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2015年4月11日 (土)

子供の声は社会の迷惑

先日ネット上で「電車内でのベビーカーは邪魔に思うかどうか?」と言う調査が行われているのを見かけたのですが、少子化対策がこれだけ叫ばれている時代に子供を持っている親はそれだけで優遇されるべきだろうと言う考え方もある一方で、やはり現実的には迷惑に感じるところも多々あるんだろうなとは思います。
最近は特に騒音公害と言うことに皆が神経質になる傾向があって、さすがに参加者全員がワイヤレスヘッドホンを付けて無音の中でで踊る「サイレント盆踊り」ともなるといささかどうよ?とも思うのですが、小学校の運動会の騒音がうるさい、やめさせろと言った類のクレームなどはまあ珍しい話ではなくなりましたよね。
当「ぐり研」でも「全国各地で騒音公害が心配だからと保育所整備が難航している」と言う話題を取り上げたことがありますが、少子化云々を抜きにしても子供はにぎやかで当たり前と言う考え方は、もはや簡単には通用しなくなってきているようです。

保育所作りたくても… 住民が騒音など懸念、延期相次ぐ(2015年3月30日朝日新聞)

 4月の入園募集を始めていた東京都内の認可保育園が、開園を延期していたことがわかった。子どもの声による騒音などを心配した住民から反対運動が起きたのが原因。待機児童数が全国最多の東京では、子どもの声を騒音規制の対象から外す都条例が4月1日に施行されるが、抜本的な解決につながるかは未知数だ。

■募集開始後に開園延期

 東急東横線の都立大学駅から徒歩約5分の住宅地、東京都目黒区平町2丁目。ここに4月、認可保育園「とりつだいさくらさくほいくえん」(定員62人)が開園する予定だった。

 区は昨年11月、区報で入園募集を始めた。ところが翌12月に突然、保育園運営会社ブロッサム(東京都中央区)がホームページで「諸般の事情」を理由に延期を発表。今も開園のめどは立っていない

 保育園は、住宅地の中にある約320平方メートルの元工場(鉄骨2階建て)を改装する計画。敷地は2方向で道路に面し、一つは車がすれ違えないほど狭い。

 区報で計画を知った住民から、子どもの声による騒音や送迎の車による問題を心配する声が相次いだ。園を認可する都に複数の住民が不服の申入書を提出。反対署名が約220人分集まった。

 

住民には高齢者が多い。年配の女性は「保育園と家の距離がほとんどないのに防音はできるのか」。不服の申入書を出した年配の男性も「何の事前説明もなく、募集が始まった」と不信を強める。

「子どもの声を嫌う人」と折り合う道はあるか(2015年3月30日東洋経済)

東京都議会は3月27日、本会議において「子どもの声」を都の騒音条例の数値規制の対象から外す東京都環境確保条例改正案を全会一致で可決した。

これによって保育園、幼稚園、公園などで子どもの遊ぶ声や一緒にいる保護者、保育士などが発する声について違法であるかどうかは、"受忍限度論"によって判断されることになった。

ただし送迎時の保護者同士のおしゃべりなどはこれに含まれず、旧来通りに数値規制の対象にとどまるとされる。

同都条例は2000年に「現在及び将来の都民が健康で安全かつ快適な生活を営む上で必要な環境を確保することを目的」として制定された。それに先立って知事の私的諮問機関である東京都近隣騒音問題懇談会は1986年に出した報告書で、保育園や学校施設の社会的役割を考慮し、音量規制を目安としつつも実情に応じた良識ある解決方法をとるべきとしている。

子どもの声に関する苦情は多い

しかし「子どもの声」が他の騒音と同様に数値規制の対象である意味は大きかった。公園の噴水の近くで遊ぶ子どもの声などが規制基準値の50デシベルを超えるとして、東京地裁八王子支部が2007年10月に噴水使用禁止仮処分を出したこともある。昨年に東京都が都内62自治体に対して行ったアンケート調査でも、42自治体で「子どもの声」に関する苦情があったことが判明している。

そもそも「子どもの声」を他の騒音と同じであると断定し、基準値以上の音をたてるのを禁止することは適切なのか。子どもが成長する上で、のびのびと身体を動かし、元気よく声を出すことは欠かせない。それを奪うということは、子どもの権利侵害にもなりかねない。

「児童福祉法」には「健やかに成長するという子どもの権利」が規定されており、「子ども・子育て支援法」も「ひとりひとりの子どもが健やかに成長することができる社会の実現」をうたっている。子どもが声を出す権利は法的に保障されているのだ。
(略)
ドイツも同じ悩みを抱えていた。子どもが発する騒音を理由に訴訟が相次ぎ、ハンブルグ市では住居地区にあった幼稚園が閉鎖に追い込まれたこともあった。そこでさらに踏み込んで「子どもの声」を「特権化」したわけだ。

都は、施設が近隣に配慮することを求める

だが東京都が「子どもの声」に対する新たな基準とした受忍限度論は、ドイツと同じものではない。「子どもの声」が法規制の対象から外れたのではなく、周辺の生活環境に障害を及ぼしているかどうかが具体的に判断されることになったにすぎない。その判断要素として、防音壁の設置など講じられた措置や関係者同士のコミュニケーションの程度も加味される。要するに東京都が基準とする受忍限度論は、コミュニケーションを通じて施設の近隣への配慮が進むことを目指すものといえるのだ。
(略)
このように東京都の条例改正は当事者のコミュニケーションを図ることで問題の解決を目指すものだが、実際にはそれでは終結しえない「子どもの声」を巡るトラブルも存在する。

昨年9月、神戸市東灘区の保育園の「子どもの声」をめぐって近隣に住む男性が保育園を経営する福祉法人を相手取り、より強固な防音設備の設置と100万円の慰謝料を求める裁判を起こした。

原告の男性側は「子どもの声」を測定し、その騒音レベルは70デシベルを超えているという事実を裁判所に提出している。これは街頭の喧騒や掃除機の音に相当するもので、静かな生活環境とはいいがたいというのが男性側の言い分だ。

一方で保育園側が園児たちの帰宅後に周辺を測定したところ、騒音レベルはすでに60デシベルほどあったという。保育園付近には阪神高速道路や国道43号線が通っており、交通量が多い。騒音は「子どもの声」だけではないというのが保育園側の主張だ。今後は専門家に「子どもの声」とその他の騒音を分けてもらい、果たして「子どもの声」が一般の受忍限度を超えるかどうかを裁判所が判断することになる。

この争いは保育園の建設計画が持ち上がった当初から発生しているもので、保育園側もカーテンや窓を閉めるなど騒音対策を行っていたが、原告側と折り合いがつかなかったという事例だ。ここまでこじれる前に、当該保育園に通う園児のためにもなんとか解決方法がなかったものかと思われる。
(略)

注目すべきは朝日の記事によればクレームを入れているのが子供離れが進んでいる今どきの若者ではなく、身近な子供など幾らでも見慣れているはずの高齢者であると言うことなんですが、正直窓を開け放す季節などは耳の遠い高齢者のテレビの騒音の方がよほど近所迷惑じゃないかと言う意見も一部にあるようで、まあ人間誰しも他人の立てる騒音には不寛容になりがちですよね。
運動会なども拡声器で怒鳴る先生の声の方が気になると言う意見もあるように、子供が泣きわめくのが悪いのではなくきちんとあやすなり席を外すなりしない大人の方が問題なのだと言う指摘もあるのですが、やはり子育て真っ最中の親となるとそこまで気が回らないと言うこともあるのかも知れません。
個人的には保育所や学校など集団の立てる騒音はすでに環境騒音の一環であると言う認識になってしまっていて、それよりも電車内などで大騒ぎしている子供の声の方がよほど気になるのですが、こうした場合公共の場所で騒がないと言った家庭におけるしつけの問題も絡んでくるんじゃないかと言う気がします。
親の考えは考えとして、子供が大泣きしているのに親が放置していると言うのは見ていて気分が良いものではないし、同じ騒音であるなら元気な笑い声の方がよほどに我慢出来そうな気がするのですが、子供慣れしていない親が増え対応力が低下していると言うことも騒音が気になる理由の一端ではあるのかも知れませんね。

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コメント

舛添都知事が法律で決めたから、病院送りなりました^^
この程度で終わると思うなよ。舛添www

投稿: | 2015年4月11日 (土) 07時14分

しつけの悪いガキには腹立つね
とくにこっちが疲れてるときはもうね

投稿: | 2015年4月11日 (土) 08時38分

行儀の悪い子供の場合ちょっと親の顔が見たいって思っちゃいますね。
でも子供だからなんでも許されるってことでもないんだろうけど。

投稿: ぽん太 | 2015年4月11日 (土) 09時37分

授業参観に行ったら、子供たちの無駄口よりも、と言うか意外に子供たちはまじめで、
母親達の無駄口の多さと声の大きさに呆れました。

こんな親だから、そんな子供なんだろうに。

投稿: | 2015年4月11日 (土) 10時22分

 しかし、乳幼児が泣かなくなるしつけとやらを実際に見てみたい。

投稿: J.J. | 2015年4月11日 (土) 11時10分

> 意外に子供たちはまじめで、
> 母親達の無駄口の多さと声の大きさに呆れました。
> こんな親だから、そんな子供なんだろうに。
一部のせんせが踏ん張っても、食い止めきれずに後退中。すでに負け戦確定。 

投稿: | 2015年4月11日 (土) 12時56分

しつけと虐待って紙一重なのかな
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150411/k10010044701000.html

投稿: | 2015年4月11日 (土) 16時06分

>しつけと虐待って紙一重なのかな
みそもくそも、、差がわからないんだね。
団塊ジュニアか、その子の世代か、
教えられなかった(教えられたが身につかなかった)から
もはや理解もできないし、伝えることもできない。手遅れ。

投稿: | 2015年4月11日 (土) 22時57分

口頭だろうが肉体言語だろうが「生後まもない次男」に「しつけ」なんて不可能かと。よって虐待。

投稿: 10年前にドロッポしました。 | 2015年4月13日 (月) 11時05分

だからこの国は子供を必要としていません
少子化は必然
まあ、違和感のある子作り教育動画は氾濫しているようですが…

投稿: オヤズ | 2015年4月14日 (火) 19時32分

君らみたいな老害をまとめてガス室に送る方法を考えないといけない。

投稿: あ | 2015年10月11日 (日) 20時02分

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