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2015年5月20日 (水)

払えないのか、払わないのか

本日の本題に入る前に、ベラルーシと言えばどこにあるのかよく判らないと言う日本人も多いんじゃないかと思いますが、そのベラルーシの名前が先日妙なことで話題になっていたのをご存知でしょうか?

半年無職だと「罰金3万円」を科せられる「ニート罰金法」 もし日本で制定されたら?(2015年5月12日弁護士ドットコム)

東ヨーロッパに位置する「ベラルーシ共和国」で5月上旬に可決された法案に、日本でも注目が集まっている。1年のうち半年間「無職」で納税しなかった国民や永住者に対して、罰金を科すという。日本のネット住民の間では「ニート罰金法」との呼び名がつけられた。
罰金の額は日本円にして約3万円。支払わない場合は拘束され、地域のボランティアをするよう命じられる。国民に健康な就労を促し、国家財政への貢献を義務付ける狙いだという。未成年者や身体に障害がある国民、55歳以上の女性と60歳以上の男性は対象外だ。
この法律は、国際人権連盟などからは「人権上問題がある」「奴隷制度と等しい」と大批判を浴びている。一方で、日本のネット掲示板を見ると「いいことだ」「是非日本でもやるべき」と肯定的な意見を述べている人が少なくない。
しかし、無職で所得のない人に「罰金」を科し、支払わなければ強制的に労働させるような法律を、日本で制定できるのか?憲法問題にくわしい村上英樹弁護士に聞いた。

●「ニート罰金法は憲法違反の疑いが強い」

「ニート罰金法を日本で創設することは、憲法違反の疑いが強く、困難だと思います」
村上弁護士はこのように切り出した。
「たしかに、憲法の27条は『全て国民は、勤労の権利を有し、義務を負う』と定めています。勤労は国民の三大義務の一つであり、憲法の根底において、勤労の尊さの価値が認められているのは間違いありません。
しかし、だからといって、法律で国民に勤労を強制できるかといえば、別問題でしょう」
なぜだろうか?
「働くことが尊いとわかっていても、すぐには働くことができない人はたくさんいます
健康上の理由だけでなく、人それぞれのいろいろな事情や経済・社会環境などの要因が、その背景にはあります。
また、就職して就労関係が成り立つのは、個人の努力によるところもありますが、それだけでは何ともならない『縁』のような部分もあります。刑罰を背景にして、働くことを強制するのは無理があるでしょう」

●日本で制定されたら「憲法13条」に違反する?

もし仮に、日本で「ニート罰金法」のような法律が定められたとしても、「『生命、自由及び幸福に対する国民の権利』を保障する憲法13条に違反する疑いが強い」と村上弁護士は指摘する。
「もちろん、憲法は、働かないことを推奨しているわけではなく、国民が健全な勤労生活を送ることを求めています。
ですが、それを実現する方法として、ニート罰金法のような無理なやり方ではなく、多くの人が個人の能力を高めて、それを活かせる『働きやすい社会環境』を整備するような方策が求められているのだと思います」
この法案を提案した、ベラルーシのルカシェンコ大統領は、1994年から20年以上も実権を握り続けていることから「欧州最後の独裁者」とも称される人物だ。そんな国だからこそ成立した法案と思いたいが・・・。

聞くところでは大統領の個人的な思想背景を元に成立した法律であると言う声もあって、その思想部分とも絡めて大いに批判されている側面があるそうなんですが、そうした背景的事情はともかくとして人それぞれの事情や様々な要因で働く場を得ることが出来ない場合が多いからこそ、社会が公的に働く場を提供すると言うアイデア自体はそう批判されるべきものではないように思いますがどうでしょうね。
この辺りは生活保護費を支給されている人間は(あくまでも健康で身体的に問題がない限りにおいて、でしょうが)一定程度社会的な奉仕活動なりに従事させるべきだと言う意見も根強くあって、これも本来的には保護費を抑制するこのところの社会保障政策の方向性からすると、減額した分有償で公的に仕事の機会を与えると言うことであれば全く悪い話ではないように聞こえます。
ただ日本の場合そうして働いて収入を得た分だけ保護費が減額されてしまうから誰も働く気がしなくなるわけで、制度的にも働いたら負けを担保するかのような設計の問題は大いに改められるべきだと思うのですが、ともかくも日本においてもベラルーシ方式は案外肯定的に受け止められているのだと言う気はするでしょうか。
このように従来であれば社会的弱者として保護されるべき対象としか捉えられていなかった貧困層について、最近世間からその行動様式に対して厳しい目線が向けられる機会が増えている気がしますけれども、先日はこんな記事も出ていました。

低所得者向け貸付金、回収2割満たず 滋賀県社協、提訴も検討(2015年5月11日京都新聞)

 低所得者らに生活資金を融資する厚生労働省の「生活福祉資金貸付制度」で、滋賀県内の窓口の県社会福祉協議会が貸付金の回収に頭を悩ませている。2014年度の回収率は2割に満たず、未回収の総額は8億円近くに上る。県社協は「一部の利用者には返済しなくても構わないという認識がある」と危機感を募らせる。税金を使う制度だけに一部の滞納者に返済を求める提訴も検討し始めた。

 「もらった金ではなかったのか?」「返さない人がいるのに、なぜ自分が返さないといけないのか」。県社協によると、制度の利用者からはそんな声も聞こえるという。

 同制度は「総合支援資金」「福祉資金」「教育支援資金」「不動産担保型生活資金」の4種類。障害者や高齢者、失業中の低所得者らが対象で、生活費や就学に必要な経費などを貸し出す。資金の種類によって融資の上限額や連帯保証人の有無など要件が異なる。実務は各市町村の社協が担う。

 県社協によると、14年度の貸付額は計628件約4億円。一方、回収率は16・03%にとどまり、5年連続2割前後で推移。09年の制度改正で連帯保証人なしでも借りられる「総合支援資金」が新設され、利用者が大幅に増えたのが一因とみられる。

 県社協は、回収のため督促状を送ったり、自治体と協力して所在不明になった利用者の転居先を追跡したりするなどの対策を取る。それでも消息が途絶える場合があり、担当者は「意図的に返さない利用者には、訴訟などの法的措置も取らなければならない段階」と漏らす。

土地柄を反映してか京都新聞と言うメディアは比較的リベラル寄りだとも聞くのですが、その紙面にこういう記事が出てくると言うのも時代を反映していると言うのでしょうか、一昔前であればあるいは報道されなかった類のニュースであったかも知れないと言う気がしますがどうでしょうね?
社会保障制度ももちろん各方面に必要としている人がいるのも確かだし、これがうまく機能しないと社会不安が増大するのは明らかなんですが、一方でこの種の制度ももともとはそこから離脱することを目指して当然だと言う考えで制度設計されているのだとすれば、そう考えてはいない人々に対して制度がうまく機能していない可能性もあるのかも知れません。
ただ興味深いのはそれを世間の側でどう見るかで、比較的生活保護受給者に関わり合う機会が多い職業の中でも例えば弁護士などからは「「仕事を探す努力が足りない」というような言葉で片付けることのできる人は探す方が難しい」と言う声がある一方で、医師の世界からは生活保護受給者と言えば控えめに言っても全く良いイメージがないと言った調子で、視点によって捉え方も大きく変わってくる部分はあるでしょう。
そしてネット時代でありとあらゆる職場や環境からの生の声を直接見聞出来るようになった結果、国民の認識が次第に変化してきているのだとすれば、一つの事実を見る者、語る者の主観によってどう解釈するかによって見解が分かれるのは当然であるにせよ、今までの解釈の仕方には比較的特定バイアスが強くかかっていたとは言えるかも知れません。

今まで支払いが出来ない=お金に困っている人、社会的弱者だと言う単純な図式で解釈されていたものが、そうではない場合もあると言うことをこうして公的に認められるようになってきたのは大きな変化で、従来であれば催促無しのある時払いに近かった公立病院未収金なども多くが当たり前に弁護士等に回収を委託されるようになったと言うのは、つい数年前にようやく未収金問題解決の動きが…などと報じられた頃から比べても隔世の感がありますよね。
一方でこれも予想通り?患者からクレームが入ることもあると言い、この辺りは医療行為は準委任契約であると正しく認識せず世間でよくある請負契約であるかのように考えている患者やご家族が相変わらずいらっしゃると言う面もあるようですが、少なくとも「未払い金回収などやりだしたら世間から何と言われるか」などと妙に遠慮するような時代ではなくなってきたと言う言い方は出来そうに思います。
もともと日本の診療報酬体系の大きな欠陥として、医者やスタッフが専門職としての技能や知識を活用して仕事をした部分に対する評価が極めて低いと言うことが言われていて、いくら一生懸命頑張って診療をしても薬代や機材代で診療報酬の大半が右から左に流れて言ってしまうと言うのはやはり医療現場のモチベーションにも関わる話ですよね。
その意味では働いた分は(仮にその結果が必ずしも患者の望む通りではなかったとしても)正当な報酬として要求するのは当たり前だし、厚労省においてすら支払い拒否対策として入院前に補償金を取ることを認めている時代なのですから、まずは支払い不能なのか支払い拒否なのかと言うことをしっかり鑑別した上で、意図的な拒否事例に関しては世間並みに粛々と債権回収を行っていけばいいかと思います。

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コメント

債権放棄するのは債権者の自由だからなあ
どうせ税金なんだから懐は痛まないよねえ

投稿: | 2015年5月20日 (水) 07時53分

払える払えないって本人の気持ち次第じゃないですか?
年収1000万あっても金がない足りないっていう人いますし。

投稿: ぽん太 | 2015年5月20日 (水) 10時08分

その辺りは厳密な線引きは難しいので、いずれにせよ債権回収はその道のプロフェッショナルに委託するのが妥当かと言う気がします。

投稿: 管理人nobu | 2015年5月20日 (水) 11時11分

カウカウファイナンスと帝國金融ですね。よくわかります。

投稿: | 2015年5月20日 (水) 13時27分

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