« 性的マイノリティの権利が拡張されつつあるアメリカの現状 | トップページ | イヌ1匹に拳銃13発乱射で千葉県警に非難集中 »

2015年9月16日 (水)

日本でも難民は何十万人もいるのだそうです

そういう言葉が一般的に通用するものなのかどうかはともかく、試しにググって見ると確かに色々と情報が出てくるのがこちら「がん難民」と言う言葉で、本日まずは先日出ていたこちらの記事を紹介してみましょう。

なぜ「がん難民」は生まれる? 医師が指摘する2つの理由(2015年9月13日AERA)

 がんの治療法が確立したとされる日本でも、よりよい治療を求め、医療界をさまよう「がん難民」が生まれている。それはなぜなのか。がん研有明病院放射線治療科副医長の加藤大基医師、さぬき診療所院長の讃岐邦太郎医師、日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授の勝俣範之医師、さらにがん体験者の大久保淳一さんが集まり、意見を交わした。

──「治療方針に悩んだり、よりよい治療をしてくれる医師や病院を探し求めたりして、途方に暮れながらさまよう」。民間シンクタンク「日本医療政策機構」の調査(2006年)によれば、そうした「がん難民」は推計約68万人いるといいます。科学的根拠に基づいた標準治療が確立している日本で、「途方に暮れる」がん難民が生まれるのはなぜでしょう。

加藤:がんを発症するのは人生の一大事です。ですから、ベストの方向を見つけ出すというのは当然、必要な過程だと思います。ただ問題は、そこから先。途方に暮れる患者さんが出るのは、端的に言うと、医師と患者さんのコミュニケーション能力が問われているからだと感じます。

勝俣:私は理由が二つあると思います。一つは、加藤先生がおっしゃったコミュニケーションの問題。近年、医師と患者さんとの間のコミュニケーションはどんどん希薄になってきています。なぜかといえば、医師が忙し過ぎるからです。私は一日20人弱のがん患者を診ていますが、他の医師と比べて少ないと思います。患者さんと納得いくまでとことん話し合うためです。

 それでも、私は腫瘍内科なので時間に少し余裕がありますが、外科医になると一日100人近いがん患者を診る医師はざらにいます。そのような状況で患者とコミュニケーションをとるのは難しい。そのため、医師と患者さんとの間にギャップが生まれ、話を聞いてくれないとか、見放されてしまったと感じてしまう場合があると思います。

 もう一つは、情報の問題。治療に関する正しい情報ががんの患者さんにきちんと届いているかといえば、必ずしもそうではありません。ともすると、「がんは放置したほうがいい」などという間違った危険な情報も少なくありません。そうしたものが野放しにされている結果、患者さんは惑わされてしまうのだと思います。

──それは、標準治療をやり尽くした後の話でしょうか。

勝俣:標準治療を手術、抗がん剤、放射線の3大治療だけに限って考えると問題があります。「緩和ケア」も標準治療の一つです。緩和ケアと聞くと、もう積極的な治療法がなくなった末期の患者向けと誤解されがちですが、緩和ケアをしっかりやることで患者のQOL(生活の質)も上がり、生存期間を延ばすことができる、つまり治療効果がある、というエビデンスが最近出てきて、アメリカの臨床腫瘍学会は声明まで出しています。

讃岐:私は1年半前に地域のホームドクターとして、東京の町田市に診療所を開業しました。それまでは、慈恵医大附属病院をはじめ大病院で勤務してきましたが、開業して思うのは、がん患者さんにとって重要なのは、専門的な話より生活のことまで相談に乗ってくれる医師が近くにいてくれることです。その意味では、身近に相談できるホームドクターがいれば、がん難民になる可能性は低くなってくると思います。

大久保:私は07年、42歳の時に睾丸がんを発症しました。しかし、幸い「がん難民」にはならず、標準治療を受け社会に戻ることができました。私個人の経験と、多くのがん患者さんから聞いた情報を交えて話をさせていただくと、がん難民が生まれる背景には二つあると思います。まず、患者にとって、医療が「非日常」だということ。そのため、知識も情報もない中で最善の選択をするには相当な壁があります。もう一つは、親戚や友人たちが「あの治療のほうがいいんじゃない?」などと、親切心からお節介を焼くことです。そうすると、自分の選択は正しいのかと迷いがちになります。

個人的に「がん難民」と言う言葉を聞くと、自分ではどうしようもない外部的事情によって癌治療の場を失い行き場を求めてさまよう患者的なイメージがあって、近年社会的にも知られるようになってきた医療崩壊現象の一つの表現系であるように考えていたのですが、記事からも判るように今現在広く使われているがん難民と言う言葉の意味合いは少しばかり違っているようですよね。
記事にある「治療方針に悩んだり、よりよい治療をしてくれる医師や病院を探し求めたりして、途方に暮れながらさまよう」患者と言う定義は割合に広く用いられているようで、これを現象面から見ていますといわゆるドクターショッピングと何ら変わらないじゃないか、とも思えるのですが、ドクターショッピングの場合しばしば客観的には病気が見つからないのに自分は病気だと思い込むなど、医療の必要性に疑問のある場合もあります。
これに対して癌などはいまや標準的治療法と言うものが各種ガイドラインで整備されているわけで、普通に考えればそれに従っていればいいじゃないかと言うものですけれども、先日国立がん研究センターが出した2007年データに基づくがん5年生存率が64.3%と言いますから、ざっくり言えば近年多い早期発見例も含めても3人に1人程度は治らないで亡くなってしまうと言うことになるのでしょうか。
もちろん癌以外でもそれに罹患すれば高い確率で亡くなってしまう病気と言うものはありますが、人々がその恐怖に打ち震え「脳卒中になるかも知れないから先生!何とかコレステロールを下げてください!」と病院に駆け込んでくると言うことはまずないことを考えると、罹患したかもと時にノイローゼになったり、その予防のために怪しげな民間療法にまで手を出してしまう癌という病気はかなり特殊な疾患であると言えるかも知れません。
癌という疾患自体の特殊性はそれとして、ここではより良い治療を求めて医療機関をさまよう患者の話が出てきますが、逆に「この先生に任せて大丈夫なのか?」と不安を感じながら通院を続けている患者さんも少なからずいらっしゃるはずで、そうした患者さん達にとってはそれなりに気が楽になりそうなこんな記事を紹介してみましょう。

がんの疾患でのセカンドオピニオン 9割近くの医師が「不快に感じない」 メドピア調査(2015年7月17日ミクスonline)

医師限定コミュニティサイト「MedPeer」(https://medpeer.jp/)を運営するメドピアは7月16日、がん以外の疾患について、患者からセカンドオピニオンの申し出があった医師の1割強が不快に感じ、9割近くの医師は不快に感じなかったとの意識調査結果をまとめた。がんに限らず、多くの医師でセカンドオピニオンに対する理解が広がっているといえそうだ。

調査はMedPeerに会員登録している医師を対象に実施した。調査期間は2月19日~25日。有効回答数は3952人。このうちセカンドオピニオンを要望された経験のある医師は2367人。

セカンドオピニオンの申し出を受けて「不快に感じた」との医師は12.6%、「不快に感じない」との医師は87.4%だった。申し出を受けたことのない医師(1585人)では「不快に感じるだろう」が16.0%、「不快に感じないだろう」が84.0%だった。

セカンドオピニオンの申し出を受けて不快に感じたとの医師コメントでは、患者の立場や気持ちに一定の理解を示しているものの、「信頼されていないと感じる」との意見が多い。また、「かかっている主治医に聞きにくいから質問するのではなく、病気や治療法について主治医にきちんと聞いてほしい」「不安をぶつけるだけ、そういうセカンドを求められると主治医に聞きなさい、と言いたい」などセカンドオピニオンを求められた側の医師の不満も散見された。

不快には感じないとの医師コメントでは、「本人が納得することが重要」「患者の当然の権利」といった内容が多く、「患者が医師を選ぶ時代」との意見もみられた。また、こちらの回答医師からも「患者が、ドクターショッピングをセカンドオピニオンだと勘違いしている」と、主治医とは別の医師の客観的意見を求めるものという主旨から外れた患者行動を問題視するコメントがあった。

言葉の定義としてセカンドオピニオンと言うのは直接治療に結びつくものではなく、あくまでもその疾患に関して別な治療法があるのかどうか等の意見を聞きに行くだけの行為を指しているわけですが、実際にそこでより良い(と患者さんが考える)治療法が提示されればそちらに転院して治療をと言う流れにもなるのですから、これも希望を受けて患者を手放すことの是非と考えても良さそうに思いますね。
セカンドオピニオンと言われるとまるで自分の治療方針をチェックされるように感じるかも知れませんが、ガイドラインに沿った対応が当たり前になってきますと、どこの医療機関でもやっていることには変わりがないとも言えるわけで、紹介する方も当たり前のことを当たり前にやっていますが何か?と自信を持って送り出しやすくはなっていると言えるかも知れません。
一方で多忙な急性期の医療機関において、明らかにキャパシティーを超えて殺到する患者を少しでも減らしたいと考える先生も決して少なくないのだろうし、昔のようにひとたび自分のところに来たら何が何でも最後まで面倒を見ると言ったタイプの先生はもはや絶滅危惧種で、今どきはむしろ患者の希望を渡りに船でさっさと手放してしまおうと狙っている先生も少なからずいそうには思います。

患者の側でも必ずしも担当医が気に入らないから他所にかかりたいと言う人ばかりではなく、本人は納得しているが家族が他の意見を聞いた方がいいと言ったから等々と言うケースも少なからずあるようですが、基本的には担当医が病状について一番よく調べているわけですから、まずは納得がいくまで担当医と話し合い、自分なりに十分病気への理解を深めると言うことが大前提になるかと思います。
そうした努力をした上で例えば「あそこの病院はこれこれの治療法もやっていると聞きますが」と言う話であれば何も問題なく紹介をしてくれるのでしょうが、やはり医者も人の子ですからきちんと説明をしても合理的判断が出来ない(ように見える)人だとか、自分の体のことであるのにそもそも話をまともに聞くつもりがないようなタイプの人であれば、やはり少なからずおもしろくない気分にはなりそうですよね。
不思議とそうしたタイプの患者さんは紹介された先でも同じような印象を与える場合も少なくないようで、昨今その種の患者に対してはきっちりと防衛医療に徹して深入りしない先生もいらっしゃるかと思いますが、本当に自分の体を大事に思っているのであれば「俺はお客サマだ文句あるか」と言うことではなく、やはり周囲にもそれと伝わるような態度で接していた方がより親身になって対応してくれるのではないかと言う気がします。

|

« 性的マイノリティの権利が拡張されつつあるアメリカの現状 | トップページ | イヌ1匹に拳銃13発乱射で千葉県警に非難集中 »

心と体」カテゴリの記事

コメント

こういうのを難民とよぶのは難民に失礼

投稿: | 2015年9月16日 (水) 07時37分

癌難民が何十万人もいるとはちょっとどうかと。
患者の大部分が難民ってことになっちゃいますが。

投稿: ぽん太 | 2015年9月16日 (水) 08時23分

>こういうのを難民とよぶのは難民に失礼

つhttp://hamusoku.com/archives/8969204.html

投稿: 10年前にドロッポしました。 | 2015年9月16日 (水) 12時42分

こうした定義による患者を難民と呼ぶのが妥当なのかどうか、個人的には別な言葉の方が妥当にも思いますが、実数としてもそこまで多いものなのかと言う疑問は残りますね。

投稿: 管理人nobu | 2015年9月16日 (水) 13時26分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/519753/62285652

この記事へのトラックバック一覧です: 日本でも難民は何十万人もいるのだそうです:

« 性的マイノリティの権利が拡張されつつあるアメリカの現状 | トップページ | イヌ1匹に拳銃13発乱射で千葉県警に非難集中 »