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2016年2月 1日 (月)

とにかく全部届け出なさい、と言う側は簡単なんですが

昨年秋から医療事故調が稼働し、また昨年最大の医療ニュースとして群馬大病院での腹腔鏡手術に関わる死亡事例が多発したことが取り上げられるなど、このところ医療事故という問題に再び世間の注目が集まってきていますが、先日こんなニュースが出ていたことを紹介してみましょう。

現場判断での報告漏れ防ぐ 医師の負担増に懸念も(2016年1月29日共同通信)

 腹腔(ふくくう)鏡などによる肝臓手術で患者の死亡が相次いだ群馬大病院の医療事故では、病院側の問題把握が遅れたとの指摘が出ている。特定機能病院に、全死亡事例の院内報告を義務付けた厚生労働省は、その狙いを「医師個人の判断による報告漏れをなくすため」と説明。ただ医療現場からは死亡事例の多さを踏まえ、「医師への負担が大きい」との懸念も出ている。

 同じ医師に肝臓手術を受けた患者の死亡が続出した群馬大病院については、院内で事態を把握できず、チーム医療も機能しない実情が浮き彫りになった。一方、東京女子医大病院でも禁忌の鎮静剤投与を受けた男児の死亡事故が表面化した。

 国の承認を受け高度医療を提供する特定機能病院に対し、全死亡事例を院内の安全管理部門に報告するよう求めた厚労省。担当者は「制度がある病院でも報告の基準が不明確なのが現状。医師個人の判断で検証が必要な事例が漏れることがないよう、病院が全てを把握することが重要だ」。

 ただ関係者によると、特定機能病院の大半を占める大学病院では、病死も含め各施設で1年間に数百人程度が死亡しているとされ、北海道大病院の南須原康行(なすはら・やすゆき)医療安全管理部長は「全死亡事例で報告を求めると、現場の医師の手間は相当増える」と話す。

 北大病院では2015年に院内で約250人が亡くなったが、想定外の急変や合併症などによる死亡事例や事故として主治医から報告があったのは約10例。全死亡事例をチェックしている南須原部長が、カルテの確認や主治医への聞き取りを行ったのは他に5、6例だった。この計十数例の中で、問題のある事例はほとんどなかったという。

 南須原部長は、病院が全死亡事例を把握する必要性を認めるものの「明らかな医療事故以外の場合、診療科からの報告は簡易な報告にとどめ、医療安全管理部門を中心に確認を徹底すればいい」と指摘する。

さてこの話、現場で判断する余地を少なくする方がいいと言う理念も判らないではないんですが、実際にお亡くなりになる方々が日常的に多数出ているはずの特定機能病院で全死亡事例を報告するとなるとこれは大変な作業量で、しかも大学病院などになりますと「それが私達には判らないことですから」とコメディカルからもそっぽを向かれ、無休ならぬ無給の医員がまたぞろ夜なべ仕事で頑張るしかないという構図も想像出来るところですよね。
医療事故調などもどこまでを届け出るかに関して散々に議論されてきた経緯があって、法曹や法医学者などはとにかく片っ端から全部届けろと言い、現場臨床医などは手間の問題や紛争化リスクも考え問題のある事例に限るべきだと言う意見の対立があったわけですが、最終的には国内全医療機関に対して「医療行為に絡んで起きた予期せぬ死亡事例」全例を届け出ることを義務づけると言うことに落ち着いています。
一見すると前者の立場に立ったかのようにも聞こえるのですがこれも非常に解釈の余地があるところで、要するに医療機関側が予期せぬ死亡だと認めない限り届け出の義務はないと言うことですし、実際に制度稼働後に届けられた件数を見てみると院内死亡例のうちで非常に限られたケースしか届けられていないと言うことが明らかになっていますよね。
問題点の把握のためにもなるべく沢山の情報を集めたいと言う理屈は判るのですが、文字通り全数報告となった場合本当にそれが有効に活用される生きた情報として扱われるのかと言う疑問もあり、また別なリスクとしてこんなトラブルも発生してくるのではないかと興味深かったのが先日報道されたこちらの裁判です。

免許取り消し撤回求め提訴 糖尿病の男性、岡山(2016年1月27日産経新聞)

 生活習慣と関係ない1型糖尿病を患う岡山県の50代男性が、意識障害を起こす可能性を理由に運転免許を取り消されたのは不当として、県に処分撤回を求める訴訟を起こし、岡山地裁(曳野久男裁判長)で27日、第1回口頭弁論が開かれた。県側は争う姿勢を示した。

 訴状などによると、県公安委員会は昨年9月、県警の書式に沿って記載された主治医の診断書に基づき、男性が「無自覚性の低血糖症」だと判断して免許を取り消した

 男性側は、免許の取り消しに関する警察庁通達を踏まえ、無自覚性の低血糖の人でも血糖値を管理できると医師が認める場合は該当しないとの運用があると指摘。県警の書式は病状に関する項目が限定的で、実際の病状は運用の対象に含まれるのに対象外として扱われたと主張している。

 男性は27日までに運転中に意識消失を防ぐ措置ができるとする医師の診断書を地裁に提出した。岡山県警監察課は「係争中の事件なのでコメントは控える」としている。

しかしこのケース、当の担当医の書いた書類を元に県警が免許を取り消したはずが、当の担当医から問題ないと言う診断書が後から出てきたと言うことで、この辺りの患者と医師のやり取りが色々と想像されるものではありますよね。
ちょうど先日は当「ぐり研」においてもてんかん患者による交通事故問題が議論されたところですが、近年の免許更新要件の厳格化に関して言えばてんかんのみならず糖尿病や統合失調症など、意識障害を来たし運転上の安全性を保てない患者に関しては免許更新も厳しくなり、事故を起こした際にも厳罰に処せられるなど様々な規制強化が進んでいます。
これに関してそもそも医師は患者の状態に関して届け出義務があるのかどうか、それは守秘義務違反にならないのかと言う議論があったわけなんですが、最終的に「公安委員会に届け出ることができることとする(道路交通法101条の6」と言う非常に何とも微妙な法改正が為されたこともあってか、てんかん学会から改めて届け出の基準についてのガイドラインが出されています。
興味深いのは平成26年6月にこうした法改正がなされた結果、約1年間で全国各地から行われた届け出は184件に留まっていたと言うことで、国民皆免許の時代にこれら疾患の患者数が数百万の単位に登ることを考えても、果たしてどの程度事故防止の役に立っているものなのかと疑問に感じないではない数字ですよね。
一方で特に事故被害者家族側から求められているように全例届け出義務化と言う話になれば、手間暇の問題や患者との信頼関係など様々なトラブルが発生することも予想されるところなんですが、この種の慢性疾患の場合患者と医師との信頼関係に基づき正しく治療を継続させることが何より重要であり、結局はその方が事故防止にも役立つと言う考え方も一理あると感じます。

今回の裁判は医師側の立場とすれば明らかに危ないと感じて届け出た場合、もし患者側から訴えられでもしたらどうするのかと言う新たなリスクを感じさせる話だと思うのですが、逆にそうしたリスクがあるからこそ法律で義務化すべきだと言う意見もあって、医療現場においても意見の一致はなかなか難しそうには思いますね。
この種の医師の届け出が患者にとって重大な結果を招くケースとして例えば結核などがありますが、現在の感染症予防法(旧結核予防法)によって排菌が確認されれば公権力によって強制的に入院させられてしまうと言うのはもちろん伝染病と言う性質もあってのこととは言え、他人に迷惑をかける危険性があると言う点では前述の各疾患も全く同じであるとも言える話です。
また結核における排菌の有無と比べると、てんかんや糖尿病で意識消失が来るかどうかの判断は非常に難しく単純な基準を定めがたいだろうと思うのですが、そこに医師と言う個人個人の判断が介入するほど「あんたのせいで仕事も失った!どうしてくれる!」とトラブルにつながるリスクも高まる道理であって、届け出を躊躇させる理由として小さなものではありませんよね。
こうした判断の難しい状況として参考になりそうなのが、小児科領域における虐待事例の通報と言うケースだと思うのですが、患者側の立場からすれば通報され面倒な話に巻き込まれたのに同じ先生に続けて診てもらう気にもならないでしょうから、むしろ届け出をした後の医学的なフォローアップをどうしていくのかと言う道筋を付けることが重要な課題になってきそうです。

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心と体」カテゴリの記事

コメント

調べるのも大変ですがそれをうまくフィードバックできるかですかね。
報告だけで疲れ果てて改善にまで手が回らないってことがなければいいですが。

投稿: | 2016年2月 1日 (月) 08時06分

運転免許の可否を判断する診断書は微妙な事例が多い上に、医者の常識と警察の常識が異なるので、基本的には警察の担当者と相談しながらこちらの意図が間違って伝わることのないよう配慮して作成します。
内科の先生だとそういうのをご存じなかったのかもしれません。

過去にあった例では薬物治療で認知症の症状がかなり改善して運転可能なレベルになっていると判断される患者さんがおられましたが、警察的には「診断書の病名に認知症と書いてあるとアウト」なのだそうで、そのあたりを警察と相談しながら運転可能となるように配慮して診断書を作成しました。

投稿: クマ | 2016年2月 1日 (月) 09時05分

担当医選びが大事ってことですね

投稿: | 2016年2月 1日 (月) 09時32分

>しかしこのケース、当の担当医の書いた書類を元に県警が免許を取り消したはずが、当の担当医から問題ないと言う診断書が後から出てきたと言うことで

先日の寄合で、書式に沿って診断書作成、提出したところ、公安委員会?から、「これじゃ運転免許取り消しにせざるを得んから書き直してくれ」と言われしぶしぶ書き直したってケースを聞きました。「公安で医師雇ってそいつらに書かせろやぁ!」とグチってましたがw

投稿: 10年前にドロッポしました。 | 2016年2月 1日 (月) 09時37分

対策:大学病院から死にそうになったら中小病院に転院ですね。No death, no error.

投稿: OldDr | 2016年2月 1日 (月) 12時54分

関係者同士で話し合って決められる方が間違いが少なくなるのは確かだと思うので、この種の場合の疑義照会にはなるべく面倒でもご協力いただいた方がいいのかなとは思います。
ただ都道府県をまたいでの転出転入の場合など、どれだけ面倒くさがらずに対応が出来るのかは難しいところですね。
運転をさせるわけにはいかない有病者の場合の対応も広く実例を共有できれば参考になるかと思いますが、これも個人情報とのからみがありますからね。

投稿: 管理人nobu | 2016年2月 1日 (月) 13時20分

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