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2015年2月19日 (木)

幸福と言う言葉の裏面にあるもの

現在進行形でその進歩発展が期待されているのがウェアラブル端末と言うもので、あちらこちらから興味深いガジェットの発表も相次いでいるのは周知の通りなんですが、先日そのウェアラブル端末の新たな活用法が登場したと記事が出ていました。

ウエアラブル端末で集団の幸福感数値化 日立などが技術開発(2015年2月10日産経ビズ)

 日立製作所などは9日、ウエアラブル端末を使って集めた体の動きのデータを基に、職場など集団の幸福感を数値で表す技術を開発した。日立によると、ウエアラブル端末で常時、集団の幸福感を測定できる技術は初めて。同技術を活用し、職場など組織の活性化をサポートするサービスも提供する計画だ。

 体の動きを測定するために、加速度センサーや無線通信の機能を搭載した名札型で首に下げる端末を開発。同端末を各自が身につけ、歩いたり、他の社員と話したり、といった日常の活動データを集める。データを独自に算出した基準値より身体の動きが活発な状態が持続している時間の長さなどを解析して集団の幸福感を数値化する。

 日立ハイテクノロジーズは、測定したデータで組織の活性度を向上させるための分析を行うサービスを4月から提供する。新サービスをきっかけに、ビッグデータを活用した事業展開にもつなげたい考えだ。

ちなみに日立の発表によれば幸福度測定を目的としたものと言うよりも、開発した幸福度測定システムを活用して組織の生産性を上げることが目的なのだそうで、同社のデータによれば「定量化された幸福感は、その組織の生産性に強い相関がある」ことが判明したと言いますから、記事のように幸福度測定云々と強調するのがいいのかどうかですが、まあ企業生産性向上指標などと言うよりはキャッチーな話ではありますよね。
ただ幸福度測定と言われれば実際にどの程度幸せと言うものが客観的に評価出来るのか、そもそもいわゆる幸せな境遇にある人が必ずしも主観的に幸せとは感じていないと言う実例には事欠かないだけに、特に企業内での活用と言う面で考えた場合に下手をするとM気質の社畜ばかりが幸福度を高く評価されると言う意味不明の結果に終わる可能性もあるのか?などと余計なことも考えてしまいます。
もちろん単に数値を出すだけでなくその評価と活用法を巡って今後ノウハウが蓄積されていけば、社会などクローズドな環境だけではなくて様々な方面で応用的な活用が期待される技術ではあるのでしょうが、こうした人の内面を客観的に示すとも言うべきものが登場してくる時代になりますと表向きの幸せの裏面と言うのでしょうか、世の中には知らない方がいいこともあるんじゃないか?と言う気がしないでもありません。

うつ社員の肩代わりで疲弊する同僚たちの悲鳴(2015年2月10日ダイヤモンドオンライン)より抜粋

(略)
「職場復帰なんてしなくていい」うつ社員に向けられる心ない批判

 昨年秋、筆者の元へ一通のメールが届いた。
「吉田さん、お騒がせしました。先日、職場復帰しました。(中略)この会社は、温かいです。みんなが、私の仕事をしてくれていたようです。また、よろしくお願いします」
 メールの送り主は、大手出版社(正社員数550人)の雑誌編集部に勤務する、40代半ばの編集者である。この男性は数年前からうつを繰り返し発症し、半年近く休業をしていた。その半年の間、他の編集者が男性の仕事を肩代わりしていたようだ。そのことをメールに書いていた。
 私は今なお、返信をしていない。正確に言えば、返信する気になれない。実は、裏側の事情を知っているからだ。男性と同じ編集部にいる編集者たち数人は、私と話す場では、彼についてこう漏らしていた。
「あいつは、いつまで休んでいるんだ」「本当に病気なのかな」「忙しくなるとうつになり、ヒマになると職場復帰する。器用な病気だよな」――。さらに、「早く辞めてほしい」「職場復帰なんてしなくてもいい」といった言葉も聞かれた。
 いずれも、30代後半~40代半ばにかけての中堅社員である。決して、感情論で口にしているのではなかった。男性が半年にわたり休業をしていて、その仕事が自分たちに押し寄せることに対して、強い不満と静かな怒りを持っているのだ。彼らの残業時間は、月平均で70~80時間に及んでいるようだ。
 残業が多いことで、人事部から「せめて50~60時間に減らすように」と忠告を受ける。そのことに反論をしようとすると、人事部が上司である編集長に話を持っていく。そして、なぜか編集長から叱責を受ける。こんな理不尽なことが続いているようだ。
 男性が休業するのは、今回が初めてではない。1年半ほど前にも心の病となり、数週間休んだ。このときもまた、周囲の社員たちが仕事をフォローした。この頃の編集者たち数人は人事異動となり、現在は他部署にいる。男性のことを「会社を辞めて治療に専念したほうがいい。そうでないと、こちらが迷惑する」と口にしている。

「これはできない」「それはやめよう」否定的な話ばかりする男性社員

 同僚だけではない。外部委託という立場で男性から取材や記事を書く仕事を請け負う筆者も、実は困り果てていた
 メールや電話をしようとしても、頻繁に休むがゆえにコンタクトがとれない。電話で連絡がとれる場合は、声の調子は極端に沈んでいるかと思うと、突然ハイテンションになる。メールの中には、時折喧嘩口調と感じるものもいくつもあった。なぜ興奮しているのか、筆者には理解できなかった。いつも、ハラハラしながら接していかざるを得ない
 会って話し合うときも、あらゆることを「これはできない」「それはやめよう」と否定する。ほかの編集者のように、小さなコンセンサスを積み重ねることで前に進めることができない。結局どうしたいのかが、見えてこない。二十数年、このような仕事をしてきたが、ここまで否定的な話を繰り返す編集者はいなかった。その意味では、同僚らがブーイングを公然と口にする理由はわからないでもない。
(略)
「うつなどになった社員が休業を経て復帰した後は、人事異動させることをできるだけ避けようとする不文律が以前からある」
 私が他の社員に聞くと、労組の元執行委員数人(現在は、他部署の編集長など)からも同様の話を耳にする。退職した社員たちからも、同じことを聞く。この「お約束事」が、職場における人員の柔軟な配置を拘束している面があることは、否定できないだろう。
 さらに根深い問題がある。人事部や上司らは、男性が休業している間、代替要員として派遣社員を受け入れることもしなかった。その理由は、労組の元執行委員などによると、人事部も男性の休業の期間を正確に把握できないからだという。人事部の課長などが男性に体調を確認し、いつくらいに復帰できるかと問うと、明確な回答がない。いつまでも回答がなく、人事部としてはどうすることもできないのだそうだ。
 この編集部には、筆者は10年ほど前から出入りしている。当初と比べて、部員の数は8人ほどから6人に減っている。雑誌の売れ行きが伸び悩んでいるため、部の予算が減り、自ずと部員を少なくせざるを得なくなったようだ。少人数になり、各々の仕事が増える。一方で、心の病で長きにわたって休む人が現れる。それに対し、代替要員を補充することもない。これでは、男性の周囲にいる編集者たちにしわ寄せがいくことは、当然だろう。
(略)

もちろん組織毎にこうしたケースでの対応は違っているのだろうし、バリバリ働けなくなれば容赦なく圧力をかけて一気に退職にまで追い込むと言うブラック企業紛いのことをしている場合なども大いに問題ではありますけれども、「職場のみんなで○○さんの不在を支えよう」などと言う表向きのスローガンにばかり囚われていると、現場の不満がどれだけ蓄積しているか盲目になってしまうと言う教訓的な話でもありますよね。
今回のケースでは病気のこともあるのでしょうが、職業人として正直他の同僚の方々と同様の仕事ぶりではなかったらしいと言うことで、一人を切れば職場の生産性も向上し同僚のストレスも軽減する、さらには取引先のメリットも期待出来ると良いことづくめであるようにも見えますけれども、ではこの人一人を切れば次はワースト2の人が足を引っ張っている、さっさと首を切るべきだと首切りの連鎖にもなりかねない危険はあるでしょう。
有名な働きアリの法則と言うものが人間社会に照らしてかなり示唆的だと言われるのも、多数が集まれば必ずよく働く人もいれば働かない(ように見える)人もいると言う経験則に合致するからだろうし、そこで働かない人を排除しても仕方ないんだよと言う教訓を含んでいるからだと思いますけれども、やはり社会の全般で少人数で業務を回している組織が増えている以上職場の空気にも配慮は必要なのかも知れませんね。

医師の場合は技術系専門職ですから、他人にない技術、技能を持っていれば他がどうあれ少なくとも一面で尊重はされる場合がほとんどですが、逆に言えば誰でも肩代わり出来る人間ならどうなのか?と言う危惧は誰しも抱くところで、医師は生涯勉強が必要だと言われるのも医療技術が日進月歩と言う現実的側面もさることながら、職場内での生存競争における強みや武器の確保と言う現実的側面もあるのかと思います。
この点で「患者の全体像を見ないで個別の病気しか診ない」など様々な弊害も言われてきたいわゆる専門医志向のアンチテーゼとして、近年では総合医の重要性が強調されそちらへ盛んに人材を誘導しようとする動きもあるようですけれども、現場の医師からもう一つ受けが悪いように見えるのも(実際にはそうではないにせよ)誰にでも出来る便利屋仕事など不安だと言う気持ちも反映しているのかも知れません。
最近ではいわゆる残業代ゼロ法案と言うものも話題になっていて、特に専門的で高度な仕事を行う人材に対しては働いた時間ではなく成果によって評価をするべきだと言う主張もあるようですが、医療費抑制と言う国の本音の部分との関わり合いで考えれば総合医に求められる究極の役割とはいかに患者の医療利用を減らし、高い治療費を使わせないでも満足して死んでいけるようにするかと言うことでもあると言えます。
日医などもかかりつけ医の努力次第で健康寿命はもっと延ばせる!と市中の町医師の役割を強調していますけれども、そうなると究極的には患者が元気で医者は仕事がないと言う状態が国や国民にとっての幸福ともなるだけに、出来高制度に代表されるような現行の診療報酬体系のままでは医者が仕事をうまくこなすほどにその報酬が減っていくと言うおかしなことにもなりかねませんよね。

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コメント

社員みんなが幸福感にあふれたブラック企業ってこわいなw

投稿: | 2015年2月19日 (木) 07時50分

ある意味宗教ってそんな感じなのかも知れませんね。

投稿: ぽん太 | 2015年2月19日 (木) 08時34分

こうした幸福度調査なるものが個人の内心の自由なりを侵害しないものなのかどうかに関しては、今後進歩的な方々からと言わずとも議論になっていく可能性はあるかも知れません。

投稿: 管理人nobu | 2015年2月19日 (木) 11時10分

産休・育休社員の肩代わりで疲弊する同僚たちの悲鳴に世間様が気付いてくれるのはいつですか?

投稿: | 2015年2月19日 (木) 13時51分

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