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2015年5月29日 (金)

うっかりや行き違いが発生しやすい下地

先日日本医療機能評価機構からこんなレポートが出ていたのですが、記事から紹介してみましょう。

口頭での指示、意図した内容伝わらず- 医療機能評価機構、解釈間違い事例公表(2015年5月15日CBニュース)

日本医療機能評価機構は15日、医療機関で口頭での指示や依頼をした際、送り手の意図した内容が伝わらず、受け手が間違って解釈したケースが、2011年1月から15年3月末までの間に4件あったことを明らかにした。同機構の総合評価部会は、指示や依頼を受ける際、復唱して確認する必要性を挙げている。【新井哉】

報告のあったケースの中には、看護師が前日に使用した塩化ナトリウム注10%(20ミリリットル)を実施済みとする入力を依頼するため、研修医に「(端末に)打ってください」と伝えた。しかし、研修医は静脈注射を「打つ」と解釈し、塩化ナトリウム注10%を患者に静注したという。

また、別のケースでは、医師が患者に上部消化管内視鏡検査を始めたが嘔吐反射が強く、のどまで進めたところで検査を終了。内視鏡室に入って来た看護師に「(のどまで挿入したが、上部消化管の)検査をしていない」と伝え、内視鏡を検査台にかけた。

看護師は医師の言葉を「内視鏡を使用していない」と解釈。医師と看護師の会話を聞いた内視鏡洗浄担当の看護助手も内視鏡を使っていないと解釈し、洗浄や消毒をしないまま別の患者に使用した。解釈の間違いのあった医療機関では、送り手は相手に意図が伝わる言葉を使用するといった取り組みを行い、再発防止に努めているという。

実際の事例の内容に関してはこちら同機構が発表した資料も参照いただきたいと思いますが、しかしこういう事例を見ますと人は自分の見たいものを見て聞きたいものを聞くと言うのでしょうか、言葉の解釈と言う点においては何らかの予断から逃れることは出来ないし、その部分で共通認識が共有されていない場合には容易に取り違えは起きるのだろうなと言う気がしてきます。
ただそうした取り違えが即座に重大事故につながるかと言えば必ずしもそうとばかりも限らず、医療の専門家が関わっている仕事であれば各段階でそれぞれの常識に応じた判断も加味されるわけですから、実際には「いくらなんでもこれはおかしいのでは?」とどこかの段階で確認され未然に防がれたインシデントははるかに数多く存在していたのだろうと推測されますね。
この「何か違う」と言う感覚を研ぎ澄ませるのに有効な方法論として、毎回同じ方法を繰り返すと言うルーチンワーク化と言うやり方があると思いますが、その意味でありとあらゆるケースに対してそれぞれパスを組んでコピペでそれを適用するだけと言うやり方も、悪い点はあるにせようっかりミスを減らすと言う点では有用なのかなと言う気もします。
逆に言えばルーチンワークから外れた場合、バリアンスが発生した時と言うものがミスを誘発しやすい瞬間であると言う考え方も出来るのかも知れませんが、そのモデルケースとして先日も紹介した大阪の病院での保存精子廃棄事件に関して、すっぱ抜いた朝日新聞が続報を出していますので紹介してみましょう。

精子保存打ち切り、なぜ? 甘い引き継ぎと情報共有(2015年5月27日朝日新聞)

 大阪市立総合医療センターで、患者の知らないうちに凍結精子の保存が打ち切られていた。医師や看護師たちは廃棄前に何度も患者の意思を確かめようとしたが、引き継ぎや情報共有の不十分さから、いつの間にか忘れ去られた。複数の関係者の証言から検証する。

 同病院が保存していたのは13人分の凍結精子。いずれも病気の治療などで精子をつくる機能の低下が懸念される患者だった。管理していた婦人科の元副部長によると、2012年4月に別の病院に異動することになり、翌13年3月末で管理を終えることにした。
 13人のうち6人は泌尿器科の患者で、主治医の名前を知っていたので、主治医を通じて廃棄の了承を得た。未確認の7人については、看護師に「1年をめどに患者の意向を確認するよう、しかるべき部署に伝えて対応してほしい」と口頭で伝えたという。
 同病院によると、看護師はこのとき「ドクター間で対応してください」と返答し、手続きはとらなかった。元副部長もほかの医師に引き継がなかった

 看護師は8カ月後の12年12月、今度は婦人科の部長に対応を求めた。凍結精子の使用を希望する大阪府池田市の会社員、北村哲也さん(30)が保存状況を問い合わせてきたためだ。
 しかし、このときも意思確認はされなかった。部長は病院の聞き取りに対し、「看護師に言われたことも対応したかどうかも記憶にない」と述べたという。

 一方、管理を終える予定だった13年3月末を過ぎても凍結保存は続いた。異動した元副部長は凍結保存のための液体窒素の補充を産科の医師に頼んだ。その医師が産休に入ると、別の医師が週1回、保存容器に液体窒素を補充していた
 14年9月ごろ、この医師と元副部長が学会で出会った。元副部長によると、医師から「いつまで補充を続ければいいですか」と尋ねられ、「もうやらなくていい」と答えたという。元副部長は13年3月末で保存を中止する方針が患者にも伝わっていると思っていた。
 指示された医師は誰にも相談や報告をしないまま、液体窒素の補充をやめた。同病院によると、「不妊治療の担当が元副部長だったので他の誰かに伝えるという考えが浮かばなかった」と説明したという。患者だけでなく、他の医師や看護師も知らないうちに、凍結保存は打ち切られた

 同病院が保存中止を把握したのは今年4月。北村さんからの再度の問い合わせがきっかけだ。その時点で廃棄の了承を得ていたのは13人中6人。職員が調べたところ、残り7人のうち3人は死亡、2人は「1年ごとに保存継続の意思表示がなければ、ある時期に廃棄する」との文書と同意書がファイルにとじてあった。
 ただ、北村さんと奈良県の男性(35)は同意書もないまま保存を打ち切られていた。瀧藤伸英・病院長は「二度と同じことがないようにしないといけないと思っている」と述べた。
(略)

しかし「看護師はこのとき「ドクター間で対応してください」と返答し、手続きはとらなかった。元副部長もほかの医師に引き継がなかった」と言うのがいかにも市立病院らしい話だなとも感じるのですが、そもそもこの凍結保存自体、無料で期間も定めず凍結保存を引き受けていたらしいと言う点でどうもよく判らない話で、その管理も当事者がごく個人的にやっていたと言うことであるようです。
そうであるなら当事者がいなくなる時点で後をどうするのかと言うことを決めていくのが当然だろうし、最低限同じような誰か個人に管理を委託するにせよ病院内の公的なシステムに乗せて管理するにせよそこまでやって一区切りだったはずなのですが、どうも当事者である元副部長が何らの方針も決めないまま病院を去っていったようにも聞こえますよね。
この背景を考えると結局は無料で10年単位で保管していると言う点に行き着くのだとも感じるのですが、これがお金を取ってやっていたことであれば仕事であり責任が伴う作業になっていただろうに、元副部長としては単なる善意のボランティア活動のようなつもりでいたのだとすれば、恐らくは大きな病院に精子を預けた、安心だと考えていただろう患者側とは認識に差があったのではないかと言う気がします。

先ほどの話に立ち返ってこの経緯を考えてみると、既存のシステムのどこにも乗っていないまま当事者の個人的努力だけで運用されていたものであって、それが故にその都度個人が何らの指標もなく状況を判断するしかなかったのだろうし、何しろ最初から最後まで普通ではないことをやっているのですからそもそも何が正しく何が間違っているのかを判断する基準もないわけです。
ただしこうした話はどこの病院、あるいはどこの職場であっても大なり小なり存在していることであるし、逆にそうした自由度が全くなければ何とも仕事がやりにくくなってかなわないと言う話にもなりかねませんから難しいところですが、少なくともこうした場合には行き違いや勘違いが発生しやすいと言う認識を持った上で、普段のルーチンワーク以上に慎重に仕事をしていくべきだとは言えたかも知れません。
先日も少しばかり書きましたがこうした場合、やはりお金の絡む公式の業務と言うことになれば人間誰しも慎重に扱うものだし、そうであるからこそ多くの施設で毎年いくらの経費を支払ってもらいます、支払いがなくなった時点で廃棄しますと言う誰にでも判りやすいルールで対応をしているのだと考えると、個人の責任で例外的な仕事を引き受けるならあくまで短期間で片がつく範囲に留めておいた方が安全な気もしますね。

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コメント

>のどまで進めたところで検査を終了。内視鏡室に入って来た看護師に「(のどまで挿入したが、上部消化管の)検査をしていない」と伝え、内視鏡を検査台にかけた。

そもそも使った内視鏡をかけたら不潔になるんじゃないの?

投稿: | 2015年5月29日 (金) 08時28分

看護師の指示で研修医が静注施行する病院がいまだにあるんですねぇ。

投稿: JSJ | 2015年5月29日 (金) 12時32分

実はそこが一番気になりましたが、事故対策としては静注は研修医ではなく看護師が行う、と言うことにはならないのでしょうね。

投稿: 管理人nobu | 2015年5月29日 (金) 12時36分

静注のような危険な手技は責任の取れる常勤医が行うべきでは?w

投稿: くま | 2015年5月29日 (金) 13時40分

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