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2016年3月10日 (木)

医療紛争の下駄は医療側に預けられている?

またぞろ妙な判決だと言う声も少なくないようなのですが、本日まずは先日出ていましたこちらの記事を御覧いただきましょう。

紙おむつ異食、遺族と和解 都立病院で認知症女性死亡(2016年3月9日産経新聞)

 東京都立病院で認知症の女性=当時(76)=が、紙おむつを口にして死亡したのは病院の責任だとして、長女が都に約2500万円の損害賠償を求めた訴訟は、東京地裁(矢尾和子(やお・かずこ)裁判長)で8日までに和解が成立した。都が責任を認めて解決金を支払うなどの内容。和解は2月17日付。

 訴えによると、女性はアルツハイマー型認知症で2007年から世田谷区の病院に入院。たびたび紙おむつを口にし、10年3月に気道が詰まって低酸素脳症となり、15年1月死亡した。

 8日に記者会見した長女は「適切なケアがあれば母は穏やかに人生を歩めたはずだ。医療機関は改善に努めてほしい」と訴えた。都は「患者の個人情報に関わるのでコメントできない」とした。

小児と認知症老人が何でも口に入れてしまうとはよく聞く話で、とある施設入所中の寝たきり認知症高齢者などは胃瘻栄養で絶食中であったものが、とある夜に突然の呼吸困難で救急病院に搬送され今まさに気管内挿管をされようと喉頭展開をされたところ、何故か気管の入り口を塞ぐようにかまぼこの薄切りが張り付いていたと言い、一体どこでかまぼこを入手?したものか誰にも判らなかったそうです。
こうした場合にどのように対処していれば事故が防げたのかですが、医療の世界においても進歩的な方々の見解によって拘束等は行えない方向になってきていますから、この種の事故を起こす可能性のある方は最初から受け入れないように都立病院は改善に努めるべきなのかと言う話ですし、少なくとも紙おむつをはかせるなどと言うことは危険を放置したと言われかねないですよね。
いずれにしても今からこの種の事故が起こればいわゆる事故調マターとならざるを得ないわけで、院内調査なり第三者機関のレポートなりでこの事件からどう再発防止策が導き出されたものかと考えてしまうのですが、この医療事故調と言うものに関して、先日こんな講演があったそうです。

“事故調”の成否、「医療界の取り組み次第」(2016年2月29日医療維新)

 一橋大学大学院法学研究科教授の山本和彦氏は2月28日、大阪市内で開催された医療安全実践教育研究会主催の第3回学術集会で、「医療事故調査制度の創設の経緯、特徴、課題」と題して講演、昨年10月からスタートした医療事故調査制度は、「プロフェッションとしての医療者への期待に基づく制度」であることが大きな特徴であるとし、国民から広く信頼を集め、制度を機能させるためには、医療者が自立的、かつ「オール医療界」で取り組む重要性を強調した。

 山本氏は、法律家の立場から見ると、運輸関係の事故調査委員会や“消費者事故調”は、公的な組織で強制力を持って調査をするのに対し、医療事故調査制度は、院内調査が基本であり、第三者による調査も民間組織に委ねされているのが特徴だと指摘。2008年に厚生労働省が作成した医療事故調査制度の「大綱案」とも大きく違い、医療者がプロフェッションとして、医療界を挙げて調査に取り組む制度設計になっていると説明した。

 医療事故調査制度は、法律上、今年6月までに一定の検討を行い、必要な措置を講じることが求められている。山本氏は「この制度がうまく回っていくかどうかは、医療界全体にとって非常に重要。『不十分』と社会的に評価されてしまうと、何らかの見直しが必要という世論になり、今とは違う考え方に基づく制度になっていく可能性がある」と述べ、制度見直しの行方は医療界の取り組みにかかっているとした。

 山本氏は、2015年3月に取りまとめを行った、厚生労働省の「医療事故調査制度の施行に係る検討会」の座長を務めるなど、医療事故調査制度の創設に長年かかわってきた(『医療安全の“ボール”は医療界に』などを参照)。同制度の創設に向けた経緯や制度の仕組みなどについて、同検討会の座長としての思いにも触れながら、約50分にわたり講演した。その概要は以下の通り。
(略)
 医療事故について、医療界では免責を求める声が強いことは理解しているが、日本では、他の事故調査制度を含め、免責制度を持っていない。海外では、免責をして事故調査を円滑に進める政策判断もある。医療に限らず、各種の事故調査制度全体を見て、横串を刺して考えていくことが必要。正面から本格的に取り組むべき課題だと考えている。そのほか、紛争の予防の問題や21条の取り扱いなどの問題もある。

 長年、医療事故調査制度の議論に携わり、医療界と、法律界が相互に理解をし合うことは、なかなか難しいと思っている。無用な相互不信を感じることもあった。そのようなものを克服して、相互に理解を深めていくことこそが、良い制度に発展させていくためにも必要ではないか。

この講演の最後に出ている「医療界と、法律界が相互に理解をし合うことは、なかなか難しい」「無用な相互不信を感じることもあった」と言う文言に注目いただきたいと思いますが、医療訴訟乱発からいわゆるJBMと言う言葉が一般化した時代から、長年の事故調制度設計に関する議論を通じて最終的に「医療と司法とでは根本的にものの考え方が異なる」と言う点に関してだけは相互理解が進んだように思いますね。
その上で法律家のものの考え方と言うものをうかがうことが出来る内容だと思うのですが、基本的に言ってることはいわゆる「誠意を見せろ」と言うことであって、何をどうすれば十分だと客観的な指標を提示しないのですから、医療業界が何をやろうが誠意なり努力なりが足りないと言い張ることが出来る理屈ですよね。
こうしたやり方は一部の業界の方々が得意とするところだそうで、自動車事故なども警察を呼ばずに示談にしましょう、などと言い出す相手には要注意だと言いますが、事故調そのものはあくまでも再発防止のための制度なのですから、国民がどう受け止めようが再発防止として機能するならそれで十分だと言う考え方も出来る理屈です。

逆に言えばこの制度により再発防止策が十分に取られるようになり医療安全向上が進んだにも関わらず、国民満足度が向上しない場合に制度として成功なのか失敗なのか難しいところだと思いますが、こうした場合にしばしば見られる興味深い逆説として安全性が向上するほど事故に対して厳しい視線が注がれるようになりがちだと言うことがあると思いますね。
すなわち日常的に多くの事故が発生し、それが当たり前だと受け取られているうちは事故が起こっても大きな不満は抱かず「まあ仕方ない、運が悪かった」と受け入れられるが、一定程度以下にまで事故頻度が下がると「何かミスをしたから事故が起こったに違いない」と考えられるようになり、安全性向上の努力が実を結んだ結果かえって紛争化するケースが増えると言うことがまま見受けられます。
この代表的な事例としてわずか半世紀ほどの間に事故率が100分の一ほどにも急降下した結果、万一の場合の事故を巡って医療訴訟が頻発しついには産科崩壊とまで言われるようになった周産期医療が上げられると思いますが、医療事故調発足が結局医療紛争を回避することにつながるのかどうかは未知数であるとしか言えず、医療側としてもその行方を慎重に見守り逐次必要な対策を講じてことが重要だと思いますね。

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心と体」カテゴリの記事

コメント

何度も食べてたの放置したらいかんでしょ

投稿: | 2016年3月10日 (木) 07時45分

この場合メーカーさんは訴えられないのかなと。

投稿: ぽん太 | 2016年3月10日 (木) 08時18分

>何度も食べてたの放置したらいかんでしょ

>適切なケアがあれば母は穏やかに人生を歩めたはず

つまりは、24時間何も手で掴めないようにがっちり拘束して、体も動けないような適切なケアがあれば、穏やかな人生ということですね。裁判所や一般の人の人生観、よくわかります。

投稿: おちゃ | 2016年3月10日 (木) 08時54分

>医療機関は改善に努めてほしい

と言って、和解金をせびるところが、遺族の筋がわかりそう。
現時点じゃアルツハイマー型認知症が治るなんてないし、相当進んでいるなら
遺族としては、早く手が離れた上にお金ももらえて「良いおばあちゃん」
なのでしょうね。

投稿: | 2016年3月10日 (木) 08時58分

>医療界と、法律界が相互に理解をし合うことは、なかなか難しい

そもそも、世の中一般の人たちも法律界を理解できない。

投稿: | 2016年3月10日 (木) 09時09分

医師と法律家どっちが社会的信用を得てるかってことで

投稿: | 2016年3月10日 (木) 09時51分

医療業界では年々患者対応が進んでいますが、法律の世界では未だに百年以上前の用語が当たり前に使われ続けていることに、当事者は問題意識を抱かないものなのかと言う疑問は感じます。

投稿: 管理人nobu | 2016年3月10日 (木) 10時11分

鉄道航空事故調査委員会の調査で免責制度が無いことが国内や諸外国の関係者からどれだけ批判されているか知っててこの発言なのでしょうか?

投稿: クマ | 2016年3月10日 (木) 13時39分

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