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2015年6月22日 (月)

造影剤誤投与死亡事故に見る医療の危うさ

ご存知のようにいわゆる医療事故で刑事罰が問われると言うことは極めて珍しく、故意に犯罪的行為を行ったと言うような例外を除いて過失的なもので実際に処罰が下されたのは過去に数えるほどしかなかったし、捜査が始まったとしても起訴にまで至るのは年平均15件ほど、そしてその大多数は正式な裁判には至らず略式命令で罰金が科されて終わると言います。
この辺りは交通違反で実際に裁判になることがあまりないのと似たような事情なのだろうと思いますが、実際に裁判になっても非常に判断の難しいケースも多いため検察なども近ごろではあまり積極的に裁判に持ち込みたがらないと言う話もあって、実際に無罪判決が下された福島県・大野病院事件では「産婦人科医師としての基本的注意義務に著しく違反する過失を起こした」と自信満々だった福島地検が大いに面目を失ったと言います。
社会問題化したこの事件では判決前から警察庁長官がわざわざ「医療行為への捜査については判決を踏まえ、慎重かつ適切に対応していく必要がある」「刑事だけが突出してはおかしくなる。総合的に判断する必要がある」と異例のコメントを出すなど、一部からは検察の暴走だとも批判された経緯がありますが、ともあれ近く新たに医師への実刑判決があるかも知れないと注目されている裁判があります。

造影剤誤投与「過失は重大」、禁錮1年求刑(2015年6月8日医療維新)

 国立国際医療研究センター病院(東京都新宿区)の造影剤の誤投与事故で、業務上過失致死罪に問われた整形外科医の第3回公判が6月8日、東京地裁裁(大野勝則裁判長)で開かれ、検察は禁錮1年を求刑した。本裁判は第3回公判で結審し、7月14日に判決が言い渡される予定。

 本事故は、2014年4月16日に、腰部脊柱管狭窄症の再発疑いの78 歳女性に対し、脊髄造影検査には禁忌のウログラフイン60%注射液を誤投与し、患者が同日に急性呼吸不全で死亡した事故(『造影剤の誤投与、病院の安全管理にも問題』などを参照)。
 検察は論告で、添付文書を確認して薬の誤投与を防止することは、「医師としての責務。基本的かつ重大な注意義務」と指摘。その上で、整形外科医が造影剤について不勉強であり、国立国際医療研究センター病院の医薬品情報管理室に問い合わせなかったことなどを問題視し、造影剤の誤投与がなければ患者の生命の安全が脅かされる可能性はほぼ皆無であったとし、「被告の過失は重い」とした。同病院の医薬品の安全管理体制が十分であったか否かなどについては、今回の事故では、医師としての基本的な注意義務を怠った事案であるため、重視すべきでないとした。さらに量刑判断に当たっては、遺族が厳罰を求めている点を重要視するよう求めた。

 これに対し、弁護側は、誤投与の事実は認めたものの、斟酌すべき点があり、寛大な判決を求めた。医師が使用する薬は多数に上るなど、添付文書を確認する難しさがあるほか、整形外科医は真摯に反省、謝罪し、事故後は医療を一切行っておらず、事故直後の国立国際医療研究センター病院による発表やマスコミ報道以降、インターネット上で非難を受けるなど、社会的制裁を受けたことなどを斟酌すべき点として挙げた。さらに医療安全の観点からも弁明し、個人の責任追及よりも、原因究明と再発防止のシステム構築が重要であるとされる現状を踏まえて、量刑を決定するよう求めた。
 公判の最後に、整形外科医が意見を述べる機会があり、患者本人と遺族への謝罪の言葉を何度も繰り返し、添付文書を確認しなかったことなどについての後悔の念を述べた。遺族が医師を続けないよう求めることも当然と思うとした一方、周囲の医師らの支えに感謝しているとし、事故のことを一生忘れることなく、また謝罪の気持ちを持ち続け、「少しでも社会に貢献できるように生きていきたいと思う」と、心境を涙ながらに語った。

 過去にも、ウログラフインの誤投与事故は、複数回起き、刑事事件になった例がある。1990年代に略式命令で終わっている事案では、罰金50万円だった。公判に至った場合には、例えば、1992年4月に山梨県立中央病院で起きた事故では、1994年6月の甲府地裁判決で、禁錮10カ月執行猶予2年の有罪判決だった。本件の場合も、過去の裁判例から見れば、有罪が予想されるため、焦点は量刑になる。検察は、あくまで整形外科医個人の責任を追及しているのに対し、弁護側は医療安全は個人ではなく組織上の問題と捉える流れがあると主張しており、量刑にどう影響するかが注目される。

 添付文書確認、「基本的かつ重大な注意義務」

 6月8日の第3回公判は、約30分で、検察側の論告求刑、弁護側の最終弁論に続いて、整形外科医本人の意見陳述という流れで行われた。
 検察は、論告の最初に、「被告人の過失は重い」と言及したほか、「被害者の遺族が厳罰を求めていることは、量刑判断の際に重視すべき」と強調した。
 「過失が重い」としたのは、第一に、薬の使用に当たって、添付文書等で薬理作用を確認するのは、医師の責務であり、「基本的かつ重大な注意義務」であるという理由からだ。また整形外科医は5年目の医師であり、脊髄造影検査を過去に経験していたことから、使用すべき薬剤について正確な知識を持っているべきだが、その知識を欠いていたと主張。ただし、知識を欠いていた場合でも、国立国際医療研究センター病院の医薬品情報管理室に問い合わせることは容易だったが、それをしなかったとした。

 第2回公判で、弁護側は、病院の薬の安全管理体制にも問題があったとした。しかし、検察側は、「背景事情」にはなり得るが、前述の通り、「基本的かつ重大な注意義務」を怠っていたという理由から、病院の体制については、整形外科医の刑事責任を判断するに当たり、重視すべきでないと主張。
 さらに検察は、「医師の勉強不足、基本的な心構えの欠如により、高度な危険があるとは言えない検査において、生命を奪う恐れがあれば、医療者と患者の信頼関係は構築できない」と指摘。薬の正確な知識を持つことなどの重要性を医療者に再認識させ、今後、同様の事故を起こさないようにするためにも、厳罰が必要だとした。

 「量刑判断、斟酌を」と弁護側

 これに対し、弁護側は、検察の公訴事実は争わないとしたものの、斟酌すべき点があると主張した。その第一に挙げたのが、添付文書確認の問題。(1)添付文書には、製薬企業にとって防衛的な内容もあり、記載内容を基に、医師の責任を判断するのは問題がある場合もあり得る、(2)医師がよく使う薬は100を超え、それぞれの薬について多数の情報が記載されており、全てを把握するのは難しい――などの点を挙げ、確認を怠ったことについて、著しい注意義務違反があったと安易に判断すべきではないとした。
 そのほか、(1)脊髄造影検査に立ち会った2人の研修医も、警察の取り調べ時に、脊髄造影検査にウログラフインが禁忌であることを知らなかったと答えており、医学教育においてウログラフインの危険性に関する教育されていない、(2)現在の医療では情報量が膨大で、個人の努力で把握するのは限界、(3)事故後、整形外科医は反省、謝罪をしており、医療は一切行っていない、(4)国立国際医療研究センター病院による発表やマスコミ報道以降、インターネット上で非難を受け、社会的制裁を受けたほか、刑事処分後、行政処分を受け、それが公表されることで不利益を受ける、(5)同センター病院と整形外科医は、遺族と示談交渉を行っており、適正な損害賠償がなされる見通しである――などの点にも言及。
 さらに、弁護側は、横浜市立大学の「患者取り違え事件」や、東京都立広尾病院事件が起きた1999年頃以降における、医療界の医療安全への取り組みを説明。医療安全のためには、個人の責任追及ではなく、事故の原因究明と再発防止のシステム構築こそが重要であり、今年10月から始まる医療事故調査制度も、この考えに基づいているとした。第2回公判で、証言した国立国際医療研究センター病院の整形外科診療科長は、同院のマニュアルにウログラフインに関する注意事項が記載されていなかったなど、病院の医療安全体制は十分ではなかったと述べていることなどにも触れ、量刑判断において斟酌するよう求めた。
(略)

不幸にしてお亡くなりになった患者さんにはご冥福をお祈りするしかないのですけれども、ここでは検察側も言っているようにそもそもの起訴の背景事情として「被害者の遺族が厳罰を求めている」と言う事がある点は確かなのだろうと思いますし、いわゆる見せしめ的な厳罰の必要性を主張している点は留意いただきたいと思いますね。
記事から見る限り双方の主張にもそれなりに理があるとは思うのですが、個別の薬剤におけるリスクは別にしてもどこの医療現場でも非常に起こり得る事故ではなかったかと言う印象も受けるところであるし、この種のリスクを完全に排除するためには医療行為と言うものは非常に実施困難なものになってしまいかねないのではないかと言う気がします。
日本では一度刑事裁判にかけられれば有罪率は極めて高くほぼ100%であるとはよく言われるところで、この件も事実関係に争いがない以上は量刑の判断が分かれるくらいではないかと言う気がするのですが、過去にも医療従事者が知識の不足から有罪判決を受けた事例は幾つかあるものの、その多くは看護師など医師の指示に従って業務を行う側であったことは注目されます。
指示通りに行わなかった、あるいは手技においてやってはいけないことをしたと言った事故事例で個人の責任が追及されるのは話として理解しやすいのは確かなんですが、一方で本件のようにいわば指示を出す側の医師が間違った指示を出した場合にそれをチェックする体制がどれだけあるかと言うことを考えた場合に、特に救急などその場その場での判断が要求される現場では現実的には非常に困難だろうとは思いますね。

実際に夜間当直で寝起きでまだ頭が醒めきっていない医師がうっかり間違った指示を出すと言う場面が時折見られ、もちろん指示を受ける側がきちんと確認をして医師もミスに気付けばいいのですが、そもそも添付文書に記載されていない保険適応外の治療と言うものもしばしば行われている医療現場において、どこまでがやっていいことなのかと言う判断は同じ医師であっても難しいものがあるでしょう。
その意味で今回他の医師も立ち会っていながら誰ひとり「それは使っていいんですか?」と言い出せなかった、そして恐らく薬剤を払い出した薬局やそれを用意した看護師、技師などが誰ひとりチェックを入れられなかったと言うことがまさしくシステム的な問題点なんだろうと思うし、実際KCLなど過去に何度も事故を起こした薬品などは年々改良が進んでワンショットが不可能になるなど、物理的に事故を起こりにくくする対策が講じられてきていますよね。
今回の事件を個人の勉強不足や不注意に落とし込むことは非常に簡単なのだろうし、検察が確実に勝とうと思うのであればその戦略は全く正しい判断なのでしょうが、それが後々医療現場に何かしら有益な効果を及ぼすとすれば、せいぜいが一罰百戒効果で「私は全ての使用機材、薬剤に精通していないからこの検査・処置は出来ません」と言う防衛医療が広まる手助けをするくらいしかないようにも思います。
この事故ではそもそも警察に届け出る対象事例ではないにも関わらず届け出たことが捜査の発端になるなど様々な突っ込みどころもあるようなんですが、「有名病院でさえ、たった1カ所のエラーで、すぐ人の死に至ってしまうようなお寒い医療環境が実情(坂根みち子氏)」と看破されてしまうように、日々の診療で医療事故が起こらないですむ方が奇跡の連鎖の末に成り立っている危ういものであるかのようにも思えて来ないでしょうか。

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コメント

100%絶対安全でないのに手を出してはいけない

投稿: | 2015年6月22日 (月) 07時23分

電子カルテのクリパスコピペでやってなかったんですかねこれ?
ルーチン業務のこういう単純ミスは減ってきたと思ってたのに…

投稿: ぽん太 | 2015年6月22日 (月) 08時23分

言われてみるとどういう経路で薬剤の払い出しが行われるようになっていたものなのか、院内で検討し対策を講じる余地はありそうですね。

投稿: 管理人nobu | 2015年6月22日 (月) 11時44分

>>被害者の遺族が厳罰を求めている
日本て一応法治国家のはずなんですけどね。
まあ、有罪になろうと無罪で済もうと、防衛医療が加速度的に進むことだけは間違いありませんね。

投稿: あぽ | 2015年6月23日 (火) 03時04分

造影剤誤注入で患者死亡、医師に有罪判決「初歩的ミス」
朝日新聞デジタル 7月14日(火)20時16分配信

 国立国際医療研究センター病院(東京都新宿区)で昨年4月、女性患者(当時78)の脊髄(せきずい)に誤った造影剤を注入して死亡させたとして、業務上過失致死の罪に問われた女性医師(30)の判決が14日、東京地裁であった。大野勝則裁判長は「ミスはごく初歩的であり、過失は重い」として禁錮1年執行猶予3年(求刑禁錮1年)を言い渡した。

 判決は、造影剤の箱などには「脊髄造影禁止」と目立つように朱書きされていたと指摘し、「ほんの少し注意を払えば使用してはならないと容易に気づけた」と批判。一方で、「反省し謝罪を重ねている」とした。判決後、患者の次男(50)が記者会見し、「医師の教育が不十分であり、病院の過失も非常に大きい。刑事事件で医師しか裁けないのは限界を感じる」と述べた。

 判決によると、女性医師は昨年4月16日、脊髄造影検査をする際に、患者に脊髄への使用が禁止されている造影剤「ウログラフイン」を誤って注入し、患者を死亡させた。

投稿: | 2015年7月15日 (水) 21時54分

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