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2015年2月13日 (金)

「それは医者が悪い」と言うしかない話

先日静岡の病院で夜間救急担当の医師が患者家族に暴言を吐いたとネットに動画がアップされ大いに話題を呼んでいましたが、その後の情報を見る限りではどうやら手を尽くし何をどうしても納得しない家族に対してつい切れたと言った事情でもあったようなのですが、いずれどのような事情があったにしても患者あしらいの技術にもう一歩改善の余地があったとは言えそうには感じますね。
こうした点から病院においても一般の客商売と同様、投書と言った形で患者さまの御意見を募っている施設は少なくないし、中には全くごもっともとしか言いようのない御意見も決して少なくないのでしょうが、先日読売新聞が掲載したこちらの御意見を見てみましょう。

心ない言い方(2015年2月8日読売新聞)

愛知県愛西市 主婦 50

 若い頃に治療した歯のかぶせ物が外れたので、昨年秋、近くの歯科医院を初めて受診した。

 口の中を診た歯科医は「どういう歯をしているんですか。歯の磨き方も教えない親なのですか」と、まるで親のしつけを疑うかのように言った

 確かに、私の両親とも歯が悪く、私自身も幼い頃から虫歯に悩まされてきた。ブリッジなどの治療も多数受けており、歯科医の言葉に反論はできない。

 だが、もう少し配慮のある言い方ができないのか。この歯科医の技術は確かで感謝もしているが、あの時の言葉が心に突き刺さったままだ。

歯科領域には全く素人で親から子への歯の磨き方の教育内容とその後の歯科的経過にどれくらいの相関があるものなのか存じ上げないのですが、歯磨き教育もさることながら生物学的性質等々遺伝的素因や食習慣等環境的素因も大きいのだろうし、子供ならまだしもいい歳をした年配の相手に真っ先に親の歯磨き教育が云々と言うのもどうなんかなと言う気もしないでもありませんがどうでしょうね。
いずれにしても医師にしても悪気があってのことではなかったのだろうし、恐らく日頃正しい歯磨き教育を受けていないだろう子供さんの相手ばかりしてきた結果真っ先にそちらに意識が向いたと言った背景事情もあるのかも知れませんが、たったこれだけの発言で新聞に投書までされてしまうほど相手に重大な心理的ダメージを与えたと言う事実は真摯に受け止める必要はあるかと思います。
人間の考え方と言うのは千差万別で、もちろん目の前に初めて現れた顧客が何をどのように受け取るかと言う事情までピタリと当ててみせると言うのはよほどのベテランでも難しいかとは思いますが、一般的に初見の顧客相手にトラブルを招きにくい接遇術を知っていれば、逆にこの人に居着かれては困るな…と言うクレーマー予備軍をいかにうまく処理するかにも役立てられると言うメリットもあるわけです。
ただ医学教育においてはこうした方面の技術はこれまであまり重要視されてこなかった経緯があり、しかも先輩から系統だって伝授されたり学会で学べると言うものでもない以上各個人が経験の範囲で学んでいくしかないのも現状だと思うのですが、そのせいか「気持ちは判るがそれはちょっと方法論としてはどうよ?」と感じられるような対応をしてしまう先生方も時折いらっしゃるようです。

がん:全摘出手術に迷う患者 医師から「治療拒否」同意書(2015年2月10日毎日新聞)

 「ここにサインをしてもらえますか」
 2013年8月、奈良県内にある公立病院の乳腺外来の廊下。3週間前、この病院で乳がんを告知された玲子さん(68)=仮名=は、看護師からA4判の紙1枚を渡された。
 <今後乳がんに関する□□病院での治療につき自己意思でもって一切受けないことに同意をし、転移・病状の悪化時および緩和治療などの一切の当院での治療については今後受けられないことについても同意するものである>
 今後、病院が玲子さんの乳がんに関する一切の治療を行わないことを明記した同意書だった。文書の末尾に、男性主治医の名前と押印があった。
 3週間前、右乳首からの出血が3日間続き、玲子さんはこの病院の乳腺外科を受診した。診察後、すぐに超音波検査(エコー)を受けたが、主治医は画像を見たまま、「右だけでなく、左にもがんがあります」と淡々と告げた。「両側乳がんで、全摘出手術が必要」と診断されたが、全摘出の理由や詳しい治療方針など十分なインフォームドコンセントはなかった

 ◇方針反対の直後に

 1週間後の再診察。医師は組織検査の結果を告げると、すぐに手術の手続きを進めようとした。日取りもすでに決まっている。拙速な対応に不安を感じた玲子さんは、いったん退室。廊下で夫(68)に相談のメールを送ると、「手術はするな」と返信が届いた。夫と1時間ほどやり取りを続けたが結論は出ず、その日は手術の仮予約だけして帰宅した。
 玲子さんの手術をめぐり、夫や長女(42)、長男(38)、兄弟らが集まり家族会議を開いたが、夫だけが猛反対した。がんの告知後、夫は抗がん剤など従来のがん治療を否定する本を読んでいた。迷った玲子さんは、旧知の乳腺外科の開業医を訪ねた。セカンドオピニオンを受けるつもりではなく、ただ相談しようと思った。開業医はエコー検査後、すぐに手術はせず、経口剤によるホルモン治療で経過観察することを勧めた。
 年齢を考えれば手術は避けたいし、夫の気持ちにも添いたい。開業医の言葉が背中を押した。
 「手術を受けるのはやめようと思います」
 数日後、診察室で玲子さんは主治医に伝えた。夫の反対や、ほかの医師の診察を受けたことも話した。主治医は一瞬、驚いた様子だったが、パソコンに向き直ったまま「廊下で待つように」と言った
 看護師から同意書を渡されたのは、その直後だった。玲子さんは戸惑いながらもサインに応じるしかなかった。「看護師からは何の説明もなかった。同意書を取られる理由も理解できないまま、気がつけばサインをしていました」

 ◇病院に報告なく

 医師はなぜ同意書への署名を求めたのか。
 病院に取材を申し込むと、主治医は退職していた。
 「なぜこんな同意書を取ったのか。当然、患者さんには病院を選び、治療を受ける権利があります」。病院の広報担当者は困惑気味に話す。これまでこうした事例の報告はなかったといい、「主治医は実績のある医師だった。『手術をすれば治癒が見込めるのに、なぜしないのか』と思ったのでは。あるいは別の医師の診断結果を聞かされて腹を立てたのかもしれない。いずれにしても、気の毒なのは患者さんです」と話す。
 告知から約1年半。玲子さんは現在、相談した開業医の治療を月1回受けているが、今のところ進行の兆しはない。病のことは常に頭から離れないが、介護保険認定の審査委員を務めたり、趣味の水彩画や川柳を楽しんだりして過ごしている。

 ◇納得できぬまま

 手術をしなかった自分の選択に後悔はしたくない。一日一日を懸命に生きるだけだ。ただ、主治医の対応には今も割り切れない思いを抱えている。「あのとき、私の目を見て丁寧に説明してもらえれば、夫の反対を振り切ってでも手術したかもしれません。医師には患者の気持ちを分かってほしい。寄り添ってもらいたいのです」【三輪晴美】
(略)

ほぼ患者側の一方的な情報に頼った記事の中にも色々と感じられるところはあるかと思いますけれども、一般論として進行性かつ致死的な経過を辿る病気で今ならきちんと治療すれば治ると言う段階で見つかった場合、普通の医師であれば手遅れにならないうちに早く治療を受けなさいと勧めるのだろうし、患者が非合理的とも見える選択を敢えてしようとしている(ように見える)場合にはまあ医者ならずともおもしろくない気分にはなるでしょう。
ただそこで昔であれば懇切丁寧に説明をし説得すると言う作業が当然行われていたのだろうし、そこで患者と医師とがお互いの人間性や考え方まで知った上で「それでは先生に全てお任せします」と言う話にまで持っていったのが昭和の頃の理想的とされた医療だったとすれば、現在では患者の意志が何事につけ最優先で、たとえ医学的に間違っていると思える判断だとしてもそれが患者の意志であれば受け入れるしかないと言うことになっています。
ただそこで意志決定の前提となるインフォームドコンセントと言うものをどのように考えるかで各個人の差が出てくるのだと思いますし、素人である患者が医学的に正しい(と思われる)処置を受け入れないのは説明が不足し理解が十分でないからだとなおも説明と言う名の実質的な説得を繰り返すと言う先生もいれば、ああそうですかでさっさと次の患者に移ると言うドライな?先生もいらっしゃるわけです。

一方で司法の場においてはこのインフォームドコンセントと言う言葉が現場の感覚とはまた微妙に異なった意味で捉えられているケースも散見されるようで、繰り返し説明も説得もした上で患者が検査や治療を拒否したにも関わらず後日損害賠償が認められたと言った判決もたびたび出ていることからすると、現場としては面倒な患者に対してどう後々の厄介事を回避するかと言う点にも留意せざるを得ないのは当然ですよね。
このインフォームドコンセントの大前提となる説明義務と言うものに関して注意すべきなのは、患者の抱く様々な不安が医学的に非合理で妥当でないものだと思われたとしてもその不安を解消するに足る十分な説明を行わなければ過失有りと判断される場合があると言う点だと思いますが、多忙な実臨床の現場において正直そうした不安の全てを解消するまで説明努力をすると言うのは無理だろうなとは思います。
その結果手術を延期するとしても他の手術スケジュールに影響が出るし病棟のベッドも回らなくなるとなれば、特に長年のかかりつけでもない患者さんに対しては「それでは他所にどうぞ」と言いたくなる気持ちも理解出来るところですが、当然ながら病院の施設としての公式見解としてはそんな現場の判断を受け入れることは出来ないでしょうから、「患者さんには病院を選び、治療を受ける権利があります」と言うコメントになると言うことなのでしょう。
ただこうした応召義務的な話も行きすぎると、現場の立場からすればどんな地雷も避けることは許されず必ず踏まなければならないと言うことか?と言う話にもなりかねませんし、実際にあまりにそれを要求し過ぎる施設からは続々と医師が逃散していっていると言うのが今の時代の現実であることを思う時、お互い気分を害するようなこともなくスマートに診療契約を終了する方法論はもっと真剣に研究されるべきなのかとも思いますね。

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コメント

予約外来の病院で家族が予約拒否されました
これは診察拒否になりますか?

投稿: | 2015年2月13日 (金) 07時53分

>これは診察拒否になりますか?
予約がいっぱいで希望日時に予約できなかった、という話なら診療拒否にはなりません。

急病で他の医療機関へ行く時間的余裕がないので最寄りの予約制外来を緊急受診しようとしたが断られた。
というような場合は応召義務違反になる可能性があります。

投稿: JSJ | 2015年2月13日 (金) 08時40分

予約って事務の人が受けてるからときどき勘違いされることありますよねえ。
先生に面と向かって断られたんじゃなければ深く考えることないと思いますけど。
かかりつけなのに話が通じないときは堂々と先生に確認してもらっていいんじゃないですか。

投稿: ぽん太 | 2015年2月13日 (金) 08時48分

長男坊の喘息が悪化したとき,かかりつけの小児科から近くの大学病院に紹介状書いて・・・という段階で先方から「その方は受け入れられません」と断られたことがあります。
その前にも一度入院したことがあって,その時の治療方針を巡って親が神経質になっていたことは確かですが,これって明確な診療拒否ですよね???

投稿: | 2015年2月13日 (金) 08時55分

今日はQ&Aコーナーの日ですかい。
>明確な診療拒否ですよね???
明確な診療拒否、とは言えないと思います。
患児の緊急性の程度、近隣の他の高次医療機関の有無、等によって判断が変わるのではないでしょうか。

投稿: JSJ | 2015年2月13日 (金) 09時19分

>介護保険認定の審査委員を務めたり
と書いてあるので、この玲子さんは医療従事者なのでしょう。
そのことに対する説明もなく、一般人のように記述されているのは
さすがバイニチ新聞ですね。

投稿: 嫌われくん | 2015年2月13日 (金) 10時37分

以前も書いたと思いますが、健康保険のきかない医療行為についてもインフォームドコンセントが必要かどうかについてですら、法律家の中では意見が分かれるくらいですからねえ・・・

投稿: クマ | 2015年2月13日 (金) 10時47分

同意書の様式があるってことは、他にどんな場で同意書を取ってるのかなあ

投稿: | 2015年2月13日 (金) 10時55分

素朴な疑問なのですが 診療拒否の結果、医師法19条1項を根拠に
民事訴訟を起こされた例や、行政処分が下った例は有るのでしょうか?

投稿: | 2015年2月13日 (金) 13時37分

開業医時間外診療拒否訴訟判決文
http://www.minemura.org/iryosaiban/H16wa23054_hanketsubun.html
  (1) 前記1で認定したところによれば、原告は、被告から救急病院に行った方がよいと勧められ、最終的にこれに応じて自ら救急車を手配したものであって、被告が診療を拒否したものとは認められない。したがって、原告の主張は前提を欠き、採用することができない。
  (2) なお、念のため付言するに、医師法19条1項の定めるいわゆる医師の応招義務は、本来国に対して負うものであって、仮に被告に同条項に違反する診療拒否行為があったとしても、ただちに私法上の不法行為を構成するものではなく、この行為が社会通念上許容される範囲を超えて私法上も違法と認められ、これによって原告の何らかの権利又は法律上保護される利益が侵害された場合に初めて不法行為の成立を認める余地があると解するのが相当である。しかるに、本件において、被告の行為が私法上違法であることを認めるに足りる主張立証はない。
 また、原告は、診療を受けることへの正当かつ合理的な期待が侵害されたとして損害の発生を主張するようであるが、診療拒否によって症状が悪化したといった事情があればともかく(原告自身、本件ではこのような事情はなかったことを自認している。)、単なる診療を受けられるという期待そのものが法律上保護されるべき利益といえるかには疑問がある。少なくとも、救急治療を標榜している医療施設等であればともかく、単に医院の看板が掲げられ、そこに外科の治療をする旨の記載があるからといって、常時診療を受けられるものでないことは社会通念上明らかであって、原告がたまたま診療時間外に診療を受けられると期待したとしても、それは事実上のものにすぎず、法律上保護に値する利益とはいい難い。更に、医師に対する患者の期待権なるものは、既に医師と患者との間に診療契約が存することを前提としてその履行に関して初めて問題とされるところ、本件では、原告と被告との間には何らの診療契約も成立していなかったのであるから、この観点からも、診療を受けることへの期待権が問題となる余地はない。
  (3) 以上いかなる観点からしても、争点(2)に関する原告の主張は採用の余地がない。

投稿: | 2015年2月13日 (金) 18時59分

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