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2016年1月26日 (火)

富士山救助事故訴訟、消防局の素早い対応が意味するもの

本日の本題に入る前振りとして、先日こんなニュースが出ていたことをご存知でしょうか。

富士山救助ミス ヘリから落下の男性遺族、静岡市を提訴(2016年1月8日毎日新聞)

 富士山で2013年12月、滑落事故の救助活動中の静岡市消防局のヘリコプターから京都市の男性(当時55歳)が落下し死亡した問題で、静岡市は8日、男性の遺族が市を相手取り、約9000万円の損害賠償を求めて京都地裁に提訴したことを明らかにした。提訴は昨年12月1日付。

 同市によると、遺族は訴状で「死亡したのは救助ミスが原因だった」と主張しているという。

 男性は13年12月1日、男女4人のグループで登山中に富士山の御殿場ルート頂上付近で滑落した。市のヘリが男性を救助中、男性の両脇の下を通していたつり上げ用具がすり抜け、約3メートル下に落下した。翌日、静岡県警ヘリが男性を救助したが死亡が確認された。

 市救助事故調査委は14年3月にまとめた報告書で、つり上げ用具がすり抜けた要因として「男性が負傷の痛みで姿勢を変えようとした」など三つを挙げたが特定しなかった。遺族は示談で市に賠償を求めたが、市は過失を否定したという。田辺信宏市長は「提訴は遺憾。消防職員はできる限りのことをしたと認識している」とコメントした。【井上知大】

お亡くなりになられた方については残念であったと申し上げるしかないのですが、ここでは富士山山頂付近と言う日本で他に例のない高所で遭難事故が発生したと言うこと、そして冬山でのことでもあり恐らくは救助ヘリが駆けつけなければいずれにしても重大な結果になっていた可能性が高そうだと言う点をご記憶ください。
さて、短い記事から見るだけでも様々なトラブルが重なって裁判にまで至ったのだろうと思えるこの一件、裁判云々の行方はともかくとしてここで気になるのが何故こうした事故が起こったのかで、「そもそも冬山に登ったからだ」と言われれば全くその通りなのですが、こちらのより詳細な記事を見る限りでは3000m級までは訓練をしていたものの3500m級は今回が初めての経験で、隊員が低酸素症にかかっていた可能性が指摘されています。
ちなみに環境省や地元自治体が2013年に作成した富士登山のガイドラインにおいては「登山する場合は、自己責任において身の安全を守る」ものと銘記され、「万全な準備をしない登山者の夏山期間以外の登山」がそれまでの「自粛」から「禁止」へと格上げされていたと言い、その背景として不慣れな登山者による事故が後を絶たなかったからだと言います。
今回の事故なども含めて、今後改めて入山禁止と言う文言の法的裏付けも含めて議論されることになるのかも知れませんが、今回注目したいのは前述の事故を受けてからの極めて素早い対応として、当事者である静岡市消防局が救助ヘリコプターの運用基準見直しをしていたと報じられていることです。

消防ヘリ救助運用基準見直し(2016年1月22日NHK)

静岡市消防局は富士山で滑落した登山者をヘリコプターで救助中に落下させて死亡した事故を受けて今後は安全な救助ができるようヘリコプターで救助できる山の高さに上限を設けることを明らかにしました。

3年前の平成25年12月、静岡市消防局のヘリコプターが富士山で滑落した登山者をつり上げて救助しようとした際、救助用のベルトが外れて落下し、男性はその後死亡しました。当時、市消防局は県との応援協定に基づき、出動しましたが、高さが3500メートル付近の救助活動は初めてだったということです。

このため市消防局は再発防止策を検討した結果、今後はヘリコプターで救助できる山の高さに上限を設けることを明らかにしました。具体的には市内で最も高い間ノ岳の3190メートルを目安にするということで、県にもすでに連絡したということです。

静岡市消防局は「3200メートルまでのヘリの救助は、市内で訓練できるため備えられるが、それ以上高くなると救助をする上での環境が非常に厳しくなる」と話しています。

この事故をめぐっては、死亡した男性の遺族が救助の方法に問題があったとして静岡市を相手取り、京都地方裁判所に民事裁判を起こしています。

静岡市救助ヘリ 3200メートル上限◆富士山滑落で標高見直し(2016年1月23日中日新聞)

 ヘリコプターによる富士山での遭難者救助について、静岡市が活動区域を見直し、標高の上限を三千二百メートルと定めていたことが分かった。田辺信宏市長が二十二日、定例会見で明らかにした。二〇一三年十二月に起きた滑落事故で、市消防航空隊のヘリが救助に失敗したことを受けた措置。上限より高い山頂付近の活動は、県警や県などのヘリが担う

 事故では、救助のためヘリで引き上げる途中だった登山者の男性=当時(55)=が落下、その後死亡した。これを受け、市は一四年十一月にヘリの運用を見直し、活動できる範囲を市内に限り、標高を市内最高峰の間ノ岳(あいのだけ)(三、一九〇メートル)をカバーする三千二百メートルと決めた

 市消防局の担当者によると、市のヘリが市域外で訓練するには国交省航空局の許可が必要で、富士山で訓練を積むには制約があるという。

 富士山で救助活動ができる自治体などのヘリは、県、静岡市、浜松市の各一機と県警の二機の計五機。ただ原則として県警と県が対応し、静岡市のヘリが出動することはない

 一三年の事故では、県消防防災ヘリが点検中だったため、県、浜松市と結んだ相互応援協定に基づき、県の要請で、静岡市が出動させた。同市のヘリが富士山で救助活動するのは初めてで、しかも高さ三千四百七十メートル付近の難所だった。

 県警地域課によると、昨年一年間に発生した富士山での遭難は六十二件六十七人(死亡は一人)。このうち県警ヘリが出動したのは五件だった。

 山頂付近で活動するヘリが一機減ったことに、県消防保安課担当者は「遭難者の大半は地上からの救助で麓付近まで下ろされるため、五合目より上の出動はほとんどない。救助態勢が弱まるとは考えていない」と話している。

色々と考え方はあるのですが、ぶっつけ本番でやれば事故も起きやすくなろうとは誰しも想像出来るところですし、市のヘリでは市外の富士山頂で実地トレーニングを積むには各種の制約も大きいと言いますから、訓練できない高所については県レベルでの対応にお任せすると言うこと自体は別におかしな話であるとも思えません。
登山者について言えばこうした状況変化も含めて登山計画を改めて練り直す必要があるのは当然ですし、世界的に見れば遭難すれば携帯電話一つで即座に救助ヘリが駆けつけると言う環境の方がむしろ珍しいと言えますから、あまりに気楽すぎる登山に対する警鐘になるのかも知れないと肯定的に捉えられる側面もあるとは言えます。
ただ登山に関しては別に必要もないことを自己責任でやるのだからと了解は出来るのですが、やはり世間の目から見れば訴えられて守りに入ったと見えてしまうのは仕方のないところですし、今回にしてももともと県が出動するはずだったものを出動出来なかったからと市に依頼が来たと言うのですから、「救助態勢が弱まるとは考えていない」と言われてもはいそうですかと納得はしにくい話でもあるとは感じます。

山岳と海洋とを問わず、遭難事件に際しては救助する側にも少なからずのリスクがあることが知られていて、二重遭難の危険性から引き返して遭難者が亡くなったと言う事例もあれば、今回のように無理をして結局新たな事故を招いてしまったと言うケースもあり、その場その場での判断が非常に難しいことは理解出来ます。
ただ事後の訴訟リスクと言う視点で見ると2012年にも北海道・積丹岳での死亡事例に絡んで今回と同様救助に失敗した救助隊の責任を問う裁判があり、1200万円の損害賠償が認められて世間のみならず法学畑からも大きな反響を呼んだように、厳しい状況の中でも無理をしてでも助けに行った結果助けられなかったと言う場合の方が訴訟沙汰になりやすいと言う可能性も考えられます。
人間心理として「こんな状況では救助隊も出せない」と言われれば自然環境によって亡くなったと納得できるが、ひとたび救助隊が手を貸した以上は何かあれば人災だと言う認識になるものなのでしょうか、しかし登山家にとってみれば訴訟リスクを恐れて無理は一切しない救助隊と言うのも困ったものですので、善意の救助隊に事後責任が及ばない良きサマリア人法的な制度は必要になりそうな気がします。

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心と体」カテゴリの記事

コメント

同じ事故は二度と繰り返さない
堅い決意が見える神対応

投稿: | 2016年1月26日 (火) 08時53分

遺族にとっては、普段から冬山に登って心配を掛けているだけでどうしようもない旦那だから、
せめて死ぬときくらいは金になるような死に方をして欲しいと願っていたんじゃないですか?

投稿: | 2016年1月26日 (火) 09時14分

それ遺族に向かって言ってこいよゲス野郎

投稿: | 2016年1月26日 (火) 09時39分

医者を訴える死体換金ビジネスにかわるものかなぁ
「こんな悪条件の中手をつくしてもらってありがとう」だろ、ここで言うべき言葉は

投稿: | 2016年1月26日 (火) 10時08分

2013年12月1日, 富士山御殿場ルート9.5合目付近で男女4人が滑落する事故があり, 静岡県警のヘリコプターが救助に向かったが, 同日午後の救助活動中, このうちの男性1名をヘリで吊り上げた際(この時点では, この男性は言葉は発せないが, 手を動かして反応していたという),用具が外れて, 高さ3メートルから男性を落下させた。再度吊り上げようとしたが, 強風・乱気流と隊員の体力の消耗が激しかったため断念。翌2日にヘリで救助し病院に搬送したが死亡が確認された。県警は「あってはならない誤り」と謝罪した。このケースであれば, 過失が認定されてもやむをえないかと思われる。
長尾英彦:「遭難者の救助活動における過失」中京法学48巻3・4号 2014年

投稿: | 2016年1月26日 (火) 10時52分

ここにもロボットと人工知能の仕事場アリだな。
危険な作業なんて人間がやらなくていいよ。
無人攻撃機の技術は無人救助機にだって平和利用できるはず。

投稿: | 2016年1月26日 (火) 10時53分

この場合技能の欠如による事故だと言われているのですから、技能が伴わない行為は行わないと言うことが正しい対応であることは間違いないとは思うのですが。

投稿: 管理人nobu | 2016年1月26日 (火) 11時34分

>登山家にとってみれば訴訟リスクを恐れて無理は一切しない救助隊と言うのも困ったもの

 「行きずりの適任でないかもしれない人が善意で」手を出すことについての「良きサマリア人法」は引き合いに出すべきじゃないとおもいました。

 救助隊はもともと登山家同士が互助会的に発達させてきたもの、と聞きます。公が表に立つのは「山は商業資源」になったから。ヘリのコストまで出したいのなら本気で商売にするしかない。入山者に水も食料も割高で供給、入山料とって入山保険を積ませて、集めた金で傭兵的な救助隊を常備する。たとえそれが県警や自衛隊の看板を掲げていても、一般人がいるべきでない山に入った人間を助けに行くのは、地震、火事や交通事故や日常の中の急病に手を貸すのとは根本的に違う。商売です。 これを押さえたうえで、バカ対策に

 プロに高い医療費を出したのだから救命できて当たり前、というのも、人の寿命を考えれば無理な話。治療費だけは公的に保険されている、という意味をはき違えた人が、以下略

投稿: | 2016年1月26日 (火) 13時10分

誰がどう考えても今回のが正解ってことですね
ところでこれで県も事故起こしたらどうなるかwktk

投稿: | 2016年1月26日 (火) 21時40分

 奈良県警は26日、保護した同県生駒市の無職女性(60)を病院に搬送する際、警察官が暴れた女性の口にタオルをかませるなどした直後に容体が急変し、女性が死亡したと発表した。

 県警によると、同日午後3時半ごろ、通行人からの通報を受け、県警生駒署員が同市内の道路脇のガードレールにもたれ掛かっている女性を発見して保護。同署に到着後、女性は舌をかもうとし、一時的にタオルをかませるなどして取り押さえ、署内の保護室に収容した。

 午後6時40分ごろ、精神科を受診させるため、通報を受けた県職員の車の後部座席に女性を乗せた。その際に車内で女性が再び暴れ、両脇にいた署員らが4人がかりで女性の口にタオルをかませた。数分後、女性はぐったりし、一緒にいた看護師が調べたところ心臓が止まっており、約2時間後に病院で死亡が確認されたという。

 県警は「司法解剖して女性の死因を調べる。制圧行為と死亡との因果関係は今後調査する」としている。【内田幸一】

投稿: | 2016年1月27日 (水) 19時09分

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