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2015年12月25日 (金)

決して失敗を犯さないたった一つの方法

群馬大学の腹腔鏡手術後に多くの患者が亡くなっていたと報じられ、全国で高度先進医療の安全性再評価が進んでいるところですが、その件に関係してこんな記事が出ていたことを紹介してみましょう。

「手術しなければ延命」…群大問題、遺族側会見(2015年12月20日読売新聞)

 群馬大学病院(前橋市)で肝臓の手術後に患者が相次いで死亡した問題で、遺族とその弁護団(団長・安東宏三弁護士)が19日、群馬県内で記者会見し、独自調査した開腹手術5例の全てについて「手術しなければ延命できた」などとする中間報告書を公表した。

 遺族らは執刀医らに直接説明するよう改めて求め、十分な回答がなければ法的措置も辞さないと表明した。

 独自調査では、いずれも開腹で、肝臓の手術後に死亡した4人と、膵臓すいぞうの手術後に死亡した1人について、消化器外科の専門医に検証を依頼。カルテや画像を解析し、術前の説明、手術や術後の経過について検討した。

 専門医は「手術をしなければその時点で死ぬことはなく、少なくとも数か月は生きられた」「術前に必ず行うべき検査をしていない」などと指摘。手術でがんを取り切れない場合も中止せず、強引に進めた例もあり、患者の利益よりも難しい手術への挑戦を優先した可能性があることも問題視された。

お亡くなりになった方々に対してはお悔やみを申し上げるしかないのですし、群大の症例選択や手術手技などが妥当だったのかどうかは今後の検証を待ち、改めるべきところは改めていくことが医療安全上重要であるのは言うまでもありません。
ただここで注目いただきたいのは専門医の意見として「手術をしなければその時点で死ぬことはなく、少なくとも数か月は生きられた」と言うコメントが出ているとされている点で、確かにそう言われればごもっともと言うしかありませんが、この論理でいくところおよそ侵襲的でリスクのある処置は一切出来なくなる理屈ですよね。
この秋から医療事故調制度が発足したのは周知のところですが、それに関連して「ボールは医療界に投げられた。医療界がこの制度をきちんとやらなければ、次の2016年6月の見直しは、大きな“逆風”にさらされることになる(武田裕・滋慶医療科学大学院大学学長)」と言った声が大きくなっているようで、事故調制度の位置づけに正直当惑している医療従事者の方々も多いのではないかと言う気がします。
医療における望まない結果がすなわち医療過誤、医療ミスなのかと言うしばしば世間で見られる誤解はひとまず置いておくとして、医療において100%確実なことはない以上、一定の確率で発生し得る有害事象と言うものはあるものだし、それを許容した上で医療を利用するかどうかは患者側の問題ではないか?と考えると、むしろボールは国民の側にあるはずだと言う考え方も出来るでしょう。
ただ医療安全と言う点に関して先日こんな記事を見かけたのですけれども、記事の内容そのものはごく当たり前の話をデータ的に裏付けているとも言える内容なのですが、国民の方々が医療安全と言うことを誤解したまま受け取っていれば非常に危惧される方向での解釈の余地もありそうに感じますね。

腹腔鏡手術、研修医参加で入院期間延長(2015年12月10日専門誌ピックアップ)

 米国外科学会手術の質改善プログラムのデータベースから基本的な腹腔鏡下手術6万6327件と難易度の高い腹腔鏡下Nissen噴門形成術5492件を対象に、手術への研修医の参加による影響を検証

 研修医の参加は患者死亡率、罹病率、再手術率とは関連しなかったが、基本的腹腔鏡下手術においては患者の再入院率および入院期間延長に関連していた。

 また、研修医の参加によって全ての手術で手術時間が延長していた。

研修医が何故手術に参加するかと言えば手技を覚えるためであり、指導医からすれば手術そのものの手間に加えて指導する手間も必要なのですから手術時間が延長するのはまあ当たり前だろうと思うのですけれども、死亡率等には影響しないとは言え再入院率や入院期間に悪い影響を与えていると言われると、患者にとっては不利益なことと言うしかないですよね。
素直に記事を読めば「それじゃ僕の手術の時には研修医なしで」と言いたくなるような話ですし、実際に現場の指導医の先生方にとっても研修医指導と言う余計な手間暇をかける作業はかなりの負担になっていて、外科手術に限らず研修医の指導そのものを拒否すると言う先生も中にはいらっしゃると側聞します。
もちろんベテランだけが業務を行うなら仕事そのものは一見早く終わっていくように見えるかも知れませんが、それが5年、10年と時間が経ち指導医達が次第に老いて衰えていった場合に誰がその後を継ぐべきなのかと言うことを考えた場合に、目先の余計な一手間と言っても将来に対する必要な投資でもあると言う捉え方もあると思います。
ただ医療安全第一と言う観点からすると何であれ患者さんに対して不利益になるようなことを意図的に行うなどとんでもないと言う話ですし、仮に研修医が失敗をやって命に関わるような重大トラブルが発生した場合に当事者として納得出来るかと言う話なんですが、医療に限らずこうした場合個人ではなく組織で業務を行っているのだと言う大原則を徹底するしかないように思いますね。

その点で先日非常に感銘を受けたのが、医療の質・安全学会のシンポジウムで抗菌薬と筋弛緩薬が取り違えられ患者死亡につながった医療事故に関して、外部委員として事後検証に参加した立場からのレポートがあったと言うのですが、医療事故が何故起こるのかと言うことを克明に調べた非常に興味深い内容になっており一読いただければと思います。
何故何重にも設定されていたはずのチェックシステムをかいくぐってこんな初歩的な事故が起きたのかと言うことが非常によく判る話で、事故に至る個々のステップを見ると多忙な日常診療の中で誰しも経験するような事例の積み重ねなんだと思うのですが、これを「マキシピームとマスキュレートの区別もつかない無学者に危険性のある仕事をさせるな」で終わってしまったのでは仕方のない話ですよね。
病院内に限らず介護施設などでも、しばしば胃に栄養剤の代わりに消毒薬を注入して大変なことになったと言った一見信じられないような事件が発生していて、結果だけを聞くとこれだから初歩的な医学常識もない人間はと思ってしまいがちなんですが、何故そんなことになったのかを検証していくと起こりがちなヒューマンエラーの積み重ねが重大な結果を招いたと言うケースが多いようです。
しばしば起こる酸素配管の取り違え事故に対して誤接続が物理的に不可能なコネクターが登場したような対策もありますが、それでも慌てた時にはわざわざチューブを付け替えてでも誤配管してしまうのが人間と言うもので、そうした間違いを犯す生物が大勢集まって医療を行っていると言う現実から目をそらせてはならないと言うことが医療安全の大前提であるように思います。

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コメント

おはようございます

>目先の余計な一手間と言っても将来に対する必要な投資でもあると言う捉え方もあると思います。

研修医が入るか入らないかで,手術料を変えたらよいでしょう.
ベテランも若手も同じ手術料ってのがヘンだと思います.

投稿: 耳鼻科医 | 2015年12月25日 (金) 08時27分

専門医外来は指名料を取る権利も追加でお願いします  o(_ _)oペコッ

投稿: てるてるぼうず | 2015年12月25日 (金) 08時40分

手術料に差ねえ、、、
1割負担年金老人がベテラン医執刀で、3割負担の貧乏リーマンが研修医執刀になりますね。

投稿: 麻酔フリーター | 2015年12月25日 (金) 10時44分

「手術をしなければ死ぬまで生きられた!」(ドヤ

日本は先進医療を拒否した、と言う事でよろしいんじゃないでしょうか?
やっぱり医師に代わって祈祷師を配置しましょうよ。
割とマジで。

投稿: | 2015年12月25日 (金) 11時10分

評価の方法についての議論はさておき、あえてリスクをおかすことへの何らかの評価も今後は必要になってくるのかと予想しています。

投稿: 管理人nobu | 2015年12月25日 (金) 14時05分

>あえてリスクをおかすことへの何らかの評価も今後は必要になってくるのかと

現状あえてリスクをおかすアホンダラ医師に事欠かないわけで、要らんでしょそんなもんw

投稿: 10年前にドロッポしました。 | 2015年12月26日 (土) 10時11分

医者って基本マゾだよね

投稿: | 2015年12月26日 (土) 14時42分

福島大野事件で「いちかばちかでやってもらっては困る」という発言があるように、
司法界では今でも「絶対安全でなければ侵襲のある医療はやるな」ってことでしょう。

患者の中にはこのままだと死ぬけど、いちかばちかの手術しか選択肢がないという
症例もあるわけで。

こういう症例では医療界が患者を見捨てても良いんですかね。五体満足なネット住人
は「治っても大して稼げないし、(高齢者なら)長生きして年金を渡すくらいならさっ
さと死ね」と言うかもしれませんが。

投稿: | 2015年12月27日 (日) 20時09分

おはようございます

>1割負担年金老人がベテラン医執刀で、3割負担の貧乏リーマンが研修医執刀になりますね。

老人のほうが合併症を持つ割合が高いので,それは当然かと思います.

投稿: 耳鼻科医 | 2015年12月28日 (月) 08時28分

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