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2016年1月18日 (月)

医療を利用しないことへの動機付けのあり方

医療費抑制と言うことが国を挙げての課題として取り扱われつつありますが、先日こんな記事が出ていたことを紹介してみましょう。

1年受診しない世帯に現金支給(2016年1月13日NHK)

増え続ける医療費を抑制しようと総社市は保険診療を1年間受けなかった世帯に現金を支給する事業を昨年度から始めていますが、今年度は82世帯が対象となり13日現金1万円が市長から手渡されました。

総社市は市民の健康意識を高め増え続ける医療費を抑制しようと特定健康診査を受けた上で前の年度の1年間、保険診療を受けなかった加入世帯に現金1万円を支給する事業を昨年度から行っています。今年度は昨年度よりも12世帯多い82世帯が支給の対象になり、13日市役所で片岡聡一市長が世帯の代表者に1人ずつ手渡していきました。

1万円を受け取った69歳の男性は「この取り組みを知って食生活を中心に見直しをしました。これからも継続して健康に気をつけて生活しようと思います」と話していました。

総社市の国民健康保険が給付した医療費は平成25年度までは前の年度に比べて3%から7%程度増えていましたが昨年度は0点8%の増加に抑えられ、特定健康診査の受診率もこの2年で1%あまり上昇したということで総社市では事業による一定の成果が出たとしています。

片岡市長は「これからは多くの人が健康になることを応援するような社会にしなくてはなりません。支給された世帯の皆さんにはこれからも健康で過ごして欲しいです」と述べました。

この種の「一定期間サービスを利用しなければ特典が」と言う話、民間では別段さほどに珍しい話ではないですし、そもそも以前から国政担当者の間においても「健康なら保険料が還元されるような制度を導入すべきだ」と言う声があったように、現行の保健医療制度では健康であることのメリットがないどころか、保険料を払っている以上使わなければ損であると言う意識が働いていると言う指摘がありますよね。
何故そうなるのかと言えば国民皆保険で最初から保険料を取られている、一方で給付に関しては万人に対して差をつけないと言う建前ですから「俺は保険料を沢山払っているんだからいい部屋に入院させろ」と言う要求も通らないどころか、一説には「日本で一番よい医療を受けられるのは生○受給者」などと言われている一種逆差別的な側面すらあるようです。
その是正策として何をどうするべきかは未だ定説のあらざるところですが、有り難みや有効性から考えると一時的な給付金よりも自動車保険のように等級制にしておいて、医療をあまり利用しない人々は保険料が低くなるのが本来正しいのでしょうが、まさにこうした民間システムを導入した結果病人が医療保険に入れなくなり無保険者や保険破産者が激増したのがアメリカと言う国の現状だと考えると難しいですよね。
ちなみに総社市のHPによれば、この制度で現金支給の対象になるのは総社市民で下記の3条件を満たす必要があるとのことで、ここで注目すべきは個人単位ではなく世帯単位であると言うことなんですが、1万円をいただくのもなかなかハードルとしては高そうにも感じられますよね。

1.平成26年4月1日から平成27年3月31日までの期間で、被保険者が保険診療を受けなかった世帯
2.(1)の期間で、40歳以上の被保険者(特定健康診査の対象者)がいるときは、対象者全員が特定健康診査を受けた世帯
3.国民健康保険税を完納している世帯

単純に受診を手控えろと言うだけではなく、健康診断をちゃんと受けている世帯限定と言う辺りに健康増進と言う名目が成立する余地はありそうなんですが、導入初年である13年度には実質赤字続きから400万円の黒字に転換したと言い、少なくとも世間的に注目を集め行動を一定程度変容したことは確かなのでしょうね。
自治体独自のこうした現金支給の制度は全国的にも珍しいものだそうで、長期的にこれがどの程度医療費削減に貢献するものなのかは今後の検証を待つべきなのでしょうが、マイナンバー制度が導入されれば個人単位で管理することも出来るようになるのだろうし、期間も1年間が妥当なのかと言った様々な検討課題も出てきそうに思います。
ただ受診抑制によって短期的な医療費削減に貢献したとしても健康の悪化につながるのであれば、長期的に見ればかえって医療費は増えてしまう恐れもありそうなのですが、興味深いのはこの制度導入当初にこんな文書が総社市側に届けられていたと言うことです。

「健康で1万円キャッシュバック」制度で総社市に意見書送付 医療運動部会(2014年3月25日神奈川県保険医新聞)

 神奈川県保険医協会・医療運動部会は2014年3月10日、1年間保険診療を受けないことに対し1万円をキャッシュバックしている総社市(岡山県)に対し、意見書を送付した。意見書では、「1万円キャッシュバック」のために適切な受診を控え、疾病の重症化につながる危険性を指摘。市民の健康と財政面の改善を目的とするならば、医療にかかりやすい環境を整備し、疾病の早期発見・早期治療による疾病の重症化で医療費の高額化も防止できると強調した。

 総社市では今年度より、「生活習慣病の重症化を防ぎ、市民生活の質を維持する」、「医療費の高額化を防ぐ」ことを目的に、(1)1年間保険診療を未受診、(2)特定健診を受けている、(3)保険税を完納―の全てを満たした国保世帯に、1万円をキャッシュバックする制度を実施している。

岡山県の一地方自治体が行うことに対して神奈川県の保険医協会が意見書を送ると言うのがどういう意図があってのことなのか判りかねますが、ここで言うところの早期発見・早期治療による疾病の重症化防止が医療費を抑制すると言うことは、まさしく日医などが長年にわたって主張してきたことですよね。
この点で言えば健康診断受診を支給の前提条件としていることはまさしく早期発見から早期治療に結びつけようとする意図そのものではないかと言う反論が成り立つとも言えますが、無論保険医協会の言うところは医療機関受診を手控えるようなことを言い出してもらっては困ると言う点にあることは明白だとは言えそうです。
この早期発見早期治療による医療費抑制論の是非に関しては未だはっきりした結論が出ていないと思うのですが、頻回の受診を促進させるとなれば当然それに見合った医療リソースを整備しなければならない道理であって、その整備コストの問題や医療リソースの増加そのものが新たな医療需要喚起を目指さざるを得ないと言う点から医療費増大を招くと言う側面もありますよね。

当然ながら医療そのもののアクセスを極めて制限してやれば医療費は抑制出来ても国民の健康水準は大きく低下するはずで、これら極端から極端へと至るどこかにコストと効果がバランスし最大化する最適解があると考えられるのですが、恐らく何を最適解とするかと言う点においてコンセンサスが得られていない以上、一定の幅をもって考えておくしかないように思います。
この点で今後は都道府県単位で地域医療計画を策定しどのように医療を提供していくかを自治体が積極的に関与することになるわけですが、当然ながらコストと効果、そして物理的なリソースの制約など様々な点を勘案し地域毎の実情に応じた方法論が模索されるべきものであって、どこかの自治体でのうまくいったやり方が別な自治体にとっても最適解であると単純に言えるものではないと言うことですね。
ただもちろん他地域でさえうまくいっていないやり方をこちらでも導入しろと言うのは無理がある話なので、毎年巨額の赤字を計上し全国2位の巨額繰入金で何とか国保をやり繰りしていると言う神奈川県でのやり方が医療費の高額化を防止できるとおっしゃられてもさすがにどうよ?と言うもので、今年も変わらず制度が続いていると言うことは総社市には合わない方法だと華麗にスルーしたと言ったところでしょうか。

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コメント

健診受けてない人は医療費割り増し料金にしたらいいんじゃない?
当たり前のことやってなくて注意義務違反とかなんとかで

投稿: | 2016年1月18日 (月) 07時38分

世帯あたり1万円って安い気がしますが。
せめて1人1万円くらいにしたらやる気でそう。

投稿: ぽん太 | 2016年1月18日 (月) 08時39分

健康診断の結果精密検査が必要と判断されても受診しないという事例が発生しないような配慮は必要だと思われます。

投稿: クマ | 2016年1月18日 (月) 08時52分

↑そこで、世帯あたり1万円なんでしょうね。
1人1万なら、精密検査は次年度に延ばそうとか思うかもしれないけど、世帯で1万なら命大事。

投稿: | 2016年1月18日 (月) 10時34分

ぽん太先生と同じ感覚を持つ階層と、
実際に行動を変えて、400万の黒字転換に貢献した階層は、
既にくっきり別れて、這いあがりも困難なのでは?
クマ先生の配慮が必要な階層が固定化しつつあるのでは、ということ。
どちらの階層のために皆保険を維持するのか、臍を固める時期かも。

投稿: | 2016年1月18日 (月) 10時38分

仰るように金銭的感覚の差異も見逃せないところで、どのような褒賞が保険財政改善にもっとも有効なのかは検討の余地がありそうに思います。

投稿: 管理人nobu | 2016年1月18日 (月) 10時45分

おっかないのは想定外の高額医療費です。ほんらい保険とはそういう懸念に備えるもの。
本人10割負担でもいいから、上限キャップだけは例外なく保証。これで充分に保険です。

投稿: | 2016年1月19日 (火) 10時50分

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