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2015年6月16日 (火)

言っていいこと、悪いことの微妙な境界線

かい昨今いわゆる馬鹿発見器騒動と言うものが盛んに言われていますけれども、本来的に被害者であったはずなのに容易に加害者にもなり得ると言うこうしたケースが報じられています。

女性が「こいつが痴漢です」と顔写真入り投稿 プライバシー権侵害などの恐れがあり物議醸す(2015年6月8日J-CASTニュース)

   「こいつが痴漢です」。痴漢にあったという女性が男性の顔を無断で撮影し、ツイッターに投稿した写真がネットで物議をかもしている。
   女性が本当に痴漢被害を受けたかどうか、確定したわけではないのに、一個人の顔写真をネット上にさらし上げる「私的制裁」とも言える行為であり、「警察とか駅員に言えよ」「冤罪だったら・・・」などとやり過ぎだと指摘する声は多い

モザイクなしで個人特定しうる顔写真

   女性はすでにアカウントを削除しているため正確な日時などは分からないが、男性の顔写真を投稿したのは2015年6月ごろだとみられる。「痴漢された」「糞男」などと書き込み、横顔など複数枚の画像をツイッターに投稿した。写真にはモザイクはかけられていないため、個人を特定できうるものだ。
   彼女の書き込みによると、電車の座席に横並びで座っている男性に「寝たふりしてお尻の下に手を入れ」られた。何度も触ってきたため怒鳴ったところ、男性は停車した駅で降りていったという。警察や駅員に連絡、相談をしたとは書かれていない
   撮影時にはシャッター音が出ないカメラアプリを使ったとし、「本当にありえないので写真さらすね」「こいつ拡散する」と書き込み、男性の顔写真が広まることを予想した上での投稿だったことが分かる。いわばネットでの「私的制裁」とも言える行為だ。また貼紙をばらまいて「家庭ぐちゃぐちゃにしてやりたい」と男性を脅すような文言もあった。
   彼女の対応についてネットでは、たとえ痴漢被害者だとしてもやり過ぎではないか、と指摘する意見は少なくない。

“「痴漢されたとかで他人の顔写真載せているのはツイッターじゃなくて駅員とか警察に言えよって思います」
「これはまずいだろ。もし冤罪だったら、相手に回復不能のダメージを与える

とネットでは彼女の対応を疑問視する意見がある。

この痴漢と言う行為ももちろん決して許容されるものではないのですが、同時にしばしば冤罪被害と言うことで話題になる行為でもあって、特に先日は女性客の割り込み乗車を制止しようとした男性客が相手から痴漢だと騒ぎ立てられた事件が話題になっていたように、犯罪行為の立証と言う点でもなかなか微妙な問題がありますよね。
例によってすでに投稿者の個人情報までが晒されているようなのですが、難しい理屈は抜きにしても日本では私刑は許されていない法治国家なのですから、個人特定が出来るような写真があるのであれば素直に被害届なり告発状なりに添えて出すのが筋と言う気がします。
ただこの種の写真晒しあげ行為は一定程度効果を期待する声があるのも事実で、以前にも希少な古い人形を盗まれた中古品店が出頭しなければ顔写真を晒すと言って大きな話題になったように、加害者の権利擁護と言う観点でも社会的にも議論になるところではありますが、こうした世間に向けて発言する権利と言うことに関連して最近こんな話題が出てきています。

神戸連続児童殺傷 加害男性が手記出版、事件の経緯つづる(2015年6月10日神戸新聞)

 神戸市須磨区で1997年に起きた連続児童殺傷事件で、加害男性(32)が「元少年A」の名で手記「絶歌」(太田出版)を出版したことが10日、分かった。事件を起こすまでの経緯や社会復帰後の生活、現在の心境などをつづっている。
 全294ページの2部構成で、太田出版の岡聡社長によると3月上旬、加害男性と直接会う機会があり、既に書き上げていた原稿を見せてもらったという。岡社長は「彼の心に何があったのか社会が知るべきだと思い、彼自身の詳細な記憶力や表現力も合わせて出版を決めた」としている。
 男性は14歳だった97年2~5月に小学生5人を襲い、小学4年の山下彩花ちゃん=当時(10)=と小学6年の土師淳君=同(11)=を殺害、2人にけがを負わせた。手記の中で、家族関係など生い立ちや事件前からの性衝動を告白。2004年に関東医療少年院を仮退院した後、溶接工や日雇いアルバイトで身元を隠して生計を立てたことなどを記している。

 彩花ちゃんの母京子さん(59)は、神戸新聞社に「私たち遺族や被害者が最初に知るべき重要な事柄が、間接的な形で知らされたことは非常に残念」とのコメントを寄せ、「自分の物語を自分の言葉で書きたかったのなら、日記のような形で記し手元に残せば済む話」「(出版の)動機が知りたい」とした。
 淳君の父守さん(59)は「遺族としては彼が(手記を)メディアに出すようなことはしてほしくないと伝えていたが、思いは完全に無視された。なぜさらに私たちを苦しめるようなことをするのか理解できない」とし、「今すぐ出版を中止し本を回収してほしい」とコメントした。

すでに遺族と代理人弁護士が出版社に出版中止を求める抗議の申し入れ書を送っていると言うのですが、記事から見る限りでは以前から遺族側は加害者は手記を出してはならないと主張してきたように見える点に留意ください。
ちなみに経緯としては加害者男性側が自ら間に人を挟んで出版社に話を持ちかけたものだと言い、出版元では「少年がどういう衝動の中で事件を起こしたかが第三者に伝わるように書かれている。批判はあるだろうが、事実を伝え、問題提起する意味はある」と判断し出版を決めたのだそうです。
出版元の方で何故出版を決めたのかや内容についてはこちらのインタビューが参考になりそうですが、見る限り不真面目な内容でもなく相応の社会的意義はありそうにも感じられるし、実際に手にとって読んだと言う人からは非常に貴重な当事者の声であり出版する意味は十分にあったと言う好意的な声もあるようなのですが、当然ながら圧倒的多数の声としては(控えめに言っても)遺族に無断で出すべきものではないと言う批判的な意見であるようです。
気になるのは何故今になってこうしたものを自分から出版しようとしているのかで、一部では本人の生活が今現在困窮しているからでは?と言った声もあるようなのですが、初版10万部と言えば印税収入だけでもそれなりの金額になりそうなものですし、本人が語っているようにこれまでほとんど支払えていなかった賠償金に充てると言うことになるのかどうか、今後の経過を見ていくことになるのでしょうか。

この話を聞いて感じることに、凶悪事件などが起こるたびにネットなどでは極悪人はさっさと死刑にしろと言った過激な言動が飛び交いがちな一方で、特にマスコミや識者と言われる方々からは十分な時間をかけて事件の真相や加害者の心の闇を明らかにすべきだと言った主張がなされてきたわけですが、その文脈で言えばこうした詳細な当事者による自伝の出版は後者の方々にとって批判どころか歓迎すべき話であるはずですよね。
そしてまた、自分の意に沿わぬ意見をどこまで封殺することが許容されるのかを考えさせる話でもあって、例えばこのところ一部の方々によって図書館から特定の本を排除すべきだと言った運動がなされていると言いますし、かつては公立図書館の司書が自らの思想信条に反するからと勝手に蔵書を破棄して裁判にまでなった事件もありましたが、目的の如何を問わずこれはさすがに誰しも引きますよね。
他方ではかつて医療訴訟でしばしば見られた構図として、患者や遺族の側がマスコミをも巻き込んで大々的に自分達の声を喧伝する一方で、医療側は守秘義務の制約もあって(仮にそれが事実に反することだったとしても)反論出来ないと言う問題が指摘されていましたが、仮に守秘義務がなかったとしてもこうした場合迂闊に反論でもしようものなら「被害者感情を逆撫でする」とマスコミから散々叩かれていそうに思います。
そうした諸問題と絡めて考えると今回の一連の騒動については言っていいこと、悪いことと言う一般的な社会通念を突き詰めていくとどこに線引きされるべきなのかと言う観点ももちろんですし、長年被害者側に近い立場から事件を報じてきたマスコミ各社が、手記出版にどのような態度を示すのかと言う観点からも見守っていくべきことであるように思いますね。

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心と体」カテゴリの記事

コメント

当事者からの批判はともかく周囲の自粛ムード強要ってどうなんだろう。
かえって発言に無責任な態度を助長しそうな気もしますけど。

投稿: ぽん太 | 2015年6月16日 (火) 08時27分

「遺族や被害者が最初に知るべき重要な事柄が、間接的な形で知らされたことは非常に残念」

一番大きな問題は、少年犯罪の場合被害者側にはほとんど何も知らされず、蚊帳の外にされていることです。
ココを何とかすれば、大分変わるような気がするのですが。

投稿: hisa | 2015年6月16日 (火) 09時08分

割り込み母娘の頭の異常さもそうですが、それ以前に3列乗車が訳がわからない。
あれは東京地方だけでしかみたことないし、感覚的には普通じゃない。

投稿: | 2015年6月16日 (火) 09時12分

事件の経緯を公表して検証したいなら出版して売ったりせず
いまどきネット上に誰でも読める形でおいておけるのにね
立派な本の体裁にしたいのは、元少年と出版社の自己顕示欲以外のなにものでもない

投稿: | 2015年6月16日 (火) 09時32分

出版の経緯はさておき、この種の記録や手記としては確かに希少的価値があることがこの件の扱いを難しくしているように思います。

投稿: 管理人nobu | 2015年6月16日 (火) 11時50分

私自身は読んでいないのですが、同僚が読んだ感想は「作者は事件当時から全く成長してないのでは?」でした。

>いまどきネット上に誰でも読める形でおいておけるのにね
今回のような事例でそうした場合、それが本人の文章かどうかを確認するのが困難です。
今回は出版社が(信じられるかどうかは別にして)それを保証しています。

投稿: クマ | 2015年6月16日 (火) 19時52分

元少年Aの手記「絶歌」が物議、著名人の意見様々

1997年に起きた神戸連続児童殺傷事件の当時14歳だった加害者男性(32)が「元少年A」の
名義で書いた手記「絶歌」が11日に出版され、物議をかもしている。

被害者となった小学6年生の土師淳くん(当時11歳)の父・守さんが「なぜこのようにさらに私たちを
苦しめることをしようとするのか全く理解できません」「今すぐに出版を中止し本を回収してほしい」と訴え、
批判が集中している同書。テレビ番組やネット上でも議論されており、やはり否定的な意見が多い。

尾木ママこと教育評論家の尾木直樹氏(68)は11日に更新したブログで、
「サカキバラの残忍な殺人行為を認めてしまうことにつながる怖さ感じる」との思いから同書を
「読みたくないです」とし、遺族への思いを尊重して出版を中止するべきだと主張した。

14日放送のTBS系「サンデー・ジャポン」で、テリー伊藤(65)は「言い訳がましい本。読み終わった後に
不愉快な気分になった」と感想を述べ、西川史子(44)も「身勝手な本だなって思いました」と同意。
また、デーブ・スペクターは加害者男性が自身の名前を明かしておらず、また実刑を受けていない点などを指摘した上で、
同書について「啓発的な内容はないんですよ。建設的な内容であれば、専門家の文章があったり(するが)、
それも全くない」とコメント。アメリカでは犯罪者に自身の犯した犯罪によって金もうけをさせてはならないとの考えから、こうした本が出版されても印税を渡さないようにしていることを前置きした上で、「言論の自由があるから、
日本でも憲法上、本を差し止めることはできないが、せめてその収益、映画化の権利だとか、
そういったものを渡さないようにするべき」と熱弁した。

また同日に放送されたフジテレビ系「ワイドナショー」では、坂上忍(48)が「この手記の原作者は少年Aなんでしょうが、
亡くなられたお子さんも遺族の方も、もう一方での原作者だと思う。なぜその人たちの了解を得ずに初版で
10万部刷るのか。さっぱり分からない」と、同書が出版されたことに首を傾げた。
また加害者男性に対しても、「やっぱり感情論としては全く納得ができない」とした。

一方、武田鉄矢(66)は「少年たちが犯す犯罪をひもとく上では貴重な例となるのでは」との意見を示したが、
これに対して坂上は「下手すると若い子たちが読んだら(犯罪の)助長になりかねないんじゃないか」
と少年たちへの悪影響を危惧した。

この放送を受け、タレントのフィフィ(39)はツイッターで「少年Aの手記出版を貴重な資料として賛成する
意見もあるけど、資料と言うなら手記として加害者が出すのでなく、専門家を通して被害者の承諾を得た上で
出版したらいい。そうしてこそ犯罪者心理を研究する資料として成立するのでは?」と疑問を呈し、
「少なくとも被害者の承諾も得ず出版され、遺族の気持ちまで踏みにじったこんな本に自分は金を落とす気には
なれない」とコメントした。

批判意見が多い中、元フジテレビアナウンサーの長谷川豊氏(39)は「元少年Aの手記を、私は評価したい」
とのタイトルでブログを更新。同書を読了し、「犯した過ちから背を向け逃げているわけではなく、
ちゃんと向かい合っている、と私は判断した。そうなると、彼の『体験』は極めて特異なものであり、
そこから紡ぎだされる心情や考え方は『貴重なサンプル』ともいうことは出来る」と、“資料”としての側面を評価。
「もちろん元少年A、ならびに出版元である太田出版は、せめて被害者家族である両ご家族に仁義を
通すべきだったとは私でも思う」とした上で、同書には加害者男性の反省や感謝がしっかりとつづられているとし、
「私は、この本は世に出して良かったと思える内容になっている、と感じた。被害者ご家族も、どうかいつの日かで
構わないので、お読みいただきたいと思う。この本を読むことによって、むしろ救われる何かがあるような気がする。
それだけの内容になっている」とした。

nikkansports.com [2015年6月15日20時41分]
http://www.nikkansports.com/entertainment/news/1492802.html

投稿: | 2015年6月16日 (火) 23時27分

元少年、自分の書いたものが大勢に読まれてさぞ満足だろうな
更生は失敗てことなんだろうけど
出版で満足しとけば、次なる犯罪を犯さなくて済むかも?
それとも味をしめて、また殺したいと思うかな?

投稿: | 2015年6月17日 (水) 09時47分

出版流通大手「トーハン」が2015年6月16日に発表した週間ベストセラーランキングで、
神戸連続児童殺傷事件を起こした「元少年A」による手記「絶歌」(太田出版)が総合1位となった。

11日の発売後から賛否を呼び、被害者遺族からは回収要請まで出ていた同書。
売れ行き好調の報を受け、作家の乙武洋匡さんが16日、ツイッター上である疑問を投げかけた。

「批判を向けられるべきは、著者と出版社『だけ』でいいのか」

乙武さんは「絶歌」の販売を自粛する書店がある中、同書が週間売り上げ1位になったと伝えた記事に触れ、
「あれだけの批判が渦巻いても、フタを開けてみれば1位」とコメントした。その上で、

「批判を向けられるべきは、著者と出版社『だけ』でいいのか」と問題提起した。

出版を巡っては「少年犯罪の加害者の心理を理解する上で社会的意義がある」と理解を示す声もあるが、
被害者遺族に事前連絡しないまま出版に踏み切ったこと、顔も名前も出さず
「元少年A」として出版したことなどが問題視され、批判の声が高まっている。
殺害された土師淳くん(当時11)の父親は12日付で太田出版に文書で抗議。速やかな回収を求めていた。

それでも「絶歌」は回収されぬまま、トーハンの週間ランキングで堂々の初登場1位となった。
インターネット上では不買運動を呼びかける動きまで出ていたほどだが、
結果的には、多くの人々が同書を買い求めていたことが明らかとなった。

乙武さんのツイートでは、「批判を向けられるべき」他の対象が具体的に示されていない。
問題を取り上げるマスコミ、同書を平積みする書店、もしくはこの1冊に大騒ぎする
日本全体の風潮を指しているのかもしれないが、ツイッター上ではランク1位に触れる文脈から
「購入者」と受け取った人が多かったようだ。

■「購入者批判」派VS「批判されるべきは出版社側」派

乙武さんの投稿を巡り、ツイッターではちょっとした議論が起きている。一方からは、

「出版社はもちろん買う人に『絶句』正気を疑う」
「買った人、自分の親族が切り裂かれてても買うんでしょうかね」
「興味本位でお金を出して買い手にとって読んでいる人達が山ほどいる。このことが何よりも醜く、恐ろしい」

などと購入者を問題視する声が上がっている。多くは被害者遺族の気持ちに配慮するという意味からも、著者や
出版社が多額の利益を得られないようにする意味からも、興味本位で買うべきではないという意見のようだ。

しかしその一方では、

「これが『大衆』の怖さですね、だからこそ、出版社が批判されるべき」
「だけでいいに決まってるじゃん。世間の好奇は規制できないし批判できない」
「批判によって一般大衆の好奇心をどうやって封じ込めるのでしょう?出版社だけでいいでしょう」

といった声も少なくない。
大衆が興味を抱くことは避けられない以上、購入者を同列に批判すべきではないとする主張だ。(以下省略)

http://www.j-cast.com/2015/06/17238022.html

投稿: | 2015年6月17日 (水) 22時36分

 2015年6月11日、太田出版は『絶歌』を出版しました。

 この本は1997年に神戸で起きた通称神戸連続児童殺傷事件の加害者である元少年Aが事件にいたる経緯、犯行後の社会復帰にいたる過程を自ら綴ったものです。
 なぜ遺族の了解を取らずに出版したのか、遺族の気持ちをどう考えているのか、なぜあのような猟奇的殺人者の本を出すのかなど、出版後、多くの批判をいただいています。

 本書は、決して本人の弁解の書ではありません。いわんや猟奇殺人を再現したり、忌まわしい事件への興味をかき立てることを目的にしたものではありません。
 本書は、加害者本人の手で本人の内面を抉り出し、この犯罪が起きた原因について本人自身の言葉で描いたものです。

 深刻な少年犯罪が繰り返される中、なぜそのようなことが起きたのかをそれぞれの事件の加害者自身が語ることはほとんどありません。
一つには機会があってもそれを表現するだけの力を持つ者がいないということがあります。加害者の心の闇は謎のままです。
 神戸連続児童殺傷事件はその猟奇性ゆえ、また加害者が14歳の少年であったことなどから社会に衝撃を与え、人々の脳裏に深く刻み込まれる事件となりました。
「少年A」というそもそもは匿名を表す表記が、多くの人にとってそのまま神戸連続児童殺傷事件の記憶に結びつくという特異なそして少年犯罪の代表的な事件です。
少年犯罪が起こるたびに神戸の事件は言及され分析されてきました。

 本書に書かれた事件にいたる彼の記述を読むと、そこには大人の犯罪とは明らかに異なる、少年期特有の、性的衝動、心の揺れなどがあったことがわかります。
そしてそれだけの内面的な乱れを抱えながらも、事件が起きるまで彼はどこにでもいる普通の少年でした。彼が抱えていた衝動は、彼だけのものではなく、むしろ少年期に普遍的なものだと思います。
彼は紙一重の選択をことごとく誤り、前例のない猟奇的殺人者となってしまいました。彼の起こした事件は前例のない残虐な猟奇的事件でしたが、それがいかに突出したものであろうと、その根底には社会が抱える共通する問題点が潜んでいるはずです。
社会は、彼のような犯罪を起こさないため、起こさせないため、そこで何があったのか、たとえそれが醜悪なものであったとしても見つめ考える必要があると思います。

 本書の後半は主に、彼の更生、社会復帰にいたる関係者の協力、本人の心境の変化が赤裸々に描かれています。
何をもって更生が成ったかを判断するのは難しいことですが、彼は国のシステムの中で更生したとされ社会に復帰しました。

 彼が類例のない猟奇的犯罪を犯しながら、比較的早い時期に社会復帰を果たしたのは、少年法が存在したからです。
法により生きることになり、社会復帰を果たした彼は、社会が少年犯罪を考えるために自らの体験を社会に提出する義務もあると思います。
 彼の手記には今に至るも彼自身が抱える幼さや考えの甘さもあります。しかしそれをも含めて、加害者の考えをさらけ出すことには深刻な
少年犯罪を考える上で大きな社会的意味があると考え、最終的に出版に踏み切りました。

 本書の出版がご遺族の方々にとって突然のことであったため、あの事件をようやく忘れようとしているご遺族の心を乱すものであるとしてご批判を受けています。そのことは重く受け止めています。
 私たちは、出版を検討するにあたり、その点を意識しなかったことはありませんでした。本書がその内容よりも、出版それ自体の反響として大きくマスコミに取り上げられるであろうことや、
それによって平穏へと向かいつつあるご遺族のお気持ちを再び乱す結果となる可能性を意識しました。それを意識しつつも、なお出版を断念しえず、検討を重ねました。
 出版は出版する者自身がその責任において決定すべきものだと考えます。出版の可否を自らの判断以外に委ねるということはむしろ出版者としての責任回避、責任転嫁につながります。

 出版後、ご批判の声が多数届いています。同時に「少年Aのその後が気になっていたので知ることができてよかった」
「自分の息子が将来加害者の側になるのではないかと心配している。少年Aの心の動きを知ることができて参考になった」等のご意見も多数いただいています。
 私たちは、出版を継続し、本書の内容が多くの方に読まれることにより、少年犯罪発生の背景を理解することに役立つと確信しております。

 ご遺族にも出版の意義をご理解いただけるよう努力していくつもりです。

2015年6月17日
株式会社太田出版 
代表取締役社長 岡 聡

http://www.ohtabooks.com/press/2015/06/17104800.html

投稿: | 2015年6月18日 (木) 22時47分

 神戸連続児童殺傷事件の犯人である元少年Aが手記『絶歌』(太田出版)を発売した
ことで、今問題視されているのが、犯罪者が自らの罪を商業的に利用していることだ。

 現在の日本の法律では、多額の印税収入を元少年Aが得ることになる。版元は印税に
ついて、こう答えている。

「通常の出版物なので今後、著者である彼に印税は支払う。それをどうするかは本人次
第で、当社が口を出すことではない。だが、遺族のかたに経済的にも一生責任を負って
いきたいと本人が思っていることは確かだ」

 世界に目を向けると、犯罪の商業利用を規制する法律がある。米国では1970年代以
降、凶悪犯が自らの事件の内幕を出版したり、映画化の権利を売るなどして多額の利益
を得るケースが相次いだ。

 有名なのが、ニューヨークで若い女性やカップル計6人を射殺、すべての現場に「サ
ムの息子」という署名を残した猟奇的殺人犯・デビッド・バーコウィッツの独占手記を
手にするため、多くの出版社が巨額の報酬を持ちかけた騒動である。

 そのため、1977年にニューヨーク州は、犯罪者が自らの事件の暴露から得られる利
益は、被害者の救済基金に納めなければならないとする「サムの息子法」を制定した。
その後、米国内約40州で同様の法律が作られている。

 オーストラリアでも「差し押さえ法」と呼ばれる同様の法律が定められおり、英国で
は冷戦時代にソ連のスパイだった元英秘密情報部員が出版した自叙伝に対する印税支払
いを求める裁判が起こり、裁判所は「犯罪行為から犯罪者が収入を得ることはできな
い」という判決を出したこともある。

 元少年Aの手記出版を機に、日本でも「サムの息子法」制定を議論する声も高まりそ
うだ。

※女性セブン2015年7月2日号

NEWSポストセブン:http://www.news-postseven.com/archives/20150618_330398.html

投稿: | 2015年6月19日 (金) 06時10分

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