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2015年10月28日 (水)

ある時期を境に激変した癌診療の歴史的経緯

本日の本題に入る前に、先日肝内胆管癌で亡くなった女優さんの話題を取り上げたところですが、今も各種の議論のテーマを提供しているとも言えるこの件に関連して、意外なところで名前が挙がっているのが例の近藤先生です。

守秘義務違反? 川島なお美さんに近藤誠先生がセカンドオピニオン外来でアドバイスしたことを公表(2015年10月16日newsdig)

(略)
文藝春秋に近藤誠先生が川島なお美さんが以前、自分にセカンドオピニオンを求めてきたことを記事にしています(近藤先生の治療に関する意見はかなりトンデモ系ですが、その件については多くの医療関係者が指摘していますので、今回は省きます)。手術ではなく、ラジオ波による部分切除(実際には病変部を焼灼する、肝細胞がんの治療としてはスタンダードですが、肝内胆管がんの場合は再発が多いことが知られています)を勧めたことになっています。でもさあ……。

亡くなったとはいえ、川島なお美さん個人の医療上の情報を担当医が公表していいの? 近藤誠先生!!」

という医師であるなら当然の守秘義務を破っているんじゃないでしょうか? 近藤先生が直接診療していない有名人ががんで亡くなったことを取り上げて、治療方法にチャチャをいれるという「後出しジャンケン」(命名は反近藤誠先生の長尾和宏先生だと思います)を出す分には言論の自由の範疇だと考えることができます。

芸能情報に強い近藤誠先生がテレビや雑誌の有名人のがん死記事を読み込んで、文章にしたり発言することは守秘義務違反ではありません。しかし、究極の個人情報である病気について実際に接した患者さんがいかに有名人であろうと、それを記事にしちゃうのはマズイです。刑法第134条に定められた法律を本人の承諾を得ないで開示した場合は6ヶ月以内の懲役又は10万円以下の罰金ですよ。

懲役や罰金なんのその、って考え方を近藤誠先生がお持ちだとしても、「あの先生って、患者さんの病状を簡単によその人に教えちゃう」なんて噂がたったら死活問題になります。多分、臨床経験が十分でなく(大学時代は論文の読み込みと執筆に多くの時間を費やしたことを得意気に著作に書いていますから)と大学病院というバックボーンに守られた医師生活が長かったため、一般の開業医が一番気にかける「噂」の怖さを知らないのでしょうね。
(略)

この記事を巡っては近藤先生本人は守秘義務違反ではないと主張している一方で、世間では明確に守秘義務違反であると言う指摘も多いようなのですが、そうしたリスク?も含めて近藤先生にお目にかかりたい、声を拝聴するだけで安心すると言う患者さんがいらっしゃるのだとすれば、それはそれで余人が口を出すべきところではないのかも知れません。
ちなみに今回の件で名前が出るまで全く興味もなく存じ上げなかったのですが、長年慶大病院で望まぬ万年講師の飼い殺し生活を強いられていらした近藤先生もようやく大学病院を定年退官されたのだそうで、今やマンションの一室でセカンドオピニオン専門外来なるものを開設し30分3万2千円で相談に乗っていらっしゃると言いますから、落ち着くべきところに落ち着いてご本人にも周囲にも良かったと言うことなのでしょうか。
この近藤先生の退官前後には慶大病院との間に色々と騒動もあったそうで、外野から見れば40年以上も飼ってきた以上最後まで後始末…もとい、面倒くらい見てやれよとも思うのですが、良くしたもので近藤先生の側ではこうした騒動もまた商売のネタになっている側面もあるようですね(もっとも慶大病院にすら相手にされなくなった結果、以前以上に「放置しろ」としか言わなくなってきたと言う声もあるようですが)。
以前に見た調査結果では近藤理論に賛同する医師が4%程度いたそうなのですが、想像するに患者の側でも20人に1人くらいは近藤流が肌に合う人もいるだろうし、医療リソースも切迫しているのですから当事者間で自己完結した診療を行ってくれている限りはむしろその他90数%の医療従事者にとってもメリットがあると思うのですが、悪い意味での社会的影響力を発揮している以上無視すべきではないと言う意見ももっともです。
ただ近藤理論の是非はともかくとして、近年の医療標準化の流れの中で、ともすれば標準と外れたことを希望する少数派の意見が通りにくくなったと言う窮屈さを感じる局面は医療従事者、患者双方にいるのではないかと思うのですが、この辺りのことについて少しばかり考えさせられたのが先日見かけたこちらの記事です。

「がんの告知」は本当に患者のためになるのか? 臨床医の語る経験的「告知論」(2015年10月22日BOOKS&NEWS 矢来町ぐるり)

(略)
 癌の患者さんに病名告知を行うのは、今となってはごく当たり前になってしまったようである。
 以前は、「本人に癌だなんて言うなんてとんでもない、信じられない」という見解が一般的であった。これはついこの間までそうだったから、読者諸賢にも覚えがおありだろう。
 私は、比較的早くから病名告知を行って来た医者の一人で、その経緯の一部は本文にも書いたが、ずいぶんと抵抗も強かった。田舎者である私の母は、「お前は人非人か」と言わんばかりに私を非難していた。

 世の中の出来事は大抵そうだが、アメリカでは、一足先に癌の告知がされるようになっていた。しかしそれは建国以来の伝統なんてことではない。これに関しては非常に有名な報告論文があって、1961年にはアメリカ人の医者で癌の告知を「しない」のが88%、それが1977年には「する」方が98%と完全に逆転したということである(Novack DH, et al. JAMA 1979; 241: 897)。
 この理由について詳細に述べ始めると長くなるのでやめるが、1977年の調査に回答した医者は「社会の変化」を第一の原因に挙げているそうである。

 ちなみに、「どうして先生は告知をする(もしくはしない)のか」、と聞かれて、1961年の「しない」医者も、1977年の「する」医者も、「臨床での経験から」、というのが一番多かったそうである。もう一つ、1977年では、「大学でそう教わったから、病院でそうトレーニングを受けたから」という回答もかなりあったが、1961年ではそういう答はほとんどなかった
 つまりは、1961年当時、医者は「自分の経験」から告げない方が良いと考えていたのだが、1977年になると、すでに告知は「するのが正しい」と「教えられ」ており、また医者自身の経験でもこれに違和感がなかった、ということである。よってこの間に、病名告知が「当たり前」になるという変化が起こっていたのである。
(略)
 数年後。私ががんセンターに医員として就職したのは1996年であるが、その年に「告知」に関するシンポジウムが開かれたと記憶している。登壇して喋る医者どもはみんな、「告知は必要だ」「私はこう告知する」という話ばっかりで、聴講していたがんセンター名誉総長のS先生が、「誰か一人くらい、癌は隠すべきだ、自分は言わない、という奴はいないのか。俺はそういう主張も聞きたい」とぼやいていた。私らがおっかなびっくり始めてからでもたった6年、G先生の大学で病院長が「告知は若気の至り」と言い放ってからわずか3年、アメリカと同じ、もしくはそれ以上のきわめて短期間のうちに、状況は一変していたのである。

 実は、「本人に言うなんてとんでもない」の時代から移って、告知そのものは一般的になった頃、家族からの苦情としては「本人に告げるのに、あの言い方はないだろう」というものが結構あった。そしてその中身は、「オブラートに包んで、やさしく、なるべく本人に衝撃を与えないように、深刻には言わないで欲しい」、とか、「癌だと告げるにしても、治ると言って欲しい」などというような、要するに「病名自体は仕方がないが、内容ではウソをついてくれ」というものが多かった。
 インターネットその他の情報の氾濫で、なかなかそういう「内容でウソを言う」ことも難しくなってきた。また患者の自己決定権を尊重するなんて建前論からすると、真実を分かってもらわないと正しい決定に導くこともできない。そんな事情から、この手の苦情も少なくなって来た。かくして、大手を振って「事実の告知」がされるようになったのである。今は誰もそのこと自体に異論を唱えない。かつて私を人非人扱いした私の母でさえ、「社会の変化」はそういうものだと承服したようである。
 しからば、情報の壁が取り除かれて、患者と医者の間のコミュニケーションは円滑になったか、というと、ぜんぜんそうはなっていないのである。
(略)

ここで取り上げられているのは日本赤十字社医療センターの化学療法科部長である里見清一氏の著書「医者と患者のコミュニケーション論」からの引用なのですが、日本での先駆者として里見先生が患者への病名告知を始められた際にはずいぶんと周囲の抵抗もあったものが、わずか数年で全く状況が変わってしまったと言う経緯が記されています。
興味深いのが先行するアメリカでの事例にも挙げられているように、その急激な変化が必ずしも臨床経験からのフィードバックと言うよりも「正しい癌診療とはかくあるべし」と言う理論優先で行われてきたらしいと言うことで、日本においてもわずかな期間でこれだけ告知が当たり前になってきたと言うのも、マスコミ等も含めて積極的にそうあるべきだと医療従事者と国民への啓発が進んだ結果だと言えるかも知れません。
その背景には一つには医療に対する不信感や医療訴訟などに対する防衛反応であるとか、これまたアメリカからやってきた患者の自己決定権は尊重されて当然と言う考えもあったのでしょうが、それが実臨床の現場でこうも短期間に受け入れられた背景には、そんなことをやってどうなることかと不安に思いながら始めてみたが、やってみたら案外よかったと言う実体験が後押ししているようにも感じますね。

近年インフォームドコンセントと言うことが医学教育の現場からも徹底されるようになり、最終的に何をどうするかと言う判断は患者自身に決めさせると言うことが当たり前になっていますが、医師の側から見ればある意味患者に判断を丸投げすることは楽であるし、特に前述の川島さんのように何をどうやっても最終的に負け戦になる確率が高いような症例では後々のトラブル回避の意味でも患者の意向最優先となりがちです。
川島さんの場合は自分の理想的な治療を求めてあちらこちらの病院に受診を繰り返し、最終的には怪しげな民間療法に行き着いたと言いますが、こうした場合恐らく四半世紀も前であればどこかの段階で「馬鹿者!死にたいのか!さっさと入院して手術せんか!」と一喝する医師もいたのでしょうし、それによってあるいは命が救われたと言う患者さんも一定数はいたのかも知れません。
ただそうして手術に持ち込んでも結果が悪かった場合「藪医者の誤診で無駄な手術を受けさせられ殺された!」とマスコミや司法も巻き込んで大変な騒動になるリスクを考えれば、わざわざ赤の他人のために余計な火中の栗を拾いたがる医者も減るのが当たり前と言えば当たり前で、今の時代であれば川島さんのような患者はむしろ熨斗をつけて喜んで紹介状を書いて送り出してくれる先生の方が普通なんでしょうね。
今は病院にかかると真っ先に告知を希望するかどうかを確認される時代で、告知を希望しないと言う方は決して多くはないように見えると言うのは自分の命のかかる問題である以上当たり前のことだと思うのですが、医者や家族、そして時には患者本人も巻き込んでの腹芸の果てに亡くなっていった古い時代もあったことを懐古的に思い出す人間もまだ残っているんじゃないでしょうか。

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コメント

癌なんて、一部例外があるとはいえほっときゃすぐ死んじゃうし、延命治療たって自ずと限界あるし、らくちんでしょ。
ああでも、告知の流れはやはり癌医療から始まっていると思うので、それは感謝しています。

投稿: JSJ | 2015年10月28日 (水) 08時26分

保険制度は一種類だけど求める医療は千差万別なんでしょう。
お互いに納得してやった結果なら満足して死ねるのかなと。
告知についてはウソつくよりはホンネで話せた方が楽は楽ですね。

投稿: ぽん太 | 2015年10月28日 (水) 08時49分

>わざわざ赤の他人のために余計な火中の栗を拾いたがる医者も減るのが当たり前と言えば当たり前
このような ごく常識的な言葉が、医療者の口から発せられても
人非人扱いされなくなったのも また社会的趨勢の一端ですね、結構なことです。
ところで大昔には医師は尊敬されて、その分リスクを背負わなくちゃいけませんでしたよね?
一体 どの時期から奴隷の如く、尊敬はされなくなるワ 過重労働は当然の奉仕とされるワ
儲け過ぎの銭ゲバと後ろ指を指されるワ リスクだけは負っ被されるワってな
とんでもない状況になったのでしょう、なし崩しに でしょうか?

投稿: | 2015年10月28日 (水) 10時19分

2000年代初頭から医療訴訟頻発と医療崩壊と言う現象が相前後して社会問題化しましたが、その背景としてネットの普及が大きな要因になっていると思います。
同時に医療従事者がアンチ医療的スタンスを取るマスコミというバイアスを介さずに国民と直接対話できるようになったことが、双方の意識改革に大きな役割を果たしていた気がしますね。

投稿: 管理人nobu | 2015年10月28日 (水) 12時54分

>儲け過ぎの銭ゲバと後ろ指を指される

これについては、少なくとも50年以上前からですね。
子供の頃から親に「医者と政治家だけにはなるな」って言われて育ちましたから。

投稿: | 2015年10月29日 (木) 08時40分

センセイと
言われるほどの
バカじゃなし

投稿: | 2015年10月29日 (木) 08時51分

>子供の頃から親に「医者と政治家だけにはなるな」って言われて育ちましたから。

 統治される側(他人のための責任を果たす能力がない人間)の処世としては当然。凡俗が金や名誉欲に引かれて無理をしてもなりあがったその地位で不善をなす。

 日本人は統治される側が ぱーぷー になってしまって、統治側にいる無能者を選別できなくなってる。味噌も糞も一緒にたたくしか能がないから、味噌も消えてゆく。しばらくは凋落が止まらないだろうね。

投稿: | 2015年10月29日 (木) 10時29分

嬉しそうだねw

投稿: | 2015年10月29日 (木) 12時05分

管理人様
>2000年代初頭から医療訴訟頻発と医療崩壊と言う現象
>ネットの普及が大きな要因
最大の要因は、ネットじゃないと思います、小選挙区制の導入です。どうしたら少しでもましになるか?を提案し説明し理解してもらうのが仕事の政治家が、とりあえず反対勢力に対してネガキャンやって一票でも多く取って勝ちさえすればよい、という方向に流れた。最初に大成功をおさめたのは小林よしのりや小泉純一郎の一派ですね。公務員バッシング、医師バッシング(医療パターナリズム批判、インフォームドコンセント導入、EBM≒ガイドラインによる医療w)は彼らのシナリオですよ。
 深く考えない人間が多いほど操作しやすいです。そういう意味で マスコミとネットは車の両輪だったと思いますよ。自民党と民主党みたいな。

>医療従事者がアンチ医療的スタンスを取るマスコミというバイアスを介さずに国民と直接対話できるようになった。
 そうでしょうか?
1行、多くても3~4行書き捨てで、「とりあえず相手の気持ちをざらつかせて、自分のイライラを他人にも」というスタンスの匿名の書き手が増えてませんか。(チャンネル桜や2chは巣窟。)それでいて、世の中に対して「いいこと言った」と幼児的ナルシシズムに浸る。 さて幼児的ナルシシズムを操作して小選挙区で勝った政治家集団がきちんと仕事をしたかどうか、誰がチェックするのかな。
 中~大選挙区に戻して世代交代を待てば希望が見えてくるかもしれないけれど。
>嬉しそうだね。  語るに落ちたな。 

投稿: 感情的な医者 | 2015年10月30日 (金) 09時27分

 医療系ブログで啓発され、
>医療者が火中の栗を拾わなくてよくなった。 

 医療者が自衛のためにしたことです。国民のためになってるかどうかは別の問題。

 専門家集団が本当にちゃんと仕事ができているか、素人にはわからないからプロを信用して権限をあずけるというやり方 は それなりのメリットがあるんだが、大衆は成果主義ではなく失点をカウントする懲罰主義で感情を満足させることを優先したんだ。(政治的野心をもって意図的に煽ったものがいる。)
 個人で引きうけるにはあまりにも大衆の懲罰感情が肥大化したから、医療者はJudgement-BMやGuideline-BMを受け入れた。こうして医療の多様性を削りとりマスプロ化したのは(医学部定員増とともに)来るべき大量死時代に備えるために有効な策だったとは思います。狙い通り首都圏では医師の給与が下がり始めましたね。その後のことは考えてないかも。 
 

投稿: 感情的な医者 | 2015年10月30日 (金) 10時26分

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