« 家庭内で発生したかなり斜め上なトラブル | トップページ | 教育にもコスパが問われそうな時代 »

2016年3月17日 (木)

「わがまま」にどこまで付き合うべきなのかと言う難題

本日の本題に入る前に、団塊世代のモンスター化などと言う言葉が登場して久しいですが、先日こんな記事が出ていたことを紹介してみましょう。

「横暴すぎる老人」のなんとも呆れ果てる実態 暴力、セクハラ、万引き…社会は耐えきれるか(2016年3月14日東洋経済オンライン)

豊富な知識と経験を持ち、みんなから敬われる存在だった高齢者。ところが最近は「突然怒り出す」「暴力を振るう」「理不尽な要求をする」――といった迷惑な老人が跋扈している。高齢化が進む中、暴走する高齢者は社会の重荷となりかねない。
(略)
週刊東洋経済は3月19日号(14日発売)で『キレる老人』を特集。高齢者のさまざまな暴走や親の扱いに困る子ども世代の悩み、会社の迷惑シニアなどを取り上げた。鉄道駅における高齢者の横暴さはデータでも明らかになっている。
JR6社や日本民営鉄道協会などの調査によると、鉄道係員に暴力を振るった加害者の年齢別では60代以上が2014年度まで5年連続でトップだった。ちなみに加害者全体のうち6割弱が飲酒しており、発生した時間帯は22~翌5時が最も多い。酒を飲んだ後の終電時刻前後でのトラブルが多いと推測できる。 
高齢者は自尊心が強いのも特徴だという。「人に注意されたり、何かを教えられたりするのを嫌がる人が多い。よくあるのが指定席の券売機でのトラブル。操作方法がわからないまま挑み続け、後ろに行列ができる。係員が助けに入ろうとしても『うるさいな』と拒否。そのうち後ろに並んでいる人から『早くしろ』という怒りの声が飛び、もめ事になる。尋ねてくれればすぐ解決する問題なのに…。言葉は通じなくても何でも聞いてくる外国人のほうがよっぽど対応しやすいですよ」(社員)

東京・新橋の東京慈恵会医科大学附属病院は2004年から「院内交番」と呼ばれる渉外室を設置している。配属されているのは警察OB。患者からの暴力や悪質なクレームなどに対応するのが目的だ。
「病人かつ高齢者となると『いたわってもらって当たり前』という認識がある。そのため自己中心的な振る舞いをしがちで、院内暴力につながっていく」。慈恵医大の渉外室設立時から昨年3月まで勤務していた、警視庁OBで同渉外室名誉顧問の横内昭光氏はそう話す。
私立大学病院医療安全推進連絡会議が2011年、11施設の全職員に調査を実施(有効回答約2.3万人)したところ、患者やその家族から暴力を受けたことがあると回答した職員は4割超に上った。院内暴力などをふるった人を年齢別で見ると、暴力は70代、セクハラは60代が最も多く、暴言についても60代が2番目に多い
院内暴力や悪質なクレームによって、優秀な職員が辞めてしまうことも少なくない。病院が警察OBを採用して院内暴力などに対処する動きは全国に広がっており、病院関係者の危機感は強まっている。
(略)

一般論としても高齢者は頑固になりがちなものであり、それが社会的権力を持っているとなれば好き放題やりたい放題と言うものなのでしょうが、しかし職場など権威権力の及ぶ場所に置いてならまだしも、世間一般でまるで無関係な人々にまで権威風を吹かせるようになるとこれは老害と言われるものに堕してしまうのでしょうね。
ただこうした好き勝手な我が儘は残念ながら高齢者に限ったことではなく、今の時代は皆が他人のことを思いやらない、我が儘ばかり言うと盛んに喧伝されますけれども、平均的に見ると若者の草食化などむしろ大人しい方向に社会は変化していっているのだとは思うのですが、そうであるが故にこそ一部の横暴さや勝手さが余計に悪目立ちしてしまうのかも知れません。
この種の方々が何故そうした振る舞いに及ぶかと言えば、もちろん抑制的に振る舞う習慣がないと言うこともあるのでしょうが、一方で社会の中でそうした振る舞いを行えば何かしらの利益が得られると言うことを学習してきているからこそますます増長すると言う側面もあって、日本的なおもてなし精神も行きすぎると良くないのではないかなどと懸念される所以ですよね。
この点で客商売などはクレーマーやモンスターと言われる問題顧客に対してどこから線引きすべきなのかと言うことが常に問題になってきますが、先日医療現場に関してこんな問題提起がされていました。

搬送先、患者の希望はどこまで叶えるべき?(2016年3月3日日経メディカル)

「そちらを希望しています」
 救急搬入依頼の電話が掛かってきたときに、「患者さんとご家族さんがそちらへの搬送を希望されています」と言われることがあります。希望があろうとなかろうと、受け入れ要請があれば「はいどーぞ」なのですが、「搬送まで1時間程度です」などと言われると、おいおいおいおい…と思ってしまうこともあります。今回は、救急要請をしたとき、行き先の希望がどのくらい通るのかについて書いてみようと思います。
(略)
 さてさて、さすがに岸和田で事故にあった人が富山に搬送してくれとお願いしたらゴメンなさいされると思います。が、救急隊はどこまで患者サイドのお願いを聞いてくれるのでしょうか。救急隊の搬送先選定については、消防法第三十五条の五にこのような記載があります。

    都道府県は、消防機関による救急業務としての傷病者(第二条第九項に規定する傷病者をいう。以下この章において同じ。)の搬送(以下この章において「傷病者の搬送」という。)及び医療機関による当該傷病者の受入れ(以下この章において「傷病者の受入れ」という。)の迅速かつ適切な実施を図るため、傷病者の搬送及び傷病者の受入れの実施に関する基準(以下この章において「実施基準」という。)を定めなければならない。

 というわけで、搬送先選定のルールは都道府県が決めています。各都道府県で医療事情が異なりますので、十把一絡げにはできないわけです。それでは大阪府はどのように搬送先を決めているかということなのですが、大阪府では病院を機能ごとに区分した病院リストを作成し、傷病者の病態に応じて搬送先を選定する方針にしています。区分は次のような感じです。

(1)救命救急センター
3次救急告示医療機関として、重篤傷病者及び重症傷病者に対応する最終受入れ機関として機能
(2)重症初期対応医療機関
2次救急告示医療機関の中でも、重篤または重症であるが、病態を特定できない疾病傷病者を受入れる医療機関
(3)重症小児対応医療機関
重篤・重症など、緊急度の高い小児を受入れ可能な医療機関
(4)特定機能対応医療機関
緊急に専門診療を要する特定の病態に対応可能な医療機関
(5)初期対応医療機関
特定機能を有さない2次救急告示医療機関全て

 そしてさらに、病院リスト運用の取り決めについてこのように明文化されています(PDF)。

●搬送後に、緊急度・特定病態が明らかになった場合や患者が急変した場合には、高次医療機関や特定機能対応医療機関に速やかに転送できる体制を確保する。
オーバートリアージを容認する。ただし、緊急度の高い傷病者に対する病床を確保するために、病状安定後速やかな病病連携による後送体制の構築が望ましい。
●各地域の傷病者の発生数や診療機能を勘案して、必要に応じて当番制や輪番制を導入する。
●搬送先医療機関の選定順位などの病院リストの運用に関しては、各地域の取り決めに従う
●搬送にあたって消防機関は、各地域における取り決めを遵守することを原則とし、病院リスト等に従って緊急度の高い傷病者の迅速かつ適切な医療機関への搬送に努める。
●患者本人、家族等の希望がある場合、病態が許す限り、かかりつけ医療機関への搬送を優先する。

 以上を考えると、大阪において搬送先を希望することについては
・病態が許さなければダメ(緊急度が高ければ、かかりつけうんぬん言ってられません)
・かかりつけなら希望すればいける(かかりつけじゃなければダメかも)

 という状況のようです。希望を伝えるのが絶対によろしくないというわけではないけれど、緊急度の高い人を適切な医療機関に迅速に搬送するというそもそもの機能を維持できる範囲でやりましょうという感じです。そういうことなので、現行制度の中で、かかりつけでもなんでもない人が突然希望してやってくるとなると、「タクシー代わり」と言われても仕方ないかもしれません。線引きは難しいですけどね。。。
(略)

しかし希望する病院にどうしてもかかりたいと言う場合救急車を呼んで受け入れを依頼するのがいいか、直接病院窓口に行くのがいいかと言う議論があって、救急車の方が待たされないだとか窓口に行けば応召義務が云々と色々知恵も働くようなんですが、まあ搬送先に関して選んだりできるような状況であればそもそも本当の意味での救急ではないとも言えるかも知れませんね。
記事の後段では実際にどのようなケースがあるのかと言う実例が幾つか挙げられていて、どれもよくあるパターンであると言ってしまえばそれまでなのですけれども、個別に見ているだけでは必ずしも直ちに問題行動と言えるほどのものではないにせよ、何と言いますか「○○病院の△△先生からお電話です」と言われて急ぎ出てみればマンションセールスだった的な残念さが漂っているようにも感じます。
もちろん患者の側からしてもある程度どこへと言う希望があるのは当然と言えば当然で、特にやたらと熱心に救急車を受けてくれるけれども正直医療レベル的にはいささかどうよ?と地域内で定評があるような救急病院の場合、時に「あそこに運ばれるくらいなら降ろしてくれ!」と救急車内で患者が大暴れしたと言った話も時折はあるようですね。
一方で「あそこは飛び込みの救急車はなかなか受けてくれないから、年に一回くらいは風邪でも何でも受診して診察券を持っとくといいよ」なんて悪知恵?を吹き込んでくれる事情通の方もいらっしゃったりもして、三次救急がどうでもいい軽症の搬送患者であふれかえってしまうと言うこともありますから、やはり一定程度医療機関の診療内容に応じた割り振りは機能してもらわなければならないとは思いますね。
この点で大阪の場合は都市部で病院も幾らでも選択肢があるからこそある程度原理原則を追求出来ると言うことなのかも知れませんが、実質的に搬送先が一つしか無い僻地であれば迷う余地がないとして、地方都市などでは市内に基幹病院が数カ所で得意不得意もあると言うのがごく普通であるし、市街地周辺部からの搬送ですとついつい「あそこの病院が近いから」と希望したくもなるしで、落としどころはなかなか難しいものがありそうです。

最近は地域内で救急搬送の輪番制を敷いている地域も増えていて、こうした場合まずは当番病院に送っていただくと言うのが原理原則だと思いますが、当然ながらそちらの受け入れキャパシティーを超えてしまった時にどこに連絡するかと言うことは救急隊の裁量次第とは言え、救急隊側からしても断られるリスクもあるだけに適当に選ぶよりは「患者さんからの希望なんですが」と言う方が言い出しやすいのかも知れません。
輪番制の場合は何故輪番制にしているかと言うことを考えた場合に、当然ながら常時フル体制での救急に応需する余力が無いからであることは確かなので、当然救急隊としても本当の救急症例はスタッフの待機している当番病院に送りたがるはずで、逆に言えばその他の病院に受け入れをお願いする症例と言うのは緊急性その他の面で正直ちょっと…と言う症例が多くなってしまうのでしょう。
この場合「うちが当番でもないのにそんなもの連絡してくるな!」と言われやすくなるのも仕方ないとも言えますが、それではと本当の救急症例ばかり回してくるのでは輪番制の意味がなくなるので、地域内の救急医療が総合的にうまく回るのに重要な患者の割り振りが救急隊の裁量一つで決まってしまうと言うのは実は結構怖いことでもあるはずです。
ひと頃救急崩壊などと言う現象が盛んに喧伝された際に、医師ら専門職スタッフがこうした救急患者の割当を采配すべきではないかと言う議論があり、実際に一部地域ではそうした制度を取り入れた場合もあったようですが、単純に受け入れ時間の長短がどうかと言うだけではなく、受け入れる病院側スタッフの満足度が高まったのか余計に悪化したのかと言った点についても調べて見ると面白そうですよね。

|

« 家庭内で発生したかなり斜め上なトラブル | トップページ | 教育にもコスパが問われそうな時代 »

心と体」カテゴリの記事

コメント

避難者と知事の意見交換会
(やまがた県)

震災や原発事故の影響で福島県や宮城県から避難している人と吉村知事との意見交換会が
山形市で開かれ、来年3月で打ち切られるいわゆる自主避難者への住宅の無償提供について
継続を求める要望などが出されました。

意見交換会は震災から11日で、5年となるのを前に県が開いたもので
福島・宮城両県から村山地方や庄内地方に避難している7人が参加しました。
意見交換は非公開で行われましたが、県によりますと福島県の避難指示区域以外から
自主的に避難している人からは来年3月に打ち切られる住宅の無償提供を
継続してほしいとの要望が出され、吉村知事は要望を国や福島県に伝えるとした上で、
県内への定住を支援しようとことし夏に初めて開く相談会などを紹介したということです。

また、別の避難者からは、県内に避難している人が減っていく現状に
孤立感を感じているという意見も出されました。

意見交換会のあと、福島県から山形市に避難している40代の女性は
「早いような長いような不安だらけの5年間でした。
私は福島県には戻る気はないので、住宅の無償提供について国と福島県が継続が無理であれば、
山形県が独自で支援してほしいです」
と話していました。

また吉村知事は、
「しっかりと1人1人の気持ちに寄り添ってできるかぎりの支援を行っていきたい」
と話していました。

03月10日 18時50分

投稿: | 2016年3月17日 (木) 07時15分

周りに迷惑かけちゃう人は受診おことわりですね。
今の職場は入り口に警備員が立ってて助かってます。

投稿: ぽん太 | 2016年3月17日 (木) 08時33分

モンスター高齢者の記事を読んでも、いつの時代も団塊世代は迷惑この上ない存在だったというのは
間違いないですね。
よくどうしようもないのは「一定割合」いるのだから、分母が大きくなればその数が増えるのは
仕方がないといわれます。
しかし実際は、
どの年代でもまともな人は「一定数」いて、分母が大きくなれば、それだけどうしようもない人数が増えるというのが正解だと思っています。
そう考えないと、団塊世代のひどさって言うのは説明がつかないですから。
なので、団塊世代がどんどん亡くなっていったあとの、次の団塊ジュニア世代がまた恐ろしいことになりそうです。

投稿: | 2016年3月17日 (木) 09時17分

今の団塊世代については戦後の権利意識の増大や高齢者政策など様々な要因が重複してああなったと感じているのですが、その次の世代がどうなるかについては興味あるところですね。

投稿: 管理人nobu | 2016年3月17日 (木) 10時31分

つきあうメリットがあると思えばつきあえばいい
そうでなければさっさと手を切るべき

投稿: | 2016年3月17日 (木) 14時28分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/519753/63351127

この記事へのトラックバック一覧です: 「わがまま」にどこまで付き合うべきなのかと言う難題:

« 家庭内で発生したかなり斜め上なトラブル | トップページ | 教育にもコスパが問われそうな時代 »