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2015年4月 8日 (水)

食中毒防止を第一に考えるなら正しい対応?

先日北海道の焼肉バイキング店で集団食中毒が発生、うち中学生一人が亡くなると言う大変な事件がありましたが、その原因菌を巡って議論が起きています。

カンピロバクター? 女子中学生「焼肉バイキング」で死亡の謎(2015年4月3日日刊ゲンダイ)

 北海道栗山町の焼き肉店で食事後、食中毒症状を訴えて札幌市内の病院に入院していた中3女子生徒(14)が1日、死亡した。女子生徒は3月19日に同町中央にある「とんとん亭」で卒業生を送る会に参加し、バイキング形式の食事をとった。会には保護者らを含め計21人が参加、うち14人が21日以降に食中毒の症状を訴え、医療機関で受診。女子生徒も22日から入院していたが、1日午後0時45分に死亡した。

「岩見沢保健所が14人中12人の便を検査したところ、5人の便からカンピロバクターという細菌が検出されました。女子生徒からは便がとれなかったようで、未検査です。道警は女子生徒の死亡と食中毒の因果関係を調査中です。店は、27日から4日間の営業停止処分を受けました」(現地事情通)

 カンピロバクターはニワトリ、牛、豚などの家畜をはじめ、ペットや野生動物などあらゆる動物が保菌しているものだが、人間が感染すると、下痢、腹痛、発熱、嘔吐の症状が出る。感染症に詳しい東京医科歯科大名誉教授の藤田紘一郎氏がこう言う。

「子供や高齢者、免疫力の落ちた人がカンピロバクターにやられると、重篤化する可能性があります。しかし、死に至るケースはほとんどありません。女子生徒が死亡するまで2週間ほどかかったことを考えると、潜伏期間が長く、死に至ることもあるO―157に感染していた可能性もなくはない

 岩見沢保健所によると「当日、女子生徒の体調に問題はなかった」といい、「設備の清掃、従業員の手洗いなどに問題があったとの報告は受けておらず、過去に集団食中毒を起こした例も聞いていない」と話す。集団食中毒が起きた原因は一体何だったのか。

「カンピロバクターなどの細菌は、加工時に食肉の表面に付着します。そのため、表面を焼けば危険性はほとんどありません。女子生徒らは生に近い状態で食べてしまったのかもしれません」(藤田紘一郎氏)

 店に問い合わせたが、連絡はつかなかった。

ひとまずは亡くなられた患者さんに哀悼の意を表したいと思いますが、集団で食中毒症状が出て患者複数から同じ食中毒菌が検出された、それならそれが原因でいいじゃないかと言う話なんですが、北海道食品衛生課が死因が食中毒によるものかどうか「医師とコンタクトを取って調査を行う」とわざわざコメントしているように、健康な若い人がキャンピロバクターの食あたりで亡くなったと聞けば「え?」と思ってしまいますよね。
加熱不十分な鶏肉が危ないと言われるキャンピロバクターによる食中毒は現在件数ベースでは我が国で最も多く発生しているのだそうで、患者数も大々的な集団感染が報じられるノロウイルスに次いで2位だと言いますから実に堂々たるものですけれども、判明している限りでは国内ではまだ死亡例の報告がないとも言い、実際に他の生徒達感染者は通常通りの軽い経過で回復しているそうです。
たまたま運悪く重症化する理由が何かしらあったのか、それとも他の要因なども影響していたのかは今後の検証を待たなければならないでしょうが、仮に他菌種の複合感染だとすると他の被害者にも類似の症状が出ていてしかるべきと言う気もしますし、医学的な観点からも非常に注目すべき症例であるように思いますね。
さて、こうした食あたりの恐さを知れば日々何を食べていけばいいんだと恐怖症に駆られる人もいそうなんですけれども、これからの時期当然ながら食材食品を室温放置するなどもってのほか、きちんと調理家庭から食品衛生にも気を配るのは当然だとして、そうした衛生観念が長年当たり前に続けられてきた食行動にも妙な影響を与えているのか?とも思われるこんなニュースが話題になっていました。

他人の作ったおにぎりは食べられない…小学生の25%が「いや」、人間関係に水を差すことも(2015年3月28日産経新聞)
 他人の作ったおにぎりが食べられない、という人が少なくない。小学生約2500人のうち、およそ25%が「抵抗がある」と答えたという最近の調査結果もある。大人でもそうした例があり、ネットでも「私も食べられない」といった書き込みは数多い。食べられる人にとっては何とも不思議で、そんなことで悩むなんて…とも思えるかもしれないが、食べられない人にとっては真剣な悩み。時には、人の善意をめぐって人間関係に水を差すことにもつながりかねないから厄介だ。(兼松康)

「潔癖症なんかじゃない」

 「子供の頃は、運動会なんかのときに、友達のお母さんにおにぎりを勧められて。とてもじゃないけど食べられなかった
 東京都内に住む会社員の平本秀子さん(44)=仮名=は、苦々しい表情でそう振り返る。
 「決して自分は潔癖症ではないが」と前置きして、平本さんは他人のおにぎりが食べられない理由について、次のように説明する。
 「他人の手に付いているかもしれない黴菌(ばいきん)などを想像してしまう。他人の家の衛生環境も分からないし、特に水回りなどが汚いかもと想像するとダメ。おにぎりを握るときは手がぬれているし、水分を介して不潔な物が付いているかも、という思いが拭えない」
 自分の親が握ったおにぎりは食べられるし、コンビニのおにぎりなどは「機械で作られたと思っているから」大丈夫だという。

食べないためにつく“嘘”

 なぜ「おにぎり」なのかというと、家庭で手軽に、主に素手で作る料理の代表格だからだ。そこに「自分の家」と「他人の家」で作る違いが、気になる人々にとっては顕著に表れる
 一方、他人のおにぎりを問題なく食べられる人にとっては、「食べられない人がかわいそうだ」といった同情論だけでは済まないケースもある。
 都内に住む鈴木澄子さん(34)=同=は、「そういう人がいるということは知ってはいたが、以前に自分が差し出したおにぎりを断られた経験がある」という。その人とは今も付き合いはあるというが、それ以来、おにぎりを勧めるシチュエーションどころか、一緒に食事をする機会さえもないという。
 鈴木さんは「実はあの時、自分が不潔だと思われていたのでは、と今でも考えることがある」と打ち明ける。それだけの理由ではないが、実際の付き合いに一定の制限がかかった形になっているのは事実だ。
 前出の平本さんは、大人になってからも「他人のおにぎりは食べたくない」という気持ちは変わっていないという。大人になるに連れ、他人のおにぎりなどを食べなくてはならない状況になりそうだったら、その場を早めに切り上げるとか、「自宅で食べてきたから」と無理なく断るなどの“術”を身につけてきた。他人のおにぎりを食べないことが最優先事項だが、それを守るために嘘をつかなくてはならない自分に、ある種の苦しさも覚えるという。
(略)

まあしかし潔癖症なのかどうかはともかくとして、行動パターンを見聞する限りではある種の病的な反応を感じさせるようには思うのですが、皆さんはどのように感じられたでしょうか?
衛生観念と言うのは人それぞれだし、実際に国民の平均的な衛生学的知識から考えると家庭料理と言うのは決して褒められた調理環境にはないのも事実ですから、実際的なリスクや心理的負担を考えると他人の作ったものは口に出来ないと言う感覚も判る気はするのですが、ここで注目いただきたいのが小学生の4人に1人が他人の作ったおにぎりなど食べられないと訴えている点です。
その理由として「なんとなく汚い感じがする」「他の人が作ったものには、毒が入っていたらどうしようとか考えてしまう」「何が入っているかわからない」「手を洗っていないかもしれない」等々が挙げられたそうですが、こうした発想が小学生の中から自然発生的に出てくるものと言うよりも、各家庭でそういう衛生感覚が当たり前のものになっていると考える方がありそうな気がしますがどうでしょうね?

かつて一世を風靡した某国民的な漫画・アニメなどは主人公であるロボット少女が路傍の排泄物をやたらと触りまくると言う描写が一つの人気の理由だったと思うのですが、当時の子供の感覚ではそういうのは有りであって狼狽する大人の有様が笑いの対象になっていたのだと考えると、子供の感性もずいぶんと変化してきたのかと言う気もするでしょうか。
とかく一般的にこの種のニュースはあまり好意的ではない、と言うよりもどちらかと病的なものであると言った文脈で語られる場合が多かったのですが、冒頭に取り上げた食中毒記事などを見るまでもなく衛生学的、微生物学的観点からするとむしろ当たり前と言うか、おっしゃる通りリスクは当然にある(ただし、他人が作ったか家族が作ったかに関わりなくですが)と言うのが確かに「正解」にはなるかと思います。
ただリスクがある=食べてはいけないでは世の中食べられるものなどほとんどなくなってしまうし、この種のことにこだわる方々も客観的にはよりリスクが大きい食品を平気で食べていたりもするものですから、本当に安全性が心配だからと言うのであれば思い込みやイメージで語るのではなく、まずは正しくリスクの大小を知った上で判断していくのが筋でしょうね。

ちなみに昨今の日本食ブームもあってか「日本人?生魚を食ってる変な連中だろ?w」などと冷笑されていた時代も今や昔、寿司などはすっかり人気のメニューとして海外でもごく普通に食べられるようになってきましたが、あれも素手で扱ってはならないと言うルールがある国の方が一般的ですし、実際に流通段階からの鮮魚の扱い方などを見ていると日本と同じように考えていては危険だと言う心ある職人さんも少なくないようです。
日本では当たり前に行われている生卵の生食、あるいは丼物などでもこだわりを持って語られるふわとろの半熟卵などは未だにほとんどの外国人が「気持ち悪い!」「食あたりしたらどうする!」と忌避するところですが、あれも生食前提の生卵は流通していないと言う事情を反映した当然の防衛反応でもあって、逆に日本人が外国に出かけて行く時にはうっかり生や半熟の卵を口にしないよう注意しないと危ないでしょうね。
要するに生物学的汚染のリスクに気をつけたいと思えばそれなりに改善すべき状況と言うのは身近にいくらでもあって、どこにあるいはどこまで注意すべきなのかと言う点で未だ一定のコンセンサスが得られていないのが現状なのだと思うのですが、近年何かと話題になることの多い焼肉などは大勢でテーブルを囲む多いだけに、おいしさだけではなく安全な食べ方ももう少し追及されてもいいのかなと言う気もしますでしょうか。

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コメント

食べたくないなら堂々と断ればいい
こそこそ隠れるようなことするなよ

投稿: | 2015年4月 8日 (水) 07時58分

考えてみれば、他人のお尻や足が浸かったぬるま湯に自分も浸かる温泉なんてのも、ぞっとするような代物かもね

投稿: | 2015年4月 8日 (水) 09時04分

>「決して自分は潔癖症ではないが」と前置きして

これって、潔癖症じゃなければ危ない頭の病気ですね。
男性にはほとんど理解できない、感覚だけで全てを判断する女性特有のやつですな。

投稿: | 2015年4月 8日 (水) 09時08分

前にも書きましたが、中国からの輸入食品を平気で食べている日本人が何故たかが黴菌ごときをここまで忌避するのか、本気で理解出来ません。(ウチの前のドブ川で捕まえたスッポンを生でパクー

投稿: 10年前にドロッポしました。 | 2015年4月 8日 (水) 09時35分

何をもって忌避の対象とするかは幼少時からの刷り込みが大きいと思いますが、その意味では親世代から次第にこういう考えの人が増えていたんでしょうね。

投稿: 管理人nobu | 2015年4月 8日 (水) 12時27分

もしかして無添加無添加言ってた人たちの子供かな?

投稿: | 2015年4月 8日 (水) 12時51分

>親世代から次第にこういう考えの人が増えていた。

親と考え方が同じとは思わないけど、生育環境、家庭教育の賜物といかおもえません。44歳といえば団塊ジュニアでしょうから、彼らは団塊世代が用意した。結果はバーチャルとリアルの吟味が足りないというか、倒錯でしょうか。そして 団塊の孫は人口ピラミッドに山が無かったのでした。

 NHKTV「一人でできるもん」での おにぎりづくりは、食品用ポリエチ袋かサランラップ越しに握っていて、素手ではなかった。ここまで来たか、と思ったものでしたが。

投稿: Anonymous Alcoholicus | 2015年4月 9日 (木) 18時56分

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