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2016年3月

2016年3月31日 (木)

不妊治療の技術的進歩と倫理的掣肘のせめぎ合い

不妊治療の進歩は留まるところを知りませんが、その限界を決めているのは単純に技術的な進歩だけではないと言う一つの実例として先日こんな記事が出ていました。

3組目の夫婦に卵子提供 神戸のNPO法人が第三者から 受精卵作って子宮に移植へ(2016年3月29日産経新聞)

 民間団体による国内初の卵子バンクを運営するNPO法人「卵子提供登録支援団体(OD-NET)」(神戸市)は28日、早発閉経の患者夫婦に対し、第三者から卵子提供を行ったことを明らかにした。同団体の卵子提供は3組目。

 同団体によると、提供を受けたのは30代の女性。若いうちに卵巣機能が低下し、月経がなくなる早発閉経だった。出産は可能で、夫の精子と合わせて受精卵を作製し、感染症がないことを確認したうえで女性の子宮に移植する。

 生殖補助医療に関する法制度が整備されていない中、病気や高齢を理由に卵子提供を求めて海外へ渡航する人が後を絶たない。このため同団体では、病気で卵子がない40歳未満の既婚女性に限り、匿名の第三者による卵子提供を無償で行っている

 現在8組が提供に向けてカウンセリングや倫理委員会の承認を受けるなどの手続きを進めている。同団体の岸本佐智子代表は「早急な法整備を求め引き続き訴えていく」と話した。

しかしいわゆる精子バンクと言うものが大昔から機能しているのに対して卵子バンクと言うものはあまり聞きませんでしたが、このあたり進歩的な方々は性差別だともっと声を大きくして叫んでもおかしくないと思うのですがどうなんでしょうね?
それはさておき、社会的な理由以外に医学的な理由付けとして卵子提供による妊娠はリスクが大きくなると言う事実があって、それは半分他人由来の通常の妊娠でも様々なトラブルがあるのですから、全くの他人由来の受精卵を体に入れれば何かと問題も起ころうとは想像出来ますよね。
ただそうは言っても海外に渡航しての卵子提供を受ける方々も増えていることもあり、ちょうど昨年に民間卵子バンクが日本でも誕生したと言うニュースが出ていましたが、実際にはすでに相当以前からインターネットなどで検索すれば幾らでも卵子提供をうたうサイトは存在していて、団体としての成立よりもその運用がどうあるべきかと言う部分の議論が行われてきたわけです。
生殖医療に関わる様々な議論と同様、これまた人によって考え方が異なるのですから容易に結論が出るとは思いませんが、実際問題として海外では広く行われていることを国内でだけ禁止すると言うのは非常に難しい時代になっているのですから、行為自体を禁止すると言う方向では時代に合わなくなってきているとは言えるのでしょうね。
卵子提供なども母胎が何歳まで可とするべきか等々様々な課題もあるのでしょうが、先日は技術的な進歩によって不妊治療に大きな成果を上げた結果、新たな社会的議論を呼んでいると言うこんな記事が出ていました。

受精卵検査で妊娠率70% 新技術導入、神戸・大谷レディスクリニック 「命の選別」との批判も(2016年3月28日産経新聞)

 不妊治療専門の産婦人科医院「大谷レディスクリニック」(神戸市)は28日、受精卵にある全染色体の数の異常を調べ、正常な受精卵を選び出産につなげる「着床前スクリーニング」(受精卵検査)に新技術を導入した結果、妊娠率が70・8%になったと明らかにした。
 日本産科婦人科学会(日産婦)は指針で、重い遺伝病と、染色体の特定の形の異常による習慣流産に限り、受精卵の「着床前診断」を認めているが、今回のケースは指針の対象外。「命の選別」につながるとの批判もある

 同クリニックが導入したのは、大量の遺伝情報を高速で読み取れる「次世代シーケンサー」。染色体の異常発見精度が向上し、従来の技術であった見落としがほぼなくなったという。
 今年1月の導入から3月上旬までで72件(平均年齢39・9歳)の検査を実施し、うち51件で妊娠を確認した。検査を受けなかった166件(同37・1歳)の妊娠率は48・8%だった。
 一方、昨年6~12月に従来の技術で検査した239件の妊娠率は63・2%だった。

 大谷徹郎院長は「体外受精を受け、着床しやすい受精卵を選ぶことで女性の流産率が下がり、負担が著しく減る。妊娠率が上がる点もメリット。高齢の方が流産で何カ月も貴重な妊活の時間を失う可能性も下がる」と話し、「命の選別には当たらない」と主張した。

記事を見る限りではなかなかに興味深い技術だと思いますし、院長先生も言っているように平均年齢40歳と言う後がない年代で成功率がこれだけ上がると言う意味は非常に大きく、これに対して赤の他人が反対されるとなると当事者の方々にしてみれば余計なお世話とひと言言いたくもなるのではないかなと言う気がします。
まあしかし表向きはランダムに選びましたと言いつつ実はこうした術前診断をしていたと言うことはこれまでもあったのかも知れずですし、不妊治療と言うことを抜きにして一般的な治療として考えるとより成功率を高めるために事前に選別を行っておくと言うことは当たり前にあることですから、何故不妊治療においてのみ問題視されるのか?と言う議論はあるでしょうね。
これに対して一つの反対論の根拠としては子供は親の一部ではなくあくまで別の生命だからと言う答えが挙がるかと思いますが、法的に日本では受精卵は人扱いされていないですし、今後技術がさらに進歩して例えば未受精の段階でこうした検査が出来ると言うことになると、世界中どこに言っても配偶子の段階で人間とはみなされてはいないだろうと言う話になってくるかも知れません。

こうした問題を取り上げる際には命の選別云々と言う批判はお約束のように出てきますが、当事者ではなく赤の他人が口に出すことではないだろうと言う疑問も当然ながらあって、特に技術的に子供を持てなかった方々が持てるようになってきたと言う大きな福音を前にして、それは倫理的ではないから許されないと言われてもやはり欲しい人は欲しいだろうし、そのために外国にだって行くはずですよね。
先日は内閣府の生命倫理専門調査会で、受精卵に対してのゲノム編集を基礎研究目的なら容認すると言う方針が打ち出されたと報じられたところですが、すでに昨年末に主要国の科学者が同様の方針を声明として発表していて、日本だけ禁止と言うことになれば単純に技術的進歩に取り残され将来の多大な経済的損失にもつながりかねないと言う危機感もあったはずですが、これまた実臨床でこそ使いでのありそうな技術です。
ただ一方で技術が進歩してもその臨床応用に対しては各方面から反対論も根強いことは確かで、得られる巨大な利益に対して倫理という曖昧な基準でどこまで掣肘出来るのか微妙なところだと思いますが、どうしても子供が欲しいと言う個人が集まって受精卵を選別したり、妊娠出産の障害となる要素を取り除いたりしてでも産みたいのだと主張し始めた時に、保守的な人々や進歩的な方々がどう言う態度を取るのかです。

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2016年3月30日 (水)

この時期ありがちなトラブルとは言え

やや規模が壮大であったかと話題になっているのがこちらのニュースです。

花見で横浜の公園半分以上を5日間「場所取り」 ネットで非難殺到して「謝罪」「撤退」した大企業(2016年3月29日J-CASTニュース)

   お花見シーズンが本番を迎えた横浜市で、プラント建設大手「日揮」の横浜本社が、掃部山(かもんやま)公園(横浜市西区)の「半分以上」ものスペースを花見目的で「場所取り」して、インターネットに非難が殺到した。
   同社は2016年3月29日、J-CASTニュースの取材に、場所取りのため使用していたブルーシートを撤去するよう関係社員に命じたと明かした。

公園管理者は「非常識」と注意

   掃部山公園における同社の場所取りは、3月28日頃からツイッターで話題となった。あるユーザーが「お花見会場 OHANAMI SITE 日揮株式会社 JGC CORPORATION」と書かれたブルーシートの写真を投稿し、「エグイ場所取りをしとる」と報告。すぐさま拡散した。これに対し、

    「やっちゃ駄目な類なミス」
    「何様のつもりだ」

と非難が相次いだ。その後、写真は掲示板サイトやまとめサイトにも転載され、ちょっとした「炎上」状態となった。
   同社広報IR部の担当者によると、花見は社としてではなく、社員が自主的にやっているものとしたうえで、「占拠」場所は「公園のスペースの半分以上」で、「占拠」期間は28日から4月1日までの5日間。「占拠」時間はまばらだが、日によっては10時間以上に設定されていた。

    「現在のところ抗議の電話等は寄せられていないが、ツイッターを見て事態を把握しました」

という。

   公園を管理する横浜市西土木事務所はどのように認識しているのか。事務所担当者は取材に対し、日揮から広範囲の場所取りに関する事前の相談は「特になかった」が、このところ、日揮の場所取りを巡回中にたびたび注意していたと明かす。そのうえで、花見の場所取りは通例だと申請不要だが、公園の「半分以上」を「占拠」するのは「非常識」だと話した。
   一方、同社は「一応、土木事務所に相談していたと聞いていたが...」と言葉を濁している。

   取材の最後に同社担当者は

    「(『占拠』行為は)あまりに非常識だと判断し、ブルーシートの撤去を命じました。ご迷惑をお掛けしたことを深くお詫びします」

と謝罪している。

状況はこちらの記事にやや詳しいようで、このご時世にこうしてネタを提供してくれるのですからありがたい話ではあるのですが、しかしこれだけ広大なスペースを占有して全て利用すると言うわけでもないらしいのですから、幾ら何でも過剰な場所取りだと批判される余地はあるのでしょうね。
ただ程度の差こそあれこうした花見の場所取りをしたことがないと言う会社の方がむしろ少ないのではないかと思いますが、一般的には宴会なり会合なりで集まる場合にはしかるべき手続きを踏んで場所を抑えるための予約を入れるものですけれども、公共スペースで行われることの多い花見に関しては予約のしようもないだけにこうしたことが半ば慣習として許容されてきたと言えるのでしょう。
そうした点からすると公園なり場所の管理者がきちんとスペースを区分し予約制にすればよさそうなものですし、実際にそうした運用をしている土地もあるようなんですが、本来誰にでも随時開放されていてしかるべき公共スペースを閉鎖されるとなるとまたぞろクレームの入る余地はありそうで、この点で管理者としても悩ましいところではあるのでしょう。

毎年マイナートラブルも含めれば全国各地でほぼ必発のこの花見を巡るトラブルですが、近年では外国人旅行者の間でも花見というイベントが人気なのだそうで、当然ながら日本人同士なら持っていただろう「阿吽の呼吸」を共有することが出来ず困ったことになってしまうと言う場面も見られるようです。
法的には幾つか禁止事項とされるものがあるそうで、自治体等の定める条例にもよりますが金銭を支払い場所取りを依頼するだとか数日前から広大な場所を占有すると言った行為は条例違反に問われる場合もあるそうですし、当然ながらある場所では許容されていた行為でも別な場所ではNGと言うこともありますから、大人数で公的なイベントとして行う花見であれば事前に管理者にも相談するのが無難なのでしょう。
そうは言ってもどこからが駄目でどこまでが許容範囲内なのかと言う明確な線引きは事実上困難なのだろうし、だからこそ毎年トラブルが頻発しているとも言えるのでしょうが、少なくとも楽しんだ後はきちんと後始末くらいはして帰ると言うのは最大公約数的なマナーと言うことになるのでしょうね。
ちなみに個人的には花見の席でさほど大きな失敗はしてきていないつもりなのですが、傍目にはどう見えていたのかは誰にも判らないと言うもので、皆さんも何かしら壮大な失敗をされたことがあるでしょうかね?

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2016年3月29日 (火)

東大医学部も入試に面接を導入、するのはいいのですが

東大理3と言えば医学部と言わずあらゆる学部のうちでも最高峰の難関として知られていますが、その難関でこんな話が出ていると言います。

東大、理3に面接導入へ 医師の資質、多面的に判断(2016年3月10日産経新聞)

 東大は10日、2018年2月に実施する理科3類の前期日程2次試験から面接を導入すると発表した。医師になるのにふさわしい資質のある学生を、学力だけでなく多面的に選抜するのが狙い。

 東大によると、理科3類への入学は実質的に医学部進学につながるため、入学時に学生の資質をみる必要があるとしている。今夏までに具体的な面接方法を決める予定。

 東大理科3類は、大学入試の中でも最難関とされる。

学生の資質をみる必要があると言うのであれば何故今頃になってこんなことを言い出したのかと言う素朴な疑問も抱くところなんですが、実際にこの面接と言うものが医師の資質を問うと言う名目で各地の医学部に導入されたはいいものの、それによって合否を決めると言うことに対してもこれまた各種トラブルが発生していると言いますから難しいものですよね。
企業入社試験などは面接方式が主体になっていますが、それによる弊害なども様々に言われていることを考えると学生が単純に数字だけで結果を客観的、公平に判断されるペーパーテスト主体での入試にも一定の合理性はあったのだと思いますし、医師という職業に関して言うと丸暗記など特定の能力に偏っている人間が高い点を取りやすいセンター試験と言うものが、案外医師として適正の判断に有用だったと言う意見もあります。
もちろん現行の日本の医学部教育ではただペーパーテストの点数だけがいい人を入学後に進級や卒業の段階で食い止めるのは実際問題難しいので、あまりにアレな人物は入試の段階で切る方が現場にとってもありがたいのではないかと思いますが、アメリカなどではさらに一歩も二歩も進んでいてこんな話も出ているようです。

米ハーバード大、入試から学力テスト“追放”へ(2016年3月11日日経ビジネス)

 今年1月下旬、米メディアの報道が世界的な株安や米大統領選に集中する中で、とあるニュースに目がとまった。世界最高峰の大学の一つ、米ハーバード大が入試制度を抜本的に改革するという。報道によれば、当たり前のように実施されている学力試験を、必須ではなく選択制にするのだとか。あのハーバード大が学力試験をやめる――というニュースは、米国民に驚きを持って迎えられた。
 日本でも「ゆとり教育」という名の下に、過度な成績至上主義からの脱却を図る動きが起きたが、学力低下を背景に学習指導要領は段階的に揺り戻し改正が行われている。なぜハーバード大学は入試制度の改革に乗り出したのか。改革の先頭に立つ同大学大学院のリチャード・ワイスボード専任講師に話を聞いた。
(略)
リチャード・ワイスボード氏(以下、ワイスボード):これまで大学の入試制度は学力テストの成績が判断基準の中心になっていたが、今後はそれ以外、例えば地域や家庭における活動も同等の判断基準にしていきたいと考えている。
(略)
ハーバード大学が学力試験を完全に選択制にするかのように報道されているが、実際は学部や学科によって選択制にしていきたいということであって、すべての学部で選択制にするわけではない。理系などはやはり学力試験が必要だろう。
(略)
ワイスボード:どのようなコミュニティに参加して何をしたのか、エッセイを出してもらう。その際に、その学生を受け入れたコミュニティの責任者にも、リポートを書いてもらうつもりだ。双方向の声で評価したいと考えている。
 家庭での貢献も同様にレポート形式を取る。放課後に習い事や塾に通うことは悪いことではないが、そういうことができる環境にない学生の放課後の苦労も評価すべき。その方が平等だろう。
 嘘の報告もあり得るが、入試審査を手がけている執行部は、本当に取り組んだ内容を書いているレポートと、周囲の大人に指導されて書いたレポートは見分けがつくと語っている。
(略)
ワイスボード:2013~14年にかけて、我々の研究チームは全米33の中学、高校を選び、そこに通う中高生を対象に学校と教育における価値観についてアンケート調査を実施した。人数は延べ1万人で、この国のあらゆる人種、カルチャーを網羅している。
 その結果は驚くべきもので、およそ8割の学生が自分の人生で価値あることは成功を収めることだと述べ、助け合いの精神や平等の精神を自己実現よりも高く評価した学生は2割ほどしかいなかった。「自分が幸せと感じない人生には何の意味もない。まず自分の人生を満ち足りたものにしてから他人の幸せにも力を注ぐ」というようなコメントを添えた学生も何人もいたうえに、30%の中高生が、かつていじめの被害に遭ったことがあると答えた。
 結果を深刻に捉えた我々は、複数の大学の入試審査執行部、人格教育のエキスパート、カウンセラー、高校の教員たちを集め、この結果についてディスカッションを繰り返し、自分たちの所属する大学にレポートを提出した。今回の入試システム改正の動きは、このアンケート結果に端を発している。
(略)
ワイスボード:我々の調査では、学生の親の81%が他人への気遣いや人助けの重要性を家で子供に語っている。一方で、学生たちに「親があなた方に望んでいるものは何か」と聞いたところ、「他者への思いやり」と答えた学生は19%、「幸せになること」が21%、「よい成績」が54%だった。
ワイスボード:学生ばかりではない。同時期に300の中学と高校の教師に対して実施したアンケート調査では、「親は子供の何を最も評価しているか」という質問に対して、8割の教師が学校の成績と答えている。親は子供が価値観を形作るうえで極めて重要な存在。本音と建て前が一致していないことは、子供の人格形成に決定的な影響を与える。誰も自分が問題の一端であると自覚していない。
(略)
ワイスボード:私は3人の子供の父親だ。3人とも大学受験を経験したが、私の子供を含め多くの受験生が口にしているのは、あまりにも入試がスコア重視で、精神的なバランスや倫理的な側面を無視しているということだ。
(略)
 他人のことを自分の責任のように感じて気遣う気持ちを持つ子供ほど、大人になり社会的に自己実現を果たし、なおかつ精神的にも満たされるというデータがある。今回の改革を通して、知的で共生的、健康的な社会を作りあげることのできる大人を育てたい。

話だけを聞いていますと何やらどこかの国のゆとり教育などにも通じるようなものばかりで、果たしてこの入試改革の結果がどうなるのかと言うことを生暖かく見守っていきたいと考えますが、アメリカの大学の場合はそもそも入試よりもその後の学生生活でどれほど努力したかで評価されるだけに、入試で全力を使い果たしてしまう日本の大学とは同列には比べられないと言う意見もあるでしょう。
他方で日本の大学諸学部の中で今現在最も入試後の教育に注力しているのが医学部であるとも言え、この点でこと医学部に関しては諸外国並みのやり方も大いに参考になるのかとも思うのですが、興味深いことに今回の教育改革を行ったハーバード大においても理系においてはやはり学力試験は必要だろうと認識されているとも言え、なんだ結局ペーパーテストは必要なんじゃないかですよね。
ただハーバードで入試の方法が変わったからと言って学生の精神や考え方にどの程度の変化があるのかで、例えば東大が入試改革をしたとしても大多数の学生は東大先願と言うわけではなく他大学も視野において受験対策を進めているはずですから、幾ら「東大入試ではアルバイトの経験が重視されるんだ」と言っても高校生以下がそろって受験勉強よりアルバイトを優先するようになるとはちょっと思えないでしょう。

医学部入試に関して言えば、そもそも医師として資質があるかどうかを誰が判定するのか、大学に籠もって浮世離れした日々を送り日々研究に勤しんでいる先生方が正しい医師のあり方を判断できるのかと言った声もありますけれども、それ以前に誰しも気になるのは数字としてはっきり結果が出るペーパーテストと異なって、面接の点数などひどく恣意的で客観性に乏しいのではないか?と言うことですよね。
この点で興味深いのが近年こうしたペーパーテスト以外の選抜方法として推薦入試や地域枠など様々なやり方も模索されていますが、推薦入試で入った学生よりも一般入試で入った学生の方が就職内定率が高かったと言う調査結果もあって、推薦入試組と言えば面接慣れしているし人物もしっかりしたものだろうに点数評価主体の一般入試組より企業面接に失敗しやすいと考えると、何とも面白い現象ですよね。
一方で入試で学力を厳密に問わないと学生のレベルが下がるのでは、と言う懸念はありますが、先日全国医学部長病院長会議で示されたデータでは地域枠学生の国試合格率は一般学生と同等であったそうで、選抜方式だけでその後の学生としての価値が決まるのではないとも言えるだけに、何をどう判断するにせよ入試と言う一発勝負だけで学生の全体像を把握するのはそもそも難しいのだろうとは思います。
医師として何が重要な資質なのかと言う点に関しても諸説あり、いわゆる地頭の良さを第一に求めるべきだと言う意見もあれば、切れ味はなくともコツコツ地道に努力出来る人がいいと言う意見もあり難しいところですが、これだけ入試の方法も多様化してきているわけですから、医学部に限らずどんな選抜方法で入学したかによってその後どんな社会人になったのかを調べ比較して見ると面白いんじゃないでしょうかね。

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2016年3月28日 (月)

長時間労働規制強化には医師も含まれる?

労基署もちゃんと仕事をしていると言うことなのでしょうか、先日こんな記事が出ていました。

労基署が異例の逮捕=賃金未払いの社長ら―岐阜(2016年3月22日時事通信)

 中国人技能実習生に賃金を適切に支払わず、労基署の調査も妨害したとして、岐阜労働基準監督署は22日、最低賃金法と労働基準法違反容疑で、縫製会社社長粟谷浩司(50)=岐阜県笠松町米野=、技能実習生受け入れ事務コンサルタント伊藤智文(50)=岐阜市中=両容疑者を逮捕した。

 同署によると、労基署が容疑者を逮捕するのは異例

 逮捕容疑は、2014年12月~15年8月、中国人技能実習生の女性4人に最低賃金計約165万円と時間外手当計約310万円を支払わなかった上、虚偽の賃金台帳を提出するなど労基署の調査を妨害した疑い。 

まあ逮捕に至った理由としては「労基署の調査を妨害」云々の部分が大きかったのでしょうが、それにしても逮捕容疑の通りであれば全く同情の余地がないと言うのでしょうか、どこからどう見てもブラックと言うしかありませんけれども、程度の差こそあれこうした法令違反の事業所は全国どこにでも少なからずあるのだと思います。
近年ではこのブラック企業問題が各方面で盛んに言われるようになっていて、ひとたびそこに入り込んでしまうと徹底的に搾取されるのだそうですが、こうしたものは当事者がきちんと声を出さないとなかなか取り締まりも追いつかないですから、おかしいと思えばまずは相談と言うことも必要なのでしょうね。
一方で昔からブラック業界として知られるのが医師の世界ですが、久しく以前にはそもそも自分達がブラック業界の住民であると気がついていなかったものが、ネット上などで他業界の人と当たり前に話が出来るようになりようやく異状性に気がついたとも言い、ちょうどいわゆる逃散だとか医療崩壊だとか言う現象が顕在化し始めたのがネットの普及した時期と重なっていると言うのは偶然ではなさそうです。
当然ながらブラックな労働慣行は本来的に法の許容するものではないのですが、かつては労基署に相談の電話をしても医師と判れば切られるなどと言う都市伝説?もあったほどですから、こうなりますと一般社会ではどうなのかと言うことを医師自身がしっかり承知していなければ仕方が無いと言う話で、先日出ていたこういう記事を紹介してみましょう。

長時間労働の規制強化へ(2016年3月23日共同通信)

 政府は23日、労働基準法で定められた週40時間を超えて働く人の時間外労働(残業)に関し、規制を強化する検討に入った。例外として長時間の残業を容認している「特別条項」に上限を設ける案が浮上している。

 労基法では、残業が一定時間を超える場合、この制度を使って例外的に労使で独自に上限を決めることができるが、国が定める上限はなく、無制限な働き方を助長しているとの批判がある。政府は「1億総活躍社会」の柱として働き方改革を進める方針だ。

 長時間労働への歯止めが期待できる一方、経済界は企業活動に影響を与えるとして猛反発するのは必至で実現には曲折が予想される。

この記事、いわゆる「三六協定」の特例として認められている月45時間以上の残業を認める特別条項のことを言っているのだと思うのですが、本来的には労使間で交渉をして協定を結んだ場合に行われる特別な労働であると言う位置づけをされているはずが、実際には会社の言いなりに際限なく時間外労働をするための言い訳のように使われているのが現状ですよね。
企業側としては確実な労働力を手軽に確保出来ると言うメリットがあり、当然ながら各方面から反対の声も根強いだろうと思うのですが、本来的にそこまでの残業が必要なほど人手不足であれば単純に労働者不足なのですから、社員を増やすなり労働力を増強する手段を講じる必要があるはずです。
これに対する言い訳として「そうは言っても必要な技能を備えた労働者はそう簡単には確保出来ない」と言うものがあり、特に医療業界のように国家資格を必要とする専門職の世界でそれが顕著であるわけですが、そもそも全国の医師の中でこの三六協定なるものの存在を知っていて、なおかつ労使協議の果てにそれに合意したと言う人がどれだけいるものなのでしょうね?

医師ユニオンの調査によれば全国の病院で三六協定の締結・開示は7割に留まったと言い、しかもその内容として1ヶ月の時間外の延長が45時間以下のものは54%と半数に過ぎず、「過労死ライン」と呼ばれる月80時間以上の時間外労働を定めた協定が15%あり、「特に東京の都立病院では全て120時間となっていた」と言い、中には月200時間の時間外労働を定めた施設もあったと言います。
こうした話を聞くと医師は管理職であり、あくまで自主的に自分が捌ける範囲で仕事をしているのだと言う意見も出るのですが、どこの職場であっても労働時間をコントロールするために例えば顧客数を調節すると言った方法を採れる管理職がどれだけいるのか、それを実際にやった場合きちんと被雇用者としての地位は保全されるのかと言うことを考えた場合、あまり意味のある話だとも思えませんよね。
将来的には医師が十分に充足してくれば過労は次第に改善するはずだと言う考え方もありますが、医師が増えれば新たな需要が喚起されそれだけ仕事も増えると言う話もあり、そもそも病院と言う場所には常に医師が常駐している必要があると法的に定められている以上、特に医師数の少ない小病院ではどうしても当直等でこうした上限を超えてしまうことになってしまいそうです。
今回新たに明確な時間外労働の上限が定められたとして、その場合医師にだけは特例として上限超えを認めるのか、それとも医師も例外なく上限の範囲内でのみ労働を認めるのかが問題ですが、厚労省の労の側の事情で進められている話によって厚の方にも大きな影響の出そうな話であり、省内でどのような摺り合わせが行われていくのかと考えても興味深い話ですよね。

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2016年3月27日 (日)

今日のぐり:「焼肉大福」

ちょっと信じがたい話と言うのはあるものですが、こういう記事を御覧になりましたでしょうか。

エイリアンに誘拐された男性の予言(2016年2月22日まいじつ)

エイリアンに誘拐された男性がそのエイリアンから教えられた予言を公開した。
アイルランドの元大工、ジェリー・バトルズ氏(61)はアブダクティー(エイリアンに誘拐された人)だと主張している。

ジェリー氏は2001年12月26日、エイリアンと遭遇し、地球滅亡を伝えられた。パブからの帰り道で、家まであと数分の場所で白い光に照らされたという。
「コーンヘッドのエイリアンが私に向かってきて、目が合った瞬間にマヒさせられました。気づいたら宇宙船の中にいました。他にも40人ほどがいて、みんな彫像のように直立不動でした。年齢はバラバラですが、全員男でした。隣に立っていた男は刑事コロンボのようなトレンチコートにボギーハットでした。みんなと同様に私も体が麻痺して動けず、目をちょっと動かすことができただけなので、あまり見渡すことはできませんでした」
次の瞬間、ジェリー氏らは、巨大な展望デッキのような場所に移動し地球を眺めることになった。そこにはエイリアンもいた。
「エイリアンの身長や手足の様子は覚えていないんですが、コーンヘッドで大きな漆黒の目だったことは覚えています。白目はなく、黒目だけで、まるで鏡のようでした」
そしてエイリアンはテレパシーで「他の人間と違って、あなたは私を恐れていないですね」と話し掛けてきたという。さらに「どこに行きたいですか?」と聞かれ、ジェリー氏が「北極」と思った瞬間、そこにいた全員がまさに北極にいたという。
エイリアンは「人類はこのままだと恐竜が滅亡したように、巨大隕石の衝突で絶滅してしまうよ」などとアドバイスしてきたそうだ。

エイリアンからの多くのアドバイスを知識としてたくわえたジェリー氏は、人類の今後についてこう明かす。
「人類はこれまで長い道のりを歩んできましたが、ついにタイムオーバーです。850年後、マンスター(アイルランドの地方名。面積約2万4000平方km)ぐらいの小惑星が地球を抹消するでしょう。このエイリアンの文明は人類よりも400万光年も先んじています」(ジェリー氏)
他にもエイリアンは「この1000年、人類を観察してきました。人類というのは戦争と嘘の二つの部分しか進化していません。人類はフォースを使いなさい。フォースと一つになりなさい。フォースを使いこなしなさい」とアドバイス。さらに「政府と銀行を信用してはいけません。嘘しかついていません」という説教もあったという。
最後にジェリー氏は「私のことを頭のおかしい男と笑う人もいます。しかし、真実はそこにあるのです」と語った。

まあどのように考えるかは人それぞれなんですが、人類がフォースを使いこなせるようになることと巨大隕石の衝突との間にどのような関係があるのか、どうも今ひとつぴんとこないのがさすが四百万光年の差なのでしょう。
本日はジェリー氏の素晴らしい経験に敬意を表して、世界中からちょっと眉に唾をつけたくなるようなびっくりする記事を紹介してみることにしましょう。

真夏の夜の怖すぎる女子大生「感動話」 亡くなったはずの恋人からLINEが来て... (2015年7月30日J-CASTニュース)

   数か月前に交通事故で亡くなった恋人からなぜかLINEメッセージが送られてきた――そんな不思議な話が話題を呼んでいる。
   明かしたのは、20歳の女子大学生。「感動しました」「怖い」と寄せられた感想はさまざまだ。管理者不在のアカウントが勝手に人のメッセージを見たり、メッセージを送ったりする不思議な「現象」について、LINEは「そのような仕様はない」としている。

「自分に伝えたいこといっぱいあるのが伝わってくる!」

   女子大学生のツイートによると、事故が起こったのはゴールデンウィーク真っただ中の2015年5月3日。恋人の男子大学生と、神戸観光を楽しんだ帰りだった。事故は当時のマスコミ報道でも伝えられている。それらをまとめると3日午後10時ごろ、京都市伏見区の名神高速道路上り線を走っていた男子大学生の運転する車がガードレールに衝突。男子大学生は搬送先の病院で死亡、助手席に乗っていた女子大学生も足を骨折する重傷を負った。
   女子大学生は、3日以降止めていたツイートを8日に再開。恋人が交通事故で亡くなり、自分も京都市内の病院へ入院したとフォロワーに報告した。同時に恋人と撮影したという最後の写真も投稿している。

   自身のLINEアカウントで「不思議な出来事」が起こったのは、その数週間後。29日に「事故以降、恋人のアカウントに毎日送り続けていたLINEメッセージに突然『既読』表示が付いた」。そして7月4日、「恋人のアカウントから『返信』があった」とツイッターで明かし、トーク画面のスクリーンショットを掲載した。
   スクリーンショットからは「今日から大学に再び通い始めた」という主旨のメッセージに「既読」表示が付き、恋人のものとされるアカウントから「わなわわわわ...(以下略)」などという記号が混じった意味不明の長い文字列が投稿されているのが確認できる。ツイートは29日20時現在、すでに11000回以上もリツイート(拡散)され、注目を集めている。
   恋人から送られたとされるメッセージの意味は読み取れないが、女子大学生はその後のツイートで「(恋人が)自分に伝えたいこといっぱいあるのが伝わってくる!(恋人が) 喜んでくれてる」と感想を述べた。
(略)

いや何と言うべきなのでしょうか、これは良い話系と捉えるべきなのかどうか非常に微妙なところなんですが、しかし当事者が喜んでいると言うことであればそれはそれでよろしいのではないでしょうかね。
こちらはどのような視点で見ても悪夢のような事件と言うしかないのですが、しかし何故よりにもよって…と考えてしまいます。

これどんな悪夢?アラスカで、空からヤツメウナギが降ってくるという珍事が発生(2015年6月8日カラパイア)

 B級ホラー映画「Blood Lake」(2014、日本未公開)では、湖でヤツメウナギが大量発生し人々を襲うというストーリーだったが、リアル世界では空からヤツメウナギが降ってくるという事案が発生したそうだ。

 米アラスカ州フェアバンクスの町で4匹のナツメウナギが発見された。この町に湖はなく、ヤツメウナギが水から陸上に這い回ってきたとは考えられない。となると上空から落ちてきたとみる線が濃厚なのだ。
 4匹のうち3匹は死んでいたそうだが、古着屋のそばに落ちていた1匹はかろうじて生きていたそうだ。2人の男性が店に入ってきて、「なんか駐車場にニョロっとしたのがいるんすけど、バケツに水を入れてもらえませんか?」と店主が尋ねられたという。

 空から魚やカエルが降ってくる「ファフロツキーズ」現象は、実際に自然界で起こりうるもので、日本においても古くから知られており、江戸時代の百科事典、『和漢三才図会』には「怪雨(あやしのあめ)」として記述されている。
 ファフロツキーズは竜巻などの旋風が水上から魚やカエルなどを巻き上げ、それらが雲の中の上昇気流に乗り、かなり遠くまで運ばれる「竜巻原因説」や、飛行機の貨物室の扉が開いちゃって積み荷をばらまいてしまう「飛行機原因説」、何者かが人為的に落下物を散布している「悪戯説」、鳥がくわえていた獲物を上空でうっかり落としてしまう「鳥原因説」などがあるが、今回の事案はどうやら「鳥原因説」が濃厚ではないかということだ。
(略)
 住人であるスー・バルドロウは、「12年間ここで暮らしているが、空からヤツメウナギが降ってくるのは初めての経験だ。とにかくびっくりだ」と話しているという。

ウナギに馴染みのある日本人にとってはまだしも許容可能な生物なのかも知れませんが、しかし彼らの画像はなかなかに衝撃的なものがありますよね。
何故そうした結論に至ったのかと疑問に感じるニュースと言うものがときどきありますが、こちらそんなささいな疑問など忘れさせてくれるような衝撃的ニュースです。

太陽には中に入るための「巨大なドア」があった!? UFOの通り道がついに激撮される!(2016年3月19日トカナ)

 動画サイト「YouTube」に14日、目を疑うような映像がアップロードされた。なんと、太陽の中にドアがあり、そのドアがまさに開こうとしている瞬間をとらえたというのである。
 観測機器のエラーだ! とか、そんなのウソに決まってるだろ! とかおっしゃりたい皆様の気持ちはよくわかるが、とりあえず、その画像を見てみようではないか。
(略)
 衝撃の画像は、3月14日11時26分18秒(UTC)頃、太陽観測衛星「ソーラー・ダイナミクス・オブザーバトリー(SDO)」によって撮影された。太陽の右下部分に、確かにドアが開いたような光の線が入っているのがわかる。動画では画像を拡大したり、色の反転をしたりしてその正体を探ろうとしているが、特に新しい情報は得られなかったようだ。
 この画像について、数々のUFO画像を分析してきたUFO研究家スコット・ウェアリング氏は次のように解説している。
「太陽の巨大なドアが開きましたね。少し開いただけで、内側の光が漏れ出て白く光っているのがわかります。このくらい開けばUFOが通るのには十分です。数多くのUFO研究者が太陽は何者かによって作られたものであると信じていて、燃え盛る炎のカモフラージュによって内側にある世界を隠していると考えています。このレアな画像はその理論を証明してますね」
(略)
 この動画に使われている画像はNASAと欧州宇宙機関(ESA)が共同で運営しているサイト「Helioviewer」にアップロードされているものだ。このサイトでは、太陽観測衛星が撮影した画像を公開し続けており、サイトに行って時刻を指定すれば今回の画像も見ることができる。実際に見てみると、確かに動画で紹介された画像が撮影されているのがわかる。
 ちなみにこのサイト、左の「Images」タブのところで、観測機器や観測波長を選択することができる。問題の画像はAIA(Atmospheric Imaging Assembly)という機器によって304オングストロームの波長で観測された画像なのだが、たとえばこれを171オングストロームに変えると、4秒後の画像を見ることができる。しかし、そこには開いたドアの様子は映っていないのだ。
 それならばやはり観測機器のエラーだろうと思われるかもしれないが、これはすなわち、ドアは素早く開閉できるということを意味しているのである。なお、太陽の中の空間についてウェアリング氏はこうも述べている。
「太陽の中には地球の130万倍という巨大な空間がある。宇宙人がこんなに巨大な空間を作ったのだとしたら、いったい何百万年かかったのだろうね」

 そこに確証がないまま空間があると話していたことに驚きを隠せないが、ウェアリング氏の解説には欠けている視点がある。
この画像では、球体である太陽に直線的なドアが開いているのだ。これはつまり、このドアは次元を超えた存在であり、異次元への入り口となっていると見るべきではないだろうか。
 2月には「LIGO」による重力波の検出が話題となったが、今回のドアが開いた際にも重力波が発生している可能性がある。重力波に関する研究が進めば、この太陽のドアの謎も解明されるかもしれない。

確かに画像を見る限りでもこれはとんでもない大事件と言うしかありませんが、しかしあらゆる物理法則も無視していそうなのはさすが宇宙人だけのことはありますね。
宇宙人が頭上遙かな存在だとすればこちら足下遙かな存在の話題ですが、より身近なだけにその衝撃度には勝るとも劣らないものがあります。

NASA、地底人の電波をキャッチ(2016年3月21日かすぽ)

NASAは、地底人の文明が発したと思われる電波を受信した。NASA上層部の人物が匿名を条件に明かした。
電波は地下数百キロの地球深部から届いた。NASAの専門家たちは、高度に進化した知的生命体からの信号であると判断した。
NASA高官「何者かが我々に向けて通信してきていることは明らかです。その正体が何であれ、数百キロの厚い地殻を突き抜けて、地上に到達する信号を送る技術を持っているということです」

電波の一部は地表から宇宙空間に向かい、これがNASAの人工衛星にキャッチされ、発見につながった。地底からの電波はその後も断続的に受信されているという。
電波は複雑な数学的コードを持っており、科学者たちはすでにメッセージの解読に成功している。その内容は敵対的な性質のものではないが、現時点での一般公開は見合わされている。不要な不安や混乱を引き起こすおそれがあるためだという。
科学者たちは地底の電波発信源の位置を正確に特定できていない。また、こちらから地底に向けて返信応答する技術がないことに苛立っている。この事実からも、地底文明がわれわれを凌駕する高度な水準に達していることが分かる。

NASA高官「地底の文明は明らかに、われわれのことをよく理解しています。一方、われわれは、彼らのことをほとんど知りません。日光も届かず酸素もない地底で、知的生命体がどのように生き延びているのか、まったく見当がつかないのです」
科学者たちはこれが今世紀最大の驚くべき発見になるだろうと考えている。「われわれは長年、人類にとっての最後のフロンティアは宇宙だと考えてきました。しかし今、この星の内側に未知の領域が存在していることに気付いたのです」

とんでもない重大事実をこのように秘匿しようとするNASAの陰謀は糾弾されるべきですが、しかし地底人と言えば某漫画家の古い作品を思い出してしまうのは自分だけだったでしょうか。
最後に取り上げるのはいよいいこの地球に巨大な危機が訪れつつあると言う衝撃的ニュースですが、まずは記事から紹介してみましょう。

古代プラズマ兵器「ガブリエルの箱舟」ついに発見される!? 現在プーチンが南極に輸送中!(2016年3月21日トカナ)

 現在、「ロシアが国家最高レベルの大艦隊を組み“あるもの”を南極へ輸送している」と、世界中のオカルト愛好家らが注目しているという。それもそのはず、ロシアの大艦隊が輸送しているのは、なんと伝説のアーク(聖櫃:せいひつ)である「ガブリエルの箱舟」だというのだ。
「ガブリエルの箱舟」とは何か――。古代イスラム教写本によると“大天使ガブリエルがイスラム教創始であるムハンマド(モハメッド)に託した強大な力を持つアーク(聖櫃)”のことだという。これは世界の終わりを意味する「キヤマハの日」の開示まで、崇拝所である“神殿”に埋めるよう大天使ガブリエルが啓示を下したといわれているものだ。
 そんな伝説の「ガブリエルの箱舟」がなんとイスラム教で最も神聖なマスジド・ハラームの大聖堂(モスク)の地中から発見されたというのだ。これが事実なら歴史的にも大きな発見であり、とりわけイスラム教徒にとっては重要な意味を持つ遺跡であることは間違いないだろう。

 しかし、なぜこの箱舟をロシアが輸送することになったのだろうか――。それは昨年9月のイスラム教の「メッカ大巡礼」にまでさかのぼる。イスラム教で最も神聖な場所マスジド・ハラームの大聖堂(モスク)の改修工事中に起きた、暴風によるクレーン倒壊事故を覚えているだろうか。
巡礼中のイスラム教徒ら107名もの犠牲者を出したモスク史上最悪と呼ばれる事故である。
 この事故について英メディア「Daily Star」は、このクレーンの倒壊事故は報道にあるような“暴風”のせいではない、と主張しており、「大聖堂(モスク)の改装工事中に発見された『ガブリエルの箱舟』を掘り起こそうとしたためである」と報じているのだ。

 事故のあった9月11日、大聖堂の地中深くから神秘的な箱を発見した作業員らは、作業を進めるためその箱を掘り出そうとしたところ、強烈なプラズマバーストが発生し15名の作業員が即死、その強烈なプラズマにより作業クレーンが倒壊した結果このような大惨事となったということだ。
 その後9月24日にも再度発掘を試みるも、またもや大規模なプラズマが発生しモスク巡礼中だったイスラム教徒ら4000人以上が死亡、数万人がパニックに陥ったのだ。この事実をサウジアラビア当局は「メッカ巡礼の教徒らが殺到し、将棋倒しになった圧死事故」と発表しており、真実の公表は一切していないということだ。
 しかしながら、この事態を重く見たマスジド・ハラーム大聖堂の代表らは、この巨大な力を持つ「ガブリエルの箱舟」について、迫害を受けていたイスラム教をカトリック十字軍から守ったとされるロシア正教会に相談したという。ロシア正教会キリル総主教はこの事態をロシアのプーチン大統領に連絡すると、大統領はすぐさまロシアの海軍調査船「Admiral Vladmirsky」へ南極任務を命じただけではなく、3日後にはシリアのイスラム国テロリストをターゲットした爆撃を開始するのだ。
(略)
 この「ガブリエルの箱舟」は、映画インディ・ジョーンズシリーズで知られる失われた伝説のアーク「契約の聖櫃(せいひつ)」を想起させる。雷のような力を持ち、それを手にしたものは世界を征するといわれている伝説のアークである。今年2月にはロシア正教会のキリル総主教の南極入りもニュースになった。何かが南極で始まろうとしているのは間違いないようだ。

何かが南極で始まろうとしていることは間違いないそうですが、しかしそれが何なのかはともかくロシアも大変なことに巻き込まれたものですよね。
このような凶悪な古代遺物が掘り出されてしまった以上は人類の命運も尽きたと考えざるを得ませんが、しかしロシア人もシベリアくらいにしておけばいいものを何故南極なのでしょうか。

今日のぐり:「焼肉大福」

広島県東部の福山市内には割合にいい肉を食べさせるお店が多い印象があるのですが、市街地北部の幹線道路沿いにあるこのお店に関しては今回訪店するまでその存在にすら気がついていませんでした。
見た目からして相当に年期が入っていますが店内も大変なもので、うっかりその辺りの柱や壁に触ろうものなら大掃除シーズンの換気扇掃除もかくやと言う状況になってしまいそうな気配ですよね。

メニューを見ますとごく一般的な昔ながらの町の焼肉と言う感じなのですが、アルコール系が選択枝が限られている点と、妙にご飯もののメニューが充実している点が気になったところでしょうか。
このご飯もの、肉丼にカツ丼、親子丼に他人丼、カレーライスにカツカレー辺りはまだしも、今どきチキンライスって洋食屋でもあまり見かけないですけれども、何かしら理由があるのか時代的なものなのでしょうか?
肉は同行者と一緒に色々とつまんでは見たのですが、特に美味と言うものではないですがちゃんとカルビはカルビの、ホルモンはホルモンの味がする肉ですので、ひと頃の安いだけの食べ放題よりは好印象ですよね。
しかもその種のバイキングと比較しても予想外に安いんですが、今どきは食べ放題も結構相場が上がってきているようですから、ヘタをするとそこらの食べ放題などよりよほど価格的にはお得なのではないかと思います。
ちなみに問題のチキンライスも頼んでみましたが、確かにこれはチキンライス以外の何物でも無いのですが、まあこの料理自体が近年あまり見かけなくなったと言うのも判る気がしますね。

ほんとうに小さなお店ですが意外と席数はあるようで、トイレなども改装して案外ちゃんとした設備にはなっているのは助かりますが、それにしてもこの年期の入り方はただ事ではないですよね。
どうやらおじちゃんおばちゃん二人きりでやっているようで、繁忙期はオーダーが通りにくいのは仕方がないですがフレンドリーではあるし、そういうことを気にするような状況でも正直ないのかなと言う印象です。
しかしこういうお店も街中にあればかなり早い段階で淘汰されていたのかも知れませんが、何もない郊外に見えて旧市街地に比較的近い立地と言うのも絶妙なのでしょうかね。

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2016年3月26日 (土)

何だか楽しそうな今どきの通信教育

先日は三重県の通信制高校で釣り銭の計算を数学の授業にしただとか、映画鑑賞を英語の授業にしただとか話題になっていましたが、補助金不正取得目的など様々な疑惑が言われているものの、個性を尊重した非画一的な教育の推進がこれだけ言われる時代にあってユニークで面白い考え方だとは感じました。
そんな中で先日別な通信制の高校でこんな珍しい卒業式が開かれたと報じられていたのですが、記事に添付されている卒業式当日の写真を見ますと「なんじゃこりゃあ?」とびっくりするような話ですよね。

サイバー学習国がアバターで参加するネット卒業式を実施(2016年3月22日ICT教育ニュース)

明聖高校は18日、日本初の通信制バーチャル高校「サイバー学習国」の第1回卒業証書授与式を実施した。

「サイバー学習国」は、明聖高校を運営母体とする日本初という通信制バーチャル高校。2015年4月に開校した。

インターネットの学校に実名登録し、自分のアバター(仮想のキャラクター)がインターネット配信による動画での授業やテストを受け、3年間で高校卒業の資格を取得できる

現在、主婦や社会人などを含め、男子生徒140名、女子生徒119名、合計259名の生徒が在籍している。

18日の卒業式では、10名の第一期卒業生がアバターに、卒業証書の授与、校長や教員からの贈る言葉、学園生活を振り返るスライドショーなどを、インターネットの会場で実施した。

何やらゲームか何かのようなものではないかと思う状況なのですが、インターネットが普及する以前の一昔どころか二昔前にもなるパソコン通信時代にはオフ会と言うものがあったそうで、最後の最後までオンラインだけで済ませたのか非公式にしろ何かしらオフ会のようなものでもあったのでしょうか。
個人がアバターとしてこうした行事に参加すると言うのはネット上と同様に仮想の人格を演じると言う側面もあって、実社会での人格とアバターとしての人格がどれほど関連しているのか等々様々な興味も出てくるところですが、言動振る舞いはともかくキャラの容姿やプロフィールなどどの程度個人の現実を反映させる義務があるものなのか、それとも完全に自由であってもいいものなのでしょうかね。
最近この通信制の学校に関する記事が増えてきていると言うのは冒頭でも紹介したような社会的に注目を集める事件があったからであることも確かでしょうが、実際にその実態を調べてみますとかつての通信教育と言う言葉から受けるイメージとは全くかけ離れた独創的な教育も行われているようで、先日はこんな興味深いニュースが出ていました。

遠足の行き先は「ドラクエX」―― カドカワのネット高校「N高等学校」は“ネット遠足”や“ネット部活”も充実(2016年3月22日ねとらば)

 2016年4月より開校する、カドカワのネット高校「N高等学校」で、スクウェア・エニックスのオンラインゲーム「ドラゴンクエストX」と連携した“ネット遠足”が行われることが分かりました。

 “ネット遠足”は同校の学校行事の1つ。実際の遠足のように集合時間に集まり、先生に引率されながら、みんなで目的地へと行って帰ってきます。ただし行き先はオンラインゲーム「ドラゴンクエストX」の世界。ゲーム内を歩いて回るだけでなく、宝探しや鬼ごっこ、釣り大会やかくれんぼ、カジノなども楽しめるそうです。ちゃんと専用の「ゲーム内制服」も用意されるとのこと。なんか楽しそう!

 同校では「ネットで友達はつくれる」をテーマに、ほかにも「将棋部・囲碁部」「格闘ゲーム部」「サッカー部」といった「ネット部活」を用意。KONAMIの「ウイニングイレブン2016」など、いずれもゲームソフトを使って、オンライン対戦を中心に活動していくそうです。今後も部活動については生徒の希望により追加していくとのこと。

 N高等学校では、高校卒業資格取得のための授業やレポート提出などを、ネットを使って効率的に行えるのが特徴。授業はインターネット生配信で行い、教材もスマートフォン向けに最適化。他にも質問や挙手、アンケートなどの双方向性機能を特徴としています。

これは是非元記事の画像を参照いただきたいのですが、まさしく「なんか楽しそう!」と言うしかない話で、間違っても通常の学校でこんなはっちゃけたイベントが行われるとは思えませんから、これは通信制の学校が新たに産み出した価値観であり、非常に大きな強みにもなり得る試みではないかと言う気がします。
ちなみにこちらの部活動ではゲームソフトの類を使っているそうで、実体験ではなくシミュレーション環境での体験にどれほどの意味があるのかと言う声も聞こえてきそうなんですが、そもそも学校教育と言う行為自体が実社会での諸問題を解決する技術や技能を習得するための壮大なシミュレーションであるとも言えるかと思いますね。
そのために閉鎖された環境下でなるべく生徒個人の個性を削り取ってでも画一化し、いわばシミュレートに必要な変数を単純化しているわけですが、プレイに数人がかりで何日も要するような複雑巨大なボードゲームが小さなPC一台でさらに高度なことが出来るようになったのと同様、技術的進歩によって敢えて教育も単純化、記号化せずとも出来ることの範疇が拡がってきたとも捉えられそうです。
まあ理屈はどうあれ陰気な教室で退屈な授業を聞いているよりこっちの方がよほど面白そうだと言うのが多くの人の率直な感想だと思いますが、一般的に楽しいことの方が人間やる気も出てくるもので、こうした遊びのような発想の元に構築されている通信制のカリキュラムで学力等がどれだけ伸びてくるものなのか、将来的な検証を待ちたい気がしますね。

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2016年3月25日 (金)

救急病院に対する保険会社の損害賠償請求が棄却される

2005年に香川県内で発生した精神疾患入院歴のある患者による通り魔的殺人事件を巡って、先日2月末に加害者・被害者双方の家族による病院に対する損害賠償請求が控訴審でも退けられたと言う記事を紹介しましたが、一審当時から被害者のみならず加害者側家族からも「なぜ退院させた!」と病院を訴えた訴訟の行方に注目が集まったものです。
その同じ香川県でこれまた非常に注目すべき裁判が数年前から継続していたのですが、先日ちょうどその判決が出たと報じられていたことを紹介してみましょう。

【香川】保険料支払い訴訟:病院側に違反なし 地裁、会社請求棄却(2016年3月17日毎日新聞)

 香川大医学部付属病院(三木町)に救急搬送された女性を巡り、損害保険大手のAIU保険日本支社(現AIU損害保険、東京都千代田区)が「医療過誤により重度の後遺症が残り、多額の保険金を支払わされた」などとして同大に約1億7400万円の支払いを求めた訴訟の判決が16日、高松地裁であり、福田修久裁判長は「病院側に注意義務違反は認められない」として請求を棄却した。

 判決によると、女性は2003年9月、坂出市内での交通事故で同病院に運ばれて治療を受けたが、重度の四肢まひが残った。事故を起こした車にAIU保険の保険が掛けられていたため、同社が治療費など約3億5000万円を支払った

 裁判で、AIU保険側は「治療の際に頸椎(けいつい)保護のための固定を怠った」と主張したが、福田裁判長は「救急治療として蘇生や止血を優先すべきだった」として病院側の注意義務違反を認めなかった。

 判決について香川大は「本院の主張が認められた。今後も良質な医療サービスに万全を期したい」とコメントし、AIU損害保険は「判決内容を精査して今後の対応を決めたい」と話した。【待鳥航志】

ちなみに同種訴訟は他に類を見ない極めて珍しいもので、その後同種訴訟が頻発すると言う状況には幸いにもなっていないようなのですが、起こしたのが外資系の保険会社であり、ちょうど例のTPP云々が言われていた時期の話だっただけに注目され、アメリカ同様日本でも「患者の入っている保険会社によって、受け入れ可能かどうかの判断をせざるを得ないような状況になってくる」と言う懸念の声もあったようです。
特に今回の裁判に関しては特に保険会社がこの場合正しい治療としてはこう行われるべきであったと主張している点に留意いただきたいのですが、近年言われるところのJBM(司法判断に基づく医療)に加えて保険会社の判断に基づいての医療まで取り入れなければならないのだとすると、医療現場もまた一段と面倒なことにはなりそうですよね。
そもそも論として保険会社がこういう訴訟を起こせるのかどうか存じ上げなかったのですが、聞くところによるとAIUはこの訴訟で請求権代位の主張をされたそうで、一般的には例えば交通事故を起こした被保険者に代わって保険会社が相手に損害賠償を請求すると言った場合に使われる権利として知られているものです。
この請求代位権がどこまで及ぶかと言う範囲に関しては過去にもたびたび問題になっていて、特に第三者の不法行為が関係した場合に何度か最高裁まで争われている点が気になりますけれども、医療保険も昨今これだけ種類も多くなってきている中で、その気になれば幾らでも応用は利きそうな話には思えるだけに、今後同種訴訟がまた起こって来ないとも限りません。

この裁判のもう一つのポイントとして一般的な医療訴訟とは健康被害など直接的な被害を被った個人が損害賠償請求を起こしてきたわけですが、今回の場合民間の保険会社と言う一営利企業が裁判を起こしたもので、言ってみれば余計な保険金支出で商売上の業績が悪化すると言うことに対して損害賠償を求めていると言う点で少なからず方向性が異なって聞こえますよね。
医療訴訟の場合多くの原告側が「ただ真実を知りたい」と言われているようで、民事訴訟と言う場でそうした真相究明を求めることの意味合いはどうなのかと言う問題は抜きにしても、逆説的に言うならば仮に事実関係を知り満足出来れば裁判の結果はどうでもいいとも言えるかとも思うのですが、営利企業が訴えてくるとなればあくまでも幾らお金を取れるかと言う点だけが目的になってくるはずです。
またしばしば言われるように医療訴訟は原告勝訴率だとか訴訟コストだとか様々な障壁の存在がその発生率を抑制していると考えられていますが、顧問弁護士始め法的助言を与えるスタッフにも事欠かない大手企業が企業活動の一環としてこうした面でのコスト削減を推進するような時代になれば、これは医療現場にかつてない大きな影響を与えるようになる可能性がありそうです。

最近では過払い金訴訟などを専門に手がける法律事務所も少なくなく、特に司法制度改革で弁護士過剰が言われる時代にとにかく食っていく手段として今までに無い方向での営業努力を行っている弁護士さんも増えてきているようですが、考えてみれば医療訴訟と言うものもまだまだ大きな成長の余地が見込まれる分野ではあるわけです。
かつて医療訴訟が頻発し社会問題化していた時代に、「診察室から暗い顔をして出てきた患者に弁護士らしき人物が近寄って話しかけているのを見た」などと言う真贋定かならぬ噂話まで出回っていましたが、多くの医療現場でもかつてよりは医療訴訟対策が進んできているとは言えあくまで患者対策、家族対策が主体であり、言ってみれば訴えられないための個人的信頼関係構築をどうするかと言う文脈での対策が主体です。
結果的にこうした対策によって医療現場の接遇が改善されたり顧客満足度向上が果たされたと言う側面もあるにせよ、ここに企業や司法家の営利活動としての訴訟と言うリスクが加わってきた場合にどう対応すべきかは未だ何とも言えませんが、個人的予想としてはそれは現状で言うところのレセプト対策的なものに近くなっていくのかも知れないと思っています。

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2016年3月24日 (木)

健康になろうとする努力は続かないらしい

ご存知ブリと言えば食の不毛さで有名な土地柄で、「大英帝国が世界帝国を築き上げたのも世界中どこに行っても船員が食事で文句を言わなかったから」などと言う説もあるそうですが、そんな国で先日こんな新税が導入され話題になっています。

英国、砂糖税導入で子どもの肥満を防ぐ!? 日本での導入の可能性は?(2016年3月23日ザ・ページ)

 英国政府は子どもの肥満防止を目的として、飲料に含まれる糖分に課税する、いわゆる「砂糖税」の導入を決定しました。税制によって国民の健康を管理しようという試みですが、果たしてうまくいくのでしょうか。
 砂糖税の対象となるのは、100ミリリットルあたり5グラム以上の糖分を含む飲料で、課税は2018年4月から実施されます。税率は正式に決まっていませんが10%程度になる見込みです。同じような課税はフランスやメキシコなどでも行われています。

 こうした商品に税金をかければ販売が抑制されることはほぼ間違いありません。メキシコでは砂糖税の導入によって飲料の売上げが1割程度減少しました。英国においても、販売総量という意味では、同様の減少が見込まれています。
 しかし、このような形で特定の商品に課税することについては賛否両論があります。課税によって商品の売上げは減少しますが、本当に肥満が問題となっている人が購入を控える保証はありません。むしろ健康に気をつかっている人がさらに購入を抑制し、そうでない人の消費は減らない可能性があるわけです。また砂糖の過剰摂取は飲料だけが原因ではありませんから、特定の商品だけを狙い撃ちすることはフェアではないという意見もあるようです。

 健康上の問題から課税が強化される代表的な商品といえば、やはりたばこでしょう。英国では極めて高額のたばこ税が課せられており、値段は1箱2000円近くになります。たばこは国民の健康を害し、公的医療保険の財政を悪化させる元凶と認識されているようで、砂糖税の導入についても、公的保険の財政問題という視点が大きく影響しているものと思われます。
 一方日本では、たばこ税はむしろ貴重な財源として認識されているかもしれません。消費税の軽減税率導入の議論では、財源のひとつとしてたばこ税の増税が検討されました。厚労省などでは、国民の健康維持という観点からたばこ税の増税を提案していますが、全体として見た場合には、課税によって消費を減らすのではなく、むしろ数量を維持することで安定財源にするという考え方が優勢です。

 英国では、行き過ぎという面はあるものの、公的医療保険の維持という点では一貫しています。日本では財源とみなす一方で、公的医療保険という観点では抑制を目指すなど、ちぐはぐな対応にも見えます。
 良くも悪くも、こうした状況ですから、日本で砂糖税の導入が本格的に議論される可能性は今のところ低そうです。

健康増進効果と言う点で考えると日本の場合砂糖よりも塩分に対して課税した方がいいのではないかと言う気がするのですが、ただこれも今や安い食塩よりも高い岩塩や海塩が売れているそうですから、多少の高コストにしたくらいでは消費削減効果はないのでしょうね。
ただ日本人の遺伝的特性として糖尿病になりやすいと言う欠点があって、カロリー過剰には十分に注意しなければなりませんから、砂糖に限らず高カロリー食品に対して課税することで国民健康増進をコントロールすることが可能なのかも知れませんが、これもいわゆるジャンクフードの類は大抵が脂質過多で高カロリーと来ていますから、贅沢の抑制どころか経済的弱者いじめなどと言われかねません。
実際にアメリカなどでは自然食など食事に気を遣う富裕層と、安くカロリー脂質が過剰な食品を取らざるを得ない貧困層との健康格差も問題視されてきていますが、食事を始め生活習慣と言うものをどれほどコントロール可能なのかと言うことを考える上で、先日こんな興味深い調査結果が出ていました。

危険知っても習慣変わらず 病気の遺伝子検査(2016年3月16日共同通信)

 【ワシントン共同】遺伝子検査によって、特定の病気になりやすい危険性があることが分かっても、検査を受けた人の生活習慣の改善にはほとんどつながらないとする研究結果を、英ケンブリッジ大などのチームが15日付の英医師会誌に発表した。

 遺伝子検査は10年ほど前から、個人向けのサービスを提供するビジネスが世界で拡大。「健康維持や病気予防の意識を高めるのに役立つ」とされているが、十分な効果が得られていない実態が明らかになった。

 チームは「単に検査結果を知らせるだけではなく、どのように行動を変えたらよいかアドバイスするべきかもしれない」としている。

 チームは、1990年代から2015年2月までに欧米や日本などで発表された1万超の研究報告を利用。遺伝子検査で肺や食道などのがんや肥満、心臓病、糖尿病などのリスクが高いと判定された人たちと、そもそも検査をしていない人たちの行動を比べた。

 病気予防に役立つ禁煙や運動、アルコールや食事の制限などを始めた人の割合は両者で差がなく、「遺伝子検査が生活習慣の改善に影響しない」と結論づけた。

 今回の分析では、遺伝子検査で高いリスクが判明しても、生活習慣の改善では対処できない遺伝性疾患は除外した。

この場合遺伝的素因と言うある意味避けがたいリスクで、わざわざ検査を受けるくらいですから当の本人としては相当に関心があって受けているのだと思うのですけれども、それでも結果を受けて自主的に努力しリスク軽減に努めるかと言えばそうではないと言う、何とも哀しい結果ではありますよね。
日本でも近年例のメタボ健診を始め予防医学的な意味からも生活習慣の改善が叫ばれている一方で、むしろあんなものは病人を増やし医療費を押し上げるだけだと言う意見もあって、結局はメタボ健診等をきっかけにどれだけ国民が健康増進を図るかと言うことが課題であったわけですが、どうもそうした国民の自助努力にあまり多くを期待すべきではないと言うことでしょうか。
考えてみるとテレビの通販番組でしばしば健康増進器具などを購入しているような健康意識の高い方々が、見た目にも引き締まってすばらしい健康な体つきをしていると言うわけでもないようですから、意識の高さと実際の健康状態改善との間にはかなりな距離感があるとは理解できるのですが、さてこの場合公的私的なペナルティなど何らかの外圧によってでも健康増進を図るべきなのかどうかです。

アメリカなどでは民間医療保険の社会ですから、不健康になるほど保険料も跳ね上がるし医療費も高くなると良いことがありませんが、では不健康になることが経済的損失に直結するからと皆が努力して健康増進を図っているとはちょっと思えないことは、世界トップクラスの肥満度一つを見ても判る話ですよね。
日本でも健康保険の利用金額の多い人にペナルティを科すようなことはすべきではないと言う意見があって、疾患が必ずしも生活習慣にばかり起因するものではない以上これは仕方の無いことだと思いますが、一方で健康であり続けるために努力し健康を維持した人に何かしら特典を与えようと言う意見にも反対する声があって、結局健康増進とは本人が健康になることだけが唯一最大のご褒美と言えますよね。
不健康になるのが嫌だから健康になろうと努力するモチベーションが産まれるためには、一つには不健康な状態とはどのようになることが予想されるのかと言う具体的な情報をしっかり提示することが望まれるだろうし、また一つには各個人に適した実行可能な健康増進策を示すことも求められそうなんですが、この辺りは現状では健診時の通り一遍の説明程度であまり切実なものとして受け取られていないようにも感じます。
この点でテレビなどで「○○が体にいい」と言われるとすぐ売り場から消えてしまう、軽薄に流行に飛びつく人が少なくないと言うことを問題視する声もありますが、一つのことをこつこつと何十年続けることは難しいが日々気分を変えて色々とやってみることはそれよりは気楽なはずですから、定期的に目新しい健康増進策を順次提供していくと言うのもあんがい悪くないことなのかも知れません。

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2016年3月23日 (水)

医者が首を切られる時

決してないわけではないものの比較的珍しい裁判として、先日こんな記事が出ていました。

碧南市民病院医師の退職勧奨、違法 市に賠償命令 名地裁(2016年2月24日毎日新聞)

 愛知県碧南市の市民病院の歯科口腔(こうくう)外科部長だった男性医師(61)が、パワーハラスメントがあったとの理由で退職を勧奨され、拒んだのに退職に追い込まれたとして、市に約4300万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、名古屋地裁は23日、「自由な意思決定を妨げており違法」として市に約4100万円の支払いを命じた

 倉田慎也裁判長は判決理由で、病院側は退職勧奨を拒んだ医師が所属する大学医局の教授を通じて退職を求めたと指摘。「退職勧奨は自由意思で拒否できる。事実上の人事権を持つ医局に退職を勧めさせ、自由な決定を妨げた」とした。

 判決によると、2010〜11年、市役所や新聞社に医師がパワハラをしたとの投書が届いた。医師は否定し詳しい調査を求めたが、病院側は調査せず退職を勧めた。医師は12年3月末で退職した。

 碧南市は「判決文が届いておらず、詳細を把握していない」としている。

実際にパワハラがあったのかどうかは記事からは何とも言いがたいことですし、パワハラ云々の投書だけを理由に調査もせず退職を求めたのだとすればちょっとどうなのかですが、仮にこうした経過が事実であったとすれば普段から院内でも行動が問題視されていたところに、投書と言う形で外部からクレームも入ったと言う体で退職に持ち込んだと言うことなのかも知れません。
程度の差こそあれパワハラ的要素が全く無い医療現場と言うのもそう多くはないかと思うのですが、ちょうど先日は兵庫県の公立八鹿病院で2007年に発生した整形外科医自殺問題を巡り、広島高裁での控訴審でも自殺の原因は長時間労働とパワハラが理由であったと認定、病院側に1億円の損害賠償支払いが命じられると言う判決が出ていました。
こうした流れから考えるとパワハラに対する組織防衛としての厳しい対応も今後は増えそうに感じるのですが、昨今増えているのがひと頃の医師不足騒動で高い給料を出して医師を雇い入れたがどうも使いものにならない、何とか解雇出来ないかと言う話で、特にこれだけ医師数が増えてきますと長期的には必ずこの種の医師選別問題は顕在化してくる理屈ですよね。
医師に限らずひとたび常勤になってしまえばなかなか首は切られないのがこの世界のならいで、そうであるからこそ世間一般の企業では非常勤雇用をこれだけ推進しているとも言えますが、先日この問題に関してこんな記事が出ていたので紹介してみましょう

社労士に聞く、「仕事ができないからクビ」は本当にあるのか?(2016年3月15日MAG2ニュース)

(略)
会社が解雇を行う場合に、絶対に考慮しなければならない法律があります。

    労契法16条
    解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合には、その権利を濫用したものとして、無効とする。

この条文でいう「解雇」は、普通解雇であろうが懲戒解雇であろうが関係ありません。「解雇」と名がつくものは全て、この条文の「解雇権濫用の法理」が適用されます。
そして、「解雇」を行う場合には、就業規則への具体的な記載も必要です。就業規則に解雇理由に関する記載がない場合、あるいは、記載されている理由に当てはまらない場合、「解雇」を行うことはできません。

では、就業規則に記載された解雇理由に当てはまれば、解雇を行うことができるのか? 就業規則の条文によくあるような「能力不足」による解雇は「有効」なのかどうか?
これは、「能力不足」をどう判断するかにかかっています。能力不足で解雇が有効になるためには、いくつか考えなければならないことがあります。

    労働能力が「著しく」劣っている必要があります。ほかの従業員と比べて、少しくらい劣っている程度ではダメです。「いつも勤務成績が下位10%内である」などという「相対評価」もダメです(常に、下位10%に入る従業員は存在するので、それで能力が劣っている証拠にはなりません。「絶対評価」で行わなければなりません)。そして、その能力不足のせいで、「これ以上労働契約を継続していくことが、(客観的にみても)絶対に無理でしょ!」という程度に劣っていなければなりません
    さらに、その能力不足が向上するよう、会社は、「能力upの努力を行ったか?」も重要です。たいした教育や指導を行っていないのに、いきなり「解雇」は虫がよすぎます。
    そして、今後の指導・教育によっても、改善の見込みが極めて低いことも必要です。今後改善の余地があるようでは、解雇は認められにくいでしょう。

以上から考えると、「能力不足による解雇」は、極めて難しいのではないでしょうか? 御社がもし、能力不足による解雇を考えているのなら、「客観的な評価表」や「成績表」、教育や指導を行った証などを保存しておくことが重要です。
(略)

ま、よほどに問題がある人でなければそう簡単に解雇など出来ないよと言う、今までの社会常識にも沿った考えではあると思うのですが、そもそも医師として能力が劣っているとはどういうことなのかと言うことを考えた場合に、病院にとっての利益になる医師、不利益になる医師と言う判断はなかなか難しいものがありそうですよね。
しばしば世間で話題になるのが医療事故を繰り返すと言う、リピーター医師などと呼ばれる存在なのですが、世間的に見れば何度も同じような事故を起こしているから能力が劣っているのかと言えば、単に他では引き受けてくれないような重症患者をどんどん引き受け駄目元で治療してくれるありがたい先生であることもあって、実際に患者から話を聞くとリピーター医師の評判は案外悪くないと言うことも少なくないようです。
逆に一日中昼寝をしているような先生は売り上げは少ないかも知れませんが、絶対確実な患者しか診なければ医療事故なども起こりようがないのだろうし、こうした先生であってもいるといないのとでは各種法令上も全く話が変わってくる場合がありますから、果たして病院にとって不利益なのかと言うと微妙なところがあります。

昔はいわゆる名義貸しなどと言うことも言われていたように、そもそも医師が医師として存在するだけで大いに価値があるような制度になっていることも問題で、きちんと現場で汗水垂らしている先生が報われるような報酬体系が出来るだけでも現場の士気は違ってくるのだろうと思いますが、現実的には悪貨が良貨を駆逐している場合の方が多そうに見えるのも、医療崩壊と言う現象の一因とも言えますね。
医師の場合知識が多いことで余計な手間をずいぶんと省けると言う側面の大きい仕事ですが、出来高払いであれば患者をひと目見れば診断が出来る名医よりも、ああでもないこうでもないとさんざん迷走している先生の方がよほど病院売り上げに貢献するし、周りから見てもあの先生はいつも熱心に遅くまで仕事をしていると受けが良かったりするもので、そもそも何が悪貨で何が良貨なのかも判断が難しいところです。
そう考えるとよほどのことがない限り能力不足で解雇すると言うのはデメリットの方が大きいように思えますから、例えばパワハラでスタッフが次々と辞めていくなど明らかに周囲に悪影響を及ぼしているケースでなければ首を切るのも難しい判断になりそうだと言うことですが、世間的に見ればそんな医者の世界はなんとぬるま湯につかっているのかと思われるのも当然なのかも知れません。

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2016年3月22日 (火)

今どき血液が酸性だアルカリ性だと言う話にびっくり

詐欺紛い商法などはどこから詐欺なのか判りにくいことがままあるものですが、特に近年いわゆる健康食品の類などは公的なルールも変更されますます判りにくくなっていて、機能性表示食品などは国への届け出制で一見すると国によるお墨付きを受けているように見えて、その実効果については何ら保証されたものではないと言う、よく判らないことになっています。
ただこうした認可を受けた、公に届け出たと言うもの以外でも俗称としての健康食品なる言葉は勝手に使えるのだそうで、効果が無いだけであればまだしも健康被害まで受けるとなると何が健康食品なのかと言う話ですが、先日出ていたこちらのニュースなどは主に売り文句にあった効果の面で問題視されたと言うことのようです。

マルチ大手に業務停止命令=「がんに効く」と虚偽説明-消費者庁(2016年3月9日時事ドットコム)

 「がんに効く」などと虚偽の説明をし、マルチ商法(連鎖販売取引)の会員登録を迫ったなどとして、消費者庁は9日、特定商取引法違反(不実告知など)で、健康食品販売「ナチュラリープラス」(東京都港区)に対し、10日から9カ月間の新規勧誘などの業務停止を命じた。

 消費者庁などによると、同社は清涼飲料水「IZUMIO(イズミオ)」と健康食品「スーパー・ルテイン」を主力に、年間約200億円を売り上げるマルチ業界大手。2014年12月~15年12月、「動脈硬化が治る」「がんにも効く」と虚偽の説明をするなどして新規会員を勧誘していた。
 同庁は15年4月、同社本社などを立ち入り検査。同社は新規勧誘を一時自粛したが、再開後も違反を繰り返したという。
 同庁は、命令と併せ、購入者に病気治療や予防効果がないことを通知し、結果を報告するよう指示した。

 ナチュラリープラスの話 処分を厳粛に受け止め、業務改善を徹底する。

この種の「癌に効く」系の健康食費やサプリメントもこれだけ多数が乱立している以上それなりに需要があるのでしょうが、世界中で巨大製薬会社が新規抗癌剤開発にしのぎを削っている中で、根拠も怪しげならきちんとした審査も受けていないものに効果があるとはちょっと思えないんですが、ただこういうものは鰯の頭も信心からと言う言葉もあるように捉え方一つです。
末期癌患者などが自分はもう駄目だと思い込んでしまうと見る見る衰えていき、本来ならもっと長く生きられたはずなのにと言う最後を迎えることもあると思えば、自分はまだまだ元気だと信じている人が心なしか病気の進行も遅く見えたりすることもあって、免疫力は心理状態に左右される等の説明をされることもありますが個人個人で病気の進行具合や自覚症状は全く差が大きいものですよね。
病気や症状も日によって当然調子の上がり下がりはありますから、こうした健康食品でプラセボ的効果であれ何であれ効いたと本人が納得してしまえば、その後の経過がどうあれ一気に信者化してしまうことはままあることですし、そうであるからこそ怪しげな健康法に引っかかって多額の資産をむしり取られていく患者さんもいらっしゃると言うことなのでしょうが、やはり詐欺紛いのしろものに大金をとなると他人事であっても気分はよくないものです。
ただ日本の場合国民皆保険制度で正当な医療行為が安上がりですむだけに、単純にお金儲けが目当ての方々であればある意味対処はしやすいかと思うのですが、時には一体何が目的なのかよく判らないがトンデモっぽいと言う方々もいらっしゃるようで、先日ちょっと懐かしささえ覚えるこんな記事が出ていました。

ガンが消える?酸性かアルカリか 体のバランスをチェック!(2016年3月19日大紀元)

  誰もが「ガン」という病気を聞くと、治せない難病というイメージを持っているだろう。しかし、ガン細胞は酸性の身体にしか生存しないことが科学的に証明されており、体内を弱アルカリ性に保つことができれば、ガン細胞はなくなると言われている。弱アルカリ性体質にするには、私たちの生活習慣を見直すことで簡単に変えられる

 新潟医科大学の柳沢文正助教授が100人の癌患者に対して行った血液検査によると、100人の癌患者全員の血液が酸性だった。
 元大阪府立医大の片瀬淡教授が提唱した世界的に有名な「片瀬学説」も、「人間の健康は血液中の酸とアルカリの釣りあいによって左右される」と主張する。つまり、血液は常に弱アルカリ性であることが正しく、酸性に傾けば、様々な慢性病を引き起こすと言う学説だ。
(略)
 研究の結果、ガン細胞は酸性の身体にしか形成されず、弱アルカリ性の身体には形成されないことが分かっている。もし、体内にガン細胞が発症しても、身体のPh値を弱アルカリ性に変えることが出来れば、ガン細胞はなくなるということになる。

 該当項目が多かった方は、ガン予防のために、生活習慣を見直してみてはいかが?

いやいやいや、癌患者全員の血液が酸性だったりすればもっと病棟が大騒ぎになっているぞと突っ込みたくなる臨床家の先生方も少なからずだと思いますが、この血液のいわゆる酸性、アルカリ性云々の話も昔から細々と続いている話で、むしろ今の時代にもまだ民間信仰以外で生き残っていたのかと少なからず新鮮な印象も受けました。
ちなみに記事中にある柳沢文正先生と言えば大正時代の生まれで第二次大戦中には新潟医大教授に就任した方で、片瀬淡先生の方は明治時代の方で大正の頃に大阪府立医大教授を務めたような方ですから、抗生物質も胃カメラもなかったようなはるか大昔の方々が唱えた、当時ですら全く顧みられることのなかった学説が100年近くたってもまだ掘り起こされていると言うのもすごいことですよね。
思うにこうした古代の珍説奇説が未だに繰り返し再登場する背景には、生活習慣を変えることで癌を防ぐことが出来ると言うそのお手軽さにもあるのだと思いますし、記事にもあるような「血液を酸性にする生活」と言うものはまさしく今の時代にあっても避けるべき生活習慣とされているものですから、「じゃあ夜更かしして暴飲暴食しても癌にはならないんですね?」と言われればにわかには否定し難いと言う厄介な面もあるのでしょう。

先日はある種の肺癌に非常によく効く新薬が登場し効果が期待されているものの、その治療費は実に年額3500万円も及ぶと言う話が出ていて、確かに治療適応がありそうな患者さん達が全員こんな高い新薬を使うとなるとそれだけで医療費を目に見えて押し上げかねないと言うものですし、他の癌においても毎年のように高価な新薬が続々と登場しているのが現実です。
それらに比べれば幾ら効果に比べればボッタクリだとは言え、健康食品の類などは経済的に見ればたかが知れている上に公的財政支出を一切必要としないと言う側面もあって、例えば風邪薬やシップ薬など軽微な医薬品は健康保険の対象から外すべきだと言う議論だとか、イギリスの公的保険でレメディーなる砂糖玉の使用が認められていると言うのも結局は財政的な理由ですよね。
その意味で商品としての流通や質的内容をあまり厳しく規制することも実は痛し痒しの側面があるのではないかとも思っているのですが、明らかに間違った情報を流布している方々が定期的に現れて一見何かしらのエヴィデンスを与えているように受け止められているのは問題で、むしろコントロールすべきなのはこうした誤情報の方ではないのかなと言う気もしています。

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2016年3月21日 (月)

今日のぐり:「山東水餃大王」

かつてほのぼの記事として紹介された事例の、思いがけない顛末をご存知でしょうか。

あんなに一緒だったのに…… 仲良しだったロシアのトラとヤギの心温まる友情に突如終わりが訪れる(2016年2月8日ねとらば)

 ロシアのウラジオストクにあるプリモスキー・サファリパークでちょっと不思議な心温まる友情を育んでいたトラとヤギの関係に亀裂が。トラがついにヤギにけがを負わせてしまったのです。しかしこれには深い事情があったようで……。

 アムール虎の“アムール”が、えさとして与えられたヤギ“ティムール”と仲良くなったのは昨年11月ごろのこと。アムールの後ろを追いかけるティムールの姿や一緒に遊ぶ様子にほっこりする人が続出し、専用のInstagramが公開されるなど話題になりました。

 しかしながら、次第にティムールが自身の角でアムールを突いたり、足で蹴ったりするといった行動が見られるように。耐え忍んでいたアムールにもついに我慢の限界が訪れたようで、ヤギの首根っこをくわえて宙に放り投げ、坂から落とすという反撃に出たのです。

 これによりヤギのティムールは負傷し、現在は隔離されているようです。あんなに仲良しでいつも一緒だったのに……。

 心優しいアムールの側で生活していたティムールは少々調子に乗ってしまったのでしょうか。ずっと我慢していたであろうアムールの心の内を考えると、これもまたつらい。動画には仲が良いからといって同じ檻に入れていたサファリパーク側への厳しい意見も。やはり自然界の秩序を甘く見てはいけなかったのだと痛感させられる突然の友情の終わりでした。

元記事の動画を見る限りでもどうも一方的に堪え忍んでいた側がついに…と言う展開であるようにしか見えないのですが、これは一体誰が悪いことになるのでしょうかね。
今日は少なからず心を痛めてもいるだろうアムール虎のアムールを励ます意味で、世界中から切れると怖い方々のニュースをお伝えしましょう。

中国・雲南省 野生象が自動車を15台踏みつぶす(2016年02月14日スプートニク)

13日、新華社通信は、野生の雌象が中国の自然保護区域から抜け出し、駐車中の自動車15台を踏みつぶした、と伝えた。

事件は中国南西部の雲南省で起こった。自然保護区域内から抜け出した野生の雌像が、旅行者でにぎわう観光コースに現れ、突如駐車中の自動車を踏みつけ始めた。

この騒ぎにより、全部で15台の車が被害を受けた。なおその後、この雌像は餌を探しに、自然保護区域内に戻った、との事だ。。

ゾウと言えば動物園などでも悠然と構えているイメージですが、ひとたび暴れ始めるとこのように手がつけられないと言うことですよね。
逆にいつもうろちょろと走り回っているイメージがあるのがあの小動物ですが、それに対してついに切れたと言う方がこちらです。

中国の女性、盗み食いのネズミをはりつけにし拷問=ネットでは「動物虐待だ!」と批判集まる(2016年1月9日レコードチャイナ)

2016年1月8日、食べ物や家具がかじったネズミを憎く思う人もいるだろうが、このほど中国の女性がネズミをはりつけにした動画が掲載され物議を醸している。

中国メディアやネットの書き込みによると、四川省成都市の中年女性は、家の食べ物をかじったネズミをコップにはりつけにし、「バナナを盗み食いしたでしょ!ほかに仲間は?白状しなさい!」とネズミをたたきながら問い詰めた。

動画が公開されると中国のネットでは、「ネズミがかわいそう」「小動物にそこまでする?」「これは明らかな動物虐待」「捕まえて処分するならまだ理解できるが、拷問するなんてやりすぎ」と批判の声が多数寄せられた。

元記事の画像を見るとまさしくはりつけとしか言い様がない状態なのですが、しかし自白を迫られたネズミの方でもどうしたものかと困惑していたかも知れませんね。
日本では様々な面で個人の権利が非常に保護されているのだろうと改めて感じさせられるのがこちらの記事です。

「この人、借りたお金を返していません」=街中の巨大スクリーンで個人の名前・住所を公表、顔写真まで!―吉林省長春市(2016年3月17日レコードチャイナ)

2016年3月17日、新文化報によると、中国吉林省長春市で16日、街中にある巨大スクリーンに市民24人の名前や住所、身分証番号とともに特大の顔写真が映し出されるという事態が起きた。

これは事故などではなく、債務履行能力があるにもかかわらず法的文書で定められた義務を履行しない人のうち、証拠書類の偽造など特に態度の悪かった人物を社会に公表するための措置で、実施期間は3カ月間。「長春市二道区人民法院による公告」の名のもと、各種広告に混じって朝6時から夜9時まで順番に表示される。債務の額は5000元(約8万5000円)から200万元(約3400万円)とさまざまだが、すべて合わせると931万元(約1億6000万円)を超え、同法院関係者は「3カ月の間にスクリーンに表示する人数をさらに増やす」とも説明。24人の案件はいずれも二道区内で起きたもので、私人間の金の貸し借り、交通事故関連、契約がらみのトラブルが多いという。

個人のプライバシーに関わる問題とも取られそうだが、同関係者は最高人民法院が出した規定に言及し、「公表は法で認められている。プライバシー侵害には当たらない」と語った。(翻訳・編集/野谷)

日本でもここまで大々的ではないにしろ同種の問題がたびたび発生し議論にもなっていますが、これをやれてしまうと言う独裁国家の権力に皆さんはどう感じられたでしょうかね。
同じく中国からのニュースが続きますけれども、日本でも先日子供のゲーム機を叩き壊した親が話題になっていましたが、こちらいささか方向性にお国柄が出るようです。

携帯いじりすぎて親に指切断された息子(2016年3月11日アースポスト)

    叱っても聞かないスマートフォンで遊びすぎていた11歳の息子のためを思い、母親はその息子の指を切断しました。

    新浪新聞(according to Sina News)によると、携帯電話漬けの子どもやコンピュータ世代の若者たちの親たちは、それらの誘惑から引き離すために苦労してるようですが、まさか自分の子どもの指を包丁で切断する親がいるなんでびっくりです。

    シャオパン君は、朝起きてすぐにスマートフォンを手に取り遊んでいました。母親はそれに注意しますが、彼は無視してスマートフォンをいじり続けています。

    彼の父親が、叱り続けていた母親の怒鳴り声の代わりに息子の叫び声を聞いた時、その時すでに息子の人差し指の第一関節から上は切断されていました。

    急いで病院に行き、3時間かけて指先の再接着の手術を行いましたが、 医者によると、子どもの指の血管は再接着が非常に難しく、動くかどうか判断できるにはまだ時間がかかるそうです。

    スマートフォンのゲームを上手く操作するには人差し指は欠かせないですから、指が再び動く事を祈ります。

この場合再び動くことがよいのか悪いのか何とも微妙ですけれども、しかし中国という国は人も動物も切れやすくなどあるのでしょうかね?
最後に取り上げるのはご存知ブリからのニュースですが、これをどう感じるかは人それぞれと言うところなのでしょうね。

村自慢のガチョウが殺されイギリス人マジギレ! 怒りのあまり懸賞金が4300万円を超える異例の事態に(2016年3月2日ユルクヤル)

英ハートフォードシャー州に位置する風光明媚な村・サンドンで先月21日、大事件が起きた。その村のマスコットとして長年住民に愛されてきた「ガチョウ」が何者かにより空気銃で射殺されたのだ。
怒り狂った村民らは約4,315万円もの懸賞金をかけ、犯人特定を急いでいる。
目撃者の話によると、何者かにより無惨にも空気銃で頭を撃ち抜かれたようだ。村人ジーン・ハンドレイ氏はラジオ番組に出演し「子供たちは悲しみに暮れ、村中が激怒している」と打ち明けてくれた。

    <海外の反応>

    どうして犯人はこんなことしたんだろうか。嫌な世界だわ。
    村のマスコットだと知ってて撃ちぬいたんかな?早いと犯人特定して牢屋にぶち込んで欲しいわ。だって殺害は明らかに意図的だし、こんなのを野放しにしておられん。
    面白半分で動物を傷つけてしまうような奴は病気だと思う。マジ胸糞悪いわ。
    私はこの村の住人ですが、地元民の犯行ではないみたい。青の四輪駆動車の中からショットガンで撃たれたって目撃情報があって、そのまま逃げていったとか。現場は小学校にも近いから住民は不安で堪らないんですよ・・。
    ↑なるほど。たしかに子供のこと考えると不安ですよね。
    撃って食うんならまだ分かるが、撃ち逃げかよ。今度は人間が標的か?

カモの家族が道路を横切る際はガーティ君が率先して車を停めたこともあった。誰かが手紙を出そうとすれば近付いてきてはツンツン攻撃してくることもあった。皆から愛される、まさに村の看板アイドルだったのだ。
なお犯人特定に27.5万ポンド(約4,315万円)もの懸賞金が出ており、イギリス国内でも大きな関心事となっている。地元当局は、英国動物虐待防止協会(RSPCA)と共同で捜査を進める予定だ。

    <海外の反応>

    >犯人特定に27.5万ポンド
    ガチョウと言えど、イギリス人をガチで怒らせたらこうなるのか・・・
    これ「自分が犯人です!」って名乗り出れば犯人特定に繋がった懸賞金もらえないかなw?
    ↑たしかそれは無理だった気がするが、詳しい人頼む。
    むしろダチと結託したら良いんじゃね?犯人になりすまして友人に告発してもらうと。何らかの罰を受けた上で、懸賞金の報酬は友人と山分けで。
    これだけの懸賞金が払われて犯人特定したところで、ガチョウを殺した人間の罪なんてほとんどないようなもんなんだろうな~。世の中不条理すぎるわ。
    ガチョウさん可哀相やな・・

日本でも住民に人気だった除草ヤギがいつの間にか外国人に食べられていたと話題になっていましたが、しかしこれは確かに大騒ぎになりそうな経緯ではありますね。
犯人が果たして捕まるものなのかどうかが気になりますが、しかし何故わざわざ誰かの家畜であることが確実な家禽を撃ち殺したりしたのか、犯人の心境はよくわかりません。

今日のぐり:「山東水餃大王」

岡山県南東部の日生地区と言えば昨今カキオコですっかり話題で、休日ともなると大勢の方々がお好み焼き屋に行列をしている光景が見られます。
それはそれでいいのですがもともと漁港でもあるだけに海産物全般も豊富ですし、こちらのようにブーム以前からの隠れた人気店もありますのであちこち回ってみるのもよさそうですよね。

さて、こんな片田舎に(失礼)極めて珍しいと思われる水餃子の専門店なのですが、メニューを見ても水餃子意外にはスペアリブくらいしかなさそうです(そもそも何故そこでスペアリブなのか?と言う疑問はさておき)。
当然ながら水餃子を頼むことになるのですが、小ぶりの水餃子がまとめて大皿に並んで出てくる光景は何ら飾り気も何もないものの、普段あまり見ることがないだけになかなか壮観ではありますね。
食べて見ますと少し茹ですぎ感でちょいと皮は伸びているのが気になりますが、とにかくプリプリの餡がジューシーでうまいですし、ごま油の風味が効いていてシンプルながら力強い味で、これは幾らでも入りそうな感じです。
もちろん普通の人でも二人前、三人前と入りそうなのですが、当然ながら時間が経てば延びてしまいますからこういうものは分けて頼んだ方がよさそうですけれどもね。

店構えを見ても昔から地道に営業されていたお店のようで、最近ではカキオコと相乗効果でこちらも大勢お客が来ているようですが、わずか10席ばかりの狭い店内にはそうたくさんは入れないですよね。
非常に小さな店でお世辞にも今風の店構えではありませんが、皆さんフレンドリーで居心地はいいですし、こういう小さなお店が安心して営業出来るのもカキオコの集客効果の副産物でもあるのでしょう。

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2016年3月20日 (日)

今日のぐり:「福来(ふくろう)」

アメリカと言えば銃社会で様々な銃器絡みのびっくり報道も出ていますが、先日出ていたこちらの記事は一見するとその種のトンデモ事件に見えてちょっとひっかかりを感じるという人が多かったようです。

14歳少年「ピンポンダッシュ」で撃たれる(2016年1月4日ブレーキングニュース)

用もないのに他人の家のドアチャイムを鳴らし、そのまま逃げてしまう“ピンポンダッシュ”と呼ばれるイタズラ。これを日本でやっても、見つかった場合にだけ怒鳴られるのが関の山か。だがそれで済まないのがアメリカだ。このほどオクラホマ州で…。

オクラホマ州北東部のメイズ郡プライアーで1日の午前1時半ごろ、コール・ペイトン君という14歳の少年が銃で撃たれて病院に運ばれた。ドアチャイムを鳴らして逃げるイタズラの“ピンポンダッシュ”。仲間2名とともにこれをやって家主を激高させ、撃たれたものとみられている。収拾がつかなくなっている米国の銃社会を嘆き、「今こそ立ち上がって皆でなんとかしよう」とオバマ大統領も強く訴えかけた矢先に起きた事件であった。

この画像は『CBS News』によるその記事のスクリーンショットで、写真はタルサの病院でベッドに横たわるコール君の様子を母親が撮影して系列メディアの『KWTV』に提供したもの。銃弾は数発放たれうち1発が肝臓を貫通。手術を受けたことにより幸いにも回復に向かっている。また仲間の2名は逃げて無事であるという。

プライアー警察は「コール君がそれを犯したという確証はありませんが、最近ピンポンダッシュのようなイタズラに関する通報が増えていました」と語っている。他人の家に近づくことは敷地への(不正)侵入行為でもあり、家主らは「見つけたらタダではおかない」と凶器を準備して待っていた可能性もある。家主はまだ逮捕されておらず、郡検事当局はそれが行き過ぎた発砲であった可能性を視野に捜査を進めている。

よくある過剰防衛事件と思いきや、一般論として真夜中に14歳にもなった少年が集団で「ピンポンダッシュ」をやるものなのかどうかで、世間では家人のいない空き家を探していたのではないか等々と様々な憶測も語られているようですよね。
本日はいずれにしても同情すべき境遇と言うしかない家主さんを励ます意味で、世界中から一体それは何をやりたかったのか?と疑問を感じずにはいられないニュースを取り上げてみましょう。

児童虐待通報電話189、「長すぎる音声案内」でガチャン? ほとんどの利用者が「途中で切る」(2016年3月3日J-CASTニュース)

  「子どもたちや保護者のSOSの声をいちはやくキャッチする」――。そんなコンセプトで導入された厚生労働省の児童相談ダイヤル「189(いちはやく)」で、相談前に通話を切る利用者が続出している。
   最長で2分におよぶ「長すぎる音声ガイダンス」が原因とみられ、ネット上では批判が噴出。専門家も「相談までに時間がかかり過ぎている」などと多数の問題点を指摘し、システム改善を求める要望書を厚生労働大臣に出す予定だ。

   児童虐待などの通報を受け付ける案内ダイヤルの「189」は、厚労省が2015年7月1日から運用をはじめた。以前は10桁の番号で受け付けていたが、「子どもたちや保護者のSOSの声をいちはやくキャッチする」ために3桁に変更。番号には「いちはやく」の語呂合わせが採られた。電話をかけると最寄りの児童相談所(児相)窓口に電話が転送され、専門家が24時間体制で相談などに応じる。

   3桁番号を導入したことで入電件数は全国的に増加したというが、一方で児相につながる前の音声ガイダンスの段階で通話を切ってしまう利用者が目立っている。15年12月3日の東京新聞朝刊によると、茨城・群馬・千葉・神奈川の4県と千葉・横浜・横須賀の3市への調査で、利用者の81%がガイダンス中に通話を切っていたという。さらに、沖縄では利用者の9割超が相談前に通話を切っていたと、15年12月12日の琉球新報が伝えている。

   ――利用者が通話を切る原因とみられるのが、「長すぎる音声ガイダンス」の問題だ。固定電話の場合はプッシュ信号を用い自動で発信地域を特定し、その後、地域内の児相を読み上げ、転送される。さらに、携帯電話の場合は、電話をした人が郵便番号を入力したり、ガイダンスが読み上げる県名や地域を逐一選択する必要があり、児相につながるまで1~2分ほどかかるうえ、通話料金は利用者が負担しなくてはならない。
(略)
   児童相談ダイヤル「189」の音声ガイダンスをめぐる問題については、ネット上でも大きな注目を集めている。ツイッターや掲示板などには、

    「勇気を出して、通報しようとしても、2分もうだうだと音声流れたら、気持ちが折れそう」
    「精神的に追い込まれてギリギリの奴とか、迷ってるやつが何分も待てるかって言う話」
    「切羽詰まってるときに悠長なガイダンスなんか聞いてられんわ」

などといった批判的な意見が数多く寄せられている。
(略)

おおむね切羽詰まった状況で電話しているでしょうに長々と音声ガイダンスなど聞いていられないとはもっともな話ですが、そもそも何故こんなことをしているのかと言う当然の疑問に対してはスタッフ不足でこれ以上相談件数を増やしたくないからだと言うこれまたもっともな声もあって、電話口だけの問題ではすみそうにはないようですね。
最近では各地で物騒な事件も発生しているようですが、こちら何をどう考えてこうなったのかと皆が不思議がる奇妙なニュースです。

キツネやサルの仮面つけた女3人組が男児を誘う 北九州市小倉南区(2016年03月11日西日本新聞)

 10日午後6時ごろ、北九州市小倉南区上吉田の公園で、キツネやチンパンジーの仮面で顔を隠した女3人組が、小学生男児に「遊ぼうや」などと誘いかける事件があった。

 福岡県警小倉南署で捜査しているが、女たちは白色の車に乗っており、うち2人は、キツネの仮面、チンパンジーの仮面をそれぞれつけていた。

子供受けを狙ったのか身元を秘匿したかったのか微妙なところで、むしろ目立ってしまうのではないかとも思うのですが、このセンスはちょっと嫌いじゃないのは不肖管理人だけでしょうか。
先日はパリで大規模な爆弾テロがあったことで全世界的に大きな衝撃を与えましたが、こちらそれ以上の恐怖を人々に与えていると言う男のニュースです。

健康な歯を次々抜歯… 仏「恐怖の歯科医」が出廷(2016年3月9日AFP)

【3月9日 AFP】フランス中部の村で歯科医として診療に当たっていた際に、100人以上の患者の口内に重傷を負わせたとされるオランダ人の男が8日、出廷した。現地メディアは男を「恐怖の歯科医」と呼んでいる。
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 ヤコーブス・ファンニーロップ(Jacobus van Nierop)被告(51)はシャトーシノン(Chateau-Chinon)村で、患者の健康な歯を次々に抜いていた。患者らはあごの損傷や、再発性の化膿(かのう)や敗血症に苦しんでいた。
 ファンニーロップ被告は加重暴行罪に加え、患者や保険会社に対する詐欺の罪に問われている。有罪となれば最高で禁錮10年、罰金15万ユーロ(約1900万円)が言い渡される可能性がある。
 被告は先に、性自認に関する問題や自殺傾向といった「精神的な問題」を抱えていると訴え、責任を回避しようとする姿勢を示していた。

 ファンニーロップ被告はヘッドハンターからスカウトされてシャトーシノン村に着任。村は医療サービスが不十分だったため、当初は住民から歓迎された。しかし2011年までに、当局が被告の会計処理に不信の目を向けるようになり、患者もどんな治療を受けたか情報交換をするようになった。
 65歳の女性患者は2012年3月、歯列矯正器具を装着するため被告の元を訪れたところ、「7~8本の注射を打たれ、一度に8本の歯を抜かれた。3日間出血が止まらなかった」と話している。
 また、ずさんな処置を施されたことによる重度の化膿で数本の歯を失ったという別の女性患者は、「毎回『ちょっとチクリとします』と言っては完全に眠らされていた」と話す。「診療が終わると、翌日か翌々日に再診予約を入れるようにという付箋を手渡された」という。

 この女性患者が被告を告発しようと、助手の一人の協力を得て2013年に被害者の会を立ち上げたところ、たちまち120人もの被害者が名乗りを上げた。同年6月には警察が逮捕に踏み切ったが、公判まで保釈された間の12月に国外へ逃亡。国際指名手配された被告は翌2014年9月にカナダの小さな町で逮捕された。その際、自ら喉をかき切ろうとしたという報道もある。
 被告は精神の問題を理由にオランダおよびフランスへの強制送還を拒もうとしたが、結局パリ(Paris)南郊にある医療刑務所へ送致されていた。

ともかくもこの歯科的な話題というものはある種の方々にとってトラウマ的な破壊力を発揮するようで、思わず頬に手が伸びたと言う方も少なからずだったようですが、しかしこの歯科医は一体何がやりたかったのでしょうか。
冒頭のアメリカと比べるとある意味で平和であったと言うことなのでしょうか、一方的な銃撃戦の果てに犯罪者が射殺されたと言うニュースです。

中国人を射殺か タイ・バンコックで強盗、店側と撃ち合いに(2016年3月5日サーチナ)

 中国メディアの新浪網や環球網はタイのメディアを引用して、タイの首都、バンコック市内で4日、中国人とみられる4人組が銃砲店に強盗に押し入り撃ち合いになった結果、うち1人が死亡したと伝えた。
 事件は4日午前10時ごろ、バンコック市内のジャルンクルン通りで発生した。ジャルンクルン通りは同市の中心部を通る主要道路で、通り沿いには名門ホテルや大使館も多い。

 事件の経緯についての説明では、4人組は「おもちゃの銃を使って、本物の銃を奪おうとしたところ、店側と銃撃戦になった」など、状況を想像しにくい部分もある。
 銃撃戦の結果、強盗団のうち2人が負傷した。うち1人は治療を受けたが死亡した。警察はもう1人の身柄を拘束したが、1人は逃走した。

 警察は、死亡または拘束した容疑者が中国のパスポートを所持しており、タイ語を話せないので、中国人とみている。
 また、4人がタイに入国したのは2月27日で、警察は銃を強奪することを目的としてタイに来たと考えている。入国時にはすでに「おもちゃの銃」2丁を持っていたとみられている。

そもそもおもちゃの銃で銃撃戦もないだろうとか、海外にまで銃を強奪しに来たにしてはあまりにも杜撰であろうとか、一体この連中が何を考えていたのかと当局も首をひねっているようです。
最後に取り上げますのは南アフリカからのニュースですが、まずはその不可思議な事件の経緯を取り上げてみましょう。

「神が守ってくれる」ライオンの群れに飛び込んだ男(2016年3月15日テックインサイト)

南アフリカ北東部に位置するクルーガー国立公園鳥獣保護区で“王者の象徴”とされるライオンに挑んだ男がいた。「神が私を守ってくれる」と勇敢にライオンの群れに飛び込んだはいいが、結果は散々だったようだ。『travel.aol.co.uk』など複数のメディアが伝えている。

たくさんの信者を前にライオンの群れに果敢に飛び込んだのは、Zion Church(シオン・キリスト教会)のソシャングベ支部のリーダーでもあるAlec Ndiwaneさん。自身のことを「預言者」と呼ぶNdiwaneさんは、クルーガー国立公園で野生の動物を生で見られるサファリツアーに参加。しばらくして突然わけのわからない言葉を口走ったかと思うと深い瞑想状態に陥り、乗っていたトラックのドアを開けインパラに群がって食事をしていたライオンに向かって走り出したという。

お腹をすかせたライオンがNdiwaneさんに気づかないはずもなく、その直後にNdiwaneさんはライオンに追われるはめになる。我に返り、勝ち目がないと慌ててトラックに戻ろうとしたNdiwaneさんだったが、跳びかかって来たライオンに左臀部を食いちぎられ重傷を負った。近くにいたレンジャーが上空に向かって発砲したことで、ライオンは散り散りに逃げ、Ndiwaneさんは九死に一生を得たようだ。

Ndiwaneさんは病院に運ばれ緊急手術を受け、経過は良好ですでに退院している。ライオンの群れに飛び込んだことに関しては「何が起こったのかよくわかりませんでした。全能である神が私を使って動物にも勝るその力をお示しになろうとしたのかとも思いました。結局人間は動物を支配することはできないと言うことでしょう」と語っていたという。

記事を見る限りでは宗教的リーダーでもあったそうなんですが、信者を前に何かしら見せたいことでもあったと言うことなのか、あちらでは別にそろそろ季節の変わり目だとか言うわけでもないでしょうにね?
仮にそれが何かしら個人的な権威の向上を目指してのものだったとすればむしろやらない方がよかった類の蛮勇かと思うのですが、とりあえずライオンの群れに襲われれば神様もびっくりはするだろうと思います。

今日のぐり:「福来(ふくろう)」

岡山県南東部・日生地域のカキオコと言えば今や大変な人気で、休日ともなるとあちらこちらに点在するお好み焼き店に大行列となっているようですが、風光明媚でよい地区ですよね。
その中でも比較的街中にあり駅からも便利が良いのがこちらのお店ですが、あまり広いお店でもないだけにすぐに満席になってしまいます。

とりあえずはお約束と言うことでかきおこモダンそばから入って見ましたが、こちらのカキオコの見た目は少し広島風に近いようですが焼きはそこまでではないせいか、食感は関西風のふわとろ感に近いものもあります。
そばもあまり焼かないようでぷりぷりした食感を保っていますし、ソースは甘口で中にはカキがたっぷりと、広島で食べるカキ入りお好み焼きとはまた違いますがこれはこれで有りだと思いますね。
かき焼きそばは肉の代わりにカキが入った焼きそばですが、カキを抜きにして考えると焼きそばとしては今いつつくらいの出来なんですがこのカキだけはたっぷりでブリブリの食感が楽しめます。
カキオコと言うものは何がスタンダードなのか微妙ですが、お好み焼きとしてみると関西風とも広島風とも少し違った作りで、この独特のスタイルはどういう由来があるものなんでしょうね。

総じてメニューはシンプルですしほぼプレハブの掘っ建て小屋的な建物で、どうも店内にはトイレすらないらしい気配なのですが、田舎のお好み焼き屋と言うものは本来こんな感じのお店が多いですよね。
店名が店名だけに店内はふくろうだらけなのも特徴ですが、それより何よりフロアのおばちゃんの接遇ぶりがちょっと独特で、何とも癖があると言いますかこれも面白いなと感じながら見ていました。

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2016年3月19日 (土)

過ちを認め改めることが希有な事例だとして称讚される業界とは

一つの非常に「時代遅れ」な記事が大きな反響を呼んでいるのですが、本日まずはこちらの記事を紹介してみましょう

35年前の記事を訂正 秋田魁新報、1面コラムで 筆者が経緯語る(2016年3月17日日本報道検証機構撮影)

正確でなかったため訂正させていただきます」ーー秋田魁(あきたさきがけ)新報が3月4日、35年前に秋田市内で起きた強盗事件の記事を事実上訂正した。1面コラム「北斗星」の筆者が新人時代に取材して以来、被害者宅にあった現金が全て奪われたと思い込んでいたが、最近になってそうではなかったことが判明したという。日本新聞協会の綱領は「新聞は歴史の記録者」とうたっているが、実際に古い記事の誤りを訂正することはめったにない。筆者の論説委員長、相馬高道さん(58)は、日本報道検証機構の取材に応じ「コラムの趣旨は、たとえ遅くなったとしても知らないふりをしてはいけない、という戒めとすることにあります」と話し、事の経緯を明かした。

相馬さんが訂正したのは、1981(昭和56)年2月24日付の強盗事件について報じた記事。入社1年目(当時23歳)で警察を担当していたときに取材した事件だが、強盗らしからぬ展開をたどった。

2月20日深夜、秋田市内の高齢夫婦(当時、夫は84歳、妻は80歳)が住む民家に覆面をした男が押し入り、夫婦に果物ナイフのような刃物を突きつけて金を要求、現金3万円を奪って逃走した。犯人は夫婦に「後で返しに来る」と言い残していたが、そのとおり事件2日後、現金2万円が夫婦宅に速達で届けられた残り1万円も3月9日付消印の郵便で返ってきた。同封された便せんには「親愛なるおじいさん、おばあさん、悪いことをして申し訳ありません。あの時から仕事も手につきません。もう悪いことはしません」と書かれていたという(3月17日付秋田魁新報)。声の感じから50歳くらいの男だったというが、結局、捕まらなかった。

相馬さんは、2月21日付朝刊の第一報から最後の1万円が返ってくるまで、何度も続報を書いていた。そのうち、「強盗?が2万円を返す 秋田市の老夫婦宅 事件2日後速達で」と見出しをつけた24日付の続報記事では、犯人とのやりとりを次のように伝えていた。

    こうした「返金」があったことで、●●さん(注:記事では実名)夫婦は半ばあきれ顔。犯人の侵入に気付いた時も二人は恐怖を感じなかったと言い、●●さん(注:記事では妻の実名)が三万円を差し出ながら「これを持って行かれると、あしたのコメは買えない」と言うと、犯人は「入らなければよかった。後で返しに来る」と言い残したという。

これについて、相馬さんはコラム「北斗星」で、「”’時の小紙は被害者宅にあった現金の全てが奪われたかのように報じている。実はまだ数万円あり、犯人に気付かれないように妻が隠し通していたことを、ごく最近になって知った”’」と明かし、「”’被害者夫婦は亡くなって久しいが、あっぱれである”’」「”’ということで、当時の記事は正確でなかったため訂正させていただきます”’」と書いた。

相馬さんによると、被害者の妻に直接取材していたが、夫婦宅にあった現金の全てを奪われたと思い込んでいたという。だが、今年2月末に後輩の女性記者(37)から「私の曽祖母の家に昔、強盗が入った」と聞き、彼女の曽祖母がこの事件の被害者の妻と判明。曽祖母がとっさに現金7万円か8万円を隠したことを事件後に娘(女性記者の祖母)に打ち明けていたこともわかった。

ただ、当事者は既に亡くなっており、真偽を確かめようがない。元の記事は「奪われた3万円が被害者宅の現金の全て」と明記していたわけではなかった。そのため、独立した訂正記事にはならなかったが、相馬さんは「3万円のほかにまだ現金があったと知ったからには、何らかの形で紙面に記録しておきたい」と思い、自ら担当するコラムで「訂正」したという。

相馬さんは「北斗星」で、米紙ニューヨーク・タイムズが2000年元日の紙面で、100年以上も誤った号数で発行し続けたことを訂正した例も紹介し、こう書いていたーー
「”’It is never too late to mend(過ちを改むるにはばかることなかれ)である。それがどんなに昔のことであっても”’」
(略)

過ちを改めるのに遅すぎることはないとはどんな時にでも忘れずにいたい言葉ではありますが、実際にそれを実行に移せるかと言えば必ずしもそう簡単なことではありませんし、ましてや何十年も昔の誰も覚えていないような行為を今さら改めて自ら恥を晒すなど普通には出来ないことですが、報道に関わるものとして事実とそうでないことは明確に区別すると言う姿勢を示したとも言えますね。
最近ではテレビ番組に出ていた人間が経歴詐称をして降板すると言う騒ぎもあったそうで、当事者であるテレビ局などは形ばかりの報告と謝罪だけで全てを済ませたかのように放送を続けていて、彼らの好きなフレーズであるところの任命責任なるものは一体どこに言ったのかと大いに疑問符のつく余地無しとしないところなんですが、それと比べれば全く清々しいばかりの行動とも言えます。
先日も朝日新聞がまたしてもでっち上げ記事を書いたとして原子力規制委員会から「非常に犯罪的だ」と批判されると言う事件がありましたが、嘘だろうが捏造だろうが言ったもの勝ちで何ら責任を取らないと言う態度は良心的な報道勢力の最も好まざるところのように思っておりましたら、当事者はその例外であると言いたげな好き放題な報道ぶりはどうなのかです。
特に政治的な問題はデリケートな話であるだけに、政府筋からもあまりにひどい偏向的な報道に関しては電波停止命令もあり得ると過去に何度も言及されてきたところで、それに対して当事者側は様々な理由を挙げて反対運動と華麗なスルーを続けてきたわけですが、そんな自省を知らない彼らに対してこんな内部批判の声もあるようです。

マスコミ報道を萎縮させているのは「権力」ではなく「中立公平」という病 (2016年3月16日MSNニュース)

 少し前、田原総一朗さん、岸井成格さんなど著名ジャーナリスト6人がズラリと並んだ画像を用いた「クソコラグランプリ」がネットで話題となったのをご存じだろうか。
 高市早苗総務大臣が、放送局が政治的公平性を欠く放送を繰り返したと判断した場合、放送法4条違反を理由に電波停止を命じる可能性について言及したことを受けて、報道が萎縮すると抗議を行った際にみなさんが掲げた「私たちは怒っています!」と垂れ幕の文字を入れ替えて、くだらない画像にするという不謹慎極まりない悪ふざけだ。
 「安倍政権の暴走を止めるため立ち上がった方たちを茶化すなんて」と不快に思われる方も多いだろうが、あまりに話題になったのでちょっと覗(のぞ)いてみたら、これがなかなかよくできていて、なかには問題の本質を突くようなクソコラがあった。
 それが、6人が掲げる垂れ幕に「偏向報道許せ!」という文字がのっけられたものだ。
(略)
 実は田原さんたちが怒るきっかけとなった「電波停止問題」というのは、怒ってどうにかなる話ではない。放送法第4条の中に放送局の「編集準則」という要件として「政治的に公平であること」とちゃんと明文化されているからだ。一部の産業が少々ゴネてみたら法律が無効になりましたなんてことがあったら、そっちのほうが法治国家としては大問題なのであって、もしまかり間違って民進党が政権をとっても、総務大臣の答弁はああゆうことになる。つまり、これは安倍政権がファシズムだとか、軍靴の音が聞こえるとかという類の話ではないのだ。
 すべての元凶が、「政治的公平」というおかしな記述にあるということは、よその国をみても明らかだ。

 例えば、米国なんか分かりやすい。かつてはテレビ局を管轄する連邦通信委員会が「報道の政治的公平」を求める時代もあったが、1987年にこれをスパッと廃止。300以上のチャンネルがわんさかあって、視聴者である「米国人」というものも多様化していく中で、テレビの「政治的公平」を誰がジャッジするのかというのはほぼ不可能だからだ。
 それは、日本人が「ジャーナリズムの鏡」としてうらやむ英国の国営放送BBCにもあてはまる。ここはかつてフォークランド紛争を「中立」に報道し、サッチャー政権から厳しく批判されても屈しなかったことで、NHKも爪の垢を煎じて飲めみたいな感じで引き合いに出されることも多いのだが、これも英国のテレビ局に「政治的公平」を求める法的な縛りがないことが大きい。「公平さ」というのはあくまで個々の自主的なガイドラインによって判断されているのだ。
 実際、当時のBBCのガイドラインにも、「公平性は、絶対的な中立性を意味するのではない」という記述があり、このガイドラインも時代によって恣意的に運用され、ちょこちょこ書き換えられてきた。つまり、世界ではジャーナリズムにおける「公平」というのは、権力の監視も含めた「国民からみた公平さ」であり、それは個々のジャーナリスト、報道機関が自らの言説の中で国民に対して示していくものなのだ。少なくとも、大臣やら監督官庁やら法律に基づいて「ジャッジ」をするようなものではない。その報道が公平かどうかを判断する人の「公平さ」は、誰が判断するのかという堂々巡りになってしまうからだ。独立機関をつくってもそれは同じだ。
(略)
 しかし、残念ながら日本にはこういう潮流は生まれなかった。いまだに新聞・テレビの記者たちが「中立公平・客観報道」という理念を念仏のように唱えて日々取材を行っている。ただ、その一方で「中立公平・客観報道」だけでは世に訴えることができないという厳しい現実は日本も米国も同じだ。そこで、この立派な理念を掲げたまま、こっそりと主観的な報道、個々の政治的立場に基づいた主張を潜りこませるという、今でいうところのステマ的な手法が常態化してしまったのである。さらにタチが悪いのは、当事者が罪悪感ゼロでそれをやっていることだろう。

 それを象徴するのが、2月25日に発行された『ワシントン・ポスト』だ。トランプ人気に歯止めをかけるため、同党指導者に行動を起こすよう促す社説を掲載し、その中でトランプ氏を、「スターリン」「ポル・ポト」「弱い者いじめの扇動家」という表現でディスりまくりで、とにかくこいつの勢いを止めろと共和党支持者の尻を叩いているのだ。
(略)
 これが「ジャーナリズム」なのだ。あちらでは新聞の社説は、政治的スタンスを明確にして、こうしろああしろと主張するのが当たり前なのである。
 にもかかわらず、日本のテレビや新聞はこぞって『ワシントン・ポスト』の社説を「異例のことだ」と驚いて報じた。自分たちも安倍首相に対して似たような論調で批判をしているにもかかわらず、「そんなに政治色出して平気?」なんて調子で、まったくの他人事なのである。
 これはマスコミという人たちが、いかに客観性を欠いているということもあるが、なによりも「ボクちゃんたちは中立公平だもんね」という信仰にも近い思い込みに囚(とら)われているということの証でもある。
(略)
 つまり、日本の報道が萎縮している、息苦しい云々というのは、権力の圧力がどうとかこうだとかいう話ではなく、欧米がとっくのとうに放棄した「中立公平」にいまだ縛り付けられていることの不自由さなのだ。
 この呪縛から解き放たれるためには、影響力のある大物ジャーナリストがぶっちゃけてもらうしかない。そこで冒頭のみなさんだ。日本のジャーナリズム発展のため、「偏向報道許せ!」ではないが、こんな宣言をしてみるというのはどうだろう。
 「ジャーナリストは偏ってナンボだ
 偏るのが当たり前になれば、国民は個々の判断でジャーナリストを選ばざるをえないので、報道に対するリテラシー力が磨かれる

 報道側にも悪い話ではない。立場を明確にすることができるので、「朝日」なんかも「トイレをつまらせよう」なんて暗号みたいな話ではなく堂々と反政府運動の呼びかけを行える。偏るのが当たり前になれば、放送法第4条の「政治的公平であること」も有名無実化して改正されるかもしれない。そうなれば、テレビの報道の「萎縮」も解消される。
 「もっとオレたちを大事にしろ」と怒っているだけではジャーナリズムの復興はない。いい加減そろそろ、自分たちが変わる必要に迫られているのではないか。

ちなみに記事の末尾の方に上げられている「トイレをつまらせよう」云々と言うのも先日非常に大きな話題になった話で、なるほどこれが日本のクオリティペーパー(笑)なるものかと心ある国民から失笑を買った一件ですが、メディアそれぞれに立場があるだろうことは言うまでもないにしても、正直全国紙で書かれるべき記事としてあまりに内容の程度が低いように感じる方々が多かったようです。
そうした話は電波停止云々の話にも通じることがあって、別に国民の誰一人としてメディアが公正中立だなどと言う幻想を持っているわけではないのですが、そんな小学生にも見透かされるような幻想を未だに信じ込んでいるかのように振る舞うのもどうかだし、どうせ偏るにしてもトイレ云々ではなくせめてもう少し格調高いものであって欲しいと言うことではないでしょうか。
電波停止問題に関しては放送法に公正中立であることを明記しているものの、現状では電波停止の根拠となる罰則規定も存在しないことが問題点であることを先日もご紹介したところですが、一方で日本のテレビ局各局が国に支払っている電波使用料が諸外国と比較しても圧倒的に安く、しかも実質的に事業を独占していることで不当なほど高い利益を上げていると言う指摘もあります。
諸外国のように電波の持つ巨大な利権相応の金銭的負担をお願いしますと言い出すだけでも実質的に電波停止命令以上のダメージを与えられるとも言いますが、国民としては国とテレビ局がつまらない勢力争いめいたことをやってもらっても何ら面白くもないもので、そんなことよりももっとまともな内容の放送をやってくれと言いたくなるのではないでしょうかね。

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2016年3月18日 (金)

教育にもコスパが問われそうな時代

米百俵が流行語になった時代も今は昔で、何しろ大学生の半数が奨学金と称する学生ローンを利用していると言うご時世ですから、せっかく卒業してもローンの返済に追われ社会人人生の出発時点でマイナスからのスタートとなり、少子化解消などと言われてもこれでは結婚して子供を持つなど到底考えられないと嘆いている方々も少なからずいるようです。
そんな声に対して高等教育などあくまでオプションであり、人生をより有利に生きるための投資に過ぎないのだから、ローンを組んで進学するのが嫌ならさっさと就職すればいいじゃないかと言う声もあるのですが、親世代もワープア化が進んでいる今の時代学費問題が影を落としているのは必ずしも高等教育ばかりではないようです。

義務教育、重い負担なぜ? 制服、かばん…中学入学で9万円 進学や通学の「壁」に(2016年3月7日西日本新聞)

 春3月。わが子の進学を喜ぶ一方で、公教育に予想以上の私費負担が必要なことを知って戸惑う保護者が少なくない。福岡県春日市の40代女性もその一人。2月初め、長女が来月入学する市立中の説明会に参加し、制服や通学かばんなど総額約7万~9万円を現金払いしなければならないと知らされた。共働きで2人の子を持ち、児童手当を受給する「標準的世帯」のこの女性にとっても重い出費。生活困窮世帯であれば就学援助を受けられるが、新入学用品費の支給額は約2万3千円で到底足りない。女性が本紙子ども問題取材班に寄せた疑問を、市教育委員会に投げ掛けた。
(略)
 春日市教委学校教育課とのやりとりは以下の通り。
 ―入学時の費用は市内で統一されているのか
 制服は中学ごとに学校とPTAが協議して決めている。市内6校中2校は、詰め襟やセーラー服の標準服を学校指定の3~5社(数万円)から選んで購入する仕組み。4校は独自デザインのブレザーを採用している。入学時に必要な費用は、生徒数やデザインなどによって学校間で数万円の開きがあるのが実情だ。
(略)
 ―刺しゅうや上靴の色を学年で変えたり、靴下が白でなければならなかったりするのはなぜか
 刺しゅうは生徒を把握しやすくするためではないか。色の違いや靴下も各校の校則にのっとったもので、事実上、学校長の判断だ。
(略)
 ―義務教育の無償を規定した憲法26条をどう受け止めるか
 (しばらく沈黙し)私費負担ゼロで教育を受けることはできていない。個人的意見だが、国はすべての子どもに学習する機会を保障するため、教育予算をもっと手厚くすべきだと思う。

公的支出、現実は少なく―取材班から

 憲法26条2項は「義務教育は、これを無償とする」とうたう。だがキャンペーン企画「子どもに明日を」の取材で知ったのは、制服代や学用品費などが貧困家庭の重荷となり、時には進学や通学の「壁」にすらなっている現状だ。
 日本の国内総生産(GDP)に占める学校など教育機関への公的支出の割合は3・5%にとどまり、経済協力開発機構(OECD)加盟国で比較可能な32カ国中、最下位だ。日本は世界3位の経済大国で、少子化対策を国の最重要課題に挙げているにもかかわらず、子どもに費やす予算は他国と比べれば大きくはない。
 中間所得層が厚く、「1億総中流」と呼ばれた時代もあったが、今では経済格差が広がって子どもの6人に1人が貧困状態で、九州はさらに深刻だ。連載でも3万5千円の制服代が支払えず、入学式を欠席した中学生を紹介した。金銭的な理由で義務教育や高等教育から脱落する子どもが増えているのではないか。
 憲法26条は空文化していないか。教育現場を歩きながら問い掛けたい。

それぞれの立場から色々と考え方や意見の相違もあるのでしょうが、ここでは私立中学の学費問題について問い合わせているにも関わらず、市当局者では国がもっとお金を出すべきだと答えていることに注目したいですね。
義務教育は無償で提供されるべきと言われると、近年しばしば話題になるのが「義務教育だから払う義務ないでしょ」と給食費を支払わない親が少なからずいると言う困った問題もあるのですが、今回の場合別に支払わない、支払えないと言うわけではないにせよやはりまとまった金額の出費は痛い、何とかならないのだろうかと言うことですよね。
この場合一つには以前から言われているように教育に公的なお金をもっと出すべきだと言う考え方があって、少なくとも正規のカリキュラムに組み込まれている内容であれば義務教育は原則無料で受けられるべきではないかと思うのですが、教科書は無料でも副教材は有料と言った昔ながらの慣習が続いてきていて、しかもその自費負担部分のコストが馬鹿にならない金額になっていると言うのであれば補助金なりと出ないのかと言う話ですが、国も自治体もお金がない時代に出費増は厳しいのでしょう。
この点でそもそも強制的にお金を出させるのであれば、その出費の内容はもっと厳選するべきではないかと言う疑問もあって、例えば公式行事にも使われる制服は仕方ないにしろ別に運動着や靴なども専用デザインでなくともいいのではないかだとか、とかく専用品ばかりを強制するのではなくプライベートや卒業後にも使える汎用品使用を使わせてもらえれば助かるのにと言う声は根強くあるようで、今どき私服は華美に走るなどと言われてもどこの世界の話ですかと言う気もしますよね。
こうしたつましい話がある一方で、世の中には教育にかかるお金には糸目をつけないと言う景気の良い話もいまだあるのだそうで、今をときめく医学部などはこんな桁違いのコストがかかる場合もあるのだそうです。

最も高い大学は約5千万円! 低偏差値ほど高い医学部学費の法則とは?〈2016年3月11日週刊朝日〉

 2008年のリーマンショック以降、高収入を得られる手堅い職種として医師を目指す受験生が増え、空前の医学部ブームが始まった。昨年、高止まりになったとはいえ、まだまだ人気は堅調だ。
 だが、ご存じのように、それほど学費が高くない国公立大医学部入学には相当の学力が必要だ。私大に目を向けても、やはり難関の上、他学部に比べて学費が破格に高い
 私大医学部の6年間の平均授業料は約3300万円。なんと、国公立大の10倍近い。年間で500万円以上になる計算だが、これは国税庁が発表した14年の民間企業の平均給与額415万円を大幅に超える。
 一口に私大医学部の学費といってもかなり幅がある。6年間の総額が最も安い順天堂大の2112万7800円に対し、最も高い川崎医科大は4716万5千円。両大の学費は倍以上違う。
(略)
 興味深いのは、偏差値が上位の大学の学費は2千万円台のところが多いが、偏差値が低くなると学費が高くなる傾向があることだ。偏差値と学費は反比例の関係にあるのがわかる。
 偏差値68の順天堂大が学費の値下げに踏み切ったのは08年。6年間の学費を約900万円も安くした結果、優秀な志願者が増え、結果として偏差値が上がった。駿台予備学校市谷校舎の竹内昇校舎長は説明する。
「首都圏の生徒が下宿して地方の国公立大医学部に通うよりも、自宅から首都圏の私大に通うほうが、費用が安くなることもあります。学費を下げたことが志願者増につながり、偏差値が大きくアップしました」
 この順天堂大の事例以降、私大医学部の学費値下げが相次いだ。代々木ゼミナール入試情報部の加藤広行部長は語る。
「最近では13年に昭和大が6年間で450万円(一般合格者)、東邦大が600万円、14年に帝京大が1169万円、15年に東海大が254万円値下げしました。帝京大は大幅に値下げしたため、一般入試の志願者が前年より2967人も増加。定員107人に8334人が志願し、約78倍の倍率でした」

 一方、偏差値と医師国家試験の合格率が連動するかといえば、そうではない。毎年、約800人もの医学生が医師国家試験で涙をのんでいる。最難関の東大でさえ、合格率が100%ではないことが多い。
(略)
 偏差値に比して合格率が高いのが兵庫医科大だ。鈴木敬一郎副学長は、合格率トップレベル校に名を連ねている理由について話す。
「6年生のカリキュラムは自主性を尊重する自由度の高いものです。そのために1・2年次から選択科目を選ばせて、自己管理能力をつけさせます」
 さらに同大では、成績不振の学生に個別指導を実施。医師国家試験を控えた6年生のために自習室を24時間開放するなど、支援体制が整っているのが特徴だ。
「卒業試験で良問を出していることも、高い合格率に結びついているのだと思います」(鈴木副学長)

まあ医学部の場合医師養成専門学校的な側面も濃厚ですから、そのためにはお金も手段も選んでいられないと言う場合もあるのかも知れませんが、幸いにも?昨今では「名前さえ書ければ合格」的な極端に偏差値が低い大学と言うものはそうそうなくなっていて、医学部最下位レベルでも一般の大学と比べれば上位水準の偏差値になっているそうです。
ただそれが目的化しているとは言え国試合格率も正直評価の指標としては水もので、記事にもある兵庫医科大などは確かに国試合格率は高いものの4浪以上の受験生を完全排除するなど浪人生入学に厳しいことで知られていたり、留年率が極めて高くストレートで卒業できるのはわずかに6割程度だったりと言いますから、要するに合格しそうな学生だけ受験させていると言うことなのでしょうね。
それだけ合格率にこだわる理由として様々に想像出来るのですが、法科大学院などは定数大幅増で国試合格率が低下し全く合格者が出ず学費詐欺とまで言われる大学院が閉院に追い込まれたと言う話もあるように、やはり高い合格率を保ち学生にアピールすることがより優秀な学生を集め、さらなる合格率向上につながると言う好循環を形成する第一歩になるのでしょう。

今の時代に大学の学費で何千万も支払うと言うのは大変な出費に思えますけれども、聞くところでは少々高くとも医学部の学生と言えば銀行がお金を貸してくれるだとか、看護師の御礼奉公よろしく病院から「うちに来てくれれば学費は出すよ」式の話もあるとかないとかですし、そもそも期待される年収を考えればむしろ高い確率で元が取れる優良な投資とも言えますよね。
一人っ子政策の中国などは子供の教育は親にとって将来に対する投資と言う側面があるそうで、親二人分の稼ぎをつぎ込んで子供になるべく良い教育を施す、それによって子供は良い仕事につき親二人に恩返し出来るだけの十分な稼ぎを得ると言う計算なのだそうですが、この計画が破綻すれば親世代にとっては老後の保障がなくなりかねないのですから死活的問題です。
日本も教育コストがこれだけ問題化してくると、学費を出す親にとってもどれだけ投資に見合う見返りがあるのかと言う計算が必要になるだろうし、当然ながら学生本人もコスパを念頭において進学先を決めるだとか場合によっては先に就職し学資を稼いでから改めて進学を考えると言うことも必要になってくるかも知れません。
こうした話を聞けば大学モラトリアム時代を知っているバブル以前の世代には何とも寒々とした気にもなるのでしょうが、世界的に見れば大学生になっても学費から生活費まで親に依存していると言うのはむしろ例外的で、日本もようやく世界標準の高等教育のあり方に追いついて?きたと言えなくもないわけですから、企業が優秀な社員の専門教育にお金を出すなど社会のあり方の方が時代に即して変わっていくべきなのかも知れないですね。

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2016年3月17日 (木)

「わがまま」にどこまで付き合うべきなのかと言う難題

本日の本題に入る前に、団塊世代のモンスター化などと言う言葉が登場して久しいですが、先日こんな記事が出ていたことを紹介してみましょう。

「横暴すぎる老人」のなんとも呆れ果てる実態 暴力、セクハラ、万引き…社会は耐えきれるか(2016年3月14日東洋経済オンライン)

豊富な知識と経験を持ち、みんなから敬われる存在だった高齢者。ところが最近は「突然怒り出す」「暴力を振るう」「理不尽な要求をする」――といった迷惑な老人が跋扈している。高齢化が進む中、暴走する高齢者は社会の重荷となりかねない。
(略)
週刊東洋経済は3月19日号(14日発売)で『キレる老人』を特集。高齢者のさまざまな暴走や親の扱いに困る子ども世代の悩み、会社の迷惑シニアなどを取り上げた。鉄道駅における高齢者の横暴さはデータでも明らかになっている。
JR6社や日本民営鉄道協会などの調査によると、鉄道係員に暴力を振るった加害者の年齢別では60代以上が2014年度まで5年連続でトップだった。ちなみに加害者全体のうち6割弱が飲酒しており、発生した時間帯は22~翌5時が最も多い。酒を飲んだ後の終電時刻前後でのトラブルが多いと推測できる。 
高齢者は自尊心が強いのも特徴だという。「人に注意されたり、何かを教えられたりするのを嫌がる人が多い。よくあるのが指定席の券売機でのトラブル。操作方法がわからないまま挑み続け、後ろに行列ができる。係員が助けに入ろうとしても『うるさいな』と拒否。そのうち後ろに並んでいる人から『早くしろ』という怒りの声が飛び、もめ事になる。尋ねてくれればすぐ解決する問題なのに…。言葉は通じなくても何でも聞いてくる外国人のほうがよっぽど対応しやすいですよ」(社員)

東京・新橋の東京慈恵会医科大学附属病院は2004年から「院内交番」と呼ばれる渉外室を設置している。配属されているのは警察OB。患者からの暴力や悪質なクレームなどに対応するのが目的だ。
「病人かつ高齢者となると『いたわってもらって当たり前』という認識がある。そのため自己中心的な振る舞いをしがちで、院内暴力につながっていく」。慈恵医大の渉外室設立時から昨年3月まで勤務していた、警視庁OBで同渉外室名誉顧問の横内昭光氏はそう話す。
私立大学病院医療安全推進連絡会議が2011年、11施設の全職員に調査を実施(有効回答約2.3万人)したところ、患者やその家族から暴力を受けたことがあると回答した職員は4割超に上った。院内暴力などをふるった人を年齢別で見ると、暴力は70代、セクハラは60代が最も多く、暴言についても60代が2番目に多い
院内暴力や悪質なクレームによって、優秀な職員が辞めてしまうことも少なくない。病院が警察OBを採用して院内暴力などに対処する動きは全国に広がっており、病院関係者の危機感は強まっている。
(略)

一般論としても高齢者は頑固になりがちなものであり、それが社会的権力を持っているとなれば好き放題やりたい放題と言うものなのでしょうが、しかし職場など権威権力の及ぶ場所に置いてならまだしも、世間一般でまるで無関係な人々にまで権威風を吹かせるようになるとこれは老害と言われるものに堕してしまうのでしょうね。
ただこうした好き勝手な我が儘は残念ながら高齢者に限ったことではなく、今の時代は皆が他人のことを思いやらない、我が儘ばかり言うと盛んに喧伝されますけれども、平均的に見ると若者の草食化などむしろ大人しい方向に社会は変化していっているのだとは思うのですが、そうであるが故にこそ一部の横暴さや勝手さが余計に悪目立ちしてしまうのかも知れません。
この種の方々が何故そうした振る舞いに及ぶかと言えば、もちろん抑制的に振る舞う習慣がないと言うこともあるのでしょうが、一方で社会の中でそうした振る舞いを行えば何かしらの利益が得られると言うことを学習してきているからこそますます増長すると言う側面もあって、日本的なおもてなし精神も行きすぎると良くないのではないかなどと懸念される所以ですよね。
この点で客商売などはクレーマーやモンスターと言われる問題顧客に対してどこから線引きすべきなのかと言うことが常に問題になってきますが、先日医療現場に関してこんな問題提起がされていました。

搬送先、患者の希望はどこまで叶えるべき?(2016年3月3日日経メディカル)

「そちらを希望しています」
 救急搬入依頼の電話が掛かってきたときに、「患者さんとご家族さんがそちらへの搬送を希望されています」と言われることがあります。希望があろうとなかろうと、受け入れ要請があれば「はいどーぞ」なのですが、「搬送まで1時間程度です」などと言われると、おいおいおいおい…と思ってしまうこともあります。今回は、救急要請をしたとき、行き先の希望がどのくらい通るのかについて書いてみようと思います。
(略)
 さてさて、さすがに岸和田で事故にあった人が富山に搬送してくれとお願いしたらゴメンなさいされると思います。が、救急隊はどこまで患者サイドのお願いを聞いてくれるのでしょうか。救急隊の搬送先選定については、消防法第三十五条の五にこのような記載があります。

    都道府県は、消防機関による救急業務としての傷病者(第二条第九項に規定する傷病者をいう。以下この章において同じ。)の搬送(以下この章において「傷病者の搬送」という。)及び医療機関による当該傷病者の受入れ(以下この章において「傷病者の受入れ」という。)の迅速かつ適切な実施を図るため、傷病者の搬送及び傷病者の受入れの実施に関する基準(以下この章において「実施基準」という。)を定めなければならない。

 というわけで、搬送先選定のルールは都道府県が決めています。各都道府県で医療事情が異なりますので、十把一絡げにはできないわけです。それでは大阪府はどのように搬送先を決めているかということなのですが、大阪府では病院を機能ごとに区分した病院リストを作成し、傷病者の病態に応じて搬送先を選定する方針にしています。区分は次のような感じです。

(1)救命救急センター
3次救急告示医療機関として、重篤傷病者及び重症傷病者に対応する最終受入れ機関として機能
(2)重症初期対応医療機関
2次救急告示医療機関の中でも、重篤または重症であるが、病態を特定できない疾病傷病者を受入れる医療機関
(3)重症小児対応医療機関
重篤・重症など、緊急度の高い小児を受入れ可能な医療機関
(4)特定機能対応医療機関
緊急に専門診療を要する特定の病態に対応可能な医療機関
(5)初期対応医療機関
特定機能を有さない2次救急告示医療機関全て

 そしてさらに、病院リスト運用の取り決めについてこのように明文化されています(PDF)。

●搬送後に、緊急度・特定病態が明らかになった場合や患者が急変した場合には、高次医療機関や特定機能対応医療機関に速やかに転送できる体制を確保する。
オーバートリアージを容認する。ただし、緊急度の高い傷病者に対する病床を確保するために、病状安定後速やかな病病連携による後送体制の構築が望ましい。
●各地域の傷病者の発生数や診療機能を勘案して、必要に応じて当番制や輪番制を導入する。
●搬送先医療機関の選定順位などの病院リストの運用に関しては、各地域の取り決めに従う
●搬送にあたって消防機関は、各地域における取り決めを遵守することを原則とし、病院リスト等に従って緊急度の高い傷病者の迅速かつ適切な医療機関への搬送に努める。
●患者本人、家族等の希望がある場合、病態が許す限り、かかりつけ医療機関への搬送を優先する。

 以上を考えると、大阪において搬送先を希望することについては
・病態が許さなければダメ(緊急度が高ければ、かかりつけうんぬん言ってられません)
・かかりつけなら希望すればいける(かかりつけじゃなければダメかも)

 という状況のようです。希望を伝えるのが絶対によろしくないというわけではないけれど、緊急度の高い人を適切な医療機関に迅速に搬送するというそもそもの機能を維持できる範囲でやりましょうという感じです。そういうことなので、現行制度の中で、かかりつけでもなんでもない人が突然希望してやってくるとなると、「タクシー代わり」と言われても仕方ないかもしれません。線引きは難しいですけどね。。。
(略)

しかし希望する病院にどうしてもかかりたいと言う場合救急車を呼んで受け入れを依頼するのがいいか、直接病院窓口に行くのがいいかと言う議論があって、救急車の方が待たされないだとか窓口に行けば応召義務が云々と色々知恵も働くようなんですが、まあ搬送先に関して選んだりできるような状況であればそもそも本当の意味での救急ではないとも言えるかも知れませんね。
記事の後段では実際にどのようなケースがあるのかと言う実例が幾つか挙げられていて、どれもよくあるパターンであると言ってしまえばそれまでなのですけれども、個別に見ているだけでは必ずしも直ちに問題行動と言えるほどのものではないにせよ、何と言いますか「○○病院の△△先生からお電話です」と言われて急ぎ出てみればマンションセールスだった的な残念さが漂っているようにも感じます。
もちろん患者の側からしてもある程度どこへと言う希望があるのは当然と言えば当然で、特にやたらと熱心に救急車を受けてくれるけれども正直医療レベル的にはいささかどうよ?と地域内で定評があるような救急病院の場合、時に「あそこに運ばれるくらいなら降ろしてくれ!」と救急車内で患者が大暴れしたと言った話も時折はあるようですね。
一方で「あそこは飛び込みの救急車はなかなか受けてくれないから、年に一回くらいは風邪でも何でも受診して診察券を持っとくといいよ」なんて悪知恵?を吹き込んでくれる事情通の方もいらっしゃったりもして、三次救急がどうでもいい軽症の搬送患者であふれかえってしまうと言うこともありますから、やはり一定程度医療機関の診療内容に応じた割り振りは機能してもらわなければならないとは思いますね。
この点で大阪の場合は都市部で病院も幾らでも選択肢があるからこそある程度原理原則を追求出来ると言うことなのかも知れませんが、実質的に搬送先が一つしか無い僻地であれば迷う余地がないとして、地方都市などでは市内に基幹病院が数カ所で得意不得意もあると言うのがごく普通であるし、市街地周辺部からの搬送ですとついつい「あそこの病院が近いから」と希望したくもなるしで、落としどころはなかなか難しいものがありそうです。

最近は地域内で救急搬送の輪番制を敷いている地域も増えていて、こうした場合まずは当番病院に送っていただくと言うのが原理原則だと思いますが、当然ながらそちらの受け入れキャパシティーを超えてしまった時にどこに連絡するかと言うことは救急隊の裁量次第とは言え、救急隊側からしても断られるリスクもあるだけに適当に選ぶよりは「患者さんからの希望なんですが」と言う方が言い出しやすいのかも知れません。
輪番制の場合は何故輪番制にしているかと言うことを考えた場合に、当然ながら常時フル体制での救急に応需する余力が無いからであることは確かなので、当然救急隊としても本当の救急症例はスタッフの待機している当番病院に送りたがるはずで、逆に言えばその他の病院に受け入れをお願いする症例と言うのは緊急性その他の面で正直ちょっと…と言う症例が多くなってしまうのでしょう。
この場合「うちが当番でもないのにそんなもの連絡してくるな!」と言われやすくなるのも仕方ないとも言えますが、それではと本当の救急症例ばかり回してくるのでは輪番制の意味がなくなるので、地域内の救急医療が総合的にうまく回るのに重要な患者の割り振りが救急隊の裁量一つで決まってしまうと言うのは実は結構怖いことでもあるはずです。
ひと頃救急崩壊などと言う現象が盛んに喧伝された際に、医師ら専門職スタッフがこうした救急患者の割当を采配すべきではないかと言う議論があり、実際に一部地域ではそうした制度を取り入れた場合もあったようですが、単純に受け入れ時間の長短がどうかと言うだけではなく、受け入れる病院側スタッフの満足度が高まったのか余計に悪化したのかと言った点についても調べて見ると面白そうですよね。

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2016年3月16日 (水)

家庭内で発生したかなり斜め上なトラブル

かつてはこの種の事故が多発していた時代もあったそうですが、先日久しぶりにこんな事件が発生したと報じられていました。

夫の酒にメタノールを混ぜ、意識不明に 殺人未遂容疑で48歳妻を逮捕(2016年3月10日産経新聞)

 夫が飲む酒に毒性のあるメタノールが含まれた液体を混入して殺害しようとしたとして、兵庫県警捜査1課などは9日、殺人未遂容疑で、兵庫県西宮市今津巽町の無職、大川房子容疑者(48)を逮捕した。「燃料用アルコールを入れたが、殺害しようとは思っていなかった」と容疑を一部否認している。

 逮捕容疑は3月初旬、自宅で夫(59)が飲む酒にメタノールを含む液体を混入して飲ませ、殺害しようとしたとしている。夫はメタノール中毒となり、現在も意識不明の重体

 県警によると、夫は6日夕、「体の調子が悪い」と神戸市内の病院で診察を受けていたところ、容体が急変し別の病院に転院。この病院が7日、「メタノール中毒の可能性がある患者がいる」と県警に届け出た。

往時にはメチルを飲み過ぎると目が潰れるだのと様々な弊害も言われながら、それでも飲まずにはいられなかった方々も少なからずだったそうなのですが、日本中毒学会によれば毒性には個人差が大きいものの致死量は30~100ml以上,失明は10ml以上で発生すると言いますから、うっかり少量でも摂取した場合にも相応の毒性が発生する可能性はあるわけです。
実際に故意の殺人目的で行われた行為なのかどうかは現段階では何とも言えませんが、参考までに病院等で消毒に使われているいわゆるアルコールと言われるものはエチルの方だそうですから、患者さんが少々飲んだくらいでそうひどいことにはならないはずですが、一方である種の薬物常用者の場合あれを隠れて飲んでしまう剛の者もいたとかいないとか言いますね。
ともかくも世間では何とひどいことをする鬼嫁だと話題になったこの事件ですが、ある意味でこの事件以上にひどいのではないか、いやこれはむしろ同情すべき状況だと先日以来話題になっているのがこちらの記事で、まずは一読してどう感じられたでしょうか。

夫、姑に精神的DVを受けています。でも仲直りしたいです。(2016年3月2日読売新聞発言小町)   

38歳のたえと申します。
専業主婦をしています。
私は去年結婚相談所の紹介で今の主人と結婚しました。
夫は56歳で夫の母親が82歳です。
義理の母は、要支援状態です。

結婚した理由は、主人の家が地主で財産があるからです。
いつか遺産を継ぐ代わりに姑と主人の介護をしないといけませんが、それさえ受け入れれば、結婚は難しくありませんでした。
実際に最初のお見合いで結婚が決まったんです。
私が若いことと、介護の仕事をしていたことが気に入ったようです。

でも、実際は介護のアルバイトをしていただけで、資格を持っているわけでもなく、仕事も適当にやっていました。
だから、私は介護ができるわけではありません

姑は、立ち上がりや歩行がやや不安定ですが、基本は一人でできます。
週2回のヘルパーさんや主人が仕事でいない間だけ、私が面倒を見ることになっています。

ある日、姑がインフルエンザにかかり、歩行が出来ず失禁した状態で1人何時間も自室にいた事がありました。
そのことが原因で入院したんです。
そして、姑からは「あの時の屈辱は忘れられない、もう一緒に暮らせない」といわれ、主人からは「黙って外出し母親を命の危険に晒した」と離婚を切り出されました。
黙って出掛けたことは悪かったかもしれませんが、インフルエンザを移されたくなかったし、たまの息抜きも必要です。
だから、携帯も持たなかったのですが、入院するとまでは思わなかったし、そこまで非難されるいわれはありません。

私は姑と主人に、財産をもらうまでは絶対に離婚しませんと伝えました。
それから、姑は私の介護も拒否し、顔も見たくないと私を避け、夫も私を無視しています。
完全にDVですが、主人に弁護士を使ってでも離婚すると脅されています。

今離婚しても資産の分配は少ないですし、このまま夫婦でいたいのですが、仲直りするにはどうすれば良いでしょうか?

まあしかしどちらもどちらと言うのでしょうか、お互いに突っ込みどころは存分にありそうな話ではあるのですが、旦那さんの方もこうした状況であれば仮に離婚したとしても今以上に好条件で新たな結婚相手が見つかるかどうかは判りませんし、お金や土地を持っているからと言っても必ずしも一方的に強く出られる立場であるとも思わないのですがどうでしょうね。
ともかくも何しろ出所がかの読売の発言小町ですから最初からネタ臭いと言われればその通りなのですが、しかし程度の差こそあれこうした話はどこにでもありそうな話であって、ある意味専業主婦として嫁入りすると言うのは現在の生活の安定だとか将来の財産分与の見返りに労働力を提供すると言う側面があるのは否定出来ませんよね。
諸氏の回答を見るとおおむねは「結婚の条件が明確であったのに、その契約に背いたのだから離婚は仕方ない」と言う見解が多いようですが、先日紹介した諸外国のように実の親子間で明確な契約の形を取っていても法廷闘争にまで発展する場合があるのに、ましてや条件として明示されてもいないことでどこまで厳格に行わなければならないかと言えば難しい判断になりそうです。

現代社会では相続も昔のように何となく慣習に従って自然に決まると言うものではなく、様々な前提条件などから意図的に分配されると言う場合も少なくないようですし、特に今回のケースのように介護などが絡むと「ずっと同居して世話をしてきたのに何もしなかった人間と同じ取り分なのは納得できない」等々、様々な軋轢も発生してくることが少なからずあるようです。
双方合意の上できちんと契約を交わしておくと言うのも一つの方法論ですが、老親が認知症なりで何も判らなくなった段階にきちんと子が契約を遵守していくかどうかはなかなか確認も難しいものがありますし、公的機関などがこの種の民事に介入すると言うこともまあちょっと考えられませんから、結局は当事者の考え方次第と言うことになってしまいますね。
ただそんな物の判断もつかなくなったような状態で何をされようがどうだっていいじゃないかと言う割り切った考え方もあって、一般的に老いであれ病であれ終末期が近づくほど見送られる当の本人よりも見送る側の気持ちの問題が重要になってくるものですから、周囲から何を言われようが自分が納得していることであれば構わないじゃないかと割り切ってしまうのも一つの手でしょう。
未だに地方では年老いた親を施設に預けたりすると「あそこの嫁は親の面倒も見ないのか」云々と言われることもあるようですが、毎日一対一の介護でお互い修羅場をくぐり感情的対立を高めながら最後の日を迎えるくらいなら、言葉は悪いですが憎まれ役は赤の他人に任せて月に何度かでも優しく親切な家族の顔で接してあげた方がお互いよほど幸せになれるんじゃないかと思いますね。

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2016年3月15日 (火)

地域医療を巡る自治体間のトラブルが勃発

本日の本題に入る前に、先日は厚労省からこんな調査結果が示されたのですが、御覧になりましたでしょうか。

医療機関ゼロ637地区 09年調査より68地区減(2016年3月11日共同通信)

 厚生労働省は10日、周辺に医療機関がない「無医地区」が2014年10月末現在、全国に637あり、09年時点の前回調査より68地区減ったとの確定値を発表した。無医地区の人口は計約12万4千人で、前回より約1万2千人減った。

 調査は5年ごとに実施。半径約4キロの範囲に50人以上が暮らす地区のうち、車などを使っても1時間以内に医療機関を受診できない地域を無医地区として集計している。昨年3月、速報値として635地区と公表していたが、一部の自治体から数の修正があったという。


「無医地区」637カ所 過去最少 厚労省調査(2016年3月11日朝日新聞)

 厚生労働省は10日、簡単に医療機関を受診できない「無医地区」が、2014年10月末現在で全国に637カ所あったと発表した。前回調査の09年10月末現在の705カ所と比べ68カ所減り、過去最少を更新した。

 厚労省によると、無医地区は半径約4キロ以内に50人以上が住みながら、医療機関を受診するのが困難な地区。5年に1回調べ、現在と同じ定義にした1966年以降、減少傾向にある。減っている背景には、道路の整備が進んで医療機関に行きやすくなったことや、公共施設などでの「巡回診療」を始めた地区が増えたことがあるという。

 14年10月末現在で無医地区が多い都道府県は、北海道89カ所、広島54カ所、高知と大分が各38カ所、愛知と岡山が各23カ所など。無医地区に住む人は全国で12万4122人だった。

無医地区問題に関して詳しく語ることは本稿の本意ではありませんが、その定義として受診に1時間以上かかると言う距離ではなく時間で示されていることがミソで、田舎や僻地に赤字覚悟で診療所を開設するもよし、隅々まで道路を整備するのもよしと、ある程度行政側にも対応の選択肢があると言うことですよね。
無医地区と似た問題として弁護士業界では地域内に弁護士が一人きりと言う「ゼロワン地域」なる言葉があるのだそうで、いざ裁判になっても原告側、被告側双方に最低一人は弁護士が必要なことからゼロワン解消が言われてきましたけれども、これだけ弁護士過剰だ、ワープア化だと言われる世の中になってもやはり商売として厳しいと言った点からなかなか話が進まないようです。
無医地区解消についても本当の病人は町の病院に行ってしまうと言い、僻地では巡回診療等でも十分ではないかと言う意見もあり、また高いコストをかけて何も出来ない小さな診療所を開くよりも道路整備の方が利便性が大きいと言う考え方もあってか、かつてほど「無医地区に診療所を」と言う声も聞かなくなった気はします。
そうは言っても一定程度の広さを持つ医療圏に全く医療機関がない、そして隣接する医療圏への交通も不便であると言った場合には積極的な整備をする意義もあるのだろうし、そうした場合現在ではいわゆるナースプラクティショナー(NP)などを活用できないかと言う考えもありますが、国として医師も医療機関も集約化の方向に舵を切っている時代に無医地区問題にも新たな解消法が示されるべきかも知れませんね。
さてここからは話が変わって本日の本題ですが、先日とある診療所を巡って関係自治体が大騒ぎしていると言う記事が出ていたのですが、これがなかなか興味深い議論を呼びそうな話であるようです。

診療所めぐり加茂市と三条市が応酬 加茂市長「脅迫罪にあたる」/三条市長「無関係は通らず」 (2016年3月11日新潟日報)

 県央地域の夜間・休日の1次救急医療を担う県央医師会応急診療所(三条市)をめぐり、三条、燕、田上、弥彦の4市町村長が加茂市の小池清彦市長に整備費の一部負担を求めたことに対し、小池市長が反発を強めている。小池市長は三条市の国定勇人市長を名指しし「脅迫罪にあたる」と強く批判。国定市長も「関係ないとの理屈は通らない」と反論した。

 診療所は2009年の開設で、三条市、燕市、加茂市、見附市南蒲原郡の4医師会が運営する。整備費は事業参加を拒否した加茂市を除く4市町村が人口割りで負担した。加茂市民の受診も一定数あるため、4市町村長は応分負担を求め、小池市長に13年から毎年要請文を送っている。整備時の人口比率では加茂市分は約2800万円という。

 1月には4度目の要請を実施。これに対し、小池市長は9日、市議会3月定例会の一般質問に答え、「県央医師会と何の契約も結んでいない加茂市に対し、第三者が金を出せというのは脅迫罪に該当する」と持論を展開した。

 小池市長の発言を受け、国定市長は10日の会見で「加茂市医師会も参加し、実際に加茂市民も使っている。要望を続ける」と一歩も引かない構えを見せた。

もともと新潟県央地域では救命救急センターがなく域外への患者搬送が目立つなど医療リソースが乏しいそうで、県としては近い将来に三条市に三次救急施設を整備する計画だと言いますが、これと連携する形で加茂市でも県立病院の改築を予定していたものの、どうも小池加茂市長はこの病院整備を巡っても県知事と激しくやりあっていたようで、医療に関してかなり独自のお考えがおありのようですね。
さてこの県央医師会応急診療所なるもの、夜間休日診療の他高度医療機関への外来患者への振り分けなど一次診療を総合的に担当する目的で2009年に開設されたのだそうですが、記事にもあるとおり周辺自治体が共同でお金を出し合って運営している中で、何故か加茂市だけが同市医師会が運営に関わっているにも関わらず市として公的な事業参加をしていないのだそうです。
この理由として小池市長は一次救急に関しては現状でも十分であること、また前述の救命救急センター整備を待っていられないからとこうした急場しのぎの施設を作って辻褄を合わせてしまうと結局センター整備が遅れることになる等の理由を挙げているそうですが、後述するようにその救命救急センターなど一連の地域医療整備の行方についてもこの小池市長が大きく関わってきているようです。
現状で一日平均50人弱、年間で1万7千人あまりの患者が来院すると言い、患者の自治体別割合としては三条市の10,221人(57.9%)を最多に燕市3,798人(21.5%)、加茂市1,242人(7.0%)、新潟市678人(3.8%)等々となっていると言いますから、利用者比率としては加茂市からの患者がかなり上位と言っていいのですが、加茂市医師会も関わっている以上患者をえり好みするわけにもいかないところでしょう。

こうした場合大きな病院では選定療養加算によってお金を取ることで患者をコントロールするようになっていますが、一次救急の診療所ではそれも出来ないことなのでしょうしで、結局は関連自治体への十分な根回しと了解を得ないまま開設してしまったツケがここに来て顕在化していると言えますが、その結果感情的対立にまで発展してくるとなればデメリットが大きいようには感じます。
お金の問題は個人同士の関係においてもしばしばやっかいな話で、ましてや自治体が絡むとなれば予算の都合など様々な事情はあるのでしょうが、以前に基幹病院の小児救急が突然閉鎖され話題になった草津総合病院のケースなどを見ても、もともと草津市民のための小児救急であるのに実際には市外から夜間コンビニ受診する患者が集中していたことが疲弊の一因であったようです。
この場合は流入元の自治体とは話がついて地元の患者は地元の病院に搬送すると言うことになっていたにも関わらず、病院経営側が「患者様をお断り申し上げるとは何事か!」と現場に無理を強いることを止めなかったために大学もとうとう手を引いたと言うことですが、今回の新潟県央地域なども長年医師減少傾向が続いており、地域内の医療供給体制に問題があるとは知られていたと言うことです。
そこに500床クラスの基幹病院を作り、さらに加茂市も立派な病院を新たに調えるとなればどこから医者を引っ張ってくるのかと気になるところなのですが、これら地域医療整備計画の行方そのものが自治体首長同士の感情的対立にまで発展しているようですので、今さら小池市長としてもお金を出しますとも言いがたい状況であろうとは想像できるところですよね。

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2016年3月14日 (月)

「テレビに出てます」で想像される医師像

先日以来こういう事件が世間を騒がせているようですが、まずは記事を紹介してみましょう。

タレントの女医逮捕=診療報酬不正請求―詐欺容疑で警視庁(2016年3月9日時事通信)

 指定暴力団住吉会系組長らによる診療報酬詐取事件で、診療報酬を不正に受給していたとして、警視庁組織犯罪対策4課は9日、詐欺容疑で、医師でタレントの脇坂英理子容疑者(37)=東京都世田谷区下馬=を逮捕した。
 会社役員早川和男容疑者(39)=詐欺罪で公判中=らについても同容疑で再逮捕した。脇坂容疑者は「弁護士が来るまで話しません」と供述しているという。

 逮捕容疑は2012年11月上旬~14年9月上旬、脇坂容疑者が院長だった千葉県船橋市と東京都目黒区のクリニックで、実際には行っていない治療をしたように装い、千葉県内と都内の8自治体から患者14人分の診療報酬計約155万円をだまし取った疑い。
 同課などによると、不正請求は12年8月~14年11月で総額約6900万円分に上る。受給総額のうち、正規の請求はごく一部とみられる。
 患者の大半は1度通院しただけだったが、脇坂容疑者らはその後も繰り返し治療を受けたようにレセプト(診療報酬明細書)を偽造していた。患者は診療代金を支払わず、報酬を受け取った者もいたという。
(略)

TVも出演、タレント女医=クリニックは閉院-逮捕の脇坂容疑者(2016年3月9日時事通信)

 診療報酬をだまし取った詐欺容疑で、警視庁に逮捕された医師の脇坂英理子容疑者。「Ricoにゃん」と名乗り、テレビ番組などに出演するタレント女医としても知られる。一方で、院長を務めたクリニックは閉院に追い込まれるなどトラブルも抱えていた。

 脇坂容疑者は2012年、千葉県船橋市にクリニックを開業した。専門は麻酔科だが、診療項目には内科のほかにペインクリニックや美容内科も挙げられている。疲労回復や美肌効果のある注射を扱っているという。
 開業医の傍ら、テレビのバラエティー番組にも出演。ブログなどでは、ホストクラブで豪遊する様子を自ら紹介していた。

 船橋市のクリニックは、一連の事件で詐欺の舞台となった歯科医院と同じ建物に入居。建物オーナーの男性(63)は「家賃は払われないままになっている」と話す。
 13年6月には目黒区に移転し、医院を開いた。しかし、14年9月から月額52万円余りの家賃・管理費を滞納したとして、支払いとテナント明け渡しを求められる訴訟を起こされ敗訴。同年末から休業し、15年5月に閉院した。(2016/03/09-11:30)

すでに色々と情報も出回っているようですが、もともと医療施設経営と言うことに関しては全くお話にもならなかったようで、各方面に盛んに借金を無心する一方で派手な豪遊ぶりを自慢して回るなど、いささか社会人としても適性を疑われかねない人物ではあったようですが、ただこういう人物もテレビなどで登場すれば医師代表のように扱われているのも確かですよね。
近年では医師免許こそ持っているものの芸能活動の方を本業のようにしている自称医師の方々も増えていて、世間の方でも「こんな先生には診てもらいたくない」「医者になるための勉強はできたんでしょうが、それ以外は全くのバカ」等々と様々に悪評が高まってきているようですが、正直真っ当な医師としての仕事をしていればそうそう芸能活動などやっていられるとも思えません。
その意味で医師として明らかに非典型例と見なさざるを得ない方々しか医師の肩書きで世間に広く顔を知られる手段がないと言う状況は、医師という職業に対して世間の誤解を招きかねないと言う危険性もあると言えそうですが、実際にこんなことを言い出している人もいるそうです。

テリー伊藤「医者は努力していない」 ネット上では批判の声続々(2016年3月13日オリコン)

 タレントのテリー伊藤が13日、コメンテーターを務めるTBS系『サンデー・ジャポン』(毎週日曜 前9:54)に出演し、日本の医師免許制度について痛烈に批判した。

 元タレント女医の脇坂英理子容疑者が、診療報酬を水増し請求した詐欺の容疑で逮捕されたニュースを受け、テリーは「医者は遊んでて仕事ができるのか。テレビの演出家でも料理家でも、みんな努力してる。医者って、年をとっても試験がない。だから努力をしてないと思うよ」と、医者という職業に対する持論を展開。

 スタジオゲストのタレント女医・西川史子や医学博士・奥仲哲弥氏から「努力してる人もたくさんいる」と反論されるも、「そういう人もいるけど、患者の話を聞いて薬を出すだけの人もたくさんいる。こんな楽な仕事はない。どう向上心があるか、発表してほしい」と最後まで意見を変えなかった。

 テリーの発言を受け、ネット上では「普通の医者は学会行ったり新しい研究結果を考えたりしてる」「いいお医者さんは本当に体力的にも精神的にも大変」「ひどい言い方。向上心のあるなしはどんな仕事でも個人差がある」など、批判的な書き込みがあふれた

ネット上の批判の書き込みを見ていますとむしろ医師などはどうでもいいと言う様子で、その他一般の方々の方が憤っているようにも見えるのですが、昨今低収入で一生懸命努力している方々も多い世の中であるだけに、ともすると電波芸者と呼ばれる方々には反感が集まりやすい時代なのかも知れませんね。
聞くところでは最近のテレビ番組ではお馬鹿キャラなるものがもてはやされるのだそうで、常識外れのことばかり言って笑いを取ったり視聴者の優越感を刺激したり、場合によっては番組に批判が出た場合の被害担当的な役割も果たしているとも聞くのですが、このテリー何某なる人物も以前から「炎上目的で起用しているのでは」等々と様々な評判を集めてきた人物なのだそうです。
ただマスコミとしてこうした発言をさせていると言うことの意味合いをどう考えるのかで、例えばかつてのマスコミでは医療バッシングなるものが非常に盛んだった時期がありましたが、あれも守秘義務であるとか前述の多忙さなど様々な事情もあるのでしょうが、何を言われようが一切反撃をしてこない相手を一方的に叩けるなら楽に番組作りが出来るのは確かだったのでしょう。
ただその後のネットの発達に伴いマスコミバイアスを介さず医師と国民とが意見交換が出来るようになり、また医師の側でも「批判されてまでこんな仕事を続けるのは馬鹿馬鹿しい」と簡単に逃散するようになり医療崩壊と言う現象を招いた結果、今では根拠のないバッシングなどやっていようものならマスコミの方が世間から叩かれるようになってきていますよね。

マスコミの側でもよくしたもので、医療ネタは視聴率や売り上げアップにつながることが知られた結果か昨今では医療と仲良くやっていこうと言う動きが主導的であるそうですが、一方ではもちろん医師と呼ばれる人種の中にも様々な問題児やトラブルメーカーがいるのも事実ですから、下手に聖域化してしまうと今後何かと都合が悪いと言う計算もあるのでしょうか。
昨今医療関連のトラブルや犯罪的行為も少なからず報じられる中で、今回の放言などはそれに対する世間の目線を知る上でも格好のアドバルーンと言うことなのでしょうが、さすがに世間並みの常識が無いだとかブラック業界だとか言った類の痛いところを突かれたと言うのであればまだしも、この種の御仁に「努力をしてない」「こんな楽な仕事はない」と言われてもねえ…と言うのが当事者の率直な感想になりそうです。
ただこうした批判を受けると決まって「そんなことはない!我々はこんなに頑張っているんだ!」と途端に奴隷自慢を始める先生もいらっしゃるようなんですが、それはそれで社会的には大いに問題ある労働慣行と言えますので、そちら方面に関しては世間の批判を謙虚に受け止め改善を図っていくべきではないかとは思いますけれどもね。

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2016年3月13日 (日)

今日のぐり:「ラジャ634 中島店」

ちょうど現在進行形で大騒ぎになっているのがこちらの大事件なのですが、皆さんはご存知でしょうか。

人工知能アルファ碁が囲碁トップ棋士を3タテ! AIが人類の発想を完全に上回る(2016年3月12日MdNデザインインタラクティブ)

Google傘下の人工知能開発企業DeepMindが作りだした、人工知能を搭載した最強の囲碁ソフトAlphaGo(アルファ碁)と、世界最高レベルの韓国プロ棋士イ・セドルが対戦する「Google DeepMind Challenge Match」の第3戦が終わり、アルファ碁が勝利した。これで5戦中3勝となり、アルファ碁の勝ち越しが確定した。
これまで将棋では人工知能が人間に迫ることはできても、19路と盤面が広大な囲碁では、AIが人間に勝つのは先の事だと思われてきた。しかし、アルファ碁は人間の脳のニューロン(神経細胞)と同じような「ニューラルネットワーク(neural networks)」を搭載し、毎日数万回の対局をこなしてデータを取り、その実力を飛躍的に向上させていた。

第1戦・2戦のプロ棋士などによる解説では、どれもアルファ碁の手は最初は悪手に見えるのだが、後になって効いてくると述べており、序盤のアルファ碁の手の意図を全く読み取れてない状況がわかる。また、今日の対戦の展望として、アルファ碁がコウ(互いに相手の石を取り合う状況)に弱いのではないかと予想。イ・セドルがコウを仕掛けるのではとしていた。
いざ開戦すると先手(黒)のイ・セドルが上辺と左辺に陣地を広げ、後手(白)がそれを分断しにいくという形でスタート。相変わらず人間の発想では思いつかないような手を繰り出すアルファ碁、2戦目の穏やかにお互い陣地を取り合う流れではなく、序盤から勝負が決まってしまうような激しい戦いとなった。

やがて戦いはアルファ碁が広大な陣地を築く下辺に移行。黒は右下辺でわずかな陣地を築くも、下辺を大きく白に切り取られ劣勢が明らかになった。途中、ニコニコ生放送の解説が「(セドルの)心が折れてもおかしくない」と語るような、明らかに勝負が決まった状態で手は進み、3戦目で初めてコウの争いになるものの、やがてセドルが負けを認めてアルファ碁が3連勝を飾った。
対戦は13日(日)、15日(火)とあと2戦残っている。勝ち越しを許したものの、未知の手を指してくるアルファ碁に対し、人類最高レベルのイ・セドルがどのような検討をして挑むのか、人類の意地を見てみたい。

この対局の何が衝撃的かと言えばまだ人間に追いつくのには10年はかかると言われた囲碁でトッププロにAIが圧勝したことよりも、周囲の解説者達が全くAIの打つ手を理解出来ないでいるところにあると言いますが、何しろAIの進歩とはかくもすさまじいペースで進んでいるものなのですね。
今日は残りの勝負でせめて人間側が意地を見せてくれることを期待しつつ、世界中からおよそ衝撃的と言うしかないニュースの数々を取り上げてみますが、まずはこちらの驚くべき記事です。

「100歳になりたくない」99歳女性が自殺か…神戸(2016年3月8日産経新聞)

 7日午後6時50分ごろ、神戸市須磨区須磨浦通の砂浜で、友人と散歩していた男子大学生(22)から「海に人のようなものが浮いている」と近くの交番に通報があった。兵庫県警須磨署員が駆けつけ、砂浜から2メートル南の海上に浮かんでいた高齢女性の遺体を発見。同県尼崎市内の女性(99)と確認された。

 同署によると、女性は1人暮らし。生前、隣の市に住む家族に「100歳になるまで生きるのが嫌だ。周りに人がいなくて寂しいのが嫌」と漏らしていたといい、同署は自殺した可能性が高いとみて調べている。

まあしかし当のご本人としては色々と思うところはあると思うのですが、しかしやはり分別もあるはずのいい歳をした大人がこういう行動に走ると言うのはどうかと感じてしまうのは自分だけでしょうか。
ネタのような本当の話と言うのでしょうか、先日こんなびっくりする事件が発生して話題になっていました。

倒れた原因は「散歩の犬の尿で腐食」(2016年3月4日毎日新聞)

 大阪府池田市の市立猪名川運動公園で2月11日、照明柱が倒れて女児(10)が手に重傷を負った事故で、犬の尿によって照明柱の腐食が進んで倒れた可能性が高いことが市の調査で分かった。付近の土から高濃度のアンモニアが検出された。

 市によると、照明柱の根元の土の成分分析を民間研究所に依頼したところ、排せつ物に含まれる「アンモニア態窒素」が他の場所の約9倍も検出された。尿は雨水よりも金属をさびさせる力が強く、この公園は犬の散歩に訪れる人が多いという。

 照明柱(高さ約4.5メートル、直径約14センチ)は鉄製で1996年に設置された。倒れた際、大阪市内の小学4年の女子児童が柱と地面に手を挟まれ、重傷を負った。【黄在龍】

たまたま倒れたところで挟まれてしまった児童もお気の毒と言うしかありませんが、まさかにその理由がこれでは本当にお気の毒としか言い様がないですよね。
世の中その独特の行動から周囲に知られている人物は少なからずいるものですが、こちら自らそれを破った人物に周囲一同びっくりと言う記事です。

米最高裁判事が10年ぶり質問、法廷一同あぜん(2016年3月1日AFP)

【3月1日 AFP】米連邦最高裁判所が、まれにみる驚きに揺れた──発言を一切しないことで知られるクラレンス・トーマス(Clarence Thomas)判事が、2月29日の審議で、10年ぶりとなる質問を行ったのだ。

 保守派のトーマス判事は、同じ連邦最高裁判事で最近死去したアントニン・スカリア(Antonin Scalia)氏と思想こそは共通していたが、多弁だったスカリア氏とは違い、口頭弁論で決して発言しない唯一の判事として知られていた。
 だがこの日行われた、家庭内暴力で有罪判決を受けた人が銃を所有することを禁止する法律をめぐる審議で、連邦政府側が弁論を終えると、トーマス判事はその重い口を開いた。

「軽犯罪法違反が憲法上の権利を停止させる別の領域を示すことができますか」とトーマス判事が尋ねると、信じられないといった様子の顔が判事に次々と向けられた。
 この裁判を追っている記者らによると、黒い布で覆われた故スカリア判事の席の隣に座ったトーマス判事は、まるで突然口がきけるようになったかのように、矢継ぎ早に質問を続けた。

 トーマス判事が最後に質問したのは2006年2月22日、死刑に関する審議でのことだった。以後、沈黙を破ったのは2013年1月に口頭弁論で冗談を口にしたときの一度のみだった。

それは周囲もびっくりしたでしょうが、しかし何がこの判事にこうまで語らせたのでしょうか、よほどに心の琴線にも関わるような事件であったと言うことなのですかね。
あまり喜ばしい話ではないのですが、幾ら何でもこれは一体どうしたことだと驚くしかないびっくりニュースがこちらです。

刑務所の下水溝から100人以上のバラバラ遺体 コロンビア(2016年2月19日CNN)

(CNN) コロンビアの首都ボゴタにある刑務所の地下の下水溝から、殺害されてバラバラにされた多数の遺体が見つかった。当局は、少なくとも100人の遺体が遺棄されていたとみて捜査している。

切断された遺体が見つかったのはコロンビア最大級の刑務所「ラ・モデロ」。定員を大幅に上回る受刑者が収監されていたことでも知られる。当局によると、国内の他の刑務所でも1999~2001年以降、受刑者などを殺害して遺体を下水処理施設に遺棄していた疑いがあるという
検察は17日、ラ・モデロ刑務所の事件について昨年末から捜査を行っていることを明らかにした。行方不明者の数や遺体の数は確認できていない。被害者には服役中の受刑者や面会者などのほか、刑務所とは無関係の人も含まれるといい、遺体は排水管に投げ込まれていた。

ラ・モデロ刑務所を巡っては、同刑務所で起きたとされる殺人や行方不明事件、武器の不正取引、汚職について調査していたジャーナリストのジネス・ベドヤさんが2000年5月に拉致され強姦される事件があり、民兵組織のメンバーだった男2人が誘拐や強姦の罪で起訴された。
この事件の捜査の過程で、同刑務所の下水溝からから遺体が見つかったという。犠牲者の身元は特定できない可能性もある。

ベドヤさんは17日の検察の記者会見に同席し、「(検察が)行動に出たことを歓迎する。しかし何年も前に行動すべきだった」として捜査当局の対応の遅れを批判した。
ベドヤさんは今回の事件について、左翼ゲリラや民兵組織、麻薬密輸業者、治安部隊が互いに争う中で、多くのコロンビア人が恐怖にさらされている実態を物語るものだと指摘している。

どう考えてもまっとうな経緯でこのようなことになったとはとても思えないのですが、しかし本当に下水に流すと言うことが行われているものなのですね。
こちらもあまりに悲惨極まると言う事件で各方面で思わず目を背けたと言う人が続出なのですが、ひとまず記事を紹介してみましょう。

凄惨!故障したエレベーターから女性の遺体、1カ月閉じ込められ餓死か=「内部には無数のひっかき傷」の証言も―中国(2016年3月5日レコードチャイナ)

2016年3月4日、陝西省西安市高陵区で、アパートのエレベーターに閉じ込められた女性が死亡するという事件が起きた。

アパートの住人・王(ワン)さんによると、1日午後にパトカーと救急車がやってきた。王さんは、急病人がいるのかと見に行ったが、警官は「エレベーターの中で人が死んでいた」と言い、見せてはくれなかったという。

死亡したのは、同アパートの15階に住む38歳の女性だとみられる。エレベーターの内部を見た人は、「ひどかった。生きたまま閉じ込められ、餓死したんだろう」と話した。複数の住民も、「遺体の手は変形していて、エレベーターの中の壁はひっかき傷だらけだったようだ」と話しているが、警察の詳しい発表はまだない。死亡した女性は、夫と離婚後は1人で生活していた。近所付き合いもあまりなく、精神的に不安定な様子も見られたという。

奇妙なのは、エレベーターから何の音も聞こえなかったことだ。今年1月30日、アパートのオーナーから「エレベーターが故障した」と連絡を受け、不動産会社の作業員が点検に訪れていた。その際、エレベーターをたたいても中からは何の反応もなかったという。作業員は、修理には専門のスタッフが必要なことや、新年(旧正月)の休みが間近だったこと、もう1基のエレベーターは正常に動いていたことなどを理由にそのまま放置。今月1日に再び修理に訪れた際に、遺体を発見したそうだ。現在、警察が詳しい原因を調べている。(翻訳・編集/北田)

あまりに中国的と言うしかない事件発生の経緯もさることながら、これは発見した方々にとってもトラウマものでしょうね。
最後も同じく中国からの話題なのですが、人間とはいかなる存在なのかと言うことを物語る事件であるとも言えそうです。

借金してまで昏睡の恋人を治療する男性=美談として感動を呼んだが、目を覚ました女性が恐ろしい事実を語る―中国(2016年3月8日レコードチャイナ)

2016年3月8日、中国・遼寧省大連市で、昏睡(こんすい)状態だった恋人を治療するため20万元(約350万円)を背負った男性がメディアに取り上げられ美談として多くの人に感動を与えたが、目を覚ました恋人の女性から真実が語られ、警察が調査を開始した。北京青年報が伝えた。

14年9月、同市で恋人とパン屋を経営する女性は「店内で転倒した」として病院に運ばれた。女性は昏睡し一時植物状態になるほどの重症だったため家族は疑義を抱いたが、恋人の男性は「床が異常に滑っていたから」と説明した。入院を続ける女性を男性がかいがいしく世話する姿が地元メディアによって伝えられ、多くの人が男性を称え、募金をした。ところが、女性が目覚めたことにより男性の本性が明らかとなった。

女性はいまだ寝たきりの状態だが話すことはできるようになり、目を覚ました15年4月に男性から暴力を受けていた事実を語った。女性によると、当時女性がパンの調理に失敗し、それに怒った男性が麺棒で女性の後頭部を殴打した。女性はこのほかにも、「携帯に夢中で相手にしなかった」や「客にお釣りを多く渡した」などの理由で男性からたびたび暴力を受けていた。

男性は、女性が転院した15年3月以降連絡がつかなくなり、男性の母親も「治療費のために何度もお金を借りるよう求められた。ついにお金を借りる先がなくなり、息子とは連絡がつかなくなった」と語っている。

大連市の警察当局は7日、この案件についてすでに調査を開始しているが、男性と連絡がつかず詳細を把握できないため進展はみられていないと述べている。警察は現在男性の行方を追っている。(翻訳・編集/内山)

一体どんなDVなのかと言うことなのですが、それでも覚醒するまで世話を続けていたと言うのですから何かしら罪の意識のようなものはあったのでしょうか。
ひとまず女性が目を覚ましたことを喜ぶしかありませんが、しかしこういう男でも女はついつい関係を続けてしまうものなのでしょうかね。

今日のぐり:「ラジャ634 中島店」

いきなりローカルネタで強縮ですが、岡山県は倉敷市内でステーキ店と言えば1ポンドステーキで知られる老舗の「楽園」などがありますが、かつて老松町界隈に安くてうまいと人気だったJと言うステーキハウスがあって、いつの間にか閉店してしまった際には残念に感じたものでした。
たまたまネット上でステーキ店を調べていて同市内で営業しているこちらの存在を知り、盛り付け写真などを拝見して奇妙な既視感を覚え今回初めて訊ねてみたのですが、なんでも居酒屋や焼き鳥屋などをしている某チェーン店の系列店なのだそうですね。

メニューを拝見しますとステーキがメインですが全体的にはいわゆる洋食的店な品揃えで、店のつくりはファミレス風ですしお客さんも家族連れが大勢入っているようで、まあステーキハウスとはちょっと言いがたいですよね。
ランチタイムにはライスとスープのつくセットメニューがよく出ているようですが、今回はジャンボステーキのセットを焼き具合はウェルダンで頼んで見ることにしましたが、この何ともハンパな価格設定もそう言えば…ですよね。
最初に出てきたポタージュはあっさり軽めでどこか懐かしい味と言うのでしょうか、それよりも気になったのがライスがこれでもかと言うくらい皿に押し付けられている点ですが、炊き方自体は硬めで粒が潰れずにすんでいるのでまだしも救われています。
メインとなるステーキはノーマルサイズが200g、ジャンボサイズがその1.5枚分と言う「昔通り」のスタイルで、醤油ベースのあっさりソースにたっぷりの千切りキャベツ、そしてショートパスタの付け合わせも懐かしさを感じさせるものです。
しかしこのステーキ、使っているのは全くサシの入らない赤身肉と言う点は同じなのですが焼き方が全く駄目で、さすがにこれをお店で出してお金を取るにはいささかどうよ?とも感じますがどうでしょうね。
往年の某店は非常にウェルダンの焼き加減が絶妙で、表面は一見炭化するほどカリカリに焼けていながら中の赤身は旬の鰹のようにブリブリな食感が何ともうまかったのですが、ここまで焼き方がアレですと味がどうこうと言う次元ではありません。
他には強いて言えば水が苦いと言うかまずいと言うか独特な味なのが気になったりですが、このボリュームでこの価格は確かに割安感がありますし、他の洋食メニューをセットで取れば肉の焼き加減なども気にせずともすむわけですから、なかなかに繁盛しているのも理解は出来ますね。

設備面、接遇面ともにファミレスとして考えるとごく標準出来で可も無く不可も無くだと思いますし、ご飯は各自で勝手におかわりし放題と言うのもがっつり派なお客にとってはありがたいようですが、考えてみるとこれもセルフかオーダー制かの違いはあれど昔通りのサービスと言えます。
ただこちらに限らず個人的に食べ物屋のトイレは二重ドアか客席から遠く離すべきではないかと思うのですが、気分的な問題はさておいても近い席のお客にとっては芳香剤の匂いの中で食事と言うのもきつそうですよね。

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2016年3月12日 (土)

往年の国民的有名人は今や全く無名の存在に?

かつては国民的とも言われた古典的アニメについて、先日こんな紛争が勃発していました。

サザエさん「ノリスケ」はクズではない 脚本家が否定(2016年3月9日BuzzFeed Japan)

「サザエさん」に登場するノリスケさんについて、アニメ作中の振る舞いをめぐり話題に。冷蔵庫を物色するなどの行為に対し、Twitterでは「これからはゴミスケでいい」などと批判も。「ノリスケのクズっぷり」は、意図的に作られたものなのだろうか? BuzzFeedは、アニメ版サザエさん放映開始当初から脚本を担当している雪室俊一さんに話を聞いた。

話題となっているのは、3月6日放送の「ジェラちゃんとノリスケ」の回。同回では、波平がジェラートをもらい帰宅。タラちゃん(タラオ)など子どもたちは翌日に食べるのを楽しみにしていたが、磯野家の留守番を頼まれたノリスケは冷蔵庫を物色。「磯野家には似合わない物が入っているな」などと言い、勝手にジェラートを食べてしまう

また、2015年12月13日放送の「ノリスケ倹約術」でも、ノリスケが居酒屋で寝たふりをし、会計をマスオに任せた際に同様の声が挙がっている。

雪室さんは批判に対し、「まず、私もネットの批判を見ましたが、非常に怒っています」と話した。「みなさん、何を根拠に『クズ』だの『ゴミ』と言っているのでしょうか? ノリスケは、磯野家に居候していた過去もあり、ノリスケの厚かましく、図々しい性格を分かっていれば、それほど罵倒される行為だとは思っていません。作品の背景、ノリスケの性格を分かったうえで言っているのでしょうか?」

また、ネットユーザーの反応についても、「確かに真面目な人がノリスケのあの行為を見れば怒るとは思いますが、『自分の意見と相違があれば、すぐに批判する』というネットの特性だと思っています」と指摘。

キャラクター設定を変えてるのかという問いについては、「もちろん変わっていません。原作を読み込んでいる私からしたら、(キャラクター設定を)外して書いているようなことは全くありません。それでも批判してくる人がいれば、批判してもらって結構。『そういう人たちなんだな』と受け止めますので」と語った。

まあネタにマジレスと言うのでしょうか、脚本担当の雪室氏と言えば何と戦前の生まれ(!)だそうですからずいぶんと今の時代と感覚も異なっていらっしゃるのでしょうが、確かに今どきの若い世代がリアルでこういうことをやると絶交を申し渡されても文句は言えないかも知れませんね。
サザエさんなどは舞台設定からして昭和中期の話で、大家族の同居などすでに現実世界とかみ合わない部分が多すぎると言う批判もあり、一方では時代劇などと同様あれはあれで懐古的とも古典的とも言える独特の味があっていいと言う意見もあるそうですが、この点であくまでも昭和の昔の思い出を振り返ると言う体で作っているちびまる子ちゃんなどは設定がうまかったとも言えるかも知れませんね。
時代により年代により感覚が異なっているのははるか大昔から人類社会共通の現象ですが、特に現代社会ではこの感覚の違いが顕在化するタイムスパンが短縮してきている印象もあって、かつて当たり前だったものがいつの間にか世の中から排除されていると言うことが決して珍しくありませんが、今どきの若い人たちにとってはそもそも「何それ?」と言う話だろうと思われるのがこちらの話題です。

歩きながらは危険なので・・・金次郎も「座像」に 日光・南原小で除幕式(2016年3月2日下野新聞)

 【日光】二宮尊徳ゆかりの地でもある市内の今市地域の小学校で、金次郎像が唯一なかった南原小に座像が建立され、1日に除幕式が行われた。同日の創立30周年記念式典に合わせた記念事業として、報徳思想の普及・啓発団体「報徳道研修 いまいち一円会」(八木沢利夫(やぎさわとしお)代表)が寄贈した。小中学校内の座像は全国的にも少ないとされ、同会は「『歩きスマホ』の危険性なども指摘される中、本を読み歩きしている立像ではなく座像にした」と時代の変化に応じたという。

 御影石を使用した座像は、花壇があった校長室前に建立。台座(高さ約85センチ)の上に、背中にまきを背負って切り株に座り、本を読む金次郎像(高さ約75センチ)を設置した。

 尊徳終えんの地でもある今市地区の小学校13校のうち、最も歴史が新しく金次郎像がなかった南原小に贈ろうと、同会が2014年秋に同校に打診して準備を開始。会員17人の積立金や会報の読者会員の寄付を制作費に充て、創立30周年記念式典に合わせて県内の業者へ依頼していた。

「座り二宮金次郎」に呆れ声噴出(2016年3月5日NEWSポストセブン)

二宮尊徳終焉の地としてゆかりのある、日光市の南原小学校に新しく建立された二宮金次郎の像が「座っていた」ことが、ネット上で話題になっている。
これは創立30周年となる同小に、報徳思想の普及・啓発団体「報徳道研修 いまいち一円会」が寄贈したもの。下野新聞のニュースサイトによると、同会は「『歩きスマホ』の危険性なども指摘される中、本を読み歩きしている立像ではなく座像にした」と説明しているという。
とはいっても、二宮金次郎といえば “明かりを灯すための油や時間を節約するため、働きながら学問をしていた”という逸話があまりにも有名。その真偽は不明とされているが、歩きながらでも勉学に励む姿が「勤勉」の象徴というイメージを持っている人は多いだろう。
その二宮金次郎が座ったということに、Twitterには、

「それじゃ二宮さんを銅像にする意味がないでしょ
何でもかんでも危険を排除、配慮って…その前に工夫するとか教えるとかが先じゃない?」
「なんでこの人歩きながら本読んでマナー悪いな、から始まって、そこからなぜそうなのか、時代背景や人物のことを道徳として教育するのが筋じゃないか。学校のやることはようわからんわ」

と、「座っていたら意味が変わる」「スマホマナーについては教育することが大事なのでは…?」と呆れる声が続々と投稿されているほか、

「歩きスマホしてる大人がたくさんいるんだから、二宮金次郎だけ座らせても無駄でしょ。それに座った二宮金次郎をつくるぐらいなら、二宮金次郎いらなくない?
「二宮金次郎が危険だっていうなら、上野の西郷さんどうすんだ?刀持って犬の散歩してんだぞ銃刀法違反だぞw

などという疑問をもつ人たちも。
「勤勉たれ」よりも「ながら○○は危ない」ということを優先して訴えているかのような金次郎座像に、違和感を覚えた人は多いよう。伝わりやすさよりも、誤解される表現を避けるのも時代の流れ…?

ちなみに今の時代全国各地の小学校から二宮金次郎の銅像が撤去されているのだそうで、今回の件も終焉の地として売り出している日光市であるからこそ敢えてこうまでして置かれたとも言え、逆に言えば地元とも言える日光市においてもこうまで配慮しなければ世間からの反対意見で設置もままならないと言うことなのでしょうね。
その理由としては記事にもあるように歩きながら本を読むと言う姿を子供が真似ると危ない、歩きスマホを禁止する根拠が怪しくなると言ったことであるようですが、仕事中にも学問に励んでいた勤勉な人物と言う意味合いで銅像にまでなった人物が仕事をさぼって本を読む不謹慎な人物になってしまうのでは、そもそも銅像を置く意味の方が怪しくなってしまいそうに感じます。
歴史的に見るとこの二宮金次郎の銅像が小学校などに置かれるようになった経緯として明治時代の勤勉の促進と言う国策があったと言い、一説には明治天皇があの意匠の銅像を見て気に入ったことが全国に広められるきっかけともなったとも言うのですが、歩きながら本を読んでいる姿は知られていても一体いつ何をした人なのかは知られていないようにも感じられます。
この辺りの背景事情をきちんと説明しないまま銅像の形ばかりにこだわっていても仕方が無いような気もするのですが、それを言い出すと今の時代に合った歴史上の偉人は他にも幾らでもいるだろうに何故未だに二宮金次郎にこだわらなければならないのかと言う話にもなりかねずで、何気ない銅像への論難が思わぬ余計なところに火種をまき散らしてしまったようなものですよね。

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2016年3月11日 (金)

無駄な出費と有意義な無駄との境界線

海外では日本と違って医療保険のあり方もかなり厳しいものがあると言い、アメリカなどでも病院にかかれば真っ先に手持ちの保険でどこまでカバーされるかを確認されると聞きますが、こちらカナダにおける保険診療の扱いもかなり厳しいものがあるようです。

保険の基準を厳しくすれば余分な処方は減る?(2016年3月9日日経メディカル)

 私が勤めている薬局に、インフルエンザの処方箋第1号がとうとうやってきました。日本では考えられないでしょうが、カナダのオンタリオにある私の薬局では、インフルエンザの処方箋は一冬に1枚来るか来ないか、という頻度です。

 カナダでは一般的に、高齢、低所得、特定疾患に罹患中などの特別な理由を除き、公的保険が適用されません。通常は勤務先で加入する私的保険で、治療費や薬代などをカバーします。

 ただ、全ての処方薬を保険で賄えるとは限りません。保険でカバーできない薬は基本的に患者の自己負担となるので、支払いが高額になるときもあります。

 そのため多くの患者は、処方された薬が本当に必要なのか、とても厳しくチェックします。処方箋にある全ての薬の代金を負担することが難しい場合、薬剤師と患者が相談して優先順位を決めることがよくあります。必ず服用しなければいけない糖尿病治療薬などは優先して調剤し、胃酸過多などのOTC薬で症状が少し改善できるような薬は、代金が用意できるまで薬局で処方箋を預かる、といった対処を取ります。そういった事情があるので、医師も本当に必要な薬でない限り、無駄に薬を処方することはないようです。
(略)
 このようにカナダのオンタリオでは、公的保険の基準が厳しいです。特に最近、財政面の問題もあり、締め付けがますます厳しくなっています。昨年の10月までは、後発品でアレルギーなどの症状が出た場合、医師が所定の様式に記入し公的機関へファクスすれば、先発品を保険で使用することができました。しかし現在は、2種類以上の後発品を患者が試してそれでもだめな場合のみ、とハードルが上がっています。

 確かに、全ての薬をカバーする保険に加入している患者は、医師に頼んで余分に処方してもらうこともあるようです。締め付けを厳しくすれば、医師も患者も、本当にその薬が必要なのか考える機会は増えると思います。余分な処方を減らすには、もしかしたらこの「締め付ける」方法しかないのかもしれません。
(略)

記事中では患者が処方された治療薬をどのように取捨選択するかと言う実例も記載されていますけれども、こうした状況を見ると確かに医薬分業と言うことにも一定の意味があるのかなとも思われるところで、果たして日本の薬剤師が仮に権限が付与されたとしてもここまで主体的に治療行為そのものに関わることが出来るのかどうかとも感じてしまいますがどうでしょうね。
何を以て必要な治療と考えるかは非常に微妙なところがありますが、一方で国民皆保険制度のある日本では「今月は売り上げ厳しいですから検査や入院頑張ってください」などと発破をかけられると言う実例もしばしば散見されるように、必ずしも必要だとは言えない医療であっても安いから、ただ同然だからと言う理由で行われている部分があることも否定出来ませんよね。
この点で昨今では保険診療の制約の厳しさと言うよりも、無保険者の増加や現役世代のワープア化などによって患者の側の要因で支払額にストップをかけたり、場合によっては金銭的負担から治療を中断すると言うケースもままあると言いますから、無駄な検査や治療が増えるばかりの出来高制度は問題だ、包括払いにすべきだと言う声は支払い側を中心に根強くある所以です。
一方ではもちろん一見無駄な出費に見えても大きな意味があると言うことも少なからずあるのですが、先日出ていたこちらのニュースなどは果たして先見性ある有意義な取り組みなのか壮大な無駄になるのか、将来的に検証すべきものであるかとは思います。

佐賀県内、中3全員ピロリ菌検査 全国初(2016年02月02日佐賀新聞)

 佐賀県は、県内の中学3年生全員の約9000人を対象に、胃がんの主な原因とされるピロリ菌の感染検査を実施する。検査はあくまで任意だが、本人の了解を得た上で、学校健診の尿検査の試料を用いる。感染している生徒の除菌治療費の自己負担分も助成する。健康増進課は「都道府県単位での取り組みは全国初ではないか」としている。2016年度当初予算案に関連経費約2570万円を盛り込む方針。
 県によると、14年の75歳未満の人口10万人当たりの胃がん死亡率は全国ワースト2位だった。ピロリ菌の除菌は早いほど胃がんの発症リスクを減らせる。「胃がんは予防できるがんなのに佐賀では多くの人が亡くなっている。全国に先駆けて撲滅に向けて取り組みたい」と意義を強調する。

 ピロリ菌の検査には採血や呼気などさまざまな方法がある。原則、成人の場合は最終的に内視鏡で胃の状態を確認し、除菌治療には保険が適用される
 県は公立や私立、特別支援の全中学で実施されている尿検査の試料の残りを用いることで負担感なく感染を調べる。感染疑いの生徒には追加で検便を実施し、感染の有無を確定する。
 除菌には胃酸を抑える薬と抗生物質を組み合わせた飲み薬を1週間ほど服用する。この薬の対象が中3の15歳以上となっている。

 県は1人当たりの検査に6000~7000円、治療費の自己負担分として4000~5000円の助成を見込む。小児科系の学会の調査によると、中高生の5%程度が感染しているとされ、県内は約300人と推定している。検査事業では、佐賀大学医学部附属病院の小児科との連携も検討している。
 世界保健機関(WHO)の専門研究組織は14年、胃がんの8割がピロリ菌の感染が原因と発表した。特に日本人に多い胃の入り口(噴門部)以外の胃がんでは9割を占めている。


ピロリ菌 中学生の除菌対策(2016年02月20日佐賀新聞)

 佐賀県が打ち出した全国初の取り組みである、中学3年生全員へのヘリコバクタ・ピロリ(ピロリ菌)検査と除菌対策が全国の注目を集めています。ピロリ菌感染者は国内に約3500万人いるとされ、慢性胃炎・胃潰瘍・胃がんの原因になります。特に佐賀県は胃がん死亡率が全国で2番目に高く、胃がんの予防対策としてピロリ菌除菌対策は最も重要と考えられていました。

 日本人におけるピロリ菌感染者は40代以降に多く、今回の対象となる10代では5~20%程度とされています。また、胃がんの予防対策としてのピロリ菌除菌は若い時がより有効と考えられており、今回中学3年生が対象とされたと考えられます。
 検査を受ける県内の中学3年生は約9000人で、学校健診の尿検査の際にピロリ菌の感染検査を行うため、本人への負担は軽いと考えられます。もし、ピロリ菌が陽性とわかれば、本人と家族の同意のもとに胃酸を抑える薬と抗生物質を組み合わせた飲み薬を1週間ほど服用する除菌治療が行われます。この尿検査と除菌治療にかかる費用の自己負担分を県が助成するという画期的な取り組みです。

 さて、期待されるピロリ菌除菌による胃がん予防の効果については、ピロリ菌が除菌されたかどうかは1カ月以降にはわかりますが、胃がんでの死亡者が少なくなったかどうかがはっきり証明されるまでには長い年月が必要です。しかしながら、多くの胃がんにピロリ菌が関係していることは明らかなので、将来、胃がんで苦しむ方が佐賀県から激減することは、十分期待できるのではないでしょうか。(佐賀大医学部附属病院 検査部長・末岡榮三朗)

なんでもこの話、自らが胃癌に罹患した県知事さんが思い立って始めた制度なのだとも言うのですが、胃癌と言えばひと頃は日本人の国民的疾患とも言われるメジャーな病気であり、世界中の胃カメラ市場を日本メーカーが席巻していることからもその関心度の高さがうかがわれると思いますが、さすがに中学生と胃癌と言う言葉はなかなかすっきりとは結びついてきませんよね。
ここではピロリ菌と胃癌の関係については成書に譲るとして、ここでは一般的な胃癌の多くがピロリ菌感染と関連していること、感染は幼少期に起こり成人した後は原則的に新規感染は起こらないこと、そして除菌治療によってどの程度胃癌が減らせるかは未だはっきりしていないことなどを知っておくべきでしょうか。
行政が音頭を取って特定の疾患撲滅にお金を出していくと言う点では近年C型肝炎が話題になっていて、新規抗ウイルス薬の登場によってそれまで難治とされていたケースでもほぼ全員がウイルスを排除出来るようになってきた一方で、この新薬による治療が一式数百万と極めて高価であることから、高齢者など補助金を取ってまで治療を受けさせる方がいいのかどうか悩ましいと言うケースも少なからずあるようです。
もちろん残された人生が長い若年世代においてはそのハードルが相対的に低くなると言うことは当然ですし、ピロリ菌の除菌などは金銭的身体的な負担も知れていることですから、多少なりとも将来の胃癌を減らせるのであれば十分に元が取れると言う計算があるのかなとは思いますけれども、実際損得勘定としてどうなのかと言うことはいずれ検証してみていただきたいところですよね。

ところで記事にもあるように通常ピロリ菌の除菌治療に関してはピロリ菌がいると言う検査結果に加えて、内視鏡で胃潰瘍や慢性胃炎などであることを確認する必要があるのですが、今回の場合こうした保険診療の制約に縛られないために自費診療扱いにして、数千円分の薬剤費を助成すると言う形にしているようです。
そもそも何故内視鏡での確認を義務づけているのかと言えば、ピロリ感染者では胃癌の確率が高い以上見逃しを無くすためと言う理屈だと言いますが、さすがに中学生で胃癌の見落としもないでしょうからこれはこれで合理的な判断だろうし、胃カメラのコストの方が薬剤費よりも高くつくのですから財政支出の上でも理には適っていますよね。
ピロリ除菌の保険適応に関しては長年慢性胃炎に対しても認めるべきかどうかと言う議論があって、そこまで認めてしまうと対象患者が多すぎて保険財政を圧迫すると言う理由で潰瘍がある場合にしか除菌が出来なかった歴史的経緯がありますが、この時代にもいわゆる保○病○をつけたり自費診療と言う形で地道に除菌治療が行われてきたことを考えると隔世の感があります。
何を以て無駄あるいは有意義な出費と考えるかは難しい判断もあるところですし、そもそも予防的医療は保険診療に含まれるべきではないと言う原理原則もありますが、一見分かりにくいが将来的な利益に確実に結びつけられる目先の不利益についても専門家が積極的に情報発信していかないと、怪しげな民間療法などに国民が無駄に大金をつぎ込むと言うことにもなりかねないですよね。

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2016年3月10日 (木)

医療紛争の下駄は医療側に預けられている?

またぞろ妙な判決だと言う声も少なくないようなのですが、本日まずは先日出ていましたこちらの記事を御覧いただきましょう。

紙おむつ異食、遺族と和解 都立病院で認知症女性死亡(2016年3月9日産経新聞)

 東京都立病院で認知症の女性=当時(76)=が、紙おむつを口にして死亡したのは病院の責任だとして、長女が都に約2500万円の損害賠償を求めた訴訟は、東京地裁(矢尾和子(やお・かずこ)裁判長)で8日までに和解が成立した。都が責任を認めて解決金を支払うなどの内容。和解は2月17日付。

 訴えによると、女性はアルツハイマー型認知症で2007年から世田谷区の病院に入院。たびたび紙おむつを口にし、10年3月に気道が詰まって低酸素脳症となり、15年1月死亡した。

 8日に記者会見した長女は「適切なケアがあれば母は穏やかに人生を歩めたはずだ。医療機関は改善に努めてほしい」と訴えた。都は「患者の個人情報に関わるのでコメントできない」とした。

小児と認知症老人が何でも口に入れてしまうとはよく聞く話で、とある施設入所中の寝たきり認知症高齢者などは胃瘻栄養で絶食中であったものが、とある夜に突然の呼吸困難で救急病院に搬送され今まさに気管内挿管をされようと喉頭展開をされたところ、何故か気管の入り口を塞ぐようにかまぼこの薄切りが張り付いていたと言い、一体どこでかまぼこを入手?したものか誰にも判らなかったそうです。
こうした場合にどのように対処していれば事故が防げたのかですが、医療の世界においても進歩的な方々の見解によって拘束等は行えない方向になってきていますから、この種の事故を起こす可能性のある方は最初から受け入れないように都立病院は改善に努めるべきなのかと言う話ですし、少なくとも紙おむつをはかせるなどと言うことは危険を放置したと言われかねないですよね。
いずれにしても今からこの種の事故が起こればいわゆる事故調マターとならざるを得ないわけで、院内調査なり第三者機関のレポートなりでこの事件からどう再発防止策が導き出されたものかと考えてしまうのですが、この医療事故調と言うものに関して、先日こんな講演があったそうです。

“事故調”の成否、「医療界の取り組み次第」(2016年2月29日医療維新)

 一橋大学大学院法学研究科教授の山本和彦氏は2月28日、大阪市内で開催された医療安全実践教育研究会主催の第3回学術集会で、「医療事故調査制度の創設の経緯、特徴、課題」と題して講演、昨年10月からスタートした医療事故調査制度は、「プロフェッションとしての医療者への期待に基づく制度」であることが大きな特徴であるとし、国民から広く信頼を集め、制度を機能させるためには、医療者が自立的、かつ「オール医療界」で取り組む重要性を強調した。

 山本氏は、法律家の立場から見ると、運輸関係の事故調査委員会や“消費者事故調”は、公的な組織で強制力を持って調査をするのに対し、医療事故調査制度は、院内調査が基本であり、第三者による調査も民間組織に委ねされているのが特徴だと指摘。2008年に厚生労働省が作成した医療事故調査制度の「大綱案」とも大きく違い、医療者がプロフェッションとして、医療界を挙げて調査に取り組む制度設計になっていると説明した。

 医療事故調査制度は、法律上、今年6月までに一定の検討を行い、必要な措置を講じることが求められている。山本氏は「この制度がうまく回っていくかどうかは、医療界全体にとって非常に重要。『不十分』と社会的に評価されてしまうと、何らかの見直しが必要という世論になり、今とは違う考え方に基づく制度になっていく可能性がある」と述べ、制度見直しの行方は医療界の取り組みにかかっているとした。

 山本氏は、2015年3月に取りまとめを行った、厚生労働省の「医療事故調査制度の施行に係る検討会」の座長を務めるなど、医療事故調査制度の創設に長年かかわってきた(『医療安全の“ボール”は医療界に』などを参照)。同制度の創設に向けた経緯や制度の仕組みなどについて、同検討会の座長としての思いにも触れながら、約50分にわたり講演した。その概要は以下の通り。
(略)
 医療事故について、医療界では免責を求める声が強いことは理解しているが、日本では、他の事故調査制度を含め、免責制度を持っていない。海外では、免責をして事故調査を円滑に進める政策判断もある。医療に限らず、各種の事故調査制度全体を見て、横串を刺して考えていくことが必要。正面から本格的に取り組むべき課題だと考えている。そのほか、紛争の予防の問題や21条の取り扱いなどの問題もある。

 長年、医療事故調査制度の議論に携わり、医療界と、法律界が相互に理解をし合うことは、なかなか難しいと思っている。無用な相互不信を感じることもあった。そのようなものを克服して、相互に理解を深めていくことこそが、良い制度に発展させていくためにも必要ではないか。

この講演の最後に出ている「医療界と、法律界が相互に理解をし合うことは、なかなか難しい」「無用な相互不信を感じることもあった」と言う文言に注目いただきたいと思いますが、医療訴訟乱発からいわゆるJBMと言う言葉が一般化した時代から、長年の事故調制度設計に関する議論を通じて最終的に「医療と司法とでは根本的にものの考え方が異なる」と言う点に関してだけは相互理解が進んだように思いますね。
その上で法律家のものの考え方と言うものをうかがうことが出来る内容だと思うのですが、基本的に言ってることはいわゆる「誠意を見せろ」と言うことであって、何をどうすれば十分だと客観的な指標を提示しないのですから、医療業界が何をやろうが誠意なり努力なりが足りないと言い張ることが出来る理屈ですよね。
こうしたやり方は一部の業界の方々が得意とするところだそうで、自動車事故なども警察を呼ばずに示談にしましょう、などと言い出す相手には要注意だと言いますが、事故調そのものはあくまでも再発防止のための制度なのですから、国民がどう受け止めようが再発防止として機能するならそれで十分だと言う考え方も出来る理屈です。

逆に言えばこの制度により再発防止策が十分に取られるようになり医療安全向上が進んだにも関わらず、国民満足度が向上しない場合に制度として成功なのか失敗なのか難しいところだと思いますが、こうした場合にしばしば見られる興味深い逆説として安全性が向上するほど事故に対して厳しい視線が注がれるようになりがちだと言うことがあると思いますね。
すなわち日常的に多くの事故が発生し、それが当たり前だと受け取られているうちは事故が起こっても大きな不満は抱かず「まあ仕方ない、運が悪かった」と受け入れられるが、一定程度以下にまで事故頻度が下がると「何かミスをしたから事故が起こったに違いない」と考えられるようになり、安全性向上の努力が実を結んだ結果かえって紛争化するケースが増えると言うことがまま見受けられます。
この代表的な事例としてわずか半世紀ほどの間に事故率が100分の一ほどにも急降下した結果、万一の場合の事故を巡って医療訴訟が頻発しついには産科崩壊とまで言われるようになった周産期医療が上げられると思いますが、医療事故調発足が結局医療紛争を回避することにつながるのかどうかは未知数であるとしか言えず、医療側としてもその行方を慎重に見守り逐次必要な対策を講じてことが重要だと思いますね。

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2016年3月 9日 (水)

かかりつけ推進に対する各方面の反応あれこれ

今回の診療報酬改定ではかかりつけ医、かかりつけ薬局と言うことが重視されていると言い、患者の状態管理や重複の無駄を省くためにも重要なことだとは思うのですが、これに関して日医がこんなことを言い出しているようです。

日本医師会が「かかりつけ医」認定制度開始へ(2016年3月6日NHK)

日本医師会は、新年度・平成28年度の診療報酬改定で、患者の健康を日常的に把握して治療などに当たる「かかりつけ医」が推進されることを踏まえ、独自の研修を設けてかかりつけ医の認定制度を始めることになりました。

医療機関に支払われる診療報酬の新年度の改定では、患者の健康を日常的に把握して治療などに当たる「かかりつけ医」を推進するため、小児科などの分野で診療報酬を加算することなどが盛り込まれました。
これを踏まえ、日本医師会は来月から全国の都道府県の医師会と連携して独自の研修を設け、かかりつけ医の認定制度を始めることになりました。

具体的には、幅広い知識を持つ医師であることを示す日本医師会の「生涯教育認定証」を取得したうえで、かかりつけ医に必要な倫理や具体的な症例などを学ぶ「応用研修」と、地域の学校や自治会などで医療に関する活動を行う「実地研修」で、一定の単位を取得した医師をかかりつけ医として認定するとしています。
日本医師会は「この認定制度は、地域のかかりつけ医として活動し、研さんを続けていることを示すもので、地域住民からの一層の信頼につなげたい。かかりつけ医を持っていない人が、かかりつけ医を持つきっかけにもなってほしい」としています。

当然ながらこのような重要な資格を認定するからには日医に多額のお布施をはずまなければならないことは言うまでもないのでしょうが、ちなみに昨今新たな専門医資格として話題になることも多い総合診療医とはこのかかりつけ医とは全くの別物で、かかりつけ医に対して診療報酬上乗せが認められる一方で日医は総合診療医に対する報酬上乗せは拒否しています。
日医にお布施をはずめばもらえる紙切れの方がきちんとした専門医教育を積んで手にする資格よりも診療報酬上ずっと優遇されるべきだと言う考えで、当然ながら現場の医師達の間で日医に賛同する声ばかりではないことは言うまでもありませんが、今のところ日医の認定するところのかかりつけ医資格の有無によって診療報酬に差がつくと言う話でもないようです。
要するに日医が認定する肩書きを得ることにどれほどのメリットを感じるかと言う話で、全国の熱心な日医会員の方々が先を争って認定をされようと殺到すること疑いないところですが、このかかりつけ制度と言うことに関してはこんな気になる調査結果もあるようです。

かかりつけ薬局、4割の人が認知せず- 日本調剤が調査結果公表(2016年2月19日CBニュース)

患者の服薬情報を一元管理する「かかりつけ薬局」について、4割の人が認知していないとする調査結果を、日本調剤が公表した。国は地域社会で継続的に薬学的な指導に当たる「かかりつけ薬局」の整備を進める方針だが、認知が十分浸透していない実態が浮き彫りになった。【新井哉】

調査は1月15日から18日までインターネットで実施。全国の20歳以上の男女1008人から回答を得た。

これまでに「かかりつけ薬局」を見たり聞いたりしたことがあるかどうか尋ねたところ、40%の人が「見た(聞いた)ことがない」と回答した。すでに「かかりつけ薬局」を持っている人は32.8%だった。男女・年齢別で最も保有率が低かったのは20代男性で、72.6%が「持っていない」と答えた。

「かかりつけ薬局」を選ぶ際に重視する機能やサービス(複数回答)については、「薬の効果や副作用の確認」(57.0%)が最も多く、以下は「複数の医療機関から出ている薬の飲み合わせチェックや残薬の確認」(48.7%)、「医師の処方内容についての確認」(35.4%)、「薬の相談がいつでも気軽にできる」(27.1%)などの順だった。

このほか、薬局の認知などについても質問。薬局に対するイメージ(複数回答)は、「薬剤師がいる」(82.3%)、「医療機関で処方された薬をもらえる」(81.7%)、「薬の相談ができる」(54.9%)などの回答があった。また、9割近くの人が、処方薬の調剤を目的に薬局を利用したことがあると答えた。

昨今は急性期の基幹病院などは外来も多忙で、とにかく病診連携と言う形で地元の開業医に逆紹介しておき何かあった時だけ送ってもらうと言う形をとっている場合が多く、患者の側としてもかかりつけ医と言う概念に関しては比較的馴染みがあるのではないかと思いますが、他方でかかりつけ薬局と言うものについてどれだけ認知されているのかですよね。
もちろん薬を一元管理するなどかかりつけ薬局の有用性は頭では理解しているつもりでも、現実的にあちらこちらと複数の医療機関にかかっていればその都度門前で処方を受ける方が便利だと言うことはありそうに思いますし、医療機関から遠い薬局では処方された薬を置いていないと言うことも少なくありませんから、実際のところ必ずしも良いことばかりでもないわけです。
本来医薬分業が言われた時点で手元に置いていない薬は薬局側が責任を持って取り寄せると言う話だったはずですが、昨今では一般名処方をさせて同効薬の中から選ばせると言うやり方になってきていて、もちろん患者が完全に自主的に好きな薬を選べるのであればいいのですが、様々な意味で薬局側の都合のいい薬を選ばされると言う場合も少なくないようですね。

興味深いのはかかりつけ薬局に期待する機能として最も多いのが飲み合わせのチェックではなく、薬の効果や副作用の確認という言ってみれば当たり前の情報提供への期待であったと言うことで、これに関しては確かに重要で興味もある情報なのだろうとは思うのですが、一方でこれはかかりつけ薬局でなくても提供出来るサービスであるとも言えるように思います。
その意味では処方内容の確認などもこれまたかかりつけ薬局でなくても出来ることで、どうもかかりつけ薬局と言うものに対して何を期待すればいいのかと言うことで今ひとつ明確なイメージが湧かないらしい様子もうかがえるのですが、これについてはやはり薬局と言うものの役割が医療の中で一方の主体として自主的自律的に活動していると見なされていないと言うことでもあるのだと思います。
病院でも最低限の薬についての話は聞いているはずですから、医師の処方した薬を袋詰めし必要な情報を提供すると言った業務だけで大部分の場合は十分なのだろうし、むしろ薬局で長々と引き留められるのは迷惑だと感じる人の方が多いのでしょうが、かかりつけ薬局としてお金を取る以上は薬剤師側が今度どう存在意義を打ち出していけるのかと言うことも問われそうですね。

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2016年3月 8日 (火)

病院の偏在と医師の偏在

都道府県が主体的・計画的に医療供給体制を整備していくと言う地域医療構想について、特に病院機能により各病院を4つの医療機能のいずれかに分類すると言う点で地域内での病床管理機能が強化されるとも言える話なのですが、増える病床もあれば減る病床もあると言うことで先日日医がこんなことを主張しています。

地域医療構想、「病床削減の根拠になる恐れ」(2016年3月3日医療維新)

日本医師会常任理事の釜萢敏氏が3月2日に会見し、地域医療対策委員会が策定した地域医療構想における日医の役割に関する報告書を発表し、地域医療構想の病床必要量の報告が病床削減の根拠に使われる恐れがあると指摘、「日医として、国政で正しい主張を続けないといけない」と述べた。

 報告書は、「地域医療構想・第7次医療計画に向けての医師会の役割について」と題し、宮崎県医師会副会長の富田雄二氏を委員長に迎え、8回の議論の内容をまとめた。

 報告書では、各都道府県が2025年に向けた地域医療構想を策定するに当たり、構想で示される「病床の必要量」は、2013年の疾病構成や受療率、機能区分などの条件を前提として計算した医療提供側のための参考値であり、医療機関による自主的な転換・収斂を目指したもので、病床削減のための制度ではない、との認識の共有が重要だと指摘。行政が参考値を目標値として捉え、急性期病床や慢性期病床の削減のための根拠として悪用する心配があるとして、日医が国政の場で「正しい主張」を続けることや、議論をリードすることが必要だとした。

 釜萢氏は、2016年度は多くの都道府県で「地域医療構想」の策定と第7次医療計画の検討が始まる重要な時期だと強調。「地域医療のあるべき姿は、全国一律ではなく、地域ごとの設計が必要で、地域の医師会が地域の実情を最も理解している」(同報告書)との記載に触れ、「地域の特性を生かし、地域の構成員がしっかり考えて作ることが重要だ」と指摘した。その上で、地域医療調整会議で病院や行政、医師会などのメンバーが集まって連携して協議をして地域医療構想を策定する枠組みについて「画期的だ」と高く評価。医師の需給に関する協議にも導入すべきだと提案した。

 病床数削減に関しては、過去10年間で病院数が7%、有床診療所が43%、病床数(一般・療養病床)は7.3%減少し、病床利用率も6%減っていることから、「現実を踏まえて、社会の流れの中で検討を生かさないといけない」と述べ、医療需要の変化に適切に対応することが必要だとした。

いやまあ、もちろん地域毎に異なる需給の状況に応じて必要病床数を議論することは大前提なのだろうし、その結果過剰と判断される部分に関しては削減していく方向で話を進めるのも当然だろうと思うのですが、日医などが今さらこんなことを言い出しますとまたぞろいつもの既得権益確保かと言われても仕方ないでしょうね。
ただ行政側がこうしたいと言う供給体制と、実際の医療現場がこう出来ると言う供給体制とが完全に一致することばかりではないはずなので、最悪の場合この病院を急性期の中核病院にと見込んでいたのにそれが果たせず、激務から医師逃散も相次ぎ地域の医療体制が破綻してしまったと言うこともあり得るわけです。
すでに大学病院が音頭を取って地域内の医療体制を再構築する取り組みも始まっていると言い、その手段として医局の人事権を活用して「拒否するなら今後は医師派遣で協力出来ませんが何か?」式のやり方も活用されているやにも聞くのですが、そうした観点で見ますとこの地域医療計画や病院再編成の問題とは医師の人事の問題であるとも言えるわけです。
各都道府県が「この場所は医療の空白地帯だから立派な病院を整備したい」と考えても、医師らスタッフが集まらなければ話が進まないと言う単純な理屈なのですが、こうした医師配置の問題に関しても先日厚労省からこんなコメントが出ていたと言います。

「医師の職業選択の自由」を尊重、厚労省医政局長(2016年3月3日医療維新)

 3月3日の厚生労働省の「医療従事者の需給に関する検討会」の医師需給分科会(座長:片峰茂・長崎大学学長)の第3回会議で、同省医政局長の神田裕二氏は、医師の地域・診療科偏在対策について「何もやってこなかったわけではない」と反論、一定の規制ルールで偏在解消すべきとの意見に対し、「医師の職業選択の自由」を尊重しつつ、偏在解消ができる仕組みを検討すべきとの考えを示した(資料は、厚労省のホームページ)。

 3日の会議のテーマは、医師の需要・供給推計の方法と、医師が地域・診療科偏在する課題の整理――の二つ。医師偏在の問題は、2008年7月の厚労省の「医師の需給に関する検討会報告書」でも検討した経緯がある。10年経っても問題解決に至っていない現状を踏まえ、委員から問題視する声に答えたのが、神田局長。

 神田局長は、「2008年の検討会は、マクロの需給は将来足りるが、まだ医師が不足している地域があるため、実効性がある地域定着策を講じながら、医師を増やす結論だった。その後、医学部定員を1637人分増やすなど、何もやってこなかったわけではない」と説明。

 その上で次のように付け加え、まずは強制力を持って進めるのではなく、医師の自主的な選択を通じて、偏在解消を図ることが先決だとした。「極端に言えば、保険医の定数を地域別、診療科別に決めるやり方もあるのかもしれない。しかし、憲法上の問題もあり、まずは職業選択の自由を尊重し、『いやいやへき地に来た医師に、診てもらう』のではなく、医師が自らそうした選択ができるようにしていきたい」。地域医療支援センターの設置、医学部の地域枠の定員増などの施策は打ってきたとし、「しかし、それがまだ十分ではない。そのためには何をすべきかという議論ではないか」とまとめた。
(略)
 医師の地域・診療科偏在について、厚労省は、(1)医師の養成、キャリア形成に関する課題(医学部定員、医学部卒前教育に関するものを含む)、(2)医師の労働環境等に関する話題、(3)医師派遣機能に関する課題、(4)医師の生活環境に関する課題、(5)育児等を伴う就労への支援に関する課題(女性医師支援を含む)、(6)住民、患者のニーズの変化や住民、患者への情報提供、普及啓発等に関する課題――に整理。

 この課題整理に対し、最初に問題視したのは、聖路加国際病院院長の福井次矢氏。「課題はよくまとまっているが、大部分が既に分かっていること。ステークホルダーが、効果的だが困難な対策を、勇気を持って行ってこなかったことが、(偏在が解消しない)最大の要因」と指摘。フランスは大学卒業時点で専門診療科を割り振る、米国ではフェローシップに入る時点で専門医数を決めている、ドイツでは開業場所に制限があるなど、規制的な仕組みを導入している諸外国の例を挙げた。

 慶應義塾大学商学部教授の権丈善一氏も、自身も委員として加わり、2013年8月にまとめた社会保障制度改革国民会議の報告書で、「適切な場で適切な医療を提供できる人材が確保できるよう、職能団体には、中心となって、計画的に養成・研修することを考えていく責務がある」と提言していることを紹介。日本医師会と全国医学部長病院長会議が共同でまとめた2015年12月の「医師の地域・診療科偏在解消の緊急提言」でも(『医師のキャリア形成、大学が生涯にわたり支援』を参照)、医師の地域・診療科偏在のために「医師自らが新たな規制をかけられることも受け入れなければならない、と書いている」と指摘。大学の医師派遣機能は低下し、「事態は前より悪くなっている」とし、「責務を果たしていくべきではないか」と求めた。
(略)
 片峰座長から、見解を質された厚労省は、冒頭のように神田局長が答えたほか、厚労省医政局地域医療計画課長の迫井正深氏も、「前回の検討会で、既に偏在の議論はした。(今回の整理で)新しい大発見があるわけではなく、自然と整理するとこうなる。逆に問いかけると、なぜ今日に至るまでこうした現状なのか。地域医療の確保に向け、一定程度、対策は講じてきた」と回答。その上で、「医師養成に要件を設けたり、医師の研修に当たって勤務地や診療科の制限を付けることには、基本的人権にかかわるデリケートな問題がはらんでいる」と述べ、本来の意思とは別の赴任地に医師が赴いた場合に、当該医師および医療を受ける側の理解が得られるかなどの問題もあるとした。
(略)

医師の配置をどう望ましい方向に誘導していくべきなのかと言う方法論には諸説ありますが、とりあえずはいわゆる医師強制配置論には医療関係者から根強い反対意見があるとして、ではその代案で何が可能になるかと言えば、過去の様々な課題への対応を考えると一つには診療報酬に格差をつけると言うことは十分考えられると思います。
要するに都市部では経営が成り立たないような医療機関であっても田舎であれば成り立つと言った報酬格差が存在すれば、各医療機関は自主的に経営上メリットのある田舎へと移動していくだろうと言う考え方ですが、医師にとっては田舎に行くことでどんなメリットがあるのかと考えた場合、よほどに待遇等で格差がつくような状況にでもならなければ即座に医師の分布にまで変化が出るのかどうかですよね。
他方で諸外国でも導入されている地域内での保険医定数制度などは一見すると悪くなさそうに思えるのですが、当然ながら現時点での地域内の医師数とそう極端な違いのある数字を設定するわけにもいかないはずであり、そうなりますと先に地域に根を張っている先生方の既得権益ばかりが優遇され、いたずらに優秀な若手医師の新規参入を阻害するだけに終わる可能性もありそうです。

そもそも医師強制配置を行うにしても誰をどのように選んで送り込むのか、その医師が抜けた穴をどうやって埋めるのか等々の細部は全く明確になっておらず、いわば理念の部分だけが一人歩きしている状態で、例えば専門医資格の取得に一定年数の僻地勤務を義務づけると言ったやり方を行うにせよ、それに乗るのは田舎での診療になど興味の無い専門医志向の強い先生ばかりと言うことにもなりかねません。
かつては大学の医局人事なるものがこうした強制性を担保してきた側面があったわけですが、白い巨塔の何のと散々各方面から叩かれ医局の人事機能が削られてきたからこそ人気の無かった田舎病院には誰も行かなくなったと言う当たり前の現象が起こっているに過ぎない面もあり、昨今ではいっそ大学に再び強い人事権を握らせようなどと妙な先祖返りの議論すら行われているとも言いますね。
その点で多くの医師にとって魅力があると考えられるのはやはり高度な医療技術を取得出来る病院かどうかと言う点で、例えば千葉の片田舎に全国に名の知られた立派な総合病院が存在し全国各地から毎年優秀な医師を集めていると言う実例もあるわけですから、やはり医師偏在解消とは医師配置のみならず病院と言う施設をどう整備するかと言う話とセットで議論しなければ解消は難しい気がします。

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2016年3月 7日 (月)

子供にお金を使うことへの否定的な記事が出る背景

このところ保育園に入所できなかったと言う書き込みが賛否両論で大きな話題になっていて、条件的には決して悪くはないのに次から次へと入所を断られ連戦連敗、さてこれからどうしようと悩んでいる方々が全国的にも決して少なくないのだそうですが、その一方でこんな記事が出ていたことが注目されるところです。

東京都の保育園運営 0才児1人当たり1か月に50万円かかる(2016年2月29日NEWS ポストセブン)

 待機児童問題が指摘されて早何年か。保育士も足りない、保育園も足りないなか、問題は解決していない。そんな中、「保育園落ちた 日本死ね!!!」と題した、はてな匿名ダイアリーへの書き込みが話題を呼んでいる。「日本死ね!」という過剰にも思えるつぶやきには、子供を抱えるママたちの本音がつまっている。ママたちにとっては深刻な問題だが、祖父母世代は首をかしげる
「昔は子供が生まれたら仕事を辞めたし、保育園に早くから預けるくらいなら、仕事を調整すればいいんじゃないの?」(神奈川県在住の69才主婦)

 もちろん、子供が成人するまでにいろんな未来を選べるほどの充分な資金があればそうしたい。多様化する価値観のなかで、女性が仕事をしなくとも孤立しない社会制度が整っていればそうしたい。しかし、ママたちを取り巻く環境はとにかく厳しいのだ。子育て・家族問題に詳しい、作家の石川結貴さんは言う。
「競争率が激しいといわれる世田谷区のお母さんの話ですが、彼女は子供を保育園に入れていた。よく入れられたわねと言うと、“理想を捨てれば入れますよ”って。他にも、“妥協すれば探しやすくなるのに”というお母さんもいましたし、競争率の低い地域に引っ越すという方法をとったお母さんもいました。そういうお母さんたちは、“保活が大変だっていう人は理想が高すぎる”と言うんです。園庭が広くて、家からも近くて、なんて叶わないっていうご意見もありました」(石川さん)

 認可保育園の数を増やすのではなく、小規模保育園の数を増やす、ベビーシッターの数を増やすなどの提案が出されたり、社会学者・古市憲寿さんは著書『保育園義務教育化』(小学館刊)で、保育園を義務教育化することで、誰でも無償で通える制度を打ち出すなど、プランはいくつもあるのに、いずれも現実的に動き出してはいない
「認可保育園は開園するのに法的な条件を満たさなければいけないし、最近では近隣からの苦情や用地確保など増設が難しい状況にあります。加えて、運営費用は相当なものです。以前、東京都の担当者に話を聞いたら、人件費や建築費などの経費をすべて含めたら、0才児1人当たり、1か月に50万円かかると言っていました。
 保育園を作る、という方法以外に、男女問わず育休の確保や長時間労働の見直しなど根本的な問題解決も必要でしょう」(石川さん)

こうした記事の類は途中では両論併記的な玉虫色の文言も続くものの、結局は最後に示された答えが記者の本音なのだそうで、要するに「保育園が足りないと言ってるけどそう簡単に増やせないし、金もかかるけどいいの?」と言うことが言いたいのでしょうかね。
以前から待機児童問題と言うことが盛んに言われるようになっていて、マスコミなども久しく「国は何をやっている!」とその無策ぶりをバッシングする側に立っていたことは記憶に新しいところですし、今現在まさに入所できないで困っていると言う声が大きく取り上げられている中で、言ってみれば「入所できないのはえり好みのせい」「金ばかりかかるものをそんなに増やしてどうする」とも受け取れる、ずいぶんと否定的な印象を受ける記事です。
マスコミなどは売るために記事を書いているわけですから、表向きの保育所が足りない、国は何をやっていると言う声とは別な意見も市中に少なからずあるのだと言うことを類推させる記事とも言えるのですが、実際に地方に行けば決して保育所に入れないと言うことはないとも言いますし、都市部にあっても選ばなければどこかには入所できるだろうと言う意見もあるようです。
少子化対策がこれだけ言われている中で、基本的には子供のためにリソースをつぎ込みお金を使うことには無条件で肯定的に取り上げられるべきだと言う風潮があったはずが、実は最近必ずしもそうではないのかと感じさせる記事として、例えば先日出ていたこんなニュースがあります。

子ども医療費無料化、受診増負担3000億円 厚労省試算(2016年2月26日毎日新聞)

 厚生労働省は25日、子どもの医療費の窓口での自己負担を無料化すると受診が増えて健康保険の負担が1700億?3000億円増えるとの試算を明らかにした。子どもの窓口負担は、小学校就学前が2割、小学生以上は3割。残りは企業の健康保険組合などが支払う。ただ、地方自治体の独自助成で実際の負担は軽減されている。

 厚労省は2012年度予算を基に推計。高校3年まで無料化した場合に健康保険の負担額は8400億円増えるとした。大半は患者の負担を健康保険が引き受ける形だが、3000億円は受診の増加による影響としている。小学6年までの無料化だと全体で5700億円増加し、受診増による影響は1700億円。【阿部亮介】

この小児医療費無料化問題については、ひと頃は田舎の市町村が若年人口を呼び込むための目玉として住宅地造成とセットで「小児科あります」「○歳まで医療費は無料」などと売り出していた時代もあって、それなりに社会的には評価されていたのだろうと思いますし、各方面からも予算をつけてどんどん推進すべきだと言う声が多く上がっていたのは確かです。
一方で医療現場からはそんなことをすればコンビニ受診が増え、ただでさえ逼迫している小児医療の現場が完全に崩壊すると言う危惧の声が上がっていたこともこれまた事実なのですが、実際に小児医療無料化をうたう自治体では病院に来るほどではない軽症患者が増えただとか、夜間休日に親が気軽に子供を連れてくるようになったと言う現象も見られるようですね。
とは言え国を挙げて少子化対策を推進している中で、基本的には悪い話ではないはずのものに対して、ある意味その拡大に否定的とも受け取れるデータをわざわざ国が公表する意図が何なのかで、特に無料化すればこれだけ受診が増えますよと言われれば、ただでさえ支払い削減に鋭意努力している保険者側としてはちょっと待ってくれよと言いたくもなるでしょう。
財務省などが旗を振って聖域無き財政改革を推し進めている中で、子供に使うお金だけを聖域化するわけにはいかないと言う事情もあるのでしょうが、その一方で高齢者には税金が上がるたびにお金をばら撒くなど無駄に優遇されているじゃないかと言う反発もあって、限りあるお金をどこにどう配分するかと言うのはなかなか難しい問題ではあります。

純医学的に見ると10代後半の時期は病気がもともと少ないのだから、その年代まで無料化を広げる必要性は乏しく単なる政治家の点数稼ぎだと言う批判もありますが、社会的に見るとこの年代は例えば受験前のインフルエンザ対策などそれなりに気を遣うことも出てくる時期ですから、熱が出たと思えば夜間だろうが休日だろうが気安く受診出来るのはありがたいと言う意見もあるでしょう。
飲食店などに往々にして見られる逆説として、お客が高いお金を払うお店ほど本来お客の立場が強くなってしかるべきなのに、安いお店ほどお客が偉そうに振る舞っていると言う現象がありますが、そうした観点からしても無償化で客層が良くなると言うことはまず考えられず、むしろ無料なのだから徹底的に使い倒してやろうと考える人のコンビニ受診が増えるだろうと言う予測は成り立ちます。
こうした場合小児科の先生に言わせると患者本人は具合が悪くてきているのだから何も悪くない、ただ付き添いでやってくる親への対応がとにかく神経を使うのだと言い、下手をすると妙なネット情報に染まっている方々が夜通し次から次へとやってきて、一つでも見逃しがあれば訴えてやる的な態度で立ち向かってこられれば、それは大変に神経を消耗するだろうことは想像に難くありません。
折衷案として無料化をするのは通常の診療時間内に限ると言ったやり方もあるでしょうが、利用者目線で見れば夜中だろうが急病なのだから受診しているのだと文句も言いたくなるのだろうし、一方で現代では不要不急の時間外受診には選定療養加算など様々な抑制策も図られているのですから、財政的にも他年代との整合性として考えても何でも無料化と言うのも妥当ではないのかも知れませんね。

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2016年3月 6日 (日)

今日のぐり「一竜 西中洲店」

先日しみじみと時の流れを感じたのがこちらのニュースなのですが、皆さんは御覧になったでしょうか。

北斗晶も驚いた!?最近の小学生の遠足「おやつ」事情(2016年3月2日アサジョ)

 小学校時代の遠足の楽しみといって思い出すのは、持参する「おやつ」ですよね。「一人300円まで」なんて決まりがあったり「バナナはおやつに入るのか?」という定番の質問があったりと、思い出深いものです。

 けれど、最近は遠足のおやつを禁止にしている学校も出てきているようなんです。

 理由としては、おやつを食べる時間の関係や、経済的な理由でおやつを持っていけない家庭への配慮などがあるのだとか。あの北斗晶さんも自身のブログで、最近の遠足のおやつ事情を説明。お子さんの学校では、おやつは300円などの値段で決まっているのではなく「自分が食べられるだけ」というルールなのだそうです。

 ちなみに北斗さんは遠足先でみんなと交換できるように「蒲焼さん太郎」30袋入りを子どもに持たせようとしたそうです。けれど、食べられる量だけというルールがあるため、お子さんから断固拒否されたのだとか。

 最近の子どもはおやつにシビアのようですね。遠足のおやつの楽しみが今は薄れていると知ると、ちょっとさみしくなりますね。

お約束の「バナナはおやつに含まれるんですか?」だの「カルピスは(以下略」だのと言った質問を今の子供達はもう経験しないのだと思うと、何とも無常観すら感じさせますね。
今日は全国の元小学生達の嘆きを代弁する意味で、世界中から時代は変わったと実感させられるちょっともの悲しいニュースを紹介してみることにしましょう。

平成生まれには信じられない!? 現役大学生がいちばん「昭和」を感じるものは? バブル、黒電話、ポケベル……(2016年1月18日マイナビニュース)

元号が平成に変わって28年。昭和の時代は、すっかり昔のこととなりました。昭和を経験していない平成生まれの学生は、特にそう感じるのではないでしょうか。そこで今回は、今はあまり見かけなくなった「昭和を感じるもの」について調査しました。

■あなたが一番「昭和」を感じるものは?
第1位 ポケベル 19人(4.6%)
第2位 黒電話  15人(3.6%)
第3位 バブル  12人(2.9%)
第4位 白黒の映像  9人(2.2%)
第5位 戦争    5人(1.2%)

回答は大きく分かれましたが、上位には懐かしい家電が並びました。たしかに、ポケベルや黒電話、白黒テレビなどは平成生まれの大学生は触れたことがないものでしょうね。それでは、それぞれの意見をご紹介します。
(略)
●他にも
・東京タワー。昭和に建ったから(福岡県/大学3年生/男性)
・人生ゲーム。ローカル感が漂っている(東京都/大学院生/女性)
・昭和の歌謡曲。今の音楽とは全く違うので(東京都/大学4年生/男性)
・肩パッド。昭和の若い女性のイメージ(大阪府/短大・専門学校生/女性)
・若いころの自慢話をしだす人。「昔はすごかった」的な話をするのは昭和世代の人の特徴だと思う(東京都/大学3年生/男性)

東京タワーは、スカイツリーができてから、より「昭和のもの」というイメージが強まってしまいました。それでも、スカイツリーにはない趣が東京タワーにはあり、いまだに東京の象徴物として人気。昭和の歌謡曲などの文化もそうですが、今の若い世代の人たちにも知ってもらいたいものはたくさんありますね。
いかがでしたか? ポケベルや黒電話の時代を考えると、現代はすごい進化を遂げました。必要なものはきちんと残し、進化できるものはどんどん進化させることで、さらにすごい時代をつくっていきたいですね。

そう言えばダイヤルを回すと言う言葉が通用しなくなってすでに久しいとも言いますが、いつの間にか世の中から消えていったものはこれに限らず少なからずあるのでしょうね。
うどん県と言えばご存知香川県のキャッチフレーズですが、最近そのうどん県の向こうを張っている身の程知らずな県があると話題になっていました。

生産量2位埼玉県が「うどん県」に名乗り 香川県は「そんな甘くねえよ」とツッコミ(2016年2月1日J-CASTニュース)

   「うどん県」といえば、讃岐うどんで知られる香川県だが、埼玉県の「うどん好き」が「香川を超える『うどん県』にしよう」と立ち上がった。
   埼玉県内のうどん店を巡って、フェイスブックなどで情報を発信する「埼玉を日本一の『うどん県』にする会」は、うどん店への来店客を増やし、「うどん熱」を盛り上げようと呼びかけている。

   農林水産省の「米麦加工食品生産動向」によると、2009年のうどんの生産量(生めん、ゆでめん、乾めんの合計)は、香川県が5万9643トンで第1位。埼玉県は2万4720トンの第2位だった。
   うどん店の店舗数は、埼玉県は1905軒で第2位。香川県は657軒で15位だった(NTTタウンページ調べ)。しかし、人口10万人あたりの店舗数では、香川県がダントツの1位で65.97軒。埼玉県は26.48軒だった。
   さらに、総務省の家計調査による「うどん・そば消費量ランキング」(1世帯あたり年間消費金額)では、第1位は香川県の1万2570円。埼玉県は6715円の第8位と、やや水をあけられている。

   香川県といえば、自他ともに認める「うどん県」。県内はうどん一色だし、県民も「うどん愛」を自負する。2015年にはイタリア・ミラノで開かれた「ミラノ国際博覧会」で讃岐うどんをPRするほどの熱の入れようだ。
   一方、埼玉県も江戸時代から長い日照時間を活かして小麦の栽培が盛んだった。うどんを食べる習慣が根づいていて、加須市や熊谷市、鴻巣市などは、県内有数の小麦の作付け地域で、生産される小麦の約9割がめんに向いているとされる。
   そのため、こうした地域には「ご当地うどん」があって、毎年6月25日を「うどんの日」と定めている「加須うどん」、「熊谷うどん」や、めんの幅が5センチメートル以上ある「川幅うどん」(鴻巣市)、深谷市の「煮ぼうとう」や川島町の「すったて」などが有名だ。東京都多摩地域と埼玉県西部に伝わる「武蔵野うどん」は、「手打ちうどん」「肉汁うどん」とも呼ばれる。埼玉県にとって、うどんは地域ブランドを売り込む有望なグルメということらしい。
(略)
   彼らのこうした活動に、インターネットでは、

    「うどん用小麦粉使用量、香川県民は一人あたり約60キログラム、埼玉県民は3.6キログラム。香川県超えはムリなんじゃないかな・・・」
    「うどんばかり食べてると香川県民になるぞwww」
    「埼玉県民だけど、香川県に勝とうなんて恐れ多いことたぶん人口の1%も考えてないと思う」
    「香川県民は埼玉県民の14倍うどん食ってるわけで、相手にならない計算www」

などと、香川県には敵わないとの声が少なくない。
(略)
   また、

    「香川県民どれだけうどん好きなの... あたまおかしいwww」
    「香川県民1日1食はうどんって、食い過ぎじゃね。うどんがないと死んじゃうんか?」

と、かえって「うどん県 香川」の実力を浮かび上がらせてしまったようでもある。
   たしかにデータのうえでは、埼玉県は第2位ではあるものの、トップの香川県との差は小さくない。
   埼玉県は「(地域ごとのPR活動など)さまざまな取り組みがあることは承知していますが、今のところ、県をあげて取り組んでいこうという機運にはありません」と、盛り上がりはいま一歩のよう。ただ、県内はそば屋よりうどん店のほうが多いですし、多くの県民がうどんを好んで食べていることはわかっています」と話している。

関東と言えば蕎麦のイメージがありますが、しかし餃子対決のように手強いライバルがいてこそ盛り上がると言う部分もありますから、埼玉県には更なる精進を積んでいただきたいですね。
強盗と言えば自分よりも弱そうな相手から金品を奪うものだと思い込んでいましたが、近ごろでは妙な強盗が出ると話題になっていました。

3人組強盗「女からは金いらん」 男子大学生は3千円被害、兵庫・川西(2016年2月18日産経新聞)

 17日午後11時40分ごろ、兵庫県川西市花屋敷のマンション入り口付近で、同市の大学2年の男性(20)が、友人で別の大学1年の女子学生(19)=宝塚市=と話をしていたところ、見知らぬ3人組の男に顔を殴られ、「金を出せ」と脅された。男子学生が財布から現金3千円を差し出すと、男らは現金を奪って逃げた。男子学生は顔に軽いけが。女子学生にけがはなかった。兵庫県警川西署は強盗事件として捜査している。

 同署によると、当初、3人組のうち1人は「女からも金を取れ」といい、女子学生も3千円を差し出したが、受け取った別の男は「女からはいらん」と言って現金を投げ捨て、逃走した。

 3人組は高校生から大学生くらい。いずれも黒のニット帽を目深にかぶり、黒のネックウォーマーで口の部分を隠していたという。

どのようなポリシーがあったのかは知りませんけれども、彼らなりのこだわりがそこにはあったと言うことでしょうか、これは新しいパターンですよね。
旧共産圏と言えば公的には神など存在しないと言うことになっていて信仰心篤い人々は苦労したそうですが、こちら時代の流れを感じさせるニュースです。

「神はいない」 ネット書き込みで起訴、禁錮1年の恐れ ロシア(2016年03月03日AFP)

【3月3日 AFP】ロシアで2日、「神などいない」とインターネット上に書き込んだ男性が、ロシア正教信者の心情を害したとして起訴された。有罪判決が下れば最大で禁錮1年が言い渡される可能性がある。

 露南部スタブロポリ(Stavropol)在住のビクトル・クラスノフ(Viktor Krasnov)被告(38)は、2014年に地元のユーモア系ウェブサイトで展開された聖書に関する議論をめぐって起訴された。被告の弁護士がAFPに語った。

 クラスノフ被告はこのネット議論の中で、「ユダヤ人のおとぎ話を寄せ集めて聖書と名付けただけで、まったくのたわごとだ。少なくとも僕にとっては」などと主張。さらに「神なんていないんだよ!」と書き込んだ。これに対し、議論に参加していた若者の1人が「ロシア正教信者の心情を害した」として被告を告訴したという。

 起訴の根拠となったのは、露女性パンクバンド「プッシー・ライオット(Pussy Riot)」がロシア正教会の大聖堂で挑発的なパフォーマンスを行って懲役刑判決を受けたことを機に2013年に制定された法律だという。

 クラスノフ被告は起訴に先立ち昨年、1か月にわたり精神科病棟に入院させられ、精神鑑定を受けさせられたという。弁護士はAFPに対し、被告は「単なる無神論者」で、問題の議論ではハロウィーンとユダヤ教の祝日を批判していたと語った。

旧ソ連がロシアになるとこうまで変わってしまうのかですが、しかし無神論者なども珍しくない世の中だけに何とも厳しい対処法だけは旧ソ連からの伝統でしょうか。
コンピューター障害と言えば何やら新しい概念のようにも感じられますが、コンピューターもまた歴史の積み重ねの上に存在しているのだと言うことを感じさせるのがこちらのニュースです。

Windows 3.1の障害によりパリ=オルリー空港が一時閉鎖の事態に(2015年11月16日GigaZiNE)

パリ郊外に位置するオルリー空港ではシステム障害により滑走路が一時的に閉鎖されるという事態が発生していたのですが、その原因がWindows 3.1の障害にあったことが明らかになっています。

パリの中心部から30分~40分の距離にあるオルリー空港では2015年11月7日、パイロットに気候情報を知らせるシステムのトラブルにより、滑走路が約1時間にわたって閉鎖される事態となりました。同空港では、悪天候時にパイロットに対して気候状況を提供する「DECOR(diffusion des données d’environnement contrôle d’Orly et de Roissy:オルリーとロワシーの気候モニタリングデータ伝達システム)」と呼ばれる装置を用いて、離着陸時の安全性を確認するようになっているのですが、この装置に不具合が発生したことがわかっています。
オルリー空港ではDECORを同じくパリ郊外に位置するシャルル・ド・ゴール空港と共用していたのですが、11月7日午前9時30分から10時0分の間にシステムに障害が発生したため、管制官がパイロットに対して着陸に必要な滑走路視距離の情報を提供できない状況が発生。DECORが使えない状況でも、パイロットの視界が確保されている場合は問題なく離着陸を行うことができるのですが、折しも障害発生時には空港周辺に濃霧が発生しており、十分な気候情報が得られないことから離着陸が困難な状況と判断されたため、オルリー空港は障害から復旧した10時30分まで滑走路を閉鎖し、10便がシャルル・ド・ゴール空港へとダイバート(目的地変更)を強いられることとなりました。
その後、障害が発生したDECORが1990年代に発売されたWindows 3.1上で動いていたことが判明。フランスの新聞では「オルリーは、先史時代のソフトウェアの犠牲になった」という見出しが踊っています。
(略)
今回のトラブルは、比較的トラフィックの少ないオルリー空港だったために実質的な被害はさほど大きなものではなかったと言えますが、同様のトラブルは同じDECORを使う世界有数の大空港であるシャルル・ド・ゴール空港で発生する可能性も依然として残されています。フランスの運輸大臣はDECORを2017年までに最新の状態に更新すると確約していますが、前出のFiacre氏は「私の見方では早くても2019年、おそらく2021年になるでしょう」と語っているとのことです。

一般的に機材が使用開始から20数年と言えば必ずしも古すぎると言うこともないのでしょうが、しかしコンピューターの世界で今さら3.1と言われるとびっくりするのも確かでしょうね。
最後に取り上げますのがお隣韓国からの話題ですが、どう突っ込むべきか迷うこちらのニュースから紹介してみましょう。

「世界最古の金属活字」が20世紀の人工元素を含有(2015年11月16日朝鮮日報)

 14日午後、国立中央図書館のデジタル図書館大会議室で、韓国書誌学会の秋季共同学術大会が行われた。慶北大学のナム・グォンヒ教授による「『證道歌字』偽作論争に対する反論」と題するテーマ発表が終わると、国立中央博物館のイ・ジェジョン学芸研究官が立ち上がった。イ研究官は「ナム教授が責任研究員を務め、慶北大産学協力団が主管して作成した『證道歌字基礎学術調査研究』(2014年、国立文化財研究所)報告書をつぶさに見たところ、『證道歌字』であることを十分に立証できなかったどころか、問題点が多かった」と問題提起した。

 とりわけ、「法」の字を破壊分析(金属の一部を切り取って成分を分析する)した結果について、疑問を投げかけた。報告書では、「法」の字を破壊分析したところ、活字の構成成分は「銅88.5%、真ちゅう6.66%、テクネチウム(原子番号43)2.62%、酸素1.74%、珪素0.49%」となっている。イ研究官は「テクネチウムは初めて人工的に作られた元素で、1937年(原文ママ)に初めて発見されており、自然界には存在していない。これは活字が偽造されたものなのか、あるいは分析が誤っていて信頼できないということを意味している。活字の成分に当然含まれている鉛が出てこなかったというのもおかしい」と指摘した。

 韓国科学技術研究院(KIST)のト・ジョンマン博士は、本紙の電話取材に対し「まずは分析にミスがあった可能性がある。もし、本当にテクネチウムが2.62%も含まれていたならば、(活字が)偽造されたものである可能性が高い」と述べた。テクネチウムが実際に含まれていたならば、問題の活字は偽物であり、また分析にミスがあったとすれば、それだけ報告書がいい加減だったということになる。

 これに対しナム教授ははっきりした答えを出せなかった。ナム教授は「『法』という字の破壊分析は2011年、忠北大学で行われたものだ」とした上で「(私は)金属が専門ではないので…。詳しく調べてみる」と答えた。ナム教授は、現存する世界最古の金属活字だという主張が出ている『證道歌字』の存在を最初に発表した学者だ。真偽をめぐって6年にわたり論争が続いている『證道歌字』について、ナム教授はこの日、あらためて「『證道歌字』は本物に間違いない」と主張した。

 イ研究官はまた「報告書は現在唯一残っている高麗時代の活字である、国立中央博物館所蔵の『ポク(福/服)』の活字を比較の基準としているが、『ポク』の活字もまた、明確な製作の時期、出土した場所などがわからず、信頼度は低い。ナム教授が国立中央博物館所蔵の「ポク」の活字との比較を通じ、調査対象の活字を『證道歌字』だと主張した後、その根拠として『ポク』の活字も『證道歌字』だと主張していることになる」と指摘した。

聞くところによると世の中大抵のものは韓国か中国が起源であるそうなのですが、しかしこれは一体どのような理由によるものなのか何とも謎めいていますよね(棒。
ところで現代社会における活字と言う技術の衰退ぶりを考えると、これはむしろ世界最後の活字と言う可能性も出てくるのでしょうか、あるいはいっそそちらの方がより話題になるのかも知れません。

今日のぐり「一竜 西中洲店」

元祖中州屋台ラーメンを名乗るこちらのお店、元々は屋台ラーメンでこちらその一般店舗と言うことのようですが、たまたま前を通りかかって屋台ラーメンの文字にひかれ入ってみました。
しかし福岡市は近年屋台への締め付けを強めているそうで廃業も相次いでいると聞きますが、このB級グルメ全盛の時代にせっかくの観光資源をどうしたいのかと考えてしまいます。

初めてのお店ではたいてい一番ベーシックなラーメンを頼むのですが、今回はつい究極の復刻味なる売り文句に釣られて一竜ラーメンなるものを頼んで見ました。
出てきて早々どんぶりがやたらにでかいのが目に付くんですが、乳化してない生の脂の層が分厚く表面を覆っているのは屋台での保温には有効なんでしょう、実際とにかく暖まるラーメンです。
脂の下にあるスープ自体は最近の濃厚が売りなお店ほど濃くはないようですが、レンゲでこの脂ごとすくった時のこってり感は相当なもので、それだけ脂っこさがありながら結構飲めてしまいます。
ちなみにこれは復刻ラーメンでの話で、標準メニューの博多ラーメンのスープはまた全然別物なのだそうですが、このあたり何かしら味を変えるに至った経緯なりとあるのでしょうかね。
麺やチャーシュー、トッピングの煮卵もしっかりしているし、こう言うタイプが好きならお勧めできるしっかりしたラーメンだと感じましたが、実際地元でも名の知れた人気店だったと後で知りました。

ところでこちらまだ比較的新しい店舗ながら、一歩店内に入った瞬間からとんこつ臭が強烈で染み込んでいる感じですが、前回お邪魔した二男坊さんなど最近は必ずしもこうではないようですね。
メニューを拝見しますとさほど凝ったものはないんですが、つまみ系サイドメニューの並び方などいかにも屋台風ですし、接遇も完全に個人店のノリで妙に懐かしい雰囲気があります。

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2016年3月 5日 (土)

時代と共に変わりつつある高等教育のあり方

今どきこういう団体が表立って活動していることにもびっくりですが、世間の反応はさすがに時代を感じさせるものであったようです。

「マジ迷惑」 京大中核派バリケード解除させたのは学生(2016年2月29日朝日新聞)

 安全保障関連法成立後の昨年10月、京都大での抗議活動で授業を妨害したとして、京都府警は29日、中核派全学連委員長で元法政大生の斎藤郁真容疑者(27)ら3人を威力業務妨害容疑で逮捕した。他のメンバー3人も逮捕状を取った。大阪府警などと中核派の拠点・前進社の関西支社(大阪市天王寺区)、京大熊野寮(京都市左京区)のほか、福島市や那覇市の拠点など数カ所の捜索を始めた。

 昨年10月27日午前6時前。まだ薄暗い京都大キャンパスに、中核派全学連のメンバー約40人が続々と集まってきた。語学の授業に使われることが多い「吉田南1号館」前に、鉄柵や机でバリケードを築いた

 午前9時、出勤した大学職員が詰め寄る。「校舎を封鎖するストライキは違法。日本は法治国家であり、法律の枠内でやるべきだ」。メンバーらは応じず、授業は休講や教室変更を余儀なくされた

 1カ月前に安保関連法が成立したばかり。斎藤容疑者らはマイクを握り、学生らに呼びかけた。「日本も戦争に加わろうとし、世界中で戦争や反対運動が起きている。我々はただ座って授業を受けているだけでいいのか。今こそ立ち上がるべき時ではないのか」

 大学は京都府警に警備を要請。機動隊員約170人が駆けつけ、周辺は物々しい雰囲気に包まれた。

 そんな中、バリケードを解除したのは一般の学生たちだった。「英語の授業に出られない」「マジ迷惑」。ツイッターに苦情が飛び交う。正午すぎ、メンバーから「大学当局に加担するのか」と抗議されながら鉄柵や机を次々に撤去した。法学部1年の男子学生(19)は「僕らの学ぶ機会を奪う権利は彼らにない。主張したいなら他人に迷惑をかけず、堂々と言論で訴えればいい」と憤った。

「僕らの学ぶ機会を奪う権利は彼らにない。主張したいなら他人に迷惑をかけず、堂々と言論で訴えればいい」とは全くその通りと言うしかないのですが、しかしかつては全国大学でその傍若無人ぶりで悪名高かったと言う中核派も、こうなってしまってはすっかり形無しですかね。
最近では大学生の半分は奨学金と称する学生ローンを組んで進学しているのだそうで、卒業した時点で何百万と言う巨額の借金を抱えて社会人生活のスタートを強いられるのですから、往年のレジャーランドと呼ばれた時代の大学生とはそもそも覚悟なり真剣さなりが違うのかも知れずで、「マジ迷惑」とは彼らの本音ではあるのでしょう。
大学レジャーランド時代を経験したバブル世代の年長者達が「近ごろの若い者は真面目過ぎて面白みがない。若いんだからもっと遊べ」などと言っているのも彼らにとっては冗談ではないと言うことなのかも知れずですが、そんな今どきの真面目な学生生活を送る学生達にもこんな面白いことを経験している人たちもいるそうです。

USJ行きお釣り計算「数学」 三重の高校、不適切教育(2016年3月1日朝日新聞)

 国の就学支援金を不正に受給していた疑いがある株式会社立ウィッツ青山学園高校(三重県伊賀市)について、文部科学省は2日にも、監督する三重県伊賀市に対し、生徒の新規募集を見直させるよう求める通知を出す。登校中のバス内で映画を鑑賞しただけで英語と国語の授業を受けたことにするなど、不適切な教育内容があったという。

 同校には通信制課程があり、生徒は一定時間本校に通って対面の授業を受けることが、学習指導要領で定められている。

 伊賀市と文科省によると、同校は昨年、全国各地から生徒をバスなどを使って本校に登校させたその際にユニバーサル・スタジオ・ジャパン(大阪)に寄り、使ったお金の釣り銭を計算させ、これを数学の授業としたという。ほかにも、神戸で美しい夜景を観賞して芸術の授業。レストランでご飯を食べて家庭科。伊賀市の最寄りの駅から本校まで2キロほど歩いて体育など。

 文科省は対面授業を受けたことにならないとしている。

 伊賀市は通知を受け、同校に対し、約1200人の在籍生徒の一部に授業のやり直しをすることも併せて求める方針だ。(高浜行人、燧正典)

ウィッツ青山学園高校の現役学生、ずさんな授業の実態語る(2016年3月3日FNN)

国の就学支援金を不正に受給した疑いに加え、お釣りの計算を「数学の授業」と見なしていたことなどが明らかになった、ウィッツ青山学園高校。現役の学生が、FNNの取材に応じ、ずさんな授業の実態を語った。
ウィッツ青山学園高校通信制現役生徒は「授業みたいなことをやらずに、月に1回、温泉に行ったりとか。友達も、彼女も連れてきていいよって言われている友達も何人かいたので」と話した。

現役生徒が語る、ずさんな授業の実態。
三重・伊賀市にあるウィッツ青山学園高校では、通信制課程で、驚きの手抜きカリキュラムが行われていた。
「手裏剣投げ」の体験が、そのまま「体育」の履修になっていたという。
忍者ショーを鑑賞し、手裏剣投げを体験。
忍者の里・伊賀市の忍者博物館では、忍者体験をしたことが「体育」の授業に。
大阪のユニバーサル・スタジオ・ジャパンを訪れた際には、お土産を買ったお釣りの計算が、「数学」の授業になっていた。
さらには、バスの中での邦画や洋画の鑑賞で、「英語」や「国語」を履修したことになっていた。

東京・港区で聞くと、高校2年生は、「(こういう高校があるんですが?)うそやろ! 最悪じゃない?」、「将来的にはちょっと」と話した。
文部科学省も、学習指導要領から大きく逸脱した、不適切な授業内容と問題視。
文科省の義家副大臣は「あきれて、ものが言えません。これが高校だというふうに認識していたのだったら、それは、同じように頑張っている広域通信制全体への冒とくでもあろうというふうに思うんですね」と述べた。

あきれるばかりの手抜きカリキュラムが、なぜ、まかり通っていたのか。
背景には、ウィッツ青山学園高校の金銭をめぐる問題がちらついている。
東京地検特捜部は、2015年12月、この学校の通信制が、国の就学支援金を不正に受給した詐欺の疑いで家宅捜索し、捜査を進めている。
学校側は、就学支援金の受給が目的で、必要な授業は行っていなかったのではないか。
そう考えられる実態を、現役生徒が語った。
ウィッツ青山学園高校通信制現役生徒は「1度もスクーリングに行かずに、1度も試験もリポートも出さずに、卒業した方がいらっしゃると、話を聞いたことがあります」と話した。
今回問題となっているのは、通信制の生徒が、年2回、伊賀市の本校で直接教員から受ける、スクーリングと呼ばれる授業。
その実態について、現役生徒は「行かなくても単位もらえるというようなことは、学校側の人が言っていたこともありましたし。こんなので高卒の資格をもらえるんだったら、すごく気軽で、手軽でいいなと」と話した。

問題の不適切な授業内容について、学園の管理会社の福村康廣社長は「(教育内容について話が上がってくることは?)基本的には、ないですね。校長の裁量なんですよ。だから、会社の裁量じゃ全くなくて。学校自治ってありますよね。だから、そこには、会社は入れないということですよ」と話した。
一方、学校側は、学習が困難な生徒の学習意欲を引き出そうとしたのが始まり、などと説明している。
ウィッツを監督する伊賀市教育委員会の宮崎 寿教育総務課長は「修学実態のない、不適切な学生といいますか。そういう者が、実際に何人かは存在するのではないかということで、今、実態を解明しています」と述べた。 (関西テレビ)

話だけを聞くとこんな授業をやるのも面白い試みなんじゃないかとむしろ感心していたのですが、その背景にあるのはどうも国からの支援金詐欺めいたお金の問題であっただとか、卒業後は野となれ山となれ的投げっぱなし感であるとか、旧来の学校教育とは違うと言うだけではなくいささか胡散臭すぎる嫌いはありますよね。
ただこうした内容についてどこまで批判すべきなのかと考えると、このところ多少見直しの風潮が出てきているとは言えゆとりだとか自由だとか、進歩的な方々が長年にわたって推進してきた旧来の固定概念に縛られない教育と一体どこが違うのかと言う意見もあるようですし、それではそれらの革新的教育法は全て手抜きだと一掃されるべきなのかです。
近年大学入試の多様化も進んでいて、それに伴い一芸入試等で入学させたはいいが全く大学のレベルについていくことが出来ない学生も少なくないと言い、どこまで教育の自由を認めるべきなのかと言うことはなかなか判断が難しいのも確かですが、高校以上は義務教育と言うわけでもないのですから、結局はお金を出して通う学生の側が教育に何を求めるかと言う判断基準で学校を選ぶしかないのでしょうね。
その点で前述の学生ローンの問題なども「そんな借金を背負って生きていくくらいなら高卒で就職したほうが得なんじゃないの?」と言う声もあるように、高等教育と言うものをただ漠然と「みんなが行っているから自分も進学を」と考えるべき時代はそろそろ終わりつつあると言うことなのかも知れません。

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2016年3月 4日 (金)

諸外国の実例にみる親子関係の難しさ

今日は海外での話を取り上げてみたいと思いますが、先日ちょっとショッキングかつもの悲しいこんな記事が出ていたのをご存知でしょうか。

病気の父親に腎臓の提供を申し出た娘に衝撃の事実、「実はお前は拾ってきた子」―中国(2016年2月25日レコードチャイナ)

2016年2月24日、四川在線によると、中国で病床の父を救うために腎臓の提供を申し出た娘に衝撃の事実が伝えられた。

曠美玲(クアン・メイリン)さん(24)は四川省遂寧市で父と祖母と共に暮らしていた。先日、父は肝臓を患い、同省の人民医院に入院した。移植手術が必要だと知った曠さんは、すぐに父親に腎臓を提供したいと申し出たが、祖母からさまざまな理由で断られた。しかし、ネットで家族であれば適合率が高くなると知った曠さんは、父を救えるのは自分しかいないと祖母に泣きながら頼みこんだ。すると、祖母は曠さんが捨て子だったと告げた

曠さんが生まれた1992年当時、村では男尊女卑の考えが根強く、女の子が生まれると捨ててしまう親もいた。ある日、路上に捨てられた曠さんを見た祖母が、不憫に思って拾い、父と共に育ててきたのだという。曠さんは「それでも父には私しかいない」と移植を希望しているが、手術には20万元(約340万円)以上かかるという。曠さんは手術費を貸してくれる人を探していて、「何年かかっても必ず返します」と話している。(翻訳・編集/北田)

何故肝臓を患い入院したのに腎臓移植の話になっているのか等々色々と突っ込みどころ満載なのはまあとりあえずスルーするとしても、こうした機会にこうした事情が発覚すると言うのも本人にとってはショッキングな話だったでしょうが、それでも親子関係は良好な様子なのが救いではありますよね。
日本でもいわゆる核家族化、少子化がすっかり定着した結果家庭内での高齢者扶養力が低下する一方で、その分は当然ながら各種社会保障や医療・介護サービスに頼ると言うことになるのですが、先日も2018年度から高齢者への年金給付を抑制すると言う話が出るなど、社会保障面では近年公的支出の削減を目指して給付を縮小していく動きが目立っていますよね。
中国などでは未だ日本と比べると公的な社会補償制度は未整備である一方で、長年続いてきた一人っ子政策で若年層の扶養力が急速に低下してきていて、それは子供一人が親二人を養うのだと言われればよほどに稼ぎも必要になるでしょうが、中には子供が先に亡くなってしまい高齢の両親が途方に暮れると言うケースも少なからずあるようです。
ある意味で中国人らしくと言うのでしょうか、親世代としても政府や子供に頼らず自分で老後の資金を稼ぐと言うことを徹底して自己防衛しているそうですが、無駄なお金を使わず少しでも貯蓄に回そうと言う意識の徹底された結果でしょうか、日本人の目から見ると何とも奇妙な法律まで登場しているようです。

子供の「すねかじり」拒否権を行使できる法案成立へ―中国(2015年12月23日レコードチャイナ)

2015年12月18日、両親に金銭をせびる成人した我が子に対し、年老いた親は「ノー」という事が出来る。安徽省政府に今月16日取材したところ、安徽省は高齢者の権利と利益を保証する法案を成立させる予定という事がわかった。高齢の親は子供の「すねかじり」を拒否する権利を持つようになる。中国新聞網が伝えた。

安徽省は人口が多い省であり、高齢者人口が多い省でもある。このほど、安徽省第12回人民代表大会常務委員会第25回会議で「安徽省『中華人民共和国高齢者の権利と利益保障法規則』(改訂草案)の実施」に関する改訂状況の聞き取りを行なった。規則では扶養者による親に対する扶養義務を規定し、養老機関は自発的に扶養者に催促できることを明確にした。また社会的な関心を広く集める子供の「すねかじり」問題に対しても明確な規定を設け、高齢の親は「すねかじり」に対して拒否できることになる。この規則に対し、「もし子供が扶養義務を怠った場合、高齢の親は「すねかじり」を拒否できるだけでなく、規則が成立すれば法的権利を行使することもできる」と話す市民もいた。

統計データでは、2014年末までにおいて、安徽省の居住人口のうち60歳以上の高齢者人口は1030万9000人で同省の総人口の17%を占めている。

一人っ子政策で育てられた子供は親から非常に大切にされた結果、我慢がきかず我が儘であるとか様々な評判もあるそうですが、今回の法律に関しては単純に子が親にお金を要求することを拒否出来ると言うだけではなく、子に親の扶養義務を課していると言うことですよね。
子供にしても必ずしも裕福ではないでしょうから場合によっては非常に厳しい話ですし、日本であれば政府の責任放棄である云々と散々に言われそうな話なのですが、社会設計としてそうした前提に立って組み立てられてきたと言うことであれば法的な明文化をしてでも義務を果たしてもらわなければ仕方が無いと言うことなのでしょうか。
国として高齢者年金等社会保障を一から整備するとなると非常に大変な話で、今後こうした問題が噴出してくるようなら中国の社会不安が大きなものとなりかねないのですが、お隣韓国などにおいても親子関係の厳しい現実を示すこんな裁判があるそうです。

韓国で親不孝訴訟!「贈与した財産を返せ」 「親孝行契約書」を望む富裕層が拡大(2016年2月24日日経ビジネス)

 2月8日は韓国のお正月(旧正月)だった。家族が集まる旧正月とお盆は「名節症候群」といって、家族行事に疲れた主婦がストレスのために寝込むことがあるほど大変な連休である。お正月になると韓国のテレビは決まって家族愛、親孝行をテーマにした番組を放映する。
 ところが今年は、親不孝に関する番組が増えた。2015年末に「親不孝訴訟」が話題になったからだ。親から財産を贈与してもらったにもかかわらず親をしっかり扶養しなかった息子に対し、親に財産を返すよう大法院(最高裁判所)が命じた
 この親不孝訴訟は「契約」が存在したため息子は親に遺産を返すことになった。親不孝訴訟の原告である父親は2003年、20億ウォン(約2億円)相当の家を息子に贈与する代わりに、息子は親と同居して親を十分に扶養するという内容の「受贈者負担事項履行覚書」を作成し、息子と合意していた。覚書には契約内容を履行しなかった場合は契約を解除するという項目もあった。
 親不孝訴訟で裁判所は、「受贈者負担事項履行覚書は民法561条で定める負担付贈与にあたるため、息子が覚書通りに親を扶養しなかった場合は贈与を取り消すことができる」と判断した。
 原告である父親は、「(被告である)息子は生活費をくれただけで一緒に食事もしなかった。親の看病を姉(原告の娘)と介護士に任せた。親を看病しないどころか介護施設に入れようとした」として訴訟を起こした。もし原告が契約なしで財産を贈与した場合、被告が原告の扶養要求を断っても何も言えない。「家をもらう代わりに親を扶養する」という覚書があったからこそ訴訟できた

「親孝行契約」を結びたがる富裕層

 韓国のケーブルテレビ局JTBCの2月5日付報道によると、同様の「親不孝訴訟」は2002年には68件だったものが、2014年には262件に増えた。韓国の民法974条は親族間の扶養義務に関して、本人の直系家族とその配偶者を扶養する義務があると定めている。
 JTBCは親不孝訴訟が増加した原因は高齢化にあると分析した。韓国人の平均寿命は1971年の61歳から2014年の82歳に伸びた。親は「子は当然自分の面倒を見るべき」と考え、子は「数十年にもわたって親の生活費や医療費、介護費を払い続けるのは厳しすぎる」と考える。親世代と子世代の間に意識のずれが生じていることが、親不孝訴訟として表われたということだ。
 朝鮮日報や公営放送KBSによると、お正月に家族が集まった際に、条件付きの贈与契約、いわば「親孝行契約」を結びたがる富裕層が増えているという。韓国の銀行は富裕層に対し法律相談や税金相談などを無料で提供している。お正月前に親孝行契約書を用意したいと問い合わせる50~70代が増えたという。
(略)
 70代の子が90代の親を介護する「老老介護」もテレビや新聞でよく取り上げられる。老人が老人を介護するのは体力的にもきつく、医療費などでお金もかかる。親の老後を支えて親孝行したいという気持ちだけでカバーできる問題ではなくなった
 それでも韓国の国会では「親不孝防止法」なるものを検討している。全ての贈与を条件付贈与にするものだ。条件なしで親が子に財産を贈与した場合でも、子が親の面倒を見ない場合は贈与を取り消せるようにする。
(略)

まあしかし単純に親が亡くなれば自動的に法律に従って遺産分割されるよりも、介護などでしっかり働いた人に贈与する形の方が合理的で心情的にも納得出来るような気もするのですが、記事にもあるようにその契約の履行面で問題があると言うことですから、これは単純に不誠実なのか経済的理由等で契約履行不能なのか、どのような状況であったのでしょうね。
遺産などは例えば月々幾らと言う形で分割贈与すると言うやり方もあるのかなと思うのですが、こうなるといよいよお金を支払ってサービスを買っているのと同じことであり、それなら最初から外部の専門家と契約を結んだ方がいいのではないかと言う考えも出てきそうで、理念としてはともかく実施の面では確かに難しい問題が多そうには感じます。
逆に日本などは社会保障のシステムがある程度整っているのですから、子に望むのはお金や労働力といった実利よりも愛情や敬意と言った心情的なものが主体であり、例えば介護施設入居者が見舞いに来てくれた回数なりに応じて遺産分割をすると言った契約を子と結んだとすれば、それはそれで合理的な考え方なのかも知れません。
いずれにしてもこうして諸外国の状況を見てみますと、親は子を養い子は親の面倒をみて当然であると言う前提を当たり前のものとして社会制度の中に組み込んでしまうと非常に無理も出てくるのではないかと言うことで、昨今国が進めている高齢者を病院や施設から自宅へと言う流れも子が親に実利を提供出来る社会環境にない以上、実際には余計な面倒を巻き起こすだけに終わってしまう可能性も高そうですよね。

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2016年3月 3日 (木)

患者が不自然な亡くなりかたをした際にどうすべきか

昨秋から稼働している医療事故調に関して、今のところ届け出件数は予想よりも少ない範囲で推移しているのだそうで、もちろんどこまで届け出ればいいか試行錯誤している段階で数字的な評価も難しいのですが、とりあえずは一部で懸念されていた「疑わしきはまず届け出ておく」的運用がなされていないらしいと言えそうです。
この点で常に問題になるのが同様に異状死体の届け出を義務づけた医師法21条との関係性なのですが、そもそも医師法21条はすでに形骸化していると言う声もあればそうではなく今も生きていると言う声もありと未だ混乱が続く中で、先日こんな興味深い二つのコメントが出ていました。

医師法21条の届出、「犯罪と関係ある異状」に変更を 日医が改正を提言、罰則規定の削除も求める(2016年2月24日医療維新)

 日本医師会は2月23日の常任理事会で、「医事法関係検討委員会」(委員長:柵木充明・愛知県医師会長)の答申、「医師法第21条の規定の見直しについて」を、日医の現時点での21条に関する見解として取り扱うことを了承した。同答申は、警察への届出対象を、「死体を検案して犯罪と関係ある異状があると認めたとき」とし、21条に違反した場合の罰則規定(33条の2、50万円以下の罰金)の削除を求める内容だ。24日の定例記者会見で、日医常任理事の今村定臣氏が明らかにした(資料は、日医のホームページ)。
 今村常任理事は、「医療事故調査制度は、司法は関与しない制度設計になっている。21条の見直しも、基本的には同制度とは関係ない」と説明。しかしながら、同制度は、2014年6月に成立した改正医療法の附則で、施行後2年以内、つまりこの6月末までの見直しが求められており、21条の届出の在り方も検討課題となっているとし、「その点では、無関係ではないだろう」と補足した。今後、与党自民党などに21条改正を提言していくとし、「今の通常国会は難しいが、今秋に臨時国会があれば同国会で、あるいは来年の通常国会で改正できればありがたい」(今村常任理事)。
(略)
 21条の異状死体の届出をめぐっては、2004年に東京都立広尾病院事件の最高裁判決で、「外表異状説」と判断された後も、診療関連死を届け出るか否かなど、その解釈や運用をめぐって混乱が生じている。21条の改正を求めるのは、改正医療法附則への対応と、これらの混乱を収めるのが日医の狙い。
 今回の21条改正案の考え方について、今村常任理事は次のように説明。「死体の検案を唯一委ねられている職業が医師であり、医師は犯罪の痕跡が認められた場合には、警察に協力する責務を負うという前提に立っている。この協力は、あくまで医師の職業倫理によるべきであり、罰則を持って強制される性質のものではない」。
 委員会での検討過程では、「犯罪と関係がある異状」との表現が医師に馴染みにくく、かえって混乱を増大させるとの意見も出て、「病死または自然経過による死亡でない疑いのある死亡」との表現案も出た。しかし、立法技術上、法律に新しい用語を入れる手続き上の困難さなどから、「犯罪と関係がある異状」に落ち着いた。「書きぶりについては、かなり議論があった。より良い表現があれば、それを採用することはやぶさかではない」(今村常任理事)。
 医師が「犯罪と関係がある異状」をどう判断するかについて、今村常任理事は、「外表の異状がない場合でも、実際には犯罪の痕跡が認められることはあり得る」と述べ、外表の異状だけでなく、血液検査や画像診断などの異常で犯罪が疑われる場合には届出の対象になると説明した。

医師法21条改正に慎重姿勢- 医法協・小田原部会長(2016年2月25日CBニュース)

日本医療法人協会(医法協)の小田原良治・医療安全調査部会長は25日、東京都内で緊急記者会見を開き、日本医師会(日医)が24日に発表した医師法21条の見直し案に対して慎重な姿勢を示した。小田原部会長は、昨年10月に医療事故調査制度がスタートしたばかりで、法改正の議論が医療現場の混乱を招くと指摘。また、同法の改正は、医療事故と業務上過失致死などとの関係の見直しとセットで将来的に検討すべき課題で、今はその段階でないと強調した。【佐藤貴彦】

同法21条は、医師が死体を検案して異状があると認めた場合などに、警察に届け出るよう定めている。日医の提案は、「犯罪と関係ある異状」を認めた場合に限って届け出る規定に改めるもので、21条の規定に違反した者への罰則をなくすことも提言している。一方、「生命・身体傷害を伴う医療事故全てに業務上過失致死罪を適用することの相当性」などについての検討は、「次の段階」で取り掛かるべきとの見解を示している。
25日に会見した小田原部会長は、医療機関が医療事故の原因を調査し、その結果などを民間の第三者機関に報告することで再発を防ぐ医療事故調査制度の運用が始まったばかりだと指摘。「大事な時期。いたずらに見直しの議論(をするの)は、制度そのものを危うくする」と危機感をあらわにした。
さらに、医師法21条などの見直しは、医療事故と業務上過失致死などとの関係とセットで検討すべきだと主張。また、「当面は医療事故調査制度の運用を、医療安全の仕組みとしてつくり上げることが(医師法21条などを見直す)前提だ」と述べた。同制度を創設した改正医療法の附則で、今年6月までに法制上の措置など「必要な措置」を講じることになっている点にも触れ、「法律を見直すという条文はどこにもない」と強調した。
(略)

法律改正の手順など細かいことは抜きにして日医にしては珍しくと言うのでしょうか、医師法21条で示されている異状死体なるものの定義として犯罪性のあるものに限定されるべきだと言う考え方は比較的医療現場の感覚とも近いのではないかと思うのですが、現実的に見ると何をもって犯罪性があると考えるべきかの技術的側面はなかなか難しい判断を要するのではないかと思いますね。
例えば明らかに自然死、病死ではない患者を検案した場合には血液サンプルなりの採取を義務づけるだとか、医師が犯罪を見逃したのではないかと後日追及されないためにどうすればいいのかと言う議論は必要に思うのですが、院内死亡の場合こうした症例は本来医療事故調のルートで調べられていくことになるはずなので、やはり同制度との関連抜きには議論も難しいことなのかも知れません。
これに対して医法協の立場を経営者視点に立った事なかれ主義と解釈することももちろん可能なのでしょうが、確かに医師法21条と事故調、そして記事にもアル業務上過失致死との関係は相互に密接に関連している問題であるとも言え、これらを軽々に個別の議論としてその場しのぎの対応を行うべきではないと言う考え方にも一理あるように思えます。

実際問題として最も大きな問題となるのは医療における業務上過失致死の件であると想像出来るところで、そもそも平時から合法的に他人を切り刻んでもいい唯一の商売である医療と言う現場において、この種の刑事罰を問うことがどのような問題をもたらすのかは常に議論されてきたところであり、未だ諸説紛糾し明確な結論が出ていません。
長年続いたいわゆる事故調議論と絡んで医療事故に刑事罰はそぐわない、行政処分と公的賠償なり民事訴訟なりで対応すべきであると言う意見もあったように記憶していますが、現時点で医師に対する行政処分と言うものは何らかの刑事罰なりが下された場合に後追いで出されると言う形になっていて、主体的に行政処分によって医師をコントロールしようとするものではありませんよね。
この点で某医療系団体などは弁護士業界などをモデルとして全員強制加入の医師団体を作り、そちらで医師に対する処分を行わせると言うトンデモナイ野望も抱いているやに側聞しますが、その弁護士業界の自律的システムなるものの現状を考えると悪い冗談にしか聞こえない話で、何も上手くいっていないシステムを後追いで真似る必要もないのではないかと思います。
理想的にはこの辺りの問題を全て一括して議論し、整合性のある制度へと改変していくことがいいのでしょうが、これだけ意見が割れている問題で何かしら番人に統一的な見解が今さら打ち出せるとも限らず、そうこうしているうちに何となく事故調への届け出に現場も慣れ医師法21条は次第に形骸化していくだろうと言う、非常に日本的な自然経過を辿る可能性が一番高そうに思うのは不肖管理人だけでしょうか。

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2016年3月 2日 (水)

注目を集めた社会的責任に関する2つの判決

以前にも取り上げましたように、家族の監視の目をかいくぐって家を抜け出した認知症男性が列車と衝突し死亡した鉄道事故に関して、JR側から男性の老妻への巨額損害賠償が認められたと言う判決が非常に大きな社会的反響を呼んでいましたが、その最高裁への上告審が先日こんな決着を見たそうです。

認知症列車事故、JRの賠償請求棄却…最高裁(2016年3月1日読売新聞)

認知症男性(当時91歳)が徘徊(はいかい)して列車にはねられた事故を巡り、JR東海が男性の遺族に損害賠償を求めた訴訟の上告審で、最高裁第3小法廷(岡部喜代子裁判長)は1日、家族の責任を認めて賠償を命じた1、2審判決を破棄し、JR東海の請求を棄却する判決を言い渡した。

遺族側の逆転勝訴が確定した。

判決によると、愛知県大府(おおぶ)市の男性は2007年12月、当時85歳だった同居の妻(93)がうたた寝をしている間に外出。JR東海道線の駅構内で列車にはねられ死亡した。JR東海は10年2月、男性の妻や長男(65)らに計約720万円の賠償を求めて提訴した。

1審・名古屋地裁判決は、長男の監督義務と妻の過失をそれぞれ認定し、2人に全額の賠償を命じた。2審判決は、妻のみに監督義務を認めたが、「相当に充実した介護態勢を構築していた」などとして賠償額を約360万円に減額した。

同居していたとは言え家族が文字通り24時間365日見張ると言うのも現実的に難しく、この損害賠償が認められるとなれば国が進める病院、施設から自宅へと言う高齢者在宅介護計画にも大きな支障が出ていただろうと思うのですが、最高裁までもつれ込むと言う時点で大変に判断の難しい問題であったことが判ります。
公的にはダイヤに従って専用軌道上を走っているものを妨害するのだから損害賠償の対象になると言うにしても、認知症老人が駅構内から線路内に入り込むと言うのも管理体制の不備を問われかねない状態ではあったのでしょうか、今回の事故に関しては当初からJR側にも責任がある、むしろ損害賠償を請求されるべき立場ではないかと言う声があったのも事実です。
そもそも鉄道事故に関して列車を止めた損害賠償を遺族に請求すると言う習慣がどうなのかと言う声も根強くあるのですが、ではこうした場合の損害を誰が償うべきかと言えば乗客の運賃に上乗せすると言うのも釈然としない話で、この辺りは例えば震災被害に対する補償問題と同様、社会的に大きな規模で発生した不利益を誰がどのように負担すべきかと言う根深い議論とも結びついてくる話です。
さて、こちらも非常にその判決の行方が注目されていた訴訟がもう一つ決着を見たと報じられていますが、まずは記事から紹介してみましょう。

二審も病院側の責任否定 男性刺殺めぐり高松高裁(2016年2月29日共同通信)

 香川県内の駐車場で2005年、高知市の会社役員の男性=当時(28)=が統合失調症で入院していた男(46)=服役中=に刺殺された事件をめぐり、会社役員の両親と男の両親が病院を運営する医療法人などにそれぞれ損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、高松高裁は26日、いずれも一審高松地裁判決に続いて請求を退けた

 双方とも病院が男に対する適切な治療や診断、監督上の注意義務を怠ったのが事件につながったと主張。会社役員の両親は約4億3千万円を、男の両親は計2千万円を請求していた。

 生島弘康(いくしま・ひろやす)裁判長は「男が殺人などの危害を加える行為をするとは予見できず、病院側の責任は認められない」とした。

 判決によると、会社役員は05年12月、香川県香川町(現高松市)の駐車場で男に包丁で胸を刺され死亡。男は当時、統合失調症などで入院しており、会社役員との間に面識はなかった。

 訴訟で会社役員の両親が男に賠償を求めた部分は、一審高松地裁が約1億2千万円の支払いを言い渡し確定している。男は殺人などの罪で懲役25年の刑が確定し服役中。

このなかなかに衝撃的な事件とその思いがけない裁判の経緯に関しては以前にも紹介したことがありますが、精神障害者が何らかの事件を起こして被害者側が外出を認めた病院に損害賠償を求めることはまあ理解出来るとして、この事件の場合加害者側も病院に損害賠償を求めていると言う点に注目いただきたいところです。
加害者本人はすでに有罪が確定し服役していると言うことから、司法の判断としては社会的に責任能力があったと言うことであり、すなわち措置入院等の対象になるような精神状態であったとは見なされていなかったと言うことでもありますから、そもそも病院側が一時外出を認めたことが責任を問われるべきことなのか?と言う意見は当然あるでしょう。
社会的にも「こうした責任を問われるのであれば精神科医療は大きく後退せざるを得ない」と危惧する声が根強くあったのも当然ですが、一方で一面識もない赤の他人を出会い頭に包丁で刺し殺すと言う行為が果たしてまともな人間のすることなのか?と言う疑問も当然ながらあって、そもそも加害者本人は責任能力を問える精神状態だったのか?と考えると刑事罰を科したことへの矛盾も感じますよね。

極論すれば人を殺すような人間は程度の差はあれ精神的にまともではないのだと言う人もいますし、仮にも社会生活を営んでいる人間が精神的な問題を理由に罪を免ぜられることに釈然としないと言う意見も根強くありますが、現代社会における基本的約束事としてこの点は了承しておくしかないと言うことが出発点になる気がします。
それを理解した上でも何故釈然としないのかと言えば、精神能力の点で社会責任を負えないことが明らかであるのに社会的に保護されず責任を問われるケースがあると言う矛盾であるとか、精神能力が責任を問える状態と問えない状態との間を行き来しているにも関わらず、社会の側がそれにリアルタイムで対応出来ないことからする諸問題が存在するからだと言うこともあるのでしょう。
これを突き詰めれば酒を飲んで何時間後から犯罪行為の罪を問われることになるのか?と言ったところにも行き着く話なのですが、一審と上級審の判断が真逆になるなど何かしら恣意的な解釈で司法の判断基準が変わっているように思われては世間の信用も薄れようと言うもので、司法の側としても何かしらきちんとした判断の基準を明確化していただく必要があるようにも思いますね。

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2016年3月 1日 (火)

不妊治療は高額であると言う現実

不妊治療の進歩とそれを求める社会的要請が両輪となって、近年様々な方面で妊娠と出産と言う問題が議論されるようになりましたが、その経済的なバックアップと言う点で国が先日こういうことを言い出したそうです。

不妊治療保険、今春解禁=高額費用を補完―金融庁(2016年2月3日時事通信)

 金融庁は2日、高額な不妊治療の費用を賄う保険商品を今春にも解禁する方針を固めた。
 政府の1億総活躍国民会議は昨年11月、「希望出生率1.8」の実現に向けた緊急対策として不妊治療支援の拡充を提言。公的助成の拡大と歩調を合わせ、民間の保険商品の販売を容認する。
 金融庁は近く、関連規則の改正案を公表し、意見募集を経て適用する。これを受け、生命保険各社は商品設計の具体的な検討に入る。病気やけがの治療に備える医療保険の特約として付加し、加入後に不妊症と判明すれば保険金を支払う形が想定される。
 不妊治療は、国や自治体による助成制度があるが、多くは健康保険の適用外のため、経済的負担が膨らみがちだった。このため、公的助成を補完する民間保険会社への期待は大きい。
 金融審議会(首相の諮問機関)の作業部会は2013年、不妊治療保険について「高額な費用を経済的に補うニーズもあり、社会的意義も十分認められる」とする報告書をまとめた。ただ、信頼性の高い統計データが少ないため保険料の算出が難しいことや、過去の治療歴を隠す加入者への対策などの課題があり、制度整備は見送られていた。 

単純に社会経済として考えた場合、こうしたものが金融商品としての保険として成立するのか?と言う疑問もあり、また高額な不妊治療を延々と必要とするような場合そもそも妊娠出産自体無理なのではないかと言う意見もありますが、いずれにせよ希望者にとっては高額なコストをどう負担するのかと言う問題が現実としてあるのも事実であり、保険の形で対応できるものであればありがたいでしょうね。
ただこうした保険の副次的な効果として考えられるのが、今現在目の前に存在する問題と言うだけではなく将来的なリスクとして妊娠、出産のトラブルを考える人が増えてくるのではないかと言う点で、特に不妊治療の場合高齢出産が多いとは言っても社会的に見ればまだまだ若い世代が大多数であり、まして20代の人が将来の不妊治療に備えて今から何かしておこうと考えることはまずないだろうと思われるわけです。
保険商品としてそれが成立するなら保険会社も商売ですから、当然ながらその売り込みとして様々な宣伝を行っていくだろうと予想され、結果として若い世代がこの問題にもう少し真剣になっていくなら願ってもないことですけれども、この点ですでに現実的な話として稼働しているのが卵子凍結保存で、将来の出産に備えて若いうちから卵子を保存しておくと言う「卵活」なる怪しげな造語を主張している方々もいらっしゃるそうです。
ちょうど先日は病気以外の理由で初めてのケースとして、こうした計画的な卵子凍結保存から子供が生まれたと言う事例が報告されていましたが、「それなら卵子さえ凍結保存しておけば安心だ」と考えがちな気分に水を差すかのように、こんな気になる話も出ているようです。

卵子を凍結保存した女性 凍結後相手を見つけた例少ない(2016年2月23日NEWSポストセブン)

 不妊に悩む女性にとって福音ともいえるのが、今年2月上旬に報じられた「44才女性のA子さんが冷凍保存した卵子で妊娠・出産に成功」というニュースだ。不妊治療を行う『はらメディカルクリニック』は、2010年7月から2年間、健康な独身女性の卵子凍結を開始した。2年間で167件の問い合わせがあり、うち36~42才の32名が卵子を凍結した。
「当初は30代半ばでパートナーのいる女性が、“仕事が忙しいので2~3年は妊娠を避けたい”と凍結を希望すると想定していました。明確な人生設計のうえで選択すると考えていたのです」(原院長)
 しかし、ふたを開けてみると予想は大きく外れた。
実際に卵子を凍結したのは、独身だけどパートナーがいないという40才前後の女性が多かった。
“結婚や出産の予定はないけど、卵子が老化する前にとりあえず凍結しておこう”と望むケースです。しかも、多くの女性は卵子を凍らせて保存したことで安心したのか、凍結後にパートナーを見つけたケースは少ない。その結果、32名のうち凍結卵子を用いて1名が妊娠出産しました」(原院長)

 原院長は卵子凍結を実施するにあたり、病院内に倫理委員会を設置して、「採卵を行うのは42才まで」「満45才の誕生日翌日に凍結卵子を破棄する」という独自のガイドラインを設けていた。
「45才以上の高齢妊娠はリスクが高いので卵子凍結の廃棄を決め、患者からの同意も得ました。ところが、実際に45才になった患者の何人かが“卵子を破棄したくない”と言い始めた。医学的な危険性を説明しても聞き入れてもらえず、結局は保管年齢の上限が高い他の施設に移送しました。自分でタイの施設まで運ばれたかたもいます」(原院長)
 高齢出産の危険を考慮した日本生殖医学会のガイドラインにも、〈40才以上の卵子の採取は推奨できない〉〈保存卵子を使った45才以上の不妊治療は推奨できない〉とあるが、現実にはこうした制限を超えても卵子凍結を求める人たちが続出したのだ。
 原院長がつぶやく。
「“凍結しておけば安心”では問題の先送りにすぎません。凍結卵子が患者にとっての“安定剤”で終わってしまっては、もはや医療ではないですから」
 熟慮の結果、原院長は2012年8月に新規の患者受け入れを中止した。
凍結卵子よりも普通の体外受精のほうが成功率は高く、43才までは凍結は不要というのが私の意見です。
 それでも、2年以内に結婚することを前提にしたパートナーがいて、今後数年は妊娠できない明確な理由があるかたが卵子の凍結を望み、当院の倫理委員会を通れば受け入れたいと思っています」(原院長)

こうした問題が起きるのも週刊誌を始めとして「とりあえず凍結保存」と言う妙な機運を盛り上げてきたメディアの役割は無視出来ないかとは思うのですが、原院長の言葉にもあるようにこの凍結保存からの妊娠、出産と言う行為も決して成功率がそうまで高いと言うものでもないのだそうで、純粋に医学的な適応としてはかなり限定的なものになるのではないかと言う気もしますね。
ただ特に女性の場合生物学的な妊娠、出産年齢の限界が近年各方面でこれだけ喧伝されるようになると、将来子供を産みたい状況になっても産めないと言う恐怖感があることは理解出来る話ですし、そのためにとりあえずまだ元気なうちから卵子を保存すると言う保険をかけておく心理も判るのですが、現実的にそれが結果に結びつかない背景に何があるのかです。
生物学的な妊娠、出産可能な年代と言うことばかりが喧伝されますが、各種統計によれば30代を過ぎるとそもそも結婚する人の割合そのものが急激に低下してくるのだそうで、特に女性の場合は結婚相手として何より若さを求められる場合が男性よりも多いと言う現実もありますから、ある程度の年齢になれば卵活云々と言っているよりもとにかくパートナーを探すべきだと言う話にもなりそうですよね。
一方で今現在パートナーがいながら当面は妊娠、出産はしたくないと言う比較的若い年代の方々も一定程度いるはずですが、こうした方々に早く妊娠、出産してもらうことが後々の高い医療費を節約することにもつながると考えると、国は「仕事が忙しい」「お金がない」と言う若いカップルにもっと大々的な経済的支援を考慮してもよさそうに思えます。

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