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2015年2月

2015年2月28日 (土)

交通事故とは自動車の専売特許ではありません

お隣中国では目の前で高齢者が転倒しても決して手助けしてはならない(何故なら手助けした者が訴えられるから)と言う新常識?がすっかり定着し心ある国民を嘆かせていると言いますが、日本においても先日からこんなちょっとした事故に関わるつぶやきが大きな話題を呼んでいるようです。

視覚障害者による「中年女性とのトラブル」つづったツイートに反響(2015年2月25日トピックニュース)

24日、視覚障害者らしきTwitterユーザーの、中年女性とのトラブルをつづったツイートが反響を呼んでいる。

このユーザーは、同日に盲導犬を連れて外出し、「歩きスマホ」の中年女性とぶつかったそう。その後、謝るユーザーを前に、相手の女性はスマートフォンの修理代を請求したうえ、警察沙汰にすることなどを主張したという。
その後、一部始終を目撃していた男性と女性が、このいざこざに割って入ったという。ふたりによれば、中年女性はぶつかる直前に「ニヤニヤしながら」ユーザーの前方に進路変更したというのだ。また、落としたものもスマートフォンではなく、システム手帳だったという。
また、ユーザーがふたりの目撃者と会話している間に、中年女性は立ち去ってしまったそう。ユーザーは「その事実を知らされて私は腹立たしさと悔しさ出て混乱して涙が出てしまった」と心の内を吐露している。

ユーザーは、中年女性がこういった行為の常習者である可能性を危惧し「もしも障害を持っている人がトラブルに巻き込まれていたら、どうか手を貸していただくか、警察を呼ぶなど何かしらのアクションをお願いします」とつづっている。
一連のツイートは、善意のユーザーによってまとめられ、拡散している。25日現在で、まとめツイートは6,700以上リツイートされ、波紋を呼んでいる。

書き込み内容の詳細は元記事の方も参照頂きたいと思うのですが、当然ながらネット上では様々な意見が噴出していて、「そもそも歩きスマホは禁止すべき」と言ったものから「単なる創作では?」と言ったものまで多種多様の見解が飛び交っているようですが、視覚障害者絡みと言えば昨年9月にも埼玉で盲学校生徒の関わった事件が大いに話題になったところですよね。
視覚障害者と健常者との物理的接触による事故については実生活でもたびたび起こっているのでしょうが、過去には実際に裁判沙汰になったケースもあるようで、平成10年には駅の券売機前に立っていた人に後ろから視覚障害者がぶつかり転倒した相手が重症を負ったことから裁判沙汰になったケースがあり、結局ぶつかったのが確かに被告であったかどうかはっきりしないと請求棄却になったようです。
もちろんそうしたリスクもあることから周囲のみならず当の視覚障害者の側も注意をしていただきたいとして、今回の事件で全てが書き込みの通りであったとすれば当然ながら気になるのが、どうやら相手の女性が故意にぶつかった上に嘘をついてまでお金を巻き上げようとしたらしいと言う点だと思うのですが、実は昨今あちらこちらで当たり屋問題が噴出しているようなのですね。

チャリ通勤ブームで大量出没中!自転車「当たり屋」悪らつ実態(2014年12月18日日刊大衆)

自動車に自らの体をわざとぶつけ、法外な金を要求する当たり屋。だが最近、自動車ではなく、自転車に対する当たり屋が急増しているという。なぜか?
「現在、多くの車に車載カメラが搭載されるようになり、当たり屋たちの"演技"が映像に残り、バレるケースが出始めた。そこで、連中が目をつけたのが自転車というわけです」(警察関係者)

その背景には、近年、通勤に自転車を利用する"チャリ通族"の増加がある。
「戦後復興の象徴的存在だった1950年代の第1次ブーム、64年の東京オリンピック前後に起きた第2次ブーム、それらに次ぐブームです」(情報誌記者)
運動不足解消や通勤代を浮かせる金銭的な理由で、自転車通勤をする人も多いが、それに加え、
「東日本大震災も大きなきっかけとなりました。電気を使わない乗り物を利用したいエコ派の増加に加え、交通機関の麻痺を経験したことで、自転車を利用する人が増えたんです」(前同)
自転車の保有台数も、一貫して増加傾向にある。
「08年に国土交通省が発表した数字は約8700万台で、自動車よりも1000万台も多い。しかも現在は、それ以上に自転車が増えていると言われ、犯罪者たちはそれを標的にしているようです」(全国紙記者)

では、その手口とは?
「警察庁の調べでは、自転車関連の事故は、〈出合い頭の衝突〉が全体の53%を占めています。その衝突を期待して、曲がり角や細い路地に待機したり、なかには、子どもや老人を使って、通りかかった自転車にわざと接触させて、"示談"と称して大金を巻き上げるケースが目立ちます」(前同)
また最近は、禁止されているスマホや携帯電話を操作しながら、または音楽を聴きながら自転車に乗る人を標的にするケースも。
「自転車側に非があるうえに、当たり屋という証明がほぼ不可能。格好の"餌食"だよ」(事情通)
また、車と違い、自転車は専門の保険に入っている人がほとんどいないのを、逆手に取るのも特徴だ。
「"警察に連れて行かない代わりに、今、ここで病院代を払えば、勘弁してやる"と脅かされれば、保険に入っていない人は、つい支払ってしまう。また自転車の場合、女性や子どもが"加害者"となってしまうケースも多く、事故を大ごとにしたくない"弱み"につけ込まれることも多いといいます」(前出・警察関係者)
細い道や曲がり角には、くれぐれもご注意を!

自転車と言えば近年例の車道走行義務化に伴って自動車との衝突事故が頻発していると話題になっていますが、あれも元をただせば高度成長期を通じて日本社会にも車があふれ、車と自転車との衝突事故が多発するようになった結果昭和45年に自転車は歩道を走っても良いと道交法を改正したものを、歩行者と自転車との事故が社会問題化した結果再び元に戻したと言う経緯があるわけです。
単純に速度差や速度の大きさが衝突時の障害度に大きく影響すると考えれば、どう考えても自転車対歩行者の事故よりも自転車対自動車の事故の方が危険性が大きいだろうと思うのですが、その背景にあるのは自転車と歩行者であればどちらも無保険だが、車が関わる事故であれば保険が使えると言う非常に現実的な判断があったとも言いますね。
実際に歩行者を死亡させた自転車側に何千万円と言う巨額賠償金が課せられたと言う話を聞けば無保険で払えるものではないだろうし、ましてこうした巨額賠償金を命じられるケースでは乗り手が無謀運転をしていた未成年者である場合も多いと聞けば一気に家庭崩壊の恐れも出てくるわけで、安全性を取るか事後対応を優先するかの判断は難しいものがありそうです。
今回の記事にもあるように自転車乗りの多くが無保険であることが相手につけ込まれる元になっていると言うことですが、当然ながら自転車乗りの全員が運転免許所持者と同様の交通法規の知識を持っているわけでもないでしょうから、場合によっては運転手なら誰でも経験的に知っている事故後対応の常識を知らないが故につけ込まれる隙が生まれている部分もありそうですよね。

いずれにしても事故そのものはどのような理由であっても避けるべきものであるのは当然で、一部に見られるような無謀運転であるとかスマホを操作しながらの片手運転、あるいは雨天時の傘差し運転が忌避されるべきなのは当たり前のことなのですが、実のところそうした当たり前のことをきちんと教育されてから自転車に乗っている人間と言うのは決して多くはないだろうし、実践している人間はさらに少なそうには感じます。
車を運転した経験があればある程度走行時の優先順位であるとか、車がどのようなことを考えて走っているかと言ったことにも考えが及びやすいと思うのですが、小児や高齢者など車の運転と縁遠い人々に対してどのような教育を行っていくのが良いのかは今後の課題で、場合によっては自転車目線だけでなく車目線でも状況を判断できるようにドライブシミュレーター等を活用することも考えてもいいのかも知れませんね。
ただ車の時代から当たり屋なるものが世の中に少なからずいたことは事実だし、昨今の車はオプションでドライブレコーダーが設定されていると言うのもそれだけ利用する機会が多いと言うことなのでしょうから、やはりごめんなさい気をつけますで済むものでなく病院にかかったりお金のやり取りをしなければならないような事故であれば、自動車事故と同様に必ず真っ先に警察に届け出ると言う対応が推奨されるようです。

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2015年2月27日 (金)

医師と看護師、その対立と協働のバランス

いわゆる新臨床研修制度が発足して以来、研修医の地位向上に伴ってかつてのように「レジデントは奴隷。研修医は人以下」と言った扱いはさすがに減っているんじゃないかと思いますが、とりわけ若手医師時代には誰しも一度はこういうことを経験しているのだろうなと思う記事が先日出ていました。

66%の医師が看護師との“バトル”を経験(2015年2月23日日経メディカル)より抜粋

 円滑なチーム医療の遂行に欠かせない、医師と看護師の連携。だが現実には、コミュニケーション不足などが原因で、職種間での意見の食い違いや認識のズレが生じることがある。そこで今回の「医師1000人に聞きました」では、日経メディカルOnlineの医師会員を対象に、臨床現場における看護師との言い争いなど“衝突(バトル)”についてのエピソードを尋ねた。
 調査期間中に回答した医師2634人のうち、66%が看護師との衝突の経験が「ある」と回答した(図1左)。衝突の頻度について尋ねたところ、約半数は「かつてあったが、ここ数年はない」と答えたものの、残りの半数は、「数カ月に1回くらい」(24%)、「年に1回くらい」(20%)と回答(図1右)。「日常的に衝突している」医師も7%いた。
 “衝突”の内容については、「病棟や外来の業務に関すること」が約6割と最も多く、「患者の治療方針に関すること」(39.6%)、「患者・家族とのコミュニケーションに関すること」(25.6%)が続いた(図2)。

 調査の中では、「これまでの衝突(バトル)の中で印象的だった経験」について自由記載を求めた。すると、図2の結果を裏付けるように、点滴などの治療や処置業務の役割分担を巡るエピソードが多く寄せられた。「今日は、検体を誰が運ぶかでもめた」(30歳代女性、一般内科)、「看護師にしてほしいケアがあったが、『人手がないからできない、医師がしてくれ』と言われた」(30歳代女性、小児科)といった日常業務の押し付け合いから、「プリンペランの側管注を『看護師業務ではない』と拒否され、本当にうんざりした」(40歳代男性、脳神経外科)、「『ここまでの範囲はやると看護部で決めた、それ以外のことは医師でやってくれ』と、勝手に業務の線引きの決定事項を突き付けられた」(30歳代男性、脳神経外科)といった、看護師の「診療の補助業務」に対する認識の違いまで、バトルの中身は多彩だった。

 医師の指示にまつわるエピソードも多かった。「指示をきちんと書いたのに見落とされ、『書き方が悪い』と看護師に逆切れされた」(20歳代女性、代謝・内分泌内科)といった記載内容に関することのほか、「『指示を出す時間が遅い』と言われ、自分で点滴など準備するように言われ、怒った」(40歳代女性、一般内科)、「薬の投与時間を病棟の都合で変更させられた」(20歳代男性、救急科)、「回診の時間が不規則で、『時間外の指示受けが多い』とよく文句を言われる」(50歳代男性、一般外科)など。オーダーを出すタイミングについても、人手の多い日中に業務をこなしたい看護師サイドと、日中は外来や手術のためオーダーが出せない医師との間で、もめごとの“種”になっている様子が伺えた。「できない理由ばかりあげてくる。できないのであれば、できるようにするために何を改善すべきか提案してほしい。建設的な意見がほしい」。40歳代の内科系診療科の男性医師は、こう訴える。
(略)
看護師をリスペクトする声も
 一方、「後で冷静になって考えると、看護師の考えにも一理あるかなと後悔することが多い」(40歳代男性、一般外科)という反省も。「プライマリーナースが患者の状態を真剣に心配し、家族構成などの社会的背景まで考慮して治療方針に対する異議を上申してきた時。熱意に頭が下がった」(30歳代男性、一般内科)、「時々看護師から貴重な意見をもらうことがある。やはり患者を一番みているのは看護師である」(50歳代男性、神経内科)というリスペクトのほか、「しっかり情報共有を図ることが大切。患者の改善のためには、時に衝突することもありだと思う」(30歳代男性、精神科)といった前向きな意見も寄せられた。
(略)

記事後段に示された詳細な実例報告に関してはまさに諸先生方におかれましても「あるある」の連続ではないかと思いますが、しかしこうした経験をどのような病院で得たのかと言う点に関しても調査を行ってみると面白かったかも知れませんね。
古典的な医療現場においては医師と看護師の関係は縦の関係であって、軍隊で言う士官と兵卒のような命令を発する者とそれを受ける者と言う上下の位置にあるかのように受け取られがちですが、これもあくまでも相対的な力関係が大きいのは古参下士官の方が新米士官より実際には偉いと言うのと同じで、特に大学や国公立病院では医師の立場はひどく抑圧されたものになりがちでした。
もちろん現代のチーム医療においては始めから各職種は平等対等に協力して医療に従事するメンバーであると言う建前であって、医師が看護師を顎で使うと言うこともなければ看護師が研修医を酷使すると言うこともないはずですけれども、これまた実際にはその場その場の関係においてどのようなことも起こり得ると言うことですよね。

記事にもあるように理想的には相互にリスペクトしながら効率的に仕事をこなしていくのがいいのでしょうが、一つには多忙な職場ほど各職種共にキャパシティーを超えた仕事をせざるを得なくなっている、そして医療の高度化に伴い仕事量は増える一方ですから、それは毎日深夜まで残業超勤の連続でこれ以上仕事を増やしたくないと誰しも予防線を張りたくなるのは当然かも知れません。
一方で多くの先生方が怒りと共に語っているように、特に大学病院の看護師などは「あれは看護師ではなく茄子。仕事は看護研究(笑」と揶揄されるような状況にあった(あるいは、ある)ことも事実ですが、これまた医師の側でも大学病院と言えばどこにも行き場がないアレな医師の最後のたまり場と言う説もありますから、案外先方から見れば立場の違いだけで状況は似たようなものなのかも知れません。
この点で看護師が医師の領分にまで手を出すとも言われるナースプラクティショナー、特定看護師と言ったものが臨床現場に出てくるようになると、今以上に看護師が大きな顔をし始めるのではないかと懸念される向きもあるやも知れずですが、先日こんな記事が出ていたことを紹介しておきましょう。

研修医とJNP、いいライバル関係に - 東京医療センター松本・菊野両氏に聞く◆Vol.5(2015年2月15日医療維新)より抜粋

――医師やJNPでない看護師さんは、JNPをどう受け止めておられるのでしょうか。

菊野 職場に入ってくるまでは、私たちも実際にそうだったのですが、皆、非常に懐疑的、批判的な目で見ていました。初期研修医は、「パイが減る」ことを懸念していた。「JNPが入ってくることにより、自分たちがやれる中心静脈穿刺や気管挿管の数が減るかもしれない」と考えていたわけです。
 しかし、実際には指導者としては、先ほども言ったように、初期研修医の代わりに、JNPにやらせるわけではなく、JNPでも「まだ無理」と判断した場合には、やらせません。それは研修医の場合も同じことです。
 初期研修医にとっては、同じ現場で同じ業務をJNPとやっていくと、「医学部6年間で学んだものとは、違う能力を持った医療者が隣にいる」ことがすごく勉強になるようです。いろいろ助かることもあり、JNPと初期研修医は今、お互いに刺激し合って、いいライバル関係にあるのです。
 またJNPと一緒に働いている職場では、看護師たちはものすごくありがたがっており、いい関係を築いています。JNPはやはり看護師のマインドを持ち続けているため、「自分たちの職場のレベルアップに貢献したい」と常に思っているからです。例えば、救急部門では、医師は患者に張り付き、ほぼリアルタイムで患者の変化を把握しています。これに対して、看護チームは、医師がカルテに書いたものを読んで、医師とディスカッションして、追いつくという形でした。JNPは医師のカンファレンスに参加するなど、いろいろな形で介入し、看護チームに情報を伝えたりしているため、医師と看護師の距離がものすごく縮まっています
(略)
――「看護師に、特定行為などはできるはずがない」という見方があったのですね。

菊野 そうです。アメリカでは、医学部生と看護学部生は今、一緒に基礎医学の講義を受けてから、専門に分かれていく形で、やっていると聞きます。日本の場合、看護大学になっても、ベースにあるのは准看護学校の教育であり、医学部で教えている医学の教育とは違う

――では、来年10月から、看護師の特定行為に関する研修制度がスタートするメリットをどう受け止めておられますか。特定行為を38に限定した方がいいのか、あるいはそれ以外にも広げるべきなのか。

松本 私の意見としては、限定するのは意味がないと考えていますが、JNPたちの立場を守るためには、制度はあった方がいいと思います。制度の立ち上げ時期は、致し方がないでしょう。あと10年くらい経ち、JNPの人数が増え、実力も向上すれば、自然に変わってくると思います。看護師の業務をどこまで認めるか、大いにディスカッションしていただきたい。
菊野 私も全く同じ考えです。看護師の医行為の制限は、「敷地と建物」の関係に似ていると思います。あまりに狭い敷地の中に建物を建てると、いびつな建物、不便な建物しかできない。ある程度の広さは必要と思います。一方、何百坪もの敷地に、10坪の建物を建てても不釣り合い。適度の敷地があれば、それでいいと思う。家を大きくしたいと思った時点で、敷地が広がっていけば十分かなと。
(略)

これまた制度設計に携わるような偉い先生方と、下っ端ぺーぺーの先生方とでは大いに見解は異なる問題なのかも知れませんが、研修医により近い存在としていわばライバル的関係になるとも危惧されたこのNPと言うもの、実際には案外現場では妥当な落としどころが見つかっているようだと言えるのでしょうか。
救急隊の医療行為に関する話でもそうですが、やはり制度としてどうこうと言うよりも個々の個人に対する教育がきちんと行われているかどうかが重要であって、いくら医学部を出て医師免許を持っていようが教育が正しく行われていなければ何をやらしても危なっかしい、任せられないと言うことになるだろうし、きちんと教育さえされていれば別に医師免許がなくても色々な仕事がこなせるようにはなると言うことでしょう。
もちろん医療行為と言うものは唯一日常生活の中で他人に意図的に危害を加えることを合法的に認められた特殊な行為であって、そうであるからこそ法的裏付けのある立場の人間にしか認めないとされてきたわけですが、制度がそうであるから看護師はここから先は一切やってはいけませんと言うやり方は、言ってみれば「それは看護師の仕事ではありませんから」と同じ発想ではありますよね。
NPに限らず医療現場が人手不足であっぷあっぷ言っている中で、コメディカルにあれは駄目これはいけないと権限を縛っておいて全てを下っ端医師に押しつけるよりは、他の職種に分担させられる仕事はなるべくお任せする方向でシステムを調えていった方がいいと思うのですが、そうしたルール作りを決めていく立場の偉い先生方がどれだけ研修医・若手時代の気持ちを覚えているかと言うことも問い直してみるべきなのかも知れません。

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2015年2月26日 (木)

医療事故調「予期しない死亡」の定義は妥当?

長年続いた紆余曲折を経て、いよいよこの10月から医療事故調が始まることになりますけれども、本日まずはこちらの記事から紹介してみましょう。

院内調査での再発防止策の扱いが焦点に- 25日に「医療事故調」検討会(2015年2月24日CBニュース)

厚生労働省は25日、「医療事故調査制度の施行に係る検討会」を開催し、10月にスタートする医療事故調査制度(事故調)の省令や通知などについての取りまとめを目指す。院内調査の報告書に再発防止策を記載すべきかどうかや、報告書を遺族に対し、どのように説明するかなどが最大の焦点となる。制度スタートに向けては、その後に省令案のパブリックコメントの実施や、4月以降には第三者機関となる医療事故調査・支援センター(センター)の申請受け付けも控えているため、日程的にタイトな状況だ。【君塚靖】

同検討会は昨年11月に初会合を開き、25日が6回目となる。医療法で規定する事故調を運用するための省令や通知などをめぐり、毎回論点を絞って議論してきた。事故調では、医療機関は予期しなかった死亡・死産が発生した場合、センターに報告した上で、院内調査をする。このため、省令案では「予期しなかった死亡・死産」を限定する要件を挙げ、制度の趣旨が医療安全であり、個人の責任追及ではないことを明確にするために、院内調査をするに当たっては解釈通知で、その趣旨を再認識させるようにすることで一致している。

一方で、前回の検討会で委員の間の溝の深さが確認されたのが、院内調査の報告書に再発防止策を盛り込むかどうかだ。医療者側委員からは、報告書に記載するのは原因究明した事実のみにすべきで、再発防止策が事実の「評価」にまで及ぶと、後の訴訟などに利用されるなどとして、慎重にすべきとの意見が出ていた。また、再発防止策が個人の責任追及につながることになれば、院内調査での医療従事者などからのヒアリングも困難になるとの懸念も示された。

また、院内調査の結果の遺族への説明方法については、口頭または書面、口頭および書面などと複数案が検討されている。患者代表の委員を中心に、その方法を決めるに当たって、前回検討会で厚労省が示した通知のイメージで、「適切な方法を管理者が判断する」としていたことについて、その前に「遺族の希望にかんがみ」などと付け加えるよう求める意見があった。遺族への説明方法については、再発防止策を遺族に説明するかどうかも関係しているため、併せて議論されることになりそうだ。

記事を見る限りでも未だに様々な問題点が残されていると言うことが判るかと思いますが、特に患者側や司法関係者の一部を中心として早く制度をスタートさせるべきだと言う意見が強いようで、いずれにしても万人が一致する結論が期待出来ない以上はまずやってみてから手直しを考えると言うことになるのは仕方がないのでしょうか。
制度のあり方として「制度の趣旨が医療安全であり、個人の責任追及ではないことを明確にする」ことは当然として、ではその担保を制度実施上どう行っていくかが非常に気になるところなんですが、この点でやはり気になるのが事故調に報告が求められる「予期しなかった死亡」と言う状況の定義付けがどうなるかで、以前から医療従事者を中心にこの言葉が拡大解釈されると大変なことになると言われてきたものです。
ちなみに厚労省の定義によれば予期しない死亡とは「医療従事者から患者などに予期されていることを事前に説明していたと認めたもの」「予期されていることを診療録などに記録していたと認めたもの」「医療従事者などから意見聴取し、予期されていると認めたもの」のいずれにも該当しないものと言うことですが、癌の末期などは概ね予期された死亡だろうとは思うのですが、経過に疑問があれば予期されない死亡ともなり得ますよね。
剖検症例なども臨床的な疑問点を(疑問がなければ解剖する理由もないわけですから)敢えて書き連ねる場合があって、こうした場合に死因が少しでも予想外であったかのように書いていると報告義務との整合性はどうなんだと思うのですが、この辺りの考え方についてこの問題に詳しい井上清成弁護士がこう解説していることを紹介しておきましょう。

事故調は責任追及型でも責任免除型でもない(2015年2月2日医療ガバナンス学会)より抜粋
1.予期しなかった死亡
この1月14日、厚労省で第4回目の「医療事故調査制度の施行に係る検討会」が開かれた。最大の論点とされ先送りされてきた「予期しなかった死亡」の定義が、いよいよ真正面から取り上げられたのである。ところが、意外とあっさりと決着した。
厚労省医政局総務課の法令系の官僚は、最大の懸案であった「予期しなかった」の法的意味につき、あらかじめ十分に整理していたのである。「当該死亡又は死産が予期されていなかったものとして、以下の事項のいずれにも該当しないもの」として、3つのケースを挙げた。

・管理者が、当該医療の提供前に、医療従事者等により、当該患者等に対して、当該死亡又は死産が予期されていることを説明していたと認めたもの
・管理者が、当該医療の提供前に、医療従事者等により、当該死亡又は死産が予期されていることを診療録その他の文書等に記録していたと認めたもの
・管理者が、当該医療の提供に係る医療従事者等からの事情の聴取及び、医療の安全管理のための委員会(当該委員会を開催している場合に限る。)からの意見の聴取を行った上で、当該医療の提供前に、当該医療の提供に係る医療従事者等により、当該死亡又は死産が予期されていると認めたもの

つまり、事前説明、カルテ記載、意見聴取での供述、の3つのうちのいずれかがしっかりとあれば、「予期していた」ものとなり、改正医療法にいう「医療事故」には当たらない、と定義したのである。これは、法的視点で見ると、「医療過誤の呪縛」から解放されて、もっぱら「医療の安全の確保」を目指す法律解釈を採用した、と高く評価できると思う。

2.医療過誤の呪縛からの解放
医療事故調査というと、どうしても医療過誤の調査となってしまい勝ちであった。医療過誤は確かに医療安全と表裏一体のところもあるが、もちろん医療安全のすべてではない。医療過誤を指摘するということは、いわば低い医療安全の所を排除するということを第一次的に意味する。つまり、法的なものを含めてその責任を追及することが主たる結果であった。医療安全の水準を引き上げるという意味はあっても、どうしてもこれは二次的・副次的になり勝ちである。ここ十数年前からの医療不信と相まって、医療事故調の議論は往々にして、医療過誤の責任追及や紛争解決と切り離せなかった。そのため、真正面から、医療安全水準の引上げに向かいにくかったのである。それはいわば「医療過誤の呪縛」とも評しうる現象であった。

ところが、今回の改正医療法に基づく医療事故調では、その責任問題と医療事故調とを切り分けようと試みたのである。「医療過誤の呪縛からの解放」の試みと言ってもよい。象徴的なのは、厚労省ホームページ上の「医療事故調査制度に関するQ&A」であろう。このQ&Aの冒頭の〈参考〉に、WHOドラフトガイドラインを紹介し、「今般の我が国の医療事故調査制度は、同ドラフトガイドライン上の『学習を目的としたシステム』にあたります。」と断言した一文がある。これはまさに、「医療過誤の呪縛からの解放」を宣言し、責任追及と医療安全の切り離しを意図したものであろう。
(略)
4.たとえば予期能力の向上を
たとえば、医療機関が医療行為の先行き・予後のリスクを意識せずに漫然と医療行為を行って患者死亡の結果に至ったならば、「予期しなかった死亡」として「医療事故」と扱われてしまうであろう。このことは、医療機関がシステムの点でも個々の医療従事者の点でも十分にその予期能力を向上させ働かせて、たとえば丁寧なインフォームドコンセントを推進することによって、少なくとも改正医療法上の「医療事故」から適用除外されることを意味する。厚労省の立場からはたとえばこのような視点から全国の医療機関の予期能力の向上を図って「医療安全の総和」を高めようと政策形成している、とも推測しうるように思う。

厚労省の考え方が井上氏の見立て通りであれば医療側の立場とも対立するものではないし、かねて同制度に対して(控えめに言っても)批判的な言説を繰り返してきた井上氏が絶讚と言っていい書き方をしているくらいですから、まずは制度のスタートとしては少なくとも医療現場に大きな悪影響を与えない形になったのではないかと考えたいところでしょうか。
ただ懸念された責任追及と言う点が排除されてくるとなると、やはり制度の本旨である医療安全がきちんと担保されたものになるかどうか医療側にも責任があるとも言え、患者側と医療側とが共に前向きに医療の向上に協力し合えるような制度になれれば理想的ではあるのですが、この点で特に患者側の感情に大きな影響を与えることになりそうなのが報告書の内容ですよね。
少しばかり気になるのが例えば先の震災時に大きな被害を出した大川小津波被害の事例を巡って文科省が検証を行っているのですが、もちろん個人責任追及と言った不毛の方向に話が進んでは事故の教訓も十分くみ出せないと言うことになるとは言え、遺族感情云々を抜きにしても教訓としてもあまりに実効性が疑問視されそうな当たり障りの無い?内容に終始していたと批判されていることが気になります。
産科の無過失補償制度なども様々な意見があるとは言え、今のところ関係者一同「これなら医療安全性向上にも大いに貢献する」と絶讚するような報告書が続々出ていると言う話もあまり聞きませんから、どうも調査と教訓拾い上げのシステムがうまく回っていないんじゃないかと言う印象も受けるのですが、この辺りは先の大戦などにおいても日本の弱点として見られたところでもありますよね。

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2015年2月25日 (水)

大学教育の現状が問われています

近年歯学部や法科大学院と言った将来的に専門資格取得を目指す学部において、卒業しても国家資格を取得出来ないと言ういわゆる「授業料詐欺」が問題になっていますが、その根本原因としてあまりに学生の定員を増やしすぎ学力の落ちる学生まで入学させていると言うことも挙げられていますよね。
以前にも歯学部定員を増やしすぎて各地の大学で定員割れを起こしている、そして卒業後もコンビニよりも多いと言うほどの歯科乱立で過当競争になりワープア化が著しいと言った状況を紹介しましたけれども、大学側としては相応の学生数も確保しなければ経営が成り立たない理屈ですから、歯学部ばかりではなく大学全入時代と言われる現代では各地の大学で質的低下が顕在化しているようです。

中学生もビックリ!大学授業のレベルの低さ 文科省に名指しされた大学側の言い分とは(2015年2月23日J-CASTニュース)

  「大学教育水準とは見受けられない」「学士課程に相応しい授業内容となるよう見直す」――。文部科学省が大学の新設学部、学科を対象に行った調査報告に厳しい文言が並んだ
   指摘を受けた各校のシラバスを見ると、be動詞や分数表現など中学で学習する内容が英語や数学の基礎科目の学習内容として書かれており、文科省からは早急に是正するよう求められている。

「大学教育水準とは見受けられない授業科目がある」

   2015年2月19日、文科省が発表した「設置計画履行状況等調査」は、大学や短大がこの4年前後で新たに申請、開設した学部や学科などが適切に行われているかを調べたものだ。教員不足や定員確保の努力不足、さらに授業のレベルについて指摘している。
   対象となった502校のうち、授業のレベルに関して指摘を受けたのは千葉科学大(千葉県銚子市)、つくば国際大(茨城県土浦市)、東京福祉大(東京都豊島区)の3校だ。千葉科学大とつくば国際大は一部基礎科目の授業について「大学教育水準とは見受けられない授業科目がある」、東京福祉大は留学生向けの科目に日本語学校と同等の授業があるとして「学士(教育学)を授与するにふさわしい教育課程となっているかどうかについて疑義がある」などと指摘され、「是正意見」を受けた。

   千葉科学大危機管理学部のシラバスを見ると、「英語I」ではbe動詞や一般動詞過去形など「英文法の基礎を確認した上で、英語で書かれた文章を読み解くトレーニングを行う」、「基礎数学」では分数表現や不等式、比例・反比例など、中学で学習する内容が授業計画として記されている。
   つくば国際大も同様で、医療保健学部の物理や化学、生物の基礎授業について「大学教育の質の担保の観点から、学士課程に相応しい授業内容となるよう見直すか、正規外授業のリメディアル教育(補修)で補完すること」と指摘された。

   文科省大学設置室によると、調査は大学側への意見聴取やシラバスの精査、学生へのインタビューをもとに評価を行った。「是正意見」を受けた各校には「早急な是正を求め、改善状況報告を提出してもらう」としている。今回の評価によって認可されている申請の取り消しは行わないが、今後1段階上の「警告」を繰り返し受けた大学には新設申請を認めないなどの処置を行う可能性があるという。

まあしかし学力選抜が絶対的評価ではなく相対的評価である以上、優秀な学生に選ばれない大学ではそれこそ名前さえ書ければ入学出来ると言ったレベルの学生が集まることもやむなしだと思いますが、教養学部であればまだしも歯学部で通分や二次方程式から教えているなどと聞くと、はたして大丈夫なのだろうか?と不安に感じるのも人情ですよね。
大学側としては選抜試験ですからもちろん最低限の学力水準は多くの大学で考慮されているのでしょうが、授業料収入に頼る私学で志願者数が定員の半分以下などと言うことになれば当然経営上も原則全員合格に近くはなるのだろうし、逆に学生側の言い分としても倍率が低くて狙い目だと思ったのに落とされたのでは文句を言いたくなるのかも知れません。
この辺りはそもそも高等教育と言うものの意味づけをどう考えるかにも関係していると思いますが、大学に通ったことが就職資格における当たり前の要件視されると言うのならその質や内容も本来問われるべきなのだろうし、失礼ながら卒業したと言う以上の価値はない大学に奨学金と言う名の学生ローンを組んでまで進学する意味がどこまであるのかと言う検証も必要になるのだろうと思いますね。
ただ国としてもこうした状況に一応の憂慮を示している格好で、先日私学の定員数を抑制していく方針であると言う記事が出ていたのですが、その内容を見ていると必ずしも学生の質的低下を憂慮し云々と言うだけではなさそうだと言う思惑が見えてきます。

<3大都市圏>私大の学生数抑制へ 文科省、定員超過厳格化(2015年2月22日毎日新聞)

 文部科学省は、首都圏など大都市部にある私立大学の学生数を抑制する方針を決めた。入学定員を超えた入学者の割合(定員超過率)を厳しくする。現在、定員8000人以上の大規模大学の場合、定員の120%以上なら私学助成金を交付しないが、これを110~107%まで減らす方針だ。大都市への学生集中を抑制し、地方からの学生流出に歯止めをかける「地方創生」の一環。定員8000人未満の私立大も、現行の130%から120%へ引き下げる。私立大は授業料収入減につながりかねず、反発も予想される。【三木陽介、坂口雄亮、澤圭一郎】

 対象となるのは、首都圏(東京都、埼玉、千葉、神奈川)▽関西圏(京都、大阪、兵庫)▽中部圏(愛知県)の私立大。2014年度の私大入学者は、首都圏20万4287人▽関西圏7万6677人▽中部圏2万9206人。この3大都市圏で計約31万人に上り、全私立大の入学者の65%、国公私立合わせた入学者のおよそ半数を占める。
 このうち入学定員を超過した人数は、3大都市圏で計約3万3000人。規模別では定員1000人以上の大学に集中している。私立大側は財政を安定させるためにもできるだけ学生を受け入れたいのが本音で「定員超過している大学は基準ぎりぎりまで学生を取っている」(大学関係者)のが現状という。
 日本私立学校振興・共済事業団によると、定員の110%以上の学生がいる大学は全国で約170校あるという。文科省の調べでは、3大都市圏で定員の110%以上の学生数は約2万6000人で、新基準が適用されると、現在の超過人数の多くが不交付対象になるとみられる。

 文科省の方針について、関西圏の大規模私大の担当者は「財政を直撃するだけに深刻だ」と話す。大学財政の根幹は学費収入だ。
 一方、東北地方の私立大幹部は「定員割れしている地方大には一定の効果はある。学生は増えるのではないか」と見る。四国の私立大関係者も「ありがたい話」と歓迎。ただ「それで受験生が地方大を向くかというと、そう単純な話でもないと思う」とも指摘する。

 政府の地方創生総合戦略は今後、大都市圏への集中を解消し、地方の学生が自分の住む県の大学に進学する割合を2020年までに36%(13年度は33%)に引き上げる目標を掲げる。国立大の定員超過率も現行の110%から引き下げを検討する。
 私立大全体を見ると、46%が定員割れ(14年度)状態で、都市部集中が進んでいる状況だ。解消には入学者抑制と同時に、地方大学の機能強化と地方の雇用創出も必要だとして、文科省は地方大学への支援策を来年度から強化。都道府県単位で複数の地方大学が地元の自治体や企業と連携して雇用創出など地元定着率を上げる計画に対し5年間支援する補助事業も始める。

 ◇地方有利な条件必要

 大学の入学定員は国が教育環境上「適正」とする標準規模だ。本来、超過は許されない。それでも一定の幅で認めるのは、受験生が他大学にどの程度流れるかを見極めるのが難しいことや入学後に中退する学生が出ることから、大学は多めに合格者を出さざるを得ないからだ。
 大都市圏の大規模大学の中には、推薦入試などで「入学者数を調整することができる」(大学関係者)ことを利用し、基準ぎりぎりまで学生を受け入れているところも少なくない。授業料など学費収入を増やすための経営戦略でもある。
 定員超過率を厳格化すれば、定員自体を増やす大学や、助成金不交付を覚悟で多めに入学者を取る大学が出る可能性もある。地方創生を狙うのであれば、定員の基準や助成金の交付条件を地方大学に有利になるよう見直したり、大学の地方移転を財政支援する仕組みも必要だろう。【三木陽介】
(略)

ここで注目したいのは学生の定員を削減する対象が全国一律と言うわけではなく、大都市圏から優先的に削っていく方針であると言う点なのですが、昨今では地方創生と言う話が国策としても推進されている中で単に地元に大学と言う選択枝を残すと言うだけではなく、特に地方の小さな自治体にとっては経済効果や税収など様々な面で大学が存在することの意味はありそうですよね。
一方で田舎の一流大学より都会の二流大学と言う声も根強くあるように大都市圏にあるだけで就職時の知名度等でも有利なのだろうし、学生にとってもどうせモラトリアムを満喫するなら田舎町よりも都会の方が楽しいと言うこともあるでしょうから、一般論として言えば都会の大学の方が競争率も高くなり学生の質も地方よりは優れたものになりそうですから、地方から定員を削るべきと言う考え方もあるはずです。
元より優秀な学生が集まり入学辞退者が出ないような大学は定員通りに入学させているとすれば、過大な入学者を出している大学にペナルティーをと言う話にも一定の意味がありそうですが、あまりにレベルが低すぎて定員割れしているような大学にあぶれた学生が流入せざるを得ないともなれば本末転倒な話で、どうも政策的な学生の地方誘導と言う面を最優先で組み立てられた話のような気がしないでもないでしょうか。
本来的に大学は自分の進路に有利なように選択するものだとすると、単に地方に学生を誘導するだけでは進路選択の機会を奪うことにもなりかねないだろうし、むしろ優秀な学生ほど競争率の高くなった都市部の大学に集中すると言うことにもなりかねませんから、単純に定員超過率だけで評価するのではなくもう少し別の基準もあった方がより実のある政策になるのかも知れませんね。

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2015年2月24日 (火)

上小阿仁村に新たな伝説の一ページ?

未だに寒い時期が続きますけれども、この冬の季節には全国各地でこんな話が出ているのをご存知でしょうか。

滋賀で「雪かきしてくれませんか?」…除雪ボランティアの登録制度が創設(2015年1月22日産経新聞)

 滋賀県内山間部の豪雪地域で高齢者世帯の除雪作業を手伝うボランティアの登録制度を、同県災害ボランティアセンターが創設した。個人や団体の登録を受け付けている。

 少子高齢化が進む高島市や米原市など県北部の山あいでは、豪雪に見舞われると除雪に当たる自治体も人手が不足しがちになる一方、高齢者だけで除雪をおこなうことに対しては危険性も高い。こうした状況を受け、同センターは要請に応じて出動できるボランティアを県内外から募集することにした。

 ボランティアは、豪雪時に自力で除雪が困難な世帯で除雪作業を手伝う。普段は、同センターの講習会に参加して除雪技術を高めたり、地域行事に参加して地元住民と交流したりする。
(略)

ぶち熱く雪かきします隊員募集、安芸太田の豪雪地帯で(2014年12月28日食べタインジャー)

安芸太田町観光協会が、2015年1月25日に実施する雪国豪雪体験プログラム「ぶち熱く雪かきします隊」を募集している。
安芸太田町(広島県山県郡)は西中国山地国定公園の中央にある自然豊かな町。山登りやスキーなどアウトドアが楽しめる地として知られていますが、

    人口:7000人弱(県内最少)
    人口減少率:中国地方ワースト
    高齢化率:47%(県内最高)

という現状もあり、高齢化が進む地区の住民にとっては冬の「雪かき」が悩みの種となっていた。
そんな雪に悩まされている方の対策として安芸太田町観光協会は「雪国豪雪体験プログラム」という雪かきツアーを数年前からスタート。参加者は大半がリピーターで今年で4回目となるという。

雪国体験プログラムツアーの内容

安芸太田町が募集している「ぶち熱く雪かきします隊員」の雪国体験プログラムは

・スコップによる雪かき体験(1時間半)
・「雪かきマシーン」講習など(1時間半)
・地域住民との交流会
・昼食にはお弁当と松原地区名物の美味しい「具だくさん味噌汁」を用意
・温泉入浴
・地域の方からの手づくりプレゼント贈呈

などがセットになったもの。参加はスキーやスノーボードの際に着用するような防寒着を着用の上、手袋やタオル、長靴・帽子・着替えなどを持参
参加費は5000円(バス代・昼食代、保険代、雪かき道具代、温泉入浴料)。定員は20名で募集受付は2015年1月18日17時まで。詳細お問い合わせは安芸太田観光協会(0826-28-1800)まで。
(略)

ちなみに記事にある滋賀県なども以前から自力での除雪作業が困難な高齢者世帯などに除雪費用を補助する制度があり、当然ながら本来であれば第三者にお金を払ってやっていただく作業であるのですが、昨今ではボランティアと称してただ働きをさせる、あるいは安芸太田町のようにむしろお金を取って働かせると言う奇妙な風習が広がってきているようで、全国的にもたびたび話題になっています。
以前には日本一の豪雪地帯と言う新潟県十日町市での雪かきボランティア募集条件があまりに酷すぎると言う話もありましたが、「広島県過疎三冠王」の異名を取る安芸太田町などは財政支出削減を錦の御旗に「ケチケチ作戦」を展開中で人件費や補助金を削減中だと言いますから、全国からその精神に共感した方々がお金を落としてくれるのであれば大いに助かるのではないかと思いますね。
いずれにしても本来なら日当を払ってやってもらう仕事をお金を取ってやらせてあげると言うのですから、こういう地域からは働き盛りの人間がどんどん減っていくのは仕方がないことなんだろうなとは思うのですが、それではお金を払えば何をしてもいいのか?と言えば必ずしもそうではないはずで、全国で最も有名な過疎の村と言ってもいいあの秋田県は上小阿仁村ではこんなニュースが出ているようです。

地域おこし協力隊員の雇用打ち切り 秋田・上小阿仁村(2015年2月20日朝日新聞)

 高齢者が多い秋田県上小阿仁村の八木沢集落で、昨年4月から集落支援にあたる「地域おこし協力隊」の男性(49)に対し、同村は新年度の雇用を延長しないと通告したことが、18日わかった。村内で活動する20代の女性隊員は年度内で離任する意向を示しており、村は3月中に複数の地域おこし協力隊員を募集する方針だ。

 同村総務課の小林隆課長は「住民から男性隊員の契約延長を望む声がなかった。トラブルがあったわけではないが、住民とうまく打ち解け合えなかったようだ。集落支援は必要なので、4月に間に合うように再募集したい」と話す。

 男性は名古屋市出身で、赴任前は青年海外協力隊に参加したり、アルバイトをしながら陶芸活動をしたりしていた。八木沢集落では住民の通院介助や除雪の手伝いなどをしていた。男性は「3年間働くつもりだったが、『更新できない』と言われれば仕方ない」と話した。村からの通告後、仕事を探し、九州で再就職が内定したという。

ちなみに今さら言うまでもないほど逸話が多いこの上小阿仁村と言えば医師が次々と辞めていく不思議な村だと全国的にもたびたび取り上げられてきましたけれども、もう一つ以前から話題になっていたのがこの「地域おこし協力隊」なる制度で、以前からネット上では「僻地自治体が奴隷公募?!」などと話題になっていたものですよね。
興味深いことにこんな制度であってもちゃんと募集が来ていると言うのですから世の中広いものだなと思いますが、応募をかければ人は集まるとなれば当然さらなる欲も出てくると言うことなのでしょう、次はもっと良い人が来るかも知れないから契約を打ち切ってしまえと言う考えに至るのもまあ、当事者目線で考えれば理解出来ない話でもありません。
当然ながら世間では「医者を次々追い出す村が今度は奴隷も追い出した」などと散々な評判ですが、過去には同隊に所属し任期を無事満了し離村した元隊員がその後また呼び戻され再契約したと言うケースもあったようで、その話を聞く限りでは大多数の村民はごく普通に外部の人間とも接していると言う話ですから、やはり以前の「医者いじめ」事件の際にも噂されたように一部に難しい村民がいらっしゃると言うことなのかも知れません。
ただこの辺りは往年の僻地自治体病院の「医者など毎年医局から送られてくるのだから、徹底的に使い潰してしまえばいい」と言う感覚とも共通するものなのかなと感じるのですが、そうした僻地自治体病院がその後どのような運命を辿ったかを見るにつけ、上小阿仁村の将来に幸多からんことを陰ながら願うしかないところですよね。

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2015年2月23日 (月)

東京女子医大プロポフォール死亡事故、刑事告訴へ

東京女子医大のICUで小児にプロポフォールが大量投与されていた死亡事件で、亡くなった男児の親が医師らを刑事告訴したことが報じられていますけれども、医学的な事実関係については今後の検証に委ねるとして、報道を見ていて気になったのが今の時代らしい状況がここでも発生しているらしいと言うことです。

東京女子医大病院医療事故 父親「息子は実験で殺された...」(2015年2月19日FNNニュース)

東京女子医大病院で2歳の男の子が死亡した医療事故で、両親が警視庁に告訴状を提出した。
(略)
注射するだけの簡単な手術は、わずか7分で無事終了した。
その後、手術の影響による、のどのむくみが治るまで、ICU(集中治療室)で人工呼吸器をつけることになった。
このとき、体を動かさないよう、投与された鎮静剤がプロポフォール。
集中治療中の子どもには原則使用禁止の薬品だった。
投与された量は、異常なものだった。

病院側の説明会で、父親が「これ140mgとあるんですけど、この子に対して、マックスでいくつまで使えるんですか?」と質問すると、ICU責任者の麻酔科医は「これはですね、(男の子の体重)12kg、40mgです。通常使う量は40mgです。(マックスで使うのは?)マックスで時間あたり。(40mgのところ、140mg使ったんですか?)はい、結果的に使っておりました」と語った。
父親は「異常な量で、大人に使っていい最大量の4倍を超えている。なぜ、そこまで上げる必要があったのか」と語った。
亡くなった男の子は、大量に鎮静薬を投与された。
しかしカルテには、本来あるべき投与を指示した医師のサインはなかった

男の子に投与された鎮静剤の記録。
なぜか大量投与された日の夜に限って、医師のサインがなかった
その日の当直医は、事故後、すぐに海外留学したままで、両親は、いまだに納得のいく説明を受けていない。
いったいなぜ、子どもには原則使ってはならない薬が使われたのか。

FNNは、その疑問を解く鍵となる内部告発文書を入手した。
そこには、「今、適応の拡大を検討している薬も入っていたので、この薬が、死因に関係しているかを明らかにするためにも、病理解剖をお願いしたい」と記されていた。
男の子が亡くなった直後、遺族に向けられたというICU責任者による発言。
しかし、当のICU責任者は、遺族に面会したことも、解剖を持ちかけたことも否定している。

ところが、男の子の父親が、当時撮影していたビデオには、そのICUの責任者の姿と発言が残されていた
当時のビデオで、ICU責任者の麻酔科医は「こういう立場で、病院側が解剖させてくださいというと、酷なことだと、われわれも重々存じ上げているが、われわれが使った薬の中に、薬の試験の完璧な試験ではない。麻酔の病名に関しては、非常に少ない確率で合わない方がいる。もしも、そういう薬であったならば、非常に危険なことになるので、そういうことを含めてお話ししている」と語っていた。
両親は、一連の記録の内容などから、本来禁止されている薬が、その適応範囲の拡大を検討するデータ収集目的で投与された疑いがあるとして、今回の刑事告訴に踏み切った。
両親側の弁護士、貞友義典弁護士は「(治療ではない)何らかの目的を持って、使ってはいけない薬を使う。あるいは、量をたくさん投与することになると、これは、医療とは言えない、傷害罪になる」と語った。
(略)

「麻酔医、危機感が希薄」 2歳死亡、外部調査委 東京女子医大(2015年2月20日朝日新聞)

 東京女子医大病院で昨年2月、麻酔薬プロポフォールの大量投与後に2歳男児が死亡した事故で、外部調査委員会(委員長=飯田英男・元福岡高検検事長)の報告書の内容がわかった。麻酔科医が薬剤のリスクを十分認識せず、容体の異変を見過ごしたとしている。遺族は19日、麻酔科医ら5人について傷害致死容疑の告訴状を警視庁に出した

 報告書によると、麻酔科ナンバー2の准教授は、プロポフォールを集中治療室で人工呼吸中の小児に鎮静のため使用するのは原則禁止と知りながら「切れ味がよい」と男児への投与を決めた。70時間の投与量は成人基準の2・7倍に達し、副作用で死亡した可能性が高いと調査委は認定した。

 また調査委は、複数の麻酔科医が心電図や血液検査の異変を見過ごしたとし、「禁忌薬の長時間・大量投与に対する危機感が希薄だったため」と指摘。異変への評価や対応を診療記録に残さなかったことも「重要な問題」とした。さらに、麻酔科の医師団は調査に「記憶がない」と述べるなど、「真相解明を求める遺族に対し、はなはだ無責任」と厳しく批判した。

 男児の両親は告訴状の提出後に記者会見した。薬剤が使える条件の拡大を検討していたと麻酔科医が発言したとの内部文書もあるとして、「果たして医療行為だったのか。報告書でも疑問は解消されない」と語った。

 岡田芳和病院長は「報告書の指摘を受け止め、再発防止にあたる」との談話を出した。

亡くなられた男児にはお悔やみを申し上げるしかない事故であり、是非とも何故このような結果になったのかと言う検証は行われ問題意識の共有を図るべきだと思いますが、ただ同時に重大な結果になったのだから誰かが罪に問われるべきだと言う責任追求にばかり陥ってしまっても十分な教訓が引き出せなくなるのは、昨今の医療事故調を巡る議論においても危惧されてきたところですよね。
注意すべきなのはプロポフォールを小児に使ってはいけないのではなく、今回のようにICUで人工呼吸管理中の小児に使うのがよろしくないと言う点なのですが、一連の報道を受けて全国で調査したところ同様の状況で使用している施設は小児専門施設の四割にも登るなど、実際の臨床の現場においてはやはり使い慣れた薬が優先される傾向にあるようですし、適応外使用を全て禁止すると患者の不利益も大きいはずです。
調査報告によれば医師も適応外使用になることは知っていたと言うことですが、大量投与に伴うリスクを過少評価し単純にうっかり使ってしまったと言うことなのか、それとも何らかの意図があって敢えて使ったのかは判りませんけれども、いずれにしても適応外使用をする以上普通よりもずっと神経質に副作用チェックをしておくべきだったとは言えるだろうし、その点で大学病院での医療としては至らぬ点はあったと見るべきでしょう。

またここで注目頂きたいのが医療側は守秘義務もあって情報を出せない状況であるのに、患者側は動画を公開するなど一方的に情報を流せるという不均衡が存在していると言う点で、過去の医療紛争においても同様の現象が見られ、最近では静岡の病院で外国人との間で発生したトラブルが公開され大きな話題になっていましたよね。
事の真相なり判断の是非なりはここでは何とも言えませんが、知らない言っていないと言ったことが後で動かぬ証拠と言う形で出てくると世間の心証が非常に悪くなるのは別に医療に限った話でも何でもなく、今回の場合当事者が否定したことがテレビで映像として流されたと言う時点で世間的なイメージは完全に固定化されてしまうことは避けられないでしょう。
本来的には医療側がこの種の紛争に備えてカルテ等に詳細な記録を残しておくことが当たり前で、医療訴訟などにおいてもそうした明確な記載があれば認められると言うケースの方が圧倒的に多いはずなんですが、今回の場合必要な指示医師の署名すら抜け落ちているなどこうした面において規範となるべき大学病院としては、いささかお粗末な状況であったことも明らかになってしまった格好です。
多忙な実臨床の場で手続き的な部分を厳格化し過ぎると大変だ、面倒くさいと言う部分は多々ある一方で、何かトラブルが起これば手続きに抜かりがあった、さらに厳格なルール運用が必要だと言う話になりがちなだけに、今回の事故で一番大きな影響を被るのは同院他部署で真面目に診療に従事してきた方々であるのかも知れませんね。

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2015年2月22日 (日)

今日のぐり:「すし遊館 新倉敷店」

先日一部世界ではバレンタインデーと呼ばれる日があったそうですが、そのことに関係してこんな事件が起きていたことをご存知でしょうか。

「今までもらったことがなかった…」 板チョコ万引の男逮捕(2015年2月14日神戸新聞)

 バレンタインデーの14日、チョコレートを万引したとして、伊丹市に住む無職の男(67)が、窃盗の疑いで伊丹署に現行犯逮捕された。

 逮捕容疑は、伊丹市内のスーパーで、バレンタインチョコの特設コーナーから板チョコ2枚を盗んだ疑い。

 同署によると、男は他の食料品などの会計後、レジ近くにあったコーナーからチョコを取り、上着のポケットに入れたという。

 調べに対し、男は「バレンタインで今までチョコをもらったことがなかったので、欲しかった」と、容疑を認めているという。

ネット上では「全俺が泣いた」と大いに話題になっているようですけれども、罪は罪とはいえ何ともこれはやり切れないニュースでもありますよね。
今日は伊丹市に住む無職の男(67)が一刻も早く罪を正しく償い更正できるようにとの願いを込めて、全世界からそれは仕方がないか…と言うニュースを紹介してみましょう。

落とし物「千円」着服のJR西契約社員を懲戒解雇…「勤務中にスマホ」「改札してない」との訴え相次ぎ面談で発覚(2015年2月17日産経新聞)

 JR西日本は17日、片町線津田駅(大阪府枚方市)に勤務していたグループ会社の男性契約社員(38)が、利用客が拾って届け出た遺失物の現金1千円を着服していたと発表した。グループ会社の「ジェイアール西日本交通サービス」は16日付で男性契約社員を懲戒解雇にした。

 JR西は「金額に関係なく、お客さまが落とされたものに手を付けたことは許されない」として厳しい処分を決めたが、男性契約社員が全額返金していることから刑事告訴は見送る。

 JR西によると、男性契約社員は昨年9月10日、駅の利用客から「1千円が落ちていた」と届けられた現金1千円を着服した。

 男性契約社員は津田駅の窓口や改札業務を担当していたが、同僚の駅員らから「勤務中にスマートフォンでゲームしている」「改札業務をしていない」といった申告が相次いでおり、今月9日、上司の人事課長が男性契約社員の面談を実施。人事課長が「ほかに悪いことはしていないか」と問い詰めたところ、1千円の着服を認め、発覚した。

 男性契約社員は「ばれないと思ってやった。1千円の使い途は覚えていない」と話しているという。

 JR西は「今回の事態を厳粛に受け止め、社内やグループ会社の指導・教育を徹底し、再発防止に努めたい」としている。

まあ労働者の権利保護が叫ばれる時代とは言えこれは仕方ないか…と思うのですが、しかし「ほかに悪いことはしていないか」と問い詰められて白状するとは子供かよ!と突っ込みが入りそうです。
こちら先日「それをやられたら俺でも泣くしかない」と話題になっていた話なんですけれども、まずは記事を紹介してみましょう。

やくざを泣かせた5歳の息子の話(2015年2月13日ブログ記事)

(略)
あれは暑い夏の日のお昼過ぎ・・・
いつものように、2歳の娘を連れて息子の幼稚園へお迎えに行った帰り道。
「アイスクリーム、食べようか?」
暑かったので、三人で駅前のベンチに腰掛けて、アイスクリームを食べることにした。
そんな日常の一場面。
もし、あのやくざが駅の階段を降りて来なければ、ただの忘れ去られた日になっただろう。

その男は、顔に大きな刀傷があり、みるからにやくざだとわかるチンピラ風。
昼間から酒の臭いをプンプンさせていた。
ぐでんぐでんに酔っぱらっていたその男は、私の息子のすぐ横に座った。
男はふっと顔をあげると、座った目で私の息子をじーっと見つめた。
私はドキドキしてきた。
まさかこんな幼い子どもには手を出したりはしないだろうけど、
でも、こんな泥酔状態じゃ、普通の精神状態じゃないだろうし。
どうしよう!
私は心の中でつぶやいた。
なにもなかったように、アイスクリームを食べ続けてはいたが
もう味などわからなかった。

男は5歳の息子の肩に手を置いた。
やばい・・・
どうしよう・・・
へたに席をたったら、何をするかわからないし。
しかし・・・男は凶暴ではなさそうだ。
5歳の息子を相手にくだを巻き始めた。

やくざ
おめえはいいよなあ、まだ子どもだからよ。
わかんねえだろうけどよ。
おれの女がいなくなっちまってよお。

そうりゃあ、わからないにきまってる!
そんなことで子どもをうらやましがるな!
と突っ込みたかったが・・・
どうも男は女にふられたらしかった。
よっぽど惚れていたのだろうか。
それからも、ぐちぐちと女のことを話し続けた。
息子は何を言われているのか、チンプンカンプン。
ただ黙って横でアイスクリームを食べ続けている。
すると、何を想ったのか、やおら男は懐から財布を取り出して千円札を出した。

やくざ
「おめえは、いい子だなあ。
 ほれ、小遣いやるよ」

そういうと、男は息子に千円札を息子に渡したのだ。
話を聴いてくれたカウンセリング料とでもいうのか??
まあ、酔っぱらっている勢いだろうけど・・・
私はヒヤヒヤだった。
息子に返すように言おうか、迷った。
私が、結構です、などと言ったら逆上するかもしれない。
ぴったりつくように、男は息子の横に座っている。
へたなことは言えない。
どうしよう・・・
そう想った時だった。
(略)

何がどうなったのかは元記事を参照頂きたいと思いますが、しかしこれはまあね、この時期花粉症の出やすい人間にはちょっときつい話ですかね…
と言うわけでもう一つ続けて、目から鼻水があふれやすい方々にはきついニュースを紹介してみましょう。

「元カノと同姓同名の人募集」、世界旅行前に破局のカナダ人男性(2014年12月18日ロイター)

[トロント 17日 ロイター] - 彼女と別れたカナダの男性が、別れる前に彼女名義で予約した航空券をそのまま使えるよう、同姓同名の人物をネットで募集したところ、予想外の反響に驚く結果になった。

ジョーダン・アキサニさん(28)は今年5月、交際していたエリザベス・ギャラガーさんと3週間の世界旅行を計画し、イタリア、フランス、インドやタイなどを巡る予定でチケットを予約。ところが、不運にも2人は出発前に破局し、アキサニさんには思い出とギャラガーさん名義の航空券が残された。

名義の変更は面倒だと考えたアキサニさんが、ソーシャルメディアの「レディット」を通じてギャラガーさんと全く同じ名前で、有効なカナダのパスポートを所有する女性を募集したところ、世界中から数千件の問い合わせが殺到。改名してもいいとの申し出も数百件あり、中には男性もいたという。

アキサニさんは電話での面接などを経て、ホームレスのシェルターでボランティアをしている学生のエリザベス・クイン・ギャラガーさん(23)に白羽の矢を立てた。選んだ女性については、「完全にプラトニック。でも、きっと友達にはなれると思う」と話した。

旅程は20日、ニューヨークから開始する。

もちろん様々な実利実益も絡んでの話なんでしょうが、こういう行動に出たくなる気持ちも理解出来ると言う気がしますでしょうか。
以前に大阪で大量の成人向け映像作品が公園に捨てられていたと話題になったことがありますが、その思いがけない真相が明らかになったようです。

公園にアダルトビデオ500本不法投棄の真相 実は、寝たきり知人に代わって捨てた「善意」の行動だった(2014年10月22日J-CASTニュース)

  大阪市西成区の公園に男2人が500本のアダルトビデオを不法投棄した事件は、そのインパクトから「500本?よくそんなに集めたな」「レアな物もありそうな気がする」などと多くの注目を集めた。
   実は、寝たきりの知人に代わって捨てたという、男らの「善意」にもとづく行為だったことが分かった。

「価値のあるものも含まれていたろうに...」と惜しむ声

   事件のあらましは、同市福島区に住む男(70)と岡山県久米郡美咲町の男(40)の2人が、2014年10月17日13時過ぎ、萩之茶屋公園、通称・三角公園に2トントラックで乗り付け、VHSのビデオテープと書籍など計200キロを複数の袋に分けて不法投棄したというものだ。
   現場に居合わせた人から110番通報があり、駆け付けた西成署員が2人の身柄を確保。廃棄物処理法違反の疑いで逮捕した。
   同署によると、押収したVHSのほとんどがアダルトビデオで、その数は500本近くに上った。男らは「置いておけば業者が回収、処分すると思った」などと供述しているという。
   この事件が報じられると、すさまじい量と、VHSという今や「絶滅動物」的な物珍しさからか、

    「相当に価値のあるものも含まれていたろうに...」
    「80年代のヴィンテージAVなら俺にくれって感じ」
    「DVDだったら貰いに行ったんだが」

などとツイッターなどで注目を集めた。また、逮捕された男のうち1人が70歳という高齢で、「この歳でもAV見るんだ~」とからかうような書き込みもあり、これも大いにネット上をにぎわせた。しかし、事情は少し違ったようだ。

ホームレス支援のため、7年前から毎週炊き出しに参加

   現場となった三角公園はあいりん地区と呼ばれる、日雇い労働者やホームレスの多い地域に位置する。お祭りが行われたり、行政への要求を訴えたりする場ともなる、同地区の象徴的な空間だ。
   NPO団体などは彼らを支援するために炊き出しなどを行っていて、70歳の男もこうした団体に所属し、7年ほど前から週に2度、炊き出しに参加していたという。
   不法投棄したVHSは男のコレクションなどではなく、入院して寝たきりの知人の倉庫を整理した際に見つけたものだった。「不要なものなら知人に代わって捨ててあげよう」として、今回の不法投棄に至ったという。
   いわば知人への「善意」「好意」にもとづいて行った行為だったが、そのやり方はあまりにも乱暴だった。廃棄物処理法により、5年以下の懲役または1000万円以下の罰金、その両方に処せられる可能性がある。
   西成署は2人に逃亡の恐れはないとして、釈放。検察が捜査を進めている。大量に投棄されたVHSは同署が証拠品として押収している。

もちろん方法論としては全く間違っていたとしか言えない事件ですが、しかし自分自身に万一のことがあったときにアレをどう処分したものか…と頭を悩ませている方々にとっては決して他人事ではありませんよね。
因果応報という言葉がありますけれども、こちらまあこれは仕方ないかと思える見事な転落ぶりを発揮した男の話題です。

猫をバットで殴った報い? 男が窓から転落し、ゴミ収集車にひかれる。(2015年2月15日テックインサイト)

米マサチューセッツ州で、残虐なやり方で猫に大ケガを負わせた男がこのほど自宅の窓から転落し、ゴミ収集車にひかれて瀕死の重傷を負った。この事故はひょっとしたら…!?

米国で、マサチューセッツ州ニューベッドフォード市に暮らす55歳のマニュエル・エリンナという男の身に起きた事故の話題が注目を集めている。10日昼ごろ、エリンナは自宅のあるナイ通りにゴミ収集車がやってきたことを察した。2階の部屋の窓から身を乗り出して10mほど下の収集車をめがけてゴミを投下しようとし、誤って自分も収集車のすぐ後に転落。不運にも車がそこにバックしたという。

意識がもうろうとしていたためロードアイランドの病院に救急搬送されたエリンナだが、容体は回復傾向にあり、足の骨折は転落によるものと診断された。ニューベッドフォード市警のスティーヴン・ビセンテ警部は、「道路脇に積まれた雪のせいでエリンナは運転手の視界に入らない位置に倒れていた。収集車を罰することはしない」と説明している。

実はエリンナ、事故の犠牲者ではあるものの今月18日に出廷を控えていた被告人の身であった。昨年6月、当時交際中であった女性の家で猫が孫娘の顔をひっかき、エリンナはその猫を金属バットで殴って目を潰すなど大ケガを負わせて逮捕され、動物虐待の罪で起訴されていたのだ。多くの人々がこのたびのエリンナの事故を、“猫の仕返し”と受け止めているもようだ。

ま、これはどのような意味に考えてもやむを得ない結末と言うべきなんでしょうか。
最後に取り上げますのは今や業界の最長老として知られるあのお方ですが、その尽きぬ活力の源泉はこんなところにあったかと全世界が喫驚したと言います。

ベテラン棋士加藤一二三九段が夕食に「カキフライ定食」と「チキンカツ定食」をダブル注文!将棋界に激震が走る(2015年2月13日ガジェット通信)

最近ではテレビのバラエティ番組でもレギュラー出演し、”ひふみん”の愛称でも知られる将棋棋士の加藤一二三九段。実に御年75歳である。
そんな加藤一二三九段が2月12日のC級2組順位戦での対局で、驚くべき”新手”を放った。それが夕食での「カキフライ定食」と「チキンカツ定食」のダブル出前注文であった。この情報が流れた瞬間、将棋ファンの間では「本当に2つ頼んだの?」「食事の量に気をつけてたのでは?」と75歳のベテラン棋士の健啖ぶりに衝撃が走った。
同じ場所で夕食を取っていた藤森四段は

    夕食休憩、鍋焼きうどん食べてたら、近くで加藤先生がカキフライ定食とチキンカツ定食を同時に食べてた。マジでビックリした。

とTwitterでコメントしており、加藤九段が定食を2つ注文し、2つとも食べていたことに間違いはないようだ。

夕食に定食を2つ注文した棋士はあまり前例がなく、このことは観戦記者などの将棋関係者にも衝撃を与えたようだ。
また、囲碁棋士の大橋拓文六段も「囲碁では考えられないボリューム」とTwitterで感想を寄せた。
この日の対局者であった三枚堂四段は対局翌日のTwitterで

    昨日の注文、カキフライ定食「と」と言われた時は、さすがに動揺しました笑改めて今自分は伝説の方と将棋を指していると実感したのは、言うまでもないですね。

とコメントした。
これまでにも対局中に「おやつに板チョコを10枚食べた」「カルピスを魔法瓶に2本作ってきて、あっという間に飲み干した」「山盛りに置かれたみかんの山があっという間に無くなった」といった伝説を残してきた加藤九段。また新しい伝説がここに作られた。

さすが神武以来の天才と言われたひふみんなら仕方がないと納得出来るものですが、しかし水騎士ゲル閣下にしてもやはり現役が長続きされる方は食欲が重要なのでしょうか。
ちなみに牡蠣フライ定食にチキンカツ定食と揚げ物二つともなればそのカロリーは一日の必要量も超えそうな勢いですけれども、やはり将棋と言うものは知力体力をそれだけ総動員しての戦いなんでしょうね。

今日のぐり:「すし遊館 新倉敷店」

岡山県発祥でやや高価格帯に位置するのがこちらのグループですが、その中でもこの新倉敷店は立地の関係もあってか食事時には行列待ちの人気店になっているようです。
基本的には回転寿司の中では比較的寿司屋っぽさを残した品揃えで、デザートはそこそこあるが近ごろの100円系のようにはサイドメニューの選択肢は多くない一方、鮮魚系のネタにはこだわりがあるようですね。

この日もおすすめネタを中心に適当につまんで見たのですが、真っ先に目についたのが豆腐寿司なるもので、こちらの場合肝心の豆腐の味が薄いのでトッピングの味がほとんどなんですが、切る前に昆布出汁につけておくなり豆腐にもう一仕事してみてもいいかも知れませんね。
しめさばはごくわずかに生臭さが残る部分もあるのですがなかなかうまいし、しまあじは食感はさほどでないもののまったりした甘みが楽しめますが、スズキなどは魚に癖がないだけに挟んであるシソの風味が勝った気がします。
この時期の岡山ではありふれているさわらは妙にトロっぽい脂の強さは冬だからでしょうか、ネタはさすがに外れがないんですがこれもスズキ同様シソが挟まれているのは個人的には余計な気がするのですがどうでしょう。
興味深かったのが単にかつおと書いてあった一品で、見た目からしてカツオと言うよりハガツオみたいだなと思ったのですが、食べて見てもうまいのはうまいんですがカツオらしい味とはちょっと違いますよね。
たまたま回っていた鯛皮は相当にでかい鯛なんだろうなと思うのですが、これは皮が厚めなこともあって炙った方がまだしもよさそうに思いました。
レギュラーメニューではこちらの系列でよく食べる辛味噌茄子は試しに回っているのをとってみたんですが、やはりこれは揚げたてでないと駄目なんだなと再認識するしかありません。
あおさ汁はあおさの風味はもっとあってもいいと思いますが、ほぼ唯一の野菜系メニューと言う希少価値があるのと、こういう丸のままの形だとあおさと青海苔との違いもわかりやすくておもしろいですよね。

レスポンスは繁忙期ではやや低下するのは仕方がないでしょうが全般的にはそう悪くはない方で、一部の100円系にあるように回っている皿がないと言う事態は起こらないのですが、ただネタが切れたりするたびに忘れられたかと思うほど待たされることがあるのは気になりますね。
しかしもともとは寿司屋の品揃えってこんなものではあるんですが、近ごろのあれもこれもと何でも揃っていることが一つの売りになっている回転寿司の中では少し異彩を放っている印象で、もちろんこれはこれで営業方針として有りなんだと思うのですが、その分ネタの質には気を遣わないといけないんでしょうね。

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2015年2月21日 (土)

人生の舵取りは早い時期から始まっている

先日こういう記事が出ていたのですが、これもなかなか解釈の余地が多い内容ではないかと思います。

30代後半で派遣先が激減…アラフォー“おひとり様”貧困女子のリアル(2015年2月15日DMMニュース)より抜粋

 貧困とは親世代の貧困、教育の不備などが密接に関係していると言われている。いわゆる「世代間を連鎖する貧困」の理論であり、学歴の低さと貧困の相関性だが、「あながちそうとも言い切れない」と言うのは、広告代理店幹部のK氏だ。
 K氏はナイトワーク全般の求人サイトの運営をしているが、同サイトの登録者の中には、学歴のある女性が貧困から登録してくる者もいるという。
「人妻風俗店などへの入店を希望するのは、30代の女性です。もともと僕自身、4年前まで人妻デリヘルの経営をしていましたが、当時はギャンブル狂、買い物依存症、ホスト狂、元AV嬢や元風俗嬢、シングルマザーと、分かりやすく属性のお金に困った女性が多かったんです。今でもナイトワーク求職者が30代の生活資金難の女性というのは変わらないんですが、最近妙に目立つのが、結婚歴も子どももいない、風俗未経験者。元一般企業の正社員や派遣社員、大卒という属性なんです」
(略)
 愕然とした。これは決して「風俗のカジュアル化」などではない。だが、どうして彼女たちは、ここまで落ち、そしてここから這い上あがれないのか。彼女たちにはいくつかの共通点があった。
 まず彼女たちは、地方出身で大学進学のために上京し、東京で働き続けてきた。実家はあるが、関係性は良好とは言えないし、とても頼れない。地元に戻っても友人も仕事も居場所も期待できない。また、東京にいても孤独で出会いがなく、特に相談できる「同世代・同所得・同性」の友達がいない。
 こうして共通項目を挙げて、ゾッとする。これはどこにでもいる典型的な「ちょっと孤独なアラフォーおひとり様」ではないか? 

 だが、前出・広告代理店幹部のK氏は言う。
「それでも彼女たちは、少なくとも風俗店で面接に通るだけの容姿とコミュ力はあるじゃないですか。今はよく言われるように、風俗店店長の仕事は『面接で落とすのが仕事』って時代です。力にはなってあげたいけど、慈善事業じゃないですから。だいたいそれまで「独り」を選んで、将来設計ミスってきた女でしょ? 貧困、貧困と言いますが、風俗やれるだけ彼女たちはまだ上です」
 だが、果たしてこれは、自己責任か。「おひとり様」の悠々自適なライフスタイルを散々きらびやかに喧伝してきたメディアにも責任があるように思えてならない。
 「アラフォーおひとり様女子の失職」は、隣り合わせの貧困の落とし穴そのものだ。

個々の実例に関しては元記事を参照いただくとして、もちろん個別に見ていけば「ここでこうしておけばまた違っていただろうに」と幾らでも突っ込みどころはあるとは思うのですが、人間人生の全てにおいて理想的な歩みばかりを続けて来られるものではない以上、それを言っても仕方がないのかなと言う気がしないでもないところです。
このような実例がアラフォーおひとり様の実像とどの程度合致しているものなのかは何とも言い難いのですが、シングルライフの良い面もあれば悪い面もあるのは当然だとしても、やはり共通して感じられるのはいざと言う時に頼れる身近な存在が欠如している立場の弱さと言うことで、単純に世帯を同じくする夫婦家族がいれば別な選択をしやすかっただろうと言う気はしますね。
ただいささか極端なケースばかりを取り上げているように見えても、世間的にはかれこれいい歳と言われる年代になっても未だ生活が安定しないと言う状況は男女を問わず同じであるようで、先日はこんな記事が出ていましたけれども、これからの時代高学歴が必ずしも高収入や将来の安定を保証するものではないことを示す一例とも言えるのでしょうか。

奨学金返せず自己破産、40歳フリーター 月収14万円「283万円払えない」(2015年2月10日西日本新聞)

 高校、大学時代に借りた奨学金を返還できないとして、北九州市小倉北区のフリーターの男性(40)が福岡地裁小倉支部で自己破産の手続き開始決定を受けたことが分かった。男性には延滞金を含めて約283万円の返還義務があるが、「奨学金のために消費者金融などで借金しても返せない。そもそも多額の金を貸してくれない」と説明。識者は、非正規雇用などで若者の貧困が拡大すれば、今回のように奨学金返還のみでの自己破産申請が増える可能性を指摘している。

 男性は父親が事業に失敗した影響で、1990年の高校入学時から大学卒業まで日本学生支援機構から無利子の奨学金を借りた。高校時は毎月1万1千円、大学時は同4万1千円で、当初の返還期間は93年12月から2012年9月。多いときで年約16万円を返還する計画だった。
 だが、大学3年時に精神疾患を患ったこともあり、大卒後に就職できず、計9万2千円を支払っただけで滞納。アルバイトをして生計を立てる生活で、返還期間の猶予も受けたが、返せなかったという。昨年8月、返還を求めて機構が提訴。同11月、未返還の奨学金と延滞金の計約283万円の支払いを命じられた。
 男性は現在、二つのアルバイトをしており、収入は手取りで月約14万円。光熱費や家賃、家族への仕送りなどを差し引くと、生活費は2万円ほど。貯金はなく、返還のめども立たないことから、自己破産の申請に踏み切った。開始決定は今月4日で、債権者から異議申し立てなどがなければ4月にも破産が決まる。

 学識者や弁護士などでつくる「奨学金問題対策全国会議」(東京都)によると、奨学金返還のために消費者金融から借金するなどして多重債務に陥り自己破産にいたるケースは以前からあったが、最近は奨学金だけで自己破産するケースが出始めているという。

記事によれば男性は「奨学金返済のため借金しようにも貸してくれない」と言っているそうで、もはや八方ふさがりに近い状況と言うことになるのでしょうが、学生支援機構(旧育英会)によれば奨学金未返還者が2013年時点で10年前の2倍にあたる33万4千人(総額約957億円)に達し、これに伴い同機構が起こした返還訴訟が8年前の実に100倍!にも激増していると言うのですから驚きです。
先日は大学に入っても自分の名前すら書けない学生がいると言うびっくりな記事が出ていましたが、大学生の半数が奨学金を利用していると言っても実際には日本のそれは多くが単なる学生ローンに過ぎず、正直社会人の出発点から多額の借金を背負ってスタートを強いられるほど通う価値のある大学がどれだけあるものか?と言う議論は必要かも知れませんね。
この辺りに関しては以前にも書いたように学生支援機構側でも審査の厳格化を行っていく方針ではあるようですが、低所得者ほど私学に通う比率が高いと言う地域もあって苦しい生活の中から学費を捻出するのは厳しい、公費支援をもっとお願いしたいと要望が出ていると言う話を聞くと、果たして日本の高等教育は支払った代価に見合うだけの見返りを提供出来ているのか?と言う疑問も出てくるところです。


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2015年2月20日 (金)

介護領域での最近の話題

このところ大きなニュースとして取り上げられたのがこちらの事例なんですが、まずは記事から紹介してみましょう。

拘束介護の医療法人に改善勧告 東京都(2015年2月17日NHKニュース)

東京・北区の高齢者向けのマンションで、介護ヘルパーが複数の入居者に対して必要性を十分に検討せず、日常的に体を拘束していたとして、東京都は介護ヘルパーなどを派遣している事業所を運営する医療法人に対し、再発防止を求める改善勧告を行いました。

改善勧告を受けたのは、介護ヘルパーなどを派遣している事業所を運営する東京・北区の医療法人「岩江クリニック」です。
去年11月、北区の高齢者向けマンションで、「入居者に虐待のようなことが行われている」という情報が寄せられ、都は介護ヘルパーや事業所から聞き取りをするなど調査を進めてきました。
その結果、入居する複数の高齢者に対し、ベッドにベルトで固定するなど日常的に体を拘束していたことが確認されたということです。体の拘束が認められるのは、生命の危険があるなど緊急時のやむをえない場合に限られますが、介護ヘルパーは必要性を十分に検討せず、体の拘束を行っていたということです。
このため都は、事業所を運営する医療法人に対し再発防止を求める改善勧告を行いました。
また、北区がこうした行為の一部が「虐待に当たる」と認めたのを受け、都は今後さらに調査を進めることにしています。
(略)

北区の医療法人、高齢者をベッドに拘束 都が改善勧告 (2015年2月17日東京MXニュース)

 東京都はきょう、北区にある高齢者向けのマンションでお年寄りを常にベッドに拘束するなどして介護をしていた介護事業所とそれを指示していたクリニックに対し、処遇改善の勧告を出しました。

 改善勧告を受けたのは北区にある医療法人社団・岩江クリニックとこの医療法人が運営する2つの介護事業所です。東京都によりますと高齢者向けマンションに入居している130人のお年寄りに対して、介護事業所が派遣したヘルパーがクリニックの医師の指示書に従って、常時、部屋をロックして出られないようにしたり、拘束具を使ってお年寄りをベッドに固定したりして介護サービスを提供していたということです。
 要介護度の高いお年寄りを拘束するには厚生労働省が定める厳密な基準を満たすことが必要ですが、派遣されたヘルパーは「医師の指示があれば拘束が許される」と判断していました。

 舛添知事はきょうの会見で「こういうことが許されてはいけない」として強い口調で批判しました。知事は「こういった法の隙間を縫って出てくるような悪質なことに対して、厚生労働省を中心に、全体に網をかけるような法整備が必要ではないか」と述べました。
 東京都はきょう、入居者の処遇改善などを事業者に勧告した上で、来月末までに改善されない場合はその旨を公表し、より強力な業務改善命令などの措置を取る可能性もあるとしています。

この種の高齢者向け住宅の実質的介護施設化は昨今珍しいものではないし、そこで拘束や移動制限等々様々な物理的対応が行われているのも程度の差こそあれ全国共通ではないかと思うのですが、今回の場合無許可施設のような怪しげなものではなく医療法人が行っていたことであって、なおかつ医師の指示を得た上で拘束等が行われていたと言うことが注目すべき点でしょうか。
もちろん拘束が良いか悪いかと言われれば良くはないことなのは言うまでもありませんが、特養の入居条件が要介護度3以上の重症者に限定されるなど早々に高度な介護を行える施設への入居が厳しくなり、入居待ち高齢者がこれだけ世間にあふれている状況下で、在宅で十分に介護も望めないとなればとりあえず入居出来る施設に入れてもらうしかないだろうし、施設としても多少対象外であっても受け入れざるを得ないでしょう。
そこで「こんな状態の方は当施設では責任をもって対応できませんから」と受け入れを断ってしまえば「正しい介護」にはなるのでしょうが、トータルで見た場合にそれが利用者家族の利益の最大化につながるのかどうかは極めて微妙な問題ですし、実際問題としてケースバイケースで多少の正しさからの逸脱は見て見ぬふりをされているのが現状ではないかと思います。
これだけ介護領域で施設不足、人材不足が言われる状況にあっても、先日は介護報酬が切り下げられると言うことが報じられ「特養の半数が赤字になるのでは」と言う試算もあるそうですが、赤字にはならないまでも経費節減が今まで以上に重要視される状況で国の思惑通りスタッフへの報酬だけが引き上げられると言うことがあるものなのかどうかだし、多少の引き上げ程度で3kだ4kだと言われる介護業界に人が来るのかですよね。
国としても実際の政策上の実効性はともかくとしてこの辺りの状況に一定の危機感は持っているようで、先日こんな記事が出ていたことを紹介してみましょう。

介護福祉士の試験義務化、6年先送り 厚労省案(2015年2月14日日本経済新聞)

 厚生労働省は13日、介護福祉士に国家試験への合格を義務付ける時期を、6年先送りし2022年度からとする案を、自民党の関係会議に示した。現行は、福祉系の大学や専門学校の卒業者は試験なしで介護福祉士になれる。試験を義務付けると若者が介護の世界に集まりにくくなるとの指摘があるため、人手確保を優先して延期する。

 これまでは16年度から国家試験を義務付けるとしていた。義務化先送りの一方で、17年度から21年度までの5年間を、義務化に向けた経過期間と位置づける。この間の卒業者に与える介護福祉士資格は、暫定的に卒業後5年限りとする。5年以内に国家試験に合格するか、原則5年間続けて現場で働く事を条件に、正式な資格として認める

 厚労省は13日、25年度に約30万人が不足する介護職員の確保対策も自民党の関係会議に示した。25年度に向けて、都道府県単位で計画的に人手の確保に取り組む。既に決めた職員の賃上げに加え、いったん辞めた介護スタッフの復帰の仕組み作りや、高齢者の介護職への参入促進策を15年度から始める。

ちなみに現状で介護福祉士になる方法論としては専門学校に通って教育を受けるか、あるいは国の資格試験を受けて合格するかの二つの道があって、このうち前者に関しては今まで試験が免除されていたものが全員必須と言うことになっていくと言う話で、もともと2012年から試験義務化と言う話だったものが過去に三度にわたって延期されてきたと言う経緯があります。
この人手不足のご時世に国家試験受験を義務づけるなど何たることか、ますます人手不足が加速するだけではないかと言う声ももちろんあるでしょうが、現状を見る限り実際にはきちんと学校で教育を受けてきた方々であればまあ余程のことがない限りは合格する程度の難易度でしょうから、お金を受け取って専門教育を施すとうたう以上その程度の教育水準は期待されてしかるべきですよね。
将来的には臨床研修医にバイトをせずとも食べていける最低限の給与を担保したように、介護資格を持つことに対する最低給与の保証なりが制度化されればようやく介護をやって食っていける、家族も養えると言う環境が成立するようになるかも知れませんが、介護においても医療と同様に「国民負担が増える」と言う文脈で支出増を嫌う方々がいるのは事実であるようです。
一方で国民にすれば冒頭の記事からもうかがわれるように待ったなしの現状があるわけで、多少負担が増えてもしっかり介護を受けられる方がいいと言う声も世論調査上は決して少数派に留まらないのですが、現実的に負担金額が高い施設ではまだ空きがあるのに安い施設にばかり入所希望が殺到し行列待ちになっているのも事実で、実際どこまでお金を出せるのかと言う疑問はありますよね。
ハコモノや人材にコストを遠慮なく使った高級志向の一部施設はともかくとして、医療よりもコスト削減圧力の厳しいだろう大多数の介護施設においてはやはりスタッフへの待遇の良悪がその士気やレベルにも結びつきやすい危惧はあるだろうし、その意味ではより「安かろう悪かろう」な状況に陥るリスクは高いのかも知れませんが、「気に入らないから他所に行きます」と簡単に話が進まないのが利用者目線で困るところですよね。

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2015年2月19日 (木)

幸福と言う言葉の裏面にあるもの

現在進行形でその進歩発展が期待されているのがウェアラブル端末と言うもので、あちらこちらから興味深いガジェットの発表も相次いでいるのは周知の通りなんですが、先日そのウェアラブル端末の新たな活用法が登場したと記事が出ていました。

ウエアラブル端末で集団の幸福感数値化 日立などが技術開発(2015年2月10日産経ビズ)

 日立製作所などは9日、ウエアラブル端末を使って集めた体の動きのデータを基に、職場など集団の幸福感を数値で表す技術を開発した。日立によると、ウエアラブル端末で常時、集団の幸福感を測定できる技術は初めて。同技術を活用し、職場など組織の活性化をサポートするサービスも提供する計画だ。

 体の動きを測定するために、加速度センサーや無線通信の機能を搭載した名札型で首に下げる端末を開発。同端末を各自が身につけ、歩いたり、他の社員と話したり、といった日常の活動データを集める。データを独自に算出した基準値より身体の動きが活発な状態が持続している時間の長さなどを解析して集団の幸福感を数値化する。

 日立ハイテクノロジーズは、測定したデータで組織の活性度を向上させるための分析を行うサービスを4月から提供する。新サービスをきっかけに、ビッグデータを活用した事業展開にもつなげたい考えだ。

ちなみに日立の発表によれば幸福度測定を目的としたものと言うよりも、開発した幸福度測定システムを活用して組織の生産性を上げることが目的なのだそうで、同社のデータによれば「定量化された幸福感は、その組織の生産性に強い相関がある」ことが判明したと言いますから、記事のように幸福度測定云々と強調するのがいいのかどうかですが、まあ企業生産性向上指標などと言うよりはキャッチーな話ではありますよね。
ただ幸福度測定と言われれば実際にどの程度幸せと言うものが客観的に評価出来るのか、そもそもいわゆる幸せな境遇にある人が必ずしも主観的に幸せとは感じていないと言う実例には事欠かないだけに、特に企業内での活用と言う面で考えた場合に下手をするとM気質の社畜ばかりが幸福度を高く評価されると言う意味不明の結果に終わる可能性もあるのか?などと余計なことも考えてしまいます。
もちろん単に数値を出すだけでなくその評価と活用法を巡って今後ノウハウが蓄積されていけば、社会などクローズドな環境だけではなくて様々な方面で応用的な活用が期待される技術ではあるのでしょうが、こうした人の内面を客観的に示すとも言うべきものが登場してくる時代になりますと表向きの幸せの裏面と言うのでしょうか、世の中には知らない方がいいこともあるんじゃないか?と言う気がしないでもありません。

うつ社員の肩代わりで疲弊する同僚たちの悲鳴(2015年2月10日ダイヤモンドオンライン)より抜粋

(略)
「職場復帰なんてしなくていい」うつ社員に向けられる心ない批判

 昨年秋、筆者の元へ一通のメールが届いた。
「吉田さん、お騒がせしました。先日、職場復帰しました。(中略)この会社は、温かいです。みんなが、私の仕事をしてくれていたようです。また、よろしくお願いします」
 メールの送り主は、大手出版社(正社員数550人)の雑誌編集部に勤務する、40代半ばの編集者である。この男性は数年前からうつを繰り返し発症し、半年近く休業をしていた。その半年の間、他の編集者が男性の仕事を肩代わりしていたようだ。そのことをメールに書いていた。
 私は今なお、返信をしていない。正確に言えば、返信する気になれない。実は、裏側の事情を知っているからだ。男性と同じ編集部にいる編集者たち数人は、私と話す場では、彼についてこう漏らしていた。
「あいつは、いつまで休んでいるんだ」「本当に病気なのかな」「忙しくなるとうつになり、ヒマになると職場復帰する。器用な病気だよな」――。さらに、「早く辞めてほしい」「職場復帰なんてしなくてもいい」といった言葉も聞かれた。
 いずれも、30代後半~40代半ばにかけての中堅社員である。決して、感情論で口にしているのではなかった。男性が半年にわたり休業をしていて、その仕事が自分たちに押し寄せることに対して、強い不満と静かな怒りを持っているのだ。彼らの残業時間は、月平均で70~80時間に及んでいるようだ。
 残業が多いことで、人事部から「せめて50~60時間に減らすように」と忠告を受ける。そのことに反論をしようとすると、人事部が上司である編集長に話を持っていく。そして、なぜか編集長から叱責を受ける。こんな理不尽なことが続いているようだ。
 男性が休業するのは、今回が初めてではない。1年半ほど前にも心の病となり、数週間休んだ。このときもまた、周囲の社員たちが仕事をフォローした。この頃の編集者たち数人は人事異動となり、現在は他部署にいる。男性のことを「会社を辞めて治療に専念したほうがいい。そうでないと、こちらが迷惑する」と口にしている。

「これはできない」「それはやめよう」否定的な話ばかりする男性社員

 同僚だけではない。外部委託という立場で男性から取材や記事を書く仕事を請け負う筆者も、実は困り果てていた
 メールや電話をしようとしても、頻繁に休むがゆえにコンタクトがとれない。電話で連絡がとれる場合は、声の調子は極端に沈んでいるかと思うと、突然ハイテンションになる。メールの中には、時折喧嘩口調と感じるものもいくつもあった。なぜ興奮しているのか、筆者には理解できなかった。いつも、ハラハラしながら接していかざるを得ない
 会って話し合うときも、あらゆることを「これはできない」「それはやめよう」と否定する。ほかの編集者のように、小さなコンセンサスを積み重ねることで前に進めることができない。結局どうしたいのかが、見えてこない。二十数年、このような仕事をしてきたが、ここまで否定的な話を繰り返す編集者はいなかった。その意味では、同僚らがブーイングを公然と口にする理由はわからないでもない。
(略)
「うつなどになった社員が休業を経て復帰した後は、人事異動させることをできるだけ避けようとする不文律が以前からある」
 私が他の社員に聞くと、労組の元執行委員数人(現在は、他部署の編集長など)からも同様の話を耳にする。退職した社員たちからも、同じことを聞く。この「お約束事」が、職場における人員の柔軟な配置を拘束している面があることは、否定できないだろう。
 さらに根深い問題がある。人事部や上司らは、男性が休業している間、代替要員として派遣社員を受け入れることもしなかった。その理由は、労組の元執行委員などによると、人事部も男性の休業の期間を正確に把握できないからだという。人事部の課長などが男性に体調を確認し、いつくらいに復帰できるかと問うと、明確な回答がない。いつまでも回答がなく、人事部としてはどうすることもできないのだそうだ。
 この編集部には、筆者は10年ほど前から出入りしている。当初と比べて、部員の数は8人ほどから6人に減っている。雑誌の売れ行きが伸び悩んでいるため、部の予算が減り、自ずと部員を少なくせざるを得なくなったようだ。少人数になり、各々の仕事が増える。一方で、心の病で長きにわたって休む人が現れる。それに対し、代替要員を補充することもない。これでは、男性の周囲にいる編集者たちにしわ寄せがいくことは、当然だろう。
(略)

もちろん組織毎にこうしたケースでの対応は違っているのだろうし、バリバリ働けなくなれば容赦なく圧力をかけて一気に退職にまで追い込むと言うブラック企業紛いのことをしている場合なども大いに問題ではありますけれども、「職場のみんなで○○さんの不在を支えよう」などと言う表向きのスローガンにばかり囚われていると、現場の不満がどれだけ蓄積しているか盲目になってしまうと言う教訓的な話でもありますよね。
今回のケースでは病気のこともあるのでしょうが、職業人として正直他の同僚の方々と同様の仕事ぶりではなかったらしいと言うことで、一人を切れば職場の生産性も向上し同僚のストレスも軽減する、さらには取引先のメリットも期待出来ると良いことづくめであるようにも見えますけれども、ではこの人一人を切れば次はワースト2の人が足を引っ張っている、さっさと首を切るべきだと首切りの連鎖にもなりかねない危険はあるでしょう。
有名な働きアリの法則と言うものが人間社会に照らしてかなり示唆的だと言われるのも、多数が集まれば必ずよく働く人もいれば働かない(ように見える)人もいると言う経験則に合致するからだろうし、そこで働かない人を排除しても仕方ないんだよと言う教訓を含んでいるからだと思いますけれども、やはり社会の全般で少人数で業務を回している組織が増えている以上職場の空気にも配慮は必要なのかも知れませんね。

医師の場合は技術系専門職ですから、他人にない技術、技能を持っていれば他がどうあれ少なくとも一面で尊重はされる場合がほとんどですが、逆に言えば誰でも肩代わり出来る人間ならどうなのか?と言う危惧は誰しも抱くところで、医師は生涯勉強が必要だと言われるのも医療技術が日進月歩と言う現実的側面もさることながら、職場内での生存競争における強みや武器の確保と言う現実的側面もあるのかと思います。
この点で「患者の全体像を見ないで個別の病気しか診ない」など様々な弊害も言われてきたいわゆる専門医志向のアンチテーゼとして、近年では総合医の重要性が強調されそちらへ盛んに人材を誘導しようとする動きもあるようですけれども、現場の医師からもう一つ受けが悪いように見えるのも(実際にはそうではないにせよ)誰にでも出来る便利屋仕事など不安だと言う気持ちも反映しているのかも知れません。
最近ではいわゆる残業代ゼロ法案と言うものも話題になっていて、特に専門的で高度な仕事を行う人材に対しては働いた時間ではなく成果によって評価をするべきだと言う主張もあるようですが、医療費抑制と言う国の本音の部分との関わり合いで考えれば総合医に求められる究極の役割とはいかに患者の医療利用を減らし、高い治療費を使わせないでも満足して死んでいけるようにするかと言うことでもあると言えます。
日医などもかかりつけ医の努力次第で健康寿命はもっと延ばせる!と市中の町医師の役割を強調していますけれども、そうなると究極的には患者が元気で医者は仕事がないと言う状態が国や国民にとっての幸福ともなるだけに、出来高制度に代表されるような現行の診療報酬体系のままでは医者が仕事をうまくこなすほどにその報酬が減っていくと言うおかしなことにもなりかねませんよね。

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2015年2月18日 (水)

生殖医療に関わるトラブル

本日の本題に入る前に、昨今では生殖医療の進歩と普及が日進月歩の勢いで進んでいますが、基本的にその進歩が歓迎される傾向の強い医療技術の中でも必ずしもそうではないケースがままあると言うのも生殖医療の特徴なのでしょうか、各方面で賛否両論の議論にまで至っていることは周知の通りですよね。
そんな中で生殖医療に関係して、先日ちょっと妙な方向でそれが活用されてしまった結果裁判沙汰にまでなってしまったと言う事例が話題になっています。

体外受精の将来も左右しそうな「精子すり替え裁判」が、元女子アナ夫妻の間で進行中(2015年2月16日現代ビジネス)より抜粋

(略)
体外受精をめぐる前代未聞の裁判

ある男女の口論が録音された音声ファイルがある。こんな内容だ。

男「このことは明らかに僕にも関係していることだと思わないのかい? 僕にも(父親としての)権利があるんだ」
女「あのね、もうここまで言ったら……実はあなたは関係ないのよ」
男「関係ない?」
女「新しい精子なのよ。そしてそれは〇〇(実際は実名)のものなの」
男「ええ! また君はウソをついたってことか。今になって○○の精子だなんて……」
女「そうよ」
男「で、僕のもののように見せかけて……」
女「そうよ」

男性のショックと狼狽ぶりが伝わってくる。この女性は、口論の相手である夫とは別人の精子で体外受精の治療を受け、妊娠を遂げたのだ。
その事実を知った男性は激怒し、ついに裁判を起こした。上記のやりとりも、裁判に証拠として提出されたものなのである。

男性の名は川田洋一氏(48歳・仮名)。都内で教育関係のソフトを作る会社を経営している。女性のほうは、かつてはフリーアナウンサーとして活躍していた遠藤恭子氏(42歳・仮名)。有名バラエティ番組のアシスタントや、NHK教育テレビの外国語会話番組のキャスターなどを務めた経歴がある。
川田氏は、元妻への憤りをこう語っている。

「彼女は意図的に精子をすり替えたんです。本当は新しい恋人の精子でできた子なのに、私との子として産んで私から養育費をもらい、その上で恋人と暮らそうと考えた。悪魔のような発想だと思います。
もう一つ、私が世に訴えたいのは、不妊治療をするクリニック側の問題です。女性が他人の精子を夫の精子だとして持ち込んでも、まったくチェックが行われない。精子の『本人確認』がないんです。人間の生命にかかわる治療が、このように杜撰に行われていていいのでしょうか」

川田氏の驚きと憤りは、男性なら理解できるだろう。
自分の子供だと思って離婚した妻に養育費を払っていたら、実は妻が別の男の精子で体外受精した子供だった――。そんな恐ろしいことが現実に起こりうるのだ。
女性側の立場からすると、カネ持ちの元夫から養育費を引っ張り、そのカネで好きな男と子供と幸せに暮らすという、いま流行りの「後妻業」よりももっと狡猾な手口が可能になる、ということだ。
(略)

当事者の一方にソースを依存した元記事の内容を信用する限りではいささかそれはどうよ?感が強い経緯であったようですが、ゴシップとしてはともかくとして不妊治療を行うに当たって本人確認性をどうするのかと言う私的は確かに重要で、医療現場においても患者取り違えを避けるために様々な対策が講じられていますが、基本的に患者本人が嘘はつかないと言うことを大前提にしている部分はありますよね。
外来で患者の名前を呼び診察室に入れようとしたところ何故か二人同時に入ってきた、聞いてみると一人は単に名前を聞き違えただけであったと言うことであれば単純なうっかりで済みますけれども、例えば他人の保険証を使おうとしていたりで意図的に名前を騙ろうとする人に対して、現場でどこまで確実に本人確認を行えるかと言えば疑問ですし、実際にそうした詐欺的行為を行っている人もいらっしゃるようです。
そもそもこうした行為は詐欺に問われますし、保険証一枚でサラ金で大金を借りることも出来るのですから貸す方も貸す方なのですが、現実的に軽い病気のつもりで病院にかかったら思いがけない重病だった、さてどうしようと言うケースもあるようですし、今後医療機関をまたいでの診療情報のやり取りが進むほど病歴の整合性が取れなくなり診断を誤るリスクも出てくると言った不具合があることは自覚しておいていただきたいところです。
いささか余談が長くなりましたけれども、不妊医療の進歩に伴い特に女性にとって人生の選択枝が増えたのは事実だし、一部自治体などでは将来の妊娠に備えた卵子凍結保存に補助金を出すと言う話もあるようですが、高齢出産のリスク等々様々なデメリットも指摘されるところで、関連学会においても個人の権利との兼ね合いでいささか扱いに苦慮しているようですよね。

<健康女性の卵子凍結助成>日産婦「推奨せず」との考え示す(2015年2月8日毎日新聞)

 順天堂大浦安病院(千葉県浦安市)と浦安市が、健康な女性が将来の妊娠に備えて卵子を凍結保存するバンク構想を進めていることについて、日本産科婦人科学会(日産婦)の苛原(いらはら)稔・倫理委員長は7日、毎日新聞の取材に「(健康な女性を対象とすることは)推奨しない」との考えを示した。

 苛原委員長は理由として、(1)卵子を凍結保存した場合、将来妊娠できる可能性は高くはなく有用性がはっきりしていない(2)女性が妊娠を先送りすると出産年齢が上がり、医学的なリスクが高まる--の2点を挙げた。

 卵子凍結は、がんなどの治療で卵巣機能が低下する恐れのある女性患者のほか、最近は若い健康な女性が将来の妊娠のため取り組む例が出ている。一方、凍結卵子による妊娠率は1~2割にとどまる。浦安市は、少子化対策の一環として市民を対象に凍結保存費用の助成などを計画する。

 健康な女性の卵子の凍結保存については、日本生殖医学会が2013年に指針をつくり、「40歳以上は推奨しない」など条件付きで容認。日産婦は昨年、がんなどの治療を受ける女性患者について、実施施設に報告を義務付けるなどの指針をまとめた。【下桐実雅子】

先日関西で開かれた日本医学会総会においても高齢出産のリスクに関する講演会があったそうで、「いくつになっても産めると男女ともに思い違いがあるのではないか?」と産科医自身が今まで教育をきちんとしてこなかったことへの反省も聞かれたそうですが、ただ生殖医療を行っている先生方と、実際に妊娠、出産を扱う先生方とでいささか立場に違いもありそうに感じますがどうなのでしょうね?
昨今ではご存知のように受精卵検査なども簡便に行えるようになった結果、「子供の産み分けにつながる」「いや妊娠確率を上げるためにも必要だ」と専門家の間でもその活用を巡って意見が分かれているようですが、これまた利用する当事者目線で考えると「高齢妊娠、出産にはリスクがあるとあれだけ強調しているのに、そのリスクを少しでも下げる方法を禁じようと言うのは何故?」と素朴な疑問も抱くところかも知れません。
分娩施設によっては不妊治療を受けていた方の出産はお断りしていると言うところもあるようですし、これに対して妊婦側も不妊治療を受けていたことを隠して出産に臨んだり、中には(施設側の受け入れがないことが原因でしょうが)いわゆる飛び込み出産のような形で産もうとする人もいるとかいないとかですが、ただでさえリスクある妊娠であるのに肝心な段階でリスクをさらに高めるようなことではもったいない話ですよね。
これもまた生命倫理などと言うもの以前に、少しでも高い確率で妊娠させるために努力している側とその結果を受けて子供を取り上げる側との考え方の違いも関係しているのかとも思いますが、一生懸命努力してお金と時間を使ってようやく妊娠にたどり着いたにも関わらずそれが祝福される出産につながらないのであれば不幸な話ですから、理想的には終始同じ施設や同じ考え方の元で対応されるのがいいのだろうとは思います。

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2015年2月17日 (火)

孤独がつらいのは結婚しないから?

何気ない書き込みが大きな反響を呼ぶということは今の時代珍しくなくなりましたが、先日から話題になっているのがこちらの記事です。

53歳独身「やることない」が反響(2015年2月11日R25)

ある中年男性とみられる人物がネットに投稿した「53歳独身だけどやる事なくて辛い」というブログ記事が話題となっている。
近年の日本では、急激に晩婚化が進み、同時に未婚率も上昇している。厚生労働省の調査によれば、日本人の平均初婚年齢は、1980年から2012年の間に男性は3.0歳、女性は4.0歳上昇し、生涯未婚率に至っては、男性は2.5%から19.3%に、女性が4.6%から9.9%と、いずれも激増。国ぐるみで少子化対策が練られているような状況だ。
そんな現状をリアルに表現したのが、53歳だという独身会社員が「はてな匿名ダイアリー」に投稿したブログ記事だ。これによると、この男性は「会社ではそこそこのポジション」におり、「それなりに給料を貰っている」ものの、
両親は他界
同級生はほぼ所帯を持っているので平日の夜に呼び出すなんて事は出来ない」
という環境にあるのだという。自身は、
「一時小説を読んでいたが目が疲れるのでやめた」
「趣味を持てなんて言われても正直めんどくさい」
という性格で、平日の帰宅後や週末はとにかくやることがなく、「結婚しておけば良かった」と、切実な悩みを訴えている。

このブログ記事は、大きな反響を呼んでおり、コメント欄およびツイッターには、
「犬やらネコやらでも飼えば」
「極真をやりなさい!」
「海外の子どもを支援する里親いいよ」
といった具体的なアドバイスや、
「今すぐ婚活でも始めればいいじゃん」
「まぁ結婚してれば1人が良かったと思うよ」
という慰めの声が寄せられている。そして、
「何をやるにしても面倒と思うようになったら人間おしまい」
「この人は結婚しても別の文句言うわ」
といった辛らつな意見コメントが登場する一方で、
「私は27歳で女だけどこの男性の辛い気持ちがすごくよく分かります
「43歳独身だけどわりと似た心境で嫌だ」
未来のおれがいた」
「ぼくもこういう人になりそうだけど、この人とぼくが違うのは『金がない』というところだ。より悲惨」
と、投稿者の姿を自分の未来に重ね合わせる人も続出。俗に“独身貴族”などという言葉も存在するが、およそ“貴族”らしからぬ生活を送る中年男性の姿に自分の未来が透けて見え、恐怖を覚えた人は少なくなかったようだ。

もちろん感じ方やライフスタイルは人それぞれなのだろうし、各種世論調査でも何故結婚しないのか?と訊ねられて「その必要を感じない」「独身の方が気楽」と言った回答が多いことからも独身生活を謳歌している人も決して少なくはないのでしょうが、そうは言っても年齢が進んでくるにつれふと寂しさを覚えたり、老後や死後の始末をどうつけるべきかと悩みも出てくるのではないかと言う気がします。
先日は上司から「結婚もせんでこんな所で何してんの。親泣くで」「もうお局(つぼね)さんやで。怖がられてるんちゃうん」等々と言われた女性のパワハラ訴訟が最高裁までいったそうですが、昨今では女性同士の間でも「子供が欲しくない」などと口走ろうものなら肩身が狭いような風潮もあるそうで、現実社会の変化に年長者などは観念的に追いつけていない状況にあるのかも知れません。
人口再生産と言う観点から言えばもちろん女性にはなるべく多く子供を産んでもらいたいところですが、その割に日本では婚外子が非常に少なく法的差別が問題化するくらいで、国の少子化対策を見ても結婚し家庭を形成した上で子供を産むと言うモデルにばかり偏っている印象がありますが、個人の人生を支える同伴者と言う視点での未婚問題は少子化問題とは切り離して考えるべきかと感じるのがこちらのニュースです。

同性カップルに“結婚相当”証明書、渋谷区が条例案(2015年2月12日TBSニュース)

 東京・渋谷区が、同性同士のカップルを「結婚に相当する関係」と認め、証明書を発行する条例案を、来月の区議会に提出することを決めました。

 「性的少数者が尊重される社会であるため、区は『パートナーシップ証明書』を発行することとする」(桑原敏武 渋谷区長)

 渋谷区によりますと、同性のカップルが「家族ではないこと」を理由に、アパートへの入居などを断られることを問題視し、去年7月ごろから検討を重ねてきたということです。

 検討結果を受け、渋谷区は、同性カップルを「結婚に相当する関係」と認める「パートナーシップ証明書」を発行する条例案を、来月の区議会に提出することを決めました。

 区は、この制度について、婚姻とは全く別の制度だとしていますが、自治体が同性カップルをパートナーと証明する制度は、全国でも初めてのことだということです。

この新制度、区民と区内の事業者に証明書を持つ同性カップルを夫婦と同等に扱うよう求め、条例に反した事業者名は公表すると言う罰則規定もあるそうなんですが、家族限定と言ったことでの不利以外にも医療現場のようにそれが必要である場合に本人意志を代理していただくと言う局面があるわけですから、いわゆる事実婚なども含めて法的に扱いが微妙な代理人の立場を確定する資格と言うのはあっていいと思います。
渋谷区ではすでにこの制度利用を求めて外部からの転入者も出ていると言うのですが、今のところ渋谷区内限定と言うことでいささか使い勝手が悪いところもありますけれども、全国とは言わないまでも例えば都内全域で同じような制度が利用できるとなれば各種利便性は高まるかも知れません。
最近たびたび話題になる孤独死なども、元を辿れば離婚や非婚化の増加で孤独な生活を送る人が増えたからだと主張する人もいる一方で、今や日本男子は草食どころか絶食に進化したと海外でも報じられるほど性生活への欲求やリアルでの異性との関わり合いへの欲求が希薄になる中で、結婚し家庭を持ち子供をつくると言う旧来の「当たり前」に限定してしまうとついていける対象者はどんどん減ってしまうでしょう。
老後の孤独問題などは地域内でのグループ形成などでも対応できるのだろうし、結婚という形に縛られない様々な付き合い方もあるはずですから、まずは制度的な間口を広げていくことが公的な支援の必要性を後々引き下げ、増え続ける社会保障コスト対策にも有効な可能性もあるとすれば、後は制度を決めていく偉いおじさま方がどこまで柔軟に社会の実態に即した制度を用意出来るかが問われる気がします。

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2015年2月16日 (月)

自分で死に方が決められると言うのは実はかなり幸せなことです

本日の本題に入る前に、先日はカナダ最高裁においてこんな判断が示されたと言います。

カナダ最高裁、安楽死認める判決 効力発生は12カ月後(2015年2月7日朝日新聞)

 カナダの最高裁は6日、医師による自殺幇助(ほうじょ)を禁止する法律を違憲とし、安楽死を限定的に認める判決を言い渡した。自ら判断できる成人が命を絶つことに明確に合意し、重大で治療の見込みがない疾患があり、耐えがたい苦痛を受けている場合、安楽死の選択を認めないことは個人の自由を侵害すると判断した。

 カナダ最高裁は1993年にも安楽死の是非について審理し、小差で医師による自殺幇助を違憲としていた。6日の判決では9人の判事が一致して選択する権利を認めており、時間の経過とともに考え方の変化が現れた形となった。判決の効力が発生するのは12カ月後で、政府はその間に法改正で対応することができる。

 訴訟は、2009年に筋萎縮性側索硬化症(ALS)と診断された女性が起こし、別の難病にかかり、スイスで安楽死をした女性の遺族も原告として加わっていた。ALSにかかっていた女性は12年に亡くなっている。

 ロイター通信によると、医師の幇助による安楽死はスイスなど欧州の4カ国と、オレゴンなど米国の3州で合法となっている。(ニューヨーク=中井大助)

注目いただきたいのは20年前と比較して司法の判断も大きく変わったと言う点ですが、もちろん判事達の判断の変化のバックグラウンドとして社会の考え方の変化があるのだと考える方が妥当ですよね。
記事にもあるように昨今では世界的に安楽死(積極的安楽死)と言うものを認める国や地域が次第に増えてきていて、しかもそれなりに利用したいと言う希望者がいると言いますから需要は確実にあるのでしょうけれども、「安楽死希望者がどんどん増えて行ったらどうする?」と言う懸念に対して、実際にやってみると決して増える一方と言うわけではなく、かなり抑制的な利用状況?で安定的に運用されているそうです。
大々的な不況など社会的環境の変化とこうした制度利用者数の動向がどの程度相関するのかは今後の検証課題だと思いますが、少なくとも医学的に余命が限られている人限定などきっちりとルールを設けた上で運用する限りは無制限無原則に乱用されると言うこともなさそうなので、今後こうした認識が広まっていくにつれて全世界的に制度の法制化が拡大していくのかも知れません。
もちろんこれらはあくまでも完全な個人の主体的な自由意志にのみ基づいて決定されるべきなのは言うまでもないことで、周囲がそれを強いるようなことがあってはならないと誰しも言うところなんですが、一方で国が高齢者の終末期医療の指針として治療の手控えもありと言う道筋を示すようにもなった時代に、国内においても尊厳死(消極的安楽死)も含め他者の意志に基づく命の終わらせ方に関わる議論も出てくるのは当然でしょう。

「能率的に死なせる社会」が必要になる 建て前としての"命の平等"は外すべき(2015年2月8日gooニュース)
より抜粋

自己決定の尊重という大原則が医療現場を、そして患者本人をも縛っている。人間の死と日々向き合う医師がただす大いなる矛盾と、逡巡の先に到達した着地点。『医師の一分』を書いた里見清一氏に聞く。
(略)
──日本では対応能力が限られる中、今後高齢の死者が急増します。
命は平等かという問題について、私も揺れ動いてるところはあります。ただ建前としての“命は平等”というのはもう外してもいいのかな。現実問題、すでに平等じゃない
救命センターの研修医時代、パンク寸前で受け入れ制限せざるをえなくなったとき、指導医はこう指示しました。労災は受ける、自殺は断る、暴走族の“自爆”は断る、子供は無条件に受け入れると。僕もそれを正しいと思った。現実的に命に上下は存在すると思っている。老衰の人に点滴して抗生物質使って、無理やり生かしてどうする? はたしてそれがいいんですかね? 貴重なベッドを老衰患者でずっと塞いでしまうことが。

──医学的な重症度以外に、社会的な価値も考慮に入れるべきだと?
実質的にはみんなそう思ってやっています。家族に「もう歳だからあきらめる」と言わせて、あくまで家族の選択として苦痛だけ取ってお見送りする。医者は患者の価値を決めちゃいけないと建前上なってるから、家族にそう言わせてるだけです。
90とか95の老人をさらに生かす見返りに、働き盛りの人にあきらめてもらうのは、やっぱりおかしいですよ。アル中で肝臓悪くした親父が子供や嫁さんからの肝臓移植を希望する。好き勝手した人間がそこまでして長生きしたいと言う。敏感な人が遠慮して身を引き、鈍感な人がのさばるなら、それはもう不公平でしょ。生きたいという意志を無条件で尊重しなきゃいけないかというと、できることとできないことがある。

「能率的に死なせる社会」が必要だ
──矛盾と疑問だらけの現実に、今後どう対処していくのでしょう。
僕が役人だったら、能率的に死なせる社会のことを考えますよ。だってそうしないと間に合わねえもん。
ただ現場の医者として、それは怖い。この患者はここまで治療すればOKという明確な方針で進めてしまうと、僕はナチスになりかねない。自分はがん専門だからまだラクで、慢性腎不全なんか診てる同僚は大変ですよ。90歳で判断能力もない患者を押さえ付けて透析して点滴して、もう10年やってるから今さらやめるわけにはいかない、家族も決められない。今日び医者は訴えられるのが怖いから、逃げにかかって延命措置をする

──結局、誰かがどこかで線を引く日が来るのでしょうか。
誰か考えてるんですかね? たぶん左右両極端には行けず、宙ぶらりんのまま状況見て、多少右へ左へってことをやっていくんだと思う。それとも何とかなっちゃうんですかね。今では孤独死を、それでもいいと思う人が増えてるように、日比谷公園で一晩に3人5人死ぬことに慣れちゃって、そんなもんだと思うようになれば、キャパうんぬんも何もどうとかなっちゃうのかもしれない。
(略)

一部暴論とも受け取られかねない過激な言葉もありますけれども、なかなかに示唆的な内容が多い記事ですので是非とも元記事も一読いただければと思いますけれども、ここで語られているのは死のあり方と言うものも一見個人の自由意志に基づくものとして保証されているように見えて、実際には社会的制度的なしがらみから自由でいられるものではないと言う当たり前のことではないかと思います。
実際に国民皆保険制度が導入されるほんの半世紀ほど前まで日本でも田舎に行けばお医者様に診ていただくなどと言うことは大変な贅沢で、生涯で医者にかかるのは亡くなった時の死亡確認だけと言う方々も珍しくはなかったそうですが、それが有りだったのはもちろん現実的な費用負担の問題もあるにせよ、そういう人が周りに多数いて「あそこは病院にも行かせないで」などと非難される心配もなかったからと言うのも確かですよね。
本人の意志が確認出来ない超高齢者などで家族が代理で意志決定をしてくださいと言われても、「○○さんとこのおじいさんはどうだったかね?」「大きな病院で最後まで治療してもらったらしいよ」「それじゃうちも同じでお願いします」と周囲の様子を参考に決めていくしかないでしょうが、ではそれが理想的な看取り方なのか?と言われれば当事者の誰しも必ずしもそう感じているわけでもないのでしょう。

ちょうど国も施設から在宅へと言うことをしきりに推進している時代ですから、今後寝たきり超高齢者の在宅看取り問題が一気に噴出してくるのは確定的ですが、特に治療も処置もしないと言う意志決定がされているにも関わらずとりあえず救急車を呼んで急性期の病院に運んでしまうと言うやり方ではいずれ対応出来ない時代が迫っていることからも、制度のみならず国民全体で意識を変えていかなければならない問題と言えます。
在宅診療に熱心な先生がいらっしゃる地域では自宅でそのまま看取ったと言う方々が着実に増えているなど個々の実例は出ているようですけれども、例えば畳の上で死にたいと言う方々が多いのだから畳の上で死ぬためには何をどう調えればいいのかと言う視点で制度を考えるとすれば、具体的にどのパラメーターをどう動かせばそうなるのか、財政やリソース的にそれが可能なのかといった検証は実は結構難しそうですよね。
ただ国民の意志を集約化しボトムアップで制度を決めていけばいいのかと言えば必ずしもそうではなくて、まずはこれこれと制度を決めることで国民の認識も次第に変わっていき、結果として国民にとっても望ましい方向に社会常識が変化していくと言うやり方もあると思いますが、猫の目と言われる医療行政とその結果を見ていますと政治行政の当局者に正しい目的と手段の設定が可能なのかどうかと言う疑問はあるでしょう。

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2015年2月15日 (日)

今日のぐり:「吉甲(きっこう)」

よくある賢い動物ネタの記事に見えて、その実ちょっとこれは…と考えさせられるのがこちらのニュースです。

私の子供、返して下さい・・看板くわえたシェパードが街で子犬探し―中国吉林省(2015年2月9日フォーカスアジア)

中国吉林省吉林市内で7日、「私の子供を拾い、返してくれた方には、謝礼を差し上げます」と書かれた看板をくわえた犬が道行く人々の注目を集めた。この犬はシェパードで、飼い主によると、6日夕方に子犬1匹と散歩に出かけた際、子犬が行方不明になってしまったため、飼い主と母犬がこの子犬を探している最中だった。

中国紙・蘭州晨報は9日、この母犬が「飼い主が自分のために子どもを探してくれているのが分かっているといった様子で、看板をくわえ、祈るような目で街中を歩き回っていた」と伝えた。

その何とも言い難い様子は是非元記事の写真も参照いただきたいと思いますが、いや何しろ中国だけに今頃はどのような運命を辿っているかと思うと心が痛みますよね。
本日はそれでも今日も子犬を探し続けているだろう母犬を応援する意味も込めて、世界各地から一見愉快な話題に見えてよくよく考えてみるとちょっともの悲しいと言うニュースを選んでみました。

「田舎」という言葉を使わず、田舎を表現せよ(2015年1月8日トゥキャッチ)

 正月休みは、田舎で過ごしたという人も多いだろう。そんな日本各地の田舎を「#田舎という言葉を使わないで田舎を表現」するというハッシュタグを紹介したい。
(略)
 いずれの投稿も、切ないような懐かしいような不思議な気分にさせてくれるこのハッシュタグ。あなたはどのツイートにピンときただろうか?

そのあまりにとんちの効いた傑作名作?の数々は是非元記事を参照いただきたいと思いますが、しかしいくつかはまんざら知らない話と言うわけでもないだけに何とも…
ある意味でこれはうれしいサプライズだと言う方もいらっしゃるかも知れませんが、当事者の立場に立ってみると少しばかり違う感想もあるだろうと言うのがこちらの記事です。

「ちょっと! お、お母さん?」母が息子に作ったのは!?(2015年1月29日トゥキャッチ)

 手間はかかるが、作ってもらうとうれしい「キャラ弁」。しかし、こんなお弁当をもらったら誰でも驚いてしまうのではないか。
(略)
 どこからツッコめばいいのかわからない弁当だが、こんなジョークが通じるのは、仲の良い家族の証拠であろう…。

元記事の写真を見るだけでもその状況は一目瞭然なのですが、しかしこのような親弁を見た場合にどう反応すればいいのでしょうね。
夫婦喧嘩は犬も食わないと言いますが、親子喧嘩も出来ればお近づきにはなりたくないと感じざるを得ないのがこちらのニュースです。

父子双方に殺人未遂容疑 千葉市美浜区(2015年02月10日ちばとぴ)

 千葉西署は9日までに、父に灯油を浴びせて火を付け殺害しようとしたとして殺人未遂と現住建造物等放火未遂の疑いで千葉市美浜区、無職の長男(32)を、長男を金づちで殴り殺害しようとしたとして殺人未遂の疑いで同居する自称調理師の父(64)を逮捕した。

 長男の逮捕容疑は8日午後1時10分ごろ、自宅で石油ストーブの灯油を父に浴びせて部屋にもまき、火を付け殺害しようとした疑い。父の逮捕容疑は長男の後頭部を金づちで複数回殴り殺害しようとした疑い。長男は全治約1週間の軽傷。父にけがはない。

 同署によると、親子げんかが高じて長男が灯油をまき、激高した父が制止するため殴った。2人はいずれも容疑を認め、それぞれ「殺そうと思った」などと供述している。帰省していた長女(27)が110番通報した。

いやまあね、喧嘩するほど仲が良いなどと言う言葉も世の中にはあるようですが、どこの世界で仲良く暮らせるかと言う問題もありますしね…
昨今一部方面で話題の治療方として糞便移植と言うものがありますが、実は意外な副作用があるらしいと話題になっています。

肥満者から糞便移植を受けた女性、急激に体重が増加(2015年2月10日財経新聞)

eggy 曰く、 腸内細菌のバランスを整えるための治療法として、「糞便移植」なるものがある(All About)。大腸炎を患っていた32歳女性がこの糞便移植手術を受けたところ、体重が一気に16キロも増加し肥満体型になってしまったそうだ。女性はもともと肥満体型ではなかったそうだが、糞便の提供者である娘は当時太り気味で肥満に向かっていたという(Slashdot、BBC )。

 手術から1年後、女性は病院を訪れて急激に体重が増えたことを訴えたという。女性によれば、それはまるで「体内のスイッチが切り替わったようだった」とのことで、相変わらず体重は減っていないという。この女性の糞便移植手術をおこなった医師Colleen Kelly氏はこれ以来、糞便提供者選びに慎重になり、肥満の人はお断りしているという。また、マウスを使った実験でも、痩せたマウスに肥満マウスの糞便を注入したところ体重が増加するという結果が出ているそうだ。

 糞便移植は、重度のクロストリジウム・ディフィシル誘発性大腸炎患者の治療に有効的であるといわれており、患者の体内に健康なドナーの糞便を注入することで善玉菌を増殖させる目的がある。

しかし大腸炎が改善したからこそ太れるようになったと考えることも出来るのでしょうが、これは単純に元気になって良かったと言い切れないものがありますよね。
最後に取り上げますのはなかなか珍しい光景を捉えた写真のニュースですが、まずは記事から紹介してみましょう。

インドネシア トカゲ、カエルの交尾を見つめる(2015年2月10日新華ニュース)

英紙「デイリー・ミラー」2月8日付報道によると、先日、インドネシアで、野生動物カメラマンが友達の住宅である写真を撮った。それは、石の上で交尾していたカエル2匹と、好奇の眼差しを向けるトカゲの写真だ。

トカゲはカエルをエサとするものの、愛情の前に、食物連鎖も一時停滞したかもしれない。カエルはすぐ危険を察知して慌てて逃げ、昼ごはんになる不運を免れた。

元記事の写真にあるトカゲの表情が何とも良い味を出しているのですが、しかし冷静になってみますとカエルにとってはトンデモナイ状況ではありますよね。
トカゲの心境がどのようなものであったのかは想像するしかありませんが、その目線に気づいたカエルの気持ちは非常によく判ると言うニュースではあります。

今日のぐり:「吉甲(きっこう)」

「とんとん」や「匠」「うどん華」など名の知れた飲食店が建ち並ぶ福山市内の一角にあるこちらのお店、以前から安定的な人気を誇るお好み焼きの人気店ですよね。
ちなみにずっと以前にもお邪魔したことがあったのですが、同じような作りですが記憶にある店構えと微妙に違っているように思えるのは建て替えられたのでしょうか?

今回は久しぶりと言うことで一番ベーシックなそば肉玉シングルを頼んで見ましたが、ちなみにこちらではカープソースを使用されているらしく店先にものぼりが立てられています。
こちらの場合使われるのがひき肉と言うより刻んだ豚肉なんですが、これも府中スタイルと言うことになるのでしょうか、広島風と言えばキャベツを生地で覆って蒸し焼きにすると言いますが、こちらは生地にキャベツを載せたオープンな状態でも結構焼くんですね。
お好み焼きと言えば忙しく手を動かしながら焼くイメージでしたが、こちらは見ていてほとんど放置状態なのも面白いなと思うのですが、その結果かなり大きなサイズに見えますがふんわりした焼き具合で軽く胃に収まりますし、特に薄くパリパリの生地はイタリア風のピザを少し連想しました。
一般的にやや辛口だと言うカープソースもデフォの使用量が少なめなせいか、食べるとまずキャベツの甘さを感じるのも好印象ですが、もちろんトッピングを増やせば値は張るのですがこの内容でこの価格はかなり割安感があるため、サイドメニュー等と併せて頼んでもよさそうです。

親父さんを始め皆さんのんびりした口調に似合わず仕事ぶりはひどくテキパキしているのもさることながら、繁盛店に珍しく何か楽しそうな雰囲気が印象的で気分良く食べられますよね。
熱々でいただけるカウンター席が当然おすすめなのですが、トイレ設備が意外に整っていて驚いたのですが洋式と和式の両方が並んであるのは何故?と思ってしまいました。
しかしメニューは独自っぽいものもあって慣れると色々とオーダー出来そうですが、まずはこのシンプルなそば肉玉だけでも十分に足を運んで食べて見る価値はありそうです。

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2015年2月14日 (土)

つぶやきも立派な問題提起になる時代

先日は福岡で悲惨な女児の殺害事件があったことは聞くに新しいところですけれども、この件に関連して豊前市市長がこんな発言をしていると話題になっていました。

福岡小5女児絞殺事件 市長が性犯罪者監視を提案(2015年02月06日アメーバニュース)

 福岡県で発生した小学5年生の女児絞殺事件では、女児の友人の母親の内縁の夫(46)が逮捕された。事件が発生した福岡県豊前市の後藤元秀市長は、この事件についてFacebookで言及した。
 後藤氏は、通夜の会場で、悔しさを滲ませつつ語った言葉を紹介。そのうえで、容疑者の男が過去に沖縄で複数の女性に対して性的暴行を加えた結果、10年近い刑期を務めて出所した後、豊前市に辿りついて犯した犯罪であることを明かした。
 そして、安全な日本でこのような事態になったことについて言及。韓国や米国の一部の州、イギリスなどでは、特定性犯罪者の動向をGPS等で把握する制度が存在する。こういった事情を把握しているのか、後藤氏は以下のような意見を述べた。

<こんな性犯罪を繰り返す人間は、警察や関係機関の監視下に置くべきではないか。普通の市民社会に「放置」するのを許すなら、この種の犯罪はなくならないだろう。
 国は、勇気を持って性犯罪を重ねる人物は、今、どこにいるのか。どんな暮らしをしているのか。把握すべきである。できる法整備を至急、すべきである。今夜のような通夜を営むことのなきよう。>

 監視については、人権上の問題もあり、日本ではまだ導入が検討されている段階である。

記事にもあるように性犯罪者の再犯率が高いことが知られるようになったこともあってか、世界的にその動向を公的に追跡すると言うことが行われるようになっているようですけれども、日本では以前から性犯罪に対して寛容すぎるのでは?と言う諸外国からの批判もあるようで、昨年法務省が性犯罪処罰の厳罰化を検討し始めるなどようやく公的な議論がスタートした段階です。
自治体レベルで条例という形で追跡を開始しようとしているところもあるそうですが、いわゆる人権派の方々からの根強い批判はもちろん、個別の自治体が条例化するだけでは性犯罪者が他の地域に移動するだけではないかと言う意見もあって、やるなら全国で一斉に始めなければ意味がないと言う推進派からの批判もあるようですよね。
いずれにしても内容への賛否はともかくとして、自治体レベルにおいても積極的に政治家が意見を発信していく時代になったのだなと感じるのですが、あまりに言葉が過ぎると批判もバッシングも受けやすくなったのも現代社会の特質であって、先日は騒音に悩む小中学校への冷房導入に関連して所沢市長がこんなことを言ったと話題になっています。

「教室にエアコン」住民投票 埼玉・所沢、きょう告示(2015年2月8日朝日新聞)

埼玉県所沢市内の小中学校28校へのエアコン設置の賛否を問う住民投票が8日、告示される。「当初の計画通りに設置を」と求める賛成側の住民と、「地球温暖化に悪影響」などと反対する藤本正人市長の双方の訴えが15日の投開票に向けて熱を帯びている。

 市は自衛隊機が発着する空自入間基地に近く、騒音対策を施した「防音校舎」へのエアコン整備計画を9年前に決めた。1校に設置された後に当選した藤本市長が計画の中止を決定。住民投票条例は、設置が撤回された狭山ケ丘中学校の保護者らが中心になり、直接請求に必要な数の約1・5倍にあたる8430人分の署名を集めて市長に直接請求した。市議会が条例を可決していた。

所沢市、小中学校への冷房設置で住民投票(2015年1月29日日本経済新聞)

 埼玉県所沢市は2月、航空自衛隊入間基地周辺にある市立小中学校28校に騒音対策としてエアコン(冷房)を設置するかどうかを問う住民投票を実施する。2月8日に告示し、投開票日は15日。今回の住民投票の結果に法的拘束力はないが、住民投票条例は投票者数などに応じて結果を尊重することを定めている。

 市立小中学校へのエアコン設置を巡っては、2006年に所沢市が入間基地周辺の騒音対策として市内の防音校舎29校に設置する計画を決定。1校には設置したものの、11年に当選した藤本正人市長は原発事故などを受け「便利で快適な生活を見直すべきだ」と計画の中止を決めた

 騒音対策としてエアコンの設置を求める住民らは昨年11月、約8400人の署名を集めてエアコン設置の是非を問う住民投票を実施するよう市に求め、12月議会で住民投票条例案が可決された。

 28校へのエアコン(暖房を含む)の設置費用は国の補助金を除き約30億円になるという。

 藤本市長は地球温暖化や財政面から設置に反対する意見を表明している。今回の住民投票は法的拘束力のない「諮問的住民投票」だが、賛否いずれかが投票者数の過半数を占め、かつ有権者総数の3分の1に達した場合は市長、市議会は「その結果の重みを斟酌(しんしゃく)しなければならない」と定めている。

事の細かな経緯に関してはこちらの記事を参照いただきたいと思いますが、頭上を飛行機が飛び交う環境で防音工事は行ったものの夏に窓を開けるわけにもいかず冷房導入を求めたところ、原発事故を気に生活のあり方を見直すべきだと主張する市長が扇風機だけで我慢しなさいとストップをかけた、これに対してこれでは授業にならないと考える市民達が住民投票を求めたと言った経緯であるようです。
もちろん市長が言うように財政的な問題もあるにせよ、実際に騒音で満足に窓も開けられないと言うのであればやはり何かしらの対策は必要だろうとは思いますが、この騒音被害がどの程度のものなのかと言う評価に関しても市長と校長らの見解が対立しているようで、当然ながら暑さをどのように評価するかと言うことについても意見が分かれているようです。
興味深いのはわざわざすでに出していた補助金の申請まで取り下げたと言い、ここまでエコでロハスな生活を追及する市長なら当然市役所のエアコンなど全部撤去しているのか?と思うところですが、実際には市長室も自宅もエアコンが設置されているのだそうで、さすがにこれには全国から一斉に「お前が(r」と突っ込みが入ったのは当然と言えば当然かも知れません。

市長はとかく我慢が必要と繰り返し、昨今の我慢しない、させない教育がこれはこれで社会問題化していることも反映してか市議の中にも耐えると言うことも大事だと賛同者がいるそうですが、一方でこれだけ地球温暖化が叫ばれる時代に特に首都圏ではヒートアイランド現象なども話題になるくらいで、昔の夏の感覚で耐えろ耐えろと言うのは無理があるだろうと言う意見ももっともに思えます。
ちなみに幼児期から我慢を覚えさせることでその後の成績が大きく伸び、自制心があると周囲から評価される率も高まると言う実験結果もあるのだそうで、このところの社会的な実感としても我慢をすることを覚えないまま大きくなった方々がどうなるかと言う実例には事欠かないようですから、ひと頃のように「そんなの子供がかわいそうでしょう!」と言う意見ばかりが賛同を得ると言う状況でもないようですね。
一方で企業のお客様相談窓口担当者の実感として面倒なクレームばかり付けてくる顧客は団塊を中心とする中高年が多いと言う記事が大きな社会的賛同を得ているように、子供達に我慢を教える立場であるはずの世のオジサン方が我慢強いかと言えば必ずしもそうではないと言う実態もあるようで、やはりこうした場合に他人に対してこれが正しいあれが良いと言うほどのことであればまず隗より始めてみては?と言う気もしないでもないところです。


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2015年2月13日 (金)

「それは医者が悪い」と言うしかない話

先日静岡の病院で夜間救急担当の医師が患者家族に暴言を吐いたとネットに動画がアップされ大いに話題を呼んでいましたが、その後の情報を見る限りではどうやら手を尽くし何をどうしても納得しない家族に対してつい切れたと言った事情でもあったようなのですが、いずれどのような事情があったにしても患者あしらいの技術にもう一歩改善の余地があったとは言えそうには感じますね。
こうした点から病院においても一般の客商売と同様、投書と言った形で患者さまの御意見を募っている施設は少なくないし、中には全くごもっともとしか言いようのない御意見も決して少なくないのでしょうが、先日読売新聞が掲載したこちらの御意見を見てみましょう。

心ない言い方(2015年2月8日読売新聞)

愛知県愛西市 主婦 50

 若い頃に治療した歯のかぶせ物が外れたので、昨年秋、近くの歯科医院を初めて受診した。

 口の中を診た歯科医は「どういう歯をしているんですか。歯の磨き方も教えない親なのですか」と、まるで親のしつけを疑うかのように言った

 確かに、私の両親とも歯が悪く、私自身も幼い頃から虫歯に悩まされてきた。ブリッジなどの治療も多数受けており、歯科医の言葉に反論はできない。

 だが、もう少し配慮のある言い方ができないのか。この歯科医の技術は確かで感謝もしているが、あの時の言葉が心に突き刺さったままだ。

歯科領域には全く素人で親から子への歯の磨き方の教育内容とその後の歯科的経過にどれくらいの相関があるものなのか存じ上げないのですが、歯磨き教育もさることながら生物学的性質等々遺伝的素因や食習慣等環境的素因も大きいのだろうし、子供ならまだしもいい歳をした年配の相手に真っ先に親の歯磨き教育が云々と言うのもどうなんかなと言う気もしないでもありませんがどうでしょうね。
いずれにしても医師にしても悪気があってのことではなかったのだろうし、恐らく日頃正しい歯磨き教育を受けていないだろう子供さんの相手ばかりしてきた結果真っ先にそちらに意識が向いたと言った背景事情もあるのかも知れませんが、たったこれだけの発言で新聞に投書までされてしまうほど相手に重大な心理的ダメージを与えたと言う事実は真摯に受け止める必要はあるかと思います。
人間の考え方と言うのは千差万別で、もちろん目の前に初めて現れた顧客が何をどのように受け取るかと言う事情までピタリと当ててみせると言うのはよほどのベテランでも難しいかとは思いますが、一般的に初見の顧客相手にトラブルを招きにくい接遇術を知っていれば、逆にこの人に居着かれては困るな…と言うクレーマー予備軍をいかにうまく処理するかにも役立てられると言うメリットもあるわけです。
ただ医学教育においてはこうした方面の技術はこれまであまり重要視されてこなかった経緯があり、しかも先輩から系統だって伝授されたり学会で学べると言うものでもない以上各個人が経験の範囲で学んでいくしかないのも現状だと思うのですが、そのせいか「気持ちは判るがそれはちょっと方法論としてはどうよ?」と感じられるような対応をしてしまう先生方も時折いらっしゃるようです。

がん:全摘出手術に迷う患者 医師から「治療拒否」同意書(2015年2月10日毎日新聞)

 「ここにサインをしてもらえますか」
 2013年8月、奈良県内にある公立病院の乳腺外来の廊下。3週間前、この病院で乳がんを告知された玲子さん(68)=仮名=は、看護師からA4判の紙1枚を渡された。
 <今後乳がんに関する□□病院での治療につき自己意思でもって一切受けないことに同意をし、転移・病状の悪化時および緩和治療などの一切の当院での治療については今後受けられないことについても同意するものである>
 今後、病院が玲子さんの乳がんに関する一切の治療を行わないことを明記した同意書だった。文書の末尾に、男性主治医の名前と押印があった。
 3週間前、右乳首からの出血が3日間続き、玲子さんはこの病院の乳腺外科を受診した。診察後、すぐに超音波検査(エコー)を受けたが、主治医は画像を見たまま、「右だけでなく、左にもがんがあります」と淡々と告げた。「両側乳がんで、全摘出手術が必要」と診断されたが、全摘出の理由や詳しい治療方針など十分なインフォームドコンセントはなかった

 ◇方針反対の直後に

 1週間後の再診察。医師は組織検査の結果を告げると、すぐに手術の手続きを進めようとした。日取りもすでに決まっている。拙速な対応に不安を感じた玲子さんは、いったん退室。廊下で夫(68)に相談のメールを送ると、「手術はするな」と返信が届いた。夫と1時間ほどやり取りを続けたが結論は出ず、その日は手術の仮予約だけして帰宅した。
 玲子さんの手術をめぐり、夫や長女(42)、長男(38)、兄弟らが集まり家族会議を開いたが、夫だけが猛反対した。がんの告知後、夫は抗がん剤など従来のがん治療を否定する本を読んでいた。迷った玲子さんは、旧知の乳腺外科の開業医を訪ねた。セカンドオピニオンを受けるつもりではなく、ただ相談しようと思った。開業医はエコー検査後、すぐに手術はせず、経口剤によるホルモン治療で経過観察することを勧めた。
 年齢を考えれば手術は避けたいし、夫の気持ちにも添いたい。開業医の言葉が背中を押した。
 「手術を受けるのはやめようと思います」
 数日後、診察室で玲子さんは主治医に伝えた。夫の反対や、ほかの医師の診察を受けたことも話した。主治医は一瞬、驚いた様子だったが、パソコンに向き直ったまま「廊下で待つように」と言った
 看護師から同意書を渡されたのは、その直後だった。玲子さんは戸惑いながらもサインに応じるしかなかった。「看護師からは何の説明もなかった。同意書を取られる理由も理解できないまま、気がつけばサインをしていました」

 ◇病院に報告なく

 医師はなぜ同意書への署名を求めたのか。
 病院に取材を申し込むと、主治医は退職していた。
 「なぜこんな同意書を取ったのか。当然、患者さんには病院を選び、治療を受ける権利があります」。病院の広報担当者は困惑気味に話す。これまでこうした事例の報告はなかったといい、「主治医は実績のある医師だった。『手術をすれば治癒が見込めるのに、なぜしないのか』と思ったのでは。あるいは別の医師の診断結果を聞かされて腹を立てたのかもしれない。いずれにしても、気の毒なのは患者さんです」と話す。
 告知から約1年半。玲子さんは現在、相談した開業医の治療を月1回受けているが、今のところ進行の兆しはない。病のことは常に頭から離れないが、介護保険認定の審査委員を務めたり、趣味の水彩画や川柳を楽しんだりして過ごしている。

 ◇納得できぬまま

 手術をしなかった自分の選択に後悔はしたくない。一日一日を懸命に生きるだけだ。ただ、主治医の対応には今も割り切れない思いを抱えている。「あのとき、私の目を見て丁寧に説明してもらえれば、夫の反対を振り切ってでも手術したかもしれません。医師には患者の気持ちを分かってほしい。寄り添ってもらいたいのです」【三輪晴美】
(略)

ほぼ患者側の一方的な情報に頼った記事の中にも色々と感じられるところはあるかと思いますけれども、一般論として進行性かつ致死的な経過を辿る病気で今ならきちんと治療すれば治ると言う段階で見つかった場合、普通の医師であれば手遅れにならないうちに早く治療を受けなさいと勧めるのだろうし、患者が非合理的とも見える選択を敢えてしようとしている(ように見える)場合にはまあ医者ならずともおもしろくない気分にはなるでしょう。
ただそこで昔であれば懇切丁寧に説明をし説得すると言う作業が当然行われていたのだろうし、そこで患者と医師とがお互いの人間性や考え方まで知った上で「それでは先生に全てお任せします」と言う話にまで持っていったのが昭和の頃の理想的とされた医療だったとすれば、現在では患者の意志が何事につけ最優先で、たとえ医学的に間違っていると思える判断だとしてもそれが患者の意志であれば受け入れるしかないと言うことになっています。
ただそこで意志決定の前提となるインフォームドコンセントと言うものをどのように考えるかで各個人の差が出てくるのだと思いますし、素人である患者が医学的に正しい(と思われる)処置を受け入れないのは説明が不足し理解が十分でないからだとなおも説明と言う名の実質的な説得を繰り返すと言う先生もいれば、ああそうですかでさっさと次の患者に移ると言うドライな?先生もいらっしゃるわけです。

一方で司法の場においてはこのインフォームドコンセントと言う言葉が現場の感覚とはまた微妙に異なった意味で捉えられているケースも散見されるようで、繰り返し説明も説得もした上で患者が検査や治療を拒否したにも関わらず後日損害賠償が認められたと言った判決もたびたび出ていることからすると、現場としては面倒な患者に対してどう後々の厄介事を回避するかと言う点にも留意せざるを得ないのは当然ですよね。
このインフォームドコンセントの大前提となる説明義務と言うものに関して注意すべきなのは、患者の抱く様々な不安が医学的に非合理で妥当でないものだと思われたとしてもその不安を解消するに足る十分な説明を行わなければ過失有りと判断される場合があると言う点だと思いますが、多忙な実臨床の現場において正直そうした不安の全てを解消するまで説明努力をすると言うのは無理だろうなとは思います。
その結果手術を延期するとしても他の手術スケジュールに影響が出るし病棟のベッドも回らなくなるとなれば、特に長年のかかりつけでもない患者さんに対しては「それでは他所にどうぞ」と言いたくなる気持ちも理解出来るところですが、当然ながら病院の施設としての公式見解としてはそんな現場の判断を受け入れることは出来ないでしょうから、「患者さんには病院を選び、治療を受ける権利があります」と言うコメントになると言うことなのでしょう。
ただこうした応召義務的な話も行きすぎると、現場の立場からすればどんな地雷も避けることは許されず必ず踏まなければならないと言うことか?と言う話にもなりかねませんし、実際にあまりにそれを要求し過ぎる施設からは続々と医師が逃散していっていると言うのが今の時代の現実であることを思う時、お互い気分を害するようなこともなくスマートに診療契約を終了する方法論はもっと真剣に研究されるべきなのかとも思いますね。

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2015年2月12日 (木)

命の価値はお金では計り知れない、とも言っていられない時代

本日の本題に入る前に、昨今高齢者絡みのニュースには事欠きませんが、先日はまた何とも切ない事件があったと話題になっています。

認知症の妻殺害で逮捕の夫「介護疲れた」 日常的に介護 札幌市(2015年2月9日FNNニュース)

7日、北海道・札幌市の住宅で71歳の女性が死亡しているのが見つかった事件で、警察は、女性の夫を殺人の疑いで逮捕した。
逮捕された札幌市の無職・長岡 進容疑者(71)は、7日午前10時ごろ、自宅の寝室で、同居する妻の律子さん(71)の首を絞めて、殺害した疑いが持たれている。

警察の調べに対し、長岡容疑者は「介護に疲れて、首を絞めた。間違いありません」などと、容疑を認めているという。
警察によると、律子さんは、5年ほど前から認知症を患っていて、長岡容疑者が、日常的に介護していたという。
長岡容疑者は、律子さんと長男との3人暮らしだった。
警察は、当時の状況などを調べている。 (北海道文化放送)


71歳夫、「介護に疲れ」認知症の妻殺害(2015年2月8日読売新聞)

(略)
 同署によると、長岡容疑者は律子さんと長男(42)の3人暮らし。7日夜に帰宅した長男がベッドで死亡している律子さんを見つけた。長岡容疑者はベッド脇の布団で横たわっていたという。長岡容疑者は自分の首や手首などを刃物で浅く切っており、「死のうと思ったが、死にきれなかった」と話しているという。

 律子さんは近く、札幌市内の病院に入院する予定だった。長岡容疑者は、居間のテーブルに「すまん、母さん病院もういいわ」と書き置きを残していたという。

身体的には元気な認知症の扱いと言うものは何かと難しいもので、現在の介護保険のシステムでは低い評価しかされず家族も持て余すと言うことがしばしばですけれども、それ以上に家族の介護は自分達でしなければと言う責任感の強い人ほど追い込まれ、結局皆が不幸になっていくと言う面はありますよね。
某都知事などは田舎の老親の介護を肉親に押しつけていたくせに介護経験者のような顔をするのはケシカラン、などと言う声も以前から一部にありますけれども、しばしば聞く話として普段から身近にあって献身的に介護をしていた身内ほど(認知症もあって)当の本人からはかえって恨みを買ったりする、その一方でたまに顔を出すだけの遠い親族の方がいい顔しか見せない分気に入られやすいと言う逆説があります。
その延長線上として終末期医療におけるいわゆる「遠い親戚」問題と言うものがあって、長い治療経過をよく知っている近い身内ほどこれ以上は本人にとってもつらいだけだと言う段階が感覚的に判ってくるせいか最後は自然の経過で看取りましょうと話がまとまってくる、しかしそこに初めて病院にやってきたような遠い親戚が「何故こんなになるまで放置しているんですか!」と大騒ぎして濃厚医療を最後まで続けると言うことになりがちです。
さすがに最近では医療関係者もこうした問題を理解してきたと言うことでしょう、家族の中でもキーパーソンを決めた上でその他大勢の方々の意見は(少なくとも本人とキーパーソンの意向に反する限り)相手にしないと言う対応もごく普通に行われるようになりましたけれども、ただ前述のケースのように近い身内ほど本人に巻き込まれ冷静な判断が出来なくなりがちであると考えると、決してこれがベストであると言うわけでもないのでしょう。
いささか話が脱線しましたけれども、先日以来世間で話題になっているのが9年ぶりに介護報酬の引き上げが決まったと言うニュースで、もちろん特養の経営状態が予想以上に良いと言った様々なデータ的な裏付けがあっての話と言うことにはなっていますけれども、実際のお金の配分を見る限りではいかにも国策が反映されていると思わされるものではありますよね。

特養の利用料下げ、在宅介護は引き上げ 厚労省(2015年2月6日日本経済新聞)

 厚生労働省は6日、4月から適用する介護保険サービスの新たな料金体系(介護報酬)を公表した。特別養護老人ホームなど施設サービスの料金を安く、訪問介護(ホームヘルプ)など在宅支援サービスを高くしたのが特色だ。全体をならせば2.27%の値下げとなる。人手不足を踏まえ、介護職員の賃金も平均で1人あたり月1万2千円上げて人材を確保する。
 6日の社会保障審議会(厚労相の諮問機関)の介護給付費分科会で示し、同分科会はこれを了承した。

 値下げが目立つのはこれまで業者のもうけが大きかった施設サービスだ。厚労省が試算したモデルケースの場合、利用者の自己負担額は特別養護老人ホームの相部屋が月3万300円から2万9670円へ、個室が月3万1530円から3万720円へと、ともに2%強下がる
 通所介護(デイサービス)は月1万170円から1万5円へ1.6%の値下げとなる。
 一方、厚労省が拡充を目指す在宅サービスは負担の重い介護職員の待遇を改善するため値上げとなる。モデルケースによると、訪問介護や24時間対応の定期巡回はともに利用者の負担が4%強重くなる計算だ。
 ただし、実際の負担額は受けるサービスや介護を必要とする度合いの重さによって異なるため、一概にはいえない。

 こうした料金の改定は厚労省による政策誘導の面もある。介護事業者の側から見れば、賃上げや重度者らへの対応を進めれば収入を維持できるが、従来のサービスのままなら大幅な減収となる。厚労省は料金体系の見直しを通じ、利用者がより必要としているサービスを提供できるよう事業者を誘導したい考えだ。
 介護サービスにかかる費用は年間で総額10兆円に膨らみ、今後も制度を持続させるには介護費の抑制が欠かせない。一方で2025年度には介護職員が30万人足りなくなる見込みで、人手不足の解消には賃上げも必要となる。今回の介護料金体系の見直しではこれらの両立もはかった。

しかし施設入所く関わる報酬を引き下げ、一方では在宅介護の報酬を引き上げるとはまた露骨な話だなと思うのですが、かつて大病院から開業医へ患者を誘導しようと開業医の外来報酬を高く設定したところ、患者が割安な大病院に集中したと言う故事の二の舞にならなければいいのですけれどもね。
とは言え記事にもあるとおりで当然ながら施設から在宅へと言う国策を反映した改訂でもあるとして、団塊世代の高齢化に伴い2025年には20兆円以上にふくらむとされている介護費用(当然ながら、医療費は別枠)の圧縮が急務であると言われれば、まあそれは仕方ないかと言うしかないことなのかも知れません。
介護報酬を削減しても職員の賃金は確保すると言う思惑通りに話が進むかどうかは何とも言いかねますが、施設入所者はより重症者にと誘導するのであれば当然ながら職員の知識や技能等は今まで以上に必要となるはずで、それを持つ有能なスタッフの奪い合いから人件費が高くなると言うのであれば、人員数を減らして一人当たり今まで以上の努力で乗り切ろうと考える事業者も出てくるかも知れません。
世間的にはこれだけ忌避されるほど厳しい仕事であると認識されながら、その道一筋では家族も養えないほど低賃金に留め置かれているのは本質的に介護報酬に問題があるのだと思うのですが、数%の上げ下げで何かが変わると言うことがあるのかと言えば、まあ最底辺の賃金が月1万円上がったからと言って求人にはほとんど影響がないんじゃないのかなと言う気はしますでしょうか。
各種の国民調査においても現行の報酬水準では介護も安心して受けられない、もっと利用者負担を増やしてでも充実を図るべきだと言う声が多いようですが、逆に考えれば「これ以上切り詰めれば介護業界そのものがもたない」と国民自ら進んでコスト負担をしようと言う気持ちになってくれるならば、国としては全くノーリスクで待遇改善に動ける道理ではあるでしょう。

「寝たきり老人など見たことがない」としばしば日本のマスコミにも称揚されてきた北欧諸国では高齢者に対する介護と言うものも考え方がずいぶんと違っていて、目の前に食事を配膳はしてくれるが食事介助などは全くしてくれず、自力で食事摂取出来なくなればその人の人生はそこまでと言う国民のコンセンサスがあるそうですが、こうした考え方ですと認知症老人なども早々に淘汰されていきそうではありますよね。
終末期にどこまで手間暇をかけるべきかと言うことは各個人や家族での考え方の違いがあって総論的に語ることは難しいのですが、興味深いことに終末期医療に関しては国や地域によってもかなり顕著に差があって、回復の見込みのない終末期患者に欧米諸国の医師の9割以上が医療行為を手控えると答えた一方、日本の75%を始めアジア諸国ではこれよりも低い数字が示されたと言います。
この辺りは宗教観などと同時にやはり医療制度の違いやコスト負担のあり方なども関わってくる話ですが、興味深いのはそこでつい治療をしてしまう医師の特徴として特にオッズ比が高かったのが「終末期ケアについて話し合うことがやっかいだと感じている」(2.38、1.62-3.51、P<0.001)、「法的なリスクに対する懸念が強い」(1.92、1.26-2.94、P=0.002)と並んで「低所得から中所得の国に在住」(2.73、1.56-4.76、P<0.001)が挙げられたと言います。
失礼ながら所得の低い国々と言えば命の価値も低く扱われているようなイメージが必ずしも否定出来ないのですが、終末期医療に関して言えばいわゆる先進国よりもずっと命の価値が尊重されているようにも受け取れるのは興味深いと思いますけれども、宗教など合理主義だけでは計れない何かが未だに身近にあって行動を規定しているのだと考えると、日本などはこの方面の認識では未だ発展途上にあると言えるのかも知れませんね。

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2015年2月11日 (水)

今日のぐり:「民芸茶屋 新粋(しんすい)」

世の中に悲劇的な事件は数あれど、こちらも悲劇性という点ではかなりなものではないかと言う事件が報じられていました。

シェパード突進でチワワ突然死、飼い主に賠償命令 大阪(2015年2月6日朝日新聞)

 鎖が外れたシェパードから突進されたチワワが突然死。その責任は――。大阪地裁で6日、愛犬をめぐる異例の訴訟の判決が言い渡された。川畑正文裁判長は「シェパードの飼い主の管理が不十分だった」とし、約60万円の賠償を求めたチワワの飼い主へ22万円を支払うようシェパードの飼い主に命じた。

 訴訟を起こしたのはチワワを飼っていた夫婦(堺市在住)。判決によると、チワワを散歩させていた2014年2月7日朝、駐車場でつながれたシェパードの鎖がはずれて路上に飛び出し、チワワに突進。その直後、チワワは急激な興奮による心不全で死んだ。

 判決は「チワワは高齢の15歳。体格差のあるシェパードに突進されたのは脅威だった」とし、突進されて心不全になったと判断。数日前もシェパードが逃げ出していたことを踏まえ、管理の不十分さを指摘した。一審にあたる堺簡裁もほぼ同じ判断を示してチワワの葬儀費を含む約20万円の支払いを命じたが、川畑裁判長は簡裁判決を変更。新たに弁護士への相談費2万円を賠償額に算入した。(太田航)

お歳もさることながら何しろ体格差が何倍と言うレベルですから、ご老人が牛や馬に突進されるくらいにはショックを受けても仕方ないかなと言う気はしますけれどもね。
今日は極めて悲劇的な最後を遂げられたチワワに哀悼の意を表して、世界中からああそれは仕方ないわな…と誰もが感じずにはいられないちょっと意外性ある事件の数々を紹介してみましょう。

兵庫県姫路で発生した窃盗事件の容疑者にネットで情状酌量求める声(2015年1月13日おたくま経済新聞)

兵庫県姫路市の男性(20代)のポケットから人参を盗んだとしたとして、『姫路セントラルパーク』は同パークに勤務するアフリカゾウのワタ容疑者を1月7日に逮捕したと発表した。

1月4日の事件発生当日、被害にあった男性はパーク内の清掃を行っていたところ、後ろから近寄ってきたワタ容疑者に、ポケットに入れていた人参を盗まれた。

パーク内に設置された捜査本部は、当時の防犯映像を公開して行方を追っていたが、1月7日に何食わぬ顔でワタ容疑者が出勤してきたため、その場で鼻錠をかけ逮捕した。容疑者は犯行内容を概ね認めており、謝罪の言葉を述べているという。

なお今回の出来事についてネットでは、ワタ容疑者の普段の様子や当時の状況などを考え情状酌量を求める声が強く上がっている。

元記事の画像を参照いただければ同容疑者の反省ぶりも理解出来る方がいらっしゃるのかいないのか、ともかく異種族理解の不足に基づく悲劇と言う捉え方も出来るのでしょうか。
こちら一転して小さき生き物の話題ですけれども、まあこれは仕方がないか…と思わず許してしまいそうな事故の動画です。

トコトコ……ガツン! くわえた骨が犬用ドアにつっかえちゃうワンちゃん(2015年1月25日ねとらば)

 クリスマスプレゼントに大きな骨ガムをもらったワンちゃん。早速その骨を持ってお出かけしようとしたところ、意外な問題が待っていました。

 骨が大きすぎて、いつもなら通れる犬用ドアにつっかえてしまったワンちゃん。「あれっ?」という表情で飼い主さんを振り返りますが、すぐに機転を利かせて「自分が先にドアの外に出て、それから骨を引っ張り出す」というアイデアを思いついたようです。ところが……。

 骨を横にしたまま出そうとしたのでやっぱりドアにつっかえてしまいました。お約束の失敗ととぼけたリアクションがかわいらしく、飼い主さんも思わず笑ってしまっています。

これは元記事の動画を参照いただきたいところなんですが、まあ何と言いますか、これは仕方ないですよね…うん。
同じく犬絡みでこちら一見するとほのぼのしたニュースとなるはずだったものが、こういう結果に終わったのも中国的には仕方ないのでしょうか。

中国の専門学校、教官らが校内で犬叩き殺し丸焼きに 生徒が暴露―広東省(2015年1月22日フォーカスアジア)

中国広東省広州市にある中等専門学校「広州市財経職業学校」の生徒がこのほど、同校の迷彩服姿と見られる教官ら数人が16日午後、女子寮の裏にある空き地で犬を殺し、食べるために丸焼きにしていたと暴露した。同省のテレビ局・広東電視台が18日伝えた。

その様子は複数の生徒が目撃し、ある生徒が写真に収めていた。写真では男性教官ら数人が赤いバケツに入っていた犬の死骸のようなものを火であぶっている様子が分かる。

犬は同校の柵の部分に頭が挟まっていたのを生徒らが助け出したものとみられ、助けられた後、校内をさまよっていた。これを見つけた教官らが校内の寮があるエリアに犬を追い込み、4~5人が袋に閉じ込めて叩き殺した。

同校は教官らの行為に不適切な部分があったと認め、処分を検討する方針だ。

元記事の画像は自己責任で参照をと言いたいところなんですが、しかし日本では牛は駄目で鶏は有りと言う話がありましたが犬の場合はどうなんでしょうね?
据え膳食わぬは何とやらと言う言葉が古来ありますように、これはどう見ても仕方ないだろう男としては、と言うニュースがこちらです。

米男性、イルカに誘惑されて性的関係を一年続ける(2015年2月3日新華ニュース)

英紙「デイリー・ミラー」の1日付記事では、米フロリダ州の63歳の男性Malcolm Brennerさんは、Dollyというメスイルカと1年にわたり性的関係を続けてきたと打ち明け、この全てはイルカによる誘惑から始まったとした。

1971年に、カメラマンだったMalcolmさんは、現地のテーマパークで暮らすイルカと親密に接触する機会を得た。Malcolmさんによると、Dollyは好意を伝えたが、無関心だった。仲が深まるにつれ、背中や尾をなでるなど、Dollyとの身体接触があった。その間に、成功裏にオスイルカを避けて何度も関係を持った。Malcolmさんは、Dollyとの間に愛情が存在すると主張しており、Dollyの死後、5年にわたる憂うつな日々を過ごした。

フロリダ州では2011年に人間が人間以外の動物と行う性行為を禁止する獣姦禁止法が成立した。だから、Malcolmさんとイルカとの性的関係は違法ではない。

しかしイルカのその生活も非常にアレでナニであるとは見聞するところなのですが、イルカ的にこういうのはどういう解釈をされる行為なのでしょうかね?
最後に取り上げますのはご存知ブリからのニュースですが、これまたそれは仕方ないだろうと言う話であるようです。

料理好き泥棒、小学校に侵入し料理作る/英(2014年8月7日日刊テラフォー)

小学校に侵入した泥棒が、2コースの料理をこしらえて食べた。

泥棒に入られたのは、イギリス・カーディフにあるセニーブリッジ小学校。犯行は、学校が夏休みに入った6月18日金曜日から、事件が発覚した7月27日日曜日の間に行われたと見られている。
泥棒たちは、学校にあった冷蔵庫の中に肉と魚があったのを発見し、調理して腹ごしらえをすることにしたようだ。
包丁や鍋な、皿どの調理器具は、学校にあったものを勝手に使った。
泥棒たちは、どこからかクリスマス用クラッカーまで見つけて、出来上がった料理と共に、かなり早めのクリスマスパーティを楽しんだ。
現場からは、使用済みのクリスマス用クラッカーがいくつか発見された。
仕上げに、冷凍庫にあったアイスクリームも目ざとく見つけて、デザートとして食べた。

現場から直ぐに立ち去らずにパーティをするなんて、随分大胆な泥棒だが、しかしながら、彼らが盗んだのは冷蔵庫にあった食材だけだった。
冷蔵庫の食材を調理して、誰もいない学校でパーティを開くことが目的だったのか、何なのか…?
警察は現在、この不思議な泥棒の目撃情報を募っている。
パーティを終えた後、泥棒たちがきちんと皿洗いと掃除をしてから立ち去ったかは不明だ。

しかし記事では何一つ触れていないのですが、夏休みに入った小学校に何故これほどまでの食材が蓄積されていたのかは謎ですよね。
いずれにしてもあらためて判ることとして、まともな料理を作ると言うことは何であれブリにおいては犯罪行為であると言うことではないでしょうか。

今日のぐり:「民芸茶屋 新粋(しんすい)」

美観地区の一角、ちょうど阿智神社の参道登り口脇にあるのがこちらのお店ですが、この辺りは何軒か気になる老舗があるのですが、こちらもずいぶんと年期が入っていて、元々は大正時代創業の割烹旅館だったと言いますから大変なものですよね。
民芸茶屋と言うと一体どんな店なんだと思うのですが、カウンターに並んだお総菜の大皿や壁のメニューを拝見する限りではまあ居酒屋で、何でも元々の居酒屋と言うもののスタイルを再現しているのだそうです。

例によって同行者とシェアしながら適当につまんでみたのですが、わけぎのぬたぬたと言えば一般に酢味噌で和えたもので、わけぎなどは食感がしんなりし過ぎるのが欠点かなと思っていたのですが、こちらはソースとして酢味噌を掛けたものでわけぎの食感も良く美味しくいただけました。
実はぬたと言うのは酢味噌で和えた料理だけでなく酢味噌のたれそのものの名前としても用いられるようなんですが、見た目にもこちらの方がまあおしゃれですよね。
こちらのおでんは醤油を使わないのが特徴だそうで名物料理の一つらしいんですが、これは味より何より全てにゆずの風味が染み込んでいるのがちょっと苦手でしたが、後掛けらしいので頼めば抜いてくれるものでしょうかね。
肉じゃがもお総菜ではなくあくまでも料理屋風の味で、個人的に糸こんにゃくと言うものはあまりうまいとは思わないんですが、こちらは柔らかな煮上がりと言い味の入り具合と言いなかなかですよね。
刺身盛り合わせはちゃんと地の魚中心なのはありがたいですが、いずれのネタとも食感にも味にも安心感があり盛りつけも綺麗と、なかなか隙がない仕上がりです。
ちなみに壁の掲示を見ていて気になったのが露骨に居酒屋風なメニューなんですが、これも名物料理の一つだと言うクリームコロッケは中からゴロリとしたぶつ切り食材が飛び出してくるのが楽しいですし盛りつけも美しいものですが、この辺りはレシピも見せ方も新しいものも積極的に取り入れているのでしょうか。
だし巻き卵は焼きたて熱々なのは当然として、卵を十分に楽しめるすっきりした味つけとふわとろの食感でなかなかうまいだし巻きでした。

全般にこれは外れと言うものがなく安定的に楽しめるし、居酒屋によくある濃いめの味付けではなく甘さもうまく使った仕上がりは飲まない人間にもありがたいものですが、特にメニューの多くに馴染みがあるだけにさすがにプロの職人が作れば同じような居酒屋メニューでも違うと実感出来るのはいいですよね。
ちなみに場所柄観光客も当然多いのですが、見ていますと妙におでんを食べている人が多いと思ったところ名物であるのも無論ですが、ネット経由で来店するとおでんなどサービス品が一品つくと言うことのようです。
ハードウェアはとにかく一世紀近い歴史を感じさせるもので、トイレなども一応新しく改修して設備は相応に整ってはいますが、扉の立て付けであるとかカウンターの下の足の入りにくさなど利便性は見劣りするのは味があると受け止めるべきでしょうか。
大将が普通に席で近所の人と飲んでいたり、一見客にとんでもないジョーク?で応戦したりととちょっと愉快な面もあるようですが、チェーンの居酒屋に入るよりは地元の味を楽しみたいがあまり本格的なお店だと気後れすると言う時には良い選択枝だと思いますし、実際若い人も写メなど撮りながらそれなりに楽しんでいる様子で、まあちょっと不思議な光景の見られるのが今どきの老舗と言うことなんでしょう。

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2015年2月10日 (火)

たいていの場合に偽医者は名医な不思議

またぞろ無資格者の医療行為が見つかったと話題になっていましたが、これがなかなか大がかりな話であったようなので紹介してみましょう。

無資格で医療行為の疑い、3人逮捕 7人に血管手術か(2015年2月4日朝日新聞)

 医師免許がないのに手術などの医療行為をしたとして、千葉県警は4日、同県松戸市にあった診療所「東葛整形外科・内科」に勤めていた男(67)=同市=ら3人を医師法違反(無資格医業)容疑で逮捕した。捜査関係者が明らかにした。

 捜査関係者によると、男らは昨年3~7月、いずれも同市内にあった診療所の本院と分院の計2カ所で、医師免許がないにもかかわらず、市内の50~80代の患者7人に血管の手術などをした疑いがある。血液がたまって血管が浮き出る「静脈瘤(じょうみゃくりゅう)」の治療で皮膚を切開するなどしていたとみられる。

 患者は昨年1~8月で延べ数百人おり、男は診療報酬を詐取した疑いもあるという。

 千葉県によると、診療所は今年1月に廃院になった。

無資格医、延べ700人診療…報酬不正請求か(2015年2月5日読売新聞)

 千葉県松戸市の診療所で、経営者らが医師免許がないのに手術や注射をしていたとされる事件で、この診療所では、昨年だけで延べ約700人が診療を受けていたことがわかった。

 県警は診療報酬を不正請求した詐欺の疑いでも捜査する。

 医師法違反(無資格医業)容疑で4日に逮捕されたのは、診療所「東葛整形外科・内科」の経営者山本武男容疑者(67)(松戸市西馬橋)ら3人。発表によると、3人は昨年3?7月、医師免許がないのに53?82歳の7人に手術や注射、リハビリ方針の決定などの医療行為をした疑い。

 県警によると、山本容疑者は同診療所で2012年1月頃から医療行為を行っていたという。県警は昨年9月、診療所を捜索し、カルテや偽造された山本容疑者名義の医師免許証を押収。診療報酬明細書から、昨年1?8月に延べ約700人が診療を受け、診療報酬として約6800万円が県国民健康保険団体連合会などに請求されていた。

無資格医療事件、経営者数十件手術か(2015年02月05日読売新聞)

 無資格で医療行為をしたとして経営者らが逮捕された松戸市の診療所は、「雰囲気がいい」と患者から思われていた。県警が4日、3人を逮捕した医師法違反事件。経営者は医師免許を一度も取得したことがないのに、どのように医療技術を学んだのか。県警は全容解明を進める。

 逮捕されたのは、診療所「東葛整形外科・内科」の経営者山本武男容疑者(67)(松戸市西馬橋)のほか、同診療所を運営する医療法人社団「東洋医心会」の元理事川村祐一郎(60)(愛知県半田市)、理事上杉和弘(52)(松戸市上本郷)両容疑者。

 県警生活経済課の発表では、同診療所に勤務していた看護師や非常勤医師らは山本容疑者について、「医師だと思っていた」「技術が高い」などと証言したという。

 昨年9月まで約3か月間、腰痛治療で通っていたという80歳代の女性は取材に対し、「病院の雰囲気は良く、『おかしい』と思うようなことは何もなかった」と話した。

 県警は2014年3月、松戸保健所から「医師不在で診療している」と相談を受け、捜査を開始。同年9月に本院(同市上本郷)や分院(同市馬橋)を同法違反容疑で捜索した。女性(53)と男性(64)は4月、切開や縫合が必要な足の静脈瘤(りゅう)の手術を受け、女性は手術から約半年後、別の病院で再手術を受けていた。

 同課によると、山本容疑者は柔道整復師や鍼灸(しんきゅう)師の資格を持つが、医師免許は一度も取得したことがない。しかし、静脈瘤の手術を少なくとも数十件行っていた疑いがあるほか、神経へのブロック注射もしていたという。

 山本容疑者の同診療所での医療行為は12年1月から始まった。同課はこれ以前にも山本容疑者が別の医療機関で医療行為をしていた可能性もあるとみて捜査する方針だ。

ここで注目いただきたいのは逮捕されたのが経営者や理事と言うクリニックのトップであり、通常であれば被雇用者の免許の有無をチェックする立場にある者が自ら無免許診療行為に励んでいたと言う点ですが、確かにこれでは偽造免許証であっても発覚しないのも当然で、そもそも保健所がどうやってこうした事情を把握したのかも気になるところですよね。
しかし今どき医師免許も原本の確認でなければならない時代に無資格の偽医者を雇用すると言うのは、仮に容疑者が以前に勤務していたと言う医療機関の存在が明らかになればチェック体制の甘さを指摘されても仕方ないとは思うのですが、経営者自身が無資格の偽医者であったとするとこれはなかなか確認作業も何もないのだと計算に入れて、自らクリニックを開設までしたと言うのであれば非常に大がかりな偽医者騒動と言うことになります。
素人に血管手術が出来るのか?と言う素朴な疑問もありますが、学生向けのテキストなども医学部界隈の本屋やネットで幾らでも手に入る時代ですし、そもそも今の時代医療従事者自身が様々なソースから自習し新たな技術を身につけていくのが当然であって、やる気のある人間であれば誰であれ知識や技術を身につけられるだけのものが世の中幾らでもあふれているのは確かでしょう。

ところで今のところ大きな医療事故が発覚していないらしいと言うのは幸いであったとして、例によって患者からは評判が良かったようだと言うのが良いのか悪いのかですが、当然ながら医療技術や知識水準では本物の医者には劣る(と思われる)ならば、何かしら衆に優れた売りでもないことには経営が立ちゆかない道理ですから、患者の評判を高めるために接遇面において工夫を凝らしていると言ったことがあったのかも知れませんね。
この点で先日阪大で外国人患者の目線で見た日本の医療に関するシンポがあったと言いますが、CTを始めとする画像診断機器が豊富で無保険の外国人にとってもコストも決して高くない等々様々な面で国際的競争力があるとしながらも、一方でベッドサイドでの医師の説明が不十分であり「AからZまで説明をしてほしいと考える外国人には不満に感じる」と言う指摘があったようです。
この辺りは諸外国の2~4倍の患者数をこなしている日本の臨床医の多忙さももちろん影響を与えていると思いますが、一般的に顧客が明らかに不満を感じる水準の対応と言うのは余計な悪感情を抱かせ、後々かえって手間暇がかかると言うこともあるわけですから、少なくとも標準的な顧客が「まあここまでしてもらえたなら」と納得出来る程度の対応は普段から心がけておいた方がよさそうです。
ただこれも地域性や顧客によってもベストな対応は異なると言うことがあって、懇切丁寧に分かりやすく説明したつもりでも「そういうことは私達には判断出来ませんから先生が決めてください」と言われガックリ来たりだとか、「余計な時間をかけないでさっさと薬を出してくれ」と急かされたりと言ったこともあるわけですから、原理原則に反しない範囲で相手を見ての柔軟な対応が求められるのでしょうね。

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2015年2月 9日 (月)

テレ朝の番組で小児アイドルが意識不明に

昨今では低年齢アイドルグループなるものも色々と種類が多いのだそうですが、顔とメンバーが判らなくなったらオジサンの証拠だなどと言われても何しろグループの数もメンバーの数も多いのですから、正直マニア以外であれら全部を覚えている人がいるのだろうか?と言う気がするのは自分だけでしょうか?
まあそうした話はともかくとしても、子供を大人の世界で商売させることには芸能界に限らず批判もあるようですけれども、先日そんな懸念が具体的な形で現れたと言う声もあるこんな事故が起こってしまったそうです。

テレ朝謝罪、12歳アイドルがヘリウム吸い救急搬送(2015年2月4日スポーツ報知)

 テレビ朝日は4日、都内で会見し、1月28日に本社スタジオ内で、BS朝日で放送している「3B juniorの星くず商事」の収録中にアイドルグループ「3B junior」の12歳の女性メンバーが倒れ、意識不明となったため、救急搬送されていたことを明らかにした。
 倒れたメンバーは病院で現在も専門医の治療を受けているという。専門医によると、脳の血管に空気が入り、血流を妨げられている状態で「脳空気塞栓症」だという。

 テレビ朝日によると、収録時、26人のメンバーが5人1組で、ヘリウムが入った声を変える市販のパーティーグッズを使ったゲームを行っていた。メンバーの1人が意識不明となったのは、ガスを一気に吸ったことによるものとみられる。パーティーグッズには「大人用」と記載されていたが、番組スタッフが見落としていた。「吸うと声が変わる」というガスが入っていた缶は5000cc。ヘリウムが80%で酸素が20%だという。商品は日本製で、市販されているもの。警視庁の実況見分が行われた。
 武田徹常務取締役は「当初は早い回復が見込まれ、容体の推移を見守っていたことなどから公表を控えていたが、専門医の診断結果を得ることができ、新たな治療によって回復の兆しも見られ始めたことから、ご家族のご了解もいただき、皆さまにお知らせすることにした」と説明した。専門医の説明によれば、4日には食事をすることもできるようになったが、意識は十分には戻っていないという。現在完治を目指している。
 番組は2月24日に放映予定だが、中止も検討している。テレビ朝日は「収録時の安全管理に問題があった可能性もあり、深く反省している」とした。3B juniorのメンバーは10歳から16歳。

ファンの方々にとってはもちろん大変に心配な状況であるかと思いますが、ともかくも誰であれこういう事故が起こることは全く歓迎されない話で、ご本人の一刻も早い回復を願うばかりなんですけれども、この事故を受けて改めてと言うよりも初めてヘリウムガスの危険性を認識したと言う声が多いのも当然と言えば当然ですよね。
しかしそもそも不活性なヘリウムガスの何がそんなに危険なのか?と言う話なんですが、まず風船等に使われるヘリウムガスは当然ながら酸素などは含まれていない純ヘリウムであるため、これを間違って吸入してしまうと一気に意識消失等の大変なことになってしまいますから、くれぐれも興味本位で風船の中身を吸ってみるなどと言うことのないように注意いただきたいものです(とは言え、そう言うことをしているテレビ番組もあったそうですが…)。
今回報道によればちゃんと酸素の入っているものだったと言いますが、「大人用」と記載されるなど幾つかの注意事項が記載されていたものを誰もチェックしていなかったとも言い、何かしら成分なりが違っていたのかどうか今後の検証も待たれるとして、国内においても01年~12年に変声缶で意識を失う事故は32件あったそうで、大半が子どもだったと言いますからやはり相応のリスクはあるものと考えるべきなのでしょう。
海外においてはすでに以前からこのヘリウム吸入の危険性は指摘されていますが、オーストラリアでは4年余りで約80人、イギリスでは2013年だけで60人以上の死者が出ていると言いますから単純に利用状況の差なのか、それとも何も考えずに純ヘリウムを吸っているのか、ともかくも吸入用のヘリウムと風船のヘリウムが違うものなのだと言う認識は皆が共有すべき常識と考えておくべきですよね。
これだけ諸外国ではその危険性が指摘されている中で、日本で小児アイドルにそれを無自覚に使用させていたことにも批判の声が挙がっているようですが、現場での全般的リスクマネージメントの不備や一般論としての小児の商業的利用と言うことの是非はさておき、やはり誰しもそうした危険性を認識していなかったと言うことは我々も自戒を込めて記憶しておくべきことではあると思います。

「思い切り吸ってもらって!」12歳アイドル意識不明ヘリウム事故、現場“危機感ゼロ”だった……(2015年2月6日日刊サイゾー)

「ヘリウムガスの危険性を、現場の誰も知らなかった……」

 女性アイドルグループ「3B junior」の12歳メンバーが1月28日、BS朝日のバラエティ番組『3B JUNIORの星くず商事』の収録中に倒れ、緊急搬送されていた問題で、現場の危機意識はゼロに等しかったことがわかった。
 4日、テレビ朝日は謝罪会見を開き「番組の企画で26人のメンバーが5人1組で声を変えるゲームを行った際、市販のヘリウムガス入りパーティーグッズを一気に吸い込んで倒れた」と説明。診断は、脳の血管に空気が入って血流が妨げられる「脳空気塞栓症」だった。「3B junior」は、ももいろクローバーZの妹分ともいわれる、スターダスト所属で未成年中心のアイドルグループ。使われたパーティーグッズには、「大人用」と記載されていた。
 会見でテレ朝側は「番組スタッフが、それを見落としていた」としたが、関係者は「ヘリウムガスが危ないということ自体、誰も認識していなかった」と話す。
「企画会議でヘリウムガスを使うことになったとき、『注意しよう』なんて誰も頭になかったし、それどころか『ちょっと吸うと一言分しか声が変わらないから、思い切り吸ってもらって』と話しているスタッフもいたぐらいだった」(同)

 ヘリウムガスは、吸うと声が変化することで知られるが、以前からこれを使った事故が多数報告されており、パーティーグッズを販売している業者によると「ガスを吸うということ自体、大人なら注意が必要なのは分かるはずですし、日本製なら商品にしっかり危険性が明記してあったはず」という。
「ウチで扱っているものを再確認しましたが、いずれもヘリウムガスに酸素を2割ぐらい混ぜ、安全性に配慮した、対象年齢は10歳以上のもの。それでも『呼吸が不規則になる危険性がある』など、注意書きをしています」(同)
 実際、海外では死亡事故が多発、昨年11月にはヘリウムガスによる変声を売りにしたオーストラリアの番組に批判殺到する騒動があったばかりだった。
(略)
 前出の番組スタッフは「情報番組と比べるとバラエティの仕事場は学園祭みたいなノリで、緊張感がなくて緩い。これは他局も同じ」と話す。テレ朝では2012年にも、バラエティ番組の企画で芸人のスギちゃんが高さ10メートルからプールへの飛び込みで胸椎破裂骨折の重傷を負ったことがあったが、悪ふざけが度を越すバラエティ番組での教訓は生かされなかったようだ。

記事を見る限りでも今回の事故が「子供だから起きたこと」と言う解釈は危険じゃないかと思いますし、「大人なら注意が必要なのは分かるはず」と言う業者の認識もちょっとどうなのかと言うことですが、実はこの点に関しては先日も専門家と一般人の認識に大きな差があると指摘する記事が出ていて、例えば遺伝子組み換え食品を安全と考える人の割合は両者で50%も差があると言う、実質的に真逆な結果を示したそうです。
電器やガスなど家庭生活に完全に浸透しているものに関しても時折信じられないような事故が発生することを見ても、専門家は継続的に情報を発信し一般人を啓蒙していく必要性があると改めて思うのですが、逆に一般人は正しい判断などしょせん出来ないのだから絶対に事故が起こらないよう専門家が担保すべきだと言う考えになってしまうと、「ヘリウムグッズなど販売禁止にしてしまえ」と言う方向に話が進みかねませんよね。
ただせっかくマニュアル化までされて対策されている安全措置をわざわざ無効にしてしまった結果事故が起こったと言うことになれば何ともやりきれないもので、先日は撮り鉄が列車の警笛装置カバーを写真写りが悪くなるからと接着剤で開かなくしてしまうと言う事件があり盛大に炎上しましたけれども、身近に当たり前にあるものほど「これは何故こんな風になっているのだろう?」と時折考えてみる習慣は持ちたいものです。

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2015年2月 8日 (日)

今日のぐり:「丸源ラーメン 福山神辺店」

一部方面で話題になっていることですが、先日こんな調査結果が出ていたことが報じられています。

日本人は野菜の摂取量がアメリカ人より少なかった!(2015年2月3日@DIME)

 厚生労働省が発表した平成25年度国民健康・栄養調査によると、成人1日の野菜摂取量の平均値は272.85gで、目標の350gを大きく下回っていることが分かった。また、冬は野菜の価格高騰などが原因で野菜摂取量が落ち込む時期でもある。このような背景を受け、株式会社ネオマーケティングは全国の男女1000人に対して「野菜不足」をテーマにした意識調査を行なった。調査の結果、「野菜摂取できていると思っている人」84.2%のうち、「1日の野菜摂取目標350g以上に達しない人」は86.0%だった。また、多くの人が野菜を食べている“つもり”だったという事実が判明。冬の野菜摂取量は減少するという回答が56.9%を占めた。

■「野菜摂取できていると思っている人」84.2%のうち、1日の野菜摂取目標の350gに達しているのはわずか14.0%

 普段の野菜摂取状況を聞いたところ、84.2%もの人が摂取できていると回答した。実際の野菜摂取量を調べるために、フードコーディネーター南恵子氏監修の元、朝・昼・夕の3食を「完全に野菜中心の大皿メニュー(野菜量140g相当)」「野菜中心の小皿が1皿分はある(野菜量70g相当)」「野菜を扱った小皿が2皿分はある(野菜量140g相当)」「野菜を扱ったメニューは無いが、コップ1杯の野菜スムージーや野菜ジュースを必ず飲んでいる(野菜量70g相当)」「野菜中心ではないが、食事内に含まれる微量の野菜は食べている(野菜量30g相当)」「食べていない(野菜量0g)」に分け、各食事の野菜量に見合った食事画像を用意し、調査対象者に1日の野菜摂取の分量に一番近いメニューを選んでいただくという調査を行なった。

 その結果、84.2%もの人が野菜を摂取していると思うと回答したに関わらず、全体の平均摂取量は195.62gという結果になった。性別で見ると男性は191.42g、女性は199.82gで女性のほう若干摂取量が高い傾向にあることが分かった。しかし、どの年代、性別も、野菜摂取目標の350g以上には達しておらず、日本人の野菜不足の深刻さが浮き彫りとなっている。
(略)
■「日本人よりもアメリカ人の方が野菜摂取量が多い」という事実を知らない人が85.4%

 日本人とアメリカ人、どちらのほうが1日の野菜摂取量が多いと思うか聞いたところ、「日本人(85.4%)」と回答した人が「アメリカ人(14.6%)」と回答した人を大きく上回る結果となった。農林水産省が平成25年1月に発表した「野菜の消費をめぐる状況について」によると、2009年度の日本人1人1年あたりの野菜摂取量は102kg(1日平均約280g)に対してアメリカ人は123kg(1日平均約340g)。日本人の野菜不足が1993年以来年々深刻化しているにも関わらず、自身の野菜不足に気付くことのできない日本人が多いことが分かった。
(略)

いやまあ、アメリカのように米もピザも何でも野菜としてカウントすれば日本人もこんな量じゃすまないと思うのですが、この辺りは食糧自給率などと同様何をもって定義とするかが問題になってきそうです。
ともかくも既成観念に囚われて真実を見誤っては大変なことになるという警鐘の意味も込めて、今日はにわかには信じがたい衝撃の事実を伝える内外のニュースを取り上げてみることにしましょう。

「盗撮」調査を拒んだ校長、カメラを捨てた教頭(2015年2月5日読売新聞)

 大阪市立小学校で昨年7月、教職員用の女子更衣室で盗撮用カメラとみられる不審物が見つかったのに、男性教頭(47)が廃棄処分にしていたことがわかった。
 教頭は男性校長(58)に報告したものの、「犯人捜しはしたくない」と対応を拒まれたためという。市教育委員会は今年1月29日付で教頭を停職2か月、校長を停職1か月の懲戒処分とし、2月1日付で別の教頭を着任させた。

 市教委によると、夏休み中だった昨年7月25日、女性教諭2人が、児童らのプール利用の付き添いを終えて更衣室に戻ってきた際、レンズの付いた黒い名刺大の箱が床に落ちているのを見つけ、教頭に手渡した。
 教頭は同日、校長に報告したが、校長は「犯人捜しはしたくない」と不審物の確認を拒否。このため教頭は、自己判断で自宅に持ち帰り、パソコンに接続して記録などを調べた。映像は見つからなかったという。
 教頭は翌26日、「実害はなかった」などと校長に報告したが、校長は再び対応を拒んだため、教頭は自宅で不審物をハンマーでたたき割って捨てたという。

 女性教諭らは経過を知らされなかったため、同僚に相談。校内で問題化し、校長と教頭は昨年9月になって、大阪府警と市教委に相談や報告をした。
 市教委の調査に対し、2人とも「不審物を置いたのは自分ではない」と話しているという。

何と言うのでしょうか、色々と突っ込みたいところがあり過ぎてどこから突っ込むべきか迷うような事件なのですが、しかしこれで教頭の方が重い処分になるのが妥当なんかどうかですね。
昨今では何かと自分でやってみることが称揚される時代ですけれども、どうやらそれも限度があったらしいと言う意外なニュースがこちらです。

無許可で牛を解体容疑 男女5人を逮捕 大阪府警など(2015年1月16日産経新聞)

 大阪府警と沖縄県警は16日、食肉解体場以外の場所で牛を解体したとして、と畜場法違反の疑いで沖縄県石垣市桴海、経営コンサルタント、山根真一容疑者(45)と、同居の妹で飲食店経営、尚子容疑者(43)ら男女4人を逮捕した。

 13日にも同容疑で男(37)を逮捕している。5人の逮捕容疑は、共謀して昨年8月24日午後、石垣市の畜産会社で、牛1頭を食べるためにハンマーで殴るなどして殺し、解体したとしている。

 府警によると、山根容疑者ら3人は否認している。5人のうち1人が現場の畜産会社を経営しており、牛を調達した。解体後、尚子容疑者が経営する石垣市のホルモン焼き肉店に内臓の一部を持参していた。

勝手に牛を解体すると罰せられるとは知らなかったと言う声が多数なんですが、ちなみに弁護士ドットコムの解説によれば牛は駄目でも鶏なら有りなんだそうです。
昔から何かと言われる事の多いのが右利きと左利きの差異ですが、先日こんな調査結果が出たと話題になっています。

【悲報】左利きの人は右利きに比べ生涯の収入が1割少ないことが明らかに(2014年12月9日IRORIO)

左利き故の類まれなる才能が取り沙汰されることもあるが、残念ながら左利きの人は、稼ぎでは右利きには及ばないのが現実のようだ。
というのも、米ハーバード・ケネディスクールの経済学者、Joshua Goodman教授が英米で4万7000人を対象に調査を行ったところ、左利きの人は仕事では断然不利であることが明らかになったのだ。

認知機能の欠陥により収入減

同調査によれば、左利きの人は右利きに比べ、経済的、統計学的に見て大損していることがわかったとか。なんでも、左利きと右利きでは、たとえ同期入社でも、収入ではキャリア1年分ほどの開きがあり、一生涯の稼ぎにおいては12%の差が生じているそうなのだ。
収入に格差が生じる理由は、「左利きの人は認知機能が低い一方、精神または行動に障害のある確率が高いため」とGoodman教授。
その根拠として、左利きの子どもの方が右利きの子どもに比べ、テストで最下位に転じる確率が3%高いことや、学習障害や失読症の割合が高い点を挙げている。

脳の基本構造または遺伝的な理由が原因か

オバマ大統領をはじめ、歴史的な人物に左利きが多いと言われる一方で、左利きの人の認知機能に欠陥が生じやすいのは「脳の基本構造に問題があるから」と同教授。
脳の基本構造は、子宮の中で最初に形成されるものであり、左利きの人は出生率の低さを鑑みても、子宮にいるこの時期に何らかのトラウマやストレスに遭遇した可能性が高いとか。
また、両親の利き手の不一致など、遺伝的な負の連鎖が関係している可能性も考えられるという。

実際に認知機能の欠陥なるものが存在するのだとすれば大変なことですけれども、しかし利き手と言うのも何らかの先天的要因によって決定されるものなのでしょうかね?
たびたび過去にもその偉業が報じられてきた某半島の宇宙事業ですけれども、先日はまたしても偉大な成果を挙げたとされているそうです。

人類初の快挙!17歳の宇宙飛行士が太陽に着陸、そして帰還に成功!(2014年11月8日ガジェット通信)

北朝鮮メディアの報道によると、なんと、若干17歳の、北朝鮮の宇宙飛行士が、『太陽』に『着陸』して、その後、無傷で『地球』に『帰還』した、との発表が成されました。

報道によると、太陽の高熱による有害な影響を避ける為に、夜遅くに地球を出発をした宇宙飛行士は、地球からの距離が、149,600,000 km(1.496億キロ)、温度が約5726°(記事引用先による)も有る太陽に着陸して、そして地球に帰還するまで36時間を要したとの事です。

既に北朝鮮本国に帰還して、英雄として迎えられた宇宙飛行士は、「太陽に着陸した初めての男」として金正恩第1書記と面会をする予定との事です。

まさに人類初の快挙ですね!!!(?)

この記事を見て「我々は馬鹿ではない。夜着陸するのだ」と言うネタそのままかよ…と思われた方、幸いにも?ジョーク記事ではあったようです。
昨今ではネタソースとして全く侮りがたい威力を発揮しているんがご存知中国ですけれども、先日はこんな「当たり前の日常」が報じられていました。

日本からの荷物が届いたら…!と仰天エピソードを紹介=苦情を言うも、返ってきた返事は「ごく正常な事」―中国ネット(2015年2月5日レコードチャイナ)

2015年2月4日、中国版ツイッター・微博(ウェイボー)で、日本から送られてきた荷物が届いた際、重量が1キロ減っており、中身のお菓子が税関か郵便局で食べられてしまったようだと訴える投稿があった。

投稿者は、荷物の外観や中身の写真を紹介。それによると、荷物にはたくさんの日本のお菓子が入っていたようだが、無残にも箱や袋が開けられ、食べられてしまったように見える。しかも郵便局へ苦情を述べたところ、「1キロくらい減るのはごく正常な事」と言われたという。
投稿者は怒り心頭の様子で、「これが中国人の民度だ。5000年にわたる文明が伝えてきた結果であり、変わりようがない」とも述べている。

これに対して中国のネットユーザーからさまざまなコメントが寄せられた。
「段ボールが破けちゃっているからな。食べられてしまうのはごく普通のこと」
「仕方がないよ。俺も前に荷物を開けられたことがある。明らかに人がやった形跡だった。宅配業者にはムカつくが、職業モラルがなっていないのだ」
「お菓子は犬に食べられちゃったんだよ」
「それはネズミに食べられんだと思うぞ。空の袋をそのまま入れておくことはしないと思うが」
「彼らは毒見をしたのさ。君が食べる前にしてくれたんだから良かったじゃないか」
「次は毒粉ミルクを入れておいてやつらに食べさせた方がいい」
「輸送は大変な仕事だから、ちょっと食べることが習慣になっているのだ」
「外国のお菓子は国内とどう違うのか、ちょっと味見したのさ」(翻訳・編集/山中)

まあしかしわざわざ開けてみようと思うくらいですからもっと高価なものでも入っていると思ったのでしょうか、せめてバレないようにしろよと言う気もしますけれどもね。
最後に取り上げますのも同じく中国からの話題ですが、まずはこちらのニュースをお伝えしてみましょう。

1歳男児を「妊娠後期」と診断した中国の公立病院 憤る父親に病院長「医師の仕事は辛いので理解してほしい」(2015年1月21日産経新聞)

 中国安徽省の公立病院で、1歳の男児が腹部の超音波検査を受けたところ、あり得ない診断結果が出た。男児の父親を仰天させたその内容は、何と“妊娠”だった。
 「1歳男児が“妊娠”」のニュースは安徽省の地元紙、新安晩報が報じ、中国共産党機関紙、人民日報のニュースサイトなど、主要メディアも転伝した。 

 それらの報道によれば、安徽省宿州市に住む胡さんは昨年末、熱がなかなか下がらない1歳の息子を宿州市立病院に連れていったところ、喉頭炎、肺炎などと診断された。1月に入って、男児が突然落ち着きをなくし、泣き止まなくなったので、再び受診。すると、主治医は「おなかが少し張っている」として超音波検査を勧めた。
 だが、診断結果を手にした胡さんは思わずぎょっとした。そこには「子宮内で胎児が動いている」と書かれてあり、さらには「妊娠後期」の文字があったからだ。
 手違いで別の患者の診断結果表を渡されたと思った胡さんだったが、男児の姓名や年齢、性別などの情報はすべて正確だった。一方で結果表には、「胎児」の頭囲、腹囲、心拍数などのデータが詳細に記され、超音波検査を担当した医師と、検査結果を確認した医師の2人の署名もあった。
 「何でうちの1歳の息子が妊娠を…」
 怖くなった胡さんは、検査を担当した医師に確認を求めたが取り合ってもらえず、主治医に訴えて、ようやく病院側のミスだと判明したという。 
 「検査結果を出し間違ったというが、どうやってチェックを通ったのか。中身も見ないで、結果を患者に渡しているのか」
 胡さんは地元テレビ局の取材に対し、怒りをぶちまけた。

 病院側は、今回のミスの原因について、コンピューターのシステムの不具合で患者情報と検査結果が一致しなかったと説明。医師の不注意も認めた。
 「その後、病院長が私のところに来て、『医師の仕事はつらいので、理解してほしい』と釈明したが、どんな仕事でも、仕事はつらいものだ。つらいからといって責任を持たないのはだめでしょう?」
 胡さんは新安晩報の記者に対し、医師らに、今回の一件をもって戒めとしてもらいたいと語った。

以前から中国の医療事情に関しては当「ぐり研」も注目するところですけれども、しかし確認を求めたが取り合ってもらえなかったと言う状況は少しばかり驚きですよね。
先日は中国で双子の子供のDNA鑑定をしたところ父親がそれぞれ違うと言う極めてレアな結果が出たと報じられましたが、仮に同様のうっかりで家庭崩壊の危機に直面しているのであれば大変なことです。

今日のぐり:「丸源ラーメン 福山神辺店」

福山市街地から北に進んだ観戦道路沿いの大きな郊外店ですが、しかし隣の回転寿司はまだ開店後何年も経っていないようなのに速くも閉店と近隣での競争は厳しそうですね。
ちなみにこちら全国展開されているのだそうで、熟成醤油の肉そばが売りなんだそうですが、他にも味噌や豚骨なども一通り用意されているようです。

今回その肉そばを野菜トッピングで頼んで見たのですが、この場合の肉と言うのはチャーシューではなく豚の薄切り肉で、以前にプレーンな肉そばを食べた時は正直あまりピンとこなかった記憶があります。
ただこうして野菜と食べてみると何か最近よく食べる味だなと感じたのですが、なるほどこれはこの時期食べる機会の多い鍋そのものの味の組み立てですよね。
そう考えるとあっさりめにまとめたスープの味も納得ですし、ゆず風味の大根おろしがついてくる意味も判ると言うものですが、こういう締めのラーメン的な味となると郊外よりも飲み屋街の方が需要がありそうにも感じます。
よく見ると脂もそれなりにはあるのですが割合にあっさりと食べられるので、この時期にはこういうものもありなんだろうなと感じるのですが、尾道系や豚骨に慣れた方にはちょっと物足りない気がするかもですね。

こちらの接遇はマニュアル対応なのですがなかなかしっかりしてるし、適宜状況に応じての対応も出来ているように見えるのはどういうトレーニングをしているのかですが、何にしろ悪い感じではないですよね。
設備面でも広い店だけに全席押しボタン完備はありがたいのですが、テーブルにはティッシュやお手拭きも完備となかなか心得ていて、場所柄濃いラーメンフリークばかりが相手でもないだけにいい工夫だと思います。
しかし最近この系列のチェーン店があちらこちらに出店されているようなんですが、確かにこの界隈にはあまりない味とは言えこういう系統の味がそれほどに需要があるものなのでしょうかね?

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2015年2月 7日 (土)

安かろう悪かろうではない商売のやり方

先日ちょっと面白いと思ったのがこちらの記事なんですが、概略から説明するとブラジルに世界遺産にも指定されたフェルナンド・デ・ノローニャ島と言う非常に風光明媚な島があるのですが、この島には入島数制限があって大変面倒くさい手続きもいる上に費用も多額にかかると言うのに、観光地として非常に評価が高いと言います。
普通に考えて一見さんお断りどころか、数多のハードルを乗り越え大変な代償も支払った上でなければ入れないとなれば「何たる殿様商売だ!」と批判も集まりかねないと思うのですが、何故この島がそれほど高評価を得ているのかと言う考察の部分がなかなか興味深いのですね。

【ビーチ】遠い!高い!面倒!…でも超人気な南の小島(215年1月29日まぐまぐ!ニュース)より抜粋

(略)
多くの旅行者や観光業関係者が誤解していると僕はよく思うのですが、レストランも観光地も、そこに来る「人」がもっとも価値であり、ダメなゲストばかりが来ている場所は、どんなに一時的に人気が上がっても、中長期的に見れば良い観光地やレストランになることはありません。すなわち、「良いゲスト」を呼び込むことが「良い観光地」や「良いレストラン」を作る最大の秘訣です。

この「良い」意味は色々あると思いますが、少なくても「治安」の意味において、観光地では大きな意味を持ちます。このフェルナンド・デ・ノローニャ島では、表のドアに鍵をかける人は、ほとんどいません。また、島の平均的乗り物であるドアがないオープン・バギーに、カバンをおいたまま出かける人は少なくありません。僕が知る限り「東京より治安がいいブラジル」は、ここだけです。

前述しましたように「いくら海がキレイだ、といっても、こんな面倒臭くて高価な島に誰が行くか」と考えるような人はここにはいませんので、それなりにお金があって、それなりに旅行上手な人たちだけが、結果的にこの島に訪れることになります。ですので、あらゆる意味でトラブルが滅多になく、その人たちが「良い環境」を作り上げ、その「良い環境」が「世界でもっとも美しい島第1位」となって世界に発信されているのです。

実は、この島の大きなターニングポイントは、数年前にありました。5年ほど前まで、このフェルナンド・デ・ノローニャ島は、いまほど大きな評価を得ていませんでしたが、国立公園のマネージメントを役所が行うのではなく、数年前に私企業に任せたことが大きなターニングポイントとなりました。それまで、ボロボロで歩くのもままならなかった木の遊歩道は、キレイな再利用可能なプラスティック製に置き換わり、主だったビーチにトイレなどが常設され、マーケティング活動も刷新されました。

あわせて、マネージメントを手がける国立公園の入園料は年々高額になり、当初は地元の人たちからも反発を呼んでいましたが、それによって良い顧客が集まり、治安が著しく良くなったこともあって、いまではその「戦略」に地元の人たちも納得しています。

ダサい役所や古くからの地元の人たちではなく、その地とは関係無いプロフェッショナルに任せたことが、この島のターニングポイントとなって、「東京より治安がいいブラジル」を作り、「世界でもっとも美しい島第1位」に押し上げることに成功したのです。

その成功理由は明白です。ダメな観光地がいつまでたっても飛躍しないのは、その地にいる役所の人々や古くからの権力者が、求める「良いゲスト」と正反対の人たちだからなのです。それをフェルナンド・デ・ノローニャ島は、教えています。

まあ「ダメな観光地がいつまでたっても飛躍しないのは、その地にいる役所の人々や古くからの権力者が、求める「良いゲスト」と正反対の人たちだから」と言うのもなかなかキツイことを言うなとも感じるのですが、実際にこんな連中がお客さんいらっしゃいと呼びかけたところで誰も来たがらないよな…と言う方々がイベントを仕切っていると言うケースはままあって、一つの自戒として皆が心がけておくべきことなのかも知れません。
実際とにかくお客を大勢呼ぶのが大事なんだと言うことばかりに気が行ってその質には目が行かず、当初はそれなりに集客が出来ていてもすぐに飽きられ寂れていく観光地など幾らでもありますけれども、それは人が一杯で待たされるわゴミも散乱しトイレも汚いとなれば誰も二度と行きたくないと思うだろうと言う場合も多々あって、いくら量を追及すると言ってもそれなりに質もなければお客はついてきませんよね。
その意味でこの記事から読み取れる教訓として、いたずらに顧客数増加だけを追い求めることが必ずしも観光地としてよいことではなく、むしろ数を制限しても顧客の質を追及した方が長期的に高い評価も得られ、また金額的にもさして見劣りしない場合があるのだと言うことなんだと思いますが、もちろんそのベースになるのは高いお金を払ってでも利用したいと思わせるだけの魅力ある環境を提供出来るかどうかです。
先日「日本で唯一成功しているテーマパーク」だとも表される東京ディズニーランドが各種料金を大幅値上げすると言うニュースが流れ、各方面から「これじゃもう行けない!」と悲鳴が上がったと言い、「何故経営も順調なのに値上げする必要があるんだ?」と批判的な記事も出ていたのですが、もともと料金が高くなったら行かないと言う方々はぶっちゃけ園内で多くのお金を落としてくれるとも期待出来ませんよね。
それに対して大きな金額を落としてくれると期待出来る「優良顧客」の中には、こうも連日大混雑でアトラクションに何時間も待たされるのではたまったものではないと来園を敬遠している方々も少なからず含まれているかも知れずで、今回の実質的な入園規制によって長期的に見てみれば顧客満足度も向上し評価がますます高まると言う可能性もまたあるわけです。

病院で不要不急の夜間救急受診に対して一定金額を追加徴収いたしますと言う話が昨今各地の基幹病院を中心にすっかり定着し、その結果実際に不要不急の時間外来院患者が減っていると各種データで示されているようですが、これだけ救急医療の逼迫が各方面からアナウンスされているにも関わらず不要不急の受診でリソースを浪費してしまう方々と言うのは、少なくとも優良顧客だとは思えませんよね。
だからただちに切り捨ててしまえ!と言うわけではなくて、もちろん医療には応召義務もあるわけですから来た以上はみないわけにはいかないでしょうが、ともすれば顧客側の一方的需要に基づいて供給拡大ばかりが急務とされてきた医療需給バランス崩壊と言う現象に対して需要の抑制を行うことによって改善が出来る、しかも単なる量的のみならず質的にもお金をかけずにそれが果たせるとなれば悪い話ではありません。
その結果当直時間帯で不要不急のコンビニ受診患者の相手で酷使され疲れ果てた医者が、せっかく通常営業時間まで待ってくれた患者さんに不親切に当たるようなことが減るだとか、当直明けの執刀医が眠い目を気合いでこじ開けながら手術すると言ったことが減らせるなら患者にとってもメリットがあると言う話ですが、一般論としても客筋がいいと言うのは他の顧客や従業員のみならず、経営者目線でも悪い話ではないはずですよね。
日本では国民皆保険制度が出来上がって以来、ある種理想主義的な医療こそ目指すべきものだと言う考えが医療従事者の間に共有されてきた歴史的経緯がありますけれども、モンスターだクレーマーだと言うものの存在が当たり前の時代に生きる今の若い世代は、顧客は決して皆が皆同じ存在ではないし、無条件で平等に対処すべきものでもないと言うことを肌感覚で知っているようにも思えます。

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2015年2月 6日 (金)

近い将来に横たわる大きな社会的リスク

先日こんなちょっと怖い事件が起きたと報じられたのですが、御覧になりましたでしょうか。

スーツケースに女性遺体=川で発見、遺棄容疑で捜査-滋賀県警(2015年2月3日時事ドットコム)

 3日午前10時半ごろ、大津市晴嵐の盛越川にスーツケースが浮いているのを、川の様子を見回る仕事中の男性(57)が見つけ110番した。中から70~90歳とみられる女性の遺体が見つかり、滋賀県警大津署は死体遺棄容疑で捜査している。

 同署によると、遺体は膝を抱えるような姿勢で、目立った外傷はなく腐敗も進んでいなかった。青い長袖シャツと黒いズボン、成人用おむつを着用し、はだしだった。身元を調べるとともに、4日に司法解剖し死因などを特定する。

各社報道内容が微妙に違っていて当初は殺人事件か?とも思われたこの事件、目立った外傷のない高齢者でおむつをしていたと言った情報が入って来ますと、もしかすると何かしら介護関係のトラブルなりがあったのか?と言った方向で憶測を呼んでいるようですが、実は一年余り前に愛媛でも高齢女性の遺体がスーツケースに詰められて捨てられていたとニュースになっていたことがありました。
その際には同居の息子が死体遺棄容疑で逮捕されたそうですが、息子によると「気がついたら死んでいた」と言い、死体の扱いに困って捨てたと言ったことであったようで殺人と言ったものではなく文字通り死体遺棄であったと言うことのようなのですが、そんなもの捨てればすぐに身元が知れるだろう…と言えばさにあらず、昨今では全国的に身元不明の認知症高齢者の発見が増え行政も対応に苦慮していると言う話もありますよね。
いずれにしても生きていても亡くなっていても身内が身内を捨てると言ったことはもちろんよろしくない話で、そうしたことが起こらないよう各種社会的サービス等も活用しながら早めの対応を進めていきたいところなのですが、昨今実生活でもしばしば聞く話としてなまじ肉親の情等々によって自宅介護を、などと考えてしまうと大変なことになってくる(かも知れない)と言うケースも決して珍しいものではないようです。

親の介護のため40歳で無職に。その過酷な現実とは?(2015年2月3日日刊SPA)

 先進国の中でも類をみない少子高齢化時代に突入した日本。30~40代という働き盛りの時期に両親の介護問題に直面する人も少なくない。都内の印刷会社に勤めていた上田仁美さん(仮名・39歳)もその1人だ。

親の介護のため40歳で無職に。その過酷な現実とは?

 上田さんに故郷の長崎から悲しい知らせが届いたのは、今から1年ほど前のことだった。
「お母さんが自転車で転倒して骨折したんです。明らかに状況がおかしかったので病院で調べてもらうと、パーキンソン病と診断されました。私は1人娘で、父が『自分だけでは面倒が見きれない』というので、地元に帰って働くことにしました」
 社交的で面倒見もよく、友人が多かった上田さんの母。掛け持ちで複数のパートをこなすほどの働き者だったが、病魔はその言動をガラリと変えてしまった。
「飲む薬が毎月変わるのですが、中には副作用がきついものもあって、無気力になったり足のふるえが止まらなかったり……。母は料理が好きなのですが、味覚がなくなってしまったことにも落ち込んでました。そのうち、財布をなくしたり、どこからかトイレットペーパーを勝手に持ってきてしまったりと認知症のような行動が目立ち始めて。目が離せなくなってしまった

 地元に戻ってから、当初は派遣社員として事務職に就いた上田さんだったが、母の介護が原因で遅刻や早退を余儀なくされることもままあった。ある程度は覚悟していた、と語るが、想像を超えていたのは頼りになるはずの父の豹変ぶりだった。
「母の介護を巡って私と言い合いになり、ついには暴力を振るうようになりました。突き飛ばされ、拳で何度も殴られ、救急車が来たほどです。比較的大人しい性格だったのに、子供のように怒りっぽくなって……正直、父の認知症も疑っています
 結果、不安定な両親の面倒を1人で見ることになった上田さんの負担は文字通り倍増。派遣社員として働くことも困難となり、今年に入って退職した。無職となった現在、収入は両親が受給する年金のみ。貯金を切り崩してなんとか凌いでいるが、先細りは明らかだ。
 上田さんはそれでも気丈に語る。
「先日、具合の良かった母が『私たちのことはいいから、東京に戻りなさい』と通帳を渡してきました。2人して泣き崩れました。どん底ですが、やれるところまでは頑張ろうって思います」

何とも悲惨な実例と言ってしまえばそれまでなんですが、ここまで顕著な話でなくともまだまだ働ける、あるいは一家の支え手として働かなければならない年代の方々が親の介護によってキャリア半ばでの退職、転職を余儀なくされたと言う話はしばしば聞くところですし、しかも自ら体を張ってでも親の面倒を見ようと言う気持ちのある方々ほどこうした境遇に追い込まれやすいと言うのは問題ですよね。
特に出産年齢の高齢化が進んで世代交代の周期が延長してくると、親が介護を要する年齢になる頃にはまだ子供が若いと言うこともあり得ますが、最悪の場合若年発症の認知症で年金もまだもらえない段階から介護となり子供も離職したとなれば資産を食いつぶすしかないわけで、仮に親の介護は乗り切ったとしても後にはキャリアも積み上げられず貯蓄も遺産もない、下手をすれば年金すらない子供が残される道理です。
こうなると現実的に生活保護なりに頼らなければ生きていけないはずですが、国策として施設入所から自宅介護へと国が言っていると言うのも突き詰めればお金がない、介護の人材もいないと言うことから給付を切り詰めないと言う事情が先にあることだとして、それを家族の無償(と言うより持ち出しの)ボランティアで何とか当座はしのげたとしても下手すると次の世代により大きな社会保障コストが必要になるかも知れないと言うことです。

ちょうど先日「家を借りることがリスクの時代:檻のない「牢獄」と化した実家」と言うなかなかにセンセーショナルなタイトルの記事が出ていて興味深く拝見したのですが、要は家賃コストを負担できないことから低所得層の現役世代が親との同居を選択せざるを得なくなっている、そして物質的にも心身の面でも子供世代が親のサポート無しに生きられなくなりつつあると言う話であるようです。
興味深いのはこうした状況に陥る子供像としてどうも学歴はあまり関係ないらしいと言うことで、逆に言えば一般に高学歴は高収入を得る大きな手段になり得るのですから余程に心身の大きな問題があるのかですが、例えば大学を出たはいいがブラック企業に勤めてしまい、ドロップアウトし半ば引きこもりになってしまった息子などと言うのは今のご時世決して珍しいものではありませんよね。
こうした方々を老いた親が扶養できるだけの余力があるのが戦後日本の経済成長を示すものでもあるのでしょうが、かれこれ低成長・低賃金の時代が20年以上も続いている中でこれから昭和の栄光を知っている親世代がどんどん亡くなっていき、いずれはその世代が残してきた「貯金」も尽きてくると考えると、21世紀を生きる我々にはなかなか暗い未来絵図が待っていると考えるべきなのでしょうか。

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2015年2月 5日 (木)

高齢出産のリスクは知った上で、ではどうするかと言う疑問

学校教育とはどうあるべきかと言うことには各人各様の意見もあって、例えば道徳教育だとか歴史教育と言ったものは何をどのように教えるべきかでしばしばマスコミなども格好のテーマとして取り上げますけれども、むしろ当事者である市民の間でより大きな関心を集めやすいデリケートな話題の一つに性教育と言うものが挙げられますよね。
これだけ性的活動年齢が下がってきている、そしてまた若年と言うよりも幼少と言うべき年代が商業利用も含め世間から関心を向けられていく中で、当の本人が不当な不利益を被らないためにも早い段階から具体的なリスク等も含めて教育を行うべきだと言う意見もある一方で、そんなことをすれば子供が余計な関心を向けるだけだと否定的に捉える人も根強くいるようです。
この点で少なくともある程度年齢がいった世代に対してはきちんとした教育を行うことに関して異論は少ないと思うのですが、先日高校生の教育に関してこんな記述が登場してきたとニュースで報じられていました。

高校生の副読本に“不妊”記載へ(2015年1月16日日テレニュース)

 高校1年生に配布する保健体育の副読本に、来年度から「不妊」に関する内容が含まれることがわかった。

 この保健体育の副読本は文部科学省が作製するもので、全国の高校1年生が来年度から使用することになっている。文部科学省によると、この副読本には喫煙や飲酒、危険ドラッグの問題点などのほか、今回から初めて不妊に関する知識も記載する方針が決まった。高齢出産の場合、染色体異常の確率が上がるリスクがあることや、年齢が上がると妊娠しづらくなることなども記載される方針だという。

 文部科学省は、高校生に妊娠・出産に関する正しい知識を学んでほしいとしている。

しかしこれから妊娠可能年齢に達する高1に不妊教育も何もないんじゃないか?と感じられるかも知れませんが、現実的に高校生と言えばその後の人生の大枠にかなり大きな決定力を及ぼす時期であり、特に女性にとって妊娠、出産という一大事業が単に個人の問題で終わらずキャリア形成上も非常に大きな意味を持つことを考える時、むしろ遅すぎると言ってもいいくらいかも知れません。
もちろん公平を期すために言えば男性についても加齢が妊娠に影響を及ぼすことが知られており、先日は35歳以上は妊娠させる能力が衰えると言う海外からの報告が話題に出ていましたが、遺伝子的に見ても各種の異常等を来しやすくなることが次第に明らかになってきている以上、やはり生物学的に見ると適切な妊娠・出産年齢と言うものはあると言うしかないのでしょう。
ただ一方で生物学的妥当性と社会的妥当性が一致するかと言えばまた別な問題で、今どきの人間は高学歴である以上ちょうど生物学的妊娠適齢期はとてもそんなことを言っていられない時期と重なりがちであり、特に女性にとっては男社会に伍して仕事をしているといつの間にか結婚や出産の時期を逸していたと言う哀しい結果にもなりがちですが、先日はこんな記事が出ていました。

いのちの“選択” 「卵子凍結」に向き合う女性を取材しました。(215年1月27日FNNニュース)

シリーズ「いのちの“選択”」。女性が第1子を出産する平均年齢は、晩婚化にともない、今では30歳を超えています。そんな中、注目を集めつつある、「卵子凍結」に向き合う女性たちを取材しました。 
(略)
アベさん(仮名・46)独身。
電機メーカーで主任をしている。
学会の推奨年齢を超えた46歳だが、現在、卵子凍結を検討している。
アベさんは、「本当に疲れて帰ってきて、(結婚・出産を)考える時間がないというか。もう少し早く知っておけば、何かちょっと違う手を打てていたかな」と話した。
この日、アベさんが不安を打ち明けたのは、卵子凍結に関心を持つ同世代の女性たち。
アベさんは「50代ぐらいになって、実際おなかが大きくなっていっても育てられるのかなって」と話した。
アベさんの友人(42)は「決して安いものではないので。簡単に、すぐやりましょうと言える金額ではないのは確か」と話した。

仮に、今46歳のアベさんが、4年間10個の卵子を凍結保存し、その後体外受精をしたとすると100万円前後になる。
しかし、妊娠の確率は、決して高くないという。
慶応義塾大学(産婦人科学)吉村泰典名誉教授は「非常に妊娠率が低いことが問題。凍結の卵子で、生まれてくる妊娠率は、だいたい10%。自然妊娠で子どもを産んでいただくことが理想」と述べた。
アメリカでは、2014年、フェイスブックやアップルが、1人あたり最大2万ドル(およそ240万円)を上限に、卵子凍結費用の補助を打ち出した。
アベさんは「1ミリの可能性でも、もう1人の自分がいるというのは、すごく心の支えになる」と話した。
注目されつつある卵子凍結だが、女性たちが妊娠適齢期に出産できる社会を整えることも、必要とされている。

卵子凍結の年齢制限については、ガイドラインがあるのみで、拘束力はない
今回取材した産婦人科では、卵子凍結をしている女性の半数以上が、40歳を超えているのが実情となっている。

この卵子凍結と言うことに関してはちょうど一年ほど前から健常人にも認められるようになり、一部では「卵活」などと称して女性のキャリア形成の自由度を高めるものだと大いに期待されているようですが、学会指針で採卵40歳、使用期限45歳と言う年齢制限が設けられているように妊娠可能性や各種リスク上昇などを考えると、現段階ではそうした利用にあまり高い期待を持つのもいかがなものかと言う扱いになりそうですよね。
一方で厳しい生活に疲れ今現在とてもそんなことを考える余裕もないと言う方々が、とりあえず判断を先送りするためにこうした手段に期待する気持ちも理解出来るわけで、この辺りはやはり教育と言うものが非常に重要な意味を持ってくるのはもちろんなんですが、一方では生殖医療の進歩に対して率直な危惧を抱く方々も増えてきていて、例えば体外受精卵に対する遺伝子スクリーニングの是非などが議論になるわけです。
成人においても海外では遺伝子検査で高いリスクを認められた著名人の乳癌予防目的での乳房切除が話題になったように各方面で利用が進んでいて、ごく近い将来には遺伝子検査など当たり前のものになっているだろうと言う声もありますが、一方で一卵性双生児の疾患一致率が30%に留まるなど遺伝子の限界を指摘する声も根強くあって、今のところ高いコストに見合うものなのかと言う疑問も当然あるでしょう。
アメリカなどでは保険加入等における遺伝子検査での不利益を回避するため、2008年にはすでに遺伝子情報差別禁止法(Genetic Information Non-Discrimination Act:GINA)が成立したと言い、日本でも先日患者・身障者団体から受精卵への遺伝子検査中止を求める抗議があったと報じられていましたが、これまた当事者の権利と言う点で見れば規制強化と緩和の妥協点を見いだすのも難しいところがあるでしょう。
ただ当然ながら年齢が進み親の老化が進んでくるほど子供にもその影響が出るのは間違いないわけで、「模範解答」としては余計な心配をしなくてすむようなるべく早く生むのが一番いいと言うことになりがちですが、前述のように妊娠・出産が本人だけで決められるものではなくなっている社会の現状を考えると、例えば「少子化対策として国が行うべきことは女性の支援ではなく男性への支援だ」と言った当事者の声にも耳を傾ける必要がありそうですね。

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2015年2月 4日 (水)

高齢者の介護はやるだけ損?とならないように

全般的な高齢化社会と言うことで介護領域に感心が集まっていることは今さらな話なんですが、今後は日本が右肩上がりの成長をしてきた時代に現役時代を過ごしてきた方々が続々と高齢化してくると言うことでお亡くなりになった後の遺産の相続と言うことも話題になってくる理屈ですが、このところ相続税改正など制度的にも話題が増えてきている領域でもありますね。
少子化と言うことで昔のように親族一同集まってどう資産分けをするか頭を悩ますことも減っていくのかなとも思う一方で、現役世代のワープア化によって遺産相続がかなり死活問題化してくる可能性もあるわけですが、特に高齢化社会と言うことで気になるのが介護との絡みで、先日こういうごもっともな話がようやく議論に登ってきたと報じられています。

相続法制見直し 配偶者優遇の報告書案(2015年1月30日NHK)

相続法制の見直しを検討してきた法務省の作業チームは、家事や介護を担ってきた配偶者に、より多くの遺産を分割できるよう、夫婦が協力して作った財産では配偶者の取り分を増やすことを検討するなどとした、報告書の案をまとめました。

相続法制を巡っては、おととし、いわゆる「婚外子」の遺産相続を「嫡出子」と同等にするための民法の改正が行われた際、伝統的な家族制度の維持に向けて、相続面などで配偶者の優遇策を検討すべきだという意見が出されました。
これを受けて法務省は有識者による作業チームを設置して相続法制の見直しを検討してきたもので、30日までに報告書の案がまとまりました。

それによりますと、家事や介護を担ってきた配偶者には、より多くの遺産を分割できるよう、夫婦が協力して作った財産では配偶者の取り分を増やすことや、遺産の分割によって配偶者が住まいから出て行かなくても済むよう、配偶者の「居住権」を保護することなどを検討するとしています。
法務省は報告書案の内容を踏まえて、相続法制の見直しを来月開かれる法制審議会に諮問することにしています。

NHKの記事ではもっぱら配偶者の優遇に触れられているのですが、今回の改正案では本人生前の介護負担度に応じて寄与分を見直そうと言う話が一つのポイントになっているようで、そもそも寄与分とは昭和55年に導入された考え方で相続人が本人の資産形成に特別の貢献をしてきた場合に、そうでなかった相続人よりも余計な取り分を認めましょうと言う考え方です。
この資産形成への特別の貢献と言うものがどういうものかなのですが、一般的には例えば家業等を長年手伝ってきたなど文字通りお金を稼ぐ業務と言うことに対する評価であるようで、今まで介護と言うものに関しては特別な貢献であると認められず、ただ例外的に例えば入院や施設入所、介護サービス利用などお金のかかることをする代わりに自宅介護を続け、財産を守ったと言った場合に認められる程度であったようです。
ただこれも具体的な金額として評価するとなると難しい問題であったようでしばしば裁判沙汰にもなるわけですが、一方で介護と言うことが非常に時間も労力も要する重労働であることは一般常識レベルで知れていることですし、せめて相続等でメリットがないことには国策として推進される「病院・施設から自宅へ」と言う流れに対する障害にもなりかねませんよね。
この当たりは一般的に弁護士等からは「後で揉めないように生前からきちんと遺言状を用意しておきましょう」とアドバイスされるもので、実際に誰しもこれなら妥当だと思える遺言状であれば結構な話なのですが、当然ながら介護貢献と言うことについては当の本人が心身共に弱ってきてからが本番である以上、人生の最後に多大な貢献をしてもそれが本人に正しく認識されるものかと言う懸念が残りますよね。

特に認知症の介護などでは最も身近にあって四六時中世話を焼いてきた親族ほど当の本人からは嫌われる、そしてたまに顔を出すだけの遠い親族ほど普段介護貢献度が低いと言う引け目もあるのでしょう、本人に気に入られるようなことしかせず関係が良好であると言う逆転現象がしばしば見られますが、遺言状などは本人の主観で書かれるものですから遺言状が正当な評価かどうかです。
実際に生前には一生懸命尽くしてきた主たる介護者の名前が遺言状には一切書かれておらず裁判になった、などと言うケースもあるようで、やはり法律的に考えると介護貢献度と言うものも金額なり客観的な指標によって評価しないことには正当な扱いが難しいと言うことなんだろうと思いますが、それではその評価の方法論をどうするかと考えるとこれまた難しいものがありますよね。
例えば同居の親族は何点などと言う計算式で割り出すのがいいのかどうかですが、結局最終的にはお金に絡むこととなれば数値化して貢献度を評価するしかないわけで、同居して世話をした日数かける介護度で何点、施設等の入所費用負担幾らにつき何点と積み上げて比較し相続額を決めると言ったやり方は、第三者が裁定するにはいいにしろ当事者の感覚とのズレがどこまで是正出来るかでしょう。
もちろん亡くなった当事者にしても客観的な貢献度とは別にやはり思い入れ等によってこの子には多めに相続を、と言う気持ちもあるのだろうし、本来的に遺言と言うものはどんなに理不尽に見えても本人の意志を尊重するのが筋なんだろうとも思うのですが、こういう時代になってくると終末期医療などと同様に、亡くなった人よりも生きている人優先で考えた方が丸く収まる可能性は高くなりそうには思います。

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2015年2月 3日 (火)

医療費抑制で薬局がターゲットに?

本日の本題に入る前に、昨今では社会保障費増大は日本の将来に関わる大きな課題であると認識されてきていて、マスコミ諸社も以前のようにとにかく社会保障はどんどん充実させろと言った財源なき無想は必ずしも語らなくなってきた感がありますが、そうした危機感増大の裏付けになる話の一つとして先日もこんな記事が出ていました。

国民健康保険、拠出金増え3139億円の赤字(2015年1月29日読売新聞)

 厚生労働省は28日、自営業者らが加入し、市町村が運営する国民健康保険(国保)の2013年度の財政状況(速報)を発表した。

 一般会計からの繰入金を除く実質収支の赤字額は、3139億円(前年度比85億円増)となった。高齢化で、医療費や後期高齢者医療制度への拠出金が増えているためだ。

 保険料を納めた人の割合(収納率)は、徴収体制を強化したこともあり、90・42%(前年度比0・55ポイント増)と改善した。90%台を回復したのは6年ぶり。

 厚労省は国保の厳しい財政を支援するため、15年度から約1700億円の公的資金を投入することを決めている。

 一方、都道府県単位の広域連合が運営する後期高齢者医療制度の13年度財政状況(速報)は、前年度比178億円増となる457億円の黒字だった。

ご存知のように国保と言えば自営業者は元より定まった収入のない方々も加入するもので、その意味ではマスコミが盛んにその保護を訴える社会的弱者に相当すると言えますけれども、支出自体の増加もさることながら保険料収入の不足から公費繰り入れ分が年々増加していることも問題になっていて、その穴埋めをどうするのかと言う点も大きな課題ですよね。
一方で後期高齢者医療制度は意外にもと言っていいのかどうか、黒字を計上していると言うことが昨今言われる高齢者の様々な特例あるいは特権の廃止を正当化する根拠になると言うことなのでしょうが、国保にしろ後期高齢者医療制度にしろサービスの利用者とそのコストの負担者とが食い違っていると言うことがあるわけで、こうした話を聞けばお金を出している側からすると「どこかに無駄な出費があるのでは?」と言う気にもなるでしょう。
その意味で近年国が音頭を取って高齢者の終末期医療はほどほどのところでやめておきなさいよと言う話に持っていこうとしているのは、やはり支出抑制と言う側面もあることは否定出来ないんだろうと思うのですが、今までどちらかと言えばあまり厳しい監視の目が及んでいなかった気配のあった領域にも急激に支出削減の圧力がかかっていると思わせるのがこちらの記事です。

保険薬局に対する個別指導は前年度比3.3%増の1437件に(2015年2月2日DIオンライン)

 2013年度の保険薬局に対する個別指導は、前年度比3.3%増の1437件となり、5年前に比べ約3割増えていることが明らかになった。

 厚生労働省が1月30日に公表した「2013年度における保険医療機関等の指導・監査等の実施状況」によると、保険薬局・保険薬剤師に対する13年度の指導・監査の件数は、個別指導1437件、新規個別指導2509件、集団的個別指導3967件、監査10件、取消1件だった。個別指導は前年度比46件、3.3%増、集団的個別指導は同265件、7.2%増で、増加傾向にある(表1)

 保険指定の取り消しを受けたのは、架空請求をした後藤薬局下郡店(大分市)の1件。返還額は152万9000円。
(略)

記事を見る限りでも相当な急増ぶりと言ってよさそうで、これまで乾いた雑巾を絞るように厳しい査定監査を受けてきた各病院からすれば、ついに薬局も同じような厳しいチェックにさらされることになったかと感じるような話でもあると思うのですが、一見すると今年度は指導の増加率が鈍ったように見えるのは11年度に関しては震災を考慮しかなり甘いチェックを行った結果、12年度には例年以上に厳しく対応したと言う事情もあるようです。
医薬分業で医師と薬局との間に直接的つながりがなくなった結果、例えば薬剤指導管理料を算定するかどうかで医師と薬局の間で解釈の違いが発生していたとしても分かりにくかっただろうものが、このところのレセプト電子化等の影響でチェックはかけやすくなったのかな?とも思ったんですが、個別の指導内容を見るとコストを取ったにも関わらずそれにふさわしい対応をしていないと言うものが多いようです。
もちろん実際には行っていない服薬指導等を行ったように偽ると言うことは論外ですけれども、考えてみますと病院においてもレセプトチェックと言うのは非常に細かく経験も必要な作業であり、そうであっても必ず相当の部分が着られてしまうことを考えると、零細な調剤薬局がどこまで厳密に保険診療のルールに則っての対応が出来るものか?と言う気はするでしょうか。

将来的にはある程度経験を積んだ薬局側もほどほどのところで対応が出来るようになり、査定率も横ばいになってくる可能性もあると思いますが、現状では高齢になった薬剤師が長年地域の顧客を相手にやってきたようなごく小さな調剤薬局などは猫の目のように変わる医療制度についていけないでしょうから、その生殺与奪はお上のさじ加減次第と言ってもいいのかも知れません。
2014年度の診療報酬改定に当たって、日医会長が診療報酬の本体部分はせめて消費税値上げ分は上げてもらわなければ困る、その分の財源に薬価引き下げ分を回すべきだと言い出して注目された経緯がありますが、ともかく各地の病院が経営難に陥っている間にも薬局は高い黒字率を誇り、薬剤師会で講演した日医の理事がこれを評して「母屋ではおかゆをすすっているのに、離れではすき焼きを食べている」とまで言ったと言う話もありました。
別に日医が言ったからどうこうと言う話ではないにせよ、国としても医科に対しては厳しいチェックをしてきた一方で、薬科に関してはどうもそこまでではなかったと言う認識はあるのでしょう、今後さらに薬科に対して厳しく突っ込んでくるようだと、さて次はいよいよ柔整問題にもメスが?と考えてしまいますね。

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2015年2月 2日 (月)

たしかになかなか篠原涼子さんの真似は出来ません

先日こういう記事が出ていましたが、御覧になりましたでしょうか。

今は空き家 市村正親生家を維持する篠原涼子が近所で高評価(2015年1月30日NEWSポストセブン)

 埼玉県川越市にある青色の瓦屋根に白壁の2階建て。雨の日はもちろん、晴れの日も、ほとんど一年中1階、2階の窓はすべて雨戸が閉まっている。しかし玄関先には薄紫や黄色の小さな花を咲かせるプランターが飾られ、庭も雑草は刈り取られきちんと整えられている

 この家は篠原涼子(41才)の夫・市村正親(66才)の生家。もう何年も前に父が亡くなった後、母のこうさん(享年87)が、2012年2月に亡くなるまで、ひとりで暮らしていた家だ。この3年もの間、「空き家」になっている

「(正親は)一人っ子だから今は誰も住んでないんですけど、週1回、こうさんに最後まで付き添っていたお手伝いさんがやってきて、風通しをしたり、お庭の草取りをしたりしているんですよ。篠原さんもたまに来てますが、まだお子さんも小さいでしょ? 毎週、毎週は来られないからって、篠原さんがその人にお願いしたと聞きましたよ。ほんと、あっぱれなお嫁さんですよ」(近所住民)

 日本全国で社会問題となっている「空き家」。主を失い、放火、ゴミの不法投棄、野良猫やホームレスの住み家になるなど、深刻な問題となるケースが急増している。そんななか、同じ「空き家」ながら、市村の生家はこんなにもきちんと片づけられている。そのため近所では、篠原のことがことさら評判になっている。

「2才のとき実母を亡くしている篠原さんにとって、こうさんは姑以上の特別な存在だったんですよ。一緒に買い物に出かけたり、子供が生まれてからはそれこそ毎週のように、実家に来ている時期もありましたよ。こうさんもね、篠原さんのことは実の娘のようにかわいかったんでしょうね。

“涼子さんは料理も家事もちゃんとできるから、安心して息子を任せることができるし、うちに来たときも全部やってくれて本当に助かる”って、褒めちぎってましたから。亡くなるまでの数年、こうさんは脳梗塞を患って入退院を繰り返していたんですが、篠原さんは実家近くにマンションを借りて看病していました」(市村家の知人)

 市村家代々の土地に建つ冒頭の家は、大好きだった姑が愛し、夫が生まれ育った場所。篠原にとっても、家族のつながりを感じられ、思い出があふれている大切な場所なのだ。

「篠原さんはこうさんが亡くなったとき、そもそも実家を“売ろう”とか“更地にしよう”といったことはまったく考えてなかったんですよ。でも主のいなくなった実家を保全していくのは覚悟もいるし、日々の努力も必要。もう3年になりますが、家庭を守りながら仕事して、子育てして、さらに実家のこともでしょ? なかなか真似できないですよ」(前出・市村家の知人)

人間思い出と言うものは金銭には換えられないと言うところはあって、そこにどれだけの価値を見いだすかは人それぞれだろうし、ぶっちゃけ篠原さんあたりであれば空き家一軒を維持するくらいのコストは十分ポケットマネーで負担できる範囲でしょうけれども、まあ思いがけないところで地道に評判が良くなると言うのはご本人も思いがけない効能であったかも知れませんよね。
ただここで注目いただきたいのは埼玉県川越市と言う決して過疎地とも言えない地域でもこうした空き家が出ていると言う事実なのですが、実は東京を始め首都圏においても10軒に1軒は空き家であると言う大変な状況にあって、これが過疎地とも言われる僻地ともなれば集落まるごと無人と言った状況にもなりかねませんが、その意味でも篠原さんの維持の努力は地域に小さからざる貢献をしているとも言えそうです。
今や全国的に空き家が絶讚激増中で、それは人口が減り始めている以上必要とされる家屋数も減っていくのは当然なのだと言う話なんですが、それならそれで老朽家屋から順に倒して再利用なりすればいいものを敢えてそのままにしていると言うケースが問題視されている、それでは何故そのような状況になってしまったのかと言うことですがこちらの記事を紹介してみましょう。

日本で増え続ける空き家 税金、撤去費用…金銭面のハードル高く(2015年1月26日ビジネスジャーナル)

 2013年の日本の空き家数は約820万戸、空き家率は13.5%と過去最高を記録した。核家族化に加え高齢者など一人暮らしの世帯増で空き家は今後も毎年20万戸ずつ増加し、15年後には住宅全体の4分の1が空き家になるという。背景や影響、対策を取材した。

 不動産関連の市場調査やコンサルタント業を営むオラガHSCの牧野知弘社長は、各地で講演をすると終了後に聴衆から質問攻めにあう。
 「実家の親が高齢で施設に入ることになった。家をどうしたらいいか」「親が一人暮らしだが、近所に誰も住んでいない」。質問者の列はどんどん長くなり、なかなか終わらない。両親と暮らした生まれ育った家に住んでいる人は少なく、郊外の住宅地にある実家の周囲は空き家か居住者がいても高齢者が多いという。“実家問題”は子ども世代の共通課題だ。牧野家とて例外ではない。「近所のスーパーが撤退したため母はバスに乗って隣町まで日用品の買い物に行っている」という。

 2014年7月、総務省の「住宅・土地統計調査」が発表された。同省が5年に1回実施している“住宅の国勢調査”だ。これによると2013年10月時点の全国の空き家の数は約820万戸(819万6000戸)で、5年前より約63万戸増えた。日本の空き家率(全住宅に占める空き家の割合)は過去半世紀、右肩上がりで増え続けており、今回は13・5%と過去最高になった。
 空き家には、賃貸用住宅、売却用住宅、別荘などの二次的住宅、そして個人用の「その他の住宅」がある。このなかで増えているのは、住む人がいない住宅や建て替えなどのため取り壊すことになっている「その他の住宅」だ。今回調査では318万戸。空き家全体に占める割合は前回より上がって35・4%から38・8%になった。

 空き家を処分する場合は個人的財産なので自主撤去が基本だが、まずは所有者の心情的な理由がネックになる。家族と過ごした思い出があるし、親が残してくれた資産にも愛着がある。個人の感情はスパッと割り切るのが難しい。
 思い切って撤去する決心がついても金銭面のハードルが待っている。取り壊すには最低でも数十万円の費用がかかる。そのうえ空き家を撤去し更地にすると、住宅用土地に課される固定資産税の軽減措置(小規模住宅用地は更地の6分の1)が受けられなくなる。つまり更地になると住宅が建っているより税金が6倍になってしまうのだ。
 この固定資産税の軽減措置は戦後、住宅建設を促すねらいで設けられた措置だ。このルールを撤廃すればよいと思うが、固定資産税はほとんどの市町村で歳入の約5~6割を占める大きな財政基盤となっている。人口減で地方財政が逼迫するなか、安易に更地への課税を緩和することはできない。逆に空き家への課税を更地並みに強化すれば、所有者は空き家ではないと偽装する方向に向かう。だから更地に対する固定資産税は緩和も強化もできず、据え置かれてきた

 空き家を更地にしてからも問題は続く。税金が6倍かかるから所有者は売りに出す。だが人が住まなくなった郊外の土地は簡単には売れない。駐車場やトランクルームにして収入を得ようとしても、周囲は高齢者だらけでニーズは低い。自家菜園に替えても野菜では税金を賄うだけの利益を稼げない。へたをすれば税金を毎年払い続けなくてはならなくなる。
 税金の負担増を避けるには、どんなに古い住宅でも残しておいた方が有利だ。だが空き家は放置され続けると劣化する。風雨や積雪で屋根や外壁が倒壊したり、樹木や雑草がはびこったり、蠅やネズミの温床になって衛生状態が悪化したり。防災や景観といった意味からも近隣に悪影響を与えてしまう
 なんとかしなければと、昨年11月末の国会で「空き家等対策の推進に関する特別措置法」が議員立法で可決された。防災や景観などに悪影響を及ぼす恐れのある空き家の増加を防ぐため、市町村の権限で家主に除却や修繕を命令できる法律で、今春から施行される。ただこの法律は「対症療法に過ぎない」(米山秀隆・富士通総研上席主任研究員)との見方が大勢。「空き家対策で全体的な絵を描いている省庁はない」(国土交通省住宅局)のが現状だ。

ひと頃からロハスなどと言う言葉が語られるようになってきたことも影響しているのでしょう、都市部の住み家を引き払って生活コストの安価な田舎に引っ越して半ば自給自足的な生活を夢見る方々が増えているとも聞きますし、一方では過疎に悩む地方の自治体では空き家になっている家屋を安く貸し出して人を呼び込めないかと検討しているケースもあるようなんですが、これがあまりうまく言っていると言う話も聞きません。
直接的な理由の一つとしては田舎の閉鎖性があるとも言いますが、やはり先祖代々引き継いできた家や土地を見ず知らずの他人に預けるのは不安だと感じるのは農地集約化・大規模化などでも同様の構図が見られる問題で、こればかりは何かあった時にも備えて仲介役として役所なり公的機関なりが関わると言った対策も必要になってくるようにも思います。
ただどう見ても人が住めるような状況ではない廃屋が放置され景観を損ねるのみに留まらず、周囲の迷惑になったり再利用の障害にもなっている場合はさっさと取り壊すべきだと言う話なんですが、単純に撤去費用を掛けたところで再利用で回収出来る当てがない、そして何より家屋を撤去すれば一気に固定資産税が高騰すると言うのですからかなりリスクのある話ではあるわけです。

さすがに政府もこうした状況は問題だと感じているのでしょう、次年度予算ではついにこの空き家対策と言うことに関しても対策を講じる自治体に助成金を出すだとか、リフォームに関して費用補助を行う、また中古住宅取引活性化のための環境支援など様々な対策が盛り込まれたと言うのですが、単純に少子化の時代にあって全国820万戸とも言う空き家が全て活用出来るかと言えば疑問符がつきますよね。
この点でとりあえず廃屋状態になっている資産価値のない老朽住宅対策が喫緊の課題と言え、今年度施行される「空き家対策特別措置法」では衛生上、安全上、景観上有害と認定された老朽家屋に関しては固定資産税減免の「特権」が剥奪される、そして所有者不明等で対策が講じられない場合には自治体が代わって撤去等何らかの対策を講じることが出来ると言う新ルールが出来たのは一歩前進だとは言えるでしょう。
ただ実施の主体が家主にせよ自治体にせよお金がかかることには変わりないわけですし、せっかく対策を講じてもこの少子化人口減少時代に新たな住民がいるのかと言う話なんですが、そうなると住宅地であってもその他の形で再利用する道を探らなければならずで、これまた各方面の規制緩和が必要になってくるのでしょうね。

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2015年2月 1日 (日)

今日のぐり:「料理旅館 冨久美味(ふくみみ)」

以前からその存在が噂されていましたが、やはり実在したかと言うのがこちらの品です。

海外マクドナルドで6年前に買ったハンバーガーが腐らずカビらずピッカピカで発見される(2015年1月30日ロケットニュース24)

マクドナルドは、世界で最も有名なファストフードチェーンだ。私たち日本人にとっては非常に身近ではあるが、世界にはマクドナルドが存在しない国だってある。北欧の国・アイスランドもそのひとつだ。
アイスランドのマクドナルドは2009年に撤退しているのだが、その撤退時に購入されたハンバーガーとポテトが、6年経っても買った当時そのままのピカピカな状態であったことが判明! いっとき国立博物館にも展示されていたという代物らしいのだ。

・後世に伝えるためバーガー&ポテトを博物館に寄贈
2009年、金融危機のあおりを受け、マクドナルドはアイスランドから撤退することになった。最終営業日は同年10月31日だ。
まさに、アイスランドからマクドナルドが消える日。現地に住むヒェルトゥル・スマラソンさんは、「歴史的な瞬間に立ち会った」と感じ、“歴史的資料” としてハンバーガーとポテトを購入。アイスランド国立博物館に寄贈したというのだ。

・博物館に展示
ヒェルトゥルさんは、よほど「I’m lovin’it」だったのだろうか? でも、食べ物を展示物として寄贈されたって困るだけでしょ!? ……と思ったら、なんとアイスランド国立博物館はその申し出を受けたという。

・腐らなかった
こうして展示されることになったポテトとバーガー。ビニール袋に入れた状態で展示されたというのだが、驚くべきことに一向に腐ったりカビたりする気配がなかったそうだ。マジかよ!? 「マクドナルドのバーガーは腐らない」は都市伝説だと思っていたのに……!! 信じられないよ!

・博物館「もう捨ててもいい?」
「腐らないハンバーガー&ポテトが展示」となれば、それだけでも見に行きたくなるというもの。だがしかし!! やはりというか何というか、利用者から「食べ物を展示するのはいかがなものか」という声が上がったのである。博物館は展示を取りやめることになり、博物館側からヒェルトゥルさんに破棄の確認連絡があったのだという。

・現在は、レイキャビクのホテルで展示
しかし、ヒェルトゥルさんはこの “歴史的資料” の破棄を拒否。こうして、2012年にハンバーガーとポテトは彼に返却され、現在は、レイキャビク市内のホテル「バス・ホステル・レイキャビク」のバーで展示されているそうだ。
購入から6年。にわかには信じられないが、ホテルの公式サイトが配信しているハンバーガー映像を見ると多少ペシャっとなっているが、それでも購入からそう時間が経っていないと見間違えるほどの形と色を保っている。ポテトも見た目は「多少冷めちゃったかな」くらいの質感だ。
歴史的資料としての保存に尽力したヒェルトゥルさんは、このカビが生えないハンバーガーについてこう語る。

    「アイスランドにマクドナルドはもうありません。でもマクドナルドのハンバーガーは存在するんです。しかも、現存する最古のハンバーガーだと言えるんじゃないでしょうか?」
    「なんだかポテトが減っている気がするんですよ。展示中に誰かがコッソリ食べてしまったのかもしれません」

その現状は元記事の写真で確認いただくとして、しかし世界最古のハンバーガーと言うキャッチコピーもなかなかに斬新な気がしますでしょうか。
今日は半永久的な保存状態を維持する画期的技術を密かに実用化していたと言うマクドナルドに敬意を表して、世界中から様々な食べ物に関する無駄知識を紹介してみましょう。

耳がある衝撃的な「ランチパック」が発掘されたと話題に(2014年11月24日秒刊サンデー)

剛力彩芽さんのCMでもおなじみのヤマザキの人気パン「ランチパック」において衝撃的なパンが発見されました。なんと普段はあるはずのない「耳」が存在するものがあるのだというのです。通常、耳は綺麗に削除され、独特の固い淵で硬く封印されているのが正しいランチパック。しかしこちらのものは明らかに耳があるレアランチパックなのだ。
こちらが耳のあるランチパックだ。確かに明らかな「耳」が存在するのだ。これは何かの間違いなのか、それともあえてこのような形状にして、レア感を煽るいわゆる「星ピノ」のような扱いなのだろうか。もしこれが手違いで入っていたとすれば非常にまれなケースでありなかなかお目にかかれるものではなく貴重だ。
と思っていたのだが、実際他にも同様のケースが発見されていたので以下動画を紹介したい。
ちなみに「耳」のあるランチパックを見つけると「幸運になる」とか「耳が良く聞こえるようになる」とか「お金持ちになる」とかポジティブなプラスステータスが付加されるという都市伝説もあるぞ。

―通常耳はどうなるの?

では通常かっとされる耳はどうなるのか。実はそれは明らかとなっており「チョイパクラスク」という関連商品として再生されるのでご安心を。

―お客様相談室によると「製造ミス」

ちょっと残念な話になるが、こちらお客様相談センターの話によると「あえて」では泣く単なる「製造ミス」ということだ。しかしレアはレアなのでもし見かけたらすかさず写真を撮影すべし!

かねて都市伝説的に一部でその実在がささやかれていたものですが、このところ各地で実在報告が挙げられておりどうやら現実に存在しているものではあるようです。
ピザと言えば今や日本人にとってもすっかり身近な食べ物になりましたが、こちらホールのピザ分配に関する新研究の成果が発表されています。

誰にもバレずにピザをくすねる方法がどことなく理系なズルさ(2015年1月19日ロケットニュース24)

海外の映画やドラマには、日本人ならぶったまげるほどの大きなピザが当たり前に登場する。だが、あんなに大きなピザであっても、世の中には必ず「俺……1枚しか食ってない……」と食いっぱぐれるヤツはいるようだ。そんな不器用なヤツが、誰にも気付かれずに自分の取り分をしっかりキープする方法を紹介している動画を発見!
動画のタイトルは「How to Steal Pizza ? The Perfect Crime」で、内容は至ってシンプル。あくまでピザの円形をキープすることで、欠けてる部分に気付かせない方法を2種類紹介している。

・視覚の誤誘導
一つ目は完全に視覚の誤誘導。サクサクと9等分に切ったピザを、大胆にも2つくすねたと思ったら……残りのピザを換気扇のように等間隔の隙間を開け、放射状に配置。「う?んオシャレな盛り付け!」と、油断させておいて、しっかり2枚キープすることに成功している。
だが、これではヌルい……こんなんじゃダメだ! ということで繰り出された技が次だ!

・ズルさが文系にはない発想
お次はいよいよ本領発揮、どことなく理系なズルさが炸裂するので注目だ。まずピザの真ん中を横平行に数センチカットし、取り除いて隙間を埋めると楕円形に。同じ要領で楕円の真ん中を縦平行に数センチカットし、隙間をくっつけると、再びまんまるに。
それを何事もなかったかのように均等にカット! ……って、元のサイズから2回り以上も小さくなっているじゃないか! くすねたパーツはもとの大きさで切った場合の2枚半ぶんくらいはありそう……どうしても2枚は欲しいのか! き、器用だけどやっぱりセコいぞーっ!

──以上である。早い者勝ちな世の中への抵抗か、器用な悪知恵により勝ち(ピザ)をもぎ取ろうとは……。『完全犯罪』と銘打たれた動画だけに、なかなか理にかなっていて、胡散臭さを感じさせない方法だ。理系の賢さを感じるぞ。ただピザを食べたいだけなのだが。
しかし……! ピザを食べ損ねるような不器用なヤツに、はたしてこんな器用なマネができるのだろうか? 一番簡単な方法は、「今日の俺は2枚以上食べちゃうぞ?!」なんて、あらかじめポップに宣言してみるなど、器用ちがいでウマく立ち回ることではないかと思う今日この頃だ。
ともあれ、そこまでしてでもピザを「2枚は食べたい」という熱意には感服する!

文字で理解しかねる方は元動画を参照いただくとして、完全犯罪と言う割にはいささかどうよ?と思うようなせこい方法論なんですが、しかし理系と言うものを一体どのように考えているのでしょうね?
かねて電子レンジと相性最悪であるとして知られるあの食べ物ですが、それをこれ以上ない形で実証したのがこちらの動画です。

卵を電子レンジでチンすると爆発する。なら173個の卵ならどうなる?(2014年11月5日カラパイア)

 卵を電子レンジでチンすると爆発しちゃうということは誰もが知っている事実である。だが、電子レンジがいっぱいになるくらいの大量の卵を入れたらどうなるのか?飽くなき好奇心に逆らえなかった男性がこのミッションを決行した。

 使用した卵の量は173個である。嫌な予感しかしないが、さあどうなった?
(略)
 卵は1個でも何個でも何十個でも電子レンジでチンしたら爆発するということがわかったね。数が多ければ多いほどその威力も増すようだ。

 くれぐれも、よいこのおともだちはマネをしないようにね。パルモ先生とのお約束だよ。っていつあたしが先生になったんだって話だ。

これは是非動画を参照いただきたいと思うのですが、しかし素朴な感想としてあんな小さな電子レンジがこれほどのエネルギーを発散していたと言う事実に脅威を覚えますね。
同じく卵ネタと言うことでもう一つ取り上げてみたいのがこちらのニュースですが、何とゆで卵を生卵に戻せると言うびっくりな方法が見つかったそうです。

カリフォルニア大学、ゆで卵を“生卵”に戻す新しい方法を発明(2015年1月27日ねとらば)

 アメリカ合衆国のカリフォルニア大学アーバイン校(以下、UCI:University of California, Irvine)とオーストラリアの化学者らは1月23日(米国時間)、ゆで卵を“生卵”に戻す方法を発明したと雑誌「ChemBioChem」で発表した。

 卵は熱を加えると、たんぱく質が固まって光が乱反射し白く見える。これを再び生卵のように透明に戻すには、これまでの方法では分子レベルでの透析(とうせき)を約4日間行わなければならなかった。

 しかし今回発表された方法は、固まったたんぱく質に尿素を加えて液化し、その後機械で圧力をかけて小さなタンパク質の塊をバラバラにするというもの。この方法であれば多くの時間や費用を費やさなくても、ゆで卵を生卵のような透明な液状に戻すことが可能になる。

 UCIは特許を申請。これらの技術を応用すれば大腸菌などのタンパク質を安価に速く作り替えられ、癌治療などの医療にも応用できるとしている。

 「私たちは卵の加工に興味があるわけではない。それは1つのデモにすぎない」(UCI ワイス教授)。

一つのデモだと言うのはまあもちろんそうなんだろうとは思うのですが、それにしても素人目に何とも衝撃的な話ではあるのは間違いないですよね。
最後に取り上げますのが昨今かなり崖っぷち状態だとも噂される極東某国の話題ですが、まずは記事から紹介してみましょう。

世界で最も「残念な機内食」が、今年も681社の中で最下位にランキング(2015年1月24日IRORIO)

飛行機で長時間旅をする時に、楽しみなのが機内食。しかし世界には、とても残念な機内食を出す航空会社がある。
英紙「Mirror」によれば、それは北朝鮮の「高麗航空」で、機内食として出されるハンバーガーは食欲を失わせると伝えている。

機内食は5つ星のうち1つ星
英紙によれば、イギリスの航空コンサルタント会社「スカイトラックス」が行った調査の結果、「高麗航空」の機内食が5つ星のうち1つ星しか獲得できず、世界の航空会社681社のうち4年連続で最下位になったという。
またハンバーガーに関しても、パンにバターがべったり塗られ、ひき肉のパティーも見た目が悪く、チーズもわずかしか入っていない、と書いている。

食事以外も低い点数をつけられる
スカイトラックの調査は、高麗航空の搭乗者を対象に、さまざまなサービスに関して56項目にわたり聞き取りを行ったもの。以前は食事だけではなく、チェックインや乗り換え、飛行中の娯楽など大部分において1つ星を付けられてしまったこともある。
ただし乗務員の容姿やプレゼンテーション、荷物の運搬、座席状態では2つ星や3つ星も獲得した時期もあった。
しかも乗客の中には、乗務員は明るい表情で、機内は清潔、食事もおいしかったと評価する人もいた。

中国からの出発便は豪華な機内食
高麗航空は北朝鮮唯一の国営航空会社で、平壌を拠点に国内線、国際線を運行している。ロシア産航空機を20機保有し、国際線は中国やロシア、スイス、ブルガリア、ハンガリー、チェコなどへ就航している。
2012年には金正恩氏が平壌空港を訪問した際に、機内食のレベルを高めるように指示したとされる。
その後中国から出発する便には、鶏肉のカレーやハム、レモンを添えた魚のフライなどが出されたが、平壌から出発する便は、やはりハンバーガー1つだけだったという。

写真から判断する限りではこれをハンバーガーと判断して良いものなのかどうかいささか迷うところなしとしないのですが、何しろチョコパイが通貨代わりだと言うお国柄ですからこれでも立派なご馳走なんでしょうね。
冒頭の6年物のハンバーガーとどちらを食べて見たいかと言えば微妙なところなんですが、とりあえず自分であればこの機内食には手を付けないでやせ我慢しそうな気がします。

今日のぐり:「料理旅館 冨久美味(ふくみみ)」

昨今では高知と言えばのいち動物公園のハシビロコウ一推しですけれども、古来有名な観光地として坂本龍馬の逸話でも知られた桂浜がありますよね。
こちらその桂浜の間近に位置する老舗料理旅館ですけれども、桂浜の駐車場目の前と言う立地もあってか昼食利用客も多いようですし、駐車場付近に並んでいるいかにも観光地の食べ物屋っぽいお店よりは雰囲気ありますよね。
ちなみに単品、定食を問わず全メニューの半分ほどは名物だと言う伊勢エビ関連のものになっているのですが、この伊勢エビが入るかどうかで一気に値段が変わると言うのはまあ仕方ないんでしょうが、刺身や天ぷらなどがメインのその他の定食はもちろんリーズナブルに楽しめるようになっています。

高知と言えば鰹のタタキは当然どこの店でもやっているものですが、こちらのD定食はそのタタキがメインとなっていて、時節柄色合いが悪いのはまあ仕方ないかとも思いますが、ちょっと見は本土で食べる鰹みたいで大丈夫か?と思いますよね。
見た目さほど焼きが強いわけではないんですが、食べて見ると焼きの風味が強烈なのが特徴的で、そのせいもあってかさすがに生臭みなどは抑えられていますが、さすがに旬のものと比べれば食感や味は一歩を譲ります。
ちなみにデフォルトでは塩が振られていてこのまま塩タタキでもどうぞと言う形なんですが、ポン酢も試してみたんですが脂のない時期には塩の方が相性がいい気がしますがどうでしょう。
天ぷらは普通の旅館の天ぷらと言うところですが、野菜天のあしらい方がどういう仕組みなのかと見た目面白いのと春らしい彩りが綺麗なもので、しかしこの天つゆはお椀に入ってるのがちょっと違和感を覚えますね。
付け合わせの椀や小鉢なども色彩豊かなのが非常に印象的で味も悪くないのですが、茶碗蒸しもいい具合の蒸し加減なんですがどうもこの柑橘系のトッピングは苦手です。
ちなみに一つだけ異彩を放っているありきたりなサラダは栄養学的必要性から添付されているのでしょうか、それならそれで野菜の炊き合わせでも良さそうには感じました。

しかしメニューを見ていますと一品物は魚より貝がメインなのかと思うくらいの充実ぶりで、瀬戸内方面の店ですとこういう場合地の魚がずらずらと並ぶものですが、貝や伊勢海老に思い入れがないとちょっと選択に迷うところがありますね。
案内されたのが海の見える座敷の部屋で景色はいいですし、受付の裏手には食材が生簀にてんこ盛りで見学もいいと思いますが、残念ながら?ウミガメだけは食材ではなく観賞用なのだそうです。
接遇は手慣れたもので、ちゃんとお客を見ての対応ぶりはさすがにバイト主体の飲食店より安心感があるのですが、繁忙期には少しばかり人手不足になるのかレスポンスはちょっと悪いこともあるようですね。
ちなみに廊下にトイレもあるんですがもともと客室だけにユニットバスも部屋に用意されているのはいいんですが、この備え付けのトイレが後付けで改修したのか今時ないほど狭苦しい作りなのがちょっと印象的でした。

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