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2016年3月11日 (金)

無駄な出費と有意義な無駄との境界線

海外では日本と違って医療保険のあり方もかなり厳しいものがあると言い、アメリカなどでも病院にかかれば真っ先に手持ちの保険でどこまでカバーされるかを確認されると聞きますが、こちらカナダにおける保険診療の扱いもかなり厳しいものがあるようです。

保険の基準を厳しくすれば余分な処方は減る?(2016年3月9日日経メディカル)

 私が勤めている薬局に、インフルエンザの処方箋第1号がとうとうやってきました。日本では考えられないでしょうが、カナダのオンタリオにある私の薬局では、インフルエンザの処方箋は一冬に1枚来るか来ないか、という頻度です。

 カナダでは一般的に、高齢、低所得、特定疾患に罹患中などの特別な理由を除き、公的保険が適用されません。通常は勤務先で加入する私的保険で、治療費や薬代などをカバーします。

 ただ、全ての処方薬を保険で賄えるとは限りません。保険でカバーできない薬は基本的に患者の自己負担となるので、支払いが高額になるときもあります。

 そのため多くの患者は、処方された薬が本当に必要なのか、とても厳しくチェックします。処方箋にある全ての薬の代金を負担することが難しい場合、薬剤師と患者が相談して優先順位を決めることがよくあります。必ず服用しなければいけない糖尿病治療薬などは優先して調剤し、胃酸過多などのOTC薬で症状が少し改善できるような薬は、代金が用意できるまで薬局で処方箋を預かる、といった対処を取ります。そういった事情があるので、医師も本当に必要な薬でない限り、無駄に薬を処方することはないようです。
(略)
 このようにカナダのオンタリオでは、公的保険の基準が厳しいです。特に最近、財政面の問題もあり、締め付けがますます厳しくなっています。昨年の10月までは、後発品でアレルギーなどの症状が出た場合、医師が所定の様式に記入し公的機関へファクスすれば、先発品を保険で使用することができました。しかし現在は、2種類以上の後発品を患者が試してそれでもだめな場合のみ、とハードルが上がっています。

 確かに、全ての薬をカバーする保険に加入している患者は、医師に頼んで余分に処方してもらうこともあるようです。締め付けを厳しくすれば、医師も患者も、本当にその薬が必要なのか考える機会は増えると思います。余分な処方を減らすには、もしかしたらこの「締め付ける」方法しかないのかもしれません。
(略)

記事中では患者が処方された治療薬をどのように取捨選択するかと言う実例も記載されていますけれども、こうした状況を見ると確かに医薬分業と言うことにも一定の意味があるのかなとも思われるところで、果たして日本の薬剤師が仮に権限が付与されたとしてもここまで主体的に治療行為そのものに関わることが出来るのかどうかとも感じてしまいますがどうでしょうね。
何を以て必要な治療と考えるかは非常に微妙なところがありますが、一方で国民皆保険制度のある日本では「今月は売り上げ厳しいですから検査や入院頑張ってください」などと発破をかけられると言う実例もしばしば散見されるように、必ずしも必要だとは言えない医療であっても安いから、ただ同然だからと言う理由で行われている部分があることも否定出来ませんよね。
この点で昨今では保険診療の制約の厳しさと言うよりも、無保険者の増加や現役世代のワープア化などによって患者の側の要因で支払額にストップをかけたり、場合によっては金銭的負担から治療を中断すると言うケースもままあると言いますから、無駄な検査や治療が増えるばかりの出来高制度は問題だ、包括払いにすべきだと言う声は支払い側を中心に根強くある所以です。
一方ではもちろん一見無駄な出費に見えても大きな意味があると言うことも少なからずあるのですが、先日出ていたこちらのニュースなどは果たして先見性ある有意義な取り組みなのか壮大な無駄になるのか、将来的に検証すべきものであるかとは思います。

佐賀県内、中3全員ピロリ菌検査 全国初(2016年02月02日佐賀新聞)

 佐賀県は、県内の中学3年生全員の約9000人を対象に、胃がんの主な原因とされるピロリ菌の感染検査を実施する。検査はあくまで任意だが、本人の了解を得た上で、学校健診の尿検査の試料を用いる。感染している生徒の除菌治療費の自己負担分も助成する。健康増進課は「都道府県単位での取り組みは全国初ではないか」としている。2016年度当初予算案に関連経費約2570万円を盛り込む方針。
 県によると、14年の75歳未満の人口10万人当たりの胃がん死亡率は全国ワースト2位だった。ピロリ菌の除菌は早いほど胃がんの発症リスクを減らせる。「胃がんは予防できるがんなのに佐賀では多くの人が亡くなっている。全国に先駆けて撲滅に向けて取り組みたい」と意義を強調する。

 ピロリ菌の検査には採血や呼気などさまざまな方法がある。原則、成人の場合は最終的に内視鏡で胃の状態を確認し、除菌治療には保険が適用される
 県は公立や私立、特別支援の全中学で実施されている尿検査の試料の残りを用いることで負担感なく感染を調べる。感染疑いの生徒には追加で検便を実施し、感染の有無を確定する。
 除菌には胃酸を抑える薬と抗生物質を組み合わせた飲み薬を1週間ほど服用する。この薬の対象が中3の15歳以上となっている。

 県は1人当たりの検査に6000~7000円、治療費の自己負担分として4000~5000円の助成を見込む。小児科系の学会の調査によると、中高生の5%程度が感染しているとされ、県内は約300人と推定している。検査事業では、佐賀大学医学部附属病院の小児科との連携も検討している。
 世界保健機関(WHO)の専門研究組織は14年、胃がんの8割がピロリ菌の感染が原因と発表した。特に日本人に多い胃の入り口(噴門部)以外の胃がんでは9割を占めている。


ピロリ菌 中学生の除菌対策(2016年02月20日佐賀新聞)

 佐賀県が打ち出した全国初の取り組みである、中学3年生全員へのヘリコバクタ・ピロリ(ピロリ菌)検査と除菌対策が全国の注目を集めています。ピロリ菌感染者は国内に約3500万人いるとされ、慢性胃炎・胃潰瘍・胃がんの原因になります。特に佐賀県は胃がん死亡率が全国で2番目に高く、胃がんの予防対策としてピロリ菌除菌対策は最も重要と考えられていました。

 日本人におけるピロリ菌感染者は40代以降に多く、今回の対象となる10代では5~20%程度とされています。また、胃がんの予防対策としてのピロリ菌除菌は若い時がより有効と考えられており、今回中学3年生が対象とされたと考えられます。
 検査を受ける県内の中学3年生は約9000人で、学校健診の尿検査の際にピロリ菌の感染検査を行うため、本人への負担は軽いと考えられます。もし、ピロリ菌が陽性とわかれば、本人と家族の同意のもとに胃酸を抑える薬と抗生物質を組み合わせた飲み薬を1週間ほど服用する除菌治療が行われます。この尿検査と除菌治療にかかる費用の自己負担分を県が助成するという画期的な取り組みです。

 さて、期待されるピロリ菌除菌による胃がん予防の効果については、ピロリ菌が除菌されたかどうかは1カ月以降にはわかりますが、胃がんでの死亡者が少なくなったかどうかがはっきり証明されるまでには長い年月が必要です。しかしながら、多くの胃がんにピロリ菌が関係していることは明らかなので、将来、胃がんで苦しむ方が佐賀県から激減することは、十分期待できるのではないでしょうか。(佐賀大医学部附属病院 検査部長・末岡榮三朗)

なんでもこの話、自らが胃癌に罹患した県知事さんが思い立って始めた制度なのだとも言うのですが、胃癌と言えばひと頃は日本人の国民的疾患とも言われるメジャーな病気であり、世界中の胃カメラ市場を日本メーカーが席巻していることからもその関心度の高さがうかがわれると思いますが、さすがに中学生と胃癌と言う言葉はなかなかすっきりとは結びついてきませんよね。
ここではピロリ菌と胃癌の関係については成書に譲るとして、ここでは一般的な胃癌の多くがピロリ菌感染と関連していること、感染は幼少期に起こり成人した後は原則的に新規感染は起こらないこと、そして除菌治療によってどの程度胃癌が減らせるかは未だはっきりしていないことなどを知っておくべきでしょうか。
行政が音頭を取って特定の疾患撲滅にお金を出していくと言う点では近年C型肝炎が話題になっていて、新規抗ウイルス薬の登場によってそれまで難治とされていたケースでもほぼ全員がウイルスを排除出来るようになってきた一方で、この新薬による治療が一式数百万と極めて高価であることから、高齢者など補助金を取ってまで治療を受けさせる方がいいのかどうか悩ましいと言うケースも少なからずあるようです。
もちろん残された人生が長い若年世代においてはそのハードルが相対的に低くなると言うことは当然ですし、ピロリ菌の除菌などは金銭的身体的な負担も知れていることですから、多少なりとも将来の胃癌を減らせるのであれば十分に元が取れると言う計算があるのかなとは思いますけれども、実際損得勘定としてどうなのかと言うことはいずれ検証してみていただきたいところですよね。

ところで記事にもあるように通常ピロリ菌の除菌治療に関してはピロリ菌がいると言う検査結果に加えて、内視鏡で胃潰瘍や慢性胃炎などであることを確認する必要があるのですが、今回の場合こうした保険診療の制約に縛られないために自費診療扱いにして、数千円分の薬剤費を助成すると言う形にしているようです。
そもそも何故内視鏡での確認を義務づけているのかと言えば、ピロリ感染者では胃癌の確率が高い以上見逃しを無くすためと言う理屈だと言いますが、さすがに中学生で胃癌の見落としもないでしょうからこれはこれで合理的な判断だろうし、胃カメラのコストの方が薬剤費よりも高くつくのですから財政支出の上でも理には適っていますよね。
ピロリ除菌の保険適応に関しては長年慢性胃炎に対しても認めるべきかどうかと言う議論があって、そこまで認めてしまうと対象患者が多すぎて保険財政を圧迫すると言う理由で潰瘍がある場合にしか除菌が出来なかった歴史的経緯がありますが、この時代にもいわゆる保○病○をつけたり自費診療と言う形で地道に除菌治療が行われてきたことを考えると隔世の感があります。
何を以て無駄あるいは有意義な出費と考えるかは難しい判断もあるところですし、そもそも予防的医療は保険診療に含まれるべきではないと言う原理原則もありますが、一見分かりにくいが将来的な利益に確実に結びつけられる目先の不利益についても専門家が積極的に情報発信していかないと、怪しげな民間療法などに国民が無駄に大金をつぎ込むと言うことにもなりかねないですよね。

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コメント

2億9千万円ムダ…生活習慣病研究、3年で中止
2016年03月09日 18時14分読売新聞

 厚生労働省は、生活習慣病の重症化を防ぐために、積極的な保健指導が有効かを調べる大規模な戦略研究「J―HARP」(2013~17年度)について、「信頼性のあるデータが集まらない」として今年度で中止することを決めた。

 これまで投じられた国の研究費は約2億9400万円。厚労省は研究班に説明を求めるとしている。

 研究は大阪大が中心となり、全国の43市町が参加。生活習慣病になるリスクが高い人に、医療機関を受診してもらうための保健指導プログラムを作成。それに基づいた指導を保健師が家庭訪問して行い、一般的な指導と比べた受診率の差や医療費の軽減効果などを検証する予定だった。対象者は1万人以上。

 しかし、開始3年目となる今年1月の中間評価検討会で、対象者への保健指導実施率が2割に満たない自治体があるなど、データの信頼性に問題があることが判明し、中止が決まった。

投稿: | 2016年3月11日 (金) 07時43分

>厚労省は研究班に説明を求めるとしている。

珍しく厚労省がまともなこと言ってる気が

投稿: | 2016年3月11日 (金) 08時18分

>2億9千万円ムダ…生活習慣病研究、3年で中止

でも「研究」ってのは百に一程度の当たりがあればいいほうではないか?
ノーベル賞受賞者の影にはどれほどの「無駄」が積み重なっていることか.

投稿: 耳鼻科医 | 2016年3月11日 (金) 08時24分

>百に一程度の当たりがあればいいほうではないか?
集計して有意差がなくてもそれは一定の意味があるので「外れ」ではないですが、データ収集プロトコルの失敗(怠慢)はダメでしょう。

投稿: おちゃ | 2016年3月11日 (金) 10時01分

ご紹介いただいた記事については設計の甘さを感じる事例ですが、指導率が低かったこと自体は行政側に問題があるとも言えますね。

投稿: 管理人nobu | 2016年3月11日 (金) 12時08分

検証結果をみましたが、進捗を管理する部門の設置を求められていながら、行っていなかったようです。
自治体側や現場がうまく動かないのは織り込まなきゃならないことなんで、品質管理を放置して途中で方向修正できなかったがの最大の問題でしょう。

http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/160229_bukai_s3.pdf

投稿: おちゃ | 2016年3月11日 (金) 14時51分

で、例の、J-ADNIは何か有用なエビを絞りだせたのかいな。
アリセプトに意味があったのかどうか、知りたいんだが。

https://ja.wikipedia.org/wiki/J-ADNI

http://biosciencedbc.jp/about-us/nbdc-news/667-20160201-02?utm_medium=twitter&utm_source=twitterfeed

投稿: | 2016年3月13日 (日) 19時30分

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