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2015年5月12日 (火)

未だ大きい医療訴訟の恐怖と、にわかには解消困難なその正体

先日以来大学病院や高度医療を提供する専門病院でのトラブルが報じられる機会が多く、群馬大病院と東京女子医大病院とが相次いで特定機能病院の承認を取り消されたと言うのは大変な不祥事と言うべきでしょうけれども、この東京女子医大に関して言えば手術中の死亡事例を巡って無罪確定した医師が、責任を押しつけられたと大学を訴えるなど何かと話題になりがちなイメージもありますよね。
それはともかく、今回の一連の事故においても当然ながら院内で事故調査が重ねて行われてきたわけですが、その過程でどうも非常に気になることが起こっていたらしいと報じられています。

事故調制度に通じる課題 問われる安全管理体制 「表層深層」特定機能病院の承認取り消し(2015年5月7日共同通信)より抜粋

 特定機能病院の承認取り消しが決まった群馬大病院と東京女子医大病院は、いずれも安全管理体制の不備が問題を深刻化させた。約3年半もの間、病院管理者に届かなかった患者の死亡情報。警察の捜査が進む中、医師らの態度硬化で第三者調査は難航した。10月に始まる医療事故調査制度に通じる課題も見えてくる。
(略)
 一方、女子医大病院で昨年2月、鎮静剤プロポフォールを投与された男児(2)が死亡した事故では、院内調査への医師の対応が問題視された。第三者調査委員会は今年2月にまとめた報告書で「(ヒアリングの際に)過剰ともいえる防御的姿勢が認められ、調査を困難にした」と指摘。「記憶がない」「他の医師に聞いて」と説明を避ける発言が目立ったとした。

 病院関係者によると、警察は遺族から被害届を受け、昨年8月ごろ医師らへの聴取を開始。第三者調査委の報告書提出も求めており「警察に渡すことを前提に院内でのヒアリングを進めた結果、医師らが身構えてしまったのだろう」と悔やむ。

 事故調査をめぐる議論で、医療界がもっとも神経をとがらせてきたのは刑事責任追及の動きだ。この関係者は「制度開始後も警察の介入に対する一定のガードは必要。調査に協力が得られなければ、原因究明や再発防止が達成できない恐れもある」と不安を口にした。
(略)

まあそれは過去にも病院側の報告書で「あの医者が全部悪い!」と責任を押しつけられ刑事訴訟にまでなった事例があるわけですから、現場の医師が自分の身は自分で守らなければならないと身構えるのも全く当然の話なのですが、しかしこの秋にも実働すると言う医療事故調においてもこんな調子で「知らない」「記憶にない」式の回答ばかりが続くようですと、当然ながら制度の意義が問われることにもなりかねませんよね。
今回のケースでは先に遺族からの被害届で警察が動き、その過程で警察側から調査委の報告書も求められたと言う少しばかり特殊なケースだと言う意見もあるかも知れませんが、当然ながら仮に死亡事例で患者遺族が刑事告訴なりをした場合、せっかく事故調が詳しく調べて出したレポートを司法の側が参照しないと考える方が難しいんじゃないかと思います。
この辺りは一連の事故調議論においても「再発防止を目的とした制度であれば、当事者が刑事訴追されないと言うことを担保しない限り誰も本当のことなど話すはずがない」と言う医療側の主張が裏付けられた形とも言えますが、医療訴訟に対する理解も進んだせいなのか単純に刑事訴訟に持ち込まれ有罪とされることが怖いと言う話でもないらしいと言う、興味深い調査結果もあるようです。

医療事故で「刑事罰」を受けるかもしれない――9割の医師が「不安」を感じている(2015年5月8日弁護士ドットコム)

医療事故で刑事罰を受ける可能性に、医師たちの「9割」が不安を感じている。医師専用の会員制サイト「MedPeer(メドピア)」が、会員の医師を対象に行ったアンケート調査で、そんな結果が出た。
このアンケートは「医療事故において、業務上過失致死傷罪として刑事罰(5年以下の懲役もしくは禁錮、または100万円以下の罰金)が課せられ得る」と述べたうえで、医師たちに対して「医療事故によって刑事罰を受けることがあり得ることについて、現実の問題として不安に感じますか?」と問いかけた。
回答を寄せた3820人の医師のうち、90.7%が「不安あり」と答えたという。また、医師たちの多くは、結果的に有罪となって処罰されることよりも、逮捕・勾留をメディアに報じられ、有罪視されて社会的信用を失うことを恐れていることがわかった。

●逮捕されたら「挽回できない」

医師たちはどんな点に不安を感じているのか。アンケートの中身をみていくと、社会的信用や職業を失うことへの不安が、全体の半数近くを占めていた。
もっとも心配されていたのは、「逮捕・勾留などによる社会的信用の喪失・失職・キャリアプランの変更」で、全体の24.1%だった。
医師たちは、その選択肢を選んだ理由を、次のようにコメントしていた。
「日本の社会は、逮捕されただけで有罪と同じような社会的制裁をする社会だから」(60代・産婦人科)
「素人の判断で逮捕されては、無罪が確定してもイメージダウンは挽回できない」(50代・脳神経外科)

●「メディアの報道だけで社会的立場を喪失」

不安に思う点として、2番目に多かったのは「メディア報道による社会的信用の喪失・失職・キャリアプランの変更」で、22.3%だった。こちらの選択肢を選んだ医師たちは、次のような理由を挙げていた。
メディアの報道だけで社会的な立場を喪失することになります」(50代、一般内科)
「冤罪であっても、報道されると、取り返しがつかないと思います」(40代、循環器内科)

一方で、懲役など「刑罰」を受けることそのものについての不安は7.2%(5位)にとどまっており、次のようなコメントが寄せられていた。
「刑務所には行きたくない。でも、相当悪質でなければそのようなことにはならないと思う」(40代、消化器外科)

ちなみに詳しい調査結果についてはこちらのリンクから参照いただきたいと思いますが、逮捕された、拘留されたと報じられること自体に恐怖を感じると言うのは福島県の大野病院事件における体験を当事者の加藤先生も語っていらっしゃるように、善意から診療をしていたはずの医師にとってはいささかと言う以上に過酷な経験となりそうですよね。
そして当然ながらマスコミによって大々的に報じられ犯罪者扱いをされることで職を失い、人生設計も全てやり直しにされてしまうと言うことも現実的な恐怖なのですけれども、ここで注目したいのは実際に刑事罰を受けることを恐れている先生自体は非常に少なく、民事訴訟はともかくとして現実的には刑事訴訟で有罪判決を受けるのは極めてレアケースであると言う認識が広まっているともうかがわれる点でしょう。
逆に言えば一定確率で有罪になり獄につながれると言う実際的な脅威であればそれ自体に対する対策が奏功するでしょうが、そうした実態のないものに対する漠然とした恐怖感と言うのはなかなか対策が難しいのが普通ですから、今後も引き続き医療訴訟に関して医療従事者は情報を共有し適切な距離感を掴んでいくとともに、大きな恐怖につながっているように見えるマスコミ対策なども重要になってきそうですよね。
ちなみに先日弁護士の田邉昇氏が現在の医療訴訟の傾向について詳しく解説していて、民事においてもかつてあれほど医療界を震撼させた「期待権」なる正体不明の理由による賠償判決が2005年と2011年の最高裁判決によってほぼ否定されたことは心強いのですが、現実的にはその後も地裁レベルで期待権云々を理由とする賠償判決が出ていると言いますから、司法のシステムに対する信頼も心許なくなりそうですよね。

いずれにしてもこの辺りは医療のみならず航空事故や原発事故などあらゆる方面に通じる話で、個々の事例から十分な教訓を引き出そうとするなら免責が必要であると言うことは国際的なコンセンサスですが、自動車事故のように全員を強制的に保険に加入させた上で過去のケースと照らし合わせ淡々と金額だけを算定すると言うやり方もあって、これはこれで取りあえずお金が出れば気持ちが収まると言う方も多いのかも知れません。
諸外国で導入されている無過失補償制度などもこれに似たようなところがあって、裁判に持ち込んでの全面勝訴で得られるほど高い金額ではなくとも誰もが確実に一定額の金額を得られるとなれば裁判はいいやと考える人が多いのだろうし、補償の認定に当たっては医師にしても責任云々とは無関係ですから喜んで申請に協力出来ると言うことで、両者の感情的しこりを残さないと言う点でも有効であると言います。
ただ交通事故などはこれだけ件数が多くなってくると個別の事例を詳細に検討し教訓を得る意味も乏しく、ただ統計的に分類するだけで十分だと言う考えになるのでしょうが、医療事故などは未だにあってはならない例外的なことであると言う建前で、だからこそ千人万人に一人の事故から徹底的に教訓を掘り尽くすべきだと言う考え方もあるだろうし、単に機械的統計的に処理されていくのはやはり抵抗感を覚える当事者も多いだろうとは思います。
将来的に医療事故に関するデータベースが十分に充実し、大多数のケースで過去の事例のいずれかに類似するものとして扱っても差し支えないと言えるまで症例が蓄積すればまた別でしょうが、現状のように医療事故と聞けば関係者それぞれが身構えてしまうような段階からそこまで行くのに何年かかるのかで、当分の間は医療従事者と国民の双方が(言葉は悪いですが)医療事故に慣れていくのを気長に待つしかないのでしょうか。

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コメント

そりゃ不安があるかないかって言われりゃ誰もないとは言い切れないだろうけどさ
それで日々の診療にどれだけ影響があるかってことがわからないと何とも言えないよね?

投稿: | 2015年5月12日 (火) 07時56分

事故調制度も患者サイドの主張が通ったため、結局は裁判に利用できるように
なってしまったんですよね。
いつも思うのだけど、患者サイドって、真実が知りたい・同じような事故が
起こらないようにとか口では言っているだけで、結局は処罰することだけを
考えているから始末が悪いのです。
事故調も再発防止という主目的からいえば、患者サイドは参考程度の参加に
とどめるのが当たり前なのだけど、圧力に負けたのでしょうか。

裁判の証拠として使われる→自分にまずいことは言わない
→結局主の原因が判らない→個人のミスにしてしまう
→同じ事故の再発

誰が考えても、うまく回るはずがないと思いますがね。

投稿: hisa | 2015年5月12日 (火) 08時55分

憲法で保障されている黙秘権を行使するのみ

投稿: 麻酔フリーター | 2015年5月12日 (火) 09時03分

知的財産は専門の裁判所あるんだから医学もつくってみては?

投稿: | 2015年5月12日 (火) 10時18分

裁判やニュースにでもならなきゃ、いち家族がどれだけ再発防止を訴えようが、病院も医者も痛くもかゆくもないでしょ?

投稿: | 2015年5月12日 (火) 11時08分

病院にとってはどうかは分かりませんが、全国の医師達にとっては言って見れば単なる一家族の意向一つで一罰百戒的効果が現れすぎているのが現状だと思います。
それを患者側の意思が尊重されていると捉え肯定的に評価する向きもあるでしょうが、少なくとも過度な影響を現場に及ぼすようですと弊害の方が大きいと考えます。

投稿: 管理人nobu | 2015年5月12日 (火) 11時24分

>いち家族がどれだけ再発防止を訴えようが、病院も医者も痛くもかゆくもないでしょ?

 こういう下司が
 自覚無くのさばってるから
 自衛するだけ。
 
 訴えられなくても、
 ミスすりゃぁ心がうずくんだよ。
 罰してもらわなくたって、
 次は何とかしようとするもんだ。

 結局、
 次のミスをなくしたいんじゃなくて
 医者に痛い思いをさせたいだけってこと。
 語るに落ちる。

投稿: 感情的な医者 | 2015年5月12日 (火) 11時27分

>事故調も再発防止という主目的からいえば、

我が国においてはその前提自体がそもそも怪しい可能性が…。

>結局、次のミスをなくしたいんじゃなくて医者に痛い思いをさせたいだけってこと。語るに落ちる。

医療事故の当事者がそういう風に思い込んじゃうのはしょうがないかと。マスゴミはおろか行政、司法までもが迎合しちまうのが問題なわけで…。
まあ個人的には加藤先生以降もハイリスクな医療に従事されているセンセイには同情出来ませんね。冬山登山みたいなもんで勝手に○ねばw?って感じ。

投稿: 10年前にドロッポしました。 | 2015年5月12日 (火) 12時53分

専門医に定員を設けてハイリスクハイリターンの診療科とローリスクローリターンのに分けるしか無いかと思います。

投稿: | 2015年5月12日 (火) 13時05分

これ、本当に難しいのは、たしかにあの医者の態度・技術はないよなというひどい診療が一部でまかり通っている現実と、それにあたってしまった家族の想い vs 大多数の善良の医者の診療を区別する手段が思いつかないというところですよね。

飛行機なら、下手ならパイロットも死んでしまうわけだから、この間のドイツのような例外中の例外を除けば、パイロットは善意で操縦に当たると合意できます。しかし、医師はほんとうに善意で診療をしているか、医療事故に当たった家族には判断が困難。第三者でも判断できるかどうか...。

投稿: おちゃ | 2015年5月12日 (火) 13時44分

いい悪いで言っちゃうと何がよくて何が悪いかも判断難しいので…
名医が評判悪くて迷?医に患者が集まるのも珍しくないですから。
医療の腕がいいのと診療技術が優れてるってまったく別問題なんですかね。

投稿: ぽん太 | 2015年5月12日 (火) 14時00分

医療事故と思われる事象の検証について。
どの医師も医療職も、医療過誤がなくても、あっても、各自の法律的な立場が守られなければなりません。
専門家たちの検証でエラーが認められたのなら賠償と謝罪が必要でしょうが、エラーでも、故意でも、怠惰でもないのなら医療過誤ではないわけで、当然、賠償や謝罪は不要。
もちろん、検証結果に対しても医療職からの異議申し立ての機会をきちんと保証すべき。
群馬大学肝胆膵外科の検証のように、経験もなく、知識もない者たちによる検証も間違いです。

投稿: physician | 2015年5月13日 (水) 12時41分

m3の阪大病院・Dr.中島のインタビュー記事から。
http://www.m3.com/news/iryoishin/255555

―医療事故調査ではストーリーを描きやすいものだけを取り出して考える。

 有害事象は結果が重大であればあるほど、「ずさんなことをしていたのではないか」「過失も重大だ」「誰のせいだ」と考えがち。つまり、結果と原因を同等視する錯覚に陥るのです。しかし、医療をはじめ複雑系と呼ばれる現場では、結果がよくないからといって必ずしも分かりやすい原因があるとは限りません。何千回、何万回と同じようにやって問題がなかったのに、今回はたまたま悪い条件が重なったということは少なくないのです。また、患者の治療に関わったスタッフは皆、適切なパフォーマンスをしたのに、なぜか結果はよくなかったということもあります。

 さらに、一般に、事故調査においては「後知恵バイアス」の問題が指摘されています。事故当時、そこで仕事をしていた人達が持っていた情報は限られています。現場の人達はさまざまな不確実性、制約、トレードオフがある中で、限られた情報を用いて、最善と考えられる行動を取っています。一方で、事故調査をする人は、結果を知り、そこに至るまでの多くの情報を有しています。後知恵では、現実の複雑な出来事を、「○○をしたことは不適切」という白か黒の単純な問題として扱ってしまう。

 後知恵をもって医療上の有害事象を見ると、現場での仕事の仕方や事故発生のメカニズムは単純化されてしまう。産業安全の世界的大家であるエリック・ホルナゲル博士は、「複雑系における事故には多くの要因が関与しているにもかかわらず、後知恵バイアスが非常に強力であるため、事故調査で特定される要因は、たいてい調査者が事前に考えていたどのように事故が起こったのかということを再整理しただけものである。」と言っています。自分達が探しているものを見つけようとする、そのような事故調査には限定的価値しかないと。

 本院で有害事象の検証をする際には、当該事例に関して「誰が、いつ、何を、どのように、なぜ」はもちろんですが、「普段はどのように行っているのか」「なぜそのようなやり方や判断をしているのか」という、通常の現場の仕事のやり方や複雑さを正確に理解するように努めています。これにはかなりの時間を要しますが、想像でストーリーを作らないように細心の注意を払っています。

 現場を知らない人達による想像の上での仕事のやり方を「work-as-imagined」と呼び、実際に現場で行われているやり方を「work-as-done」と呼びます。医療従事者は、さまざまな制約がある中で、業務の効率と安全のトレードオフを考え、仕事をしています。複雑さを理解すること、そして「work-as-imagined」と「work-as-done」のギャップをできるだけ小さくすることが安全対策の第一歩なのです。

――広く医療安全全体の枠組みをもう一度考え、今できていること、あるいはできていないことを整理する必要がある。

 その通りです。さらに、大局的なことを言えば、医療の目的は、患者さんの病気を治し、苦痛を和らげ、生命予後や寿命の伸ばし、QOLが高く、幸せな生活ができるようにすること。医療安全への取り組みは、こうした医療の一部として考えるべきです。医薬品、医療機器、先進技術の開発・進歩は、医療の質・安全を高め、患者さんの予後やQOLを向上することに大きく貢献しています。「悪い結果に終わった事例だけを掘り下げ、分かりやすい原因を見つけてパッチを充てる」というアプローチでは、何年たっても医療を安全にすることはできないと思います。それどころか、複雑系の現場がより複雑なものとなり、予想もしなかった問題が、別の現場の別の状況で形を変えて発生する恐れがあります。

投稿: physician | 2015年5月13日 (水) 12時49分

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