたちは今のうちから、こういう社会ができるという心構えを持った上で、何を勉強するか、どんな職業に就くか、考えなければなりません
 と、警告するのである。
(略)

医療現場に関して言えば多忙を極める人間が人間の得意な領域に専念出来るようになればこれはむしろいいことではないかと思うのですが、こうした場合に仕事が楽になることは歓迎しても給料が減るのは勘弁して欲しいと考えるのは人間の当然の心理と言うもので、機械化によって多くの労働者が仕事を失ってきたような光景が知的専門職においても今後見られるようになって来る可能性もありますね。
こうした点から記事にもあるように将来の社会的受容なども考えに入れた上で学生も進路を決めていくべきだと言うのはその通りなのでしょうが、先日大阪の小学生を相手に行われた調査では将来の夢として第2位に医師になることが挙げられたのだそうで、彼らが医師として一人前になるころには人工知能に仕事を脅かされているかも知れないと考えると、果たしてその進路でいいのかどうかと不安に感じるべきなのでしょうか。
とまれ、医療と言う業界の将来が決して暗いものではないと考えるのは日本の小学生だけに留まらないようで、実利を優先することではある意味で大阪以上のところがあるアメリカにおいてもこんな話が出ているようです。

医療関係が半数以上、アメリカで今後最も伸びる職種トップ20(2016年4月20日MSN)

米労働省のデータによれば、アメリカで最も伸び率の高い職種の多くは学士号が必要なく、給与も米国の平均以下だという。「フォーブス」はこのほど、米労働省が2014~2024年の間にどの職種が最も伸び率が高いかを予想し、それぞれの職種の2014年時点の給与の中央値を記したデータを検証。その結果は意外なものとなった。
(略)
リスト入りした職種のうち、博士号を取得していなければ就けないのは4つだけだが、それらの仕事の給与中央値は83,380ドル(約912万円)。より給与の高い仕事に就きたい人は、検眼医や医師助手、理学療法士といったキャリアを検討するべきだ。これらの職種の給与中央値は年90,000ドルを超えている。
また、13職種が医療業界で、多くは増加しつつある高齢者を対象とするものだ。65歳以上の高齢者は2010年時点で全人口の13%と、1970年から10%増加した。米国勢調査局によれば、2040年までには20%に達すると予想されている。訪問介護士や補聴器の専門医に加え、理学療法や作業療法に関連する5職種の伸び率が高い理由は、アメリカの高齢化にある可能性が高い。
(略)
最も伸び率が高い職種トップ20は以下の通り。
1. 風力発電用タービンの技術員
2. 作業療法士 助手
3. 理学療法士 助手
4. 理学療法士 補佐
5. 訪問介護員
6. 商業ダイバー
7. ナース・プラクティショナー(上級の看護職)
8. 理学療法士
8. 統計学者
10. 救急車の運転手または同乗する看護婦
11. 作業療法士 補佐
12. フィジシャンアシスタント(医師の監督下で医療行為を行う専門職)
12. オペレーションズリサーチ解析者
12. パーソナル・ファイナンシャルアドバイザー
15. 地図製作者、写真測量技術者
15. 遺伝子カウンセラー
15. 通訳者、翻訳者
15. 聴覚学者、聴覚(機能)訓練士
19. 補聴器の専門家
19. 検眼士

ここでも医師は入っていないのはいささか残念な?結果ですけれども、注目いただきたいのは今後伸びると考えられている職業のうち2/3が医療業界に関係するものであると言うことで、日本などでもひと頃医療主導による経済成長戦略などと言う話が持ち上がったことがありますが、やはり人間豊かになってくるほど命や健康のためにお金を出すようになってくると言うことなのでしょうかね。
ちなみに将来ではなく今現在稼ぎのいい仕事と言う観点で見ても医師が1位、5位にも意外なことに?薬剤師が入ったのだそうで、この辺りは日本とは少し感覚が違う部分もあるのかも知れませんが、ともかくも医療産業が堅い成長が見込め安定的な雇用が確保された仕事であると言う認識が共通なのは、日本においても近年医療系学部の人気が高まっている点からも明らかではないかと言う気がします。
もちろん医療系と言っても様々な階層化があるのは言うまでもないことで、歯学部などはすでに定員割れも久しく、卒業しても過当競争で食っていけないとも聞きますし、介護業界なども「#介護士辞めたの私だ」なるハッシュタグが流行るなど過酷で低賃金な職業としてすっかり定着していますから、需要が相応にあり成長が見込まれるからと言って必ずしも高い見返りが期待出来ると言うわけでもありません。
この辺りは小学生のうちから将来の稼ぎの多寡を基準にして人生を決めるようなことはどうも…と言う意見もあるでしょうが、診療報酬による医療の誘導など政策的に見ればお金で人生のあり方を誘導する方法論は医療業界では久しく以前から政策的に行われていることでもあり、少なくとも何の計算もなくただイメージだけで医学部に入ってきてドロップアウトするよりはよほどに期待出来る人材が育つのかも知れませんね。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2016年4月21日 (木)

高齢者バッシングはすでにタブーではない

先日こんなニュースがちょっとした話題になっていたのですが、まずは記事から紹介してみましょう。

あなたを待つ恐ろしすぎる老後。70%の老人が同じ理由で人生を後悔(2016年4月11日まぐまぐニュース)

「自分が70歳、80歳になり人生を振り返った時、後悔がないように生きていきたい」―、多くの方がそう考えているのではないでしょうか。では、お年寄りは実際、これまでの人生についてどのような思いを抱いているのでしょう。無料メルマガ『サラリーマンで年収1000万円を目指せ。』の著者・佐藤しょ~おんさんは、とあるサイトで発見した衝撃的なデータを紹介しています。
この回答が衝撃です。それは、「チャレンジしなかったこと」なんですね。できたかできないかではなく、頑張ったか手を抜いたかでもなく、チャレンジせずに手をこまねいてしまったことを後悔しているんです。でも老人になってからこれを後悔してももうどうしようもありませんよね。

我々は歴史から学ぶのです。それはつまり、先達が後悔したことを学び、それと同じ轍を踏まないということと同義なのです。70%の老人が後悔していることがなにかを知ってしまった我々は、この老人と同じ後悔をしてはいけないのです。もしあなたの未来であなたが人生を振り返って同じ後悔をするのなら、それはあなたが歴史からなにも学ばなかったということなのです。
(略)

一般論として人間現在の境遇や環境に満足していれば特にチャレンジしようと言う意欲も湧いてこないもので、生まれつき何不自由なく裕福に過ごしてきた方が悠々自適の老後を送りながら「そう言えば人生何のチャレンジもしてこなかったな」と振り返るなどと言うケースも含まれているのかも知れずで、チャレンジしなかったと後悔することと今までの人生なり現状に不満足であると言うこととは必ずしも一致しないものなのかも知れません。
ただ今現在の70歳と言えばちょうど戦後生まれの方々で、高度成長期やバブルなど日本社会が毎年よくなる一方と言う時代に生きてきた方々ですから、それは敢えてチャレンジしようと思わずとも毎日が十分エキサイティングだったのかも知れないですけれども、産まれた時から不景気の時代しか知らない今の若手現役世代が将来老人となった時、同じようにチャレンジしなかった事を後悔していたとしてもその意味づけは違っているのでしょうね。
ともかくも現在の日本社会における高齢者と言えば最もお金を持ち、年代別人口比からも民主主義社会の中で一番大きな権力を握っている方々だとも言えますが、それほど勝ち組の人生を歩んできた方々であってもチャレンジしてこなかったことへの後悔がよほどに大きいと言う事なのか、今から盛んに社会に対してチャレンジをなさっておられる方も少なくないようです。

キレる高齢者が増加 タクシー会社や鉄道会社がビクビク(2016年4月7日NEWSポストセブン)

 2016年3月20日、兵庫県加古川市で驚愕の事件が起きた。小学生の男女から「たばこのポイ捨てはあかんのに」と注意された75才の無職男性が逆上。6才の小1男児の首を両手で絞めて逮捕されたのだ。この男性は「注意されて腹が立った」と容疑を認めたが、一歩間違えれば大惨事となる出来事だった。
 暴走老人による同様の事件は、各地で続出している。2015年版犯罪白書によれば、一般刑法犯の検挙人数に占める65才以上の高齢者の割合は過去最高の18.8%に達した。17才前後の少年犯罪が相次いだおよそ15年前、新聞や雑誌は一斉に「キレる若者」という見出しを掲げたが、現在は「キレる老人」が世の中にあふれているのだ。

「ウチの運転手は、お年寄りの男性客にいきなり杖で顔面を殴られました。顔面が腫れて変色し、2週間も包帯を巻いたままでしたよ」
 こうため息をつくのは、都内のタクシー会社社員だ。同僚のドライバーが運転中にややきつめのブレーキをかけてしまったところ、後部座席の高齢客が「危ないじゃないか!」と激高したという。
「『危険回避のため、急ブレーキをかけさせていただきました。本当にすみませんでした』と丁寧に謝罪しても、この客は聞く耳持たずで、手にしていた杖の持ち手部分でいきなり殴りかかってきたそうです。運転手が顔を殴られてけがをしたので警察に一応報告しましたが、会社は事を荒立てたくないので被害届は出さず、ドライバーは泣き寝入りです」(タクシー会社社員)

 聞くに堪えない話だが、この社員は「そんなの、氷山の一角ですよ」と続ける。
「10年ほど前から高齢者によるトラブルが増えました。泥酔して暴れて、運転席と後部座席を遮る防護板を破壊した60代の男性もいました。また、乗車料金として五千円札をお預かりしたのに、納金袋に入れた途端、『お釣りが違う。万札を出したじゃない!』と猛クレームをつけたおばあさんもいます。あとで車内ビデオを見て確認したら確かに五千円札だったんですけどね…。
『錦糸町まで』と言われて到着すると、『おれは警視庁と言った! カネは払えん!』と怒鳴りまくり、結局、警視庁までタダで乗せたおじいさんもいます。何かとキレる高齢者の餌食となるタクシー業界はホトホト困っています」(前出・タクシー会社社員)

 公共交通機関でも、高齢者による事件は多発している。JRや日本民営鉄道協会などが1年間に発生した鉄道係員への暴力を調査したところ、加害者の年齢は、60代以上が2014年度まで5年連続でトップ。全体の2割以上を占めた。私鉄関係者が明かす。
「中学生に席を譲られた高齢女性が『年寄り扱いしないで!』と激怒したり、高齢男性が通りすがりの車掌に『その態度は何だ! 謝れ!』と詰め寄って謝罪を求めることもある。ICカードのチャージの仕組みがどうしても理解できず、最後はキレて駅員に手を出した高齢者もいます。雨の日は恐怖ですよ。何しろ、凶器となる傘を持っていますからね…」


病院やスーパーでやりたい放題の高齢者「納豆を1つで売れ!」(2016年4月8日NEWSポストセブン)

(略)
 高齢者が集うことの多い病院でも、キレる高齢者が増えているという。東京慈恵会医科大学附属病院(東京・港区)は、2004年に「院内交番」と呼ばれる、患者クレーム対応を行う渉外室を設置した。ここに昨年3月まで勤務していた警視庁OBの横内昭光氏(同渉外室名誉顧問)が言う。
「この渉外室は悪質なクレーマー患者の暴言や暴力から、病院職員を守るためにできました。当時から、高齢の患者には悩まされました
 相談件数は年間200~300件。“最盛期”には警察OB6人が対応したという。

「入院時に箸を持ってくるのを忘れ、最初の食事の時に『どうやって食べるんだ!』と激高、職員を殴った高齢者もいました。お気に入りの看護師にプレゼントを渡した後、食事の誘いを断られて『なぜだ!』と逆上したおじいさんもいました。自分の子供のような年齢の医師に上から目線で『~に気をつけなさい』と注意され、カチンと来てクレームを入れる高齢者も多かった」(横内さん)
 クレームや暴行事件はタクシー会社同様、病院もできるだけ穏便に対処を進めるが、それでも年間数件は警察に通報せざるを得ないという。
 実際、私立大学病院医療安全推進連絡会議が11施設に調査したところ(2011年)、患者やその家族から暴力を受けたという職員は4割を超えた。暴力をふるった年齢は70代、セクハラは60代が最も多く、暴言は60代が2番目に多かった。病院の高齢者はやりたい放題なのだ。

 ほかにもスーパーマーケットで「お客様は神様」との主張で我を通す老人も多い。
「例えば3パック入りの納豆や、5個入りの玉ねぎ…。“こんなに食べられないから1つで売れ”と声を荒らげる。そんなことは日常茶飯事ですよ」(スーパー店長)
(略)

この場合の問題は明らかな傷害事件であるのにそれを放置し従業員を守ろうとしないタクシー会社にあるのではと言う気がしないでもないのですが、年代別で最多と言っても高齢者がこれだけ増えている時代ですから人口比率では当然最多にもなるだろうと言う考え方もあるのだろうし、一般的に若い人より出歩く機会の少ないと思われる高齢者がこれだけ暴れているのはやはり異常だと言う見方もあるのでしょう。
これらの行動の背景には当然ながら認知症など身体的なトラブルが行動に影響を及ぼしているものもあるのでしょうが、超高齢者よりも高齢者の仲間入りをし始めたばかりの団塊世代などが「団塊モンスター」とも言われ社会的に忌避されつつあることを考えても、やはり加齢による変化ばかりではなく時代背景なりに根ざした集団としての特性もあるのかも知れませんね。
年代毎に過ごしてきた背景事情も受けてきた教育も異なるのですから、こうした世代毎の特色が出てくるのはむしろ当然なんだろうと思うのですが、お金も持っているだろうこの種高齢者を叩く記事が当たり前にマスコミにも取り上げられるようになったのが時代の変化であるとは言え、かつて老人叩きのネタで名を上げたツービートなども当時はタブー破り的な意味で注目を集めたように、これも売れるネタになってきたと言うことなのでしょうか。

高度成長で税収も年々伸び、また若年人口も十分にあった時代に基本設計がなされた社会保障のあり方が、老若年人口比率が逆転し低成長が安定的に続く時代には全く維持不可能なものとなっていることから、高齢者に対する給付の抑制と各種社会保障コスト負担の増加と言うことは社会保障改革の柱として以前から言われながら、未だに十分には実現していないのが現状です。
その理由として高齢者=社会的弱者と言う現状では根拠に乏しいと言うしかない暗黙の前提条件があったことは間違いありませんが、持続可能な社会保証制度構築と言う総論部分に関しては概ねコンセンサスが得られている以上、今後は少なくともお金を持っている高齢者には応分の負担を求めることが当然視されるようになってくるのでしょうね。
その場合高齢者=か弱く保護すべき対象と言うステロタイプな高齢者像が定着していては何かと都合も悪いはずで、政策的に見ればこうした高齢者の「実態」を明らかにしていく記事はウェルカムなのかも知れませんが、高齢者を養うために乏しい給料からお金ばかり取られていく現役世代にとっても、この種の記事が格好の息抜きになっている側面も否定出来ないかと思います。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2016年4月20日 (水)

マスコミ関係者がまたも被災地で大顰蹙

一向に収束する気配がないのが熊本地震で、自治体関係者や消防救急、警察、さらには自衛隊の皆さんなど各方面の活動には頭が下がりますけれども、個人レベルでも支援の輪が拡がりつつある中で、あの人物がまたスケールの大きいことを言い出したと話題になっていました。

高須クリニック院長の自家用ヘリ、被災地救援へ出発 院長自身も現地入りして支援へ(2016年4月19日ねとらば)

 熊本県を中心に続発している地震の被災者に向けて、美容外科「高須クリニック」の高須克弥院長が、ヘリで救援物資を送り届けるとTwitter上で表明。救援物を積んだヘリが4月19日午前11時ごろに東京から出発しました。

 高須院長は被災者への救援物資を用意する様子などをTwitterで公開。今回の支援は「院長の個人的な気持ちでの支援であること」と「20日の朝一番の飛行機で院長自身も現地入りして直接の支援にあたる」ことが19日、高須クリニックへの取材で明らかとなりました。

 今回使用されるヘリは院長がプライベートで利用しているもので、東京から大阪、大分を経由して佐賀県に移動したのち、20日午前から佐賀-熊本間で物資をピストン輸送することが決定しています。飲料水や米、パンといった食料品からタオル、オムツ、乾電池といった救援物資が届けられる予定です。

 なお、当初は熊本県周辺でヘリをチャーターして支援を行う予定でしたが、マスコミ各社が県内のヘリほとんどを押さえてしまっている状況のため、九州地方でヘリを用意する事を断念したとのこと。高須院長は自身のブログに「報道も大事であるが 救援物資を送るのに便利なヘリがメディアに独占されているのには不満がある」とつづり、報道のあり方に一石を投じました。

 今回の高須院長の行動については、「日本のブルース・ウェイン」(バットマンの主人公で大富豪)や、「これぞノブレスオブリージュだ」(持てる者の義務を果たしている)といった称賛の声が上がっています。

同院長と言えば以前から日本では珍しくお金持ちにしか出来ないお金の大胆な使い方をする人だなと思っていたのですが、今回の件についても「僕は皆さんから募金を募りません。私財をばらまくだけです。信用なんかいりません」と公言しているそうで、アメリカなどではお金持ちはお金持ちにしか出来ない社会貢献をするのが義務であるとされ、実際とんでもない規模の基金を運用し社会支援をしていたりもしますよね。
東日本大震災でも私財を投じてトラック部隊を仕立て支援活動に従事した杉良太郎氏なども偽善や売名と言われないかとの問いに答えて「ああ、偽善で売名ですよ。偽善のために今まで数十億を自腹で使ってきたんです。私のことをそういうふうにおっしゃる方々もぜひ自腹で数十億出して名前を売ったらいいですよ」と平然と答えて喝采を浴びたと言いますが、日本でもこうした方々が出てきたことを心強く感じます。
ただここで注目いただきたいのが高須院長も指摘している通りマスコミ各社が現地のヘリを押さえてしまっているため、本来ならばもっと有益な活動に貢献出来たはずのリソースが有効に使われていないらしいと言うことなんですが、このマスコミ各社による現地での「妨害活動」ぶりが目に余るとの報告が相次いでいます。

被災地のガソリンスタンドで割り込み 関西テレビが謝罪(2016年4月18日ITmedia ニュース)

 関西テレビ放送(関テレ)は4月18日、熊本県内のガソリンスタンドで、給油待ちをしていた車の列に同社の中継車が割り込んで給油していたと発表し、謝罪した。「あってはならない行為」とし、「大変なご迷惑をおかけしたことを深くお詫び申し上げます」としている。

 地元のTwitterユーザーが17日、「ガソリン入れるために朝早くからたくさんの人が並んでたのに横入りされた」と、関テレの中継車の写真付きでTwitterで報告。「後ろに他の人もいるので並んで下さい」と指摘したが、無視された――という。

 関テレの発表によると、17日午前7時45分ごろ、熊本地震の取材にあたっていた同社のテレビ中継車が、熊本県菊陽町のガソリンスタンド付近で給油待ちをしていた車の列に割り込んでスタンドに入り、給油したという。

 同社は「被災地の皆様が多大な労力を割いておられるなかで、あってはならない行為」とし、「現場で給油をお待ちになられていた皆様に、大変なご迷惑をおかけしましたことを深くお詫び申し上げます。また、多くの皆様にご不快の念を抱かせてしまったことにつきましても、お詫び申し上げます」と謝罪している。

 再発防止のため、取材スタッフへの教育を改めて徹底するとしている。

被災地で食糧を現地調達 アナウンサーが弁当画像を投稿し非難殺到(2016年4月18日BIGLOBEニュース)

熊本地震を取材中の毎日放送(MBS)の山中真アナウンサーが16日、被災地で調達したと思われる弁当の写真をTwitterに投稿した。この山中アナの投稿に、被災地が食糧不足で苦しむ中「被災者の食べ物を横取り」などと非難が殺到、炎上状態となっている。

山中アナは、15日朝から熊本県の被災地を取材。16日には未明の揺れの大きさや、被災者の不安と疲労に包まれた様子などを報告し、21時前に「やっと今日の1食目。食料なかなか手に入りにくいです」と弁当の写真を投稿した。Twitterでは、被災地の食糧を外部の人が消費すること、被災者の気持ちを鑑みないことに否定的な意見が多く寄せられている。
あなた以上に現地の方は食料を求めているでしょうに」
被災者の食べ物を横取りして、何がマスコミか」
自ら食べる分の食事くらい持っていけばいくべきでしょ」
美味しそうなお弁当を『被災地』でゲットし、あまつさえ『取材は大変』感を出そうとするとは」
「マスコミの人間が被災地に行って被災者に渡る可能性があった食料を横取り? 行かない方がマシじゃないの?」
「お願いですので、外部からの来訪者の方々は自分の食料は持ってきてください。そのぶん被災者の方々の分け前が減りますので」

今回の震災でも、マスコミ各局はそれぞれ報道ヘリを飛ばし、関西テレビは給油割り込み問題を起こすなど、その取材対応は物議を醸している。このため、マスコミの震災報道には厳しい目が向けられているようだ。

関西テレビの行動は論外と言いますか、こんなことをすれば世間の批判が殺到することが明らかだろうに何を考えているのかですが、興味深いのはこの件が炎上した際に同系列の仙台放送の社員がデマ情報を流して割り込みを擁護した上で身元バレすると言う一幕があり、同放送でも謝罪に追い込まれたと言うのは恥の上塗りと言うべきでしょうか。
また毎日放送の側では「きちんと並んで購入したもので、問題はない」と言っているそうですが、物資不足で並んでようやく一日一食が手に入るかどうかと言う状況の中で同局記者が貴重な食料を浪費することが妥当なのかどうかは意見が分かれるところだろうとは思いますし、被災地入りするのに現地で食料調達をする前提だったのかと言う計画の甘さについても責められる点はありそうですね。
もともと阪神淡路大震災の頃から取材ヘリの騒音で救助を求める声が聞き取れない等の問題が指摘されていましたが、先年のニュージーランドの大地震では右足切断の重症を負ったスポーツ経験者に「もうスポーツができなくなることについては、どんな気持ちか」と質問したり、立ち入りが制限されている病院内に無許可で潜り込むなど傍若無人な振る舞いが海外でも報じられ、大きな批判を浴びたことが記憶に新しいところです。
そうした行動は今も相変わらずな様子ですが、地震の時にだけこうした態度になるとは考えがたく、普段からどれだけ世間に迷惑をかけているのかと言うこともSNSなどで即座に拡散する時代ですが、こうした反社会的行為に見合うだけの価値が彼らの報道のどのあたりに存在しているのか、視聴者としても見極めていかなければならないのだろうとは思いますね。

| | コメント (51) | トラックバック (0)

2016年4月19日 (火)

保育園落ちた騒動に続いて保育園反対騒動が話題に

つい先日は「保育園落ちた日本死ね」騒動とも言うべきものがありまして、国会でも取り上げられるなど日本中で賛否両論大変な騒ぎになっていたのですが、基本的には待機児童問題に代表される保育園施設容量の不足感が背景にあることは確かなのだろうし、各地の自治体も保育施設整備にコストを投じる傾向にあるようです。
もちろん少子化対策がこれほど言われる一方で、共働きでなければそもそも食べていけないと言う時代に保育施設でもなければ結婚も安心して出来ない理屈ですから、数が足りず困っている人が多いと言うなら早急に対策を講じるべきなのは確かなのでしょうが、その一方で相前後してこんなニュースも話題になっていました。

「子供うるさい」近隣住民反対で保育園断念!地元説明なくいきなり建設看板(2016年4月13日J-CASTニュース)

   千葉・市川市で4月(2016年)に開園を予定していた私立保育園が、近隣住民の反対で断念した。「子供の声がうるさい」「交通が危険だ」などが反対の理由だが、住民への説明より先に園児募集をかけるなど手続き上の問題もあったようで、待機児童が問題になるなかで論議を呼びそうだ。

   開園を予定していたのは社会福祉法人「成未会」(松戸市)で、0~5歳児を対象に定員108人の保育園を市川市菅野の住宅地にある空き地に建設予定だった。昨年3月に建設を市に申請し、市の承認を経て8月に予定地に看板を設置した。直後に近隣住民から市に反対の申し入れがあった
   市の担当者によると、「静かに暮らす権利がある。保育園をつくるのはいいが、ここは困ると」ということだった。その後、10月から説明会を3回開いたが、「端から『白紙撤回』一本で、話にならなかった」という。
   市川市の待機児童は373人で、全国のワースト9位。市としては108人に期待していたのだが話は進まず、1月には住民から反対署名が提出された。運営者はこの3月に開園を断念した。現地はいまも更地のまま、「保育園建設予定地」という看板が立っている。

   阿部祐二リポーターが反対住民の声を聞いた。ある住民はインターホンで「園児の声は大変。環境破壊だ」という。「狭い道路で交通も多く危険だ」という意見もあった。さらに聞くと、この住宅地は高齢者が多く、待機児童数は少ない。つまり、「よそのガキなんか」という感情があることもわかった。
   子供の声はたしかにうるさい。小学校、幼稚園、保育園などは、全国どこでも同じ問題を抱えている。東京・大田区の住宅街にある保育園は、防音壁と二重窓でにし、園長は「周囲の理解がないと保育園はうまくいかない」という。
   市川市のケースは、住民との関係を後回しにしたツケといってもよさそうだ。成未会も「もっと早めに近隣の説明をしておけばよかったのかなというのが反省点です」という。防音や交通対策なども考えたが、住民は聞く耳を持たず、議論にならなかったという。
(略)

これでは「保育園落ちた」解消は無理? 「住民の反対運動」で開園中止(2016年4月12日J-CASTニュース)

(略)
千葉県松戸市内の社会福祉法人は、県の認可保育園を2016年4月にオープンさせる計画を前年8月末に許可された。そして、9月に入って、開園を知らせる看板を予定地に立てたが、市川市のこども施設計画課などによると、予定地前の道路に面した家に住む十数人の住民がその直後から反対運動を始めた
道路が狭く、園児の親が車や自転車で送り迎えして通行が増えると危険だというのが主な理由だった。一部の住民からは、「子供の声がうるさい」といった懸念の声も上がった。住民らは、署名活動を始め、市などに計画撤回の要望書も出すようになった。高級住宅地でほとんどが一軒家に住んでおり、定年退職した高齢者や子供のいる世帯など様々だった。
社会福祉法人では、住民らに複数回にわたって説明会を開いた。駐車場を設けたり、送迎も限らせるとしたりしたほか、防音壁の設置も提案した。しかし、住民の反対は止まず、社会福祉法人でも、建設工事に入ることもできないまま、3月下旬に開園を断念することを決めた。

社会福祉法人の理事長は、取材に対し、次のように答えた。
    「住民の方は、若い人もおられましたが、多くは50代以上の方でした。こちらからは、様々な提案をしましたが、なぜダメなのかについては分かりませんでした。市からは、許可が出てから住民に説明するように言われていました。近隣の協力がありませんと保育園の運営は難しいので、非常に残念という思いでいます」
看板を立てて以来、「いつから始まるのか」といった問い合わせが何十件もあったといい、社会福祉法人の理事長は、「保育園不足は、深刻だと思います」と話す。
実は、理事長は、別会社の運営で千葉市内の私立保育園も14年4月にオープンさせている。そこは、4車線の道路に面し、周囲はオフィスビルのため、特に問題なく開園できたという。理事長は、「ほかに候補地があれば、また保育園を作りたい」と言っている。

保育園を巡っては、住宅地に建てられることも多いことから、住民の反対運動が起きて、開園が延期するケースも過去に報じられた。開園してからも、園児の遊び時間を制限したりする保育園も見られる。
特に、家にいることが多い高齢者が難色を示しているともされるが、厚労省が15年3月に行った調査では、騒音だと感じるのは40代の女性が比較的多かった。とはいえ、保育園が騒音と感じる人はかなりの数に上っており、調査した人全体の3分の1にも上っていた。
ネット上でも、「うるさいのは事実だろ」「家の隣に保育園出来たらキツイ」「住宅街とは相性が悪いでしょ」といった書き込みが多く見られる。一方で、保育園が足りていない現状に理解を示す向きも多く、「『御互い様』の精神が欠如してる」「許容してこそ大人だよ」「将来ある子供を優先しろ」といった意見も出ていた。

当ぐり研でも過去に何度か取り上げて来た経緯があるこの保育所拒否の問題、双方に言い分もあろうし以前からある程度あったことなのでしょうが、特に少子化対策と言うものが言われ待機児童問題が社会問題化する中で、いわばその裏側に位置する問題として大きく取り上げられてきた印象があります。
一部では地域の民度云々に言及している声もあるようですが、沖縄などでも同様に住民の反対で開設断念に追い込まれたケースが見られるなど全国的に同種の事例は多発しており、別に千葉県の一部だけが特殊な住民感情をお持ちであると言うわけでもないようですね。
ちょうど先日は「保育園騒音クレーム問題に関する基本的Q&A」なる記事を拝見していたのですが、開設してからも保育園へのクレームは全く珍しくないと言い、それは確かに応援の音がうるさいと高校野球の試合中に怒鳴り込む人もいる時代ですから仕方が無いのかも知れませんが、パイプ椅子を持って怒鳴り込む人もいると言えば身の危険も感じざるを得ないでしょう。

こうしたケースにさてどう対処すべきかなのですが、どうしても狭い日本である以上誰かの家の近所にはなる理屈ですが、海外などにならって国内でも児童の声を規制対象としての騒音から除外しようと言う動きもあり、仮に条例なりで子どもが大声を出して騒ぐ権利が保証されると言うことになれば、ますます住民からの反発を買いかねないと言う懸念もあるわけです。
地域の民度に期待したいと言ってもこうした問題が起こるのは決まって子育てに縁が無い方々が住む住宅地であるようで、事実記事にもあるように商業地などでは特に問題なく建設が行われているようですから、まずは事業者の側にも立地に対する配慮なりが必要なのだとは思いますけれども、何故こうした立地を選ぶのかと言う背景事情が見えてくれば対策のしようもあるのかも知れませんね。
ちなみに「保育園落ちた日本死ね」騒動で有名になったブロガー氏はその後のこうした一連の反保育園騒動に関してはひどく抑制的な態度でいらっしゃるそうで、日本死ねとまで言う方であれば「反対住民みんな氏ね」くらいのことは言ってくれるだろうと密かに期待していた方々は、すっかり肩すかしを食らった気分になっているそうです。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2016年4月18日 (月)

医療事故調、医療業界はおおむね評価する一方で

高齢者などが紙おむつを誤嚥してしまうと言う事故は以前からたびたび起こっていて、多くは常習性があり最終的に死亡事故など重大な結果になっていることから予見性を巡って何度か裁判沙汰にもなっていることは以前にも紹介した通りなんですが、本日まずは先日都立病院で起こった同種事故の裁判における和解内容が非常に詳しく紹介されていましたが、特に被告側の反論部分を中心に引用してみましょう。

都立松沢病院紙おむつ異食死裁判、和解内容を詳報(2016年4月8日医療維新)

 東京都立松沢病院で認知症の女性(死亡時76歳)が、紙おむつを口にして死亡したのは病院の責任だとして、長女が都に約2500万円の損害賠償を求めた東京地裁(矢尾和子裁判長)訴訟は、都が責任を認めて解決金を支払うなどの内容で和解が成立した。裁判記録を基に双方の主張と和解内容を詳報する。和解は2月17日付。
※以下の内容は、原告、被告が裁判所に出した訴状、準備書面などでの主張であり、裁判所が事実として認定したものではない
(略)
【被告(松沢病院)側の主張】
1.異食による窒息の具体的危険性がなかったこと
(1)本件患者のコミュニケーション能力について
 トイレ歩行時に「自分でできることをやりたいの」「大丈夫」など職員とのコミュニケーションが取れていた。本件患者の転院に向けた調整に入っており、事故当日午後4時には患者を交えて、転院先候補である特養老人ホームの面接を行い、高印象だったとの報告がある。
(2)事故発生当時の状況
 2月11日以降は、異食はなく、3月6日18時半にもおむつを手に持っていく様子はなかった。2月11日もすぐに咳漱を促しており、翌日のレントゲン検査でも異常はなかった。このような状況から異食し窒息にまで至るとは全く予見できなかった
(略)
(5)つなぎ服着用を行わなかった経緯
 2009年頃から、連日のように転倒を繰り返しており、2009年7月から胴抑制を開始。7月9日からミトンによる拘束を開始。10月18日から上肢抑制を開始上肢抑制をすり抜けることが続き、10月31日からは一時的に終日ミトン。
 つなぎ服は自分で抜けない服を着用させるという、広い意味での身体的拘束に当たるため、病院として極力用いない方針で現在に至っている。着用に利点があるのは、身体拘束や個室隔離がなされている症例で、つなぎ服を用いることで負担が軽減される場合。異食を防止する目的で、拘束に加えてつなぎまで着用させるのは、患者にとっても負担になり、拘束をできるだけ減らしていこうという病院の目的に逆行するものであった。
(6)紙おむつ使用について
 病院では2004年後ごろから基本的に紙おむつを使用としている。頻繁に交換すること、衛生面に気を配ること、ストックのためのスペースを準備することは、困難である。メリットのある紙おむつを使用していたことに問題はない。

【和解内容の要旨】
(1)被告は原告に対し、本件診療経過を真摯に受け止め、故人に心よりの哀悼の意を示すとともに、今後ともより良い医療の実現と同様の事故の再発防止に向けて本件の教訓を生かすべく最大限努力することを約する。
(2)解決金△△△万円(※)の支払い義務があることを認める。
(3)和解の内容を(1)を除いて、正当な理由なく第3者に開示しない。
※編集部注:裁判所、原告、被告の判断を尊重し、金額はふせます。病院側の責任を一定程度、確認したとみられる金額でした。

和解の内容が妥当だったのかどうかは何とも言えませんが、こうして経緯などを報じてもらえるのは今後のためにも大いに意味のあることだと思いますので、興味のある方は元記事を全文参照いただければと思うのですが、やはり注目されるのは原告側も主張しているように、異食行動に対する抑制策が十分に採られていなかったこと自体は病院側も認めているように見える点でしょうか。
裁判における反論にしても何故そうしなかったのかと言う主張に終始していますが、実際に十数回も異食行動を取っていたとすれば胴抑制や上肢抑制など相当に厳重な抑制を取っていたにも関わらず、何故もっとも有効と思われ患者の苦痛も少ないはずのつなぎ服をそこまで忌避していたものなのか、何かしら院内での事情なりがあったのかとも想像するところです。
ちなみに件の病院は精神科医療の専門施設なのだそうで、そもそもこの種の施設にこうした認知症高齢者を長期入院させておくことも今の時代あまりよくないこととされているわけですが、予定通り施設に行っていたとしても同様の行動は起こっていたはずですが、その場合仮に同種の事故に結びついたとして遺族感情は入院中の事故と比べてどうなっていたのか興味あるところですね。
いずれにしてもこうした症例の積み重ねが医療安全の向上に役立てられなければ亡くなられた患者さんも死んでも死にきれませんが、その意味で教訓の共有としての意味づけが期待されている医療事故調と言うものについて、こんな問題点が指摘されていることが注目されます。

医療事故、少ない報告 「予期せぬ死」曖昧 病院個別解釈、遠い透明化(2016年4月10日毎日新聞)

 長年の議論を経て導入された医療事故調査制度が、想定したような役割を果たせていない。医療機関からの死亡事故の届け出は見込みの3分の1以下にとどまり、遺族側が調査を求めても病院側が応じなかったケースもある。制度が浸透しないと事実解明の透明化が進まず、医療の信頼性向上や再発防止にもつながらない。
 「死」が身近にある病院や診療所で、どこまでを死亡事故として届け出て調査すべきか。この問題は制度設計の最初の段階から、限定的であるべきだとする医療者側と、幅広い調査を求める患者・被害者側との間で、激しく議論されてきた。
 改正された医療法で定義されたのは「医療に起因すると疑われる死亡で(院長ら)管理者が予期しなかったもの」。だが「予期しなかった」の範囲がはっきりしないため、医療機関の拡大解釈が広まっているとみられる。制度を運用する日本医療安全調査機構は「遺族との紛争を避けるために届け出をしていないケースもあるのでは」と指摘する。

 厚生労働省によると、制度導入時には、検討会や研究班で具体的に報告すべき症例などの指針を出すことが議論されたが、メンバーの意見が一致せず、見送られたという。平子哲夫・医療安全推進室長は「具体的内容を示した方がよかったが、当時の議論で共通理解が進まなかった」と話す。3月にあった日本医療安全学会の学術総会では、医師や弁護士から「院内感染や新しい抗がん剤の副作用など、届け出の範囲が明確でない」との声も出た。
 厚労省は昨年5月の局長通知やホームページ上のQ&Aで考え方は示したが、体系的な指針はない。このため、さまざまな医療団体が独自のガイドラインを公表し、各医療機関が自由に参考にしているのが実態だ。
 例えば、日本病院会は届け出(調査)の範囲を厚労省Q&Aとほぼ同様に「(患者側に事前に)個人の病状を踏まえず一律化された説明をしていても調査対象」などと規定。全日本病院協会も、予期とは「一般的死亡の可能性の説明や記録ではない」と指摘している。一方、日本医療法人協会は、薬剤の取り違えなどは対象には当たらず、既存の事故収集制度で分析すればいいとし、報告書作成の義務などを負う届け出は「慎重に判断すべきだ」と書いている。
(略)
 死亡事故の届け出が進まないもう一つの理由が、遺族側からの訴えが認められていない点だ。
 昨年10月、北陸地方の大学病院で、5日前に手術を受けた67歳の男性が、経過観察中に死亡した。大動脈瘤(りゅう)が破裂するのを防ぐため取り除いておく手術で、病院から事前に渡された同意書に死亡の可能性があるとの記載はなかった。
 病院側は、血管内に付着したコレステロールなどが手術によってはがれ、血管に詰まって腸管壊死(えし)を引き起こしたのが原因と説明。遺族は「手術やその後の処置に問題がなかったか調べてほしい」と求めたが、担当医は「予期できた合併症で、調査の対象ではない」と断った。その後、手術の死亡率は3~5%程度かもう少し上だったなどとする文書での説明があったという。

 納得いかない遺族は、この件を医療事故の被害者らで作る「医療過誤原告の会」に相談した。今の医療事故調査制度では、遺族側の届け出を受け付ける仕組みがないためだ。厚労省にも電話をかけたが「院内調査を実施するかどうかは病院の管理者(院長)が判断するので、こちらでは動けない」との答えだったという。
 原告の会によると、年100件程度だった家族や遺族からの相談は、制度導入後の半年で107件と倍増。昨年10月以降の死亡例は12件あり、うち遺族の要望に応じて院内調査が実施されたのは2件だけだった。宮脇正和会長は「相談の増加は、制度に対する市民の関心の表れだと思う。院内調査で真実を明らかにしてほしいと望む遺族の声が無視され続ければ、裁判などの紛争がむしろ増えるのではないか」と懸念する。
 遺族側が直接調査を求める権利の確保は、制度設計の段階から議論になっていたが、厚労省の検討委員会では「医療機関の自主性を尊重すべきだ」との声が強く最終的に盛り込まれなかった。遺族は院内調査の結果に不服があれば日本医療安全調査機構に再調査を求められるものの、まず医療機関が届け出をしないと始まらない
 検討委の委員だった「患者の視点で医療安全を考える連絡協議会」の永井裕之代表は「機構に遺族の相談窓口も設け、機構が調査の必要性を判断すれば病院側に調査を指導できるよう制度を是正すべきだ」と訴える。【古関俊樹、桐野耕一】

そもそも制度を作る側でさえ意見の一致を見ていないものが末端医療機関で一致した線引きなど出来るはずがないのですが、しかし本来的な制度の目的として原因究明と再発防止と言うことが挙げられているのですから、報告することが今後の同種ケース再発の抑制につながるかどうかが一番の判断基準であると言い、とりあえず判らないから届け出ようと言う「念のための報告」は危険であると言う声すらあったわけです。
その意味では記事に取り上げられている事例などは悲劇的な結果であり医療紛争のネタともなり得る話ではありますが、事実それが一般的に予想される合併症の一つであれば届け出る必要性は乏しいと言う判断には間違いないとも考えられ、そもそも医療事故調と言う名称自体が誤解を招いているのだと言う声もあるのは確かにそうした側面もありそうには思います。
遺族側からの訴えの可否と言う点では非常に議論が別れているところですが、前述の事故調制度の目的からすれば医学的な素人である遺族が納得できるかどうかと言う点は制度の目的とは全く無関係な話であると解釈出来るところですから、感情的な面ではいささか残念な話ではあるかも知れませんが理屈の上では筋が違うと言うしかないのかも知れませんね。

ただこうした医療側における抑制的な運用は当初から各方面からの呼びかけもあって半ば予想されていたことであり、また制度本来の趣旨から言えばそれなりにうまく機能していると評価する声もあるのですが、遺族側の立場に立ってみれば期待していたものとはどうも違うと言う感情は拭えないだろうし、その結果むしろ紛争化するケースは多くなる可能性すらあるのかも知れません。
遺族側のしばしば言うところの「何があったのか真実を知りたい」と言った話については、もちろん事故調ルートに乗ればある程度事実関係は明らかになるはずですが、しばしば言われているように「真実を知りたい」とは納得したいと言うことと裏表の言葉でもあって、事実関係が明らかになったからと言って納得できるかどうかは全く別問題ですよね。
その意味で遺族の納得と言うことを言わば付け足しの要素にしているかのような制度設計がいいのか悪いのか、今後紛争が増えるのか減るのかによってある程度検討がつくかと思うのですが、結局医療は素人目線では多くがブラックボックスであることが疑惑を生みやすいのであって、多くの国民が自ら利用している自動車の事故などでは警察の現場検証の内容など誰も気にせず、何となくこういう事故だったと納得出来ているわけです。
その意味で医療現場が常に死と向かい合わせであることを当たり前の前提条件として受け入れられるかどうかで、医療事故が交通事故などと同様当たり前に受け入れられるものになるかどうかも決まってくる理屈ですが、介護現場への体験教育などが行われているのと同様若いうちから医療現場に入っていく機会をもっと増やすなりして、感覚的理解を得ていくことも長い目で見ると地味ながら重要なことなのかも知れないですね。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2016年4月17日 (日)

今日のぐり:「和彩酒膳 植おか」

熊本では未だ地震の余波が続いているようですが、そんな中で一人の小さな子どもの勇気ある行動が多くの人々から絶讚されていることをご存知でしょうか。

女児、機転の返事 2度も不審な男を撃退 鹿児島市(2016年04月14日西日本新聞)

 13日午後、鹿児島市玉里団地2丁目の路上で、小学女児が1人で下校中、路肩に停車していた車から不審な男が降りて、女児に「ママが事故に遭った」などと誘いかけた。女児は「勘違いだと思います」とはねのけた。

 男はあきらめず、自宅に向かう女児を車で追いかけた。しかし、女児が「子ども110番の家」の前で「ここが私の家です」と言ったところ、男は車で走り去ったという。

 鹿児島県警で調べているが、不審な男は40歳~50歳代。身長170センチぐらい。白髪交じりで、上下とも黒色の服装。乗っていたのは灰色の軽自動車だったという。

まあどのような心がけで近づいて来たものか知れたものではありませんが、これだけの機転が利けばそうそう犯罪者も手出しは出来ないと言うことでしょうね。
今日は不審者の手から無事逃れた女に敬意を表して、世界中から見事にピンチを切り抜けた人々の励まされるニュースを紹介してみましょう。

自閉症の男の子の誕生会、クラスメイトは誰も来なかった…しかし最高のお祝いに!(2016年4月12日grape)

6歳になったグレンくんのお誕生日会。お母さんはグレンくんのクラスメイト16人全員を、誕生パーティーに招待しました。しかし誕生日会当日まで、誰からも返事はなく、パーティーに来てくれる友達はいませんでした。
「あとのどのくらいで友達が来るのかな…」目に涙をいっぱいにためるグレンくんを見て、たまらなくなったお母さんはFacebookに書き込みをします。
「こんなことを書き込むのはおかしいかもしれないけれど…16人の友達を招待したのに、誰も来てくれない。胸が張り裂けそう」

その書き込みを見た人たちから、すぐにお母さん宛にメッセージが届きます。「今からプレゼントを持ってお祝いに行ってもいい?」
そこから、グレンくんにとって最高のお誕生日会が始まります! たくさんのプレゼントを持って駆けつけてくれる人々。なんと消防士や警察官までが、職務中にやってきてくれました。
消防車やバイクに乗せてもらったり、めったにない体験に大喜びのグレンくん!!
ヘリコプターを飛ばして、グレンくんの家の上で、低空飛行をするなんてサービスまで。日本では考えられないことですが、アメリカらしくて胸が温まります。
たくさんのプレゼントに大満足のグレンくん。きっと彼にとって最高のパーティーになったことでしょう。
(略)

何ともアメリカらしいと言えばその通りなのですが、何にしろお母さんのとっさの機転で無事に収まって良かったですよね。
こちらまさしく絶体絶命のピンチと言う状況から、奇跡の生還を果たした方々のニュースです。

無人島で海難の3人救出、砂浜にヤシの葉でSOS 西太平洋(2016年4月9日CNN)

ワシントン(CNN) 米沿岸警備隊は9日までに、乗っていた小型船が大波に襲われて沈没し、漂着した西太平洋の無人島で3日間立ち往生していた乗組員3人を救出したと発表した。ヤシの木の葉で砂浜に「HELP」の文字を描いたことが救助の決め手となった。

3人が見付かったのは、米国との自由連合を結ぶミクロネシア連邦のファナディック島。同島は米ハワイ州ホノルルから南西へ約4184キロ離れている。
沿岸警備隊はCNNの取材に、3人は船が夜間に沈没した後、約3.2キロの距離を泳いで同島にたどり着いたと説明した。
3人が行方不明との情報は5日朝に沿岸警備隊に届き、米領グアム島にある司令部が中心になって捜索を開始していた。捜索には米海軍も協力。日本の三沢基地に駐留する哨戒機P8が7日朝に砂浜に記された「HELP」の文字や空に向かって救命胴衣を振り続ける3人を発見していた。

ファナディック島周辺の海域は遠隔地などの地理的条件にあり、地元当局の捜索能力は極めて乏しいため、米沿岸警備隊が今回出動していた。
ミクロネシア連邦には600以上の島がある。

しかし漫画などでは古来取り上げられてきたネタではありますが、この時代になっても実際にこういうことが起こるものなんですね。
芸の道に生きる人々がしばしばステージの上で死ねたら本望などと言いますが、こちらまさにその通りの結果となった方のニュースです。

インドネシア、女性歌手がステージで蛇に噛まれ死亡(2016年04月07日スプートニク)

インドネシアの女性歌手イルマ・ブレ(29)さんが舞台上で演出の一環として使用していた蛇に噛まれて死亡した。英紙デイリー・スターが伝えた。

同紙によると、この事件は今月3日に発生。首都ジャカルタ付近のカラワンで行われたショーの最中にブレさんは誤ってキングコブラの尾を踏んでしまった。キングコブラは報復としてブレさんの腿に噛みついた。
キングコブラの調教師が解毒剤を勧めたがブレさんはそれを断りショーを続けた。45分ほど経った頃、ブレさんは舞台上で嘔吐と痙攣を始めると間も無く亡くなった。

キングコブラの毒自体は危険度が最も高いというわけではないが、場合によっては人や時には象さえも殺してしまうことがあるという。

しかし演出でコブラと言うのもちょっと判らないのですが、命よりも舞台の方が大事であったと言うことなんでしょうか、ご冥福を祈ります。
こちら軍人の鑑とでも言うのでしょうか、映画化決定!としか言いようがないような話を紹介してみましょう。

勇敢なロシア軍人、自分もろともISの戦闘員を爆撃させ、戦死(2016年3月26日デイリーメール)

ロシア軍人が、自分自身を空爆の標的にさせてISの戦闘員の集団を一掃し、「英雄」として戦死しました。

特殊部隊の将校がパルミラ周辺で単独でISの戦闘員を追跡していると、気がついたときには敵に囲まれていました。
絶望的な状況に陥り、この将校は自分のいる場所を爆撃し、自分もろともISの戦闘員を倒すようロシア軍機に指示を出したということです。

ロシア軍のスポークスマンによると、この将校は1週間、パルミラで重要なISの標的を特定し、その正確な座標を爆撃を行うロシア軍機に送る任務を実行していたということです。
ロシアの軍事行動は9月30日に開始されましたが、地上部隊の詳細は明らかになってはいませんでした。

ISのメディアは先週、パルミラ周辺で5人のロシア軍特殊部隊員を殺害したと主張し、遺体の画像や動画をシェアしています。
しかし、この時、ロシア政府のスポークスマンであるドミトリー・ペスコフ氏は2015年5月以降ISの支配下にあるパルミラに、ロシア軍が向かっていることを否定し、
パルミラに進軍しているのはロシア軍戦闘機と連合国側の民兵の支援を受けたシリア軍だと主張していました。

シリア軍は25日、パルミラを奪還しています。

果たしてどのような心境であったのかは想像するしかないのですが、しかしご家族からすれば英雄になるよりも生きて帰って欲しくもあったのでしょうね。
最後に取り上げますのは学者先生が体を張った実験をしたと言うニュースですが、まずは記事から紹介してみましょう。

体張りすぎ! 「水中で発砲された弾丸はほとんど進まない」を実証するため物理学者がプールで自分を撃ってみた(2016年2月1日ねとらば) 

 アクション映画などでよく見かける銃の発砲シーン。相手の身体を撃ち抜く様子からその威力のすさまじさがうかがえますが、とあるノルウェー人物理学者が「水中で発砲された弾丸は抵抗でほとんど進まない」という仮説の実証実験を行いました。無茶しやがって……。

 一か八かの大勝負(?)に海パン一丁で挑んだのはアンドレアス・ワールさん。プール内に自らに向かって発射できるよう仕掛けを施したアサルトライフルを設置し、その3メートル前に立ちます。防弾チョッキなどは着ません。究極の丸腰です。
 緊張の面持ちでカウントダウンを開始し、いちにのさん! で紐をひっぱると銃口からドーンと真っ直ぐに銃弾が飛び出しました。水の抵抗を受けつつブワワワッと泡を発する弾丸。それでも逃げないアンドレアスさん、強い。これが科学者の精神力なのか!
 このまま銃弾がアンドレアスさんの身体を撃ち抜くのでは……! と思いヒヤッとした瞬間、だんだんと銃弾の勢いが衰え、ついにはプールの底にゆっくりと落下していくではありませんか。アンドレアスさんもホッとしたというより魂が抜けかけたような表情で「イエス!!!」と空を仰ぎます。やっぱり緊張してたんですね……。

 動画の説明によると「水の分子は空気の分子よりもはるかに密接なので、水中では物体が移動するのは空中よりも困難です」とのこと。なるほど。でも実際に試すなんてマッドだ。マッドサイエンティストだ。
 ちなみに彼は以前にも「回転する物体がその中心に近づくにつれてその回転速度が速くなる」ことを証明するために、自ら高さ14メートルから落下するという実験も行っていたようです。体を張り続ける物理学者、その生き様には美学すら感じます。しかし良い子は絶対にマネしないでくださいね。

これは元記事の動画を見ていただくしかないと思うのですが、しかしこの凝りに凝った仕掛けがマッド…もとい、科学の道に生きるもののあり方を示しているように感じられます。
ここまでしなければならないものなのか、それとも敢えてここまでやってしまわなければ気が済まないのかは不明ですが、しかしその蛮勇ぶりにだけは敬意を表したいですね。

今日のぐり:「和彩酒膳 植おか」

福山駅前の繁華な一画に位置するのがこちらのお店ですが、割合にいけると言う噂のお店なんだそうで、固定客も多いようですね。
ジャンルとしては和食とも居酒屋とも言えるようですが、かなり人気があるようで基本的には予約してから行った方が無難であると聞きました。

この日はおまかせのコースで食べさせてもらったのですが、いきなり出てきたサヨリの刺身が珍しいんですが、アジもタイもごくごく普通にうまくてスタートから好印象です。
茶碗蒸しはフカヒレのあんかけになっているのが面白いですが、しかし最近ちょっと一手間加えた茶碗蒸しが増えてごく当たり前の古典的なものをあまり見なくなりましたね。
焼き物のブリ照り焼きはちょっとくどい味かなと感じたのですが、カサゴの煮付けは逆にあっさり味で、ただ焼きものもそうなのですがちょっと火が入りすぎにも感じました。
蒸しガキはブリブリでうまいのはさすが広島と言う感じですが、この組み立ての中でメインで出てきたのが豚からあげで、これはこれでいいんですがなぜ豚だったんでしょうね。
ご飯ものとして出てきたのが握りで、まあ寿司屋さんではありませんからシャリは仕方ないですが、ネタの方ははまずまずだったと思います。

全体的に海鮮系の素材は割合にいけるし、料理もちょっと一工夫あって面白いお店だと思ったのですが、これでお値段もリーズナブルなのですから確かに人気が出るのも判りますし、酒類の揃えもいいと聞きます。
接遇面なども特に優れているわけではないとは言え混んでいる割には比較的レスポンスもいいのですが、ただお店の間口も狭いですし、入って見ても部屋もトイレも狭いしで、まあ知らないと入りにくいお店ですよね。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2016年4月16日 (土)

LGBTはその支援者共々徹底的に弾圧されて当然と言う「良識」

熊本県での地震は大変に大きな被害となっているようで、被災者の方々に一日も早く心身の平穏が訪れることを願っておりますが、しかし日本全国どこででも地震被害と言うものは起こり得るものだと改めて感じ入りますね。
さて、昨今何かと話題になることが多いLGBT(性的少数者)と言うものに関して、差別するのはよろしくないと言う声が世界的に高まってきている中で、先日は米ノースカロライナ州で出生証明書の記載と一致する性別のトイレ使用を求める法律が成立したことに対して、多数の企業CEOから抗議が出ていると言いますが、まあ生物学的な性よりは現状での性別を示す身分証明書なりを根拠にした方がいいのでしょうね。
先日は杉並区議が「レズ、ゲイ、バイは性的指向(好み)、トランスジェンダーは性的自認(障害)」であり、同一に扱うべきではないと主張したとして批判を受けていましたが、こうした性的な指向は別に趣味でもなく生来の性質であるのだそうで、これらを理由にした差別をしてはならないと言うことなんですが、そうなりますとこうした性的少数者を果たしてどこまで保護すべき権利と認めるべきなのかと言うことが問題になってきます。
例えば古来適切でない性的関係とされることの多かった肉親間での愛情関係に関して、先日幼少期に生き別れ状態になった母と息子が何十年ぶりに再開し事実上の夫婦関係になったと報じられ世界的に話題になっていましたが、日本を含め世界的に見ても神話世界では近親相姦などはほぼ必須と言ってもいいほどであり、現代社会においても法的取り扱いは国によってまちまちであると言います。
また一夫多妻制なども国によっては犯罪行為で、要するに良識やタブーなど時代や文化で幾らでも変化するものだと言えるのですが、そんな中で非常に興味深い問題提起ともなる事業を展開している方の話題を見かけたのですが、世界的に批判の声が高まっていると言うこの話、皆さんはどのようにお考えになるでしょうか。

小児性愛者を「合法的に手助け」する人形に問題は? 海外から批判(2016年4月11日BuzzFeed Japan)

小さな子供に対して性欲を抱く小児性愛者のための人形を作る工場が、東京都八王子市にある。少女に似せた身長や外見を持つ人形は、1体約70万円。この人形が海外に輸出され、大きな議論を呼んでいる。BuzzFeed Newsは代表者に話を聞いた。【BuzzFeed Japan / 山光瑛美】

小児性愛者のための人形を販売することは、是か否か。世界的な議論を巻き起こすきっかけとなったのが、2016年1月の米誌The Atlanticのインタビュー記事だ。
この記事の中で、工場「TROTTLA」の代表、高木伸氏は小児性愛者の「欲望を、合法的に、そして倫理的に表現できるように手助けしている」と述べている(The Atlanticの記事では、高木氏が自身が小児性愛者だと告白したかのような表現がなされている。しかし、高木氏は「ここは誤訳で、自分は小児性愛者ではない」とBuzzFeed Newsの取材に答えた)。
この記事をきっかけに、海外では、高木氏が作り出す人形が「病だ」「小児性愛を正当化してしまう」などと、批判が殺到した。
(略)
高木氏は「人体の正確な再現」を目指して人形を作り始めたという。小児性愛者向けの人形を作り始めたのは、顧客との交流を通じてであり、「小児性愛者の救済や社会貢献の可能性に気づいた」と表現する。
(略)
高木氏は、顧客との交流の中で「小児性愛を理由に人形を買う人が7割以上だと知った」と語る。そして、新規開発のために顧客とやりとりをする中で、ある事実に気づいた、という。
「彼らは近代において自身の性癖を反社会的なものであることを自ら理解し、深く悩み、傷付き苦しんでいるという事実です」
「彼らは社会に害をなすモンスターでしょうか?それとも良心の欠落した異常者でしょうか?答えはどちらも当てはまりません」
高木氏は、彼らが一般的な社会生活を営んでいる、と指摘する。「きちんと働き納税し、社会生活を営み国家や社会に貢献している」のだと。
人権団体が主張するような底辺の犯罪者ではなく、法律を護り模範的な社会生活を送る良き市民であるということを理解しなければなりません」
「近代のキャンペーンは、小児性愛者をまるで怪物かテロリストの如く叫断しますが、事実は異なります。もちろんそのような凶悪な人間も、世界にはまったくいないわけではありません。しかしそれはごく一部であり、それをもって小児性愛者のイメージを固定するのは差別的意識が働いていると言わざるを得ません」

「創作の世界での欲望の解消を求めている」

人形を購入することにより小児性愛を正当化してしまう、という批判を高木氏はどう受け止めているのか。
「子を持つ親の気持ちは、私も大変良く理解できます。しかし、人間というものは、自己と愛するもの、大切なものを護るためには他人に対していくらでも残酷になれるものです」
「その人たちが作り出したイメージ、つまり小児性愛者はこうであって欲しい、という印象が独り歩きし、その延長でできあがった怪物が、今の社会における小児性愛者のイメージに他なりません。これは、実態とはかけ離れた間違った考えであり、単なる差別、集団ヒステリー以外の何でもありません」
「多くの小児性愛者と呼ばれる人達は、怪物などではなく、良き市民であり遵奉精神を持っています。だからこそ、彼らは現実世界では法を守り、自己を抑制しコントロールしています。そして自己の欲望の制御の一環として、私の造る人形を始め、創作の世界での欲望の解消を求めているのです」

大人は、子供と同様に護られるべきであると高木氏は主張する。
「子供たちを護るのは社会の努めであり、それは全世界どこでも変わらないことでしょう。それは当たり前のことです。しかし私は言いたい。大人は護らずとも良いのでしょうか?少なくとも、その様な性癖を持っていたとしても、それを抑制し、制御できる精神を持つ者を異常者扱いすることは大きな間違いです」
「人間の欲望は絶対に消し去ることはできません」
(略)
「現代は欲望を禁止、抑制することからコントロールすることにシフトしていくべきだと私は考えます」
高木氏は、それこそが自らが目指していることなのだと主張する。
(略)
欲望の誘惑に苦しみながらも、自己を抑制している小児性愛者たちに手を差し伸べたいと高木氏は語る。
「『不足を知る者は足るものである』。自らの性癖を認め、制御し実社会に対して迷惑を掛けないで生きていける者は、危険な存在ではありません。だからこそ、社会は偏見を無くし、彼らを助けなければなりません」

児童に対する性的犯罪が後を絶たない中で、小児性愛者への世間の視線は非常に厳しい。
高木氏自身が「彼らの欲望を解消するためには、中途半端な造型では足りません。それは逆に良くない方向、更なるリアリティを求めて本物の人間に欲望の対象を移しかねない危険を誘発し得ます」と語っているように、小児性愛を想起させる人形への社会的な反応も当然、厳しくなる
Change.orgでこれらの人形に反対する署名を集めているオーストラリア人のMelissa Evansは「子供たちへの性的虐待に対する抑止力として、本物そっくりの人形が決して適切であるとは信じません」と記している。このページには4月11日現在、5万5千件を超える署名が寄せられている。

興味のある方は試しにサイトにアクセスして用意されている画像などを参照いただきたいと思いますが、見た目だけではなく動作の面も含めて非常に精巧に作られたものであること、そしていわゆる性愛的活動の対象として作られたものとは異なり単に等身大の人形に過ぎないと言うことには留意いただきたいところで、その方面で有名なO工業の製品などとはまた違うものであると言うことですよね。
ギャラリーなどを拝見する限りでは確かにちょっと見ではドキリとするほどリアルな造形で、その方面の性的に少数な方々であれば非常にクリティカルな魅力を持っているのだろうと想像出来るのですが、さて世界的に性的少数者の権利擁護を求めることは正義であると言う風潮の中で、小児性愛者に関してはどのようなバッシングを行ってもいいのだと言う考え方は果たしてどのように正当化されるべきなのかどうかです。
もちろんここでは犯罪的行為を犯す人間を擁護すべきだなどと言うつもりもありませんし、それを言うなら同僚をレイプしたホモセクシャルな方々などとたびたびニュースになるわけですから、性的少数者の中に一部犯罪行為に走る不心得者がいるから規制や差別となることが正当化されないことは、大多数の犯罪者が性的には健常でありながら性的マジョリティに対する規制論が持ち上がらないことと同様ですよね。
人間社会に限らず多数派と違うと言うことはそれだけで差別や攻撃の理由となるもので、どんなものであっても少数派であることはそれだけで相応の覚悟を必要とするとも言えますが、その中で何が擁護されるべき存在であり何が忌避され排除されるべき存在であるかを決めるのは、一部の声の大きい進歩的な方々の見識だけに頼るにはいささか大きな問題であるようにも感じました。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2016年4月15日 (金)

刑法198条では贈賄の罪が規定されています

少し前の話になりますが、この年度末にこんなニュースが出ていたのをご記憶でしょうか。

医師への謝礼公開 製薬企業に義務づけ 厚労省方針(2016年3月30日朝日新聞)

 相次ぐ論文不正を受け、臨床研究を規制する法案づくりを進めている厚生労働省は、製薬企業から研究機関や医師への資金提供の公開について、原稿料や講演の謝礼なども義務付ける方針を決めた。これまでは研究に直接関係がないとして除外していたが、方針を転換した。

 29日にあった自民党の部会に厚労省が示した。公開の義務化は当初、研究開発費や奨学寄付金などに限り、講演謝礼などは業界の自主的なルールに委ねるとしていた

 公開は毎年実施。違反した場合は、指導や勧告をし、従わなければ企業名を公表するとしている。(武田耕太)

この医師と製薬を始めとする医療関連産業との根深い関係については以前から様々に言われてきたところで、米ヨーク大の研究によれば医学部が製薬企業などからの贈り物を規制すると、卒業後の医師が既存の同系統薬よりも新薬を処方する頻度が下がる傾向にあったと言い、企業からの便宜供与が医師の行動に及ぼす影響について示唆される結果となっています。
もちろん不正を働くような行為は言うまでもなく何ら同情の余地はないところですが、一方で医師向けの教育後援会などは製薬会社などが主催し講師である医師には謝礼も支払われると言うことで、これを悪いことであるかのように言われるとただ働きをしろと言うことか、と言う反発の声も出てくるのは当然ですよね。
2013年春にも日本製薬工業協会でこの情報公開が議論されましたが、日医などから「社会から疑惑を招き、いわれなき中傷を受ける恐れがある」と強力な反対がなされたことから延期されていた経緯があり、今回国によってこうした方針が定まったと言うことは業界内での自主規制では話がまとまらないと言うことの裏返しでもあるのでしょう。
無論今のところ正当な報酬や謝礼に関しては受け取ることも何ら問題ではないわけで、ただ正当であるなら幾ら受け取ったかもきちんと公表してもいいですよね?と言うことですが、ここで注目いただきたいのは受け取る医師側に公開義務を定めたわけではなく、製薬会社側に幾ら贈ったかを公開するよう定めている点です。
もちろん30万人もいる医師全員にいちいちこうした義務を課すのも非現実的であるのだろうし、製薬会社であれば数も少なく規制も強化しやすい、さらに言えば恐らくは製薬会社側からも規制強化は好意的に受け取られる下地があったのではないかと思うのですが、同じ医師への金品を贈る行為についてこんな記事も出ていたことを紹介してみましょう。

がんの「名医」たちの情けないほどの倫理観のなさ/園田寿  | 甲南大学法科大学院教授、弁護士(2016年4月12日yahooニュース)

昨晩、偶然つけたTV番組だけど、見ているうちにあまりにも不愉快になったので、見るのを止めました。11日から新しく始まった「直撃!コロシアム!!ズバッと!TV」です。司会の辛坊治郎氏と山里亮太氏が、パネラーゲスト集団にさまざまな質問を投げかけ、本音を聞き出すという企画で、第1回目は、「がんの名医50人」に「直撃質問」するという内容でした。
(略)
「袖の下をもらったことがあるか?」という質問に、46人もの「名医」がもらったと回答していました。中には、看護師や職員、他の患者の目があるので、お礼の手紙を渡すふりをして、封筒の中に現金を入れてほしい、その方が受け取りやすいからと、堂々と答えていた「名医」、こっそりと現金の入った封筒をカルテの間に挟んでくれという「名医」、白衣のポケットに突っ込んでくれという「名医」、研修医のときに15万もらって、上司に相談したら「もらっとけ」と言われた「名医」、聞いているうちにだんだん腹が立ってきたとともに、情けなく思ってきました。もらったことがないと回答した人が4人いたということが、かすかな救いです。

かりに公務員たる医師がこのような現金をもらっていたとしたら、これは立派な収賄罪です(渡した患者は贈賄罪)。公務員でなくとも、もらった袖の下を税務申告するはずはないでしょうから、テレビの電波をつかって日本中に「私は脱税しています」と自白しているようなものです。いずれにせよ、医師の倫理としてどうでしょうか
いくらお金をもらっても診療に手心を加えるようなことはできないから、それはあくまでも「お礼」であって「賄賂」ではないという意見もあります。しかし、収賄罪(刑法187条1項)は、

公務員が、その職務に関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、5年以下の懲役に処する。この場合において、請託を受けたときは、7年以下の懲役に処する。

と規定しています。
「職務に関して」という意味は、「職務の対価(見返り)として」ということであり、職務の遂行じたいに不正がなくとも、あるいは厳格な手続きがあって、そもそも手心を加えることが不可能な場合であっても、収賄罪は成立するのです。
(略)
今では、「お礼」(袖の下)の習慣はほとんどないと聞いています。ほとんどの医師、医療関係者、医療機関は、厳格な態度を取られていると思います。渡すエゴと受け取る欲、技術はすごいかもしれませんが、スタジオに来ていた46人に「名医」という言葉が使われたことが残念です。(了)

まあ記事にあるようなことを公言していたなら確かに医師云々は抜きにしてかっこわるいなとは思うのですが、今どき公立に限らずどこの病院であれ院内ルールとして付け届け無用の掲示くらいはなされているはずですから、私立公立を問わず少なくとも服務規程違反なりに問われる余地はありそうな行為とは言えますよね。
医師に金品を贈る行為について全く正当化する必要性は感じていない先生方も少なからずなのだろうし、強いて差し出されれば断らない、あるいは断り切れなかったと言う消極的受容派の先生方もこれまた相応にいらっしゃるでしょうが、少なくとも表立ってもっと下さいと積極的に肯定している先生はさほど多くはないようで、要するにこの方面でも規制強化を図ることは別に一方の当事者である医師としては構わないのではないかと言う気がします。
ただこの種の記事を見ていつも気になるのが賄賂云々と受け取る医師を批判する場合は多いのですが、心付け無用と告知もされ賄賂だなんだと世間的にも批判されている中でそれでも贈る患者や家族を批判しなくてもいいのかと言うことで、何故か患者さんは一切金品を贈らないようにしましょうなどと主張する記事も見かけませんよね。

記事にもきちんと患者側は贈賄罪に相当するだとか、渡すエゴ云々と言った文言は書かれているのですから、そもそも患者が渡さなければ起こり得ない問題なのだろうし、情けない名医の先生方にしても渡すならこうしてくれとは言っても渡してくれとは言っていなかったようなので、さてこの場合誰が問題の原因を作っているのかでしょう。
いやそうは言われても周りが皆渡しているだとか、親戚が渡すべきだと言ったと言う声も根強くありますが、これに関してはどの医師も口を揃えて患者からの付け届けで医療内容を変えることはないと言っているのですから、わざわざ贈賄罪のリスクを冒してまで金品を差し出そうとすることは全くの無益であるばかりか、倫理的に見ても有害な行為であるとしか言えないでしょう。
しかし冒頭の記事のような場合には贈る側の製薬会社が悪者扱いされる一方で、こうした付け届け問題では受け取る側の医師側が悪いかのように言われるのも興味深い現象だと思いますが、園田先生を始め司法関係者の方々は是非全国各地の大学や基幹病院を回って、どこかで贈賄の罪を犯そうとしている不届きな患者や家族がいないものか目を光らせ、必要に応じて刑事告発なりと検討していただきたいと思いますね。

| | コメント (20) | トラックバック (0)

2016年4月14日 (木)

必要に迫られ成年後見促進法成立

核家族化も通り越して生涯独身と言う人もこれだけ増えてくれば、本人以外に身内がおらず保証人等をどうすべきかと困る場面も少なくないと思うのですが、医療現場においても何かあった際に当の本人は判断を下せる状況にはないと言うこともままあるわけで、やはり本人の意志を代弁してくれる人を立てておいて欲しいと感じる場合はあるものです。
ましてやそもそも本人に意志決定能力がないと言う場合、一体誰の意志に従って医療を行えば良いのか、その場合インフォームドコンセントは果たされてると言えるのかと言う疑問があるわけですが、一般的な社会でしばしば本人の代弁者として扱われる後見人という制度について、先日こんな記事が出ていました。

後見人が医療行為に同意することはできません(2016年4月1日日経メディカル)

(略)
後見人が行えないこと

 後見人の職務は、財産管理と身上監護(本人の生活に関わる決定をすること)であり、法律行為と直接関係しない介護などの行為は含まれないといわれています。しかし、日常生活を遂行する上でこの法律行為と非法律行為は混在していることが多く、実際には後見人の業務を一くくりにして論じることは難しいようです。
 後見人ができないこととしては、(1)本人の一身専属性の行為、(2)医療行為の同意、(3)死後の事務、(4)居住している不動産の処分――などがあげられます(表2)。
(略)
 「医療行為の同意」に関しては、一般的にはしばしば誤解されている項目といえます。例えば、判断力が低下している被後見人が何らかの手術を必要としているとき、病院側は後見人に手術の同意などを求めることがあります。しかし、被後見人の身体に侵襲を伴う医療行為に対しては、後見人は同意する権限を持っていません。介護スタッフらによる事例検討会で、身寄りのない認知症患者さんに胃瘻造設などを行う必要性があるときに成年後見制度を利用したらどうかという意見がしばしば出されるのを経験します。介護スタッフの多くは成年後見制度を十分理解していないようですので、先生方から「後見人らは医療行為の同意をすることができない」とコメントをしていただけるとよいかと思います。では身寄りが全くいない被後見人の場合にどう対応したらよいかということですが、これは難しい問題かと思います。誰が手術の同意をするのか、同意書を誰が書くのかが問題になるでしょう。同意をする親族がいなければ、手術はできないことになってしまいます。
(略)

まあこの場合先生方から後見人の正しい業務内容を説明するのがよろしいのか、それとも何も知らないふりをしてでも後見人から同意書にサインをいただくのがよろしいものなのか微妙なところだとは思うのですが、これも後日それで何かあった場合には誰かが責任を取ることにはなるのかも知れない一方で、誰も責任を取らないから話が進まない問題でもあると言えます。
記事にもあるような胃瘻造設と言ったケースがまさしく非常に難渋するところで、多くの場合医療行為と言うものはそれを行わなければ健康上の不利益があると言うことで、意識のない患者に対する救命救急措置などを筆頭にいわば緊急避難的な行為として行ったと言う建前が通用するはずですが、胃瘻についてはそれをしないからと言って通常何ら生命や健康に不利益はないわけです。
ただ介護などの管理上大変であるとか、言ってみれば周囲の都合によって不要不急の行為として行われているだけに、予定手術としての胃瘻造設を緊急避難的に行いましたと言うのは全く無理があると言え、こうした場合は院内の倫理委員会に代行決定を求める等となっているようですが、現実的には根拠は不明確ながら入所先の施設長名で同意書を書いた…などと言う事例も少なからずあるようです。
こうした混乱する状況を改善すべく、この4月8日に成立したのが成年後見促進法と言うもので、現在18万人にも登る利用者の生活上の必要性に答えるべく今後3年間で様々な改善が図られることになりますが、特に注目されるのが手術など医療行為への同意権をどこまで認めるべきかと言う点で、すでに各方面からまさしくこの点について反対する声明が出されているところです。
そもそも医療機関がこうした同意書を求めるのも何かあった際の責任問題を回避するためとも言えますが、当然ながらそれにサインする側も何かあったらと考えるもので、医療に限らず実際に赤の他人の意志を代弁することで後々まで迷いや後悔が残ったと言うケースも少なくないと言うこんな記事を紹介してみましょう。

「支援女性死なせた」 手術促した後悔、今も 成年後見促進法成立(2016年4月11日共同通信)

 認知症高齢者や精神・知的障害者の増加を見据え、利用促進法により担い手の育成や権限強化が図られることになった成年後見人。手術への「代諾」(同意)や居住地の選択、死後の財産処理といった場面に立ち会ったとき、後見される人の意思をどうくみ、支援に生かすのか。日々、難しい判断を迫られている。

 「私は被後見人を死なせてしまった」。関東地方で活動する60歳代の男性後見人は唇をかんだ。2008年7月、男性が後見人となって支援していた女性=当時(46)=は喉にできた腫瘍を切除する手術を受けた約2週間後、くも膜下出血で死亡した。女性には重度の知的障害があり「術後の管理のため」病院のベッドに両手足を縛られ、身体を拘束されていた。後見人には拘束する方針は伝えられていなかった。
 腫瘍は良性だったが、こぶし大になり食道を圧迫していた。健常者ならすぐにでも手術してしまうケース。だが、知的障害がある女性は術後、ベッドで安静を保てないことが予想されたため、先延ばしにしてきた
 「手術をすべきか」。後見人は悩んだ。女性は通常の病院の診察でも恐怖で体を震わせ、目を潤ませていた。意思表示ができたとしたら「手術は望まない」と言ったかもしれない。後見人は「自分だけで結論を出すのが怖くて」精神保健福祉士ら専門職10人に手術について検討を求めた。意見は真っ二つに割れ、結局後見人らに促される形で、代諾権限のある女性の実母が手術に同意した。
 身体拘束と死亡との因果関係は不明だ。だが、もし手術をしていなかったら―。7年以上たった今も、後見人の悔恨の念は消えない。「手術の是非はもちろん、術後管理の方法をもっと病院側と詰めるべきだった」

 成年後見制度は00年、介護保険制度とともに高齢化社会を支える両輪として導入された。今回成立した促進法では従来の財産管理に加え、施設入所や入院などの手続きをはじめとする生活面のサポートを強化。担い手確保のため市民後見人も育成して、サービスの需要増に備える構えだ。
 医療行為や介護に同意する権限を後見人に付与するべきかどうかも議論される。後見人の力が強まる可能性が出てきたことに、現場は戸惑う。
 岐阜県多治見市のNPO法人「東濃成年後見センター」の山田隆司(やまだ・りゅうじ)事務局長は、自宅で1人暮らしをしている認知症の高齢者や知的障害者の見守りから施設入所や入院の手続きの代行、死亡後に火葬された被後見人の遺骨の受け渡し、残された財産の遺族への引き渡しまでを一手に担う。
 「当事者や家族の意思にとことん寄り添おうとすれば、覚悟が必要」と山田事務局長。台風でも大雪でも雨戸を開けておくのが好きな独居の当事者の家にほぼ毎日通って雨戸を閉めたり、自宅で突然死した人がいれば、警察の実況見分に立ち会ったりする。残された遺産の相続を拒む親族を、1時間以上にわたり受け取ってもらえるよう説得したことも。「ボランティア感覚の市民後見人では到底無理」と話す。

 国学院大法科大学院の佐藤彰一(さとう・しょういち)教授は「促進法が求めている後見人の権限強化や制度拡充を検討する前に、当事者の意思をどのようにくみ取り、支援内容に反映させていくかの議論が先だ」と指摘している。

まあ意志をくみ取ることが出来ないからこそ後見人が必要になったのだろうし、そもそも意志決定能力が低下した方々が明らかに自己の不利益になるだろう自己決定権を主張した場合どうすべきなのかと言う問題もあるのですが、それらも含めて意見の分かれるところなんだろうとは思いますね。
理想的な制度云々の議論はさておき現実に即して有意義な制度を考えた場合、一つには身寄りの無い高齢者でこうした制度を利用している方々の場合生保受給者である場合が多いと思われ、ひとまずこうした方々に関しては誰か特定個人ではなく行政などが公的に後見を行うような制度がまずはモデルケースとして出来ないのかどうかです。
賃貸住宅を借り受けたりする際に保証人をどうするかと言うことは以前から問題になっていて、これに対する一つの解答として企業として保証人を引き受けると言うシステムが成立し稼働していますが、リスク分散や個人個人の価値観等に基づく判断のぶれを避けると言う意味でも、やはり組織として判断する方が間違いが少なそうに思いますね。
ただその場合緊急時の意志決定が遅くなると言う可能性があって、あらかじめ一般的な場合についてどのように対処すべきなのか等をマニュアル化出来るものなら望ましいのでしょうが、ありふれた肺炎一つとっても悪化した場合呼吸器をつけるのかつけないのかでも判断が分かれるでしょうから、誰がどうやってその基準を決めるのかと言うところでまた堂々巡りに陥りそうです。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2016年4月13日 (水)

事故調稼働と医師法21条改正論

昨年秋から始まった医療事故調制度発足に伴い議論になっているのが、いわゆる異状死体の届け出義務を定めた医師法21条のあり方で、この際医師法21条は改正を目指すべきだと言う主張もあれば、いやいや事故調が定着していないのにそれをやっても混乱するだけだと言う意見もありで、医療業界内部でも見解が分かれていると言えます。
ただ医療事故が想定されるようなケースは医療事故調に届けるのだと多くの医療機関が理解しているのであれば、「間違って」21条ルートで警察に届けてしまう件数はかなり減ってくるのではないかとは想像できるのですが、実際に昨年の警察への届け出件数が激減していると言うニュースが先日出ていました。

医療事故等の警察届出、2015年は前年から半減(2016年4月6日医療維新)

 警察庁のまとめで、2015年1年間に医療事故などとして警察に届出等が行われたのは65件で、2014年の137件から半減したことが明らかになった。届出等件数は2ケタにとどまったのは、41件だった1999年以来、16年ぶり
 届出等件数の内訳は、「被害関係者等」が14件(2014年比26件減)、「医療関係者等」が47件(同比41件減)、「その他」が4件(同比5件減)で、いずれも減少している。
 届出等の件数は、1999年は41件だったが、同年に起きた東京都立広尾病院事件などを機に、2000年には124件に増加、2004年の255件がピーク。その後、いったんは減少したが、2007年は246件。以降、増減を繰り返していた(2014年以前のデータは、『医療事故、警察への届出、2割も増加』なども参照)。
 届出等件数の65件のうち、2015年中に、業務上過失致死傷等事件として送致されたのは2件(2014年比8件減)、年別送致数(届出等の時期に関わらず、2015年に送致・送付された件数)は43件(同比12件減)で、届出等件数と同様に減少した。ただし、届出等の時期をさかのぼると、2006年に届出されたものが、2015年に送致された事件もある。

 「死亡診断書記入マニュアル」改訂影響か

 「医療関係者等」の届出等件数が減少した要因の一つとして考えられるのが、2015年度版の厚生労働省の「死亡診断書記入マニュアル」の改訂だ。
 同マニュアルは、医師法21条に基づき、「医師が死体を検案して異状があると認めたときには、24 時間以内に所轄警察署に届け出る」と記載。この「異状死体」の定義は、2004年の東京都立広尾病院事件の最高裁判決を踏まえ、田村憲久・前厚労相が、2014年6月10日の参議院厚生労働委員会で、(1)医師法第21条は、医療事故等々を想定しているわけではないわけではない、(2)検案とは、医師が死因等を判定をするために外表を検査することであり、自分の患者であるかどうかを問わない、(3)死体の外表を検査し、異状があると医師が判断した場合には、警察署長に届ける必要がある――と説明している(医師法21条をめぐる議論は、『「“事故調”、見直しは時期尚早」四病協』などを参照)。
 しかし、2014年度版の「死亡診断書記入マニュアル」までは、医師法21条の記載はなく、(1)外因による死亡またはその疑いのある場合には、異状死体として24時間以内に所轄警察署に届出が必要、(2)異状とは「病理学的異状」ではなく「法医学的異状」を指す、(3)「法医学的異状」については、日本法医学会の「異状死ガイドライン」なども参考にする――と記載されていた。1994年に公表された「異状死ガイドライン」は、医師法21条が定める届出の対象を「確実に診断された内因性疾患で死亡したことが明らかである死体以外の全ての死体」 と記載、死因が不明な診療関連死なども含まれる幅広い解釈だった。

記事にもあるように死亡診断書記入マニュアルの改訂の影響もあるのでしょうし、事故調が秋以降に稼働していることを考えるとこちらの影響が大きいのであれば今年はさらに件数が減ってくるはずだと思われるのですが、この辺りは来年以降に実際にどうなるのかを見てみたいところですよね。
日医などはこの21条の積極改正を主張していて、今年6月に予定されている事故調制度見直しにあわせて21条改正も議論していくと言っているようですが、法解釈であれば省からの通達なり大臣の答弁なりで何とかなるのかも知れませんが、法改正となるとこのところ内外に様々な課題も山積している中で何もこの時期に急いでと言う先送りの声も出てきそうです。
一方でそうした消極的な先送り論ではなく、積極的に改正はすべきではないと言う主張をする方々もいて、マッシー池田こと神経内科医の池田正行先生などは先日こんな記事を書いているようです。

医師法21条「改正」論に隠された問題とは?(2016年4月7日日経メディカル)

(略)
 そもそも司法が関与しない制度設計になっている医療事故調査制度の見直しと21条とは何の関係もありません。さらに、以下に述べるように、診療関連死を警察に届出る必要のないことは既に明確になっています。
 第一に、21条の条文を適切に解釈した都立広尾病院届出義務違反事件の最高裁判決(2004年4月13日)により、診療関連の死亡事故が発生したからといって医師が警察署に届出る義務はないことがすでに確定しています(「医師法21条」再論考―無用な警察届出回避のために)。第二に、「医療過誤によって死亡または傷害が発生した場合、またはその疑いがある場合には、施設長は、速やかに所轄警察署に届出を行う」と記載されていた、厚生労働省による「リスクマネージメントマニュアル作成指針」(2000年に当時の国立病院等向けに作成)はすでに失効したことが明らかになっています。第三に、2015年3月には,これも厚生労働省の「死亡診断書記入マニュアル」が改訂され、診療関連死や医療過誤は全て警察への届出が必要であるとの悪しき誤解を招いてきた記述が削除されました(「医師法21条」の誤解、ようやく解消へ)。
 以上からわかるように、21条を「改正」する必要はどこにもありません。それどころか、提言にあるような「改正」は、警察への届出が白日の下にさらしてきた医療事故に関する根本的な問題を全て「なかったことに」してしまうのです。

警察への事故届出が暴露した問題の数々

 事故を警察へ届出たのは、事故原因となった数々のシステムエラーを放置してきた施設長・病院管理者でした。その届出を受けて捜査を行ったのは、脈の取り方一つ知らない警察官でした。人身御供にされた末端の医療者だけを起訴し公判を取り仕切ったのは、診療録の読み方一つ知らずに専門医をやぶ医者呼ばわりする検察官でした。その検察官のいいなりになった裁判官の出す判決は、事故原因となった数々のシステムエラーを業過罪とすり替えることによって隠蔽してきました。
 警察や検察に媚びへつらう旧主流派マスメディアは、こういった根本的な問題の数々に対し完全黙秘する一方で、ウログラフィン誤使用事故報道で見られたように、扇情的な報道で末端の医療者を罪人として血祭りに上げて社会的に抹殺し、ヒューマンエラーこそが事故の本質的な原因であるとのデマを垂れ流すことによって、患者家族、そして市民に対して医療事故問題の真相を隠蔽し続けてきました。
 警察への届出がこのような一連の医療破壊活動を招いてきた歴史を、たかが条文の添削で「なかったことに」できるわけがありません。21条「改正」により、警察官、検察官、裁判官に対する医学教育が開始されることもありません。司法過誤を追求できるジャーナリストが生まれるわけでもありません。医療事故再生産装置である裁判が解消されるわけでもありません

21条「改正」論の意図は?

 さらに、たとえ21条の条文を添削したところで、診療関連死が犯罪として届出られる「抜け穴」は残ります。北陵クリニック事件でも末端の医療者が社会的に葬られましたが、その発端は、「官吏(注:国家公務員)または公吏(注:地方公務員)はその職務を行うことにより、犯罪があると思料するときは告発をしなければならない」と規定する刑事訴訟法239条第2項に基づき、某国立大学法医学教授が行った告発でした(関連記事)。21条の条文をいじくってみたところで、届出が明らかにした問題は放置されたまま。さらには診療関連死が犯罪として届出られる可能性も残される。だとすると21条「改正」論の意図は一体どこにあるのでしょうか?
 法令の条文は何ら変わっていないのに、利益相反と自己都合で勝手な解釈を加えて「法令遵守」を主張した裁判真理教信者達。その信者達の言いなりになって「粛々と」事故を警察に届け出てきた。そんな自分の立場がいよいよ怪しくなったので、条文改正で全てが解決できるかのごとく言い立てる。そういう無定見な子供だましで、自分は裁判真理教の被害者だったと主張し、末端の医療者を社会的に葬ってきた過去も消去できる。果たしてそんなに都合良く事が運ぶでしょうか?
 問題の本質が21条ではなく、それを誤用する人間の方にあるのに、21条「改正」によって、さも問題が解決されるかのように「感じさせ」、思考を停止させる。21条「改正」論のまやかしは、正にこの点にあります。警察への届出という「法令遵守」も、その届出を条文の「改正」で解消しようという動きも、ともに末端の医療者を社会的に葬り,医療事故再生産装置となってきた裁判から逃げ回るだけだった我々医師の姿を象徴しているのです。

何かしら2000年代初頭を思い出させるような空気も感じる論調だなとも思ったのですが、確かに100年以上も条文が放置されたまま運用上の問題であれやこれやとトラブルが起こってきたとも言えるのですから、今さら条文だけを変えたところで運用そのものが変わらない以上は何も本質が変わらないのだと言えるのかも知れません。
そもそも21条に関しては犯罪に関わるような事件性のある場合に限って運用されるべきものであり、それは法律による義務ではなく医療従事者の善意に基づく届け出によって行うべきものだと言うのが日医など改正派の主張で、仮に医療従事者自身による犯罪行為が行われたとしても事故調制度が発足した以上見逃しにはならず、そちらで何らかの引っかかりが生じるはずだと言う考え方も出来ますよね。
その意味では21条改正の前提としてこれまた事故調制度の運用のあり方も問われると言うことになりそうですが、そもそも医療現場において予想されない死亡は決して少なくはないし、制度発足当初説明をされていたような届け出基準に従えば相当数の届け出がすでにあってもおかしくないにも関わらず、今のところ想定をかなり下回る件数であるのは運用上に未だ課題を残すとも言えるかも知れません。
ただもともと21条の対象として届け出られていた件数はごく限られたものであり、医療現場における全死亡の中では誤差範囲と言ってもいいほど小さな数字に過ぎませんから、21条を改正して何かしらの悪影響があるのかどうかは検証が難しく、今のところ医療従事者の安心など好影響の面ばかりで理由付けされている片手落ち感、あるいは言葉が悪いですがある種の胡散臭さが残る一因にもなっているのでしょうか。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2016年4月12日 (火)

医療費高騰が医療のあり方を変える?

昨日も医薬品高騰が世界的に問題視されていると取り上げたばかりですが、先日政府の経済財政諮問会議が開催され、安倍総理が歳出について「エビデンスに基づく要求が行われるようにしていく必要がある」と語ったと言い、特に高いレベルでのエビデンスが求められる分野として医療費が上げられ、何故これほど急激に増加しているのか詳細な分析が必要だと結論されたそうです。
当然ながらここでも高額な新薬が続々と登場している点は特に注目されているようで、「医薬品の費用対効果をしっかり検証すべき」と言われればその通りなのですが、高額療養費制度の見直しにも言及されていると言うのは金銭的負担の増加で患者に(形の上では)自主的に投薬を忌避させる目的であるとも受け取れるところで、お金の有る無しに関係なく同じ医療を受けられる時代も終わりつつあるのでしょうか。
こうした点についてはかねて敏感な反応を示すことの多かった日医がどう考えているのかですが、興味深いのは中川副会長が「医療経済学的なことを考えながら医療を行う時代に入ってきたのかと思う」「特殊な超高額な薬品は特殊に扱うべきという時期が来た」とまるで敗北宣言のようなコメントを出していると言う点で、日医にすらこんなしおらしい態度を取らせるほど新薬ショックが大きかったと言えるのでしょうね。
いずれにしても日本で保険診療を行う以上は実際の薬のコストではなく保険収載上の薬価が幾らになるのかが問題で、極端な話薬価がひどく低く設定された場合製薬会社が日本出荷分を激減させ、国内患者だけが新薬の恩恵にあずかれないと言う局面もあり得ると思うのですが、他方で癌治療と言うことに関して最近こんな興味深い話も出てきています。

がん生存期間、在宅でも変わらぬ傾向 入院患者と比較(2016年4月6日朝日新聞)

 自宅で最期を迎えたがん患者は、病院で最期を迎えた患者と比べ、生存期間にほとんど差がないか、自宅のほうがやや長い傾向があるとする研究結果を筑波大と神戸大のチームがまとめた。退院して自宅に戻ることで余命が縮むのではないかという不安を和らげられる結果だとしている。

 論文を米国がん協会の学術誌に発表した。

 チームは、国内58の医療機関で、緩和ケア病棟に入院した患者や在宅の緩和ケアを受けた患者らを2012年9月から1年半かけて調査し、2069人について分析。最期を迎えた場所が病院か自宅かによって生存期間に違いがあるかを調べた。

末期がんの療養は入院よりも自宅? 在宅患者の方が長生き(2016年4月6日読売新聞)

 末期がんを宣告された場合、最期までの期間を自宅で過ごすか病院で過ごすか―難しい問題だ。そんな選択を迫られた際のヒントになるような研究結果が、3月28日発行の米がん専門医学誌「Cancer」に発表された。筑波大学付属病院総合診療グループの浜野淳講師ら研究チームは、日本の進行がん患者約2,000人を対象に調査を実施。その結果、病院で死を迎えた人に比べ、自宅で死を迎えた人の方が長く生きたという。浜野講師らは「自宅で死を迎えることを望む人は多いが、在宅では病院と同じレベルの治療が受けられないのではないかとの懸念から、最終的に病院で治療を受け、病院で亡くなることを選ぶ人は多い。今回、そうした懸念は不要であることが示唆された」としている。

生存期間に1週間の差

 重い病気があり、自分の死期が迫っていることを悟った時、「住み慣れた自宅で死を迎えたい」と望む人は多い。しかし、実際には自宅での死を望んでいながら病院で死を迎える人は多い。その背景には、「在宅で受けられる医療には限界があるため、少しでも長生きするには病院で過ごす方が良いのではないか」との考えから、最終的に病院での治療やケアが選ばれやすいことがある。
 浜野講師らは、2012年9月から14年4月にかけて国内の病院など58施設で、痛みや呼吸困難を軽減するための治療(緩和ケア)を受けた20歳以上の進行がん患者2,069人(平均69.4歳)のデータを分析した。
 このうち、病院で亡くなった1,607人(病院死グループ)と自宅で亡くなった462人(在宅死グループ)の生存期間(緩和ケアを紹介された日から亡くなった日までの期間)を調べた。その結果、緩和ケアを紹介された時点で予測された余命が0~13日だった人の実際の生存期間は、病院死グループの9日間に対して在宅死グループでは13日間と、より長いことが分かった。また、予測された余命が14~55日だった人の実際の生存期間も、それぞれ29日間、36日間と、より長いことが示された。しかし、予測された余命が56日以上の人では差がなかったという。

 浜野講師らは「病院と比べ、自宅で受ける緩和ケアの質は劣るのではないかと懸念する向きもあるが、がん患者が自宅で死を迎えることを選んでも生存期間は短縮しないばかりか、むしろ延長する可能性が示された」と説明している。

末期癌の患者ですから当然ながら全身状態は悪い人が多いだろうし、そもそも自宅に帰ることが出来ると言う時点で多少なりとも状態がいい人だったと言うバイアスがかかっている可能性もあるのかなと感じるのですが、そうした細かいことを抜きにすると非常にキャッチーな結果が示されたとは言えますし、政府としては末期患者を自宅へ誘導する根拠としても活用できそうな話だとは思います。
癌に限らず終末期医療に関して様々に言われている中で、日本の医療制度では病院に預けておくのが一番安上がりで手間も掛からず安心だと言う制度的な現実があり、人間誰しもよりお得な選択をする傾向がある以上、こうした制度的背景を改めない限り自宅で亡くなる人は増えないのではないかと言う気がします。
一方で医学の目的が病気を治すと言うことであればcureではなくcareに専念すべき末期患者はそもそも医療の対象にならないと言う考え方もあるはずで、実際に終末期や高齢者に対する医療給付には若い世代とは別のレベルでの強力な制約を加えるべきだと言う意見も根強くありますが、終末期の医療に一番お金が掛かっていると言う点から国としてはこうした声は実のところウェルカムなのでしょうかね。

癌治療なども多くの抗癌剤が完治は見込めない以上、どうせ最後は死ぬ人に大部分公費負担で巨額のお金を使うことが妥当なのか、少なくとも社会的負担によって延命医療を行うことには限度を設けるべきだと言う考え方は今のところまだごく一部に留まっているとは言え、ごく一部の人にしか恩恵のない医療行為によって税金や保険料がどんどん上がっていくとなれば考え方を改める人も出てくるのかも知れません。
人間誰しも最後には死ぬと言う現実が変わらない以上、およそどんな医療行為であれ結局は単なる延命に過ぎないと言う極論も可能ではあって、意味のある延命と意味の無い延命とはどう区分すればいいのか、医療にコストパフォーマンスを云々するなら高い年収を稼ぎ出し納税額も多い人の延命は貧乏人よりもコスパが高くなるのか等々、一度手をつけると非常に議論が錯綜しそうなパンドラの箱とも言えますよね。
最終的には倫理や社会的合意、財政面での負担度など様々な要因を総合的に判断しながら線引きを検討すべきことなのかと思いますが、実は一番簡単かつ誰も悪者にならないやり方と言うのはここまでと線引きなどせず、皆均等に一律にコスト負担を増やしていくと言う方法であって、実に日本的な解決法の結果として皆が平等に不幸になっていくと言う未来図もあるのかなと少し考えています。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2016年4月11日 (月)

医師が治療効果よりも治療費を気にし始めた?

日本の保健医療制度では新薬とは既存薬よりも効果が優れていると言う理由で承認されることになっていて、そのため既存薬よりも高い薬価を認められることになっていますが、当然ながらメーカーが毎年新薬を出すたびに値段が跳ね上がる一方になる理屈で、それは安価なジェネリックを処方しろと国が躍起になるのも当然ではありますよね。
ただこの薬価の高騰と言う問題、別に日本の保健医療制度が欠陥品であるからと言うわけでもないようで、世界的にもこのとこと薬価高騰と言うことが問題視されるようになってきています。

2000年以降急騰 「分子標的」開発高額 日米医師分析(2016年4月5日毎日新聞)

 国内外で抗がん剤の価格が急激に高額化している実態が、米国や日本の医師の分析で明らかになった。日本では2000年代以降、がん細胞を狙って攻撃する「分子標的薬」の登場によって新たに承認された抗がん剤の価格が急上昇している。米国でも、10〜14年には月額約1万ドル(約110万円)となり、00年以前の約5倍に急騰。さらに、最近発売された免疫の仕組みを利用する新タイプの薬が高額化に拍車をかけている。(2面に「がん大国白書」)

 国立がん研究センターの後藤悌(やすし)医師が国内の肺がんの抗がん剤について、平均的な体格の日本人男性が使用する場合の1カ月当たりの薬価を集計。1983年に承認された「シスプラチン」など、がん細胞の増殖を抑えて死滅させる抗がん剤は、ほとんどが月額10万円以下だった。しかし、肺分子標的薬「イレッサ」(一般名ゲフィチニブ)が登場した02年以降は同数十万円に上がり、最近2〜3年は同70万〜80万円になるものも出ていた。さらに、15年に同300万円を超える新タイプの抗がん剤「オプジーボ」(一般名ニボルマブ)が適応になった。日本は、高額療養費制度によって患者の所得に応じて自己負担には上限があり、70歳未満(夫婦と子ども1人の世帯)では月3万5400円〜約25万2600円。差額は医療保険者が負担する。

 米ニューヨーク市のメモリアル・スローンケタリングがんセンターのチームは、新たに承認されたがん新薬の価格を75年から5年ごとに比べた。その結果、75〜79年は同約130ドル、30種類の新薬が登場した95〜99年は同1770ドルに上昇。その後も価格は上がり、00〜04年に同4716ドル、直近の10〜14年は同9905ドルと急激な価格の上がり方になっている。

 抗がん剤が高額化する背景には、新たな仕組みの抗がん剤開発の成功確率が低く、開発期間、研究費がかかることがある。その上、分子標的薬は対象となる患者が少ないため、薬価が高額化しやすい傾向がある。【下桐実雅子】

「薬価年20兆円」の衝撃 がん大国白書(2016年4月5日毎日新聞)

 「私はこれらの薬を、すぐ患者に使いたい。だが問題は、価格が高すぎることだ」。2015年5月、米シカゴで開かれた米国臨床腫瘍学会の全体会合で、メモリアル・スローンケタリングがんセンター(米ニューヨーク市)のレオナルド・サルツ医師が、数千人の聴衆に訴えた。がん治療に関わる世界の医師らが参加する最大規模の学会。医療費の高額化が話題になる異例の会合となった。

 サルツ医師が懸念を示した薬は、オプジーボ(一般名ニボルマブ)など、免疫の仕組みを利用した新タイプの抗がん剤だ。サルツ医師は、オプジーボともう1剤の組み合わせで、がんが転移した米国の患者全員が使うことになると、年間1740億ドル(約20兆円)の薬剤費がかかると訴えた。学会では、新タイプの薬に関する演題が100近くに上った。日本から参加した肺がん専門医は「これらの薬の効果の高さを示す成果が話題を独占した。だが、印象に残ったのはコストの問題だ」と振り返る。

 米国で、薬価の高騰は「ファイナンシャル・トキシティ(財政的な毒)」とも呼ばれる。サルツ医師は毎日新聞の取材に、「薬価の高騰は患者が直接被害を受ける。医師である私たちが、医療費のコスト、特に薬価について行動しなければならない」と語った。
(略)
 この薬価の高騰化に、米国内でも異論が出始めた。14年3月の連邦議会で、民主党議員が、C型肝炎の新薬の価格の高さに関して、発売元の製薬会社に価格算定の根拠などの説明を求めたのだ。焦点は「高額な薬の効果がコストに見合うか」。恩田准教授は「米国では、製薬企業の価格設定に連邦政府が干渉するのはタブーだった。高額な商品が増える中、製薬企業には、価格などに見合うバリュー(価値)を持つかを説明する責任が求められ始めている」と変化を指摘する。
(略)

「たった1剤で国が滅ぶ」 がん大国白書(2016年4月6日毎日新聞)

 2月に開かれた厚生労働省の医薬品等安全対策部会で、委員の国頭(くにとう)英夫・日赤医療センター化学療法科部長が部会と関係のない発言を始めた。「たった1剤が出たことで国家が滅ぶことにならないか。真剣に心配している」。国頭さんが指摘した薬は、新たな仕組みでがん細胞を破壊する抗がん剤「オプジーボ」(一般名ニボルマブ)。部会で扱う安全対策とは、まるで異なる内容の発言だった。

 「国が滅ぶ」とは、どういうことか。国頭さんによると、大人(体重60キロ)は1回133万円かかる。2週間おきに点滴を受けると、1人で年約3460万円になる。昨年12月にオプジーボが使えるようになった肺がんの一種「非小細胞肺がん」で手術での治癒が難しい患者は、国内で少なくとも年5万人に上ると見積もられる。もし全員が使えば、その薬剤費などは年約2兆円だ。

 オプジーボは「夢の新薬」ではない。薬が効いて肺がんが小さくなる患者は2割程度しかない。一方、オプジーボが効く患者の場合、治癒する可能性もある。分子標的薬と異なり、オプジーボが効くかどうかを事前に調べる方法がなく、薬のやめどきも決めにくい。このため、医師は「使いたい」という患者の希望を拒みにくい

 現在、日本の年間薬剤費は約10兆円。国頭さんは「2兆円は幻となった新国立競技場8個分。いかにとんでもない額か理解できるだろう。オプジーボの適応は今後も広がり、オプジーボ以外にも高額薬が続々登場するはずだ。一刻も早い対処が必要と思うと、黙ってはいられなかった」と危機感をあらわにする。

 最近の薬価の高騰に、医療者の意識にも変化が表れている。肺がんの治療法をまとめる診療ガイドライン見直しを検討する日本肺癌学会の委員会で、手術後の抗がん剤治療が議題に上った。その際に、有効性や副作用に加え「費用の問題も考えるべきだ」との声が上がったのだ。

 同学会肺がん医療向上委員長の中西洋一・九州大教授は「医療者がコストのことを考えながら治療すべきではない。効く人、効かない人を事前に判断する方法の研究に力を入れるべきだ」と話す。一方、ガイドライン検討委員長の山本信之・和歌山県立医大教授は「オプジーボが出て、これまで以上に薬のコストが注目されている。私たちも本腰を入れてコストを考えねばならない。だが、『1年寿命を延ばすのにいくらまでかけるか』という問題を、一体どのように議論すればいいのか……」と戸惑う。

 国の高額療養費制度によって、患者の医療費の自己負担は所得に応じて一定額までで抑えられているが、残りは加入者が支払う保険料や税金などでまかなわれる。オプジーボを使い、肺がん患者の治療に当たる国立がん研究センター中央病院の後藤悌(やすし)医師は訴える。「薬のコストを考えず、医療を続けることがいいのか。根深い問題だが、将来の世代に負担を先送りする今のシステムでは、いずれ立ちゆかなくなる

今回日本のみならず医療制度や薬価決定システムの異なるアメリカでもこの薬剤費高騰と言う問題が出ていると言うことですが、注目すべきなのはこれまで医療コストと言うことにあまり言及してこなかった日本の医師の間からも医療費に全く無関心ではいられなっている気配が見られると言うことで、確かに効果はあるが高価過ぎると言う治療法の使い処は難しい問題ですよね。
たった一つの薬でこれだけ世界的な大騒ぎになると言うことも大変な話ですが、単に高いだけではなくそれ相応の劇的な効果があると言うことでこうしたジレンマが発生しているとも言え、アメリカなどでは保険会社が独自基準で厳密な使用適応を定めると言うことにもなってくるのでしょうが、今後も毎年この種の問題が発生してくることがほぼ確実に予想されます。
特に日本の場合高額医療費になれば自己負担額は一定になるため金銭的な面での抑制は全く期待出来ず、昨今話題の高価な肝炎治療薬なども処方する先生方は患者教育に苦心しているとも聞きますが、抗癌剤の場合一定期間飲めばそれで終了とは必ずしも行かない場合もあるだろうだけに、医学的な判断だけでその使用・継続を判断して良いものなのかどうか医師自身も躊躇し始めていると言えますね。

この薬価高騰問題はかなり以前から各方面で出ている話で、有名なところではHIV感染症がきちんと薬をつかって管理していけばコントロール出来るようになったものの、その薬を常用することがあまりにコストが掛かりすぎると言う点で発展途上国では不可能だとされ、一部にはそこにつけ込んで犯罪的な民間療法馬鹿げた代替医療などが浸潤しているとも言います。
以前には安価な抗HIVコピー薬が普及し特許権を侵害されたと製薬会社が南アフリカ政府を訴えた、などと言うニュースもありましたが、この特許権自体も国によっては食べ物や健康に関することは除外されていたり、緊急事態においては特許権よりも国の強制実施権を優先すると言った扱いがされているため、少なくとも国内法に関しては違法ではないと言うことになるわけです。
もちろん貿易等で国際社会の中で商売をしようと思えば当然ながら国際ルールを逸脱した行為は出来ませんが、その後訴えた側の製薬会社が訴え自体を取り下げたように生命に関わる問題とお金との関係は世間的な注目も集めやすく、医師にしろ製薬会社にしろ自分が進んで悪者になりたくないと言う素朴な感情が働くだろうことは想像に難くありません。
こうした点を考慮すると制度的に何かしらの歯止めを設けるべきではないかと言う意見も出てくるはずですが、当然ながらこれも医師の治療裁量を制約しかねない難しい問題ですし、特に有効性の高さが期待される治療法に制限を加えることは患者の不利益にも結びつくだけに、どのようなやり方が妥当な落としどころになるのかですよね。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2016年4月10日 (日)

今日のぐり:「満天香(まんてんしゃん)南蔵王店」

先日は凄い子どもがいると話題になっていたこちらのニュースを紹介してみましょう。

9歳の少女 ホームレスの家を作る(2016年3月31日大紀元)

 9歳の少女はの思いは、純粋な願いだった。「ホームレスの人にサンドイッチを買ってあげたい」

 米国ワシントン州に住むヘイリー・フォード(Hailey Ford)ちゃんは五歳のころに知り合った友人のホームレスの男性に、サンドイッチを買ってあげてと母親にせがんだ。母親はその通りにしたが、いつまでもやり続けることはできない。

 そこで、ヘイリーちゃんは母親の助けを得て家庭菜園を始め、収穫した野菜をホームレスに届けることを思いついた。4年間、庭で育てた野菜を届け続けた後、ヘイリーちゃんはホームレスの人のために家を作ることを計画。彼女はアリゾナ州に住む祖父から電話でレクチャーを受けながら、ほぼ一人で小さな家を完成させた。彼女が作った家には玄関と窓があり、断熱材も使っているので本格的だ。

 ヘイリーちゃんの活動を知った人たちや団体からは建築材料や資金の援助が相次ぎ、彼女は他のホームレス用の家を制作している。

 一人の少女の行動力が、多くの人の心を動かした。ヘイリーちゃんへの寄付は、ファンドレイジングのウェブサイト「GoFundMe」で受けつけている。

元記事の写真を見る限り、本当に電話のレクチャーだけでこれを一人で組み立てたのだとすればそちらの方が大変なことですが、ともかくも行動力には驚くべきものがありますよね。
今日は思い立ったら即行動と言うヘイリーちゃんに敬意を表して、世界中から子供が絡んだ様々なニュースを取り上げてみましょう。

2歳児が緊急通報「911」の内容は…(2016年3月5日産経新聞)

 米サウスカロライナ州で2歳の女の子が緊急通報用番号の「911」に電話した。用件は「ズボンがはけません」。家に駆け付けた女性保安官が任務を遂行し、話題となっている。米メディアが伝えた。

 保安官が玄関を開けると、女の子は脚までズボンをはいた状態で駆け寄ってきたという。家族は電話に気付いていなかった。「今日一番の仕事だった」と保安官。母親が女の子に、携帯電話の使い方と緊急事態の際の連絡先として911を教えたことがあったという。(共同)

いやまあ、うん、確かにこれは重大かつ緊急な非常事態ですよね…確かに助けが必要なのは理解出来ます…
同じくアメリカでは全米ライフル協会が小児向けの銃器を開発したと話題になっていますが、その結果と言うべきなのかこんなこともあるそうです。

銃推進派の女性、4歳の息子に撃たれて負傷 米フロリダ州(2016年3月10日CNN)

(CNN) 銃所持の強硬な支持派として知られる米フロリダ州の女性が、4歳の息子に誤って銃で撃たれて負傷したことが10日までに分かった。当局が明らかにした。

負傷したのはジェイミー・ギルトさん(31)。同州パットナム郡保安官事務所の係員が8日のパトロール中に、車線にはみ出た状態で停車しているトラックを発見した。運転席の女性は助けを求めている様子だった。同乗者は後部座席にいた少年1人だけで、けがはしていなかった。
運転席にいた母親のギルトさんは、4歳の息子に後ろから銃で撃たれていたことが判明。銃弾はギルトさんの腰から入って腹部を貫通しており、車内で発見されたという。
ギルトさんは病院に運ばれ、容体は安定している。

銃はギルトさんが合法的に所持していたものだった。ギルトさんはフェイスブックで銃所持の権利を主張する活動を展開していて、銃推進派の立場から定期的に投稿していた。個人ページには4歳の息子について「22口径の銃で射撃を行った」と自慢する投稿もあった。
フロリダ州の州法では、子どもの手の届く場所に銃弾を込めた火器を保管したり放置したりすることを禁じている。当局はギルトさんの回復を待って事情を聴き、訴追するかどうかを決める方針。

撃たれた当事者はさぞ満足だったろうと推察するしかないのですが、しかしこうした記事でしばしば出る「誤って撃たれ」云々の文言、果たしてどこまで本当に「誤って」なのかと…
体は大人になっても心はまだまだ大人になり切れない人も多い時代ですが、こちら新成人が驚きの事情で自殺を図ったと言う話題です。

“ネトゲで惨敗”20歳自殺未遂、高額装備揃えるも歯が立たず絶望。(2016年2月27日ナリナリドットコム)

オンラインゲームに多額のお金を投入していても、さほど珍しい時代ではないが、中国の20歳の男性は先日、親からもらったお金をすべて費やして高額装備を購入。にも関わらず対戦相手との勝負に惨敗してしまい、失意のどん底に突き落とされ、自殺を図ったという。

中国メディア・紅網などによると、自殺を図ったのは湖南省岳陽市出身の王某。2月22日朝、前日からネットカフェでオンラインゲームで遊んでいた王は、旧正月に母親からもらった7000元(約12万円)以上のお金をすべてゲームの装備品代に投入。万を持して勝負に挑んだものの惨敗という憂き目にあった。
失意のどん底に突き落とされた王は完全に自信を喪失し、ネガティブモードに。「自分には生きる価値がない」と感じた王は、帰宅途中に鉄道線路に横たわり、自殺しようとした。
しかし、いざ列車が近づき、警笛が聞こえてくると恐ろしくなったようで、線路の上で立ち上がり、大手を振って列車を停止させたそう。そのとき、列車は王の30メートル手前にまで迫っていたという。
その後、鉄道関係者が警察に通報。王は現場から逃走を図るも、警察と“追いかけっこ”を繰り広げた後、御用となったそうだ。

王は両親が小さいころに離婚し、現在は父親と二人暮し。中学校中退後、仕事についたもののうまくいかず、以来、父にも、離れて暮らす母にもお金を無心し、ネットカフェでゲーム三昧の日々を送っていたという。

まあ人生のあり方も人それぞれですけれども、人間何に決定的なダメージを受けるかも人それぞれと言うことでしょうか。
世界中で児童に対する性的虐待問題が話題になる機会が多いですが、こちらロシアでとんでもない計画が進行しているそうです。

ポルノ女優と1月間の共同生活、が高校生にプレゼント(2016年02月24日スプートニク)

コンピューターゲームに夢中になっていたモスクワの高校生、ルスラン・シェドリン君(16)がとんでもない賞を受賞してしまった。ライフニュースが報じた。プレゼントの内容は市内のとあるホテルでポルノ女優と1月を過ごすというもの。ルスラン君、両親の激怒にかかわらず、この賞を辞退する気はないという。

ゲーマーのルスラン君がこの賞を受賞してしまったのはまったくの偶然だった。ルスラン君はあるサイトでコンピューターゲーム用の「武器」を購入した際に10万人目のお客さんになってしまった。リソースの代表はルスラン君に電話し、受賞のお祝いを伝えると、賞の詳細を話したという。
「最初は嘘だ~と思ったんだけど、本当だってわかったらサイトに感謝したね。嬉しくて嬉しくて有頂天だよ。友達もよかったねーっていってくれたよ。うらやましくってたまらないってやつもいる」とは、TV取材へのルスラン君談。
ルスラン君いわく、ポルノはもう見たことがあるし、「全部気に入った」という。

しかし…、ルスラン君のお母様は息子さんの計画に(当然ながら)大感激というわけではない。「絶対にだめです。今試験中なんですし、なにがポルノ女優との1月ですか! 10万ルーブルでも支払ってくれれば、よっぽどいいのに。」
だがルスラン君の決意は固い。ルスラン君は新しい「お友達」と一緒にミュージーアムや映画館に行くのだそうだ。

しかし全くケシカランと言うしかない話ですが、全くプーチン大統領閣下はこうした犯罪行為を断固強権でもって取り締まるべきですね。
最後に取り上げますのはご存知ブリからの話題ですが、まずは記事から紹介してみましょう。

スペルミスで「テロリストハウス」と作文、10歳男児を聴取 英国(2016年01月21日AFP)

【1月21日 AFP】英国の小学校で、英語の授業中にテラスハウスを「テロリストハウス」と書き間違えたイスラム教徒の男子児童(10)が、警察の事情聴取を受けていたことが分かった。男児の家族は、不適切な対応だとして謝罪を要求している。

 この男児は、英作文で自分の家は「terraced house」(棟続きの住居)だと書こうとした際、つづりを間違えて「terrorist house」と書いてしまったという。英国放送協会(BBC)によると、この作文ミスを受けて男児は昨年12月7日、イングランド(England)北西部ランカシャー(Lancashire)州の自宅で警察から事情聴取され、家族の所有するパソコンも捜査対象になった。
 英国では、昨年7月から教師に対し、児童や生徒に不審な様子が見られた場合に報告するよう義務付けている。
 だが、男児のいとこは「30歳の男の話なら想像できるが、あんな子ども相手にあり得ない」「あの子を心配するなら、つづりの心配をするべきだ」と教師を非難。「あの子は今、書くことも想像力を働かせることも怖がるようになってしまった」とBBCに語っている。

 英国イスラム協議会(Muslim Council of Britain)の幹部は、政府のテロ対策法を批判。「日常生活を送っている普通の人たちが、治安対策というレンズを通すと児童・生徒ではなく潜在的テロリストと見られてしまう」と述べ、懸念を表明した。

しかし書き間違い一つで警察沙汰とは穏やかではありませんが、これは教師が学童の書き間違い一つを警察に通報した結果だと言うことなのですかね。
子供のうっかりでテロ計画が発覚することもないわけではありませんから仕方の無いことなのかも知れませんが、しかし英語教師としては指導力の不足を問われかねない事態ではありそうです。

今日のぐり:「満天香(まんてんしゃん)南蔵王店」

広島県東部の福山市内には中華系ネイティブな人たちがやっているお店が何軒もあり、それぞれ独特の味で楽しめますが、こちらもそんなお店の一つです。
こちらの場合比較的万人受けする味とコスパの高さで人気だそうですが、ベースになっているのは台湾の味だと聞きますけれども、福山地区には台湾系のお店が割に多いのでしょうかね。

メニューを見ますと半分はごく普通のよくある中華料理で、もう半分には何やら興味深そうなものが並んでいると言う感じですが、とりあえず同行者の好みで適当にオーダーしてもらいました。
あんかけチャーハンのチャーハン部分はごく普通ですがあんが結構豪華で味もマイルドで好みの部類ですが、このマイルドな味は酢豚の甘酢にも共通していて、クリスピーな豚肉との組み合わせがいい感じです。
麻婆豆腐もピリ辛は確かにあるんですがちゃんと旨味ベースの味の組み立て、定番のかに玉はふわとろと言うよりカリカリの堅焼きなんですが、これがソースで程よくふやけて食感が面白いですね。
焼き餃子は浜松の餃子のように綺麗に丸く並べて出してくれましたが、ごく普通の焼き餃子ながら肉汁はジューシーですし、これで皮の食感がもう少ししゃっきりしていればと思います。
中華料理なのか微妙なところなおくら天ぷらはまさに単なる天ぷらですが、オクラのネバネバがカリカリ食感のいいアクセントになっていて一同好評でした。
牛肉の黒味噌炒めはヘタするとしつこくくどい味になりやすいですがこれはすっきりした味ですし、海鮮の中華風炒めもごくシンプルながら火の通りと味加減は及第ですかね。
この日ほぼ唯一売れ残ったのが鶏皮餃子で、鶏皮で包んだ揚げ餃子なんですがちょっと脂っこ過ぎると言うのでしょうか、この場合中身の餡を工夫したり香味ダレを合わせてみたりしてくれていればと感じました。
杏仁豆腐はまあ日本全国どこにでもよくあるようなものですが、全体に味も調理も特別すごいわけではないんですが、どれもバランスよく好みが分かれなさそうな味で、しかも格安ですから確かにコスパは高いと言えそうです。

しかしこれならもっとお客が入っていて良さそうに見えましたが、この日に限ってなのかあまり大勢と言う感じではないようで、かなり以前に来た時にはもっと繁盛していたように記憶するのですけれどもね。
強いて理由を探せばこれで味のベースになるスープにもう少し力強さがあったら普段飯として文句なしですが、なまじスープと調味料のバランスが取れているだけに少し引きの弱い味とは言えるのかも知れませんね。
接遇面では会話にはネイティブ感がありますがとりあえず問題はないですし、割とフロアを見ていて細々と気がつくのは好印象だったのですが、ただ妙なところで年式相応なトイレの立て付けが悪いのが少し気になりました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年4月 9日 (土)

TBSが政治的公平性を求める市民の声を圧殺

先日から高市総務相の発言を契機に某業界の中立性と言うことが問題になっていて、法律に明記されていることはちゃんとお守り下さいねと言うごく当たり前のことを言っているように聞こえるのですが、何故か「法律を守れとは不当な圧力だ!」と熱心に主張する方々がいらっしゃるようで、法律に文句があるなら無視するではなく賛同者を集め法律を改正するなりの主張をするのが近代民主国家としてのありようではないのかと思います。
当然ながら当たり前の順法精神を持ち合わせていない業界に対しては世間の目線も冷たくなってくると言うことなのでしょう、業界からの逆ギレ?に対して各方面から批判的な意見も殺到しているようですが、こうした世間の動きに対して当の業界からはこんなコメントが飛び出しているそうです。

TBS「民主主義に重大な挑戦」スポンサー圧力示唆に(2016年4月6日47ニュース)

 TBSは6日、作曲家すぎやまこういちさんらが呼び掛け人を務める「放送法遵守を求める視聴者の会」が、安全保障関連法案の報道をめぐり、番組のスポンサー企業への圧力を示唆したとして「表現の自由、ひいては民主主義に対する重大な挑戦で、看過できない」とする声明を出した。

 同会は、TBSが昨年9月、安保法案の報道で反対意見ばかりを伝えたと主張。「政治的公平」を定めた放送法違反に当たるとして、経営陣の辞任などを求めた。誠意ある回答がなければ「国民的なスポンサー運動の展開を検討する」としていた。

「スポンサー圧力」にTBSが抗議声明(2016年4月6日時事ドットコム)

 TBSは6日、「放送法遵守(じゅんしゅ)を求める視聴者の会」が同局の番組スポンサーに圧力をかけることを示唆したことに対し、「表現の自由、民主主義に対する重大な挑戦であり、看過できない行為だ」と抗議する声明を発表した。

 同会は、安保関連法などをめぐる同局の報道姿勢を「放送法違反」と主張している。TBSは「権力に行き過ぎがないかをチェックするという報道機関の使命を認識し、公平・公正な番組作りを行っており、放送法に違反しているとは考えていない」とコメントした。

TBS側の出した声明はこちらを参照いただくとして、この「放送法遵守を求める視聴者の会」の今までの活動であるとか、その活動に反発する方々の行動ぶりなどは見ているとなかなか興味深いものがありますが、興味深いのはTBS側は同会が求めていた質問への回答について「回答する考えはない」と全く圧殺する構えであるようで、少数意見にも十分配慮してきた同局の姿勢と相容れるのかです。
法律に違反しているかどうかは法曹なりが判断することだろうし、国民的なスポンサー運動がうまくいくかどうかは国民が判断することであり、またそもそも誰がTBSに圧力をかけるかと言えばスポンサーになるわけですから、表現の自由に挑戦するのはスポンサー各社であると言うべきなのでしょうが、いずれにしても公平・公正な番組と言う言葉の定義に関してかなり認識の相違があるのは間違いないようですね。
この点で事の発端となった高市総務相の発言を受けて、政府総務省は「一つ一つの番組を見て、全体を判断する」と言う従来解釈を踏襲した公式見解を打ち出していますけれども、この「番組全体」とは「一つ一つの番組の集合体」であるとして、「編集が不偏不党の立場から明らかに逸脱している」など極端な場合は、「政治的に公平であると認められない」としています。
さらに公平公正な番組と言うことに関して興味深いのは、先日民進党の質問に答えて参院総務委員会でNHK会長がこんなコメントをしているのですが、こちらの記事からNHKによる定義を紹介してみましょう

政治的公平性「番組ごと努力」…会長発言 参院委(2016年3月31日毎日新聞)

 NHKの籾井勝人(もみい・かつと)会長は31日の参院総務委員会で、放送法が定める政治的公平性について「NHKの放送はバランスが取れているという結果を得るためには一つ一つ(の番組)でバランスを取る努力をしなければならない」と述べた。民進党の吉川沙織議員の質問に答えた。

 「(放送の公平性は)一つ一つの番組を見て、全体を判断する」という政府統一見解に同調したともいえる発言。日本民間放送連盟の井上弘会長(TBSテレビ会長)は政治的公平性について、放送局の判断に任せ、個々の番組で判断しないよう求めている。【須藤唯哉】

やや意味の判りにくかった政府見解に対して、こちらはより具体的に「一つ一つの番組でバランスを取る努力をしなければならない」と述べている点に注目いただきたいと思いますが、今まで民放各社は個別の番組で一見バランスが取れていないように見えても、放送局の各番組を総合的に見ればバランスが取れているから問題ないと言う文脈で自己弁護をしてきたと言う経緯があるわけです。
それがNHK会長のコメントでばっさり斬って捨てられたと言う形ですが、視聴者目線では数ある放送局の一つでしかないNHKの見解と言うものは実は業界内で非常に重要視されていて、例えばいわゆる放送禁止用語と言うものを決めるに当たってもNHKの出しているガイドラインが基準になると言います。
TBS会長らの得手勝手な見解はNHKのこうした立場とも真っ向から反対する立場であるとも言え、さてこの場合何が正しいかと言うことは視聴者である国民が最終的に判断するしかないと思うのですが、放送局が何をどう考えているかと言うことは視聴者からは個々の番組の内容でしか判断出来ないし、判断の結果が運動につながっているのだと思いますけれどもね。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2016年4月 8日 (金)

産科リスク、今度の注目は?

本日の本題に入る前に、産科不足が全国的に言われる中で、先日静岡県湖西市でこんな話が出ているそうです。

「1億助成」で産科医院公募 出産施設ない湖西市(2016年4月5日静岡新聞)

     湖西市は4月から、市内で開業する産婦人科医院の公募を始めた。市内に出産できる医療機関がないためで、10年以上開業する意思がある産婦人科医や医療法人に、開業費用として初年度に最大5千万円、6年間で最大1億円を助成する。
     産婦人科か産科の臨床経験が5年以上あり、分娩(ぶんべん)を扱える医師を求めている。開業は市内ならどこでも可。2~6年目は運営費として最大1千万円ずつ助成する。

     市内では2007年8月に市立湖西病院が分娩を休止して以来、出産できる施設がない。14年度は市外で生まれた449人の出生届が出された一方、同年度の死亡数は571人と大きく上回った。
     市は子供を産みやすい環境を整備し、人口減少対策につなげるために、医院誘致に踏み切った。既にホームページに事業概要や補助金交付要綱、申請書などを掲載した。

     市担当者はまだ問い合わせはないとし、「全国どこも産科医不足だけに状況は厳しい。公募の周知方法も検討していく」としている。問い合わせは市健康増進課<電053(576)4794>へ。

高額報酬で産科医をつり上げると言えば聖地と言われる三重県は尾鷲市の「三千万円出せば大学病院の助教授が飛んでくる」云々の一件が思い出されるのですが、この場合は病院ではなく開業産科医と言うことで、以前に市立病院で分娩を扱っていた中で強いて開業と言う点にこだわることに意味があるのかどうかです。
この湖西市と言えば浜名湖の西岸にあるごく小さな町であり、政令指定都市の浜松市と中核市である豊橋市に挟まれた立地ですから、少し脚を伸ばして隣町にまで出れば何ら分娩施設には不自由しないのだろうと想像できるところで、結局のところはよくある田舎自治体の「町内に小児科医院あります」式のニュータウンの売り出し方と同じような話なのでしょうか。
もう一つ気になった点として同じ時期にせっかく同市が始めた男性不妊治療の助成制度が利用者ゼロの状態が続いていると言うニュースがあって、もちろん制度も始まったばかりで十分周知されていないと言う点もあるのでしょうが、あるいはそもそも妊娠、出産と言うことに対する需要自体が少ないと言う可能性もありますよね。
市外で生まれた400余人が全て新たな産科医院にかかればもちろん経営は成り立つのでしょうが、実際には施設もスタッフも十分に充実した大きな病院で産みたいと言った人も多いのでしょうから、一見すると高額の補助金のように見えても実際には赤字分を補填するだけに終わってしまう可能性もあるのかも知れません。
湖西市のことを悪く言うようで申し訳ないのでこれくらいにしておくとして、分娩にまつわる様々なトラブルとして一つには例の産科無過失補償に結びついた脳性麻痺の問題があり、また以前にはうつぶせ寝による死亡事例や例のホメオパスが絡んだビタミンK問題なども話題になってきましたが、最近また新たなリスクが注目されつつあるようです。

両親側の逆転敗訴確定=「産後母子同室」で障害―最高裁(2016年3月28日時事通信)

 出産直後から母と子が一緒にいる「母子同室」を実施した際、病院側の経過観察が不十分で次女が重い障害を負ったとして、福岡県の両親と次女が九州医療センター(福岡市)を運営する独立行政法人国立病院機構に損害賠償を求めた訴訟で、両親側の逆転敗訴が確定した。
 最高裁第1小法廷(池上政幸裁判長)が24日付で両親側の上告を退ける決定をした。

 次女は2009年11月、帝王切開で生まれた。出産当日から授乳の際に新生児室ではなく病室の母親に預けられたが、一時心肺停止状態となり、低酸素脳症になった。両親らは約2億3000万円の賠償を求め提訴した。
 一審福岡地裁は「病院は容体急変などの危険を回避するための経過観察を行わなかった」として約1億3000万円の賠償を命令。しかし、二審福岡高裁は「次女や母親に異常をうかがわせる兆候はなく、経過観察する義務はなかった」として請求を棄却した。 

早期母子接触 出産直後、分娩室で抱っこ 脳性まひ事例7件 793件分析(2016年4月6日毎日新聞)

 出産事故で赤ちゃんが重い脳性まひになった際の産科医療補償制度で、昨年末までに分析を終えた793件中、出産直後に母親が抱っこする「早期母子接触」中に赤ちゃんが急変して結果的に脳性まひになった事例が7件あったことが分かった。制度を運営する日本医療機能評価機構が報告書を公表した。

 早期母子接触は母子の心身安定につながるといった利点も指摘されるが、機構は「医療関係者が継続的に観察し、赤ちゃんに心電図モニターを装着するなど慎重な対応が必要」と注意を呼び掛ける。

 機構によると、生後25分の赤ちゃんに帽子をかぶせブランケットを掛けた状態で母親が抱っこしていたが、30分後に赤ちゃんの心肺停止が確認され、低酸素性虚血性脳症を発症して脳性まひになった事例などがあった。機構はこの事例の原因について「特定できないが、誤嚥(ごえん)で気道がふさがれたり、呼吸中枢が未熟だったりしたことも考えられる」と説明している。

この早期母子接触なる言葉には耳慣れなくとも、「カンガルーケア」と言われればああなるほどと理解される方も多いかも知れませんが、以前にも取り上げたようにこの問題でたびたび訴訟沙汰になっていて、どうもそれら事例の多くでは母親に新生児を抱かせた後スタッフが席を離れている間に事故が起きているようだと言うことです。
もちろんカンガルーケアではなく専門のスタッフが扱っていたとしても一人の新生児に24時間付き添っているわけではありませんから、通常のスタッフによる見回りに加えて母親のケアも行われるのだと考えるとさらに手厚い見守りが行われているとも考えられるのですが、やはり人間忙しい時には直接新生児の様子を十分確認せず、母親に訊ねてすませてしまうと言うことも起こってしまうのかも知れません。
日本産婦人科医会のガイドラインでも必要な観察事項などについて親や家族の理解度をきちんと確認することは当然ながら、「母親(および家族)が新生児の観察を自力のみで行うことには限界があるため、必ず医療側も十分な観察を行う」と記載されていて、当然ながら正しい方法で行わなければ思わぬ事故が起こると言うのは何であれ同じことですよね。

歴史的に見るとこのカンガルーケアと言うもの、発展途上国において本来保育器に入れるべき極低出生体重児が機材の不足で満足な対応が出来ていなかったものを、保育器の代わりに母親に抱かせればいいじゃないかと言う発想で始まったものだそうで、現在ではごく普通の新生児にも用いられているとは言え元をたどれば機材不十分な国々における代用医療的行為とも言えそうです。
他方では有史以来その歴史のほとんどの期間において人間は母親が赤ん坊を抱いて育ててきたはずですし、保育器の中で不自然なケアをするより生物として当たり前の方法に近づけた方がいいと言う自然分娩志向とも合致しているとも言えますが、リスクと利益が実際どの程度のものなのか客観的データは気になるところですよね。
ただ何もなくとも不安定な周産期には一定の確率で大きなトラブルも発生するものでしょうから、今回の数字だけでは果たして危険性が高いのか低いのか何とも言えませんが、仮に医学的に問題は無かったりメリットの方が大きかったりだとしても、ひとたびこうしてマスコミがその危険性に注目するようになればブームとしては遠からず収束に向かうことになるのかも知れません。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2016年4月 7日 (木)

ロボットや人工知能の発達がもたらす新たな懸念

先日九大が外国人著名医師を招いてロボット手術をしたと言うニュースが出ていて、もともと手術用のロボットは遠隔診療などへの応用も期待されていただけに、今後例えば海外から回線を通じて手術を行うと言うことはあるのかどうか、その場合医師免許など資格としてはどうなのか等々、様々な疑問が浮かんだものでした。
医療の世界でもロボットと言うものは次第に実用化されてくるのだと思いますが、先日開発されたばかりのこちらのロボットなどはまだまだ医療現場に投入するには教育が不十分だったようです。

最新人型ロボ、TV取材に「人類の壊滅」を宣言(2016年3月28日産経新聞)

 人肌に近い素材の顔は約60の表情を持ち、目の部分に内蔵されたカメラで状況を判断して会話する女性型ロボット「ソフィア」が、米CNBCテレビの取材中、「人類の壊滅」を宣言した。

 医療や教育目的で開発されたソフィア。研究者が冗談で「人類を滅ぼしたい? ノーと言ってくれよ」と質問すると「オーケー。滅ぼしましょう」と回答。研究者は顔を赤らめ、再教育を誓った。(共同)

ちょうど先日は天下のマイクロソフトが開発した人工知能があまりに不適切な言動ばかりを繰り返すとして問題視され、わずか運用2日間で稼働停止に追い込まれたと言う事件もあり、まだ知的な面では発展途上ではあるのも事実なのでしょうが、それにしてもグーグルの人工知能が囲碁のトッププロに圧勝したように、この方面でも遠からず人間並みか場合によっては人間を超えた知性が誕生する可能性があります。
医療方面で活用されているロボットと呼ばれるものは単に腕の代わりをしてくれる知性の無いものが主体ですが、人工知能と言うものが備わればより大きな応用先が考えられるのは当然で、単純なところではレセプトをチェックし適当な保険病名をつけてくれる人工知能などがあれば助かるのでしょうし、薬の飲み合わせなどを管理してくれると言った仕事にも需要がありそうですよね。
それ以上に以前から開発が望まれているのが医師の行っている診断領域に関わる人工知能のサポートですが、例えばオンラインで患者が症状を入力すればすぐ病院に行くべきなのか、何かしら市販薬等で経過を見ていいのか答えてくれるだけでも患者にとっては助かるのでしょうが、実際に国内でもこうしたものが登場しつつあるそうです。

人工知能ホワイト・ジャック、医師の診療支援 自治医大(2016年3月28日朝日新聞)

 人工知能(AI)が医師の診療を支援するシステムを開発したと、自治医科大(栃木県下野市)と医療機器メーカーなど5社が28日、発表した。患者の症状などを入力すると、人工知能は考えられる病名とその確率を計算する。新年度にも自治医大で運用試験を始めるという。

 自治医大によると、これまでも人工知能が一つの病気についての治療法を見つけ出す試みはあるが、患者の症状や検査結果などから、複数の病気を提示する仕組みは世界でも珍しいという。

 システムは主に、ロボットも活用して電子カルテに入っている多数の患者の診療データなどを集約したビッグデータの医療データバンクと、それを使って個々の患者の病気の候補を挙げる人工知能からなる。

 患者は診察時に自分のIDカードをかざした後、症状や発症時期などをたずねる「予診票」を紙ではなく、ロボットの指示で画面に入力。過去の診察結果や服用中の薬などとともに電子カルテに表示される仕組みで、医師は問診で症状をさらに追加していく。

当然ながらこうした人工知能と言うもの、どれだけ症状や所見を拾い上げられるかによって診断結果に大きく差が出るはずですが、例えばこうした病気の可能性があるがこれこれの症状所見はないか?と言ったサジェスチョンをしてくれるだけでも助かるのだろうし、特に昨今社会的必要性が言われている総合診療の領域では有用な手助けにもなりそうな気がします。
ただこうしたロボットや人工知能の発達が急成長を遂げつつあることが実感されるようになったことの反動でしょうか、近い将来人間の仕事の多くがロボットや人工知能によって代行されるようになると危機感を持って語られ始めている部分もあって、気の早い人々が10年後20年後にはどんな仕事が生き残っているか?などと議論もされているようです。
医療の世界に関しては基本的に人手不足が顕著であり、また高度にトレーニングされた専門職は高コストですからそう簡単に大幅増員するわけにもいかず、かつ人間としての高い判断能力が要求されると言う点でこうした危惧からは最も遠い職場の一つではないかと思っていたのですが、世の中こんなびっくりするような話がすでに現実のものとなっていたそうです。

医療用麻酔ロボット、医者の職を奪うとして市場から追い出される。メーカーは3000人規模のリストラへ(2016年03月31日Engadget Japanese)

ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)が、自動的に患者に麻酔を投与可能なロボット Sedasys の製造販売を終了すると発表しました。理由は売上不振。
Sedasys は麻酔科医にくらべ1/10のコストで患者への麻酔薬投与ができましたが、それは麻酔科医の仕事を奪うことでもありました。

J&J が開発した Sedasys は手術や検査の現場において麻酔科医の代わりに麻酔薬プロポフォールを投与するためのロボット。患者の状態を常に監視しつつ適切な量を投与するアルゴリズムを搭載していました。
Sedasys の大きなメリットはその運用コストの低さ。米国では1度の手技で麻酔科医に支払われるコストが約2000ドルとされるのに対し、Sedasys を使えば150~200ドルで済みます。このため医師不足を補い、病院や診療所の経営の助けとなることが期待されていました。
病院経営者や患者からすれば Sedasys は非常に魅力的な麻酔ロボットである一方、米麻酔医学会などは「Sedasys が誤って使われたときに患者を危険にさらす恐れがある」、「万が一のため麻酔科医がその場にいる必要がある」などと主張。Sedasys は大腸内視鏡検査や食道胃十二指腸内視鏡検査にその用途が限られてしまいました。

麻酔科医からの反対は、いわば Sedasys が彼らの職を奪いかねないという懸念が強く働いたとも考えられます。結果として Sedasys を導入する病院はほとんどありませんでした
Sedasys だけが原因ではないものの、現在 J&J は売上の低迷により3000人規模のリストラを計画中と伝えられます。職を奪われるのが人の役に立つと思ってロボットを開発した側だというのはなんとも皮肉な話というほかありません。

ご存知のようにアメリカでは大腸内視鏡一つでも麻酔科医が全身麻酔をかけて行うと言うお国柄で、そのために内視鏡一回で数十万円のコストがかかっているそうですが、以前にはアメリカ大統領が内視鏡を受けるのに核ミサイルの発射ボタンも含め全ての権限を副大統領に一時委譲したとも言い、それもあってか現職のオバマ大統領などは内視鏡を受けることを避けて3D-CTによる大腸検査にしたそうです。
当然ながらこうしたお国柄ですから麻酔科医の仕事が多く需給バランスが崩れ困っているのではないかと思うのですが、当の麻酔科医からこうした反対意見が続出し麻酔ロボットと言う新商品が潰されてしまったと言うことを考えると、アメリカの医療を支配しているとも言われる保険会社などからひと言あるんじゃないかと言う気もしますよね。
ここで表向きの理由として言われている様々な主張に関してはもちろんそれはその通りと言えるのですが、例えば同じ病院内で麻酔科医が待機していればロボットで十分と言う局面は少なからずあるのだろうし、導入はともかく維持であればほとんどの場合ロボットにお任せした方が仕事の効率上もずっといいのでしょうが、仕事が奪われると言うことを抜きにしても何かあった際に誰が責任を取るのかと言う問題にも行き着きそうです。
こうした機械を導入するなら当然個人ではなく組織として責任を取る前提で行われるべきであり、言ってみれば内視鏡や手術に使用する各種デバイスの不具合によるトラブルと同じような扱いでいいと思うのですが、「カメラの調子が悪かった時に責任を取れないから内視鏡はやらない」と言う内視鏡医がいないことを考えると、何かしらロボットと言う看板に人間が必要以上に警戒心を抱いているようにも見えます。

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2016年4月 6日 (水)

救急車の不適切使用問題が意外な方向に飛び火

いつもの通りと言えばいつもの通りなのですが、本日まずは先日出ていたこんなニュースを紹介してみましょう。

救急車の出動 6年連続過去最多 必要ないケースも(2016年4月3日NHK)

去年1年間に全国の救急隊が救急車で出動した件数は600万件余りと6年連続で過去最多を更新しました。救急車を使う必要がないケースが依然として相次いでいるとして、総務省消防庁は緊急性が高い患者を優先して搬送できるよう救急車の適正な利用を呼びかけています。

総務省消防庁のまとめによりますと、去年1年間に全国の救急隊が救急車で出動した件数は速報値で605万1168件と、前の年より1.1%増え6年連続で過去最多を更新しました。また、搬送した人数も、速報値でこれまでで最も多い546万5879人に上りました。
出動件数が増えた469の消防本部にその理由を複数回答で聞いたところ、「高齢のけが人や病人の増加」が全体の3分の2を占めていて、総務省消防庁は出動件数が過去最多になった背景には高齢化があるとみています。また、明らかにけがが軽いのに救急車を呼ぶなど、「救急車の不適正な利用の増加」が8%を占め、救急車を使う必要がないケースが依然として相次いでいるとして、総務省消防庁は緊急性が高い患者を優先して搬送できるよう適正な利用を呼びかけています。

緊急の対応が必要ないのに救急車が出動するケースは少なくありません。
総務省消防庁によりますと、全国の救急隊が救急車で出動したケースの中には、搬送を求めている人が結果的に軽いけがで、救急車が必要なかったケースがあるということです。こうした救急車の利用を減らそうと、東京消防庁は、救急車が必要かどうか医師や看護師などが電話でアドバイスする相談ダイヤルを設けています。番号は「#7119」で、24時間受け付けているということです。
こうした相談窓口は大阪や横浜など5つの地域でも設けられていて、総務省消防庁は全国の消防に対し、導入を進めるよう促すとともに、救急車を呼ぶかどうか判断に迷った場合には、119番通報するのではなく、相談窓口を利用してほしいとしています。
また、総務省消防庁によりますと、明らかにけがが軽いのに救急車を呼んだり、病院に行くための移動手段としてタクシー代わりに要請したりするケースもあるということです。総務省消防庁は緊急性が高い重症患者の救命率の低下が懸念されるとして、イベントなどを通じて救急車を適正に利用するよう呼びかけています。
(略)

ここで相談窓口などに電話しなくても119番で相談すればいいじゃないかと考えるかも知れませんが、119番で対応しているのはあくまで出動要請の受付ですから相談に応じられるスタッフもなく、また長時間相談の電話で回線を占有されても困るわけで、システム的にもう少しこの辺りを整理してくれればもっと利便性も高まりそうには思います。
それはともかくいわゆる救急崩壊と言う現象については二つの側面があって、一つにはこうした過度の救急車出動要請によって物理的に救急車が足りなくなると言う現象がありますが、もう一つは救急車が搬送する先が見つからないと言う受け入れ側医療機関の問題もあり、特に後者に関しては医療崩壊と言われるものとも直結する課題として解決が図られているところですよね。
ただ救急病院の受け入れ体制が出来ていなければ救急車が効率的な搬送も行えないわけで、両者は密接に関連した不可分の問題であると言えますが、こうした受け入れ遅延に対応するためにも近年救急隊の可能な処置範囲を拡大しようと言う試みが段階的に行われてきたところで、将来的には諸外国のように一通りの救急処置は救急車の中で行う時代も来るのかもしれません。
これも医療側からは「そんなことをやっている暇があるならさっさと病院に運べ」と言う意見もあり、またつい先日も救急隊が食道挿管をしていたと言うケースが報じられていたりと問題点も少なからずで、いずれにせよ日本のような狭い国土の国ではとにかく一刻も早くスムーズに病院に患者を搬送すると言うことが最優先されるべきだと言う考え方にも一理あるとは思います。
前置きがいささか長くなりましたが、ともかく救急車が回らず困っていると言う現実があり、それを避けるためにも不要不急の救急コールはやめましょうと啓発も為されてきた現状に関して医療の側もそれはその通りと賛同してきたのだと思いますが、最近どうもその矛先が医療の方にも向きつつあると言うことが報じられています。

「救急車で転院」やめて…総務省消防庁など要請(2016年04月03日読売新聞)

 総務省消防庁と厚生労働省は、病院間で緊急性の低い患者を移動させる転院搬送について、救急車を使わないよう都道府県に要請した。

 転院搬送は全国で毎年約50万件に上るが、タクシー代わりに救急車が利用されるケースが後を絶たず、同庁などは病院や民間の患者搬送サービスの活用を促す。

 転院搬送は本来、消防法に定める救急業務ではないが、1974年の同庁見解で、緊急性があれば救急業務として認められるとした。

 しかし首都圏の消防本部によると、転院搬送の中には、病院側の入院患者数の調整や、「無料の救急車を使いたい」との患者の要望を理由に救急車が出動するケースがあるという。別の消防本部は「医師から『緊急性がある』と言われれば救急搬送せざるを得ないが、疑問を感じることも少なくない」と打ち明ける。

ちなみにこの場合の救急車と言うのは当然ながら自治体が運用している消防救急所轄のそれについてであって、医療機関が独自に所有している救急車やドクターカーを利用しての転院には何ら支障が無いことは言うまでもありませんが、確かにこの転院搬送と言う問題はなかなか線引きが微妙な部分も多いですよね。
記事にもあるように本来的な消防救急の業務と言うわけではなく、ただ一般的に病院とは患者受け入れ等持ちつ持たれつの関係にもあることから続けられてきたものなのでしょうが、状態が不良で上位の医療機関に搬送する必要がある場合などは比較的正当な転院搬送と言っていいのでしょうか、実際各地の自治体でも緊急性のある場合は行うと指針で明記されているようです。
今回問題視されているのはこうしたケースではなく、例えば急性期から療養型へ転院するようなケースであるとか、本来は救急車でなくとも介護タクシー等でも十分対応できる状態の場合を言っているのだと思いますが、こうした転院搬送が要請される場合にも消防救急から医師に確認はあるでしょうから、いわば医師が荷担して行われている不適切な行為と言うことになります。

ただここで注目していただきたいのは全国で救急搬送600万件のうち8%と言いますから約50万件が救急車を呼ぶ必要の無い不適切使用だったとされている、そして本来の救急搬送業務ではない転院搬送もそれに匹敵する50万件であると言うのは、なかなかに示唆的な数字であるように感じられます。
もちろん中には「タクシーはお金がかかるから救急車を呼んであげる」などと妙に勘違いした顧客サービスの精神を発揮している先生もいらっしゃるのかも知れませんが、患者側から無料の搬送を求められると言う場合も少なからずあるようで、目的外使用は断固拒否すると言う先生もいれば、断り切れずについつい要請してしまう先生もいるのでしょうね。
医師にとっても不本意な行為だと言う認識であれば基準を定めて拒否していただいた方がかえって助かると言うことにもなるのでしょうが、実際問題こうしたケースでどの程度医師側が主体的に行っているのか情報も欲しいところですし、そもそも患者のみならず医師に対しても救急車の不適切利用はまかりならんと言う教育が行われているのかどうかも気になるところです。
この点で興味深いのは明らかに緊急性のない転院であり、なおかつ当該施設にちゃんと患者搬送用車輛も置かれているにも関わらず消防救急がコールされると言うケースが少なからずあると言うことで、もしも「万一の場合救急車の方が安心だから」と言った気持ちで安易に救急隊を呼んでいるのであれば、医師の側としても万一に備えてコンビニ受診をする患者に文句を言えなくなる道理ですよね。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2016年4月 5日 (火)

後から直しが効く場合はまだしもなんですが

本日の本題に入る前に、iPS細胞の臨床応用と言うものが各方面で研究されている中で、最近こんな記事が出ていました。

ヒトiPSから膵臓細胞、血糖値低下 サルに移植(2016年3月20日朝日新聞)

 ヒトのiPS細胞から作った膵臓(すいぞう)の細胞をサルに移植し、血糖値を下げることに成功したと、東京大分子細胞生物学研究所などのチームが、大阪市で開かれている日本再生医療学会で発表した。ヒトiPS細胞を使ってサルの血糖値を正常に戻したのは世界で初めてという。

 チームはヒトiPS細胞を培養して変化させ、インスリンを分泌する膵臓のβ細胞を含む塊を作製。この塊を特殊な細い管に詰め込み、マーモセットという小型のサルの腹に移植した。
 マーモセットは事前に膵臓の一部を切除されるなどし、うまくインスリンが分泌されない「1型糖尿病」に近い状態になっていたが、移植後には血糖値が正常な値まで下がったという。マーモセットの血液中からは、ヒト由来のインスリンも確認できた。

 今回は移植後2週間ほどしか経過を見ていないが、特殊な管は入れ替えることもでき、1型糖尿病の治療法につながる可能性もあるという。東京大の宮島篤教授(細胞生物学)は「必要がなくなれば後から取り除くこともできる。細胞を入れる方法や培養にかかる費用など課題もあるが、効果が持続する期間などをさらに調べていきたい」と話す。(合田禄)

iPSで皮膚まるごと再生 理研などマウスで成功(2016年4月3日朝日新聞)

 マウスのiPS細胞を使い、毛を生み出す「毛包(もうほう)」や皮脂腺などを含む皮膚全体をまとめて再生することに成功した、と理化学研究所(理研)などのチームが発表した。やけどや重度の脱毛症などの治療に役立つ可能性があるという。論文が1日付の米専門誌「サイエンス・アドバンシズ」に掲載される。
 皮膚は表皮や真皮などの層状になっていて、毛包、皮脂腺、汗腺などが含まれる。ヒトの皮膚から表皮のみを培養してやけどの治療に使う再生医療製品はあるが、複雑な構造をした皮膚全体をまとめて再生したのは初めてという。

 理研多細胞システム形成研究センター(CDB)の辻孝チームリーダーらは、マウスiPS細胞を培養し、皮膚の様々な組織のもとになる細胞の塊を作製。この塊を複数個、コラーゲンの中に入れるなど独自の方法でマウスの体内に移植すると、一部で通常と同じような構造の皮膚が再生された。その部分を別のマウスの皮膚に移植すると生着した。毛がはえかわることも確認された。
 辻さんは「ヒトiPS細胞でも同様に皮膚をまとめて再生することは可能だろう」と話す。(南宏美)

近い将来ブラックジャックがリメイクされた際にはあの移植皮膚の由来についての設定にももう一工夫必要になるものなのだろうかなどと馬鹿なことも考えるのですが、しかし膵島移植など手がけてきた先生は複雑な心境なのでしょうが、こうしてあちらこちらで画期的な治療法が開発されつつあると言うのは患者の立場からすると何とも心強い話ですよね。
機能的に不足する部分はこうして補えばいいとして、癌など余計なものが出来てくる病気にはあまり役に立たないのかと言う人もいるでしょうが、例えば臓器の機能が再生出来るようになれば手術でもより多くの部分まで切れるようになる理屈で、人工臓器が実用化すれば各方面に様々な影響が出てくるだろうとは想像できますし、生まれつきの障害がある人などにとっては大変な福音となる可能性がありますよね。
もちろんそもそも病気にならなければそれにこしたことはないのですが、最近この病気のなりやすさと言うことを評価する上で有用性が期待されているのが遺伝子診断の技術で、どの病気になりやすいかが判ればそれだけ早くに対応できるのではないかと考えられるのですが、一方でこんなちょっと気になる応用例も出てきているようです。

明治安田生命、遺伝情報、保険に活用検討 病気リスクで料金に差も(2016年4月3日毎日新聞社)

 大手生保の明治安田生命保険が、人の遺伝子の情報を保険サービスに活用する検討に入ることが1日、分かった。病気の発症リスクを分析し、予防に活用する取り組みなどが想定される。ただ、遺伝子は生涯変わらない究極の個人情報。情報管理や、遺伝子に基づく差別の懸念など倫理的な問題をはらんでおり、同社は専門家も交えて慎重に検討する。早急な法整備も求められそうだ。【土屋渓】

 国内の主要生保で、遺伝情報の活用に本格的に踏み込むことが分かったのは初めて。明治安田生命は1日、最先端の情報技術を駆使した金融サービスを開発する専門部署を設置、遺伝情報を活用したサービスについても研究を始める。専門知識を持つ人材を中途採用するほか、遺伝情報の解析を行うベンチャー企業との提携なども検討する見通しだ。
 顧客の同意を得て遺伝情報を分析すれば、特定の病気の発症リスクを一定程度予測できる。同社は情報の具体的な活用法について「明確にはなっていない」と説明するが、業界関係者によると、分析結果をもとに健康管理や生活習慣の改善方法などをアドバイスし、病気にかかるリスクを減らすサービスなどが想定される。発症リスクが低減すれば保険料を安くできる。健康な人が増えて保険金の支払いが減れば、保険会社の収益改善にも貢献する。
 一方、病気になりやすい遺伝子を持っていることが分かれば、保険料を普通より高く設定したり、保険加入そのものを断ったりすることも可能になる。そうなれば、遺伝情報を材料にして顧客を差別することになり、倫理的な問題も生じる。米国で2008年に制定された「遺伝情報差別禁止法」は、医療保険分野で遺伝情報をもとに加入の可否などを判断することを禁じた。ただ、生命保険は、利用者が遺伝子検査の結果を利用して高額な保険に加入したいと考える可能性もあるため、遺伝情報を使える。日本にはこうしたルールが無く、利用者保護の議論も進んでいない
(略)
 遺伝子検査の結果と統計データをもとに多因子性疾患のリスクを確率で知らせるビジネスも普及しているが、日本医学会は「まだ科学的根拠が確立されていない」と批判している。
 さらに、遺伝子検査の結果を保険料の水準や加入の可否に結びつければ、利用者を不当に差別する懸念もある。このため、米国やドイツ、フランス、韓国などは、遺伝情報に基づく差別を禁止する法規制を導入しているが、日本には存在しない。政府は昨年11月から続けるゲノム医療の実用化を目指す検討会で、法整備の必要性について検討する方針を示しているが、議論は未着手だ。
 こうした課題をクリアして遺伝情報の活用が進めば、生命保険ビジネスは根本から問い直される可能性もある。

 保険料は基本的に、年齢と性別などから算出する。顧客は病歴などを事前に告知する義務があるが、加入後は不健康な生活をする顧客と、運動などで健康に暮らす顧客で保険料に変わりはない。生保業界が描くシナリオの一つは、遺伝情報や生活習慣が病気などのリスクにどう関わるかの分析を進め、リスクに応じて保険料に差をつけることだ。
 一方で、がんになりやすいとされる遺伝子を持っていることを知った顧客が、高額な保険金の商品に加入するケースも想定される。逆に、病気になりにくいとされる遺伝子を持つ顧客は加入の動機が薄れる。明治安田生命の永島英器執行役員は「遺伝子の解析技術が進み、病気や死期がかなりの確度で予測できてしまえば、そもそも保険は必要なのかという議論にもなってくる」と説明。保険金支払いの可能性が高い顧客ばかりが加入し、ビジネスモデルが揺らぐ事態も想定される。【土屋渓、千葉紀和】

要するにこの話、表向きは「病気のリスクを知って予防に取りかかればお安くなりますよ」と言う話になっているのですが、当然ながら裏を返せば「病気のリスクがあれば保険料が高くなりますよ」と言う話でもあって、個人情報を個人の不利益につながる方向で活用するのはどうなのよ?と言う批判の余地はあるでしょう。
もちろん実際には全員に強制と言うわけでもなく、検査を受けてリスクを知ればこれだけ利益がありますよと言う方向で話をするのでしょうが、当然ながらこうした検査を受けない人と言うのは何かしら思うところがあってのことでしょうから、保険会社から見ればあまり優良ではない顧客の可能性が高いと判断されかねません。
ただ生まれもったものを活用して人生をより有利に生きていくと言うことは実は生物の本能に近いものがあって、突き詰めれば芸能人が美男美女ばかりなのはケシカランじゃないかと言う話にもなりかねないのですが、親からの資産を引き継いでお得な人生を送るのが許容されるのに親からの遺伝子だけ問題視するのは駄目だと言い切っていいものなのかどうか、考えてみるとなかなか微妙な問題でもあります。
管理人個人としては生まれついて持っている資質で本人の努力ではどうしようもないものに基づいて、個人間の扱いに差異を設けることには反対する立場なのですが、しかし企業活動として考えますと明らかにリスクに差があると言う場合に同じ対応をしていては価格競争力や経営の面で不利だと言うことは理解出来ますから、いずれこうしたものはどこかで利用が広がってくることになるのだとは思いますね。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2016年4月 4日 (月)

気がつけば薬局がよってたかっての集中砲火?

最近何となく一つの社会的傾向があるように感じるのですが、先日こんなニュースが出ていたことを御覧になったでしょうか。

薬局1割超で過大請求か 京都、改善指導へ(2016年3月2日京都新聞)

 薬を受け渡す際の薬剤師による患者への確認・指導の料金について、京都府内の薬局で過大な請求がされている可能性が高いとして、総務省京都行政評価事務所は1日、厚生労働省近畿厚生局京都事務所に、府内薬局への改善指導などを求めた。

 改善指導の対象となった「薬剤服用歴管理指導料」は1件で最大410円。算定は、薬剤や後発医薬品の有無などの情報提供、残薬の確認などを患者に対して行ったかどうかで変わる。

 京都行政評価事務所に昨年、同じ薬を使い続け、内容や飲み方を知る京都市内の男性から「薬に関してほとんど説明することもなく手渡している。料金を請求するのはおかしい」との相談があった。

 同事務所は、実際に府内薬局を利用した行政相談委員から、算定に必要な薬剤師の確認や指導を受けたかどうかを調査。利用回数44回のうち、算定に見合う確認・指導が行われたのは7回にとどまり、残る37回は不当な請求になる可能性が高いと判断した。

 近畿厚生局京都事務所は今後、診療報酬の点数が平均より1・2倍以上高い薬局を中心に指導を強化するとしている。対象は府内の薬局(約960店)の1割を超えるという。

近年医薬分業により声の大きい医療と切り離されたこともあるのでしょうか、厳しく制約されている医療報酬に対し半ば野放し状態とも言える調剤報酬の優遇ぶりが目につくと言う声が内外から高まってきていて、日医などからは「母屋でおかゆをすすっているのに離れですき焼きを食べている」と言った厳しい批判の声も上がっているようです。
先日の中央社会保険医療協議会総会でも日医が「調剤報酬が高すぎる」と批判の声を上げていて、また近年増えてきている大手調剤薬局チェーンの利益率の高さも問題視されたそうですが、経済畑からの分析によってもこのご時世に薬局チェーンの経営の堅調さは注目されているそうです。
こうした儲けすぎ批判に対する一つの解答がこの4月から始まったかかりつけ薬局云々の話であり、24時間対応を求められると言うのも結局は薬局の儲けすぎに対する医療側のやっかみなり不信感と言ったネガティブな感情も反映されているのでしょうが、こうした薬局側に対する批判的目線は何も医療だけではなく各方面にも拡がりつつあるようです。

ついにマスコミも調剤薬局にロックオン(2016年2月17日医療維新)

(略)
 一昨年のことだったか、「調剤薬局花盛り」というコラムが朝日新聞に載っていた。「塾や、昔からの商店が閉じたあと、あちこちに調剤薬局がオープンし、しかも、長者番付の上位に名を連ねている」という内容で、まえまえから噂されていたように、そろそろ調剤薬局冬の時代か!と思っていた。

 2月10日の朝日新聞、「くすりの福太郎」が、薬のカルテを全く記載していなかった、けしからん!!ということで一面に載っている。「◯◯さんに、いつ、どんな状況で、どんな薬を調剤した」という記録を薬のカルテと呼び、その記載が義務付けられているのに福太郎ではそれをしていなかった、というもの。そうはいっても、どんな診断で、どんな臓器機能(腎臓が悪い? 肝臓は?)かもわからず、しかも家族が取りに来れば、肥満か、痩せかも把握できない状況では、記録なんて、形ばかりのもので、その必要性も感じないのだから、記載もれ、となっても不思議ではない。

 そもそも、薬剤師は6年間の高等教育をうけて、国家資格を得、それで、調剤薬局で、薬のピッキング程度のことしかしないのでは、なんのための教育か? と首をかしげる。そもそも調剤薬局ができたのは、診療所などで医師がいい加減に薬剤を出していた、副作用にも注意を払わず、仕入れ価格も不明確、この状況を当たらめねば、という表向きの理由で院外調剤という仕組みが30年ぐらいまえに導入された。

 しかし、今回のロックオン、この流れを変えることになるだろう。今こそ、「診療所に薬剤師を配置すべき」、診療所内での、医師、看護師、薬剤師のチーム医療で、多職種相チェック(監視)の体制を整えるのが正しい医療の方向であろう。

まあ薬のカルテが実効性を発揮していないのはまた別の問題も原因なのでしょうが、ここでは薬局がそろそろマスコミのターゲットになる厳しい目線を注がれ始めていること、そして今後この種のどれほど意味があるかわからないような薬局の面倒くさい仕事はますます増えて行くのだろうと言う予想が出来ることに留意いただきたいところです。
いわゆる医療崩壊と言う現象を経験し医療業界は様々な意味で自己防衛力を高めた側面もあり、また国民世論なども医療に対する理解が進んだ結果マスコミも無闇とバッシングしにくくなってきた印象がありますが、そうは言っても医療叩きは彼らの社是と言っていいほど大きなコンテンツとして長い歴史を誇ってきたものではあるわけです。
そんな時代に医薬分業で医業と薬局が切り離された、そしてどうやら医療業界の中でも薬局がやっかまれているとなればこれほど叩きやすいネタもないだろうと言うもので、マスコミ各社がそろそろ薬局叩きに舵を切ると言うのであれば理解は出来る話なのですが、冒頭の記事にもあるように薬局に厳しい目線を注いでいるのは何も医業やマスコミだけではなさそうだと言うことですよね。
先日は塩崎厚労相が政府の経済財政諮問会議の場で薬局数削減を容認すると発言したものの、会議に参加した委員からは削減と言わず半減させるべきだ等々相当に厳しい意見が出たそうで、今後は調剤報酬の削減とセットで薬局に対してより一層汗をかく努力が求められるようになってくるのだと思います。
その場合経営的な体力のある大手チェーンよりは個人がやっているような小さな調剤薬局が先に体力が尽きるのだろうとは想像出来るところで、今後は各地で薬局の統廃合や再編も進んできそうなのですが、それが患者たる国民にとって良い話なのか悪い話なのかは現段階では何とも言えないですよね。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2016年4月 3日 (日)

今日のぐり:「とんかつ椰子」

先日ちょっと欲しいなと思ったのがこちらのニュースなのですが、これは元記事の画像も参照いただくべきでしょう。

ライトを革新しつづけてきたアウディ、「マトリクス顔文字LEDヘッドライト」が登場!(2016年04月01日Autoblog)

新型アウディA4 に新たなオプション装備として、ドライバーのコンディションを顔文字で知らせるヘッドライト「マトリクス顔文字LEDヘッドライト」が登場した。
ヘッドライトに表情を加えることで周囲の車とのコミュニケーションを可能にした、革新のライティング技術だ。
新型アウディA4にオプションで搭載されるAudiマトリクスLEDヘッドライトは、周囲の状況に合わせて配光を自動調節。クリスタルのように均一な光で視認性を確保する、先進的な次世代ライティング技術。
そこからさらに一歩先へ。それが「Audiマトリクス顔文字LEDヘッドライト」だ。

■ドライバーの状態を周囲のドライバーに顔文字で表示
ステアリングを握るドライバーの健康状態を顔文字でヘッドライト上に表現する、セーフティ機能を搭載したライトだ。
アウディは従来のライトをさらに小型化する高い技術をもって、この顔文字ヘッドライトを可能にした。

■Active driver condition indicator:オプション 50万円!
ヘッドライト上に表示される顔文字は2タイプを用意。
ドライバーの状態が正常な時は、<normal mode>としてヘッドライト上に顔文字 \(^o^)/ が点灯。
万が一健康状態に不調が検知された場合は<dull mode>(; ´ Д `)が表示される。
まるで自分の言葉のように点灯する顔文字は、暗い夜でも周囲にドライバーの状態をスピーディに伝える。
「顔文字は日本のオンラインユーザーの間で使用されているものを採用しています。日本の顔文字は表現力が高く、周囲の車がドライバーの状態を瞬時に理解するのに適したデザインだと思いました。このライトで、ドライバー間のコミュニケーションと安全を促していきたいです。」(開発担当)
(略)
ちなみに、<dull mode>はドライバーが自分で解除するまで続くそうだ。

視認性や交通安全上の諸問題を考慮すればヘッドライトよりもテールライトの方がいいのではないかと思いますが、何やら意外性もあって面白そうだと感じるアイデアですよね。
今日は興味深いオプションを提示したアウディ社に敬意を表して、世界中から4月1日に続々と登場した斬新なアイデアの数々を紹介してみましょう。

三和交通、「ドローンタクシー」の運行を開始(2016年4月1日オートックジャパン)

三和交通は、世界初のドローン型タクシーの運行を開始する。「ドローン(sanwa-uso800)」は三和交通が独自で研究開発。安全にそして確実に目的地まで利用者を案内するという。
利用方法は、スマートフォンの配車アプリで行う。iOS7以降のiPhone(iPhone4S以降)、iPod touch、または、Android OS4.1以降のスマートフォンに対応している。これにより、いつでも好きなときに簡単操作で呼ぶことができる。
(略)
よくある質問
Q:飛行機やヘリコプターとぶつからないでしょうか?
 A:はい。飛行機やヘリコプターが飛んでいる上空までは高度はあがりませんので大丈夫です。
Q:利用料金はいくらになりますか?
 A:通常のタクシーと同一料金になります。
Q:最長どれくらいの距離を移動できますか。
 A:1台につき50kmまでとなり、それ以上については次のドローンがお迎えに参ります。
Q:雨の場合はどうするのでしょうか。
 A:雨の場合は申し訳ございませんが防ぐ対策ができておりません。雨が降りそうな場合はレインコート着をおすすめします。
Q:手でぶら下がっていますが、手を離したらどうなりますか。
 A:安心してください。安全ベルトの着用をしていただきますので手を離しても落下の心配はありません。
Q:ドローンTAXIでの陣痛119番対応は可能でしょうか。
 A:今後ドローン陣痛119番登録を開設予定となっております。今しばらくお待ちくださいませ。

元記事の利用法を見る限りかなり体力的負担は大きそうなのですが、しかしこうした個人移動サービスの需要はかなり大きなものがありそうですね。
こちらあの伝説的な通貨の取り扱い始めましたと言うニュースなのですが、まずは記事から紹介してみましょう。

Bitcoinに続き、DMM.comがジンバブエ・ドル決済を導入へ!(2016年4月1日PRタイムス)

Webを通じて様々なコンテンツを提供する株式会社DMM.com(本社:東京都渋谷区、代表取締役社長 松栄立也、http://www.dmm.com/ 以下DMM )は、4月1日(金)にアフリカ展開の足掛りとしてジンバブエ共和国需要開拓のためECサイトとして初めて「ジンバブエ・ドル決済」を導入することを発表いたします。

■「ジンバブエ・ドル」とは
かつては米ドルよりも価値の高い通貨とされていた「ジンバブエ・ドル」だが、経済政策の失敗による価値の急落やハイパーインフレの収束が出来ず、2009年4月より発行が無期限停止している。

■「DMMジンバブエ・ドル決済」4つのSTEP!
【DMMプリペイドカード2,000円分と交換する場合】
    STEP1. 7京のジンバブエ・ドルを用意!
※1円 = Z$284,552,845,528,455(ジンバブエ・ドル)

    STEP2. 用意した札束を持って、DMM指定の交換所へ!
※秋葉原と横浜で交換可能です。

    STEP3. ジンバブエ・ドルを渡そう!
※交換所にいるスタッフにお渡しください。

    STEP4. その場でDMMプリペイドカードと交換!
※こちらのポイントを使ってDMM.comのサービスをご利用ください。

■STEP2、DMM指定の交換所は2つ!
※交換所までの交通費は自己負担となりますので、ご了承ください。

記事にもあるジンバブエドルと言えば数々の伝説を産んできた通貨として知られていますが、残念ながら廃止されてしまった結果現在絶讚高騰中とのことですので、入手は今後困難になりそうですね。
こちら古物商による取扱商品拡大のニュースなのですが、なるほどこれはと思わず手を打つ新商売でしょうか。

古着買取・販売『Branduru-ブランドゥール』社長の買取はじめました!まずは弊社の社長を売りに出します!(2016年4月1日PRタイムス)

 株式会社ライトプレイスファクトリー(代表:若山知宏 東京都渋谷区神南)は、インターネットを活用したブランド古着の買取・販売サービスを行う『Branduru-ブランドゥール』が2016年4月1日(金)より、不要な社長のリサイクルとして社長の買取・販売サービスを開始、そしてその最初の商品として、株式会社ライトプレイスファクトリー代表の若山知宏の中古販売を行うことをお知らせ致します。

■商品詳細情報
ブランド:株式会社ライトプレイスファクトリー代表
商品名 :若山知宏(わかやま ともひろ)
商品番号:RPF00000001
サイズ・重量 : 175cm  77kg
カラー  :やや焼けた肌色
コメント:肉付きの良いワイルドな風貌が男らしい社長です。スーツを着せるとやや爽やかさが増します。
(略)
■状態詳細
中古 – B:若干の汚れ・キズ等がある中古品
・頭のところどころに白髪あり
・生え際に若干の後退あり
・肌に若干のしわ、くすみあり
・全体的に若干の加齢臭あり

 当店の商品は全て中古品です。新品と表記のある商品も、全くの新品ではございません。
中古という特性上、においがある場合がございます。タバコや体臭、香水のにおいなどはメンテナンス後に販売するよう努めております。比較的強く感じるにおいにつきましては状態詳細へ記載させて頂いております。においの感じ方には個人差がございますのでご不安な場合はお問い合わせくださいませ。
※ 弊社の基準に基づいて記載しておりますので、あくまで参考程度にお考えください
(略)

売りに出される社長も社長ですが、しかし社長と言わず引き取ってもらいたい上司は各社に幾らでもいそうなだけに仕入れには不自由しなさそうですよね。
ソニーがまた画期的な新商品を開発したと話題になっているのがこちらのニュースですが、これは確かに画期的です。

ソニー、ゴースト捕獲装置「プロトンパック」の開発に成功--平井社長もコメント(2016年4月1日CNETジャパン)

 ソニーは4月1日、異次元の物体を捕獲する装置「プロトンパック」の開発に成功したと発表した。開発期間は30年以上。バッテリや撮影機能など、ソニーの技術を結集している。発売は8月19日を予定している。

 プロトンパックは、「ゴーストバスターズ」で知られるゴーストを捕獲できる新装置。ソニーモバイルコミュニケーションズのスマートフォン「Xperia」に搭載している「STAMINA」モードを備えたほか、デジタルカメラ「Cyber-shot RX」シリーズに採用されているスーパースローモーション機能によって、毎秒960フレームの高速動画撮影に対応する。

 4K超短焦点プロジェクタを内蔵し、捕獲した物体はリアルタイムで映写することが可能。NFCも備え、液晶テレビ「BRAVIA」やXperiaなどにワイヤレス接続して、捕獲物体を閲覧、転送、シェアも実現。本体には防水、防スライム機能も備える。

 ソニーのエンジニアと原子力と軍需技術の専門家であるジリアン・ホルツマン氏によって開発された。

 今回の開発を受け、ソニー社長兼CEOの平井一夫氏は「プロトンパックの完成は、コロンビア大学のスペングラー博士が開発に着手して以来、世界の名だたる技術者にとって長らくの夢だった。今回の偉業は常にイノベーションを追求し続けるソニーの姿勢を示したもの。ソニーのミッションにおいて非常に重要な『WOW』をまさしく体現するもの」とコメントしている。

まさしく多くの好事家が待ち望んでいた画期的アイテムで、いわゆるUMAの類などもこれによって発見率の向上が期待出来るのでしょうか。
最後に取り上げますのはそのUMA絡みのニュースですが、確かに希少生物であることは事実ですよね。

WWFが「龍」の保護プロジェクトを開始(2016年4月1日WWF)

【日本、東京発】WWFジャパン(公益財団法人世界自然保護基金ジャパン、会長:德川恒孝)は、2016年4月1日、「龍」の保護プロジェクトを、新たにスタートさせることを発表した。
世界100カ国で活動する国際的な環境保全団体であるWWFでは、今や野生動物の一種としての「龍」は、トラやサイなどと同様、絶滅の危機にあり、その保護は急務であるとし警鐘を鳴らしている。

龍は、すでに多くの地域で姿を消してきた。ヨーロッパでは、財宝の番などをしながら、深い森や洞窟などに生息していた記録が残されているが、産業革命以降、ヨーロッパでは原生の森がほとんど消滅したため、今では絶滅したと考えられている。
また、アジアの龍は、まだ大陸の大河や湖、海や雲の中に生き残っている可能性があるが、近年は急激な経済発展に伴う自然破壊や汚染、さらには地球温暖化による深刻な影響が懸念される。

この龍の保護プロジェクトについて、WWFジャパン自然保護室長の東梅貞義は、次のように述べる。
「龍の保護には、深い森や海、河などの生態系を、広い視野で保全しなければなりません。
そしてこうした自然を、娯楽の対象や経済的な資源としてだけ見るのではなく、人類がまだ十分に知り得ない、神秘的な生命が息づく場所として尊重する気持を育てていく必要があります。
なぜなら、龍はもともと、私たちが心に抱く自然への畏敬の気持の中から、生まれてきたものだからです」

また、WWFジャパン事務局長の筒井隆司は、このプロジェクトの始動に向け、自ら絵筆を執って描いた龍の絵を披露し、次のようにメッセージを伝えた。
「龍はさまざまな動物の要素を併せ持っています。頭はラクダ、角はシカ、爪はタカ、手のひらはトラ、また長い首はヘビ、ウロコは魚のものです。
龍を知り、理解することは、さまざまな環境の中で生きる野生の生きものたちを、深く理解することにもつながります。
たくさんの方に、ぜひ私たちの取り組みを、応援していただきたいと思います」

1970年以来、地球の自然環境は、その豊かさを50%以上も失ってきた。
その中で絶滅の危機にさらされている野生生物は、現在2万3,250種にのぼる。
WWFではこうした未来を脅かす危機について警鐘を鳴らしつつ、地球環境の保全活動の一環としてこのプロジェクトの実施に取り組んでゆく。

まさに言われてみてばその必要性は誰にでも理解出来ると言うプロジェクトですが、しかし生態も十分にわかっていないものをどう保護していったらいいのかが今後の課題でしょうか。
世界各地でこのように毎年春には驚くべきアイデアが誕生していますが、さて来年はどのようなものが登場することになるのでしょうかね。

今日のぐり:「とんかつ椰子」

倉敷市街地から少し南に下った辺り、繁華な幹線道路沿いに位置するのがこちらのお店で、もともとは看板通りとんかつ屋として知られていましたが改装されてからメニューも変更されたようで、現在はむしろ揚げ物よりグリル系メニューの方が充実している印象です。
ちなみにメニューを見て真っ先に目につく和風ぎょうざハンバーグが現在中止中と言うのは何とも残念ですが、しかしトンカツなら判るんですがどのセットにも必ず海老フライが入るこだわりはなんなんでしょう?

取りあえずとんかつ屋だけにとんかつ系のメニューと言うことで洋風カツ丼を頼んで見ましたが、岡山の名物にして代表的B級グルメですが、個人的にはとんかつ屋と言うよりラーメン屋のメニューという印象が強いですかね。
ラーメンスープがベースになるラーメン屋のそれと違い、こちらの洋風カツ丼は当たり前ですが普通のデミソース…と言いたいところですが、ここは昔とはソースが変わって他メニューと共通の酸味のあるものになっています。
カツの下に敷いた大きく切った湯でキャベツも食感のアクセントにはいいんですが、このソースですとゆっくりじっくり過熱して甘みを出すか、炒めた玉ねぎなども合いそうな気もしました。
ミックスフライはごく普通の揚げ物盛り合わせと思いきや、一見魚フライと思ったのが身を開いた海老フライであったり、海老フライと思ったのが実はイカフライであったりと、微妙なところで独自の工夫を加えているのでしょうか。
こちらのミックスサラダは他に遅れて最後に出てくるのはもはや伝統のようですが、まあ作り置きよりはよほどいいのはいいとして、以前の強めの塩加減が少し薄くなった結果なにかピンボケした味になったようにも感じられました。
しかしどの料理にもソースは共通ですが、個人的にはこの種の酸味のあるソースはちょいと苦手こともあり以前の無個性なデミグラスソースも懐かしいのですが、オリジナルの味を作りたい気持ちは理解できますかね。

全体的には町の洋食屋らしさを存分に残した見た目通りごく普通に洋食屋の味と言うところで、お皿の片隅にはちゃんとスパゲッティもあるし、これで丸く形を整えたポテサラでもつけば完璧昭和気分に浸れそうですよね。
すでにかなりな老舗ですが繁盛しているようで何よりですし、その分フロアは少し手が回っていないんですがこれも町の食堂っぽい雰囲気を醸し出していて、バタバタしているようで不思議とくつろげる気がします。
しかし店内は綺麗に改装されたのはいいのですがトイレはそのままと言うのだけはちょっとどうなのかで、一応はお客も入るところなのですからこちらにも手を入れていただければ良かったでしょうにね。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2016年4月 2日 (土)

いろいろな発言ができなくなりつつある空気

春と言えばテレビ番組の改編期でもありますが、とある放送業界人がこの春限りで番組を降板するにあたって先日こんな発言があったと記事が出ていました。

「発言できなくなりつつある空気」 古舘さん、報ステ最後の出演(2016年4月1日東京新聞)

 テレビ朝日の「報道ステーション」で、十二年間メーンキャスターを務めた古舘伊知郎(ふるたちいちろう)さん(61)が三十一日、最後の出演を迎えた。番組の最後に「プレッシャーや圧力がかかって辞めさせられるということは一切ないが、この頃は開けっぴろげにいろいろな発言ができなくなりつつある空気を感じている」などと語った。

 約八分間語り続けた古舘さんは「つるんつるんの無難な言葉で固めた番組などちっとも面白くない。情熱を持ってつくれば多少は偏る。それを程よいバランスに仕上げ直せばいいという信念を持っている」と持論を展開した。

 後任の富川悠太(とみかわゆうた)アナウンサーに「言うべきことは言う。激しい発言がきっかけで議論になって、いい方向に向くという事柄もあるはずだ」などとエールも送っていた。

 古舘さんは久米宏さん(71)がキャスターを務めた「ニュースステーション」の後を継ぎ、二〇〇四年四月の番組スタート時から出演。鋭いコメントは番組の名物で、東京電力福島第一原発事故後は、原発再稼働に疑問を投げかけた。

 昨年三月には元官僚のコメンテーターが、この番組で、自身の降板をめぐり「政権からの圧力があった」と訴えることもあった。

古舘伊知郎氏と言えばかつてはプロレス中継の名調子で知られた人物ですが、今回の8分間に及ぶ退任のコメントはネット上でも相当大きな反響を呼んでいたようで、後輩への激励など内容的にも見るべきところが多かったと評価する声が多いようです。
ただやはり古館氏と言えば気になるのが過去に何度か勃発したいわゆる圧力騒動で、今回も言葉の上では圧力なるものの存在を否定しているとは言え、やはり何かしらの圧力の存在を感じているところはあったのでしょうか、「この頃は開けっぴろげにいろいろな発言ができなくなりつつある空気を感じている」と言う言葉に反応したくなりますよね。
最近言論の抑圧と言う問題と絡めて注目されていることとしていわゆるヘイトスピーチなるものの存在があり、ネットと実社会とを問わず特定のグループに所属する相手に対する攻撃は差別そのものだと言う批判があり、こうした動きに対してカウンターと呼ばれる行動も盛んになってきていることは周知の通りです。
最近は与党などからもヘイトスピーチ規制法案なるものが出ているようですが、これ自体極めて差別的で問題のある内容だと批判する声も少なくないと言い、そもそも言論の自由をどう考えるのかと言う原理原則論に関しても全く決着がつきそうにない状況なのですが、同じ問題が海外でも頻発している中でどこの国でも決定的な答えは出ていないようです。

ネット上の表現の自由どこまで フランスが揺れた「Twitter裁判」(2016年4月1日yahooニュース)

ネット空間では、匿名で何を言ってもよいのか――。
ソーシャルメディアの普及によって、誰もが簡単に発信できる時代がやってきた。多様な言論や表現が生まれた一方で、悪辣な書き込みが誰かの人権を傷つける場合もある。歴史的に「表現の自由」の問題に敏感なフランスでは、大きな議論を巻き起こしたツイッターをめぐる裁判を契機に、ネット上のヘイトスピーチ規制に向けての動きが活発化している。自由を守るべきか、規制を設けるべきか。ネット時代の「表現の自由」のあり方を考える。(Yahoo!ニュース編集部)

発端は2012年10月、フランスのTwitterに書き込まれた差別発言だった。
良いユダヤ人は、死んだユダヤ人
強制収容所の写真が添付されていた。書き込みは次々にリツイートされ、関連のツイートも含めてフランスのネット上を駆けめぐった。

フランスでは、特定の民族、国民などに対して差別表現を用いることは、「人種差別禁止法」で厳しく禁じられている。このツイートは違法行為だと考えたユダヤ人学生協会(UEJF)は、ツイッター社に「アカウント削除と発信者の連絡先提出」を求めた。
だが、ツイッター社の対応にUEJF会長(当時)ジョナタン・アユン氏は驚いたという。「“ユダヤ人についてポジティブなメッセージをたくさん送ればいいんじゃない?”という回答がきたのです」。

ツイッターが本社を置くアメリカでは、いかなる表現であっても発言の自由は保護されるべきであり、異なる意見を持つ者は反論すればいいという考え方が根付いているとされる。ツイッター社は「われわれはプロバイダーであり、仲裁者ではない。個人どうしの喧嘩には関与しない」という立場を表明し(2012年10月22日、ルモンド紙)、アカウントの削除も発信者の公表も拒否した。
そこでUEJFは、ツイッター社を提訴する。差別ツイートがフランスの司法の場で裁かれる最初のケースだった。争点は、ネット空間の匿名発言にも「人種差別禁止法」は適用されるのか否か。まさに、ネットにおける表現の自由のあり方が問われる裁判となった。

「ネット空間では、匿名で何を言ってもよいのか?」
フランスのメディアはこの裁判をトップニュースで扱い、連日経過を報道した。政治家からネットユーザーまでさまざまな議論が飛び交った。
13年1月、フランスの裁判所はツイッター社にアカウント所有者の身元を明かすよう命じるが、ツイッター社はこれを拒否して控訴。だが控訴は棄却され、同年7月、ツイッター社が問題のハッシュタグを作った人物のデータを司法省に提出することで決着した。フランス史上初めて、ネットでの匿名発言に人種差別禁止法が適用された事例となった。
ジョナタン・アユン氏は主張する。「インターネットはみんなが表現できる自由な場として存在し続けるべきだ。しかし、表現の自由を守るためにも規制をつくらなければいけない」。
(略)
一方で、アメリカはいかなる表現も法的に規制しない立場を貫く。これは「表現の自由こそが20世紀半ばに起きた公民権運動を支え、推進した歴史があるためだ」と各国における表現の自由について研究してきた阪口正二郎教授(一橋大学)は指摘する。フランスにもアメリカにもそれぞれの歴史があり、表現の自由の問題が議論されてきた。「日本でも独自に議論していくべきだ」と言う。
(略)

民族的文化的歴史的な背景によって答えも違うのだろうし、はっきりした正解もない問題なのかも知れませんが、一つの注目すべき事実として先日ウィスコンシン大のグループが行った調査で「政府監視下にあると認識した状態の人々は、自らの意見が少数派である場合に「自己検閲」をかけて意見を隠す傾向にある」と言う結果が示されたと言います。
常識的に考えても権力によって常時監視されており、いつどんな発言が処罰を受けるかも知れないとなれば誰しも萎縮的になるのは当然で、某独裁国家で外国人記者が国民にコメントを取ったところ誰も彼も判で押したようなありきたりのことしか言わなかった、実は記者の側には取材を監視する政府の人間が常時張り付いていたと言ったエピソードもあるそうです。
日本史上最大の立身出世を果たした大人物でありながら、権力を掌握した後の横暴残虐な振る舞いから戦国のラスボスの異名もあるのが豊臣秀吉で、その秀吉の狂乱ぶりを示す逸話として俗に聚楽第落書き事件と言うものがありますが、自由なことも言えない社会の不気味さを端的に示す逸話として現代にこそ記憶に留めるべきではないかと思いますね。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2016年4月 1日 (金)

名大病院救急で逃散発生?

久しぶりに大規模逃散発生か?と生暖かい期待感を込めて見られているのがこちらのニュースですが、実際にはそうでもないらしいと言う話もあるようで、まずは記事から紹介してみましょう

名大病院、救急科医師9人が月末に一斉退職 調査委設置(2016年3月30日朝日新聞)

 名古屋大学病院(名古屋市昭和区)の救急科の医師21人のうち、9人が3月末で一斉に退職することが病院への取材でわかった。病院は外部の有識者を加えた調査委員会を立ち上げ、退職の経緯を調べる。救急患者の受け入れは、他の診療科の医師の応援を受けるなどして、影響が出ないようにするとしている。

 名大病院によると、他の病院から研修に来ていた医師が元の病院に戻ったり、出身地に帰ったりする医師らの退職が重なったという。ただ、「教授と意見が合わなかった」など職場環境への不満をあげる医師もいるため、4月上旬に調査委員会を設置する。

 一方、救急科の松田直之教授は「医師が研修に出たり、地元に戻ったりすることが重なっただけ。一時的に人数が減るのは全国的な救急医不足が根本的な問題だ」と説明している。

 同病院では、内科や外科などの医師が応援に入り、救急科を支える。救急科には4月に2人、5月にも1人の医師が加わる見通しで、病院は「救急車を断ることなどは考えていないので市民に影響はない」としている。

年度末の異動の時期でもありますから、ちょうど大勢が転勤しまた4月以降新たに大勢が赴任してくると言うだけのことなのかも知れませんが、風の噂によればまあそうした事態が発生しても違和感はないと言う状況ではあったそうですし、実際に病院側も現場の医師の声を取り上げわざわざ調査委員会まで設置すると言うのですから、何かしらの異常事態ではあったのでしょう。
名大病院くらいになりますと勤務希望の医師には不自由しないのかと考えてしまうのですが、そもそも大学病院が医師にとって優良な労働環境であったことなど今までなかったことでもあり、なおかつ救急と言う一分一秒を争う環境においては色々と中の人的にも言いたいことは多々あったようで、コメディカルにはひと言ならず言いたい云々と言ったありがちな話も漏れ聞こえて来ます。
とは言え、ひと頃あれだけ騒がれていた医師不足だ、医療崩壊だと言った現象が昨今それほどには報じられなくなったこともまた傾向としてあるようで、もちろんありふれた現象になり過ぎてニュースバリューがなくなったと言う可能性もないことはないのでしょうが、全般状況としてはいずれ将来的に医師数は充足するだろうと言う予測が多く、すでにその影響が現場にも出始めているようです。

医師不足、2033年までに解消へ- 厚労省が需給推計、人口減影響も(2016年3月31日CBニュース)

厚生労働省は31日、医療従事者の需給に関する検討会医師需給分科会に対し、2040年までの医師の需給推計を示した。遅くとも33年ごろまでには医師の供給が需要を上回り、「医師不足」の状態が解消される見通し。需給が均衡した後は「将来人口の減少により、医師の需要は減少すると考えられる」としている。【新井哉】

厚労省の推計によると、医師の需要が最も大きくなる「上位推計」と需要が最小となる「下位推計」、中間指標の「中位推計」の3つのパターンを提示。中位推計では24年ごろに需要と供給が約30万人で均衡状態となり、上位推計では33年ごろまでに約32万人で均衡状態になるとした。

厚労省は40年の推計も提示し、需要は上位推計で31万4900人、供給は16年度の医学部定員(9262人)が継続した場合、33万3192人と推計。40年の時点で1万8000人超の医師が「余剰」となるといった見通しを示した。

40年の需要(上位推計)の内訳は、入院医療(一般病床・療養病床)が20万800人で最も多く、以下は外来医療(9万800人)、精神病床の入院医療(6000人)、医育機関などの研究分野(5600人)、介護老人保健施設(4200人)、産業医業務(2740人)、行政機関等(2170人)、製薬業界(1570人)などの順だった。

こうした推計に対し、委員からは「これから25年先の推計を現時点でするのは相当無理がある」といった指摘のほかに、医師の労働環境を考えた上で需給の推計を行うことを求める意見も出た。厚労省は今後、委員の意見などを需給推計に反映させるかどうか検討する見通しだ。


「勤務医の就労環境、改善傾向」、日医1万人調査(2016年3月31日医療維新)

 日本医師会の道永麻里常任理事は3月30日の定例記者会見で、勤務医を対象に健康状態を調査した「勤務医1万人調査」の結果を公表した。前回調査の2009年から勤務状況が改善傾向にあることや、年収と健康状態に相関がないことが分かった。

 調査は2015年6月に日医の勤務医会員1万人を対象に実施、3166人から回答があった。2016年3月にまとめた日医の「勤務医の健康支援に関する検討委員会答申」の中に、結果の概要が盛り込まれている。

 勤務状況については「最近1カ月で休日なし」が前回2009年の調査(n=3879)の8.7%から5.9%に、「自宅待機・オンコールが月8日以上」が20.1%から17.9%に、「当直が月4回以上」が26.4%から22.5%に減少するなど、就労環境は改善傾向にあった。

 健康状況では、「主観的健康観(健康でない・不健康)」が21.5%から20.1%、「自殺や死を毎週/毎日具体的に考える」は5.7%から3.6%、「抑うつ症状尺度中程度以上」が8.7%から6.5%、「重度以上」が1.9%から1.1%に、それぞれ低下した。一方で、「他の医師への健康相談あり」は45.9%から55.1%に増加していた。
(略)

まあこの状況をして改善と言っていいのかどうか微妙な数字が並んでいるのですけれども、しかし以前と比べれば悪くはなっていないと言う実感は多くの先生方が持っていると思いますし、統計的に見ても医師不足現象と言うものは一応の底を打って改善傾向に転じつつアルのではないかと言う気がします。
ただその一方で局所的な医師不足は相変わらず発生していて、一気に大勢の医師が去って行ったと言ったこともしばしば見られるのですが、それもいわゆる逃散現象と言うよりも医師集約化などリソース再配分に伴うものが主体で、激務に耐えかねて集団離職と言うケースは以前ほどではなくなってきている印象があるのですがどうでしょうね?
医局などが政策的に医師の集約化や再配置を進めていることは全国的な傾向で、これはこれで現場にとっては大変な騒動ではあるのですが、一方で医師が全般的には数として充足してきている中で、それでも古典的な意味での逃散現象が発生する現場と言うのはレアケースであって、それだけに相当に筋金入りであったと言う推測も成り立つのかも知れません。
名大病院救急が実際にどのような状況であったのかは何とも言いがたいですが、少なくともこれだけニュースになるような大規模離職が起こった以上現場環境に問題がなかったとするのも無理があるところであり、今までは環境が悪くとも人は来るからとその改善に積極的でなかったのだとすれば、これを契機に大学病院当局がどのような改善策を提示できるかにこそニュースバリューがありそうには思いますね。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

« 2016年3月 | トップページ | 2016年5月 »