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2016年2月 9日 (火)

医療現場における変革への抵抗

先日「これがお役所仕事か」と話題になっていたのがこちらの記事ですが、実際にはもう少し複雑な問題ではあるようです。

「移動手術室」は施設?ドクターカーに待った(2016年1月28日河北新報)

 全国初の移動型緊急手術室機能を備えた八戸市市民病院(青森県八戸市)の新型ドクターカーの運用開始が延び延びになっている。「移動手術室」とのネーミングに、青森県が「手術室ならば施設の一部でないか」と使用に待ったをかけた。医療法上の手続きが必要かどうか県の結論は出ておらず、病院側はできるだけ早い判断を求めている。

<昨年10月開始予定>
 「V3」の愛称を持つ新型ドクターカーは、心筋梗塞の治療に対応した医療機器を搭載する。2メートル四方のテントを展開して移動先で手術を行うことができ、ドクターヘリが飛べない場合に八戸以外の遠隔地に出動する。
 県は昨年春、報道で車両が「移動手術室」と呼ばれているのを知り、「医療法上、届け出が必要かもしれない」と指摘。内部で法的問題などについて検討しているが、運用開始予定の10月から4カ月近くがすぎても答えを出せないでいる。
 県医療薬務課は「昨年夏に国に問い合わせ、年末に回答があったが、詳細が不明な内容だった。また問い合わせている状況だ」と説明する。
 ドクターカーは通常、緊急車両として警察に届け出れば使用できる。仮に「施設」と判定されると、手洗い設備や感染予防の空調管理システム、保健所への届け出が必要になるという。
 病院側は「ドクターカーの運用は医師の判断事項。県の許可は不要と考えるが、使用を待ってくれと言われれば待たざるを得ない」(管理課)との立場だ。

<現場で活用判断>
 救命救急は一分一秒を争う。病院は今月中旬、大雪でドクターヘリが飛べない恐れがあるとして、現場の医師の判断でV3を十和田市へ向かわせた。結果的にドクターヘリが患者を搬送したため、V3が実際に活用された例はまだない。
 病院の過去5年の分析では、V3があれば少なくとも3人の命を救えた可能性があったという。救命救急センター所長の今明秀副院長は「県の返答がなくて困っている。そこに命懸けの患者がいれば(県の許可がなくても)現場の判断で走らせる」と話している。

ちなみに八戸工大と共同開発した試作車輛の3号機として完成したというこのドクターカー、その名称はあの古典とも言うべき変身ヒーローの名前にあやかったのだそうですが、確かにこういうものがあれば様々な場面で有効に使えると言うことはあるでしょうし、まして雪深い地域であれば病院に運ぶ時間も惜しいと言う局面は少なくないのでしょう。
ただ一分一秒を争うから何でもありだとは非常時であれば通用することですが、この場合はひとたび運用を開始すれば日常的に活用されることになるわけですから、県当局が法的正当性を気にすると言うのも理解は出来る話なのですが、国にしろ明確な答えを出していないと言うのはこの種の高機能車輛であれば、運用次第ではかなり脱法的なことも出来そうだと言う理由などもありそうです。
一方でこの件で興味深いのは県がストップをかけ、病院管理課すなわち事務方が「使用を待ってくれと言われれば待たざるを得ない」と言っているにも関わらず、現場の医師の判断で実際に投入したり今後も「(県の許可がなくても)現場の判断で走らせる」と救急担当医が公言していると言う点で、一般的な組織であればこうした組織内での意志不統一はあまりよろしいものではないですよね。
医療現場においては組織上の構成の如何を問わず一番大きな力を持っているのはやはり医師であると言うことを示す実例とも言えそうな話なのですが、この現場医師の持つ力と言うものが必ずしも肯定的な場面でのみ活用されると言うものではなく、場合によっては抵抗勢力として働く場面もあると言うことを、先日興味深く拝見したこちらの記事から紹介してみましょう。

原点は「医師からの総スカン」、病院受診手配サービス(2016年2月3日日経デジタルヘルス)

 がんなどの重い病気にかかった時、どの医療機関で治療を受けるかは、患者にとって大きな選択だ。かかりつけ医が、必ずしも最適な医療機関や専門医を紹介してくれるとは限らない。「がんの名医」などの情報はちまたにあふれているが、そうした情報はしばしば患者の悩みをかえって深める。
 そんな患者に対し、最適な医療機関や専門医を紹介し、受診の手配までをサポートするサービスが、民間から生まれた。電話健康相談や医師紹介を手掛けるティーペック(T-PEC)が仕組みを構築し、メットライフ生命保険が保険商品付帯サービスとして2016年4月に提供を始める「ベストホスピタルネットワーク」だ(関連記事)。
(略)
 このサービスが生まれるまでには、長い道のりがあった。20年以上前、まだセカンドオピニオンという言葉が一般的ではなかった時代に、ティーペックの砂原健市氏(現・代表取締役社長)が知り合いの医師たちから受け取った“冷ややかな言葉”。原点はそこにある。サービス開発に至るまでの道のりと今後の展開について、ティーペックの砂原氏と、メットライフ生命保険の前田晃弘氏(執行役員 コンシューマーマーケティング担当)に聞いた。
(略)
 まず立ち上げたのが、医師や看護師による24時間体制での電話健康相談サービス。1991年に、生命保険事業者としていち早く同サービスを導入したのが現在のメットライフ生命だった。24時間体制で健康相談を受け付けるというアイデアは各方面で注目を集め、サービス開始から間もなく、砂原氏は通産省(当時)が主催する「モダンヘルスケア研究会」で講演する機会に恵まれる。
(略)
 当時、健康相談サービスの先に見据えていたのが「名医紹介」だった。砂原氏は20歳の頃、親戚が肺がんと診断され、わずか1カ月で亡くなるという経験をする。ところがその10年後には、末期の胃がんと診断された別の親戚が、有名医の手術で救われるという経験をした。「名医であればこそ、救える命があることを知った」(砂原氏)。そこで、親しくしていた数十人の知り合いの医師に「名医紹介サービス」の構想を話して回った。

 反応は冷ややかだった。2つの側面から強い反対にあったという。第1は「日本には世界に冠たる医療制度があり、それは主治医と患者の信頼関係で成り立っている。主治医とは別の医師を紹介したところで、他人の診断に“ケチをつける”医師などいない」(砂原氏)というもの。第2は「医師に対する評価を一民間会社がくだすのか」(同氏)という批判だった。

 意気消沈した砂原氏が頼ったのは、ティーペックのサービスに早くから協力してくれていた日野原氏だった。ところが、同氏からも芳しい反応は得られなかった。「同じ病院内でも、『第一外科』と『第二外科』では使う手術器具までもが違っていたりする。まして、医師が異なる医療機関の医師に接点を求めることは非常に難しい」(砂原氏)と諭されたという。

 あきらめきれなかった砂原氏は、1994年ごろから「医学界を横断するようなネットワークを作ろうと動き始めた」。日野原氏の紹介などを通じ、7つの旧帝国大学医学部の教授など、医学界の権威たちとのコネクションを次々に作っていった。
(略)
 砂原氏はまず、このネットワークを生かしてセカンドオピニオンサービスを始めようと考えた。だが、そこに至る道もいばらの道だった。大学病院のような有力医療機関からセカンドオピニオンサービスへの協力を取り付けるには「業務提携という形を取らなくてはならない。ところがそれには理事会や教授会の承認が必要で、一民間企業にはハードルがとても高かった」(同氏)。
(略)

現在では医師の依頼によって患者に最適な紹介先医療機関を探すなど様々な業務を行っているそうで、患者側にとっても医療側にとっても相応に使いでのあるサービスであるように思えますけれども、確かに二昔も前にどこの馬の骨とも知れない保険屋がこんなことを言い出して来たとしても即座に賛成する医師もいなかったことでしょうね。
医師のメンツの問題などはこの際おいておくとしても、やはり医療の素人に何を以て良い医師、悪い医師が判断出来るのかと言う懸念や、学閥間での方法論の違いなど現実的にスムースな連携の障壁となるものが多いわけで、この学閥の違いと言うものは単純に「他所の大学のやり方になぞ従えるか」と言う単純なものと言うわけでもないですよね(まあそうした感情も人間社会である以上ないわけではないでしょうが)。
この点ではト○タ製の車をホ○ダのディーラーに持ち込まれても困ると言った話にも似ているのではないかと思いますし、自衛隊の戦闘機が何故アメリカ製ばかりなのかと言う疑問もこうした文脈で語られることがあるようですが、注目すべき点として過去20年間で医局システムの崩壊や研修制度改革、地域医療崩壊など様々なイベントが発生した結果、当時と今ではずいぶんと状況が変わっていることです。

今や医師が自分で就職先を探して、当然ながら学閥の壁などを通り越してあちらこちらに転勤すると言うことは全く珍しくなくなりましたが、ガイドラインの整備など医療手技の標準化とも相まってずいぶんと学閥間の垣根は低くなったと言うことが言えますし、人脈や土地勘のない病院に来て紹介先を迷っている医師も増えていそうですから、結果的にはいいタイミングでサービスを始めたと言うことも出来そうですよね。
こうした記事を見ると医師の視点と言うのは行政とはもちろん、患者である国民ともずいぶんと違うものなのだと改めて気付かされますが、現場の実情を知っているとも現場の狭い常識に囚われているとも言えるこうした感覚の違いについて、いわゆる「医師の常識は世間の非常識」的に批判することも容易ではあるだろうと思います。
ただ主治医制と言うものも医師と患者との信頼関係に基づき「一生責任を持って面倒を見る」と言う意味もあり、昨今ドライな医師が増えた結果か24時間365日拘束される主治医制など廃止しよう、たまたまその時患者を引き受けることになった担当医で十分だと言う考え方も普及してきていて、むしろ「他の先生にかかりたい?どうぞどうぞ、すぐに紹介状を用意しましょう」と患者離れのいい先生も増えている印象もあります。
現代医療とは医師と患者との間で説明と合意に基づく契約関係の元で行われるべきだと言う考え方に基づけば、時には患者の意志に反しても最善と思われる治療を行うと言う古典的主治医などはむしろ医療訴訟の格好のターゲットとして絶滅危惧種とも言われますが、かくして医療はようやく旧弊を脱したと喜ぶべきなのは、実は患者側と言うよりも医師の側に立った見方なのかも知れませんよね。

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コメント

必要とされてない民間サービスは続かない
続いているのは必要とされてるってことだろ
まずは現実を見ようね

投稿: | 2016年2月 9日 (火) 07時56分

おはようございます.

ベストホスピタルネットワーク

これは期待する医師が少なくないと思います.
「勘違い」としか思えない主訴で耳鼻科を受診する人が減ってくれることを,僕は期待したいです.

投稿: 耳鼻科医 | 2016年2月 9日 (火) 08時29分

良く取り上げてくれたと思います。

八戸はおかしいんですよ。
導入の決定から実施運営まで県が行うべきドクヘリを、権限も何もない市長選挙の公約にするとか、
今回のハリボテ移動手術室も勝手に運行とか、法も決まりも何もあったもんじゃない。
グンマーが秘境と言うのはネタですが、八戸の場合中国並の人治主義の秘境ですよ。
おまけにそれをブログで公開するとか、脱法行為を堂々と知らしめてどうするの?って感じ。
それが病院経営者で準公務員のやる事ですか?

ブラックジャックに感化されて許されるのは中学生まで。
メーカーがスーパーアンビュランス提供している時代に、なぜハリボテで取り組むのか。
中東や東南アジアの紛争地帯ならまだしも、日本でこういう取り組みがなされることに
住民として驚きを隠せません。

投稿: | 2016年2月 9日 (火) 11時01分

医療と言うものが社会保障としても住民サービスとしても小さくない立場を占めている現状にあって、自治体レベルでもその充実を売りにすると言うことはまあ、仕方の無いことではあるかと思います。
一昔前には郊外のニュータウン的開発を目指して田舎自治体が、分譲住宅とセットで自治体病院・診療所の存在を盛んに喧伝していた時期もありましたが、その後どうなったかは聞かないですね。

投稿: 管理人nobu | 2016年2月 9日 (火) 12時51分

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