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2016年2月

2016年2月29日 (月)

医学部定員が減らないことの弊害と対策

本日の本題に入る前に、現状で医師が余っていると考える人もそう多くはなかろうと思いますが、一方で医学部定員がこうまで増やされ急速に医師数が増えつつあることに一定の危機感を抱く人は少なくないようで、様々な理由から医学部定員は削減した方が良い、少なくとも将来的には削減すべきだと言う声は根強くありますが、それに対して先日こんな声が上がっていました。

「医師は足りない」、医学部定員増は継続を-四病協が方針確認(2016年2月24日CBニュース)

 四病院団体協議会(四病協)は24日に総合部会を開き、2017年度に最初の期限を迎える大学の医学部定員を増やす時限措置について、病院団体として継続を求めていく方針を確認した。
 終了後に記者会見した日本医療法人協会(医法協)の加納繁照会長は、「大学や立場によっては、減らす方向でいくべきだという話もあるように聞いているが、現場としてはとんでもないことだ」と述べた。【敦賀陽平】

 医学部の定員数をめぐっては、厚生労働省の有識者検討会が06年にまとめた報告書などを受け、時限措置として毎年965人が増員されており、17年度に317人分の増員の期限を迎える。
このため、同省の有識者検討会は昨年12月に分科会を設置し、今後の対応を協議している。
 この日の総合部会では、医療現場で医師が不足している現状を改めて確認し、医学部の定員数に関しては、「増やした人が活躍する前に減らす議論をするのはおかしい」との意見も出たという。
 加納会長は会見で、「(現在の)医師の需給をしっかりと確認していただきたい。減らすのはそれからだ」と語った。
(略)

当然ながら四病協のように医師を使う側の立場に立ってみれば使える医師の選択肢が増えることはメリットしか存在しない理屈で、医師不足と言われる地域においても多くの医師が安く使えるようになれば万々歳ですが、そんな思惑を反映したこの率直な方針に対して、もちろん異論反論も少なからずあるようです。
地域の医療需給バランスから医師の給与動向などなど、医師数をどうするかに当たって考慮すべき様々な変数が存在しているのは当然ですが、そのうち教育を司る医学部関係者がかねて指摘しているのは医学部学生の学力レベル低下の問題で、全国学生数がこれだけ減ったにも関わらずかつての受験戦争全盛期よりも多くの定員を募集していればレベル低下は必須でしょうね。
以前に出ていた調査では全国医学部の86%で学生の学力が低下してきていると感じられているそうですが、学生数の急増で実習など教育環境にも支障が出ていると言う声もある中で、先日全国医学部長病院長会議からこんな調査結果が出ていたと言います。

医学部1年の留年者1.74倍、「緊急対策を」(2016年2月18日医療維新)

 医学部1年生の留年者数が定員増前の1.74倍――。全国医学部長病院長会議が2月17日の 会見で公表した「医学部の学力に関する調査結果報告書」で、比較可能なデータがある全国53大学の2014年度留年者数は、2008年度の定員増加以前の平均と比べて、1年生174.4%、2年生125.6%と低学年で大きく増加していることが分かった(定員増を勘案して調整した割合)。
 報告書は、1、2年生の留年率の高さについて、「緊急に対策を要する重要課題」と指摘。また、母数は少ないものの、休学率や退学率も1、2年生で高くなっており、2年生の退学者数は定員増前の148.4%と急増している点も注視すべきだとした。東京慈恵会医科大学教育センター長の福島統氏が報告した。

 本調査は、2011年から同団体が実施(前年度は『医学生、学力低下は確認されず』を参照)。5回目の今回は、2014年4月から2015年3月まで(2014年度)の在籍学生を対象に調査した。2008年度に始まった医学部定員増加から2014年度までに1436人の定員枠が増え、入学定員は計9061人。なお、2016年度は東北医科薬科大学の定員100人を加味すると、9234人に増える計算だ。
 留年率は、連続して比較可能なデータがある国立30校、公立2校、私立21校の計53校が対象。2008年度より前の留年者数の平均と、2014年度の留年者数を比較した。定員増による母数増を勘案し、定員増加率で割り返して調整した数字は、1年生174.4%、2年生125.6%、3年生106.8%、5年生117.9%、6年生121.5%と軒並み増加。1、2年生の増加幅が目立ち、3年生以降は増加幅が多少緩やかになる結果だった。
 同様の計算方法で出した休学率は1年生で135.9%、退学率は2年生で148.4%など、高い数字も目立ったが、いずれも母数が少ないことから詳細な分析は困難とした上で、今後の注視が必要だとした。
 一方で、懸念される医学生全体の「学力低下」について、報告書は否定的な見方だ。4年生で実施する共用試験CBTの結果は、高いレベルで維持されているからだ。入学直後の1年生や覚えるべき知識量が激増する2年生での「低学年クライシス 」を乗り越えられれば、共用試験受験時や卒業時の知識レベルは「十分獲得、担保されている」と見ている。

 留年率が高い低学年への対策では、授業の出席チェックで大学に来なくなった学生を「早期発見、早期治療」する取り組みや、メンタルチェックの実施、成績下位者への個別指導を挙げる大学が多かった。自由記述では、自ら問題を発見して解決する自己学習能力の低下を訴える内容が多いという。
 調査結果を受けて福島氏は、留年率の増加を懸念。一度も留年や休学をせずに進学した「ストレート卒業者」は、2007年度で87.3%と他学部に比べて低いが、医師国家試験の合格率が高いとされており、「増やす努力をすることが医学部の責任だ」と指摘した。教育内容については、「医師としてどのように社会に貢献するのか、学内外でどのように教育するのか。医療と社会のつながりについて、教育の改善が必要だ」と話した。また、少子化と定員増加で医学部入学の難易度が低下しているとし、「門戸があまりにも広がれば、医師の資質として、必ずしも好ましくない学生が入学する可能性が高まる」と強い懸念を示した。

率直な感想として大学などは本来的に義務ではなく権利であって、それに出ないにせよ留年や退学をするにせよ個人の自由ではないかと言う気もするのですが、ただ社会的背景から考えてみますとかつてのように親が裕福で大学生活は遊ばせていられる時代と異なり、今は学生の半分が奨学金という名の学生ローンを組んで進学している時代で、卒業と同時に巨額の借金を背負わされているわけです。
こうした時代にあって大学を無事卒業すると言うことへの切実度はかつてとは比較にならないはずであって、入学を認めた学生がそれを出来ないと言うのであれば選抜なり教育なりを行っている大学側の無能無策ぶりを証明している事実であると思うのですが、興味深いのは上級生になると必ずしも成績が悪いと言うわけではないと言う記述ですよね。
最も成績不良な者から留年なり退学なりしていった結果、大学生活に耐えられる者だけが残ったのだという考え方も出来るだろうし、大学生活を過ごすうちに効率的に勉強をこなずことが出来るようになったと言うことなのかも知れませんが、ここでも学生側には一定程度の能力はあるのだとも受け止められる話ですから、教育する側の問題として捉えるべき話であるようにも思えます。

学生の選抜という点で面白いと思ったのが、先日東邦大医学部の二次試験で実際に行われたと言う試験方法に関する記事が出ていたのですが、その方法とは理解力が必ずしも高いとは言えない(と言う設定の)相手に対して、言葉による説明だけで手元の図形とそっくりな図形を描かせると言うものであったそうです。
出題意図としては機械的な受験勉強だけでは必ずしも鍛えることが出来ない、いわゆる地頭の良さと言うものを評価すると言うこともあるのだろうし、また医療従事者として今や必須のスキルとされるコミュニケーション能力の適性を見ると言うこともあったのでしょうが、特に後者の場合こうした試験スタイルに対応するために試験対策を練ることは、必然的に将来のためにも決して無駄にならないとも言えますよね。
この考え方でいけば例えば特定のテーマに関して小論文を単純に書かせると言うのではなく、皆の前で説得力ある形でプレゼンテーションを行わせると言った試験スタイルも考えられるのだろうし、PC1台を与えて特定テーマに関して勝手に調べさせ、そのテーマにおいてどんな問題があり、その対策としてどうすべきか考えさせると言うやり方もあり得るでしょう。
単純なペーパーテストや紋切り型の面接に留まらない試験方法としては他にも様々な方法はあるのでしょうが、要するに学生の学力が下がる一方で…とただ嘆いているよりも、頭の良いはずの大学のエライ先生方がもっと知恵を絞れば何とでもやりようはあるんじゃないかと言うことでしょうか。

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2016年2月28日 (日)

今日のぐり:「らーめん二男坊 博多本店」

未だに高い視聴率を誇ると言うあの長寿番組が、先日妙なことで再び話題になっていました。

日テレ「笑点」を8Kで上映 最高水準の技術を駆使して撮影(2016年2月22日ねとらば)

 日本テレビ放送網(以下、日テレ)は、日テレ初の8K番組として「笑点」を制作したことを発表しました。8Kは横7680ピクセル・縦4320ラインの映像フォーマットで、現行ハイビジョンの16倍という高精細映像。この美しい映像が特徴の8Kに、海とか夜景とかではなくなぜ「笑点」を選んだのか……。

 「笑点」放送開始は1966年。実は、まだ多くの番組が白黒放送であった中「笑点」はカラー放送で始まり、その後もステレオ放送やデジタルVTR規格・D2での収録など新技術を積極的に取り入れてきました。2014年には「笑点特別版」として歌丸師匠の落語を4Kで収録。放送開始50周年を迎える今年、最高水準の技術を駆使した日本テレビ初の8K番組での収録となりました。

 番組内容は、通常の「笑点」と同じ演芸コーナーと8Kにちなんだ大喜利。内容も含めた「8Kスペシャル版」として、日本テレビ技術展「デジテク2016」にて上映されます。

いやまあ、確かにハードウェアとしてのテレビが幾ら進化したところでソフトウェアが充実しなければ意味が無いことなんですが、しかしよりにもよってそこで笑点ですか…
今日は一段と素晴らしい映像美をお送りできるようになり人気沸騰必至という笑点に敬意を表して、世界中から思わず何故?と突っ込みたくなるネタを紹介してみましょう。

マズいガリガリ君で3億円赤字、社内でも不評「ナポリタン味」の裏話。(2016年2月14日ナリナリドットコム)

2月13日に放送されたバラエティ番組「ジョブチューン★国民的大ヒット食品のヒミツぶっちゃけSP」(TBS系)で、赤城乳業が2014年3月に発売した「ガリガリ君リッチナポリタン味」の裏話として、全く売れずに3億円の赤字を出したことが明かされた。
この「ナポリタン味」を開発したのは、入社2年目(当時)の若手ホープだったそう。出演した同社マーケティング部の部長によると、「ナポリタン味」は「取り返しのつかない赤字を叩き出し」、その金額は3億円近く、余剰在庫は320万本にものぼったという。

なぜ、それほどまで売れなかったのか。この点について部長は「やっぱりですね…マズかったんですよ」と反省の弁。発売した当時、「お客さまからも『マズい』『ふざけるな』『いい加減にしろ』と問い合わせが殺到しまして……」と、大変な状況だったそうだ。
しかし、どうしてそんなにマズいものが企画会議を通ってしまったのかという点は素朴な疑問として誰もが抱くところだが、これについては2012年の「コーンポタージュ味」、2013年の「クレアおばさんのシチュー味」が共にヒットし、「次に何をやれば良いんだ? というところで、そのとき…魔が差したんでしょうね」と、「ナポリタン味」にゴーサインを出してしまった経緯を振り返った。

実際に開発を担当した若手ホープは、キリッとした表情で「ナポリタンを忠実に再現しようってところが目標だったんですね。そこに関しては自信があります!」。ただ、美味しいか美味しくないかで言えば「あんまり…美味しくないですかね。(コンポタ味のヒットで)調子に乗っちゃいましたね」と、素直な感想を明かした。
そして番組では、「ナポリタン味」をスタジオの面々で食べる流れに。しかし「うわぁ…うわああ」(佐野ひなこ)、「マズい!」(バナナマン日村)と、やはり散々な評価だった。ちなみに、当時は社内でも「美味しい」という声はなかったそうだが、唯一、マンガ家でタレントの蛭子能収だけは大絶賛していたという。

ちなみに記事にもあるようにごく一部の方々からは美味しいと言う評判も得ているそうなのですが、ネット上ではむしろこの救いのない商品をどうやったら無事完食できるかと言う工夫が盛り上がっているようですね。
同じくお菓子系の新商品としてこちらも一体どんなマーケットをターゲットにしているのか、今ひとつはっきりしないものであるようです。

<スナック菓子>誰が買う? 「社長チップス」本人写真カード付き(2016年2月20日毎日新聞)

 東京のベンチャー企業が4月からスナック菓子「社長チップス」を売り出す。ヒーローキャラクターやプロスポーツ選手のカード付き菓子と同様に、社長の写真カードが付くポテトチップスだ。しかし、世に変わった嗜好(しこう)を持つ人は多いものの、社長ファンや社長マニアはあまり聞いたことがない。一体、誰が買うのだろうか。【増田博樹/デジタル報道センター】

 カードはタテ約9センチ、横約6センチのトレーディングカード型。登場するのは47都道府県から10人ずつ、計470人の主に中小企業の社長だ。裏面には社長や会社のプロフィールのほか、社長の「座右の銘」や「おすすめの本」「底力の源」などを記載。カードゲームさながらの「戦闘能力」も加えた。登場する社長の「知力」「人望」「プレゼン能力」「忍耐力」「気づかい力」など30項目について社長本人にアンケートし、点数化するという。
 チップスの原料は国産(栃木県産)ジャガイモで25グラム入り。添加物は使わないなど安心・安全に気を配っている。会社経営はもちろん、地域貢献や従業員の雇用に日々奮闘する社長が流す汗と涙をイメージして、味は塩味。塩とCEO(最高経営責任者)を掛けている。

 企画したエスプライド(東京都渋谷区)を訪ねた。よくある変わり種商品の一つなのだろうかとも思ったが、西川世一(せいいち)グループCEOに聞いてみると、発売の意図はいたって真剣だ。
 「小さくても熱い思いで地域に貢献しようという企業は多い。しかし、そのような企業に限ってPR不足で、特に採用面で苦労しています。社長チップスを通じて、こうした企業を世に伝えることで我々も社会に貢献できるのではないかと考えました」(西川氏)
(略)
 社長チップスの狙いも「コミュニケーションの道具」(西川氏)という点で似ている。エスプライドが最も期待するのは、カードに登場する社長の会社が採用活動で活用してもらうことだ。集まった学生にインパクトのある「企業説明資料」として配布し、その会社に関心を持ってもらえればという。さらに知りたいと思った学生向けには、エスプライドが登場社長にインタビューしたエピソードなどをウェブサイトに掲載してフォローする。他の活用法としては、取引先との打ち合わせや、営業の際に相手を和ませながら会社を理解してもらったり、キャンペーンでのプレゼント用にしたり、といったケースを想定している。
 カードに登場するための条件も真剣だ。たとえ代表取締役でも副社長や専務は対象外(代表権のある会長は相談に応じる)。過去に会社が行政指導を受けたり、税の滞納があったりする場合もだめ。また、民事再生法や会社更生法の適用を受けるなど、再生手続き中の会社ではないことも条件だ。さらに、エスプライドによる独自の審査が加わるという。
(略)
 社長チップスの勝算はどうか。西川氏は言う。「あると思います。社長は個性豊かな方が多いですし、イケメンとはまた違った角度で」

まあ買う人は社長さんが多いのでしょうから限定生産品でも商売にはなるのかも知れませんが、これがどの程度企業のイメージアップにつながるのかは微妙な気がしますね。
航空機内ではときどき暴れる人が出ると言うのは一体どうしたものなのかですが、先日出ていたこちらのニュースは何故そうした行為に走ったのか?と誰しも疑問を感じることでしょう。

フランス上空で半裸男が放尿 CAが取り押さえ緊急着陸(2016年2月11日テックインサイト)

仏パリに向かって飛行中であった旅客機の機内において、1人の男の乗客が大声で周囲と揉め、挙句の果てに放尿。飛行機は緊急着陸を余儀なくされたと英メディア『dailymail.co.uk』が伝えた。

そのフライトは仏・航空会社「エール・メディテラネ(本拠地:ルルド)」によるML2673便(エアバスA321型機)。8日、166名の乗客を乗せてアルジェリアの首都アルジェからパリに向かって飛び立つも、1名の男の身勝手な要求が原因で大変なトラブルに発展した。

飛行距離の半分ほどを過ぎた上空で突然始まった言い争い。男は飲酒や喫煙を希望するも禁じられたため不満をまくしたて、着ていたものを脱いで上半身裸となり、別の乗客に向かって放尿したところで男性の乗務員らに取り押さえられた。

保安上の理由から緊急着陸を決断した機長。そのため旅客機はUターンにも等しい方角でリヨン・サン=テグジュペリ国際空港に一旦着陸となった。問題の男を空港警察に引き渡して再び離陸するも、目的地のパリ=シャルル・ド・ゴール空港到着には3時間の遅れが生じたという。

どういう人物なのか?と思わずにはいられませんけれども、何かしら薬でもやっていたのか単純に身勝手な人物なのか、ともかくもはた迷惑極まると言うものですね。
最近何かと悪い方面で話題になることが多いあの国ですが、先日妙なところで話題になっていました。

北朝鮮、「人糞集め」に苦しめられる住民たち…糞尿めぐりワイロも(2016年02月15日デイリーNK)

北朝鮮では、毎年この時期になると全国的に「堆肥戦闘」、すなわち「人糞集め」が繰り広げられる。各地に化学肥料工場は存在するが、生産量が需要に満たないため、糞尿を集めて肥料にしなけれならない。
北朝鮮当局は「2月16日の光明星節(金正日氏の誕生日)までに作業を終えよ」と指示。住民たちは、人糞集めのノルマに苦しめられていると、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が伝えた。

糞尿泥棒も登場

慈江道(チャガンド)の情報筋によると、当局からは次のようなノルマが下されたという。
「17歳以上のすべての国民は、1人あたり糞尿1トンを集めよ。家畜の糞尿なら3トンだ。集めた糞尿は協同農場に収めなければならない」
しかし、情報筋によると、ノルマを満たそうにも、出せる糞尿を出しきったため、困り果てているという。達成できなければ処罰や批判が待っていることから、全国各地で「糞尿泥棒」が相次いでいる。
両江道(リャンガンド)の情報筋によると、今月4日の夜、肥溜めの警戒に当たっていた恵化中学校の生徒8人が、糞尿泥棒と思しき集団に襲われる事件が発生した。

「糞尿」めぐり行き交うワイロ

相次ぐ「肥溜め襲撃事件」に保衛部(秘密警察)や保安署(警察署)は、大々的な取り締まりを行っている。犯人は捕まっていないようだが、もし捕まったら、一列に並ばされて「戦争捕虜」のように連行されて、恥をかかされる。
そんなリスクがあるにもかかわらず「糞尿泥棒」をやるのは、勤務している機関や工場の上司から「協同農場に糞尿を収めた『確認証』を出せ」とうるさく言われるからだ。
それに目をつけた協同農場の幹部は、6万北朝鮮ウォン(約900円、コメ12キロ分)のワイロを受け取り、糞尿1トンを受け取ったという確認証を発行しているという。
協同農場に収められた糞尿の窃盗が相次ぐ現状に「一度収めた糞尿があちこちめぐって自分のところにまた戻ってくる」などといった笑い話が広まっているという。

もはや何が何やらと言う状況ですが、しかしこういう状況ですと集められた糞尿も相当に水増しをされているのでしょうね。
最後に取り上げますのは中国からの話題ですが、まずはこちらの記事から紹介してみましょう。

夜のドライブ、爆竹を外に投げようとして車内で爆発 「窓閉まっていること忘れて点火」=中国(2016年2月25日サーチナ)

 中国メディアの捜狐は24日、四川省宜賓市内を走行中の自動車内で爆発が発生し、乗っていた4人が負傷したと伝えた。爆竹を外に投げようとして、点火してから窓が閉まっていることに気づいたという。

 事故発生は23日未明。女性1人を含む4人が「夜のドライブ」を楽しんでいた。途中で、爆竹を売っている店があった。まだ営業していた。4人は大量に、爆竹を買い求めた。「精品水晶花」という威力の大きいタイプの爆竹も買った。ドライブしながら点火して、窓の外に投げようとの考えだった。
 再び発車。次から次に爆竹に点火して外に投げる。大いに盛り上がった。しばらくして、「トイレに行こう」ということになった。公衆トイレがあったので、そこで用を足すことにした。1人が車に残ったが、寒かったので窓をすべて閉めた。
 3人が戻ってきて、再び出発だ。女性はスリリングな「爆竹ドライブ」に興奮しきっていた。すぐに、再開しようとした。爆竹を手に取り、ライターで点火した。外に投げようとして、その時になって窓を閉めていたことを思い出した。

 窓はパワーウィンドウ方式だ。開けるスイッチを押しても、そうは速く動いてくれない。導火線はたちまち短くなった。「もうだめ!」と爆竹を手放すのと、破裂が始まるのはほぼ同時だった。
 狭い車内で、爆竹は次々に破裂した。女性が載っていたのは助手席の窓は、爆竹で粉砕された。(イメージ写真提供:123RF)
 車の運転は不可能になった。女性の指からの出血がひどかったので、タクシーを呼んで近くの病院に運んだ。事故を起こしてしまったということで、警察にも報告をした。警察官がやってきて、男性1人を事情を聴くために、署に同行させた。
 全員がやけどを負っていた。病院は、様子をみるためとして、4人全員に入院を勧めた。

 同事故について警察官は「爆竹が楽しいのは確か」としたうえで「危険も存在すること」は忘れないでほしいと訴えた。自分自身の安全のためだけでなく、車や人の多い場所は避けないと人に迷惑をかけることになり、火災や思わぬ悲劇の原因になりかねないと、自覚を求めた。(編集担当:如月隼人)

日本人目線で見ると一体どこから突っ込んだらいいのかと迷うような記事なのですが、中国人にとってこの爆竹と言うものはいわば魂の深いところに直結するような存在なのだそうですね。
何しろ中国発のニュースだけに今さら何が爆発しようが意外性がないと言う声もあるのですが、ひとまず深刻な被害とならずにすんで良かったと言うべきなのでしょうか。

今日のぐり:「らーめん二男坊 博多本店」

博多駅前を歩いていてたまたま目にして入ったこちらのお店、敢えて有名店を外すつもりで選んだごく目立たない小さな店舗だったのですが、実はあちこち支店も出している人気店なのだそうでびっくりです。
メニューも食券販売機のボタンも英語併記なのが国際都市の中心街と言う土地柄なのか、確かにお客は外部からの人が多いようなんですが、確かにラーメンなら誰でも安心して食べられますしね。

色々と興味深そうなメニューもある中で、とりあえず一番ベーシックなラーメンをネギ増しで、麺は普通の硬さと言うことで頼んでみました。
見た目は盛り付けの具合も含めてごく普通なとんこつラーメンと言う感じですが、まあこういう博多風のスタイルが今や全国的に標準化したと言うべきですよね。
こちらのスープはよく煮込んでカルシウム分も多めな感じですが癖もなくシンプルに美味しいと言う味で、店内にもスープにもあの豚骨臭が目立たないのも苦手な人には助かりそうですよね。
ちなみに昨今多いトロトロ系でもクリーミー系でもないごくごく普通のとんこつスープなんですが、個人的には博多のラーメンといえばこういうものだと言うイメージがありますがどうなんでしょう?
トッピングで追加したネギはかなりざっくりした切り方で、このスープならもう少し細く切ってあった方がマッチングがいいんじゃないか?とも感じたのですが、この辺りは地域的な伝統もあることなのかも知れません。
細麺も普通の茹で加減でもしゃっきりと茹で上げられていて、全体に最近の濃いめのとんこつラーメンに比べると少しあっさりしすぎているくらいですが、誰が食べても好き嫌いのなさそうな味ですよね。

十数席しかない小さなお店ですが小綺麗ですし、接遇面でもいまどきのお店っぽくしっかりしたものですが、ラーメン同様ここが駄目と言う突っ込みどころの少ないお店と言う印象でした。
しかし何気なく入った店でもこれだけのクオリティーが備わっていれば外部の人間にはありがたい話ですが、何しろ博多駅前の中心街だけに下手なものを出しても商売にはならないと言うことなのでしょうね。

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2016年2月27日 (土)

それをやったら体を壊さない方がおかしいと言う行動を続ける理由

いわゆるB級グルメは数あれど、ラーメンほど多様性と普及度の両面で他を圧するものもないだろうと思うのですが、特に一部の店舗においてはマニアと言うよりもはや中毒とも言われるほど熱狂的な愛好家がいるそうですから、中にはこんな事件も発生してしまうのは仕方の無いことなのかも知れません。

毎日完飲のジロリアンが失踪 「復活信じたい」と同志(2016年2月25日NEWSポストセブン)

 一部に熱狂的な人気を誇るラーメン店がある。黄色い看板がトレードマークの「ラーメン二郎」だ。関東圏を中心に全国に40店舗、人気店には長い行列ができ、「ジロリアン」(二郎ファン)たちが1時間以上待つことも珍しくない。
 特徴はその量だ。「小」サイズでも通常のラーメンの3倍くらいある。丼には野菜(モヤシ、キャベツ)と分厚い豚肉が山盛りになっており、それらを箸でよけるとこぼれんばかりの大量の極太縮れ麺が姿を現わす。スープは脂分たっぷりのとんこつ醤油味で、刻みニンニクを入れて食べるのがポイントだ。1杯あたり推定1500キロカロリー以上

 この二郎を、昨年3月からほぼ毎日食べ歩く強者がいた。ネット上で「康太さん」の名前で知られる人物で、食べた二郎の画像を感想とともにツイッターにアップ。「麺、コレ好きィ!味染みまくりィ!」「ブタ、ホッロホロ!」「汁神域ィ!」「クニュ麺、プリブタ、ミルキィ汁ッ!我忘れて貪れるもの」といった独特な文体には謎の疾走感があった。
 特筆すべきは文末に必ず〈完飲。〉とあること。そうこの御仁、毎回、脂まみれのスープを一滴残らず飲み干していたのだ(空になった丼をアップしていた)。
 その康太氏が14日、以下のツイートを残して突然更新をストップ。康太氏の“失踪”は二郎界に大きな衝撃を与えている。

アクシデント発生の為、二郎巡りが困難な状況となりました。このお報せを以って更新を終了します。ありがとうございました。Fin〉

 20代のジロリアンは涙を浮かべながらこう語る。

「その前に食べたツイートから1週間呟きがなく、心配していた矢先の終了宣言でした。やっぱり体調を崩したんでしょうか……」

 塩分&脂分、摂取カロリーを考えれば決して体に良い生活をしていたとは思えないから、仕方ないような気もするのだが……。
(略)
 康太氏が再び「我忘れて二郎を貪る」日は来るのか。「アクシデント」が体調不良でないことを祈ります。

いわゆる二郎系と言われるラーメンと言えばそのボリュームで人気ですけれども、なかなかスープまで全部と言うのはきついでしょうし、ましてそれが毎日ともなると体が受け付けなくなるのではないかと思うのですが、その境地を乗り越え継続は力なりを地で行ったからこそ周囲からある種の敬意すら抱かれていたと言うことでしょうか。
果たして件の愛好家氏がどうなってしまったのか、本当に健康上の重大な問題なのかは現状では何とも言えませんけれども、少なくともああしたカロリー、脂質、塩分過多なものを毎日完食ならぬ完飲していたのでは、いずれ体のどこかにトラブルが発生しても何ら不思議は無いですよね。
ともかく今の世の中体に悪いものは事欠きませんし、悪いことに体に悪いものほど後を引いてやめられなくなる部分もありますから困ったものなのですが、この体に悪いと言う点に関して以前から何度か取り上げて来たのがご存知学校行事における人間ピラミッドなど組体操の問題で、とうとう国も禁止に向けて動き出したなどと報じられていますよね。
ただ学校行事と言う点では他にも様々な弊害が指摘されているものはあって、先日出ていたこんな記事もかねて指摘されている弊害に関しての重要な問題提起となっているようです。

元沖水エース「“監督殺してやる”の記事 あれは捏造です」(2016年2月22日東スポ)

【気になるあの人を追跡調査!野球探偵の備忘録(10)】甲子園での投手酷使が問題化する近年、タイブレーク制導入や球数制限などが盛んに議論されているが、今からおよそ25年前、球数論争の発端にもなった一人の投手がいた。甲子園が最後のマウンドとなった悲劇のエースは何を思うのか。自らの腕と引き換えに母校沖縄水産を2年連続となる甲子園準優勝に導き、その後プロでも活躍した大野倫さん(42)の今を追った。

「記事が独り歩きしてしまった。栽先生に矛先が向いてしまい、本当に申し訳なかった」
 当時を振り返り、大野さんはそう語り始めた。
 沖縄水産でエースとなった3年春、ダブルヘッダーの練習試合で18イニングを投げた大野さんは、右ヒジに違和感を感じた。だが、チームに迷惑はかけられない。医者にすら行かず、夏の県大会初戦から痛みを押して完投を続けた
「前年が準優勝だったので、自然と今年は優勝という雰囲気の中、誰にも言いだせなかった。腕をかばうような投球をしていたら、チームメートから『お前のせいで甲子園行けんかったら一生恨むからな』と言われたり」
 このとき、すでに右ヒジは疲労骨折を起こしていた。痛みが限界に達した県大会準決勝の前、初めて栽弘義監督に症状を明かした。
「それからは『いけるか?』『いけます』という感じ。腕はもうグチャグチャだったんですが、痛み止めを打てば、まだなんとか振れたので」
 満身創痍の体を注射でだましながら、甲子園でも登板を続けた。
「試合が終わるとすぐに監督室で治療。佐賀に腕のいい整体師がいるというので、期間中に泊まりがけで診てもらいに行ったり。整体師、鍼灸師、揚げ句の果てには霊媒師まで(笑い)。とにかく、手を尽くせることは全部尽くしました」
 決勝では、当時初出場の大阪桐蔭に8―13で敗退。同時に、大野さんの投手生命はこの試合で絶たれた。閉会式では、腕を真っすぐに伸ばすことすらできなくなっていた

 栽監督の行き過ぎた采配には、多くの批判が寄せられた。今現在に至る投げ過ぎ問題の口火となる出来事だった。そして、こんな記事が出回る。

いつか監督を殺してやる。毎日そればっかり考えていました。一日として監督を恨まない日はなかった

 九州共立大のとき、取材に答えた大野さんの言葉だが「あれは記者の捏造(ねつぞう)。作り話です」と否定する。「『当時こう思ったことはなかった?』と乗せられて、まるでそれが本心みたいに書かれてしまった。書いたやつこそ“いつか…”って思ってます。まあ、冗談ですけど(笑い)」。こんな裏話もある。「記事が出たとき、周囲からは散々怒られました。でも栽先生だけは『大野がこんなことを言うはずがない』と、はなから信じていなかった。救われましたね」
 大学では外野手に転向するも実績を残し、1995年のドラフト5位で巨人に入団する。
「プロに入ったあと『大野はピッチャーで行かせたかった』と栽先生がおっしゃっていたと人づてに聞きました。もちろん、僕だって万全の状態で3年間やっていたらというのは考えた。でも、それはたらればの話なので」
 2002年に現役を引退後は、営業マンを経て九州共立大に赴任。12年ぶりに故郷に帰ってきた大野さんは、栽監督のもとを訪ねた。
「『そうか、戻ってきたか。これからどうするんだ』と話したのが最後の会話。栽先生とお酒を飲むのが目標だったんですが、100年早いなと思ってるうちに…」。1週間後、栽監督は65年の生涯に幕を閉じる。結局、6試合連続登板の話をしたことは一度もなかった

 現在は自身が立ち上げた「うるま東ボーイズ」の監督として指導にあたる。
「ボーイズでは1日7イニング、ダブルヘッダー禁止などが定められている。そういったものに共感して。ルールがないとどうしても勝ちたい場面でエースを引っ張ってしまうので」
 今でも、栽監督のやり方は正しかったと思うか。核心を直撃すると、少し考えたあと、こんな答えが返ってきた。
「自分が監督でも、まったく同じ状況、仮に投手がその子しかいなかったら、そうします。だからこそ、ルールとして、そうならないような状況を整備することが必要なんです」
 悲劇のエースは今「ルール」の必要性を訴え続けている。

高校野球に限らず野球というスポーツがピッチャーへの依存度が高いことは周知の事実であり、特に一発勝負の高校野球ではどうしてもエースピッチャー一人に頼りっぱなしと言う局面が多くなるようですが、そのせいかどうかプロ野球に入った後で早々に故障し現役を退いたり、まだ若いうちから体の消耗が進み成績が下降していく投手も多いと聞きますね。
登板過多に関して言えば様々な規制案が出てはいるものの未だに導入はされていないのが現状で、これも様々な意見があるからこそだと思いますけれども、医学的に成長期の体を守ると言うことを最優先に考えるならば基本的に先発完投は行わせない、必ず継投を前提にすると言った形での規制でなければあまり意味が無いのかなと言う気もしています。
野球先進国のアメリカなどはもともと学生時代は各種スポーツをいろいろとやると言う伝統がある国で、日本のように少年時代からずっと一つのスポーツ専門でやる人は少ないと言いますが、さらに学生には投球制限がきちんと決められていていて、最高峰であるMLBなども様々な理論立てで登板制限、投球数制限をしているようで、この点でも日本よりは考え方が進んでいるようには見えます。
アメリカの国民的スポーツであるアメフトなどは日本で言う相撲界同様に体を壊すためにやっているかのように怪我が多いスポーツですが、面白いことに元選手の寿命を調べて見ると案外普通の人よりも長生きだったりするそうで、故障率の高さに見合ったケアもお金をかけてやっていると言うことなのかも知れませんね。

いささか脱線しましたけれども、このところ話題になっている組体操の問題とこの野球の問題がいささか趣を異にするのは、前者が有無を言わせぬ全員強制参加の学校体育行事として行われているのに対して、後者はあくまでも任意参加の部活動として行われていると言う点です。
先日は組体操事故で大怪我を負った元学生が馳文科相に先生が「絆だから!絆なんだよ!」と言いながら練習をさせていた実態を明らかにし、厳重な対処を求める手紙を送っていたと言う記事が出ていましたが、学校の授業時間を使って行われるからには拒否すれば進級や卒業が出来ない可能性もあると言え、いわば人生を人質にとって学童学生に健康を害する行為を強いることの是非が問われてきたわけです。
それに対して部活動に関しては「嫌なら辞めろ」と言う参加の自由が担保され、実際に途中で退部していく人も少なくないとは言えるのですが、それでも強豪校でレギュラーを獲得し甲子園に出て将来はプロで飯を食っていくと言う人生設計のもとで努力してきた選手達が、監督から「行けるか」と言われ果たして「無理です」と言えるのかと言う疑問は残りますよね。
前述の記事でも当事者がまさしくこうした問題点を認識しているからこそ、ルール上でそのような選択を現場が強いられることのないようにすべきだと訴えているのだと思いますが、それでも今年の甲子園においても投手の投球過多を是正しようと言う制度的な動きは未だないようで、炎天下の甲子園で連日連投する投手の姿はもはや風物詩となっている感がありますよね。

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2016年2月26日 (金)

同性婚の権利が次第に拡張されつつある現状と問題点

先日見ていて面白いなと思ったのがこちらの記事なのですが、皆さんはどう感じられたでしょうか。

<パナソニック>同性婚、社内規定で容認 4月から(2016年2月18日毎日新聞)

 パナソニックは社内ルールを変更し、4月から同性カップルを結婚に相当する関係と認める方針を固めた。社員の行動指針も見直し、「LGBT」(性的少数者)を差別しない姿勢を明確化する。社内から要望があったほか、同社が国際オリンピック委員会(IOC)の最高位スポンサーで、五輪憲章が「性的指向による差別禁止」を掲げていることも後押しした。国内の企業では先進的な取り組みで、他企業に広がる可能性がある。

 現在、具体的な見直し作業を進めており、就業規則上の「結婚」や「配偶者」の定義変更や、同性パートナーを持つ社員を慶弔休暇など福利厚生の対象とすることを検討している。国内外のグループ企業の社員約25万人を対象にした行動指針には「性的指向や性別の認識で差別しない」との表記を加える方針だ。昨夏、社員から「同性婚を考えている」との申し出を受け、社内ルールの見直しに着手した。

 他企業もLGBTへの対応を進めている。日本IBMは、同性パートナーがいると申告した社員に結婚祝い金や転勤旅費を支給。レナウンは、自治体の証明書を提出した社員に結婚休暇の取得などを認めている

 LGBTの問題に詳しい東京大学東洋文化研究所の安冨歩教授(社会生態学)は「他の多くの日本企業への波及効果が期待できる」と評価する。

記事タイトルを一読して真っ先に感じたのが「パナソニックでは結婚と言う個人的なことについても会社からの許可が必要なのか?」と言う点だったのですが、もちろん会社に黙って事実婚状態だった方々も今まで少なからずいるのでしょうが、今後は制度上も同性婚を一般的な配偶者関係と同列に扱うと言う意味なのでしょう。
個人レベルであればともかく、企業として今の時代積極的に「同性婚など断固として認めない!」と言う会社もそう多くはないのでしょうが、恐らく大多数の職場ではそうしたものの扱いについて検討する必要性など感じておらず、結果として制度上の格差が放置されたままになっているのではないかと言う気がします。
現実的にどの程度の数の同性婚が存在するものなのかですし、職場でカミングアウトすることに躊躇する人も未だ少なくないのでしょうが、少なくとも制度的に認めると言うことは会社としての姿勢を示すことでもあり、働き手にとっては少なくとも悪い話ではないように思いますね。
昨今では同性カップルと言うものに対してこのように社会的支援をもっとしていこうと言う動きが目立っていますが、もともと日本では歴史的にも特に同性愛に対する禁忌が乏しかったと言う文化的背景もあってか同性愛そのものへの否定論はさほど目立たず、同性愛者として一向に異性に興味を示す気配がなく周囲をやきもきさせたと言う徳川三代将軍家光のように、その方面で名を残している有名人も少なからずですよね。
一方でアメリカなどでは未だに同性愛の是非そのものが何かと大きな議論になっているように伝統的、宗教的、文化的背景による考え方の差異はかなりありそうなんですが、最近こうした同性愛に対する公的支援の動きに対してこんな発言が話題になっていたことを紹介してみましょう。

「同性愛は個人的趣味」 支援を疑問視する杉並区議の発言に批判(2016年2月21日Buzzfeed)

東京都杉並区の小林ゆみ区議が「同性愛は個人的趣味」「自治体が時間と予算を使う必要があるのか」などと議会で発言した。これに対し、当事者たちから「趣味の話ではない」などと反発が出ている。【古田大輔】
小林議員の発言は2月15日の杉並区議会で出た(8分20秒から)。定例議会で区への質問に立った小林議員は「性的マイノリティについて質問をします」と述べて、次のように発言した(抜粋、全文は記事末尾)。

レズ・ゲイ・バイは性的指向であるのに対し、トランスジェンダーは性的自認であり、医師の認定が必要である明らかな障害であると言えます。トランスジェンダーの方は法律的に保護する必要があり、世間的な目からの誤解を解かねばなりませんので、彼らの人権のために区が啓蒙活動をするのは問題ないと考えます」
「そもそも地方自治体が現段階で、性的指向、すなわち個人的趣味の分野にまで多くの時間と予算を費やすのは、本当に必要なのでしょうか」

小林区議は、このようにトランスジェンダーと同性愛者を区別し、行政による後者への支援を疑問視した。
区議会後にアップした自身のブログでは、こうも書いている。

「レズ、ゲイ、バイは性的指向(好み)、トランスジェンダーは性的自認(障害)であるという大きな性質の違いがあるため、私はそれらを一括りにすること自体に疑問を抱かざるを得ません」

これに対し、同性愛の当事者らからは批判の声が上がった。
ゲイであることを公表して活動している豊島区の石川大我区議は「性的指向はほぼ生得的なもので、個人的趣味ではない。誤り。性的指向は選び取れるとの誤解はほんとうに多い」とツイート。
レズビアンの立場から発信している村田悠のブログも小林区議の発言を取り上げた。

「正式な場所だからこそ差別的なニュアンスも持つ”レズ”ではなくて”レズビアン”と呼んでほしい」「同性愛、バイセクシャルは趣味でないってところだけでも認識してほしいです。そんなほいほいやめられないから、頑張っていきやすい道を探してるんですし」

同性愛や両性愛は、異性愛と同じく「性的指向」の一つ。同じ読み方をする「性的嗜好」が性に関する好みや趣味的な意味を持つのと異なり、「性的指向」は生まれついてのものとされる。
異性愛の男性が女性を、女性が男性を愛するように、同性愛の男性は男性を、女性は女性を自然と愛するようになる。趣味や好みを意味する「嗜好」ではなく、初めからその方向に向かっていることを示す「指向」という文字が使われる所以だ。
国連人権理事会は2011年6月、「人権、性的指向および性同一性」に関する決議で、性的指向と性同一 性障害を理由にしたすべての暴力や差別行為の対策に取り組む姿勢を明確にした。この決議には日本も賛成している。
(略)

地方自治体と言うものは住民への密接なサービスを提供するために存在しているものであって、住民からの要求が一定数あることであれば趣味だろうが障害だろうが区別なく対策を講じる意味はあるだろうとは思うのですが、その意味では小林区議が例えば同性愛者は区内にさして多くないと言うデータを示した上で、その対策にこの支出額ではコスパが悪いと問題提起をしたと言うことであれば説得力が出たかも知れませんね。
ただこれはこれで確かに一理あると感じた部分として、例えば近年では小児性愛と言うものは世界的に大変厳しい規制の対象になっていますが、同性愛の権利が保護されるべきなら小児性愛も同様ではないのか、何故それに限って保護どころか社会的規制の対象になるのかと言う議論も成り立つと言うことですよね。
公的な回答としては子供は自らの主体的な意志決定能力が無いからと言ったあたりがその理由になると思うのですが、それなら同様に意志決定能力の無い動物愛は禁じられるべきなのかと言われるとさて、全国各地で人気を博している猫カフェを動物虐待であるとして規制すべきと言う意見も確かに一部ではあるようですよね。

実際的に同性愛であれ何であれそれ自体の性質を云々することはあまり建設的ではなく、当事者間で合意し周囲に迷惑もかけないことであれば好きにしたらいいのだろうと思うのですが、積極的にその法的地位を確保することの意味合いとしてお金をかけて対策を進めるだけの理由があるのかどうかです。
当人の代理人として誰かが必要だと言う局面は医療などでも少なくなく、この場合友人や異性同性のパートナーも含めて社会的責任を共有する共同体的関係であると確認できれば十分で、異性間の婚姻関係に限定する意味はないのではないかと思うのですが、社会保障や相続、各種サービス提供などを始め家族や配偶者と言う法的つながりを前提にしているものが割合に多いと言うことも問題なのかも知れませんね。
婚姻関係が何故社会的に重要視されるかと言えば、同棲や事実婚と違って婚姻は法的に認められた関係であり、一度結んでしまえばなかなか解消できないと言う点にもあることを考えると、同姓カップルにおいても婚姻相当の簡単には解消されない担保が得られるのかどうかも今後の課題になりそうです。

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2016年2月25日 (木)

肉親の安全を守る方法論とは

福島県は相馬市と言えば2011年3月11日の震災で津波被害を被り、市民458人の命が失われるなど甚大な被害を受けたことが知られていますが、その相馬市でこんなびっくりするような裁判が始まったと話題になっています。

階段転落し左半身まひ 児童、相馬市を提訴(2016年2月23日河北新報)

 福島県相馬市桜丘小で2013年、階段から転落し左半身まひなどの後遺障害を負った児童と両親が22日までに、学校側の対策が不十分だったとして、相馬市に計約2億1000万円の賠償を求める訴えを福島地裁に起こした。
 訴えによると、13年10月25日午後1時20分ごろ、当時小学3年の男子児童(10)が友人に続いて階段の手すりを腹ばいになって滑り、途中で転落。頭を強く打ち一時、意識不明状態となり、約10カ月の入院治療後も左半身まひなどの障害が残った。現在はリハビリを続け通学している。
 原告代理人は「同校は過去に同じような事故が起きていたのに対策を怠った。後遺障害で将来の可能性の一部を失われた精神的苦痛は、本人や両親にとり甚大だ」などと主張。将来にわたる介護費や逸失利益、慰謝料などの支払いを求めた。
 学校によると、事故後の調査では過去に同様の事故は確認できなかった。相馬市の担当者は「訴状の中身を確認し、適切に対応する」と話した。

校内の階段から転落で障害、男児と両親が相馬市を提訴(2016年02月23日福島民友)  

 相馬市の小学校に通う男子児童が、校内の階段から誤って転落して後遺障害が残ったのは、同市が安全対策を怠ったことが原因として、男児と両親が22日までに、同市に慰謝料など約2億1100万円の損害賠償を求め、福島地裁に提訴した。第1回口頭弁論は3月22日午前11時から。

 訴状によると、男児は小学3年だった2013(平成25)年10月、3階から2階の教室に階段で移動する際、手すりを腹で滑り降りたところ、約2.4メートル落下し頭を打ち付けた。市は事故発生を予測できたのに措置を怠ったとしている。同市は「状況に鑑(かんが)み、法的な解釈を踏まえ、適切に対応していきたい」とコメントした。

個人的にはこの裁判の話を聞いて有名な杏林大病院割り箸事件を思い出したのですが、一読された方それぞれに思うところがあったようで、ネット上では容易に予想出来たはずのこの事故をどうやったら防げていたのかと言う議論も盛んになされているようです。
そもそも多くの学校では廊下を走ってはならないものとされているのと同様、手すりは腹ばいになって滑り降りていいものとはなされていないんだろうと思うのですが、それが明示的に校則なりで禁止事項として示されていたのかどうか、その場合過失相殺されるものなのかどうかなど、注目すべき点の多い裁判となりそうです。
恐らくもっとも確実な対策としてはこの種の行動に走りそうだと予想される学童は上級生の教室が位置する二階以上には立ち入らせないことだと思いますが、人生において一度としてこの種の行為に走らずに大人になったと言う子供も恐らくそう多くはないでしょうから、そうなりますとそもそも学校に子供を立ち入らせるべきではないと言うことになるのでしょうか。
いずれにせよ民事訴訟ですから何をどう訴えようが個人の自由であるのですが、こうした危ない行為をいかにして防ぐかと言うことはまさしく家族にとってこそ非常に重要な問題であるはずで、昨今何かと問題視されることの多い高齢ドライバーに関連して先日こういう記事が出ていたことを紹介してみましょう。

「運転やめて」家族に亀裂 鍵隠しても事故 認知症社会(2016年2月21日朝日新聞)

 「あらゆる手を尽くしたがうまくいかず、私の心がおかしくなりそうだった」。千葉県の保育士の女性(48)は、レビー小体型認知症の義父(75)が車の運転をやめてくれず、苦しんだ
 義父は、女性の家から車で1時間半ほどかかる農村部で一人暮らしだった。最寄りのコンビニまで約2キロ、スーパーまで約4キロ。バスは不便で、買い物や農作業のため、乗用車と軽トラック、トラクターの3台を使っていた。
 症状が出始めたのは2012年の年末、義母が亡くなった後だ。認知症の薬を処方され、医師に「絶対に運転しないと約束して」と言われると、義父は「はい」と答えた。だが実際にはやめなかった。それを医師に伝えて強く説得してもらっても「運転できる」と言い張った

 そのうちレビー小体型認知症の特徴である幻覚が出た。女性が訪ねると、軽トラの前後がへこんでいた。他人の敷地の木に衝突して折ったこともある。
 「もうやめてください。誰かを巻き添えにしたらどう責任をとるんですか」。夫(49)といさめるたびに義父は激高した。「うるさい。田舎は車がなかったら生活できないんだよっ」
 廃車や売却を役場で相談すると、無断での処分は無理だろうと言われた。自動車工場では「バッテリーかタイヤを外すか、鍵を隠すしかない」と言われた。

 腹をくくり、車の鍵を持ち帰った。これで大丈夫と思った矢先の14年7月の夜、義父が軽トラで田んぼに転落したとの連絡が入った。合鍵で運転し、アクセルとブレーキを踏み間違えたらしかった。けがはなかったが、「次は人身事故だ」とぞっとした。温厚な夫も「いい加減にしろ」と怒鳴りつけた。この事故でやりとりした警察官にも相談したが、解決しなかった。
 倉庫に車を入れてシャッターの鍵をかけ、バッテリーを外した。特別養護老人ホームに短期入所させ、そのまま入居。体が次第に思うように動かなくなり、数カ月たつと運転の話をしなくなった。昨年2月、免許センターに一緒に行き、免許を返納した。

 アルツハイマー型認知症の父(77)の運転が理由で、家族と疎遠になってしまった人もいる。東京都の女性(36)は、茨城県の実家で暮らす父の運転をやめさせることができず、離れたところに駐車場を借りて車を移動した。父の車に何度も同乗し、右折時に反対車線に入りそうになるなどの危うさを体感したうえでの苦渋の決断だった。
 道路交通法の決まりだと条文を見せて父に説明したが反発され、「財産どろぼう」と言われた。免許の話をしようとして殴られたこともあり、実家に戻るのが怖くなった。父の運転の危険性をそれほど認識していない親類にも、女性の行動は理解されなかった。頼みの母も認知症で仲介は期待できない。「普通に仲のいい家族だったのに、運転のことでこんなことになるなんて思いもしなかった」

■専門家「積極的にSOS発信を」

 認知症が疑われる運転者の交通事故が相次いでいる。警察庁によると、2014年に死亡事故を起こした75歳以上の運転者のうち約4割が、直近の認知機能検査で、記憶力・判断力が「低い」「少し低い」と判定されていた。
(略)
 危険性が高いのにどうしても運転をやめない場合、公安委員会が専門医による「臨時適性検査」を受けるよう本人に通知をし、理由なく検査などを拒み続ければ、最終的には免許取り消し処分の対象になる。家族は事前に、警察・医師と十分話し合う必要がある。
 荒井さんは「家族だけで抱え込まず、免許センターなどにある『運転適性相談窓口』で相談してほしい。家族に攻撃的な言動がある場合も、主治医やケアマネジャーらに積極的にSOSを発信してほしい」と話す。(編集委員・清川卓史、森本美紀)

高齢者に限らず近年重大事故との関連性から各種の意識障害を来し得る疾患なども免許更新が厳しくなっていて、運転の適否を判断することになる医師などはさぞや悩ましい局面も多かろうと思うのですが、確かに公共交通環境の悪い地方に行けば自家用車なしでの移動は非常に制限されますから、どうしても乗らないではいられないと言う気持ちも理解はできますよね。
この点で予想通りと言うのでしょうか、全年齢ドライバー中に占める高齢ドライバーの事故率は地域の高齢者人口比率よりも常に高い値を示すのですが、都道府県別でみると乗車中の事故率が高いのが奈良県、山梨県、山形県、三重県、大分県などであるのに対して、事故率が低いのが千葉県、東京都、埼玉県、群馬県、福岡県、神奈川県と、都市部よりも田舎の方が乗車中の事故率が高いように見えます。
要するに公共交通手段が多く車に乗らなくても生活できると言う環境こそが高齢者事故防止に有効らしいと言うことなのですが、そうは言っても地方でいきなり交通機関を整備すると言うのも無理でしょうから、まずは自治体が乗り合いバスを走らせるなりタクシー券等の補助をするなり、出来ることをやっていくことが望ましいのだろうと言うことになるのでしょうか。

高齢者の場合物理的のみならず精神的視野も狭いと言うことが問題で、今までこれでやってきたのだからこれからも同じようにやっていくと方法論を変えたがらない頑固さがありますし、家族がよかれと思ってシニアカーなどを手配しても乗り慣れた軽トラに乗ってしまうと言うことはありがちなんですが、記事にもあるように車を取り上げればいいと言ってもなかなか簡単にはいかないと言うことですね。
この場合法的に運転免許を取り上げると言うことがどれだけ有効なのかですが、多分に認知症傾向もあり周囲の説得にも頑として耳を傾けないような高齢者が無免許運転に走らないのかと言う懸念もあり、この場合免許も更新できないような人間が自動車保険を律儀に更新しているものなのかどうかで、下手すると重大事故を起こして始めて無保険が発覚すると言うこともあり得そうですよね。
起こり得るリスクに対しては家族も自己防衛をする必要があるのは当然で、まずは警察等公的な組織に相談すると言うのは万一何かあった場合にも「自分達は放置していたわけではない」と言うアリバイ的な意味でも重要なのだろうし、また可能であれば要注意ドライバーとして重点的に監視し必要に応じて取り締まってももらうことが結局は肉親を守ることにつながるのではないかと言う気がします。

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2016年2月24日 (水)

世の中何の役にも立たないものの方がむしろ多数派なので

役に立たないものなど消えてしまえと言うのは強迫観念の類だと言う指摘もあるようなのですが、普段からやたらにエヴィデンスエヴィデンスと念仏のように唱えている医者と言う人種にとっては何の役に立たないと言うことがよほど気になる部分もあるのでしょうか、先日形成外科・美容外科医の山下理絵氏がこんな記事を書いていました。

コラーゲン配合の飲料は効果なし?(2016年1月29日毎日新聞)

(略)
 美容医療では、シリコンなどを混ぜたヒアルロン酸注射による被害がよく見られます。安価で肌に吸収されないものがよいものと思っていたら大間違い! 「一度注入したら消えません」という売り文句は危険です。長時間分解されない異物が体内に存在すると慢性炎症の原因となり、「異物性肉芽腫」という固まりが皮膚の中にできてしまいます。これは手術で取り除かなくてはなりません。多くの医師は安全性の高いヒアルロン酸を使用していますが、粗悪な製品もありますので事前に確かめるのが賢明です。また、注入する製品も大切ですが、技術はそれ以上に重要。ただ注射をすればよいのではなく、適切な深さに適切な量を入れることが重要かつ長持ちの秘訣(ひけつ)です。

コラーゲン、食べても飲んでも増えません。

 ヒアルロン酸同様、肌の潤いを保ち、ハリを与えているのがコラーゲン。高級食材、フカヒレを食べながら、「コラーゲンがたくさん入っているから、明日はお肌プリプリになります」と出演者が話すテレビ番組を見たことがあると思います。また、コラーゲンドリンクを飲むと、コラーゲンが増えシワがなくなると思い、毎日飲んでいる人も多いのではないでしょうか。しかし、飲んだコラーゲンが、どのような経路で皮膚に届き、どうやって増えるのかは誰も答えられません。そうです。食べても、飲んでも、皮膚のコラーゲンが増えることなどありえないからです。コラーゲンを摂取すると、消化の過程で数種のアミノ酸に分解されて体内に吸収されます。これらは血液の流れに乗って体内をめぐり、アミノ酸が不足している部位で使用されてしまいます。ですから、一端アミノ酸になったものが、皮膚のコラーゲン作りに使用される保証はゼロに等しいのです。
(略)
 コラーゲンは、アンチエイジングを効能とする化粧品には昔からよく配合されていました。現在でもコラーゲン配合の化粧品は高価です。しかし、塗っても皮膚の真皮のコラーゲンは増えません。ただし、コラーゲン、ヒアルロン酸、セラミドなどが入っている化粧品は、保湿効果には優れているので、乾燥防止には有効です。特に目の周りの小じわの多くは乾燥が原因で起こります。真皮のコラーゲンやヒアルロン酸を増やすには、直接注射で注入する方法が一番です。最近では、30代後半からシワができ始めるころにこれらを注入して増やす、シワ予防のための治療もはやっています。シワも完全にできてからでは手遅れ。早期治療が大切です。
(略)

まあスープなどにコラーゲンが多めに入っていますとトロトロ効果で麺や具材にもよく絡み保温にも有効なようですから、栄養学的あるいは美容的見地からはともかく味覚的な意味合いはあるのかなとも思うのですが、関節痛などに効能があるかのように言われているグルコサミンなども経口摂取でまず効果は期待出来ないと言い、この同類と考えてよさそうですよね。
良くしたものでちゃんとしたメーカーのCMなどを見ると「コラーゲンはお肌の張りを保つ重要な成分」「お肌のコラーゲンは年齢とともに減少する」「ところで本商品にはその大事なコラーゲンがこんなに!」式の疑似三段論法で、実はコラーゲンを経口摂取すれば肌の張りがよくなるとは言っていないようですけれども、一般的には誤解を招きかねない表現で高いものを売りつけるのはあまり感心される商売のやり方でないとは思います。
それでも代価として法外な金額を要求するだとか、身体的に有害性があると言うことでなければまだしもプラセボ的効果も込みで許容される余地はあって、先日は昨今話題の水素水が何ら有効性がないと言う大人げない告発的記事なども出ていましたけれども、テレビでの「バナナは○○によい」発言で店頭からバナナが消えるレベルの話と受け止めておけばそう目くじらを立てずともよかろうと言えるかも知れません。
逆に言えば明らかに詐欺的意図で無価値なものを高く売りつけるだとか、有害性のあるものを健康にいいなどと称して摂取させると言うことであればこれは問題で、先日話題になっていたのがこちらのニュースですけれども、仮にこれが全く別件で発生した出来事だったとしても全く無関係な話とは受け取られないだろうとは、今までの売り込み方に伴う当然の反動として予想されるところですよね。

桐山秀樹さんの急死で波紋 「糖質制限ダイエット」専門家はリスク指摘(2016年2月16日zakzak)

 ご飯やパンなど炭水化物を控える「糖質制限ダイエット」の第一人者として知られたノンフィクション作家、桐山秀樹氏が今月6日、心不全のため61歳で急死したことで波紋が広がっている。桐山氏の関係者は死因と糖質制限との関係を否定しているが、専門家からは、極端な糖質制限を長期に行うリスクを指摘する声も上がっている。

 糖質制限とは、ご飯やパン、麺類、ジャガイモなど炭水化物(糖質)の多い食品を食べない糖尿病患者のための食事療法。糖質だけを控えれば肉や魚は制限なく食べてもよく、カロリー計算のいらない手軽さから糖尿病患者だけでなく、ダイエットをしたい人にも人気となっている。
 桐山氏は糖質制限食の実践者として、中高年向けのダイエット本を多数出版。夕刊フジでもその効果について「医者いらずで糖尿病を克服し、メタボからも脱出できた」などと語っていた。

 一方、糖質制限食をめぐっては、日本糖尿病学会が「総エネルギー摂取量を制限せずに炭水化物のみを極端に制限して減量を図ることは、長期的な食事療法として安全性などの重要な点についてこれを担保するエビデンス(科学的根拠)が不足している」などと指摘。「現時点では勧められない」とする提言を公表している。
 これに対し、桐山氏は2013年4月の夕刊フジへの寄稿で反論した。糖尿病治療にはこれまで、カロリー制限食と薬物療法が用いられてきたものの、糖尿病腎症で透析などに陥る患者が後を絶たないなどと主張。「なぜ、肥満解消を含め効果の出ている糖質制限のみを否定するのか」「私は断固支持し実践し続ける」と結んでいた。

 糖質制限食の効果を宣伝してきた“生き証人”の突然の訃報は、衝撃を持って迎えられている。
 桐山氏の公私にわたるパートナーで文芸評論家の吉村祐美氏によると、桐山氏は今月5日朝に仕事場がある神戸市のマンションを出発。6日朝に東京都内のホテルの室内で発見されたという。死因は心不全。吉村氏は夕刊フジの取材に、糖質制限と死因との因果関係について「関係ないと聞いている」と否定した。

 こうした中、専門家からは糖質制限が及ぼすリスクを指摘する声も上がる。
 山野医療専門学校副校長で医学博士の中原英臣氏は「脳の活動を維持する栄養素となっているのがブドウ糖で、私たちは砂糖などを通じて摂取している。それを取らないということが『体にいい』とはいえない。さらに、長期的に摂取しないともなれば、個人差はあっても、体にいろいろな影響が出ても不思議はない」と話す。「健康的にやせるには、バランスの取れた食事をし、運動でカロリーを消費するということが基本だ」と中原氏は強調している。

糖質制限食の功罪に関してはとりあえず現状ではエヴィデンス不足と言うしかないと思うのですが、記事にもあるように「肉や魚は制限なく食べてもよく、カロリー計算のいらない手軽さ」から食事制限がうまくいかないタイプの方々に対しては一定程度有効な可能性もあって、少なくとも短期的な利用に関してはもう少し検討していく価値がありそうには感じられます。
ただやはり特定栄養素を極端に制限すると言うことの長期的な悪影響がどうなるのかで、特に知られているように脳などは基本ブドウ糖しか利用出来ないと言う点で影響があるのではないかと言う懸念はもっともですし、糖質さえ制限すればいいのだと肉や揚げ物ばかり食べていた結果脳卒中になってしまったと言うケースもあるようです。
そもそも糖質制限なるものに飛びつく人と言うのがどんなタイプなのかと言えば、恐らく健康的で理想的な食生活をしていると言う人は限りなくゼロで、食事制限などおよそ厳密には守られそうにない方々が「これなら出来るかも」と飛びついているのだろうと考えると、仮に血糖値を上げないと言う点には一定程度の効果があったとしても、全身的総合的な健康増進に結びつくかどうかは疑問の余地が大いにあるはずです。
要するに糖質制限をするにしてもどの程度の摂取量が最良最適なのかと言う検討はいるのだろうし、その他の食事に関しても何でも好きなだけではなくやはり一定のバランスと言うものがあるだろうと言うことなんですが、この種の流行りものの常として「糖質以外食べ放題」などとキャッチーなコピーばかりが先走ってしまい、余計なトラブル頻発で問題視され消えてしまうのでは真面目な推進派の方々にとっても不本意でしょうね。

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2016年2月23日 (火)

貧困対策とはお金を出せば終わりと言うものではなく

このところ生活保護受給者の増加が非常に大きく取り上げられるようになっていて、各地で受給者のギャンブル制限策が試みられるなどかなり積極的な対応が為されていますが、「太陽光発電の一戸建てに車3台、ローンに加え生命保険料月額7万円で困窮したから生保受給希望」など、ギャンブルに限らず生活面で明らかに問題があるだろうと言うケースも報じられていて、こうした報道が出ること自体時代の変化と言えますよね。
当然ながらあまりに悪質なケースに関しては支給の停止や保護費の回収と言った措置も執られていますが、例えば生保天国と名高い大阪界隈では不倫相手との出会いの場としてマンション契約するために受給していたなど斜め上なケースもある一方、返還を拒否しても罰則がないなどの理由で回収を断念した保護費が28億円に登るなど、これも決して順調とは言えないようです。
基本的に生活に困窮し緊急性があるから受給申請をすると言うのが建前である以上、窓口で対応や審査に当たる担当者の不足と言う問題を抜きにしても一定程度不適切な支給が発生するのは避けられないとは思うのですが、こうした問題の解決策としても意味があることとして最近各地でこんな貧困対策の試みが行われつつあるようです。

【東京】貧困家庭 食で助けたい フードバンク、行政介さず直接支援へ(2016年2月7日東京新聞)

 貧困を見過ごせず、自ら行動を始めた狛江市の主婦、田中妙幸(たえこ)さん(62)が立ち上げた「フードバンクを考える会」が七日、NPO法人の設立総会を開く。今後、貧困家庭に直接支援するなど活動の幅を広げる方針という。

 フードバンクは、個人や企業から寄贈を受けた食料を、生活が苦しい家庭などに届ける活動。昨年十一月に全国組織「全国フードバンク推進協議会」が設立され、注目されている。
 田中さんも「困っている人を放っておけない」と、昨夏、フードバンクを考える会を作った。市の機関に相談に訪れた生活困窮者が求めれば、行政から連絡を受けて食材を届ける仕組みを確立。これまで二十四世帯に四十回近く、お米や缶詰、レトルト食品などを届けてきた。
 だが、活動を通して、多額の借金を抱えている場合など、公的機関との接触を避けたり、助けを求められなかったりする貧困家庭の人々にも出会った。田中さんは「本当に困っている家庭にこそフードバンクを知ってもらい、利用してほしい」と話す。

 NPO法人の申請には設立総会の開催が必要とされ、申請から数カ月後に都の認証が得られる見込み。法人化後は、さまざまな市民団体などと協力して、行政を介さずに直接連絡を受ける相談体制を確立する方針。資金管理を強化し、より広く活動できる団体を目指す。
 夫の究(きわむ)さん(64)の協力も得ながら支援の輪を広げたいという。田中さん夫婦は「社会で支え合い、貧困を解決したい」と話し、気持ちを新たにしていた。 (木原育子)

子どもの貧困 堺市が食事無償提供する食堂を来年度設置へ(2016年2月10日毎日新聞)

 堺市は、経済的な事情で食事が十分に取れない子どもたちに食事を無償提供する「子ども食堂」を来年度から設置するため、新年度当初予算案に500万円を計上した。民間団体から委託先を公募して夏にもスタートさせ、月1回以上開設する。市によると、民間団体による取り組みは全国で広がっているが、自治体が予算を組んで実施するのは珍しいという。
 首都圏の33の子ども食堂運営団体が加盟する「こども食堂ネットワーク」(東京都)の事務局は「自治体が子ども食堂を開設する例は聞いたことがない」と話している。

 2012年の国民生活基礎調査によると、17歳以下の貧困率は16・3%で、子どもの貧困や孤食は全国的に問題になっている。
 堺市は子ども食堂を平日の夕方に地域会館などで開き、中高生までの子どもには無償で提供、大人には実費の約300円を払ってもらうことを検討している。学生ボランティアらと連携し、食事だけでなく宿題などの学習支援も視野に入れている。

 初年度は孤食や貧困の実態を探り、再来年度以降は市が運営費の全額を負担するのか、民間団体の活動費の一部に補助を出すのかなど実施方法を検討する。
 堺市子ども企画課は「食を切り口にして、子どもの貧困問題の解決に向けた取り組みに生かしたい」と話している。【椋田佳代】

特に堺市の試みなどは公的に行われていることもあって非常に期待すべきことで、将来的には子供だけではなく大人に対しても段階的に拡充されていくことが期待されるところですが、貧困世帯に対して金銭による支給を行う場合いわゆる不正受給の問題を抜きにしても、パチンコや飲酒であっと言う間に散在してしまったり月々の家計管理を適正に出来ないと言うことが言われています。
以前にホームレスの1/3は知的障害者であったと言う調査結果もあり、そもそも適正な生活設計が出来ないから生保受給者に転落してしまうのだと言う声もありますが、病気と考えるにせよ不適切な生活習慣と考えるにしろ周囲の適切な支援の対象となるべきだし、その意味では生保はそもそも現金支給ではなく現物支給であるべきだと言う声が次第に高まっているところです。
つい先日フランスでは売れ残った食料品を貧しい人に寄付することを義務づける法律が満場一致で成立したそうですが、日本でも「今日食べるものもないんです!」と言う生活困窮者には当座食料を支給する制度を開始したところ対応が早いと感謝されるばかりでなく、不正受給の抑制などで生保関連のコストも抑えられたと言う実例があり、もっと活用できそうな話ですよね。
最近では生保受給者増加のみならず保護費増大の源流対策としてかかりつけ病院・薬局を持つことやジェネリック義務化、さらには日常の食事や運動など予防医療にまで踏み込んだ保護費抑制も行われ始めていますが、受給者の大多数を占める善良な生保受給者からは感謝されコスト削減にもつながり、医療機関にとっても不要不急の受診が減らせると言う一石が何鳥にもなる方法論としてさらに広まって欲しいものです。

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2016年2月22日 (月)

介護現場と介護報酬改定の微妙な関係

このところ川崎の老人ホーム連続転落死事件に関連して元職員が殺人容疑で逮捕されると言う展開が話題になっていますが、事件報道を見ていてお気づきの通り単なる刑事事件としてのみらなず、背景にある介護現場の劣悪な労働環境に対しても注目が集まるようになっています。
もちろん犯罪行為に対して何でもかんでも環境要因に帰することもどうなのかですが、件の老人ホームでは職員が定着せず介護経験3年未満の職員が実に6割に達し不慣れな職員が多かったこと、そして全国的に見ても介護現場として決して例外的な状況ではなかったことなどが報じられますと、やはりスタッフの質の問題が背景にあるのではないかと言う声も出てくるのは仕方が無いところですよね。
となると今までの流れからして介護報酬をさらに引き上げ、一段と介護スタッフの待遇改善を進めようと言う意見も出るだろうと思うのですが、16年度の介護保険料が過去最高を更新する見込みと報じられるなど介護支出が一段と現役世代の負担感としてのし掛かりつつある中で、介護サービスを縮小していく方向で話が進んでいるようです。

要介護1、2の生活援助サービスが全額自己負担になる?(2016年02月10日SUUMO介護)

厚生労働省は1月、介護保険制度で「要介護度1、2」の人を対象とした訪問介護サービスのあり方を見直す方針を明らかにしました。掃除や洗濯、買い物、薬の受け取りとなどの生活援助サービスを介護保険の給付対象から外し、原則全額自己負担とすることを検討しているそうです。
(略)
厚生労働省 「平成24年介護サービス施設・事業所調査の概況」によると、要介護1、2認定者による生活援助サービス利用率は「自立支援のため見守り的援助」が55.9%、「掃除」が64.8%、「洗濯」が58.7%、「一般的な調理・配膳」が57.9%と、全体における半数以上を占めています。この状況をうけ、財務省も介護度が低い人への自己負担増を求めていました

要介護1、2の認定者数

厚生労働省の「介護保険事業状況報告(暫定)」(平成27年9月分)によると、第1号被保険者数は約3340万人。そのうち要介護認定者数は約616.4万人で、要介護認定1は約120万人、要介護認定2は約107.4万人となっています。この見直しが実施されることとなれば、要介護度1、2の人数を合わせた約227.4万人以上が生活援助サービスの全額自己負担の対象となります。

目的は社会保障費の抑制

今回の見直しは、膨らみ続ける社会保障費を抑えることが最大の狙いです。2月の社会保障審議会で議論を開始し、早ければ2017年度にも実施されるそうです。利用者の負担を緩和するために、自治体が実施している家事支援サービスの充実も検討しているそうですが、利用者やその家族への体力的、経済的負担増は避けられないといえそうです。
(略)

軽度者サービス、見直しへ=介護保険から除外も-厚労省(2016年2月17日時事ドットコム)

 厚生労働省は17日、社会保障審議会(厚労相の諮問機関)の介護保険部会を開き、介護保険制度で介護の必要性が比較的低い「軽度者」と認定された高齢者が使うサービスについて、見直す考えを示した。増え続ける保険費用の削減が狙い。

 具体的には、高齢者の自宅を訪問して買い物や掃除といった家事を代行する「生活援助」を介護保険の対象から除外し、全額自己負担とすることなどを想定する。年内に結論を得て、2018年度から実施したい考えだ。 
 見直し対象は、5段階ある要介護度のうち、1や2に認定された軽度者向けのサービス。政府の経済財政諮問会議が昨年、「サービスの見直しや負担の在り方を含めて検討すべきだ」と提案していた。

 ただ17日の部会では、「軽度者へのサービスを切り捨てることはできない」「(自己負担になると、利用を我慢する人が増えて)逆に要介護度を高めることになるのではないか」といった反対意見が続出。このため、今後の議論は紛糾も予想される。
 軽度者が使うサービスには生活援助のほか、トイレや食事を介助する「身体介護」がある。厚労省は身体介護について、見直しの対象外とする方針。

需要が供給を上回る状況にある以上、給付の削減は介護への財政的支出削減のみならず現場での需給バランス改善にも関わってくる問題と言えますが、ではこうした給付の削減によって介護現場がどのような影響を受けるのかと言うことが問題で、単純に仕事が減れば楽になるだろうと言うものなのかどうかです。
基本的に国にしろ自治体にしろ介護職員は不足している、もっとどんどん増やさなければと言って数の増加を図っている、その中で介護全般の支出削減を進めれば一人当たりの取り分が今以上に減るだろうと言う単純な計算も成り立つのですが、現状ですでに介護職員の賃金は全職業平均より月額9万円も低いと言う驚くべき数字も示されています。
以前にも中学校の公民の教科書で「介護は重労働で低賃金」とうっかり正直に書いてしまい出版社が業界団体から抗議を受けると言ったことがありましたが、先日もドラマで介護現場の厳しい状況を赤裸々に描きすぎ不要な理解が進みすぎると業界からクレームがついたそうで、もはや介護業界そのものがネタか?と思うような様相すら呈しているのが現状です。
近年は人手不足感の強い全国企業にとっても介護離職と言うことが大きな問題となってきていますが、介護のため転職を強いられた人の年収がおよそ半減していると言うように転職する側にとっても全くありがたい状況ではなく、出来れば専門のスタッフに安心してお任せ出来る環境の方が社会的にも望ましいのでしょうが、この調子では受け皿となる介護業界の永続性が危ぶまれかねませんよね。

一方で高齢者に対する給付削減は何であれケシカラン、むしろもっとサービスを拡充すべきだと言う考え方も根強くありますが、財政面での聖域無き改革の必要性が久しく叫ばれている中で高齢者関連だけを聖域視し、その結果としてワープア化著しい現役世代にこれ以上の負担増大を招くことは避けるべきでしょうから、少なくとも給付を求めるなら受益者も応分の負担をと言う流れは今後ますます拡大されそうです。
この点で先日興味深く拝見したのが日本の経済成長と言う観点から見て、現実的に最も多くのお金を持っているのが高齢者である以上高齢者ビジネスの成長が非常に大きな鍵を握っている一方で、高齢者ビジネスの場合その気になれば幾らでも食い物に出来る高齢者と言う弱者に対して、如何にフェアな商売を行うかが鍵になると言う記事です。
すでにオレオレ詐欺やあり得ない住宅リフォーム契約などが久しく以前から社会問題化していますが、そもそも適正なサービスとそれに対する応分の負担とはどの程度のものかと言うことを高齢者自身が正しく判断できないとなれば、公的サービスとして担保されている範囲が一つの目安になっている部分もあって、単純に財政的要請だけでその範囲を決めていくと思わぬ悪影響も出てくるかも知れませんね。
いずれにせよ実際にサービス提供を行っている介護現場が破綻寸前とも言える状況にあるとなれば、財政的負担や利用者側の要求に加え現場からの要請も考慮した難しいバランス取りが求められますが、介護報酬を削減していった結果各地で採算性の悪い事業所が閉鎖され、結果的に適正な規模に介護市場が縮小整理されると言うどこかの業界のようなシナリオを描いている向きもあるのでしょうか。

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2016年2月21日 (日)

今日のぐり:「中華そば しんたく」

以前からその行方が懸念されてきたあの事件について、先日こんな驚くべきニュースが入ったと話題になっていることをご存知でしょうか。

マレーシア航空MH370便のパイロットが2年ぶりに台湾で発見される(2016年2月10日ワールドニュースデイリーリポート)

2014年に消息を絶ったマレーシア航空MH370便の機長ザハリエ・アハマド・シャーハ氏(53)が、月曜日(2月8日)に台湾の病院で発見された。氏は現在、脱水症状や記憶喪失症などを患っているという。

シャーハ氏は、タングシュウイ川の土手に意識不明の状態で横たわっているところを、近くの村人によって発見され、台北の台安医院に運び込まれたという。

16時間後に意識を回復したが、氏は自分の名前やどのようにして台北までやってきたかを記憶していなかった。指紋の識別によって、シャーハ氏はすぐに特定され、多くのマスコミとアジア各国の政府が同氏に注目している。

治療にあたっている医師によると、シャーハ氏は、何か命に関わるような危険に晒された為に、逆行性健忘症(記憶障害)に罹っている疑いが強いという。

担当医のシード・ブン・スロング氏は「この患者は何か大きなストレス下にいた可能性があり、この記憶喪失症は無意識的な自己防衛反応といえるでしょう。また、患者は現在、大変衰弱しており、記憶の一部が患者にとって苦痛となるので、脳がその記憶へのアクセスを遮断しているように見られます。徐々に回復に向かえば、いずれ記憶を回復するでしょう」と述べた。

2014年3月8日に、12名のマレーシア人乗務員と12カ国227人の乗客を乗せたボーイング777ー200ER機が、クアランプールから北京に向けて飛び立ち、その後消息を絶ったという、マレーシア航空370便の真相について、シャーハ機長が記憶を回復し証言してくれる事を多くの人々が待ち望んでいる。

フィクションにしてもあまりに出来すぎなストーリーと言うしかないのですが、実はこのニュースはいわゆるネタサイトによる完全なフィクションであることが続報で明らかになっています。
本日は謎めいた件の事件が本当に解決される日を願う意味で、世界中からちょっとほんとうかどうか判断し難いような事件の数々を紹介してみることにしましょう。

アスファルトの下に「生き埋め」、新生児を救出 米LA(2015年11月30日CNN)

(CNN) 米ロサンゼルスでこのほど、歩道わきのアスファルトの割れ目の中に生後間もない赤ん坊が埋められているのが見つかり、通りがかりの人の通報で救出される出来事があった。警察は殺人未遂や子どもを危険にさらした容疑で親の行方を追っている。

発見者の姉妹は27日、歩道を歩いていて足元からかすかな泣き声が聞こえるのに気付いた。猫の声かもしれないとも思ったが、やはり赤ん坊の声に間違いないと考えて通報したという。

ロサンゼルス保安官事務所から駆けつけた警察官は、道路わきの割れ目に入れられ、上からアスファルトなどの破片をかぶせられていた女児を救出した。

赤ん坊は病院のものと思われる毛布にくるまれていたが、体は冷え切っていて、救急隊が現場で応急手当てをして病院に運んだ。その後の容体は安定しているという。

警察によると、まだ生後36~48時間しかたっておらず、命を取りとめたのは幸運だった。

ロサンゼルス郡には、親が事情を告げずに赤ん坊を病院や消防署に置いていくことのできる制度がある。住民は地元メディアの取材に対し、「赤ん坊を穴に捨てて置き去りにするなんてことが、どうしたらできるのか」と憤った。

まあ無事に救出されてよかったと言う結果なんですが、やはり作業をする際には周囲にもしっかり目を配ることが大事と言うことですかね。
昨年末には世界中でサンタクロースが大活躍だったと言う話ですが、こちらのサンタは意外な方向で活躍していたと報じられています。

ブラジルで「サンタ」がヘリ奪い逃走、警察が行方追う(2015年12月30日ロイター)

[リオデジャネイロ 28日 ロイター] - ブラジル南東部サンパウロで、サンタクロースの格好をした男がヘリコプターを盗んで逃走し、警察が行方を追っている。

当局によると、男は27日夜、クリスマス商戦の開始日とされるブラック・フライデーの「サプライズ」だとして、空港のエアタクシー・サービスからヘリをレンタル。ところが離陸後、パイロットにサンパウロ郊外の農場に行くよう強制した。農場には別の人物が待機しており、2人はパイロットを縛り上げた後、ヘリに乗って逃走したという。

パイロットは数時間後に自力で逃げ出し、警察に通報した。

サンタであればヘリではなくトナカイに乗るべきだろうと思うのですが、ブラジルではトナカイがいなかったことが互いにとって悲劇の始まりだったのでしょうかね。
周産期医療の発達は過去に想像も出来なかった様々なことを可能にしていますけれども、こちらそうした技術的飛躍なしに驚くべき偉業を達成した方のニュースです。

お腹がみるみる大きくなったインド男性 なんと“想像妊娠”(2016年2月14日ブレーキングニュース)

妊娠に対する強い願望やストレスにより、実際に妊娠していないのに妊娠同様の兆候が現れる想像妊娠。インドから男性患者の話題が飛び込んできた。『timesofindia.indiatimes.com』が伝えている。

インド西南部カリカット在住の52歳の男性は、大学院まで修了するも無職。2人の子の父親でもあるが「自分は妊娠している。お腹の中で赤ちゃんがキックするんだ」と家族に訴え続け、そのお腹は日に日に大きくなっていった。兄に連れられて行った精神科医の「男性が妊娠することはありません」の言葉にも耳を貸さず、症状は悪化。次第に「なるべく横になって、激しい運動は避けないとお腹の赤ちゃんに障る」と言い、吐き気、食欲減退など体の不調を訴えるようになった。

症状は6か月経っても改善せず、男性は定期的に医師のカウンセリングを受けるようになる。そのカウンセリングで、男性は若かった頃に同性と関係を持ったことを告白。性同一性障害や幻覚なども含め様々な検査が行われたが異常は見られず、「男性と寝たことで子供を授かった」と思い込んだことによる想像妊娠であると診断された。

男性の診察にあたったKMCT医科大学病院のP N Suresh kumar博士は「女性が妊娠した時にパートナーである男性が吐き気や体重増加など“擬娩症候群”に苦しむことは知られています。ただこの男性のように極端なケースは初めてです」と語る。男性は今では想像妊娠だったことを自覚し、服薬により症状は落ち着いてきている。想像妊娠の詳しいメカニズムはわかっていないものの、ストレスや思い込みも一因であることは間違いないようだ。

この症例の場合大きくなった腹部がどのような状態になっていたのかも非常に気になるのですが、単なる肥満ではないならどこがどう大きくなっていたのでしょうかね。
ここからは昨今ネタソースとして躍進著しい中国からのニュースが続きますけれども、まずは実際に見てみても嘘くさいと言うこちらのニュースです。

超常現象? 走行中の車、次々に宙に浮く 中国(2015年12月1日CNN)

(CNN) 中国・河北省で道路を走行していた車3台が突然、まるで見えない力に操られるように次々に宙に浮く現象を防犯カメラがとらえた。インターネットでは超常現象説や魔法説まで飛び交った。

謎の現象は河北省ケイ台市の交通量の多い道路で発生した。交差点に差しかかったワゴン車や乗用車3台が突然、車体の一部が宙に浮いたり跳ね上がったりして、1台が横転した。通行人が驚いて逃げ出す様子も映っている。

この瞬間をとらえた防犯カメラの映像がインターネットで出回り、さまざまな臆測に火が付いた。

しかし実際には、道路に落ちていた1本のケーブルが原因だったことが判明。このケーブルが付近を走行中の道路清掃車に絡み付いて、道路にわなが仕掛けられたような状態になっていた。ワゴン車の運転手は「徐行しながら直進していたら突然、持ち上げられた。清掃車にワイヤーが絡まって、そのワイヤーが自分の車の下にあったため、宙に浮いた」と話している。

幸いなことにけが人はなかった。

その様子はこちらソースの動画を参照いただきたいのですけれども、もはやドリフのコントか?と言うような不可思議な状況としか言い様がありません。
こちらある意味で非常に中国らしいと言うのでしょうか、これが通用するのですから大変なものですよね。

中国ネット広告「急募!受刑者の身代わり5年7カ月獄中、報酬320万元」(2016年2月13日大紀元)

 中国「楚天都市報」が、最近ネット上で話題になった広告を写真付きで紹介した。その内容は「受刑者の身代わりとなって刑務所に入る」だった。

 「急募」だというその仕事と条件は次のようなものだ。「受刑者の身代わり、25~30歳の男性1人、期間5年7カ月、報酬320万元(約5500万円)、入所前に一括払い。段取りは手配済み、

 驚きの広告内容だが、新唐人テレビが伝えた黒竜江省の王濱生元警察官によると、「身代わり受刑」は確かにあり、特に交通事故のケースが多いという。例えば息子や家族の擁護や、上司や経営者の事故を隠したりするためなど。また、公安交通部門が賄賂を受けて、加害者に代わって代理人に罪をかぶせることもあるという。

 さらに王氏は、「身代わり受刑は刑務所管理部門の職権乱用によるものだ。書類上の変更は一切せず、人を入れ変えたり、別の刑務所に移送したりしている。判決を受けたばかりの党幹部や役人が、仮釈放もなしにそのまま保釈された人もいる」と述べた。

 また身代わりを立てることができる犯罪者の条件は「人脈、権力、金を持つもの」だという。これらの不正がまかり通っている主な原因は、司法システムの不健全さ、監督管理の不届き、司法より力がある権力が上に立っていることだと指摘した。

 安徽省のネットユーザー「孤鶴」はミニブログで、「珍しくない話で、公然の秘密。身代わり受刑の話は何年も前からあり、主にQQなどのソーシャルメディアで噂されてきた」「共産党体制の下ではどんな奇異な悪事もあり得る。警察が罪のない人を勝手に捕まえて、拷問にかけ『自白』を取ることさえ平気だ。身代わり受刑は、悪事・不正のほんの一角に過ぎない」とコメントした。

中国ではこの種の話は決して珍しくはないそうですが、これだけ蔓延すると言うのは当事者にとっては案外win-winな関係であるものなのかも知れません。
最後に取り上げますのは同じくお馬鹿としか言い様がないニュースなのですが、まずは記事を紹介してみましょう。

カップ麺にコーラで胃腸に大量のガス発生、若者死にかける(2015年12月30日人民網)

ネット上で話題になっている曹くんという若者がいる。彼は寝る前にカップラーメン2袋を食べた後、コーラを2本飲んで、さらにポテトチップなどのスナックを食べたところ、お腹が張って強烈な腹痛に襲われ、胃がひっくり返りそうになった。病院で検査したところ、曹くんの胃腸にはガスがたまってパンパンにはれており、胃の中はまるで噴水のようになってることを医者が発見した。すぐに曹くんに胃管カテーテルを挿入し大量のガスを放出して、彼はようやく危機を脱することができた。重慶時報が伝えた。

この事件がネットで広まり、ネットユーザーの高い関心を集め、話題となっている。あるネットユーザーは曹くんは食べすぎで、あまりにも節度がなさすぎると評したが、ほとんどのネットユーザーはカップラーメンとコーラを同時に摂取したことが問題ではないかと注目している。別のネットユーザーは「カップラーメンとコーラを一緒に摂取すると大量のガスが生じ、お腹が張って腹痛を起こす」と直接コメントしている。このネットユーザーの説は本当だろうか?そこで先日、重慶工商大学の食品・生物工程専攻の教授であり、緑色食品研究院院長の唐春紅氏に取材し、実際にカップラーメンとコーラでテストしてもらい、ネット上で広まっている説について検証してみた。

唐教授によれば、結果はカップラーメンを食べた後に少量のコーラなどの炭酸飲料を飲んだところ、胃に発生するガスは少なく、普通の人であればゲップなどの生理的な反応ですぐに体外に排出することが可能で、体に与える影響はそれほど大きくなかった。しかし、カップラーメンを食べた後、すぐに1缶以上のコーラなどの炭酸飲料を飲んだ場合、胃の中に大量のガスが生じて、お腹が張って腹痛を起こし、体の不調を訴えた。ネット上で話題の若者の場合も、2袋のカップラーメンと2本のコーラという「摂取過多」から胃に強烈な反応を引き起こし、入院する羽目になったと考えられる。(編集TG)

それは確かにネット上で話題にもなろうと言う話なんですが、しかしこの食生活はそもそもハイリスクと言うしかありませんよね。
コーラと言うものの高い威力をまざまざと思い知らされた話ですが、危険ですので良い子は決して真似をしないようにお願いします。

今日のぐり:「中華そば しんたく」

福山市北部の大きなショッピングモールの近くに新しく出来たこちらのお店、近隣の派手な看板を並べた飲食店に比べるとかなり地味な印象ですよね。
お店の見た目にふさわしく?メニューもシンプルそのもので、焼きそばが目につくくらいで中華そばにチャーシュー麺、餃子にライスくらいしか置かれてないようです。

焼きそばがどんなものか気になったものの、まずは基本の中華そばを頼んでみましたが、脂身が浮いていて見た目は尾道系そのもので、濁らせない鶏系+魚介系の醤油味に平打ち麺と言うフォーマット通りの仕立てです。
臭みも濁りもなくすっきり丁寧に取られたスープで、同じ福山市内にある醤油ダレの濃いことで有名なお店などと比べますとダレの濃さも頃合いですし、やや柔らかめの平打ち麺とのバランスも悪くなく、何と言いますか真面目な感じのラーメンです。
少し遅れて出てきた餃子の方はごく普通の薄皮仕立ての焼き餃子で、中身のアンの味も悪くはないですが何とも特徴がなくそれなりと言うものですし、こういう場合先に餃子を出すつもりでちょうどいいタイミングになると思うんですが、ラーメンを食べ終わった頃に出てくるとちょと損した気分になりますよね。
ちなみにテーブルの上に並んでいる調味料なども昔ながらの定番のものばかりで、それだけに唯一「焼きそば」とだけ書かれたソースっぽい液体だけが謎めいていて、次回に来店の機会があれば必ず焼きそばを食べて見ようと言う気になります。

中華そばと言う名前通りバランスは取れているし害のない味ですが、ラーメンって不健康でなんぼだろ的な昨今の風潮からすると、新規出店のお店として考えるとちょっとヒキが弱い印象もありますでしょうか。
お客さんがまだ多くないせいか店員さんも少ないですし特別な愛想はないんですが、親父さんがまさに親父さんと言う感じで穏やかな雰囲気で、落ち着いて食べられるのはありがたいところです。

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2016年2月20日 (土)

自動車事故の大部分はヒューマンエラーが原因だそうです

先日多数の犠牲者を出した悲劇的なスキーバス事故は運転手死亡もあって調査も難航しているようですが、その事故原因を巡って山道には全く不適当な大幅な速度超過が最大の理由であると言うことはほぼ判明しているものの、何故そんな速度超過をするに至ったのかがはっきりしないようです。

なぜ減速できなかったのか? 運転手死亡で原因究明に高い壁(2016年2月16日産経新聞)

 長野県軽井沢町のスキーバス転落事故は2月15日で発生から1カ月を迎える。これまでの県警の捜査で、速度が一時96キロに達するなど事故直前のバスの異常な挙動が明らかになった。最大の謎は「なぜスピードを制御できなかったか」という点だ。ギアがニュートラルに入ってエンジンブレーキが利かない状況だったことが分かっており、県警は運転ミスが原因との見方を強めるが、運転手が死亡していることなどが原因究明のハードルとして立ちはだかっている。
(略)
つかめぬ事故状況

 なぜ減速できなかったのか。一般的に事故車両と同型の大型バスを減速させる際は、ギアを低速に切り替えてエンジンブレーキと補助ブレーキを作動させ、最後にフットブレーキで速度を落としきる。しかし、ギアがニュートラルだとエンジンブレーキと補助ブレーキが作動しない

 フットブレーキを多用すると部品が過熱して利きが悪くなる「フェード現象」が起きるが、こうした現象が起きた痕跡はなかった

 このバスはエンジンが壊れるのを防ぐため、ギアを低速に無理に変えようとすると、自動的にニュートラルになるように制御されていた。死亡した土屋広運転手=当時(65)=は大型バス運転の経験が乏しく、「パニックになってしまった可能性がある」と捜査関係者は指摘する。
(略)

事件の第一報を聞いて真っ先に思い浮かんだのが満員乗車の下り坂と言うことで、フットブレーキのかけ過ぎでブレーキが利かなくなる「フェード現象」ではないかと思ったのですが、今のところそれが主原因ではないらしいと言う話ですからさて何が理由なのかですが、風の噂に聞くところではどうもこのタイプのバスそのものの構造的な原因があるらしいのですね。
記事にもあるようにこの車輛はエンジンが一定回転数以上にならないように、回転数が上がりすぎるとギアが勝手にニュートラルになってしまう仕組みなのだそうですが、そもそも低いギアならばともかく高いギアに入れておくと下り坂で車輛速度をコントロール出来るほどエンジンブレーキが利かないのだそうで、慣れたドライバーは上り坂から下り坂に差し掛かるところで十分に速度を落としギアも落とし、予め速度を上げないようにしておくのだそうです。
では仮にそうした事情を知らない人間がうっかりギアを落とさないまま下り坂に差し掛かってしまえばどうなるのかで、フットブレーキでは速度をコントロールできず次第に速度が速まっていく、そしてギアを落とそうにも入らずいずれ勝手にニュートラルになってしまい、ますます速度が上がっていくと言うことで、まさしく今回の事故のように際限なくスピードが増してついには事故を起こすしかないと言う状況に陥ってしまうのは必然ですよね。

通常機械の設計と言うものは何か人為的なミスがあってもそれを大事につなげず、機械そのものが状態悪化を収束させる方向で作っておかなければならないはずなのですが、実際にこうした仕組みになっているのだとすれば何故そんな事故を誘発しかねない設計にしているのかと疑問に感じるところで、メーカーとしても何らかの対策を考慮すべきなのではないかと言う気がします。
ともかくも今回の事故にしても車輛の構造に不慣れなドライバーが事故の一因となったことは十分可能性がありそうなのですが、こうしたヒューマンエラーに対する事故防止対策として最近話題になっているのが人口知能による自動運転技術で、最近ではあちらこちらで試作車が走り出していると言うニュースと同時に、しばしばこれも事故を起こしていると言うニュースも流れていますよね。
日本では今のところ人間のドライバーが同乗していなければ自動運転の車両は公道を走れないのだそうですが、それでも自動運転中に事故でも起こったときに一体誰の責任になるのかと言う点は非常に気になるところで、先日アメリカでこんな注目すべき司法判断が出たと報じられていました。

“自動運転の人工知能はドライバー” 米運輸省が初判断(2016年2月10日NHK)

アメリカで自動運転のルール作りが進むなか、アメリカ運輸省は、IT企業のグーグルが開発を進めている自動運転のための人工知能をドライバーとみなす初めての判断を示しました。
これは、アメリカ運輸省の道路交通安全局がグーグルの開発担当者に宛てた文書を公開して明らかにしたものです。

この中でアメリカ運輸省は、自動運転のための人工知能について、「伝統的な観点から見るとドライバーではない」としながらも、「人の存在なしで車が運転しているであれば、実際に運転しているものをドライバーだとみなすのが合理的だ」として、ドライバーとみなす初めての判断を示しました。

自動運転のルールを巡っては、カリフォルニア州の運輸当局が去年12月、安全を確保するため車には運転免許を持ったドライバーの存在が必要だという独自の規制案を公表したばかりでした。

IT企業のグーグルが開発を進めている人工知能をドライバーとみなすという今回のアメリカ運輸省の判断は、今後本格化する自動運転のルール作りに影響を与えそうです。

日本では2020年の実用化を目指して各企業団体が開発にしのぎを削っていて、その背景にはヒューマンエラーを起こさない自動運転なら事故が減ると言う期待もあるそうなんですが、それでも実社会に出てくれば予期せぬ事故は必ず起こるのだろうし、その場合同情している免許所持者が責任を取るのか、それとも車の所有者なのか、はたまた自動車メーカーなのか、これは非常に大きな問題ではありますよね。
金銭的な補償に関しては自動運転車専用の保険なりを用意すれば何とかごまかしは利くのかも知れませんが、人身事故等を起こした場合刑事責任を問われる場合もあり、また当然ながら道義的な責任と言うものもあるわけで、現実的に社会的責任を負えないものに人格を認めると言うのはどうなのか?と感じずにはいられません。
この辺りは誰か責任を取る人間が同乗することを前提に、あくまで道具扱いにしておく方が現行法との連続性では簡単な話になりそうなんですが、ただ将来は田舎で運転手のいない老人世帯などの移動手段として活用したいと言った場合、わざわざ運転手を用意すると言った手間が必要であればあまり自動運転の有り難みがないのも確かですよね。

自動運転を巡って予期されているトラブルの一つとしてもう一つ、どのような選択肢を採ったとしても事故を避けられない場合に機械はどう判断すべきなのか?と言う問題があって、例えば狭い道路で対向車が突進して来た場合など、衝突を避けようとすると歩道に突っ込んで歩行者を轢かなければならない状況と言うものは実際にあるはずです。
こうした場合犠牲者がより少ない方を選択させるべきなのかそれとも他に判断基準があるのか、そもそも一瞬でそんな価値判断を機械が行えるものなのか、そして機械の判断と言っても実際には設計したメーカーの判断に過ぎないものを妥当であると誰がいつ判断するのかなど様々な疑問が湧くのですが、こうした話は恐らく一つの正解などない問題なんだろうと思いますね。
とあるメーカー担当者が「年間4000人の死亡事故が自動運転の普及で2500人に減り、そのうち自動運転車による死亡事故が500件あったとして、社会は『自動運転のおかげで1500人の命が救われた』ととらえるのか?それとも『自動運転車のせいで500人の命が失われた』ととらえるのか?」と社会の側に質問を投げかけたそうですが、恐らく社会の判断をもっとも明確に示すことになるのは保険料が幾らになるかと言う点だろうと思います。

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2016年2月19日 (金)

働かないで暮らすと言う選択肢の社会的位置づけ

ひと頃からロハスだ、スローライフだと言うことがかなり流行していましたが、最近こんな生活を送る人がじわじわと増えていると報じられています。

あくせく働かない“山奥ニート”増殖中…新しいライフスタイル?自由気ままに暮らしたい(2016年2月15日産経新聞)

 和歌山県の山間部で地元の人たちの仕事を手伝いながら、わずかの収入で自由気ままに生活している若者たちがいる。あくせく働かず、自然に恵まれた環境で好きなことをしながらゆったり暮らす“山奥ニート”たち。かつて引きこもりだった者もおり、「楽しく暮らすのが一番」「ニートは恵まれている」と話す。そんな彼らに地元の人たちも好意的だが、果たしてこうした「自由な生き方」は長続きするのだろうか。(兵頭茜)

楽しく暮らすのが一番

 1月中旬、和歌山県田辺市五味の畑で、2人の若い男性がクワをふるっていた。“山奥ニート”を自称する石井新さん(27)と三好芳彦さん(26)だ。
 この日は近くの社会福祉法人の依頼で、入所者とともに畑を耕した。無言で黙々と土を耕す2人。隣には自分たちの畑もある。
 和歌山市から車で走ること約2時間半。彼らが暮らすのは山間地域の限界集落だ。住居は廃校となった小学校の校舎を改装して使っている。この校舎は、ひきこもりの人を支援するNPO法人「共生舎」の所有で、代表が死去したため、石井さんらは、管理人として移住してきたという。
 ニート仲間の住人は現在4人。いずれも20代の若者で、近所の住人の手伝いをして得た収入などで暮らしている。
 厳密に言えば、彼らはニートではないかもしれない。それでも石井さんは「収入は少しあるけど、楽しく暮らすことが一番大事だと考えている。そういう人種を呼ぶわかりやすい言い方がない」といい、自ら“ニート”を名乗っている。

ひと月2万5千円

 梅の実の収穫を手伝ったり、草刈りを手伝ったりと普段は力仕事が多い。彼らを除く地域の住人はわずか8人で、平均年齢は約70歳。住人から見たら孫ほどの世代の彼らは、若い男手として頼りにされる。「いてくれるだけでありがたい」という住人もいる。
 「最低2万5千円あれば、ひと月暮らせる」と石井さん。家賃が必要ないのが大きいという。しかし、近所の手伝いだけでは生活費が不足することも。そんなとき、メンバーは“出稼ぎ”に出るのだという。
 地方の観光地やリゾート地で短期間のアルバイトをし、必要なだけ稼いだらまた山奥に帰ってくる。この日も4人のうち1人は出稼ぎに出ていた。「なくなったら稼げばいい」。石井さんは笑顔で話した。

引きこもりから卒業

 実は「特別田舎暮らしが好きというわけではない」という石井さん。「できれば都会と同じように暮らしたい」といい、持ち込んだパソコンでインターネットを利用している。ネットがあれば、山奥でも必要なものはたいてい手に入る。「(ネット通販の)アマゾンを使えば2日で届く。ネットさえあれば、実際暮らせますよ」と笑う。
 また、住人で漫画など娯楽をシェアすることで、暇つぶしも共有できる。「しゃべらないけど気にならない。もともとみんな1人が好きなので」
 石井さんは関東で大学生活を送っていたころ、引きこもりがちだったという。そんなとき、「誰かとつながらなければ」と思い立ち、ネットを通じて知り合ったのが、今も一緒に暮らす男性だ。
 ネットでの交流を通じて意気投合した男性に誘われ、石井さんは思い切って縁もゆかりもない田辺市に来た。「ニートだから失うものがない。だからここに来ることができた」という。

「こんな生き方」発信も

 若者たちは、今では住人から「ここを乗っ取ってほしい」といわれているそうだ。石井さんも「農業など色々なことを手伝いながらノウハウを学び、いずれは自力で生活できるようになりたい」と話す。
 それでも、「ニートって恵まれている。そのことを自覚して、楽しまなければもったいないと思う」と、楽しみを最優先する考え方は変わらない。
 「うまくいけば社会貢献にもなるかもしれない。こういう新しい働き方もニートならではでは」「『年を取ったらどうするの?』とよく聞かれるが、ここの住人はほとんど高齢者。住人を見てたら生活できているし、『何とかなるだろう』と思います」。そう言って笑う。
 楽観的なようだが、先を考えていないわけではない。「今後、ニートは増えると思う。そんな人にこんな生き方もあると提示できるのでは」ともいう。
(略)

いわゆるニートとは厳密には違うのだろうし、ある程度の財政的な裏付けがなければスタート時点で躓きかねない部分もあるのでしょうが、田舎では田舎なりに何とか生きていける方法があると言うことなのだろうし、それを許容できるのであればこうした生き方もまたありなんだろうと言うことですよね。
将来的には年金や医療などをどうするのかと言う現実的な課題もあるはずなのですが、人付き合いが苦手で一般的な生活では対人関係などでやっていけないと言う人たちにとっては選択肢を広げることにもなり、また田舎や僻地にとっては様々な点で若い人口が増えることは歓迎されるだろうと言う点で、ギブアンドテイクの関係が成り立つ余地がありそうです。
こうした自ら望んでの田舎暮らしと言うもの、昔から全国各地で一定数の方々は存在していたはずですが、それが改めて取り上げられている理由としてやはりスタート地点としてニート等に代表されるように、従来的な生活様式ではいわば落伍者とされてきた人々が立派に暮らして行けていると言う点が大きいのではないかと思いますね。
特にネット界隈では相対的にニート人口比率が高いと言うことなのでしょうか、ニートと言う言葉にはシンパシーあるいは反感等々様々な反応が出て大きな話題になりやすい傾向があるように感じますが、先日出ていて大きく取り上げられていたのがこちらのニュースです。

働かない働きアリ 集団存続に必要 働きアリだけは滅びる(2016年2月16日毎日新聞)

 コロニー(集団)の中に必ず2〜3割いる働かない働きアリは、他のアリが疲れて動けなくなったときに代わりに仕事をし、集団の長期存続に不可欠だとの研究成果を、北海道大などの研究チームが16日、英科学誌「サイエンティフィック・リポーツ」に発表した。

 これまでの研究で、働くアリだけのグループを作っても、必ず働かないアリが一定割合現れることが確認されている。仕事をする上では非効率な存在で、働かないアリがいることが謎だった。

 自然界では、働きアリが全て同時に働かなくなると、必要な卵の世話が滞ってそのコロニーが滅びてしまう。チームは日本全国に生息するシワクシケアリを飼育し、1匹ずつ異なる色を付けて個体識別した上で1カ月以上にわたって8コロニーの行動を観察。最初よく働いていたアリが休むようになると、働かなかったアリが動き始めることを確認した。

 さらに、コンピューターシミュレーションで、1コロニー75匹の働きアリが全て同じようによく働き、疲れがたまるペースも一緒のケースと、働き度合いがばらばらのケースを比較。勤勉なアリだけのケースでは一斉に疲労で動けなくなってコロニーが滅びてしまうのが早く、働かないアリがいる方が長続きする傾向があった。

 チームの長谷川英祐・北海道大准教授(進化生物学)は「働かないアリを常駐させる非効率的なシステムがコロニーの存続に欠かせない。人間の組織でも短期的な効率や成果を求めると悪影響が出ることがあり、組織を長期的な視点で運営することの重要性を示唆する結果ではないか」と話す。【大場あい】

この働かない働きアリ問題と言うものは以前から各方面で注目されていて、それをテーマにした様々な物語なども生まれている興味深い話題なのですが、そもそも働くことを生まれついての使命としているかのように思われている働きアリが働かないと言うのが面白い話ですし、他人の働きをかすめるだけで集団の繁栄に何ら寄与していないように見えるアリが何故進化の途上で淘汰されなかったのかが謎ですよね。
働かない働きアリだけを集めると一定数は働き始め、そして一部はやはり働かないままであると言うことで、そこに何らかの意味があるのだろうとは言われてきたことですが、今回の研究では働かないアリが働くアリが疲弊した時の代替戦力として活躍しているらしいと言う、ある意味で納得出来る結果だと言うことです。
生物学的な意味でも興味深い話ではありますが、ネット上ではこれを称して「世の中はニートを必要としている!」「彼らは存在するだけで社会の役に立っていたのだ!」云々と盛り上がっているようで、これによってニートの方々が励まされたと言うのであればこれは思いがけない研究の副産物だと言えるのでしょうか。

ただ注目すべきなのは働かないアリがずっと働かないままであると言うわけではなく、働いているアリが疲れて働けなくなった時には代わって働き始めると言う点で、これを称して一部には「オレも明日から本気出す」云々と妙な暗号めいた文言も飛び交っているようです。
本来のニートと言う言葉の定義はともかく、現代日本ではほとんどの場合親に依存して引きこもり生活を続ける若年無職者的なイメージで捉えられているようで、冒頭の記事にあるように無職ではあってもきちんと生活を営んでいる方々や、若くして株で大儲けした結果積極的に引きこもっているような例外もありますが、多くの場合は親を始め他の誰かの稼ぎに依存して生きていると言えますよね。
となれば当然ながら働き者の働きアリならぬ親その他の稼ぎ手が稼がなくなってしまえば、自ら食い扶持を稼がない限りは飢え死にするしかないのも当然なのですが、多額の年金を受け取ってきた親世代が死に絶えた後の中高年ニートの行く末がすでに社会問題化しつつあるように、彼らがいざその時になって「いよいよ本気出す」かどうかは今後大いなる社会的関心事ともなりそうです。

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2016年2月18日 (木)

社会的に賛否両論な体育会系の現状

先日妙に話題になっていたのがこちらの記事ですが、確かにこれは意見が分かれそうな記事ですよね。

「運動部未経験の男は使い物にならない」で議論勃発 ネット民からは「スポーツは単なる遊び」と反発の声も(2016年2月13日キャリコネ)

就職では依然として強いと言われている「体育会系」の人材。体力があり、上下関係に厳しいといった点が歓迎されているようだが、そうした中、ネットに「運動部未経験の男は使い物にならない」という投稿が寄せられ、議論が起きている。

2月5日、ある男性ユーザーがツイッターにこんな投稿をツイートした。

    「俺の観測範囲では運動部に所属していた時期が全然無いような男はかなりの確率で使い物にならないから、俺が選んでいいなら全くやってなかった奴は他によほど良いところでもない限りは採用しないかなぁ」

「男なら普通やること」をやらずに育った奴を仲間に入れたいか

運動部で何が育まれるのは「わからない」としながらも、とにかく運動部に全く入ってこなかった、というのが問題なのだという。

    「エリートでもないのに運動部にも所属してなかった奴はマジでヤバいよな」
    「男なら普通やることをやらずに育って、しかも他に取り柄もない奴をあえて仲間に入れたいかってことなんだよな」

と辛辣な言葉を投稿している。一般的な成人男性なら、中高時代に運動部に所属して仲間と一緒に汗を流す経験をするのが普通らしい。

こうした一連の投稿が数百件リツイートされ、議論が勃発した。普段、体育会系に批判的なネット民だが、意外と賛同する声も多い。先輩との付き合い方を学ぶので、

    「運動部にある程度在籍してる人間はとりあえず、人並みのコミュ力は身についてる

という指摘もある。この観点からすると、個人プレーが主体の陸上や水泳などは運動部としては微妙なのだそうだ。
また、前出のツイート同様、運動部に所属するという当たり前の経験を通って来なかったこと自体がもうダメ、という意見もある。「人生の、各ステージで、その年齢に応じた『適切』なことをやってきているか」ということが重要なのだという。ただ、なぜ運動部が「適切」なのかは依然不明だ。

「集団行動大事なら、FF14の上位プレイヤーを採用すりゃいい」

この意見には当然のことながら、反発の声も少なくない。団体行動の基本ならば、吹奏楽部などの文化部でも学べる。もはや部活である必要も全くなく、

    「そんなに集団行動大事なら、FF14の上位プレイヤーを採用すりゃいいんですよ」

という声も出ていた。この人物は、スポーツをやたら神聖なものとして捉える風潮に憤っており、「スポーツなんて単なる遊びであって、まあ求道的人格形成的な要素もあるけどそれはバンドも漫才もゲームもみんな一緒。スポーツだけが特別じゃない」とも投稿していた。

職種による」という意見も当然だろう。営業なら体育会系が欲しいが、開発職なら体力だけでは務まらず、オタク気質の人の方が向いている可能性も高い。人材は適材適所で使うべきであって、全員が運動部経験者である必要もない。
そもそも、「運動部未経験だから○○」といった一面だけを見て人を決めつける論調がよろしくない、という指摘もある。単に非体育会系に「自分とウマの合わないヤツが多い」ことを、

    「『相手の能力が低いせいだ』『俺が普通で俺が正しい』などと一方的差別や自己正当化で論じているのが問題」

というわけだ。中には、「今日の『こんなことを堂々言う人が会社にいなくてよかった』案件」と突き放し気味に見る人もいた。

いわゆるブラック企業などにとって体育会系と呼ばれる体質が非常に使い勝手がよさそうなのは確かですし、そこに価値観を求める職場環境ってどうよ?と反発したくなる気持ちも判ると言うことなのですが、まあこの件に関してはどのような職場なのか、どのような立場なのかと言うことで一概には言えないとしか言い様がない話だと思います。
ちなみに体育会系優位の価値観とは別に日本だけの話でも何でも無く、特に若年男性層におけるマッチョ信仰が顕著なアメリカなどにおいてはハイスクールのヒーローと言えばフットボールチームのエースと相場は決まっているものですが、アメリカの場合こうした場においても日本ほど上下関係には厳しくないようで、軍隊にでも入らない限りその辺りのしきたりを学ぶ機会が無いまま成人する人も少なからずいるとも聞きます。
一方で上下関係であれば別に体育会的経験が無くても幾らでも学べるものであるし、実際コミュ力や上意下達などは文化系でも幾らでも身につけている方々もいらっしゃるわけで、単純な身体的頑健性以外の面で体育会系優位と言う部分は実はそれほど多くはないとも言え、むしろ何らかの部活動経験の有無などを指標にした方が意味がありそうには思いますけれどもね。
ともかくもこのように体育会系と言うものは現代日本では賛否両論で熱く語られていると言うのは、それだけ部活など体育会的経験のない人も多くなっていると言うことなのでしょうが、最近学生の部活動と言うものを巡ってこんな問題も起こっていると言います。

部活顧問「ブラック過ぎ」 教員ら、改善求めネット署名(2016年2月13日朝日新聞)

 中学、高校の部活動を巡り、顧問を務める教員の多忙さ、休日返上の練習などの問題を改善しようと、若手教員らがネットで署名を集める活動を始めた。第一弾のテーマは「教員に部活顧問をするかどうかの選択権を」。既に1万8千人以上が署名した。一方、文部科学省も対策を進めつつある。

 署名を呼びかけたのは関東、中部、九州の30~36歳の公立中教員ら6人。ツイッターなどで部活の問題を発信していて知り合った。この問題を社会に訴えようと、昨年末に署名集めを開始。同一人物が何度も署名できないよう、署名する際には電子メールを登録する仕組みだ。

 署名の呼びかけ文では「部活がブラック過ぎて倒れそう。顧問をする、しないの選択権を下さい!」と訴えた。来月上旬までに、馳浩・文科相ら宛てに提出し、教育委員会に指導してほしいと求める予定だ。

 部活は国語などの教科と違い、正規のカリキュラムに位置づけられていない。あくまで生徒の自主的、自発的活動とされている。

 だが、2001年の文科省の調査によると、中学校では、教員全員が顧問になることを原則とする学校が66%を占めていた。「全員顧問制」と呼ぶ地域もある。06年の調査では、中学の教諭の9割以上が部活指導を担っていた

ちなみに医学部医学科の学生など各大学にそんなに多くありませんが、医学科学生しか参加できない体育大会が国体に次ぐ規模を誇る巨大運動大会であると言われるほどにかつては運動部所属率が高かったものが、近年では年々下がってきて部活動に支障を来している大学も少なからずあるようですよね。
それはともかく、本来的には部活動においては管理や責任面を担当する顧問と、技術的な側面を指導するコーチ(指導者)と二つの役割が存在しているはずで、特に後者の業務は学生につきっきりで場合によっては休日にも指導しなければならないとなれば心身共に疲労するのも当然なのですから、本来これらは別々な人間が担当してしかるべきものなのだと思います。
ところが多くの学校でこの指導者役を顧問である教員のいわばボランティアに依存している結果、正規の授業活動などに加えて部活動に放課後も休日も付き合わされるのでは教員の体がもたないのも当然だろうと思うのですが、記事を見ていて興味深いのは熱心な先生が熱心に学生を指導していると言うだけではなく、他に人がいないからと無理矢理押しつけられている顧問も少なからずだと言う点ですよね。

「教員全員が顧問になることを原則とする学校が66%」と言う数字にもちょっと驚くのですが、顧問をやったところで給料が増えたり代休が出たりと言うこともほとんどないのだそうで、本来よほど好きでもなければ勘弁してくれよと感じるのが当然だろうと思うのですが、進歩的な考え方の方々が多いはずの日教組がこの現状を放置しているのもどうなのかです。
ちなみに一説には日教組の方々が部活顧問禁止などと言い出さないのは、それが任意で行われていることであるからと言う建前であるからだそうですが、実際には記事にもあるように強制であることが事実上明らかであるようですから、日教組の方々にとっても教員とは顧問くらい何かやっていて当たり前だと言う考え方なのだと思います。
ただ顧問をしているからとその領域に必ずしも精通していると言うわけでもなく、むしろ素人や経験の浅い人間が聞きかじりで指導していることも大きな問題で、特に運動部などではこれが事故や怪我につながったりと重大な結果を招くことも少なくないのですから、国としては学校で行うことであれば教員資格などと同様に指導者資格に関しても何らかのルール作りは検討すべきではないかと思いますね。
この点で一時学校内での重大事故率の高さが話題になった柔道などは近年かなり厳しい指導者資格を設定してきていますが、その結果指導する人材が不足して部活動が成り立たなくなるだとか、競技実績はあっても指導者資質的にどうよ?と言う人まで動員せざるを得なくなっているのだそうで、体育会系と言うものも真面目に考えるとなかなか難題が山積しているのが現状だと言えそうです。

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2016年2月17日 (水)

そこまで嫌われている田舎暮らしの強要は実現するか否か

先日から元プロ野球の人気選手の薬物使用問題が世間を大きく賑わせているところですが、こちらとんだところでも薬物問題が発覚し話題になっていました。

医師不足の島に赴任した「親切な先生」のはずが…病院長の覚醒剤所持にショック(2016年2月15日読売新聞)

マンションで覚醒剤を所持していたとして、広島県警は12日、呉市広末広、公立下蒲刈(しもかまがり)病院院長、原田薫雄(くんゆう)容疑者(52)を覚醒剤取締法違反(所持)容疑で現行犯逮捕した。「知人から預かったもので覚醒剤とは思わなかった」と容疑を否認しているという。
 発表では、原田容疑者は12日午前5時55分頃、広島市中区上幟町にあるマンションで、小さなプラスチック袋入り覚醒剤を所持していた疑い。警察庁に匿名の情報提供があり、県警が捜索して覚醒剤を見つけたという。同病院を設置する呉市によると、原田容疑者は2011年9月に院長に就任した。

 ◇「信じられない」 島民らショック

 原田容疑者は、医師不足に悩む下蒲刈島に、呉市の依頼を受けて赴任し、高齢化が著しく進む過疎地の医療を支えてきた。お年寄りら患者への対応も親切だったといい、市や病院の関係者、島民らに驚きや戸惑いが広がった。
(略)
 市立の同病院は、下蒲刈や上蒲刈など4島の中核的な医療機関に位置づけられるが、2011年に前院長が定年退職後、後任が約5か月不在に。広島大医学部の関係者らを通じて就任を依頼したのが、広大出身の原田容疑者だった。
 同病院では脳神経外科とリハビリテーション科で、脳卒中の後遺症や認知症を患う高齢者らを毎日診察していた。逮捕を受けて受付窓口には「都合により、原田院長の診療を休診させていただきます」との案内文が掲示された。

 4島の高齢化率は6割近くに達し、同病院の武林信二・病院事業課長は「専門性の高い脳神経外科やリハビリの医師を確保でき、ありがたかった。お年寄りらに親切に接し、上司としても信頼していた。逮捕は信じられない」とショックを受けた様子。
 診察に訪れた下蒲刈町内の無職女性(83)は「優しい先生で、逮捕されるなんてびっくりした。間違いならいいのに」と残念がった。

ちなみに離島の院長に赴任しているのに何故広島市内にマンションがあるのかと言えば、この下蒲刈島はすでに立派な橋で本土と直結されていると言う理由があるからだろうと思うのですが、それにしても市街地からはかなり離れた辺鄙な僻地であることには間違いが無いのだし、だからこそ医師不足に悩んでいたと言うことでもあるのでしょうね。
この種の事件は発覚するまでの捜査が非常に慎重に行われるものなのだそうで、今さら「知人から預かった」云々と言い訳をしても通用しないだろうとは思うのですが、果たしてこうした僻地勤務と覚醒剤所持との間にどのような関係があったのだろうかと、世間では余計な興味をかき立てられているようです。
原田容疑者に限った話ではなく僻地勤務と言えば一般的にはあまり歓迎されないものがあって、逆に多くの人がそこに暮らすことを望まないからこそ僻地であるとも言えますが、必ずしも僻地とまではいわずとも田舎暮らしとはどれほど世間から嫌われているのかと言うことを示す、こんな記事が出ていました。

「徳島に行きたくない」片道切符の省庁地方移転に役人がダダ(2016年2月11日ニュースポストセブン)

 安倍政権が突如、地方創生の目玉に打ち出した「中央省庁の地方移転」で霞が関の役人たちに“パニック”が起きている。政府は中央省庁と独立行政法人の34機関を移転候補にあげ、その中でも有力なのが消費者庁の徳島、文化庁の京都への全面移転だ。

 まず、消費者庁の誘致に熱心な徳島県は同庁のオフィスとしてヨットハーバーに面して建つ県庁舎の9階と10階を提供、徳島市街から車で40分ほどの神山町にサテライトオフィスを試験移転することも検討されている。現地を視察した河野太郎・消費者行政担当相は「十分可能性がある提案だ」と大乗り気だ。
「神山町にはIT企業が進出して職住接近のライフワークバランスを実践しています。過疎地域ですが、コンビニくらいはあります」(徳島県地方創生推進課)
 一方、文化庁の移転は馳浩・文部科学相が後押し。山田啓二・京都府知事に「京都移転を前提に議論したい」と約束しており、「両庁の移転はすでに安倍首相の内諾を得ている」(官邸筋)といわれる。

 これにひっくり返ったのが役人たちだ。とりわけ消費者庁は現在、首相官邸を眼下に望む東京・赤坂の超高層ビルにオフィスを構えるが、全面移転となると約500人の職員の多くが徳島行きとなりかねない。内閣府の中堅職員が語る。
「消費者庁の職員たちは深刻ですよ。全面移転が現実になれば、2~3年の地方赴任とは違って、『これからは一生徳島で暮らせ』ということです。文化庁の移転先の京都のような大都市ならまだしも、いきなり徳島なんて寝耳に水でしょう。私だって片道キップで徳島に行けという辞令が出たら公務員を辞めるかも知れない」

 地方移転を敬遠するもう一つの理由は、給料が大幅に下がることだ。国家公務員の給与制度では、物価調整の名目で勤務地に応じて7段階の「地域手当」が支給される。霞が関など東京23区内は最高の「1級地」で、基本給や扶養手当などの合計額に20%の地域手当が加算されている。
 それに対して徳島市は「7級地」で地域手当は3%。霞が関から徳島勤務になれば17%分の手当がカット、年収約1400万円のベテラン課長なら200万円近くダウンする計算だ。
「省庁移転で地方勤務になった場合でも、子どもたちは東京の学校にそのまま通わせるという人がほとんどだ。給料が2割も下がったら生活できない。地方創生の政治パフォーマンスの犠牲にされてはたまらない」(経産省の中堅官僚)
 目下、霞が関はスクラムを組んで、地方への差別意識丸出しの移転反対運動を展開中なのだ。

住めば都と言うくらいで一生徳島もそこまで悪くないかも知れませんが、ただ徳島の場合全国各地からの交通の便が必ずしもよろしくない部分がありますから、同じ田舎への移転と言うことでも例えば北海道や沖縄などの方が他地方の人間にとっては便利がいいのかも知れませんね。
ともかくこの省庁地方移転計画なるもの、どれほど実現性があるのかと未だはっきりしないところがありますけれども、先日はNHK放送センターも地方に移転させるべきだと言った話も出ているようで、別に移転すればしたでそれなりに機能するものは少なからずあるものなのかも知れませんし、独立行政法人などはどんどん田舎送りにして中央への影響力を減らすべきだと言う考え方も出来るでしょう。
ただおもしろいなと思ったのが当の省庁の中の人はともかく、日弁連がこの消費者庁徳島移転に強硬に反対していると言う点で、「消費者行政が大きく後退するおそれがある」などと言って他省庁と切り離すことに反対すると言う立場のようで、正直ためにする議論のように見えてあまり説得力があるようにも見えませんが、厚労省がどこかに移転すると言った話になれば日医あたりが何と言い出すかですよね。

また記事を見ていて興味深いのが公務員の給料が大都市ほど高くなると言う話で、一般企業でも同様の制度をとっているところがあるようですが、物価格差を是正すると言う合理性はあるにせよ、医師給与などは医師の多い都心部で安く少ない田舎で高くなると言うことを考えると、ある意味自由競争の原理に反しているシステムのようにも見えますよね。
もちろん役人などは自由競争も何もなく命じられた土地で勤務するしかないと言うことなのですが、それならそれで田舎暮らしも黙って命じられたとおりやればいいだろうと言う反論も成立する話で、案外こうした省庁移転が何かと昨今言われることの多い公務員と言うもののあり方に一石を投じるある種の選別システムとしても機能することもあるのかも知れません。
しかし医師などは前述のように経済的な面からの僻地誘導が行われているにも関わらず必ずしも十分な補正が達成されていないと目されていて、一部では熱心に医師強制配置論なども叫ばれていますけれども、中央省庁の移転に当事者からこれだけ反対意見が続出しているとなると、厚労省などは間違っても医師強制配置論などには与するわけにはいかない道理と言えそうですかね。

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2016年2月16日 (火)

若者の選挙離れが深刻なのだそうです

選挙権の18歳引き上げが話題になっているところですが、それと関連して若者の選挙離れと言うことも言われていて、先日こんな記事が話題になっていました。

日本を「老害」の国にしているのは「グズ」な若者(2016年2月10日プレジデント)

■50年前は、投票者の半分が20~30代だった

 日本のような間接民主制の社会では、国民は選挙を通して政治に参画するのですが、わが国の投票率は年々下がってきています
 衆院選の投票率をみると、1967年(第31回)では74.0%でしたが、2014年(第47回)では52.7%まで低下しています。20代の若者では、66.7%から32.6%へと半減です。
 少子高齢化で若年人口が減っているのに加え、投票率がこうでは、投票する若者の絶対数は著しく減っていることになります。私はいつも、近くの小学校の体育館で投票するのですが、若者は滅多に見かけません。目にするのは、白髪の高齢者ばかりです。

 これは私の経験ですが、統計で見て、投票所に足を運ぶ人間の年齢構成はどうなっているのでしょう。各年齢層の人口に投票率を乗じて、衆院選の投票人口を推し量ってみました。表1は、その結果です。
 右端が推定投票者数ですが、1967年では、下が厚く上が細いピラミッド型でした。当時は、投票者の半分が20~30代の若者だったようです。それが今では、きれいな逆ピラミッド型になっています。人口ピラミッドの変化の反映ですが、投票率の世代差が拡大していることもあり、このような構造になってしまっています。

■20代が選挙に行かないから「老人天国」

 なるほど、投票所で若者を見かけないわけです。
 これでは、若者の意向は政治に反映されないだろうな、と思います。後でみるように、政治への要望は若者と高齢者ではかなり異なるのですが、重きが置かれるのは後者。その結果、若者の政治不信が強まり、ますます選挙から離れていく……。こんな悪循環もあるのではないでしょうか。

 ちなみに、選挙の投票率は国によって大きく違っています。主要国について、「国政選挙の際、いつも投票する」という者の割合を年齢層別に出し、グラフにしてみました。図1をご覧ください。
 日本は、「いつも投票する」の割合が低く、世代差も大きくなっています。右上がりの傾斜が急です(韓国、アメリカも同じ)。南米のブラジルは、どの年齢層も高い「高原型」。この国では、18~70歳の国民は選挙の投票を義務付けられており、理由なく棄権した場合は罰金・罰則を科されるそうです。中南米では、こういう強硬策を採っている国が多くなっています。

 時代比較・国際比較から、日本の若者の投票率の低さ(選挙離れ)が明らかなのですが、彼ら(若者)は政治に何の期待もしていないのではありません。多くの要望を持っています
 内閣府『国民生活に関する世論調査』(2015年7月)では、政府への要望を複数回答で尋ねていますが、20代の若者と70歳以上の高齢者を比べると、前者のほうが多くの事項を選択しています。
(略)
 若者がもっと選挙に行くようになれば、政治の重点もこれらの事項(図の右下)にシフトしてくるはずです。若者は政治に多くの要望を持っていますが、それだけではダメ。自分たちの要望を実現してくれる候補者(政党)を推すという、具体的な行動をとらないといけません。それが選挙での投票です。
(略)
 たとえば、同性愛に対する寛容度をみると、高齢者はとても低いのですが、若者は、同性婚が合法化されている国と遜色ありません(「同性愛への寛容度で分かる日本の世代間分裂」『ニューズウィーク日本版』、2015年9月29日、http://www.newsweekjapan.jp/stories/culture/2015/09/post-3946.php)。
 若者の意向が政治に反映されることで、社会が変わる可能性は十分にあります。今年の参院選では、投票所にて多くの若者の姿が見られることを願います。

具体的に年代別で関心事にどのような格差があるのかは元記事を参照いただきたいのですが、興味深く感じたのは若年者において関心が高いものが雇用対策や景気対策、少子化対策あるいは自殺対策と言ったものであるのに対して、高齢者が関心があるのが社会保障整備や高齢社会対策と言ったものであると言う点で、確かにそれぞれ身近な問題として関心を集めそうですよね。
このうちどちらが政策上より大きく反映されているのかと言う点に関しては諸説あるかと思いますが、選挙のたびに社会保障充実や高齢化への対応は熱く語られ実際に政策に反映される一方で、現役世代のワープア化や非正規労働者の増加なども話題にはなるものの未だに改善傾向が見られないどころかますます悪化の一途を辿っているようにも見えるのは気のせいなのでしょうか。
この種の政策上の争点と言うものは各々の追及する利益が異なる各社会階層の闘争と言う面もあるのは当然ですが、日本では特に現在これが世代間対立と言う形でかなり説明されるような状況になっていると言うのは、やはり増大し続ける社会保障の財源を誰が負担するかと言う点で若年者の間に不公平感が漂っていることとも無関係ではないように思います。
こうした世代間の対立を語る上で、高齢者が増え投票率も高いから政治家も常に高齢者の利益誘導にばかり熱心となり、若者が常に冷遇されるのだと言われればもちろんそうした傾向はあるのでしょうが、そうならない為に投票には必ず行きましょうと言うだけでは何ら問題の解決にならないことはすでに示されている事実であって、何故投票率が高まらないのか、引き上げるにはどうすべきかと言う点が問題ですよね。

政治家などは一般的な労働者と比べると年齢もかなり高めの方々が多く、感覚的にも若年者の意見を拾い上げることが難しいのだろうと思いますが、若年者の声を拾い上げることが票につながると理解すれば当然そちらに耳を傾ける姿勢も示すのだろうし、まずはどういうやり方が投票率向上につながるかと言うことは本来あまり反対意見の少なそうな課題に思えます。
最も簡単な方法論としては記事にもあるように投票しなかった場合には何らかのペナルティーを与える、あるいは投票することで何かしらのメリットが得られるようにすると言うやり方がありますが、その前提となっているのは若者が無関心なり怠惰なりと言った理由で投票に行かないのだと言う発想であって、関心があっても投票に行けない現役世代も多いのではないかと言う視点が欠けているように感じますね。
今の現役世代の方々はどこの職場も人手不足でひどく多忙な毎日を送っていて、日曜日だろうが朝から晩まで仕事をしていると言う人も珍しくないはずですが、若者も投票へ行けと言う高齢者の方々が投票日には若者の仕事を全部引き受けようと言い出したと言う話も聞くわけでもなく、「休日は若いのに任せてのんびりさせてもらうわ」とばかり普段通り仕事を押しつけていると言う現実もあるわけです。
もちろん不在者投票も簡単に出来るようになっている現在、本当に投票する意志があるのに出来ない人間が実際どれほどいるのかと言う疑問もあるでしょうが、可能であるのに権利を行使しないと言う場合は本人の選択の結果であって、それによって不利益を被るのは仕方ない部分もありますから、まずはその意志がある人々の投票行動への利便性を高める方法論を議論してもらいたいと思いますね。

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2016年2月15日 (月)

2016年の度診療報酬改定方針決まる

先日以来話題になっているのが2016年度の診療報酬改定ですが、まずは各方面の報道から引用してみましょう。

「かかりつけ薬剤師」を導入…診療報酬改定答申(2016年02月10日読売新聞)

 厚生労働相の諮問機関・中央社会保険医療協議会(中医協)は10日午前、2016年度の診療報酬改定を決定し、塩崎厚労相に答申した。

 多種類の薬を飲む高齢患者らの服薬状況を一元的に管理する「かかりつけ薬剤師」の仕組みを新たに設けるなど、調剤の評価を大きく見直したのが特徴。質の高い在宅医療を推進する診療所や、退院支援に積極的に取り組む医療機関に手厚く配分する。新たな診療報酬は原則4月から適用される。

 「かかりつけ薬剤師」は、患者から同意を得た薬剤師が、市販薬も含めて患者の服薬状況を把握し、24時間体制で相談に応じる。必要に応じて患者宅を訪問して残薬の整理もする。薬局勤務3年以上などの条件はあるが、1回の処方ごとに通常の指導料より高い700円が算定できる。

 特定の病院や診療所の処方箋を扱う大手調剤薬局チェーンの「門前薬局」への調剤基本料は引き下げる

診療報酬、かかりつけ重視 医療費抑制へ「入院より在宅」 4月改定答申(2016年2月11日朝日新聞)

 4月から医療機関に支払う治療や薬ごとの値段が10日、決まった。医療費を抑えるため、入院患者の早期退院を促して在宅での療養を誘導する内容となっている。かかりつけの医師や薬剤師の報酬は手厚くなる。将来を見据え、高齢者が必要な医療や介護を受けられる態勢づくりを目指す。

 診察料や薬代などの公定価格である診療報酬は2年ごとに見直され、中央社会保険医療協議会(中医協)=厚生労働相の諮問機関=が10日、2016年度の改定を答申した。政府は昨年末、14年度改定より全体で0・84%引き下げると決定。中医協は、この範囲内で個別の値段を設定した。
 今回の改定では、大病院が重症患者の治療に専念できるよう診療所との役割分担を明確にしたうえで、かかりつけ医の普及を促す仕掛けをちりばめた。
(略)
 団塊の世代がすべて75歳に達する25年には、全人口に占める75歳以上の割合が今の12%から18%になる。このままでは医療を受けられないお年寄りが続出しかねないため、厚労省は患者の早期退院を促し、在宅で療養してもらうよう地域で連携して患者を支える医療体制を描く。実現へのカギを握るのが、かかりつけ医の普及だ。
 今回の改定では、認知症で高血圧症などの疾患がある人を診察するかかりつけ医への「認知症地域包括診療料」(1万5150円)を新設。在宅専門の診療所の設立も新たに認めた。
(略)
 服薬状況を継続して一元的に把握するかかりつけ薬剤師には、服薬指導の報酬として700円が新たに支払われる。多重投与や残薬というムダを省く狙いだ。
(略)
 近接する特定の病院の処方箋(せん)を95%超扱う「門前薬局」への報酬は減らす。東京都港区の大手薬局チェーン店は基準にひっかかりそうだ。そこで先月から、患者からファクスで処方箋を受けて来店前に薬を用意するサービスを知らせる案内を置いてもらえるようほかの近隣病院に営業に回る。
 また、後発医薬品(ジェネリック)の普及を促すため、新たに保険適用する際の価格を原則として先発薬の6割から5割に下げる。(小泉浩樹)

初再診料は据え置き、2016年度改定を答申 大病院の外来定額負担は「5000円以上」(2016年2月10日医療維新)

 中央社会保険医療協議会総会(会長:田辺国昭・東京大学大学院法学政治学研究科教授)は2月10日、2016年度診療報酬改定を答申した(資料は、厚生労働省のホームページ)。
 今改定は、診療報酬本体は0.49%、医科では0.56%のプラス改定だが、全体では2回連続のマイナス改定(『「2回連続のマイナス」、2016年度改定率決定』を参照)。厳しい財源の中で行われた改定では、初診料と再診料、一般病床の入院基本料などの基本的な点数は総じて据え置かれた。全体的な底上げは行わず、重点施策分野を手厚く評価したのが特徴と言える。対象となったのは、身体疾患を伴う認知症や精神疾患の患者の受け入れ、夜間や休日の救急医療、看取り・重症患者に対応する在宅医療、機能分化を進めるための退院支援などのほか、手術などの医療技術だ。
(略)
 今改定の最大のポイントは、2025年の医療提供体制に向けて、地域包括ケアシステムの構築を推進するとともに、医療機能の分化、強化を進めていく点だ。これは前回、前々回改定からの継続課題であり、次回の2018年度の介護報酬との同時改定でも重要な論点となる。

 入院医療においては、7対1をはじめとする一般病棟入院基本料、地域包括ケア病棟入院料、療養病棟入院基本料のいずれも施設基準を見直し、「患者の病態に合った患者の受け入れ体制」の構築を目指すとともに、退院支援に関する評価を充実する。その受け皿となる在宅医療については、各種点数において、看取りの実績や重症患者の受け入れを評価するとともに、「同一日・同一建物」の訪問診療の評価体系を見直す。在宅医療を専門に行う診療所の開設を認めることも注目点だ。

 外来医療については、2015年9月の健康保険法改正を踏まえ、「紹介状なし」の特定機能病院と一般病床500床以上の地域医療支援病院の外来を制限するため、定額負担の徴収を義務化。その一方で、かかりつけ医機能を評価し、2014年度診療報酬改定で新設された地域包括診療料・加算の要件を緩和するほか、認知症、小児医療についても同様に、かかりつけ医機能を評価する点数を設定する。「かかりつけ」は今改定のキーワードであり、歯科医と薬剤師についても、かかりつけ機能を評価する。

 調剤報酬の改定も注目点であり、今改定で最も影響を受けるのが薬局だ。医薬分業に対しては、これまで基本的には追い風が吹いていたが、患者本位の分業の確立へと舵を切った。薬などの「対物」業務から、患者への服薬指導など「対人」業務を評価するのが、その基本的な考え方。今回はその第一弾の改定であり、この方針は今後も続く見通しだ。かかりつけ薬剤師・薬局を評価する一方、門前薬局については従来以上に厳しい締め付けを行う

各方面のコメントを見る限りでは日医にとってはまずまずである一方支払い側には相応の不満が残る、そして薬剤師の立場ではかなり残念な「独り負け」の構図とも言われているようですが、当然ながら現場で診療に従事する医師の立場もそれぞれであり、日医の立場と相反すると言うことも全く珍しくはありませんから、個々の職場においてどうなのかと言う点は今後の評価を待たなければならないでしょう。
病院に関しては急性期を担う大病院は外来診療から入院診療へ特化するよう誘導されているように見え、その分を地元かかりつけ医が担うと言う形を目指しているようですが、この急性期の定義が今までよりも厳密に算定されるようになった結果、名ばかりの救急を掲げた中小の市中病院についてはかなり厳しいものとなっているようです。
急性期の入院診療に当たる大病院と外来診療にあたる町医者と二分化していく方向だとも言えますが、実際には急性期を脱してもなかなか退院出来ない不安定な患者を市中の中小病院が引き受けてきたと言う経緯もありますから、この辺りの病院が続々と廃業に追い込まれるようになれば大病院も逆紹介先に困るでしょう。
そしてかかりつけ医推進と言えば聞こえはいいですけれども、市中開業医が肺炎の老人を自前で診るかと言えばまずそんなことはないわけで、下手をすれば何でもかんでも大病院に搬送され今まで以上に救急医療の崩壊が進みかねないリスクもあるわけです。

今回非常に目についたのが薬局に対してかなり厳しい改定となっていると言う点で、特にいわゆる門前薬局などは相当に経営にも影響しそうなマイナス改定だと思うのですが、この点に関しては以前に日医理事が「母屋ではおかゆをすすっているのに、離れではすき焼きを食べている」などと言い放ったように、このところ医療費削減が言われる中で薬局側が一人勝ちしてきたと言う批判があったのは事実です。
そもそも門前薬局なるものが増えた理由として医薬分業で医と薬との切り離しを強行した結果、患者にとっては何ら利便性もないのに病院の敷地外の薬局に行って薬をもらわなければならなくなったわけですが、最近では病院敷地内に薬局を戻してもいいなどと先祖返りのようなことを言い出しているあたり、さすがに国としても形ばかりが先行した医薬分業の弊害は理解しつつあるようですよね。
もともと医薬分業のメリットとして複数医療機関をかけ持ちしている患者の内服を総合的に管理する役割なども帰隊されていたと言え、その意味でかかりつけ薬局推進とは正しい方向性にある話ですが、現状で地域内の医と薬とがスムーズな連携をしていると言えば全くそんなことはなく、特にいわゆる門前以外では電話での要領を得ない問い合わせに双方いらいらを募らせると言う局面も少なくないでしょう。
検査や投薬などの無駄を省き医療費を節約する意味でも、将来的には地域内での医療情報に関しては一元的、統合的なデータベースなりを構築して各施設間で共有出来ればと思いますが、特にマイナンバー導入で個人情報管理が今まで以上に注目されている中で、医療の内部でも反対する声は少なからずあるようですよね。
いずれにしても医薬分業を推進し薬剤師側に権限を大きく委譲するほど、必ず医師の処方権など裁量問題とバッティングするはずで、「そんなに勝手なことを言うなら後はそっちの薬局でみてやって」などとへそを曲げる先生が続出しないことを願いたいところです。

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2016年2月14日 (日)

今日のぐり:「ナッシュカリーアメリカン 倉敷本店」

今どきここまでのことはサザエさんでもやらないだろうと先日大いに話題になっていたのがこちらのニュースです。

「消火!」誤って灯油=民家全焼、80歳やけど―神奈川(2016年2月10日時事通信)

 10日午前5時ごろ、神奈川県大和市上草柳の無職男性(80)方から出火、木造2階建てをほぼ全焼した。
 県警大和署によると、この男性が手に軽いやけどを負った。空だきとなったこんろの火を消そうとして、水と取り違えて灯油を掛け炎上したとみられる。

 1人暮らしの男性は同4時ごろ、2階の居室で水の入ったやかんを小型こんろにかけ、暖房代わりにして就寝。室内には、水と、こんろの燃料の灯油を入れたペットボトルが計約10本置いてあった。
 男性は約1時間後、やかんが空だき状態で煙が出ているのに気付き、ペットボトルの水で消そうとしたが、誤って灯油の方を掛け、火柱が上がったという。男性は「焦って間違えた」と話している。 

どのような状況であったのかも何とも判りにくいのですが、高齢者であることから身近に必要なものを取りそろえていたと言うことなんですかね。
今日は何とか無事に火事をやり過ごした男性の無事を祝して、全世界から一体どこに突っ込んだらいいのかと困惑せざるを得ないニュースの数々を紹介してみましょう。

「同じ痛み味わえ」79歳男…金属棒で歯科医“脅す”(2016年1月24日テレビ朝日)

千葉県富里市の歯科医院で、患者だった79歳の男が歯科医師(42)を金属棒で脅したとして逮捕されました。

富里市の自称・無職、松坂浩佑容疑者は23日昼前、歯科医院の診察室で歯科医師の男性に、先のとがった長さ30センチの金属棒を持って「同じ痛みを味わわせてやる」などと叫びながら追い掛け回した疑いが持たれています。松坂容疑者はその場で取り押さえられました。

松坂容疑者は、この歯科医師の治療を受けていて、調べに対して「入れ歯のかみ合わせが悪く、痛い思いをした」と供述しているということです。.

これまた高齢者が絡んだトンデモ事件と言うものですが、しかしこの展開は誰しも想像していなかったことでしょうね。
ディズニーランドと言えば子供達にとっては楽しい場所であるはずですが、こちらそのディズニーランド内で一体何が起こったのかと困惑する事件です。

米国ディズニーランドで蛇が子供を襲い、祖母が死亡(2016年1月31日スプートニク)

米国で、アラバマ州の家族が、ディズニーランドを提訴しようとしている。園内で、檻から逃亡した蛇が子供を咬んだためだ。NBCが28日報じた。これにより、子供の祖母が死亡した。蛇が子供を咬んだのを見て、心臓発作を起こしたのだ。

ディズニーランド側は、原告の家族は事実を歪曲している、と主張している。蛇は園内のものでなく野生であったし、園に救急車が呼ばれた事実もなく、子供に包帯が巻かれた後で一家がディズニーランドに戻ったことも判明している、という。

一体何が発生したのか謎と言うしかありませんが、事実こんなびっくり展開で祖母が亡くなられたと言うことであればお悔やみを申し上げるしかない事態ですね。
同じくディズニーにも縁の深いあのおなじみの物語が、何やらとんでもない受難にさらされているらしいと言うのがこちらのニュースです。

「わいせつ」と白雪姫禁止=児童の父の抗議受け-カタールの学校(2016年1月25日時事ドットコム)

 【ドーハAFP=時事】カタールの首都ドーハで最近、学校の図書館から「白雪姫」の絵本が撤去された。ある児童の父親が、絵本の中に「わいせつな」絵や「性的なほのめかし」があると学校に猛抗議した結果だと地元紙は報じている。

 問題の学校は2013年9月開校のSEKインターナショナルスクール。カタール教育委員会の指導を受けた校長は「迅速に対応した。カタールで開校できたことを誇りに思うし、故意ではないが不快な思いをさせた恐れがあり、公式に謝罪する」と平身低頭。どの絵が「わいせつ」かは不明だが、絵本の内容はディズニーの映画に基づき、王子の口づけで白雪姫が生き返る。

まあ文化的宗教的背景と言うものなのでしょうが、記事にもあるとおり原作の白雪姫には王子の口づけ云々のシーンはない点には注意が必要ですよね。
米とキューバの関係はつい先日大きく改善したと報じられましたが、一方でこんなとんでもない事件も発生していたようです。

米ミサイル、キューバに 過去最悪の軍事技術流出か(2016年1月8日共同通信)

 【ワシントン共同】米紙ウォールストリート・ジャーナル電子版は7日、関係者の話として、2014年に訓練目的で欧州に送ったヘルファイア空対地ミサイルが、誤って欧州からキューバに転送されていたと報じた。過去最悪の軍事技術情報の流出に位置付けられるという。

 米政府当局はキューバ政府に返還を求めた上で、スパイ活動などによって送られた可能性など詳しい経緯を調べている。

 このミサイルに爆薬は装填されていなかった。米当局者はセンサーや照準の技術が中国や北朝鮮、ロシアに流出した可能性を懸念している。

何をどう間違ってこんな誤配送が起こったのかですが、さすがにこれは責任問題にも発展しそうな大事件ではありますよね。
最後に取り上げますのはご存知ブリからのニュースですが、まずはこちらの記事から紹介してみましょう。

振られた女、相手の家の浴槽に大量の鯖を放り込む(2016年2月12日テックインサイト)

世界規模の出会い系サイト「POF(ピー・オー・エフ Plenty of fish)」。そこで知り合った30代の女が振られた腹いせに取った行動とは…。『mirror.co.uk』が伝えている。

ゾーイ・ジャクソン(35)という女が競走馬のオーナー兼会社経営者の大富豪ジェラルド・ブローガンさんと知り合ったきっかけは、出会い系サイト「POF」。“魚の数ほど出会いがある”という名前の通り、1億人以上の会員を有する人気出会い系サイトだ。

「最初は順調でした。でも3か月経ったある日、彼女から6人の子持ちであることを打ち明けられて。それからなんだかぎこちなくなってしまってね」と語るブローガンさん。事実を受け入れられなかった彼は、その後ジャクソンに別れを告げた。

しかしこれを根にもったジャクソンは、ブローガンさんの留守中に英ノース・ヨークシャーにある資産価値110万ポンド(約1億8000万円)の豪邸に忍びこみ、鯖を浴槽いっぱいに放り込んだ。鯖は40度のお湯の中で2日間放置され腐敗。「友達を自宅に呼んだんだ。でも尋常じゃない悪臭が鼻を突いてね。浴槽の蓋を開けたら大量の鯖が浮いていてこっちを見つめてるじゃないか。内臓が腐ったニオイというのは最悪さ。本当に気分が悪くなったよ」とブローガンさんは振り返る。

監視カメラで鯖が大量に入ったと思われるビニール袋を抱えたジャクソンの姿を確認したブローガンさんは、すぐに警察に出向きジャクソンは逮捕となった。警察の調べに対しジャクソンは「あの男が2人の女と浮気をしていたからやった」と容疑を認めている。条件付きで釈放となったジャクソンだが、浴槽が使い物にならないため520ポンド(約8万5000円)の支払いを命じられたという。

どこからどう突っ込んでいいものやらと言う事件なのですが、とりあえず最大多数の抱くだろう疑問として「何故そこで鯖?」と言うものが挙げられるでしょうか。
「魚の数ほど出会いがある」と言う売り文句に引っかけたのかも知れませんが、よりにもよって何故生き腐れとも言われる鯖を選んだあたりに悪意を感じますね。

今日のぐり:「ナッシュカリーアメリカン 倉敷本店」

ナッシュカリーと言えば岡山県を中心に展開するカレーのローカルチェーンですが、その本店は倉敷にあったのですね。
全国展開している某カレーチェーンに比べると洒落て落ち着いた内装で、なおかつヘルシー系のメニューも多いのが目につきます。

今回選んだのはそのものずばりヘルシーセットのトマトカリーですが、ワンプレートにカレー半分サラダ半分と言うよくある構成です。
ただこの半分と言うのが文字通り半分であるところがポイントで、付け合わせの生野菜感覚で舐めているとサラダのボリューム感のハンパなさに驚きますよね。
このサラダ、もう少しドレッシングが濃いか水切りがしっかりしていればちょうどよかったと思うのですが、カレーの口休めにもこれくらいがちょうどいいのでしょうか。
メインのトマトカレーは普通にカットしたトマトを煮込んでいるだけですが、ベースのカレー自体が野菜豊富で油脂も控えめと、全体的なカロリーも抑えていそうですね。
ここのカレーソースの味は他のチェーンより好きな味なんですが、ヘルシーメニューもそこそこお腹も膨れるし、ガッツリ系のメニューもありで色々な需要に対応できそうではありました。

お客は若いカップルも多く結構繁盛しているようなのですが、内装は相応に凝っているもののトイレや通路などは少し狭苦しく、設備面でも普通です。
接遇面ではあくまでバイトレベルの対応ですが、この場合顧客も同年代なのでこれでいいのか?と納得はしてしまいました。
しかしなにがどうアメリカンなのか、同じナッシュ系列でもアメリカンとそうでないものがあるらしいのが謎ですが、これはどう違うのでしょうかね。

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2016年2月13日 (土)

メディアの萎縮とは将来起こり得る懸念などではなく

先日総務相が炎上騒動を起こしたと話題になっていましたが、まずはこちらの記事から紹介してみましょう。

高市総務相、放送法違反で「電波停止」可能性に言及 官房長官「従来通りの見解」(2016年2月9日J-CASTニュース)

   高市早苗総務相は2016年2月8日の衆院予算委員会で、「政治的に公平であること」を求めた放送法第4条に違反した放送を繰り返した場合、電波法に基づいて電波停止を命じる可能性に言及した。民主党の奥野総一郎議員の質問に答えた。

   高市氏は、第4条の規定は単なる倫理規定ではなく「法規範性を持つ」と主張。行政指導でも全く改善されない場合に、「何の対応もしないと約束するわけにはいかない」と述べた。
   菅義偉官房長官は2月9日午前の会見で、

    「野党の議員から、ぎりぎりのケースについて質問されたことに対して、あくまで放送法に基づく一般的な法解釈で、従来通り総務省の見解を答弁したと考えている。放送事業者については自律的に放送法を順守していくのが基本。政府としても放送法にのっとって適切に対応していく。当たり前のことを総務相は答弁したに過ぎない

と述べた。


電波停止発言、野党が批判=「メディア萎縮させる」(2016年2月9日時事通信)

 放送事業者が政治的公平性を定めた放送法違反を繰り返した場合、電波停止を命じる可能性に言及した高市早苗総務相の発言に対し、野党から9日、「メディアの萎縮をもたらす」(細野豪志民主党政調会長)などと批判が相次いだ

 細野氏は記者会見で「自民党には最近は寛容さが全く失われ、メディアに批判的なことを言われれば攻撃を加える」と懸念を表明。民主党の小川敏夫参院幹事長も「非常に不適切な発言だ。撤回し、きちんと釈明する必要がある」と述べた。
 維新の党の今井雅人幹事長は「憲法では報道の自由が保障されている。(総務相発言は)不適切で、政府は謙虚にならないといけない」と指摘。おおさか維新の会の馬場伸幸幹事長は「どういうことが法に抵触するのか、具体的に事例を挙げて言ってもらわないと報道の自由にも関わる問題だ」と語り、適用基準の明確化を求めた。 

ちなみに今回問題となっている放送法第四条には以下のような記載がなされていますが、興味深いのは放送法内にはこの第四条違反に対する罰則は規定されておらず、そもそもどのような罰則が妥当なのか法的な裏付けがないと言うことですね。

第四条  放送事業者は、国内放送及び内外放送(以下「国内放送等」という。)の放送番組の編集に当たつては、次の各号の定めるところによらなければならない。
一  公安及び善良な風俗を害しないこと。
二  政治的に公平であること。
三  報道は事実をまげないですること。
四  意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。

一般論として言えば免許等の許認可制度と言うものが何の為にあるかと言えばルールを守るものに限って行為を許可するためであって、ルール無用で好き勝手に何をやっても構わないと言うのであればそもそもこうした制度を設定している意味が無いわけであり、今回の件もルールを無視していいならそもそも誰に対しても電波を自由に解放しなければおかしいと言うことにもなりかねません。
ただ前述の法律の条文は確かに明快ではあるのですが、一方で具体的に何が公平であるのかと言う定義づけが難しいのも確かであって、大多数の人間が支持する意見と国民のうち一人しか支持しない意見を全く同列に採り上げることが公平なのかと言われると、民主主義社会なのですからやはり多数派の声にはそれなりに重みを与えるのが公平であるようにも感じられます。
いずれにせよ法律である以上言葉の定義は明確でなければならないし、罰則を科すならきちんと法的裏付けが必要であるはずなので、実際に電波停止を云々する前にもう少し下準備となる議論が必要であると思える話なのですが、ただ「憲法で保障された権利」だの「メディアの萎縮をもたらす」云々と言われるとまるで現状が萎縮していないかのように誤解を受けかねない話ですよね。

言論・表現の自由はどこに……「放送禁止用語」の厳しすぎる自主規制(2016年2月6日オリコンスタイル)

 テレビやラジオで使用NGの言葉として、一般的に広く知られている「放送禁止用語」。これは法規制ではなく、あくまで放送事業者による自主規制であり「放送注意用語」などとも呼ばれている。その範囲は時間帯や番組内容によっても様々。だが、“NGワード”は年々増え続けており、一部メディアで報道された「頑張れ」の使用不可など、近年では意外な言葉までその対象となりつつあるようだ。だが、ここまで規制を厳しくする必要が本当にあるのだろうか? 言論・表現の自由を問う声はもちろん、日常生活の中で使う言葉をも規制して、果たして番組内での会話は成立するのか?

◆現状では、クレームがきた言葉=放送禁止用語 地域の違いでも

「放送禁止用語」とは、テレビやラジオ等のマスメディアで使用が禁止されている言葉のことだが、そもそも法的に禁止されているわけではないので、実際には放送禁止用語というものはない。かつてNHKでは「放送問題用語」としていたが、2008年に事実上廃止。今では「放送注意用語」「放送自粛用語」などとも呼ばれるが、あくまでメディア側、特にマスコミの自主規制であるため、差別的な言葉、暴力的な言葉、卑猥な言葉などの、いわゆる“不適切な言葉”が放送禁止用語となっているようだ。

 「あとは“公序良俗に反する”言葉とかですね。この“不適切”の線引きがどこからどこまでかがわからないから、われわれも困るんです。一応、NHKさんが指針として出したガイドライン『NHK新用字用語辞典』や『NHKことばのハンドブック』に“載っていない”言葉や用法が放送禁止用語になるんですが、簡単に言えばクレームがきた言葉=放送禁止用語です。スポンサーのCMイメージがある以上、クレームほど怖いものはない。こちらもおよび腰になるのはしょうがないとも言えるんです」(番組制作会社スタッフ)

 放送禁止用語は番組の放送時間や番組のジャンルによっても変わってくる。『報道ステーション』(テレビ朝日系)のキャスター・古舘伊知郎氏は、先の降板記者会見で「バラエティではラーメン屋が、報道ではラーメン店と言わないといけない」と明かし、報道番組の堅苦しさを嘆いていたように、報道では使用できないがバラエティでは使用可能な言葉もあるようだ。また、お笑いコンビ・浅草キッドの玉袋筋太郎などのように、NHKに出演する際には「玉ちゃん」や「知恵袋賢太郎」に名前を変えるというパターンもある。

 さらに地方によって放送禁止用語が変わる場合もある。かつて力道山やジャイアント馬場と熱戦を繰り広げたプロレスラーのボボ・ブラジルは、アメリカ出身で「人種差別のないブラジルに行きたい」という憧れからリングネームを付けたが、「ボボ」という言葉が九州地方の方言では放送禁止用語にあたり、実況では「ボボ」が消されたという逸話もある。

◆年々NGワードは増え続け、地上波では過去の名作やヒット曲が忘却の彼方に…

 かつては映画やテレビで普通に使用されていた言葉でも時代を経るごとに規制され、放送禁止用語は増えていく傾向にある。社会自体が近代化、民主化されるにしたがって前時代的な言葉や慣習が見直され、現代にはふさわしくないと判断されることが多くなるからだ。その結果、映画『座頭市』やアニメ『あしたのジョー』などは物語の設定自体が放送禁止で、いわゆる“ピー音”ばかりになってしまうということで地上波では再放送すらされない。初期の『機動戦士ガンダム』も反社会的ということで難しく、2013年に放送されたアニメ『宇宙戦艦ヤマト2199』(TBS系)では、「専守防衛」「独裁否定」という言葉でさえ配慮された内容になっていたという。

 また映像作品のみならず、1960年代、70年代に歌われた岡林信康に代表されるフォークソングの中には、差別的表現、反時代的表現があるということで、今でも放送できない名曲が数多くある。さらには歌謡曲であっても、“不適切”な歌詞があるということで放送できない曲を加えれば膨大な数にのぼる。そのほとんどはいわゆる“卑猥”とされる表現があるとのことだが、普通の感覚で日常的に使われているものが多い。それでもいまだに、おニャン子クラブの「セーラー服を脱がさないで」や原由子の「I Love Youはひとりごと」などのヒット曲が放送さることはない。こうした誉れ高い過去の名作や名曲も忘却の彼方に葬られることになる。
(略)

記事にも幾つか名前が挙がっていますが、世の中にはこの種の「消えた過去の名作」が何故消えていったのかを様々に検証されているようで、調べて見ればその多くが実に些細な理由で表に出て来なくなっていることに驚くのですけれども、この調子で行けば近い将来北朝鮮国民のインタビューコメント並みに決まり切った言葉しか使えない世の中になってくるのでしょうかね。
特に気になるのが何が正しいかと言う価値判断が業界内部で勝手に行われていると言う部分で、先日はNHKの経営委員が経営委員会内で「最近の若者は本当にダメなやつばかりNHKの番組を強制的に見せる法律をつくるべき」と発言していたなどと聞けば、彼ら放送する側の価値観が良い悪いの判断基準になっているのもどうなのかです。
もちろんクレームを入れられたもの=放送禁止用語と言うある意味単純明快な定義づけも大いに問題で、先日はノルウェーでは国民がメディアを厳しく評価していると言う記事が出ていましたけれども、見て見ますとこれまた必ずしも手放しで褒められるような評価基準になっているとも思えませんよね。

テレビ番組がつまらなくなったと言う声は決して少なくないし、その理由としてこの種の自主規制の存在が大きな影響を与えていると言う意見も根強いのですが、放送禁止用語連発だった昔の「過激な」番組に相当する部分はネットなど規制の緩いメディアが担ってきている部分もあって、テレビなど一般向けマスメディアの担うべき役割や社会的ポジション自体が以前と変化しているのも事実です。
ただ規制強化と言う一方でバラエティーなどでは集団いじめ紛いの行為が日常的に行われていて不愉快だ、教育上もよろしくないと言う批判もあるように、規制の強化が質的な向上に結びついているかと言えば必ずしもそういうわけでもかく、むしろ単純な目先の視聴率ばかりを追って本当に優良な番組が年々減ってきていると言う声も根強いですよね。
いずれにしても萎縮するとかしないとか言う議論は今さら無意味で、現状で様々な要因から放送業界は十分に萎縮しているし、萎縮が問題だと言うのであれば現在進行形の萎縮をもたらしている諸因子撤廃を主張するのが先ではないかと思うのですが、報道の自由を守れと声高に主張する進歩的な方々が放送禁止用語を撤廃せよなどと主張しているのもあまり聞かないのはおもしろいですよね。

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2016年2月12日 (金)

医師は偏在しているし、今後も偏在し続けると言う現実

医学部定員が大きく拡大され医師数が増えてきている一方で、医療需要は団塊世代の高齢化や医療の高度化もあって今後ますます増大傾向が続くものと予想されていますが、この医師の需給バランスの問題について先日2月4日に厚労省の分科会でこんな議論がなされたようです。

医師偏在の解消目指し7分野の課題提示- 厚労省、分科会に要因の検討促す(2016年2月4日CBニュース)

厚生労働省は4日、医療従事者の需給に関する検討会医師需給分科会に対し、医師偏在の解消に向け、特に議論する必要がある7分野の課題を示した。医療や介護・福祉サービス、産業保健などの課題について、患者や住民、自治体の視点とサービス提供者の視点に区分して提示。医師が偏在している背景や要因を分科会で検討するよう求めた。【新井哉】

厚労省は、医師が従事する具体的なサービスや分野として、▽医療サービス(病院、診療所)▽介護・福祉サービス▽産業保健(産業医)▽行政機関(保健所を含む)▽研究機関(大学、試験研究機関など)▽民間企業(製薬会社など)▽その他(国際協力など)―を提示した。

例えば、日常の診療や救急医療のアクセスが困難な地域や、専門医療や周産期医療が確保されていない地域が存在することを指摘。一方、大規模施設(大病院)に患者が集中し、待ち時間や診療時間(診療内容)に不満が生じていることも課題に挙げた。

また、医師の派遣機能が低下していることにも触れ、「都会や一部の病院等に集中した医師が必ずしも不足地域・施設に派遣されていない」と説明。有床診療所についても「開設者の高齢化に伴い後継者の確保が困難」と指摘した。
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分科会の委員からは、現在の医師不足は医師の偏在が原因として、「臨床研修制度やマッチング制度を見直すことが重要」との意見が出た。また、偏在が解消しない場合、医師の総数を増やす必要性があるとの声も上がった。今後、厚労省が提示した課題案を踏まえ、分科会で議論すべき点を絞り込みながら医師の需給に関する検討を進める方針。

必要医師数、4つの医療機能別に推計 医師の長時間労働、現状追認か是正かも課題(2016年2月4日医療維新)

 2月4日の厚生労働省の「医療従事者の需給に関する検討会」の医師需給分科会(座長:片峰茂・長崎大学学長)の第2回会議で、入院医療に関する必要医師数は地域医療構想を基にするなど、将来の必要医師数の推計方法についての基本的な考え方が提示された。
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 基本的な考え方には異論はなかったが、「一定の幅」「補正係数」を持って推計するとされている上、「各地域の現在の受療率」を用い現状を追認するか、あるいは「全国平均受療率」を用いるかによっても推計は大きく異なる。また精神医療については、地域医療構想に含まれず、外来医療については、生活保護・自賠責・労災などのデータが、NDBには含まれていないという問題もある。さらに、医師の勤務時間についても現状追認か、あるいは勤務負担の軽減を加味するかなど、さまざまな変動要因があり、その調整次第で、必要医師数は大きく変わり得る。言い換えれば、この辺りが今後の論点になる。

 全日本病院協会副会長の神野正博氏は、「現状追認で推計するかどうかで、大きく変わってくる。医師の労働時間は、“ブラック企業” 並み。特に若手医師の勤務時間を是正せずに推計しなくていいのか」と問題提起。「今、不足している分野にどうすれば医師が増えるかという議論が必要だと思うが、その議論ができないのであれば、医師を増やす以外にない」とも述べ、地方、特に県庁所在地以外の地域の病院での医師確保の難しさを訴えた。

 これに対し、岩手医科大学学長の小川彰氏は、「時間軸の中で、考えなければいけない」と医師養成数の増加に反対。2008年度以降の医学部入学定員増に伴い、医師が増えてくるのはこれからであり、今後の定員は10年後、20年後の医師の需給を考えて検討すべきと主張した。
(略)
 松田氏は、入院医療における「100床当たりの必要医師数」については、4つの医療機能の診療密度を考えて、重み付けを行い、係数を設定するとした。また神野氏の懸念点については、「医師の長時間労働を前提にすれば、歪んでしまう。医師1人当たりがどの程度、勤務しているかを見ながら、関係部局と話し合いながら、検討する」と回答。またパートタイムなどの勤務形態も踏まえながら、「合理的な説明ができる係数を設定したい」とした。
(略)
 本検討会では、期限が切れる「臨時定員増」の医学部定員の問題と、医師の地域・診療科偏在、さらには将来の必要医師数の推計の議論が錯綜した。片峰座長は、少し議論を絞り込む考えを示したものの、一戸氏は「マクロベースでは、どこからも充足しているとの声は出てこない」と述べ、都道府県の担当者の間では、地域偏在の状況も踏まえた上で議論すべきとの意見が出ているとした。

 小川氏も、地域医療構想は2025年の医療機能の推計であり、医学部入学定員は、卒業生が活躍する将来を見据えて検討しなければいけないことなどから、「医師需給の問題は、“多変量解析”の議論になる。もともとこの議論は変数がとても多い」と指摘。さらに小川氏は、「医師1人が皆、同じ技術を持っている前提で話をしている」と指摘、「医師の質」も推計の際の変数になり得るとした。
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まあしかし「どこからも充足しているとの声は出てこない」などと言われると往年の「偏在か不足か」と言う議論を思い出すのですが、現状で多くの現場に不足感があるのはあるのは確かですが、一方で「売り上げが減ったからもっと頑張って」と発破をかけられている先生方もいらっしゃるのは事実ですから難しいですよね。
それぞれの各論としてみてみれば御説ごもっともなんですが、医療財政が今後拡大から抑制基調へと転じていくことはすでに既定路線とされている中で、医療従事者ばかりどんどん増やしていったのでは各人の待遇は引き下げられていくしかない道理で、単純にOECD平均並みに増やせば良いと言う問題でもなくなってきています。
医療従事者の中でも特に指示を出す司令塔役でもある医師の労働時間とは、すなわち医療費やコメディカルの労働時間にも大きく関わってくる問題ですが、地域医療構想によって病院の機能分化が進んでくれば施設毎の仕事内容に応じた適正な医師数なども割り出しやすくなる道理で、今後もう少し個別的な数字に基づいた議論はやりやすくなるのかも知れません。
ただ中核施設や基幹病院では未だに人手不足感が根強く多忙さに負われている一方で、ドロップアウトして楽で待遇もいい仕事に従事している医師もいると言う具合で、医師の労働環境は非常に格差が大きいと言えますが、今のところ医師強制配置論に与する医師が決して多数派ではない以上「その議論ができないのであれば、医師を増やす以外にない」のも確かなことではあるのでしょうが、さてその場合自然に任せるでいいのかです。

議論を見ていて興味深いと思った点として、医師数をどうするかと言う供給の側の議論は盛んにされていますけれども、患者たる国民の側の需要の話は全くなされていないらしいと言うことが見て取れて、例えば国民皆保険制度で全国どこでも同じ医療を同じ価格で受けられると言う建前になっていますが、現実的にそうしたことはあり得ないことは明白ですよね。
A町には分娩施設があるのだから隣のB町にもなければ不平等だとか、C町で癌の粒子線治療施設が出来たからD町でも同じものを作ってもらいたいだとか、平等とはどこまで追及するべきものなのかと言うことを考えた場合に、全国各地の町村レベルにまで高度医療までも提供する中核的医療施設を整備すると言うのは現実的な話ではないわけです。
癌治療などはある程度自宅からは遠方になっても集約化した方がより高度な医療を提供しやすい道理で、今後は地域医療構想に伴い都道府県単位で圏域内の医療資源配分を決めていくことになるはずですが、その場合に真っ先に問題になるのは医者が予定通り集まるかと言う問題もさることながら、地域住民がどれだけ医療サービスの不便さを甘受できるかと言うことも大きいはずですけれどもね。

日医辺りは「全ての国民は平等な医療を受ける権利がある!」と言った主張を続けていて、題目としては立派なのかも知れませんがそれを文字通り実現するためにどれだけ超えるべきハードルがあるかを考えるとやはり少し現実的ではなくなってきているとは言えると思いますから、そろそろ平等ではなく格差が存在すると言うことを認めた上で話を進めるべき時期なのでしょう。
国民の側もある程度医療の現状に関する理解は進んできている印象があり、またそうした状況であれば多少の不便はまあ仕方ないと受け入れる下地も出来て来ているのでしょうが、そうは言っても歩いて5分圏内に大きな病院が幾らでもある都心部と、一番近い町立病院まで車で1時間、そしてそこから基幹病院までヘリで1時間と言う僻地が同じ料金負担だと言うのも釈然としないところはあるでしょうね。
最近地域ごとに診療報酬に格差をつけると言うことが検討されているそうで、例えば医療機関の集中する都心部は安く、不足している僻地は高くすれば医療リソースの再配分が進みやすくなるだろうし、基本的に紹介患者だけを診たい基幹病院こそ飛び込み患者の少ない田舎に立地する方が雑事も減って楽だろうと思うのですが、もちろん医療機関側への支払いだけではなく保険料なども地域差があってもいい理屈です。
同じ医療を得るのにすぐ近所の病院に行けばいい人よりも、交通費と時間を余計にかけて遠方に通わなければならない人の方が医療にコストもかかるし質の高い医療も受けにくいと言うことであれば、平等性の観点からすると田舎の住民には保険料を安くすべきと言う考え方も出来るのでしょうが、今や商品目当てにふるさと納税が増える時代ですから、安い保険料目当てに田舎に住民票を移す動きが出てくればおもしろいですよね。

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2016年2月11日 (木)

今日のぐり:「総本家にしんそば 松葉」

グーグルアースと言えば近ごろでは何かしら妙なものを発見して楽しむ場と化していますが、先日思わぬところで思わぬものが見つかったと話題になっていました。

ヒマラヤ山中に秘密基地が存在か…Google Earth 黒塗り(2016年1月30日かすぽ)

ヒマラヤ山脈、ネパール領内の雪山の奥に、Google Earth で黒塗りにされたエリアが存在していることが分かりました。

Google Earth には、テロ対策や軍事上の理由などからボカシや黒塗りにされた場所が点在していることはよく知られており、その多くは軍関係の基地や施設です。
しかし今回見つかった「黒塗り」の場所は、険しい雪山が連なる広大な山岳地帯の奥にあり、「こんな場所に機密施設が存在しているものなのか?」とかなり不思議な印象を受けます。
一体ここには何が隠されているのでしょうか?

問題の地点の座標は「27°47’43.40″N 86°49’6.40″E」です。
続報が入り次第お伝えしていきます。

実際のところこれが何なのかは何とも言えませんが、しかし秘密基地なりを作るにしてもアクセス道路くらいはありそうに思うのですけれどもね。
今日は日々新たなネタを提供してくれるグーグルアースに敬意を表して、世界中からどこまで本当なのか?と思わず感じてしまいそうなニュースを取り上げてみましょう。

死んだ人を復活させるため!? 人体を冷凍保存する技術があるらしい!(2016年2月3日マイナビニュース)

(略)
クライオニクスとは「人体凍結保存」のことです。亡くなった人間の肉体を長期的に冷凍保存し、将来的には、それを蘇生させる、という試みです。「将来的に」というのは、その時期がいつになるか、はっきりと分からないから。これからますます発展するであろう未来の技術力に希望を託し、その時代のテクノロジーをもってすれば肉体を蘇らせることができるのでは、という予測のもと、亡くなった人の体をいったん冷凍保存するのです。

現在、クライオニクスを提供している施設は、アメリカ、中東、ロシア、オーストラリアなど、世界中にいくつか存在しています。そのうちの一つが、アメリカにあるアルコー延命財団(Alcor Life Extension Foundation)です。アルコー延命財団(以下、アルコー)では、全身の保存と頭部のみの保存、どちらかが選べるようになっています。頭部のみの保存方法があるのはなぜでしょうか? それは人間の意識、思考、記憶などの機能の中心は脳なので、脳、つまり頭部を残しておけば、肉体は未来の技術を持って人工的に作ったもので代用できると考えているからです。

費用は、全身で20万ドル、頭部のみだと8万ドルです。この金額で、遺体の搬送、冷凍保存、保管、解凍、蘇生措置が施され、その人が病気だった場合は治療も行います。現在この施設には、脳腫瘍で亡くなったタイの2歳の女の子など、すでに140人ほどの遺体が冷凍保存されているそうです。そして、死後、アルコーに遺体を保存する契約を結んでいる人は1,000人以上もいます。
(略)

記事にもありますように課題山積と言う以前の問題と言うのでしょうか、未来になれば何とかなるさ的な見切り発車としか思えないのですが、まあこれで救われる人もいると言うことなのでしょうかね。
こちらそうした技術の先鞭ともなるかも知れないと言うニュースなんですが、一部の方々からすればまだ実用化されていなかったのか?でしょうか。

米軍の新兵器は「サイボーグ兵士」、DARPAが開発中(2016年1月22日ニューズウィーク日本版)

 脳とコンピューターを繋ぐチップを頭に埋め込み、前線の兵士を「サイボーグ」に変える技術を、米軍が開発中だ。このインターフェイスは、米国防総省の研究機関である国防高等研究計画局(DARPA)が開発に取り組んでいる。チップを通じて脳細胞とコンピューターを接続できれば「人間の脳と最新電子機器の間に伝達経路を開くことができる」と、DARPAは説明する。
(略)
 DARPAは最終的に、1立方センチメートルよりも小さい(または直径2センチ余りの5セント硬貨を2枚重ねた程度の)、脳に埋め込める大きさのチップを製造することを目標としている。このチップが、脳細胞の発信する電気信号や化学信号をコンピューターに伝達する。
 これで、チップを移植した人の脳に外からデジタル音声やデジタル映像を送るアプリケーションの開発が可能になる。しかしそのためには、脳科学、生物工学、省電力技術、医療機器等の各分野で、画期的なイノベーションが必要だとDARPAは語っている。

 DARPAが最初に製造するデバイスは軍事用になるだろう。しかしそうした技術はしばしば、民間転用され社会に革命的な変化を起こしてきた。GPS(全地球測位システム)や音声通訳システム、インターネットはそのほんの一例だ。
 人間をサイボーグ化することには論議もあるが、その善悪の分かれ目は使われ方次第だろう。NESDプログラムは、オバマ大統領が推進する脳機能障害を治療する研究の一環でもある。

当然ながらハッキングされたりと言ったリスクもあるのでしょうが、しかしこうしたものは埋め込んだ端からすでに時代遅れと言うことにもなりかねない諸刃の剣ですよね。
インドから二題続けてお送りしますが、まずはこちら4月にはまだ早いと感じてしまうニュースです。

インド空軍の戦闘機がUFOを撃墜(2016年1月28日かすぽ)

インド空軍の戦闘機 Su-30 MKI が1月26日、ラージャスターン州バルメル上空で、UFOを撃墜しました。
気球型の飛行物体がレーダーで捕捉されたため、警戒警報が発令され、戦闘機が出撃に向かったとのことです。

インド空軍の広報官のコメント…
「午前10時半から11時の間に、空軍のレーダーが気球型UFOを捉えた」
「戦闘機1機が発進し、物体を迎撃、撃墜した」
「物体は回収し、現在調査を進めているところである」

墜落現場を調査した警察は、三角形の金属片5個を発見し、空軍に引渡しました。現場周辺5kmの範囲で、大きな爆発音を聞いたという村人たちからの報告が上がっています。
目撃者「爆発音は5回聞こえました。そして飛行機が接近した後、何かが落下していったんです」
UFOはインドまたはパキスタンの気象観測用気球だったのではないかと推測されていますが、インド空軍はこれまでのところ物体の正体を公式には確認していません。

実はこの不可思議な事件、さらに不可思議な続報があるのですが、さてこれを見て皆さんはどう感じられたでしょうか。
もう一件、インドと言えば時折こうした不思議なニュースも報じられると言う実例を取り上げてみましょう。

インドの7歳男児、メス犬と結婚 「占い」信じる親のせいで(2016年1月21日ブレーキングニュース)

インドにおける結婚とはまさに親、親族のため。女性(幼い少女まで)が強い嫌悪感を抱いても強引に縁談がまとめられる例は少なくない。ジャールカンド州ではこんな奇妙な結婚式が行われた。

インド・ジャールカンド州のマニク・バザーという村で、このほど7歳のムケシュ・ケライ君という男の子が結婚式を挙げた。相手はなんとメスの野良犬。大人しく座っている犬は体を花嫁衣裳のような白い衣で巻かれ、音楽が鳴れば抱かれて皆と一緒に踊った。男児を祝福する人々の表情は真剣であり、祖父のアショク・クマール・レヤンギさん(43)は英メディアにこう説明する。
「ムケシュは上の歯が特に大きく、これは不吉なことが起きる前兆だと私たち村人の間では言われています。占星術で運勢を見てもらったところ、この子の最初の結婚相手は早死にするらしく、私たちは孫の幸せと平和を守る立場にあります。犬との結婚はその不幸を回避するためのものです。」
式の間こそ花嫁として丁寧に扱ったものの、それが終われば人々は冷酷なことにその野良犬を放り捨てている。それこそ彼らの考える“凶相にある結婚相手が姿を消した。2人には早い別れが訪れた”というシナリオ通り。運勢が上がるよい縁談にめぐり合うまで、こうした場つなぎ的な儀式や厄払いはどうしても必要だという。

犬と結婚させられた話題はこれが初めてではない。2014年9月には、やはりジャールカンド州の10代の女の子がオス犬との結婚式を挙げている。両親は「わが娘は呪われた運命で、最初の結婚は一族やコミュニティに大きな災いをもたらすらしい。まずはこの犬と結婚してすぐに別れ、その後に普通の結婚をすることになる」と説明していた。生活は常に不安定で天変地異に見舞われることも多いインドの人々。縁起を担ぎ、占い、運勢判断などに心をとらわれてしまうのも特徴である。

土地土地で色々な慣習はあるものですが、合理的なように見えてもせっかくの式典でそこらの野良犬を使い捨てにするのはさすがにどうなのかとも思いますかね。
最後に取り上げますのはご存知ブリからのニュースですが、さてこれをどう解釈するのかです。

遅れの原因は「強い日差し」、英鉄道会社の説明に利用者困惑(2016年1月14日AFP)

【1月14日 AFP】「本日朝、強い日差しのため電車の運行に問題が生じたことをおわびします」――。ロンドンの鉄道会社が今週、電車が遅れたのは日光のせいだったと主張し、地元の通勤者らを途方に暮れさせている。

 ロンドン一帯で電車を運行するサウスイースタン(Southeastern)は12日、ロンドン南東部ルイシャム(Lewisham)で電車が遅れたことをツイッター(Twitter)で謝罪。しかし、遅延の原因は「冬の低い太陽」だったと釈明した。
 英国の通勤者にとって、降雪や線路の濡れた落ち葉が原因で電車が遅れるのは珍しいことではない。今回の新手の説明を面白がる人たちもいる一方、納得できない人も多くいたようだ。
 ツイッターには「日差しが原因で遅延とは。その創造力には恐れ入った!」という書き込みもあれば、「今まで聞いた中で最も苦しい言い訳」と切り捨てる意見も。さらに「次は『多過ぎる雲』や『月の光』が持ち出されるのでは」とちゃかす声も聞かれた。

 英気象庁(Met Office)によると、12日の国内の日照時間はわずか数時間で、気温は8.6度~氷点下2.3度だった。
 サウスイースタンの広報担当者は、運転手の中には、日光が低い角度から鋭く差し込むと発車前に車両全体をミラーで把握できなくなる者がいると説明。「こうなると、いったん車両の外に出て乗客の乗り降りなどを確認せざるを得なくなる」と述べた。幸いにもこうした事態はたまにしか起きないが、そうなった場合はやや余計に時間がかかってしまうことがあるという。(c)AFP

しかしこれが通用してしまう社会と言うのもそれはそれで興味深いですけれども、こうなりますと時間帯によっては毎日遅れることになるはずですよね。
過去何十年も何の対策もされないまま放置されてきたと言うことなのかどうか、さすがに歴史と伝統ある鉄道の母国らしいニュースと言えるのかも知れません。

今日のぐり:「総本家にしんそば 松葉」

京都は八坂神社前のローソンはいい色合いだなと感心しながら眺めていたのですが、こちら鴨川近くに位置する老舗の蕎麦屋です。
京都界隈で古くから食べられている「にしんそば」発祥の店としても知られる名店ですが、さすがに年季の入った店構えですよね。

もちろんオーダーするのはにしんそばなんですが、甘辛の身欠きにしんはちゃんと丼の底に入れられており、その上からそばが盛られている仕組みです。
見た目優先でにしんを上からトッピングしている店も少なくないですが、この盛り付けのおかげでまずはあっさりした汁の味が楽しめると言うものですよね。
上から蕎麦を食べ進めて来ますと、底のにしんから甘辛味が出てきて汁の味も変わってきますが、ここで別皿のネギを投入すると最後までいい案配にいただけると言うわけですね。
とにかく熱々で冬向きのメニューと言え、蕎麦の食べ方として考えるとベストとは思わないんですが、蕎麦とにしんを食べ終わり丼の底に残った汁を飲んでも生臭さを感じないのは大したものだと思います。
試みにせいろも食べてみたのですが、細打ちでしゃっきりした蕎麦ですが決して硬くはなく、汁は辛めですが濃くはなくとやはり東日本とは好みも違うのでしょうが、この汁の味ならもっと量があってもいい気がします。

観光地かつ老舗らしく接遇はしっかり手慣れたものですし、蕎麦も待たせることがないので回転は速そうですが、席が混み合わない時間帯なら窓からの眺めもなかなかいいものですよね。
設備面ではよくも悪くも年式相応と言う感じで、特に寒い時期ですと昔ながらのトイレがとにかく寒いなと思うのですが、逆に夏になりますと暑くてたまらないことになるのでしょうか。

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2016年2月10日 (水)

最近の高齢者絡みのニュース二題と雑感

炎上騒動など珍しくもない今日この頃ですが、若者だけでなくいい歳をして分別も十分あるだろう人間でも炎上すると言うことを示したのがこちらのニュースです。

「高齢者は適当な時に死ぬ義務あり」84歳曽野綾子発言がブーメランに ネットで「あなたからどうぞ」(2016年2月2日J-CASTニュース)

 作家の曽野綾子さん(84)が「週刊ポスト」のインタビュー記事で語った「高齢者は『適当な時に死ぬ義務』がある」との主張がネット上で大反発を受けている。
 高齢者は権利や機会を若者に譲り、死と向き合うべきだ――そんな「生き方」の主張だったが、「あなたからどうぞ」など厳しい意見が相次いでいるのだ。

■「ドクターヘリは利用者の年齢制限を」

 インタビュー記事は、2016年2月1日発売の「週刊ポスト」(2月8日号)に掲載された。「高齢者は『適当な時に死ぬ義務』を忘れてしまっていませんか?」との問いかけで始まり、曽野さんは「『いくらでも生きたい』は傲慢」「権利を『求め倒し』、医療を『使い倒し』、他人を『頼り倒す』ことは肯定されない」との持論を展開する。
 この記事の前提には、1月24日付け産経新聞朝刊1面に掲載された曽野さんのコラム「小さな親切、大きなお世話」があった。90代の病人がドクターヘリによる救助を要請した話を持ち出し、「利己的とも思える行為」と批判。負傷の程度でけが人の治療に優先順位をつける行為「トリアージ」を例にしながら、「生きる機会や権利は若者に譲って当然だ」「ある年になったら人間は死ぬのだ、という教育を、日本では改めてすべき」と主張した。また、ドクターヘリなど高度な医療サービスについても「法的に利用者の年齢制限を設けたらいい」と踏み込んでいる。
 「ポスト」掲載のインタビュー記事もコラムの内容が基本的に踏襲され、「死についての教育拡充論」により多くの紙幅が割かれている。
 確実に来る死を覚悟し、さまざまな機会や権利を若者へ譲る。医療サービスを誰しもが平等に受けるのは難しい時代、高齢者は死と真正面から向き合わなければならない。曽野さんが訴えたかったのは、そんな独自の「生き方」だったと言えるが、曽野さん自身が高齢だったことからか、ネット上で即座に反発の声が巻き起こった

  「長生きは『利己的』らしい」
  「あなたからどうぞ、としか」
  「『適当な時』は誰がどういう基準で決めるんでしょう」

 ツイッターには、こうした厳しい指摘が相次いでいる。中には「『高齢者は命令されたら死ね』と発言したに等しい」との意見もあり、批判の声は収まる気配がない。
(略)

この曽根氏自体は過去にも様々にユニークな?発言を繰り返してきた方で、決して社会的に大きな共感を得られている方だと言うわけではないとは思うのですが、しかし曽根氏自身の定義で高齢者とは何歳からなのか?と言う点は確かめておきたいですよね。
まあ何歳であろうが生きているから罪というわけではもちろんなくて、これが例えば曽根さんが将来ドクターヘリなりを利用したなりと言うのであれば言行不一致ですが、例えば急病にかかっても自宅の畳の上で従容と死を受け入れたと言うことであればむしろ称讚されるべきことでしょう。
個人的に先日興味深く思ったのが、日本などよりよほど医療に関してはシビアな面があるアメリカにおいても終末期高齢癌患者の実に4割がICUに入室していると言う記事が出ていて、アメリカでさえそうなのであるなら日本で終末期に濃厚医療をすることに何の不思議があろうと言う気もしてきますね。
ただ個人の考え方や生き方と言う点に関しては各人各様でいいと思いますが、現在の日本社会の仕組みとして高齢者の医療を始めとする社会保障は現実的には若い現実世代が支えていて、言ってみれば若者を踏み台にして生きているのだと言うことは知っておくべき現実であるとは思います。
この文脈で末期高齢者の看取り目的の救急搬送で若い人たちの救急患者を受け入れられないと言った批判も出ているわけですが、先日起こった赤穂市での親族殺人事件のバックグラウンドが非常に特異な状況であったと言うことが話題になっていて、こちらの記事から紹介してみましょう。

兵庫・赤穂市夫婦遺体事件 逮捕の19歳少年「頭などを殴打した」(2016年2月6日フジテレビ)

兵庫・赤穂市で養子縁組をした60代の両親を殺害した疑いで逮捕された19歳の少年が、「凶器で頭などを殴打した」と供述していることがわかった。
殺人の疑いで逮捕された19歳の少年は、2月3日から5日までの間に、赤穂市西有年(にしうね)の住宅で、この家に住む69歳の父親と、64歳の母親を殺害した疑いが持たれている。
2人の頭などには、刃物のようなもので、刺したり切ったりしたような痕があり、調べに対し、少年が「凶器で頭などを殴打した」と話していることがわかった。
少年は、夫婦の実の孫で、数年前に養子縁組をしていた

少年が勤めていた会社の社長が6日、取材に応じ、少年は、給料のほぼ全額を家に入れ、父親の介護も懸命にしていたと話した。
少年が勤めていた会社の社長は「おじいさん(父親)の容体が、年末にかけて、どんどん悪くなっていかれて。(少年が病院に)送り迎えする回数が、どんどん増えてきた。(父親が)『しんどい』言うから、背中なでて、一晩寝てないというようなことも、(同僚に)話したりしたこともあるみたいです」と話した。
警察は、犯行の動機や経緯について、くわしく調べる方針。

各種報道で様々な情報が飛び交っていることもありごく簡単に言えば、現在遠方で暮らしている母親の再婚の条件として連れ子無しと言うものがあったそうで、少年時代に言わば親から捨てられた形の少年は祖父母によって育てられていた、そしてその後に祖父母の養子として縁組されていたと言うことですが、実の祖父母であり養親でもある二人を殺害したと言うのですから驚きですよね。
聞くところによれば祖父が透析中だったこともあってか、高校時代から農作業を手伝うなど非常に献身的に祖父母を支えていたそうで、養子縁組も恐らく相続上少しでも有利にと言う祖父母なりの思いやりだったのだろうと思いますが、事件に至るまでにどのような事情があったにせよ、やはり世間的にはどうしても「楽しいはずの10代の全てを老人のために捧げることを強いられた少年の逆ギレ」と言った見方も出てしまうようです。
特に少年の側も給料のほとんどを祖父母に預けていたと言う点に注目が集まっているようですが、これも伝え聞くところでは祖父母の側でも少年名義でこのお金をずっと貯金していたとも言い、これらが事実だとすればお互いの間にどのようないきさつがあったのかははっきりしませんが当事者の誰にとっても不本意であり、哀しい出来事であったと言うしかないでしょうね。

国も今現在高齢者を病院や施設から家庭へと言う事を一生懸命進めようとしている最中ですが、実際高齢者を自宅で生活させるためにどれだけのサポートが必要になるかと言えば、やはりよほど経済的に余裕があるなどでなければ家族の誰かが人生を棒に振る覚悟で世話をせざるを得ないと言うのが現実でもありますし、そうであるからこそ介護殺人などと言われる哀しい出来事がたびたび報道されるとも言えそうです。
だから自分で自分の面倒が見られなくなった年寄りはさっさと氏ねと言うのもまた短絡的過ぎますが、人口減少局面で人材不足がこれだけ言われる中で、明らかに効率で施設介護に大きく劣る自宅介護を推進すると言うのもどうなのか、コスト的な側面もさることながら、長生きすればするほど当事者の人間関係をも破壊しかねないと言うのでは何の為の介護かですよね。
かつて厚労相を務めた現都知事の桝添氏が自らの介護体験をつづった書籍を出版していて、実際には全てを地元にいた実姉に任せて自分はせいぜい月一回帰っていただけだと批判されることも多いのですが、親の立場から見れば毎日顔をつきあわせて小言を言われる相手よりは、月一回優しい顔だけ見せに来てくれる相手の方がよほどうれしかったのだろうと言う点にも、老人介護のジレンマがあるとも言えます。
そういう点では四六時中尽きっきりで世話をしている介護スタッフなどは言ってみれば構造的な憎まれ役であって、入居者の被害妄想混じりの訴えを真に受けた家族からクレームでも入れられた日にはそれは心も折れ離職もしようと言うものですが、プロだからお金を取っているのだから完璧な対応をして当たり前だと言うのではなく、同じ人間として相手に敬意を持つと言う事は利用者側にも、スタッフ側にも互いに必要なんだろうと思いますね。

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2016年2月 9日 (火)

医療現場における変革への抵抗

先日「これがお役所仕事か」と話題になっていたのがこちらの記事ですが、実際にはもう少し複雑な問題ではあるようです。

「移動手術室」は施設?ドクターカーに待った(2016年1月28日河北新報)

 全国初の移動型緊急手術室機能を備えた八戸市市民病院(青森県八戸市)の新型ドクターカーの運用開始が延び延びになっている。「移動手術室」とのネーミングに、青森県が「手術室ならば施設の一部でないか」と使用に待ったをかけた。医療法上の手続きが必要かどうか県の結論は出ておらず、病院側はできるだけ早い判断を求めている。

<昨年10月開始予定>
 「V3」の愛称を持つ新型ドクターカーは、心筋梗塞の治療に対応した医療機器を搭載する。2メートル四方のテントを展開して移動先で手術を行うことができ、ドクターヘリが飛べない場合に八戸以外の遠隔地に出動する。
 県は昨年春、報道で車両が「移動手術室」と呼ばれているのを知り、「医療法上、届け出が必要かもしれない」と指摘。内部で法的問題などについて検討しているが、運用開始予定の10月から4カ月近くがすぎても答えを出せないでいる。
 県医療薬務課は「昨年夏に国に問い合わせ、年末に回答があったが、詳細が不明な内容だった。また問い合わせている状況だ」と説明する。
 ドクターカーは通常、緊急車両として警察に届け出れば使用できる。仮に「施設」と判定されると、手洗い設備や感染予防の空調管理システム、保健所への届け出が必要になるという。
 病院側は「ドクターカーの運用は医師の判断事項。県の許可は不要と考えるが、使用を待ってくれと言われれば待たざるを得ない」(管理課)との立場だ。

<現場で活用判断>
 救命救急は一分一秒を争う。病院は今月中旬、大雪でドクターヘリが飛べない恐れがあるとして、現場の医師の判断でV3を十和田市へ向かわせた。結果的にドクターヘリが患者を搬送したため、V3が実際に活用された例はまだない。
 病院の過去5年の分析では、V3があれば少なくとも3人の命を救えた可能性があったという。救命救急センター所長の今明秀副院長は「県の返答がなくて困っている。そこに命懸けの患者がいれば(県の許可がなくても)現場の判断で走らせる」と話している。

ちなみに八戸工大と共同開発した試作車輛の3号機として完成したというこのドクターカー、その名称はあの古典とも言うべき変身ヒーローの名前にあやかったのだそうですが、確かにこういうものがあれば様々な場面で有効に使えると言うことはあるでしょうし、まして雪深い地域であれば病院に運ぶ時間も惜しいと言う局面は少なくないのでしょう。
ただ一分一秒を争うから何でもありだとは非常時であれば通用することですが、この場合はひとたび運用を開始すれば日常的に活用されることになるわけですから、県当局が法的正当性を気にすると言うのも理解は出来る話なのですが、国にしろ明確な答えを出していないと言うのはこの種の高機能車輛であれば、運用次第ではかなり脱法的なことも出来そうだと言う理由などもありそうです。
一方でこの件で興味深いのは県がストップをかけ、病院管理課すなわち事務方が「使用を待ってくれと言われれば待たざるを得ない」と言っているにも関わらず、現場の医師の判断で実際に投入したり今後も「(県の許可がなくても)現場の判断で走らせる」と救急担当医が公言していると言う点で、一般的な組織であればこうした組織内での意志不統一はあまりよろしいものではないですよね。
医療現場においては組織上の構成の如何を問わず一番大きな力を持っているのはやはり医師であると言うことを示す実例とも言えそうな話なのですが、この現場医師の持つ力と言うものが必ずしも肯定的な場面でのみ活用されると言うものではなく、場合によっては抵抗勢力として働く場面もあると言うことを、先日興味深く拝見したこちらの記事から紹介してみましょう。

原点は「医師からの総スカン」、病院受診手配サービス(2016年2月3日日経デジタルヘルス)

 がんなどの重い病気にかかった時、どの医療機関で治療を受けるかは、患者にとって大きな選択だ。かかりつけ医が、必ずしも最適な医療機関や専門医を紹介してくれるとは限らない。「がんの名医」などの情報はちまたにあふれているが、そうした情報はしばしば患者の悩みをかえって深める。
 そんな患者に対し、最適な医療機関や専門医を紹介し、受診の手配までをサポートするサービスが、民間から生まれた。電話健康相談や医師紹介を手掛けるティーペック(T-PEC)が仕組みを構築し、メットライフ生命保険が保険商品付帯サービスとして2016年4月に提供を始める「ベストホスピタルネットワーク」だ(関連記事)。
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 このサービスが生まれるまでには、長い道のりがあった。20年以上前、まだセカンドオピニオンという言葉が一般的ではなかった時代に、ティーペックの砂原健市氏(現・代表取締役社長)が知り合いの医師たちから受け取った“冷ややかな言葉”。原点はそこにある。サービス開発に至るまでの道のりと今後の展開について、ティーペックの砂原氏と、メットライフ生命保険の前田晃弘氏(執行役員 コンシューマーマーケティング担当)に聞いた。
(略)
 まず立ち上げたのが、医師や看護師による24時間体制での電話健康相談サービス。1991年に、生命保険事業者としていち早く同サービスを導入したのが現在のメットライフ生命だった。24時間体制で健康相談を受け付けるというアイデアは各方面で注目を集め、サービス開始から間もなく、砂原氏は通産省(当時)が主催する「モダンヘルスケア研究会」で講演する機会に恵まれる。
(略)
 当時、健康相談サービスの先に見据えていたのが「名医紹介」だった。砂原氏は20歳の頃、親戚が肺がんと診断され、わずか1カ月で亡くなるという経験をする。ところがその10年後には、末期の胃がんと診断された別の親戚が、有名医の手術で救われるという経験をした。「名医であればこそ、救える命があることを知った」(砂原氏)。そこで、親しくしていた数十人の知り合いの医師に「名医紹介サービス」の構想を話して回った。

 反応は冷ややかだった。2つの側面から強い反対にあったという。第1は「日本には世界に冠たる医療制度があり、それは主治医と患者の信頼関係で成り立っている。主治医とは別の医師を紹介したところで、他人の診断に“ケチをつける”医師などいない」(砂原氏)というもの。第2は「医師に対する評価を一民間会社がくだすのか」(同氏)という批判だった。

 意気消沈した砂原氏が頼ったのは、ティーペックのサービスに早くから協力してくれていた日野原氏だった。ところが、同氏からも芳しい反応は得られなかった。「同じ病院内でも、『第一外科』と『第二外科』では使う手術器具までもが違っていたりする。まして、医師が異なる医療機関の医師に接点を求めることは非常に難しい」(砂原氏)と諭されたという。

 あきらめきれなかった砂原氏は、1994年ごろから「医学界を横断するようなネットワークを作ろうと動き始めた」。日野原氏の紹介などを通じ、7つの旧帝国大学医学部の教授など、医学界の権威たちとのコネクションを次々に作っていった。
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 砂原氏はまず、このネットワークを生かしてセカンドオピニオンサービスを始めようと考えた。だが、そこに至る道もいばらの道だった。大学病院のような有力医療機関からセカンドオピニオンサービスへの協力を取り付けるには「業務提携という形を取らなくてはならない。ところがそれには理事会や教授会の承認が必要で、一民間企業にはハードルがとても高かった」(同氏)。
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現在では医師の依頼によって患者に最適な紹介先医療機関を探すなど様々な業務を行っているそうで、患者側にとっても医療側にとっても相応に使いでのあるサービスであるように思えますけれども、確かに二昔も前にどこの馬の骨とも知れない保険屋がこんなことを言い出して来たとしても即座に賛成する医師もいなかったことでしょうね。
医師のメンツの問題などはこの際おいておくとしても、やはり医療の素人に何を以て良い医師、悪い医師が判断出来るのかと言う懸念や、学閥間での方法論の違いなど現実的にスムースな連携の障壁となるものが多いわけで、この学閥の違いと言うものは単純に「他所の大学のやり方になぞ従えるか」と言う単純なものと言うわけでもないですよね(まあそうした感情も人間社会である以上ないわけではないでしょうが)。
この点ではト○タ製の車をホ○ダのディーラーに持ち込まれても困ると言った話にも似ているのではないかと思いますし、自衛隊の戦闘機が何故アメリカ製ばかりなのかと言う疑問もこうした文脈で語られることがあるようですが、注目すべき点として過去20年間で医局システムの崩壊や研修制度改革、地域医療崩壊など様々なイベントが発生した結果、当時と今ではずいぶんと状況が変わっていることです。

今や医師が自分で就職先を探して、当然ながら学閥の壁などを通り越してあちらこちらに転勤すると言うことは全く珍しくなくなりましたが、ガイドラインの整備など医療手技の標準化とも相まってずいぶんと学閥間の垣根は低くなったと言うことが言えますし、人脈や土地勘のない病院に来て紹介先を迷っている医師も増えていそうですから、結果的にはいいタイミングでサービスを始めたと言うことも出来そうですよね。
こうした記事を見ると医師の視点と言うのは行政とはもちろん、患者である国民ともずいぶんと違うものなのだと改めて気付かされますが、現場の実情を知っているとも現場の狭い常識に囚われているとも言えるこうした感覚の違いについて、いわゆる「医師の常識は世間の非常識」的に批判することも容易ではあるだろうと思います。
ただ主治医制と言うものも医師と患者との信頼関係に基づき「一生責任を持って面倒を見る」と言う意味もあり、昨今ドライな医師が増えた結果か24時間365日拘束される主治医制など廃止しよう、たまたまその時患者を引き受けることになった担当医で十分だと言う考え方も普及してきていて、むしろ「他の先生にかかりたい?どうぞどうぞ、すぐに紹介状を用意しましょう」と患者離れのいい先生も増えている印象もあります。
現代医療とは医師と患者との間で説明と合意に基づく契約関係の元で行われるべきだと言う考え方に基づけば、時には患者の意志に反しても最善と思われる治療を行うと言う古典的主治医などはむしろ医療訴訟の格好のターゲットとして絶滅危惧種とも言われますが、かくして医療はようやく旧弊を脱したと喜ぶべきなのは、実は患者側と言うよりも医師の側に立った見方なのかも知れませんよね。

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2016年2月 8日 (月)

ドクターコールはもういらない?日医が飛行機搭乗前の医師登録制度を開始

本日の本題に入る前に、先日読んでいてこれはどうなんだと感じたのがこちらのニュースなのですが、検察審査会とは国民の間からくじ引きで選ばれたメンバーが検察菅が起訴しなかった案件について、不起訴が妥当なのかどうかを判断する場であると言うことを承知いただいた上で記事を一読いただきましょう。

患者転倒死で業過致死容疑 「不起訴不当」と議決 札幌検察審(2016年1月29日北海道新聞)

 札幌市内の病院で女性患者が転倒して死亡した事故をめぐり、業務上過失致死容疑で書類送検され、札幌地検が不起訴処分とした男性准看護師について、札幌検察審査会が「不起訴不当」と議決したことが29日、分かった。議決は27日付。

 議決によると、准看護師は2011年1月、くも膜下出血で入院中の患者=当時(79)=をトイレで介助していた際、患者が突然歩き出そうとして転倒。頭を打った患者は急性硬膜下血腫で2週間後に死亡した。

 准看護師は「危険な行動をする患者だとは判断されていなかった。カーテンの隙間から数回個室をのぞいて監視していた」と主張し、地検は12年10月、不起訴処分とした。

 しかし、議決書で検審は、同僚の看護師らの証言などから「患者が危険な行動をとる可能性を予測できた。十分な監視を怠った」と判断し、地検に再捜査を求めた。

 札幌地検の片岡敏晃次席検事は「議決内容を精査し、再捜査をした上、適切に対応したい」とのコメントを出した。

当日の状況がどうであるかは全く判らないし、患者の状態も何とも言いがたいのですけれども、介助つきでトイレに行ける程度と言えば全く寝たきりではなかっただろうと想像されるところで、記事にある通りの状況であったとすればまことに残念かつ不幸な事故と言うしかなく、これが民事ならばまだしも刑事ですから非常に厳しい判断と言わざるを得ない気がします。
同僚の証言からすると普段から突発的に想定外の行動をする可能性のある患者だったと言うことなのでしょうが、トイレに行ける程度の患者を24時間一時も目を離さず監視していると言うのも現実的ではない話で、こうした状況で起こった事故に関しても(日本の裁判制度の慣行から考えれば事実上)刑事責任を問うべきだと言う意見が国民の間では多数派であったと言うことですよね。
こうした国民の目線を承知した上で医療現場も改めて医療事故防止に対して意識していかなければならないと言うことですが、さて医療行為に伴う責任のあり方と言うことに関して、かねて議論の続いているのが飛行機内でのいわゆるドクターコール問題で、先日こんなニュースが出て話題になっていました。

「お医者さんいませんか」不要に? 医師会と日航提携(2016年2月4日TBSニュース)

 航空機内の「ドクターコール」が、今後、なくなるかもしれません。日本医師会は3日、日本航空と会見を行い、機内で急病人が発生した際に医師が速やかに応急処置できる制度を国内で初めて提携し、今月15日から運用すると発表しました。

 この制度は、日本医師会が発行するICカードの情報を医師が日本航空のホームページで事前登録することで、不測の事態が起きても、客室乗務員が座席を把握して、直接、協力を求めることができるというものです。

 日本航空では年間およそ360人の急病人が発生しているということで、日本医師会は「多くの医師に制度を活用してほしい」と呼びかけています。


日医とJAL、ドクターコールに応える医師を事前登録(2016年2月5日日経メディカル)

 日本医師会と日本航空(東京都品川区)は2月3日、機内で発生した急病人の応急処置を医師が迅速に行えるよう、搭乗している医師を事前に登録しておく「JAL DOCTOR登録制度」を2月から共同で実施すると発表した。日本医師会が発行する医師資格証を有するJALマイレージバンク会員を対象に、日本航空のウェブサイトからの登録を依頼する。

 医師資格証は、写真とICチップが搭載されたカードで、医師資格を確認できる。機内で急病人が発生した場合、事前に登録した医師に客室乗務員が直接援助を依頼する。これにより、より迅速な医療対応が可能になるとしている。医師自身が飲酒や体調不良などで対応が困難な場合は、辞退することも可能だ。

 飛行機内での急病人発生時には、「この中にお医者さんはいませんか」と乗り合わせた医師に援助を呼び掛けるアナウンスがなされる。しかし、法的責任や、どのような医薬品や機器が機内に搭載されているか分からないといった不安要素から、医師がこのドクターコールに応需することを躊躇するという声もある。ドクターコールに応需した場合の法的責任は、既に民法第698条で基本的に免責されているともいわれるが、米国などで制定されている「良きサマリア人法」を日本でも法制化すべきという指摘もなされてきた(関連記事)。

 そんな中で日本航空は、ドクターコールに応じた医療従事者の賠償責任を担保する保険への加入や、必要であれば機内から提携先のメディカルコールセンターに連絡して救急専門医から医療助言を24時間いつでも得られる体制を構築するといった航空機内救急医療支援体制を整えてきた。また、1993年に搭載したドクターズキットには、2001年から自動体外式除細動器(AED)を、2016年1月からはパルスオキシメーターや電子血圧計を順次搭載しているという。登録医師のインセンティブとして、日本航空は空港のラウンジへの入室資格を用意する。

 日本医師会によれば、2014年から発行を始めた医師資格証は、現在までに2500枚が発行されている。医師資格証の年会費は、日本医師会会員であれば5000円(現在は初回初年度無料)、非会員であれば1万円となっている。同制度の普及は、医師資格証の普及も大いに関係しそうだ。

あーこれはさぞかし大勢の先生が登録されるんでしょうなあと思うところなのですが、しかし毎年たったこれだけの年会費を支払うだけでこれほど素晴らしいインセンティブも提供されるのですから医師たる者先を争って登録をすべきであると言う声もさほどに聞こえてこない気がするのですが、逆説的に考えるならばこのカード所持者で事前登録をしない先生と言うのはまあ、そういう意志表示をしていると解釈すべきなのでしょうかね。
ちなみにこの日本医師会電子認証センターなるもの、一体何を目的とした施設なのかと言えば同センターのHPによれば「保健医療福祉分野の国家資格を、ITの世界や現実の世界の上で証明する機関」なのだと言い、「ネットワーク上で医師資格を証明するための電子証明書を発行」するなどの業務を行っているのだそうです。
将来的には医療情報のやり取りにおける電子署名などこの種の資格認証が必要とされる場合ももちろん増えてくるのでしょうが、医療現場と言えばレセプト電子化にすらあれほど抵抗が根強かったほどアナログな世界でもあって、現状で「医師資格証を活用することで、IT世界においても現実世界においても、医師であることを患者さんや国民の皆さまに証明することができます」と言われてもはあ、そうですかとしか言い様がない気がします。

この機内ドクターコールなるもの、過去のアンケートによれば応じる医師は全体の1/3からせいぜい半数程度だとも言い、その背景に機内で何かあったときどう責任を取らされるか判らないと言う懸念があることも大きな要因であって、興味深いことに国内航空各社においてもこの点に関しては言を左右して明言を避けているように見えますよね。
ちなみにこの種の話題になるとしばしば出てくるのが記事にもある民法698条なるもので、ドクターコール応需派はこれをもって免責されるのだと主張することが多いのですが、この698条に記載されているのは「本人の身体、名誉又は財産に対する急迫の危害を免れさせるために事務管理をしたときは、悪意又は重大な過失があるのでなければ、これによって生じた損害を賠償する責任を負わない」と言うことだけです。
要するに結果として本人の身体に急迫の危害が及ぶようなものでなかった場合、あるいは重大な過失があったと認定された場合には責任を負うことになると言う点では一般臨床における状況と本質的に変わらないと言う考え方も出来そうですし、その場合賠責保険に入っている日航のような会社以外であればどうなるものなのかですよね。
ちなみに飛行機に医師が乗り合わせている確率は7割程度、一方でドクターコールが発生する確率は国際線で0.1%、国内線で0.04%と言い、これを高いと考えるべきか低いと考えるべきか微妙ですが、会社側も本気で医師を呼びたいのなら一定確率で確実に起きることなのですから「何かあってもたぶん免責されるから大丈夫大丈夫」と誤魔化すよりも、さっさと保険くらい入っておけと言う気がしないでもありません。

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2016年2月 7日 (日)

今日のぐり:「湊一や 岡山本町店」

先日は日本全国大変な大雪被害であったようですが、各地で実体験として苦労したせいでしょうか、2年前の大雪で撮影されたこんな動画が改めて話題になっています。

大雪の日に出現した軽自動車のヒーロー(2014年2月15日ヤフー映像トピックス)

関東で記録的な大雪となった日、スズキの軽自動車「ジムニー」の運転手さんがとった親切な行動が話題に。

小さな車体がけん引した意外なものとは……。困った時に助け合う気持ち、忘れずにいたいですね。

スズキはこの動画をCMに使うべきだと言う意見多数なんですが、実際にやりますと一発で車を傷める可能性もありますので、素人さんにはおすすめ出来ない諸刃の剣と言うものですね。
本日は小さなヒーローに敬意を表して、未だ寒さの続く季節にふさわしく冬真っ盛りと言う情緒を感じさせるニュースを紹介してみましょう。

スノーボードで男性大けが(2015年12月29日NHK)

29日午前、那須塩原市のスキー場でスノーボードをしていた男性がバランスを崩してコース脇の木に衝突し、膝の骨を折る大けがをしました。

29日午前11時15分ごろ、那須塩原市のスキー場「ハンターマウンテン塩原」で、スノーボードをしていた埼玉県川口市のアルバイトの26歳の男性がバランスを崩してコースを外れ、その先の木に衝突しました。この事故で、男性は右膝の骨を折るなどの大けがをしました。

警察によりますと男性は、29日朝から友人と一緒にスキー場を訪れ、事故が起きた上級者用のコースなどでスノーボードを楽しんでいたということです。

警察は、男性が傾斜のあるコースでかなりのスピードを出していてバランスを崩したのではないかとみて事故の状況を調べています。

割合にありがちな事故のニュースだと思うのですが、何故か世間では「ボーダーが上級者用のコースでバランスを崩して大けが」と言う部分が妙に受けているようですよね。
こちら最近某自動車会社が本格的にはじめたと言う運動ですが、確かに冬になるとそうした光景を目撃する機会が多い気がします。

日産が猫バンバンの呼びかけ本格化 猫の事故を防ぐ「#猫バンバン プロジェクト」特設サイトを公開(2016年1月26日BIGLOBEニュース)

日産自動車は、車のエンジンルームやタイヤでの猫の事故防止を目的にした「#猫バンバン プロジェクト」特設サイトを公開した。

猫は冬になると、寒さをしのぐために車のエンジンルームやタイヤの隙間に入ることがある。その猫に気付かずエンジンを始動し、猫が犠牲になってしまう事故が毎年発生している。「#猫バンバン」は、そのような悲劇を少しでも減らすために、乗車前にボンネットをバンバンと軽く叩いたり車体を揺らすというアクション。日産自動車が、昨年11月に公式Twitterで発信して以来、SNS上で多くの支持を得ている。特設サイトでも、乗車前には必ず猫がいないかを確認し、気配を感じたらエンジンルームを確認するよう呼びかけている。

また、特設サイトでは「#猫バンバン」の更なる認知拡大を図るため、「#猫バンバン」オリジナルマグネットステッカーを抽選で100名にプレゼントする企画も実施している。

ちなみにネコが犠牲になることの是非はともかくとして、その後エンジンルーム内の後始末が非常に大変なことになるのだそうですのでお気を付けください。
冬と言えば基本的には温かいところで大人しくしていたくなるイメージなのですが、こちら確かにそうなるのかと言うニュースを紹介しましょう。

<大雪長崎>水族館広場ではペンギン13羽興奮気味(2016年1月24日毎日新聞)

 大雪となった長崎市の長崎ペンギン水族館では24日、ペンギンたちは大喜びで広場を歩き回った。訪れた家族連れらはカメラを片手に「かわいい」と声を上げた。

 雪中の散歩に出たのは亜南極に生息するキングペンギンなど計13羽。たっぷり積もった雪に、ペンギンたちは羽をばたつかせたり、鳴き声を上げるなどして、興奮気味。

 中には初めての雪に驚いて、仲間と別の方向に逃げ出すペンギンも。飼育員の村越未来さん(29)は「そっちに行っちゃだめ」と連れ戻すなど雪の中でてんてこ舞いだった。

記事の写真を見るだけでも普段とは違うペンギンの様子がうかがえますが、確かに雪を見たことがないペンギンもいるわけですね。
最後に取り上げますのはご存知ブリからのニュースなのですが、まずはこちら悲劇的事故を伝える記事から紹介してみましょう。

南極の無支援単独横断に挑戦、元英軍将校が死去 ゴール目前で(2016年1月26日CNN)

(CNN) 南極大陸で世界初の無支援単独横断を目指していた元英軍将校のヘンリー・ワースリー氏がゴールを目前にして死亡したことが26日までに分かった。55歳だった。
同氏は無支援、単独で約1460キロを踏破し、あと50キロ足らずで大陸横断を果たすところまで達していた。
出発から71日目の今月22日、猛吹雪の中で極度の疲労と脱水状態を示し、空路チリ最南端プンタアレナスの病院へ運ばれた。病院での診断は細菌性の腹膜炎だった。

ワースリー氏は、英探検家アーネスト・シャクルトンの南極大陸横断が失敗に終わってから100年がたった区切りに、英軍の負傷兵士らを支援するチャリティーとして横断を計画した。
現地からの最後のメッセージには「悲しいことだが、これで旅は終わりだ。ゴールは間近だった」と書いていた。
妻のジョアンナさんによると、同氏はすでにチャリティーの目標額10万ポンド(約1700万円)を達成していた。

同氏の友人で計画の後援者でもあった英国のウィリアム王子は、弟のヘンリー王子とともに訃報を悲しんでいると語り、同氏の「勇気と意志」をたたえた。

この時期南極は夏のはずですが、そうは言ってもわずかなことで猛吹雪に進路を閉ざされてしまうのが極地の恐ろしさですよね。
しかしブリと南極とはどれだけ相性が悪いのかと改めて感じさせるニュースなのですが、今はただ同氏のご冥福を祈るのみです。

今日のぐり:「湊一や 岡山本町店」

岡山駅前の繁華な一角に位置するのがこちらのお店ですが、全室個室で新鮮な魚介類が売りのお店だと言います。
場所柄居酒屋や飲み屋が集積している土地柄ではあるのですが、こちらレストランと言うだけに料理の方に期待が高まりますね。

例によって同行者と適当に頼んでみたのですが、まずはシーザーサラダは少し寂しいトッピングでチーズなどももっとたっぷりがいいかなと言う感じでしょうか。
この日のメインとなったのが酒粕鍋で、粕汁とはまた違う味でなかなかうまいですし、体も温まりますね。
刺身は盛り合わせを頼んで見ましたが、取り立てて特徴もなく味も可もなく不可もなく、強いて言えば盛りつけが比較的しゃれているのが目についたくらいでしょうか。
ブリカマ焼きはこの時期脂が乗ってるのは当然ですが塩加減が非常に微妙な感じで、個人的にはもう一塩加えた方が脂の強さとバランスが取れた気がします。
比較的鶏料理も充実しているようなのですが、若鶏炙り焼きの鶏が妙に味があるし、焼き鳥も塩加減は気持ち甘めですがジューシーで、鶏の味は気に入りました。
酒のつまみ的なものとしてイカ焼きソフトはさっくり食感で歯切れが良く、えいひれは炙った風味が香ばしいのですが、この日一番好評だったのはデザートに頼んだチーズケーキでしたね。
しかし酒を飲まないで食べても非常に控えめな塩加減は確かに飲み屋の味ではないのですが、メニュー自体は酒に合いそうなものが並んでいるのですよね。

店に一歩足を踏み入れて受付のカウンターがない?!と慌てたのですが、実際には非常に控えめなものがあるにはあるのですが誰もいないので、左右に扉が並んだ狭い通路を進み店員さんを探す羽目になりました。
トイレは設備はそれなりにいいんですがどうも一つきりのようだったり、カラオケ設備があるのに使えない部屋もあったりで、何やら設備面では今ひとつ釈然としない印象でした。
都市部の狭い敷地で全室個室をうたうとこういうことになるのかと少し感銘を受けたのですが、それにしても当店で予約間違いないですか?と訊かれた経験は初めてで、確かに間違いも起こりそうではありますよね。

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2016年2月 6日 (土)

もはや人工無脳とは言わせない

この数年で将棋ソフトがプロ棋士を破ることも珍しくなくなってきて、人工知能の開発はかなり進歩したと実感している人も少なくないと思いますが、将棋と比べるとはるかに選択枝の広い囲碁ではまだまだ当分の間はコンピュータがプロレベルの人間に勝てることはないだろうと言うのが定説でした。
それが先日グーグル傘下の英企業が開発した人工知能が欧州でプロ棋士を破ったと報じられたことから世界中で衝撃が走っているのですが、何故グーグルにはそれが可能になったのかが非常に気になりますよね。

グーグル、囲碁で「人間超え」の衝撃(2016年1月29日日経ビジネス)

 米グーグル傘下のディープマインド(英国)が開発した囲碁用のAI(人工知能)が、人間のプロ棋士を破ったというニュースが世界を駆け巡った。囲碁でコンピューターが人間のプロに勝つのは初めて。グーグルが1月28日発行の英科学雑誌「ネイチャー」に論文を発表した。
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 グーグルはどうやって、人工知能学者が予想していた「10年」の壁を一挙に飛び越えたのか。

 従来の囲碁ソフトは、「モンテカルロ木探索」と呼ばれる手法をとっていた。まず、人間にはデタラメにも見える手をランダムにAIが考案し、ひたすら終局まで打ち切る作業を大量に繰り返す。そこから逆算して勝率が高かった手を選ぶという考え方だ。前述の通り、囲碁では形勢判断の数値化が困難だが、終局時点なら確実に優劣が分かることを利用したもので、「モンテカルロ法」と呼ばれている。ここに、シミュレーションの途中で発見された「良さそうな手」を、更に深く探索する「木探索」というアルゴリズムを加えて、着手の精度を高めた。

 囲碁AIがアマ六段レベルに到達したのは、この手法が発見されたおかげと言ってよい。だが、モンテカルロ木探索による棋力向上は、ここ数年頭打ちになりつつあった。

 グーグルは「ディープラーニング(深層学習)」と呼ばれる技術を、モンテカルロ木探索と組み合わせた。人間の頭脳を模してコンピューターを連結したネットワーク上で、コンピューター自らが学習する特徴を持つ。画像認識分野でコンピューターが自ら「猫」「人間」などを高精度に識別できるようになった成果により、一気に注目を集めた技術だ。昨年11月に、囲碁AI開発に参入することを表明した米フェイスブックも、同様のアプローチをとっている。

 グーグルはAlphaGoで2つのネットワークを組み合わせた。次の着手を決める「ポリシーネットワーク」と、勝者を予測する「バリューネットワーク」だ。囲碁のトッププレイヤーの棋譜を大量に用いて学習させた。「Googleクラウドプラットフォーム」の、膨大な演算能力をフル活用しているという。

 囲碁のプレーヤーは、着手可能な手をすべて読んでいるわけではなく、盤面全体を見渡して、直感的に有望な手を絞り込んでいる。ディープラーニングによる学習は、コンピューターなりの「直感」を構築する作業とも言える。

 囲碁用のAIに、なぜグーグルやフェイスブックが血道を上げるのか。グーグルは発表分で「普遍的な機械学習技術を使って、囲碁を自らマスターした」と述べ、現実世界への応用が広く可能であることを強調している。将来的に気候モデリングや、複雑な疾病分析などに応用を見込んでいるという。
(略)

先の手をより確実に読めるとなれば、例えば投資など経済領域においてもいくらでも利用先がありそうですし、製薬などにおいても従来よりずっと効率よい新薬が開発できる可能性もあるかと思うのですが、いずれにせよ単純なベタ読みではなく人工知能が自ら学習し何が最善手かを考えて打つと言うことからすると、ようやく知能の名にふさわしい働きが備わってきたとも言えそうですよね。
この人工知能の急速な発展が各方面でどれほどの影響を及ぼすものなのかは未だ明らかではないものの、いずれは人を超え超知性とも言うべきものが誕生するだろうことは確実視されていて、そうした時代に何がどうなるのかはSFの世界では様々に予想されてきたものの、今のところ誰にも判らない部分があります。
ただそこまで先の話でなくとも身近な領域でも様々な応用が期待出来る部分もあって、例えば先日こんな興味深い試みがなされていると言うニュースが出ていたことをご存知でしょうか。

小松左京さんの遺作「完結」、人工知能に期待 データ提供(2016年1月27日日本経済新聞)

 SF作家、小松左京さん(1931~2011年)の著作権管理事務所「小松左京ライブラリ」(神戸市)は27日までに、人工知能(AI)の研究グループに全作品のテキストデータを提供したと発表した。難しいとされる人工知能による長編小説執筆の実現に向け、分析用の資料として活用してもらう。

 同ライブラリを運営する小松さんの遺族は、未完の遺作「虚無回廊」を人工知能が完結させることに期待を寄せている。

 提供を受けたのは、12年からSF作家、星新一さん(26~97年)のテキストやプロットを分析し、人工知能に短編小説を創作させる研究を進めてきた、公立はこだて未来大(北海道函館市)の松原仁教授らのグループ。星さんのプロジェクトでは、17年ごろの「新作発表」を目標に掲げている。交友もあった日本を代表するSF作家2人がそろって研究対象となる格好だ。

 同ライブラリによると、データを提供したのは約1年前で、今年で小松さんの没後5年となるのを機に発表した。松原教授は「星さんらしさを比較考量する資料として、小松さんのデータを一部使い始めている。将来的には小松さんの作風を研究したい」と話す。
(略)

さすがに長編作品は敷居が高いのではないかと思うのですが、以前にもどんな音楽でもバッハ風に編曲してくれるアプリが話題になったことがあるように、作家毎の特徴を再現し「新作」を次から次へと作り出してくれるアプリなどと言うものが登場すれば、故人ならずとも様々な理由から新作の登場が期待しがたい作家のファンには大きな福音となりそうですよね。
実際にはまだまだ実験段階なのではないか?と言う疑問もごもっともなんですが、先日は安倍総理自身が本部長を務める知的財産戦略本部が「AIの創作物を著作権保護の対象にすべきかどうか」を議論すると言い出すなど、この方面でも着実にその日が近づいて来ている気配があります。
ちなみにネタのような小話ですが、先日ランダムに文字を羅列した本を一冊6万円以上で「出版」し、全出版物が納められる国会図書館に78冊を納本して実に130万円を得ていた出版社が返金を求められると言うネタのような本当の事件がありましたが、もしかすると後の世には「初めてAIによって書き上げられ出版された著作物」として思わぬ評価を受けることになる可能性もまあ、少しはあるのかも知れませんよね。

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2016年2月 5日 (金)

仕事中に亡くなると言う選択枝が持てない不幸への対策

今ひとつ釈然としない判決と言うものは時々あるものですが、先日こんな記事が出ていたことに釈然としない思いを抱いた人は少なからずいたようです。

八戸の当直医死亡 母の労災請求、地裁も認めず /青森(2016年2月2日毎日新聞)

 八戸市の病院で2010年、当直勤務で待機中の男性医師(当時52歳)が急死したのは労災だとして、母親(85)=新潟市=が、遺族補償給付を認めなかった八戸労働基準監督署の処分取り消しを求めた訴訟の判決で、青森地裁は1月29日、請求を棄却した。

 田中一彦裁判長は判決理由で、医師は48時間の連続勤務中だったが「十分な睡眠時間が確保されていた」と指摘し、長時間労働が急性心筋梗塞(こうそく)を引き起こしたとする原告側の主張を退けた。男性は、持病の睡眠時無呼吸症候群の影響で低酸素血症になって嘔吐し、吐いた物を詰まらせ急性呼吸不全になったと認定した。原告側は控訴する方針。

 判決によると、男性医師は10年10月、当直室で嘔吐した状態で死亡しているのが見つかった。

労災の認定の基本として業務を行ったことで悪化したかどうかと言うことが判断基準になるそうで、医師の間のアンケートでも当直明けに体調不良になったことがあるか?と言う問いに「はい」が圧倒的多数に登ったと言うくらいですから、例え睡眠時間が確保されていようが常時張り詰めた緊張感の中でそうそう安眠できるものではないはずです。
今回の場合も48時間の連続勤務中に睡眠時無呼吸症候群で亡くなったと言うのはいかにもありそうな経過なのですが、睡眠時無呼吸があるなら通常同様に睡眠時間を取っていたとしても疲労が抜けないと言うことは知られていることですし、いずれの死因で亡くなったにせよ過労が悪影響を与えていないと言う判断には結びつかないと思うのですけれどもね。
当然ながら遺族側としては承伏しがたい判決だろうだけに控訴するのはあり得るとして、この辺りは誰がどのような判断を下したのかと言うことが非常に気になるものですが、医師など専門家による判断のさじ加減一つで結果が大きく変わってしまうと言うことは、例えば先日取り上げました糖尿病患者の運転免許更新などでもあり得る話です。
逆に言えば医師などは患者の立ち位置について十分知った上で、自分達の判断の結果がどういう社会的影響を与えるのかも考えないと患者さんから恨まれるだろうと言う話にもなるかと思うのですが、この点に関連して先日こんな記事が出ていたことを紹介してみましょう。

がん退職、防止へ指針 医師と企業連携・短時間勤務促す(2016年1月26日朝日新聞)

 厚生労働省は、がん患者らが仕事と治療を両立できるような対策を始める。がんになって仕事を続けられなくなる人は3割超いて、医療の進歩で生存率が改善しても経済基盤を失う人が多い。医師と企業が病状や仕事内容を情報交換する文書の「ひな型」をつくり、短時間勤務などで配慮するよう促す。対策の指針を2月にもまとめ、企業側を指導していく考えだ。

■厚労省、来月にも策定

 がんは2人に1人がなるとされる「国民病」だ。いったん退院しても、通院や経過観察が長くなりがちで、通常勤務への復帰は簡単ではない。指針ではがん患者らが体調や治療状況に応じて柔軟に働けるよう、短時間勤務や休暇などを活用するよう促す。
 具体的な対策としては、医師が仕事内容を把握し、企業側に配慮を求められる仕組みを検討する。勤務時間や職場環境などを文書で報告してもらい、「長時間労働は避けた方がいい」といった助言をしやすくする。重要な項目は列挙して、取り組むべき課題がわかるようにする。
 企業側にとっては、人材確保のためにも雇用の維持が大切になっている。企業と病院との情報のやりとりは患者本人の同意が前提で、内容は本人にも伝わるようにする。社員から報告があった場合には復帰までのプランをつくり、時間をかけて支援するよう企業は求められる
 病院も仕事について患者や企業から積極的に相談してもらって、患者が治療に前向きになれるようにする。

 指針は一般的な病気にも当てはまる内容で、注意点をまとめたパンフレットをつくる。厚労省は昨夏から有識者の委員会で議論しており、正式にまとまり次第、全国の労働局などを通じて広めていく方針だ。
 国立がん研究センターによると、がんにかかった人は2011年に約85万人と01年から約5割増えた。医療技術の進歩もあってがんでも働き続けたい人は増えているとみられるが、企業側の理解が進まず断念せざるを得ないケースもある
 「がんの社会学」に関する研究グループ(代表=山口建・静岡県立静岡がんセンター総長)が約4千人の体験者をもとに13年に調べたところ、診断後に依願退職などで仕事を辞めた人の割合は34・6%に上る。
 いまは病院と企業との連携は現場任せで、短時間勤務などが認められないまま辞めてしまう人も多い。このため、指針づくりを急ぐべきだとの指摘が企業や医療関係者から出ていた。

この種の指針なるものがどの程度有効なのかは職場それぞれにおいて事情も異なるのでしょうが、ないよりはあった方がいいのは確かなのだろうし、きちんと対応したいと考えている関係各方面にとっても役には立つものでしょうから、まずはきちんとした指針が出来上がることを期待したいですよね。
ただ企業側もそれぞれ考え方の違いもあって、そもそも仕事を辞めるよう追い込むような企業は指針があろうがなかろうが可能な限り都合よく解釈するのでしょうし、その意味では単なる努力目標ではなく何らかの罰則がなければ始まらないと言う考え方もあるでしょう。
この点で長年妊娠出産や女性、障碍者雇用など各方面で規制が行われてきた中で、それぞれ何が有効で何が有効ではなかったかと言うフィードバックも重要だと思いますが、一つ問題になりそうなのは判断のかなりの部分を担うことになるだろう医師側の対応ですよね。

医師にしてみれば癌と言えば命に関わる病気であり、そうであるからこそ治療上の都合は他の何よりも優先されてしかるべきだと言う考えが無意識にも多かれ少なかれあるものですし、そもそも癌治療を行うような基幹病院では検査や治療の都合も他患者とのスケジュールの都合を縫ってやりくりすると言うことになりがちです。
その結果やたらと仕事を休んで病院に来させると言う状況は全く珍しくありませんが、一方で企業側にとってみればそんなに治療で忙しいなら仕事は辞めて病気の治療に専念すべきではないか?と言う考えが出てくるのも当然と言えば当然で、患者側は両者の立場の板挟みにあって右往左往することにもなりかねません。
一体に癌に限らず治療法と言うものはガイドラインなどを見ても仕事との両立など全く考慮されているものではなく、せいぜいが入院が必要か自宅通院でも出来るか程度の工夫があるくらいですが、毎週何回も通院を強いられるような治療法が当たり前に選択されるのでは仕事に支障は来すのも当然ですから、本当に両立を考えるなら標準的治療のあり方そのものから再検討が必要でしょうね。
現状では何をもって標準的治療法とするかと言うことは治療の有効性から決められていますが、例えば治療効果は数パーセントしか違わないが仕事との両立のしやすさでは天と地ほどの違いがある場合もあり得るはずで、今後はこうした観点から治療効果のみならず日常生活と両立しやすさも検証されていくべきなのかも知れませんね。

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2016年2月 4日 (木)

入居権詐欺に改めて注意を

いわゆるオレオレ詐欺を筆頭に高齢者を狙った詐欺行為は枚挙にいとまがないもので、簡単に何百万何千万と言う大金を用意するところを見ると一体どれだけ金満なのかとも思うのですが、これら特殊詐欺と言われるものの中でも最近改めて注目されているのがこちらのタイプの詐欺です。

老人ホーム入居権巡り詐欺未遂 男3人逮捕(2016年1月29日日本テレビ)

 老人ホームの入居権を巡るウソの話で、77歳の女性から現金をだまし取ろうとしたなどとして、警視庁は詐欺グループの拠点を摘発し、20代の男3人を逮捕した。

 詐欺未遂の疑いで逮捕されたのは、無職・藤真道容疑者(29)や井上賢容疑者(27)ら男3人。警視庁によると、藤容疑者らは、東京・新宿区内の拠点から、千葉県の女性に対し、「老人ホームの入居権が当たりました」などのウソの電話をかけ、現金をだまし取ろうとした疑いが持たれている。警視庁が28日、この拠点を摘発したところ、多数の携帯電話や「世の中 金次第」と書かれた紙などが見つかったという。

 調べに対し、3人はいずれも容疑を否認しているということだが、警視庁は、今月に入って15人から約5000万円をだまし取ったとみて調べている。

老人ホーム名義貸し詐欺未遂か(2016年1月28日NHK)

老人ホームに入居する権利をめぐるうその話で、高齢者から現金をだまし取ろうとしたとして男3人が逮捕され、警視庁はこのグループが1月に入っておよそ5000万円をだまし取っていたとみて捜査しています。
3人は容疑を否認しているということです。
逮捕されたのは、東京・板橋区の無職、藤真道容疑者(29)ら3人です。
警視庁の調べによりますと、3人は27日、千葉県内の77歳の女性の自宅に老人ホームを運営する会社の社員を装って電話をかけ「入居できる権利が当たったが、権利を譲って欲しい」とうそを言ったうえで、金融庁の職員を装って「名義貸しは禁止されていて、お金を払えば、解決できる」と言って、現金およそ600万円をだまし取ろうとしたとして、詐欺未遂の疑いが持たれています。
警視庁は27日、新宿区内のオフィスビルの拠点を摘発し、その場にいた3人を逮捕するとともに、携帯電話やパソコンなどを押収しました。
警視庁は、押収したメモなどからこのグループが1月に入って、少なくとも15人からおよそ5000万円をだまし取っていたとみて捜査しています。
警視庁によりますと、調べに対し3人は「やっていません」などと供述し、容疑を否認しているということです。

こうしたタイプの詐欺は俗に入居権詐欺とも言うそうですが、記事にもありますように「ああたにホーム入所の権利が当たりました」から始まる一連の詐欺行為であって、この種の「○○が当たりました」式の詐欺と言うものは別に高齢者相手に限らず幾らでもあるもので、お得なメンバーに選ばれましたなどと言うたぐいのメールもこの同類ですよね。
この種の亜型として先日面白いなと思ったのは、誰しも名前を知っているような有名人から「私はあなたの事を一目見て好きになりました。どうしても会いたいのでメール下さい」と言うメールが届いたというもので、このメールの面白いところは次から次へとストーリーが進むようにメールが連続して送られてくるのだそうです。
当然ながらひとたび反応しようものならさらに輪をかけてメールが殺到するのだそうですが、メールならフィルタリングで迷惑フォルダに片づけられるかもしれませんが、電話で色々とまくし立てられると気の弱い人などは若い人でも断りにくい気がするもので、結局入りたくもないのに高額の入会金を支払ってしまうと言うことはありがちです。

いささか脱線しましたけれども、この詐欺の特徴としてホーム入居と言う高齢者には決して他人ごとではないテーマを扱っていること、そして「あなたが権利を無駄にすると他の誰かが入居できず困る」と同情心に訴えると言うことで、それはそれはと親切心から話に乗っているとまんまと詐欺に引っかかることになります。
何でもこの種の詐欺の鴨リストと言うものが共有されているのだそうで、うまいこと引っ掛けられるような相手には何度でも同じような詐欺の話が持ち込まれると言いますから大変ですが、当然ながら詐欺を相手にする必要は全くないので、最初から話を聞かない、相手にしないと言うことが重要ですよね。
どうしても話を聞いてしまうと言う人にはとりあえずの対策として「今手が離せないのでこちらから連絡します」と連絡先を聞くやり方も有効で、なんだかんだと理由をつけて連絡先を教えないだとか、携帯電話の番号しか言わないような相手は騙す気満々であると見なしていいと思いますが、根本的には高齢者が無駄にお金を持っていることが問題であると言うことなのかもしれませんけれどもね。

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2016年2月 3日 (水)

厚労省も医療費削減に努力中

医療費抑制について各方面で様々な方法論が議論されているところですが、先日なかなかうまいことを考えたなと感心したのがこちらの記事です。

「減薬に成功」で新点数、入院・外来ともに評価(2016年1月29日医療維新)

 中央社会保険医療協議会総会(会長:田辺国昭・東京大学大学院法学政治学研究科教授)は1月29日、2016年度の個別改定項目について議論、多剤投薬を適正化する観点から、入院患者の内服薬を減薬した場合の「薬剤総合評価調整加算」を新設する方針を了承した(資料は、厚生労働省のホームページ)。外来と在宅医療についても同様に、処方内容を調整して内服薬を減薬した場合の医療機関に対する「薬剤総合評価調整管理料」と、当該調整に際し、他の医療機関や薬局に照会した場合の「連携管理加算」を、それぞれ新設する。

 医薬品の残薬管理に向け、処方せん様式も見直す。処方せんの欄に新たに、「保険薬局が調剤時に残薬を確認した場合の対応」の欄を設け、(1)医療機関へ疑義照会した上で調剤、(2)医療機関へ情報提供――のいずれかを指示する場合には、「レ」または「×」を記載する。

 長期投薬にもメスを入れ、30日超の投薬を行う場合には、病状変化時の対応を患者に周知するという要件を課す。この要件を満たさない場合に長期投薬する場合には「30日以内に再診」「200床以上の病院の場合には、200床未満の病院、診療所に文書による紹介を行うことを申し出」「患者の病状は安定しているが、服薬管理が難しい場合には、分割指示処方せん交付」のいずれかの対応を行う
(略)

過剰投薬や問題と言えば、ある程度医療機関を利用したことがある方で全く心当たりがないと言う方は珍しいのではないかと思いますが、ちょっとした風邪薬などでも残った場合に家族が使い回してトラブル発生と言うこともあり得ますし、まずは処方薬とはあくまでも処方された当の本人に対して処方されたものであると言う大原則はきちんと守っていただきたいと思いますね。
従来から患者宅に大量の残薬が放置され医療費高騰の一因にもなっていると言われてきたところですが、処方側にインセンティブを設定するのは医療費抑制と言う観点からみても当然悪い話ではないはずですが、問題は昨今何でも設定されつつあるガイドラインとの兼ね合いですよね。
異常を見つけガイドライン上それはこう治療すべしと書いてある以上やらざるを得ない、その結果年々病気が増え薬も追加される一方と言う状況は日常的に経験しますが、こうした加算を導入するのであればガイドライン作成においてもどうした場合に休薬なり中止なりが可能なのかを明示していただきたくなります。
一方でここで注目いただきたいのは、こうした医療費削減にも効果があると思われる話が財務省筋ではなく厚労省筋で議論されていると言う点ですが、医学的に妥当であるのみならず国民にとっても利便性がある話ならばまだしもなんですが、見ていますと何やら各方面に大きな影響を及ぼしかねないこんな話もあるようです。

「治療に関係ない検査」で自費徴収を検討(2016年1月30日医療維新)

 厚生労働省は、1月29日の中央社会保険医療協議会総会(会長:田辺国昭・東京大学大学院法学政治学研究科教授)で、保険外併用療養費の「選定療養」の類型追加などを提案したが、診療側と支払側からともに異議が出て、再度整理し次回以降の総会で改めて議論することになった(厚生労働省のホームページ)。

 「選定療養」の類型追加案として厚労省が提案したのは、「治療中の疾病または負傷とは直接関係しない検査」。併せて、タミフルの予防投与など実費徴収できる範囲の明確化、差額ベッドと解釈されてきた「特別の療養環境」に、「差額診察室」を加え、長時間滞在が必要な治療を個室など特別の療養環境で行った場合の患者負担徴収など、既存の「選定療養」の解釈の幅を広げることも提案した。

 「治療中の疾病または負傷とは直接関係しない検査」の例として挙がったのが、ノロウイルス検査だ。同検査は、3歳未満と65歳以上には保険適用されているが、それ以外の年齢層は対象外。例えば、食品などを扱う会社に勤務する壮年層が腹痛を訴えた場合に、雇用先から「ノロウイルス感染ではない」証明を求められた場合などに、ノロウイルス検査分を実費で負担することなどが想定される。

 保険外併用療養費は、先進医療などの「評価療養」と、差額ベッドなどの「選定療養」に大別できる。「評価療養」は、保険導入を前提としているが、「選定療養」は、保険導入を前提としていない。しかし、厚労省は、今回の「選定療養」の対象拡大に当たって、「医療を取り巻く状況の変化や技術の進展等によって保険導入の可能性が生じることがあり得る」との解釈も同時に提示。「ノロウイルス検査で、ウイルス感染が判明し、治療法が変わるようになるのであれば、(現在保険導入になっていない年齢層でも)保険導入することはあり得る」(厚労省保険局医療課保険医療企画調査室長の三浦明氏)。

 日本医師会副会長の中川俊男氏は、提案されたノロウイルス検査と同様の考え方を広げていくと、「普通の医療が押し込められる可能性がある」と警戒。さらに「選定療養」が「保険導入することはあり得る」との厚労省に解釈に、医療保険制度の考え方を根本的な変更につながりかねないことから、「今回は無理、止めるべき」と議論に入ること自体を避け、今後改めて慎重に議論することを求めた。

 支払側も、「中医協だけでなく、(社会保障審議会)医療保険部会で議論しないとまずいのではないか」(連合総合政策局長の平川則男氏)、「次回以降の議論してもらいたい」(健康保険組合連合会理事の幸野庄司氏)との意見が出るなど、「選定療養」の対象拡大以前の問題として、議論の進め方に戸惑いを隠さなかった。
(略)

この選定療養費の再定義の問題、記事中にも例示されているノロウイルス検査など、現在治療している疾患とは無関係に何かしらの検査を出すと言うことはしばしばあることですが、それが保険診療の範囲外であった場合他の検査処置も全てが保険支払いの対象外となってしまうため、こうした場合には保険診療と保険外診療との混在を認めましょうという考え方です。
これがいわゆる混合診療と言うものですが、従来この混合診療が認められる場合としてある程度有効性がありそうだと認められた高度技術を活用した先進医療など「評価療養」と呼ばれるものと、いわゆる特室料など患者の快適性向上のために認められる「選定療養」の二つの場合があったものを、今回「保険導入することがあり得る」ものまで選定療養に含めると言えば、これはまさしく評価療養の考え方そのものに聞こえます。
一見すると患者側の利便性が向上しそうなこの話、各医員から強い反対意見が出た理由としてやはりこの考え方を推し進めていけば、例えば糖尿病で通院している患者で血糖を調べるついでに肝機能を調べるのは「治療中の疾患とは直接関係しない検査であるから保険外の自費診療にしましょう」と言う話にもなりかねず、医療給付の範囲を制限することにも使えそうな話であるからと言う側面もありそうです。
つまり風邪などは寝ていれば治ると言うのは一面の真実なのだろうし、その意味で風邪がつらいから薬をと言うのも典型的な選定療養の対象になり得ると言う考え方もできるだろうし、そもそも痛いから痛み止めをくれと言ったことでさえ患者が快適性を増すため自ら望んで言うことだと言う理屈は成り立つわけですが、だからそれらを全部選定療養の対象にして自費で支払わせろと言うことも、理屈の上ではできることになってしまうわけですね。

保険診療に関してはかねて可能な限りその給付範囲を拡大すべしと主張する一派と、医学的に妥当性がないだとか本人希望に過ぎないものは給付対象外にすべきだと言う一派とのせめぎ合いがありますが、例えば昨今の時間外診療に対する追加料金徴収などは患者自身の利便性と医療現場の崩壊防止と言う二つの観点から保険外で自費払いとしている点に意味があると言えます。
混合診療の範囲が拡大すれば保険診療の様々なルールに縛られず柔軟な対応ができるメリットもある一方で、新しい治療法や有効性が証明されていない治療法は保険診療から外されるのではないかと言う懸念もあって、希望する方には追加料金をお支払いいただければ対応しますと言うのも判りやすいのは確かなのですが、あまりやり過ぎると保険診療の意味が怪しくなってくるのは当然でしょう。
一方では窓口負担を引き上げるほど医療費は抑制されるという考え方もあるわけですが、医療の場合どこからどこまでが原疾患と関係していてどこからは無関係であると言う明確な線引きは困難で、同じ病気でも状況によって関係性が随時変わってくるのですから、こうした定義の元で区分けをしていくことは実はかなり難しいものはありそうに思えますね。

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2016年2月 2日 (火)

魔改造といえば男の浪漫を感じさせる言葉です

お隣中国と言えば昨今かなり「何でもあり」感満載なところがあって、先日はサルの頭部移植に成功した、さあ次は人間でやるぞと言うびっくりニュースが出ていましたけれども、話を聞けば頭を切り取って血管をつないだだけで神経などは全くつながれてはいないと言い、倫理的な理由から20時間後には処分されたと言ってもいやいや、この段階で人体に応用してはいかんでしょうと誰しも突っ込みたくなりますよね。
その中国で今やいつ行われてもおかしくないと目されているのが遺伝子的なレベルでの人体改造技術の応用なのですが、世界中で控えめに言っても極めて慎重に取り扱われているこの問題に関して、すでに実際に行われているのでは?と言う声も根強くあり、いずれにしてもいずれはやるだろうと各国がその対処に頭を悩ませているようです。

“人間改造”中国がタブーに踏み込んだ? 「ゲノム編集」世界の科学者らに波紋(2016年1月16日産経ビズ)

 生物の遺伝情報である細胞のDNA配列を自由自在に改変し、病気を治療したり優れた品種を生み出すことができる-。夢物語のような「ゲノム編集」と呼ばれる技術がここ数年、科学研究や製薬の現場で急速に広がっている。従来の遺伝子組み換え技術より格段に精度が高く、生命科学に革命を起こしつつあり、その開発者はノーベル賞も確実といわれる。しかし、生まれてくる子供の能力や容姿をデザインする行為、いわば“人間の改造”につながりかねないことから倫理面でも議論が沸騰。実際に中国ではヒトの受精卵でDNAを改変したとの報告が出ている。中国がついに禁断の領域に踏み切ったことに、科学者たちが国際会議を開いて対応を協議したほか、米ホワイトハウスが懸念を表明するなど、全世界に波紋が広がっている。(前田武)

 「現時点では、ヒトの生殖細胞にゲノム編集を加えて病気の予防や治療に使うことは無責任だ
 12月初旬、米ワシントンで開かれた科学者らの国際会議が現状に警鐘を鳴らす声明をまとめた-とのニュースは、関係者の大きな注目を集めた。ゲノム編集をめぐる今回の会議には、生命科学の研究者だけでなく法律や倫理などの専門家も集まった
 議長を務めたカリフォルニア工科大のデービッド・ボルティモア教授は、ゲノム編集について「難しい問題だが、どのように扱っていくか、よい方向性が出せた」とコメント。会議に参加した北海道大の石井哲也教授は「毛の色や身長といった見た目を『改造』する手段としては受け入れられない」と訴えた。

 会議が開かれたきっかけは、中国の研究チームが昨年4月に発表した論文だ。血液の病気の原因となる遺伝子を取り除くため、ゲノム編集によってヒト胚(はい)のDNAを改変したとの報告で、結果的には臨床に応用するにはまだ精度が低いとの内容だった。倫理面の問題を回避するため、もともと遺伝子の異常で子供として生まれてくることがない受精卵を使ったとされるが、世界中の科学者に大きな衝撃をもって受け止められた
 これを受け、米ホワイトハウスは5月、ゲノム編集でヒト胚のDNAを改変することは「将来世代への影響が不明で、現時点では越えてはいけない一線だ」との声明を発表した。身体の一部の細胞でDNAを改変する場合と異なり、精子や卵子、受精卵のDNAを書き換えると生まれてくる子供の全身の細胞に影響し、未来の世代にまで残ることになるからだ。
(略)
 従来の遺伝子組み換え技術でも、特定の遺伝子を破壊したり別の遺伝子を挿入したりすることはできたが、偶然に左右される部分が大きく、非常に効率が悪かった。ゲノム編集は、狙った部分のDNAを正確に短時間で改変できることから、ここ数年で世界中の研究現場へ爆発的に広がっている
 ただ、ゲノム編集はDNAを精密に切り取ることができるが、書き換える効率はまだ低いといい、技術上の課題がある。また、これらの手法の多くは海外で開発されたため、日本では十分に研究されていないという。生命科学の研究だけでなく新薬開発や食品産業などでも活用が期待される技術だけに、国内のレベル向上が求められる。
(略)

記事の中で注目していただきたいのは現時点でゲノム編集技術を人体に応用することは時期尚早ということで意見の一致を見たものの、それは単純に時期が早いという理由もあれば範囲を絞るべきだという意見もあり、またそもそも人間にこのような技術を用いる事自体反対だという意見も当然にあるだろうという点でしょうか。
このゲノム編集と言う技術、様々な手法が開発されつつあって各方面で応用が研究されている真っ盛りなのですが、今のところ確実性に欠けるためにもし失敗した場合にどうするのか、特に人間相手に応用した場合失敗だから廃棄処分に、と言うわけにもいかないのは、少なくとも欧米先進諸国における表立った議論としては当然の大前提とされています。
ただ遺伝子そのものを扱うと言うことは今後医療の世界においても次第に当たり前になってくるはずで、段階的にここまではやってよしと言う範囲を見定めながら一歩一歩手探りで進んでいくしかないと思うのですが、この点で国毎に文化圏毎にどこまでが有りなのかと言う線引きが大きく異なるだろうことは、例えば現状における世界各国での安楽死の現状を見ても判りきった話ですよね。
一方で前述の頭部移植手術などが世界各国の反対の中で粛々と話が進んでいると言うことを見ても、様々な理由から許容されざる研究を社会的にどう規制していくかと言うことは全世界的な課題になっていて、お金持ちがお金を出してやってくれと強いて要望し、やってやろうと考える野心家がいれば純技術的には現状でもかなりのことがやれるはずではあります。
そんな中で先日日本でも厚労省からこんな法案を検討していると言う話が出ているのですが、今後の関連性が出てきそうな話ですので記事から参照いただきましょう。

不適正臨床研究、中止命令可能に 厚労省、規制法案提出を検討(2016年1月21日朝日新聞)

 製薬大手ノバルティスファーマの高血圧治療薬ディオバンの論文不正事件などを受け、厚生労働省は臨床研究を規制する法案に、研究が適正に行われていない場合は中止を命令できるようにする条項を盛り込む方針を決めた。自民党の部会で20日、法案の枠組みを示した。今国会への提出を検討している。

 厚労省によると、現在は指針で改善を命じることはできるが、法的な強制力はないという。

 検討中の法案では、臨床研究を実施する研究機関に対し、患者に対するインフォームド・コンセント(事前の説明と同意)や、治療経過のチェックなどに関する実施基準を設ける。研究中に実施基準違反などが明らかになったときは、厚生労働相が法律に基づいて改善命令を行い、従わないときは研究中止などを命じることができる、とした。

 対象となるのは、国の承認を受けていない薬や医療機器を使った研究と、製薬企業から資金提供を受けて行う研究。製薬企業に対しては、臨床試験に関する研究機関への資金提供の状況について、毎年度の公表を義務づけるという。

この場合対象として考えられているのは例えば製薬会社と癒着してデータに不正操作を加えると言ったケースであると思うのですが、適切ではない研究を国が強制的に中止できるようになると言うことは各方面に応用範囲の広い話でもあって、ひとたび法律が出来れば対象範囲は拡大していくことも十分に考えられそうですし、いずれにしても「倫理的だからやるべきではない」と言っているだけではやろうとする相手に対して強制力がない道理です。
ただここで問題になるのがやはりどの程度の強制力があるのかで、先の論文不正事件なども臨床研究として一通り終わって結果が世に出てから問題になってきたわけですし、いわゆる科学の暴走的に好き勝手をやっていたとしてもそれが結果として世に出るまでには誰も突っ込みようがありませんから、実際にどの程度まで中止命令が役立つのかには疑問符がつきそうです。
以前にも学会のガイドラインに反して非配偶者間の体外受精を行った医師が日産婦から除名処分を下したものの、当の医師は相変わらず同じ処置を続け全国から不妊に悩む方々が押し寄せたばかりか、結局その後第三者からの提供を認めると方針転換したと話題になったことがありましたが、強制力の欠如と言うことの問題点と同時に倫理と言うものも時代によって変化していくことを示す例と言えるでしょうか。

例えば特定の遺伝子一つを改変すれば確実に命に関わる重病を発症させないように出来ると言う場合、それを生命倫理に反するとして禁止することは非人道的なのではないかと言う議論もあるはずだし、そうした処置が世界のどこかで行われていると言えば必ず海外渡航してでも利用したがる人が出るはずですから、後はどこかから「何故国内でそれが出来ないのか」と言う声が上がってくるのは時間の問題です。
実際に臓器移植に関する小児ドナーなども海外渡航でしか行えなかったものが国内でも可能なように法整備がされてきましたが、この小児から臓器を提供してもらうと言うことに関しても未だに倫理にもとる行為だと反対する意見は根強くあって、今のところはそれを許容出来る人だけが受け入れていると言う状況ですよね。
前述のゲノム編集技術の人体応用に関してもあくまでも技術的に未熟だからもう少し待つべきだと言う意見はすなわち成功率が上がればやっていいと言うことでもありますし、それに対して成功率100%だろうがやってはいけないことだと言う認識の人もいるはずで、やってよいこと悪いことを誰がどうやって決めていくのかと言うことはなかなかに難しい問題ではあります。
日本などはこうした点では基本的に諸外国で広く行われるようになるまでじっくり待つと言う場合が多い印象ですが、技術開発の観点からは最先端の技術もどんどん実戦投入していかなければ世界から遅れてしまうと言う懸念もあって、あまり慎重になりすぎても日本だけが数十年遅れのことをやっていると世界から笑われることにもなりかねないですよね。

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2016年2月 1日 (月)

とにかく全部届け出なさい、と言う側は簡単なんですが

昨年秋から医療事故調が稼働し、また昨年最大の医療ニュースとして群馬大病院での腹腔鏡手術に関わる死亡事例が多発したことが取り上げられるなど、このところ医療事故という問題に再び世間の注目が集まってきていますが、先日こんなニュースが出ていたことを紹介してみましょう。

現場判断での報告漏れ防ぐ 医師の負担増に懸念も(2016年1月29日共同通信)

 腹腔(ふくくう)鏡などによる肝臓手術で患者の死亡が相次いだ群馬大病院の医療事故では、病院側の問題把握が遅れたとの指摘が出ている。特定機能病院に、全死亡事例の院内報告を義務付けた厚生労働省は、その狙いを「医師個人の判断による報告漏れをなくすため」と説明。ただ医療現場からは死亡事例の多さを踏まえ、「医師への負担が大きい」との懸念も出ている。

 同じ医師に肝臓手術を受けた患者の死亡が続出した群馬大病院については、院内で事態を把握できず、チーム医療も機能しない実情が浮き彫りになった。一方、東京女子医大病院でも禁忌の鎮静剤投与を受けた男児の死亡事故が表面化した。

 国の承認を受け高度医療を提供する特定機能病院に対し、全死亡事例を院内の安全管理部門に報告するよう求めた厚労省。担当者は「制度がある病院でも報告の基準が不明確なのが現状。医師個人の判断で検証が必要な事例が漏れることがないよう、病院が全てを把握することが重要だ」。

 ただ関係者によると、特定機能病院の大半を占める大学病院では、病死も含め各施設で1年間に数百人程度が死亡しているとされ、北海道大病院の南須原康行(なすはら・やすゆき)医療安全管理部長は「全死亡事例で報告を求めると、現場の医師の手間は相当増える」と話す。

 北大病院では2015年に院内で約250人が亡くなったが、想定外の急変や合併症などによる死亡事例や事故として主治医から報告があったのは約10例。全死亡事例をチェックしている南須原部長が、カルテの確認や主治医への聞き取りを行ったのは他に5、6例だった。この計十数例の中で、問題のある事例はほとんどなかったという。

 南須原部長は、病院が全死亡事例を把握する必要性を認めるものの「明らかな医療事故以外の場合、診療科からの報告は簡易な報告にとどめ、医療安全管理部門を中心に確認を徹底すればいい」と指摘する。

さてこの話、現場で判断する余地を少なくする方がいいと言う理念も判らないではないんですが、実際にお亡くなりになる方々が日常的に多数出ているはずの特定機能病院で全死亡事例を報告するとなるとこれは大変な作業量で、しかも大学病院などになりますと「それが私達には判らないことですから」とコメディカルからもそっぽを向かれ、無休ならぬ無給の医員がまたぞろ夜なべ仕事で頑張るしかないという構図も想像出来るところですよね。
医療事故調などもどこまでを届け出るかに関して散々に議論されてきた経緯があって、法曹や法医学者などはとにかく片っ端から全部届けろと言い、現場臨床医などは手間の問題や紛争化リスクも考え問題のある事例に限るべきだと言う意見の対立があったわけですが、最終的には国内全医療機関に対して「医療行為に絡んで起きた予期せぬ死亡事例」全例を届け出ることを義務づけると言うことに落ち着いています。
一見すると前者の立場に立ったかのようにも聞こえるのですがこれも非常に解釈の余地があるところで、要するに医療機関側が予期せぬ死亡だと認めない限り届け出の義務はないと言うことですし、実際に制度稼働後に届けられた件数を見てみると院内死亡例のうちで非常に限られたケースしか届けられていないと言うことが明らかになっていますよね。
問題点の把握のためにもなるべく沢山の情報を集めたいと言う理屈は判るのですが、文字通り全数報告となった場合本当にそれが有効に活用される生きた情報として扱われるのかと言う疑問もあり、また別なリスクとしてこんなトラブルも発生してくるのではないかと興味深かったのが先日報道されたこちらの裁判です。

免許取り消し撤回求め提訴 糖尿病の男性、岡山(2016年1月27日産経新聞)

 生活習慣と関係ない1型糖尿病を患う岡山県の50代男性が、意識障害を起こす可能性を理由に運転免許を取り消されたのは不当として、県に処分撤回を求める訴訟を起こし、岡山地裁(曳野久男裁判長)で27日、第1回口頭弁論が開かれた。県側は争う姿勢を示した。

 訴状などによると、県公安委員会は昨年9月、県警の書式に沿って記載された主治医の診断書に基づき、男性が「無自覚性の低血糖症」だと判断して免許を取り消した

 男性側は、免許の取り消しに関する警察庁通達を踏まえ、無自覚性の低血糖の人でも血糖値を管理できると医師が認める場合は該当しないとの運用があると指摘。県警の書式は病状に関する項目が限定的で、実際の病状は運用の対象に含まれるのに対象外として扱われたと主張している。

 男性は27日までに運転中に意識消失を防ぐ措置ができるとする医師の診断書を地裁に提出した。岡山県警監察課は「係争中の事件なのでコメントは控える」としている。

しかしこのケース、当の担当医の書いた書類を元に県警が免許を取り消したはずが、当の担当医から問題ないと言う診断書が後から出てきたと言うことで、この辺りの患者と医師のやり取りが色々と想像されるものではありますよね。
ちょうど先日は当「ぐり研」においてもてんかん患者による交通事故問題が議論されたところですが、近年の免許更新要件の厳格化に関して言えばてんかんのみならず糖尿病や統合失調症など、意識障害を来たし運転上の安全性を保てない患者に関しては免許更新も厳しくなり、事故を起こした際にも厳罰に処せられるなど様々な規制強化が進んでいます。
これに関してそもそも医師は患者の状態に関して届け出義務があるのかどうか、それは守秘義務違反にならないのかと言う議論があったわけなんですが、最終的に「公安委員会に届け出ることができることとする(道路交通法101条の6」と言う非常に何とも微妙な法改正が為されたこともあってか、てんかん学会から改めて届け出の基準についてのガイドラインが出されています。
興味深いのは平成26年6月にこうした法改正がなされた結果、約1年間で全国各地から行われた届け出は184件に留まっていたと言うことで、国民皆免許の時代にこれら疾患の患者数が数百万の単位に登ることを考えても、果たしてどの程度事故防止の役に立っているものなのかと疑問に感じないではない数字ですよね。
一方で特に事故被害者家族側から求められているように全例届け出義務化と言う話になれば、手間暇の問題や患者との信頼関係など様々なトラブルが発生することも予想されるところなんですが、この種の慢性疾患の場合患者と医師との信頼関係に基づき正しく治療を継続させることが何より重要であり、結局はその方が事故防止にも役立つと言う考え方も一理あると感じます。

今回の裁判は医師側の立場とすれば明らかに危ないと感じて届け出た場合、もし患者側から訴えられでもしたらどうするのかと言う新たなリスクを感じさせる話だと思うのですが、逆にそうしたリスクがあるからこそ法律で義務化すべきだと言う意見もあって、医療現場においても意見の一致はなかなか難しそうには思いますね。
この種の医師の届け出が患者にとって重大な結果を招くケースとして例えば結核などがありますが、現在の感染症予防法(旧結核予防法)によって排菌が確認されれば公権力によって強制的に入院させられてしまうと言うのはもちろん伝染病と言う性質もあってのこととは言え、他人に迷惑をかける危険性があると言う点では前述の各疾患も全く同じであるとも言える話です。
また結核における排菌の有無と比べると、てんかんや糖尿病で意識消失が来るかどうかの判断は非常に難しく単純な基準を定めがたいだろうと思うのですが、そこに医師と言う個人個人の判断が介入するほど「あんたのせいで仕事も失った!どうしてくれる!」とトラブルにつながるリスクも高まる道理であって、届け出を躊躇させる理由として小さなものではありませんよね。
こうした判断の難しい状況として参考になりそうなのが、小児科領域における虐待事例の通報と言うケースだと思うのですが、患者側の立場からすれば通報され面倒な話に巻き込まれたのに同じ先生に続けて診てもらう気にもならないでしょうから、むしろ届け出をした後の医学的なフォローアップをどうしていくのかと言う道筋を付けることが重要な課題になってきそうです。

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