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2015年5月28日 (木)

言葉の周囲に張り巡らされた見えない網

先日こういう放送事故?が発生したと話題になっているのをご存知でしょうか。

市原悦子が「あさイチ」で放送禁止用語を連発 有働由美子アナが謝罪する事態に(2015年5月22日トピックニュース)

22日放送の「あさイチ」(NHK総合)で、女優の市原悦子が放送禁止用語を連発する事態が発生した。

この日の「プレミアムトーク」コーナーには、ドラマ「家政婦は見た!」などで有名な市原がゲスト出演し、夫との馴れ初めや女優業についてトークを展開した。市原はとくに、犯罪者の役を演じるのが楽しいのだとか。
そんな中、トークは市原が声優を務めたテレビアニメ「まんが日本昔ばなし」の思い出話に。ここでスタジオには同番組でお馴染みのオープニングテーマが流れ、司会の井ノ原快彦も「この声に育てられましたねえ」としみじみ語っていた。
市原は「日本昔ばなし」の中でも、特に「やまんば」の話が気に入っているそうだ。周囲の人間からは、「やまんば」が特に評判がいいのだという。

市原はこの好評の理由について、「いいですか? こんな話して」と断った上で独自の考察を披露した。
彼女は「やまんば」について「世の中からずれた、外れた、落ち込んだ人が山に行って。例えば“○○”になった人」「人減らしで捨てられた人」「外国から来た“××”」など、疎外された人たちが原点なのではないか、と独自の解釈をしてみせた。
そうした「やまんば」は強い反骨精神と憎しみを抱え、人に対して激しい攻撃性をみせるが、一方で「心の通じた人とはこよなく手をつなげる」とし、市原は「その極端が好き」なのだと熱弁した。
市原の解釈には井ノ原も温かい口調で「虐げられているからこそ、愛情をすごく欲しがっているんでしょうね」と同意を示し、スタジオは落ち着いたようすをみせていた

ところが番組終盤の「ダーウィンが来た!」コーナーに移る前、有働由美子アナが「ここでひとつ、お詫びがあります」と切り出し「『プレミアムトーク』の中で『○○』『××』という発言がありました。体の不自由な方や外国人の方々を傷つける言い方でした。深くお詫びいたします」と頭を下げ、謝罪していた。

記事を読んでいるだけでは伏せ字だらけで一体何の事やらと言う話なんですが、実際には「○○」の部分には「片輪」、「××」の部分には「毛唐」と言う言葉が用いられていたのだそうで、視聴者の間では文脈上差別的意図で発せられたものではないことが明らかであり、あらかじめ言っていいか確認まで取っているのだから問題ないと言う声もある一方、アナによる謝罪時には市原さんの顔が強ばっていたと言う指摘もあるようです。
言うまでもないことですがこの種の放送禁止用語なるもの、別に明示的なルールでそれを使ってはいけないと言った類の決まりがあるわけではないのですが、歴史的にこれこれの言葉を使った場合にクレームが多く来たと言った事情によって、業界内での暗黙の自主規制として通用しているものであるようで、放送業界に限らず今まさに使っている漢字変換においてもこの種の言葉は変換できなくなっているようですよね。
日常的にバラエティー番組などでも普通にアホバカ連呼している状況で「知的に不自由されている方々に対する差別的表現だ」と問題視されているようでもないのに、こうした特定の用語だけを取り上げてどうこうと言うことにどれほどの意味があるのかと思うのですが、昨今この種の「言葉狩り」は各方面で拡がっていて、出版物や著作物などでは時に作者の了解を得ないまま改編されていたりと言う話も聞こえてくるようなんですが、こうした風潮に対して先日公的な立場にある人間からこんなコメントが出ていたと注目されています。

千葉市長が「障害者」にこだわる理由 「障がい」「障碍」論争に一石(2015年5月25日withnews)

 「障害者」という言葉を「障がい者」と置き換えることには反対――。熊谷俊人・千葉市長のツイートが反響を呼んでいます。熊谷市長はどんな思いを込めたのでしょうか。

「障がい者」派の自治体も
 近年、「障がい者」と漢字かなの交ぜ書きにする動きが増えています。自治体でも、施設案内や行政文書などで「障がい者」とするケースが相次いでいます。
 2009年に表記を改めた岩手県滝沢村(現滝沢市)の担当課長は当時、朝日新聞の取材に「害の字は、妨げや災いといった否定的な意味を含む。村内の障害者団体からも意見があり、人権に配慮して変更した」と説明しています。

「社会との関わりの中で障害に直面」
 この問題について熊谷市長は20日、自らのツイッターで次のように語りました。
 「『障害者』とは『社会の障害』でも『身体に障害を持つ者』でも無く、『社会との関わりの中で障害に直面している者』という意味であり、私たちはその障害を一つひとつ解消していくことが求められている、と理解しています」
 「その考えから、私は『障害』を『障がい』と置き換えることには反対です。『障害』という言葉が引っかかるからこそ、それを社会的に解消しなければならないわけで、表現をソフトにすることは決してバリアフリー社会の実現に資するものではありません」
(略)
 ただ、障害の「害」には「災害」「害悪」など否定的なイメージがあるため、表記の見直しを求める声は当事者らから根強くありました。一方で、表記だけを改めても「差別が残る実情から目をそらすことになる」といった反対意見もあります。

熊谷市長には賛否両論
 鳩山由紀夫内閣が設けた「障がい者制度改革推進本部」は、差別解消のために表記を「障がい者」とすることも議論しましたが、有識者らからは「『障害』が広く普及している」「『チャレンジド』が望ましい」などの意見も出され、合意には至りませんでした。2011年に提出された障害者基本法改正案には盛り込まれませんでした。
 熊谷市長のつぶやきへの反応の中には、「そもそもその人を指して障害などと考えることが大きな誤解、差別です」といった賛成意見のほか、「障碍と表記することから問題解決につながると思える」といった反対の声も見られます。
 (以下、追記します 5月25日14:25分)
 熊谷市長は25日、自身のツイッターで「表記を変えるべきとよく言われて、それに対応する時間を本来の障害者行政に割きたいので、表現を変えても意味が無いと申し上げただけです」とコメントしました。

これを「勇気ある発言」と捉えてしまうのはそれ自体が現状の問題点を示していると言う気がしますが、そもそも障害者を障がい者に書き換えると何かしら違いがあるのかどうか、口頭で言う分には変わらないのに聞く者が各自勝手に脳内変換をすれば問題ないと言うことなのかで、本当に障害者が問題だと言うのであれば見た目も発音も全く似ても似つかない別表記にした方がいいのでは?と言う気もします。
まあそうは言ってもさすがに国内表記として今さら「チャレンジド」はどうなのか?とも思うのですが、これも推進派の方々によれば非常に前向きな気持ちになる良い言葉であると言うことですから、何かしら誰にでも判りやすく間違えようがない日本語表記を創案できればいいんじゃないかとも思うのですが、そんな簡単にいかないからこそ今も障害者表記が使われ続けているとも言えますよね。
他方では市長の言う社会の中で何かしらの障害に直面しているからこそ解消すべき問題なのだと言う主張も頷けるものがあるし、そもそも医療の世界などでは障害と言う言葉はごく日常的に用いられていて今さら否定的イメージも何もないと言うものですが、この辺りは逆にそうしたものから普段遠い場所にいる人々の方が敏感になっている部分もあるのかも知れません。

しかし市長と言う言わば究極の人気商売とも言うべき立場の公人が、下手をすれば炎上しかねないこうした発言をしたと言うことには勇気があると評すべきか蛮勇と取るべきか微妙なのですが、現実的に話題にはなっていても炎上騒動になっていないと言う点からするに、普段言葉狩りに熱心な一部マスコミの方々においてすら現状に一抹の疑問符は感じていたのか?とも推測出来る状況なのでしょうか。
著名人の中にも勝手に発言内容を改変されたくないからと生放送以外は一切出ないと言う方もいらっしゃるようですし、近年ではこの業界自主規制を逆手に取ってピー音連発の過激発言?を言わば売りにしている番組もありますが、一口に言葉狩り、自主規制と言っても特定の言い回しが禁じられた場合もあれば、特定の概念や存在に言及することそのものが禁じられている場合もあると思います。
そしてこの「障害者」表記問題にも見られるように、しばしば「それならどう呼べばいいのか?」と大きな議論になりやすいのは前者の方であるわけですが、実際には後者の方がより深刻であることは承知しておくべきだし、そうした自主規制が広まってその存在自体が社会から抹殺されていくものが増えて行くほど、不自由だ暮らしにくいと意識しないままに周囲の世界が狭められていっているとも言えますよね。

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コメント

なんか古い本の再版で注釈が目立つ気が。
IMEも昔よりおバカになってますよねえ。


投稿: ぽん太 | 2015年5月28日 (木) 09時09分

昨今では何かと残虐描写が問題視されますが、合戦ものや剣客ものの大量惨殺劇は問題にしなくていいのかと少し気になることがあります。

投稿: 管理人nobu | 2015年5月28日 (木) 12時52分

5月26日、ネットニュースサイト「ゴゴ通信」が「運動会の『障害物競走』が『興味走』に変更! 『障害』の言葉狩りが影響?」という記事を公開し、ネット上で話題が広まっている。

記事では、「興味走」と書かれた運動会のプログラムを紹介。「興味走」とはいわゆる「障害物競走」を指すものとし、複数の学校で「興味走」という名称を採用していることを報告している。確かにツイッターには、数年前から、

「昨日は、地元の小中学校で運動会。。部下が言っていたが、障害物競走って『興味走』って言うらしい。差別差別というが・・・気にしてること自体が差別じゃないか? 競馬の中山大障害も、、そのうち中山大興味走になったりして www」(2011年5月)
「ないよね、ないよね、興味走なんて! ダンナも子供の頃にはこんな言い方してなかったと言ってたけど、ホントに当たり前に書いてあるからびっくりしたよ~!」(2012年5月)

など、初めて目にして驚いたという声が投稿されているが、改めて同サイトが紹介したことにより話題は拡散。Twitterには、単純な言い換えであれば無意味”といった意見が多数見受けられる。
ただし、同記事で公開されたプログラムの画像で確認できる競技内容は「ひまわりの種をまきました。力を合わせてひまわりを咲かせ、仲良くゴールを目指します」というもので、そもそもこの興味走が「障害物」でも「競走」でもない可能性はある。

ちなみに、「興味走」以外にも呼び方があるようで、Twitterには、

「うちの子の学校じゃ興味走じゃなく、チャレンジ走って言ってるな」
「うちの子の中学校では『障害物リレー』が「雨ニモ負ケズ」になってるんですけど。組体操は『以心伝心』だぜ」
「うちの学校は『障害物競走』→『運命走』だ。興味走よりは分かり易いかwww
興味走は初めて聞いたなwww」
「うちの地域では障害物競争はないですが、『人生行路』という名のレースがあります。ボールを転がしたり袋に入って飛んだり、人生はただ進むだけがこんなに厳しい…!ッて感じです」

などといった報告があがっている。

そもそも興味走が障害物競走の言い換えであるかは定かではなく、記事でもこれが言葉狩りの結果であるかはあくまで書き手の推測となっている点に注意が必要だ。
しかし、言葉の使い方に敏感であったり、以前の障害物競走になじみがあったりするネットユーザーにとって、「興味走」は格好のトピックとなったようだ。

http://r25.yahoo.co.jp/fushigi/jikenbo_detail/?id=20150529-00042470-r25

投稿: | 2015年5月30日 (土) 06時46分

人生いろいろ で 人生走 色々走
るみ子走 小柳走 に 小泉走

投稿: | 2015年5月30日 (土) 08時32分

『人畜無がい』と書かないといけないんですかね(笑)

投稿: kawakawa | 2015年6月 1日 (月) 10時30分

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