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2015年10月

2015年10月31日 (土)

ちょっとしたアイデアが現状を改善する?

本日の本題に入る前に朝日新聞と言えば昨今すっかりネタソースとしての地位を確立していますが、先日こんな記事が出ていたと話題になっています。

朝日新聞の『シャワーヘッド水通せば殺菌』が大炎上 「インチキ商品だろ」「殺菌されるはずない」(2015年10月20日ゴゴ通信)

朝日新聞が2015年10月14日付で報じた“シャワーヘッド「水通せば殺菌」 福岡のメーカー開発”という記事が今大炎上している。その記事の内容は薬剤を使わず、水を通すだけでレジオネラ菌などを殺菌・滅菌するシャワーヘッドの紹介で、有限会社田川化工が開発した新商品『助太刀K&D』に触れている物。

朝新聞の記事によると“ヘッドの内部に鉱石の「トルマリン」が組み込まれている。同社によると、通った水が電気分解される”と記載されているがこれが問題となり炎上している。

指摘されているのはトルマリンの通った水が電気分解されると記載されているが、トルマリンにそのような作用はない。では間違えたのは朝日新聞だけで製品そのものは問題ないのか? 故・久保哲治郎氏が書いた文章をそのまま受け入れてしまった可能性もある。故・久保哲治郎氏はトルマリンが電気分解できると書いており、これをそのまま商品化したのなら当然この商品は殺菌効果は無い

Twitterでも「今時トルマリンなんかで引っ掛かる人居るのかってレベルなのに」「トルマリンで電気分解は起きません」と指摘されている。

各種つぶやき等でもこれだけ話題になっている中で朝日側は記事の訂正とお詫びを出したそうですが、一応は「同社によると」と言う但し書きで中立を保っているように見せかけているものの、記事後半では国がその利用を推奨しているかのようにも誤解されかねない記載をしているあたり、広告としてはなかなかよく出来ている記事ではあると思います。
このトルマリンなる鉱物の各種効能については俗に言うところの似非科学と呼んで差し支えないと思いますし、わざわざそんなものを組み込んで宣伝している企業もその精神的土壌においてどうなのよ?と言う気もしないでもないですが、差別化が難しいこの種の商品において何らかの付加価値をつけることで売り上げを伸ばし利益率を上げられると言うことであれば、飛びつかない手はないと言う考え方もあるわけです。
この辺りはありきたりな商品にアイドルやアニメキャラなどのデザインを付加することで高いお金を取れるようになるのと似たような構図だと思いますし、それを買って幸せになれると言う人にとっては多少余分なお金を払う価値があるんだろうと思いますけれども、もう少し実際的な効能を期待して商品化の未知を探っている人々の話題としてこんなニュースが出ていました。

教員の多忙感解消のアイデア IT技術者と考える(2015年10月17日NHK)

世界的にも多忙だとされる日本の教員の、多忙感の解消を目指し、現場の教員とIT技術者がタッグを組んで業務の効率化のアイデアを競う、「ハッカソン」と呼ばれるイベントが東京で開かれました。出されたアイデアは今後、実用化も検討されていて、参加者は「業務を効率化して生まれた時間を、授業の充実や子どもとの対話に充てたい」と話していました。

IT技術を活用し、教員の多忙感の解消を目指すアイデアを競う「ハッカソン」は、教育関連企業などで作る協議会が今回初めて東京都内で開きました。
参加したのは教員およそ20人とIT技術者で、現場の悩みや要望を基に2日間かけて制作された6つのアイデアが発表されました。
このうち、教室内での負担軽減を目指すアイデアでは、子どもたちのテストの採点を短時間でできないかという要望に応えようと、答案用紙の丸つけや採点を自動で行ってくれるアプリや、子どもたち一人一人のノートを集めて点検すると、多くの時間が割かれてしまうという悩みを解決しようと、ノートに挟むだけで書かれた内容が教員のパソコンへ瞬時に転送される下敷きのアイデアなどが紹介されました。

こうしたアイデアは、今後、実用化も検討されるということで、参加した教員の1人は「業務を効率化して生まれた時間を、授業の充実や子どもとの対話に充てたい」と話していました。
主催した協議会の会長で、東京工業大学の赤堀侃司名誉教授は、「先生たちは楽をしたいわけではなく、子どもたちと向き合う時間をより作るために、さまざまなアイデアを出していました。こうした技術を学校現場に広く普及させる必要があります」と話していました。

「ハッカソン」とは
「ハッカソン」とは、コンピューターのプログラミングを意味する「ハック」と、「マラソン」を合わせた造語で、決められた期間内にIT技術を活用して課題を解決する開発力を競うイベントのことです。
IT先進国のアメリカで始まったとされるハッカソンは、ここ数年、各国に急速に広まりを見せていて、プロ野球のパ・リーグが「若者向けの新サービス開発」をテーマに行ったほか、トヨタグループで研究開発を担当する部門が自動車に関するスマートフォン向けアプリの開発をテーマに行ったりした事例があります。

日本の先生は忙しい
OECD、経済協力開発機構が2013年に34の国と地域を対象に行った調査では、日本の教員の1週間当たりの勤務時間は53.9時間と、参加した国や地域のうち最も長く、平均の1.4倍に上りました。
文部科学省が去年、公立の小中学校の教員を対象に行った調査でも、通知表の作成や、子どもや保護者へのアンケートの実施・集計が負担だと答えた教員はともに60%を超えるなど、事務作業の煩雑さも多忙感につながっていることがうかがえます。

教師の場合も最終的に手作業が非常に多くなりそうな仕事が中心なのだろうと予想されるだけに、実際にこれらのアイデアでどの程度業務が簡略化されるものかは判りませんし、医療現場で言うところの電子カルテのようにかえって作業効率が低下すると言うことも大いにありそうなんですが、何かしらの工夫で多忙感を改善出来るならそれに越したことはないですよね。
昨今教育現場にも段階的にタブレット等が導入されているわけですから、学童側で手書きからPC入力に変更出来るのであれば扱いが簡単になりそうにも思うのですが、導入コストの問題はさておいてもPC入力スキルによって学力評価に反映されるのはケシカランと言う反論も出そうですし、国語などは手書きすること自体に教育効果があると言うことも考えられそうです。
個人的な経験で言いますと学生時代に試験をマークシートでやっている先生がいて、一度その記載ミスでとんでもない点を取ったことがあるのですが、世の中何でもPCを使うことが大前提でちょっとした操作ミスが命取りにもなりかねないと言うことを思い知る意味では、学生時代にこの種の失敗を経験しておくと言うことは有用なのかも知れません。
医療現場においても同様に工夫出来ることはいろいろとありそうにも思うのですが、診療に直接関わるようなものの場合様々な許認可を経なければ使用できないと言う点で非常にハードルが高くなっていて、医療費削減や混合診療推進の流れの中でこの辺りにももう少し柔軟性が出てくることが期待出来るものなのでしょうか。

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2015年10月30日 (金)

何とも奇妙な不審死が自殺と判断され話題に

ある意味お約束と言うのでしょうか、先日こういうニュースが出ていました。

ロシア基地で1人死亡か=「自殺」扱い、爆発事故隠し?-シリア(2015年10月25日時事ドットコム)

 【モスクワ時事】ロシア経済紙RBK(電子版)などは27日、ロシア空軍がアサド政権支援のための空爆の拠点とするシリア西部ラタキアの基地で、19歳のロシア兵が死亡したと伝えた。23日に弾薬の取り扱い中に爆発事故が起きたとされるが、遺族には「自殺」と伝えられたという。
 シリアでは最近、アサド政権の地上部隊に加わるロシアの「義勇兵」が戦死したと報道されたことがある。基地の事故が事実なら「正規兵」の犠牲者は初めてとみられる。
 RBKや民間調査団体によると、この兵士はロシア南部クラスノダール地方の空軍基地所属の整備兵。SU25攻撃機の派遣に伴ってシリアに9月14日に送られ、10月25日に死亡が遺族に伝えられた。米紙ウォール・ストリート・ジャーナルによると、ロシア国防省筋は「戦闘ではなく、弾薬の取り扱いミスで死亡した」と証言した。
 このほか、23日にラタキアの基地で「黒煙が立ち上った」という目撃情報があるほか、遺族の間で犠牲者はもっと多いとささやかれている。

昨今では何かにつけて斜め上方向にぶっ飛んでいることから「おそロシア」と言う言葉もあるそうですが、まあしかし国のトップがああしたお人であるだけにこうした「自殺」だとか「事故」だとか言うケースはいくらでもありそうだとは言え、現実的にこういうことがあると考えると何やら恐ろしいのも確かですよね。
ただ近年もう一つネット上でたびたび話題になっているのが、非常に奇妙な状況で発見された死体に関して警察から自殺だと発表されるケースがあまりに多いのではないか?と言う問題で、幾ら何でもその状況で自殺と言うのは無理があるだろうと言うニュースがたびたび登場することから、昨今では何かしらそう発表したくなる背後事情でもあるのでは?と深読みされるのが当たり前のようになってきているようです。
そんな中で先日起こった学童死亡事件について警察が自殺と発表したことが非常に大きな話題になっているのですが、こちらの記事からその何とも不可解な状況を紹介してみることにしましょう。

山中の遺体は10歳男児 自殺か(2015年10月27日NHK)

26日夜に東京・日野市の山の中で首をつって死亡していたのは、近くに住む10歳の男の子と分かりました。警視庁は現場の状況などから自殺とみて、動機などを調べています。
警視庁によりますと、26日午後8時すぎ、日野市三沢の山の中で子どもが首をつった状態で死亡しているのが見つかりました。警視庁が調べた結果、死亡したのは近くに住む小学4年生の10歳の男の子と分かりました。
これまでの調べによりますと、遺体は両手と両足が荷造り用のひもで結ばれた状態でしたが、周囲には争ったり、ほかの人が関わったりしたような跡はないということです。また、衣服は着ていませんでしたが、近くに置いてあったということです。
男の子は26日は学校が休みで、夕方になっても家に帰らなかったことから母親が警視庁に通報していました。
現場は住宅街の中にある小高い山で、男の子の家に近く、ふだん遊びに来ていた場所だということです。遺書などは見つかっていませんが、警視庁は現場の状況などから自殺とみて、動機や現場の状況を調べています。
(略)

小4男児、両手足縛られ首つり「自殺の兆候はなし」(2015年10月28日日刊スポーツ)

 東京都日野市の高幡不動尊の裏山で26日午後8時ごろ、近くに住む小学4年の男児(10)が全裸で木で首をつった状態で死亡しているのを警視庁日野署員が見つけた。同署は自殺の可能性が高いとみて慎重に捜査を進めているが、少年の家に出入りする親族とみられる男性は27日、「自殺はないと思っている」と悲痛な思いを口にした。
 同署が事情を聴いたところ父親は「ふさぎ込んだ様子はなかった」と言い、母親も「おかしい様子はなかった」と話している。

 同署によると、現場には争ったような第三者が介在した痕跡はない。両手足を白いビニールひもでしばられていたが解剖の結果、表皮離脱、皮下出血がなく外圧が弱いと考えられるため、自らしばった可能性が高いという。死因は首を圧迫したことによる窒息死。
 男児は26日午前11時ごろ自宅を出たまま帰宅せず、母親が午後6時半ごろに110番した。死亡推定時刻は同日正午ごろ。崖の斜面に倒れており、首に巻かれたビニールひもがそばの木の幹に結ばれていた。遺体には抵抗した際にできる傷はなかった。衣服や靴は近くに脱ぎ捨てられ、目立った汚れはなかったという。

 近隣住民によると家族は2年ほど前に引っ越してきたという。男児は、立川市のフリースクールに通っていた。同校関係者によると、遺体が発見された26日は約1週間の「秋休み」初日だった。前日の25日には学校祭が行われ、男児のクラスは、ろうそくを装飾した作品を展示。男児は元気な様子だったという。学校関係者は、男児が悩みを抱えている様子だったかについて「そのような印象はなかった」と話した。
 捜査関係者によると大きなショックを受けた母親は自宅でふさぎ込んでいるという。両親の説明を聞く限り「首をつって命を落とすほど思い詰めた状況には見えない」とし、学校生活など周辺環境を調べている。【清水優、三須一紀】

全裸で手を後ろ手に縛って首吊り自殺... 小4男児がそんなことできるのか(2015年10月27日J-CASTニュース)

東京都日野市内の林で近くに住む小学4年の男子児童(10)が全裸で手足を縛られ首を吊った状態で見つかったが、自殺の可能性があると報じられている。しかし、ネット上では、そんなことがあるのかと疑問がくすぶっている
男児の遺体が見つかった当初は、事件と自殺の両面で捜査していると報じられた。

準備してから、崖から飛び降りるなどした??

事件性が疑われたのは、遺体の状況があまりにも不自然だったからだ。
各紙によると、2015年10月26日は小学校が休みで、男児は11時ごろ、「遊びに行ってくる」と言って自宅を出た。しかし、夕方になっても帰ってこないため、母親が18時半ごろに110番通報した。
警視庁日野署員が遊び場所などを探していると、20時ごろになって林の中で男児の遺体を見つけた。ビニールひもを木の幹にくくりつけ、幹から1.5メートルのところで首を吊っていた。手足を縛ったのも同じビニールひもで、両手は後ろ手に縛られていた
男児が身に着けていた衣類や靴は、遺体近くで見つかった。遺書などは見つかっていないという。行政解剖の結果、死因は首の圧迫による窒息死であることが分かった。母親は、男児について、「変わった様子はなかった」と話したそうだ。

自殺説が出てきたのは、現場の状況からだという。
争った形跡はなく、男児に外傷もなかった。脱がされた形跡もないという。また、手足は緩く縛られており、自分でもできる結び方だった。さらに、発見場所はちょうど崖の急斜面になっており、遺体は仰向けに横たわっていた。つまり、すべて準備してから、崖から飛び降りるなどした可能性があるということらしい。

ネットで「イジメだったりしないのか」の声も

とはいえ、自殺というには、あまりにも不思議なところが多い
ネット上では、「自殺なら何故全裸なんだ?」「10歳の子供が考えることなのか???」「後ろ手に縛るのはかなり難しいことでは?」といった疑問が次々に出た。
また、事件のほか事故で亡くなった可能性もあるとして、「イジメだったりしないのだろうか」「親納得しないだろう、これ・・・」との声が上がり、警察に対して徹底した捜査を求める向きが多い。

一方、もし自殺であったなら、気を引くために他殺に見せかけたのではないかといった、うがった見方まで出るなど、様々な憶測が出ている状態だ。
(略)

例えどのように奇異に見える状況であっても一方で状況を説明出来る仮説があり、物理的に他の可能性が否定出来るとなればその仮説を採用するのは当然なのかとは思うのですが、確かに自殺だとすれば控えめに言ってもかなり風変わりと言うしかない状況であり、何かしらのメッセージ性が込められていると言う意味でも自殺に至った背景事情を十分に調べる必要はありそうですよね。
ただ記事を見ていて気になったのが周囲の大人達が自殺する理由が思い浮かばないと言ったコメントを出している点ですが、一般論として考えるならば10歳そこそこの学童がフリースクールに通っていると言う時点で何かしら通常の学校生活を送るのに支障があったのか?と推察されるところで、全く何の兆候もなかったと判断するのは早計であるようにも思われます。
小学生にこれだけ高度な計画的自殺が可能であるのかどうかと言う点に関しては、およそ人間10歳にもなればこの種の知的工夫はそこらの大人以上に働くと言うことがむしろ普通と考えるべきですし、少年向け漫画などにおいても高度な犯罪トリックなどが当たり前に登場してくるのですから、可能か不可能かと言う点だけで考えれば十分可能であると言う警察の判断は妥当に感じられますがどうでしょうね。
ただしこうした事件がこれだけ話題になると言うのも、今まで数々の自殺とされてきた事件に関して世間があまりに大きな不審を蓄積させてきた結果とも言えるわけで、個人のプライバシー保護の問題などもあるかも知れませんが、この種の特殊な事件に関しては後日の匿名ケースレポートなりの形で判断の理由などをある程度公表出来るようになれば警察活動に対する理解も一層深まりそうには思うのですけれどもね。

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2015年10月29日 (木)

ものを高く売りつける=悪と言う一見判りやすい構図

こちら少しばかり以前に一部方面で大変話題になった事件ですが、その続報としてこう言うニュースが出ているそうです。

エイズ薬を1錠750ドルで売ろうとした傲慢CEOに鉄槌―ライバルが同じ薬を1錠1ドルで販売へ(2015年10月24日techcrunch)

1月ほど前に32歳の元ヘッジファンド・マネージャー、マーティン・シュクレリ(Martin Shkreli =上の写真)が大部分を出資して設立した製薬ベンチャー、チューリング・ファーマスーティカルズ(Turing Pharmaceuticals)は、はるか以前に開発されたエイズ治療薬をいきなり1錠750ドルに値上げして大炎上した。その経緯は読者の記憶にも新しいだろう。
誕生以来62年の製薬会社、Daraprimはトキソプラズマ症その他に効果のある薬剤を販売していた。シュクレリが5500万ドルを投じてDarapirimを買収するや、問題の薬剤は1錠あたり13.50ドルからいきなり750ドルという法外な価格に値上げされた。
シュクレリはこの暴挙に当初まったく謝罪の態度を見せず、「アンビエン(睡眠薬)を飲んでいるので夜はよく眠れる」とツイートした。この人物のいささか驚くべき行動についてはわれわれもここで報じている。シュクレリはRetrophinというバイオテック・ベンチャーのCEOとして頭角を表したものの、重大な人格的欠陥によってその地位を追われている。

昨日((米国時間10/22)、サンディエゴに本拠を置く上場製薬会社のインプリミス・ファーマスーティカルズ(Imprimis Pharmaceuticals)はダラプリムと同種の薬剤を開発し、1錠ほぼ1ドルで販売する計画を明らかにした。シュクレリにとって自らの行動にふさわしい結果だろう。
「チューリング社が自ら適切と考える価格で薬剤を医療機関に販売する権利は尊重するもの、われわれは同種の薬剤をはるかに効率よく生産することができる。患者、医師、保険会社はこれによって大きな利益を得られるだろう」とImprimisは声明を発表した。
Imprimisの新薬は葉酸系のジェネリック薬品を含んでおり、こちらはFDAの認可を受けているが、新薬全体としてはまだ認可は出されていない。San Diego Union-Tribuneの報道によれば、現在この薬品は医師の処方箋によって特定の患者に投与することが可能だという。

チューリングを設立したシュクレリは今年8月、9000万ドルのシリーズA資金を個人的にほぼ独力で調達したと伝えられる。シュクレリはこの資金調達には「匿名の機関投資家多数が参加している」と声明を出していた。
チューリング社には高優先度の担保付き債務が存在するが、この種のスタートアップとしては異例だ。シュクレリがDaraprimを焦って値上げした理由はこれによって説明できるかもしれない。
あらゆる方面からの非難の集中砲火を浴びてシュクレリはABCニュースのインタビューに対して、「Daraprimの価格を適切な水準に下げる」と約束した。
これは2週間前のことだが、値下げはいまだに実現していない

今日(米国時間12/23)、チューリング社は「てんかん性脳障害に効果のある薬品」の臨床試験がFDAによって認可されたと発表している。

何故とっくに特許権も切れていそうなこんな古い薬のこんな急な値上げが可能だったかの経緯はこちらを参照頂ければと思うのですが、このシュクレリ氏の「特許権をコントロールするのではなく、供給ラインをコントロール」する方法論と言うものは非常に巧妙なもので、なるほどこういう手があったかと目から鱗な部分も少なからずあるようには思います。
とは言え今回の記事を読む限りでは悪徳投資家に正義の鉄槌ざまあw的な内容ですし、実際世間の反応もほぼ似たり寄ったりなものが相当数見受けられるようですが、このエイズ治療薬の価格ということに関しては以前から各方面で話題になっているところで、貧しい上に患者数が多いアフリカ諸国と開発元の先進国との間で深刻な争いにまで発展したと言うニュースもありました。
そうした争いが起こる根本的な背景事情として今やエイズも正しく治療を受ければ一生を無事過ごせる病気になってきたと言うことが挙げられると思いますが、この点で日本では国の補助もあって患者の本人負担がせいぜい月2万円程度に抑えられていると言うのは患者側からすれば非常にありがたいことである一方、社会が負担しているコストに無自覚になりがちだと言う批判も一部にはあるようですね。
ともかくも利用者心理として安ければ安いほどありがたいのは当然としても、産業としての永続性なども考えると適正価格と言うものが自ずから存在するはずだと言う議論は昨今デフレ化著しい日本でしばしば議論になるところなんですが、この需要と供給の適切なあり方と言う点で先日出ていたこういうニュースを取り上げてみましょう。

消えぬUSJ転売チケット 無効化発表後も出品相次ぐ 「再販は認められた権利」賛否の声(2015年10月24日産経新聞)

 大阪市のテーマパーク「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)」のチケットについて、運営会社のユー・エス・ジェイが「転売によって取得したものは11月1日から利用できなくする」と宣言したにもかかわらず、転売市場から消えていない。USJ側は監視を強めて封じ込める構えだが、関係者からは「再販売の権利がある」「ダフ屋対策は警察に任せるべきだ」と反発する意見も聞かれ、事態は混乱する可能性がある。

 インターネットオークションサイト「ヤフオク!」や、大手チケット転売サイトには、USJ側が転売封じ込めを発表した今月16日以降も、チケットが出品されている。
 例えば、アトラクションに優先的に乗れる「ユニバーサル・エクスプレス・パス」は、12月の年末休暇中のものでも、定価の約3倍となる2万9千円で売りに出された。中には出品者側が「落札者の判断で落札を」といったただし書きを付けているものもあった。
 USJ運営会社は「以前より安い価格で出品するなど、(すでに転売目的で購入した)在庫を処分するような動きがある」と宣言による効果が表れたとみているが、転売がなくなるかは不透明だ。

 電子商取引業界では、USJ側の対応に不満があがっている。
 チケット仲介サイトを運営する「チケットストリート」(東京)の西山圭社長は「転売目的の購入は違法だが、急な都合で行けなくなってチケットを手放したい人はいる。二次流通や再販は認められた権利だ」と主張する。ヤフオク!を運営するヤフーも、独自のガイドラインで違法性が疑われる商品の取引を規制しており、担当者は「取り締まりは警察などが判断するべきだ」との認識を示す。

 営利目的でチケットなどを転売するダフ屋行為は、自治体の迷惑防止条例で規制されているとはいえ、ネット上での転売については摘発に必要な「転売目的」「公共の場所での売買」といった構成要件を特定することが難しいとされる。
 一方、USJ運営会社は、監視チームで購入履歴などを調べて、ネット転売されたチケットでの入場を断る方針で、「購入者には、転売業者に対する返金や法的措置の手続きを支援したい」とし、強硬な姿勢を崩していない。

もちろん俗に言うところのダフ屋的行為は反社会的だとして規制されるのも仕方ないかなとは思うのですが、しかし近年ネットオークションの普及で素人でも容易に転売差益を上げられるようになり、それで生活していると言う方々も増えてきた結果、旧来のいわゆるダフ屋と比べてどこからどこまでを規制対象とすべきかの線引きが非常に難しくなっているのは確かだと思いますね。
記事にもあるように全くの善意の個人がたまたま都合が悪くなった等の事情で転売することまで規制するのはいささか堅苦しいように思いますし、本来的にはこうした方々を常習的転売者や業者としっかり区別出来るのであれば一番いいのでしょうが、それを目的に購入者のチェックを必須にしてしまうのも個人情報保護的側面から問題なしとしなさそうです。
この辺りは万一転売することを余儀なくされることを考慮して、転売があり得る顧客には登録制なりでそれ専用のチケットを発給する等の対策も考えられるのかですが、正直ごくごく一般的な顧客であればそうまでして施設を利用したいと考えるのかどうかですし、そもそも論として実際的には大多数の転売は多かれ少なかれ商業的目的が絡んでいるものなのかも知れません。
この場合需要と供給のミスマッチが問題なのであり、転売規制するよりもチケット供給を増やす努力をすべきだと言う意見もありそうですが、あまり数が出すぎると物理的に対処出来る範囲を超えてしまう可能性もあるわけで、娯楽施設での数量的規制をどうすべきかはなかなか難しい問題ですよね。

商業的目的でやっているのであれば必ず元値よりも高く売らなければ成立しないはずですし、都合で行けなくなったと言った場合であればキャンセル料的に元値よりも多少割安になっても仕方がないと考えるべきでしょうから、価格つり上げがあるケースだけを問題にすべきだと言う考え方もあるとは思います。
ただそうして正価以下しか認めないとなると割安感から転売チケット購入がさらに増えると言うジレンマもありそうで、前出の製薬会社のケースのように安値提供が必ずしも事態を正常化するとは言い切れない部分があるのですが、記事にあるように監視チームが個別に人海戦術でチェックすると言うのであれば、価格つり上げなど悪質なケースに限って登録すると言った判断はやりやすいはずではありますよね。
ひとたびお金を出して買ったものはどうしようが個人の自由で、売り手とは言え勝手に規制するなどおかしいと言う考えは当然あるだろうし、金券ショップやオークションサイトにとっては死活問題ですから各方面から反発も強そうなんですが、施設側にとって一番悪いのは一律に強面対応にばかり終始して客商売としてかえってイメージダウンしてしまい、顧客離れを招くと言った事態なのではないかと言う気がします。

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2015年10月28日 (水)

ある時期を境に激変した癌診療の歴史的経緯

本日の本題に入る前に、先日肝内胆管癌で亡くなった女優さんの話題を取り上げたところですが、今も各種の議論のテーマを提供しているとも言えるこの件に関連して、意外なところで名前が挙がっているのが例の近藤先生です。

守秘義務違反? 川島なお美さんに近藤誠先生がセカンドオピニオン外来でアドバイスしたことを公表(2015年10月16日newsdig)

(略)
文藝春秋に近藤誠先生が川島なお美さんが以前、自分にセカンドオピニオンを求めてきたことを記事にしています(近藤先生の治療に関する意見はかなりトンデモ系ですが、その件については多くの医療関係者が指摘していますので、今回は省きます)。手術ではなく、ラジオ波による部分切除(実際には病変部を焼灼する、肝細胞がんの治療としてはスタンダードですが、肝内胆管がんの場合は再発が多いことが知られています)を勧めたことになっています。でもさあ……。

亡くなったとはいえ、川島なお美さん個人の医療上の情報を担当医が公表していいの? 近藤誠先生!!」

という医師であるなら当然の守秘義務を破っているんじゃないでしょうか? 近藤先生が直接診療していない有名人ががんで亡くなったことを取り上げて、治療方法にチャチャをいれるという「後出しジャンケン」(命名は反近藤誠先生の長尾和宏先生だと思います)を出す分には言論の自由の範疇だと考えることができます。

芸能情報に強い近藤誠先生がテレビや雑誌の有名人のがん死記事を読み込んで、文章にしたり発言することは守秘義務違反ではありません。しかし、究極の個人情報である病気について実際に接した患者さんがいかに有名人であろうと、それを記事にしちゃうのはマズイです。刑法第134条に定められた法律を本人の承諾を得ないで開示した場合は6ヶ月以内の懲役又は10万円以下の罰金ですよ。

懲役や罰金なんのその、って考え方を近藤誠先生がお持ちだとしても、「あの先生って、患者さんの病状を簡単によその人に教えちゃう」なんて噂がたったら死活問題になります。多分、臨床経験が十分でなく(大学時代は論文の読み込みと執筆に多くの時間を費やしたことを得意気に著作に書いていますから)と大学病院というバックボーンに守られた医師生活が長かったため、一般の開業医が一番気にかける「噂」の怖さを知らないのでしょうね。
(略)

この記事を巡っては近藤先生本人は守秘義務違反ではないと主張している一方で、世間では明確に守秘義務違反であると言う指摘も多いようなのですが、そうしたリスク?も含めて近藤先生にお目にかかりたい、声を拝聴するだけで安心すると言う患者さんがいらっしゃるのだとすれば、それはそれで余人が口を出すべきところではないのかも知れません。
ちなみに今回の件で名前が出るまで全く興味もなく存じ上げなかったのですが、長年慶大病院で望まぬ万年講師の飼い殺し生活を強いられていらした近藤先生もようやく大学病院を定年退官されたのだそうで、今やマンションの一室でセカンドオピニオン専門外来なるものを開設し30分3万2千円で相談に乗っていらっしゃると言いますから、落ち着くべきところに落ち着いてご本人にも周囲にも良かったと言うことなのでしょうか。
この近藤先生の退官前後には慶大病院との間に色々と騒動もあったそうで、外野から見れば40年以上も飼ってきた以上最後まで後始末…もとい、面倒くらい見てやれよとも思うのですが、良くしたもので近藤先生の側ではこうした騒動もまた商売のネタになっている側面もあるようですね(もっとも慶大病院にすら相手にされなくなった結果、以前以上に「放置しろ」としか言わなくなってきたと言う声もあるようですが)。
以前に見た調査結果では近藤理論に賛同する医師が4%程度いたそうなのですが、想像するに患者の側でも20人に1人くらいは近藤流が肌に合う人もいるだろうし、医療リソースも切迫しているのですから当事者間で自己完結した診療を行ってくれている限りはむしろその他90数%の医療従事者にとってもメリットがあると思うのですが、悪い意味での社会的影響力を発揮している以上無視すべきではないと言う意見ももっともです。
ただ近藤理論の是非はともかくとして、近年の医療標準化の流れの中で、ともすれば標準と外れたことを希望する少数派の意見が通りにくくなったと言う窮屈さを感じる局面は医療従事者、患者双方にいるのではないかと思うのですが、この辺りのことについて少しばかり考えさせられたのが先日見かけたこちらの記事です。

「がんの告知」は本当に患者のためになるのか? 臨床医の語る経験的「告知論」(2015年10月22日BOOKS&NEWS 矢来町ぐるり)

(略)
 癌の患者さんに病名告知を行うのは、今となってはごく当たり前になってしまったようである。
 以前は、「本人に癌だなんて言うなんてとんでもない、信じられない」という見解が一般的であった。これはついこの間までそうだったから、読者諸賢にも覚えがおありだろう。
 私は、比較的早くから病名告知を行って来た医者の一人で、その経緯の一部は本文にも書いたが、ずいぶんと抵抗も強かった。田舎者である私の母は、「お前は人非人か」と言わんばかりに私を非難していた。

 世の中の出来事は大抵そうだが、アメリカでは、一足先に癌の告知がされるようになっていた。しかしそれは建国以来の伝統なんてことではない。これに関しては非常に有名な報告論文があって、1961年にはアメリカ人の医者で癌の告知を「しない」のが88%、それが1977年には「する」方が98%と完全に逆転したということである(Novack DH, et al. JAMA 1979; 241: 897)。
 この理由について詳細に述べ始めると長くなるのでやめるが、1977年の調査に回答した医者は「社会の変化」を第一の原因に挙げているそうである。

 ちなみに、「どうして先生は告知をする(もしくはしない)のか」、と聞かれて、1961年の「しない」医者も、1977年の「する」医者も、「臨床での経験から」、というのが一番多かったそうである。もう一つ、1977年では、「大学でそう教わったから、病院でそうトレーニングを受けたから」という回答もかなりあったが、1961年ではそういう答はほとんどなかった
 つまりは、1961年当時、医者は「自分の経験」から告げない方が良いと考えていたのだが、1977年になると、すでに告知は「するのが正しい」と「教えられ」ており、また医者自身の経験でもこれに違和感がなかった、ということである。よってこの間に、病名告知が「当たり前」になるという変化が起こっていたのである。
(略)
 数年後。私ががんセンターに医員として就職したのは1996年であるが、その年に「告知」に関するシンポジウムが開かれたと記憶している。登壇して喋る医者どもはみんな、「告知は必要だ」「私はこう告知する」という話ばっかりで、聴講していたがんセンター名誉総長のS先生が、「誰か一人くらい、癌は隠すべきだ、自分は言わない、という奴はいないのか。俺はそういう主張も聞きたい」とぼやいていた。私らがおっかなびっくり始めてからでもたった6年、G先生の大学で病院長が「告知は若気の至り」と言い放ってからわずか3年、アメリカと同じ、もしくはそれ以上のきわめて短期間のうちに、状況は一変していたのである。

 実は、「本人に言うなんてとんでもない」の時代から移って、告知そのものは一般的になった頃、家族からの苦情としては「本人に告げるのに、あの言い方はないだろう」というものが結構あった。そしてその中身は、「オブラートに包んで、やさしく、なるべく本人に衝撃を与えないように、深刻には言わないで欲しい」、とか、「癌だと告げるにしても、治ると言って欲しい」などというような、要するに「病名自体は仕方がないが、内容ではウソをついてくれ」というものが多かった。
 インターネットその他の情報の氾濫で、なかなかそういう「内容でウソを言う」ことも難しくなってきた。また患者の自己決定権を尊重するなんて建前論からすると、真実を分かってもらわないと正しい決定に導くこともできない。そんな事情から、この手の苦情も少なくなって来た。かくして、大手を振って「事実の告知」がされるようになったのである。今は誰もそのこと自体に異論を唱えない。かつて私を人非人扱いした私の母でさえ、「社会の変化」はそういうものだと承服したようである。
 しからば、情報の壁が取り除かれて、患者と医者の間のコミュニケーションは円滑になったか、というと、ぜんぜんそうはなっていないのである。
(略)

ここで取り上げられているのは日本赤十字社医療センターの化学療法科部長である里見清一氏の著書「医者と患者のコミュニケーション論」からの引用なのですが、日本での先駆者として里見先生が患者への病名告知を始められた際にはずいぶんと周囲の抵抗もあったものが、わずか数年で全く状況が変わってしまったと言う経緯が記されています。
興味深いのが先行するアメリカでの事例にも挙げられているように、その急激な変化が必ずしも臨床経験からのフィードバックと言うよりも「正しい癌診療とはかくあるべし」と言う理論優先で行われてきたらしいと言うことで、日本においてもわずかな期間でこれだけ告知が当たり前になってきたと言うのも、マスコミ等も含めて積極的にそうあるべきだと医療従事者と国民への啓発が進んだ結果だと言えるかも知れません。
その背景には一つには医療に対する不信感や医療訴訟などに対する防衛反応であるとか、これまたアメリカからやってきた患者の自己決定権は尊重されて当然と言う考えもあったのでしょうが、それが実臨床の現場でこうも短期間に受け入れられた背景には、そんなことをやってどうなることかと不安に思いながら始めてみたが、やってみたら案外よかったと言う実体験が後押ししているようにも感じますね。

近年インフォームドコンセントと言うことが医学教育の現場からも徹底されるようになり、最終的に何をどうするかと言う判断は患者自身に決めさせると言うことが当たり前になっていますが、医師の側から見ればある意味患者に判断を丸投げすることは楽であるし、特に前述の川島さんのように何をどうやっても最終的に負け戦になる確率が高いような症例では後々のトラブル回避の意味でも患者の意向最優先となりがちです。
川島さんの場合は自分の理想的な治療を求めてあちらこちらの病院に受診を繰り返し、最終的には怪しげな民間療法に行き着いたと言いますが、こうした場合恐らく四半世紀も前であればどこかの段階で「馬鹿者!死にたいのか!さっさと入院して手術せんか!」と一喝する医師もいたのでしょうし、それによってあるいは命が救われたと言う患者さんも一定数はいたのかも知れません。
ただそうして手術に持ち込んでも結果が悪かった場合「藪医者の誤診で無駄な手術を受けさせられ殺された!」とマスコミや司法も巻き込んで大変な騒動になるリスクを考えれば、わざわざ赤の他人のために余計な火中の栗を拾いたがる医者も減るのが当たり前と言えば当たり前で、今の時代であれば川島さんのような患者はむしろ熨斗をつけて喜んで紹介状を書いて送り出してくれる先生の方が普通なんでしょうね。
今は病院にかかると真っ先に告知を希望するかどうかを確認される時代で、告知を希望しないと言う方は決して多くはないように見えると言うのは自分の命のかかる問題である以上当たり前のことだと思うのですが、医者や家族、そして時には患者本人も巻き込んでの腹芸の果てに亡くなっていった古い時代もあったことを懐古的に思い出す人間もまだ残っているんじゃないでしょうか。

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2015年10月27日 (火)

医療事故調、第一例報告出る

早くもと言うべきなのかようやくと言うべきなのか、先日10月1日より稼働している医療事故調に関して、ついにその第一号の報告事例があったと報じられています。

医療事故調センター報告、東京で第1号事例- 機構、支援団体研修開催へ(2015年10月26日CBニュース)

10月にスタートした医療事故調査制度(事故調)で、医療事故として医療機関から第三者機関である医療事故調査・支援センター(センター)に報告があった事例が、先週末までに東京で1件あったことがCBニュースの独自取材で分かった。この事例に関する詳細な情報は匿名化されており、医療機関名や診療科名などは明らかになっていない。【君塚靖】

事故調では、医療事故の起きた医療機関は、センターに報告した上で院内事故調査に着手することになっている。また、その医療機関は、医療機関に技術的支援をしたり、専門家の派遣などをしたりする医療事故調査等支援団体(支援団体)に、センターに対して報告すべき事例かどうかを相談することができるが、センターに報告するかどうかは最終的に管理者が判断する。

センターに報告する対象は、制度施行後に起きた医療事故であるため、今回、東京でセンターに報告された事例は、10月1日以降に起きた医療事故だ。センター業務を担う日本医療安全調査機構(理事長=高久史麿・日本医学会長)では、報告を受けた事例の情報は厳重に管理し、匿名化することで、医療機関名などが分からない仕組みにしている。

まずセンターに報告した上で院内調査に取りかかっている段階であるのか、あるいはすでに調査は終わっているのか記事からは何とも言えませんが、いずれにしても厳重な匿名で扱われていると言うことですから具体的に何が起こっているのかは最終的な結果を待つしかなく、それがいつ頃になるのかと言うスピード感にも注目したいですね。
こうした場合誰しも最初の一例目にはなりたくないと言う心理が働くもので、予想される届け出件数からすると約一ヶ月を経過した時点でようやく第一例目が出たと言うのもどこからが届け出症例になるのか顔色をうかがっている部分もあると思いますので、どういったケースで届け出が行われているのかと言うことも多くの医療関係者が知りたいところだと思います。
その一方で情報が開示されればどこの誰がと言う推測も働きやすくなる道理で、届け出た医療機関にマスコミが殺到すると言ったことは是非とも回避すべきだと思いますが、恐らく今後どこかの段階でこれはいつどこで起こったケースであると言うことは明らかになってくると思われ、その場合マスコミなどがどのように報じるかと言うことも留意すべきポイントかと思います。

医療事故調とはどのようなものであるべきかと言う点では諸説あると思いますが、厚労省の主張するように再発防止と言うことを目的とするのであれば責任追及を回避するためにも匿名性が保たれ、結果を司法や行政など処罰権限を持つ組織には届けでないと言うことが必要だと言う判断での制度設計に対して、当然ながら不満を抱く向きもあろうかと思います。
特に患者・遺族に対する説明の義務がないと言う点にひっかかりを感じるところではないかと思いますが、この点に関しては現行制度上例えばネットなどで患者側が一方的な主張を展開しても守秘義務と言う点で医療機関側に反論が許されないなどの片務性もあって、単に事故調に留まらず総合的に医療と患者との関係を議論しておく必要はあるように感じますね。
現行の事故調制度においてはとりあえず従来から各医療機関で行われてきたインシデント・アクシデントレポートと同じような感覚で運用出来るようになれば目的上有益なのだと思っていますが、このインシデントレポートも現場で定着するまでにはずいぶんと紆余曲折があったことを考えると、制度が出来たからと一朝一夕に定着するものではないように思います。

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2015年10月26日 (月)

医学的な正しさ≠社会的な正しさ

少し前ですが、最高裁でこういう判決が確定したと報じられたことをご存知でしょうか。

後遺症の女児側、敗訴確定 カンガルーケアめぐる訴訟(2015年9月4日共同通信)

新生児を母親が胸で抱く「カンガルーケア」の途中に呼吸が止まり後遺症が生じたとして、大阪府内の女児(4)と両親が同府富田林市の病院を経営する医療法人に損害賠償を求めた訴訟は、請求を棄却した二審大阪高裁判決が3日までに最高裁で確定した。第3小法廷(木内道祥(きうち・みちよし)裁判長)が1日付で原告側の上告を退ける決定をした。

二審判決によると、女児は2010年12月、健康体で出生。直後から母親があおむけになって抱いたが、約2時間後に動かなくなり、呼吸が止まり、その後低酸素脳症を発症し、24時間介護が必要な植物状態となった。

原告側は「病院が安全確保を怠った」と主張したが、一審大阪地裁は「カンガルーケアと低酸素脳症の発症に関連性があるとは言えない」と退け、二審も支持した。

カンガルーケアをめぐる訴訟は埼玉、愛媛、福岡、宮崎などでも起こされたが、最高裁で確定するのは初めてとみられる。

ひと頃話題になったこのカンガルーケアと言うものもその後こうした事故が頻発したとして昨今では様々な意見があるようですが、気になるのは裁判沙汰になったケースでは多くが母親に新生児を抱かせた後スタッフが席を離れている間に事故が起きているように見えることで、疲労や薬剤投与で注意力も散漫になっているだろう母親だけに全てを任せるリスクは一定程度あるようには感じます。
ただこれまた極めて希少なトラブルのために新生児全例に厳重な監視を行うのは無意味かつ現実的に不可能であると言う反論もあって、この辺りは出産に対するリスクと言うものをどの程度に考えるかと言うことが問題なのですが、少子化、高年齢出産化で産む機会も昔よりは減ってきているだけに、一度の出産の持つ意味は昔よりもずっと大きなものになっているようには思いますね。
かつてはいわゆる陣痛促進剤が社会的に諸悪の根源のように叩かれた時期があって、産科の先生に言われるとあれも正しく使う限り非常に有用で無ければ困ると言う局面も多々ある薬なのだそうですが、社会的にひとたびこうと見解が統一されてしまうと医学的なものとは全く別の判断がなされてしまうことがままあると言う点では、先日出ていたこういう記事もその範疇に入ってくるのでしょうか。

あの激しいけいれんは本当に子宮頸がんワクチンの副反応なのか(2015年10月20日ウェッジインフィニティ)

「いずれもこの年齢の少女たちによく見られる症例ですね」
 ある冊子に記載された患者たちの症状や経過だけを見た場合、どういう考えを持つかという質問に対し、複数の小児科医・神経内科医・精神科医から寄せられた回答である。ひとつひとつの症例についてコメントや解説をつけてくれた医師もいた。
 この冊子は全国子宮頸がんワクチン被害者連絡会・薬害対策弁護士連絡会・薬害オンブズパースン会議の3団体が昨年5月末に出版した「子宮頸がんワクチン副反応被害報告集」。弁護士が“被害者”本人およびその保護者に聴取した内容を記したものだ。

 今年に入ってから“被害者”に関するいくつかの書籍も出版されている。“被害者”の少女たちの症状は実に多彩だが、特に神経疾患を思わせる症状についての記述はどれも強烈だ。繰り返し起きる手足や全身のけいれん、「自分の意志とは無関係に起きる」という不随意運動、歩けない、階段が登れない、時計が読めない、計算ができない、そして、ついには母親の名前すら分からなくなった……。
 いずれも「ワクチンのせいだ」と思って読めば、読者は絶句し、ワクチンへの恐怖心を募らせるに違いない。
 しかも、“被害者”はなぜか「元気でやりたいことのたくさんあった、学校でもリーダー的役割を担っていた少女」ばかり。部活の部長、副部長、キャプテン、副キャプテン、生徒会長、コンクールで優勝した……。小さいころからスポーツや楽器などの習い事を続けてきた子も多い。その子供たちが「やりたかったことを実現するための未来をワクチンに奪われた」。
(略)
 回答を寄せてくれた医師の中には、子宮頸がんワクチン接種後の少女たちを診察した経験のある医師もいた。
 児童精神の専門医は「“精神科”と聞くだけで強い拒絶や怒りの反応を示す子もいるので、神経内科の先生の方でずっと診てもらうこともあります」と言った。神経内科医は「辛いのは症状を抱えた子供たち。ワクチンのせいであってもなくても良くなればいいでしょう?」と応じた。いずれも報告書や書籍に登場する、ふんぞり返って「気のせい」「演技では」「詐病だ」と断じる傲慢な医師たちの印象とは程遠い
 多くの小児科医や精神科医によれば、子宮頸がんワクチンが導入される前からこの年齢のこういう症状の子供たちはいくらでも診ていた。しかし、今ではもう何でもワクチンのせいということになっていて、大多数のまっとうな医者の普通の判断を言うことがまるで「弱者への暴力」であるかのような雰囲気になっている。

 テレビでも繰り返し放送されたあの激しいけいれん症状。手足をばたつかせて立ち上がることもできなくなった苦悶状の表情をした少女たち。ワクチンのせいでないとすれば、いったい少女たちは何に苦しめられ、何に苦しんでいるのだろうか。
 ある病院を訪れたのは子宮頸がんワクチン接種後、「毎日午後3時になると必ずけいれんを起こすようになった」という少女とその母親だった。脳波、CT、MRI、採血と一通りの検査を実施したが異常は見つからない。「異常はないようですが発作の状態を確認しましょう」。3時になると言っていたとおり発作は起きたが、やはり脳波には異常がない。「では、入院して検査しながらもう少し様子を見ましょうか」。入院させたのは、時計がなくビデオカメラのついた病室だった。午後3時のけいれんは「ピタッと止まった」
 「症状が少しおさまったようでよかったですね」
 医師はこれが脳や神経の病気ではなく、心因性のものであることを伝えた。ところが、母親は喜ぶどころか顔色を変えて言った。「これだけのけいれんがあるのに、また心の問題に過ぎないって言うんですか? この子に何の問題があるって言うんです。うちは家族も仲がいいし、この子は友達も多く学校でも元気にやっていたのに……」
 少女の症状を説明するのも母親なら医師の説明に応じるのも母親だ。中学生や高校生と言えば自分の症状を説明するには十分な年齢だが、体調不良の原因をワクチンだと疑って受診する母娘では母親が前面に出てくるケースが多い
(略)
 こうした症状が、大人にとってトラブルの少ないいわゆる「いい子」に多く見られるのは、決して不思議なことではない。背景には「過剰適応」と呼ばれる精神状態がある。期待に応えたいという思いや認められたいという思いが強く、自分の欲求や不満を適切に言葉で表現することが出来ない少女たちは自覚のあるなしにかかわらず、身体でそれを表現することもあるのだ。
 「メディアで騒いでいる症例の多くは、いわゆる、クララ病。『アルプスの少女ハイジ』にクララという車椅子に乗った綺麗な女の子が出てきますよね。病気だから学校には行かれないが、お金持ちだから家庭教師が勉強をみている。親は仕事が忙しく不在で、学校に行っていないから友達もいない。恵まれているように見えるのに孤独です。それがハイジに出会って立てるようになる。『うちの子は何の問題もない』と言ってくる親もいますが、思春期に問題も悩みもない子供なんていたらそっちの方がおかしいでしょ」。ある医大の小児科教授は溜息をつく。
 「これだけマスコミが騒げば、ワクチンはいいきっかけになります。親への不満を直接ぶつけられなくとも、他者に矛先が向かうのであれば本人も安全です。でも、本人にもご家族にも表だってそうとは言えませんよね……」
 前出の児童精神科医はこう語り、「1歳くらいの言葉のうまく喋れない小さな子供もやりますよ。たとえば、足をつっぱらせて変な姿勢を取るとママが来てくれると分かったら、子供はそれを何度も繰り返す。病気の後にそうなることも多い。下に兄弟が生まれたときになる赤ちゃん返りなんかもそれですね。幼児期であれ思春期であれ、その〝困った感〟に辛抱強く付き合うのも医者の仕事です」と続けた。
 「ワクチンを打った後、階段が登れなくなった子というのもよく出てきますが、そういう子と立ち話している時に、ポンッと肩を押してみるんです。そうするとその子が倒れて転落するということはありません。10代の女の子の反射神経は私よりずっといいから当たり前ですよね。心因性かどうかの判断は、脳波などに異常がないのを確認した後、訴えや症状に矛盾があるかないかで行います」
(略)

子宮頚癌ワクチンそのものの是非と言うことに関してはこの際深く突っ込みませんが、この副作用渦被害報道に関しては以前にも取り上げたようにそもそも色々と突っ込みたくなる事情が少なからずあったようですし、かつての抗インフルエンザ薬による飛び降り事故報道などと同様に医学的判断から離れた場所で話が進み、いつの間にか既成事実のようになってしまっていると言う点には違和感を感じます。
ただ医学的見地からの判断としては違和感を感じる一方で、社会的見地から考えますとこうした状況で「いやそれは薬害ではない。あなた達自身の問題だ」と言ってしまったところで家庭内で非常に大きな騒動が発生し、患者本人にとってもますます状況が悪くなるばかりであると予想される一方で、薬害と言っておけば公的な補助金なり補償なりも期待出来るだろうし、ある意味誰もが幸せになれるとも言えるわけです。
その意味で医学的に正しい判断が必ずしも社会的にも正しい、あるいは望ましい判断とイコールでは結ばれないケースの一つとも言えると思いますし、こうしたケースに対するサポートが社会的に重荷とならない範疇においては誰も困らないとも言える話なのですが、医療費など社会保障関連コスト削減がこれだけ厳しい基準で進む中でいささかブレを感じるところはあるかも知れません。

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2015年10月25日 (日)

今日のぐり:「一鶴 土器川店」

先日一部世間を賑わせたあの事件に関連して、当事者がこんな後日談を発表しているそうです。

千葉県警「犬に拳銃、効果低い」 13発発砲で対応策(2015年10月19日47ニュース)

 千葉県松戸市で9月、通行人を襲った犬を射殺するのに警察官3人が拳銃を13発撃ち、銃弾が付近の民家を傷つけたことを受け、県警が「犬への拳銃使用は効果が低く、跳弾により危険性が高まる」と判断、捕獲器具を全署に備えるなど発砲以外の方法で捕まえるための対応策をまとめたことが19日、関係者への取材で分かった。

 県警によると、撃った13発中、6発しか命中せず、外れたり犬を貫通したりした銃弾が民家の壁や塀などを損傷させたため、全国から「撃ち過ぎだ」と批判が殺到。付近の住民からも不安の声が上がっていた。

 県警は今後、県内全署に対応策を周知する方針。

具体的に記事からその対応策なるものの詳細は明らかになってはいないのですが、まあイヌ一匹に対処するために拳銃乱射では費用対効果の面でもいささかどうよ?と言うものでしょうか。
今日は千葉県警が今後イヌ対策でいらぬ苦労をすることがなくなることを祈念して、世界中からえ?あ、うん…としか答えられない何とも微妙な研究成果の数々を紹介してみることにしましょう。

「オシッコ跳ね過ぎ!」新型小便器に社長はキレた ビルの所有会社提訴…尿跳ね実験データも一蹴、あえなく全面敗訴(2015年8月13日産経新聞)

 「何でこんなに尿が跳ねるのか!」。オフィスビルのトイレのリニューアル工事で新たに設置されたスタイリッシュな小便器をめぐり、跳ね返る尿の量が多すぎると不満を爆発させた入居会社が、ビルの所有会社などを相手取り約840万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が4月、大阪地裁であった。原告会社の社長が自ら抗議して別の便器に変更させたが、それにも納得せず、交渉が決裂した末に法廷闘争にもつれこんだ。原告側は尿がどれぐらい跳ねたかを実験まで敢行。新たな便器の“不当性”を主張したものの、判決は、実験データがまったく信用できないことなどを理由に原告側の敗訴をあっさりと言い渡した。
(略)
 結局、判決は実にあっさりした内容だった。
 原告側の実験について「便器ごとに放出する高さや強さが統一できているとは認められない」とし、実験結果は採用できないと一蹴。実績あるメーカーの製品を問題なく設置したうえ、便器の交換や前洗浄など「相当の対策を施し、提案した」と管理会社側の対応を評価した。
 さらに、同じビルの他のフロアで尿跳ねに対する苦情があったとも認められないとして、争点をほとんど検討することもなく原告側の請求を棄却した。

 入居会社側がこの全面敗訴判決を受け入れるわけがなく、大阪高裁に控訴した。「尿跳ね」をめぐる異例の法廷闘争はまだ終わりそうにない。

そのあまりに壮絶とも言える経過は元記事を参照いただきたいと思いますが、しかしまあこうした怪しげな実験データなるものを示されたところで…ねえ?
世の中誰しも自分の正気を疑いたくもなるのが現代と言うものですが、それに対してごく簡単な判別法が見つかったそうです。

あくびの頻度で精神病質者が判定できるという。米ベイラー大の研究。(2015年8月17日スプートニク)

精神病質者には「もらいあくび」が起こらないという。ヒトを含め、ふつうの哺乳類は、もらいあくびをこらえることが出来ない。

「精神病質者かどうか知りたければ、その人の前であくびをしてみることだ。答えてあくびをしたなら問題ない。交友関係を続ければいい。あくびしなければ、ちょっと距離を置いた方がいいだろう。明確に反社会的な性格が見られるということだから」

135人の学生を対象に、過剰な自己中心主義、無感動、反逆性などの性格が調べられた。学生は様々な顔の表情をビデオで見させられた。中にあくびの模様があった。精神病質者の特質を強く表す学生はもらいあくびをもらいにくいことが分かった。

いやまあ、そういうものなんですかね…としか言い様がないのですが、そもそも前提条件となる精神病質者の特質云々はどうやって判定したものなのでしょうか。
この種の無駄研究においてもしばしば世界のトップランナーたり得るポテンシャルを誇るのがご存知ブリですが、まずはこちらから紹介してみましょう。

精子は過酷な競争に勝つため助け合うこともあると英研究(2015年9月9日マグ2ニュース)

受精の際に、何億個という精子の中から卵子とくっつけるのはたった1個。さぞや熾烈な争いが展開されているのかと思いきや、実は精子同士で協力していると発表したのが、英・シェフィールド大学の研究チーム。その研究結果の詳細が、無料メルマガ『Dr.ハセのクスリとサプリメントのお役立ち最新情報』で紹介されています。

精子は過酷な競争に打つ勝つため、力を合わせていた

精子が卵子と出会って受精に至る過程での、精子同士の競争は本当にすごいものです。
何億という自分と同じような精子に打ち勝って、最後は一匹しか卵子に会えないのですから……。そういう過激な競争に打ち勝ったのが、我々です。それを思えば、人生の中の競争なんか、たかが知れています。
さて、精子はそのような過激な競争に打ち勝つため、たった一匹で戦い抜き、他の精子は全て敵、と信じられていたのですが、精子同士も生き残りのためには助け合いもするそうです。

これはシェフィールド大学のSimone Immler博士らが、ラットやマウスを用いた研究で明らかにしたもので、科学誌のPLoS ONEに記載されているものです。特にメスがオスを受け入れる態勢が充分な時で、かつ精子が多くのライバルと競争する必要のある時に有効のようです。
それによりますと、マウスの精子は緻密に計画された協力システムを持っており、これらの精子の頭部にある特殊な鍵状の構造がそうです。
そしてこれらの精子は、お互いに5~100匹で集合を作って泳ぐことが出来るようになり、そのおかげで一匹ずつが泳ぐよりも早いスピードとなり、卵子に届くまでの時間が短くなるということです。
すなわち、各々の精子はライバルの精子達に打ち勝つことのみを考えているわけではなく、ある時はお互いに協力し合って、他の集団より早く卵子にたどり着いて、受精する確率を高めていると考えられるそうです。

激しい勝ち残り競争に勝つには、時にはライバル同士が協力し合うことも必要ですよね。後々の人生にも応用できそうです。

まあ後々の人生に応用出来るかどうかはともかくとして、結局最後は激しい競争に至りそうに思うのですがどうなんでしょうか。
太陽系内の探査が進み地球外生命体の発見も時間の問題と言う感がありますが、必ずしも友好的な隣人ばかりではないと言うのがこちらの主張です。

オックスフォード大・博士「地球外へ送信するメッセージは宇宙人にとってウイルスやスパムに思われている」可能性があると警告(2015年9月15日デイリーメール)

オックスフォード大の人類研究所のアンダースン・サンドバーグ博士は、「宇宙人に対するメッセージ送信は慎重であるべき」と主張しています。
「もし誤って敵対メッセージと思われたら、人類は終わりだ。」

博士は人類が地球外に向けて送っているメッセージについて、宇宙人にとってはコンピュータウィルスやスパムである可能性があると警告しています。
「たとえばある宇宙へ向けて送信しているメッセージは、人類のDNAなどをパルス信号に変換したものだ。」
「宇宙人にとってこれはマルウェアやスパム信号と思われるかもしれない。」
「宇宙の静寂へ送信するのであれば、責任と危険性を熟知しなければなりません。」

ちなみに英国最古のタブロイド紙であるデイリーメールと言えばブリにおける東スポだとか様々な評価もあるようですが、まあ妙なものを送り続けるのもストーカー行為ではあるかも知れませんね。
最後に取り上げるのはこちらの調査結果なのですが、あの伝説の聖人予備軍?が意外に多そうだと言うニュースです。

「処女」でも出産した女性が25人いたことが明らかに(2015年9月27日メトロ)

英国の調査で、処女にもかかわらず出産した女性が25人いたことが明らかになりました。

彼女らはIVF(体外受精)による出産で、性行為をせずとも赤ちゃんを産めるということになります。

英新聞の調査では、過去5年間に25人の女性が性行為をした事がないにもかかわらず、赤ちゃんを授かって出産したことが明らかになりました。
不妊治療医院の医師は「3人の処女の妊娠出産を支援した」と言います。

これら体外受精については賛否を含めて多くの議論がなされています。

それがどのような方法論に基づくものなのかは何とも言い難いのですが、しかしこの処女懐胎と言う現象はある種の人々にはひどく大きな影響力を発揮するそうですね。
世界的にも時々同種のケースが報告されているのですが、どうもその多くは非常に混乱した状態で発覚している様子もあって…

今日のぐり:「一鶴 土器川店」

丸亀名物と言えばこちら「一鶴」さんに代表される骨付き鶏ですが、駅前の本店よりもこちら土器川店の方を利用する機会が多いですね。
改装してきれいになり設備も立派になりましたが、特に駐車場も店内も広くなったのは人気店だけにありがたいところです。

ご存知のようにこちらではひなどり、おやどりのどちらかを選ぶスタイルですが、骨を外して切ってもらえば複数人でシェアするのも簡単ですよね。
ひなどりの方がとにかく皮が香ばしいのが目につきますが身もジューシーでいいですし、一方でおやどりは歯ごたえのある身を噛み締めると旨みがしっかり出てくるのですが、以前から肉の味優先でおやどり派だったのですが、こうして食べ比べてみるとひなどりもいいものです。
サイドメニューではとりめしが実質的な主食代わりですが、控えめに濃すぎない味で強めにスパイスを利かせた肉と一緒に食べてもうまいと思います。
おや天と言うのはいわゆるとり天ではなく鳥肉を練りこんだ練り物で、これはお土産にしてちょっと炙ったりするとうまそうに思うのですが、サラダはまあいわゆるグリーンサラダですが、この場合デフォのキャベツの甘みの方が肉には合うようにも思います。

店内もとにかく広いですが店員も多く、接遇は手慣れたもので士気も高い様子なのは頼もしいですが、ちなみに黙っていても空いたコップに水を入れていく店は少なくないですが、ちゃんとお客の意思を確認してから注ぐことをしないお店も多くて、こちらはその点ちゃんと徹底されているのは感心ですよね。
設備面でも過不足泣く、何よりいつでも車が停められて店内にも早く入れると言うのはこの種の人気店としては非常にありがたい存在で、とりあえず丸亀で骨付き鶏をと言う際には無難な選択枝になるお店かなと言う気がします。

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2015年10月24日 (土)

KYだとか空気嫁だとかの言葉は複数の意味合いで用いられているようです

ネット上での相談サイトと言えば時折どう答えるべきなのか微妙な質問が登場することでも話題になるものですが、先日とあるサイトで投げかけられたこんな質問が難問だと世間を騒がせているようです。

Qおばさんなのにお姉さんと自称する社員について(2015年10月15日OKWave)

お世話になります。某子供向け写真館に店長として勤務するものです。
ある社員について、お客から苦情が来たので相談させてください。

子供向けの写真館なので、写真を撮るときに、カメラマンは子供に対し
「はい、お姉さんのほう向いてねー」
とか、子供に語りかけて写真を撮ります。しかし、1人だけ、実年齢44才、見た目年齢50歳の
従業員がいます。その人も「はい、お姉さんのほう向いてねー」と、子供に語りかけています。
はっきり言って、かなりの違和感があります。あるとき、子供が親に対し、
「ねえ、あの人お姉さんなの?」って聞いておりました。その後親から電話がかかってきて、
子供に説明がつかないから、正しい日本語使ってくれない?あの人お姉さんって言ってるけど、
おばさんでしょ。注意しといて」と、お叱りを受けました。ごもっともなご意見なので、早速、実行したいのですが、自称お姉さんを、おばさんと自覚させて「はい、おばさんの方向いてねー」と、
正しい日本語を使わせるためには、どのように本人に伝えればよいでしょうか。
よいアイデアがありましたらお願いします。

基本的にはこうしたクレームをつけてくる顧客の側もいささかどうよ?と思うところですし、それを真に受ける店長も店長だと言われるとごもっともなんですが、実社会でこの種の状況には事欠かないだけに何が正しい対応なのかと言う判断は難しいものがありますよね。
昨今では女子会なるものが流行っているのだそうで、飲食業界も女子会プランなるものを提供したりマスコミも盛んに取り上げたりと新たな消費ムーブメントとして機能しているのは結構なことなのですが、あれも「アラサーだ、アラフォーだの方々がいまさら女子ってどうよ?」と言う批判も少なからずあるようで、まあこれももう少し格好いい名称なりがあればいいのかも知れません。
ただ今回の場合言葉の問題もさることながら、状況を考えますと下手に店長が動けば店員からパワハラだと訴えられる展開も考えられると言うことで、こうした場合職場内では様々に気を遣った対応になるかと思うのですが、先日は逆に気を遣わなさすぎる上司からの不当なゴリ押しにどう対応すべきかと言う記事が出ていました。

上司に「いいね!」を強要されたら、慰謝料は請求できるのか?(2015年10月17日ハーバー・ビジネス・オンライン)

 苦手な上司にフェイスブックのアカウントがみつかり、「友達」申請されてしまった……。
 フェイスブックの友達申請は、拒否することもできるが、断りづらいのが実情だ。さらには、その上司から投稿した写真や日記に「いいね!」ボタンを押すよう迫られた日には……。
 こうしたSNS上での強要は「ソ―シャルメディア・ハラスメント(=ソーハラ)」という名称で、少しずつ認識され始めている。しかし、上司からソーハラを受け、精神的な苦痛を感じた場合、慰謝料をもらうことはできるのだろうか? 民事訴訟に詳しい弁護士の森本明宏氏に話を聞いてみた。

◆すべては民法709条「不法行為」にあたるかどうかにかかっている

「ソーハラと呼ばれる行為をした上司に対して慰謝料が請求できるかどうかは、その上司の行為が、民法709条の「不法行為」にあたるのかどうかにかかっています。そして、不法行為にあたるかどうかは、ソーハラ行為の具体的な内容や頻度、時間帯などの個別事情を総合的に考慮して、判断することになります」
 ソーハラ自体が慰謝料請求の要件を満たすわけではなく、あくまで行為次第のようだ。
「たとえば、職場の上下関係を背景にして、上司が部下に『いいね!』を押すことを無理に迫ったり、プライベートに関するメッセージを一方的に送り続けるなど、SNSで通常想定されるやり取りを逸脱している場合には、不法行為にあたると判断してよいでしょう」
 こういった場合、上司に慰謝料を請求することができるという。さらに、会社が漫然とそのようなソーハラ行為を放置していた場合には、会社の法的な責任を追及することもできるようだ。<文・写真/HBO編集部>

もちろんこうした場合法的に訴えることも出来ると言うのは判るのですけれども、実際の職場内でそうした行為をした場合にその後会社内で居場所があるかと言われると難しいところで、真面目な社員の方々ほど余計なストレスを抱え込んでしまいそうですし、一部では職場の実質義務的行事である飲み会参加なども平然と拒否できるゆとり世代こそ最強と言う声が上がるのも道理なのかも知れません。
ちなみにこれはゆとりだからと言うことではないのでしょうが、近年のスマホ普及でPCを使えない新入社員が増えているのだそうで、IT企業ですらエクセル何それ食べられるの的社員が入ってくると聞けばびっくりですけれども、逆に言えばそれくらいは当たり前に習得しておくべきスキルだろうと言うものが備わっていなくても支障なく就職出来るわけです。
日本人の美徳として他人の心情を察する、先読みして不快感を与えない振る舞いを心がけると言うことがありますけれども、嫌だけどこれを断ったらどう思われるか…と思い悩むよりははっきりNOと言った方がいい局面と言うのも少なからずあるはずですし、場合によってはもう少し空気を読まずに振る舞ってもいい気がしますね。

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2015年10月23日 (金)

どこの小学校にもあった回旋塔はすでに消えてなくなりました

定番だ、鉄板だと思われていたものがそうではなくなった時の衝撃感は相当なもので、個人的に水戸黄門が終わった時にはかなり驚いたのですけれども、最近視聴率低下が著しいとも噂されているあの鉄板アニメについて、こんな声があるそうです。

DAIGOが「サザエさん」に引導!?ワースト視聴率で露呈した“磯野家の限界”(2015年9月4日アサゲイプラス)

「自分が死んだあとも続いているものだと思ってました」
 フジテレビ局員は、国民的アニメ「サザエさん」(フジテレビ系)について、こう言って顔を曇らせた。

 誤解のないように言っておくと、日曜午後6時30分から放送されている「サザエさん」がいきなり終了するわけではない。ところがそのXデーがジリジリ迫っていると、フジテレビの局員たちは危惧している。その引き金となったのが、8月23日の放送回。8.8%という低視聴率を記録してしまったことで、「ひと桁は『サザエさん』始まって以来のこと」と一気に危機感を募らせたという。
 理由はあった。23日は裏で日テレ恒例の「24時間テレビ」の放送中であり、DAIGOのマラソンが非常に盛り上がっていた。しかし、昨年は11%を記録していただけに、今回の落ち込みは顕著だと前出のフジテレビ局員は見ているのだ。さらに、こう続ける。
「じつは『サザエさん』の危機は少し前からささやかれていました。数年前までは世間のどんな状況にも関わらず、確実に20%台を叩き出していたお化け番組。ところがここ1、2年は10%台前半も当たり前という、普通のアニメ番組に落ち着いてしまっていたんです。理由は1つだけではないでしょうが、やはり“磯野家の設定”が限界にきているように思います」

 ネットなどでも「サザエさんはもう限界」として、さまざまな書き込みがある。確かに、「世田谷区の7人家族で平屋住まい」「亭主関白」「主婦が和装」「食事がチャブ台」「ブラウン管のテレビ」「黒電話」「酒屋の御用聞き」「子供の人気スポーツが野球」「宿題を忘れたら廊下に立たせる」など、今の子供たちには説明されないと何一つ理解できない異次元設定だらけ
「かといって、三河屋さんをコンビニに変えたり、テレビをプラズマに変えたり、サザエさんがスマホを持つわけにはいきませんからね。タラちゃんが一人で出かけるのも今なら危ないという声もあるそうです。しかし、それを全て変えたら『サザエさん』ではなくなってしまいますから、限界説が出てくるのもしかたないのかもしれません」(テレビ評論家)
 大人たちが「昔はこうだったんだよ」と説明しながら子供たちに見せるのも限界なのだろう。「ドラえもん」にはタイムマシンと四次元ポケットという時代を超越する武器があるが、「サザエさん」には車もLINEもない。フジテレビが誇る国民的長寿番組だが、DAIGOのマラソンによって露呈した人気急落ぶり。これ以上視聴率が落ち続けると、よもやの「打ち切り」が浮上するかもしれない。

まあしかしどうなんでしょう、これはこれで一つの理由ではあるのかも知れませんけれども、サザエさんって決して現代劇ではないと言うのでしょうか、例えばちびまる子ちゃんだとか三丁目の夕日だとか言った近現代劇に対して「今の世相に合ってない」と言う批判はおかしいですし、リアルとの時差はそれはそれであっても構わないとは思うのですけれどもね。
ただ世の中の移り変わりが早くなっていく一方で、すでに人生50年などと言われていた時代は遠く過ぎ80年時代になっている、そして晩婚化と高齢出産の定着で世代間の年代格差はますます開く一方なのですから、同時代に生きている人間同士の間でも年代が変われば常識も変わるのは当然で、まあ世の中日一日と変わっていっていると言う事ですよね。
こうした時代の流れ、移り変わりの早さはしばしばあっと驚くような意外性のある問題も生み出すものですけれども、先日アメリカで起こったこんな騒動なども時代の流れと言ってしまえばそうなんですが、ほんの二昔ほど前であればエイプリルフールのネタかと思われていたかも知れません。

米ワシントン州で ?鬼ごっこ” が一時禁止に!! 子供の安全のためという名目だが「バカげている!」と保護者が反対運動を展開!(2015年10月2日ロケットニュース24)

昔に比べて、近頃の子供達は外で遊ばなくなってきているようだ。筆者が子供だった頃は、グループでダルマさんが転んだや鬼ごっこ、追いかけっこなどをして走り回っていたものだが、最近はそんな子供達の姿をあまり見かけなくなってきた。
日本だけでなく、他の先進国でも似たような現象が見られるようだが、それなのに米ワシントン州のある地域で、鬼ごっこが一時的に禁止に!! 子供の安全のためとの名目だが、大半の保護者が「バカげている!」と猛反対し、SNS で抗議運動が繰り広げられたというのだ。

・学校の休憩時間に鬼ごっこが禁止に!!

米ワシントン州に属するマーサーアイランドでは、学校の休憩時間に鬼ごっこを禁止とする規則が発足された。
教師の目が児童に行き届かない休憩時間中は、子供達が自分で安全性を管理する必要がある。そのため、精神的および身体的に害になり得る鬼ごっこをして遊んではいけないことになったのである。

・保護者から ‟バカげている!” との声が

鬼ごっこをしたら、なぜ精神的および身体的に害になり得るのか首をかしげてしまうところだが、それは多くの保護者も同じだったようだ。
保護者の何人かは、「子供の頃に鬼ごっこをして育ったけど、何の害もなかったわ」、「学校はチームスポーツに参加するよう奨励するくせに、鬼ごっこを禁止するなんておかしい!」とメディアに訴え、反対の意を示している。

・ママ達がFacebookで反対運動を展開!

そこで一丸となった保護者達が、Facebookで ‟鬼ごっこ禁止に意を唱えるページ” を作成して反対運動を展開! すると保護者の気持ちが通じたのか、学校当局が鬼ごっこ禁止令を撤回し、子供達は、再び運動場で鬼ごっこをして遊べるようになったとのこと。
今までに、ワシントン州以外でも鬼ごっこが禁止された州があり、ドッジボールなどのスポーツを規制する学校区域もあるそうだ。
子供達が、ビデオゲームやネットに夢中で外で遊ぶ機会が減っているだけに、子供が外で遊ぶことに関して、大人が過保護になっているのかもしれない。「昔は良かった」との言葉で片づけてはいけないが、ふと口走りたくなってしまう一言である。

この鬼ごっこも記事に添えられた写真から見ますと今話題のラグビーばりのハードな遊びでもしているのか?と思うようなところもあるのですが、この鬼ごっこと言う遊びもそれぞれのグループで多くのバリエーションがある遊びであって、ローカルルールやグループ内での約束事、そしてメンバーのヒートアップの仕方によっては確かに危険性があると言えるかも知れませんね。
ちょうど先日は運動会等における組み体操の事故を取り上げたばかりで、あれも非常に危険性が高く事実各地で重大事故が発生していると言う問題点が指摘される中で旧来のスタイルのまま継続しているのは如何なものか?と議論を呼んだところですが、その意味で言えばこの鬼ごっこ規制にもそれなりに意味があるし、むしろ規制せずに事故でも起これば誰が責任を取るのかと言うことになりますでしょうか。
確かに学校内で起こる事故は全て学校の責任であると言った風潮もあり、何か擦り傷でもこしらえて子どもが帰ってくればすぐに謝罪だ、損害賠償だと言い出しかねない今の時代においては確かにこれもまたやむなき措置と言えるのかも知れませんが、一方ではそうなると恐らく学校内で可能な行為と言うものは限りなく限定的なものに留まってしまうと言うことにもなりかねません。

こうしたケースで発生し得る問題としては単純に当事者が怪我をする、事故を起こすと言うことだけに留まらないのが困ったところでもあって、以前に小学校の校庭で児童が蹴っていたサッカーボールが校門から表通りに飛び出した、そこにたまたま走ってきた高齢者のバイクが転倒してしまい入院、学童に過失が認められ親に1500万円の賠償命令が下されると言う事件がありました。
鬼ごっこも学校内で走り回っているだけならいざ知らず、例えば校門から外に飛び出した学童のせいで事故でも誘発されたらどうするのか等々様々な応用が考えられる判決だと思うのですが、本来的には一定のリスクはあっても行うことが望ましい行為であるとなれば、それは学校側が保険に加入するなりして備えておくべき性質のものであるようにも感じるでしょうか。
今回の鬼ごっこ禁止令にしてもこれを撤回させたからいいと言う問題ではなく、どこまでこうした責任追及と安全対策の連鎖を推し進めていくべきなのかと言う非常に普遍的な話題に結びついていくものだと思いますが、自己責任の価値観が強いアメリカよりも、何であれとりあえず悪いところから指摘してみる習慣の根付いている日本の方がこの種の問題が起こりやすいのではないかと言う気もします。

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2015年10月22日 (木)

当たり前ですが良い医者もいれば悪い医者もいるもので

本日の本題に入る前に、医療関係者の中にも当然ながら悪い人間は幾らでもいるのだと思いますが、先日出ていたこちらの事件などは事実とすればなかなかのブラック感あるニュースだと言う気がしますでしょうか。

時給100円余「だまされた」 元患者が医療法人を告訴 最賃法違反罪など(2015年10月14日産経新聞)

 時給100円余りの賃金で通院先のクリニックで働かされたとして、東京都内に住む50代の元男性患者が14日、最低賃金法違反罪と労働基準法違反罪で、医療機関を運営する医療法人などを上野労働基準監督署に刑事告訴した。この医療法人は、生活保護を受給する患者の相談員として、都内の福祉事務所に職員を派遣。生活保護費を管理するなど患者の囲い込みが疑われており、男性の代理人弁護士は「経費削減を図り、患者の利益をないがしろにした貧困ビジネスの象徴」と話している。

 男性が告訴したのは、通院していた精神科クリニック(東京)を運営する医療法人(同)と理事長ら。

 告訴状などによると、男性は大田区の福祉事務所の勧めで昨年9月から今年8月までクリニックに通院。今年4月以降、週3回にわたり、他の患者の誘導などクリニックの業務を行うよう指示され、4~5月は無給、6~7月は当時の東京都の最低賃金(888円)を下回る時給約111円~約125円で働かされたとしている。賃金はクリニックの職員が管理していたという。

 男性は「クリニックに『ヘルパー2級の資格がとれる』といわれて働いたが、資格もとれず、だまされたという気持ち。生活保護費も管理されていたので、辞めることができなかった」と話した。医療法人側は「担当者がいないので対応できない」としている。

昨今いわゆる貧困ビジネスと言うものが非常に問題視されているのは周知の通りですが、特に生保受給者に関しては一般人に比べ医療・介護と関わり合いがある率が相対的にも高いと言い、昔から一部医療機関で生保受給者の囲い込みが起きているとは言われてきたところですよね。
ただ今回は患者としてやってきた受給者にろくに給料も払わずクリニック業務をさせていたと言う手口が非常に新鮮な印象を受けるのですが、この手の「○○すれば資格がとれる!(だから今は黙って貢げ)」式の商売はあちらこちらで問題視されていて、見方によっては古来続いてきたいわゆる看護師の御礼奉公なども労働搾取という点で類似の問題とも言えるでしょうか。
いずれにせよ今後の捜査の進展に伴い適正な対応がなされることを期待するしかないと思いますが、まともな病院だと思っていたのに実はブラックで…と言うケースは時折あることですし、なるべく良い医者にかかりたいと考えるのも人間自然なことだと思いますけれども、先日こんな記事が出ていたことを紹介してみましょう。

注意したい病院や医者を見分けるポイントはこの9つ。じっくり観察しましょう。(2015年10月9日gooヘルスケア)

 お医者様のお言葉にハイハイと素直にうなずき、お薬をもらって帰る。そんな“聞きわけのいい患者”でいると、病気がいつまでも治らないかもしれません。
「患者さんの不満でよく聞くのは“医者が一度も自分の顔を見てくれなかった”という話。コミュニケーションに問題のある医者は多い。だからヤブ医者というわけではありませんが、治療に安心感は大事。相性の悪い医者にはムリしてかからない方がいいですね」と、医者のあり方に問題を提起している、新潟大学名誉教授の岡田正彦先生。
(略)
注意したい病院や医者を見分けるポイントはこの9つ。じっくり観察しましょう。

1.スリッパにはきかえる
「院内感染が問題になっているのに、誰が使ったかわからないスリッパをいまだに使いまわししているのは不衛生」と岡田先生。古い習慣が残っている病院は、医療知識も古いままかも。

2.看板に「科」が多い
「現代は医療が細分化され、専門分野以外を見るのが難しくなっています」。個人医院で医者が一人しかいないのに複数の科をあげている病院は要注意

3.「すいている」「混んでいる」
「混んでいる病院は腕がいいと思いがちですが、腕が悪くて一度で治せない可能性も。また、予約制でないのにいつもガラーンとしている病院は医者の腕に難ありかも」。口コミを頼りにしてみても。

4.患者への説明をイヤがる
「今は患者さんとのコミュニケーションを重視するスタイルが主流。患者に説明なんてするかという態度の医者は遅れています」。

5.自分の経験にこだわる
「治療法や薬を追跡調査すると、いままでの常識と逆で驚くことも。“私の経験では”“いままでの患者は”という発言が多い医者は注意を」。

6.薬をたくさん出す
「何種類も出す医者は多いですが、本当に必要なのは1つか2つです」。

7.新薬を使いたがる
「新薬は使ううちに副作用が見つかることもあり怖いもの。でも製薬会社に勧められるまま使う医者も」。

8.手術をしたがる
すぐ切らないといけない病気なんてめったにありません。一度切った体は元に戻せないので、慎重に判断を」。

9.検査がやたらと多い
患者を見ず・触れず、検査結果だけで診断する医者が増えているのは困ったこと」。実は高価な検査機器を導入したので、元を取るため検査をススメているのかも。

いい病院や医者の特徴はこちら

たくさんの注意事項をあげてきましたが、いい医者にはこんな特徴が。

◎目の前で医学書を広げる
「高度に進んだ現代医療の知識をすべて頭に入れるのはムリ。知識にないことをごまかさず文献をあたるのは、むしろ熱心な医者です」

◎わからないと言う
「わからないのにわかったふりをし、適当な薬を出してごまかす医者も。わかならいと言ってもらえれば、患者さんは他をあたることもできるので良心的」。

このチェックをもとに、よりよい病院や医者とお付き合いして、健康な毎日を過ごしましょう。

まあ納得出来るような出来ないようなと言う内容なんですが、はっきりこれがあれば良い、あるいは悪いと言うチェックポイントが存在しないと言うのもこの問題の難しさを示しているのでしょうか、「目の前で医学書を広げる」「わからないと言う」のがいい医者などと言われると全国の研修医先生の鼻がむずむずしてくるかも知れませんけれどもね。
医学的に明らかに間違ったことを常習的に行っている先生だとか、診療に必要なスキルを持ち合わせていないのにハイリスクな行為を平気でやってしまう先生などはいわゆるリピーター的素因が濃厚で危ないのではないかと思いますけれども、しばしば最先端の医療を行っている先生方もある意味同じようなことに手を染めているとも言えるので、結果が悪ければ即悪い医者とも言えないわけです。
一方で市中での日常診療レベルで遭遇する疾患に関してはその多くが何をやろうが大差なく自然に治ってしまうだとか、素人目にも明らかに危ない状況になれば上位医療機関に送ると言った方法論で対処出来るケースも多いでしょうから、多少の腕の差で結果に差はつかない場合の方が多いかも知れません。
そう考えるとやはり赤の他人に命を預ける以上腕が良い悪いもさることながら、この人間になら任せて安心出来ると言う信頼関係が一番重要そうであって、その促進因子として対人関係のスキルは非常に重要でもあり、現代の医療従事者にとっては必須スキルと言っていいようにも感じます。

ただこの点で面白いのが、医療の基本中の基本としてインフォームドコンセントと言うことがこれだけ徹底されている時代に、黙々と診療し「じゃ薬出しておきますから。はい次の方」で終わりと言う旧時代の遺物めいた先生も未だに一定数いて、しかも古くからのかかりつけ患者さんだけでなく新しい患者層からも「わずらわしい会話の面倒がなくていい」などと支持を得ている場合もあると言うことです。
何を以て良い医者と考えるのか?と言う価値観の基準は人それぞれですが、忙しい中でわざわざ仕事を休んで来ている人にとっては「風邪薬だけ出してくれ。とにかく一分一秒でも早く」と言う欲求を満たす先生が良い医者なのだろうし、人生最後の時をただ安楽に迎えたいと言う患者さんにとっては最後まであきらめず熱心に濃厚医療をしてくれる医者など苦しい時間を長く引き延ばすだけの鬼のような存在に見えるかも知れません。
そう考えると医者の側に患者にとって良い医者になろうとする意志はあっても、何を求めているのかと言う意向をきちんと表明してくれない患者は扱い難い道理ですが、この辺りは一般の客商売と同様に医者の側にも顧客の要望を聞き出すスキルも求められるのだろうし、患者の側にもきちんと求めるものなり価値観なりを明確化していくべきではないかと言う気はします。
多くの客商売ではここは合わないなと感じた場合そこを離れて別な店に行くのは当たり前のことになっていますが、医療機関の場合数も限られていたり専門性の関係などもあって必ずしもそうした対応は出来ないことも多いだろうだけに、お互いにある程度の労力を払うことでよりよい信頼関係も作りやすいのではないでしょうかね。

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2015年10月21日 (水)

スパゲッティのプールは有りでも、スパゲッティシンドロームはご遠慮したいと言う場合

どう評価すべきなのか難しいデータと言うものはあるものですが、先日出ていたこちらの調査結果がちょっとした話題になっていました。

「死の質」日本23位→14位に上昇…がん対策見直しを評価 英誌ランキング 1位は英国、最下位は…(2015年10月19日産経新聞)

 英誌「エコノミスト」の調査機関は、緩和ケアや終末期医療の質や普及状況に基づく80カ国・地域の「死の質」ランキングを発表した。日本は14位で、政府のがん対策見直しなどが評価され、前回2010(平成22)年の23位から上昇した。1位は前回に続いて英国。最下位はイラク。

 ロンドンを拠点とする「エコノミスト・インテリジェンス・ユニット」が、各国のデータや専門家への聞き取りに基づき、ケアの質、医療・介護職の豊富さ、患者の費用負担など5領域について数値化した。

 日本は平成24年度から5年間のがん対策推進基本計画で、精神的な苦痛を含めた早期からの緩和ケアが盛り込まれた点がプラス要因となった。5領域では、緩和ケアに対する国民の意識やボランティアの参加を測った「コミュニティーの関与度」で5位と順位が高かった。

まあ英誌の調査ですからいささかバイアスがかかっている懸念も否定は出来ないのですが、このイギリスと言う国がかつて医療崩壊世界最先進国とも呼ばれ、世界に先駆けた医療費抑制政策を推進した結果医療そのものの破綻を招いたと言われた割には国民の医療満足度が高かったと言う事例とも合わせて考えると、単純に国民性の違いなのかシステム的な理由があるのか興味深いところですね。
そもそも死の質なるものをどのように評価すべきなのかで、国によって宗教的・文化的背景も異なるのですから最高度の医療を手厚く施された看取り方がベストと言う国もあれば、最後は自宅で家族や親しい人に看取られるのが理想と言う国もあるだろうで、正直こうしたものは客観的指標設定は難しくあくまで主観的満足度のみで評価するしかないと思います。
しかし一方ではその主観的満足に関しても国によって高くつける傾向のある国、低めに出やすい国と様々なのですから、今回調査については漠然と終末期医療態勢の制度的充実を評価したものだと言うしかないのですが、この点で旧来の日本の医療現場では確かにあまり特別な対応と言うものがなく、しばしば言われるように三次救急に看取り目的の老人が担ぎ込まれると言うことが問題視されていたわけです。
こうしたミスマッチをどのように解消するかと言うことに関して、制度的には例の地域医療計画によって各医療機関の役割分担を明確化していくことが求められているわけですが、臨床現場における個別の努力の一例として先日こんな記事が出ていたことを紹介してみましょう。

救急診療所で看取り患者の病院搬送を減らす(2015年10月20日日経メディカル)

(略)
「自宅で看取れる仕組みが必要」
 越谷ハートフルクリニックは19床の診療所だ。救急車を24時間365日受け入れ、搬送件数は年500件に上る。設備は、「MRIこそないが、ほとんど病院に近い」(佐藤氏)。X線、エコー、CT、内視鏡などの検査で、一通りの診断は可能。臨床検査についても、検査機器を導入した(写真右)上、臨床検査技師を1人配置し、その日のうちに結果を出せるようにしている。他のスタッフは、診療放射線技師1人、薬剤師が2人で、看護師は正看護師ばかり20人ほど在籍する。

 開業の地は、救命救急センターでの勤務を通して救急医療の実情を見てきたエリアを選んだ。佐藤氏は「埼玉県東部は、2次救急が充実した地域とはいえなかった。軽症例ほど受け入れ先が見つからず、結局は高次救急医療機関に回ってくる。マンパワーが足りないことを実感していた」と話す。

 特に疑問を感じていたのが、既に心肺停止状態の高齢者が救命救急センターに運ばれてくることだ。本来は老衰として看取られるべき在宅患者のケースでも、救急車が呼ばれれば救命救急センターに運び込まれてしまう。「自宅で看取れる仕組みがあれば、センターに運ばれずに済むのに」と感じることが多かった。

 そこで、救急だけでなく在宅医療も手掛けることで、搬送が必要となるケース自体を減らそうと考えた。有床診は減少の一途をたどっており、県内での新規開設は少なくなっていたが、佐藤氏は救急患者をしっかり診るためにはベッドを持ちたいと考えた。

 救急では、誤嚥性肺炎など、在宅患者の急性増悪例を受け入れられるのも強みだ。認知症を合併している患者は、救急車搬送で受け入れられにくいが、在宅医療で多くの認知症患者を診ている佐藤氏であれば対応できる。救急患者のうち約3割を自院の在宅または外来患者が占める。一度受けて診断をつけてから、例えば手術が必要な場合などは適宜、高次医療機関に送る

地域包括ケア病棟としての機能
 救急の受け入れ先となるばかりでなく、病院で救急処置を終えた後の転院先として患者が紹介されてくることもある。入院患者のうち、1~2割程度が病院から入院してきた患者だ。佐藤氏は、「地域の救急医療の入り口問題にも出口問題にも貢献できるのではないか」と語る。

 また、在宅医療を行う医療機関には、無床診療所が多い。越谷ハートフルクリニックでは、他の診療所に依頼されて、在宅患者を入院させることもある。こうした患者は、入院患者の1割程度を占めている。

 佐藤氏は、「当院の機能は、厚生労働省が普及させようとしている地域包括ケア病棟に近いと思っている。有床診は地域包括ケアを支える存在になれる」と語る。地域包括ケア病棟とは、急性期後のステージの患者や、急性増悪した在宅患者の受け入れ、在宅復帰の支援機能を担う病棟のことだ。
(略)

基幹病院や高次医療機関に勤務されている先生にはこうした施設の有り難みがよく判ると思いますが、地域医療を担当している市中開業医の先生にとっても「とてもこの症例は基幹病院に送るようなものではないが、現実的に受けてくれる施設がないし…」と迷うような場合に、この種施設があることが非常に助かるのではないかと思います。
こうした地域医療への貢献もした上で経営的にも厳しいながらも一応は黒字を維持できていると言うことですから立派なものですが、小さな有床診と言っても同クリニックでは現在常勤2人と非常勤20人程度の医師がいるそうで、院長である佐藤先生自身も月回程度の当直で済んでいると言いますから、システムの永続性としてもなかなかよく出来ているのではないかと思いますね。
この辺りは佐藤先生が救急畑出身であったからかも知れずで、これが内科や外科など出身の先生であれば自分が限度一杯まで頑張ってしまうようなシステムを組み立てた結果、歳をとって体力が低下したり何か病気にでもなったりした途端に全てが破綻すると言う個人依存度の高い状況になっていたかも知れずで、医師数の少ない小さな医療機関ほど適切な分業体制が重要だと言うことでしょうか。

このところ国の方針として医師集約化、医療リソースの集中と言うことが言われていて、特に日本の病床数過剰の一因となり社会的入院の温床とも言われてきた地域の中小病院はどんどん潰すべきだと言うことが既定の路線のように話が進んでいますけれども、この種の入院を要する患者の引受先が減ったことで基幹病院がかえってリソース不足に陥ってしまうのでは本末転倒と言うものですよね。
その意味で自宅に近いところでもう少し身近な医療を受けられる施設はまだまだ存在意義があると思うのですが、失礼ながらそうした小さな施設でありとあらゆる検査施設を備えて小さいながら何でも出来ますと言うのもまた過剰投資になる可能性もあって、今後は地域内で病診病病連携を推進するなど無駄なコストをどう削減していくかと言うことも大事なことなのだと思います。
先日これまた興味深い記事として感銘を受けた話として、宮崎で独居高齢者の在宅看取りサービスに退職した元看護師の皆さんが協力していると言うのですけれども、退職者に限らず有資格離職者の多い職種だけにフルタイムの勤務等は出来なくなっても地域のコミュニティー内で出来る仕事は幾らでもあるのだし、双方にとってメリットのあることとして全国的にも拡がってもらいたいシステムだと思いますね。
国の医療・介護制度が全国一律で決まっていることからどうしても総論的な大きなくくりでの話ばかりが注目される傾向がありますが、特定の状況下では非常に有効と言う地域限定のやり方などもあっていいのだろうし、小回りの利く小さなサービスの積み重ねで大きなシステムへの負担も軽減できるのであればこれを活用しない手もないだろうと言うことでしょうか。

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2015年10月20日 (火)

忍び寄る認知症の足音をもっと恐れるべきでは

ご存知のように先日2014年度の医療費が過去最高の40兆円に達したと言うニュースが出ていたのですが、これまた例によって75歳以上の後期高齢者の医療費が4割弱を占め、1人当たり医療費についても75歳未満と比べて4倍以上を使っていると言いますから、使いようによってはまたぞろ高齢者の看取りのあり方等々様々な応用が利きそうなデータではありますよね。
ただ医療費が高騰している、このままでは大変なことになると言われながらも諸外国比較で見ると日本の医療費は非常に安上がりで、OECD諸国の中では10番目に過ぎないのに対して平均寿命はトップなのですから未だにコスパはいいとも言えるのですが、ただこの医療費も介護コストとどこで分けるのかと言うことを考えると非常に恣意的な分類も可能は可能なのだろうと思います。
ところで生涯医療費のおよそ1~2割程度が人生最後の1年間に投じられているのですが、年代別で見ると実は若年齢層の方が医療費はたくさんかかっていると言うのは医療現場での実感覚的にも妥当なことなのでしょうが、高齢になるほど終末期医療費とは逆に介護コストがどんどん高くなると言う事実もあって、実のところ年代間でそれほど目立った差はないとも言えるようですね。
ともかくも高齢者の場合終末期医療費よりもむしろ終末期介護費の方が増えてくるとなれば、介護コストをどう抑制していくべきなのかに議論の主題がうつってくるのは当然で、昨今国を挙げて高齢者の介護必要度を何とか引き下げようと予防策を講じているところなんですが、国民意識という点で先日こんな話が出ていたのを紹介してみましょう。

認知症予防、40-60歳代の6割が前向き- 40代も4年以内に始めたい(2015年10月13日CBニュース)

10年後に患者数が700万人に達するとも言われている認知症について、40歳から69歳までの男女の約6割が「予防に取り組みたい」と考えていることが、日清オイリオグループ(東京都中央区)が行った意識調査で分かった。40歳代でも、「平均4年以内に始めたい」としており、認知症予防に対する意識の高さがうかがえる。【敦賀陽平

調査は7月、同社の「中鎖脂肪酸認知症リスク対策プロジェクト」がインターネット上で実施。40-69歳の男女1200人(男性712人、女性488人)から有効回答を得た。

認知症にどのくらい関心を持っているか調べたところ、全体の78.3%が「最近、認知症・認知症予防という言葉をよく見聞きする」と回答。また、「認知症や認知症予防という言葉が気になるようになったと思うか」との質問では、「とてもそう思う」と「まあそう思う」を合わせた「そう思う」が全体の約7割を占めた。

将来の認知症への不安については、「自身が認知症にならないか心配だ」が全体の65.8%に達し、「認知症予防に取り組みたいか」との質問では、「そう思う」が58.1%に上った

さらに、「これから予防に積極的に取り組みたい」と考えている460人を対象に、いつから認知症の予防を始めたいか尋ねた結果、60歳代では「すぐにでも」、50歳代では「ほぼ2年以内」だったほか、40歳代でも「平均4年以内」だった。

記事では認知症予防に対する意識の高さがうかがえるとしているものの、40~50歳代などはすでに衰えを自覚せざるを得ない世代だと思うのですが、予防に積極的に取り組みたいと言う人でさえ数年先には始めてみようか程度の認識だと言うのはどちらかと言えば危機感に乏しいのではないかと言う気もします。
この場合の予防と言うのは本来的には発症を防ぐための一次予防だと思いますが、こうした認識の元に始められるのであればせいぜい早期発見と早期治療の二次予防であり、場合によっては罹患後の社会復帰を目指す三次予防になってしまいそうで、そうなると国の意図する医療・介護コスト削減と言う点からはいささか心許ない結果ですよね
認知症などは誰しも訊ねれば不安だ、なりたくないと答えるのだろうし、何かしら知的活動性を向上なり維持するようなことは年配層では多くの人が日常的に試みているのだとは思うのですが、それよりもさらに開始のハードルが高そうな身体的活動性を保つための努力をしている人々がどれほどいるものなのか、恐らくやりたいとは考えていてもほとんどの人間は実際には行うには至っていないのではないかと言う気がします。

ただ現実的にそれがどれほど問題になるのかと考えてみると、最近認知症高齢者の徘徊が非常に問題になっていて、大阪府では認知症高齢者・行方不明者への対応に関してコンビニ大手各社と協力協定を結んだだとか、埼玉県ふじみ野市では徘徊の恐れのある認知症高齢者に番号札を貼ることにしただとか、各地で地域一帯となった対策が進められています。
その理由として認知症高齢者が起こした火災で延焼した燐家への損害賠償が命じられただとか、徘徊老人が電車に轢かれ死亡した事件で遺族に損害賠償判決が出ただとか、とかく事故でも起こせば管理責任が問われる時代であると言うこともあると思うのですが、介護の現場でも体はまだまだ元気でどこにでもさまよっていく認知症老人のお世話はなかなかに難渋するものですよね。
こうした点では体の弱っている寝たきり老人の方が下手に出歩かないだけ対応はしやすいとも言えますが、国の既定の方針通り施設から自宅へ帰す方向で考えるならば身体的介護度が高い寝たきり老人のお世話は難しく、見守りで対応できる認知症の方がマシと言う考えなのかも知れずで、ご家族に思わぬ迷惑をかけないためにもボケ対策はお早めに手をつけておくのがよさそうだと言うことでしょうか。
ちなみに運動など身体的な鍛錬は認知症予防にも効果が見込めると言う話があるそうで、おっくうがらずに週3回程度の運動を習慣づけていただければ何かとよさそうな気がしますが、何かと理由をつけて先延ばしにする怠惰ぶりも認知症予備軍と捉えておくべきなのでしょうか。

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2015年10月19日 (月)

医療費の地域格差是正は必要なのか?

先日財務省筋から今後の社会保証制度改革に関する「工程表」が発表され、厚労省など関係省庁との摺り合わせが今後必要になってくるのだとは思うのですが、その中にこんな話が出ているようです。

外来医療費の地域差是正、2018年度から(2015年10月12日医療維新)

 財務省は、10月9日に開催された財政制度等審議会財政制度分科会において、今後の社会保障制度について「改革工程表」を提出した(資料は、財務省のホームページ)。

 外来医療費については地域差を今年度中に分析を実施し、その解消策を2018年度からの次期医療費適正化計画に盛り込む。入院医療についても、機能分化をより進めるため病床機能報告制度の定量的基準を定め、2016年度から導入するスケジュール案が示されている。生活習慣病の治療薬の処方ルールについては、「速やかにガイドライン等を策定した上で実施」とされた。
(略)
 入院医療については、昨年10月から病床機能報告制度が始まり、今年4月から各都道府県で地域医療構想の策定がスタート、病床の機能分化・連携に向けた改革が現在進められている。

 「改革工程表」では、「医療・介護提供体制の適正化」の基本的考え方について、(1)外来医療費等についてもスコープを拡げて地域差是正を図る、(2)改革の早期実現・実効性の確保のため、B事項に係るKPIの設定、D事項の改革の方向性・実施時期等の具体化――と提示。実施検討時期は2015年度後半から2018年度にわたっており、2018年度からの次期医療費適正化計画に盛り込む方針。
(略)

ここで注目すべきなのが「医療・介護供給体制の適正化」と言う文脈の中で地域差と言う文言が否定的意味合いで出てくる点なのですが、今後は都道府県単位で地域内での医療供給体制を総合的に管轄し計画的に整備していく「地域医療構想」が実現してくるとなれば、当然ながら各都道府県は地域の実情や将来ビジョンに従って独自の医療を追及していくことになると言えます。
その結果むしろ医療の地域差、独自性は拡大していくのではないかと思うのですが、提供計画を策定する主体は都道府県であっても医療制度そのものは全国共通の統一価格で提供することが大前提で、例えば「大都市は土地代が高いから診療報酬を高くしよう」だとか「田舎は交通費が余計にかかるから往診料は引き上げよう」と言ったことは行われていないわけです。
ただその一方で近年紹介状なしに大病院を受診する患者から徴収する選定療養の費用負担に関して高額化が進んでいるのだそうで、最高額は1万800円だとか平均は2365円だとかいずれも前年よりも上がって来ていますが、当然ながらこうした高い費用を徴収する施設は都会の大規模基幹病院の方が多いはずですから、結果的に地域格差を形成しているとも言えるかも知れません。
こうした患者負担の引き上げに関してはよいことなのか悪いことなのか立場によって意見は異なると思うのですが、興味深いのは国の立場としてはどんどん推進すべきものであると言うことであるようで、珍しく診療側と支払い側双方が賛成してこんな話が出てきていると言います。

紹介状なし大病院受診、定額徴収義務化(2015年10月2日医療維新)

 9月30日に開催された中央社会保険医療協議会総会(会長:田辺国昭・東京大学大学院法学政治学研究科教授)で、「紹介状なしの大病院受診時に係る定額負担の導入」についての議論が始まった。健康保険法改正を踏まえ、一定規模以上の病院は、紹介のない初診時などに「定額徴収を責務にする」案が示され、診療側、支払側の双方が支持した。対象となる病院、徴収金額、徴収しない例外の規定などが今後の論点になる(資料は、厚労省のホームページ)。

 対象病院について、厚労省は、特定機能病院のほか、500床以上の地域医療支援病院を対象とする案を提示。これに対し、「特定機能病院と200床以上の地域医療支援病院」(日本医師会常任理事の鈴木邦彦氏)とより広く徴収する意見のほか、「患者の立場では病床数は分かりづらい。機能面での議論が必要」(健康保険組合連合会副会長の白川修二氏)と、病床数以外の基準での検討を求める声も挙がった。
(略)
金額は全国一律?地域差認める?

 厚労省が示した徴収金額の案に対し、鈴木氏は「初診時は最低金額を低く設定し、地域性を反映できるようにすべきた」と指摘し、再診に関しては初診の半分程度を提案。日本病院会常任理事の万代恭嗣氏は平均金額を参考にすべきだとした上で、鈴木氏と同様に地域差の考慮が必要だと述べた。

 現行の初診時の徴収額は、都内の特定機能病院で5400円以上が9割近くを占めたが、都内を除く大都市圏(埼玉県、千葉県、神奈川県、愛知県、大阪府)では3割強のみ。その他の地域では2割ほどで、地域差が大きい。

 一方で、白川氏は「大学病院とその他なら分かりやすいが、東京で5000円、長野で3000円のように地域で異なるのは患者にとっては分かりづらい」とコメント。金額についても、「(外来の機能分化の)効果を高めるためには、ある程度高い金額を定めるのが必要だと考えられる」とした。
(略)

ここでも地域差云々と言う言葉が出てきて、それも肯定的に使われている点は注目いただきたいと思いますが、現実的に選定療養を取っている病院は大都市部に多く田舎に行くと少なくなると言う地域差が明白にあるのは事実で、お金を取ることに関しては一同賛同でもこうした地域差をさらに推進すべきことなのか解消すべきことなのかと言う点で意見が分かれているようです。
冒頭の話の流れとすれば地域格差是正と言うことが国として今後のテーマとして取り上げられているわけですから、単純には都会では高いが田舎では安いと言った地域差はあまり望ましくないと言う考え方もあるかも知れませんが、現実的に医療費には最大2倍とも言う非常に大きな地域差があることが問題視されているわけですから、こうした差別化を敢えて拡大し患者の受診行動を誘導することで地域格差是正に使える可能性もあるわけです。
すでに全国統一の診療報酬の操作では地域格差は是正できないと言うことは言われているのですから、敢えて制度的にも格差をつける方向で誘導するのもありだと思うのですが、地域医療構想の結果ローコスト医療を追及する地域もあればハイコストハイクオリティを求める地域も出てくると言ったように、今後医療は地域ごとに格差がある方がむしろ正常になるのかも知れませんね。
その場合国としては当然ながら医療費を安く上げている地域を称揚し高い地域には何らかのペナルティも検討することになりかねませんが、患者の立場としてお隣の地域で当たり前に受けられる医療が自分達には受けられないとなればあまりおもしろいものではないかも知れません。

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2015年10月18日 (日)

今日のぐり:「うえの」

先日こんな放送事故?があったと話題になっているのですが、ご存知でしょうか。

日本人男性がネット生放送中に火事を起こす大事故! 着火から火事まで世界にネット配信(2015年10月5日バズプラスニュース)

インターネット生放送をしつつオイルマッチ(着火器具)を使用していたところ、周囲のゴミや可燃物に引火し、最終的に大火事になる騒動が発生し、物議をかもしている。

・視聴者が火事になるまでの過程の目撃者
着火から大火事になるまでのようすがインターネット生放送で世界中に配信され、多くの視聴者が火事になるまでの過程の目撃者となった。事例としても、極めて稀な映像といえるだろう。
(略)
・少し手際よく消火にあたれば……
そのようすの一部始終はインターネット生放送で配信され、最終的にパソコンが火事の熱で破壊されるまで映像を全世界に配信し続けた。そもそも安全を考えずに火を扱ったのが大きな間違いなのだが、もう少し手際よく消火にあたれば、大きな火事にはならなかったのではないだろうか?

・火の取り扱いには十分注意しよう
この火事の騒動は全国に拡散し、大きな話題となった。皆さんも、火の取り扱いには十分注意しよう。自分の命だけでなく、家族や他人の命まで奪ってしまうことがある。それを念頭に置き、火を扱おう。

何を言ってるのかわからねーと思うが(aa略)なその状況はリンクから動画を参照頂ければと思いますが、まあしかしこういう動画があっと言う間に世界中に拡散する時代ではありますよね。
今日は全世界的にスタジオ馬鹿受けなネタを身を挺して提供してくれた勇者氏に敬意と哀悼の意を表して、世界中から思いがけず時の人となってしまった方々の話題を紹介してみましょう。

「チェーンソー持った男」と110番通報、犯人は 熊本(2015年10月14日朝日新聞)

「仮面をかぶり、チェーンソーを持った男が歩いていた」。13日夜、熊本県警にこんな110番通報があった。ツイッターでも「異様な光景。変な事件が起こらないといいけれど」といった目撃情報がつぶやかれた。県警によると、「犯人」は「ハロウィーンの仮装で職場を驚かそう」と考えた20代男性だった。

 熊本東署によると、通報は午後6時50分ごろ。同7時半すぎ、目撃情報があった熊本市東区の商業施設周辺で、白と黒の虎のようなかぶりものをした、着物姿の不審な人物を発見した。

 警察官が声をかけたところ、商業施設内のテナントでアルバイトをする20代男性で、持っていたチェーンソーはおもちゃだった。男性は仮装をしたままバスに乗り、職場を驚かせて帰宅する途中だったという。

 現場周辺は複数のパトカーが出動、機動捜査隊も捜索に加わるなど一時騒然とした。(石川春菜)

しかし日本でも昨今ハロウィンの仮装と言うものが知られるようになりましたが、かつてアメリカでの射殺事件を思い返すまでもなく何かと誤解を招かないよう注意は必要だろうとは思いますね。
日本の古典的な戦闘技術と言うものはしばしば海外で奇妙な誤解を伴って知られている場合がありますが、こちらその誤解を助長しかねないニュースです。

子どもの頃から中世の戦闘技術を学んだアメリカの中年女性が日本刀で強盗を取り押さえる(2015年10月10日ABCニュース)

インディアナに住む女性が語ったところによると、彼女の中世の戦いの練習が、家への侵入者撃退に役立ったとのことです。

インディアナポリスに住む43歳のカレン・ドーリーは、木曜深夜に家に侵入してきた男にパンチを浴びせました。そして、ベッドの近くにある日本刀を取り出して、彼を取り押さえました。

ドーリーが語ったところによると、彼女は10代の頃から中世の技術を再現している団体で、戦い方を学んでいたということです。また彼女は、ローラーダービーチームのナップタウン・ローラー・ガールズでも活動しています。

ドーリーの通報で駆け付けた警官により、30歳のジャコブ・ウェッセルが逮捕されました。警察によれば彼は家の裏口から侵入したとのことです。

その後、何らかの薬物反応が高かったために、検査のために病院に送致されました。

ちなみにこのローラーダービーと言う競技は女性に人気の過激なスポーツだそうですが、普段からの競技にもこうした技術が生かされているのでしょうかね?
インドと言えば昨今様々な病気でニュースになることも多いのですが、こちらも非常に印象的な難病を患う子どものニュースです。

頭が大きくなる難病に苦しむ女児…莫大な治療費に両親はなす術無く(2015年9月25日ミラー)

インド西部に住むダブヒ・パルマーちゃん(生後14か月)。彼女は水頭症という病気に苦しめられています。頭はおよそ3倍に膨れ上がっており、ベッドで寝たきりとなっています。

医師は助けることが出来ると言いますが、貧しい両親は「莫大な医療費を払えない」とのこと。実際に彼らの月収はわずか8000円しかありません。

両親は言います。「頭が大きくて座ることも、ハイハイもできません。」「神はなぜ、私たちに罰を与えたのでしょうか。」

生後2か月ごろから頭部が肥大化しはじめ、借金をして病院に行ったものの効果がなかったそうです。

治療しない場合は1年以内に死亡する可能性が高いとのこと。ただし適切な治療には70~140万円が必要となります。

日本ではここまで放置されることがないだけにいささか衝撃的な映像ですけれども、世界的に見ればむしろこうした状況の方が多数派であるのかも知れません。
同じく難病?を患い思い悩んだ挙げ句の行動として理解は出来るような、理解したくなるような衝動的行動に走った人物のニュースがこちらです。

中国・浙江省 自力で痔を切除しようとした男性、病院へ担ぎ込まれる(2015年10月08日新華ニュース)

7日昼の12時過ぎ、浙江省杭州市のある病院に、尻にナイフが差し込まれた男性が運ばれてきた。

その男性は50代で、レストランで食器洗いの仕事をしている。男性は元々痔を患っていたが、7日朝に耐えられないほど痛くなり、自分でナイフを使って痔を切除しようとしたという。

医師によると、ナイフはそのまま、体内に差し込まれてしまい、もし直腸が傷つけられていたら手術を行ってナイフを取り出すしかないという。

しかし昨今お尻絡みで様々なトラブルに巻き込まれる方々が多いように思うのですが、これも何かしら理由があってのことなのでしょうか。
同じく中国からこちらも予想のかなり斜め上と言うのでしょうか、ちょっと理解し難いようなニュースです。

「私に乗って!」中国の15歳少女が家族のため路上で物乞い―香港メディア(2015年9月30日フォーカスアジア)

香港ニュースサイトの東網は29日、中国安徽省合肥市で寝たきりの父親の治療費や家族の生活費を稼ぐため、物乞いをしている15歳の少女について伝えた。少女は牛のマスクを着け、「お金が必要です。1回5元(約94円)で牛に乗ってください」と書いた看板をそばに置いて日々、路上に出ているという。

報道によると、少女の父親は露店の仕事で稼いでいたが、昨年9月にけんかをし、転んで脊椎を損傷したため寝たきりになり、入院している。少女には小学生の弟と妹がいるが、3カ月前に母親が出て行ってしまったため、父親の治療費と家族の生活費は少女が稼がなければならなくなった。

しかし少女は河南省籍で、身分証を持っておらず、アルバイトもできないという。困っていたところに親切な女性が牛のマスクをくれて、これで物乞いをすればいいと教えてくれた。

少女は入院している父親の手足を動かすリハビリも手伝っている。病院によるとこの少女の努力が奏功し、父親の腕はわずかながら動くようになり、脚も感覚が伝わるようになってきた。

中国本土の大手メディアが少女のことを報じて、物議を醸した。少女が牛のマスクを着けて路上にいると、「詐欺だ」などと罵られ、殴られたりすることもある。学校に通うこともできない。こうした惨状を知った学校は少女のために教師を派遣するなどして支援しているという。

その何とも奇妙な状況は画像を参照して頂きたいと思いますが、しかしアルバイトを行うにしても何故?と言う疑問は湧くでしょうか。
最後に取り上げますのはこちらアメリカからの話題ですが、まずはニュースから引用してみましょう。

27歳男に懲役3318年 12回の終身刑(2015年8月27日スポニチ)

 米西部コロラド州の映画館で2012年に起きた銃乱射事件で、殺人罪などに問われたジェームズ・ホームズ被告(27)に対し、同州アラパホー郡の裁判所は26日、仮釈放なしの終身刑12回と禁錮3318年の判決を言い渡した。AP通信が報じた。

 事件では12人が死亡、多数が負傷した。被告は殺人や殺人未遂などの罪に問われ、最高刑は死刑で、最低でも仮釈放なしの終身刑だった。

 検察側は死刑を主張していたが、同地裁の陪審は今月7日、仮釈放なしの終身刑の評決を出した。(共同)
何度人生を繰り返せば済むのかと言う話なんですが、しかし最低でも仮釈放無しの終身刑と言うのは大変な重罪ですよね。
司法制度の違いなどもあって非常に奇妙な判決のように思うのですが、事件の重大性を考えるとこれも仕方がないと言うところでしょうか。

今日のぐり:「うえの」

広島県は宮島と言えば目の前の広島湾で養殖されている牡蠣が有名ですが、牡蠣を食べるなら他にもっと安くて腹一杯食べられる産地は各地にあるのも事実ですよね。
一方でもう一つの名物が近海で獲れる穴子を使った「あなごめし」ですけれども、中でも宮島の駅前に店を構える老舗「うえの」は名店として知られています。

この日は名物あなごめしと白焼きをいただきましたが、この穴子白焼きもほっくりさっくりとしたいい焼き加減で、シンプルに穴子の味を楽しむならこれですね。
あなごめしは何度食べてもやはりうまいのですが、正直穴子の焼きだけだったらいい店は他にもあると思うのですが、この出汁で炊いた飯とのバランス混みで見るとこの界隈でまず一軒と言えばこちらがおすすめになるかと思います。
ちなみにこちらのあなごめしの場合、もともと駅弁から始まったと言うだけに冷めても変わらず美味しくいただけると言う点も特筆すべきだと思いますが、この行列待ちの長さはちょっと無理と言う方は弁当の持ち帰りと言うことも検討していいのではないかと言う気がします。
ただ今回はっきり不満があったのが最初にサーブされたお茶で、かろうじて色で誤魔化しているものの出がらしぶりではその昔シアトルの空港で飲んだものに次いで史上2番目だったでしょうか、おかわりを頼むとそこまでではなかっただけに管理面での問題はありそうですかね。

こちらの場合相変わらずの人気で行列待ちも長いだけにこれからの時期催す人も多そうですが、待合のトイレにしろ店内のそれにしろ古色蒼然としていて味があるとも言えるにしても、実用性という点では近隣施設のトイレを拝借したくはなります。
接遇面でも多忙な中にも丁寧な仕事をしている方もいれば、ちょっと乱暴なところも目立つ人もありと少しばらつきが大きい気がするのですが、有名観光地でもあるだけに普通以上に気になるところではあります。
しかしその昔初めて来た頃にはそうでもなかったのに、今や客層の主流が完全に若い人になってきている印象を受けたのですが、この古いお店の中で皆が揃ってスマホの画面を眺めている光景と言うのはそれなりに不思議な感じはするものですね。

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2015年10月17日 (土)

「さらなる医療提供体制の改善」≠医療供給の拡大

先日新型iPhoneが発売された際に、店頭での行列待ちがほとんど出来なかったことが報じられていましたが、過去の発売のたびに長い行列が出来たことから今回は原則予約販売に限ることにしたのだそうで、まあ逆に行列が出来ないことがニュースになると言うのも大変なものですよね。
近年では情報が即座に流通する時代になったせいか、マイナーなものまでも何かのきっかけであっと言う間に行列待ち、予約待ちになることが少なからずあるようで、先日ネットを眺めていましたら「コロッケ8年待ち」「パン10年待ち」「餃子2年待ち」等々様々に長期待ちのお店があるのだそうで、こうなると届いた頃には注文した事自体忘れてしまっているかも知れないと言う気もします。
世の中がそんな調子で待ち時間慣れ?してきている中で、先日厚労省の調査によればこんなところでも待ち時間が長期化してきていると言う話があったのですが、まずは記事から紹介してみましょう。

2割が入院まで1カ月以上 空き病床なし、予約取れず 厚労省の患者調査(2015年9月9日共同通信)

 救急搬送以外で入院が必要と診断された患者のほぼ5人に1人が、実際に入院するまでに1カ月以上かかっていたことが8日、厚生労働省が公表した2014年の受療行動調査で分かった。「ベッドが空いていない」や「手術や検査の予約が取れない」といった理由が目立っており、さらなる医療提供体制の改善が求められそうだ

 調査は3年に1回実施。今回は2014年10月に全国488病院を対象に行い、患者約15万3千人(うち入院患者約5万3千人)から有効回答を得た。

 入院までの期間に関しては今回初めて聞いた。その結果、緊急入院や救急搬送ではなく、予約をしてからの入院とされた患者で、入院までにかかった期間を「1カ月~6カ月未満」としたのは16・1%。「6カ月以上」は2・7%だった。一方、「1週間未満」は38・6%、「1週間~1カ月未満」は34・6%。

 病院の種類別に見ると、1カ月以上との回答が多かったのは、高度医療を提供する特定機能病院の患者(30・0%)。500床以上の「大病院」の患者(23・9%)が続いた

 これらの理由は、全体では「ベッドが空いていない」(26・7%)、「手術や検査の予約が取れない」(17・6%)などが目立った。病院別では、特定機能病院や大病院の患者で、予約が取れないとの回答が3割弱と多く、寝たきりの高齢者らが長期入院する「療養病床」を持つ病院の患者は44・2%がベッドの空きがないと答えた。

 ※受療行動調査

 病院での診療の状況や受けた医療の満足度などを患者に聞く調査で、1996年から3年ごとに実施し今回で7回目。全国の病院を利用する外来・入院患者に調査票を配り、無記名で答えてもらう。今回2014年の調査では、入院患者の66・7%が病院に対して全体的に満足と回答。外来患者では57・9%が満足とした。診察までの待ち時間を不満と感じている人が目立ち、14年は27%に上った。

調査結果についてはこちら厚労省のHPで公開されていますので参照頂ければと思いますが、留意すべきなのは入院患者の実に4割が救急搬送等のいわゆる急患患者になっていて、入院がすぐに出来ないと言っているのはどうやら半数を占める予定入院患者に関してのことのようですから、他の業界で考えても緊急性のない場合はそんなものでは?と言う気もするでしょうか。
むしろここで気になるのはこれだけ待ち時間が長くなっていることに対して「さらなる医療供給体制の改善が求められそうだ」とまとめられている点なのですが、患者自身には現状でさしたる不満はないと言うことであり、また医学的にみても緊急性の高い対応が必要な患者にはそれなりの対応が出来ているのだとすれば、さらにそこに医療リソースを追加投入する必要性があるのかどうかです。
急患ならすぐ診ますと言うことを強調しすぎると「早く診てもらいたいから救急車で来ました」系の不心得者が増えてくる可能性がありますし、病床稼働率を限りなく100%に近づけなければ経営が成り立たない診療報酬体系の中で、いつでも望んだ時にすぐ入院出来るほど余裕を持たせると言うことは常に空床を抱え込む必要があり、経営破綻のリスクを強いることでもあります。
そもそも医療とは供給の増加が需要を喚起する側面があると言う説も根強い理由としてそうした診療報酬体系の中、常に目一杯の稼働状況でなければ経営が成り立たない経営環境を強いられていることもあるわけですから、国が医療費削減にこれだけ力を注ぎ無駄を減らせと音頭を取っている中で、求められるのはあくまでも量的ではなく質的な意味での提供体制の改善と言うことなのでしょう。

この点で興味深いことにこれだけ待ち時間が長期化してきているにも関わらず先日も紹介しましたように医療への満足度は年々改善してきていて、以前のように「世界最高の日本の医療に世界一不満を抱く国民」と言う構図はいささか変化しつつある印象を受けるのですが、かつて医療崩壊と言われた頃の英国において意外に医療満足度が高かったと言うこととも何やら符合しているようにも思えます。
英国の場合何故満足度が高かったかと言えば、専門医療機関に受診するためにはまずゲートキーパーである家庭医から紹介を受けなければならない、そしてどうしても急ぎ受診を希望する人間にはお金を払えばプライベートの医療機関は自由に受診出来ると言う制度があって、国民それぞれが受診機会の公平感を持てていたと言うことがその理由であったようです。
日本もこのところ大病院受診は紹介状持参が原則で、飛び込み受診にはどんどん高いお金を取りましょうと言うシステムを目指してきているようですが、国と国民、そして医療現場それぞれにメリットがありデメリットの少ない医療のあり方とはどのようなものなのかと言うこともきちんと議論しておくべきことですよね。

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2015年10月16日 (金)

一人じゃないって素敵な事ね?

昨今では孤独死と言う言葉も何ら物珍しいものではなくなってきていますが、先日出ていた「早死にした人の生活環境」と言うデータを見てみますと、なるほど孤独死が発生する下地はこんなあたりにあったのかと思えるような結果になっているようです。

「早死に生活環境」ネット震撼(2015年10月10日R25)

10月6日放送の情報番組『バラいろダンディ』(TOKYO MX)で紹介された「早死にした人の生活環境」が、ネットユーザーを震撼させている。データのもとになったのは、同日発売の雑誌『週刊SPA!』(扶桑社)だ。
これによると、「早死にした人の生活環境」トップ5は、

1位:部屋にモノが多い
2位:部屋に人(妻)を入れない
3位:カップ麺などのゴミが多い
4位:昼も遮光カーテンを閉めっぱなし
5位:親と連絡を取っていない

とのこと。ちなみに6位以下は「(既婚者)嫁とうまくいっていない」「休みの日は人と話さず過ごす」「ゲームを際限なくやってしまう」「収集癖がある(オタク、凝り性)「年収に関係なく貯金がない」となっている。このランキングに、ツイッターでは

私か
全部すぎた
「Σ(゜∀゜;)おれだ
「はいオレ短命決定
あてはまるわコワ~っ コミュ障とかぼっちとかそういう人はあかんてこと? いやあかんのはわかってるけどさ…」
「早死にした人の生活環境全部当てはまってる

フルコンボを達成しかける人の声があがった。(略)もちろん、ランキングに当てはまる人が必ずしも早死にするわけではないが、あまりの当てはまりっぷりに、ついつい反応してしまった人は多かったようだ。

何と言うのでしょうか、何となく世間と没交渉で自分の世界に引きこもっている人物像が浮かぶ上がってくると考えるのは行き過ぎなのでしょうか、それでも一般的にあまり健康的な生活とは思われないような生活環境が浮かび上がってくる気はしますよね。
特にここで注目していただきたいのが他人を部屋に入れないだとか、肉親と連絡を取り合わない、さらには外との視覚的つながりまでも遮断していると言う対人関係の希薄さですが、こうした他人との関係を遮断することで心の平穏が得られると言う傾向は多かれ少なかれ誰にでもあることで、陽気で社交的とされるようなタイプでさえ時にはひとりになりたい時間を望むこともあるでしょう。
対人関係で最も濃密な付き合いが発生するのは同居する家族との間でのそれだと思いますが、この家族関係の基礎となる結婚と言う行為についても古来天国から地獄まで様々な評価が乱れ飛んでいますけれども、先日二人でいることの幸せに関してこんな調査結果が出ていたことをご存知でしょうか。

人は一生独身でも幸せになれる!22年間の大規模調査で明らかに(2015年09月07日アメーバニュース)

結婚が人生のゴールだと思っていませんか?
しかし、シングルでも人生を謳歌している人はたくさんいます。最新の研究によって、シングルの人のなかには「自分で自分を幸せにできる」人がいることも実証されました。

誰かとともに生きるためは、自分という存在を相手から認めてもらう必要があります。だから、ときにぶつかり合い、喧嘩もするでしょう。そのようないさかいを恐れてしまう人々は、自分ひとりでいられる時間こそが「幸せ」だと感じているのです。
パーソナリティや社会心理学の新しい研究によれば、シングルも、カップルもともに同じような満足度を得ているそうです。
(略)
今回、4,000人以上のニュージーランドの住民を対象にした、22年間におよぶ大規模な追跡調査が行われました。
この研究では、意見の不一致や衝突を避けるタイプの人を「回避型」、逆に親密さを強化してパートナーとともに成長することで関係を維持しようとするタイプを「接近型」としています。
「合わない人」との意見の不一致や衝突を避けるような「回避型」の人は、シングルであってもカップルであっても幸せだという事実が明らかになりました。

以前の研究では、シングルの人はカップルよりも満足度の低い生活になりがちだったり、身体的・精神的な健康が保てないと考えられてきました。しかしタイプによっては、シングルでも充分幸せになれることがわかったのです。
ちなみに「接近型」の人は、シングルでいるよりカップルでいた方が幸せと感じるようです。タイプによって幸せの感じ方が異なるということですね。
(略)
シングルの「回避型」の人とカップルの「接近型」の人、両方幸せであることは間違いないのですが、実はカップルの「接近型」の人の方が、より大きな幸せを感じているということもわかっています。
シングルライフで幸せならそれもOK、でももしどうしても人恋しくなってしまうようなら、ともに超えていけるパートナーを探してみてはいかがでしょうか。

シングルであってもカップルと同じような幸福感を得られているのだから、別に無理に結婚を目指したり恋人を欲しがったりすることもないのでは?と言う話にも受け取れるのですが、よく見ますとそうした独り身でも幸せでいられる人と言うのは元より他人と距離を置きたがるようなタイプの人であって、やはり他人との濃厚接触を好むような人の場合はカップルでいた方が幸せでいられると言うことです。
特に興味深いのは後者のタイプの人がカップルである場合に最も幸せ度が高いと言うことなんですが、一人でもカップルでも同じように幸せになれるのだとしても、誰か他人と共有することでさらに二人分の幸せを得られるチャンスがあるのだとすれば、やはりカップルでいる方がより幸せのお得度が高いと言うことになるのでしょうか。
逆に元より他人と距離を置きやすいタイプの人の場合無理にカップルにしてもあまり幸せではいられなさそうだと言うことですから、国や自治体の少子化対策などもこの辺りの個性の差をもう少し考慮しながら行うべきなのかも知れませんね。

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2015年10月15日 (木)

社会保障抑制に財務省が大なたを振るう

先日は史上初めて医療費が40兆円を超えたと言う報道があって、マスコミ各社もいよいよ給付抑制に対して今までのような批判的立場は取りづらくなってきたのではないかと思いますが、財務省筋からはこのところ立て続けに給付抑制策が打ち出されてきているようです。

介護利用者の負担2割に引き上げ 財務省が社会保障改革案(2015年10月9日47ニュース)

 財務省は9日、財政制度等審議会の分科会に中期的な社会保障改革案を示した。原則1割となっている介護保険サービス利用者の負担割合を年齢別に段階的に上げ、2割にするよう提案。日常的な診療を担う「かかりつけ医」以外で受診した外来患者に、定額の上乗せ負担を求めるとした。高齢化で膨らみ続ける公費支出を抑える狙いだ。

 財務省は今年の骨太方針を具体化する政策として、経済財政諮問会議の専門調査会が検討中の改革工程表に盛り込むよう求める。ただ、高齢者らの家計を圧迫するとの反対は確実で、政府内の議論の行方は未知数だ。

財務省:「外来時定額負担」導入など社会保障制度改革案(2015年10月09日毎日新聞)

 財務省は9日、2020年度までの財政健全化計画の期間中に実施すべき社会保障制度改革案を固めた。症状が軽い患者の過剰受診を減らすため、かかりつけ医以外の診察を受ける場合、定額の上乗せ負担を求める「外来時定額負担」の導入などを提唱した。
 経済財政諮問会議(議長・安倍晋三首相)が年末までにまとめる改革工程表に反映させ、必要な法改正を進めたい考え。だが、外来時定額負担は過去にも検討されたが、日本医師会などが「本来必要な受診まで妨げてしまう」と反対し、断念した経緯がある。今回も難航が予想される。

 財務省は9日の財政制度等審議会(財務相の諮問機関)の財政制度分科会に改革案を提案し、大筋で了承を得た。
 外来時定額負担は、財政難の中、限られた財源を症状が重い患者に振り向けるため、市販薬で対応できるような初期の風邪で受診したり、日常的に複数の医師を受診したりする行為を抑制するもの。医療保険に基づく定率の負担に加え、少額の定額負担を求める。
(略)
 介護保険を巡っては原則1割となっている利用者負担の2割への引き上げや、軽度者に対する掃除などの生活援助の原則自己負担化も求める。現役世代並みの所得がある高齢者には、基礎年金のうち国庫負担分(税金で賄われている部分)の給付を停止することも求めた。
(略)
 ◇財務省の社会保障制度改革案

 外来時定額負担の実現に向けた検討開始
 高額療養費制度での高齢者の外来特例措置を廃止
 介護保険の利用者負担を原則1割から2割に引き上げ
 介護保険軽度者の生活援助や福祉用具貸与を原則自己負担化
 市販品類似薬の保険給付見直し
 年金支給開始年齢の更なる引き上げ
 理由なく就労などを拒む生活保護受給者に対し保護停止などを可能に
 マイナンバー活用による金融資産保有状況も踏まえた医療保険、介護保険の負担のあり方を検討

この「高齢者らの家計を圧迫するとの反対は確実」と言う定番の文句がなかなかくせ者なんですが、そもそも現在の社会保障給付が高齢者に対して非常に有利に設計される一方、現役世代には高負担低給付で「元が取れない」ようになっていることも非常に大きな問題で、ワープア化著しい若年世帯にとっては「何故高度成長やバブルで散々儲けてきた年寄りの老後の面倒までみなければならない?」と言う不満があるわけです。
その是正にと保険料を引き上げたところで主に現役世代が負担しているわけですからあまり意味がなく、それなら利用者負担になる自己負担分を増やそうと言う考え方はまあ理解出来るのですが、ともすれば近年不要不急の過剰受診が問題となっている医療であれば窓口負担引き上げは受診抑制に働き合目的的である一方で、介護サービス利用がそれほど過剰だと言う話もあまり聞きませんよね。
一例として最近では高齢者のデイサービスと称してパチンコやマージャンばかりやらせている施設が注目されていて、制度の趣旨に反するとして行政も対策に乗り出しつつあるようですが、認知症老人を抱える家族にしてみればパチンコをやろうがお遊戯をやろうが一日預かってもらって手間がかからなければそれで十分と言う考え方もあって、遊行業紛いのものは規制すると言う方針が良いのか悪いのか微妙なところもあります。
逆に本格的な介護サービスとなると人手不足で過剰と言えるほどサービスを受けられる状況になく、そうした点で純粋に高齢者負担をより多くと言う意外の意味合いはあまり期待出来なさそうにはないのですが、コスト抑制と言う点ではむしろ注目されるのが「かかりつけ医以外で受診した外来患者に、定額の上乗せ負担を求める」と言う話の方でしょう。

基礎疾患多数を抱える高齢者の場合複数の専門医をかけ持ちするのは当たり前で、医学的に必要な受診に関してどこまで抑制すべきなのか難しいところがあるのですが、一般論としては多くの基礎疾患は安定期に入ればルーチンの検査項目をチェックしていくことでかかりつけ医でも対応できるはずですし、昨今の総合診療医養成を云々と言う文脈からもそうした医療が求められていることは明白です。
一方でしばしば目にするのが高齢者に限らず、他院でかかっているにも関わらず飛び込みで別な医療機関を受診し「詳しく調べて欲しい」と言うタイプの方々ですが、こうした患者の場合多くはいわゆるドクターショッピング傾向を持っていたり、前医に対するなにがしかの不信感を抱えている方々が多いようで、通常の診療では行わないレベルまで色々と検査をしていくことを希望されたりしがちですよね。
こうしたケースでもかかりつけからの診療情報提供があればずいぶんと医療資源を節約出来るのに…と考えている先生方も多いと思うのですが、将来的に医療情報がマイナンバーに従って一元管理され、地域内の医療機関で検査結果などが共有されるようになるまでは二度手間、三度手間が避けられず、各地の医療機関で何度も無駄な検査が繰り返されることは避けられそうにありません。
ちなみに患者の要望で検査等を行う場合には医学的必要性に基づいて行うものでない限り、人間ドック等と同様に全額自費負担が原則になるはずですが、そこでついつい仏心を出して保険病名を羅列しながら保険診療でやってしまうべきなのかどうかは難しい判断になるもので、制度的にこうした患者を抑制してくれると言うことであれば現場の面倒は多少は減ってくるのかも知れませんけれどもね。

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2015年10月14日 (水)

看護師業務拡大にあたってちゃんと研修をするよう厚労省が求める

「トイレに行った後は手を洗いましょう」と言う張り紙を見ていつも微妙な気持ちになるのですが、当たり前と思えるようなことであっても、わざわざ「ちゃんとやりなさい」などと言われると「え?もしかしてやってない人もいるのか?」と妙に不安になるもので、実際に先日トイレで用足しをした後そのまま何事もなかったかのように出て行く人を目撃して、思わずドアノブに消毒液をまいてしまいました(別に潔癖症ではありませんが)。
先日厚労相から出たこちらの通知もそうした余計な不安を招きかねない「蛇足」のようにも感じられるのですが、わざわざこうして通知が出てくると言うことはぶっつけ本番でやらせている施設もあるのか?などと、医療業界はまたしても世間から痛くもないはずの腹を探られることになるのでしょうか。

難易度高い診療の補助、「研修の努力を」- 厚労省が医療機関に呼び掛け(2015年10月8日CBニュース)

 医師の指示の下、看護師が気管へのチューブの挿管や抜管など難易度の高い診療の補助を行うことについて、厚生労働省は医療機関などに、できる限り事前研修の実施を求める通知を出した。【松村秀士】

 今月から、医師の指示がなくても看護師が手順書に従って特定の診療の補助(特定行為)を行う場合、事前に研修の受講が義務付けられる制度がスタートした。

 通知は、この制度の導入を踏まえて発出されたもので、特定行為に該当しないが、技術的に難易度の高い診療の補助についても医療安全の観点から、「研修を実施するよう努めること」としている。

 通知では、研修の対象となる診療の補助として、▽経口・経鼻気管チューブの挿管と抜管▽直腸内圧測定▽膀胱内圧測定▽褥瘡または慢性創傷における血管結さつによる止血―を列挙。医療機関に対し、看護師が研修を受ける機会を確保できるよう配慮すべきとも指摘している。

 特定行為に該当しない診療の補助については、看護師が医師の直接的な指示の下で実施することは可能だが、事前の研修は義務付けられていない

今までやっていない上に今まで以上に侵襲的な行為にまで手を出す以上それは当たり前ではないかと思いますが、しかし研修医の臨床研修のあり方に確固たるフォーマットが存在しないことを考えると、この場合の研修のあり方にも各施設の考え方が反映されたものになるのでしょうか、どのようなスタイルになるか効果とあわせて比較検討してみると面白いかも知れませんね。
この種のもので今現在先行する研修モデルとして救命救急士の研修があって、平成16年から全国で気管内挿管等のトレーニングが行われていますけれども、10年経った今でもこれに批判的な方々の意見は大きく二つに分かれているようで、一つはそもそもそれが十分可能なのか、そんなことをやっている暇があればさっさと病院に運ぶべきだと言う声であり、これに対しては今後データを元に損得を議論していく必要がありそうです。
一方でどんなベテラン麻酔科医でも誤挿管や合併症のリスクはある以上、いつか必ず起こるはずの「何かあった時」に果たして誰が責任を取るのか(と言うよりも、医者に責任だけ負わせるな)と言う声に対しては、幸いにも消防救急と言うのは非常に縦割りの組織になっているようですから、万一患者家族から訴えられるような場合でもむしろ病院内よりもきっちり組織として対応するのではないかと言う気がします。
そう考えると今回の看護師の業務拡大においても個人のスキルがどうかと言う問題もさることながら、いざと言う時に業務を命じた施設としてどれだけ責任を引き受けられるかと言うところがポイントになりそうですが、先日行われた医師ら当事者に対するアンケートを見ますと、意外と現場の医師の方が業務権限の委譲に対して積極的であるようにも思われるのが興味深いところです。

「医師の独占の時代終わった」「お医者さんごっこ」看護師よりも医師が診療の補助拡大に前向き(2015年10月4日医療維新)

Q.7 ご自身は、看護師の「診療の補助」の種類を増やすべきだとお考えでしょうか。

 病院勤務の医師と看護師に対して、看護師の「診療の補助」を増やすべきか否か、個人としての意見を伺った。医師は賛成が50.6%、反対が49.3%でほぼ拮抗しているのに対し、看護師は60.9%が反対で、診療の補助拡大に関して、医師よりも看護師の方が消極的な意見が多かった。
 医師と看護師、それぞれの意見を2回に分けて紹介する。今回紹介するのは、医師の賛成と反対の理由。賛成意見では、医師不足や過剰な業務の負担改善につなげたいという期待が多かった。一方で、反対意見ではトラブルが起きた時の責任問題にまつわる不安などが理由に挙がった。
(略)

賛否両論における個別の理由については元記事を参照いただきたいと思いますが、現場が多忙だからこそ手伝って欲しい、あるいは逆に仕事を増やすべきではないと言った現実的な意見もさることながら、やはり実際問題として出来るのかどうか?と言う不安と、何かあったときの責任のありようと言うものはここでも大きなテーマになっているように思います。
ちなみに看護婦の出来が悪いから不安だと言う意見が一定数あるのですが、興味深いのは医師にしてもいわゆる底辺と言われる医学部を留年しながら何とか卒業し、国試浪人を繰り返した挙げ句にやっと医師になったような出来ない先生と言うのは一定数いるはずなんですが、そうした方々がいるから若い医師に○○をさせるのは不安だと言う上司はあまり見たことがなくて、大抵はどうやってこいつらを一人前にするか頭を悩ましているものですよね。
そう考えると本当に問題なのは能力云々と言うよりも、色々と手を掛けて看護師を育てたところで医師になるわけではないと言う問題に尽きるんじゃないかと言う気もするのですが、ちょうど今の臨床研修制度が導入された時にも今までのストレート研修に比べて、育てたところで自分の後輩として後を継いでくれるわけでもない一見さんのセンセイの教育にどれだけ情熱を注ぐべきなのかと言う議論があったことを思い出します。

結局は熱心に教育すれば同じ医局に入局したりだとか、そのまま病院に居着いてくれると言うことが理解されるようになってきたせいでしょうか、今はあからさまに手抜き研修をする施設もずいぶんと減ったと思いますけれども、仮にそうした施設が残っていたとしてもこの時代口コミで情報はあっと言う間に広まりますから、次第に研修医も集まらなくなり結局先細りになっていくことは目に見えていますよね。
その点では看護師教育なども恐らく全く同様の状況はあるはずなので、特にもともとが医師と比べて離職率の高い職業である以上何かあればあっと言う間に逃散が発生する可能性も高いはずですが、スキルアップ出来ると思ってきたのにまともに教えてくれないと言うことにでもなれば、それはやる気のある看護師ほどさっさと他所に行こうと考えるのも仕方がないのかなと言う気がします。
逆に言えばろくでもない看護師、他ではどこも通用しないような看護師ばかりを集めたい施設ほどこうした研修は手を抜いて、形ばかりで済ませておくべきなんだろうと思うのですが、一時的には面倒くさいことも減って楽でいいようにも思える行為の結果が後々どうなってくるのかと言うことは、制度の定着した後で再評価していく必要があるんだと思いますね。

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2015年10月13日 (火)

人間誰しも最後は100%死に至ります

近年次第にその範囲を拡大させている末期患者のいわゆる安楽死を認めている地域に、このほどカリフォルニア州も加わることになったそうです。

「死ぬ権利」法案、米カリフォルニア州知事署名(2015年10月7日読売新聞)

【ロサンゼルス=加藤賢治】米カリフォルニア州のブラウン知事は5日、一定の条件下で末期患者に「死ぬ権利」を認める法案に署名した。

 開会中の州特別議会が閉会してから90日後に発効する。

 カリフォルニア州法は、余命6か月以下と診断された18歳以上の患者が対象。書面などで医師に死の希望を伝え、致死薬を処方してもらい、服用することを認める。条件を満たしていれば、医師は「自殺ほう助」で起訴されない。米国ではオレゴン州やワシントン州でも、致死薬の処方による安楽死を認めている。

 カリフォルニア州では昨年11月、脳腫瘍で余命わずかだった女性がオレゴン州に移り、「死ぬ権利」を行使して死亡。全米で賛否の議論が起きた。女性は生前、カリフォルニア州でも「死ぬ権利」が合法化されるべきだと訴え、遺志を継いだ遺族らが法案成立を働きかけていた。

ちなみに言葉の問題として、それをしなければ死んでしまう治療行為を中止することで死に至らしめることを消極的安楽死と言い、毒物など積極的に死の手助けをする場合を積極的安楽死と言いたいと思いますが、すでに世界的に見ても前者の行為は日常的に当たり前に行われている一方で、後者に関しては法的に殺人罪に問われないか等々の問題から議論が盛んであるわけです。
この昨年11月1日に起きた予告安楽死事件の顛末については以前にも紹介したところですが、こうした死に方自体の是非は別としてある州では認められた権利がある州では認められないと言うのはやはり不公平感もあるのでしょうか、地元カリフォルニア州でもこうして合法化されたと言うのは、その権利行使を目指している方々にとっては福音になりそうですね。
もちろん人間本当に死ぬ気になれば死に方は幾らでもあるのですから、法律でどうこうと言う議論にはあまり意味がないのでは?と言う声もありますが、やはり残された家族のことを思えばあまり後を濁さない死に方をしたいと言う心情もあるのだろうし、それ以上に医療行為の一環として行われることで苦痛なく確実な死を迎えられると言う期待感があることは容易に想像出来ます。

もちろん先のオレゴン州での安楽死にしても本人は生きる手段が尽きたためにやむなく安楽死を選らんだと言う事情があるわけですが、そもそも生きる手段が尽きるとはどういう状態なのか?と言う定義も曖昧で、最終的に死を避けられない状態になったと判断された場合になお治療行為を続けるべきなのか、それはいわゆる延命医療と何が違うのかと言う議論もあるはずですよね。
しばしばこうした観点で専門家の間でも意見が分かれるのが癌治療と言うものですが、すでに完治は出来ないが余命を伸ばす手段はまだ幾つかありそうだと言う場合に、どうせ最終的な結果は同じなのだから今さら余計なことはしませんと言う患者も、そして医師も少なからずいると言うのも、治療自体のしんどさ等の事情もあるにせよ結局は死生観の問題に行き着くのかも知れません。
ただそれも全ての関係者が正しい情報を得た上で理性的に判断出来ていると言うことが大前提であるはずですが、先日以来相次いでいる著名人の発癌と言うことに関連して、こんな興味深い記事も出ていました。

川島なお美と北斗晶、こんなに違った医師の説明(2015年10月5日日経メディカル)

 1年ほど前から、「闘病ブログ」というジャンルのブログを読み始めた。大半が、治らない病を抱えた患者本人によるもので、かかっている病の多くは癌だ。その闘病ブログにここ数日、必ずと言っていいほど登場する2人がいた。女優の川島なお美さんと、元女子プロレスラーの北斗晶さんだ。川島さんは癌のため亡くなり、北斗さんは癌の手術を受けた
(略)
 川島さんと北斗さんはどちらも、自身のブログに、医師から癌を告げられた時の状況をつづっている。もちろん、患者視点からの記述であり、実際に医師が告げた言葉とは違うかもしれない。かかった癌の「猶予のなさ」も違う。言葉を受け取る側である、2人の性格的な違いもあるだろう。
 だが──。もし私なら、北斗さんの主治医のような医師から告知を受けたい、と思えてならないのだ。

「今は5年先、10年先、生きることを」
 毎年秋に、マンモグラフィーによる乳癌検診を受けていた北斗さん。右胸に痛みや外観上の変化を感じたため、秋まで待たずに検査を受けたところ、癌を告知された。セカンドオピニオンのため訪れた病院でも、乳癌との診断。主治医から、癌のステージなど詳細な説明とともに右乳房全摘出が必要だと告げられても、すぐには受け入れられなかった。すると、主治医はこう言ったという。以下、北斗さんの2015年9月23日付のブログより引用する。

    「胸の事よりも今は5年先、10年先、生きることを考えましょう。」
    生きること。
    こう言われた時に初めて、今の自分は命さえも危険な状態なんだと分かりました
    そういう病気なんだと。
    それが癌なんだと…

 生きること、という言葉で、病気の重大性、治療の必要性が、見事に伝わったのだ。
 一方の川島さんの場合、毎年受けていた人間ドックで偶然、腫瘍の存在が分かったものの、血液検査(恐らく、腫瘍マーカーの検査値)には全く異常がなく、良性か悪性かは分からない状態だった。最終的には「覚悟を決めてお任せできるドクター」に出会え、腹腔鏡手術を受けたのだが、そこに至るまでの間に出会った医師との間にはこんなやり取りがあったという。以下、川島さんの2014年3月27日付のブログより引用する。

    「とりあえず
    切りましょう」
    私「いいえ
    良性かもしれないのに    外科手術はイヤです」
    「ならば    抗がん剤で
    小さくしましょう」
    私「悪性と決まってないのに?
    仕事が年末まであるので
    それもできません
    「ならば
    仕事休みやすいように
    悪性の診断書を
    書いてあげましょう」
    は~~???
    (病理検査もしてないのに!)
    もう
    ここには
    任せられない!!

 繰り返しになるが、ブログに書かれた医師の言葉は、川島さんが受け取った言葉であり、実際に発せられた言葉やそこに込められたニュアンスはこの通りではなかったかもしれない。だが、なんとも歯がゆい、この「すれ違い」ぶりはどうだろう。
 もし悪性だったら、手術以外に確実な治療手段のない、時間的な猶予のない、肝内胆管癌。体の深い所にあるので、病理検査はおなかを切らないと行えない。「半年、1年、生きることを考えましょう」と、事の重大さを伝えることはできなかったのか──。
(略)

川島さんのような胆管癌などは難しい病気で、手術で取り切れなかった場合はあまり劇的に効く治療法と言うものがありませんが、その場合延々と病院に通い治 療を受けるよりもその時間で社会生活なりプライベートの時間なりを優先したいと言う考え方はそれほどおかしなものではないだろうし、特に女優のように人前 に立つことが仕事である場合優先すべき順番も変わってくるのかも知れませんね。
世の中には色々な考え方の方がいらっしゃるものですし、川島さんタイプの患者さんは今どき決して珍しくはありまえんが、患者の自己決定権というものが最優先されるこれからの時代「あなたは今なら助かる病気です!すぐに手術しましょう!」と「無理押し」してくれる医者と言うものも次第に絶滅していくのだと思いますけれども、ご本人が最終的にどのような気持ちで自分の人生を振り返り、亡くなっていったかですね。
ただここで指摘したいのはむしろ北斗さんのケースで、本人も会見で言っているように決して高い確率で完治すると期待される状態ではない、むしろ最終的に負け戦になる確率の方が高そうだと言う場合に、それでもきつい治療を続けて頑張ってみようと考えるのは本人はもとより周囲の人間にとっても、かなりの心理的負担をもたらすだろうとは想像出来ます。
そうしたストレスもプレッシャーもかかる状況下で冷静に正しい判断をしろと言うのも無理だろうし、そもそも「正しい判断」などと言う正解じみたもの自体存在しない場合の方が多いわけですが、ただ一つ言えることは人間誰しも最後には必ず死ぬものであって、最終的に死ぬからそれまでの治療は無駄だと言うことは必ずしも言えないんじゃないかと言うことでしょうか。

その昔エイズと言う病気が世間に知られるようになった頃はとにかく怖い病気だ、うつったら死ぬと半ばパニックのようなことになりかけた時代もあって、特に自分がその病気にかかったと知れば絶望から自暴自棄な行動に走る人も多く、感染防御策を取らずにわざわざ病気を広めて回るような行為を繰り返していた人もいらっしゃったわけです。
ただ現在ではかなり長期に渡ってコントロールがしっかり出来るようになっていて、高価な治療薬がずっと必要になると言う難点はあるにせよ10年、20年と安定的に病気と共存していられるようになってきたわけですが、死病と言われる病気でもほぼ半永久的に病気がしっかりコントロール出来るようになったとすれば、それはもはや眼鏡をかけたりするのと同じように単なる個性の一つとも言えるものになってくるかも知れません。
残念ながら癌をはじめ大部分の死に至る病気は未だにそこまでの境地には至っていませんが、日々治療法が進歩し何年と言う単位の比較的長い余命が期待出来る方々も多くなってきた中で、それでも結局いつかは死ぬのだから何をやっても同じ事だと考える人もいれば、それだけの時間があれば色々と出来ることがあると考える人もいるはずですから、やはり結局最後のところでは本人が何をどう優先的に考え判断するかの部分になってくるでしょう。
ただその判断の前提となる情報の入力が間違っていればどんなに考えてもまともな結果が出て来ないのは当然で、特に川島さんのようにあちこちドクターを渡り歩くタイプの方の場合、話を聞く相手それぞれに言うことが違うだろう中で誰の言うことを信じればいいのかと迷う局面も多いと思いますが、医療の場合は変に大穴を狙ってみるよりも、最後にはより多数派の意見に従うと言うやり方もまあ悪くはないのかなと言う気がします。

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2015年10月12日 (月)

今日のぐり:「ヴェルデュ都 (みやこ)」

先日こういうものが話題になっていたのですが、御覧になりましたでしょうか。

もしこの世に「刃物」がなかったら...シュールすぎる!関市のPR動画(2015年9月30日Jタウンネット)

もし刃物という物がないとしたら、と想像してみたことがあるだろうか。例えば結婚式で行われる「ケーキ入刀」だが、いったいどうなっていると思う?
新郎新婦が行う初めての共同作業は、「入刀」ではなく、「入拳」かもしれない。二人が手と手を合わせて、ケーキに向かって拳を思いきり振り下ろす。きれいに飾り付けられたウエディングケーキは見事に砕け、生クリームが容赦なく辺りに飛び散る。ケーキまみれになる新郎新婦、そして参列者たち。それはそれで楽しそうではあるが...。
こんなシュールな動画が、いま話題となっている。いったいどんな動画だろう。そして、その狙いとは?

空手チョップで野菜を切る?

話題の動画は、岐阜県の中央部に位置する関市が制作したPRムービー「もしものハナシ」、つまり「刃無し」だ。冒頭に紹介した結婚式の他にも、空手チョップで野菜を切る主婦や、ガムテープでヒゲを抜く中年男性、お客さんの髪を噛みちぎる美容師など、かなりシュールなシーンが登場する。
動画は関市役所ホームページでも告知されており、YouTubeからも閲覧できる。

関市は、古来より刃物の町として知られ、関の孫六として名高い「孫六兼元」や「和泉守兼定」など、数々の名刀がこの地で誕生している。日本刀で培った伝統技術は現代にも生かされ、包丁、ナイフ、鋏、爪切り、カミソリなどが生産されている「刃物のまち」だ。ドイツのゾーリンゲン、イギリスのシェフィールドと並ぶ世界有数の刃物産地と呼ばれている。
しかし同市が行った調査では、「刃物のまち」ということは全国的に認知度が低く、20~30代の若年層にはとくに低かったという。そのため若年層が好むwebムービーを制作公開することにしたとのこと。

どのような動画であるかは元記事から参照いただくとして、しかし何かとお堅いお役人さんにしてはずいぶんとはじめた仕上がりですよね。
今日は関市のPR活動が無事期待された成果を収めることを願って、世界中からその発想は正直なかったと言う斜め上方向に突っ走ったアイデアの数々を紹介してみましょう。

『三國志』シリーズと神奈川県啓発ポスターがコラボ! 作成例が天才的だと話題(2015年9月18日ロケットニュース24)

ジャーン、ジャーン、ジャーン!! ご注進、ご注進! 突然だが本年2015年は何の年かご存知だろうか? 劉備、関羽、張飛による「桃園の誓い(184年頃)」から1831年、あの有名な「赤壁の戦い(208年)」から1807年!! そして、コーエーテクモの人気ゲーム『三國志シリーズ』発売30周年のアニバーサーリーな年なのだ!
現在、30周年を記念して様々な企画が発表! そのひとつ横浜市交通局&神奈川県港北署とコラボが話題となっているぞ。何でも『三國志シリーズ』の武将を使った啓発ポスターの標語を募集するというのだが……作成例のセンスが素晴らしいと話題に!
だって、諸葛亮孔明が「待ってください。その息子さんからの電話、罠かもしれません」と! 孔明が振り込め詐欺防止を啓発しているのだ。

・あわてるなこれは孔明の罠だ

今回の募集では、武将画像とテーマを選び、それに沿った標語を応募するというものだ。その作成例に諸葛亮孔明。「振り込め詐欺(母さん助けて詐欺)」をテーマに「待ってください。その息子さんからの電話、罠かもしれません」という文字が書かれている。
孔明と言えば罠。罠と言えば孔明。言うまでもなく、“横山三国志” の名シーンのひとつであり、何かと日常でも使われる有名な言葉だ。それがいきなり例に出て来るなんて……。マジかよ、これを越えるコピーなんて思いつかねぇよ……ッ。こんなの見たら、ATMの前で固まってまうわ!!

・ネットユーザーの声

このポスター例に、ネットユーザーから以下の声が寄せられている。
「何この啓発ポスターwww」
「あのポスターがATM近くに貼られてたら吹くと思うw」
「神奈川県警何をしてるw」
「どこに力入れてるんだ神奈川県警www」
「是非、三國無双とも作ってほしいなあ」
「詐欺グループ「げー、孔明!」」
(略)

確かにこのインパクトは半端ないと言うものですが、しかしひどく狭いターゲットにアピールしているような気もしないでもないですが…
同じくこちらもキャラ立ちしている企画なんですが、そのターゲットがこれまた特殊すぎるだろうと言うニュースです。

ハッカー集団「アノニマス」が日本発の萌えキャラでイスラム過激派組織に対抗!? 実際には……(2015年7月22日ねとらば)

 ハッカー集団「Anonymous(アノニマス)」が、イスラム過激派組織「ISIL」への対抗策として、日本発の萌えキャラ「ISIS-chan(アイシスちゃん)」を利用していると英BBCが報じ注目を集めています。

 内容は、ISILを支援するSNSアカウントにアイシスちゃんの画像を大量に送りつけ、検索結果に影響を与えるというもの。記事によると、アノニマスはISILを支援しているアカウントのリストを公表することで、さまざまな妨害行為に繋げているそうです。

 アイシスちゃんとは、今年1月に発覚した日本人拘束事件を受けて誕生した擬人化キャラ。2ちゃんねるのニュース速報(VIP)板に「ISISを萌え美少女化してイスラムの奴らに送りつけようずwwwwwwww」とのスレッドが建てられ、本当に擬人化キャラが作られると、現在まで有志による活動が続いていました。

 その中には、ISISでの検索結果を妨害する「アイシスちゃんサジェスト汚染」や、アノニマスが凍結してISILが放棄したアカウントを再利用する「ISISchan 爆撃bot」などがあります。

 つまり、実際に行動しているのは日本の一部ユーザー。彼らがネットを介しアノニマスとの“奇妙な連携プレー”を行っているのが実情のようです。

一応説明しておきますと、この種の過激派組織がメンバーを集めるに当たってネットの検索と言うものがその大きな入り口になっているわけですが、そこを無駄な?イラストで占拠してしまおうと言うのが計画の趣旨であるわけですね。
世界中で車の駐車スペース確保は大きな問題ですが、こちらその画期的な解決法が示された?と話題になっています。

車を出せない…運転手がとった仰天手段(2015年10月11日ヤフートピックス)

とめておいた車の前後に縦列駐車されてしまった男性。発車するには前後にスペースがなさそうです。

そこで、この男性がとった手段とは? 居合わせた男性たちも驚きの様子を隠せないようです。

動画を見れば驚きしかないのですが、まあ唯一最大の欠点は誰にでも出来そうではないと言いますか、良い子は絶対真似するなと言うことでしょうか。
中国と言えば昨今様々なネタを提供してくれることでも知られていますが、こちら何ともとんでもない発想から産まれたものです。

本物の猫を使う実写版「ドラえもん」、中国が制作―中国メディア(2015年9月25日レコードチャイナ)

2015年9月22日、「ドラえもん」はこれまで度々スクリーンに登場してきたが、先日、ついに中国で実写版ドラえもん映画「拝託●小叮当(「お願い、ドラえもん」の意、●は口偏に拉)のポスターと予告編が初公開された。人民網が伝えた。

同作は史上初の本物の猫を使用したドラえもん映画。予告編の中では、ドラえもんが引き出しの中から登場するシーンも漫画同様に忠実に再現されており、実写版のび太も生き生きと演じられている。

史上初の実写版ドラえもんは日本のネット上でもさまざまな議論が沸き起こっており、「実写版映画は原作の漫画を基にしつつ、斬新な要素も多く加わり、とても期待できる作品ではないか」との評価を受けている。細部にまで注目している中国のネットユーザーは、この映画は携帯「タオバオ」で初上映され、プロデューサーがJ.馬になっているという情報もキャッチしている。「J.馬」はアリババの社長ジャック・マー氏を意味しており、実写版ドラえもんは携帯「タオバオ」のまた一つの新たで大胆な試みとなりそうだ。

やべえこれポスター見てるだけでもワクワク感ハンパねえと思ってしまうのですが、著作権問題などがクリアされれば是非日本でも見てみたいものですね。
先日国連の会合で全てごみから作られた料理が出されたと話題になっていましたが、こちらブリではそれがこんな規模にまで発展しているようです。

賞味期限切れの食材で“もったいない”カフェ経営、わずか2年で世界120店舗に拡大―英国(2015年10月7日Record China)

2015年10月4日、「本当はまだ食べられるけれど、消費期限切れだから」という理由によって、この世界中では大量の食品がゴミ箱行きとなっている。この現実に心を痛めた英国人青年があるプロジェクトを立ち上げ、静かに世界へ波及している。中国紙・新快報の報道。

もともと調理師だった20歳代の青年、アダム・スミス氏が英国・リーズ市で開業したユニークなカフェがある。「Pay as You Like(お代はご自由に)」という名のカフェは、シチューやキャセロール、スープやケーキ類までさまざまな料理を愉しむことができるが、これらをつくる食材はすべて「消費期限切れ」のものである。

スーパーの見切り品や消費期限を過ぎた食材の中で、まだ食べられるものを捨てずに使おうという試み。現代の消費社会で見過ごされている食品の過度な浪費に警鐘を鳴らす意味で、スミス氏は2013年2月、この事業に「真のジャンクフード・プロジェクト(Real Junk Food Project)」と名づけた(※ジャンクは本来、「くず、がらくた」という意味)。食材は実際ににおいをかいだり味見をしたりして、安全に使える食材を判別してから“再利用”される。

ただし、英国の法律では消費期限を過ぎた食材を販売してはならないため、このカフェを利用した際の代金はあくまで「寄付」という体裁で、客側が価格を決めるシステムになっている。このプロジェクトは立ち上げからわずか2年で豪州、韓国・フランス・米国・スイス・ポーランド・ブラジルなど各国で120店舗を展開することになった。現在までに、実に200トンの食材が捨てられずに人々の胃袋に入ったという。(翻訳・編集/愛玉)

しかしわずか2年で120店舗と言うのも大変な勢いですけれども、それだけ利用者が多いと言うことなのですかね。
商業的にどの程度利益が出せているものなのか判りませんが、日本ではこういうものは法的な規制等で難しいのでしょうか。

今日のぐり:「ヴェルデュ都 (みやこ)」

福山で都と言えば押しも押されるステーキの名店ですが、そのグループの中でも福山東インターの直上、閑静な住宅地の一角に位置するのがこちらの店舗です。
しかしこの山の上の住宅地の奥に突然店があると言う立地はどこかで見たことがあるなと思ったのですが、同じ福山の焼き鳥の名店「かんべ」と似た感じなのですかね。

この日はコースメニューでいただいたのですが、前菜の茹でた鶏肉は広島産の赤鶏と言うものらしいんですが、これがなかなかさっぱりしていながらちゃんと脂ではなく肉自体のコクもあっていい感じですし、続いて出た鯛はきちんと皮の香ばしさを出して焼いているのは好印象ですが、この品に限らずこちらの店の焼き加減はどれも非常に好みに合ういい具合でしたね。
何気なく出てきたネギのスープが妙にうまくてこの日の一番推しにしておきたいのですが、不満なのが肝心のステーキがちんまりしていることで、箸で切れるのではなくしっかり噛み応えのある赤身熟成肉だし、焼き具合もちょうど頃合いでうまいだけに、これはないだろうと言うのが正直なところでしょうか。
ちなみにパンは幾らでも出してくれる上に、やたらにでかいデザートの氷菓子も相応に濃厚なものですが、正直こういうこってりした料理の後でデザートまでボリュームはいらないと言いますか、これで満腹しましたと言うのも何か違う気がします。

都と聞いて期待していただけにともかく肉のことだけがちょっと残念だったのですが、料理技術はしっかりしているし全体的に味も悪くないので、普段より少し余分にお金と時間をかけて雰囲気を出したい時には選択枝に上がって来そうです。
接遇面では一見すると概ね良くしつけられているように見える一方で、マニュアルで口上を述べているだけであまりアドリブはきかないらしんですが、同グループの都春日のような対面式での濃厚さが苦手な向きにはこれくらいの普通っぽさの方が気楽でいいかも知れません。
ちなみにこちらのトイレがやたら格好いいんですが、外の景色が目線の下方向に見えていると言うのはちょっと気分的に妙な感じがするものですね。

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2015年10月11日 (日)

今日のぐり「かつ一番 倉敷店」

先日アメリカの大学で起こった銃乱射事件で、一人の英雄が注目されているのをご存じでしょうか。

「ここから先は行かせない」米オレゴン乱射 犯行阻もうと7発被弾、重傷男性に称賛の声(2015年10月4日産経新聞)

 9人が犠牲になった米西部オレゴン州ローズバーグのアンプクア・コミュニティーカレッジ乱射事件で、容疑者の男に立ち向かい、何発も被弾しながら事件を止めようとした男性をたたえる声が広がっている。

 男は窓越しに銃を乱射しながら作文講座の授業が行われている教室に近づいたが、同カレッジの学生、クリス・ミンツさん(30)が男の前に立ちはだかった。ミンツさんは2004年から07年まで米陸軍に所属。勲章も受けた。

 「ここから先は行かせない」。そう話すミンツさんに、男は3~5発撃った。その場に倒れ込んだミンツさんは男を見上げ、「今日は息子の誕生日なんだぞ」とうめきながら言った。男はさらに数発撃った。ミンツさんは両脚や背中などに計7発被弾。一命を取りとめたが、両脚のけがは重く、車いす生活が続きそうだ。ミンツさんは一夜明けた2日、病室で米ABCテレビの取材に応じ、「みんなが大丈夫なことを祈っている。みんなが心配だ」とだけ話した。

 学生らは信仰する宗教を聞かれ、次々と撃たれた。キリスト教徒を狙ったとの目撃証言もある。凶行は防げなかった。それでも、インターネット上には「英雄的行動をありがとう」といった書き込みが目立っている。(ロサンゼルス 中村将)

よくもまあやったものだと思いますけれども、今はただその英雄的行為を称賛し回復を願うばかりでしょうかね。
今日はクリス・ミンツ氏の行動に敬意を表して、世界中からチャレンジの大切さを教えてくれるニュースを紹介してみたいと思いますが、日本ではこんなニュースが出ていました。

果敢にタックル、素手でイノシシ捕獲 佐賀(2015年10月7日日本テレビ)

 6日夕方、佐賀県唐津市で男女4人がイノシシに襲われケガをした。イノシシは警察や住民などが大捕物の末、捕獲された。

 6日午後6時ごろ、唐津市内の寺に現れた1頭のイノシシ。市役所の職員が捕獲しようとするが、興奮したイノシシに突進され、手も足も出ない。
 周辺では6日、相次いで人がイノシシに襲われていた。70歳代の女性が頭を打撲、20歳代の女性警察官が足を切るなど男女計4人がケガをした。

 警察や住民約15人を巻き込んでの大捕物。暴れるイノシシを取り押さえたのは、騒ぎを聞いて駆けつけた近くに住む自営業の原田正明さん(55)だった。高校時代からラグビーをしていた原田さんは、手足をかまれて5針縫うケガをしながらもイノシシに果敢にタックル、素手で捕獲した。
 原田さん「怖かったですよ。イノシシはごつい。筋肉の塊ですから。(ラグビーの現役時代が)久しぶりによぎりました」

 唐津市によると、数か月前から唐津沖を泳ぐイノシシが多数目撃されていて、今回捕獲されたイノシシも離島から餌を求めて海を渡ってきた可能性があるという。

イノシシと言う生き物は非常に危険でよい子は決して真似をしてはいけませんが、しかしこれまた勇気ある行動ですよね。
同じく勇気ある挑戦と言えばその通りなんですが、何故か少しばかり斜め上方向に逸脱して見えるのがこちらのチャレンジです。

“風呂あがりの女子の匂い”が買える時代 人工的な香りを体験(2015年10月4日産経ビズ)

 DMM.comの提供するオンラインショップDMM.make STOREでは、「昼下がりに自由が丘のカフェで食べるふんわりしたトーストの匂い」「バスタオルを巻いたお風呂上がりの女の子の匂い」「切り出したばかりの木の匂い」「少年に呼びとめられたお姫様が立ち止まり、振りむいた瞬間の匂い」「1872年にテキサスで髭の男が淹れたブラックコーヒーの匂い」の5種類の香りがそれぞれ7106円で、ZaaZ 3本体が9万8000円(すべて税込)で販売されている。その他にも調香師が注文にあわせて作るオーダーメイドのENERGYの受注も受け付ける。

 ザーズ株式会社の川口健太郎社長は、匂いだけではなく「温度や湿度も含めた空間デザインをしたい」と今後の展開を話し、実際に温度や湿度が調整された「バスタオルを巻いたお風呂上がりの女の子の匂い」と「昼下がりに自由が丘のカフェで食べるふんわりしたトーストの匂い」を体感できる空間のデモンストレーションを披露した。
(略)

なるほどこのラインナップにはそれぞれ心惹かれるものがありますけれども、しかしこのネーミングセンスとどうやって調香を?と言う部分は気になりますでしょうか。
これまた果敢に挑みかかっていった勇気は認めるにしても、明らかに反社会的とみなされるべき事件です。

競艇に水上バイクで乱入容疑 「レースやろうぜ」と挑発(2015年10月7日朝日新聞)

 競艇場のコース内に侵入して営業を妨害したとして、福岡県警は7日、北九州市門司区上藤松1丁目の会社役員、鬼木一真容疑者(39)を建造物侵入と威力業務妨害の疑いで逮捕し、発表した。容疑を認めているという。

 博多臨港署によると、鬼木容疑者は9月12日午前10時15分ごろ、福岡市中央区の競艇場「ボートレース福岡」のコース(1周約600メートル)内に水上バイクで侵入。2周したあと、コース脇に待機していた選手らを手招きし、「レースやろうぜ」と挑発するなどして業務を妨害した疑いがある。鬼木容疑者はさらに1周して出て行ったという。場内の録画映像などから水上バイクを割り出し、所有者の鬼木容疑者が浮上したという。

 運営する福岡市によると、第1レースの開始時間は午前10時50分ごろで、レースに支障はなかった。水面のごみを回収する艇などの出入りのため、競艇場は博多港に行き来できる構造になっている。事件後、侵入を防ぐ器具を設置したという。競艇場の幹部は「侵入の時間によってはレースに影響が出ていた。二度としないでいただきたい」と話した。

世間ではこの39歳会社役員氏の正体と言うものに関心が集まっているようですが、一体何を目的にこのような暴挙に走ったものでしょうかね。
海外からのニュースで必ずしもありえないことではないものの、それはやってはいけないことだろうと言うのがこちらのニュースです。

性行為中に別の女の名前を呼んだ男性、妻に包丁で刺される(2015年10月5日ミラー)

    性行為中に別の女性の名前を呼んでしまった男性が、妻によって包丁で刺されるという事件がフロリダで起こりました。

    警察は妻のクリスチティーナ・バラジ容疑者(39)を殺人未遂で逮捕しました。

    幸いにも夫は怪我を負いながらも包丁を取り上げ、逃げることができたとのこと。一方の妻は車で逃走し、すぐ後に警察によって確保されています。

    調べに対して女は「別の女の名前を呼ばれた」と供述しています。

勇気と言うもののあり方をはき違えているとしか言いようがないのですが、さすがにこれは妻にも同情の余地がありそうでしょうか。
普段何気なくやっている行動も、ところ変われば究極的なチャレンジとなりえることを教えてくれるのがこちらの事件です。

「牛肉食べた」うわさで集団暴行 男性が死亡 インド(2015年10月1日NHK)

インドで、牛肉を食べたとうわさされたイスラム教徒の男性が、牛を神聖な存在とするヒンズー教徒とみられる若者の集団に暴行を受けて死亡しました。

インドの首都ニューデリーに近いウッタルプラデシュ州の村で先月28日夜、イスラム教徒の50歳の男性が若者たちの集団に自宅から引きずり出され、暴行を受けてまもなく死亡し、男性の22歳の息子も大けがをして病院で手当を受けています。
地元の警察によりますと、「男性が牛を殺して料理して食べた」といううわさが広まり、これに怒ったヒンズー教徒とみられる若者たちが、男性と家族を襲撃したということで、警察は30日までに、このうちの8人を拘束して調べています。
男性の娘は地元メディアに対して、自宅の冷蔵庫には羊の肉しかなく牛肉は食べていないと話しています。

インドで8割近くの人が信仰するヒンズー教では雌牛は神聖な存在で、ウッタルプラデシュ州をはじめ大半の州で殺すことが法律で禁じられていますが、雄牛や水牛の肉は広く流通が認められ、イスラム教徒などの間で消費されてきました。
しかし、ヒンズー至上主義団体を支持母体とするモディ政権の与党が実権を握る複数の州で最近、すべての牛の肉の販売が一時禁止され、多民族国家にふさわしいかどうか、その是非が大きな議論になっています。

宗教と言うものが絡むと非常に難しい話になってしまいますが、やはり平素からの文化的宗教的対立もあったのでしょうかね。
最後に取り上げるのがこちら先日その完成が報じられて以来その後の成り行きに注目が集まっていた物件ですが、思いのほか続報が出るのは早かったようです。

中国でガラス製の橋が登場 → オープン15日でヒビ割れ発生 → とりあえず閉鎖へ(2015年10月8日ロケットニュース24)

2015年9月20日、世界中の高所恐怖症がガクブルするニュースが流れた。なんと、中国でガラス製の桟道が登場したというのだ。高所にある道ってだけでも十分怖いのに、それがガラス製! 足元丸見え!! 場所は中国!!!!
二重にも三重にも怖い桟道だが、なんとオープン15日でヒビが入ったという。その様子はニュース動画で確認できるが、ああああ、本当に割れている! いくら何でもマッハすぎだろ!!

・中国でガラスの桟道が登場 → マッハでヒビ割れが報告
つい先日、オープンしたばかりの河南省雲台山の「ガラスの桟道」。海抜1080mの山腹にぺったりとへばりつくように設けられていて、足元丸見えなガラス製!! 「スカイウォーク」とも呼ばれている。
あまりの高さに映像を見ただけで腰が砕けそうになってしまうが、その橋がオープンからたった約10日でヒビ割れたというのである。

・渡っていたら「バリッ」と音がした
現地に居合わせたというネットユーザーの報告によると、何でも橋の終着点あたりを歩いていたら「バリッ」という大きな音がして揺れを感じたのだそうだ。
するとガラスの橋にヒビ割れが!! その場にいた観光客らは「割れた! 本当に割れたぞ!!」と猛ダッシュで橋を走り抜けたという。

・ 原因は利用客がコップを落としたこと?
動画を見てみると、確かにガラス一面がヒビで覆われている。割れた瞬間はガラスの端のみだったが、その後ヒビが広がっていったようだ。
原因は明らかになっていないものの、利用客がステンレス製のコップを落としてヒビが入ったという話も出ている。えっ、それくらいの衝撃で割れちゃうの? 

・とりあえず閉鎖へ
なお、橋の管理者によると、割れたのは三層になっているガラスの表面のみだという。安全性に問題はないが、万が一のことを考えて、修復のため一時閉鎖になっているそうだ。修復後、再びオープンするとのことであるが……皆さんは渡る勇気があるだろうか?

ちなみに建築当初関係者いわく「完全に安全」と主張していたこの橋ですが、中国だけにどんな斜め上の事態が期待出来るかと見る向きが多かったようです。
予想以上に早かったというのも期待を超えたと言えなくもありませんが、しかしコップで割れるものの上に歩かせますかね普通?

今日のぐり「かつ一番 倉敷店」

ひと頃はあちらこちらに乱立していた郊外型のとんかつ専門店もさすがに需要が一巡したようですが、こちら倉敷地区では比較的希少なその一店です。
ちなみに話は脱線しますが某漫画に「王大かつんと」と俗称されるとんかつ屋のエピソードがあって、親父さんが苦学生に出世などしなくても、人間とんかつがいつでも食べられるくらいが丁度いいんだと話すシーンがありますが、人間年輪を重ねてきますと別な意味でとんかつなどはハレの日のごちそうになってきたりもするものですよね。

メニューを見ますとこの種の店舗によくあるものは一通り揃っていると言う感じですが、一応はおろしかつがおすすめらしいので今回は和風おろしかつ定食を麦飯で頼んでみました。
トンカツはわずかに油キレが悪くてべたつくのは気になるものの、肉の味なども含めてまあ普通と言ったところなんですが、しかしこの切り方が相当に不揃いで、切片によって3倍くらいのサイズ差があるのはどうにかならないものでしょうか。
付け合わせの味噌汁はちょっと甘口な感じで出汁の味が弱めですが、ちょうどこれで野菜たっぷりな仕立てなら家庭の味そのものと言えたのかもしれません。
麦飯と言っても一般に全部が麦と言うわけではないものですが、ここの場合米と麦の混ざり加減があまりにまだらで、ちょっと見た目が残念かなと言う気がします。
ちなみにとんかつ屋と言えばソースなどにこだわる店も多いですが、こちらではテーブルの調味料やドレッシングの容器がいかにも取り急ぎあちこち回って買い集めました的にバラバラと言うのはちょっと格好悪い気がしますね。
全体的にはまあまあと言う仕上がりだとは思うのですが、ただ脇に添えられているお茶だけはダメ出しするしかないもので、普段からずっとこの調子であるなら早急に改善いただきたいと思います。

接遇面ではマニュアル通りで丁寧なものと言えるし、フロアへの目配りもまずまずなんですが、こういうそつのない受け答えを見るとちょっとイレギュラーな対応を強いられた時にどうなるか見てみたいと言う気もしてきます。
トイレなど設備面は並の水準ですが広さや綺麗さはまずまず良好で、まあこういう店はフォーマット通りでやっていれば大外れはないんでしょうが、岡山県内の特殊事情としてとんかつを出す店が多いラーメン店とも競合するものなのでしょうか?
しかし客層を見ればメニューをめくってみると食材の産地紹介のページばかりで肝心の料理が片隅に押しやられているよりは、シンプルにわかりやすい記載にしておけばいいのにと思いますね。

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2015年10月10日 (土)

医療に関わる最近のちょっとおもしろいニュース二題

先日こういう記事が出ていたのですが、これも世間的には何やら奇妙な話のように見えるものなのでしょうか。

週末は病院での死亡率が跳ね上がるという「週末効果」が存在する(2015年09月19日GigaZiNE)

平日に比べ週末の病院の死亡率が上がるという傾向を「週末効果」と呼び、世界中で事例が報告されていました。2015年9月、イギリスで新たな調査結果が報告され、金曜日から日曜日にかけて病院の死亡率が上がっていくという、週末効果の詳細が明らかになっています。
(略)
2014年に行われた東北大学の研究で5500万人の患者のデータを分析したところ、土曜日の午後は他の日に比べて17%も死亡率が高いことが分かりました。また、別の研究でベルリンの医療機関における21万8758人分のデータを分析したところ、午後の死亡率が他の時間帯よりも21%高く、また土日の死亡率は平日と比べて22%高いことも判明。なお、1年のうち最も死亡率が高い月は2月であることも分かっています。

本来であれば避けられたはずの死が週末効果によってもたらされてしまった可能性があるとして、今回、イギリスの国民保健サービス(NHS)の研究チームも2013年から2014年までの医療記録を使って調査を行いました。研究によると、イギリスではある30日間に病院が患者を受け入れた人数が1億5900万人であるのに対し、その患者が死亡したのは29万人で、全体を見ると死亡率は1.8%なのですが、金曜日になると死亡率が2%になり、土曜日は10%、日曜日は15%にまで上昇し、月曜日になると5%にまで下がることが判明。総合すると、1万1000人もの患者が週末効果の影響で亡くなっていると考えられています。

ただし、研究では患者の年齢や病気のレベルなどが考慮されていますが、それぞれの要素がどれほど影響しているかを測るのは難しいため、「1万1000人の患者の死は避けられたはず」とすぐさま結論づけるべきではないとのこと。

現在のところ週末効果が起こる原因は不明ですが、週末や午後に大きなケガが起こりやすかったり病気の症状が出やすい傾向があること、平日と週末ではケアの標準が異なることなども関係していると見られています。

また、イギリスでは週末は経験の浅い医師が勤務し、リモートで相談役の医師が指示を出すケースも多いとのこと。週末効果の影響を減らすには病院での週末の体制を変更する必要があると考えられますが、英国医師協会のマーク・ポーター医師は「週末の医師の数を増やすには平日に勤務する医師の数を減らすしかない」と語っており、医療スタッフに過度の負担を与えるとして、平日と週末でケアの内容に差をつけずに運営を行うことの難しさを強調しています。

詳細は元記事のリンクから参照いただければと思いますが、まあ冷静に考えてみれば週末は病院の営業時間外で当直対応になりますし、スタッフも揃っておらず普段通りの対応が出来ないのですから当然と言えば当然なのですが、こういうデータを見て「そんなことはケシカラン!誰がいつ急病になるか判らないのに!」と考えるべきなのかどうかです。
この種の話で古来たびたび話題になることとして出産の数が曜日と時間帯によって顕著に異なることが知られていて、平日の日中に多く休日夜間に少ないと言う非常に特徴的な分布があると言うのですが、興味深いことに月~金曜日と休日の動向は病院も診療所も同じなのに、土曜日に限っては病院は休日とほぼ同じカーブを描くのに対して診療所では平日とほとんど変わらない動向を示すと言います。
病院は土曜を休んでいる施設が多い一方で、診療所は土曜もやっているところが多いと言うことを反映しているのか?と思える話なんですが、これまたいつ産まれるかも知れないはずのお産がそんなに綺麗に営業時間内だけ増えるはずがない、何か不自然なことが行われているからだと批判的に見る人が多いようですよね。
ちなみに「自然なお産」を謳っている(施設が多い)助産所で同様のデータを取ってみると見事に曜日や時間帯に偏りのないフラットな分布になるのだそうで、この辺りはお産と言うものに関しても何を優先順位の上位に置くかによって良い悪いの評価は異なるのではないかと思いますが、人によってはマンパワーも整っている時間帯に準備万端で産めるのであればその方が安心するのかも知れません。
もう一つ先日出ていた調査結果でこんな話もあったのですけれども、こちらは医療の世界に限らず実体験として果たしてどうなのか?と疑問に感じる人も多いのではないでしょうか。

術者が空腹でも手術成績には影響しない (2015年7月15日専門誌ピックアップ)

 手術シミュレーターで卵管切除術を実施する医学生12人を対象に、術者の空腹による手術成績への影響を検証。

 術者は手術前日の午後9時から絶食を開始し、午前9時と午後2時の手術で手術時間、失血量、左手での縦軸方向以外の器具操作を評価したところ、午前9時より午後2時の手術の方で有意に良好な成績が得られた。

 著者らは17時間の絶食は手術成績に影響しないと述べている。

これまた詳細を御覧になりたい方は元記事からリンクを辿っていただきたいと思いますけれども、そもそも朝食を食べないと言う人は社会の中で一定数いますし、忙しくて昼食を食べられないと言うこともまたたびたびあるわけですから、長時間手術に慣れている術者の中には日常的にこの程度の絶食は経験している人もいるんだろうなと思われます。
脳の活動がブドウ糖によって支えられていると言うことはよく知られているところで、頭脳労働の代表格とも言える棋士のタイトル戦中継などは長い対局時間中の食事やおやつに何を食べたかがしばしば対局以上に注目されるものですけれども、医師の場合は手術においてそこまで限度一杯脳の力を使い切っておらず、ある程度マージンを残して仕事をしていると言う可能性はあるかも知れませんね。
そう考えると日常的なルーチン仕事であれば案外影響が少ない一方で、限度一杯頭を使っているような状況ではもう少し影響が出てくるのかも知れずなんですが、疲労などの問題もありますからいずれにしてもあまり長時間の絶食が体にとっても望ましくないのは当然で、日常的にこうした事態を招かないように個人と組織の双方で対策は講じておくべきではないかと言う気はします。
しかし管理人の場合は比較的簡単に空腹の悪影響を自覚する方なのですが、確かにあまり食べなくてもバリバリ仕事をしていると言う人も時々いるもので、こういう方々はより効率的に仕事がこなせてお得と考えるべきなのか、人よりも多くの仕事をすることになってそんだと考えるべきなのかいずれなんでしょうね。

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2015年10月 9日 (金)

囲い込みと言うことに関連した二つの話題

このところ一部方面から問題視されている介護サービスのいわゆる囲い込み問題に関連して、先日厚労省がこんな対策を講じると言う記事が出ていました。

厚労省、介護「囲い込み」を是正 偏重ケアマネの減給厳格化(2015年10月6日産経ビズ)

 厚生労働省は2015年度から、介護事業者が利益獲得のために高齢者の意に反してサービスを利用させる「囲い込み」の是正に乗り出す。高齢者の利用計画を作るケアマネジャーが、偏って特定の提供事業所を紹介している場合に介護報酬を減額する。税金や保険料などで賄う介護費用の無駄につながっていると判断した。ケアマネは、本人や家族の希望に基づき公正、中立的に計画を作成する役割を求められている。ただ一部で、自ら所属する法人や親密な事業所に誘導し、過剰に利用させるといった悪質例がある。

 是正策では、紹介サービスの80%超を同一事業所が占める場合、利用1人当たりのケアマネの報酬を月2000円減らす。現行では偏りの割合が90%を超えれば対象で、9月から厳格化する。

 また、サービス付き高齢者向け住宅や有料老人ホームなど、高齢者向け集合住宅での訪問サービスでも4月から報酬を減らす。直接的には移動コストが小さいことが理由だが、事業者が入居者を囲い込んで利益を稼ぐことを防ぐ効果も見込んでいる。

以前に朝日新聞が高齢施設入所者を医師に紹介し手数料を取る商売を取り上げたことがありますし、先日は都内で生保受給希望者に特定クリニック受診を受給の条件であるかのように話していたと言う報道もありましたが、判断力の低下した方々に半ば強制するように特定の方法論だけを押しつけると言うやり方はまあ、一般的には批判されやすいものではないかとは思います。
もちろんこの辺りも色々な個別の事情もあっての場合もあり、例えば施設の選択肢が限られる地域ではこの種の方々はここの施設でなければ引き受けてもらえないと言う場合もままあるわけですが、囲い込み行為で紹介料なりバックマージンなり利益を得ていると言うのであれば世間の批判の目線は受けるだろうし、悪質なケースには当然に何らかの規制も必要でしょうね。
その意味で今回同一事業所が80%以上と言う非常に偏った紹介の場合に罰則と言うのは悪質なケースに対する規制の実効性と言う点でもいささか微妙な印象なのですが、まずはこれくらいから強化をしてみて反応を見ながら徐々に適正な規制水準を考えていくと言う腹づもりなのかも知れません。
囲い込みと言ってもこの種の話であれば比較的判りやすいことなのですが、先日見ていて少し気になったのがこちらのニュースで、これは取りようによっては社会問題化するんじゃないかと言う気もするのですが、まずは記事から紹介してみましょう。

ローソン、肥満社員削減へ目標(2015年10月7日デイリー)

 ローソンは7日、グループ社員の2018年度までの健康目標値を設定したと発表した。肥満の社員の割合を減らすなどして心身面の不安が少ない社員を増やし、効率的な企業活動につなげる狙いだ。今月1日付で玉塚元一社長が最高健康責任者(CHO)に就任しており、目標達成に向けた取り組みを進める。

 肥満判定に使われる体格指数(BMI)が基準値以上だった社員の割合は、14年度に男性で37・2%、女性は18・6%だった。これを18年度には、男性27・7%、女性17・0%まで減らしたい考えだ。

 運動用ビデオの作成やクラブ活動を奨励、1年に1回実施する健康診断で成果を把握する。

一見すると社員の健康増進を図るというごく当たり前の話なのですが、問題はその方法論としてどうやるのかで、そもそも食事を改善しろとか運動をしろと言ってもそう簡単に実行出来るわけでもないし、実行したからと言ってそうそう体重が減るわけでもないことは世の多くの方々が実感していることだと思います。
それをわずか4年で肥満男性を2/3にまで減らすと言うのはどのような魔法を使うのかですが、この点でかねて言われていることに例のメタボ健診導入であまりに社員の成績が悪いと保険者である会社側にペナルティが科されるようになった結果もあってか、そもそも入社健診で引っかかるような社員は最初から雇わないだとか、出向や契約打ち切りなどと言った実質的雇い止めも起こっている気配があると言います。
各企業とも優秀な人材を囲い込みたいのは当然なのですが、その優秀さを示す指標の一つとして今後は健康上の問題がないと言うことも評価される時代になってきたとすれば、これからは各企業が健康な体を持つ人材を奪い合うと言う時代になっていくのかどうかですし、不健康な人は仕事が出来ない人などと同様に社内で冷遇されると言うこともあるのかどうかです。
ただ肥満と言う問題もほとんどの場合は本人努力で何とか出来るのだから、受験勉強で頑張ったとか就活を努力したと言ったことと同様、太らないよう努力したことも就労に当たって評価されるべきでは?と言う考え方もあるのだろうし、考えようによっては勉強よりも運動を頑張ってきたような方々には今まで以上のチャンスが出てくると言うことなのかも知れませんね。

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2015年10月 8日 (木)

地域における迷惑被害のなるべく穏便な解消法は?

何を以て迷惑行為とするのかと言う判断は非常に難しいものがあって、それが故に現代社会においてはしばしば予想外のトラブルにまで発展するものですが、先日出たこちらの判決を巡っても賛否両論の意見があるようですね。

隣家の庭汚す、野良猫餌やりで55万支払い命令(2015年09月26日読売新聞)

 隣家の女性が野良猫への餌付けを続けたため、排せつ物で自宅の庭が汚されたなどとして、福岡県内の住民が約160万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が福岡地裁であり、溝口優ゆたか裁判官が女性に対し、慰謝料など55万円の支払いを命じていたことがわかった。

 溝口裁判官は、動物愛護の観点から女性の心情に一定の理解を示したが、被害防止の対策をとらなかったと判断した。

 17日付の判決によると、女性は2013年5月頃から少なくとも同年12月頃まで、自宅玄関前に餌を置くなどして複数の野良猫に餌やりを継続

 周辺に居着くようになり、原告住民の自宅の庭に入り込んで排せつするなどし、原告は庭の砂利を入れ替えた

 溝口裁判官は「野良猫を愛護する思いから餌やりをしているとみられ、直ちに非難されるべきものではない」と言及しつつも、「猫が居着いて、近隣に迷惑を及ぼすことは十分に認識できたはず」と指摘。女性が保健所から行政指導を受けるなどした13年6、7月以降について「餌やりの中止や屋内飼育を行うべきだった」とし、「近隣住民への配慮を怠り、生活環境を害した」と結論付けた。

もちろん野良猫に餌をやればなついて可愛いと言う感情は理解できるものの、こうした行為は言ってみれば動物飼育のよい面、好ましい面に接する権利だけをつまみ食いして義務を果たしていないとも言え、飼いイヌの散歩で糞尿を放置する行為をより大規模、大々的に行っているようなものとも言えるように思いますね。
猫が可愛いのであれば自分で飼育して動物のネガティブな部分にまで責任を負うと言う姿勢を示すべきだったと思いますし、実際に裁判所もそうした点に言及しているようですが、今回の場合その部分を金銭で代償する形となったことがいいのか悪いのか、この種の方々の場合時に「これでもう話はついた」とばかりにますます行為をエスカレートする傾向のある方もいらっしゃるように感じます。
ただ動物の糞尿被害と言うものは確かに好ましいものではありませんが、例えば庭先に出来た渡り鳥の巣を撤去せずに糞尿被害を我慢しながら見守っている方々も少なからずいるように、どこまでが許容範囲であるかと言うことは人それぞれに違うもので、先日はこんな厚労省の調査結果が出たことがちょっとした議論を呼んでいました。

保育園児の声は騒音?…35%が「同感」 厚労省調査(2015年9月26日朝日新聞)

 保育園児の声を「騒音」と思うことに35%の人が同感である――。厚生労働省の調査で、こんな結果が出た。待機児童解消へ都市部を中心に保育所の整備は急務だが、近隣住民の理解を得ることも一定の壁となりそうだ。近く閣議決定される2015年版の厚生労働白書に盛り込まれる。

 調査は人口減少に関する意識を探る目的で、3月にインターネットで実施。3千人から回答を得た。

 保育園児の声を騒音のように思い、保育所の立地に反対する住民の立場に同感できるか尋ねたところ、「ある程度」が29・7%、「とても」が5・4%で、計35・1%が同感だった。逆に「全く同感できない」は26・4%、「あまりできない」は38・5%で、同感できない人は64・9%だった。

 回答者を地域活動への参加機会から見ると、「参加していない」という人は38・9%が反対の立場に同感だとする一方、「月1日程度以上参加している」人は26・0%と低くなった。(久永隆一)

この保育園の騒音問題と言うものも近年ちょっとしたトピックになっていることは以前にも紹介した通りですが、せっかく待機児童解消を目指して自治体も建設を推進している時代であるのに、各地で騒音被害を理由とする反対運動が続出し思うに任せないと言う状況であるようです。
これも以前にも書いたことですが、興味深いのは騒音被害を訴えている方々の実態として高齢者が多いようだと言う話がある点で、昔から年寄りと言えば子守をしているもの的なイメージもあったのですけれども、昨今の少子化時代にあって年寄りの子ども離れも進んでいると言うことなのでしょうか。
もちろん2/3の多数派はそうした考え方を是としないわけですが、朝日を始めとする進歩的メディアの方々の長年の努力もあってか世の中少数意見は多数意見以上に大切にしましょうとでも言うような風潮もあるようですし、現実的に高校野球の試合がたったひとりのクレーマーによって潰されたと言った噂も聞きますから、1/3もの多数の方々が反対しているようなことをおいそれと推進するわけにもいきませんよね。

ゴミ処理施設の必要性は誰しも知っていても、その建設となるとついつい反対運動を展開したくなる方も多いように、権利と義務を過不足泣く果たしていくと言うことはなかなか難しいものですし、ましてや幾ら社会的に必要だと言っても自分の子や孫の騒音まで甘受する気はないと言うのは、他人が餌ヤリしている野良猫からの被害まで受け入れられないと言うことと同じくらいにもっともらしい話だとは思います。
こうした点で今回の調査で面白いのは地域活動への参加率を合わせて調査していて、地域活動に参加している人の方が騒音問題に寛容であるらしいと言うことなのですが、やはり地域と関わりがあれば子どもにも関わりを持つ機会が増えるのだろうし、他人の子どもであれ顔や名前を覚えるような関係にでもなれば少々の歓声など気にならなくなるものなのかも知れません。
そう考えると騒音反対を唱える方々にももっと子ども達と接する機会を与えるべきなんじゃないかと言う考え方も出来ると思うのですが、いっそ月に一日くらいは地域の家庭に子どもを預けるようなイベントもやってみれば面白いのかも知れずですし、住民にも保育園内に入ってもらうと言った機会も増やしていいのかも知れませんね。

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2015年10月 7日 (水)

動物愛護に関する最近のニュースから

いわゆる動物愛護団体なるものの評判も最近どうなのかですが、幾ら何でもそれは酷すぎるだろうと非難囂々なのがこちらの一件です。

動物愛護団体がホームレス男性から子犬を無理やり保護、泣き叫び追いすがる姿に同情の声が殺到(2015年9月28日IRORIO)

先週フェイスブックに投稿されて以降、世界中で物議をかもしている動画をご紹介しよう。
今月20日に投稿された動画なのだが、パリの街で起きたある騒動を目撃した人物が撮影したものである。

動物愛護団体が強引に子犬を保護

それは、動物愛護団体のスタッフと思しき男女が、あるホームレスの男性が飼っている子犬を“保護”している現場
しかしそのやり方はかなり強引で、男性から無理やり子犬を引き離し、辺りには「キャンキャン」という子犬の鳴き声が響き渡り、泣きながら職員に追いすがる男性の姿がそこにはあった
更に、大声をあげホームレスの男性を制止しようとする女性職員も続き、騒然とした雰囲気に包まれている
同動画の再生回数は260万回を超え、「ひどすぎる…」「血も涙もないやり方」「子犬を無理やり奪い取るなんてむごい」といった声が相次ぎ、同団体の非道さを訴える署名活動にまで発展した。

団体側は「子犬は物乞いの道具」と反論

これに対し、動物愛護団体「Cause Animale Nord」は、「男性は子犬を物乞いの道具に使っていた」と反論。
子犬の健康状態の悪化を懸念した同団体は、警察に訴えるも何もしてくれなかったため、今回の行動を起こしたという。
併せて、元気に走り回り、ボールで遊ぶ現在の子犬の姿を公開。里親を募集しているそうだ。
ホームレスの男性を擁護する人々からは、「子犬は男性のもの」であることを示す書類が提示されたが、同団体は「書類は偽物」と応酬。騒動はしばらく続きそうである。

その状況は元記事の動画を参照いただければ一目瞭然なのですが、しかしこの動画を見て子犬を奪い取っていく彼らの背中に正義を感じる人間がどれほどあるものなのか、あるいはそもそもこの種の団体とはそうしたものなのだと言うことをこの上なく単純明快な形で示した行動であったとも言えるのかも知れません。
まあ世の中色々な考え方のあることは当たり前ですし、他人のやっていることにカチンと来ることなど誰しも日常的にあることでしょうが、そこで「こいつは俺の考えに反することをしているから何をやってもいいんだ」だとか「こいつは間違ったことをやっているから自分が正してあげないと」などと言う方向に進んでしまうと独善と言われるものになるのかなと言う気がします。
さて、こうした面で昨今日本なども自称動物愛護を掲げるテロ組織の標的と目されて久しいですが、そのテロ組織の支援国家として反捕鯨活動を支えている主要国の一つがオーストラリアと言う国家であると言う指摘が根強くあって、実際に日本人の目から見るとちょっとどうなのか?と思われるような抗議活動も当たり前に行われていると言います。
他方でオーストラリアと言えばカンガルーやコアラなど様々な野生動物を定期的、組織的に大量に殺していると言う事実もあり、また殺すにしてもその殺し方もいささかどうよ?と言うことで実は動物愛護団体から攻撃されていると言う側面もあるのですが、そのオーストラリアから先日またこういう物議を醸しそうなニュースが出ていました。

豪でグレーハウンド毎年1万匹以上が殺処分(2015年9月29日AFP)

【AFP=時事】オーストラリアのドッグレース業界で、毎年1万3000~1万5000匹の健康なグレーハウンドが殺処分されていると28日、豪業界団体「グレーハウンド・オーストラレーシア(Greyhounds Australasia)」が内部報告で警告した。

 内部報告をした調査委員会が発足されたのは、オーストラリア放送協会(ABC)が、競犬用のグレーハウンドの訓練で子ブタやウサギ、オポッサムなどの動物が生き餌として使用されていると報じたことだった。調査の結果、グレーハウンドのレース業界では過剰なまでに繁殖が行われており、健康には問題ないがレースに不適格とみなされたグレーハウンドが毎年多数、殺処分されていることが発覚した。

 調査を支援したスティーブン・ラッシュトン(Stephen Rushton)氏は「毎年1万3000~1万5000匹の(グレーハウンドの)無駄な死の責任は、レース業界にある」と非難した。ニューサウスウェールズ(New South Wales)州の調査では、レースに不適格と判断されたグレーハウンドに里親が見つかったり、訓練士がそのまま飼ったりすることはほとんどないという。

 オーストラリアのグレーハウンドのレース業界は世界最大規模で、生き餌の使用は数十年間から禁止されており、刑罰の対象となる。しかし2月に放映されたABCの番組には、レースの訓練の中で、機械仕掛けのおとりに固定された生き餌を、グレーハウンドが追い掛け、引き裂く様子などが写っていた。

もちろん生きたものを食べてはいけないと言うのも人間の勝手な考え方で、本来動物と言うものは他の生き物の命を奪って生きているわけですから、生き餌禁止と言うのも考え方としてどうなのか?とも思うのですが、しかし毎年これだけのイヌがただ産まれ死んでいくと言うのは愛犬家にはつらいものなのでしょうね。
日本でもかねて伝統的な闘犬と言うものに対する根強い偏見から来る抗議活動が問題になっていて、この点でイヌを使った競技と言えば決して他人事ではないと思うのですが、やはりそこは競技であるだけに向き不向きはあるのだろうし、1頭のエリートイヌを育て上げるために何百何千のイヌが単なる駄犬として扱われてしまうのも仕方がないことなのかも知れません。
先日以来卒業していく高校生達を牛の出荷に見立てた味の素のCMが妙に話題になっていて、かなりブラックなジョークとしても面白いCMだと思うのですが、その中の一シーンで残念ながら望んだ進路に進めず食肉加工場送りが決まった学生が泣き崩れると言うシーンがあって、確かにドナドナされるウシの気分と言うものはそんなものなんだろうなと感じるのですが、では乳牛になるウシが本当にウシとして幸せなのか?と言うとどうなんでしょうね。
選び抜かれた名馬が競い合う競馬などもシビアなものがありますが、競馬の場合各地の牧場で観光に従事したり食肉として利用されると言った道があるのに対して、先の記事の場合イヌたちは単に殺されていくだけであると言う点が違いであるとも言えそうなんですが、果たして動物愛護的観点からはどちらの方がより望ましいことなのか、それともどちらも同様に非難されるべき行為なのでしょうか。

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2015年10月 6日 (火)

困った救急搬送要請を減らす方法は?

困った人と言うのはどこの世にもいるものですが、先日ちょっとした話題になっていたのがこちらの困った人です。

病院から警察に行先変更 救急隊員に“頭突き”男(2015年10月1日ANNニュース)

 千葉市で、通報を受けて駆け付けた救急隊員の男性2人に救急車の中で頭突きをしてけがをさせたなどとして、47歳の会社役員の男が逮捕されました。男は「なかなか病院に搬送せず、頭にきた」と供述しています。

 警察によりますと、先月30日午前11時ごろ、千葉市花見川区の自宅にいた会社役員の高尾弘一容疑者から「背中が痛い」と119番通報がありました。救急隊員の男性2人が駆け付け、高尾容疑者を救急車に運び込みました。高尾容疑者は「自分のかかりつけの病院に運んでほしい」と話していましたが、約30分の間、病院が決まりませんでした。高尾容疑者はこのことに腹を立て、男性2人の顔に頭突きを数回し、打撲の軽傷を負わせたということです。その後、高尾容疑者は病院には搬送されず、傷害と公務執行妨害の疑いで逮捕されました。警察の取り調べに対し、高尾容疑者は「なかなか病院に搬送しないため、頭にきた」と容疑を認めています。

病院に運ばれるはずが一転して警察にお引き取りになったと言うのがいいのかどうかですが、警察が引き取っていったくらいですからもともと大したことのなかったと言うことなのかも知れずで、いずれにせよこんな人に来てもらっても救急を受ける側も困るだろうと言うものですよね。
ところでもともと救急車を呼ぶ意味や必要性があったのかと言う議論はさておくとして、この場合自称かかりつけの病院にスムーズに搬送されなかったことが話をややこしくしたことは確からしいと思いますし、逆に唯一褒められる点としてはきちんとかかりつけ病院を持っていたと言う点でしょうか(と言っても、しばしば全くかかりつけではない病院の名前を出す患者もいるのですが)。
特に医療を利用する機会の多い高齢者は原則的に特別の病気がなくとも定期的に病院にかかり、きちんとしたかかりつけを持つことが非常に重要だと思うのですけれども、この高齢者のいざと言うときの搬送ルールが不明確であることが救急医療現場の混乱を招いているとは以前から言われているところです。

救急現場に「末期」「看取り」増加 本来の患者搬送破綻の恐れ(2015年10月1日産経新聞)

 救急医療の現場に、高齢患者が増えている。なかには救命というよりも、看取(みと)りに近いケースもあり、救急医らを困惑させている。本人が望まぬ延命につながりかねず、交通事故や心筋梗塞など、本当に救命が必要な患者の搬送を阻みかねないからだ。現場からは「このままでは、救急は破綻する」との声が上がっている。(佐藤好美)

 東京都墨田区にある都立墨東病院の救命救急センターは、救急医療の頂上に位置する「三次救急」にあたる。交通事故や心筋梗塞、動脈瘤(りゅう)破裂など「突発・不測」のけがや病気で、一刻を争う「重症・重篤」の患者を受けることができる医療機関だ。年間2千件超の受け入れは都内最多だ。
 だが、同センターの浜辺祐一部長は「病気で死期が迫っているとか、90代の寝たきりの患者が今朝、昏睡(こんすい)状態に陥ったとか、救命救急センターの適応とは言えない患者が搬送されている」と指摘する。
 同センターが、東京消防庁の要請に対して、患者を受け入れた「収容率」は平成24年に65%。浜辺部長は「理想は、要請を100%受けること。だが今は、救うべき命を救うために依頼を選別しようという心持ちになっている」と言う。
 受けられないのは、ベッドに空きがなかったり、他の患者を処置中だったりするからだが、センターが「適応外」と判断したケースもある。その最多は「軽症など」で45%。「寝たきり」(19%)「がんなど慢性疾患の末期」(11%)「老人ホームからの搬送」(10%)-などが続いた。自宅で在宅医に診てもらっているが、夜間に連絡がつかず、救急搬送されるケースや、高齢者施設などが看取り寸前に送ってくる「看取り搬送」もある
(略)
 救急の現場が逼迫(ひっぱく)する背景には、高齢化のために救急患者が右肩上がりで伸びていることがある。20年前、同センターに救急搬送される患者で多かったのは20代と50代だったが、今は70代。搬送理由も「外傷」よりも「疾病」が増えた。
 看取りに近い患者を、救命救急センターで受けることが本人にとっていいのか、という問題もある。浜辺部長は、「高い薬や高度な機材を使えば、管だらけで1~2週間は長生きするかもしれない。だが、苦しむ時間を延ばすより、もっと安らかな看取りもある」と言う。「生を継続させる『救急医療』と、生をうまく終わらせる『終末期医療』は方向性が逆だ。救急は安らかに看取るのは不得手です」
 分秒を争う救急の現場で、年齢や状態で治療を分けるのは困難だ。「患者によって治療を手加減することは、救急が神様になることだ。僕らは神様ではない。目の前の患者に全身全霊をつぎ込んで救命できるようにしてほしい」

 患者には、何ができるのか-。浜辺部長は「きちんと看取ってくれる医師を持っておくことが必要」という。「在宅医なら、本当に24時間カバーしてくれる医師。かかりつけ医で『明朝、私が行って死亡診断書を書くから』と言ってくれる医師でもいい。行きずりの救急医に看取ってもらうより、その方がいい。救命救急センターはこのままだと破綻する。若い患者を断らずに済むようベッドをやりくりしているが、今のままでは限界だ」
(略)
 一方で、在宅医療は広がり、自宅で療養する患者が増えている。患者のSOSに24時間365日対応する「在宅療養支援診療所」も増えているが、その質には差がある。「患者から深夜に連絡を受けて、『救急車で病院に行ってください』という医師もいる」(都内の開業医)との声も聞かれる。
 横浜市のある訪問看護師は「困るのは発熱時など。医師が対応できないと、冷やすしか手段がない。病院に行くために自家用車や介護タクシーでなく、救急車を呼んでしまう家族や看護師もいると思う。高齢者の発熱は当然予測される。事前に頓服の解熱剤を処方してもらうこともある」と、瀬戸際のやりくりで救急搬送を避ける。
 ゆるやかに看取りに向かうなかでも、病院を頼ることはもちろんある。この訪問看護師は「すべて家で看取れるわけではないし、在宅患者の入退院は当然ある。在宅医療を始めるときに、どんな状態のときに、どこに、どう運ぶか、医療職と介護職が家族を交えて、事前に情報共有をしておくことが必要。特に、在宅患者の受け皿になることが多い病院は、情報共有に加わってほしい」と話している。

基本的に他の医療機関で扱いかねる重症患者の救命を行う三次救急に看取り目的の患者を運び込むような地域の救急搬送態勢もどうなのかと思うのですが、実際問題として地域内でも最大の医療機関である場合が多いわけですから、いざと言う時の最後の引取先として機能せざるを得ないと言うケースは決して少なくはないと思いますね。
この点で今問題化しつつあるのが例の病院から施設へ、そして在宅へと国が旗振りをしての高齢者帰宅運動?なのですが、当然ながら病院に入っていた人が施設へ、そして自宅へと移動してくるにつれてケアは何とかなるにしろ、医療としての対応は明らかに手薄になってくることは否めないわけです。
病院に入院していればその場の判断で簡単に済んでいたことが自宅ではこじらせて大変なことになってしまうと言うことはあり得るし、本来的にそうしたリスクも込みで自宅に帰しましょうと言うのが今の考え方だと思いますが、頭では人間誰しも未来永劫生き続けられるわけではないと判っているつもりでも、いざ目の前でお爺ちゃんが息をしていないとなると普通の家族は救急車を呼んでしまうものでしょうね。
本来こうした場合に真っ先にここに連絡しなさいと言う相談先として主治医と言うものがあるべきなのだろうし、例の24時間365日いつでも対応できるようにしなさいと言う主治医制もそうしたものを見越しての話だったんだろうと思いますが、あんな安いコストでそこまでの責任を負わされるのはかないませんから、大抵の場合は夜間休日はそもそも連絡がつかないか、何かあったら救急車を呼べと言い含めている場合がほとんどなのでしょう。

末期が迫ってきた高齢者の場合おおよそ起こり得る状況の幾つかは予想出来るものなのですから、そうした場合にとりあえず医療素人である介護スタッフや家族にも何か出来ることがあれば安心するだろうし、そうしたことを見越して頓服薬や指示を与えておくのがいいんだろうと思うのですが、どうも先生によってはその場の状況に応じて判断すると言うことなのか、判断を先送りしてしまう方もいらっしゃるようです。
もちろんそれできちんといつでも連絡が取れ指示を出せると言うのであればいいのですが、仮に夜間に連絡だけはついても手持ちの薬など治療手段がなければ結局は「救急車を呼んで」になってしまうわけですから、在宅で看取りを視野に入れているような高齢者の場合は一般的な医療とは少し考え方を変えていく必要はあると思いますね。
特に老老介護をしているような場合は家族も病院に運ぶ手段がないだとか、そもそもとっさに正しい手順を思い浮かべられないと言う問題もあって、地方ではいざと言う時に押すだけで専門職スタッフに連絡がつく非常用ボタンを配布している自治体などもあるようですけれども、近隣には町立病院一つの田舎ならまだしも医療機関の選択枝の多い都市部ですとこうした場合、簡単に話がつくと言うことも難しいのかも知れません。
この辺りは高齢者のいる家庭は救急搬送予備軍と考え、いざと言う時に入院医療まで引き受けられる二次救急レベルでのかかりつけを必ず持っておくことが重要なんだと思いますが、そんなことを言い出すと日医あたりの怖いお爺様方から「開業医の権益を侵害するとは何事か!」とお叱りを受けてしまうのでしょうか。

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2015年10月 5日 (月)

医療事故調、誰も満足も納得もしない中での船出

も先日10月1日よりいよいよ医療事故調が始まったわけですが、制度発足早々に早くも各方面の思惑の違いが明らかになってきているようです。

現場に渦巻く不安 対象判断の適否、人選も 医療事故調査制度(2015年10月1日共同通信)

 医療の安全確保を目的とした医療事故調査制度が始動。「診療に関連した予期せぬ死亡事案」が対象とされ、記録などに基づいて判断する医療機関の管理者の対応が問われる。制度の柱となる「院内調査」に関しては、原則とされる外部委員の選定で戸惑いも。費用や人員の確保など現場には制度運用への不安が渦巻いている。
(略)
 1日開始の新制度では、文書への記録の有無などに基づき、病院の管理者が「予期せぬ事案」として調査対象とするかを決める。担当医らは、患者の理解を得られるよう事前の説明を尽くし同意書を作成するなど、より丁寧な手続きが求められることになる。
 この病院では昨年、各診療科に「手術の危険性」「他の治療法の紹介」など目安とする項目を示し、患者側に十分な説明をするよう指示した。だが医療安全の責任者を務める副院長(65)は「現場は多忙を極め、指示が徹底されていない」。リスクを想定できた事案で調査対象外と判断した場合でも、事前説明の不足などの状況があって遺族が反発した時は、自主的な判断で調査を行うことも考えるとしている。

 ▽外部委員

 新制度は、診療録の確認や担当医らの聞き取りを行う院内調査には、原則として外部の医師や弁護士をメンバーに加えるよう定めている。ただ、この副院長は「これまで、公平性を担保するため診療に関与した医師とは別の大学出身者を選ぶ点で苦労してきた。今後も速やかに選定できるだろうか」と話す。
 共同通信が8月に全国の大学病院を対象に実施したアンケートでは、回答した31施設のうち16施設が外部委員を「招聘(しょうへい)する」と回答。一方で、「10月以降は事例の増加が予想され、(実際に招くかは)分からない」との記述もみられた。
(略)
 一方、大学病院でも、医療安全に携わる専従職員が数人程度の施設は多い。「十分な体制を準備できない可能性がある」との声もあり、人為的なミスが疑われる事案を優先するなどの工夫が必要との指摘が出ている。

医療事故調発足受け相談窓口 被害者らの会、遺族側の懸念に対応(2015年10月3日朝日新聞)

 医療事故の被害者らでつくる「患者の視点で医療安全を考える連絡協議会」(永井裕之代表)は2日、医療事故調査制度が1日から始まったことを受け、相談窓口を設置したと発表した。制度には「適正に運営されるのか」と遺族側から懸念の声が相次いでいる。

 制度は「予期せぬ死亡事例」が起きたら、医療機関が自ら原因を調べ、遺族や厚生労働省が指定した第三者機関に報告する。だが、調査するかどうかの判断は医療機関側に委ねられ、医療機関が調査しない事故について遺族から第三者機関に調査を依頼できない

 遺族の求めに医療機関が応じない事態も想定されるとして、協議会は遺族からの相談に応じる窓口を設けるよう厚労省などに要望してきた。要望が認められるまでの間、協議会が電子メール(info@genkoku.net)などで相談を受け付ける。自身の体験をもとに、医療機関側との交渉の方法などを助言するという。
(略)
 また、この制度は、事故が起きた医療機関での院内調査が基本となる。東京女子医大病院で昨年2月、原則禁止の鎮静剤を大量に使われ、当時2歳の長男を亡くした父親は2日、朝日新聞の取材に「院内調査では身内をかばいあい、真相が明らかにならない」と語った。

「不十分であれば捜査も」 制度見守る司法関係者(2015年10月1日共同通信)

 医療事故が捜査対象となり刑事責任を問われる―。こうした事態に対する医療界の抵抗感は強い。1日開始の事故調査制度では、医療機関側が自ら調査を尽くし、再発を防ぐための対応を取れるか注目される。制度上、捜査の動きを制限する規定はなく、警察や検察・法務関係者は「取り組みを見守るが、調査が不十分であれば捜査も動かざるを得ない」と話す。
 「何でもかんでも警察でやるのが理想だとは思わない」と警察庁関係者。難解な医療用語や手術技法を捜査員が理解した上で、高い知識を持つ専門家や医師に見解を聞く必要があると説明し、「手間も暇もかかるし難しい分野だ」と明かす。
 帝王切開手術を受けた妊婦が死亡した福島県立大野病院の事故では、2006年に担当医が業務上過失致死容疑などで逮捕されたが、08年に無罪が確定。ある検察関係者は「苦い記憶だ」と振り返る。

 今回の制度創設の背景の一つには、「原因分析は捜査機関ではなく専門家が担うべきだ」との医療従事者の指摘がある。検察幹部も、医療の不確実性を認めた上で「全て刑事責任を問われるのでは医療は何もできなくなる。制度の運用状況を見る必要がある」。
 ただ法務省幹部は「制度設計上、捜査実務自体に影響はない。要は医療機関がどれだけしっかり取り組むかだ」と話す。
 今後の議論として、異状死の警察への届け出を定めた医師法21条の改正を求める意見が医療界から上がる可能性もあるが、ある検察関係者は「実現は難しい。法務省が認めないだろう」と語る。

医療従事者側の懸念に配慮してと言うことなのでしょうか、届け出対象の選定や調査の方法などに関しては医療側にかなり有利と言っていい制度設計になっていますが、それだけに患者側団体からの反発はかなり大きいようで、すでに「気に入らなければ訴訟(意訳)」と公言している方々もいらっしゃるようです。
この辺りは制度として守ってもらえないのであれば自分で自分の身を守るしかないのは当然で、特に医療のような裁量の余地の大きいものでは安全側にマージンを十分に取ろうとすれば大部分の医療行為は危なくて出来ないと言うことにもなりかねませんから、最終的にはどこかでリスクを甘受しないと結局は患者側にとっても不利益になる理屈ですよね。
ただ頭で理解出来ることと感情面も含めて納得出来るかどうかと言うことは別問題ですし、名目上はどうあれやはり何かしらトラブルがあったときに処罰感情抜きで話を進められるほど出来た人ばかりではありませんから、本来的には医療の側の自主的なルール作りであるとか行政処分と言った裁判以外のルートでの自己規制の手段を確保すべきなのではないかと言う声も根強くあります。
この辺りは弁護士活動をする限りは全員加入しなければならない日弁連の活動なども参考にすべきだと思うのですが、昨今各方面から批判の声が上がることの方が多いああした組織に全権を委ねることのリスクと言うものがありますし、ましてや万一にも日医のような医療現場の意見を反映していない団体に権力が集中してしまうと楽しい医療の未来図も描けそうにはありませんから、現実的には誰が主体になるべきかと言う部分でなかなか難しいものがありますよね。

今回の制度では医師法21条を始めとして司法との関係性がどうなるのかと言うことも非常に注目されてきたわけですが、制度的には全く何ら今までと変わりがないと言うのが表向きの公式回答であるとは言え、検察など関係諸方面からのコメントを見てみますと「まずはどうなるか様子見」と言うのが既定の路線であるようです。
ひと頃の医療訴訟乱発、国民とマスコミが医療を目の敵にしているかのように見えて仕方なかった時代と比べると、昨今では医療崩壊ネタは視聴率が取れるとマスコミの中の人も言うように、医療業界の諸事情が世間に知られその苦境に問題意識を共有されるようになってきたせいでしょうか、医療訴訟の場での司法判断も以前とは少しばかり違ってきているような印象もありますよね。
特に刑事事件の場合は日本の司法制度特有の慣習と言うのでしょうか、基本的に起訴する=確実に有罪判決に持ち込めるものに限ると言うことになっているようで、この部分を見誤ってうっかり無罪判決などが出てしまうと色々と困ったことになるそうですから、記事にも出ている大野病院事件など医療界が一丸となって無罪を勝ち取ったことがボディーブローのように効いてきていると言うことなのでしょうか。
司法関係者からすると専門性の高い医療訴訟と言うものは判断も難しく手間暇もかかると言うことであまり好んで手がけたいものでもないそうで、それが何故医療側の常識に反してた判決が出るのかと言えば医療の常識に反した意見を述べる先生が一定数いるからだとも言えるわけですから、医療の側で出来ることとして医療側証人の教育や資格制度制定と言うことも今後非常に重要になってくるように思いますね。

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2015年10月 4日 (日)

今日のぐり:「笨乃莉 (ホンノリ)」

世の中ついついやり過ぎてしまうと言うことはあるものですが、「一体その時何が?!」と多くの人々が驚いたと言うニュースがこちらです。

米陸軍士官学校「枕投げ」で30人負傷、1人意識不明か(2015年9月5日AFP)

【9月5日 AFP】米ニューヨーク(New York)州ウェストポイント(West Point)の陸軍士官学校(United States Military Academy)で、初年度の夏季訓練を修了した学生らによる恒例の「枕投げ」がエスカレートし、30人が負傷していたことが明らかになった。

 4日の米紙ニューヨーク・タイムズ(New York Times)によると、陸軍士官学校で8月20日に行われた「伝統の枕投げ」により24人が脳震とうを起こすなど計30人が負傷した。脚の骨折や肩の脱臼なども報告された。
 同紙によると少なくとも1897年にまでさかのぼる恒例の枕投げは米陸軍士官学校の「通過儀礼」で、新入生が受ける厳しい夏季訓練の修了を祝し、同窓意識を育むのが目的。
 同校の広報官は、枕投げを監督した上級生らがヘルメットの着用を命じるなどの「緩和措置」を取っていたと同紙に語ったが、一部の学生がヘルメットを枕の中に入れたため悲惨な結果となった。

 動画投稿サイト「ユーチューブ(YouTube)」に投稿された動画には、士官学校の庭で数百人の学生が、互いに枕で徹底的に叩き合う場面が撮影されていた。マイクロブログの「ツイッター(Twitter)」には血まみれになった学生の写真が投稿された。
 同広報官は「ウェストポイントは、団結心を高めようとする学生らの気持ちを称賛するとともに、負傷者が出たことを遺憾に思う。負傷の原因について適切な調査を実施中だ」と語り、学生は全員授業に復帰したと明らかにした。

 同紙によるとこの件で処分を受けた学生はおらず枕投げを中止する予定もない。しかし、一部の学生が同紙に語ったところによると、殴られて意識を失った学生1人が授業に復帰していないという。
 米陸軍士官学校の枕投げは、2012年に枕の中に金庫を入れた学生がいたために翌年は中止された。

まあしかしヘルメットだ金庫だと言うのは明らかに反則ですけれども、何事も過ぎたるは及ばざるが如しと言いますからねえ。
今日は名誉の負傷?を遂げた士官学校生を見舞う意味で、世界中から「それはちょっと失敗だったのでは」と後悔されかねないニュースをお伝えしてみましょう。

ガソリンスタンドで給油中の男性、クモを殺そうと給油口に着火→大炎上(2015年9月26日ミラー)

クモをライターで焼き殺そうとした男性。ただしそこはガソリンスタンド、しかも給油中…案の上、大炎上してやけどを負うという事故がミシガン州で起こりました。

監視カメラの映像では、男性がライターを使う様子、そして一気に炎が広がって周囲が火の海になるまでが記録されています。

消防が駆けつけてすぐに火は消し止められました。男性は「愚かな行動だった、本当に申し訳ありません」と謝っていたそうです。

どこから突っ込むべきなのかと言うその行動は動画を参照いただければ一目瞭然ですが、しかしクモにライターと言う行動は一般的なものなのでしょうかね?
昨今人工知能の進歩は著しいものがありますが、これは様々な意味で許容されがたいその応用例と言えるでしょうか。

男性の相手は「会話ロボット」、不倫サイトが見せた技術力(2015年9月18日日経コンピュータ)

 「Ashley Madison(アシュレイ・マディソン)」という、カナダのサイトからユーザー情報が3200万人分漏洩した大事件。2015年7月に明らかになったハッカー事件だ。同サイトが、大人の浮気を仲介するサービスを提供していただけに、その被害は方々で個人的な問題を引き起こしているようだ。
 しかし、もっと驚いたことにこのサイトでは、女性だと思われていたユーザーの多くが、実はソフトウエアで作られた会話ロボットだったのだ。男性を誘惑してサイトに登録させ、利用料金を巻き上げるために、会話ロボットが彼らの心を操作していた。何ともすごい時代になってきた。

 そもそもAshley Madisonは女性のユーザーを獲得するのに苦労していたもようである。同サイトの利用料金は相手とチャットやメールを交わすごとに発生する仕組みなのだが、男性は有料、女性は無料という設定だった。
 しかし、同サイトに侵入したハッカー集団「インパクトチーム」がぶちまけたデータを精査した報道によると、Ashley Madisonは金を払って外部の人間に委託して、偽の女性プロフィールの作成を作らせたり、男性ユーザーとチャットやメールでやり取りさせたりしていたようだ。
 ところが、それではとても手が回らなかったのだろう。早くも2002年ごろから、そうした「手作り」の偽女性ユーザーに変わって、「自動生成」された女性の写真とプロフィールが作られ、同時にユーザーとリアルタイムでやり取りする会話ロボットも登場していたという。会話ロボットが女性になりすましていた数は約7万人分と想定されている。

 面白いことに、会話ロボットは二つの目的のために有用だったらしい。一つは、浮気をしたい女性がこのサイトに無数にいるというイメージを作り出して、無料ユーザーを有料ユーザーに切り替えさせること。そしてもう一つは、いつまでも浮気が成立しない偽女性ユーザーとチャットをさせ続けることで、男性ユーザーにお金を払い続けさせることだ。このような運営側の企みにまんまとだまされていた男性ユーザーがたくさんいたようだ。

何だそれは返せよ男のときめきをと言うものなんですが、しかし幾ら頭に血が上っているとは言えこうまで人工知能も進歩したと言うべきか、それとも…
昨今どこの世界でもすっかり一般化した自撮りと言う行為ですが、何故か一部方面では妙な方向に過激化しているそうです。

銃を自分の頭に向けて「自撮り」していた男性、頭を打ち抜いて死ぬ(2015年9月5日USトゥデイ)

ヒューストンで火曜日、銃を使った自分撮りをしようとした19歳の男性が、誤って頭を撃ち抜いて死亡するという事故が起こりました。

事故当時、一緒にいた従兄弟によると、彼はInstagramに投稿するために頭に銃をつきつけている写真を撮ろうとしていたとのこと。

銃声を聞いた叔父がすぐに駆けつけるも、すでに彼は死亡していたそうです。「人生で最悪の気分だ」と叔父はインタビューに答えています。

自殺の兆候はみられなかったことから、警察は「偶発的な事故である」と述べています。

何をどう考えてこのような行動に出たのか判りませんけれども、世の中肝心なところでやらかしてしまう人と言うのはいますからねえ…
こちらも何が何やら判らないと言うニュースなんですが、まずは記事から紹介してみましょう。

2人組の男、銀行に押し入る→裸で脱糞、気絶した状態で発見される(2015年9月24日KXAN)

火曜日の4:30am、二人の男がノーフォーク銀行に押し入るという事件が起こりました。

銀行強盗との通報を受けて駆け付けた警察が見たものは、銀行内で全裸で意識を失い、また脱糞している二人の男であったとのこと。

この事件について23歳のサミュエル・ブランドと22歳のアレックス・レンの二人が逮捕されました。事件当時、二人は酔っていたとのことです。

やはり天狗の仕業か?と言う疑いもあるのですが、しかし失敗するにしてもこの失敗ぶりは伝説級ですかね。
日本でもありそうな話だけに何ともお気の毒と言うしかないのですが、こちら中国で起こった悲劇的?事件の顛末です。

中国 ガン宣告された女性、貯金50万元を使い切る、5年後の再検査では正常値に(2015年9月30日新華ニュース)

今年43歳の女性、李さんは5年前に健康診断により、甲状腺にソラマメほどのしこりがあることが分かった。その後、湖北省腫瘍病院で早期甲状腺乳頭癌と診断された。同院の頭頸部外科の朱又華主任は「甲状腺乳頭癌の10年生存率は98%以上ですよ」と李さんの治療に楽観的な態度を示した。だが、李さんは発ガンしたことを心配し過ぎ「不治の病にかかり、医師と夫が自分を安心させるために善意の嘘をついているのだ」と思った。

もともと倹約家だった彼女が「不治の病の患者」という建前で休職し、ネットショッピングと旅行に夢中になり、無用な物さえ買った。旅行の時は「これが人生最後の旅」という気持ちで毎回出かけた。

だが、5年間で50万元ほどの貯金を使い切った後も、李さんはまだ生きている。9月28日、湖北省腫瘍病院へ再検査に行った結果、各指標とも正常だった。健康診断結果報告書を受け取り、白髪混じりのヒゲの夫のことを思い、李さんは自分のわがままな行為を後悔した。

お金はまた稼げばいいのかも知れませんけれども、しかしこうまでなるまで旦那もどういう気持ちで見ていたものなのでしょうか。
最後に取り上げますのがご存知ブリからのニュースですが、こちらそもそもの発想の時点でどうなのかです。

「人間でいるのを休みたい」ヤギになった英国人男性の体験談(2015年09月26日AFP)

【9月26日 AFP】「人間でいることを休みたい」――そんな願いを持った英国人男性が、スイスのアルプス山脈(Swiss Alps)でヤギとして暮らした体験を語った。

 英ロンドン(London)出身のグラフィックアーティスト、トーマス・スウェイツ(Thomas Thwaite)さん(34)は、四足歩行できるように特別な人工装具を制作し、さらには、より「ヤギらしく」なるために、脳の中枢神経にも刺激を与える試みまで体験したという。
 目標は、人間でいるという経験がどれほど変化し得るかを確認することにあった。
「落ち込み気味で、人間でいることや、金もうけをしようとすることのややこしさに悩まされていたんです」と、スウェイツさんはプロジェクトを始めた理由をAFPに語った。
 ヤギになろうというひらめきを得たのは、親戚の飼い犬が「この世界にいるだけで喜びにあふれ、幸せそう」に見えたからで、スウェイツさんは「少しだけ動物になってみたい。人間でいることを休みたい、と思ったんです」と話した。

 スウェイツさんはロンドンにある世界的な医学研究支援団体「ウェルカム・トラスト(Wellcome Trust)」の協力を受け、人間がヤギになれる可能性、または、人間がどこまでヤギに近付けるかを、9か月間にわたって追究した。
 草を消化するのに役立つよう、偽物の胃を付けることも考えたが、健康上の問題が生じるとのアドバイスを受け、その案は断念した。だが、言葉を話さないヤギへの理解を深めようと、脳の言語中枢の神経活動を抑止するために、頭蓋骨の近くに外から電磁石を近づける経頭蓋磁気刺激も試してみたという。
 スウェイツさんは、ヤギの動きをまねるようにデザインされた義肢を装着し、ヤギの中で3日間、生活しながら、野山を駆け回った。
 しかし、四足歩行は簡単ではないことが分かったという。
「一番大変なのは、長時間にわたって腕で体重を支えなければならないことです。私たちの体はそういう風にはできてません」

 スウェイツさんは、今回のプロジェクトで、人生を違う視点から眺めてみることに挑戦するための議論が活発化することを期待している。来年4月には、自身の体験をつづった書籍「Goat Man: How I Took A Holiday From Being Human(ヤギ男:私はいかにして人間でいることから休暇を取ったか)」を出版する予定だという。

画像を見ますとなかなかに本格的なプロジェクトのようなのですが、その努力をもうほんの少しでも有意義な方向に向けられていたら…と言う気もしますでしょうか。
しかし誰かひとりでも「トーマスあなたはちょっと疲れているだけなのよ」と声を掛けてくれる友人がいなかったのが彼の悲劇なのか、ともかくも人間世界に復帰したことを祝福すべきなんでしょうかね。

今日のぐり:「笨乃莉 (ホンノリ)」

福山市北部の大きなショッピングモールの近隣にあるこの店、根拠もなく最近多い鍋メインの食べ放題の店かなにかのように思い込んでいたのですが、普通に居酒屋だったようですね。
一歩足を踏み入れると一風変わった高床式の個室空間が広がるのですが、しかしこういうあまり見たこともない空間設計と言うのは何かしら理由でもあるのでしょうか?

この日はコースメニューを食べたのですけれども、グリーンサラダに冷菜盛り合わせ、刺身あたりまでは味も内容もまあよくある居酒屋的な内容で、特にこれと言ったコンセプトは感じられないものでした。
ところが一転してびっくりしたのは焼きものとしてサンマ塩焼き一匹丸ごとが出てきたことで、残念ながら冷凍っぽい身の色であまりうまくはなかったんですが、しかしサンマと言う魚は食べる人間の個性が出る魚で見ていて意外に面白いですよね。
揚げ物はいわゆる天ぷら盛り合わせで特に何と言うことはないのですが、メインの牛ステーキ焼きは味は平凡ですがほとんどサシの入っていない赤身肉なのはいいと思います。
最後に鮭茶漬けが出てきたのですが、さほどにコストがかかってない一品の割においしくいただけていいアイデアだとは思うのですが、酒飲み仕様なのか塩加減がちょっときつすぎるのだけが残念でした。

全体的に居酒屋メニューと考えると別にそうまずいとか変だとか言うものもないんですが、特にこれがと言うものもなく一番印象に残ったのがサンマくらいで、まあこれはコースであるからこそ無個性な内容なのかも知れません。
スタッフの対応はまあ少し全般にトレーニング面で物足りないかと言う程度ですが、昨今この居酒屋業界も人手不足だそうですから、教育の質をどう担保するのかはどこも頭が痛い問題でしょうね。
設備面では比較的新しそうな施設の割にはトイレの設備やスペースがちょっと物足りない感じなのですが、この独特の高床式構造とサンマだけでちょっと良い物見たような気分になれたのは幸いでした。

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2015年10月 3日 (土)

ピラミッド、崩壊

すでに各方面から報じられているところですが、先日大阪府八尾市でこんな事故があったそうです。

組み体操「ピラミッド」が崩れ、中学生が腕骨折 大阪(2015年10月1日朝日新聞)

 大阪府八尾市立の中学校で9月27日にあった運動会で、生徒が四つんばいになって重なる組み体操「ピラミッド」が崩れ、1年の男子生徒が右腕を骨折していたことが、市への取材でわかった。

 市教育委員会などによると、組み体操には1~3年生の男子生徒157人が参加。10段のピラミッドに挑戦し、最上段の生徒1人が立ち上がろうとしたところ一気に崩れ、6段目にいた生徒が右腕を骨折、5人が打撲や擦り傷を負った

 この中学校によると、10段のピラミッドは昨年から取り組み、これまで本番や練習で大きな事故はなかったという。校長は取材に対し、「補助員をつけるなど安全対策を考えて取り組んできたが、事故につながってしまった。来年以降、実施するかどうかも含め対応を検討する」と話した。

 小中学校の運動会で実施される組み体操をめぐっては、全国的に骨折などの事故が起きており、大阪市教委は9月1日、ピラミッドの高さを5段に制限することを決めている

中学校運動会で組み体操ピラミッド崩れる 6人負傷 大阪・八尾市(2015年10月2日FNN)

大阪・八尾市の中学校で行われた運動会で、組み体操のピラミッドが崩れる事故があった。

運動会の花形、組み体操のピラミッド。
高さおよそ6メートル、10段のピラミッドに挑戦する中学生たち。
最後の1人が、最上段で立ち上がろうとした時、ピラミッドは、真ん中から崩れ落ちた

これは、27日、大阪・八尾市の中学校で行われた運動会での事故をとらえた映像。
状況がのみ込めないのか、保護者たちから拍手が送られる中、腕を押さえながら、教師に支えられて、その場をあとにする生徒の姿も映し出されている。
この事故で、下から6段目にいた1年生の生徒が右腕を骨折、5人が軽いけがをした。

名古屋大学の内田准教授によると、10段ピラミッドの場合、土台になる生徒1人にかかる重みは、最大で3.9人分
中2男子の平均体重で計算すると、190kg。
中3男子の場合、211kgになる。
名古屋大学の内田准教授は、「巨大組み体操の場合は、内側に崩れるんですよね。その周りにね、何人配置したって、先生たくさん置いたところで、組み体操の重さって、1グラムも軽くならないわけですよ」と語った。

事故があった中学校の校長は、「けがをさせてしまった生徒さんについては、本当に申し訳なく思っています。(練習の時は成功した?)最後、10段までは登ったんですけども、最終までは、結局、いけてなかったんです。(結局、成功しないまま本番に?)まあ、そういうことになります。伝統の重みであるとか、挑戦をしていく気持ちの支援をしてあげたいなと」と語った。 (関西テレビ)

このピラミッド問題、つい先日も事故続発で大阪市ではついに高さ規制が導入されたと言うニュースをお伝えしたところなんですが、そのお隣の八尾市で早速こういう重大事故が発生したことに加えて、まさにその崩壊する瞬間の映像が撮影されていたことから各方面で大きく報じられていたわけですが、しかしこの組み方、崩れ方では一歩間違えば大変な事故になっていたと言うしかありませんよね。
この動画を最初に紹介したのは記事にもある名大の内田氏だったようですが、全国的に事故が多発している中で教育関係者の中には異常にこのピラミッド建設に情熱を燃やしている方々が一定数いらっしゃるようで、それも実質的には拒否権のない強制参加の行事であるにも関わらず、校長談話にもあるように「挑戦をしていく気持ちの支援をしてあげたい」等々、まるで学童達が自主的にやっているかのように言う先生が多いようです。
今の時代にこれだけ大きなリスクのある行動を他人に強いるに当たって説明や同意もないままであり、何ら当事者に選択権がないと言うことは世間一般ではちょっと考えがたいことですし、民事訴訟に発展する恐れも十分にありそうなことなのに、どうも教員の側に当事者意識や危機感に乏しいと言うのが気になりますね。
特に今回練習でも一度も成功しなかったことを本番で敢えて強行している点が気になるのですが、内田氏も指摘しているようにこのスタイルで行う以上周囲で何人見ていようが事故が起こる際にはほとんど意味がないことなので、そもそも安全確保の方法論に関して考え方がおかしいのではないかと言うことです。

組み体操問題に関しては必ずしも全面否定するつもりもないのですが、どうも釈然としない気持ちがあったことについて何故なのかと考えてみると、結局のところどうやって事故のリスクを下げるのか、その部分がぽっかり抜けていることに違和感があったのではないかと言う気がします。
個人的な経験の範囲内で考えてみても身体的な危険を伴う競技では初心者の安全確保に非常に注意するのは当然で、安全のために必要な筋力のトレーニングから始めるだとか技量の劣る者同士を組ませない、危なそうな局面ではいつでも介入できるようにしておくと言った様々な配慮が行われていたものですが、毎年初心者の学童が行うことなのに重量を支えるに十分な筋力を付けさせるだとか、崩れた際の安全確保のやり方を指導すると言うのはあまり見聞したことがありません。
こうした状況がどれほど異常なものであるのかを考えると、例えば学童全員に泳ぎ方も溺れた時の助けの呼び方も教えず1000mの遠泳を行わせる、そして教師達は遠い対岸でそれをただ見守っていると言うような状況に近いと言えそうなのですが、そもそも泳げない子はどうするのだとか、体力の尽きた子が溺れた時に救助に間に合わないと言う状況を放置している恐さは、冷静になって考えれば誰にでも判りそうに思います。
教育とは正しい方法論を教えることでもあって、特に危険な行為ほど間違ったやり方をしてはならないと言うことは無条件に叩き込んでおく必要があると思うのですが、何故この組み体操と言うものに限って理にかなっているとは思えないやり方が拡大再生産され続けているのかですし、やるなら正しいやり方で指導するのが指導者として当たり前のことのように感じます。

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2015年10月 2日 (金)

トラックもバスも大変なんだそうです

t日本全国どこも人手不足と言うのは労働者にとってはよいことなんだろうとも思うのですが、かねて人材不足が慢性化してきている運送業界においては非常に危機的な状況なのだそうで、先日もこんな記事が出ていました。

深刻な人手不足と価格競争の末にシステムが崩壊した宅配便(2015年9月25日NEWSポストセブン)

(略)
 朝、ネットで注文した品がその日のうちに届き、荷物だけ先に送って旅にも出られる。そんな便利さは全国に張り巡らされた宅配便網があってこそ。身近に利用しつつ、ふだん気に留めていない宅配便のシステムのブラックボックスに横田さんは入り込み、その内側を見せてくれる。
「メール便を含むと宅配市場は年間90億個もあり、それだけ便利になったということですが、裏では泣きながら働いている人もいます。もともと内側が書かれることの少ない業界で、書かれたとしても経営の光の部分だけだったり。それで、影の部分も書いてみようと思いました」

 現場の空気を知るため、下請け業者の軽トラックや長距離幹線輸送のトラックの助手席に乗せてもらい、荷物を仕分けする基地にも潜入した。
「今回は潜入取材をするつもりはなかったんですけど、ヤマト運輸がなかなか取材を受けてくれなくて。万策つきたときに、10年以上前にアマゾン取材で使った手法をやってみることにしたんです」
 羽田にあるヤマトの最新物流基地のアルバイトに応募、駅前のビジネスホテルに泊まって1か月間の苛酷な夜間勤務を経験した。佐川急便でも同様に朝まで働いている。
「働いているときは平気だったんですが、取材が終わるとどうにも体調が悪くて。胃腸も悪くない、鬱でもなく、睡眠障害という結論に。今も時々、不眠でぼうっとします。潜入取材というのは30代ぐらいまでの若い人がやるもんですね(笑い)」

 かつて、「仕事はきついが、佐川で3年働けば家が建つ」と言われたが、それは1990年代までの話だという。今は給与も抑えられ、人出不足が慢性化している。その裏には、送料値下げの価格競争がある。
「アマゾンが日本に進出するとき、本は値引きができないから代わりに送料無料というのをやったんです。日本人は何でも、『全部込み』っていうのがわかりやすくて好きですけど、『送料無料』をうたう商品の価格に送料は転嫁されますし、宅配業者に払う送料も低く抑えられています
 価格競争に耐えかね、佐川急便がアマゾンとの取引から撤退していた、というのも知らなかった。リアルな商品を選ぶときは「安かろう悪かろう」という感覚があるのに、送料に関しては平気で「無料」を選んでしまう。だが、「無料」のつけは、確実に誰かに回されるのだ。
「日本の宅配は誤配も少なく、世界的にも非常に高いレベルなのに、インフラは脆弱でもろいことがよくわかりました。人手不足は深刻で、このままいけばシステムが崩壊し、ある日突然、宅配便が届かなくなる、ということにもなりかねません」

この佐川急便がamazonと手を切ったと言うニュースに関しては以前にも取り上げたことがありますが、もともと荷主の都合に振り回されて料金や配送スケジュールで無理を強いられてきた運送業界にとって、これ以上割に合わない仕事を引き受ける余力はないと言うことで、特にamazonの場合その要求が度を超してひどかったとか、新たに引受先になるライバル企業に時限爆弾を仕掛けた言う声まであるようです。
運転免許の制度が改定されたこともあって大型車を運転できるドライバーはどこでも希少価値が上がってきている上に、仕事はきつくなる一方にも関わらず給料は上がるどころか下がっていくと言うのでは割のいい仕事ではなくなったと言うことでしょう、有資格者は少なくないのに現場を離れていく人間が増えた結果仕事が回らなくなったと言うのはどこかの業界でも聞いた話ですよね。
物流崩壊の危機も叫ばれる状況にあって、大手を中心にようやく荷主と交渉し賃上げを進めようと言う動きもあるようですが、昨今これも問題になっているのがひと頃から大きな事故発生によって無理な運行ぶりが知られるようになった結果、法的規制が強化された大型バス業界の「適正化」がもたらした予想外の社会的影響だと言います

大型バス「値上げ」で噴出した、予想外の悲鳴(2015年9月27日東洋経済)

国の安全対策強化で貸し切りバスの運賃が値上がりし、修学旅行や部活動遠征に影響が出ている。積み立てていた資金が足りず、追加徴収したり、コースを変更したり対応に腐心している。
秋の行楽シーズンの日帰りツアーでも、旅行会社や観光地が集客減など打撃を受け悲鳴を上げる一方、バス業界は過剰な価格競争の歯止めに一服し、安全コストへの理解を求めている

修学旅行も「有料施設には立ち寄れない」

佐賀市のある中学校は、来春の修学旅行の計画変更を余儀なくされている。当初は広島-松山-大分を巡る行程でバス代は3台、31万円と試算していた。運賃改定により43万円と4割近く上がり、2年前からの積立金では不足することに。旅費を追加徴収したり、立ち寄り先を減らしたりして補った。
担当教諭は「入場料の高い水族館をコースから外すなど工夫したが、それでも資金が足りなかった」と吐露する。「修学旅行なので教育的効果がなければいけないが、資金面を考えると有料施設に立ち寄れない」と内情を明かす。
学校の部活動にもしわ寄せがきている。佐賀市のある中学校では、中体連など規模が大きい大会はPTAなどから補助が出るが、練習試合の遠征費は保護者の積立などで賄っている。運動部を統括する顧問教諭は「貸し切りバスを借りられず、自転車で会場に向かわせたり、保護者の車で送迎したりしている」と現状を語る。

観光地もツアー行程から外される例が出ており、思わぬ余波に戸惑いを隠せない
吉野ケ里歴史公園では小中学校や高校の修学旅行が減少傾向にある。観光客対応の担当者は「少子化や学校の統廃合など複合的な要因で団体客が減っている。貸し切りバスの運賃改定の影響も原因の一つ」とみる。
県外も同様で、多くの修学旅行生や観光客で賑わう大分県の水族館うみたまごは「全体の入場者数は変わらないが、貸し切りバスの団体客は減っている。旅は安全が第一だが、運賃値上げは観光地には痛い」と漏らす。

世界遺産登録でも、ツアー申し込みは減少

秋の大型連休に、県内の旅行会社の表情も渋い。佐賀市の旅行代理店支店長は「修学旅行や部活などの学校関係だけでなく、日帰りツアーや会社の社員旅行などに影響が出ている」と危機感を見せる。
県外旅行者向けで佐賀市の三重津海軍所跡と佐賀城本丸歴史館を巡る日帰りツアーは昨年と比べ旅行代が3~4割アップした。7月の世界遺産登録で弾みをつけたいところだったが、「昨年よりも申し込みが減少傾向にある」とこぼす。業者の一人は「国が値上がりした運賃を補助する方策などを打ち出してくれなければ、中小・零細の旅行会社は持ちこたえられない」と悲鳴を上げる。
県内の貸し切りバス業者は際限ない価格競争に歯止めがかかったことに安堵している。県内業者の観光課営業主任は「修学旅行など大切なイベントに影響が出るのは申し訳なく思うが、安全を保つにはコストがかかることも理解してほしい」と話す。

元を辿れば2012年の関越道バス事故を契機に安全に関わる問題だと言う認識が高まり、2014年の運賃制度改正で値下げの制限や罰則強化などが為された結果だと言うのですが、安全はタダではないのは当然だ、安全のためには多少のコスト負担は仕方ないと頭では理解出来ていても、現実的に日常のあちこちでその影響が見えてくると気になるものですよね。
実際に運賃値上げによる影響がどの程度のものなのか、消費税引き上げによる消費低迷などと同様いずれ回復が見込まれるのか等々もうしばらくはその経過を見ていく必要もあるのだと思いますが、せっかく観光立国日本で外国人観光客も増えてきている中でこうした傾向がいいのか悪いのかですが、観光地にとっては泣くに泣けない話でしょうし、ひいては地域経済にも悪影響がありそうですよね。
それでもさすがに「バス会社がコストをかぶってでも値下げすべきだ」と言う声は、少なくともあまり表立っては出てきていないらしいことは救われるところで、バスなど安くていつでも利用出来るのが当たり前だと思い込んでいたのだとすれば、本来的に無理な価格設定を前提にした旅行計画をこの機会に見直すと言うことも悪くはないことなのかも知れません。

トラックにしろバスにしろ共通するのは一定のスキルなり資格なりが必要な職種であり、新規参入に対して一定のハードルがあると言う意味では本来売り手市場になりやすいはずだと思うのですが、今までは買い手側の事情が優先され利用は増えるが利益にはつながらず、むしろただ働きめいた仕事を強いられ肝心の有資格者の離職すら招いてきたと言う点で、医療などとも共通する問題点が浮かび上がってきます。
そしてこれまた医療同様、このままでは崩壊すると言う危機感が顕在化してきて初めて是正が図られるようになってきたとも言えるかと思いますが、医療にしろ運送にしろ生きている限り誰でも利用せずにはいられないインフラと言っていい産業であり、その崩壊は結局国民にとっての不利益であるとも言えますよね。
その点で不要不急の時間外受診を減らしましょうだとか、配送コストも妥当な料金はちゃんと負担しましょうだとか言った認識が徐々にでも広まってくれば望ましい話ですが、そうは言っても「配送料無料」と言われれば何とはなしに得した気分になるのが人情と言うものですし、具合が悪い時にも診察は予約制で一週間先ですと言うよりは今すぐ診てくれる方がうれしいですよね。
一般的にこうした場合付加価値に対しては希望して利用する側が余分なコストを負担すると言うのが普通の考え方だと思うのですが、不要不急の時間外受診に対する割り増し負担金なども必要性を求める現場の声が高まり、国が制度として認めてからもなかなか普及が進まなかったことを考えると、運送業界なども自然発生的に状況の改善を期待するのはなかなか難しいのかなと言う気はしますでしょうか。

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2015年10月 1日 (木)

10月1日は何の日でしょう?

と言うわけで、本日10月1日に始まるあの制度に関して、報道各社が様々に報じていますが、まずは各社の記事から紹介してみましょう。

医療事故調:10月1日スタート 原因究明と再発防止へ(2015年09月30日毎日新聞)

 患者が死亡する事故を起こした医療機関に、条件付きで院内調査と第三者機関への届け出・報告を義務付ける「医療事故調査制度」が10月1日にスタートする。医療事故の原因究明と再発防止が目的で、全国の病院や助産所など約18万カ所が対象になる。だが、届け出は医療機関の判断次第で、第三者機関の要員不足も懸念されるなど、課題を抱えたままのスタートになる。

 調査は医療機関の管理者(院長)が患者の死亡を「予期しなかった」と判断した場合に限って、遺族に説明したうえで第三者機関の「医療事故調査・支援センター」に届け出て自ら調査を始める。調査費用は原則医療機関の負担。地元の医師会などが専門家を派遣してサポートする。
 調査終了後、医療機関は報告書をセンターに提出する。遺族への報告書提示は医療機関の努力義務にとどまる。センターは報告書を分析し、再発防止策を打ち出す。
 遺族は院内調査に不服があれば、経費2万円を負担してセンターに再調査を依頼できる。センターの調査は院内調査の検証が中心で、報告書を医療機関と遺族に提示する。
 医療機関が事故を「予期できた」と判断した場合は調査はなく、遺族の異議申し立ても認めていない

 厚生労働省からセンターの指定を受けた一般社団法人「日本医療安全調査機構」(東京)は、医療機関から年間約1000〜2000件の届け出があり、うち300件前後について再調査の依頼があると見込んでいる。
 医療事故の遺族から「院内調査の費用負担を嫌う病院が事故を届け出ないのでは」などの懸念が出ているほか、職員が約50人しかいないセンターの要員不足も指摘されている。機構の木村壮介常務理事は「制度は院内調査がきちんと行われることを前提にしている。医療機関が試される制度になる」と話している。


医療事故調、課題抱えスタートへ(2015年9月29日朝日新聞)

 新たに始まる医療事故調査制度は、患者側と医療者側双方の要望で誕生した。しかし、「きちんと調べてくれるのか」という患者側の不安は消えず、医療者側は「責任追及に使われるのでは」と懸念する。公正に運営されていくことをチェックする必要がある、と患者側は訴えている。
(略)
 10月にスタートする医療事故調査制度は、モデル事業をふまえて設計された。第三者機関「医療事故調査・支援センター」には、モデル事業を担ってきた日本医療安全調査機構が厚生労働省から指定された。機構には19学会などが協力している。
 ただ、調査の基本は、事故を起こした病院や診療所による院内調査だ。小さな病院や診療所には、地域の医師会などが支援する。調査にあたって医療機関は第三者機関に事故を届けるが、この段階では第三者機関は院内調査に基本的にはかかわらない。
 第三者機関によると、医療事故1件の院内調査には、数十万円から100万円かかる。調査費用は医療機関側が負担する。
 第三者機関は、院内調査の結果に納得できない遺族からの求めに応じ、再調査を実施する。各医療機関から集まった調査結果の分析もする。

 1990年代末、大学病院などで死亡事故が相次ぎ、医療不信が深刻化。真相を知りたい遺族らは裁判を起こしたが、裁判は長い時間がかかるうえ、真相が明らかになるとは限らない。一方、医療者側には、専門分野に司法が介入することに抵抗感がある。医療事故の調査制度は患者側、医療者側どちらにとっても10年以上の念願だった。

遺族側、医療機関の対応注視 「透明性・公正性担保を」 事故調スタート(2015年9月28日産経新聞)

 「医療事故で問題になるのは結果ではなく、プロセスの共有。目的は医療安全だが、遺族にとって透明性や公正性が担保された制度になってほしい
 「医療過誤原告の会」会長の宮脇正和さん(65)はこう話し、医療機関側の対応を注視する。
 宮脇さんは昭和58年、「軽い肺炎」で入院した次女=当時(2)=を亡くした。主治医は点滴を施したまま外出し、次女が腹痛を訴えても、看護師は「医師と連絡は取っている」と言うだけで放置された。病院から納得のいく説明はなく、宮脇さんがカルテなどを調べた結果、肺炎は誤診で点滴が心不全を引き起こしたことが判明。裁判所に提訴し、和解が成立するまで8年間を要した

 宮脇さんはその後、署名活動など制度創設に向けた取り組みを続けてきた。だが制度で「予期せぬ死」を判断する主体はあくまで医療機関の管理者だ。「交通事故を起こして走り去ればひき逃げだが、罰則のない制度で自主的な報告が行われるだろうか」と宮脇さんは疑問視する。
 院内調査に外部の医師や弁護士の参加を義務付け、調査結果を遺族へ手渡すこと、第三者機関に遺族の意見を聞く窓口を設置することなど、遺族側の要望の多くは盛り込まれなかった
 平成11年、医療ミスで妻=当時(58)=を亡くした永井裕之さん(74)は「事故を正確に理解するためには、口頭での説明だけではなく、報告書を受け取ることが必要だ。真実が分からなければ結局、訴訟を起こさざるを得なくなる」と懸念する。
 宮脇さんや永井さんらは「医療者主体」の制度を補うため、近く、医療事故被害者団体に相談窓口を設置。遺族らへの助言や医療機関への働きかけなど、制度の形骸化を防ぐための活動を継続する。

全く立場の異なる人々がそれぞれに求める制度を設立しようと活動した結果、出来上がったものは誰にとっても不満足な制度であると言う半ば予想された落ちがついたわけですが、公平客観的に見ますと現状でこの制度に関しては、患者対医療機関と言う対立的な文脈においては医療機関側の非罰性要求を重視して設計されていると言えるのではないかと思えます。
こうした観点からすると少なくとも公式には遺族の意向がほぼ無関係な制度になっていると言う点は注目されるのですが、ただこれも考えようによっては遺族視点で見ると報告書に基づく説明が為されないだとか満足がいかない場合にはもちろん今まで通り訴訟に訴えられるし、また報告書をもらえばもらったでそれをソースに訴訟に持ち込めるしと、少なくとも今までより状況は改善されたとも言えるわけですよね。
こうした制度設計が医療訴訟を増やす方向に働くのか減らす方向に作用するのかは今後の経過を見てみないことには判らないと思いますが、常識的に考えて予期しない死亡があったと認め調査まで行ったにも関わらず、その結果に関して何ら説明もしないのでは痛くもない腹だとは誰も思いませんから、現実的には患者家族への説明義務が伴うものであると解釈しておくのが妥当だろうとは思います。
いずれにしても医療側からすればひと頃の医療訴訟頻発の要因ともされる納得した気持ちや処罰感情だと言ったものに配慮して制度運用が為されるのでは困るわけで、あくまでも再発防止と言う医療安全向上のための制度であって、その結果に必ずしも感情的な満足が得られるものではないと言う当たり前のことは周知徹底しておかなければ、各地で今まで以上にトラブル頻発と言うことにもなりかねません。

他の制度運用上の注意点としていわゆる異状死体の届け出義務を定めた医師法21条との関係性がどうなのかですが、原則的には「外表異状説」に従い見た目に明らかにこれはおかしい、普通の死に方ではないと言う事例以外警察への届け出は今現在でも行わずともよいのだと言う正しい理解が広まってきたところに、先日の制度説明会で厚労省が妙に煮え切らないことを言い出したのはすでに紹介した通りですよね。
この点で法曹関係者など法律畑に詳しい人間ほど最高裁判断に従ってすでに警察への届け出は必要ないのだと単純に解釈する傾向があるようにも思えるのですが、残念ながら病院管理者などは組織防衛の観点からか「とりあえずは届けておいた方が無難なのでは」と言う考え方に傾きがちであるように見えるし、実際にそうした規定を定めた間違ったマニュアルが未だ通用している施設もあるようです。
医療訴訟に詳しい井上清成弁護士などはこうした誤解について「警察届出と記者会見は地獄への片道切符」とまで言い切っていますが、この場合誰にとっての地獄かも非常に重要な問題で、必要もないのに早期に警察に届け出て記者会見を開く施設ほどマスコミ等の覚えもめでたくなりやすく、病院という組織防衛上の観点からは当然そうした選択枝は有りだと言える理屈です。
ただ現場のスタッフ個人の問題にして組織防衛を図るような施設に誰が働きたいと思うのかで、長期的に見ますと優秀な人材集めの観点からはこうした方法論はマイナスに働く可能性もあるわけですし、少なくともネット上では将来的にも末永く「○○病院と言えば以前にこうしたことがあって」と言った記録が残されていくわけですから、目先の損得勘定だけで後々まで苦労するのがいいのかどうかは考え物ですよね。

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