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2015年4月24日 (金)

医療における責任追及

神戸の民間病院で生体肝移植を受けた患者の死亡例が相次いでいると報道された事例で、どうも肝移植を手がけるにはスタッフのマンパワーが不足していたのではないかと言う指摘があるようですが、その報告書の内容が判明してきたと報じられています。

肝移植死亡の3人、救えた可能性 報告書判明、体制の問題指摘(2015年4月22日47ニュース)

 神戸市の民間病院「神戸国際フロンティアメディカルセンター」で生体肝移植手術を受けた7人のうち4人が術後1カ月以内に死亡した問題で、4人のうち3人はスタッフの体制や手術の計画に問題がなければ救命できた可能性があったとの調査報告書を日本肝移植研究会が近くまとめることが22日、分かった。

 同研究会は報告書でセンターに抜本的な組織改革を求め、改革を終えるまでは移植手術を中止すべきだと提言する方針。報告書は週内にもセンターと厚生労働省に提出するという。

 京都大名誉教授でセンターの田中紘一院長は「リスクがあると理解してもらっており、医療ミスではない」と説明している。

肝移植まで手がけるにしてはあまり聞いたことがない施設だなと感じていたのですが、昨年暮れにオープンしたばかりの新しい病院で、生体肝移植を中心とする消化器疾患の先端医療を提供することに特化した施設だと言いますから、なかなかに興味深いですよね。
もちろんそれだけに扱う症例も難しいものが多いのだろうし、開院早々重大疾患の治療を行うとなれば何かとマイナートラブルも多かったのだろうとは想像できるのですが、ただこの施設に関して言うとどうもそれだけではなく、他施設では手術しないような難しい症例を敢えて手がける方針であったそうです。
それだけに常識的な医療関係者からは「生体肝移植手術の適応外なのは明らかだ」などと批判される余地も大いにある一方で、他施設からは見放されたような患者にとっては「最後の希望」とも言うべき存在だったようで、単純に治療適応の判断間違いだとか術前診断が未熟であるとか言った話ではなさそうですよね。
ただ扱う症例の問題はそれとして、やはり開院直後でもあり医療供給体制にも問題があったとは言えるのかも知れませんが、さてそこで最善ではないから医療提供をやめるべきかどうかとなると難しい判断で、少なくとも後出しじゃんけん的に「○○を△△すれば患者を救えた可能性がある」と列挙して終わる話ではないかとは思います。

最近では慶大などが摘出臓器を長時間保存出来る技術を開発したと言うニュースが出ていたところで、もちろんそれだけドナー不足解消にも役立つものだろうし、将来的に移植など高度医療を扱う施設はどんどん最善最良の治療を行える施設に集約化していくとなれば、国策としての医療リソース集中にも役立ちそうな技術ですよね。
一方で医療が可能な限り最善の体制下で提供されるべきものであると言う考え方は一見正しいものに見えて、最善以下の環境しか用意出来ない場合はそもそも手を出してはいけないと言うことにもなりかねませんが、特に「○○病院並みの手厚い体制であればこんな結果にはならなかったはずだ」式の批判と言うのは非常に厄介に思われます。
この点で産科医一人で難産を扱うなどケシカラン!と当初散々に批判された大野病院事件などもその範疇に入るかと思いますが、そもそも医療現場における過失の認定と責任の追及と言うことに関して、先日なかなか興味深い記事を見かけましたので紹介しておきましょう。

「カルテで過失の有無を判断」、保険会社が答弁(2015年4月20日m3.com)

 一般社団法人日本産婦人科協会が発足、4月18日に設立総会が開かれ、「産科医療施設のリスク管理はどうあるべきか」をテーマに、シンポジウムが企画された。同協会は、分娩を取り扱う診療所や助産所などで構成、4月18日現在の会員数は379施設に上る。  
 その席上、同協会事務局長の池下レディースチャイルドクリニック(東京都江戸川区)院長の池下久弥氏は、「産科医療補償制度の本音が判明した」と注目すべき発言をし、同制度が単に重度脳性麻痺の子供に対する補償だけでなく、責任追及の仕組みであるとの危機感を示した。

 事の発端は、池下氏が、産科医療補償制度の補償金の支払いを求め、同制度を運営している保険会社の一つである、東京海上日動火災保険株式会社を訴えた裁判。現在、控訴審中の同裁判において、東京海上は今年3月12日付の「控訴審答弁書」で、「事故の原因分析、その結果による分娩機関の過失の有無の判断のためにも、診療録および検査データ等の写しは必要なのであって、機構が補償約款によりこれらの提出を求めることには合理的な理由がある」と記載していた。池下氏が「本音」とするのは、この「過失の有無の判断」という部分だ。「機構」とは、本制度を運営する日本医療機能評価機構のこと。産科医療補償制度は、補償と原因分析報告書の作成をセットで行う。同機構は、「原因分析報告書は、医療安全の向上を目指すものであり、責任追及が目的ではない」と説明してきたが、東京海上の主張はこれと矛盾する

 従来から池下氏は、原因分析報告書について、当事者の分娩機関が異議申し立てをできないほか、過失認定につながるなどの理由から、問題視してきた。報告書は、事実の認定にとどまらず、「誤っている」「劣っている」など、行為の妥当性を判断しているからだ(『産科医療補償制度で訴訟は増加するか』などを参照)。
(略)
 本裁判は、池下氏自身が担当した、重度脳性麻痺で生まれた子供の補償をめぐるもの。妊婦は経産婦で、健診では異常はなかったものの、2012年8月に第38週で陣痛を覚え、午前4時ころに急きょ入院、緊急の帝王切開手術を行った。池下氏は、院内で検討し、重度脳性麻痺の原因は、常位胎盤早期剥離と判断。妊娠や分娩の経過、自院で調査した結果などを基に、診療経過に過失はなかったことを確認した上で、2013年9月に両親に産科医療補償制度と同額の3000万円を支払った。同制度は、3000万円を20年にわたり分割して支払う。子供の両親が、仮に子供が死亡しても支払いが続くことなどを避けたいと思い、一括支払いを希望したため、池下氏が肩代わりした形だ。なお、両親との間に争いはなく、女性は2014年夏にも、池下氏のクリニックで出産している。

 その後、2014年3月に、日本医療機能評価機構に対して補償を申請。「診断書」などで補償対象基準を満たしていることが明らかであるため、機構には診療録を提出しなかった。両親は、原因分析報告書は匿名化されるものの、同機構のホームページで公表されるため、それを嫌がり、作成を望まなかったからだ。その結果、補償審査がたなざらしとなった。

 そこで池下氏は2014年8月、東京海上に3000万円を直接支払うよう求めるため、東京地裁に提訴した。しかし、同年12月の東京地裁判決は、本制度に適用される保険約款には、「日本医療機能評価機構が、補償対象として認定する場合に限り、保険金を支払う」と記載されていることを指摘し、機構の認定を経ずに東京海上が支払う理由はないとして、池下氏の請求を棄却した。

 池下氏は判決を不服として控訴。池下氏の代理人弁護士の井上清成氏は、本裁判の意味について、「補償と原因分析が一体化していることが、産科医療補償制度の問題。難しい裁判とは思っていたものの、診療録がなくても補償が下りれば、この点にくさびを打つことができると考えた」と説明。「補償認定に、診療録が必要か否か」を争っていた裁判の副産物として、診療録を「過失の有無の判断」に用いる、つまり産科医療補償制度が責任追及と連動した仕組みであるという、保険会社の「本音」が出てきたとも言える。控訴審判決は5月に予定されている。
(略)

あくまでも一例報告でエビデンスレベルとしては高いものではなさそうですし、制度の趣旨やルールに同意していない症例を制度に則って救済してくれと言う主張はいささか無理筋ではないかと言う気もするところなんですが、そもそもこの産科補償制度の報告書には行為の妥当性を判断するのは問題では?と言う指摘はあったわけです。
妥当でない、すなわち間違った医療行為であったと判断されれば当然責任追及をと考えたくなるのが人情と言うものですが、特に興味深いのは同制度で補償対象となった症例のうちからも実に4.5%は医療訴訟に発展していて、その1/3では医療機関に責任があるとして損害賠償を命じられていると言う点です。
原因分析報告書を送ってから裁判沙汰になったと言うケースもかなりあったようで「やはり訴訟を増やすのでは」と懸念されるのですが、興味深いのは制度本来の目的であったはずの再発防止と言うことに関して、日産婦からの指導が必要な施設があれば教えて欲しいと言う要望に対して第三者に情報は出せないと拒否していると言う話です。
もちろん個別の施設の責任追及になってはいけないからと理由付けも出来る話ではあるのですが、そこまで気を遣うなら医療行為に原因があったかのような報告書を書かなければいいだろうと言う話で、どうも制度としてもう一つちぐはぐな感じがするところでしょうか。
ちなみにようやく稼働へ向けて準備が進みつつある医療事故調にも、この産科無過失補償制度を運営している医療評価機構が日医とともに参画するのだそうで、どうもこういう顔ぶれを見るとブラックリストかなにかのようにも見えて仕方ないのですが、各方面から懸念の声が上がるのもまあ無理はないかと言う気もしますかね。

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コメント

>制度本来の目的であったはずの再発防止

妥当性の有無を判断せずにどう再発防止できるのかわからんのですが

投稿: | 2015年4月24日 (金) 10時39分

純学問的に考えた場合と、社会的な意味合いの中で考えた場合では話が違ってくると言う好例で、症例検討会のノリで裁判の鑑定医をするなと言う話とも通じるように思います。

投稿: 管理人nobu | 2015年4月24日 (金) 12時38分

「帝王切開判断早すぎ」日赤に2億円の賠償命令
2015年04月23日 07時41分

 三つ子の胎児の1人が死亡後、帝王切開で出産した残る2人のうち長男(12)に重い障害が起きたのは医師の切開の判断が早すぎたためとして、高松市在住の両親と長男が病院側に介護費用など2億1147万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が22日、高松地裁であった。

 福田修久(のぶひさ)裁判長は両親らの主張を認め、病院を運営する日本赤十字社に請求全額の支払いを命じた。

 判決によると、母親が高松赤十字病院(高松市)入院中の2003年2月、胎児1人の死亡が判明。医師の勧めですぐ帝王切開を受け、残る男女2人を妊娠30週と6日で産んだが、長男には重い脳障害が起き、常時介護が必要になった。両親らは12年9月に提訴した。

 福田裁判長は判決で、3人の胎児が胎内でそれぞれ違う膜に包まれていた点を挙げ、当時の医学的知見ではこうした場合、「胎児死亡の他の胎児への影響は限定的とされていた」と指摘。長男の障害が妊娠32週以前の早産児に多いことを踏まえ、「脳障害予防の観点から可能な限り胎児の成長を待つべきだった」と述べた。

 高松赤十字病院は「主張が認められず残念だ。判決文を精査し、対応を考えたい」としている。

投稿: | 2015年4月24日 (金) 22時11分

 実は、事故調査手法を学ぶために、先行している消費者事故調のオンブズマン団体に、私は2年前から参加しています。その定例会で群馬大学の腹腔鏡手術死亡事例の報告書を見せたところ、「こんな報告書を出すようなところがあれば指導する」と言っていました。その理由の1つは、事故調査制度のはずなのに「過失」という言葉が入った報告書を作成しているためです。大学病院でもこうしたことをやってしまうことに、とても驚いていました。事故調査手法を知らない人が事故調査をすると、背景要因への言及もせずに、1人の責任を追及する今回の報告書のようになってしまうのです。

 事故調査では、「誰が悪かった」という報告書を書いては絶対にいけないのです。 そうではなく、「なぜその人がそんな操作をしたのだろう」という視点で、様々な理由を考えることが必要なのです。

 最新の運輸安全委員会ダイジェスト(第16号)がありますが、このような事故調査報告書を書くことが大切だと感じます。これを見ると、事故の発生状況、被害状況など、1つ1つの事実を積み重ねていて、推測などの主観は入っていません。誰が悪いということを一切書いていません。例えば、底引き網漁の操業中に、船長が網と共にネットローラーに巻き込まれて死亡した事例では、船長がなぜネットローラーに巻き込まれたのか、日頃の動作の癖や立ち位置の分析などを行った上で、次の事故を起こさないための手法を書いています。領域は違いますが、事故調査手法については見習えると思います。
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/report/t232/201504/541768_3.html

投稿: | 2015年4月27日 (月) 22時00分

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