« 健康になろうとする努力は続かないらしい | トップページ | 何だか楽しそうな今どきの通信教育 »

2016年3月25日 (金)

救急病院に対する保険会社の損害賠償請求が棄却される

2005年に香川県内で発生した精神疾患入院歴のある患者による通り魔的殺人事件を巡って、先日2月末に加害者・被害者双方の家族による病院に対する損害賠償請求が控訴審でも退けられたと言う記事を紹介しましたが、一審当時から被害者のみならず加害者側家族からも「なぜ退院させた!」と病院を訴えた訴訟の行方に注目が集まったものです。
その同じ香川県でこれまた非常に注目すべき裁判が数年前から継続していたのですが、先日ちょうどその判決が出たと報じられていたことを紹介してみましょう。

【香川】保険料支払い訴訟:病院側に違反なし 地裁、会社請求棄却(2016年3月17日毎日新聞)

 香川大医学部付属病院(三木町)に救急搬送された女性を巡り、損害保険大手のAIU保険日本支社(現AIU損害保険、東京都千代田区)が「医療過誤により重度の後遺症が残り、多額の保険金を支払わされた」などとして同大に約1億7400万円の支払いを求めた訴訟の判決が16日、高松地裁であり、福田修久裁判長は「病院側に注意義務違反は認められない」として請求を棄却した。

 判決によると、女性は2003年9月、坂出市内での交通事故で同病院に運ばれて治療を受けたが、重度の四肢まひが残った。事故を起こした車にAIU保険の保険が掛けられていたため、同社が治療費など約3億5000万円を支払った

 裁判で、AIU保険側は「治療の際に頸椎(けいつい)保護のための固定を怠った」と主張したが、福田裁判長は「救急治療として蘇生や止血を優先すべきだった」として病院側の注意義務違反を認めなかった。

 判決について香川大は「本院の主張が認められた。今後も良質な医療サービスに万全を期したい」とコメントし、AIU損害保険は「判決内容を精査して今後の対応を決めたい」と話した。【待鳥航志】

ちなみに同種訴訟は他に類を見ない極めて珍しいもので、その後同種訴訟が頻発すると言う状況には幸いにもなっていないようなのですが、起こしたのが外資系の保険会社であり、ちょうど例のTPP云々が言われていた時期の話だっただけに注目され、アメリカ同様日本でも「患者の入っている保険会社によって、受け入れ可能かどうかの判断をせざるを得ないような状況になってくる」と言う懸念の声もあったようです。
特に今回の裁判に関しては特に保険会社がこの場合正しい治療としてはこう行われるべきであったと主張している点に留意いただきたいのですが、近年言われるところのJBM(司法判断に基づく医療)に加えて保険会社の判断に基づいての医療まで取り入れなければならないのだとすると、医療現場もまた一段と面倒なことにはなりそうですよね。
そもそも論として保険会社がこういう訴訟を起こせるのかどうか存じ上げなかったのですが、聞くところによるとAIUはこの訴訟で請求権代位の主張をされたそうで、一般的には例えば交通事故を起こした被保険者に代わって保険会社が相手に損害賠償を請求すると言った場合に使われる権利として知られているものです。
この請求代位権がどこまで及ぶかと言う範囲に関しては過去にもたびたび問題になっていて、特に第三者の不法行為が関係した場合に何度か最高裁まで争われている点が気になりますけれども、医療保険も昨今これだけ種類も多くなってきている中で、その気になれば幾らでも応用は利きそうな話には思えるだけに、今後同種訴訟がまた起こって来ないとも限りません。

この裁判のもう一つのポイントとして一般的な医療訴訟とは健康被害など直接的な被害を被った個人が損害賠償請求を起こしてきたわけですが、今回の場合民間の保険会社と言う一営利企業が裁判を起こしたもので、言ってみれば余計な保険金支出で商売上の業績が悪化すると言うことに対して損害賠償を求めていると言う点で少なからず方向性が異なって聞こえますよね。
医療訴訟の場合多くの原告側が「ただ真実を知りたい」と言われているようで、民事訴訟と言う場でそうした真相究明を求めることの意味合いはどうなのかと言う問題は抜きにしても、逆説的に言うならば仮に事実関係を知り満足出来れば裁判の結果はどうでもいいとも言えるかとも思うのですが、営利企業が訴えてくるとなればあくまでも幾らお金を取れるかと言う点だけが目的になってくるはずです。
またしばしば言われるように医療訴訟は原告勝訴率だとか訴訟コストだとか様々な障壁の存在がその発生率を抑制していると考えられていますが、顧問弁護士始め法的助言を与えるスタッフにも事欠かない大手企業が企業活動の一環としてこうした面でのコスト削減を推進するような時代になれば、これは医療現場にかつてない大きな影響を与えるようになる可能性がありそうです。

最近では過払い金訴訟などを専門に手がける法律事務所も少なくなく、特に司法制度改革で弁護士過剰が言われる時代にとにかく食っていく手段として今までに無い方向での営業努力を行っている弁護士さんも増えてきているようですが、考えてみれば医療訴訟と言うものもまだまだ大きな成長の余地が見込まれる分野ではあるわけです。
かつて医療訴訟が頻発し社会問題化していた時代に、「診察室から暗い顔をして出てきた患者に弁護士らしき人物が近寄って話しかけているのを見た」などと言う真贋定かならぬ噂話まで出回っていましたが、多くの医療現場でもかつてよりは医療訴訟対策が進んできているとは言えあくまで患者対策、家族対策が主体であり、言ってみれば訴えられないための個人的信頼関係構築をどうするかと言う文脈での対策が主体です。
結果的にこうした対策によって医療現場の接遇が改善されたり顧客満足度向上が果たされたと言う側面もあるにせよ、ここに企業や司法家の営利活動としての訴訟と言うリスクが加わってきた場合にどう対応すべきかは未だ何とも言えませんが、個人的予想としてはそれは現状で言うところのレセプト対策的なものに近くなっていくのかも知れないと思っています。

|

« 健康になろうとする努力は続かないらしい | トップページ | 何だか楽しそうな今どきの通信教育 »

心と体」カテゴリの記事

コメント

この裁判は病院が加入していた保険会社と事故で麻痺が残った患者が加入していた保険会社との争い、って感じなのでしょうか?
加入する保険によってこういうことが起こりやすかったり起こりにくかったりするというのも、あまり気持ちのいいものではありません。

投稿: クマ | 2016年3月25日 (金) 08時10分

誰かが言ってましたが保険会社同じだったらおもしろいですよね。
こういうのは車の事故みたく保険会社同士で示談すればいいんでしょうか。

投稿: ぽん太 | 2016年3月25日 (金) 08時38分

新聞社のソースは消えてしまっていてなんですが、2004年にすでにこのような事例がありました。

鹿児島市立病院の医療過誤で交通事故の被害者に後遺障害が残り、本来支払うべき金額以上の保険金を支払ったとして、損害保険会社が同市に2億円余りの損害賠償を求める訴えを起こし、同訴訟は13日、鹿児島地裁で判決が言い渡された。
高野裕裁判長は後遺症と医師の過失の因果関係を認め、同市に約1億1300万円の支払いを命じた。
訴えたのは、あいおい損害保険(本社東京)。
事故は1992年1月2日未明、隼人町の男性=当時(33)=が運転する乗用車が同町でコンクリート壁に激突。
助手席の横浜市緑区の男性=同(35)=が全身を打ち、内臓破裂などの重傷を負った。
http://saiban.sophy.link/2012/12/5452.html

投稿: | 2016年3月25日 (金) 09時48分

その鹿児島の件以降、私はトヨタ不買にしました。

投稿: 麻酔フリーター | 2016年3月25日 (金) 10時15分

保険で金銭的損失はないにも関わらず医師が民事訴訟化を忌避するのは、一つには自分の医療行為が正しくなかったのだと門外漢に否定されると言う不快感があるからだと思います。
その点で今後感情よりも金銭を動機とする企業による訴訟に慣れていくことによって、レセプトで切られてもさほど不快感を感じない程度には医師の感覚も変化していく可能性があるのかどうかも気になっています。

投稿: 管理人nobu | 2016年3月25日 (金) 12時33分

麻酔フリーター先生、自動車購入の参考にしたいので何故「鹿児島の件以降、私はトヨタ不買」となされたのか、差し支えなければ御教示いただけないでしょうか?
購入するなら国産車をとは思うのですが・・・。

投稿: 放置医 | 2016年3月25日 (金) 12時54分

あいおい損保はトヨタ資本が入っています。合併で薄まっていますが、今でも関係あります。自動車系列の損保会社が酔っ払い運転の運転手に金を払い、それを病院に求償したケースです。

投稿: | 2016年3月25日 (金) 13時14分

で、病院は損害賠償を保険で賄ったのでしょうか?

投稿: | 2016年3月25日 (金) 15時24分

レクサスとかゆうのはやめた。

投稿: 放置医 | 2016年3月28日 (月) 18時47分

ご教示どうもありがとうございました。お礼が後になり申し訳ありません。

投稿: 放置医 | 2016年3月28日 (月) 18時50分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/519753/63388608

この記事へのトラックバック一覧です: 救急病院に対する保険会社の損害賠償請求が棄却される:

« 健康になろうとする努力は続かないらしい | トップページ | 何だか楽しそうな今どきの通信教育 »